『一橋法学』(一橋大学大学院法学研究科)第7 巻第2 号2008 年7 月 ISSN 1347 - 0388
法の適用に関する通則法12条と労働契約の準拠法
村 x x
Ⅰ はじめに
Ⅱ 法の適用に関する通則法の下での労働契約の準拠法
Ⅲ 裁判例の検討
Ⅳ おわりに
Ⅰ はじめに
2007 年1 月1 日に施行された「法の適用に関する通則法」(以下、「通則法」と
略称する。)は、労働契約に関する特則を設けている。通則法12 条の規定によると、当事者による準拠法の選択があるときにおいても、労働者は労働契約の最密接関係地法中の特定の強行規定を援用することができるとされ(1 項)、準拠法の選択がないときには、労働契約の最密接関係地法が準拠法とされる(3 項)。法選択がなければ最密接関係地法によるとの解決は、契約債権一般に関する通則法8 条の規定と同様である。しかし、通則法8 条2 項の規定が「特徴的給付を行う当事者の常居所地法」をその最密接関係地法と推定するのにたいして、通則法 12 条2 項の規定は、労務提供地法(またはこれを特定することができない場合には、労働者を雇い入れた事業所の所在地法)を労働契約の最密接関係地法と推定している。通則法12 条の規定は、契約準拠法に加えて最密接関係地法による保護を労働者に保障する点および労務提供地法(または労働者を雇い入れた事業所の所在地法)を最密接関係地法と推定するという点において、契約債権一般とは異なる連結方法を労働契約について定めている。
本稿では、通則法12 条の規定の解釈と適用のあり方を示すとともに、これまでに裁判例にあらわれた事案に同規定をあてはめて、その結果を法例の下での解決と比較することにより、通則法12 条の規定の導入が準拠法の決定に及ぼす影
『一橋法学』(一橋大学大学院法学研究科)第7 巻第2 号2008 年7 月 ISSN 1347 - 0388
※ 一橋大学大学院法学研究科ジュニアフェロー
xを明らかにしたい。たとえば、次のような事案が想定できよう。
①ニュージャージー州法人Yの日本支社のゼネラル・マネージャーとして雇用され、日本で労務を提供していた米国人Xは、業務不良を理由にYにより解雇された。裁判所は、ニューヨーク州法を選択する当事者の黙示の合意があるとして、同法にもとづき解雇を有効とした(東京地判昭和44・5・14 参照1))。
②日本法人Yにより雇用された日本人Xは、カタールへ派遣され、Yのポンプ据え付け工事に従事していた。Xは派遣中に行った時間外労働および休日労働につき、Yにたいして時間外手当を求めた。裁判所は、準拠法の問題に触れることなく労働基準法37条の規定を適用し、使用者にたいして時間外・休日労働手当の支払を命じた(東京地判平成2・9・11 参照2))。
③ドイツ法人Yにより、Yの国際便の客室乗務員として、Yのドイツ本社において雇い入れられた日本人Xは、日本人客室乗務員を対象に支給されていた付加手当の撤回が不当であるとして、付加手当の支払を求めた。裁判所は、当事者によるドイツ法の黙示的選択を認めて、ドイツ法にもとづき付加手当の撤回または削減を有効とした(東京地判平成9・10・1 参照3))。
これらの事案が通則法の下で処理されるとしても、適用法規の決定結果は同一か。また、当事者による明示の法選択がないとすると、法規の適用根拠は何か。これらの問題にたいする結論を述べれば、以下の通りになろうか。
①の事案では、判旨が挙げる事実を前提とするかぎり、ニューヨーク州法を選択する黙示の合意を認定するのは困難であるように思われる。労務提供地である日本の法が最密接関係地法であるとの推定が覆らないとすると、日本法が準拠法となる。
②の事案では、当事者による日本法の黙示的選択があるか、または日本法が最
1) xx集20 巻5・6 号342 頁、判時568 号87 頁、判タ240 号215 頁。
2) 労民集41 巻5 号707 頁、労判569 号33 頁、労経速1406 号7 頁。
3) 労民集48 巻5・6 号457 頁、判タ979 号144 頁、労判726 号70 頁、労経速1651 号3 頁。
密接関係地法であれば労働基準法37 条の規定は適用されよう。日本法の黙示的選択が認定されないとしても、労務提供地であるカタールの法が最密接関係地法であるとの推定が覆り、日本法が最密接関係地法とされる余地も十分にある。
③の事案では、ドイツ法を選択する黙示の合意が認定され、ドイツ法が準拠法となろう。労働者を雇い入れた事業所の所在地がドイツであるとすると、ドイツ法が最密接関係地法であると推定される。この推定が覆り日本法が最密接関係地法とされれば、労働者は日本法中の強行規定を援用できる。
これまでの裁判例をみるかぎり、通則法12 条の規定の導入により、適用法規の決定結果じたいが大きく変化するわけではなく、また、実体上の権利に関する判断も労働者に有利なものになるわけではかならずしもない。その意味では、通則法12 条の規定は、これまでの裁判例における法規の適用結果を裏書きするにすぎないともいえよう。しかし、法規の適用結果に大差はないとしても、そこに至るプロセスや法規の適用根拠には重大な変化がみられる。労働契約の特徴をふまえた準拠法の決定枠組みが新設されたことにより、準拠法の決定方法が明確化になると考えられる。
以下では、まず、通則法12 条の規定の解釈と適用を試み(Ⅱ)、これまでの裁
判例を説明してみたい(Ⅲ)。そして、この結果をもとに、通則法12 条の規定の導入が労働契約の準拠法の決定に及ぼす影響について考察する(Ⅳ)。
Ⅱ 法の適用に関する通則法の下での労働契約の準拠法
国際私法上、準拠法は、単位法律関係ごとに定められた連結素が指し示す地を特定することにより決定される。法律関係を構成する客観的要素のうち、当該法律関係の最密接関係地を指し示す要素(たとえば、当事者の国籍・住所、行為地など)が連結素として選択されている4)。もっとも、契約については、第一次的にはこのような客観的方法によるのではなく、準拠法の決定を当事者の意思に委
4) xxxx『国際私法』(有斐閣、第3 版、2004)97 頁以下、xxxx『国際私法講義』(有斐閣、第3 版、2005)81 頁以下、xxxx=xxxxx『国際私法入門』(有斐閣、第6版、2006)17 頁以下、xxxx『国際私法』(有斐閣、第5 版、2007)(以下、xxⅠ) 18 頁以下など参照。
ねる主観的方法がとられている5)。当事者自治の原則と呼ばれるこのルールは、法例制定当初から採用されており、通則法もこれを維持している(通則法7条)6)。当事者による準拠法選択の意思が不分明のときには、客観的方法により準拠法が決定される。通則法は、当事者による法選択がないときには行為地法によるとしていた法例の下での一律の解決を改めて、最密接関係地法によるとの柔軟なルールを採用している(通則法8 条)。
労働契約に関する通則法12 条の規定も、当事者による準拠法の選択を肯定し、準拠法の選択がないときには最密接関係地法によるとしている(3 項)。ただし、通則法12 条においては、最密接関係地法以外の法が選択されても、労働者は最密接関係地法中の強行規定を援用できるとされている(1 項)。通則法12 条の規定にしたがって準拠法を決定するためには、法選択の有無を確定するとともに、最密接関係地法を特定する必要がある。最密接関係地法を特定する手がかりとして通則法12 条は推定規定を設けており、労務提供地法、またはこれを特定することができない場合には、労働者を雇い入れた事業所の所在地法が最密接関係地法と推定されている。
通則法12 条の下での具体的事案の処理を明らかにするために、12 条の規定の適用対象となる法律関係の意味と1 項にいう「強行規定」の意味を確定にしたの
ちに(1.)、通則法12 条の下での準拠法の決定を、主観的連結(黙示の法選択の認定)、客観的連結(最密接関係地法の決定)の順に検討したい(2.)。
1.通則法12 条の想定する法律関係と「強行規定」
1)通則法12 条の適用対象となる法律関係
通則法12 条の適用対象となる「労働契約」は、労働契約と民法の雇用契約の
5) 当事者自治の原則の意義やその制限をめぐる学説については、xx・前掲註4)313 頁以下、溜池・前掲註4)349 頁以下など参照。
6) もっとも、通則法には準拠法の変更を認めるxx規定が置かれている(通則法9 条)。また、通則法7 条の規定は準拠法選択の時点を「法律行為の当時」に限定して時間的制
限を設けている点が法例7 条の規定とは異なる。時間的制限および準拠法の事後的変更を明文化したことによる問題点については、xxxxx「契約─法適用通則法適用に当たっての問題点」ジュリ1325 号(2006)48 頁註9)、52 頁、xxx「法適用通則法における契約準拠法の決定」民商136 巻1 号(2007)(以下、xxⅠ)7 頁以下など参照。
双方を含む概念を指すものと考えられる。労働契約と雇用契約に共通するとされる「使用者の指揮命令下での労務提供」という要素が7)、通則法12 条の適用対象となる「労働契約」の中核的要素を構成するとみられる。通則法12 条の適用対象となる「労働契約」は、「対価を得て使用者の指揮命令下で労務が提供される契約」と定義できよう8)。仕事の完成を目的とする「請負」や、受任者が自主的な裁量権をもって労務を遂行する「委任」は、通則法12 条ではなく、契約債権一般に関する通則法8 条の規定にしたがい処理されることとなる9)。
7) 労働契約と雇用契約との関係について、かつては、いわゆる従属労働論の下、労働契約は「従属労働」である点において、当事者の自由・平等を前提とする雇用契約とは区別されるとの見解が有力であった(学説史をまとめたものとして、xxx「労働契約論」xxxx編『戦後労働法学説史』(労働旬報社、1996)615 頁以下を参照)。これにたいして、近時は、雇用契約と労働契約の対象となる法律関係は一致するとの見解が多数説である(たとえば、xxxx「労働契約の意義と構造」日本労働法学会編『講座21 世
紀の労働法4 労働契約』(有斐閣、2000)4 頁、xxxx『雇用関係法』(新世社、第4版、2008)(以下、xxⅠ)10 頁は、労働契約と雇用契約との同一性を強調する。また、xxxx『労働法』(弘文堂、第8 版、2008)66 頁は、労働関係における契約当事者間の実質的不平等性と組織的支配の特色とを反映するために、「雇用」という概念をそのまま用いるのではなく「労働契約」という概念が定立されたと説明する。)。もっとも、両者は完全に一致するわけではなく、委任や請負とされる契約類型であっても労働契約と判断される余地がある(xxxx「労働契約概念について」京都大学法学部百周年記念論文集刊行委員会編『京都大学法学部創立百周年記念論文集 第3 巻 民事法』(有斐閣、1999)502 頁、xxxx「雇用類似の労務供給契約と労働法に関する覚書」xxxxxほか編『新現代の労働契約法理論(xxxx先生古稀記念)』(信山社、2003)34頁、xxxx『現代労働法と労働者概念』(信山社、2005)377 頁以下、xxxx『労働基準法』(有斐閣、第4 版、2007)77 ‒ 78 頁、xxxx=xxx=xxxxx『労働
関係法』(有斐閣、第5 版、2007)142 頁、xx・前出68 頁など参照)。
8) 法務省民事xxxx室「国際私法の現代化に関する要綱xxxx補足説明」(以下、「要綱xxxx補足説明」と略称する。)別冊NBL 編集部編『法の適用に関する通則法関係資料と解説』別冊NBL110 号(商事法務、2006)148 頁は、「労働契約」という概念は、
「①労務の提供を内容とする契約であること、②労働者が使用者の指揮命令に服して労務を提供すること、③労働者が労務の供給の対価として報酬を得ること」という3 つのメルクマールによって画定されるとしている。
9) 「雇傭」、「請負」、「委任」の間の異同およびこれらの概念と労働契約との関係について、xxx=xxxx編『新版注釈民法⒃債権⑺』(有斐閣、1989)1頁以下〔xxx〕参照。判例および学説上、問題となっている契約が労働契約に分類されるか、それとも「請負」や「委任」に分類されるかは、契約の形式ではなく実態に即して判断されなければならないとされている(xx=xx=xx・前掲註7)142頁、xx・前掲註7)68頁など参照)。通則法の解釈としても、契約が「請負」や「委任」という形式をとっていても、そこでの労働が使用者の指揮命令下のものと判断されるときには、通則法12 条の適用対象となる「労働契約」とみるべきであろう。
「労働契約」の本質的要素とはいえないものの、労働契約には、交渉力・情報の非対等性にくわえて、継続性と集団性(組織性)という特徴が広くみられることも指摘しなければならない10)。継続性とは労務の提供とその対価の支払が長期間くり返されるという状況を、そして集団性とは労働者が企業組織に編入されて他の労働者と共に働くという状況をそれぞれ含意している11)。継続性という観点からは、契約関係の継続という要請がはたらき、労働契約の展開過程において、種々の事情変更に応じて契約内容を柔軟に調整することが求められることとなる12)。また、集団性という観点からは、労働条件の画一的・集合的処理が要請され、労働協約や就業規則といった集団的規範が重要な機能を果たし、これらの規範の適用を通じて労働契約内容は定型化・画一化されることとなる13)。交渉力・情報の非対等性、継続性、そして集団性という特徴は、通則法12 条の規定の構造に少なからず反映しているといえよう。すなわち、労働契約において当事者自治の原則を制限する必要があるとされるのは、当事者間の交渉力・情報の非対等性を理由とし、また、後述するように、労務提供地法を最密接関係地法と推定するのは労働契約の継続性と集団性を反映しているとみられる。
通則法12 条1 項の規定は、最密接関係地法以外の法が選択されても、労働者は労働契約の最密接関係地法中の「強行規定」の適用を求めることができるとしている。この「強行規定」の意味、とくに国際的強行法規との区別を検討する。
2)通則法12 条の適用対象となる「強行規定」と国際的強行法規
通則法12 条1 項の規定によると、最密接関係地法以外の法が選択されていると
10) 中窪・前掲註7)5 頁以下、xxx「労働契約の法的性質」日本労働法学会編『現代労働法講座第10 巻 労働契約・就業規則』(1982、総合労働研究所)9 ‒ 11 頁。xx・前掲註7)67 頁(xxは、これらの特徴に加えてさらに「契約内容の白地性と弾力性」という特徴も挙げている。「白地性・弾力性」とは、労働契約自身は簡易なものとなりがちで、その内容の多くは就業規則や労働協約によって定められることを意味するとされる。)、xxxx「労働契約の法的性質」xxxx=xxxx=xxxxx編『労働法の争点』
(有斐閣、第3 版、2004)19 頁以下(xxは、労働契約の特質として、①債権契約、②他人決定契約、③継続的性格、④組織的・集団的性格、⑤人格的性格、⑥交渉力・情報の非対等性という要素を挙げている。)。
11) 中窪・前掲註7)5 頁。
12) xx・前掲註10)20 頁。
13) xx・前掲註10)20 頁。
きであっても、労働者は最密接関係地法中の強行規定の適用を求めることができるとされる。通則法12 条にいう「強行規定」は労働者による援用をまってはじめて適用されている。他方で、xx規定こそ設けられていないものの、法廷地の
「国際的強行法規」は、これまでと同様に裁判所の職権により適用されると解されている14)。国際的強行法規は、通則法12 条の規定を媒介とせずに、強行的・直接的に適用されるのである。
法例の下で強行法規の連結方法は、しばしば①当事者による法選択と②通常の抵触法規に依存しない連結の2 種類に分類されていた。通則法12 条の規定は、強
行法規の第3 種の連結方法、すなわち、③当事者による法選択に加えて、当事者の一方が消費者または労働者という属性をもつ場合に認められる客観的連結を導入しており、通則法の下で強行法規の連結方法は3 種類に分類されることとなる15)。法例の下では2 分類を前提に、労働法規を②に服する国際的強行法規とみて、これを直接的に適用すべきとする立場もみられた16)。労働法規の直接的な適用を認めるよう主張された背景には、①の連結方法に服し法例7 条の規定の指定対象になるとすると、労働法規の適用いかんが当事者、とくに使用者の意思に左右される結果となり妥当ではないとの配慮があったと考えられる。しかし、今後
14)「要綱xxxx補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)160 頁。
15) 3 分類される強行法規の連結方法の相互関係および通則法12 条にいう「強行規定」の属性については、拙稿「国際私法上における消費者契約・労働契約の連結方法」一橋法学 5 巻3 号(2006)899 頁以下参照。
ローマ条約は3 分類を前提に、6 条において労働契約について労務提供地法による最低基準の保障を、そして7 条において国際的強行法規の直接的な適用を定めており、通
則法12 条の規定はローマ条約6 条の規定に鼓吹されたものといえる。2 分類を前提としていたこともあり、従来の日本の学説には、6 条における連結方法と7 条におけるそれとを明確に区別せずに、一括して『強行法規の特別連結』として紹介するものもみられた(溜池・前掲註4)359 ‒ 361 頁、xx・前掲註4)332 頁以下、xxx「法例7 条」木棚xx=xxxx『基本法コンメンタール国際私法』(日本評論社、1994)42 頁など)。しかし、客観的に連結される地の法により契約準拠法の適用を制限するローマ条約6 条の連結方法は、「強行法規の特別連結論」の名の下でしばしば論じられてきた国際私法法規を媒介としない直接的適用とは内容を異にするものである(xxxx『国際労働契約法の研究』(尚学社、1997)21‒22頁、xxxx「契約の準拠法決定における弱者保護」ひろば59 巻9 号(2006)(以下、xxⅠ)23 ‒ 24 頁。ローマ条約6 条における連結方法は「最低基準保障原則」と呼ばれる。)。「強行法規の特別連結論」により把握されるのは、国際的強行法規の直接的な適用であるとすると、通則法12 条の規定が導入した連結方法は新たな連結方法として位置づけられることとなろう。
は3 分類を前提に個々の労働法規の連結方法を問い直す必要があろう。すなわ
ち、問題となっている労働法規は、通則法12 条の規定を媒介として適用される強行法規なのか、それともこれを媒介とせずに直接的に適用される国際的強行法規なのかが問われなければならない17)。労働法規を③の連結方法に服する強行法規と捉え直すことによって、「日本の労働法規の属地的適用」という従来の理解では説明困難であった日本国外で労務が提供される事案における日本法の適用が、規定のうえから正当化されることとなる。
以下では、通則法12 条の規定の対象となる「強行規定」を特定するために、通則法12条にいう「強行規定」と国際的強行法規との区別を検討したのち(イ)、各労働法規の分類を試みたい(ロ)。
イ 通則法12 条にいう「強行規定」と国際的強行法規との区別
通則法12 条にいう「強行規定」は労働者による援用をまって適用されるのにたいして、国際的強行法規はその公益性の強さゆえに裁判所の職権により適用される。国際的強行法規は、その法目的を実現すべく明確な適用意思を有し、その地域的適用範囲に含まれる事案にたいしてかならず適用される18)。法規の趣旨・目的、法目的を実現するための手段(刑事罰や行政機関の介入など)、さらには法規の強行性が労働者の保護のみを志向するかが両者を区別する手がかりになる。とはいえ、明確かつ決定的な区別基準を導くのは困難である。より実際的には、問題となっている労働法規が通則法12 条の規定の指定対象となるのか、換
16) たとえばxxは、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法などの労働法規を「地域的適用範囲画定のアプローチ」にしたがって直接的に適用されるべき国際的強行法規として位置づけている(xxxx『国際労働関係の法理』(信山社、1999)(以下、山川Ⅱ) 172 頁以下)。また、荒木は、刑事罰により担保された労働法規は、その民事的側面も含めて当事者自治の原則が排除されるとして、労働基準法をはじめとする罰則の担保のある労働法規を国際的強行法規に分類する(荒木尚志「国内における国際的労働関係をめぐる法的諸問題─適用法規の決定を中心に─」労働法85 号(1995)105 頁以下)。
17) 通則法12 条にいう「強行規定」に含まれるのは、①当事者による法選択および③当事者による法選択に加えて、当事者の一方が消費者または労働者という属性をもつ場合に認められる客観的連結に服する強行法規であり、②通常の抵触法規に依存しない連結方法に服するいわゆる国際的強行法規はこれに含まれない。②に分類される法規は、通則法12条とは別個の枠組みにより適用されるため、通則法12条の規定を適用する際には、問題となっている労働法規が、②に分類されるのか③に分類されるのかを明らかにする必要がある(拙稿・前掲註15)907 頁以下参照)。
言すると、国際私法法規により日本法が指定されたときにはじめて、日本法の一部として適用可能かという観点から、両者は区別されると考えられる。以下では、各法規の具体的な分類にうつる前に、法規の趣旨・目的、法目的を実現するための手段、そして強行法規の志向する方向からみた2 つの強行法規の相違を確認しておく。
通則法12 条にいう「強行規定」は私人間の利益調整を、そして国際的強行法規は主として国家の社会・経済政策や労働市場政策の実現をその目的とする。このような趣旨・目的の相違こそが、2 つの強行法規の強行性の強さに差異を生ぜしめ、ひいては法目的を実現するための手段にも影響を及ぼすといえよう。すなわち、法規の実効性を確保するために(刑事罰や行政機関の介入などを通じて)公権力が介入する度合いが高いほど、国家は当該法規の目的実現に強い関心を有していると考えられ、当該法規は国際的強行法規とされる可能性が高い。さらに、法規の趣旨・目的の相違は、法規の強行性が労働者に有利にのみはたらくのか、それとも有利・不利いずれの方向にもはたらくのかという違いとしてもあらわれうる。すなわち、通則法12 条にいう「強行規定」は、労働者にたいして最低限の保護を保障するものであるから、その強行性は労働者に有利にのみはたらき、労働者に有利な形での違反(基準を上回る合意)を許容するであろう。他方で、国際的強行法規は、経済的・社会的組織の保護を目的とするために、およそ基準
18) 両者の区別について、たとえば、小出邦夫編著『一問一答 新しい国際私法─法の適用に関する通則法の解説』(商事法務、2006)は、12 条の規定の対象となる強行規定を、
「任意規定に対する概念であって、労働契約の成立または効力に関する規定のうち、当事者の意思によっては排除できないもの」と定義する(81頁)。他方で、同書によれば、国際的強行法規は、「公の秩序等に関する一定の強い政策的な目的を達成するために明確な適用意思を有する法規」とされ、このようなものとして、「独占禁止法、外国為替及び外国貿易法、消費者・労働者保護関連法規、借地借家法等の中の特定の規定」が列挙されている(74、84 頁)。また、澤木=道垣内・前掲註4)227 頁は、「日本の絶対的強行法規については、この規定(筆者註、通則法12 条の規定)によらないで適用されることになる点も消費者契約の場合と同様であり、したがって労働者の意思表示によって適用が問題になるのは、主として外国の強行法規(絶対的強行法規か否かは問わない)である。」としている。通則法12 条の「強行規定」と同様に解される通則法11 条の「強行規定」にあたる日本の強行法規は相対的強行法規(絶対的強行法規ではない強行法規。例としては、民法90 条の規定が挙げられている(224 頁)。)であるとされていることとあわせて考えると、澤木=道垣内においては、日本の労働法規は基本的には国際的強行法規に分類されることとなろうか。
にたいする違反を許容せず、その強行性は労働者に有利にも不利にもはたらきうる19)。かくして、次のいずれかの点が認められる強行法規については、国際的強行法規と性質決定される可能性が高いといえよう。すなわち、①公法的法律効果を伴い、②その適用が個別的・具体的な事案における労働者の利益につながらないという点である。
これらの要素を区別の指針としながら、以下では、各労働法規について、通則法12 条の規定の指定対象になるのか、それとも国際私法法規を媒介とせずに直接的に適用されるのかを検討する。
ロ 労働法規の分類
労働法規は、①労働条件の最低基準を刑事罰と行政機関による介入によって遵守させる公法的取締法規と、②もっぱら私法的強行法規のみからなる労働契約法
(2008 年3 月より施行されている狭義の「労働契約法」を含む労働契約法制)の2
つのタイプに大別される。通則法12 条にいう「強行規定」に対応すると想定される典型的な労働法規は、当事者間の権利義務について定める②の労働法規である。2008年3月より施行されている「労働契約法」はもちろん、労働契約の締結・展開・終了に関する判例法理もこれに含まれよう。①の公法的取締法規は、基本的には国家と使用者との関係を規律するものであり、その地域的適用範囲も公権力の行使が可能な範囲に制限されるため、国際的強行法規に分類されるようにも思われる。しかし、たとえば、労働法の中心的法規である労働基準法は、①の公法的取締法規たる側面が強いものの、私法的強行性も有しており(労働基準法 13 条)、労働者と使用者の権利義務関係を規律するという側面を併せ持つ20)。同法の規定を一律に①の公法的取締法規と捉え、これを全体として国際的強行法規
19) 拙稿・前掲註15)913 頁以下においては、ローマ条約6 条の規定は「保護的社会的公序」、ローマ条約7 条の規定は「指導的公序」という実質法上の概念を抵触法の平面に投影した規定であると説明するフランスのLeclercの見解を参考に、実質法上の公序概念から通則法12 条にいう「強行規定」と国際的強行法規とを区別するメルクマールが導かれ
ることを示した。実質法上の2 つの公序概念の性質の相違に着目すると、強行性が労働者の保護のみを志向するかが区別の手がかりになるといえよう。
消費者契約に関する通則法11 条についてではあるが、佐藤も、国際的強行法規を特定するうえで、実質法における公序論が参考になると指摘している(佐藤やよひ・前掲註6)51 ‒ 52 頁)。
とみるのは適切ではないと思われる。
以下では、まず、労働基準法を検討したのち、個別的労働関係法の法規を中心に、通則法12 条の規定との関連でその適用が問題になりうるいくつかの労働法規を検討する21)。
〔労働基準法〕
労働基準法は、ある一定の最低労働条件を下回る措置を行うことを禁止し、違反した場合には労働基準監督官が使用者を監督指導し、悪質な場合は逮捕・送検するという構造になっている。労働基準法の構造からすると、同法は基本的には公法的取締法規であるといえよう。しかし、労働基準法の規定内容に着目すると、たとえば、時間外労働の割増賃金(37 条)や年次有給休暇(39 条)など、労働者と使用者の権利義務関係に関わる規定が少なくない。そこで示されている最低労働条件は、刑事罰や行政取締の対象となる行為を示すとともに、労働契約内容を規制しているということができよう。民事的法規としての労働基準法について
20) 労働基準法13 条は、同法に定める基準に達しない労働条件を定める労働契約部分を無効とし(強行的効力)、無効となった部分について労働基準法の定める基準により補充する(補充的ないし直接的効力)と定める。下井・前掲註7)12 頁は、「労働基準法等の労働者保護法規の各条項は、原則的には私法上の効力法規」であるとする。
21) 各労働法規の具体的な分類について、西谷祐子「消費者契約及び労働契約の準拠法と絶対的強行法規の適用問題」国際私法年報9 号(2007)(以下、西谷Ⅱ)40 ‒ 41 頁は、通
則法12 条にいう強行規定には一国の全ての強行法規が含まれるとしている。西谷によると、「日本法上は、労働組合法、労働基準法、最低賃金法、労働者災害補償保険法等に定められている労働者保護法規で、私法上の効力を有するもの全て」が通則法12 条
の対象になるとされる。西谷説においては、国際的強行法規の適用は通則法12 条に優先するので、国際的強行法規とされる規定は裁判所の職権により適用されると説明されている。
個々の労働法規の具体的な分類をめぐる議論が蓄積しているドイツにおいて、たとえばMartinyは、国際的強行法規として、労働時間および最低限の休憩時間に関する法律および行政規定、有給休暇に関する規定、時間外労働の割増金を含む法定の最低賃金に関する規定、妊婦、出産後の女性、児童および未成年者の労働条件および就労条件との関係における保護措置、事業場における安全、健康保護および衛生に関する規定、最大労働時間に関する規定を列挙している(MünchKomm- Martiny, 4. Aufl., 2006, Art. 30 Rz. 120 - 127 を参照。ドイツにおける議論については、米津・前掲註15)105 頁以下、陳一「国際的労働関係の適用法規の決定に関する一考察(2・完)」法協111巻11号(1994) 1697 頁以下を参照)。
は、通則法12 条にいう「強行規定」とみてよいと思われる22)。
これにたいして、労働基準法は自ら地域的適用範囲を特定しており、これに含まれる事案にたいしてのみ適用されることから、同法は通則法12 条の指定対象となりえないとの批判があるかもしれない。たしかに、(旧)労働省の通達は、「海外において日本の建設業者により土木建築工事が施工される場合に、派遣されて作業に従事する労働者に対して労働基準法は適用されるか」という問いにたいして、「日本国内の土木建築事業が国外で作業を行う場合で当該作業場が一の独立した事業と認められない場合には、現地における作業も含めて当該事業に労働基準法は適用される」とし、逆にいうと、国外の作業場が独立した事業と認められるかぎり、労働基準法の適用範囲は日本に制限されうることを示唆する23)。さらに、厚生労働省労働基準局によるコンメンタールも、労働基準法の適用範囲について、「行政取締法規として、日本国内にある事業にのみ適用がある(属地主義)ので、(国外にある)商社、銀行等の支店、出張所等であって事業としての実態を備えるものについては、本法の適用はない」として、国外にある(独立した)事業にたいする同法の適用を明確に否定しているようにみえる24)。しかし、労働基準法に地域的適用範囲が存在するとしても、これはあくまで刑事罰と行政監督が及ぶ範囲を念頭に置いたものであって、「少なくとも」この範囲に含まれる事
22) 反対、山川・前掲註7)(山川Ⅰ)29 頁は、通則法の下でも労働基準法は民事的側面も含めて、国際的強行法規として「地域的適用範囲画定のアプローチ」にしたがうとしている。労働基準法じたいの解釈としても、各規定の目的に照らして、刑罰法規としての側面
(公法的側面)と民事法規としての側面(私法的側面)とについて、異なる解釈を行うべき場合がある(前者については罪刑法定主義の要請にもとづき厳格な解釈が要請され、後者については合目的観点から現実に即した弾力的な解釈が要請される。)とする見解があり、注目される(西谷敏「労働基準法の二面性と解釈の方法」伊藤博義=保原喜志夫=山口浩一郎編『外尾健一先生古稀記念・労働者保護法の研究』(有斐閣、1994)1頁以下)。
23) 昭和25・8・24 基発776 号。すでに削除された労働基準法(旧)8 条の「事業」の概念をつうじて労働基準法の地域的適用範囲を画定している。
24) 厚生労働省労働基準局編『労働基準法(下)』(労務行政、改正新版、2005)1018 頁。 労働基準法の地域的適用範囲を一方的抵触法規と解し、労働基準法はその地域的適用範囲に含まれる事案にたいしてのみ適用されるとする山川は、「日本国内に所在する事業に雇用される労働者の労働関係に労働基準法が適用される」とし、労働者の所属「事業」が国内に存在するかぎり、労働基準法は適用されるとしている。地域的適用範囲に含まれない事案にたいする同法の適用については、実質法的指定があるかぎりで認められると説明する(山川・前掲註16)(山川Ⅱ)178 頁以下を参照)。
案にたいして適用されなければならないことを意味し、民事的側面に関して地域的適用範囲はかならずしも制限されないと考えられる25)。前掲通達及びコンメンタールも、民事的効力については、本法が適用されない事業であっても、日本法が準拠法になるときには及ぶと述べている26)。実質法規の地域的適用範囲は「最大限」と「最小限」に区別され、「最大限」のときにのみ、その地域的適用範囲に含まれない事案にたいする法規の適用が否定されるのであって27)、労働基準法の地域的適用範囲を「最小限」とみるときには、地域的適用範囲に含まれない事案にたいする同法の(民事的側面の)適用を肯定してさしつかえないと思われる。かくして、労働基準法中の個々の規定が通則法12 条にいう「強行規定」かを判断するにあたり、当該法規の地域的適用範囲が「最小限」か、換言すると、地域的適用範囲に含まれない事案にたいする適用が肯定されるかが重要なメルクマールになるといえよう。たとえば、未成年者の労働契約に関する58 条の規定は、地域的適用範囲が「最大限」であることが文言から明らかであるから、国際的強行法規に分類されうる。58 条の規定は、未成年者の労働契約につき「行政官庁は、労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては、将来に向かってこれを解除できる」として行政官庁を行為者としており、その適用範囲は行政官庁の権限が及ぶ日本国内に制限されるからである。
25) 尾崎正利「労基法の適用範囲」日本労働法学会編『現代労働法講座第10 巻 労働保護法論』(総合労働研究所、1982)145 ‒ 146 頁は、労働基準法の私法上の効果については、その適用範囲は制限されないとしている。岩崎伸夫「労基法の適用範囲」改正労働基準実例百選(1998)8 頁も、労働基準法の適用されない事業について、刑罰法規としての労働基準法の適用はないとしても、民事上の準拠法としては労働基準法の適用がありうると説明している。
26) 昭和25・8・24 基発776 号。厚生労働省労働基準局編・前掲註24)1018 頁。
学説上、労働基準法の刑事罰・行政取締法規としての側面と民事的側面を区別して、民事的側面は法例7 条により処理されるとの立場にたつのは、有泉亨『労働基準法』(有斐閣、1963)53 ‒ 54 頁、尾崎・前掲註25)132 頁、米津・前掲註15)211 頁など。これにたいして、労働基準法の刑事罰・行政取締法規としての側面と民事的側面とを区別した処理を認めると、民事法規としての労働基準法は適用されないのに、刑罰法規・行政取締法規としての労働基準法は適用されるというアンバランスな結果(たとえば、民事上割増賃金支払義務がないにもかかわらず、行政監督や刑事罰によりその支払が強制される)となり妥当ではないとの批判もみられる(荒木・前掲註16)106 頁、山川・前掲註 16)(山川Ⅱ)181 頁)。
27) 横山潤「地域的に条件づけられた外国実質法規の適用」獨協14 号(1980)18 ‒ 22 頁。
このように規定の文言から地域的適用範囲が「最大限」であることが明らかであれば、当該規定は国際的強行法規に分類されるとみてよいであろう。そのほかにも、安全衛生に関わるもの(労働安全衛生法により定められる)や単に使用者にたいし手続を課したもの(たとえば、就業規則の作成義務(89 条)、賃金台帳の備え付け義務(106 条)、労働者名簿の調製義務(107 条)、賃金台帳の調製義務(108 条)、記録の保存義務(109 条)など)のように民事的効力がおよそ発生しないとみられる規定、さらに、使用者にたいして一定の行為を禁止するものであって、民事的効力が当然に発生するとはいえない規定(たとえば、年少者の深夜業を制限する61 条、年少者の危険有害業務への就業を制限する62 条、年少者
の坑内労働を禁止する63 条、妊産婦等の坑内業務を就業制限する64 条の2、妊
産婦等の危険有害業務への就業を制限する64 条の3 など)なども、通則法12 条の規定の指定対象にはならないと解される。他方で、労働時間、休日、休暇、賃金の支払、解雇などの労働条件に関わり、労働基準法13 条にもとづき民事的効力が発生する規定については、通則法12条の規定の指定対象になると考えられる。
〔最低賃金法・労働安全衛生法・労働者災害補償保険法〕
最低賃金法と労働安全衛生法は、もともと労働基準法の中に置かれていた規定から独立して別個の法律となったものである28)。最低賃金法には、労働基準法と同様、強行的・直律的効力が認められており(5 条)、最低賃金法の基準に違反する労使間の合意は無効とされ、無効となった部分については同法の定める基準によるとされる。もっとも、民事的効力があるからといって、同法の民事的側面が通則法12 条の指定対象になるとただちにいえるかは疑問である。最低賃金法は、国家の経済政策・労働市場政策と密接に関連しており、また、最低賃金の水準は国家の経済状況によって大きく異なることから、日本国外で展開される労働関係にたいする基準の適用はおよそ予定されていないとみることもできるからで
28) 最低賃金については、労働基準法28 条により最低賃金法の定めるところによるとされる。また、安全衛生に関して、労働基準法は制定当初第5 章に15 ヶ条の規定を有していたが、1972 年に労働安全衛生法が制定され、労働基準法42 条により安全衛生は労働安全衛生法によるとされる。
ある29)。
労働基準法や最低賃金法とは異なり、労働安全衛生法は労働契約にたいする直律的効力を明文では規定しておらず、同法が私人間の権利義務を直接規律するかをめぐっては見解が分かれている30)。労働安全衛生法に民事的効力があるとしても、安全衛生の基準は当該国家の経済・社会的状況と密接に関わり、普遍的な適用が予定されているとみるのは困難であると思われる。民事的効力の具体的内容にもよるが、同法の規定は基本的には国際的強行法規とみるべきであろう。
労働基準法上使用者が負う災害補償責任(第8 章)を基礎として制定された労働者災害補償保険法は、国家(政府)が保険制度を掌握し、これに義務として加入する事業主から保険料を徴収することにより、労働災害にあった労働者(遺族)にたいし災害についての補償などを行うという政府の事業に関わる法律である。同法は、私人間の利益調整というよりも公的保険制度の運営を目的とするものであるから、国際的強行法規と解してよいと思われる。労働者災害補償保険法は、その地域的適用範囲が日本国内に制限されることを前提に、海外派遣者特別加入制度を設けて労災補償が不十分になりがちな海外派遣者を特別に保護している
(33 条6 号および7 号)31)。特別加入制度により地域的適用範囲が例外的に海外派遣者にも拡大されてはいるものの、同法の適用は原則として日本国内に制限され、その地域的適用範囲は「最大限」であるといえよう。
29) 山川・前掲註16)(山川Ⅱ)193 ‒ 194 頁参照。
30) 労働安全衛生法は公法的・行政取締法規であると同時に、使用者の安全配慮義務の最低基準になるべきものとして労働契約の内容ともなりうるとする見解(小西=渡辺=中嶋・前掲註7)353 頁など参照)にたいして、これを純然たる公法的性格の法規であるとみるのは、小畑史子「労働安全衛生法規の法的性質」法協112 巻2 号(1995)212 頁、3号(1995)355 頁、5 号(1995)613 頁。
31) 厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課編『明説 労災保険法』(労務行政研究所、改訂版、2001)398 ‒ 399 頁、413 頁以下。「海外出張」中の災害は、特別加入を要することなく労災保険給付の対象になると解されている(厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課編・前出415 頁)。「海外出張」か「海外派遣」かの区別について(旧)労働省の通達は、「海外出張者として保護を与えられるのか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないのかは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定さるべきものである」としている(昭和 52・3・30 基発)。
〔労働契約法・判例法理〕
2008 年3 月より施行されている労働契約法は、通則法12 条にいう「強行規定」にあたると考えられる。労働契約法には内容的に新しいものはほとんどなく、一般的な契約の原則を労働契約法についても確認したもの(3 条)、これまでに確立されてきた判例法理を明文化したもの(安全配慮義務に関する5 条、就業規則
による労働契約の内容の変更に関する9 条・10 条、出向に関する14 条、懲戒に
関する15 条、期間の定めのある労働契約に関する17 条)、そして他の法律中の規
定を移行させたもの(たとえば、就業規則違反の労働契約に関する12 条(労働
基準法93 条)、解雇に関する16 条(労働基準法18 条の2)32)、労働条件の明示義
務に関する4 条1 項(労働基準法15 条1 項))などからなる。とはいえ、労働契約
に関する特別な契約法が制定されたことにより、通則法12 条にいう「強行規定」に対応する実質法規の輪郭がより明確になっている。
労使間の権利義務について確立された判例法理も、強行的性格を有するかぎりで、通則法12 条にいう「強行規定」であると考えられる33)。2007 年に労働契約法が成立するまで、日本には労働者と使用者との間の契約関係を民事的にコントロールする「契約法」がなかったため、裁判所は、使用者の人事権を広範に認めたうえで、民法の権利濫用や信義則あるいは公序良俗といった一般条項を用いて
「判例労働契約法」ともいわれる体系を作りあげてきた。労働契約法が制定されたとはいえ、その内容はいまだ網羅的とはいいがたく、労働契約法を補う法的ルールとして位置づけられる判例法理が果たす役割は依然として大きいといえよう。
〔労働契約承継法・雇用機会均等法・育児介護休業法〕
「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(以下、「労働契約承継法」と略称する。)は、会社分割の場合における設立会社等への労働契約の承継に関
32) 解雇については、労働契約法で解雇権濫用法理が規定される一方、その前提となる規律は民法627・628 条によることとなる。労働契約法と民法との関係、労働契約法の位置づけについては、野川忍=山本敬三「労働契約法制と民法理論」季労210 号(2005)94頁、中田裕康「契約解消としての解雇」新堂幸司=内田貴編『継続的契約と商事法務』(商事法務、2006)217 頁などを参照。
33)「要綱中間試案補足説明」も、12 条にいう「強行規定」には、制定法のみならず判例法理なども含まれるとしている(「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)159頁)。
わる私法的強行規定であるから、通則法12条にいう「強行規定」に分類されよう。労働契約承継法は、分割される営業に主として従事する労働者については、労働者の同意なくして、労働契約が設立会社等に包括的に自動承継されると規定している。同法は、使用者の権利義務の譲渡に際して労働者の同意を要すると定める民法625条1項の特則として位置づけられ、当事者間の権利義務関係に関わる「契約法」であるといえる。
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下、「雇用機会均等法」と略称する。)は、男女双方を保護対象とし、事業主にたいして性別を理由とする差別的取扱いを禁ずる(5 条、6 条、7 条、9 条1 項ないし3 項)ほか、セクシャル・ハラスメントの防止と苦情処理のために必要な措置をとるよう義務づけている。雇用機会均等法のうち、私法的強行規定とされる差別規制の規定(5 条、6 条、7 条、9 条1 項ないし3 項)は、通則法12 条にいう「強行規定」とみてよいであろう。雇用機会均等法は、規定の実効性を確保するために公権力の介入を定めてはいるものの、違反行為にたいする直接の刑事罰は存在しないという点で介入の度合いは低く(17 条、29 条、30 条、33 条)、直接的・強行的な適用の要請がそれほど強くないことからも、このように評価することが許されよう。
「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下、「育児・介護休業法」と略称する。)は、労働者に育児休業等の申出をする権利を保障し(5 条、6 条、11 条、12 条、15 条)、事業主にたいして権利行使を理由とする不利益取扱いを禁止する(10 条、16 条)ほか、労働者の希望に応じて事業主は時間外労働および深夜業を制限し(17 条、19 条、18 条、20 条)、勤務時間短縮等の措置をとらなければならない(23 条、24 条)と規定する。育児・介護休業法のうち、休業保障、差別規制、そして時間外労働の制限等の措置に関する規定は、私法的強行性が認められるかぎりで、通則法12 条にいう「強行規定」に分類されよう。
〔労働組合法〕
労働組合法は、「不当労働行為」と題して、労働組合や労働者にたいする使用
者の一定の行為を禁止し(7 条)、この禁止違反について労働委員会による特別な救済手続を定めている(27 条以下)。不当労働行為に関する7 条1 号の規定は、民事的効力を有し解雇禁止規定として位置づけられるので34)、通則法12 条の規定の指定対象になるようにも思われる。しかし、労働者が労働組合の組合員であることや労働組合の正当な行為をしたことなどを理由として、労働者を解雇または不利益取扱いすることを禁ずる7 条1 号の規定は、規定目的とこれを実現するための手段からすると、国際的強行法規に分類されるべきものと思われる。不当労働行為救済制度は、契約当事者間の利害関係の調整を目的とするというよりも、憲法28 条の規定が保障する団結権などの保障を実効的にするために創設されたといえる35)。7 条1 号の規定は、憲法28 条の規定する団結権を具現化しようとするものであり、労使関係秩序の安定にたいする高い公益性が認められ、かつ、労働委員会という特別の行政機関による固有の解決が図られていることからすると、同規定は国際的強行法規であると解されよう36)。
〔知的財産法〕
知的財産法の分野では、職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価請求に関する特許法35 条の規定が通則法12 条の規定の指定対象となるかが問題とな
34) 盛誠吾『労働法総論・労使関係法』(新世社、2000)211 ‒ 212 頁。
労働委員会による解決システムが採用されているからといって、不当労働行為の司法救済が否定されるわけではない。7 条1 号に該当する不利益扱いとしての解雇は、同条違反を理由に無効になると解されている(医療法人新光会事件・最三小判昭和43・4・ 9 民集22 巻4 号845 頁)。
35) 不当労働行為制度の趣旨をめぐる学説について、盛・前掲註34)209 ‒ 211 頁を参照。
36) 安屋和人=田村精一「米国人間の労働契約の準拠法と労務地たる日本の不当労働行為に関する公序」法と政治17 巻1 号(1966)77 ‒ 78 頁は、個別的な労働関係を規律する労働契約法については、当事者により選択された外国法が内国法よりも劣位であれば法例 30 条(通則法40 条)にもとづきその適用を排除すべきであるとする一方、「団結権保障立法は団結侵害に対する救済が特定の救済制度と密着している場合には、団結地に於ける団結地の法を適用すべきものであって、法例30 条(筆者註、通則法40 条)の適用を考慮する余地はなく、属地的強行法と解すべき場合が多いであろう」として、その直接的な適用を認めている。安屋=田村によれば、日本国内において労使関係が存在し、日本国内において団結権侵害が行われたときは、かりに使用者が外国にあり、そこからの指令によって不当労働行為が行われたとしても、日本法を適用し団結を保障すべきであるとされる。
りうる37)。特許法35 条は次のように定めている。まず、職務発明をした従業者等は特許を受ける権利等を原始的に有するものの、従業者が特許を受けたときは、使用者等は無償で通常実施権を有する(1 項)。職務発明について、使用者等は、
「契約、勤務規則その他の定め」により特許を受ける権利または特許権を自らに承継させ、また、専用実施権を設定することができる(2項の反対解釈)。ただし、この場合、従業者等は「相当の対価の支払を受ける権利」を有する(3 項)38)。
37) 職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価請求が労働契約の準拠法によるかは議論の余地がある。Ⅲでみるように、東京地判平成16・2・24 判時1853 号38 頁、判タ 1147 号111 頁、労判871 号35 頁〔味の素アスパルテーム職務発明事件〕において、これ
は労働契約の準拠法によるとされた(もっとも、東京地裁は、特許法35 条の規定を準拠法たる日本法の一部として適用するのではなく、国際的強行法規として直接的に適用している。)。その後、対価請求は法例7 条にしたがって決定される準拠法によるとする
最高裁判決があらわれた(最三小判平成18・10・17 民集60 巻8 号2853 頁、判時1951 号
35 頁、判タ1225 号190 頁〔日立製作所職務発明事件上告審〕)ものの、同判決は労働契約の準拠法によるとするか、特許を受ける権利の譲渡契約の準拠法によるとするか態度を明確にしていない。ヨーロッパでは、対価請求を労働契約の問題と性質決定する立場が有力である(小泉直樹「特許法35 条の適用範囲」民商128 巻4・5 号(2003)568 頁以下、西谷祐子「職務発明と外国で特許を受ける権利について」東北69 巻5 号(2006)(以下、西谷Ⅲ)760 頁以下など参照)。
特許法35 条3 項の規定の適用方法について学説は、①準拠法の一部として適用されるとする立場と、②国際私法法規を媒介とせずに直接的に適用されるとする立場に大別される。①準拠法の一部として適用されるとし、これを労働契約の問題と性質決定する立場は、①- 1 法例7 条により準拠法が決定されるとするもの(木棚照一『国際工業所有権法の研究』(日本評論社、1989)90 頁、茶園成樹「職務発明の相当の対価」知財53 巻 11 号(2003)1756 頁、梶野篤志「特許法における属地主義の原則の限界」知的財産法
政策学研究第1 号(2004)173 ‒ 174 頁、申美穂・ジュリ1298 号(2005)187 頁、田村善之「職務発明に関する抵触法上の課題」知的財産法政策学研究5号(2005)6頁以下など。)と①- 2 条理により雇用関係地法(原則として労務提供地法、これを特定できないと
きには使用者の営業所所在地法)が適用されるとするもの(小泉・前出574 ‒ 575 頁、駒田泰士「職務発明に関する規律と準拠法」田村善之=山本敬三編『職務発明』(有斐閣、 2005)226 頁以下頁など)に分かれる。②国際私法法規を媒介とせずに直接的に適用されるとする立場は、②- 1 対価請求制度を労働法の問題と捉えて、日本が労務提供地であるときに直接的に適用されるとみるもの(高畑洋文・ジュリ1261号(2004)200頁、陳一「特許法の国際的適用問題に関する一考察─BBS事件最高裁判決を出発点としつつ─」金沢46 巻2 号(2004)82 頁以下、早川吉尚・リマークス2005〈上〉129 頁、河野俊行「外国特許を受ける権利に対する特許法35 条の適用可能性について⑴」民商
132 巻4・5 号600 ‒ 601 頁、横溝大『国際私法判例百選』〈新法対応補正版〉(2007)96 ‒
97 頁など)と、②- 2 対価請求制度を特許法の問題と捉えて、属地主義原則によると
するもの( 島並良・ジュリ1296 号(2005)82 頁、櫻田嘉章・ジュリ1332 号(2007)
292 頁など)に分かれる。
特許権の帰属や利益の分配に関する問題を交渉力・情報に格差のある使用者と従業者との私的自治に委ねると、一方的に使用者に有利な取り決めがなされるおそれがある。特許法35 条は、使用者にたいして発明への投資のインセンティブを与えながら、従業者の発明意欲も削ぐことのないよう、双方の要請を調整して発明を奨励する規定とされる39)。労働者が職務発明について特許を受けたときに、使用者がこの権利を承継する見返りとして、労働者にたいして相当の対価を支払わなければならないとする特許法35 条の規定は、労働者と使用者という私人間
の利益を調整するものであるから、通則法12 条にいう「強行規定」に分類されると考えられる40)。
通則法12 条の適用対象が法律関係と法規の両面から明確になったとすると、
つづいて、通則法12 条の規定の下での準拠法の決定方法を検討する。
2.通則法12 条の下での主観的連結と客観的連結
通則法12 条の下でも、当事者は通則法7 条または9 条にもとづき準拠法を選択し、これを変更することができる(1 項)。これまでと同様に、当事者による黙示の法選択も可能とされてはいるものの、その認定のあり方はかならずしも同一
38) 2004 年の改正前の特許法35 条4 項は、3 項の相当の対価の額は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」と規定していた。新法35 条4 項・5 項は、相当の対価の判断にあたって、使用者・従業者間の協議・開示・意見聴取といった手続を経て定められた対価が合理的なものであればそれを尊重し、それが不合理と認められる場合に裁判所が介入して相当の対価の額の実体的判断を行うこととして、相当の対価の明確化を図っている。
39) 田村善之「職務発明制度のあり方」田村=山本編・前掲註37)10 頁。
旧法35 条3 項については強行法規であるとの理解が確立されている(最三小判平成
15・4・22 民集57 巻4 号477 頁〔オリンパス光学事件上告審〕。強行性をめぐる裁判例を整理・紹介したものとして、山本敬三「対価規制と契約法理の展開」田村=山本編・前掲註37)114 頁以下参照)。新法35 条3 項は、当事者が決定した対価が合理的であれば有効であるとしており、そのかぎりで3 項の強行性は緩和されているといえよう。当事者
間で定めた対価が合理的でなければ3 項は強行規定としてはたらくこととなる。
40) 法例の下では、特許法35 条の規定は国際私法法規を媒介とせずに直接的に適用されるとの見解も有力であった(註37)を参照)。これにたいする批判として、駒田泰士・前掲註37)218 頁以下、申美穂・前掲註37)186 頁、西谷・前掲註37)(西谷Ⅲ)767 頁以下などを参照。
ではない。通則法の下では、法選択のない場合には最密接関係地法によるとの柔軟な解決が用意されていることもあり、黙示の法選択の認定はあくまでも当事者が現実に有する意思にもとづかなければならないとされるからである41)。黙示の法選択を探求する基礎となる事情を整理し、通則法12 条の下での主観的連結のあり方を明確にする必要がある。
通則法12 条の規定によると、法選択のないときには最密接関係地法が準拠法とされる(3 項)。また、最密接関係地法以外の法が当事者により選択されていても、労働者は最密接関係地法中の強行規定を援用できるとされており(1 項)、最密接関係地法が労働者にたいしていわば最低限の保護を保障する機能を果たしている。通則法12 条の規定を事案に適用する際には、当事者による法選択の有無を確定するとともに、法選択のないときは常に、そして法選択のあるときにも労働者により援用されるかぎり適用される最密接関係地法を特定する必要がある。通則法12 条の規定は、労務提供地法、またはこれを特定することができない場合には、労働者を雇い入れた事業所の所在地法を労働契約の最密接関係地法と推定している。最密接関係地法と推定される労務提供地法と労働者を雇い入れた事業所の所在地法の意味を確定し、推定が覆る状況に言及したい。
以下では、通則法12 条の下での準拠法の決定方法を、黙示の法選択の認定
(1))、そして最密接関係地法の特定(2))の順に検討する。
1)黙示の法選択の認定
通則法7 条の下でも黙示の法選択が可能とされてはいるものの、当事者の意思を確定できるときにのみこれは認定される。労働契約における黙示の法選択の認定方法を確認したのち(イ)、黙示の法選択を認定する基礎となる事情を示したい(ロ)。
イ 通則法7 条の下での黙示的法選択
当事者による準拠法の選択がないときには行為地法によるとしていた法例7 条の下では、デフォルトとしての行為地法にただちによるべきではないとして、当事者の明示の意思がなくとも黙示の意思を探求すべきものとされ42)、裁判実務上
41) 小出・前掲註18)45 頁、澤木=道垣内・前掲註4)200 頁、櫻田・前掲註4)(櫻田Ⅰ)214 頁。
も黙示の法選択は広く認定される傾向にあった43)。黙示の法選択に仮託して事案の諸事情を総合的に考慮したとみられるものすらあった44)。Ⅲでみるように、労働契約についても同様の傾向がみられる。裁判所は、労務提供地、労働者の生活の本拠、使用者の本拠地、労働者の国籍、法人の設立準拠法、契約締結地、契約書の使用言語、賃金の支払通貨・支払地、そして労働者の職務・職位といった契約をめぐる事情を適宜組み合わせて、黙示の法選択を認定している。
かならずしも当事者の意思を探求するというわけではなく、むしろ契約関係の最密接関係地を特定するかのような黙示意思の認定のあり方にたいしては、①当事者自治の原則の本来の趣旨に反し、②準拠法に関する裁判所の判断の明確性を阻害するとの批判があった45)。法例改正の際には、法選択のないときには最密接関係地法によるとの柔軟な解決が採用されることとも関連して、黙示意思の認定は当事者の現実の意思にもとづかなければならないものと確認された46)。さらに、改正の過程では、黙示意思の存在を認める要件として、当事者の意思が「法律行為その他これに関する事情から一義的に明らかである」という文言を挿入する案も出されたが、黙示の法選択の認定は、(最密接関係地法であるとの)推定を覆す判断と相関関係にあるため「一義的に明らか」の評価には困難が伴うこと、さ
42) 山田・前掲註4)326 頁、溜池・前掲註4)367 頁以下、木棚照一=松岡博=渡辺惺之『国際私法概論』(有斐閣、第5 版、2007)135 頁、中西康「契約に関する国際私法の現代化」ジュリ1292 号(2005)27 頁など参照。法例7 条の解釈論とりわけ黙示意思の認定をめ
ぐる諸説については、櫻田嘉章「契約の準拠法」国際私法年報2 号(2000)(以下、櫻田Ⅱ)1 頁以下が詳しい。
43) 松岡博『国際取引と国際私法』(晃洋書房、1993)224 頁、木棚=松岡=渡辺・前掲註
42)137 頁、山田鐐一=佐野寛『国際取引法』(有斐閣、第3 版補訂版、2008)88 頁。
44) 法例7 条の下での裁判例を総合的に検討したものとして、鳥井淳子「わが国の判例における渉外債権契約の準拠法の決定」名法35 号(1969)71 頁、奥田安弘「わが国の判例における契約準拠法の決定」北法45 巻5 号(1994)695 頁、櫻田・前掲註42)(櫻田Ⅱ) 18 頁以下参照。
45)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)141 頁、櫻田・前掲註4()櫻田Ⅰ)
213 頁、同・前掲註42)(櫻田Ⅱ)16 頁以下、中西・前掲註42)26 頁以下。
もっとも、法例7 条2 項の規定を前提とするかぎり、黙示意思の探求を積極的に認めるのは解釈論としてやむをえなかったともいえ(松岡・前掲註43)224 頁)、黙示意思の認定をより限定的なものとするためには、最密接関係地法によるとの柔軟な解決を採用することが立法論として望ましいといわれていた(中野俊一郎「法例7 条をめぐる解釈論の現状と立法論的課題」ジュリ1143 号(1998)38 頁など参照)。
46)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)141 ‒ 142 頁。
らに、これまでの実務にたいする影響が大きいことを理由に、このような要件の導入は見送られた47)。黙示の法選択の認定は解釈に委ねられているとはいえ、あくまでも当事者の現実の意思にもとづくべきものとされており48)、当事者の意思の徴表となる事情から当事者の意思を確定する作業が必要とされよう。これまでよりも黙示意思の認定が制限的になるとしても、法選択がなければ最密接関係地法によるとの柔軟な解決を採用する通則法の下では、客観的連結によって個別的事案に対応した解決が一応確保されうるので、黙示の法選択に依拠する必要性じたいが大きく低減すると考えられる49)。
とはいえ、通則法の下でも、労働契約につき黙示の法選択が認定されうる状況は存在する。日本に所在する本社から海外の支社・関連会社などへ日本人労働者が派遣され、出向する場合における日本法の選択が考えられる50)。労働契約の継続性という点からすると、一定年数海外に勤務したのちに日本に帰国する海外派遣や海外出向の場合には、労務提供地の移動により海外勤務期間中にかぎって準拠法が変更することのないよう、従前の労務提供地法(日本法)をあらかじめ選択する要請が強くはたらくとみられるからである。
つづいて、このような認定の枠組みを前提に、具体的にいかなる事情があれば
47)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)141 ‒ 142 頁。
48) 櫻田・前掲註4)(櫻田Ⅰ)214 頁、澤木=道垣内・前掲註4)200 頁。これにたいして、実務上、仮定的意思と現実の意思の区別が可能かは疑問であり、黙示意思が現実の意思を意味するといっても、その内容はかならずしも明確ではないともいわれている(森下哲朗「国際私法改正と契約準拠法」国際私法年報8 号(2006)23 頁以下)。
49)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)141 頁、小出・前掲註18)45 頁、木棚=松岡=渡辺・前掲註42)137 頁。
これにたいして、森下は、仮定的意思と現実の意思の区別が困難であるうえに、特徴的給付の理論には様々の問題があることから、通則法の下でも従来の黙示意思の認定を基本的に踏襲するのが望ましいとする(森下・前掲註48)26 頁)。しかし、最密接関係地法への客観的連結を採用する通則法の下では、黙示意思の認定ではなく、最密接関係地を判断する枠組みの中で、個々の事案における事情を考慮し妥当な解決を図るべきものと思われる(佐野・前掲註6)(佐野Ⅰ)13 頁。佐野は、「黙示の指定をめぐる争いは早めに切り上げ、主戦場を最密接関係地法に移すことが、通則法の条文の自然な解釈であ」り、「これまで黙示の指定に関して積み上げられた学説および判例の経験は、むしろ最密接関係地法の決定の場面でいかすことができるものといえよう。」としている。)。
50) 山川・前掲註7)(山川Ⅰ)31 頁は、「海外出張や国内事業場への復帰が予定されている海外派遣のような場合は、国内における本来の労務提供地の法を選択したものと認められる場合も多いであろう」としている。
黙示の法選択が認められるかを明らかにしたい。ロ 黙示の法選択を基礎づける事情
準拠法を事実上決定できる立場にあるのは、力関係において優位にたつ当事者である。通常、優位にたつ当事者は、自らに最もなじみのある地の法(常居所地法や事業所の所在地法)の適用を望むであろう。法例7 条の規定の下では、力関係において優位にたつ当事者を確定するという作業を通じて、いずれの当事者の意思が貫徹されているかを明らかにすることが、黙示的に選択された法を特定する手がかりになってきたといえる。その意味で、特定の法秩序に依拠する当事者の意思の徴表となる事情(専属的裁判管轄の合意、特定の法秩序の法規定の指定など)のみならず、契約の外部的事情(契約締結地、契約書中の使用言語、支払通貨など)もまた、当事者の優位性を示唆するのに役立つものとして考慮されてきた。契約をめぐる諸事情を考慮して黙示意思を認定するという従来の手法は、一方当事者の「意思の貫徹力」を問うものであったと説明できよう。
これまでは、契約債権一般におけるのと同様、労働契約においてもこの「意思の貫徹力」を問う方法により黙示の法選択が認定されてきた。しかし、労働契約に関する特則が導入された通則法の下では、労働契約の特徴である交渉力・情報の非対等性、継続性そして集団性に配慮して黙示の法選択を認定する必要がある。当事者間の実質的対等性が欠如し、労働者が交渉力において劣位にたつ労働契約においては、一方当事者の優位性の徴表となる契約の外部的事情を考慮する必要はないと考えられる。常に優位にたつ使用者が「意思の貫徹力」を有するため、いずれの当事者が「意思の貫徹力」を有するかをあらためて問うことは無意味であるからである。黙示意思を認定する基礎となりうるのは、特定の法秩序に依拠する当事者意思の徴表となる事情に限定されることとなろう。
労働契約の集団性に着目すると、労働者が特定の組織への編入を希望するときには、法選択の意思がより明確かつ直接的にあらわれていると評価できる。労働条件の多くの部分は当事者間の個別的合意ではなく、労働協約や就業規則によって集団的に決定されるため、労働者が特定の組織への編入意思を明らかにしていれば、この組織に属する他の労働者と同一の労働条件で労務を提供し、この組織全体が服するのと同一の法に服する意思を有する可能性が高いとみられるからで
ある。たとえば、労働者が労働協約を指定していれば、この労働協約の適用対象たる組織への編入を希望する意思があると評価できよう。当事者が労働協約を指定しているという事実から、この労働協約の前提となっている法秩序に服する黙示意思を導きうると考えられる。当事者の意思の徴表となるそのほかの事情、たとえば、専属的裁判管轄の合意や特定の法秩序の法規定の指定なども、黙示意思を認定する基礎となりうる。もっとも、労働協約とは異なり、これらの事情は、単独で黙示意思の存在を裏づけるほど直接的に法選択の意思があらわれているとはいいがたく、複数の事情を組み合わせて判断する必要があると思われる51)。契約内容に関わる事情以外に、たとえば、訴訟における当事者の態度からも黙示意思を導きうるかは慎重に判断すべきであろう52)。当事者は契約締結後にいつでも準拠法を選択または変更することができるので(通則法7 条、9 条)、黙示の法選択の有無が問題になるのは、当事者が事後的に(訴訟中においても)準拠法を合
51) 中西・前掲註42)28 頁も、手続的観点からなされる専属的裁判管轄の合意や仲裁の合意のみで法選択の意思があるとみることには慎重な立場をとっている。
ローマ条約の解釈としては、専属的裁判管轄の合意があれば黙示意思を認定するとの立場がとくにドイツ、オランダ、イギリスなどにおいて有力である(Staudinger - Magnus,
13. Aufl., 2002, Art. 27 EGBGB, Rz. 64; Magnus/Mankowski, The Green Paper on a
Future Rome I Regulation̶on the Road to a Renewed European Private International Law of Contracts, ZVglRWiss (103), 2004, 156; Morse, in: Meeusen/Pertegás/Straetmans (Eds.) Enforcement of International Contracts in the European Union, 2004, 199; Plender/Wilderspin, European Contracts Convention, 2. Aful., 2001, Rz. 5.11.)。委員会によるローマ条約を規則化するための提案(Proposal for a Regulation of the European Parliament and the Council on the law applicable to contractual obligations (Rome I), COM (2005) 650 final 2005/0261 (COD). 以下、「ローマⅠ規則提案」。)にも、専属的裁判管轄の合意があれば管轄裁判所の所在地法の適用を合意したものと推定するとの規定がみられる(ローマⅠ規則提案3 条1 項3 文。これを支持するものとして、Max Planck Institute for Comparative and Interantional Private Law, Comments on the European Comissionʼs Proposal for a Regulation on the Law Applicable to Contractual Obligations (Rome 1), RabelsZ (71), 2007, Rz. 25)。しかし、専属的裁判管轄の合意を黙示の法選択を導くための一要素にとどめるべきとの批判が有力である(Opinion of the European Economic and Social Committee on the Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on the law applicable to contractual obligations (Rome I), COM (2005) 650 final 2005/0261 (COD), OJ C 318, 23.12.2006, p. 59;
Lagarde, Rev. crit. dr. int. priv., 2006, 335; Fricke, VersR 2006, 747; Leible, Rechtswahl, in: Ferrari/Leible (Hrsg.), Ein neues Internationles Vertragsrecht für Europa̶Der Vorschlag für eine Rom I - Verordnung, 2007, 43 - 46)。
意しようとしない状況にかぎられるからである。当事者の一方がとくに準拠法に言及することなく特定の法秩序を前提として訴訟手続をすすめており、相手方もあえてこれを争わないからといって、ただちに黙示の法選択を認定するのではなく、当事者が法選択の可能性を認識していたか否かが問われなければなるまい。通則法12 条の下での黙示の法選択の認定方法が明確になったとすると、つづ
いて最密接関係地法の決定方法を検討したい。
2)労働契約の最密接関係地法の特定
通則法の下では、当事者による準拠法の選択がないときには、最密接関係地法が準拠法とされる(8 条1 項、12 条3 項)。労働契約においては、当事者が最密接関係地法以外の法を選択しても、最密接関係地法による保護が労働者に保障される(12 条1 項)。また、労働契約の最密接関係地は、契約債権一般に妥当する特徴的給付の理論により推定される(8 条2 項)のではなく、労務提供地(またはこれを特定することができない場合には、労働者を雇い入れた事業所の所在地)が最密接関係地と推定される53)。かくして、通則法12 条の規定は、①最密接関係地法以外の法が選択されても、労働者が最密接関係地法中の強行規定を援用できるとする点、そして②特徴的給付を行う当事者の常居所地法ではなく特徴的給付の履行地法(労務提供地法)を最密接関係地法と推定する点において、契約債権一般に関する通則法8 条の規定とは異なる。こうした相違は、労働者保護とい
52) 法例の下では、両当事者が特定国の法にもとづき主張立証を行っていれば、この国の法を選択する当事者の意思を認定することができるとの立場(山田鐐一=早田芳郎『演習国際私法』(有斐閣、新版、1992)123 頁〔高桑昭〕、中野・前掲註45)38 頁など)やこれを黙示意思を認定するための一要素とする立場(東京地判昭和52・4・22 下民集28 巻 1 ‒ 4 合併号399 頁、松岡博「契約準拠法の事後的変更」澤木敬郎=䝄場準一編『国際私法の争点』(有斐閣、新版、1996)124 頁など)があった。準拠法の指定時期を制限し、準拠法の変更を認める明文規定を設けた通則法の下では、通則法9 条にしたがった準拠法の変更があったとみるべきかが問題となりうる(澤木=道垣内は、裁判所が当事者に確認して慎重に判断する必要があるとの条件をつけて、この場合には、準拠法の黙示的な変更を肯定してよいとしている。澤木=道垣内・前掲註4)207 頁)。
53) 通則法12 条2 項を推定規定にとどめた理由について、要綱中間試案補足説明は、「労働契約の態様は多様であって、労働者保護のために適用すべき法律を一義的に定めると、事案に応じた適切な保護を与えることができない場合が生ずると考えられるため、保護を与える法律の決定に関して柔軟性を確保」するためと説明している(「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)158 頁)。
う目的の下で、労働契約の特徴たる交渉力・情報の非対等性、継続性そして集団性を抵触法の平面に反映させた結果であると説明できよう。すなわち、①は交渉力・情報の非対等性、②は継続性と集団性にもとづいているとみられる。
以下では、最密接関係地と推定される労務提供地(イ)と労働者を雇い入れた事業所の所在地(ロ)の意味をそれぞれ特定したのち、推定が覆る場合を検討する(ハ)。
イ 労務提供地
通則法12 条2 項の規定によると、「当該労働契約において労務を提供すべき地の法」が労働契約の最密接関係地法と推定される。特徴的給付を行う当事者の常居所地法(8 条2 項)ではなく、特徴的給付が行われるべき地の法を最密接関係地法と推定するのは、継続的かつ集団的に特徴的給付(労務)が行われるという労働契約の性質に配慮したものと説明できよう。すなわち、労務の提供とこれにたいする賃金支払という関係が一定期間にわたってくり返されること(継続性)、そして同一使用者の下で他の労働者とともに企業組織に組み込まれて労務を提供する労働者には、共同就労の場における統一的ルールの遵守が求められること
(集団性)から、特徴的給付が行われる地である労務提供地が労働契約と最も密接に関係すると評価されるのである。労務提供地法を最密接関係地法と推定するルールは、労働契約に適用される法規の性質という面からも正当化されうる。各国は自国の領域上で労務を提供する労働者の保護に関心をもっており、刑事罰や行政機関の介入を背景とする公法的取締と労働契約内容の私法的規制を行っている。労務提供地の労働法規が労働契約にたいして強行的に適用されるため、労働契約は労務提供地と強い結びつきを有するといえよう。ちなみに、ローマ条約発効以前から労務提供地への客観的連結を認める判例法理が確立されていたフランスでは、労働契約にたいする労務提供地のlois de policeの強行的な適用可能性が、判例法理の出発点となっていた54)。
労働契約を労務提供地に客観的に連結するという処理は、ローマ条約6 条は
もとより、スイス国際私法121 条や韓国国際私法28 条においても採用されてい
54) 拙稿・前掲註15)917 頁以下。また、Déprez, Contrat de Travail, Rép. internat. Dalloz, 1998, nº 15 を参照。
る55)。さらに、労働契約との密接な関係を背景に、準拠法のみならず管轄権の平面においても、労務提供地という基準は妥当性を有すると考えられている。すでにヨーロッパでは、労働者が原告となるときには労務提供地で訴えを提起できるとの特則がブラッセルⅠ規則により導入されている56)。
通則法12 条にいう「労務提供地」は、労働者が現実に労務を提供する地を意味するものと解される。もっとも、海外出張のように、通常日本国内の事業場で就労する労働者が国内での業務の一環として一時的に国外で労務を提供するときには、出張中も国内での労務が継続しているとみてさしつかえないであろう。労働契約の継続性・集団性という観点からすると、国内での労務の提供とそれにたいする対価の支払という関係が継続しており、また、海外出張労働者は依然として国内の企業組織に編入されていると考えられるからである。他方で、外国の事業場に所属してそこでの指揮命令に服しながら労務を提供する「海外派遣」、「海外出向」または「海外駐在」などと呼ばれる海外勤務の場合には、勤務期間や勤務目的にかかわらず、原則として、労働者が現実に労務を提供する地(現地)が労務提供地となろう。もっとも、通則法12 条2 項は推定規定にとどまるので、労働契約が現地よりも日本と密接に関係するときには推定が覆る。労働契約の継続性・集団性という観点からすると、日本において労務の提供と対価の支払という
55) 各国の立法例の紹介については、溜池・前掲註4)358 頁以下、法例研究会編「法例の見直しに関する諸問題⑴契約・債権譲渡等の準拠法について」別冊NBL80 巻(2003)63 ‒ 64 頁など参照。
スイス国際私法121 条および(旧)ハンガリー国際私法51 条は、労働契約について当事者自治の原則を否定し、原則として労務提供地法によるとしている。韓国国際私法 28 条、(旧)オーストリア国際私法44 条は、ローマ条約6 条と同様に、当事者自治の原則を認めたうえで、労務提供地法中の強行規定による保護を労働者に保障している。また、アメリカ抵触法第2 リステイトメント196 条は、当事者による有効な法選択がない場合には、契約上当該労務またはその主要な部分が提供されるべき州の法によるとしている(アメリカにおける労働契約の準拠法の詳細は、山川・前掲註16)(山川Ⅱ)46 頁以下を参照)。
56) ブラッセルⅠ規則19条2項(a)号によれば、労働者は「通常労務を提供する地」または「最後に労務を提供していた地」の裁判所に訴えを提起できるとされる。労働者が一国で労務を通常提供していない、または提供していなかったとき、労働者は労働者を雇い入れた事業所の所在地の裁判所に訴えを提起できるとされている(19条2項(b)号)。他方で、使用者が原告のときには、原則どおり、被告である労働者の常居所地の裁判所でのみ訴えを提起できるものとされている(20 条1 項)。
関係が継続しており、労働者が日本の企業組織に編入されていると評価されれば、推定が覆るであろう。
海外勤務の処理としては、たとえばローマ条約6 条におけるように、「一時的派遣」であれば労務提供地は移動しないとの例外的処理を認める方法も考えられないではない。しかし、ローマ条約6 条におけるのとは異なり、通則法12 条はこのような例外を明文では定めていないので、通則法12 条の規定の解釈としては、出張を除き、海外勤務の場合には原則として労務提供地が移動すると解さなければならない。たしかに、いったん労務提供地である外国の法を最密接関係地法と推定したのちに、これを覆して内国法を最密接関係地法とするという迂遠な方法によるよりも、「一時的派遣」であれば労務提供地が変更しないとして、内国法を労務提供地法とみる方がより契約関係の実情に即している場合もあるかもしれない。とはいえ、こうした例外的処理が簡明な解決を導くわけではかならずしもない。いかなる場合に例外が認められるか、その限界画定が問題となるからである。ヨーロッパにおいて、「一時的派遣」であるか否かは、派遣期間のみにもとづいて判断されるわけではなく、派遣の目的、労働者と派遣先・派遣元との契約関係といった派遣をめぐるあらゆる事情をもとに判断されている57)。「一時的派遣」概念が曖昧であるとの批判を受けて、委員会によるローマ条約を規則化する提案は、これを明確にするために、労働者の帰国予定や労働者と派遣先・派遣元との契約関係といった事情が「一時的派遣」との関連でいかにして評価されるかを明文で定めている58)。しかし他方で、派遣をめぐる重要な要素である派遣期間や派遣目的に関する具体的な基準はなく59)、「一時的派遣」であるかは個々の事案における諸事情を考慮して判断するほかないようである。
57) Déprez, op. cit., nº 17; Staudinger - Magnus, 13. Aufl., 2002, Art. 30 EGBGB, Rz.
109 - 111; MünchKomm- Martiny, 4. Aufl., 2006, Art. 30 EGBGB Rz. 56 - 60.
「一時的派遣」の解釈をめぐるドイツの学説の状況については、米津・前掲註15)49 ‒ 51 頁、陳・前掲註21)1688 ‒ 1689 頁を参照。米津は、ローマ条約6 条の規定を参考に、日本法の解釈としても「一時的派遣」のときには従前の労務提供地法を適用すべきとしていた。そして、日本における海外勤務の特徴(日本の本社による強力な統括機能、統一的な人事・労務管理体制、海外事務所・支社・子会社と日本の本社・本店との恒常的かつ密接な連絡・連携)を考慮すると、「一時的」の期間はドイツにおけるそれ(2 年から3 年程度)よりもかなり長い期間になると指摘する(米津・前掲註15)168 ‒ 172 頁)。
通則法12 条の下では、労務提供地である現地が最密接関係地であるとの推定が覆るか否かを判断する際に、海外勤務の期間や目的、そして当事者間の契約関係などの事情が考慮されよう。「一時的派遣」概念をめぐるヨーロッパの議論からもわかるように、海外勤務の態様は多様であるから、勤務期間、勤務目的または当事者間の契約関係などの事情について具体的な基準をたてて、いかなる場合に推定が覆るかを明らかにするのは困難であろう。労働契約の継続性・集団性という観点から、海外勤務をめぐるあらゆる事情を考慮して、労務の提供と対価の支払という関係が内国において継続しており、労働者が内国の労働組織に編入されているといえるかを検討すべきである。
ロ 労働者を雇い入れた事業所の所在地
通則法12 条2 項の規定は、「その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法」を労働契約の最密接関係地法と推定する。「中間試案補足説明」によると、職務の性質上複数国にまたがり労務が提供される場合(航空機の国際線の搭乗員や国際的な出張セールスマン)および勤務場所を特定せず労務が提供される場合(オンライン上でのプログラム開発)が想定されている60)。これらのほかにも、勤務場所が複数
58) ローマⅠ規則提案は、派遣先国で労務を提供したのちに派遣元国へ帰国予定があるときには一時的派遣であること(ローマⅠ規則提案6 条2 項a号3 文)、また、労働者が派遣元会社または派遣元会社のグループ会社との間で新たに労働契約を締結しても、「一時的派遣」であるとの評価は妨げられないこと(ローマⅠ規則提案6 条2 項a号4 文)を明文で定めている。
ローマⅠ規則提案6 条2 項a号3 文については、通常労務を提供することが予定されている派遣元国で労務を開始する前に、別の国に一時的に派遣される場合、または派遣元国への帰国が予定されていない場合(派遣先国で定年を迎える、または派遣元国もしくは第三国への帰国が約束されているとき)、「一時的派遣」が否定される結果となり妥当でないとの批判がある(Max Planck Institute, op. cit., 288 - 289)。ローマⅠ規則提案6条2 項a号4 文については、派遣元会社または派遣元のグループ会社以外の会社との間で新たに契約を締結する場合も想定されるので、2 つの状況に限定するのは適切ではなく、提案される2 つの状況は例示にすぎないことを明確にすべきであると指摘されている(Max Planck Institute, op. cit., Rz. 95 - 100; Mankowski, op. cit., 107; Junker, Arbeitsverträge, in: Ferrari/Leible (Hrsg.), Ein neues Internationles Vertragsrecht für Europa̶Der Vorschlag für eine Rom I - Verordnung, 2007, 123.)。
59) これにたいして、たとえばMankowski, IPRax, 2006, 107 は、「一時的」と評価されうる最長期間(2 年または3 年)を明示すべきであったとする。
60)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)148 頁。
国に存在し労務提供地を一国に特定できない場合および公海上や南極などいずれの国家にも属さない場所で労務が提供される場合なども、労務提供地を特定することができない場合であると考えられる61)。
通則法12 条の下では、労務提供地法または労働者を雇い入れた事業所の所在地法のいずれかが労働契約の最密接関係地法と推定され、労働者を雇い入れた事業所の所在地は、労務提供地を特定できない場合にこの地に相当するものとして位置づけられる。労働契約はその継続性・集団性のゆえに労務提供地と最も密接に関係すると評価されるとすると、「労働者を雇い入れた事業所の所在地」も、単なる契約締結地ではなく、一定の継続性・集団性を観念できる地を指すものと解すべきであろう。多くの場合、使用者が雇用管理を行う地において労務の提供とその対価の支払という関係が継続的に存在し、労働者はこの地において他の労働者と共に企業組織に組み入れられているとみられるので62)、雇用管理地が労働者を雇い入れた事業所の所在地を意味すると考えられる。
労務提供地を特定できないときには労働者を雇い入れた事業所の所在地に客観的に連結するとの解決は、ローマ条約6 条の規定において採用されていたものである。裁判例の蓄積のあるヨーロッパでは、この基準によると使用者による準拠法の操作が容易になるとの懸念から、労務提供地の概念を広く解釈することにより、この副次的基準によるのを回避する傾向がみられる。このような傾向は、同様の基準を採用する管轄権の平面においてとくに顕著であるといわれ63)、管轄権に関する欧州司法裁判所の裁判例には、労務提供地を「労働者が主として使用者
61) 通則法12 条と同様に労働者を雇い入れた事業所の所在地を副次的基準とするローマ条約6 条についてこのように解するのは、Staudinger- Magnus, op. cit., Rz. 118 - 119。ローマI規則提案6 条2 項b号には、労働者が雇い入れられた事業所の所在地によるべき場合として、「いかなる国の主権にも属さない領域で労働者が通常労務を提供するとき」を明文で定めている。
神前禎『解説 法の適用に関する通則法』(弘文堂、2006)108 頁は、労務提供地が複数ある場合において、主たる労務提供地を特定できるときにはこの地の法(労務提供地法)が最密接関係地法と推定され、これを特定できないときには労働者を雇い入れた事業所の所在地法が最密接関係地法と推定されるとする。
62) ドイツでは、ローマ条約6 条にいう「労働者を雇い入れた事業所の所在地」は、単なる契約締結地ではなく、労働者が「帰属」する事業所の所在地(Staudinger - Magnus, op. cit., Rz. 123)である、または労働者が組織的に編入されもしくは活動する地(MünchKomm - Martiny, 4. Aufl., 2006, Art. 30 EGBGB Rz. 65)であるなどとされている。
にたいする義務を履行する地または履行する基点となる地」64)としたものや、「労働者が労務の現実の中心を確立した地、そして労働者が使用者にたいして義務の主要な部分を履行する地または履行する基点となる地」65)としたものがある。このような流れをうけて、ローマ条約を規則化する提案6 条2 項a号1 文は、労務提供地を「現実に労務を提供する地または労務を提供する基点となる地」と定義し、「労務を提供する基点となる地」も労務提供地の概念に含めている66)。
たしかに、使用者が特定国の労働者保護法規の適用を免れるために、労働者を雇い入れた事業所の所在地を恣意的に移動するという事態も考えられないではない。しかし、かりにこのような操作が行われるとしても、通則法の下では、労働者を雇い入れた事業所の所在地と労働契約との間に実質的な関連性がないときには推定が覆るので、これにより具体的に妥当な解決が確保されるといえる。労働者を雇い入れた事業所の所在地が最密接関係地と推定されるときには、使用者が恣意的にこれを移動しうることを念頭に置きながら、推定される地と契約関係との間に実質的な関連性があるかを慎重に判断する必要があろう。
ハ 推定が覆る場合
通則法12 条2 項は、労働契約の多様性に鑑みて推定規定にとどまる。契約をめぐる諸事情を考慮した結果、推定される地以外の地が労働契約の最密接関係地と評価されれば推定は覆る67)。すでにみたように、黙示意思の認定は当事者の意思の徴表となる事情を基礎として行われるのにたいして、最密接関係地の決定はこのような主観的事情も含むあらゆる事情を基礎として行われると解される68)。労働契約の継続性・集団性という観点からすると、最密接関係地と推定される地以
63) Junker, op. cit., 120 - 122; Magnus/Mankowski (eds.), Brussels I Regulation (European Commentaries on Private International Law), 2007, Art. 19, Rz. 13 [Carlos Esplugues Mota/Guillermo Palao Moreno].
64) Mulox IBC Ltd. v. Hendrick Geels, (Case C- 125/92) [1993] ECR I - 4075, I - 4105.
65) Pertrus Wilhelmus Rutten v. Cross Medical Ltd., (Case C- 383/95) [1997] ECR I - 57, I - 78.
66) Junkerは、偶然的で使用者による恣意的な操作の可能性がある労働者を雇い入れた事業所所在地への連結をできるかぎり回避すべきとの立場からこれを支持する(Junker, op. cit., 122)。これにたいして、「労務を提供する基点となる地」という文言を削除すべきであるとの批判もみられる(Opinion of the European Economic and Social Committee, op. cit., 59 - 60; Max Planck Institute, op. cit., Rz. 102 - 103 など)。
外の地において、労務の提供と対価の支払という関係が継続しており、労働者がこの地の労働組織に編入されているときには推定が覆るであろう。黙示意思が認定されうるケースとして先に言及した日本企業から海外の子会社や支店などに派遣される日本人労働者のケースについて、日本法の黙示的選択が認められなくとも、労働条件、職務内容、勤務の実態および労働契約締結プロセスなど契約をめぐるあらゆる事情を考慮して、現地法が最密接関係地法であるとの推定が覆れば、日本法が最密接関係地法として適用されうる69)。
Ⅱにおいては、通則法12 条の規定の対象となる法律関係と法規を明確にする
とともに、通則法12 条の下での準拠法の決定方法を提示した。Ⅲではこれを踏
まえて、通則法12 条の規定を具体的な事案にあてはめてみたい。
Ⅲ 裁判例の検討
これまでの裁判例を、(1.)日本国内で労務が提供される事案、(2.)日本国外で労務が提供される事案および(3.)複数国にまたがり労務が提供される事案の3 つの種類に分類し、通則法の下で同様の事案が問題になるとすれば、いか
67) 通則法12 条2 項の規定により最密接関係地と推定される地は、労働契約との密接な関係が一般に認められるものであるから、推定が覆るのは、推定される以外の地が労働契約と明らかにより密接に関係している場合に限定されるべきであると思われる(佐野・前掲註6)(佐野Ⅰ)17 頁参照)。
推定を覆す判断をめぐっては、当事者による主張を待つ必要があるか、裁判所が職権で行うべきかという問題が残されており、今後の検討がまたれる(小出・前掲註18)57頁、竹下啓介「法律行為に関する準拠法」ひろば59 巻9 号(2006)15 ‒ 16 頁)。
68)「要綱中間試案補足説明」別冊NBL編集部編・前掲註8)144 頁。
これにたいして、中西・前掲註42)31 頁は、最密接関係地の決定にあたり当事者の意思的要素を考慮するのは疑問であるとし、主観的要素と客観的要素を峻別して、もっぱら客観的要素にもとづいて最密接関係地を決定すべきであるとしている。
69) 米津はドイツにおける議論を参考に、「より密接な関連」の探求にあたって考慮されうる事情を示している。米津は、使用者および労働者の国籍・住所、職務の内容、労務給付の具体的態様、契約方式、契約締結地、使用言語、賃金支払義務の履行方法、従業員の平等取扱についての使用者側の利益といった客観的メルクマールのほか、専属的裁判管轄の合意、一国の社会保障制度への任意的な継続加入、労働協約や労使の協定・就業規則適用の合意といった事情が考慮されるとしている。米津によれば、これらの事情は数量的に評価されるのではなく、とくに労働者の国籍、住所、常居所地など一般に労働者にとってより親近性があるファクターが重要な比重をもって評価されるべきとされる
(米津・前掲註15)174 ‒ 176 頁参照)。
に処理されるかを検討する。
1.日本国内で労務が提供される事案
日本国内で労務が提供される渉外的要素を含む事案について判断した裁判例の多くは、準拠法の問題に触れることなく、純国内的事案と同様に当然に日本法を適用している70)。通則法12 条の下では、当事者が黙示に日本法を選択したと説明するか(1 項)、または、これが認められないときには、最密接関係地法とし
70) 日本国内で労務が提供された国際的労働契約関係について、当然に日本法を適用して判断した裁判例は多数存在する。たとえば、米国ニュージャージー州法人の日本支店に勤務する日本人労働者による退職金放棄に関する東京高判昭和44・8・21 判時568 号85 頁および最判昭和48・1・19 民集27 巻1 号27 頁〔シンガー・ソーイング・メシーン退職金請求事件〕、米国会社による日本人労働者の解雇に関する東京地判昭和50・3・28 判時 786 号89 頁〔ザ・フライング・タイガー・ライン・インク事件〕、英国国営会社の日本
営業所に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地判昭和54・11・29 労民集30 巻6
号1137 頁〔ブリティッシュ・エアウェイズ・ボード事件〕、シンガポール会社の日本営業所に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地判昭和55・2・29労判337号43頁〔シンガポール航空事件〕、EC 駐日代表部に雇用された日本人労働者の能力不足を理由とする本採用拒否に関する東京地判昭和57・5・31判時1042号67頁〔EC駐日代表部事件〕(判旨は日本法による旨の明示の合意があるとは認定していないものの、現地職員の就業条件および紛争は職務遂行地法によるとのEC理事会規定にしたがって就業規則および雇用契約書が作成されていることを理由に日本法の適用を認めている。)、米国ニューヨーク州において雇用契約が締結され日本法人に勤務していた米国人労働者にたいする休日割増賃金の支払に関する東京地判昭和59・5・29 労判431 号57 頁〔ケー・アンド・エル事件〕、スイス会社の日本営業所に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地判昭和 59・5・30 労判433 号22 頁〔スイス航空事件〕、サウジアラビア法人の東京事務所に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地決平成4・3・4労判617号75頁〔ナショナル・ショッピング事件〕、フランス法人の日本支店に勤務する米国人労働者による退職金請求に関する東京地判平成5・3・19 労判636 号70 頁〔バンク・インドスエズ事件〕、英国法人に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地決平成8・7・31 労民集47 巻4 号342頁〔ロイヤル・インシュアランス・パブリック・リミテッド・カンパニー事件〕、英国法人の東京支店に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地決平成12・1・21 労判 782 号23 頁〔ナショナル・ウエストミンスター銀行(三次仮処分)事件〕、韓国法人の東京事務所に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地判平成14・12・9 労判846 号 63 頁〔韓国銀行事件〕など。
裁判例を紹介したものとして、奥田・前掲註44)727頁以下、櫻田・前掲註42)(櫻田Ⅱ) 18 頁以下参照。法例の下での労働契約に関する学説および裁判例を総合的に検討したものとして、陳一「国際的労働関係の適用法規の決定に関する一考察(一)(二・完)」法協111 巻9 号(1994)1374 号、同11 号(1994)1666 頁、米津・前掲註15)、山川・前掲註16)(山川Ⅱ)。
て労務提供地法である日本法が適用されたと説明することとなろう(3 項)。 準拠法の問題に触れたこれまでの裁判例には、a)日本法が属地的・強行的に
適用されるとしたもの、b)当事者による黙示の法選択を認定して外国法を適用したもの、c)当事者による黙示の法選択を認定して日本法を適用したもの、そしてd)当事者による法選択がないとして行為地法である日本法を適用したものがある。以下、順にみてみたい。
a)日本法が属地的・強行的に適用されるとした裁判例
カリフォルニア州法人に雇用されて日本で労務を提供する米国人労働者の解雇に関する東京地決昭和40・4・26〔インターナショナル・エア・サービス事件〕71)は、解雇の効力の問題を除き労働契約にたいする法例7 条の規定の適用を肯定したうえで、日本法にもとづき解雇の効力を判断している72)。本決定は、次のように述べて、解雇の効力に関する日本法の属地的・強行的な適用を認めている。
「(本件労働契約は)アメリカ合衆国連邦法あるいは同国カリフォルニア州
0 0 0 0 0 0 0 0
法を準拠法として選択したものと考えられる。」「かかる解雇の効力は、労務
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
の給付地であるわが国の労働法を適用して判断すべきであって、この点に関するかぎり法例第7 条の適用は排除されるものと解すべきである。けだし、労働契約関係を律する労働法はひとしく労使の契約関係を規律する一般私法法規と異り、抽象的普遍的性格に乏しく各国家がそれぞれ独自の要求からその国で現実に労務給付の行われる労使の契約関係に干渉介入し、独自の方法でその自由を制限し規整しているので、労働契約に基く現実の労務給付が本件の如く継続して日本国内で行われるようになった場合には、法例第7 条の
71) 労民集16 巻2 号308 頁、判時408 号14 頁、判タ178 号172 頁。
72) 事案の概要は次のとおりである。Y(カリフォルニア州法人)は各国の航空および空輸業者にたいして飛行要員を供給することを業とし、日本国内に現業事務所を置いて、訴外A(日本法人)らにたいして飛行要員を提供していた。X(米国国籍)は、昭和35
年4 月にYに雇用され、昭和36 年からAの国内線機長として勤務していた。XY間の契約では、雇用期間中XはAへ派遣されること、派遣期間中に業務に関して発生した一切の疾病、障害ならびに死亡から生ずる請求権はカリフォルニア州法の労働者災害補償法に準拠することなどが定められていた。昭和39 年10 月をもって解雇されたXは、本件
解雇が労働組合法7 条1 号に違反して無効であることを理由として、地位保全の仮処分申請をした。
採用した準拠法選定自由の原則は属地的に限定された効力を有する公序としての労働法によって制約を受けるものと解するのを相当とするからである。」
(傍点、筆者)
本決定は、解雇の効力について、労務提供地である日本の労働組合法7 条1 号の規定が適用されるとしたうえで、「本件解雇は労働者の労働組合結成準備を嫌って行われたものであると認めるのが相当である。従って、本件解雇は労働組合法 7 条1 号にうかがわれる公序に反して無効である」としている。
本決定は「公序」という文言を用いて契約準拠法の適用を制限してはいるものの、これを(通則法42 条に相当する)法例30 条の公序の発動とみることはできないであろう73)。公序を発動するのであれば、カリフォルニア州法によると解雇が有効とされ、この結果は日本の労働関係秩序を現実に損ない受け入れ難い、と判断されなければならないからである。本決定は、契約準拠法たるカリフォルニア州法の内容を吟味し、同法によれば解雇が有効とされるか否かを検討していない。また、本決定がいわゆる「公法の属地的適用の理論」、すなわち労働法の公法的性格に着目して、労働契約においては当事者による法選択は排除され、日本で労務が提供されるかぎり日本の労働法が常に適用されなければならないとする理論74)を採用したと評価することもできない75)。本決定は、カリフォルニア州法が契約準拠法であると認めながら、解雇の効力という限定的な問題について、労務提供地法である日本法を適用したにすぎず、当事者による法選択が全面的に排除されているわけではないからである。本決定において、労働組合法7 条1 号の
73) 安屋=田村・前掲註36)75 頁、喜多川篤典「判批」ジュリ349 号(1966)123 頁、折茂豊「労働契約の準拠法について─当事者自治の原則の側面的一考察─(2・完)」東北30 巻4 号(1967)423 頁、桑田三郎「判批」渉外判例百選〈増補版〉(1976)77 頁、山本敬三「国際契約と強行法規」遠藤浩=林良平=水本浩監修『現代契約法大系第8 巻国際取引契約⑴』(有斐閣、1983)121 頁、道垣内正人『ポイント国際私法(総論)』(有斐閣、第2 版、2007)76 頁など参照。
74) 折茂・前掲註73)424 頁以下、同『国際私法(各論)』(有斐閣、新版、1972 年)100 頁以下、伊藤弘子「渉外的労働契約および労働関係の一考察」愛知学院大学法学部同窓会編
『法学論集 第1 巻』(1992)375 ‒ 376 頁など。
75) 喜多川・前掲註73)123 頁、安屋=田村・前掲註36)75 頁、澤木敬郎「労働契約における当事者自治の原則と強行法規の連結問題」立教9 号(1967)154、164 頁。
規定は、国際的強行法規として事案にたいして直接的に適用されたと説明するのが妥当であると思われる76)。
同様の事案が通則法の下で処理されるとしても、労働組合法7 条1 号の規定は国際的強行法規として直接的に適用されるであろう。Ⅱでみたように、労働者の労働組合活動を理由とする不利益取扱いを禁じる労働組合法7 条1 号の規定は、
強行法規の連結方法が3 分類されることを前提とする通則法の下でも国際的強行法規に分類されると考えられるからである。
日本法の属地的・強行的な適用を認めたもう1 つの裁判例は、日本法人に雇用され日本で労務を提供する日本人労働者が行った職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価請求に関する東京地判平成16・2・24〔味の素アスパルテーム職務発明事件〕77)である。裁判所は、職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価請求を雇用契約の問題と性質決定し、日本法を選択する黙示の意思を認定する一方、職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価に関する特許法35条の規定を国際的強行法規と解して、その属地的な適用を肯定している。判旨は次のとおりである。
76) 安屋=田村・前掲註36)75 頁以下、桑田・前掲註73)77 頁、䝄場準一「判批」判評134号(判時584 号)(1970)29 ‒ 30 頁(東京地判昭和44・5・14 の評釈)、米津・前掲註15) 188 頁、山田・前掲註4)322 頁、西谷・前掲註21)(西谷Ⅱ)30、40 ‒ 41 頁、櫻田・前掲註4)(櫻田Ⅰ)206 頁、道垣内・前掲註73)76 頁以下など(もっとも、道垣内は、本件においては法廷地法である日本法の適用が問題になっているので、公法として属地的に適用されたとみることもでき、本判決が強行法規の特別連結理論を導入したと即断することはできないとしている。)。
77) 判時1853 号38 頁、判タ1147 号111 頁、労判871 号35 頁。
事案の概要は次のとおりである。総合食品製造業者である日本法人Yに勤務していた日本人研究員Xは、昭和57 年1 月ころ共同発明者とともに特許法35 条1 項所定の職務発明にあたる複数の発明(Yに承継された後、日、米、加、欧州で特許成立。)を行った。 YはXにたいし、社内報償規程にもとづき平成13 年1 月に報償金1000 万円を支払った。
その額の少なさを不服として、XはYにたいし特許法35 条3 項にもとづき相当の対価の
支払を求める訴えを提起した。Xは相当の対価として20 億円を請求し、その算定の基
礎に外国特許権の実施料も含めていた。特許法35 条3 項は外国の特許を受ける権利についても適用されるとのXの主張にたいして、Yは、属地主義の原則を根拠に、特許法 35 条3 項にいう「相当の対価」には外国の特許を受ける権利の承継にたいする対価は含まれないと主張した。
「職務発明に係る特許を受ける権利の承継に対する対価請求の準拠法を定める前提としては、まず、承継の効力発生要件や対抗要件の問題と、承継についての契約の成立や効力の問題とに分けて検討すべきである。そして、前者の承継の効力発生要件や対抗要件の法律関係の性質については、承継の客体である特許を受ける権利であると決定し、これと最も密接な関係を有する特許を受ける権利の準拠法によるものと解すべきである。他方、後者の契約の成立や効力の法律関係の性質については、契約であると決定し、これと最も密接な関係を有する使用者と従業者の雇用契約の準拠法によるものと解すべきである。本件で問題となるのは、職務発明に係る特許を受ける権利の承継の対価であるから、後者により、使用者と従業者の雇用契約の準拠法による。
そして、雇用契約の準拠法は、法例7 条によって決定すべきところ、本件においては、当事者の明示の意思によっては定められていないが、日本人である原告と日本法人である被告の意思として、日本法によるとする意思であるものと推認することができる。また、条理によって決定するとしても、日本人である原告と日本法人である被告の雇用関係と最も密接な関係を有するのは、従業者である原告が労務を供給し、使用者である被告が本社を置き、かつ本件各発明が行われた我が国である。なお、いずれの準拠法選択をした場合であっても、絶対的強行法規の性質を有する労働法規は適用されるべきであるところ、特許法35条もまた、上記の性質を有する労働法規と解される。
そうすると、本件各発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法は、いずれにせよ、我が国の法律であると解するのが相当である。」
判旨は、特許法35 条の規定を、国際的強行法規(判旨はこれを「絶対的強行法規」と表現している。)の性質を有する労働法規の一部であるとし、準拠法にかかわらず適用されなければならないとしている。さらに、特許法35 条3 項の
「特許を受ける権利」には外国において特許を受ける権利も含まれるとして、外国特許にかかる利益も含めて対価額を算定している78)。対価請求は雇用契約の準拠法によるとした本判決の立場を前提として、以下では通則法の下での処理を検討する。
法例の下で、本判決は、特許法35 条の規定に(準拠法に左右されることなくかならず適用されるという意味での)「絶対的強行性」を認めて、同規定を国際的強行法規とみている。他方で、Ⅱでみたように、強行法規の連結方法が3 分類される通則法の下では、職務発明にかかる特許を受ける権利の承継の対価請求という労使間の権利義務に関わる特許法35 条の規定を国際的強行法規に分類することには賛同しがたい。換言すると、同様の事案が通則法により判断されるときには、特許法35 条の規定は直接的には適用されえないと考えられる。むしろ、
通則法12 条にいう「強行規定」であると解されよう。判旨が特許法35 条の規定
を国際的強行法規の資格で直接的に適用したのは、法例7 条の規定による処理をできるかぎり回避したいとの要請がはたらいた結果ともいえる。すなわち、強行法規の連結方法が2 種類(法例7 条の規定を媒介とする適用とこれを媒介としな
い直接的な適用)であった法例の下で、法例7 条にもとづき日本法を準拠法としたのちに日本法の一部として特許法35 条の規定を適用するのではなく、端的に、同規定を国際的強行法規とみて直接的に適用することにより、裁判所は規定の確実な適用を確保しようとしたとみることができる。労働契約に関する特則が設けられ、強行法規の連結方法が3 種類存在する通則法におけるのとは前提が異なる
ので、特許法35 条の規定を国際的強行法規に分類して直接的に適用した判旨の処理はやむをえなかったとも思われる。
特許法35 条の規定を通則法12 条にいう「強行規定」とみるならば、当事者により日本法が選択されているか、または日本法が最密接関係地法であれば同規定は適用されうる。本判決は、「日本人である原告と日本法人である被告の意思として、日本法によるとする意思であるものと推認することができる。」とし、日本法を選択する当事者の黙示意思を認定している。しかし、通則法の下で黙示意思が認定されるためには、特定の法秩序に依拠する当事者の意思が確定されなければならないので、判旨の挙げる事実のみで黙示意思を認定するのは困難であろ
78) 特許法35 条3 項の「特許を受ける権利」に外国において特許を受ける権利が含まれるかについて、学説・裁判例は分かれていたが(学説と裁判例の整理は、渡辺惺之「職務発明による外国で特許を受ける権利の移転対価の請求問題」L&T38 号(2008)11 頁以下参照)、最三小判平成18 年10 月17 日民集60 巻8 号2853 頁〔日立製作所職務発明事件上告審〕は、これが含まれるとの判断を示した。
う。裁判所としては、当事者の意思の懲表となる事情にもとづき日本法の黙示的選択を認定するか、または、これができないときには、日本法が最密接関係地法であるとして日本法を適用することとなろう(12 条3 項)。
b)当事者による黙示の法選択を認定して外国法を適用した裁判例
解雇の効力につき日本法の属地的な適用を認めた東京地決昭和40・4・26〔インターナショナル・エア・サービス事件〕とは対照的に、ニュージャージー州法人の日本支社のゼネラルマネージャーとして勤務する米国人労働者の解雇に関する東京地判昭和44・5・14〔シンガー・ソーイング・メシーン事件〕79)は、日本で労務を提供する労働者にたいする日本の解雇権濫用法理の適用を否定し、当事者の選択した外国法を適用している。裁判所は、ニューヨーク州法を選択する当事者の黙示意思を認定し、同法にもとづき解雇を有効としている80)。決定内容は次のとおりである。
「右契約を締結した際の当事者の意思は、右契約の成立及び効力についてアメリカ連邦法及びアメリカ・ニューヨーク州法をもって準拠法とするにあったと推認すべきである(法例7 条参照)。」「継続的労務給付地が日本であり、日本に独自の強行法規たる労働法規があるという一般的な理由にもとづき法例30 条を根拠として法例7 条の適用を排斥すべきではない。ただ個々の外国
79) 下民集20 巻5・6 号342 頁、判時568 号87 頁、判タ240 号215 頁。
本件に関連して、本件労働者の地位保全の仮処分に関する判決が存在する(東京地判昭和42・8・9 労民集18 巻4 号872 頁、東京高判昭和43・12・19 判タ240 号156 頁)。一審判決、控訴審判決のいずれにおいても、契約準拠法である米国連邦法およびニューヨーク州法の適用は法例30 条(通則法42 条)の公序に反しないとして、解雇は有効とされている。
80) 事案の概要は次のとおりである。X(米国国籍)は、昭和39 年7 月にニューヨーク市において、Y(ニュージャージー州法人)と雇用契約を締結した。この雇用契約には、XはYの日本支社のゼネラルマネージャーとして期間の定めなく日本で勤務すること、報酬については毎月日本支社から34 万円および本社から604 ドル余りが支給されること、子女の教育関係費が支給されること、そしてXの居住する建物および自家用自動車一台を無償で使用できることが定められていた。Xは契約にもとづいて昭和39 年8 月から日
本支社で勤務していたところ、YはXの業務不良を理由として、昭和40 年10 月に同年
11 月30 日かぎり解雇する旨の意思表示をした。本件は、前記建物の明渡しと前記自動車の引渡しを求めたものであるが、裁判所は、その前提問題である解雇の効力についても判断している。
法規を適用した結果日本の労働法規によって維持される社会秩序が個個的具体的に破壊されるか否かを判定すれば足りる。」「本件につき日本労働法上重要な地位を占める信義則ないし権利濫用の法理を適用しないことは、直ちに日本の労働法によって維持される社会秩序を破壊するとは断定できない。けだし日本において解雇の意思表示の効力がこれらの法理により制限される実質的理由は次のとおりと考えられる。日本の労働市場は非流動的であり、嘗ては使用者に圧倒的に有利であったのみならず、労働組合の団結及び交渉力は充分でなく、長期雇用を前提とした年功序列賃金及び多額の退職金制度が一般に採用されている関係上、老若男女を問わず一旦解雇された労働者は、賃金、職務上の格付、退職金の算定等も含め同等叉はそれ以上の労働条件を獲得して直ちに他に雇用されることが困難であって、解雇により生活上著しい打撃を受ける。ここにおいて裁判所は労働者のかかる事情と使用者の主張する企業経営上の要請とを比較考量して、そこに日本社会において妥当な一線を画すべく、解雇自由の原則に対しこれらの法理による制限を敢て加えたのである。」「本件をみると……前記のような労働事情のもとにある日本労働者とは無縁の存在である。従って右契約終了の意思表示につき信義則及び権利濫用の法理を適用しないからといって法例30 条にいう公の秩序に反するとは到底考えられない。」
本決定は、ニューヨーク州法によるとの当事者の黙示意思を認定したうえで、本件労働者を解雇権濫用法理の対象となる日本の労働者とは「無縁の存在」と位置づけて、同法理の適用を否定しても(通則法42 条に相当する)法例30 条の公序に反しないとしている。本決定によれば、労働契約においても当事者自治の原則が妥当し、当事者により選択された準拠法の適用結果が不当なときには、(通則法42 条に相当する)法例30 条の公序により、その適用が排除されるという通常の処理によることとなる。学説には、労働契約について、公序により当事者自治の原則を制限するという本判決の理論構成に批判的な見解が少なくない81)。公
81) 䝄場・前掲註76)29 ‒ 30 頁、澤木敬郎「判批」昭和44 年度重判解(ジュリ456 号)(1970)
199 頁。
序の発動は極めて例外的であるから当事者自治の制約原理としては不十分であること、また、公序により適用が確保されるのは日本法に限定されることなどをその理由とする82)。
本件が通則法により処理されるならば、適用法規の決定結果につき判断が異なる可能性がある。本判決は、使用者が米国法人であること、ニューヨーク市において契約が締結されたこと、そして報酬の一部が同州で支払われる約束があったことを基礎としてニューヨーク州法を選択する当事者の黙示意思を認定している。しかし、通則法の下では、本決定が挙げた事情のみから黙示意思を認定するのは困難であろう。ニューヨーク州法を選択する当事者の意思を確定する作業が求められる。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法になる
(12 条3 項)。本件では、労務提供地である日本の法が最密接関係地法と推定されるものの、米国との関連性の強さゆえに推定が覆る余地が十分に認められる。労働契約の集団性という観点からすると、本件労働者のように本社から派遣された上級管理者は、本社のある米国における労働組織に編入されていると評価されうるからである。本件労働者は長期雇用を前提とする「日本の労働者とは無縁の存在である」として日本の解雇権濫用法理の適用を否定した本決定からも、このことがうかがえよう83)。ニューヨーク州法を選択する当事者の黙示意思が認定されるか、または日本が最密接関係地であるとの推定が覆るときには、本決定と同様に米国法(ニューヨーク州法)が準拠法となり、本件解雇は有効と判断されることとなる。法選択が認められず、日本法が最密接関係地法とされるときには、日本法中の解雇権濫用法理が適用されて本件解雇は無効であるとの結果が導かれそうにもみえる。しかし、たとえ日本法が準拠法になるとしても、次の理由から本件解雇は有効であるとする本決定と同様の結果になると考えられる。
本件労働者のような上級管理者も使用者との関係では従業員たる地位にあるので、解雇権濫用の法理(労働契約法16 条)による保護それじたいは否定されな
82) 折茂豊『当事者自治の原則』(創文社、1970)123 頁以下、山田鐐一「判批」渉外判例百選〈増補版〉(1976)229 頁、松岡・前掲註43)181 ‒ 182 頁、米津・前掲註15)187 頁など参照。
83) 米津・前掲註15)174 頁も、本件は外国本社・本店所在地との間により密接な関連性が認められうる事例であったとしている。
いとしても、解雇権の濫用か否かの判断枠組みは長期雇用慣行の下にある通常の労働者とは異なりうる。本決定が指摘しているように、解雇権濫用法理は、日本的雇用慣行とりわけ長期雇用を前提として使用者の解雇の自由を制限するものであるからである84)。もっとも、近時の裁判例は、特定の職種・職位のために即戦力として中途採用された上級の管理者・技術者・営業社員などについて、能力不足・適格性欠如が明らかになった場合や当該職種・職位が廃止された場合に、比較的容易に解雇事由の存在を認める傾向にある85)。たとえば、東京高判昭和59・ 3・30〔フォード自動車事件〕86)においては、社長につぐ最上級管理職の1 つである「人事本部長」として中途採用された労働者、そして東京高決昭和63・2・22〔持田製薬事件〕87)においては、マーケティング部長として中途採用された労働者の能力不足を理由とする解雇が有効とされている。また、東京地判平成4・3・27
〔ザ・チェース・マンハッタン・バンク事件〕88)においては、系列リース会社のゼネラル・マネージャーに就任する目的で雇用された労働者の解雇につき、事業廃止・地位の喪失を理由とする解雇が有効とされている89)。解雇権濫用法理の解
84) 長期雇用慣行の下での解雇の不利益と解雇制限の実質的根拠を分析し、長期雇用慣行の変質、雇用の多様化・流動化といった利益状況の変化が解雇権濫用法理に及ぼす影響を検討したものとして、村中孝史「日本的雇用慣行の変容と解雇制限法理」民商119 巻4・ 5 号(1999)582 頁以下を参照。
85) 上級管理者にたいする解雇権濫用法理の適用をめぐる問題については、山口卓男「解雇紛争処理の判断枠組みの再検討─管理職労働者に対する解雇権濫用法理の適用事例をめぐって」企業法学8 号(2000)131 頁を参照。
もっとも、上級管理者であっても、能力不足・適格性欠如を理由とする解雇を無効とした裁判例もある。たとえば、東京地判平成13・2・27 労判812 号48 頁〔共同都心住宅販売事件〕においては、エグゼクティブ・ダイレクターとして中途採用された労働者について、3 ヶ月半程度の短期間に業績が上げられなかったこと、会社の了承を得ずに他社の求人募集に応募し面接を受けたことを理由とする解雇は解雇権の濫用にあたるとされた。
86) 労民集35 巻2 号140 頁、判時1119 号148 頁、労判437 号41 頁、労経速1197 号5 頁。
87) 労判517 号63 頁、労経速1318 号8 頁。
88) 判時1425 号131 頁、労判609 号63 頁。
89) 本判決においては、本件雇用契約の目的は出向に限定されていて出向元会社は事前の配置転換義務を負わず、出向先会社の事業廃止を理由とする本件解雇は有効とされた。これにたいして、能力不足・適格性欠如を理由とする場合には職種の特定の有無を検討すれば足りるとしても、本件は整理解雇的側面を有するので、従来の整理解雇法理を適用して判断すべきであったとの批判もある(土田道夫「判批」判評411 号(判時1449 号)
(1993)49 ‒ 50 頁、小川美和子「判批」ジュリ1056 号(1994)164 ‒ 165 頁)。
釈として、雇用契約上職種・職位が特定されて上級管理者として中途採用された労働者については、労働者の能力不足・適格性欠如が明らかになった場合または当該職種・職位が廃止された場合、解雇は濫用ではないと判断されうるといえよう90)。
判例のこうした傾向に鑑みると、本件労働者の解雇も解雇権の濫用ではないと判断される余地が十分にあると思われる。本件労働者は、「日本支社におけるゼネラル・マネージャーとして雇用する旨を約し」て雇用契約を締結しており、雇用契約上職種・職位が特定されて中途採用された上級管理者であるとみることができ、また当事者間に争いのない事実によると、本件労働者は、日本支社の組織変更に伴う地位の廃止および業績不良を理由に解雇されているからである91)。
c)当事者による黙示の法選択を認定して日本法を適用した裁判例
日本法を選択する当事者の黙示意思を認定して日本法を適用した東京地決昭和 63・12・5〔サッスーンリミテッド事件〕92)においても、労働契約上職種・職位を特定して中途採用された上級管理者(英国法人の東京事務所代表者として勤務していた英国人)の解雇の有効性が争点となった。当事者の選択した外国法を適用し解雇を有効とした東京地判昭和44・5・14〔シンガー・ソーイング・メシー
90) 山口によると、「契約上、職務・職位が特定(限定)されていれば、使用者は労働者に他の職務・職位への配転を命じる権利がない(制限される)と解されるから、逆に、解雇の場面で、配転の可能性等を考慮する余地もなくなり(狭められ)、当該部署が廃止されたり、当該職務について不適格と判定されれば、そのことがそのまま解雇を比較的容易に肯定する判断につながることになる」(山口・前掲註85)152 頁)とされる。
91) 本件労働者の解雇事由として、労働者の業績不良および日本支社の組織変更によるポストの消滅が挙げられているものの、本件において企業の経営悪化や事業部門の閉鎖、そして人員整理の必要性といった事実を判旨からうかがうことはできない。したがって、本件解雇は、労働者の個人的能力および行為などを理由とする解雇であり、「組織変更による、労働者のポストの消滅」はこれを補完する理由にすぎないとみることもできよう。
92) 労民集39 巻6 号658 頁。
事案の概要は次のとおりである。日本に生活の本拠を有するX(英国国籍)は、ロンドン滞在中にY(英国法人)の代表者Aと面接し、Yの東京事務所の代表者として雇用されることになり、昭和61 年8 月その旨の通知をロンドンで受取った。契約中に準拠
法の明示的な定めはなかった。Yの代表者Aは、昭和62 年10 月15 日に東京においてX
にたいして口頭でXを解雇すること、解雇予告の代わりに30 日分の賃金に相当する金
額を支払うことを告げ、同月19 日その金額を小切手でXに交付した。Xは解雇が不当であると主張し、雇用契約上の地位保全および賃金の支払を請求した。
ン事件〕とは異なり、本決定は、日本法の黙示的選択を認めて、日本法にもとづき解雇を有効としている。この判断は、職種・職位が特定された上級管理者の能力不足・適格性欠如を理由とする解雇を有効とした前述の東京高判昭和59・3・ 30〔フォード自動車事件〕をはじめとする一連の裁判例に沿ったものと評価できよう。本決定は、準拠法について次のように述べている。
「英国法においては、継続した雇用期間が2 年未満の場合には、1 週間前に解雇を予告するか、1 週間分の賃金相当の予告手当を支払うことによって解雇をなしうるとされており、疎明によると、リング(筆者註、債務者である使用者の代表者)もこのことを理解していたことが一応認められるところ、前認定のとおり、リングは債権者に対し解雇の意思表示をなすとともに、債権者の30 日分の賃金相当の予告手当を支払っているが、これは、リングが、 30 日前に解雇予告をなすか30 日分の賃金相当の予告手当の支払を必要とする日本の労働基準法に従って解雇の意思表示を行ったものと解することができる。これに、……債権者の職種は東京事務所の代表者であって、労務提供地のみが予定されていたこと、契約の締結が英国で行われたのも、債権者が所用でのロンドン訪問中になされたものであること、以上の事実を併せ考えると、債権者および債務者の意思は、本件雇用契約の準拠法は、日本法であったと推認するのが相当である。したがって、法例7 条1 項により、本件契約の成立及び効力については、日本法によることになる。」
本決定は、日本法にしたがった予告手当の支払、労働者の職種(東京事務所の代表)および労務提供地(日本)を基礎に、日本法を選択する黙示意思を認定している。同様の事案が通則法の下で判断されるならば、本決定の挙げた事実のみから日本法に依拠する当事者の意思を確定し、黙示の法選択を認定できるかは疑わしい93)。日本法はもとより、英国法についても、これに依拠する当事者の意思の徴表となる事情があるかを探求する必要があろう94)。本決定が黙示意思を認定する基礎とした事情は、通則法の下では黙示意思の探求においてではなく、むしろ最密接関係地の決定において考慮されるべきものといえる。法選択が認められ
ないときには、労務提供地である日本の法が最密接関係地法として準拠法になる可能性が高いといえる(12 条3 項)。たしかに、本件労働者は英国人であり、英国本社によって雇用され日本支社に勤務していることから、本件労働契約は英国とより密接に関係するとして推定が覆る余地がないわけではない。しかし、本件労働者は英国人であるといっても契約締結以前から日本に生活の本拠を有しているので、外国にある本社から派遣された上級管理職が本社所在地の労働組織に編入されているケースとはいいがたい。労働者と使用者の国籍が一致するという事情以外に英国との強い関連性を示す事情がないとすると、日本法が最密接関係地法であるとの推定は覆らないとみられる。
当事者による日本法の黙示的選択を認めたもう1 つの裁判例は、米国法人の日本支社に勤務する日本人労働者による賃金請求(主位的請求)と休業手当請求
(予備的請求)に関する東京高判昭和57・7・19〔ノースウエスト航空事件〕95)である。ただし、本判決が当事者の黙示意思を認定して日本法を準拠法としたのは、主位的請求である民法上の請求権(民法536 条2 項にもとづく休業期間内の未払賃金の給付)にかぎられるということに注意を要する。本判決は、次のように述べて、賃金請求につき日本法が適用されるとしている。
93) 本決定は、日本法の黙示的選択を認定するにあたり、解雇手続が日本の労働基準法に合致していたことを重視しているようにみえる。しかし、日本法にしたがって解雇手続が行われたのは、解雇を日本で有効なものとするためであったにすぎないとも考えられ、この事情が黙示意思の重要な徴表といえるかは疑問である(高桑昭「判批」ジュリ961号(1990)240 頁、佐野寛「判批」平成元年度重判解(ジュリ957 号)(1990)(以下、佐野Ⅱ)285 頁)。
94) 佐野は、本件雇用契約が英国において英国人と英国法人間で締結されたことや、東京事務所の代表者という管理職として雇用されていることを考慮すると、当事者が英国法の適用を主張していれば、英国法が適用される余地も十分にあったとしている(佐野・前掲註93)(佐野Ⅱ)285 頁)。
95) 労民集33 巻4 号673 頁、判時1051 号149 頁、判タ483 号130 頁、労判390 号36 頁、労経
速136 号27 頁。
事案の概要は次のとおりである。Xら(日本国籍)はいずれも、Y(航空会社・米国法人)の従業員であり、また訴外A組合の組合員であって、本件ストライキ当時それぞれYの大阪営業所または沖縄営業所に勤務していた。Yは組合の争議行為によって、スト対象外である大阪および沖縄においても操業が不可能になったとして、Xらに休業を命じ、その間の賃金をカットした。これにたいし、Xらは休業が使用者の責めに帰すべき場合にあたるとして、主位的に民法536 条2 項にもとづく休業期間内の未払賃金の給
付を、予備的に労働基準法26 条にもとづく休業手当の支給を求めた。
「賃金債権は雇傭契約より生ずるものであるから、その成立及び効力については、法例第7 条第1 項により、当事者の意思に従い日、米いずれの法律に
よるべきかを定むべきところ、被控訴人(使用者)は商法第479 条に則り、日本における代表者及び営業所を定め、その登記をなしている(この点は記録によって認められる。)のであるから、日本国内において日本人を雇傭する場合においては日本法による意思があったものと推認せられる。よって主たる請求については日本法に基づいて判断したものである。仮りに右推認が誤りであるとしても、他に当事者の意思を明かにする資料はないから、同条第2 項により同様の結果となる。」
他方で、本判決は、予備的請求である休業手当請求については当然に日本法が適用されるとしている。
「休業手当債権は、日本における強行的私法たる労働基準法第26 条による権利であって、もともとアメリカ法を適用すべき余地のない問題であるから、予備的請求については、当然のことながら、日本法によって判断したものである。」
本判決は、賃金請求と休業手当請求のいずれについても日本法が適用されるとしたうえで、予備的請求である休業手当請求を認容している。裁判所は、賃金請求を法例7 条の枠組みにより処理する一方、休業手当請求を国際私法法規を媒介としない直接的適用により処理している。同様の事案が通則法の下で処理されるとすると、Ⅱでみたように、労働基準法26 条の規定は通則法12 条の規定の指定
対象になると解されるので、主位的請求と予備的請求が通則法12 条の枠組みにおいて統一的に処理されることとなる96)。
主位的請求につき判旨は、使用者が商法479 条により代表者と営業所を定めて登記しており、日本国内で日本人を雇用しているという事情から、日本法によるとの黙示意思を認定している。しかし、同様の事案が通則法により判断されるときには、これらの事実のみにもとづいて日本法の黙示的選択を認定できるかは疑わしい。日本法に依拠する当事者の意思の懲表となる事情があるかが問われなけ
ればならない。判旨が黙示意思を認定する基礎とした事情は、当事者の意思の徴表であるというよりも、むしろ契約関係と日本との客観的関連性を示すものといえよう。法選択が認められないときには、最密接関係法が準拠法となる(12 条3項)。本件では、労務提供地である日本の法が最密接関係地法と推定され、使用者が外資系企業であるという事情のほかにはアメリカとの強い関連性を示す事情はないとすると、日本法が最密接関係地法であるとの推定は覆らないとみてよいであろう。
最後に、日本法を選択する当事者の黙示意思を認定した最近の裁判例として、米国ジョージア州港湾当局の極東代表部に勤務する日本人労働者の解雇に関する東京地判平成18・5・18〔米国ジョージア州解雇事件〕97)を検討する。本判決は、日本法が準拠法であるとしたうえで、本件解雇を解雇権の濫用と判断している。準拠法についての判断は次のとおりである。
「原告と被告ジョージア州との間の雇用関係は、現実に契約締結に関与した者、契約締結の経緯、契約締結をした場所、原告が労務を提供する場所、原
96) 休業手当請求権と賃金請求権は競合すると解されている(最二小判昭和62・7・17 民集
41 巻5 号1283 頁〔ノースウエスト航空事件上告審〕)。労働基準法26 条の「使用者の責めに帰すべき事由」と民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」の関係について、ノースウエスト航空事件上告審判決は、前者の方が後者よりも広い範囲をカバーするとしている。すなわち、民法上は使用者の責めに帰すべきでないとされる経営障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しているような場合には、使用者の責任により仕事ができなくなったものとして、使用者は労働者にたいして平均賃金の100 分の60 以上の額を支払わなければならないとされる(小西=渡辺=中嶋・前掲註7)295 ‒ 296 頁、菅野・前掲註7)232 頁など参照)。労働基準法26 条の規定は、民法536条2 項の規定の保護の対象外のケースについて労働者を特別に保護している。通則法の下では、特別法と一般法の関係にある両規定の統一的な処理が確保されるといえよう。
97) 労判919 号92 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(日本国籍)は、平成7 年に、Y(米国ジョージア州)の港湾当局極東代表部(のちに日本代表部に改称。)の職員として雇用された。平成12 年9 月12 日、YはXにたいし同月15 日付で解雇する旨の通知をした。これにたいして、Xは本件解雇は解雇権の濫用であるとして、雇用契約上の地位確認と賃金の支払を求めた。
本件において、Yは本案前に裁判権免除を主張しており、一審判決(東京地中間判平成17・9・29 判時1907 号152 頁)はこれを否定したのにたいして、控訴審判決(東京高判平成19・10・4判時1997号155頁)はこれを肯定して訴えを却下すべきものとしている。
告の職務の内容、極東代表部を日本の厚生年金、健康保険、雇用保険及び労災保険の適用事業所としていたこと等、すべてが日本に密接に関係しているのに対して、雇用者が被告ジョージア州に関係する要素はない。こうした事情に照らせば、原告と被告ジョージア州とが雇用契約を締結するに際して、雇用契約との関係が希薄な被告ジョージア州の法律の適用を想定していたとは考えられず、その雇用関係に密接に関係している日本の法を雇用関係を巡る紛争についての準拠法とする黙示的な合意があったと認めるのが相当である。」
判旨は、日本と関係する客観的要素(現実に契約締結に関与した者、契約締結の経緯、契約締結地、労務提供地、原告の職務内容、極東代表部が日本の厚生年金、健康保険、雇用保険及び労災保険の適用事業所)の多さから、契約関係と日本との間に密接な関係を認める一方、ジョージア州に関係する要素はないと指摘する。判旨によると、契約との関係が希薄なジョージア州法によることを当事者が想定していたとは考えられず、契約関係と密接に関係する日本法による旨の当事者の黙示意思が認められるとされる。
同様の事案が通則法の枠組みの中で処理されるとすると、判旨が挙げる事情のみから日本法を選択する黙示意思を導くことができるかは疑わしい。判旨は、当事者の意思を確定するというよりも、契約関係と密接に関係する地を明らかにしているといえるからである。通則法の下で黙示意思を認定する際に問われるべきは、特定の法秩序と契約関係との密接な関係ではなく、特定の法秩序に依拠する当事者の意思である。日本法の黙示的選択を認めるためには、日本法に依拠する当事者の意思が確定されなければならない。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法となる(12 条3 項)。日本と密接な関係があるとする本判決における評価を前提とするかぎり、労務提供地法である日本法が最密接関係地法であるとの推定は覆らず、日本法が準拠法になると考えられる。契約関係はジョージア州よりも日本と密接に関係するとの裁判所の評価は、通則法の下では、黙示意思の認定においてというよりも、むしろ最密接関係地の決定において意味をもつこととなろう。
d)当事者による法選択がないとして行為地法である日本法を適用した裁判例最後に、当事者による法選択がないとして、法例7 条2 項にもとづき行為地法 たる日本法を適用した裁判例をみてみたい。在日中華民国人の子弟にたいする教育を目的とする日本法人に勤務する中華民国人労働者の雇用契約の更新拒絶に関する東京地決昭和58・3・15〔東京中華学校事件〕98)は、日本法が準拠法であるとしたうえで、日本法によれば更新拒絶により契約が終了するとしている。本決定は、次のように述べて中華民国法を選択する黙示意思の存在を否定している。
「債務者は、中華民国の教育宗旨にのっとり在日中華民国人の子弟に対して母国教育を実施している特殊機関である(なお、債務者が中華民国政府の認可を受けて設立されたものであることは、前示のとおりである。)から、その教育活動はもとより、学則、教職員の服務規定等すべて中華民国の法令および慣習に基づいて定められ、日本の同等学校とは異なった独自の運営がされていること、債務者は債権者を雇用するに際して有効期間を1 年とする聘書を債権者に交付し、その後も各年度ごとに同様の聘書を債権者に交付して雇用を継続してきているが、これら聘書は中華民国語を使用し、かつ、同国で通常の教員任用制度とされる招聘手続における聘書の書式であったことが一応認められる。」「しかしながら、他方、債務者は日本法に基づいて設立された財団法人であって、事務所を日本国内に置いているものであり、また、債権者は、中華民国国籍を有する者ではあるが、既に我が国において15 年以上も生活を続けていて、その生活の本拠は我が国にあること、債務者に最初に教師として招聘された当時、債権者は我が国の明治大学大学院の博士課程に在学しており、したがって、本件雇用契約の締結地も我が国であること、
98) 判時1075 頁158 頁、判タ506 号110 頁、労経速1161 号14 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(中華民国国籍)は、昭和46 年4 月から10 年間 Y(在日中華民国人の子弟にたいする教育を目的として設立された日本法にもとづく財団法人)の教員として労務を履行していた。Yは教員を雇用する際、有効期間を1 年とする聘書を交付し、毎年これをXらに交付して雇用を継続していた。しかし、56 年度の聘書の内容が高校教員から小学校教員に変更になったことを不満としたXが同聘書の受領を拒否したため、Yは、前年度の聘書の有効期間の満了により雇用契約も終了したとしてXの就労を拒否した。これにたいして、Xは雇用契約上の地位保全を求めた。
および、本件雇用契約の履行地も当然我が国であること、以上の事実が疎明されるから、これらの事実をあわせ考えるときは、前記疎明された事実のみをもってしては、未だ本件雇用契約の準拠法を中華民国法とする旨の黙示の意思表示があったものとするに足りないといわなければならない。けだし、本件雇用契約の締結地でありかつその履行地である我が国においては、通常、当然に日本法が適用されているものであるから、例外として本件雇用契約の準拠法を中華民国法と定めることは、この当然に適用される日本法を排除する趣旨を含むものでなければならない……本件雇用契約については、その準拠法につき明示的な意思表示はもちろん、黙示の意思表示も存在しないものというべきであるから、準拠法に関する当事者の意思が分明ならざる場合として、法例7 条2 項により、その準拠法は行為地法によるというべきであるところ、本件雇用契約の行為地がわが国であることは前示のとおりであるから、結局本件の準拠法は日本法であるといわなければならない。」
本決定は、①本件債務者が在日中華民国人の子弟にたいして母国教育を実施している特殊機関であること、②学則や教職員の服務規定などすべて中華民国の法令および慣習にもとづいて定められていること、そして③債権者は中華民国の教員任用制度にもとづいて雇用されていることからは中華民国法を選択する黙示意思を認定できないとして、法例7 条2 項の規定により行為地法である日本法を適用している。
同様の事案が通則法により処理されるとしても、当事者による黙示の法選択の有無が問われることとなる。中華民国法によるとの黙示意思はもちろん、日本法によるとの黙示意思が認められるかも検討の余地があろう。本決定において中華民国法を選択する黙示意思のみが探求された背景には、本件では行為地法が日本法であったために、日本法によるとの黙示意思をあえて認定しなくとも、日本法を適用しうるとの配慮があったと考えられる。黙示意思を探求する際に本決定が考慮している事実を前提とするかぎり、通則法の下でも、中華民国法を選択する黙示意思が認定される可能性は低いと思われる。②教職員の服務規定などがすべて中華民国法にもとづいているという事情は、当事者の意思の懲表といえなくも
ないものの、これだけで黙示意思を認定できるほど強い徴表であるとはいいがた い。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法になる(12 条3項)。本件においては、労務提供地である日本の法が最密接関係地法と推定されるので、中華民国と関連する事情を考慮して、この推定が覆るかを検討する必要がある。黙示意思を探求するにあたり本決定が挙げた中華民国と関連する事情は、中華民国が最密接関係地であるかを評価するために考慮されることとなろう。日本国内において労務が提供される事案に関する裁判例には、a)日本法が属 地的・強行的に適用されるとしたもの、b)当事者による黙示の法選択を認定して外国法を適用したもの、c)当事者による黙示の法選択を認定して日本法を適用したもの、そしてd)当事者による法選択がないとして行為地法である日本法
を適用したものがあった。
日本で労務が提供されるときには、国際的強行法規である日本の労働法規が直接的に適用される。日本の労働法規の適用いかんが問われていれば、当該法規が国際的強行法規かを確定する必要があろう。日本法を直接的に適用した裁判例のうち、労働組合法7条1号の適用が問題となった東京地決昭和40・4・26〔インターナショナル・エア・サービス事件〕は、通則法の下でも同様に処理されると考えられる。これにたいして、特許法35条の適用が問題となった東京地判平成16・2・ 24〔味の素アスパルテーム職務発明事件〕および労働基準法26 条の適用が問題となった東京高判昭和57・7・19〔ノースウエスト航空事件〕においては、各規定は直接的には適用されない。通則法12 条の規定にしたがって日本法が準拠法とされれば、準拠法の一部として適用されよう。
通則法の下では黙示意思の認定がこれまでよりも厳格になるため、少なくとも裁判所が黙示意思を認定する際に挙げた事情を前提とするかぎり、黙示意思の存在を肯定するのは困難となろう(東京地判昭和44・5・14〔シンガー・ソーイング・メシーン事件〕、東京地決昭和63・12・5〔サッスーンリミテッド事件〕、東京高判昭和57・7・19〔ノースウエスト航空事件〕、東京地判平成18・5・18〔米国ジョージア州解雇事件〕)。当事者の意思の懲表となる事情にもとづき、特定国の法秩序に依拠する当事者の意思が確定されなければならない。裁判所が黙示意思を認定する基礎としていた事情の多くは、特定国との関連性を裏づけるものと
して、通則法の下では最密接関係地を決定する際に考慮されることとなる。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法となる。労務提供地である日本以外の国において労務の提供と対価の支払という関係が継続しており、労働者がこの国の労働組織に編入されていると評価されるときには推定が覆る可能性がある(東京地判昭和44・5・14〔シンガー・ソーイング・メシーン事件〕、東京地決昭和63・12・5〔サッスーンリミテッド事件〕、東京高判昭和57・7・19
〔ノースウエスト航空事件〕、東京地判平成18・5・18〔米国ジョージア州解雇事件〕、東京地決昭和58・3・15〔東京中華学校事件〕)。
2.日本国外で労務が提供される事案
日本国外で労務が提供される事案に関するこれまでの裁判例は、日本企業によって雇用され海外の関連会社などへ異動する労働者(以下、「海外勤務」と称する。)に関するものと現地採用労働者に関するものの2 つに大別することができる。これらの裁判例は、いずれも準拠法いかんを問うことなく日本法を適用して判断している。Ⅱでみたように、日本国外で労務が提供される場合、通則法 12 条にいう「労務提供地」は、原則として現実に労務が提供される現地であると解される。もっとも、海外勤務のうち、通常国内の事業場で就労する労働者が一時的に国外で労務を提供する「海外出張」については、商談や打ち合わせ、アフターサービスなどを目的とし、日本国内での業務の一環であると把握できるため、日本を労務提供地とみてよいであろう。他方で、外国の事業場に所属して、そこでの指揮命令下で労務を提供する「海外派遣」、「海外出向」または「海外駐在」などと呼ばれる形態においては、現地を労務提供地とみるべきであると思われる99)。現地採用については、現地を労務提供地とみて問題なかろう。
以下では、海外勤務に関する裁判例を、a)海外出張、b)海外出向・海外派遣の順にみたのち、c)現地採用に関する裁判例を検討する。
99)「海外出張」と「海外派遣、海外出向または海外駐在」との2 分類については、山川・前掲註16)(山川Ⅱ)5 ‒ 6 頁を参照。また、山川は、海外出張者と海外派遣者の一般的区別として、労働者災害補償保険法の特別加入の対象となる労働者であるか否かの区別を参照している(山川・前掲註16)(山川Ⅱ)186 頁)。
a)海外出張
海外出張に関する裁判例として、ベトナム出張中の労働者の無断帰国を理由とする解雇に関する東京地判昭和44・4・30〔日本工営事件〕をみてみたい100)。ベトナムに出張していた日本人労働者と日本法人との間で、出張中の無断帰国を理由とする解雇の効力が争点となった事案である。裁判所は日本法を適用して解雇を無効と判断した。本件においては、出張期間が10 ヶ月に及んでおり、期間の長さのみに着目するならば、出張という用語が使用されてはいるものの、これを日本国内での業務の一環として把握できるかは疑問がないではない。しかし、本件労働者は、開発途上国への技術支援を職務内容とする技術系のコンサルタントであり(ベトナムにおいても水理実験所の建設のための技術援助やダムの調査などを行っていた。)、その職務の性質上、海外における調査などの活動は国内での通常の業務の一環として行われているとみてよいと思われる。同様の事案が通則法により処理されるならば、当事者による日本法の黙示的選択が認定される場合はもちろんのこと、これが認定されないとしても労務提供地である日本の法が最密接関係地法として適用されると解される(12 条3 項)。
海外出張の裁判例には、出張中の労働災害について、労働者が労働者災害補償保険法にもとづき保険給付を求めた事案に関わるものが多くみられる101)。いずれの事案においても、裁判所は準拠法の問題に言及することなく、労働者災害補償保険法の規定を適用して判断している。Ⅱでみたように、労働者災害補償保険法が国際的強行法規に分類されるとすると、同法中の規定は、その地域的適用範囲に含まれる事案にたいして直接的に適用されることとなる。海外出張中の労働
100)労民集20 巻2 号384 頁、判時556 号37 頁、判タ234 号165 頁。
事案の概要は次のとおりである。技師であるX(日本国籍)は、昭和34 年6 月に技術コンサルタント、電気土木工事請負および電気機器の製作を目的とするY(日本法人)に雇用された。Xは昭和39 年8 月にインドネシア出張を命じられ、さらに昭和40 年1 月
にベトナム出張を命じられた。同年5 月、XはYに一時帰国願を出し、Yのサイゴン事務所長もXの一時帰国願を相当と認め、Yに上申した。しかし、Yはこの上申を却下し、 Xの一時帰国願を拒否したうえで、同年6 月、Xにたいしてあらためてベトナム転勤を命じた。Xは転勤命令を機に、当時戦火にあったベトナムの戦局の緊迫化と身辺の整理を理由に、再度一時帰国願を出したが、XはYの許可を得ることなく同年6 月下旬に帰国した。就業規則違反であることを理由として懲戒解雇されたXは、解雇が不当労働行為または解雇権濫用であるとして、雇用契約上の地位保全を求めた。
者は、特別加入を要せずに同法の適用対象になると解されているので、通則法の下でも、海外出張中の労働者の労働災害にたいして労働者災害補償保険法の規定は直接的に適用されるといえよう。
b)海外出向・海外派遣
海外出張以外の海外勤務をめぐる裁判例としては、海外出向に関するものと海外派遣に関するものがある。海外出向に関する3 件の裁判例、海外派遣に関する
1 件の裁判例を順に検討する。
海外出向に関する裁判例として、①東京地判昭和43・12・14〔マルマン事件〕102)、
②大阪高判昭和55・3・28〔日本製麻事件〕103)および③東京地判平成11・3・16
〔ニシデン事件〕104)をとりあげたい。事案はそれぞれ次のようなものであった。
①東京地判昭和43・12・14〔マルマン事件〕
米国法人設立のために米国法人へ出向した日本人労働者と出向元会社との
101)たとえば、神戸地判平成8・4・26労判695号31頁〔加古川労基署長(神戸製鋼所)事件〕
(インド出張中の日本人労働者の自殺につき業務起因性を肯定。)、名古屋高判平成8・ 11・26 労民集47 巻5・6 号627 頁〔名古屋南労基署長(矢作電設)事件〕(韓国出張中の日本人労働者の脳出血による死亡につき業務起因性を肯定。)、岡山地判平成17・7・12労判901 号31 頁〔玉野労基署長(三井造船玉野事業所)事件〕(サウジアラビア出張中の日本人労働者の自殺につき業務起因性を肯定。)、最三小判平成16・9・7 裁時1371 号 2頁、労判880号44頁〔神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件〕(韓国、台湾、香港などに出張中の日本人労働者が海外出張中に発症したせん孔性十二指腸潰瘍につき、業務起因性を肯定。)、東京地判平成19・5・24 労判945 号5 頁〔八王子労基署長(パシフィックコンサルタンツ)事件〕(カリブの小国に単身赴任中の日本人労働者の鬱病発症と自殺について業務起因性を肯定。)。
102)判時548 号97 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(日本国籍)は、昭和37 年2 月からY(日本法人)に雇用されていたところ、Yの米国法人設立のために、昭和39 年9 月に米国出張を命じられた。Xの出張命令の内容は、現地法人の設立準備、そして設立後はYを休職して同法人の総務部長に就任することであった。Xは、昭和41 年9 月に帰国し、Yを退職したのち、出張期間中の俸給および海外派遣手当の未払分を請求した。
103)判時967 号121 頁、労経速1059 号17 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(日本国籍)は、昭和43 年4 月にY(日本法人)に雇用され、昭和50 年5 月からYのタイ現地法人訴外AおよびBへ出向を命じられた。その後タイの治安状態が悪化し、現地法人が操業不能になり、資産も凍結されたため、昭和51 年9 月以降はXにたいする給与の支払は途絶えた。Xは昭和52 年1 月に帰国し、未払賃金の一部を受取ってYを退職したのち、Yにたいして残余額の支払を求めた。
間で、出向先会社が賃金支払義務を負う旨の約定があったか否かが争点となった。裁判所は、出向先会社の資本、役員、職員数、設立目的、給与の支払にあてられている銀行口座の内容などからすると、かかる約定の存在を認めることはできないとして、出向元会社の賃金支払義務を肯定した。
②大阪高判昭和55・3・28〔日本製麻事件〕
日本の親会社からタイの子会社へ出向した日本人労働者と出向元会社との間で、出向先が支払不能となったときに出向元が賃金を支払う旨の合意があったか否かが問題となった。裁判所は、雇用契約関係が存続しているからといって、当然に出向元が賃金支払義務を負担するということはできず、その負担いかんは出向元と労働者との合意により決まるとした。裁判所は、本件では特段の事情がないかぎり出向先が賃金支払義務を負担する旨の合意があったとしながらも、出向先が支払不能となったときには出向元がこれを負担するとの黙示の合意も存在するとして、出向元に賃金支払を命じた。
③東京地判平成11・3・16〔ニシデン事件〕
日本の親会社からシンガポールの子会社へ出向した日本人労働者3 名と出向元との間で、出向元が出向中の未払賃金と解雇予告手当の支払義務を負うか否かが争点となった。裁判所は、出向期間中の賃金を子会社が負担する旨の合意の存在を否定して出向元に賃金支払を命じるとともに、出向元に解雇予告手当の支払も命じた。
いずれの裁判例においても、裁判所は、出向元にたいして出向期間中の未払賃金の支払を命じている。この点に関しては、労働基準法中の特定の規定の適用は
104)労判766 号53 頁、労経速1711 号12 頁。
事案の概要は次のとおりである。Y(日本法人)は、Yの香港の現地法人Aの子会社としてシンガポール国内の現地法人Bを設立した。Yは、AまたはBで勤務させる目的で平成9 年にXら(いずれも日本国籍)を採用した。採用後、Xらはシンガポールに
赴任しBで勤務していたところ、平成10 年9 月10 日、Yは事業所閉鎖を理由としてXらにたいして解雇の通知をした(その後、Yは、すでにYに在籍していないXらにたいする9 月10 日付の解雇通知が間違いであったとして、9 月22 日にこれを撤回する旨の通
知をした。)。Yに雇用され、Yに解雇されたと主張するXらは、Yにたいして平成10
年7 月16 日から解雇日までの未払賃金、夏期手当および解雇予告手当の支払を求めた。
問題とされていない。裁判所は、労働基準法第二章を判断の前提として、当事者間の合意内容をみて出向元の賃金支払義務を肯定しているようである。③ニシデン事件においては、賃金支払義務のほかにも労働基準法20 条の規定にもとづき出向元が解雇予告手当の支払義務を負うか否かが争われており、裁判所は同規定を適用して支払義務を肯定している。
それぞれ同様の事案が通則法の下で処理されるならば、まず、黙示の法選択があるかを明らかにしなければならない。労働契約の継続性からすると、一般に、出向の場合には予見可能性と法的安定性を確保するために準拠法をあらかじめ固定する要請がはたらくといえる。日本法に依拠する当事者の意思の徴表となる要素を手がかりに、日本法の黙示の選択があるかが検討されよう。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法になる(12 条3 項)。各事案において、労務提供地は現実に労務が提供される現地であるとすると、現地法が最密接関係地法と推定される。もっとも、いずれの事案においても出向元の未払賃金支払義務が肯定されていることからもわかるように、出向の場合には、出向労働者と出向元である日本の会社との間の結びつきが維持されるため、日本との関連性が依然として強いとして、日本が最密接関係地とされる余地が十分にあろう。とりわけ、日本の本社から現地法人や支社などに派遣されて上級管理職として勤務する出向労働者については、日本において労務の提供と対価の支払という関係が継続しており、日本の企業組織に依然として編入されているとみられる場合が少なくない。契約関係をめぐるあらゆる事情を考慮して、現地法が最密接関係地法であるとの推定が覆るかを慎重に判断する必要があろう。
海外派遣に関する東京地判平成2・9・11〔三和プラント工業事件〕105)は、労働者派遣事業を目的とする使用者に雇用され、訴外会社のポンプ設備現地据え付け
105)労民集41 巻5 号707 頁、労判569 号33 頁、労経速1406 号7 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(日本国籍)は、土木工事・建築工事の設計・施工・管理などを目的とするY(日本法人)によって、昭和62 年8 月から63 年3 月までカタールへ派遣され、訴外Aのポンプ据え付け工事に従事していた。Xはカタールへの派遣に際し、「海外派遣契約」をYと締結した。これによると、就業形態は原則として派遣先企業の指示および現地就業規則によること、そして時間外手当は派遣の対価に含まれることとされていた。Xは、派遣期間中に行った時間外労働および休日労働につき、 Yにたいして時間外手当を求めた。
工事に従事するためにカタールに派遣された日本人労働者が、現地で行った時間外労働と休日労働につき時間外手当の支払を求めた事案である。判旨は、準拠法の問題に触れることなく労働基準法37 条の規定を適用し、時間外手当は派遣の対価に含まれるとの合意を無効とした106)。
同様の事案が通則法の下で処理されるとすると、当事者による法選択の有無がまず検討されよう。派遣労働者と派遣元事業主との間にのみ労働契約関係が存在し、派遣先との間には指揮命令関係が存在するにとどまるという派遣労働契約の特徴に鑑みると、日本から労働者が海外派遣されるケースにおいては、日本法による旨の明示または黙示の意思が認められる可能性が高い。とくに本件のように、派遣先の海外での有期事業のために労働者が派遣されるときには、労務提供地は派遣先のプロジェクト内容に応じて決定されるため、予測可能性・法的安定性の確保および雇用管理上の便宜から、派遣元が労働契約の準拠法をあらかじめ日本法に固定している可能性が高い。黙示の法選択を基礎づける事情の存在は判旨から判然としないものの、これが認定されてもおかしくない事案であるといえよう。また、法選択がないとされ最密接関係地法が準拠法になるとしても、労務提供地である現地の法が最密接関係地法であるとの推定が覆り、日本法が最密接関係地法とされる余地が十分にあると思われる。
海外派遣が問題になった本件においては、通則法の枠組みの外で、日本の労働者派遣法が派遣元にたいして直接的に適用されるという点も指摘しておきたい。日本の派遣元から労働者が海外派遣される場合、派遣労働者は日本国内で派遣に必要な手続を行うので、労働者派遣法は派遣労働者の保護に重大な関心をもつといえる107)。海外にある派遣先には規制が及ばないことに配慮して、労働者派遣法は、同法中の「派遣先が講ずべき措置」に実効性をもたせるため、海外派遣を
106)和田肇「判批」ジュリ987 号(1991)118 頁は、本件労働者にたいする労働基準法の適用が正当化されるかを検討する必要があったと指摘している(和田は、本件における海外派遣先が事業として独立性をもたないことから、労働基準法の適用を肯定してよいとしている。)。しかし、Ⅱでみたように、たとえ事案が労働基準法の地域的適用範囲に含まれないとしても、労働基準法37 条の民事的側面についてはその適用を肯定してよいと考えられる。
107)山川・前掲註16)(山川Ⅱ)218 頁、野川忍『労働法』(商事法務、2007)118 頁。
行うときには届出義務を課し(23 条2 項)、また、「派遣先事業主が講ずべき措置」と同様の措置を労働者派遣契約(派遣元事業主と派遣先事業主間の契約)108)中で定めなければならないとしている(26 条2 項)。
c)現地採用
現地採用に関する大阪地判昭和57・7・26〔インターナショナル・ランゲージサービス事件〕109)は、米国における業務の統括責任者として日本法人の使用者により雇用された米国カリフォルニア州在住の日本人労働者の解雇の効力が争われた事案である。本件解雇は、本件労働者が本件使用者のためになすべき義務を怠り取引先にたいする信頼を失墜させたこと、本件労働者が資金を不正に領得したことなどを理由とする即時解雇であった。裁判所は、準拠法について判断を示すことなく、労働基準法20 条1 項但書の規定を適用して本件解雇を有効とした。
同様の事案が通則法の下で処理されるならば、日本法の黙示的選択の有無がまず問題となろう。日本法を選択する当事者の黙示意思を基礎づける事情の存在は判旨から判然としない。法選択が認められないときには、最密接関係地法が準拠法になる(12 条3 項)。本件における労務提供地はカリフォルニア州であるから、同州法が最密接関係地法と推定されよう。本件労働者は日本人であるとはいえ、カリフォルニア州に生活の本拠を有し、もっぱらカリフォルニア州における労務の提供を目的として雇い入れられていることからすると、カリフォルニア州法が最密接関係地法であるとの推定が覆るほど日本との間に強い関連性があるとはいいがたい。カリフォルニア州法が最密接関係地法であれば、通則法の下ではカリフォルニア州法が準拠法となり、日本法は適用されないこととなる。適用法規の
108)派遣元と派遣先との間で締結される労働者派遣契約は、労働契約ではなく一般の債権契約の問題として通則法7 条および8 条の規定に服することとなろう。
109)労判391 号33 頁。
事案の概要は次のとおりである。X(日本国籍を有し米国カリフォルニア州に在住)は、昭和50 年11 月1 日、Y(米国カリフォルニア州法人、米国カリフォルニア州立大学へ日本人学生を留学研修させることの斡旋を業とする。)の代表者訴外A による日本からの国際電話による申込にもとづいて、Yの米国内における最高統括責任者として雇用された。Yは、昭和52 年1 月19 日、Xの金銭上の不正行為(ホテル代とバス代の支払義務違反、保管金の不当領得行為)および取引先にたいする信用失墜行為を理由として、Xを即時解雇した。これにたいして、Xは解雇が無効であるとして、解雇無効の確認と賃金の支払を求めた。
決定結果が変化するとはいえ、本件においては、労務提供地、労働者の住所地、解雇原因たる事実の発生地はいずれもカリフォルニア州であるから、カリフォルニア州法が準拠法であるとの結果はむしろ具体的に妥当であるということができよう110)。
日本国外で労務が提供される事案に関する裁判例として、海外出張、海外出向、海外派遣、そして現地採用に関するものがあった。海外出張の場合、労務提供地は日本と解され、法選択が認められないときには最密接関係地法と推定される日本法が準拠法となろう(東京地判昭和44・4・30〔日本工営事件〕)。海外出向の場合には、労務提供地が日本から外国に変更するため、準拠法を日本法に固定する要請がはたらき、日本法の(明示または黙示の)選択が存在する可能性が高い(東京地判昭和43・12・14〔マルマン事件〕、大阪高判昭和55・3・28〔日本製麻事件〕、東京地判平成11・3・16〔ニシデン事件〕)。派遣先の依頼内容に応じて労務提供地が決定される海外派遣の場合には、通常、派遣元はあらかじめ日本法を準拠法と定めておくとみられる(東京地判平成2・9・11〔三和プラント工業事件〕)。海外出向・海外派遣の場合において、法選択が認められないときには、契約をめぐるあらゆる事情にもとづき、現地法が最密接関係地法であるとの推定が覆るかを慎重に判断する必要がある。現地採用については、日本との関連性はかならずしも強くないので、日本法によるとの黙示意思の存在は否定されるか、または日本法が最密接関係地法とされる可能性はそれほど高くないと思われる(大阪地判昭和57・7・26〔インターナショナル・ランゲージサービス事件〕)。
3.複数国にまたがり労務が提供される事案
最後に、複数国にまたがり労務が提供される事案をみてみたい。国際的な出張セールスマン、ジャーナリスト、航空機の国際便の搭乗員をめぐる事案が想定されうる。これまでに裁判例にあらわれたのは、航空機の国際便の搭乗員に関する
110)法例の下で準拠法の決定が問題になっていたとしても、カリフォルニア州法が準拠法とされる余地が十分にあったとの指摘もある(尾崎正利「判批」三重法経59 号(1983) 46 頁以下、米津・前掲註15)175 頁。奥田・前掲註44)733 頁も、本件における日本法の適用は疑問であるとしている。)。
事案のみである111)。通則法12 条の下では、航空機の国際便の搭乗員の労働契約は「労務提供地を特定できない場合」にあたり、労務提供地ではなく労働者を雇い入れた事業所の所在地の法が最密接関係地法と推定されよう。これまでの裁判例は、1 件をのぞき日本法を適用して判断している。以下では、a)日本法を適用した裁判例、b)外国法を適用した裁判例を順に検討する。
a)日本法を適用した裁判例
日本法を適用した裁判例のうち、フランス法人の航空会社の日本支社に勤務する日本人客室乗務員の解雇の仮処分に関する東京高判昭和49・8・28〔エール・フランス(解雇予告仮処分)事件〕112)と同一事件の本案に関する東京地判昭和 50・2・28〔エール・フランス(解雇予告本案)事件〕113)は、日本法が準拠法であるとの判断を示している。そのほかの裁判例は、純国内的事案と同様に当然に日本法を適用して判断している。まず、エール・フランス事件をみてみたい。
仮処分判決(東京高判昭和49・8・28)と本案判決(東京地判昭和50・2・28)は、いずれも当事者による日本法の選択を認定している。もっとも、仮処分判決
111)国際的な出張セールスマンに関わる事案として、米国カリフォルニア州にある本社により雇用され、極東方面のセールスマンとして日本においても労務を提供していた米国人労働者が、解雇に伴う帰国旅費および家具・自動車などの輸送費の支払を求めたものがある(東京地判昭和34・6・11 下民集10 巻6 号1204 頁、判時191 号13 頁、判タ92 号83頁〔アドミラル・セールスカンパニー事件〕)。しかし、本件では、準拠法いかんが問題になるまでもなく、日本の国際裁判管轄が否定されている(もっとも、判旨は、義務履行地管轄の存否を判断する際に準拠法にも言及している。判旨は、当事者による法選択がないので、法例7 条2 項にもとづき行為地法であるカリフォルニア州法が適用されるべきであるとしている。)。
112)労民集25 巻4・5 号354 頁、判時750 号21 頁。
事案の概要は次のとおりである。Y(フランス法人の航空会社)の日本支社は、昭和 39 年4 月から47 年11 月の間に、客室乗務員のXら(日本国籍)を「雇用地は東京、配属先はY日本支社」(東京ベース)として雇い入れた(Xらは日本人労働組合に加入)。しかしその後、Yは、労務管理や運行管理の必要に加えて、Yのフランスにおける唯一の交渉団体であるSNPNC(フランス全国客室乗務員労働組合)からの要求もあって、外国人客室乗務員のパリ移籍を決定した。Yは昭和48 年6 月に日本人労組にたいしてパリ移籍の方針を提示したが、日本人労組はこれを拒否した。これにたいして、Yは、同年10 月にパリ移籍強行の方針を示したうえで、Xらに解雇予告の意思表示をするとともに、「雇用地をパリ、配属先をY本社」とする新雇用契約の申込をし、その回答期限を同年11 月20 日と定めた。Xらは右期限内に承諾の回答をせず、地位保全の仮処分の申立をした。
113)判時772 号95 頁、判タ321 号92 頁。
が明示の合意を認めるのにたいして、本案判決は黙示の合意を認定しているようである。仮処分判決における判断は、次のとおりである。
「控訴人と被控訴人らとの上記雇用契約において、その成立及び効力に関し日本国法に準拠する旨の合意の存することは当事者間に争がないから、控訴人は、わが民法627 条及び労基法20 条により、一応予告解雇を為す権利を有するものというべきである。」
他方で、本案判決において裁判所は次のように述べている。
「外国人スチュワーデスは、採用地を日本人の場合は東京、ドイツ人の場合はフランクフルト、ブラジル人の場合はリオ・デ・ジャネイロ、配属先を右各採用地所在の海外支社とする海外ベースで現地採用され、被告との雇用関係については、採用地所在国法の適用を受けていた(採用地が右のとおりであれば、特約のない限り雇用契約の準拠法は採用地所在国法となるからである。)。また、被告には採用地所在国法に準拠した各外国人スチュワーデスを対象とする就業規則が各配属先海外支社ごとに置かれていたので、外国人スチュワーデスにはこの就業規則が適用されていたが、この就業規則は、その相互間においても、フランス人客室乗務員に適用されていたそれとの間においても、その内容を異にするものであった。」
同様の事案が通則法の下で処理されるとしても、日本法を選択する明示の合意があるときはもちろん、これがなくとも黙示の合意が認定されうるように思われる。判旨によれば、本件客室乗務員らは日本人従業員で組織する労働組合(エールフランス日本人従業員労働組合)に加入する一方、本件使用者の唯一の交渉団体であるフランスのSNPNC(フランス全国客室乗務員労働組合)には加入しておらず、またSNPNCが締結した労働協約の適用も受けていなかった(本件では、日本人客室乗務員をSNPNCへ加入させるために、日本人客室乗務員にパリ移籍が命じられており、本件客室乗務員らはこの命令にしたがわなかったことを理由
に解雇されている。)。本件客室乗務員らが日本人従業員労働組合に加入し、同組合の締結した(日本法にもとづいて成立した)労働協約に服しているという事実から、日本法を選択する黙示意思が認定されうると考えられる。
日本法を適用したそのほかの裁判例は、いずれも準拠法の問題に触れることなく日本の判例法理を適用して判断している。次の4 件の裁判例をとりあげたい。
①東京地決平成7・4・13〔スカンジナビア航空事件〕114)
スウェーデン法人の航空会社に勤務する日本人客室乗務員にたいしてなされた労働条件変更(これには日本ベースからスカンジナビアベースへの移動も含まれていた。)を伴う再雇用契約の申入れは、業務の運営上必要不可欠であり、その必要性は客室乗務員らが受ける不利益を上回るとして、裁判所は再雇用の申入れをしなかった客室乗務員らの解雇(変更解約告知)を有効とした。
②東京高判平成13 年6 月27 日〔カンタス航空事件〕115)
オーストラリア法人の航空会社に勤務する日本人客室乗務員らにたいする雇い止めは、信義則上許されないとして無効とされた。期間を定めた契約(5
114)労民集46 巻2 号720 頁、判時1526 号35 頁、判タ874 号94 頁、労判675 号13 頁、労経速
1561 号3 頁。
事案の概要は次のとおりである。Xら(いずれも日本国籍)はY(スウェーデン法人の航空会社)の日本支社の従業員である。平成6 年6 月、Yは経営悪化を理由とするコスト削減の一環として、地上職および客室乗務員の日本人従業員全員を早期退職者募集と再雇用の対象にすることを決定した(再雇用の条件には、日本人エアホステスのスカンジナビアベースへの移動が含まれていた。)。右の早期退職の応募期限である同年7 月
29 日までに、Xら25 名を除く全従業員が早期退職に応じ、地上職25 名とエア・ホステ
ス15 名が再雇用された。早期退職に応募しなかったXら25 名にたいして、Yは同年8
月30 日付けで同年9 月30 日をもって解雇する旨の意思表示を行った。解雇が撤回され
た9 名を除く16 名は、Yの従業員たる地位の保全と賃金の仮払を求めた。
115)判時1757 号144 頁、判タ1135 号214 頁、労判810 号21 頁、労経速1777 号3 頁。
事案の概要は次のとおりである。Xら(日本国籍)12 名はY(オーストラリア法人の航空会社)に勤務していた。XらとYとの間には、契約期間は1 年であるが、「勤務成績が良好であるかぎり5 年間にわたって毎年更新する」との合意が存在した。1997 年にYは新たな労働条件によるXらの再雇用を打診したが、Xらがこれを拒否したため、 Yは11 名については1997 年11 月20 日をもって、残りの1 名については1998 年4 月18 日をもって雇い止めにした。これにたいして、Xらは労働契約上の地位確認および未払賃金などの支払を求めた。
年をひとまとまりとし1 年ごとに更新する契約)で雇用された客室乗務員ら
は、初めて契約を締結してから5 年ないし10 年後に雇い止めされていた。
③東京地判平成4・2・27〔エア・インディア事件〕116)
インド法人の航空会社に勤務する日本人客室乗務員らにたいする地上職
(接客業務)への配転命令には、業務上の必要性があり、配転によって生じる通勤上、生活上の不利益も全く予想外の事態であるとはいえないなどとして、裁判所はこれを有効とした。
④千葉地判平成18・4・27〔ノース・ウエスト航空事件〕117)
米国法人の航空会社に勤務する日本人客室乗務員らにたいする地上職への配転命令には、労働力の適正配置という観点からも合理性が認められ、業務上の必要性もあるとして、裁判所はこれを有効とした。
同様の事案が通則法により処理されるとすると、当事者による日本法の黙示的選択が認定される可能性が高いのは、①スカンジナビア航空事件、②カンタス航空事件、そして④ノース・ウエスト航空事件である。いずれの事案においても、客室乗務員らは日本の支社組合の組合員であり、その労働協約の適用も受けていたうえに、組合による団体交渉をつうじて問題の解決を試みているからである。日本の支社組合の組合員として、支社組合が日本法にもとづき締結した労働協約の適用も受けていたという事実から、日本法による旨の当事者の黙示意思を導くことができよう。③エア・インディア事件については、日本法を選択する黙示意
116)判時1419 号116 頁、判タ787 号179 頁、労判608 号15 頁。
事案の概要は次のとおりである。Xら(日本国籍)客室乗務員は、Y(インド法人の航空会社)との間で1967 年に雇用契約を締結し、エア・ホステスとして採用され勤務していた。1990 年にYはXにたいし、エア・ホステスの定年は58 歳まで延長されるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務は45 歳で終了することを通知したのち、地上勤務への配転を命じた。これにたいして、Xらは配転命令が配転命令権の濫用にあたると主張した。
117)労判921 号57 頁、労経速1939 号3 頁。
事案の概要は次のとおりである。Xら(日本国籍)客室乗務員は、Y(米国法人の航空会社)の従業員としてフライト・アテンダントの業務に従事していたところ、それぞれ2004 年に地上職に配転を命じられた。これにたいして、Xらは配転命令が配転命令権の濫用にあたると主張した。
思を認定できるか判旨から判然としない。とはいえ、かりに法選択が認められなくとも、日本法が最密接関係地法として準拠法になる可能性が高いといえよう。客室乗務員らは日本の事業所により採用され、そこに所属し、日本の事業所が雇用管理を行っていることから、労働者を雇い入れた事業所の所在地である日本の法が最密接関係地法と推定されるからである。
以上の裁判例のほかにも、労働者災害補償保険法にもとづき保険給付が請求された事案について、準拠法の問題に触れることなく日本法を適用した裁判例がいくつか存在する118)。Ⅱでみたように、労働者災害補償保険法は国際的強行法規であると解され、通則法の下でも準拠法いかんにかかわらず直接的に適用されると考えられる。各事案における被災労働者は日本をベースに航空機の国際便に乗務しており、労働者災害補償保険法はこのような労働者も適用対象に含むとしているので、同様の事案が通則法の下で処理されるとしても、労働者災害補償保険法の規定は直接的に適用されるといえよう。
b)外国法を適用した裁判例
東京地判平成9・10・1〔ドイチェ・ルフトハンザ・アクチェンゲゼルシャフト事件〕(以下「ルフトハンザ事件」と略称する。)119)は、外国法を準拠法とした事案である。ドイツ法人の航空会社に勤務し、東京を配属ベースとする日本人客室乗務員らにたいする付加手当の撤回または削減の効力が争点となった。裁判所は、ドイツ法を選択する当事者の黙示意思を認定し、ドイツ法によれば付加手当の撤回または削減が有効であるとした120)。黙示意思を認定する基礎となったのは、①労働条件の内容が本社の締結する労働協約に依拠することになっていた
118)たとえば、東京高判平成18・11・22〔成田労基署長(日本航空)事件〕労判929 号18頁(乗務のために滞在していた香港でくも膜下出血を発症し療養および休養していた日本人客室乗務員について、労災保険法にもとづく療養補償給付ないし休業補償給付の支払いかんが争点となった。)。
119)労民集48 巻5・6 号457 頁、判タ979 号144 頁、労判726 号70 頁、労経速1651 号3 頁。 事案の概要は次のとおりである。Xら(日本国籍)客室乗務員は、Y(ドイツ法人の
航空会社)とYの本社があるフランクフルトにおいて雇用契約を締結した。Xらは東京を配属ベースとして日本に住所を有していた。Yは昭和49 年以降、日本人客室乗務員を対象に付加手当を支給していたが、給与所得に対する課税方法の変更によりXらの手取額が増加することを理由に、平成3 年8 月以降付加手当を撤回した。これにたいして、 Xらが同手当の支払を求めた。
こと、②本件付加手当については本社の人事部と交渉してきたこと、③本社の人事部が本件労働者の具体的な労務管理と指揮命令を行っていたこと、④本社がフライトスケジュールを作成し東京営業所はこれらを伝達するのみであったこと、
⑤本件労働者らの給与がドイツマルクで算定されていたこと、そして⑥フランクフルトの本社が募集・採用の手続を行っていたことである。
同様の事案が通則法の下で判断されるとしても、判旨と同様、ドイツ法を選択する当事者の黙示意思が認定されると考えられる。①本件労働契約がドイツ法を前提として成立した労働協約を指示していたという事情は、ドイツ法を選択する当事者の意思を確定するうえで決定的であるといえよう121)。もっとも、当事者によるドイツ法の選択が認められるとしても、日本法が最密接関係地法とされれば、労働者は日本法中の強行規定を援用することができる(12 条1 項)。本件労働者らはドイツ本社によって雇い入れられておりドイツ法が最密接関係地法と推定されるため、この推定が覆り日本法が最密接関係地法とされるかが問題となろう。本件労働者らのホームベースが日本にあるという事情は、日本との強い関連性を示すようにも思われる。もっとも、ホームベースの持つ意味について判旨は、「東京営業所はX等の労務管理を行っておらず、ホームベースは労働協約上も休養時間、休日等の取得場所としての意味しかないことが認められ、ホームベースが日本にあることのみでは、X等とYとの間に本件各雇用契約の準拠法を日本法とする合意が成立していたと推認するには足りない。」と述べており、ホームベースがあるからといって日本が最密接関係地であると即断することはできないであろう。日本と関連するそのほかの事情も考慮し、推定が覆るかを慎重に判断する必要がある。
複数国にまたがり労務を提供する事案に関するこれまでの裁判例は、いずれも外資系航空会社に勤務する日本人客室乗務員の処遇をめぐるものであった。個々
120)小俣勝治「判批」労判743号(1998)9頁、塚原英次=則武透「判批」労旬1426号(1998)
26 頁は、本判決におけるドイツ法の黙示的選択の認定は疑問であるとする。
121)ドイツの労働協約に準拠していたという事情は、黙示の法選択を認定するうえで重要であるとする見解として、米津孝司「判批」平成9 年度重判解(ジュリ1135 号)(1998)
211 頁、土田道夫「判批」ジュリ1162 号(1999)152 頁、河野俊行「判批」リマークス
1999〈下〉157 頁。
の客室乗務員というよりも日本人客室乗務員全体またはその一部の処遇をめぐる紛争であるということもあり、労働組合に加入し労働協約の適用を受けていたという事情から、日本法の黙示的選択を肯定できる場合が多い(東京地判昭和 50・2・28〔エール・フランス(解雇予告本案)事件〕、東京地決平成7・4・13
〔スカンジナビア航空事件〕、東京高判平成13 年6 月27 日〔カンタス航空事件〕、千葉地判平成18・4・27〔ノース・ウエスト航空事件〕)。法選択が認められないとしても、労働者を雇い入れた事業所の所在地が日本であれば日本法が最密接関係地法と推定され、準拠法になる可能性が高いといえよう(東京地判平成4・2・ 27〔エア・インディア事件〕)。当事者による外国法の選択があるとしても、日本法が最密接関係地法であれば、労働者は日本法中の強行規定の適用を求めることができる。外国法が最密接関係地法と推定されるときには、日本にホームベースが所在するなど契約をめぐるあらゆる事情を考慮して、この推定が覆るかが検討されよう(東京地判平成9・10・1〔ルフトハンザ事件〕)。
Ⅳ おわりに
本稿では、通則法の下で、労働契約にたいする適用法規がいかにして決定されるかを示したのち、具体的な事案との関連で適用法規の決定のあり方および決定結果に変化がみられるかを検証しようとした。かりに、これまでに問題となった事案が通則法の下で処理されるとしても、適用法規いかんにはそれほどの変更が生じるわけではない。とはいえ、準拠法規決定にいたるプロセスは大きく異なる。
準拠法の問題に触れたこれまでの裁判例のうち、最も多くみられたのは、当事者による黙示の法選択を認定したものである。これらは、当事者の意思の懲表となる要素にもとづき当事者の意思を確定するというよりも、むしろ特定国との関連性を示す客観的要素に基づき契約関係と密接に関係する地を求める傾向にあったといえる。ついで多くみられたのは、日本法を直接的に適用した裁判例である。とくに、強行法規の連結方法が2 分類であった法例の下では、法例7 条の規定の指定対象になるのを回避すべく、日本の労働法規を国際的強行法規として属地的に適用したとみられる裁判例も存在した。適用法規の決定方法にはかならずしも一貫性がなかった。
通則法の下では、黙示の法選択を従来よりも厳格に認定し、また、直接的に適用されるべき労働法規を精査しなければならない。これにより、準拠法の決定プロセスがこれまでよりも明確になり、適用方法にも一貫性がうまれると考えられる。通則法の下で労働契約の適用法規は、次のようにして決定される。
①当事者による明示または黙示の法選択があるかを明らかにする。労働協約の指定や専属的裁判管轄の合意などの事情を基礎として、特定の法秩序に依拠する当事者の意思を確定する。
②労働契約の最密接関係地法を特定する。法選択が認められないときには、この最密接関係地法が準拠法となる。最密接関係地法以外の法が選択されているときには、労働者はこの最密接関係地法中の強行規定を援用できる。最密接関係地であるとの推定が覆るか否かの判断は、黙示意思を認定する際に考慮される事情も含む契約関係をめぐるあらゆる事情を総合的に考慮して、行われることとなる。黙示の法選択の認定だけでなく、最密接関係地の決定においても、労働契約の特徴たる継続性・集団性という観点からの評価が重視される。
③通則法12 条の規定にしたがって決定される準拠法いかんにかかわらず、日本の国際的強行法規は直接的に適用される。強行法規の連結方法が従来の 2 分類から3 分類になる通則法の下では、当事者間の権利義務関係について
定める労働法規の多くは、国際的強行法規ではなく通則法12 条にいう「強行規定」に分類されることとなろう。
通則法12 条の規定をめぐっては、契約準拠法と最密接関係地法による「二重の保護」が労働者にとって「いいとこどり」または「つまみ食い」に結果するとの批判がある122)。しかし、少なくともこれまでに問題となった事案に関するかぎり、労働者が複数の法秩序による保護を享受する結果、「いいとこどり」となり、実体上の権利についての判断が労働者により有利になるようなものはみあた
122)石黒一憲『国際私法』(新世社、第3 版、2006)104 頁以下、佐藤・前掲註6)54 頁など参照。
らなかった。他方で、労働者が最密接関係地法中の強行規定を援用しなければならないことにたいしては、抵触法における強行法規の適用理論の趣旨との整合性および労働者の負担という観点から疑問視されている123)。手続法に照らして主張方法を検討し労働者の負担を明確にするなどして、この批判を検証することを今後の課題としたい。
123)石黒・前掲註122)103 頁以下、佐藤・前掲註6)53 ‒ 54 頁、西谷・前掲註15)(西谷Ⅰ)29頁、佐野・前掲註6)(佐野Ⅰ)20 頁、木棚=松岡=渡辺・前掲註42)145 頁など参照。