(青林書院)1738-1743頁(飯田圭執筆)、宮脇正晴・AIPPI56巻11号201頁(2011年)及び金子敏哉・速報判例解説8号318頁(2011年)に詳 しい。
共有特許の複数の権利者による損害賠償請求
─102条1項又は2項の損害賠償請求と3項の損害賠償請求とが併存する場合─
xxxxx法律特許事務所
弁護士 xx x
実施の程度の小さい共有特許権者が102条3項に基づき損害賠償を請求する場合、他の共有特許権者の実施の程度に影響されることなく、実施料相当額を持分割合によって按分した額が認められるべきである。その理由として、102条3項は、最低限度の賠償額を保障した条項であり、その対象とする損害は、本来の逸失利益とは異なる側面を有するという点が挙げられる。実施の程度の大きい共有特許権者による102条1項又は2項に基づく損害賠償請求と、実施の程度の小さい共有特許権者による102条3項に基づく損害賠償請求との関係は、連帯債権の関係にあると考える。
第1 はじめに
最近では、複数の企業による共同開発や企業と研究機関との共同開発により、複数の者によって共有される特許権が増えている。共有権利者の各々は、原則として、持分割合の制約を受けることなく、特許発明を自由に実施できる(特許法73条2項)(以下、特に断らない限り、「特許法」を省略する。)。差止請求権については、共有権利者の各々が、侵害者に対し、その権利を行使できる。つまり、共有権利者は、特許権の一部についてのみ持分を有するものの、侵害者の行為全体について、差止めを請求できる。その一方、損害賠償請求権については、各共有権利者は、自らの損害額を請求できるのであって、特許権侵害による損害賠償額全てを請求できるわけではない。
共有権利者間の損害額の按分に関し、102条1項及び2項については、特許発明の実施の程度
(1項については譲渡数量、2項については利益額)を基準とするという見解が有力である。この場合、按分割合は、持分割合とは一致しない。その一方、同法3項については、持分割合によるという見解が一般的である。
共有権利者の全てが同じ条項に基づいて損害を請求する場合には、上記の按分割合で問題は生じない。しかし、各共有権利者にとって、自らの損害を最大限に回復する手段は異なる。実施の程度の大きい共有権利者(「実施共有者」)は、102条1項又は2項に基づいて損害賠償を請求することが合理的であり、実施に程度の小さい共有権利者(「不実施共有者」)(例えば、特許発明
を全く実施していない権利者)は、102条3項に基づいて請求することが合理的である。その結果、侵害者にとっては、合計で1つの特許権を侵害しているにもかかわらず、過剰な損害賠償請求を受けることになる。換言すると、1つの特許権の中に、複数の共有権利者によって重複して行使される部分が存在する。
この重複部分の調整について、⒜不実施共有者には損害賠償請求を否定する見解(実施共有者にのみ損害賠償を認めることにより、重複した請求は生じない。)、⒝実施共有者による損害賠償請求について、不実施共有者の実施料相当額(102条3項)を控除する見解(⒝’その根拠として、 102条1項又は2項の覆滅事由を挙げる見解)、⒞市場機会の喪失を持分割合で按分する見解などが提唱されている。
本稿では、これらの説について検討するとともに、他の法律構成として連帯債権についても検討する。最終的な損害額の分配としては、⒝が適切であると考えるが、訴外の不実施の共有権利者の実施料相当額について、実施の共有権利者と侵害者との訴訟で判断することには問題がある。そこで、実施の共有権利者と不実施の共有権利者との重複部分を連帯債権と構成し、実施の共有権利者と侵害者との関係では、全額を認容して良いと考える。
第2 102条各項の中での損害額の按分
1 102条1項及び2項
共有権利者の何れもが102条2項(平成10年改正前の旧1項)に基づいて損害賠償を行うという事例に関し、大半の裁判例は、実施の程度ではなく、持分割合に基づいた損害額を認容した1。もっとも、これらの裁判例では、ⅰ共有権利者が持分割合に基づいた主張をしたか2、ⅱ共有権利者による実施の程度の立証が必ずしも十分であったとはいえない3という点には注意を要する。
最近の知財高判平成22年4月28日(平成21年(ネ)第10028号)は、「特許権の共有者は,持分権にかかわらず特許発明全部を実施できるものであるから,特許権の侵害行為による損害額も特許権の共有持分に比例するものではなく,実施の程度の比に応じて算定されるべきものである。そ
1 裁判例に関し、xxxx・法学教室349号124頁(2009年)、xx・xx編「新・注釈 特許法(下巻)」
(青林書院)1738-1743頁(xxx執筆)、xxxx・AIPPI56巻11号201頁(2011年)及びxxxx・速報判例解説8号318頁(2011年)に詳しい。
具体例として、大阪地判昭和55年10月31日無体集12巻2号632頁及びその控訴審である大阪高判昭和57年1月28日無体集14巻1号41頁、大阪地判昭和62年11月25日判時1280号126頁、大阪地判平成13年9月20日(平成11年(ワ)第4158号)、東京地判平成15年2月27日(平成11年(ワ)第19329号)並びに東京地判平成17年3月10日判時1918号67頁。
2 大阪地判昭和55年10月31日無体集12巻2号632頁及びその控訴審である大阪高判昭和57年1月28日無体集14巻1号41頁並びに東京地判平成17年3月10日判時1918号67頁
3 大阪地判昭和62年11月25日判時1280号126頁
共有特許の複数の権利者による損害賠償請求
して,このことは,損害額の推定規定である特許法102条2項による場合も同様であるということができる。」と判示した。
学説では、実施の程度に応じて損害賠償額が按分されるべきであるというものが多い4。実施の程度の指標として、1項について譲渡数量が5、2項について利益が提案されている6。この指標は、条文に基づく。
2 102条3項
102条3項については、持分割合によるとの見解が一般的である7。102条3項による損害賠償請求は、権利者が特許発明を実施していない場合にも認められる。したがって、102条3項の場合、実施の程度による按分との親和性は低い。権利者の何れも特許発明を実施していない場合には、持分によって按分するほかない。
第3 実施の共有権利者による102条1項又は2項による損害賠償請求と不実施の共有権利者による102条3項による損害賠償請求とが併存する場合
実施共有者には、102条1項又は2項に基づく損害賠償請求が合理的である。その一方、不実施共有者にとっては、102条3項に基づく損害賠償請求が合理的である。しかし、102条1項又は
2項での按分の基準と、102条3項での按分の基準とは異なる。その結果、被疑侵害者側からみると、損害賠償請求を重複して受けることになる。この調整について、以下の見解がある。
1 実施権利者のみによって需要を満足することが立証される場合には実施権利者のみが損害賠償を受けることができるという見解
この問題に関する先駆的な研究は、xxxxによるものである。xxxxは、まず、(i)デフォルトルールとして、不実施権利者に賠償すべき102条3項の額を控除し、残余を実施権利者で分配するという見解を提唱された(4人の共有権利者のうち1名が特許発明を実施していないという想定事例に関し、「4人存在した共有者の1人が不実施であって実施料相当額(を按分した額)の賠償を受けうるに止まるということが明らかとなり、しかもその額も証明されているような場合には、侵害者利益額から不実施共有者に賠償すべき相当額を控除した額を3分した額の推定を維持する、というように扱うべきであろう」8)。
もっとも、実施共有者が、自らのみによって需要を満たし得たことの立証に成功する場合に
4 学説に関し、xx・注1、xx・注1及びxx・注1に詳しい。
5 例えば、xxxx・xxxx編「リーガル・プログレッシブ・シリーズ 知的財産関係訴訟」(青林書院)248頁(xxx執筆)
6 例えば、森・注5、xxxx「権利者、侵害者が複数の場合の問題点」(xx・xx・xx編「民事弁護と裁判実務8 知的財産権」337頁)343頁、xx・xx編「特許判例ガイド」(第4版)408頁
(xxxx執筆)、xxxx及びxxxx「共有者の一人による損害賠償請求と特許法102条1項」(xx編「知的財産研究Ⅱ」21頁)。特許権者と実施権者との間での分配に関し、利益比を採るものとして、xxxx「侵害(5)-複数の権利者」(xx・xx編「新裁判実務体系4 知的財産訴訟法」(青林書院)345頁)358-359頁
7 xx・注1の1741-1742頁。ただし、実施の態様を考慮する可能性を示唆するものとして、森・注
5
8 xxxx「知的財産権と損害賠償」(新版、弘文堂)311頁
は、ⅰの規範によるのではなく、ⅱ実施共有者が賠償額を総取りする(つまり、不実施共有者は賠償を受けられない)。上記の事例について、xxxxは、「不実施共有者を除いた残りの3人の共有者のみで侵害された需要を満足することが明らかにされたような場合には別論である」、「3人の共有者のみが逸失利益(あるいは2項(現3項))の賠償を受けることができ、不実施共有者は何ら賠償をうけることができない」と説明される9。
ⅱの規範に関する上記の説明は、市場機会の喪失という規範的損害概念10と整合する。同一の市場機会の喪失は、複数の共有者には帰属し得ない。したがって、全ての市場機会の喪失が実施共有者において生じたものである場合には、不実施共有者は、損害賠償の根拠を失うことになる。xxxxは、102条3項と同条2項とを「同一の市場機会の喪失に対する損害賠償」とも説明される11。したがって、102条3項に基づく損害賠償の按分は、共有権利者の立証に応じ、102条2項の場合の按分(実施の程度に基づく按分)と合致することになる。
しかし、ⅱの見解では、合理的な結論に至らない場合がある。例えば、2名の共有権利者の何れもが不実施の場合には、両者で実施料相当額が均等に配分されるのに対し、一方が小規模な実施を行った途端に、損害賠償額を総取りできることになる12。さらに、102条3項について、「特許法102条は2項(現3項)で常に適正な対価は賠償額となることを実体法的に保証する」13ものであると解するのであれば、不実施共有権者から102条3項の損害賠償請求権を奪うべきではない。
2 不実施共有者の持分割合による102条3項の損害賠償額を控除して残余を実施共有者に分配する見解
xxxxは、xxxxの見解のうちⅰを引用して支持されている。もっとも、その根拠については、詳細な説明は付されていない。102条3項の実施料相当額を「現実に受けた損害とは関係なく、最低限の保障として請求できる」14と解し、その按分割合を持分割合に固定するものとすると、上記の結論に至る。
実施共有者の102条1項又は2項に基づく損害賠償請求において、不実施共有者の事情は、覆滅事由として位置付けることができる。そして、「102条2項による推定は、不実施共有者の存在によっては、102条3項の実施料相当額の点を除いて覆滅されない」との見解も提唱されている15。もっとも、102条3項の実施料相当額がなぜ覆滅されるのか、実施共有者と不実施共有者との調整をなぜ実施共有者と被疑侵害者との間で行わなければならないのか、という点については、別途の検討が必要である。
9 xx・注6の409頁及び注8の311頁;xxx、知財ぷりずむ114号28頁は、ⅱの規範と同趣旨であると解される。
10 xx・注8の296-304頁
11 xx・注8の234頁
12 もっとも、侵害者に奪われた需要を実施共有者の実施規模では満たすことができない場合には、不実施共有者にも損害賠償の余地がある。しかし、このような場合、実施共有者と不実施共有者との按分の基準は、明確ではない。
13 xx・注8の303頁
14 xxxx「特許法」(第2版、弘文堂)377頁
15 xx・注1
共有特許の複数の権利者による損害賠償請求
3 持分割合により市場機会を按分すべきという見解
xxxxは、市場機会という抽象的な概念が持分割合によって按分されるという見解を提唱されている16。それによると、実施共有者X1と不実施共有者X2とが何れも1/2の持分を保有しており、侵害者が100個の侵害品を譲渡した場合、X1及びX2の各々は、50個の市場機会につき、損害賠償を請求できる。したがって、X1が実際には100個の特許品を販売することができたとしても、損害賠償請求額は、50個分に限られる。
この見解は、xxxxの規範的な損害概念を徹底したものと解される。そして、損害額の按分ルールが明確になるという利点がある。しかし、按分ルールが明確になったとしても、損害が十分に回復されないのであれば、102条の本来の目的が損なわれかねない。しかも、各共有者は、持分割合にかかかわらず、特許発明を自由に実施できるのだから、市場機会そのものを按分することは適切ではないように思われる。
4 まとめ
以上のとおり、実施共有者の102条1項又は2項に基づく損害賠償請求と不実施共有者の102条
3項に基づく損害賠償請求との調整については、実施共有者の損害額から不実施共有者の実施料相当額を控除するという方式で重複を回避するという見解(1のⅰ及び2)、不実施共有者の損害賠償請求を認めないことによって重複を回避するという見解(1のⅱ)、持分割合により重複を生じさせない見解⑶がある。
第4 特許権者と実施権者との損害賠償請求の調整
実施共有者と不実施共有者との間の損害賠償請求の調整と同様に、特許権者と実施権者との間でも、損害賠償請求の調整が必要とされることがある。
1 特許権者と専用実施権者との関係
特許権者が専用実施権を設定すると、侵害者に対し、特許権に基づく損害賠償請求権を請求することはできない。もっとも、民法709条に基づく損害賠償請求権は別である。専用実施権者は、侵害行為によって需要を奪われており、その結果、専用実施権者が特許権者に対し支払うはずであったロイヤルティも減少している。したがって、特許権者は、侵害者に対し、民法709条に基づく損害賠償を請求することができる17。
その一方、専用実施権者は、侵害者に対し、特許法102条各項に基づく損害賠償を請求できる。この損害額の一部は、本来、専用実施権者を介して特許権者に還元されるべきものである。以上のとおり、専用実施権者の損害賠償請求は、特許権者の損害賠償請求を包含する。そこ
で、両者の調整方法が問題となる。
⑴ 実施料相当額の控除
裁判例では、専用実施権者の損害賠償請求について、専用実施権者(又は独占的実施権者)から特許権者に対し支払われる実施料相当額を経費として控除することにより、最終的に専用実施権者に帰属する額についてのみ請求を認容したものが多い18。学説も、実施料相当額の控除を支
16 xx・注1
17 x・注5の251-252頁
持するものが多い。
しかし、裁判例のうち多くの事例では、特許権者と実施権者との双方が原告となっていることにも留意すべきである(例えば、東京地判昭和63年4月22日判時1274号(特許権者とその独占的通常実施権者ないし実施権者の両者が原告);東京地判平成10年10月12日判時1653号54頁(特許権者とその独占的通常実施権者の両者が原告);大阪地判平成16年7月29日(平成13年(ワ)第 3997号)(実用新案権者とその専用実施権者の両者が原告);東京地判平成17年5月31日判時1969号108頁(特許権者とその独占的通常実施権者が原告))。
特許権者と専用実施権者との双方が訴訟の当事者である場合には、双方に主張立証の機会が与えられているのだから、紛争の一回的な解決として、両当事者に最終的に帰属する損害額を認定することが合理的である。しかし、専用実施権者のみが権利を行使する場合、特許権者が不在の場で実施料相当額を認定して控除してよいのかという問題は残る。
さらに、侵害行為が認定されると、契約条項により、専用実施権者が特許権者に対して支払うべき額が一意に定まることも多い(例えば、大阪地判平成3年5月27日知的裁集23巻2号320頁及びその控訴審である大阪高判平成4年12月4日知的裁集24巻3号881頁19;専用実施権者のみが訴えを提起した事例である。)。そのような場合には、特許権者が訴訟の当事者になっていなくても、専用実施権者の追行した訴訟によって不利益を被る可能性は乏しい。
⑵ 連帯債権
学説としては、特許権者の損害賠償請求権と専用実施権者の損害賠償請求権との重複部分は不真正連帯債権になるとする見解もある20。連帯債権について、民法上のxxの規定はないものの、「xxの債権者が、一人の債務者に対し、同一内容の給付について、各自が独立に全部の給付を請求する権利を有し、しかもそのうちの一人がその給付を受領すれば他の債権者の権利も消滅するという多数当事者の権利」と解されている21。連帯債権では、一人の債権者が債務者から給付を受領すると、他の債権者は、債務者に対して権利を行使できなくなる(債権者間の内部求償は残る。)ため、「他の債権者にとり危険が大であるとの不利益があるため、安易に連帯債権を認定すべきではない」22との懸念が示されている。特に、債権者間に一体性がない場合には、この問題は深刻である23。
専用実施権者と侵害者との関係では、連帯債権説によると、専用実施権者のみが訴えを提起した場合でも、侵害者は全損害賠償額を支払わなければならず、実施料相当額(特許権者に支払われるべき額)を残しておくことは許されない。この点が、連帯債権説の実質的な根拠であると思われる24。
18 xx・注1の1744-1745頁
19 契約年当たり5000万円の合計額に対して4パーセント、同一契約年内の5000万円の合計額以上の販売額に対しては3パーセントのライセンス料が規定されていた。
20 xxxx「侵害(5)-複数の権利者」(xx編「裁判実務体系9 工業所有権訴訟法」361頁)368
-369頁、xxxx・発明86巻6号46頁、商標権侵害について、xxxx「商標権侵害に基づく損害賠償請求について」(xxx編「知的財産法の理論と実務 3」(新日本法規)186頁)214頁
21 xxx「新訂 債権総論」(岩波書店)378頁、446頁及びxxxx「債権総論」(新版、岩波書店) 424頁。債権法改正における条文の新設の動向に関し、法制審議会民法(債権関係)部会の「民法(債権関係)の改正に関する検討事項(3) 詳細版」の30頁も参照。
22 xxxx「債権総論」(増補版、悠々社)376頁
23 xx・注21は、特に債権者間に一体性がない場合について、この懸念を示す。
共有特許の複数の権利者による損害賠償請求
その一方、専用実施権者が全損害賠償額を受領すると、特許権者は、もはや侵害者に請求することはできず、専用実施権者との内部求償の問題が残るのみである。侵害者の方が資力に恵まれている場合には、特許権者には不利な結果が生じるおそれがある。もっとも、特許権者は、自らの意思により、専用実施権者に対し、排他的で強力な権利を設定している。特許権者は、専用実施権者として適切な者を選ぶことができたはずであり、権利行使の詳細(例えば、通知義務及び費用の償還)についても、契約条項に盛り込むことができたはずである。したがって、上記のリスクが生じるとしても、特許権者は、事前に手当てができたはずである。
2 特許権者の旧サブライセンシーに対する損害賠償請求(不法行為)と実施権者の旧サブライセンシーに対する損害賠償請求権(債務不履行)(知財高判平成21年8月18日判タ1323号256頁)知財高判平成21年8月18日判タ1323号256頁では、特許権者の不法行為に基づく損害賠償請求
と、独占的通常実施権者の債務不履行に基づく損害賠償請求権とが不真正連帯債権の関係にあると判断された。
この事案では、特許権がX1及びX2の共有にかかり、X3は、その独占的通常実施権者であった。X3は、Yに対し、サブライセンスを許諾した。その後、Yの債務不履行により、Xは、サブライセンス契約を解除し、解約後のYの行為について、債務不履行に基づく損害賠償(サブライセンス契約が存続した場合に得られたはずの実施料相当額の支払)を請求した。その一方、X1及びX2は、Yに対し、解約後のYの行為について、特許権侵害の不法行為に基づき、損害賠償を請求した。判決は、「X3の損害賠償請求と特許権者であるX1及びX2の特許権侵害による不法行為に基づく各損害賠償請求との関係は、X3とX1及びX2ごとに、いわゆる「不真正連帯債権」の関係に立つものと解される」と判示した。
もっとも、この事案では、特許権者(X1及びX2は)及び独占的通常実施権者(X3)の全てが原告であったため、主文では、原告毎に請求額が指定されており、損害賠償の重複は生じていない。
権利者の全てが原告となっている場合には、損害賠償請求の関係を不真正連帯と解しても、実施権者の損害額にはそもそも実施料相当額が控除されていると解しても、結論は変わらない。しかし、実施権者のみが原告となる場合には、結論が異なる。
第5 検 討
1 102条3項の位置づけ
不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償請求については、実施共有者の実施の程度には影響されないという見解(つまり、不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償額を超えた額についてのみ、実施共有者に分配されるとの見解)と、実施共有者の実施の程度によっては否定されるという見解とに大別される。この相違は、102条3項の位置づけによると思われる。
102条3項については、創設的な規定であるのか、それとも確認的な規定であるのか、その対象とする損害は何であるのかという点について、様々な見解が提唱されている25。もっとも、旧法(大正10年法)では102条3項に該当する条項が無かったにもかかわらず、裁判例では、民法 709条による損害賠償において、最低限度の損害賠償額として実施料相当額が認容されていた。
24 xx・注20
25 xx・注1の1672-1676頁
102条3項が旧法下での裁判例を引き継いだものであるという観点からは、102条3項は、民法
709条の不法行為の一類型として、特許権者が得られたはずの実施料相当額の損害が発生することを明確にしたものであり、確認規定の性質を有するものと解される。
しかし、特許権者は実施料相当額が得られたはずであるという前提は、フィクションとしての側面も有する。契約上の実施料は、両当事者が、不確定の将来を各々の立場から予測して、合意によって規定するものである。その一方、侵害が生じた後に認定される実施料相当額は、既に起きた侵害の事後的な評価である。さらに、特許権者が実施許諾をするか否かは、特許権者に委ねられているのであり、侵害者に対してそもそも実施許諾をするとは限らない26。平成10年改正において、「『通常』受けるべき金銭の額」の「通常」が削除されたことにより、個別具体的な事情が考慮され、事案に即した実施料相当額が認められるようになったとはいえ、実施料相当額という基本的な枠組みは維持されている。102条3項は、侵害の発生という損害事実の金銭的評価の最低限度額として、あるいは、(伝統的通説によると)侵害と最低限度の相当因果関係のある額として、実施料相当額をxx上認めたという点で、最低限度の損害額の保障という創設的な意味がある。この観点では、102条3項の限度で認められる損害は、本来の逸失利益とは異なっていると解される27。
102条3項が最低限度の損害額を保障した条項であるという立場からは、不実施共有者の102条
3項に基づく損害賠償請求は、他の共有者が特許発明を実施するか否かにかかわらず、認められるべきである。
2 実施共有者の102条1項又は2項による損害賠償請求と不実施共有者の102条3項による損害賠償請求との関係
⑴ 法律構成
実施共有者が102条1項又は2項によって損害賠償を請求する場合、その実施の程度が持分割合を超える範囲については、不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償請求と重複する。この重複部分は、最終的には、不実施共有者に帰属するべきである。もっとも、その法律構成としては、
ⅰ 実施共有者は、元来、102条1項又は2項の枠内での覆滅により、不実施共有者の実施料相当額について損害賠償請求権を有していないとするか(覆滅構成)、
ⅱ 実施共有者の損害賠償請求と不実施共有者の損害賠償請求とは不真正連帯債権の関係にあり、内部求償の問題として、不実施共有者の損害額が処理される(連帯債権構成)
という立場があり得る。 102条1項又は2項の対象とする損害と102条3項の対象とする損害を同質のものであるとする
立場は、不実施共有者の実施料相当額(102条3項)も、102条1項又は2項の覆滅事由として扱うことに親和的である(ⅰ)。その一方、102条3項の対象とする損害は逸失利益とは異なる性質を有していると解する場合には、不実施共有者の実施料相当額(102条3項)は、102条1項又は
2項による逸失利益の枠組みの外にあり、両者を連帯債権と構成することもできる(ⅱ)。
26 土地所有者は、土地不法占拠者に対し、原則として、賃料相当額の損害賠償を請求できる。102条
3項は、そのアナロジーである(xx・注8の249-250頁)。もっとも、土地の賃料との相違について、xx・注14の375-376頁。
27 xxxxは、「3項は、権利者が現実に受けた損害とは関係なく、最低限の保障として請求できるのであり、本来の意味における逸失利益とは異なる。」とされる(注14の377頁)。
共有特許の複数の権利者による損害賠償請求
実施共有者が単独で訴えを提起する場合を考慮すると、ⅱを採用し、実施共有者に対して102条1項又は2項の損害賠償額の全額を認容することの利点は大きいと考える。その理由は、⑵で述べるとおりである。
⑵ ⅰ覆滅構成とⅱ連帯債権構成との比較
前述のとおり、特許権者と専用実施権者(又は独占的通常実施権者)との関係では、多くの裁判例において、専用実施権者の損害賠償額の認定にあたり、特許権者に支払われるべき実施料相当額が経費として控除されている。しかし、特許権者及び専用実施権者は、専用実施権を設定するための契約を締結しており、その契約では、一般に、専用実施権者から特許権者に支払われるべき金額の基準が明示されている。実施料相当額の多寡を巡って紛争が生じる可能性は少ない。さらに、裁判例では、特許権者及び専用実施権者の双方が原告となっている事例も多い。そのような場合にはなおさら、特許権者が受領する実施料相当額を控除して、専用実施権者に最終的に帰属する損害賠償額を認定すべきである。
その一方、不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償額は、当事者の主張立証によって定まるものであり、契約によって明示されているわけではない。実施共有者からすると、不実施共有者の実施料相当額が低く認定される方が、自らの受領する額は大きくなる28。この問題は、実施料相当額の主張立証責任を被疑侵害者側に負わせたとしても、解決できるわけではない。このような主張立証責任の下でも、実施共有者にとっては、実施料相当額を低くするよう立証活動を行うことに経済合理性がある。
しかも、実施共有者のみが原告となる場合には29、ⅰ(覆滅構成)の下、実施共有者が不在の場で実施料相当額を決定することには問題があるように思われる。実施共有者と侵害者との間の訴訟の判決の既判力は、不実施共有者(当事者ではない。)には及ぶわけではなく、さらに、実施共有者について控除された額は、理由中の判断にすぎない。しかし、同一の事案について先行する判決が存在する場合、その判決が事実上の影響を及ぼす可能性がある。さらに、不実施共有者が、侵害者に対し、後に別途の訴訟を提起し、独自の立証活動によって実施料相当額の損害賠償を得ると、その額は、実施共有者の訴訟で控除された額とは異なる可能性がある。その場合、侵害者は、過剰に損害賠償の支払いを強いられることもあり、不当に損害賠償の一部の支払いを免れることもある。
その一方、ⅱ(連帯債権構成)では、上記の問題は解消する。その代り、連帯債権を正当化できる程度の債権者間の一体性があるのかという問題が生じるものの、共有者間では、一体性があると考える。その理由は、特許権の共有関係は、⒜共同研究によって生まれた成果について、特許を受ける権利が原始的に共有されることによって生じるか(職務発明規定によってその関係が会社間に移転される場合を含む。)、⒝元来、単一の者が特許権を保有していたところ、その意思により、その持分の一部を第三者に移転することによって生じるものだからである。さらに、共有持分の譲渡には、他の共有者の同意を要する(73条1項)。したがって、共有者同士が互いに無関係ではない。
不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償請求の額は、実施料相当額とはよばれるものの、
28 実施共有者も、予備的請求として、102条3項に基づく損害賠償を請求できる。もっとも、実施共有者と不実施共有者とでは、「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」は異なり得る。
29 侵害者との事業上の関係によっては、不実施共有者が侵害者を被告とする訴えの提起に躊躇することはあり得る。
その額について一意に確定するものとは言い難い。その額の認定にあたっては、不実施共有者の関与が望まれる。そして、共有者間には、一体性も肯定できる。したがって、ⅱの連帯債権の構成を採用することができると考える。
第6 結 語
不実施共有者には、実施共有者の実施の程度によらず、102条3項の実施料相当額を持分割合によって按分した額が認められるべきである。不実施共有者の102条3項に基づく損害賠償請求と、実施共有者の102条1項又は2項に基づく損害賠償請求とは、連帯債権の関係にあると考える。