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賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)について
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第1 賃貸住宅標準契約書とは
1 賃貸住宅標準契約書とは
賃貸住宅標準契約書(以下「標準契約書」という)は、住宅賃貸借をめぐる紛争を防止し、よりよい契約関係を結ぶことができるようにするため、国土交通省が平成5年に作成し公表した民間賃貸住宅の賃貸借契約書のモデル・ひな型である。
この標準契約書をベースとして、その後、定期賃貸住宅標準契約書、終身建物賃貸借標準契約書、サービス付き高齢者向け住宅事業の登録制度に係る参考とすべき入居契約書などが作成されている。
2 賃貸住宅標準契約書の再改訂
標準契約書は、消費者契約法に基づく特約の有効性に係る司法判断、原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下「ガイドライン」という)の再改訂、暴力団等反社会的勢力排除の機運の高まり、賃貸住宅管理業者登録制度の発足などの動きを受けて、平成24年2月10日に、反社会的勢力の排除の新設、明渡時の原状回復の内容の明確化等がなされた改訂版が作成・公表された。
その後、賃貸借契約の基本となる法律の一つである民法(債権編)の改正の動きに伴い、当該改正民法の規定内容を踏まえた標準契約書の再改訂作業が平成27年から進められてきた。そして、民法改正法が平成29年6月に成立し、令和2年4月1日から施行されたことから、当該改正内容を踏まえた標準契約書(平成30年3月版)が作成・公表されることとなったものである。
なお、令和4年5月18日に「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」が施行されたことに伴い、同日以降は、宅地建物取引業者及び宅地建物取引士の押印欄が削除されている。
3 賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)のポイント
再改訂による標準契約書(平成30年3月版)の主なポイントは以下のとおりである。
① 家賃債務保証業者型を新たに作成
家賃債務保証業者を活用するケースの増加に伴い、これまでの個人が連帯保証人となるパターン(連帯保証人型)のほかに、家賃債務保証業者を活用する「家賃債務保証業者型」が作成されている。
② 連帯保証人について
民法で、個人の保証人の場合極度額を定めなければ無効とされることや、情報提供の規定が設けられたことから、頭書欄に極度額の記載欄を設けられるとともに、
民法に定める内容を契約書本文に規定されている。
③ 契約期間中の修繕
民法で一定の場合に借主が修繕できる旨が明記されたことに伴い、借主が修繕を行う場合の協議などの手続上のルールが規定されている。
④ 物件の一部滅失等による賃料の減額
民法の規定にしたがい、物件の一部滅失その他の事由で使用できなくなったときは賃料が減額されることを確認的に規定するとともに、物件の一部滅失等があったときの協議などの手続上のルールが規定されている。
⑤ 敷金・原状回復・賃借物の全部滅失による契約終了
民法で敷金や原状回復、賃借物の全部滅失による契約の終了が明文化されたことに伴い、関連規定の文言が整備されている。
4 「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」の施行に伴う改訂のポイント
宅地建物取引業者及び宅地建物取引士の押印欄が削除されている。
※なお、電子契約による場合は、貸主・借主及び連帯保証人について押印等を削除し電子署名とする方法もある。
第2 賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)の主な内容
1 頭書欄
標準契約書では、賃貸借の目的物の概要、契約期間及び賃料等の約定事項並びに賃貸人、賃借人、管理人及び同居人の氏名等を一覧できるように、頭書部分を設けている。これは、約定事項を当事者が一括して書き込むことにより、当事者の意思を明確にさせ、記載漏れを防ぐこととあわせて、契約の主要な内容の一覧を図れるようにする趣旨である。
民法では、賃貸借契約につき個人が連帯保証をする場合には根保証と扱われ、保証契約時に極度額を定めなければならないとされている(民法465条の2第2項)。そこで標準契約書(平成30年3月版)では、頭書欄に当該記載欄が設けられている。
2 契約期間(第2条・第11条関係)
住宅賃貸借契約の期間については、普通建物賃貸借の場合は、最短期間1年(借地借家法第29条)である。最長期間の制限はない(民法第604条が定める存続期間
50年の規定は、借地借家法29条2項により、建物の賃貸借には適用されない)。この法令上の定めの範囲で、当事者間で任意に決めることができ、また、期間を定めないことも可能である。1年未満の契約は期間の定めのない契約となる。
期間の定めがある契約と期間の定めのない契約とでは、解約の取扱いが異なる。すなわち、契約期間の定めがない場合は、各当事者はいつでも、賃貸人は6か月の、賃借人は3か月の猶予をもって解約申入れをすることができる(ただし、賃貸人の解約の申入れについては、「正当事由」が必要となる。事例1参照)が、期間の定めがある場合は、契約で当事者の一方又は双方に解約権を認めた場合にのみ、期間の定めのない契約の場合と同様に解約ができるとされている(民法第617条・第618条、借地借家法第27条・第28条)。
標準契約書では、第2条で本契約を期間の定めのある契約とし、第11条において賃借人からの解約権を認めている。
(関連事例)
事例1 賃貸人側から建物が老朽化したため建て替えたいので解約をしたいとの意向がある。賃貸借契約を中途解約することは可能か。
賃貸人側からの解約については、解約を正当とする事由(正当事由)が要求される。この正当事由は、
①当事者が物件を使用する必要性、②賃貸借の従前の経過、③建物の利用状況・現況、④立退き料 などを総合的に考慮して判断される。
建物の建て替えが老朽化等による場合には③に該当するが、裁判例では一定額の立退き料の提供を補充要素として考慮されるケースが多い。したがって事例については、建て替えの必要性等をよく確認するとともに、一定の立退き料の負担が発生することを考慮のうえ、解約の可否及び条件を調整していくことが必要となる。
3 敷金(第6条関係)
(1)敷金とその他一時金との扱いの相違
住宅の賃貸借契約を結ぶに当たっては、敷金やその他一時金を賃借人が賃貸人に支払うことが多いとされている。標準契約書では、このうち、全国的に行われている取扱であり、性格付けも明瞭(債務の担保)である敷金のみを、あらかじめ規定を設けている(第6条)。
それに対し、その他一時金は、地域的な慣習であり、その性格づけも様々であることから、頭書欄では別欄とし、かつ、第19条の特約条項で対応することとしている。
(2)契約期間中の相殺の取扱の明確化(第2項)
民法では、契約期間中の敷金と賃借人の債務の相殺について、賃貸人からの相殺は可能であること、賃借人からの相殺はできないとする取扱が明文化されている(民法第622条の2第2項)。標準契約書では、第2項でこれらの点を明文化している。
(3)特約をする場合の方法
その他一時金の授受の特約については、契約書にxx的かつ具体的な記載があり、金額が高額すぎないといった要件を満たせば消費者契約法上無効ではないとした更新料特約や敷引特約の有効性に係る一連の最高裁の判断が参考となる。
標準契約書では、当該特約を結ぶ場合には、まずは、第19条の特約条項の欄に、
「乙は、頭書(3)中の「その他一時金」欄記載の〇〇(賃料以外の一時金の名称)金××円を甲に支払うものとする。」と定め、賃貸人と賃借人とが合意したことを示すため、両者が押印する。そして、頭書部分の「その他一時金」の欄に「〇〇(その他一時金の名称)と金額を具体的に記載することとしている。また、金額は、趣旨に見合ったもので、月額賃料との比較や地域の相場などを踏まえ賃借人に誤解が生じないようなものとするよう留意する必要がある。
【民法の条文】
(敷金)
第622条の2 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しない
ときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
(関連事例)
事例2 契約の終了に当たって賃借人に敷金を返還する時期につき、原状回復等に係る賃借人が負担すべき債務額等を確定するために時間を要することから、賃借人の退去後一定期間経過した時点とすることは可能か。
改正民法では、敷金は賃借人が賃貸借契約上負うべき債務の担保であり、賃貸人が賃貸物の返還を受けたときに敷金を返還するものと規定されているが、原状回復等に係る費用については、その範囲や金額等の確定に一定の期間を要することから、賃借人の退去後一定期間経過後となることは許容されるものと解される。
ただし敷金の返還は賃貸借終了時の手続きの一環であることから、賃貸人は債務の確定等をすみやかに行い、早期に返還できるように努めることが大切である。
4 契約期間中の修繕(第9条関係)
(1)修繕の原則的な取扱の整理(第1項)
民法上は賃貸借の目的物に係る修繕は賃貸人が行うこととされている(民法第6
06条)。標準契約書では、修繕の原因が賃借人の故意又は過失にある場合を除き、修繕は原則として賃貸人が実施主体となり費用を負担するという修繕の原則的取扱を、第1項で確認的に規定している。
(2)賃借人が修繕を実施できる場合の手続ルールの明確化(第3項・4項)
民法では、賃貸人が必要な修繕等を相当な期間しない場合や急迫な事情がある場合には、賃借人が自ら修繕をすることができるものとする規定が設けられている(民法第607条の2)。これは従来からも認められてきた考え方ではあるが、仮に賃借人が自己の判断のみで、結果として修繕として認められる範囲や程度、必要性を超えて工事を実施した場合には、紛争となりかねない(事例3も参照)。
したがって標準契約書では、賃借人が要修繕箇所を発見したときは賃貸人に通知 し、修繕の必要性等について協議するといった手続きルールを明文化し、当該手続 きを経たにもかかわらず賃貸人が正当な理由なく修繕を実施しないときにはじめて、賃借人が修繕を実施し、賃貸人に費用を請求できるものとして、当該紛争の防止を 図っている。
(3)賃借人が自らの費用負担で実施できる小修繕の取扱に係る規定の整理(第5項)修繕の中には、安価な費用で実施でき、建物の損傷を招くなどの不利益を賃貸人 にもたらすものではなく、賃借人にとっても賃貸人の修繕の実施を待っていてはかえって不都合が生じるようなものもあると想定されることから、標準契約書では、別表第4記載の小修繕については賃借人が実施できるとしている。当該修繕は、上記(1)の原則的取扱に即し賃貸人に請求してもよいが(この場合の費用負担者は賃貸人)、それに代えて賃借人が修繕してもよいことになる(この場合の費用負担者
は賃借人)。なお、賃借人が修繕する場合には、賃貸人に通知することを要しない。
【民法の条文】
(賃貸人による修繕等)
第606条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
(賃借人による修繕)
第607条の2 賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二 急迫の事情があるとき。
(関連事例)
事例3 賃貸物件において、専用部分内の備え付けの空調設備が借主の故意過失によらずに故障した場合、借主から最新の機器に取り替えて欲しいとの要請があった場合、貸主はどのように対応すべきか。
修繕義務は、物件や設備等の破損等により賃貸物件がその時点において本来有すべき価値を下回ったときに、本来あるべき価値まで戻すために行うものである。したがって、空調設備の修理は賃貸人の修繕義務の内容となるが、最新機種への交換は特段の事情(契約時点で将来設備機器の機能のxxxを約するなど)がない限り賃貸人の義務ではなく、物件の競争力の維持向上などの観点から賃貸人の任意の判断によることになる。
5 債務不履行解除(第10条関係)
契約の相手方に契約違反・債務不履行があったとして賃貸借契約を解除する場合には、通常は、民法の規定等に従い、次の4つの要件が必要とされる。
① 解除事由の存在
契約書に規定されている解除事由が存在するか、法令xxx当事者が負っている義務に違反する行為が存在すること(事例4・5も参照)。
② 信頼関係破壊の法理
①により当事者間の信頼関係が破壊されたと評価できること。
③ 催告
①②の状況を解消するよう催告をすること。
④ 解除通知
解除の意思を相手方に到達せしめること。
このうち、③の要件をあらかじめ削除し、①②があれば直ちに④の手続きを採ることができるとする特約を、「催告を要すること無く解除できる旨の特約」という趣旨で、「無催告解除特約」と言う。
履行遅滞に関し無催告解除の規定がなかった従前の民法のもとで、裁判所は、個々の事案に応じ、一定の要件を満たした場合には催告なく解除をすることは可能であるとし、その点をあらかじめ定めておく無催告解除特約も可能であるとしていた。これは、改正後の民法のもとでも同様であるが、あくまでも裁判所は、このような特約を、信頼関係の破壊の程度が大きく、催告しても何ら意味をなさないような特段の事情がある場合に適用範囲を限定して有効としている点に注意しなければならない。
したがって、標準契約書では、反社会的勢力排除のための解除については、暴力団排除条例の中に努力規定ではxxxxx根拠が存在していることなどから、無催告解除特約の有効性を支える高度の信頼関係破壊につき客観的な評価を得たものとして、第3項・第4項で無催告解除としている。しかし、それ以外については、無催告解除が可能であると明確に言えるような客観的な評価があるとは言い難いことから、解除事由に応じて、第1項・第2項の規定に従い催告の上解除できることとしている。
なお、民法では、債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときなどでは無催告解除を認める旨の規定が設けられており(民法542条)、当該民法の規定に基づく取り扱いは否定されない。
【民法の条文】
(催告によらない解除)
第542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をし
なければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしな
いでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
(関連事例)
事例4 賃貸借契約書中に、賃借人に破産開始決定があったりxx被後見人となったときは、賃貸人は契約を解除することができるとする規定があった場合、当該規定に基づく解除は可能か。
「xx被後見人及び被保佐人の開始審判の申立て」を理由とする解除については、これらは賃借人の資力とは無関係な事由であり、申立てによって財産の管理が行われることになるから、むしろ賃料債務の履行が確保され、近隣紛争の解決が期待できるので、消費者契約法10条に該当するとした裁判例がある。
また、「解散、破産、民事再生、会社整理、会社更生、競売、仮差押、仮処分及び強制執行の決定又は申立て」を理由とする解除についても、これらの事由は一般的には賃借人の経済的破綻を徴表するものではあるが、賃料債務の不履行の有無や程度は個別事案によって異なるものであり、これらの事由が発生したという一事をもって直ちに賃借人の義務違反があり、信頼関係が破壊されていると評価するのは相当ではなく、賃借人に実際に賃料滞納があればそれをもとに解除できるのであるから、消費者契約法10条に該当するとした裁判例がある(いずれも大阪高裁平成25年10月17日判決)。
したがって、上記裁判例に基づけば、事例のケースでの解除に係る規定は、個人が賃借人となる住宅賃貸借契約では無効となり、当該解除は否定されることになる。
事例5 賃借人が、賃貸借契約書の条文の規定には直接抵触しないが、契約時に交付された「入居のxxx」に記載している共用部分や設備の利用方法に違反している場合、賃貸借契約を解除することができるか。
契約条項に直接抵触するのではなく、賃貸人側で作成した入居のxxx等の記載に違反しているだけでは、ただちに契約違反行為ということはできない。
しかし、事例のような共用部分の使用等に係る入居のxxx記載事項は、一般的には共同住宅における賃借人の善管注意義務の内容をなすものであり、その違反行為は、同義務違反と評価され、契約書上に解除事由として具体的に規定されていなくても、解除要件に該当することになる。
ただし賃貸借契約の解除には信頼関係の破壊が求められるので、当該行為に対する書面等での注意や警告、今後当該行為をしない旨の確約書などの有無も考慮して、解除の可否が検討されることになる。
6 物件の一部滅失等による賃料の減額等(第12条)
(1)一部滅失等が生じた際の賃料減額の際の手続ルール(第1項)
民法の規定にしたがい、物件の一部滅失その他の事由で使用できなくなったときは、使用できなくなった部分の割合に応じて賃料が減額されることを確認的に規定するとともに、いずれかの当事者が一方的に減額の可否や程度等を主張して紛争となることを防止するため、物件の一部滅失等があったときは、賃貸人及び賃借人は、減額の程度、期間その他必要な事項について協議するものとする手続きルールを明文化している。
(2)賃借人からの解除(第2項)
民法の規定にしたがい、一部滅失等によって残存部分のみでは使用収益の目的を達することができないときは、賃借人が契約を解除できる旨の規定を新設している。
【民法の条文】
(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
第611条 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場
合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
7 全部滅失等による契約の終了(第13条関係)
民法では、賃借物が全部滅失等した場合には、賃貸借はこれによって終了するとの規定が設けられ(改正民法第616条の2)、標準契約書でも同様の規定を置いている。
【民法の条文】
(賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了)
第616条の2 賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。
8 原状回復(第15条関係)
標準契約書では、ガイドラインの内容を参考に、原状回復に係る取扱を以下のとおり規定している。
① 原状回復の原則(特約がない場合の対応)につき確認(第1項)
原状回復の原則的な取扱(通常損耗を超える損耗等の補修費用が賃借人の負担)を第1項で確認的に規定している。また、民法で、自然災害等の賃借人の責めに帰することのできない事由により生じたものは、原状回復の対象とはならないことが明文化されたことから、第1項但書でその旨を確認的に規定している。
② 原状回復の取扱に係る情報・認識の共有(別表5Ⅰ)
原状回復に係る取扱につき、賃貸人・賃借人が契約時に認識を共有できるよう、ガイドライン(再改訂版)で示された様式を参考に、原状回復の原則的な取扱い、賃借人が負担すべき場合の費用の目安などが一覧できる別表5を設けている。
③ 特約の取扱い(別表5Ⅱ)
ガイドラインでは、通常損耗分の補修費用を賃借人の負担とする特約自体は可能であるが、これは、賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、次の要件が必要であるとしている。
【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】
ア 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在することイ 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて
認識していること
ウ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
標準契約書も、原状回復に係る特約は、上記要件をふまえた上で可能であるとし
ているが、原状回復に係る特約は、第19条の特約条項中に記載するのではなく、原状回復の原則的な取扱や、上記特約の有効性に係る基準を踏まえたものであることが契約書上も明瞭になるよう、別表5の中で記載することとしている。
④ 明渡し時の協議(第2項)
原状回復は、契約時に定めた基準・条件(別表5Ⅰ・Ⅱに記載)に基づくことになるが、実際に明渡し時に原状回復に係る賃借人の負担を確定するに当たっては、損耗等が賃貸人・賃借人のいずれの負担部分に該当するのかなどの「基準・条件への当てはめ」などが必要となる。
そこで、標準契約書では、明渡し時に、契約時に別表5に記載した基準・条件に基づき、実際の原状回復の内容や方法を協議することとしている。
【民法の条文】
(賃借人の原状回復義務)
第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗及び毀損並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
9-1 連帯保証(連帯保証人型第17条関係)
(1)賃貸借契約が更新された場合の連帯保証人の責任の明確化(第1項)
判例は、普通建物賃貸借が更新された場合、当該契約に係る連帯保証人は、特段の事由がない限り、更新後も連帯保証人としての責任を負うとしていることから、標準契約書でもその点を確認的に明文化している(第1項)。
(2)極度額の取扱(第2項・第3項)
民法では、賃貸借契約における保証は根保証と扱われ、個人が連帯保証人となる場合には極度額を定めなければならないとされている(民法465条の2第2項)。標準契約書(連帯保証人型)では、同内容を規定するとともに(第2項)、改正民法が定める極度額の確定事由(民法第465条の4)のうち、裁判所が直接関与しない賃借人又は連帯保証人の死亡につき、確認的に規定している(第3項)。
(3)情報提供(第4項)
民法で保証人に対する情報提供の規定が設けられている(民法第458条の2)ことから、連帯保証人から情報提供依頼があったときは賃貸人が遅滞なく情報提供するものとする規定を設けている(第4項)。
【民法の条文】
(個人根保証契約の保証人の責任等)
第465条の2 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
(個人根保証契約の元本の確定事由)
第465条の4 次に掲げる場合には、個人根保証契約における主たる債務の元本は、確定する。ただし、第一号に掲げる場合にあっては、強制執行又は担保権の実行の手続の開始があったときに限る。
一 債権者が、保証人の財産について、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
二 保証人が破産手続開始の決定を受けたとき三 主たる債務者又は保証人が死亡したとき
(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務)
第458条の2 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請 求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。
(関連事例)
事例6 賃貸借契約の更新時に連帯保証人との間では一切手続きがなかった場合、その連帯保証人は、賃貸借契約更新後に生じた賃借人の滞納賃料を支払うべき義務が生じるか。
判例は、賃貸借契約に係る連帯保証人は、連帯保証人に負担を求めることが酷と解されるような特段の事情がない限り、更新された賃貸借契約についても責めを負うとしている(最高裁平成9年11月1
3日判決)。
したがって、事例のケースでは、原則として連帯保証人に負担を求めることができる。ただし更新時に賃料滞納など実際の債務が発生している場合には、上記判例が述べる特段の事情に該当すると解されることから、これらの場合には、賃貸借契約の更新時に連帯保証人に対し十分な情報提供がなされたかも考慮して、連帯保証人の支払義務の範囲が検討されることになる。
事例7 賃借人本人からではなく、連帯保証人から賃貸借契約の解約の申出があったが、これは有効か。
賃貸借契約を解約する権限は、当事者である賃貸人と賃借人のみが有する。したがって、連帯保証人としての立場で解約申し入れをしても、法律上は有効とはならない。賃貸人は、賃借人本人から当該申し入れについて追認してもらうか、改めて解約の意思表示をしてもらうことが基本である。
ただし連帯保証人が、賃借人から解約権限を含めた委託を受けて、賃借人の代理人の立場で解約申し入れをすることは可能である。この場合には、委任状等や委任契約書等を確認し、連帯保証人が賃借人の代理人としての地位を有しているかを確認することが大切である。
9-2 家賃債務保証業者の提供する保証(家賃債務保証業者型第17条)
住宅賃貸借で家賃債務保証業者を活用する場合、通常は、賃貸人との間で保証契約を結び、賃借人との間では保証委託契約を結ぶことになり、これらの契約の中で、具体的な保証内容が定められることになる。
したがって標準契約書中には、家賃債務保証業者が提供する保証の内容そのものは規定せず、賃貸人・賃借人が、それぞれ賃貸借契約と同時に、頭書(6)記載の家賃債務保証業者の保証を利用するための手続をとることを規定している。
10 特約条項(第19条関係)
標準契約書は、全国を適用範囲とし、民間賃貸住宅の賃貸借契約書の雛形としての性格を有することから、条文としての最大公約数的な事項を、第18条までに定めているところである。
ところで、住宅賃貸借の契約事項の中には地域の慣行が大きなウェイトを占めるものがある。また、契約書上必要不可欠な記載事項ではないが、特に当事者間で決めておいた方が望ま しいと考える事項もある。
これらについては、契約自由の原則により、借地借家法等の強行法現や公序良俗に反しない限りは当事者間の合意で契約内容を自由に定めることができることから、標準契約書では、第19条を特約条項として、特約を別途定めることができるようにしている。特約を定める場合は、第19条の下の空欄に、記載要領中の特約条項記載例も参考にしながら特約条項を記載し、そこに、特約締結についての当事者の意思を明確にし、明確に合意されたことを証拠として残すため、両当事者が押印することを求めている(契約書作成に当たっての注意点)。
第3 民法の適用関係と留意点
1 賃貸借契約への民法の適用関係
改正後の民法の規定は、改正法附則により、同法の施行日である令和2年4月1日以降に締結された契約に適用され、同年3月31日以前に締結された契約については改正前の民法が適用される。
また、同年3月31日以前に締結された契約であっても、同年4月1日以降に契約期間の満了を迎え更新がなされる場合には、合意更新であればその時点から改正後の民法が適用され、法定更新であれば更新後もそのまま改正前の民法が適用されるとするのが法務省の見解である。
2 賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)が使用される賃貸借契約
したがって改正後の民法に基づき規定されている標準契約書(平成30年3月版)は、
ア 令和2年4月1日以降に新たに結ばれる契約
イ それよりも前に締結されている契約であっても同年4月1日以降に合意更新した契約
に使用することが想定される。
3 賃貸借契約の更新と連帯保証契約の取扱
連帯保証契約はそれ自体一つの契約であるので、上記1の賃貸借契約の場合と同様に、令和2年4月1日以降に新たに結ばれた場合には改正法附則により改正後の民法が適用され、それ以前から結ばれていた連帯保証契約であっても令和2年4月1日以降に合意更新した場合には改正後の民法が適用されると解されることになる。
したがって、令和2年4月1日以降に賃貸借契約が更新された場合、それとあわせ て連帯保証契約を合意更新したり、改めて連帯保証契約を結び直したときには、連帯保証契約にも改正後の民法が適用され、個人を連帯保証人とする連帯保証契約では極度額を定めなければならない。
一方判例は、賃貸借契約が更新されれば原則として保証契約も継続するとしていることから、賃貸借契約の更新の際に連帯保証契約につき特段の対応をしなかったとき は、改正前の民法が適用され、個人を連帯保証人とする連帯保証契約であっても更新の時点で極度額を定めることなどは必要とはされない。