Contract
「契約に関するルール」基礎講座
目次
1.契約に関する基本のルール
2.契約が無効・取消しとなる場合のルール
3.任意規定と強行規定
4.まとめ
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1.契約に関する基本のルール
民法上、「誰と」「どのような内容で」「どのような形(方式)で」契約を締結するか、また、「そもそも契約を締結するか否か」については、
契約当事者の自由とされています。これを「契約自由の原則」と呼びます。
契約自由の原則は、以下の4つの要素から構成されます。
・相手方選択の自由|誰と締結するか、自由に判断できます
・内容決定の自由|「どのような内容で」締結するか、自由に判断できます
※法令に違反する内容・モラル(公序良俗)に反する内容などは一部無効になる可能性があります
・方式の自由|「どのような形(方式)で」契約を締結するか、自由に判断できます
( =契約は口頭でも成立する。契約書を作成する法的義務はない)
※ただし、法令で書面によることが必要と定められている場合を除きます
・締結の自由|そもそも契約を締結する否かは自由に判断できます
契約が成立するのは、当事者の一方が申込みを行い、相手方が承諾したときです(民法522条1項)。書面による締結は必須ではなく、口頭で申込みや承諾を行うことも認められています(同条2項)。
消費者
意思表示の合致
スーパー
買います
(申込み)
売ります
(承諾)
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契約成立
なお、契約の申込みの前段階に、「申込みの誘引」というものがあります。
「申込みの誘引」とは、契約の申込みをしてもらうために、申込みを誘うための通知を行うことをいいます。
<申込みの誘引の例>
・入居者募集の貼り紙広告を出すこと
・自社商品のDMを送付すること
申込みの誘引は、あくまで「誘引」であり、例えば貼り紙広告を見た人が
「借りたいです」と言ってきても必ず応じなければならないものではありません。
申込みの誘引によって「申込み」がきたら、その申込みを承諾するかどうか、改めて判断することになります。
契約が有効に成立するためには、契約の有効要件を満たしていることが必要と考えられています。契約の有効要件を満たしていない場合、当該契約は 無効となり、法的な拘束力を持ちません。
具体的には、契約の内容は以下の3つの有効要件を全て満たす必要があり、一つでも欠けていれば無効となります。
・確定性
・適法性(民法91条)
・社会的妥当性(民法90条)
・「確定性」がない例
「乙は甲に対しデスクを売り渡すことを約し、甲はこれを買い受けることを約する」という内容の契約を定めた場合
→「デスク」の記載のみでは、値段・サイズ・型番などの情報が不明で、解釈によっても確定できず、
確定性がないため無効となります
・「適法性」がない例
「乙は甲に対し、覚せい剤10gを売り渡すことを約し、甲はこれを50万円で買い受けることを約する」という
内容の契約を定めた場合
→覚せい剤の売買は違法なので、適法性がなく無効となります
・「社会的妥当性」がない例
チラシのデザイン業務を委託する契約で「期限までに納品しなかった場合、100億円を支払わなければならない」と定めた場合
→チラシのデザイン業務が履行されなかった場合の損害賠償として、100億円は不相当に高額であると考えられるため、社会的妥当性がなく無効となる可能性があります
2.契約が無効・取消しとなる場合のルール
契約は、無効になったり、取り消されたりすることがあります。
・ 無効|契約は有効に成立せず、効力も生じないこと
・ 取消し|契約は一度有効に成立したが、過去に遡って当初から効力がなかったものとされること
民法では、以下に該当する場合は、契約が無効・取消しになるというルールがあります。
<無効となる場合>
・契約者が意思能力を有しない場合(意思無能力)
・嘘の意思表示がなされた場合(心裡留保)
・当事者が架空の契約を偽装した場合(虚偽表示)
<取消しとなる場合>
・重大な勘違いによる場合(錯誤)
・騙された場合(詐欺)
・脅された場合(強迫)
それぞれ詳しく見てみましょう。
①意思無能力|契約者が意思能力(自分のしている行為の法的な意味を理解する能力※1 )を有しない場合
具体的には、
・幼児
・重度の知的障害者
・心神喪失者
などが意思能力をもたないと判断されます。
※2 意思能力の有無については、一般に、7歳程度の知的判断能力が一応の目安とされている。
※1、2 xxxx (京都大学教授)『民法講義Ⅰ -- 総則 第3版』有斐閣、2011年、38頁
②心裡留保|真意ではない意思表示がなされた場合
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100円くれたら、この高級時計を売ってあげるよ(本当は売るつもりがない)
買うよw(相手が本気でないことはわかっているが、冗談で応じた)
<心裡留保の例>
→ 心裡留保により売買は無効となります
③虚偽表示|架空の契約を偽装した場合
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強制執行を回避するため、X不動産を私から
君に贈与したことにしてくれないか?後で返してほしい。
分かりました。いいですよ。
<虚偽表示の例>
→ 虚偽表示により贈与は無効となります
①錯誤|重大な勘違いによる場合
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この美術品を1万円で売ってあげますよ。
(本当は「1万ドル」で売るつもりだったが言い間違えた)
安い! 買った!
<錯誤の例>
→ 売る側は、錯誤により売買の意思表示を取り消すことができます
②詐欺|騙された場合
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近隣での駅の新設の計画はなくなってしまったようです
(本当は駅の新設の計画は継続している)。
X不動産の価値は今後もあまり変わらないでしょうし、 X不動産を、1億円で売りませんか?
駅の新設の計画はなくなってしまったんですね。それなら、値上がりは期待できないので、
X不動産を1億円で売ります。
<詐欺の例>
→ X不動産を売った側は、
詐欺により売買の意思表示を取り消すことができます
③強迫|脅された場合
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お前の持っているX不動産を2,000万円で売れ。さもなくば、どうなるかわかってるのか?
売ります…。
<強迫の例>
→ X不動産を売った側は、
強迫により売買の意思表示を取り消すことができます
契約が、無効・取消しになる場合について、民法以外にも規定されていることがあります。
代表例としては、「消費者契約法」があり、以下のような場合には、
意思表示(それに伴う契約や条項)が無効・取消しになる可能性があります。
<無効となりうる場合の例>
・事業者は一切責任を負わないと定める条項(消費者契約法8条1項1号)
・解除権を放棄させる条項(消費者契約法8条の2)
<取消しとなりうる場合の例>
・事実と異なることを告げて、それを誤認して行った意思表示(不実告知:消費者契約法4条1項1号)
・不利になることを伝えず、不利な事実が存在しないことについて誤認して行った意思表示(不利益事実の不告知:消費者契約法4条2項)
3.任意規定と強行規定
法令には、「任意規定」と「強行規定」が存在します。意味は、以下のとおりです。
・任意規定
契約で法令と異なる内容を定めた場合、法令よりも契約の内容が優先して適用される規定
・強行規定
契約で法令と別の内容を定めたとしても、法令が優先して適用される規定
前述のとおり、民法には、契約自由の原則(当事者が自由に契約内容を決められる原則)があるため、契約書に何を定めるのかは当事者の自由です。
ただし、契約自由の原則はあくまでも任意規定についてのみ適用されます。これに対して強行規定の適用は、契約によって排除することはできない(契約よりも法令が優先される)点に注意が必要です。
なお、契約の中で、任意規定について特段の定めをしていない場合は、任意規定が適用されます。それでは、「任意規定」「強行規定」の詳細をみてきましょう。
任意規定の例としては、以下などが挙げられます。
・法定利率(民法404条)
・契約不適合責任(民法562条以下。ただし、事業者・宅地建物取引業者等については一部強行規定)
・法定利率
民法404条1項には「利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。」と書かれています。
「別段の意思表示がないときは」とあるように、当事者間で利息の定めをした場合はその意思が尊重されるということなので、任意規定です。(ただし、利息制限法等による上限は強行規定となります。)
・契約不適合責任
契約不適合とは、目的物が、その種類・品質・数量に関して、契約の内容に適合しないことをいいます。つまり、契約不適合責任とは、納品された目的物に、契約内容と異なる点があることが判明したときに、納品した側が負担する責任をいいます。
民法562条には、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を
請求することができる。」と書かれています。
しかし、当事者間でこのような責任をなくす取り決めをすることもできます。
民法における強行規定の例としては、以下などが挙げられます。
・公序良俗に関する規定(民法90条)
・意思表示に関する規定(民法93条以下)
・公序良俗に関する規定
公序良俗とは、簡単にいうと、公の秩序やモラルのことです。民法90条では、
「公の秩序又は❹良の風俗に反する法律行為は、無効とする」と定められており、公序良俗に違反する内容は無効です。
公序良俗違反の例:愛人契約・覚せい剤の売買契約など
・意思表示に関する規定
意思表示に関する規定は、前に解説した「契約が無効・取消しとなる場合」を定めた規定です。
また、民法以外にも強行規定が定められているものがあります。代表例としては、以下が挙げられます。
・労働基準法
・独占禁止法
・下請法
・労働基準法における強行規定の例
①労働時間の規定(32条)
労動者の労働時間は、原則として1日8時間以内・週40時間以内としなければならない
②休憩の規定(34条)
使用者は労動者に対し、労働時間が6時間を超える場合は45分以上(8時間を超える場合は1時間以上)の休憩を与えなければならない
③休日の規定(35条)
使用者は労動者に対し、週1日以上又は4週間で4日以上の休日を与えなければならない(法定休日)
④時間外労働と休日労働の規定(36条)
労働時間を超えて労働させる場合・休日労働をさせる場合は、労使協定(36協定)を締結しなけれなばならない
・独占禁止法における強行規定の例
①「私的独占行為」を禁止する規定(3条)
私的独占行為とは、事業者が、他の事業者の事業活動を排除・支配することによって、競争を実質的に制限する行為のことです(2条5号)。
例:廉価販売などにより、他の事業者の事業活動を排除し、市場を支配しようとする行為
②「不xxな取引方法」を禁止する規定(19条)
不xxな取引方法とは、供給拒絶や価格の維持などを強制するなど、自由な競争を阻害・侵害するような行為のことです(2条9号)。
例:自社の立場が相手よりも強いことを利用し、相手に不利益となるような取引条件を設定したりする行為(優越的地位の濫用)
・下請法における強行規定の例
①親事業者の禁止事項に関する規定(4条)
例:受領拒否(注文した物品等の受領を拒む)
下請代金の支払遅延(下請代金を受領後60日以内に定められた支払期日までに支払わない)下請代金の減額(下請代金を正当な理由なく一方的に減額する)
②遅延利息の支払義務に関する規定(4条の2)
親事業者は、下請代金を支払期日までに支払わなかった場合、下請事業者に対し一定の遅延利息を支払わなければなりません。
あまり安く販売されると、うちのヒット商品のブランド力が落ちちゃうよね。
そうだ! 小売店には、一律○○円で売ってもらうように契約で定めよう!
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再販売価格の拘束とは、上の事例のようにメーカーが小売店に対して、
自社の商品は「○○円でしか販売しないでください」と価格を拘束する行為のことを指します。
再販売価格の拘束は、独占禁止法で 「不xxな取引方法」として禁止されている行為であるため、独占禁止法違反となります。
独占禁止法に違反する行為が認められた場合、違反事業者には排除措置命令や課徴金納付命令、
罰則などの厳しい措置がとられる可能性があります。また、独占禁止法に違反し行政処分を受けた事実が公表されることもあるので、社会的信用を失うことにもつながります。
Aさんの退職が決まったけど、Aさんはxx勤めていて、
うちのいろいろなノウハウを把握しているんだよな…。
技術流出が怖いから、10年くらいの競合避止義務を課しておこう。
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競合避止義務とは、
・自社と競業関係にある会社などに就職すること
・自ら起業して自社と競業となる事業を立ち上げること
などを禁止する義務のことです。前提として、労働者には「職業選択の自由」があるため、退職後の就職を規制することは職業選択の自由を侵害しうる行為です。
一方で、競合避止義務が全く認められないと、守るべき企業の利益が害され、
不利益を被ってしまうことがあるため、合理的な範囲内で、競合避止義務が認められています。
ただし、あまりに重い競合避止義務を課す(例:上記事例のように10年間の競合避止義務を課す)ことは、
公序良俗に反する(民法90条)と判断される可能性があるため、無効となる可能性があります。
4.まとめ
■ 契約自由の原則とは、「誰と」「どのような内容で」「どのような形(方式)で」契約を 締結するか、 また、「そもそも契約を締結する否か」については、契約当事者の自由という原則のことです
■ 契約が成立するのは、当事者の一方が申込みを行い、相手方が承諾したときです
■ 申込みと承諾があったとしても、契約の有効要件を満たしていない場合、当該契約は無効となり、法的な拘束力を持ちません
■ 意思表示に問題がある場合(心裡留保、虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫など)、契約が無効又は取り消しとなることがあります
■ 法令には、「任意規定」「強行規定」というものが存在します
■ 任意規定とは、契約で法令と異なる内容を定めた場合、契約の内容が優先して適用される規定です
■ 強行規定とは、契約で法令と別の内容を定めたとしても、法令が優先して適用される規定です
・xxxx (京都大学教授)『民法講義Ⅰ -- 総則 第3版』有斐閣、2011年
・xxxx『契約法 新版』有斐閣、2021年
・xxxx・xxxx編著『【一問一答】一問一答・民法(債権関係)改正』商事法務、2019年
・xxxxほか『条文から学ぶ独占禁止法 第2版』有斐閣、 2019年
・xxxx『独占禁止法 第3版』有斐閣、2016年
・xxx『下請法の実務(第4版)』xx取引協会、2017年
・独立行政法人国民生活センター「消費生活相談に役立つ改正民法の基礎知識」シリーズ
・消費者庁「不当な契約は無効です―早分かり! 消費者契約法—」
・法務省ウェブサイト「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」
・内閣府大臣官房政府広報室ウェブサイト「中小事業者の皆さんへ 独占禁止法相談ネットワークをご利用くださ い!」
・xx取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会 テキスト」令和元年11月