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ニッセイ基礎研究所
2019-10-07
基礎研レター
改正債権法の解説③
約款はなぜ有効か?
保険研究部 取締役研究理事 xx x
(00)0000-0000 xxxxxxxx@xxx-xxxxxxxx.xx.xx
1――はじめに
本稿は、改正債権法(2020 年 4 月 1 日施行予定、以下、条文は新民法として引用)の解説の三回目になる。今回は定型約款の規律(新民法第 546 条の 2~第 546 条の 4)についての説明を行う。
誰も約款と関係ないところで生活はできない。たとえば、電気を使うにあたっては、電気供給約款
1により、また鉄道に乗るには運送約款2によりサービスが提供される。豆知識として知られている通
り、新幹線や特急が 2 時間以上遅延すると特急料金が返ってくるのは、たとえば JR 東日本ではその旅客営業規則第 289 条、第 282 条に規定されているからである。また、キセル乗車の場合に運賃の三倍額が徴収されることは同規則第 264 条に規定されている。これらの約款は HP でも見に行かない限り、日常眼に触れることはない。
ところで、契約が効力を有するのは、契約当事者間の意思の合致によるのが原則である。しかし、多くの約款取引において、個々の条項を読み、理解したうえで合意したという覚えはないであろう。他方、約款で約束事が定まっていなければ、各種の事業が成り立たないのも事実である。
このような約款の個別条項がなぜ有効になるのかを巡って、さまざまな議論が展開されてきたが、今回の改正債権法により立法的に解決が図られた。以下では、保険約款を中心に議論を整理することとする。
2――保険約款の有効性
1|保険約款とは
伝統的に、生命保険契約に加入するに当たっては、事前にご契約のxxxと保険約款(相互会社の場合は定款も)がセットになった冊子(昨今では CD もある)を交付するのが通常である。
1 東京電力の電気供給約款 xxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xx/xxxxxxx0/xxx/000000xxxxxx000-x.xxx
2 JR 東日本の旅客運送規則 xxxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxxxxxx/
保険契約における保険契約者や保険会社の義務や権利を定めているのが約款であり、その中で重要な事項を抜き出したものがご契約のxxxである3。そして、保険契約の申込書にはご契約のxxxと保険約款を保険契約者が受け取った旨、および保険約款に基づいて契約を申し込む旨が記載されている。締結された保険契約の内容は保険証券に記載されている保障内容(保険期間○年、死亡保険金○○万円など)と事前交付された保険約款で定められる。
他方、損害保険においては、たとえば自動車保険等では、保険約款は保険契約成立後に保険証券と一緒に送られてくる実務となっている。したがって、保険約款は必ずしも保険契約締結の意思表示を申込者が行う前に交付あるいは提示されているものではない。
保険約款は行政による認可が必要な基礎書類のひとつであり(保険業法第 4 条第 2 項第 4 号)4、作成
に当たっては内容が審査され (同法第 5 条第 1 項第 3 号)、変更にも認可取得が必要である(同法第 123
条)。また行政が必要と認める場合には保険約款の内容の変更を命ずることができる(同法第 131 条)。
2|約款の有効性を巡る議論
保険約款による契約内容の取り決めが有効であることについては判例・学説とも認めてきた。裁判例としては火災保険に関する古い判決がリーディングケースとしてあり、約款取引においては、反証がない限り約款によるとする意思があるとし、本件では約款によるものとの記載のある申込書に保険契約者が調印している以上は、約款によるとの意思によって契約したと推定されるとした(大審院大正 4 年 12 月 24 日)。後の判例は概ねこの判決に従っている5ため、判例は約款の有効性の根拠を保険契約者の意思に求めていると考えられる(意思の推定説あるいは契約説)。学説はさまざまであるが6、最近では判例と同じく契約説が学説でも有力と思われる7。新民法ではこの点を立法的に解決するものである。
なお、上述の通り、生命保険、損害保険の実務において契約を申し込む前、あるいは契約直後に保険約款を交付しているのは、このような契約説も踏まえつつ、保険契約のさまざまな決まりごとに対して可能な限り顧客の理解が得られるように開示・説明を行うためである。
3――改正債権法における定型約款の規律
1|定型約款が有効になるには
改正債権法では、まず①「定型取引」という概念を設定し、②「定型取引」締結に当たって準備された契約条項の総体を「定型約款」とし、③この「定型約款」を契約内容とすることを当事者間で合意するか、
3 保険業法では、これらの書類のほか、契約概要や注意喚起情報を交付することが義務付けられている(保険業法第 294 条、第 300 条の 2、保険会社向けの総合的な監督指針Ⅱ-4-2-2(2))。
4 保険業法上の用語としては普通保険約款という。
5 ただし、本判決の前半部分(反証がない限り約款によると推定)を重視するか、後半部分(約款によるとの調印をしたことを以って約款による意思と推定)を重視するかは分かれている(xxxx「普通保険約款の拘束力」保険法判例百選(有斐閣 2010年)p6 参照)。
6 法規に準ずるような団体のルールであるとして規範性を認める法規説や、契約内容は約款によるという慣習があるとする商慣習説などがある。
7 なお、xxxxは消費者契約法が制定されたことなどから、約款の有効性についての議論が活性化することはないだろうと述べられる(xxxx「保険法」(有斐閣 2005 年)p112.注 50 参照)。
約款を準備した者が「定型約款」を契約内容とすることをあらかじめ表示したうえで、当事者間で「定型取引」に合意した場合は、その「定型約款」の個別の条項について合意したものとみなすこととした (新民法第 548 条の 2 第 1 項)。ただし、相手方の利益をxxxに反して不当に害する条項はこの限り
ではないとする(新民法第 548 条の 2 第 2 項)。簡素化して図にすると以下の通りである(図表 1)。
【図表 1】
取引全般
定型取引
契約条項総体を定型約款として準備
事業者
定型約款の個々の条項まで合意があったとみなす
以下のいずれかの合意
・定型約款によることの合意
・定型約款によることを表示し、定型取引につき合意
ただし
xxxに反し相手方を害する条項の合意は認めない
それぞれについて少し詳しく次項で見ていこう。
2|定型約款条項として有効となるための具体的要件
まず①行われる取引が定型取引であるという要件がある。定型取引とは「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部または一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう」と定義されている。これは二つの要件に分解できる。一つ目は特定者(事業者)が不特定多数と行う取引であることだが、立案担当者によれば、これは相手方の個性に着目しない取引であることとされる8。この点、保険契約は保険対象(生命保険でいうと被保険者)の個性に着目するのではないかとの疑問が生じうる。しかし、生命保険契約においては、過大なリスクを有する被保険者を除外するものの、均質なリスクを有する不特定多数の被保険者について幅広く引受を行うものであることからここでいうところの個性に着目した取引ではないと考えてよいと思われる。二つ目は契約当事者双方にとって画一的であることが合理的であるということだが、これも保険契約においてはその取扱が同一であってはじめて保障が提供できることとなるため、この要件も充たすといってよい。したがって保険契約は一般的に定型取引であると解することができる。
定型取引であるとした場合に、次は②事業者が契約条項の総体を「定型約款」として準備するという
8 xxxx・xxxx「一問一答・民法(債権関係)改正」(商事法務 2019 年)p243 参照。事例として労働契約は雇用される者の個性に基づいて締結される契約であるから定型取引に当たらないとする。
要件である。保険契約の申込者にとっては、保険会社が作成し認可を受けた保険約款に基づいて、保険契約に加入するかしないかの選択しかなく、約款条項について交渉の余地が無いためこの保険約款は②の要件を満たすものと考えられる。
②の要件で除外されるのは、典型的には事業者間の契約で用いられるような、いわゆるひな形である。ひな形は契約交渉のたたき台となるものであり、交渉の結果、適宜修正されることが想定されるものだからである。
そして③定型約款を契約内容とする旨を契約当事者間で合意するか、あるいは定型約款を準備した事業者が定型約款を契約内容とすることをあらかじめ相手方に表示をしていたうえで、「定型取引」を行うことを当事者間で合意したときには、個別条項についても合意したものとみなされる(図表 2)。なお、注意すべきは契約締結の合意より前に約款そのものを相手方に示すことが必ずしも要求されているわけではないことだが、この点については後述する。
【図表 2】
各条項への合意があったものとみなす
約款
第1条 ○○○…第2条 ○○○…第3条 ○○○…
定型約款を契約内容とする旨の合意
または
定型約款を契約内容とする旨の表示および取引合意
前述の通り、生命保険契約においては、申込書に約款に基づいて申込を行う旨が記載されており、定型約款を契約内容とする旨の合意があるものと判断できよう。一方、たとえばコインロッカーを利用するときなどは、物をロッカーに入れ、お金を投入することで定型取引をする合意があったといえる9が、定型約款を定型取引の内容とする旨までの合意があったとはいいにくい。この場合にもコインロッカーの見やすい場所に、定型約款を契約内容とするとの表示が掲示されていれば、コインロッカー利用約款の個別条項についての合意があったと見ることができる。なお、この定型約款による旨の表示は HP で開示するだけでは足りず、実際に利用時に認識できる程度までの表示が必要とされる10(イメージとして図表 3)。
9 同上 p242 注 2 参照。
10 同上 p250 参照
【図表 3】
定めるコインロッカー約款の規定にもとづきます。連絡先:○○○
このコインロッカーの利
用にあたっては当社の
なお、たとえば IC 乗車券を使って鉄道を利用する場合に、事前に鉄道事業者が利用者に定型約款が契約内容となる旨を表示することは難しい。そのため、この点に関しては特別法により定型約款が契約内容となる旨を公表すれば足りるとする特則が設けられた (鉄道営業法第 18 条の 2 等)。
3|不当条項規制
前項の要件を満たすとき定型約款の個別条項は合意されたものとみなされる。ただ、実際に裁判で争われるのは約款全体が有効か無効かではなく、相手方にとって不利な特定の条項が有効か無効かである。この点について新民法は「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」、xxxに反して「相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては合意をしなかったものとみなす」 (新民法548 条の2条第 2 項)としている。
この条文はいわゆる不当条項規制であり、消費者契約法に定めるような類型の約款規定、たとえば事業者の損害賠償義務を過度に免除するもの(消費者契約法第 8 条関係)や相手方に過剰な金額の損害
賠償を負わせるもの(消費者契約法第 9 条関係)などが該当すると思われる。この条文が有用なのは、消費者契約法は事業者と消費者との間の関係を規律するものである一方、新民法は事業者間の定型約款取引にも適用されうるものであるため、たとえば個人が消費者ではなく、個人事業主のように事業者と判断される場合においても本条の適用の可能性があることである11。
仮に、ネット上のインフラ企業からの委託で個人が宅配をするような契約があり、その契約が定型約款に当たるとして、その定型約款に委託者であるインフラ企業の損害賠償責任を過度に免責するような規定があれば、その条項については合意がなかったと解することになる。
なお、本条の不当条項には相手方が想定できないような商品を抱き合わせ販売するような不意打ち的な条項の規制も含むものと考えられている12。
11 ただし、事業者間においては、それが定型約款なのか、単なるひな形が交渉力の格差により強制されているだけ(≠定型約款)なのかは解釈がむつかしい(同上 P246 注記)。
12 同上 p252 注 1 参照。一ヶ月無料体験だけを謳いながら、一ヶ月以内に申し出がなければ、解約不可の長期・高額の有料契約が自動的に締結されるなどとするものも不意打ち条項に該当すると思われる。
4|定型約款の内容の表示
前述の通り、定型約款での取引においては、事業者が相手方に定型約款を提示・交付すべきことは定型約款が有効となる要件として定められていない。しかし、相手方が定型約款の内容を知りたいと考えた場合にはどうなるのであろうか。
この点について定めているのが、新民法第 548 条の 3 である。それによると定型契約の前後を問わず、事業者が相手方から求められた場合は遅滞なく定型約款の内容を示さなければならないとされている。ただし、既に書面あるいは CD 等で交付済みの場合は再度示すことを要しない。
この請求があったにもかかわらず内容を示すことを拒んだ場合の効果であるが、契約締結より前に請求があった場合については定型約款の個別条項についての合意が生じないこととされる(新民法第 548 条の 3 第 2 項)。定型契約締結後に定型約款開示を請求した場合には、このような効果はない。ただし、法定の義務の不履行にあたり、債務不履行責任が生ずる13。
4――定型約款の変更
1|これまでの実務
法制審議会において実業界から要望が多かったのが、定型約款の変更に関する規制を設けることであった。大規模かつ継続的なサービス提供契約などにおいては、技術の進歩や法令の改正、業務の統廃合といった契約時には想定できないような事情の変化が生ずることがある。昨今では、ほとんどすべての取引をシステムで対応する関係上、システムのバージョンアップやリニューアルに伴う一部取扱の廃止や変更が不可避となるという事情もある。
生命保険業界においては、一般に長期契約である特性から、既存の保険契約者にとって有利な変更は遡及して適用し、不利益となると考えられる変更は新規契約者から適用するといった取扱が一般であった。他方、損害保険においては一年更新の商品が多く、定型約款を変更したい場合は、契約更新のタイミングで約款を変更してきた。
業界によっては、約款に条項変更権を規定し、その規定により約款を変更することや、異議のある契約者は解約できることとして、変更内容を個別に郵送・通知し、返送がないことを以って変更内容が承諾されたとするような取扱も見られた。
2|定型約款の変更
事業者が定型約款を一方的に変更できる場合として、新民法は以下の二つのケースを挙げている。
①変更が相手方の一般の利益に適合するとき
②変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき
①については問題ないであろう。①では相手方にとって有利になるだけなので通常相手方が拒絶す
13 同上 p256 注 4 参照。ただし、何を損害として見るのかは必ずしも明らかではない。
ることが想定できないため、有効と認めてよい。
問題は②である。この部分は、相手方に不利益であっても、契約の目的に反せず、必要性や相当性、契約変更権の規定の存在等を含めた合理性があるときは、定型約款を一方的に変更できるとした。契約の目的に反しないというのは比較的わかりやすい。契約の目的に反するような約款条項変更はそれだけで契約の継続根拠に疑問を抱かせる。一方、合理性については、これは特に相手方にとっても「やむをえない」と考えられるような事情が総合的に存在することを要するものと思われる。
また、定型約款の変更には一定の手続きが要求され、変更の効力発生時期を定めたうえで、定型約款を変更する旨、変更後の定型約款の内容、効力発生時期についてインターネットの利用その他の適切な方法によって周知しなければならず、上記②の変更の際には、効力発生時期が到来するまでに周知をしなければ、その効力を生じないとされている(新民法第 548 条の 4 第 2 項第 3 項、図表 4)。
【図表 4】
周知性要件
インターネットその他で効力発生時期までに周知すること
約款変更の効果発生
合理性要件
契約変更の必要性・相当性等を総合判断して合理的であること
5――おわりに
本文で見たとおり、定型約款が合意されたとみなされるには、定型約款が必ずしも事前に相手方に開示されていることを要しないこととされている。これは最近の有力説や判例である契約説とどのような関係に立つのであろうか。
新民法はあくまで定型約款を契約内容とすることに合意(組み入れ合意とも呼ばれる)すること、あるいは事業者からの定型約款を契約内容とすることを前提とした契約締結の勧誘に対して合意をしたことという相手方の意思があることを以って、定型約款の個別条項についての合意があるとみなしており、やはり有効性の根拠を意思においている。しかも、相手方が定型約款を確認したい場合は事業者に対して定型約款の開示を要求する権限を付与し、その内容を事前確認する機会を与えている。したがって現行各業界の実務に過重な負荷をかけないようにしつつ、契約説の延長線上に構築された判断枠組みであると考えることができよう。
いずれにせよ、この問題は大きな論点であり、今後の議論の展開を待つこととしたい。