企業間の取引においては, 製品代金等の支払いに関し, その支払方法および支払時期等の決済方法について特約がなされることが一般的である。 継続的な売買契約, 請負契約や製作物供給契約においては, 通常1か月の締切期間を設け, 締切日までの締切期間中の代金総額を集計し,予め定めた支払日に上記代金総額を銀行振込み, あるいはこれを券面額とする手形の振出等が行われる。 たとえば, AB 間の継続的取引関係に基づきAがBに対し代金等に係る甲債権を有し, また, BC 間の継続的
神戸学院法学第46巻第 3・4 号 (2017年 3 月)
決済方法特約としての三者間相殺契約の効力
x x x x
Ⅰ. 検討の対象
企業実務においては, 三者間に跨る債権債務について, これらを対当額で“相殺” (このような“相殺”処理を, 以下本稿では 「三者間相殺」という。) して, その差額のみを現実に支払うことが行われている。 このような三者間相殺に関する合意は債権担保の目的で行われることが少なくなく, これまでの判例・学説も主としてこのような目的のものを対象として議論がなされてきた。 しかし, 三者間相殺の法的性質, 要件やその効力について争いがある上に, これを目的とする相殺契約あるいは相殺予約の効力の合意自体の法的性質や効力についても争いがあるため,この二つを組みあわせた三者間相殺の合意に関してさまざまな主張がなされ, 収束する気配をみせない。
その一方, 三者間に跨って発生した代金等の債権債務の決済として三者間相殺を継続的に行いつつ, 当事者の一に信用不安あるいは倒産事故が発生したときには債権確保ができることを目的とする三者間相殺の合
意も存在する。 このような合意が実務上行われていることはこれまでも
(1)
言及されていたものの, その特徴, 法的性質や効力について検討してい
(1) xxxx 「予約の機能としては, どのような場合が考えられ, 何を問題とすべきか」 xxx編集 『講座現代契約と現代債権の展望5契約の一般
るものは少ない。 筆者はかつて企業での契約実務でこのような三者間相殺を取り扱っていたこともあり, 本稿ではこれまであまり議論がなされてこなかったこのような三者間相殺合意について明らかにしたい。 特に,昨年三者間相殺に関する新たな最高裁判決 (最二判平成 28・7・8 裁判所ウェブサイト掲載判例。 以下 「平成28年最判」 という) が出され, 今後の議論の進展によっては, 三者間相殺に関する合意について実務全般に影響がでる可能性があり, その点も踏まえて, このような目的の三者間相殺合意を検討する意義があるものと考える。
本稿での検討の順序としては, まずこのような三者間相殺合意の態様と特徴を明らかにする (Ⅱ)。 次に, これまでの議論を敷衍するために,
2つの最高裁 最三判平成 7・7・18 集民176号415頁 (以下 「平成7年最判」 という) および平成28年最判 の内容の確認 (Ⅲ) と, これまでの三者間相殺をめぐる学説の状況を検討する (Ⅳ)。 その上で, 本稿の対象となる三者間相殺合意の法的性質および効力を検討する (Ⅴ)。最後に, 実務の観点から残された課題を明らかにしたい (Ⅵ)。
Ⅱ. 決済方法特約としての三者間相殺合意の特徴
1. 合意の内容
企業間の取引においては, 製品代金等の支払いに関し, その支払方法および支払時期等の決済方法について特約がなされることが一般的である。 継続的な売買契約, 請負契約や製作物供給契約においては, 通常1か月の締切期間を設け, 締切日までの締切期間中の代金総額を集計し,予め定めた支払日に上記代金総額を銀行振込み, あるいはこれを券面額とする手形の振出等が行われる。 たとえば, AB 間の継続的取引関係に基づきAがBに対し代金等に係る甲債権を有し, また, BC 間の継続的
的課題』 (日本評論社, 1990年) 77頁, 97頁を参照。 また, 大阪企業法務研究会 「三者間相殺契約の対外的効力」 判タ1017号 (2000年) 46頁もあわせて参照されたい。
取引関係に基づいてBがCに対して代金等の乙債権を有する場合であれば, AB 間と BC 間で個別に決済方法の特約 (特約①) がなされる。
ところが, この二つの債権の決済について, 個々の取引における決済
方法の特約に加え, 甲乙両債権を三者間相殺によって決済するとの特約
(2)
(特約②) に関する契約が交されることがある (図1参照。 以下, 本稿
では 「決済方法特約としての三者間相殺契約」 という)。
図1 決済方法の特約の関係
甲債権 乙債権
A B B C
決済特約① 決済特約①
A
甲債権
B
決済特約①
決済特約①
C
乙債権
+三者間相殺の特約②
具体的には, 甲債権に関し 「毎月末日締切り, 翌月末銀行振込みによる」, 乙債権に関し 「毎月末日締切り, 翌々月銀行振り込み」 との特約
①があった場合, これに加えて, 「甲債権と乙債権とを締切日において対当額にて相殺し, 残額を個別の約定に従い相手方に支払う」 との特約
②が付されることとなる。 そして, 月々の実際の決済が特約②→特約①の順に行われる。 このように平常時にも三者間相殺が行われる点に, 決済方法特約としての三者間相殺契約の特徴があるといえよう。
また, このような決済方法の特約に加えて, 期限の利益の喪失条項が
(2) 筆者の企業在職時の経験としては取引基本契約とは別に特約②に関する三者間相殺契約書を締結していた。 他社の実務運用は明らかではないものの, 別途契約書が締結されることが多いのではなかろうか。
設けられ, BまたはCに差押や倒産手続の申立等があった場合は, 当事者の一人による意思表示によってその時点で三者間相殺処理ができるものとされることが一般的である。
2. 合意の目的と契約当事者
決済方法特約を合意する意図は, 次の2つがあげられる。 まず, 甲債権と乙債権を相殺することによって, それぞれ履行する煩を避けるとともに, 実際に移動する資金を少なくする効果も期待される。 次に, 当事者の一人 (上記の例ではBを想定することが多い) に信用不安や倒産事故が発生した場合, 甲債権と乙債権を相殺することにより, 甲債権の回収を図ることも期待される。 これらの目的は, 相殺における簡易決済的機能と担保的機能に対応するものとなっている。
決済方法特約としての三者間相殺契約における三者間相殺は, それぞれ別個の取引契約 (経済的・実質的な意味での牽連性は必須ではない)に基づく決済方法の特約である以上, それぞれの取引契約当事者の合意が必要となる。 そのため, 決済方法特約としての三者間相殺は当事者三
者による契約の形式で行われることが一般的である。 この点は, 専ら担
(3)
保的機能に着目して締結される三者間相殺予約においては二者間の契約
(4)
が少なくないことと比較すると, 特徴の一つといえよう。
(3) 相殺予約の定義は, さしあたりxxx 『新訂債権総論 (民法講義Ⅳ)』 (岩波書店, 1964年) 357頁にある定義に従い, 将来一定の事由が生じたときには, 対象となる債権を対当額ないしは対等の評価額で相殺すること (差し引き計算) ができる旨, ないしは当然に相殺の効果を生ずる (差し引き計算となる) 旨の当事者間の合意としておく。
(4) 実務上は三者間相殺予約でも三者間契約が多いとするものもある。 たとえば, xxxx 「三者間相殺はどこまで有用性が認められるか (上) (下)」 NBL 928号 (2010年) 12頁・929号 (同) 44頁, xxxx 「判批 (平成7年最判)」 判タ922号 (1997年) 56頁を参照。 xxx 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 金法1312号 (1992年) 2頁は信託銀行の取引約款の例をあげている。 また, xxxx 「多数当事者間のネッティング (上) (下)」
なお, 上記の例では, 甲債権と乙債権の相殺後, AC 間においてAの Cに対する求償に関する債権が生じるため, AC 両者は, 平常時はもちろん, Bの信用不安や倒産時にも密接に協力しうる関係にあることが望ましく, 密接な資本上あるいは取引上の関係にあることが多い。 このような関係から, AC 間には上記の債権以外にも取引上の債権債務が存在することも想定できる。 ただし, AC 間の債権債務を三者間相殺の対象とするか否か (いわゆる巴形の三者間相殺を構成するか否か) はxxx・xx・xxxである。
Ⅲ. 三者間相殺予約に関する2つの最高裁判決
1. 平成7年最判について (1) 事案
Y社 (上告人・被控訴人・被告。 日本通運) の子会社である訴外A社 (日通商事) は, 昭和56年頃から訴外B社 (近畿運輸) との間で石油製品の販売取引を行っていた。 昭和61年2月12日になり, A社とB社は,期限の利益喪失条項とA社がB社に対して有する石油製品代金債権とB社がY社に対して有する作業代金債権とを対当額で相殺することができる旨の相殺予約条項を含む売買契約書を締結した (この締結直前にB社は別件の差押えを受けている)。 同年3月25日にX (被上告人・控訴人・原告。 国) はB社が有する作業代金債権を差し押さえたところ, Y社は Xに対し差押えられた債権額のうち金113万円を支払っただけで, 残額については, 上記売買契約中の相殺予約条項に基づき, Xに差し押さえられた債務はA社がB社に対して有する債権と対当額で相殺されている
金法1461号 (1996年) 19頁, 1463号 (同年) 19頁は, ISDA マスター契約でのマルチラテラル・ネッティングの条項提案も三者間契約を想定している。しかし, xxxx 『債権総論Ⅱ [3版]』 (信山社, 2005年) 402頁は, 三者間相殺予約の場合, 二者間契約か三者間契約かは本質的な問題ではないと指摘している。
として支払いを拒んだ (相殺の意思表示は同年8月21日にA社からB社に対してなされていることが認定されている)。 そこで, XがYに対し拒絶された金額の支払いを求めたものが本件である。
第1審判決 (神戸地判昭和63・9・29判タ699号221頁) は, 本件相殺予約の効力 (対内的効力) と差押債権者に対抗できるか (対外的効力)を分けて論じた。 前者について, 民法474条のとおり債務者の意思に反しない限り第三者による弁済が許されるところ, 親会社であるY社にとって訴外A社の債権を消滅させることはY社の意思に反しないことは明らかであって本件相殺予約は有効であるとした。 後者について, 「三当事者間にまたがる二つの債権の相殺であっても, 差押債権者が, 当該被差押債権に相殺予約の効力が付着しているという債務者の有していた状態を引き継がなければならないという道理は, 二当事者間の債権の相殺の場合と異なるところは」 なく, 最大判昭和45・6・24民集24巻6号587頁 (以下 「昭和45年最判」 という。) の無制限説の法理は本件でも妥当するとし, また対抗要件の要否についても, 「もともと債権については, その存在・内容を第三者に公示するための適切な公示方法はなく, その故に相殺予約の効力を否定すべき理由はない。 また, 相殺予約の対外的効力を公知性の有無によって決することは, そのような既成事実を作りあげた者と, 作りあげられる者のみが保護される (特約の存在を社会に宣伝する力をもたない者は保護されない) ことになり, 妥当でな」 いのであって, 必要とはされないとして, Xの請求を棄却した。
原審判決 (大阪高判平成 3・1・31判時771号173頁) も, 二者間で締結された本件相殺予約について, 対内的効力と対外的効力との用語を使い, それぞれを分けて論じた。 対内的効力に関しては, Y社とA社の関係からY社の意思に反しないことは明らかであるとして, これを肯定する。 しかし, 対外的効力に関しては, 「三者間に跨がる二つの債権は,互いに相対する関係になっておらず, 甲, 乙, 丙三者の合意で相殺予約をする場合はともかくも, 甲と乙の二者の合意のみで, 甲は甲の乙に対
する債権で乙の丙に対する債権を相殺することができる旨の相殺予約をしてみても, 右相殺予約には丙の意思表示が欠落しているから, xx者間には右両債権が対当額で簡易, xxに決済できるとの信頼関係が形成されるものではない。 そうすると, 右二者間の相殺予約は, 相殺の効力を差押債権者に対抗するための基盤を欠いていることになる。 また, 右二者間の相殺予約に差押債権者に対抗できる効力を認めると, 甲と乙の二者間の合意のみで乙の丙に対する債権を事実上差押ができない債権とすることができることになるが, これはあまりにも差押債権者の利益を害することになる」 ので, A社とB社との間の本件相殺予約は差押債権者に対抗することはできないとし, 第1審判決を取り消し, Xの請求を認めた。
(2) 平成7年最判の判旨
本件相殺予約について, その 「趣旨は必ずしも明確とはいえず, その法的性質をxx的に決することには問題もなくはない」 と留保した上で,当該相殺予約に基づき訴外A社のした 「相殺が, 実質的には, 上告人に対する債権譲渡といえることをも考慮すると, 上告人は訴外日通商事が被上告人の差押え後にした右相殺の意思表示をもって被上告人に対抗することができないとした原審の判断は, 是認することができる」 とし, Xによる上告を棄却した。
2. 平成28年最判 (1) 事案
Y信託銀行 (被告・被控訴人・被上告人。 xxxx銀行) は, 平成19年2月1日に, 米国の金融機関である訴外L社の日本子会社であるX証券 (原告・控訴人・上告人。 リーマンブラザーズ証券) との間で基本契約を締結し, 通貨オプション取引および通貨スワップ取引を行っていた。本件基本契約は国際デリバティブ・スワップ協会が作成した標準契約書であったが, その相殺条項 (以下 「本件相殺条項」 という) は標準契約
書を修正するスケジュールとして添付されており, その内容は以下のとおりであった (以下の引用文における 「X」 と 「Y」 は契約書中の表記であり, 本件の当事者である 「X証券」 と 「Y信託銀行」 を示すものでない)。
法律問題又はその他として当事者が有する相殺の権利に加え, 期限の利益喪失事由, 合併に伴う信用不安事由, 又はその他の終了事由が生じ, ある当事者 (X) について本件マスター契約6条により期限前終了日が指定されたときは, 他方当事者 (Y) はX又はその他の者に事前に通知することなく, XがYに対して (及びYの 「関係会社」 に対して) 有する債務 (満期に達しているか, 不確定かを問わず, また本契約の下で生じるか否かを問わず, 債務の通貨, 支払地, 又は計上する営業所に拘わらない。) を, Y (及びYの 「関係会社」) がXに対して有する債務 (満期に達しているか, 不確定かを問わず, また本契約の下で生じるか否かを問わず, 債務の通貨,支払地, 又は計上する営業所に拘わらない。) と相殺する, 又は前者を後者に充当する権利を有する (義務ではない。)。
一方, Y信託銀行の姉妹会社である訴外N證券 (xx證券) も, 平成 13年11月26日に, X証券との間で同様の基本契約を締結しており, 取引が行われていた。 なお, この基本契約においてスケジュールとして添付された相殺条項はつぎのとおりである (以下の引用文の 「X」 と 「Y」も上記の引用文と同じ)。
非期限の利益喪失当事者あるいは非事由発生当事者 (X) は, 期限の利益喪失当事者あるいは事由発生当事者 (Y) がX (及びXの
「関係会社」 の同意がある場合には, 当該Xの 「関係会社」) に対して負担する金額若しくは債務 (xx證券マスター契約に基づいて発
生したか否か, また, 履行期限が到来しているか否かを問わない。)と, XがYに対して負担する金額若しくは債務 (xx證券マスター契約に基づいて発生したか否か, また, 履行期限が到来しているか否かを問わない。) (原債務) を相殺することができ, この目的のため, 一の通貨から他の通貨への変換を行うことができる。 この相殺により, 原債務は自動的に履行され消滅するものとし, 原債務の額がその相殺対象となる反対債務の額を上回る場合は, 原債務は更改され, 反対債務の金額を超える余剰分の債務に置き換えられる。
平成20年9月15日に米国法人である訴外L社が米国連邦破産法11章を申請し倒産したところ, 上記基本契約において訴外L社が上告人のために信用保証を提供していたので, 期限の利益の喪失条項に従い, X証券が行っていたY信託銀行との取引も訴外N證券との取引も約定終了した。その後デリバティブ取引の再構築が行われ, その結果, Y信託銀行に対しては清算金債権が, 一方訴外N證券に対しては清算金債務が発生していた。 Y信託銀行とN社は, 同年10月2日にそれぞれX社に対し本件相殺条項に基づく相殺通知を発信したものの, 同年9月19日に民事再生手続の開始決定を受けていたX社はこれを認めず, Y社に対して未払いの清算金の支払いを求めた事案である。
第1審判決 (東京地判平成25・5・30判時2198号96頁) は, 本件相殺条項の法的性格につき, 更改もしくは更改類似の非典型契約または非期限の利益喪失者に対して固有の債権を発生させる合意だとする被告の主張を排斥した上で, 「期限前終了事由が発生することと, 非期限の利益喪失当事者がその 『関係会社』 から同意を得ることを停止条件として,その弁済期や通貨の種類等にかかわらず, 上記自働債権及び受働債権の相殺を行う権限を非期限の利益喪失当事者に認めたものと解するのが相当である」 とした。 上記のような相殺は, 民事再生法92条および同法93条の2第1項各号の趣旨から, 「再生債務者に対して債務を負担する者
が, 再生手続開始前の時点において, 他者の同意を得ることを停止条件として他者の再生債務者に対して有する債権を相殺に供する権限を認める内容の契約を再生債務者との間で締結しており, その後, 再生手続開始後になって停止条件が成就するなどして, 確定的に相殺に供する権限を得て相殺適状が生じて行う相殺は, 再生手続開始時点において再生債権者が再生債務者に対して債務を負担している場合と同視できる程度に,相殺の合理的期待が存在すると認められ, かつ, その相殺適状が生じた時点が債権届出期間の満了前であるときに限り, 同法92条によって許され, 同法93条の2第1項1号によって相殺が禁止される場合には当たらないと解するのが相当であ」 り, 上記程度に相殺の合理的期待が存在するか否かは, 「契約の客観的内容や取引慣行からうかがえる当該契約当事者等の直接の利害関係者間におけるリスク分配機能と債権者間の実質的な平等などの取引界の支配的通念との整合性を総合考慮して判断すべきである」 としたうえで, 本件の事案からは, 合理的期待が存在するものと認定して, Y信託銀行の相殺の主張を認め, Xの請求を棄却した。
原審判決 (東京高判平成26・1・29金商1437号42頁) は, 第1審判決をさらに進め, 本件相殺条項の意義につき, 持株会社を頂点として分社化の進んだ企業グループである両当事者間では, グループ全体としてのリスク管理, リスク分散の要請が高いところ, 「非期限の利益喪失当事者に対し, 期限前終了事由が発生することと, 非期限の利益喪失当事者が, 関係会社の同意を停止条件として, 関係会社を含めて債権債務の相殺を行う権限を認めた規約として」 相当な合理性をもって締結されたものであるとした。 その上で, 民事再生法92条の趣旨からは, 債権債務が相互に対立していなくとも, 「再生手続開始時点において再生債権者が再生債務者に対して債務を負担している場合と同様, 相殺の合理的期待が存在すると認められ, かつ, 相殺が再生債権者間のxx, 平等を害しない場合には」, 民事再生法において制限される相殺にはあたらないと解されるところ, グループ企業同士で総体的にリスク管理を企図してい
ること, 関係会社が同意することは容易に想像できるとともに, 訴外N證券との間にも三者間相殺条項があり, この取引に基づく債権が相殺に供されていること, さらに本件相殺条項のような約定は分社化が進んだデリバティブ取引において取引慣行と認められる本件相殺予約には上記の合理的期待が認められ, 民事再生法で禁止されていないとして, Xの請求を棄却した。
(2) 平成28年最判の判旨
最高裁判所は, 民事再生法92条の趣旨を 「再生債権者が再生計画に定めるところによらずに相殺することができる場合を定めている」 ものであるとし, その要件として民法505条の相殺の要件を採用しているものとした。 その上で, もし 「再生債務者に対して債務を負担する者が他人の有する再生債権をもって相殺することができるものとすることは, 互いに債務を負担する関係にない者の間における相殺を許すものにほかならず, 民事再生法92条1項の上記文言に反し, 再生債権者間のxx, 平等な扱いという上記 [筆者注:の民事再生法の] 基本原則を没却するものというべきであり, 相当ではない。 このことは, 完全親会社を同じくする複数の株式会社がそれぞれ再生債務者に対して債権を有し, 又は債務を負担するときには, これらの当事者間において当該債権及び債務をもって相殺することができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても, 異なるものではない」 として, 債権債務の相互対立性を同条の要件とした。 そして, 「再生債務者に対して債務を負担する者が, 当該債務に係る債権を受働債権とし, 自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は, これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても, 民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものと解するのが相当である」 として, 本件相殺は同条によってすることができる相殺にする旨の原判決を変更して, Xの請求を認容した。
また, 本判決にはxxxx裁判官の補足意見が付されており, 千葉裁
判官は, 本件相殺予約の相互性の有無や条項における関係会社の意義を詳細に検討した上で, 本件相殺的処理を相殺と同視していく方向での解釈による対処, すなわち民事再生法92条の (類推) 適用の手法の採用はできないとする。 一方, なおとして, 「今後の経済界, 金融界におけるデリバティブ取引が大きく進展し, 企業グループを全体としてリスク管理を図ることが強く要請される状況となり, 企業グループ以外の小規模業者も含めて当該業界全体としても, 本件相殺的処理ないしそれに類するよりxxな相殺的処理のようなリスク管理の必要性・合理性を承認してよいとする共通の認識が広く醸成されてくるような状況が生じてきた場合には, 『関係会社』 をより限定的に規定した契約書を作成することによって法92条の該当性を肯定することや, あるいは, 立法によって,法92条等が許容する相殺とは別個の債権者平等原則の例外となる債権債務の差引清算の措置を採用すること等が検討課題となろう」 としつつ,その際には 「その是非, すなわち, 上記のような状況が本当に生じているとして処理してよいか, また, 立法対応としても, 倒産法制における債権者平等原則との関係から, その例外を認めることになる所要の要件等をどのようなものにするのか等について慎重な検討が求められることとなろう」 とする。
3. 小括
まず, 平成7年最判は結局三者間相殺予約について一般的にその法的 性質を明らかにせず, 原審の判断を妥当であるとしたのみであったため,
(5)
いわゆる事例判決であると評価されることが多い。 ところが, 平成7年
最判の原審判決および第1審判決は, 本事案のような三者間予約について, その対内的効力と対外的効力を分けて論じ, いずれの判決も, 前者
(5) xxxx 「判批 (平成7年最判)」 判タ945号 (1997年) 84頁, xxxx 「判批 (平成7年最判)」 民商法115巻6号 (1997年) 197頁。 また, xxxx 「判批 (平成7年最判)」 判例評論459号 (1997年) 208頁も参照。
については民法474条の趣旨から, 債務のみを負う者の意思に反しなければ, 二者間の合意であっても有効であり, 親子会社関係にある場合にはこれを肯定する立場をとっていることが注目される。 また, 対外的効力については, 相殺予約の無制限説をとった昭和45最判の本件相殺予約への適用について, 原審判決と第1審判決で考え方が異なっている。 さらに最高裁は債権債務を移転させ, 二当事者間の債権債務関係への還元を念頭においているともとれる判示をしており, 三者間相殺予約の固有の意味を認めず, 他の法理による説明が必要とするものと思われる。
次に, 平成28年最判も三者間相殺予約の法的性質論に深入りはせず,民事再生法92条の趣旨および文言解釈から結論を導き出している。 このような本判決の意義につき, 民事再生法92条が債権債務の相互対立性を採用しているのは, 再生手続において相殺の担保的機能を民法505条の規定する相殺の範囲に限定し, 担保的機能に関する合理的期待の有無に
よっても同条92条の要件を調整する余地がないことを明らかにした点に
(6)
あるとするもの, また, 民事再生法92条の厳格な文言解釈を維持しつつ,
相殺を一種の担保権=別除権であるとの理解に基づいて 「債権者のxx・
(7)
平等」 な扱いを強調したとするものもある。 一方, 本判決の千葉裁判官
の補足意見の意義に対しては, 今後の社会の情勢の変化に応じ, 将来の判例法理の発展の余地や立法提案としての意義が認められるものの, そ
(8)
れ以上に積極的に相殺の許容性を示唆するものではないとの評価と三者
(9)
間相殺を一定の場合に許容しているとの評価に分かれている。
(6) xxx 「『相殺の合理的期待』 は Amuletum (護符) たりうるか」 NBL 1084号 (2016年) 4頁。 xxxxほか 「三者間相殺判決を読み解く
最二小判平 28・7・8 の意義と影響」 金法2057号 (2017年) 17頁 [xxxx発言] も参照
(7) xxxx 「三者間相殺の再生手続における効力 最二小判平 28.7.8を手掛かりに」 金法2053号 (2016年) 6頁
(8) xxx・前掲注 6) 13頁
(9) xxxx・前掲注 7) 12頁, xx・前掲注 6) 13頁 [xxx発言]
平成28年最判は第1審判決から一貫して, 本件相殺予約を債権債務の帰属の変更を伴わないまま (その意味で本来的意味の二者間において相対立して帰属する債権債務への還元を行わない) での相殺を前提として議論されている。 この議論の前提であれば, 民事再生法92条はその文理に厳密に従って適用されるべきものとして, 三者間相殺予約の法的性質論にまで言及せずに, 同条の要件に適合しないことを述べればよいこととなる。 しかし, 本判決の下級審以来の議論を念頭におくならば, その射程はさまざまな三者間相殺予約 (およびその法的性質) のうち本件事案と同様の理論構成を採る三者間相殺予約およびその実務に止まり, 三
(10)
者間相殺予約一般に及ぶものではないのではなかろうか。
Ⅳ. 民法典上の相殺と学説の概観
三者間相殺につき, 債権債務の相互対立 (民法505条) の欠如から,
(11)
条文に規定のある例外 (後述) を除き判例は否定していると理解されて
(12) (13)
いる。 これに対し, 学説は肯定説と否定説が対立しているものの、 契約
による三者間相殺については, 契約自由の原則から, これを肯定する学
(14)
説が以前から多い。 このような議論状況を背景に実務上も三社間相殺予
(10) xxxx・前掲注 7) 15頁参照。 xxxxは保証契約としての再構成の可能性も指摘されている。
(11) 大判昭和 8・12・5 民集12巻2181号 (抵当不動産の第三取得者による相殺の事案) 参照
(12) xxxx 「『三社相殺』 の効力について」 みんけん27巻3号 (2016年) 16頁
(13) xxxx 『債権総論 [増補版]』 (悠々社, 1992年) やxxxx 『民法講義Ⅳ債権総論 [3版補訂版]』 (成文堂, 2009年) 309頁は第三者弁済が可能な場合に肯定されるとする。 この場合, 念頭にあるのは, 平成7年最判の形態となろうか。 一方, xx・前掲注 3) 323頁は一般的にはこれを否定しつつ, 物上保証人や抵当不動産の第三取得者のように他人の債務について責任を負うものには肯定する。 これに対し, xxxx 『債権総論 [3版]』 (岩波書店, 2013年) 396頁は他の法理で解決すべきであるとして,相殺を否定する。
(15)
約が利用されてきたものと推測される。 ただし, その法的性質論や要件
論については, 平成7年最判およびその下級審判決を契機に議論がなされてきたものであり, ここでは法令上の相殺 (法定相殺) と三者間相殺予約に関する学説の議論を確認しておきたい。
1. 民法典上の相殺についての確認
民法典が想定する相殺は, 民法505条の債権債務が相互に対立する二
(16)
当事者間における相殺のほか, 債権債務の相互対立性の例外として, 連
帯債務の一人が債権者に対して債務を有する場合における当該債務者に
(17)
よる相殺 (民法436条1項), 前記の場合における他の連帯債務者の相殺
(18)
(同条2項), 事前の通知を怠って債務消滅行為をした連帯債務者の求償
に対する他の連帯債務者による相殺 (民法443条1項), 主たる債務者の
(19)
債権をもってする保証人による相殺 (民法457条2項), 連帯保証人が債
権者に対して債権を有する場合における連帯保証人による相殺 (民法 458条の準用する民法436条), 事前の通知を怠って保証債務を履行した受託保証人の求償に対する主たる債務者による相殺 (民法463条) およ
(14) 平成7年最判と同様の形態についてxx・前掲注 3) 353頁, 三面契約についてxxxxx 『債権総論 [新版]』 (1972年) 414頁やxx・前掲注12) 572頁, 全ての当事者が債権を有するいわゆる巴形についてxxx
『民法Ⅲ [3版]』 (東京大学出版会, 2004年) 256頁を参照。
(15) xxxx 「多数当事者間のネッティング (上)(下)」 金法1461号 (1996年) 19頁, 1463号 (同年) 19頁の1461号22頁以下は, 巴形を念頭に ISDAマスター契約の条文構成を提案している。 なお, この提案では, 将来債権の停止条件付譲渡を介在させている。
(16) xx・前掲注 3) 322頁以下
(17) 平成27年3月31日に国会提出された 「民法の一部を改正する法律案」 (以下 「民法改正法案」 という。) 439条1項参照
(18) 対応する民法改正法案439条2項では履行拒絶の抗弁権構成とされている。
(19) 対応する民法改正法案457条2項, 同条3項では履行拒絶の抗弁権構成とされている。
(20)
び債権譲受人に対する譲渡債権の債務者による相殺 (民法468条2項)
があげられている。 これらの相互対立性の例外規定と三者間相殺予約の
(21)
各類型との関係に着目すると, 民法436条1項や民法458条の相殺は下図
2の第1類型が, 民法457条2項や民法436条2項の相殺は下図3の第2類型が, 民法468条2項の相殺は下図4の第3類型が該当する。
図2:第1類型 | 図3:第2類型 | 図4:第3類型 | ||||
A C | 甲債権 B 乙債権 | A C | 甲債権 B 乙債権 | A C | 甲債権 丙債権 | B |
凡例1:矢印は債権の向きを示し, xxxが債権者, 先方が債務者とする。凡例2:□で囲まれた当事者を相殺の主張者とする。
また, 取得された債権と相殺については, 民法511条が支払いの差止
を受けたのちに取得した債権による第三債務者による相殺を対抗することができないとする。 この点については, 昭和45年最判がいわゆる無制
(22)
限説をとったとされており, 民法改正法案でもその考え方を採用し, 差
押え前に取得した債権による相殺を肯定している (民法改正法案511条
1項)。
そして, デリバティブ取引等の金融取引により生じる債権債務の倒産法上の効力については, 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」 (平成10年6月15日法律108号), およびこれに関連する倒産法上の諸規定 (破産法58条, 民事再生法51条, 会社更生法63条) がある。 この法律の趣旨は管財人の選択権 (破産法53条など) を奪うもので
(23)
あるとされている。 ただし, これらは少なくとも一方を金融機関とする
(20) 民法改正法案468条1項参照。
(21) xxxx 『多数当事者間相殺の研究』 (信山社, 2012年) 21頁以下。
(22) xxxx 『民法 (債権関係) 改正法案の概要』 (金融財政, 2015年) 177頁
二当事者間における債権債務の清算 (相殺的処理) を認めたもの (同法
3条参照) であって, いわゆる三者間相殺を含む多数当事者間の相殺に対して適用されるものではない。 現行法下では, デリバティブ取引に関連する三者間相殺も民法等の一般法により規律されることとなる。
2. 三者間相殺予約の法的性質と対内的効力に関する学説の状況
多くの学説は, 平成7年最判の事例のような三者間相殺予約 (図2の
(24)
第1類型で AB の契約があるもの) を起点とし, 三者間相殺予約を二者
間の相殺予約とは異なるものとして, その法的性質を検討している。 すなわち, 契約時または実行時に二者間の債権債務の対立構造に引き直す
(25)
ものとして, 債権質ないし譲渡担保ととらえる見解, 非典型の債権担保
(26) (27)
契約とみる見解, あるいは代物弁済とする見解があり, また, 上記のような対立構造への引き直しを重視しないものとして, 相互の連帯保証関
(23) xxxx 「ネッティングの法的性質と倒産法をめぐる問題点」 金法 1386号 (1994年) 7頁
(24) 三者間相殺予約の効力を分岐に検討する場合は類型論によることが多い。 類型論による論考として, xx・前掲注21), xxxx 「多数当事者間相殺契約の効力」 xxxxx 『担保制度の現代的展開』 (日本評論社, 2006年) 334頁, xxxx 「相殺契約に関する一考察 (1)~(2 完)」 獨協法学49巻 (1999年) 137頁, 50号 (2000年) 119頁がある。 また, 実務家のものとして, xx・前掲注 4) やxxxx=xxxxx 「判批 (平成28年最判の1審判決)」 NBL 1021号 (2014年) 41頁を参照
(25) 新美育文 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 判タ771号 (1992年) 33頁, xxxxx 「判批 (平成7年最判)」 金法1460号 (1996年) 36頁, xxx 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 ジュリ別冊 『担保法の判例 [2]』 (1994年) 287頁。 xxxx 「判批 (平成7年最判)」 判例評論459号 (1997年) 208頁も同旨か。 なお, xxx 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 西南法学論集25巻4号 (1993年) 161頁は, 第三者弁済の予約としての側面も肯定し, 集合債権譲渡担保とできないかと指摘する。
(26) xxxx 「判批 (平成7年最判)」 銀行法務2140巻13号 (1996年) 4頁
(27) xxxx 「判批 (平成7年最判)」 金法1331号 (1992年) 32頁
(28) (29)
係があるとみる見解や債権の相互免除とみる見解がある。 これらの理解は 「相殺」 とする契約文言からの文理上の乖離が大きく, 契約解釈の限界との関係で問題となりうるものの, 従来からの学説は, 当事者が相殺という名の下に締結した契約が法的には別の法的性質を有するものと事
実認定ないし解釈することができる場面では, そのようにとらえるべき
(30)
であるとするものが多い。
(31)
これに対し, 二者間で対立する債権債務と同様の利益状況にある場合
には二当事者間の相殺の延長線上でとらえる見解もある。 さらに, 近時
(32)
は多角的な関係として理解する可能性を示唆する見解もある。 この見解
では, 平成7年最判と同様の形態に関し, 異なる発生原因 (契約) であっても, 相殺対象となった二つの債権が一つの商業目的を実現するために密接な関連性を有する場合, それから生じた債権間にも相殺が認められるべきであるとする。 その根拠として民法改正法案における債権譲渡と相殺の規定 (民法改正法案469条2項2号) をあげる。
ただし, いずれの見解も, 第三者弁済 (民法474条) との均衡から,債務者の意思に反しない限り, (二者間の合意による) 三者間相殺予約の対内的効力-相殺による債務の消滅-を肯定しており, その点に関し
(28) xx・前掲注24) 334頁
(29) xxxxx 「判批 (平成7年判決の1審判決)」 金法1224号 (1989年)
6頁
(30) xx・前掲注24) 336頁。 xxxxは, 相互保証の理論で解決できない類型があることも認めている。
(31) xxxx 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 判タ786号 (1992年) 32頁, xxxx 「判批 (平成7年最判)」 判タ924号 (1997年) 62頁。 xxxx 「判批 (平成7年最判の原審判決)」 ジュリ995号 (1992年) 118頁もこの立場か。
(32) xxxx 「三者 (多数者) 間相殺とxx・多角取引」 xxx編著 『xx・多角取引と民法法理の深化』 別冊 NBL 161 号 (2016年) 105頁。 ただし, xxxxxが多角的なとらえ方を積極的に支持されているか否かの判断は留保しておきたい。
て異論はない。
3. 三者間相殺予約の対外的効力に関する学説の状況 (1) 三者間相殺予約と差押えとの関係
相殺予約と差押えに関する先例である昭和45年最判は, 二者間に対立している債権の相殺予約に関するものであり, 三者間相殺予約の差押え債権者に対する対抗力 ①期限の利益の喪失条項に基づく自働債権の
期限到来の主張と②相殺予約の効力の主張 を当然に導くことはでき
(33)
ないとするものが多い。
しかし, 三者間相殺予約の法的性質を担保設定契約であるとする考え方からは, 担保と相殺との間の対抗問題となり, 担保の対抗要件具備の
(34)
時期と差押えの時期との先後関係によって優劣が決まることとなり, 同
判決の適用は問題とならない。 また, 三者間相殺予約を相互保証とする見解に立った場合は, 保証 (契約時) にそれぞれの当事者に債権債務関係が生じるためその限りでは二者間の相殺と同様となり, 昭和45年判決
(35)
の適用可能性が生じ, 差し押さえに優先する場合が認められる。
これに対し, 三者間相殺予約を法定相殺の延長線上の相殺に関する合意とする見解に立つと, 昭和45年最判との関係が問題となりそうである。しかし, このような見解では, 相殺の担保的機能としての三者間相殺予約の対抗力を牽連性に求め, 牽連性の有無によって債権者間の優劣問題
(36)
を解決する。 ここでいう牽連性について, フランスの判例を分析した上
で, ①二つの債権が同一の契約から生じた場合, ②当事者のうち二人が実質的には一つの法人格を備えた者とみられるか, もしくは法人格が同
(33) xxxx 『債権総論Ⅱ [3版]』 (信山社, 2005年) 401頁, xx・前掲注5) 85頁参照
(34) xx・前掲注26) 11頁, xx・前掲注25) 37頁
(35) xx・前掲注24)・349頁
(36) xx・前掲注21) 100頁参照
一といえなくても, それぞれの財産が混同している場合, ③枠組み契約 (基本契約) が締結されている場合に異なる個別契約から二つの債務が生じた場合, あるいは④一つの取引関係 (経済目的) を実現するために関係づけられた異なる契約から二つの債務が生じた場合をあげられてい
(37)
る。 それ以外にも⑤一方の債権が他方の債権の担保に供されている場合
や⑥メーカーが販売会社を分離独立させ, メーカーの製品を販売会社を通じてのみ販売しているような状況のもとで, 当該販売会社の販売先からメーカーが材料を仕入れているような場合に対抗力を認める余地があ
(38)
るとするものがある。
(2) 三者間相殺予約と倒産手続との関係
現在のところ三者間相殺予約の倒産手続における扱いについて論じたものは少ない。 平成28年最判の事案に関する判例評釈には, 同事件の三者間相殺予約の法的性質が二者間の法定相殺としてのその効力が主張されたこともあって, 三者間相殺予約を倒産手続上の相殺権 (民事再生法
(39)
92条) の要件論の問題として処理したことについて肯定的な意見がある。
その一方で, 二者間の法定相殺 (の類推) だけではなく, 従来の学説が主張する債権譲渡担保構成, 債権譲渡構成や保証構成をとったうえ, 関連する倒産法の条項との適用関係を検証した上で効力を判断すべきであ
(40)
るとするもの, 平成28年判決の千葉補足意見を分析した上, 三者間の契
約で期限の利益喪失時に債権が清算され, 残額支払い義務が発生すると
(37) xx・前掲注21) 144頁
(38) xx・前掲注31) 35頁
(39) 平成28年最判の事案において, 民事再生法上の相殺権の問題とすることについて, 賛同する見解も多い。 xxxx 「判批 (平成28年最判の原審判決)」 金商1444号 (2014年) 2頁, xxx 「判批 (平成28年最判の原審判決)」 金商1482号 (2016年) 16頁を参照。
(40) xxxx・前掲注 7) 12頁以下。 本件においては, 結局のところいずれの場合も相殺が認められる余地はなかったとする。 xxほか・前掲注
6) 23頁以下参照
の約定の場合には民事再生法92条の適用状況にない 三者間相殺予約
(41)
の効力が結果として認められる とするものがある。
また, 三者間相殺予約と債権者平等原則の調整として, 否認権 (民事再生法127条以下) や債権者取消権 (民法424条) の利用を主張するもの
(42)
がある。
Ⅴ. 検討
1. 決済方法特約としての三者間相殺契約の法的性質
学説の状況をみてきたとおり, 三者間相殺予約の効力 (特に対外的効力) を考えるにあたってはその法的性質をどのようにとらえるかが重要となる。 この点は, 決済方法特約としての三者間相殺契約でも同様であると考えられる。
まず, 決済方法特約としての三者間相殺契約は平常時の日常的な決済に利用することも締結目的としており, 少なくとも平常時においては,三者間に跨る債務の履行を三者の契約意思に基づき一括して行い, 相殺対象の債務を消滅させるという簡易決済的機能が働いている。 この時点では, 担保的機能への期待は潜在的なものに留まっている。 この点からすると, 決済方法特約としての三者間相殺契約の法的性質は, 法定相殺の延長線上にある相殺を行う旨の合意と考えることが当事者の意識からはxxな解釈といえよう。
それでは, 担保的機能への期待が前面に出てくる当事者の一の信用不安等の発生時以降に焦点を当てたときに, その法的性質が平常時と異な
(41) xxほか・前掲注 6) 20頁 [xxxx発言]
(42) xxxx 「三者間相殺予約の効力と債権者平等原則 (1)~(2 完)」 法学論叢154巻3号 (2003年) 154頁, 155巻2号 (2004年) 53頁。 同書はドイツのxxxxxx差引き条項の示唆を受けている。 同じくドイツのコンツェルン差引き条項を分析するものとして, xxxx 「合意相殺の類型化と第三者に対する効力 ドイツ法を手掛かりに」 法時72巻9号 (2000年) 96頁がある。
ると考えるべきであろうか。 当事者の意思解釈としてはいずれの見解に立つことも可能である。 すなわち, 法定相殺の延長線上にある相殺の一種を行う合意と解することも, また, 他の法的性質を併存させるものと解することもできる。 ただし, 後者の解釈に関しては, 信用不安等の発生時になって, はじめて債権譲渡が行われると考えることは不自然であっ
(43)
て, せいぜい担保契約の趣旨の契約が併存するとすることができるに過
ぎないのではなかろうか。 併存する担保契約は, 相互保証とすることが決済方法の特約として各当事者が対等に独立した当事者であるとの趣旨に適合すると考えられるものの, 保証契約の要式性 (民法446条2項)や財務諸表での開示の必要性 (財務諸表規則58条参照) から企業としては採用しづらいと予想されるので, 消去法として将来債権の譲渡担保契約となるであろう。
2. 決済方法特約としての三者間相殺契約の効力
決済方法特約としての三者間相殺契約の法的性質を法定相殺の延長上の相殺を行う合意とする本稿の立場からは, その効力はどのように解するべきか。
対内的効力については, 平常時であっても, 信用不安等の発生時であっても, 三者間相殺予約に対する学説の理解と同様に肯定されると解する。すなわち, 契約当事者全員が合意した相殺契約に基づき, 債権者は相殺によって有効な履行として満足を受け, 債務者の債務は弁済として対当額で消滅することとなる。
次に, 対外的効力についてはどのように考えるべきか。 決済方法特約としての三者間相殺契約は三者契約が想定されることから, 各当事者が
(43) 筆者の企業在職時には, この趣旨も有する契約であることを主張できるようにするため, 図1の第1類型のAが保管する三者間相殺契約の契約書に, 将来債権譲渡 (担保) の対抗要件に準じて確定日付を付するように指導していた。 なお, xx・前掲注 4) NBL 929号48頁も参照
相殺の期待を有していることは明らかであるものの, この期待が 「合理的」 なものといえるのかは問題となりそうである。 しかし, 牽連性をもって対抗力を判断する本稿の立場からは, この 「合理性」 の判断は牽連性の判断に吸収されることとなる。 では, その牽連性はどうであろうか。決済方法特約としての三者間相殺契約の対象となる債権は別個の契約から生じたものであるが, 製品売買契約とその製品を製造するための有償支給材料供給契約のような相互依存関係にある契約によって生じた債権が対象となることが想定される。 このような場合は, 上記Ⅳ 3.(1) の
④および⑥に該当するともいえる。 これで対抗力を認めるのに必要な牽連性を満たすのか, あるいは他の事情が必要なのかはさらに議論が必要であるものの, 一般的には一定の牽連性が認められることが多く, 差押え等の前に三者間相殺契約が締結されている場合には, 対外的にも効力が認められる余地があると解することができる。
次に, 対抗要件の必要性について, 三者間相殺契約に基づく相殺を二者間の法定相殺の延長線上に位置づける見解であっても, 債権譲渡と相
殺に関する規律 (民法511条参照) を借用して説明する場合には, 差押
(44)
え前に債権譲渡に準じた対抗要件の具備が必要となるとするものがある。
しかしながら, 決済方法の特約であるとの基本的な考え方からは, 対抗
(45)
要件は不要とすべきであろう。
また, 決済方法特約としての三者間相殺契約と平成28年最判が重視した債権者平等原則とは, どのように規律すべきであろうか。 この点は,一般債権者の利益との調整規定である, 詐害行為取消権や否認権 (民事再生法127条以下) の各条項や相殺権 (民事再生法92条以下) の趣旨から不均衡な合意を無効・取消とし, 調整すべきである。
(44) xx・前掲注32) 107頁
(45) xx・前掲注25) 37頁参照。 xx・前掲注31) 34頁以下も対抗要件に言及していない。
Ⅴ. まとめにかえて─残された課題
決済方法特約としての三者間相殺契約では, 相殺対象の債権債務に牽連性がある場合に, 平常時はもちろん, 当事者の信用不安や倒産事故発生時に行われる相殺にも対外的効力が認められる余地があることが明らかとなった。 しかし, 牽連性が認められるためには, 具体的にどのような事情が必要なのかについては, いくつかの可能性が指摘できたものの,学説でも議論が固まっているとはいえない。 牽連性の内容についてさらに検討する必要があろう。
また, 決済方法特約としての三者間契約は, 二者間契約に還元できるものとはいえず, また, 三者間に跨る債権債務を合意によって消滅させるという表明された当事者の意思 その意図はさまざまあるが, これは内心の問題である を尊重すれば, 各当事者がその意思に向けて同
一の方向性を示すという点で, むしろ多角的な取引関係として構成が素
(46)
直ともいえ, この発想からの理論構築を試みることも有益であろう。 こ
の点についても今後機会をみてさらに検討を進めたい。
最後に, 企業実務の立場からは, 平成28年最判の影響が読み切れないため, 議論が深化するまでの当面の間は実務上の安全策として, 対抗要件具備を含め債権担保契約との趣旨を読み込める (併存できる) ような工夫をせざるをえないであろう。
[後記]
本稿脱稿後, xxx 「三者間相殺の民事再生法上の有効性」 NBL 1093
号 (2017年) 13頁に接した。
(46) 反対:xxxx・前掲注12) 24頁。 なお, 金融取引でのリスク管理と三者間相殺のxxxと有用性に関し, xxx 「判批 (平成28年最判)」 金法2047号 (2016年) 4 頁も参照