• 高技能人材(たとえば,IT人材)のシェアリング⇒労働力人口減少時代における労働供給対策
神戸大学大学院法学研究科教授 xxxx
• 副業をどのように規制するかについての法的ルールはなし
⇒ 就業規則,労働協約,個別労働契約の問題
• 厚生労働省の「モデル就業規則」
(遵守事項)第11条 労働者は,以下の事項を守らなければならない。……
⑥許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。
(懲戒の事由)第62条 労働者が次のいずれかに該当するときは,情状に応じ,けん責,減給又は出勤停止とする。……
⑦第11条……に違反したとき。
裁判例の立場(xx建設事件・東京地決昭和57年11月19日昭和57年(ヨ)2267)
• 無許可副業に対する解雇の事案
「法律で兼業が禁止されている公務員と異り,私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず,その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが,労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ,労務に服するのを原則とし,就業時間外は本来労働者の自由な時間であることからして,就業規則で兼業を全面的に禁止することは,特別な場合を除き,合理性を欠く。しかしながら,労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労務提供のための基礎的条件をなすものであるから,使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず,また,兼業の内容によっては企業の経営秩序を害し,または企業の対外的信用,体面が傷つけられる場合もありうるので,従業員の兼業の許否について,労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがたく,したがって,同趣旨の債務者就業規則……の規定は合理性を有するものである。」
⇒
労働者側の利益
企業側の利益
正社員の拘束的な働き方と関係
・「副業とは何か」が明確でない!
副業は,本業が前提⇒正社員に特有(非正社員の本業?)
副業の内容が,雇用か,自営かにより違う(また本の執筆,株式投資,アフィリエイト等は副業か?) 。
雇用型副業でも,正社員になるか,非正社員になるかで違う。
・どのような副業を想定するかで議論が異なりうる。
たとえば,同業他社での副業禁止は認められやすい(競業避止義務)。
軽易なアルバイト,家業の手伝いなどまで禁止するのは過剰?
今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書(2005年9月15日)
「労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり,労働者は職業選択の自由を有すること,近年,多様な働き方の一つとして兼業を行う労働者も増加していることにかんがみ,労働者の兼業を禁止したり許可制とする就業規則の規定や個別の合意については,やむを得ない事由がある場合を除き,無効とすることが適当である。ここで,やむを得ない事由としては,兼業が不正な競業に当たる場合,営業秘密の不正な使用・開示を伴う場合,労働者の働き過ぎによって人の生命又は健康を害するおそれがある場合,兼業の態様が使用者の社会的信用を傷つける場合等が含まれることとすべきである。」
労働者側
• 企業に依存しないキャリア形成
• 副業経験をとおした人脈形成・スキルやノウハウの取得,将来の転職や起業の準備
• 複業(パラレルキャリア)による適職追求の選択肢の拡大
企業側
• 自社への拘束性が生産性向上につながらない⇒他社での勤務経験は企業にもメリット
• 「自前主義」の放棄=他社人材の活用(自らも他社の副業社員を活用)
政策
• 高技能人材(たとえば,IT人材)のシェアリング⇒労働力人口減少時代における労働供給対策
• 副業の拡大は,雇用維持型政策からの脱皮という政策的含意あり=成長のための雇用流動型政策(成長産業への人材の再配置/雇用から自営へ)
・による
雇用の代替
の発達に
よる
複業が普通となる時代に=時間主権の回復(自分の自分は自分で判断して使う)という視点もあり
終身雇用・正社員時代の終焉
の増加
キャリアの自己形成
労働基準法38条1項
「労働時間は,事業場を異にする場合においても,労働時間に関する規定の適用については通算する。」
⇒法定労働時間を超えているかどうか(三六協定の締結・届出義務,割増賃金の支払義
務と関係)は,労働者単位で事業場間で通算する
⇒この規定の適用について
行政解釈:異なる事業主間でも通算する(昭和23年5月14日基発769号)
有力説:同一の事業主の範囲でのみ通算する(xxxx『労働法(第11版)』(弘文堂,
2016年)464頁)
⇒行政解釈は実効性に乏しい。有力説を支持すべきである。
いずれにせよ,自営型副業の場合には,本条の適用はない。
労働基準法上の労働時間管理(厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」平成13年4月6日基発339号)
労働安全衛生法上の医師の面接指導(66条の8など) (月の時間外労働100時間,80時間)
労災保険法の脳心臓疾患に関する認定基準(月の時間外労働
100時間[発症前1か月],平均80時間[発症前2~6か月] )
⇒いずれも個々の事業主単位でみるものと解される
労働契約法5条:安全配慮義務(健康配慮義務も含む)
「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。 」
判例 「使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」(電通事件・最2小判平成12年3月24日平成10年(オ)217, 218号)⇒ただし損害賠償責任の成立には,予見可能性が必要⇒副業先の勤務状況については,通常,事業主に予見可能性なし
*過労が予想される労働者への副業を禁止することに合理性ありとした裁判例あり(マンナ運輸事件・京都地判平成24年7月13日平成21年(ワ)5151号)=運転手の過労は本人だけでなく,客など当該労使以外の第三者への迷惑がかかる可能性あり
• 労働者の健康確保を企業に任せたほうがよいという考え方使用者の健康配慮義務を重くする
⇒そうなると,私生活への介入が正当化されやすい
⇒副業規制も,正当化されやすい
・労働者の私的自由をできるだけ広く認めたほうがよいという考え方使用者の私生活への介入を制限する
⇒そうなると,副業規制も正当化されにくくなる
⇒しかし,使用者の健康配慮義務は軽減する
***自由な副業に適した働き方はあるが,それはすべてのタイプの労働者や業種・職種にあてはまるものではない!
• 副業による労働者の過労という問題は,現行労働法での対処は難しい(ただし,使用者が副業を命じているような場合は別)。
• 副業による健康確保は,自己責任の問題⇒むしろ副業による健康悪化は,本業への影響があれば,本人に不利に働いてもやむをえない
(降格,解雇)。
• 労働者にとって副業のメリットを活かせるのは,生活のための副業というより,キャリアを展開するための自発的・積極的副業⇒こうした副業については,労働法による規制(企業との従属関係を念頭においた保護規制)はなじまない?
• 政府は,副業による過労を防止するためには,企業に対する規制ではなく,国民に向けた直接的な措置(健康に対する意識改革)を講じることが望ましい。
・労災保険
通勤災害については2005年に法改正で対処(事業場間移動も通勤に含める)
問題は,給付基礎日額(平均賃金)の合算の可否(現行法では,労災が発生した事業場での賃金をベースに算定。本人の稼得能力の減少に対応できていない)
Cf. 老齢厚生年金や健康保険は,加入は事業所ごとなので労働時間は通算されない。しかし,算定基礎報酬(標準報酬月額)は合算(自営型副業であれば合算なし)
・雇用保険
保険関係の成立は事業場単位。被保険者となるためには,1週間の所定労働時間が20時間未満であってはならない。異なる事業主の下での労働時間の合算はなされない。
自営的就労は,そもそも労働法の対象外!
個人が雇用と自営的就労の混合的な働き方をすることは自由
⇒ただ自営的就労には,労働基準法などの保護法規,労災保険(一部例外あり),雇用保険の適用はなく,社会保険は別制度
(雇用労働者より総じて不利な内容)となっている
⇒今後は,自営的就労は法政策の対象とすべき(とくにセーフティネットの整備)
・ 副業規制の前提にあった日本型雇用システム(正社員の拘束的な働き方が中核)は変容しつつある
・ 技術(とくにICT)の発達は,個人の自律的な働き方を可能としていく
=これは労働法的にも望ましいこと(同時に自営的就労に適合した法的サポート措置
[セーフティネットを含む]は講じるべき)
⇒個人の自由に利用できるべき時間に制限を加える副業規制は,原則として合理性を否定すべき
・ 他方で,企業が副業規制により守るべき正当な利益もある(労務の水準の確保,企業の信用保持,秘密保持等)
⇒ただ,これらは現行の人事評価制度,他の誠実義務に関する懲戒規定でも対処可能
⇒少なくとも「モデル就業規則」で副業制限規定を設けることの合理性はないのでは?
・ 就業規則上の副業禁止規定は,正当な利益により基礎づけられているもののみ合理性があり有効と解すべき(労働契約法7条など)
(かりに合理性があっても,違反の場合の懲戒処分の有効性は厳格に審査されるべき)
・ 労働者と企業が個別合意により副業禁止(とくに競業避止義務)を定めることについては,労働者の真意性が担保されているかぎり,法は介入すべきでなし
・ 労働基準法38条1項は,同一使用者の範囲でのみ適用されると解すべき
・ 労災保険の給付基礎日額については,合算に向けた法改正を検討すべき(マイナンバーの活用もある?)
・ 自営的副業は,自営的就労一般の法政策の枠内の問題として検討すべき