合意が、錯誤、詐欺、強迫、公序良俗違反のもとになされたものであれば、無効や取消を主張できます。→p.7参照
賃金や労働時間などの労働条件は、原則として労使の合意による労働契約で決まっているので、使用者が勝手に変更する(切り下げる)ことは、原則としてできません。しかし、経営上の理由などからその変更が認められる場合もあり、その内容と手続が問題となります。手続としては、①就業規則の変更、②労働協約の締結、③個別の同意という方法があり、それぞれ対処方法が異なってきます。
労働条件の切り下げに直面したら
労働契約と労働条件
労働条件とは、労働契約関係における労働者の待遇の一切(賃金、労働時間、休憩、休日、休暇など)をいいます。例えば、賃金水準のダウン、定年制の導入、労働時間の延長などが労働条件の切り下げ(不利益変更)に当たります。
労働条件を決定する基本は、労働契約の当事者である「労使の合意」ですから、労働条件を変更する場合は、労使双方の合意が必要です。(労働契約法3・6・8条)また、労働契約法では、労働者の不利益になるような就業規則の変更を原則的に禁止しています。
(労働契約法9条)
労働契約の書面は実際上作成されていないことも少なくありません。また、多くの場合、就業規則や労働協約の定めが労働契約の内容になっていますが、それが労働者にきちんと知らされていないこともあります。
問題が起きたら、まず、切り下げの根拠、労働契約、就業規則、労働協約の内容を確かめましょう。
切り下げ方法とチェックポイント
1.就業規則の変更による場合
▶ 変更の手続は適正ですか?
常時10人以上の労働者を雇っている使用者は、就業規則を作成すること、及び、作成・変更時には、労働者の過半数代表の意見を聴いたうえ、その意見書を添付して労働基準監督署に届け出ることが義務づけられています(労基法89・90条)。
▶ 労働者に周知されていますか?
▶ 内容は合理的ですか?
就業規則が不利益に変更されても、法令や労働協約に違反する部分があれば、それには拘束されません。また、違反しない部分についても、変更したことに合理性がなければ拘束されません。
▶ 変更の合理性の判断基準
労働契約法10条は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、
④労働組合等との交渉の状況等の事情に照らして、変更の合理性を判断すべきものと定めました。
これらは従来の裁判例の要点を掲げたものと言えますが、具体的には、代償措置の有無、特定層だけの不利益か、同業他社との比較、労働者や組合の賛否その他が考慮されます。
2.労働協約の締結による場合
▶ 労働条件変更の協約を締結した労組の組合員
原則として新協約が適用になります。
▶ 非組合員、別組合の組合員
原則としてその協約の適用はないが、非組合員の場合、協約締結組合の組織率が4分の3以上の場合に適用となることがありえます。
▶ 形式上適用になる場合のチェックポイント
□ 労組の決定権限、協約締結権限の有無
□ 法令違反、公序良俗違反はないか。
3.個別の同意による変更の場合
▶ 労働者の同意がない一方的な変更
就業規則の変更にも労働協約の締結・改定にもよらないで労働条件の不利益変更をしようとする場合、使用者は労働者各人の同意をとらなければなりません。使用者が一方的に切り下げを通知しても、本人が同意しない限り拘束力はありません。(労働契約法8条)
▶ 同意を迫られている場合
一旦同意してしまうと元に戻すのはかなり困難なので、慎重に対処し、変更理由、代償措置、他の労働者の処遇等、十分な説明を受けて対処します。どうしても納得できなければ、拒否するという選択を考えます。
▶ 同意をしてしまった場合
合意内容が、法令、労働協約、就業規則に違反していれば、合意が無効になります。
合意が、錯誤、詐欺、強迫、公序良俗違反のもとになされたものであれば、無効や取消を主張できます。→p.7参照
対処方法
▶ 相談、交渉等
変更が合理的か、拒否できるか等の相談やあっせん・交渉等の援助を求めたいときは、労働センター、労働組合、弁護士等の窓口へ→p.4参照
▶ 調停
個別的解決が考えられる場合、裁判所の調停を通じての労働条件の話合い手続が考えられます。→p.13参照
▶ 訴訟による請求
訴訟を提起し、労働条件変更の無効確認、変更によって生じた賃金等の差額の請求などをする方法があります。
→p.13参照
▶ 労働審判の申立
文例8
比較的簡明な、あるいは個別的な労働条件の切り下げのケースは、労働審判の活用も考えられます。→p.14参照
切り下げの一方的実施に対する通知文
ご 通 知
貴社はこの度、賃金の 20%の切り下げを一方的に実施しようとしています。しかしこれは、就業規則にも労働協約にも根拠がなく、通知人もこれに同意したことはありません。
よって従来どおりの賃金を支払うよう求めます。
(年月日等略)
11