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平成26年11月26日判決言渡平成25年(ワ)第18217号 配転命令無効確認等請求事件
主 文
1 原告Aが,被告事務xxxxの推進係において勤務する労働契約上の義務がないことを確認する。
2 原告Bが,被告Cにおいて勤務する労働契約上の義務がないことを確認する。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告らの,その余を被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 主文第1項,第2項と同旨
2 被告は,各原告に対し,各100万円及びこれに対する平成24年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告の職員である原告らが,被告から平成24年4月1日付でされた配転命令(その内容は,後記2(9)のとおり。以下「本件配転命令」という。)が無効であると主張して,本件配転命令に基づく勤務の義務がないことの確認を求めるとともに,本件配転命令が不法行為に当たると主張して,慰謝料の支払を求める事案である。
2 争いがない事実等
(1) 被告について
ア 被告は,財団法人Dとして発足し,平成23年9月,公益財団法人に移行した。主たる事務所を江戸川区役所庁舎内に置き,江戸川区内の多数の公園,親水緑道等のほか下記イの3施設を管理・運営している(甲1,2,弁論の全趣旨)。
イ 被告は,江戸川区から,同区α所在のE,同区β所在のC及び同区γ所在の Fの運営業務を委託されていたところ,平成23年4月,指定管理者制度の導入に伴い,上記施設の指定管理者の指定を受けた(争いがない)。
ウ 被告の職員は,すべて事務局に属しており,事務局は,庶務係(総務部門),xxxの推進係(企画部門),公園サービス第1~第3係(公園管理・事業部門),上記イの3施設(動物事業部門)で構成されている。xxxの推進係とは,イベント・講座講習等の企画運営を部署である(甲17~19,乙15,16)。
エ 被告においては,公園運営事業と動物ふれあい事業が中心事業とされている。動物ふれあい事業とは,小動物をさわったり,抱いたりできる常設コーナーの運営や飼育体験教室等の体験プログラムの提供,飼育係のおはなしなどの学習情報の提供等を内容とする事業である(甲17~19,乙15)。
オ 被告においては,平成22年12月,公益財団法人認定後に対応するためとして,組織改編が行われた。その内容は,課を係とすること(庶務課が庶務係に変更され,xxxの推進課がxxxの推進係に変更された。),公園管理関係の部署を整理すること,動物衛生課を廃止し,獣医をEとGに配置することなどであった
(乙15)。
(2) 原告らについて
ア 原告Aは,平成2年にH大学(現・I大学)を卒業後,同年4月,被告に固有職員として採用され,本件配転命令による異動までEにおいて飼育業務に従事した。なお,固有職員とは,雇用期間の定めのない職員である(甲60,乙3,19)。イ 原告Bは,平成20年にI大学を卒業後,同年4月から被告臨時職員として, 同年10月から非常勤職員として,Eに勤務した。そして,原告Bは,平成23年
4月,新たに導入された一般契約職員に5年の期間が定められて採用され,本件配転命令による異動までEにおいて飼育業務に従事した。なお,一般契約職員とは,更新のない5年を超えない期間が定められた職員である(甲61,乙5,20)。
(3) 平成23年4月当時,E飼育班には,J(昭和58年採用)及びK(平成4
年採用)の2名の固有職員と原告B,L,M,Nら計8名の一般契約職員が配置されていた。原告Aは,同月から,動物ふれあい事業の担当者として新設された教育普及担当として,Eの内勤部門であるサービスセンターに席を置いていたが,飼育業務も一部担当していた。Jは,Xとともに,鳥類,は虫類等の飼育を担当しており,鳥グループと呼ばれており,その余の者がふれあいコーナーを担当していたため,ふれあいグループと呼ばれていた(甲24,40,乙15,弁論の全趣旨)。
(4) Eでは,同年8月31日まで,Oが園長を務めていたが,その後任の園長が配置されず,事務局長のPが園長を兼務することとなった。なお,平成23年4月から,上記(1)オの組織変更の一環として,獣医のQが副園長に配置された(甲24,
60,乙15,29)。
(5) 同年10月,原告A,原告B及びL(以下「原告ら3名」という。)は,各自の職員希望調査票の中の自由意見欄に,概略「園長不在となって,Jの態度が目に余る,具体的には,長時間私用電話をする,後輩や来園者に対する言葉遣いや態度がひどいということなどが挙げられる」という記載(以下「本件各記載」という。)をして提出した(甲3~5)。
(6) P事務局長は,本件各記載を受け,同年11月1日から7日にかけて,Eの飼育担当職員全員から事情聴取(以下「本件事情聴取」という。)をした(乙36)。
(7) P事務局長は,同月中旬,Eの飼育職員が集まる朝のミーティングにおいて,
「Jも悪いが,皆も悪い」又は「Jは悪くない。手伝わない者が悪い」と発言し,それに続けて,「理解できなければ,辞めてもらいたいし,異動もある」と発言した(乙36)。
(8) 原告ら3名は,R労働組合に加入して,平成24年2月20日,同組合S分会(以下「本件組合」という。)を結成し,同日,その旨を被告に通知した。本件組合においては,原告Aが分会長に,原告Xが副分会長に,Xが書記長に就任した
(甲6)。
(9) 被告は,同年3月15日,同年4月1日付で原告Aをxxxの推進係へ,原
告BをCへ配転する旨を内示し,同年4月1日,内示どおりの異動が実施された(争いがない)。
第3 争点についての当事者の主張
本件の争点は,本件配転命令の効力及び慰謝料請求の成否である。
(原告らの主張)
1 本件配転の違法・無効事由
(1) 配転命令権の不存在
原告らは動物の専門の大学を卒業し,動物飼育職として被告に採用されたこと,特に原告AはE独自の試験を受験したこと,動物飼育職から事務職への異動がなかったこと,EとGとの間の動物飼育職の異動がほとんどなかったことなどからすれば,原告らと被告との間の労働契約においては,職種を動物飼育職,勤務場所をEと限定する合意が成立していた。
したがって,被告には原告らに対する配転命令権がない。
(2) 権利濫用に当たることア 業務上の必要性の不存在
(ア) 原告Aは,動物飼育だけでなく,イベントの企画も行い,様々な出来事に対応できる経験と知識を有し,動物の飼育管理,Eの教育普及事業ともにEに貢献し続けてきた。原告Aは,教育普及担当を引き受けたが,あくまで動物飼育と兼務が前提であったし,教育普及担当になって1年しか経っておらず,継続の必要があった。原告Aが異動したため,Eでの新規の教育プログラム,イベントなどが行われていない。
また,原告Aのxxxの推進係における主な仕事は,イベントの準備や被告の管理する公園内での移動販売車の管理のための事務手続であり,xx経験してきた業務と無関係である。
動物飼育職の専門家として,Eでの飼育現場での活動を希望していた原告Aを動物飼育とは縁もゆかりもない環境整備部門に属するxxxの推進係に異動させる必
要性はなかった。
(イ) 原告Bは,Eにおいて,レッサーパンダの繁殖の改善に取り組むなど多数の動物の飼育に携わった。そのほか,来園者に分かりやすいパネルや個体カードなどを新たに設置することや,新規イベントの企画等,ホームページの更新やオリジナルグッズの開発にも携わった。
ところが,原告Bは,馬を中心に扱うGに異動させられ,イベント企画やホームページの作成等にも関与させられず,Eで身につけた技術や経験を役立たせることができていない。
Eにおいて一人前になろうとしていた原告Bを,Xとは役割や業務内容が著しく異なるGに異動させる必要はなかった。
イ 著しい職業上又は生活上の不利益
原告Aは,職種が全く異なる事務仕事に従事させられ,飼育職員としての技能の特殊性・専門性が全く生かせられない。また,原告Bの異動も実質的には職種変更に相当するし,契約期間が限定されているため,xxの経験を生かせないまま労働契約が終了しかねない。
さらに,本件配転命令により,本件組合の組合員の勤務場所は,Eの1か所から,主たる事務所(原告A),E(L,M),C(原告B)及びF(N)となり,組合活動上の不利益も甚大である。
ウ 不当な動機・目的
原告らは,事実に基づいてJの問題行動を告発したにもかかわらず,P事務局長は,飼育職員に対してずさんで的外れな事情聴取しか行わず,Xの責任を追及しないまま,原告Aを中心とするグループとXとの間の人間関係に問題があるという誤った判断を下した。これは,P事務局長が,ミーティングにおいて,「Jは悪くない。Jを手伝わない者が悪い」と公言したとおり,原告らをJを攻撃する者と断定して,不利益に取り扱う意思の下でされたものであり,本件配転命令は不当な動機に基づくものである。
また,原告らに対する嫌悪意思と本件組合に対する嫌悪意思は重なるものであって,本件配転命令は,不当労働行為に当たる。
2 慰謝料請求
原告らは,本件配転命令によって,上記1(2)イのとおり,職業上の不利益と組合活動上の不利益を日々受け続けている。
本件配転命令は違法・無効であって,不法行為法上も違法であり,原告らが受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額は各原告につき,100万円を下らない。
(被告の主張)
1 配転命令権の存在
(1) 原告Aについて
固有職員は,被告における総合職であり,就業規則には被告に包括的な配転命令権が定められており,多種多様な業務に携わることが予定されているし,実際にも,動物飼育職が施設管理や事務職に配転された例がある。
被告は,原告Aとの間で,勤務地及び職種を限定する合意をしたことがない。
(2) 原告Bについて
一般契約職員に適用される就業規則にも配転に関する包括規定が存在する。原告 Bは,採用面接において,配属先はEでもGでもよいと答えており,被告と原告Bとの間で,勤務地及び職種を限定する合意はなかった。
2 権利濫用に当たらないこと
(1) 原告Aについてア 異動の必要性
(ア) 被告は,平成23年9月に公益財団法人へ移行することに伴い,xxxの推進係に被告の事業全体の調整を担わせることとし,そのため,EとGから1名ずつ同係に異動させることとした。この組織案は,平成22年12月9日の課長会で確認された。そして,その前提で,同係への異動予定者に,新設する教育普及担当として経験を積ませることとした。
(イ) 被告は,平成23年4月1日付で原告Aを教育普及担当とした。そして,同年5月24日の会合では,O園長から,原告Aに対し,平成24年度にxxxの推進係へ異動させる可能性を説明した。
(ウ) P事務局長は,本件各記載をきっかけに,部下に,Xから事実関係を聞き取らせて,Jの行動に問題がないことを確認した。さらに,P事務局長は,正確を期すために,E職員に対して,事情聴取を実施した。そこで,原告AとJの見解に大きな相違があり,お互い歩み寄りが見られないこと,他の職員が原告Aに同調して Jの悪口を言い,職場の雰囲気が悪くしていることなどを確認した。
(エ) 被告が,原告AをEの教育普及担当とし,xxxの推進係へ段階的に配置転換をしたのは,平成22年度当初からの組織再編計画に則ったもので,さらに,Eの人間関係と職場環境の改善を図る目的があり,業務上の必要性に基づくものであった。
イ 不利益がないこと
(ア) 原告Aは,勤務地がEからわずか4㎞離れた,しかも,利便のよいJR新小岩駅に近い江戸川区役所第2庁舎内となっただけである。
(イ) 原告Aは,ふれあい班担当として様々な企画の立案に関与してきたところ,xxxの推進係で担当している業務は,Eでの経験が応用できるものばかりである。また,xxxの推進係では,E開園30周年を記念するガイドブックの作成が企画されている。
(ウ) 動物飼育職は,畜産科,獣医学科卒業や動物飼育経験があることを条件として採用されておらず,普段の飼育業務は,動物個体の目視による状態確認,餌づくりなどである。Eは専らレクリエーション施設であって,そこでの動物飼育で専門家としてのキャリアを積もうとする期待は,原告らの配転の必要性を犠牲にしてまで保護するに値しない。
(2) 原告Bについてア 異動の必要性
(ア) P事務局長は,一般契約職員について,様々な仕事を経験させる方が本人の能力開発になり,組織を活性化させると判断し,平成23年度初頃から,一般契約職員も人事異動の対象とすることを検討していた。
(イ) 原告Bは,大学の先輩である原告Aに過度に同調し,Xと原告Aの対立を拡大させ,Eでの人間関係や職場環境の悪化を助長していた。P事務局長は,改善計画を策定し,職員全員への意識改革を求めたが,原告Bは非協力的態度をとり続けた。
そこで,原告Bには,組織の一員として再教育することが必要となった。Xは,馬房の清掃や給仕,調教にも職員全体で取り組む体制となっており,再教育に適切であった。
(ウ) 平成23年12月頃からCがふれあいコーナーの設置を検討しており,企画立案に長けた者の配属を希望しており,Eでふれあいコーナーを担当していた原告 Bは適任であった。
(エ) 以上のとおり,原告BのGへの異動は業務上の必要性に基づくものであった。その上,原告Bが担当していたレッサーパンダは,高齢となり,妊娠可能性が低下 しており,また,レッサーパンダの飼育経験がある後任者がいたのであり,原告B の異動に業務上の支障はなかった。
イ 不利益がないこと
(ア) 原告Bは,勤務地がEから7㎞離れた江戸川区中心部のC(都営新宿線○駅から徒歩圏内)となったにすぎない。
(イ) 原告Bは,Eでレッサーパンダの飼育担当の外,ふれあい班を担当していた。原告Bは,Cにおいて,ヒツジ等の中小型家畜やポニーを扱っているが,基本的な飼育業務は,Eの経験が応用できるものである。また,原告Bは,業務の改善点や新規イベントの提案を行うなど,自己の知識と経験を生かしつつある。
(ウ) 原告Bが持つ,Eにおいてキャリアを形成する期待が保護に値しないことは,原告Aについてと同様である。
(3) 不当な動機・目的がないこと
原告らによる本件各記載は,一方的な言いがかりであって,P事務局長による調査に誤りはない。
また,平成24年度の人事異動計画については,同年1月12日に実施された管理職間の協議を経て,同年2月2日付及び同月15日付の計画書が作成され,内部では決定しており,原告らの異動は,同月20日の本件組合結成以前から決定されていたのであって,本件配転命令は,本件組合の結成とは関係がない。
第4 当裁判所の判断
1 被告の原告らに対する配転命令権について
(1) 原告Aは,被告の固有職員であるところ,固有職員については,就業規程1
2条において,「この法人は,業務上の必要性があるときは,職員の勤務する場所,従事する業務の変更をすることができる」と定められている(乙19)。
原告Aは,勤務先をE又はGとする募集要項に応募し,作文と面接試験を経て採用されたこと(乙21~23),募集要項において動物に関する専門的な資格や知識・技能が必要とされておらず,実際にも,高校普通科を卒業した者が動物飼育職として採用されていること(乙21,弁論の全趣旨)に照らすと,原告Aが職種を動物飼育職と限定されて被告に採用されたとは認められない。
したがって,被告は,原告Aに対する配転命令権を有する。
(2) 原告Bは,被告の一般契約職員であるところ,一般契約職員については,有期職員就業規程16条において,「この法人は,業務上の必要性があるときは,有期職員の勤務する場所,従事する業務の変更をすることができる」と定められている(乙20)。
原告Bは,勤務内容を「動物飼育に関すること」として採用されたのであり(乙
5),職種は動物飼育職に限定されているが,勤務地をEと限定されて採用されたとは認められない。
したがって,被告は,動物飼育職の範囲内で原告Bに対する配転命令権を有する。
2 本件配転命令について
(1) 前提となる事実
ア 原告Aが採用されてから本件配転命令までの,動物飼育職の異動実績としては,本件配転命令の約10年前にEの職員がGへ異動したこと,平成22年に,Eの職員とGの職員がEの内勤部門である施設班に異動したこと,G内で飼育班の職員が内勤に異動したことがある程度であった。また,動物飼育職は,事務職と別の試験で採用され,管理職登用試験を受ける資格が与えられていない(甲24,25,
27,60,乙26・63頁)。
イ 前記第2の2(1)オ認定の組織再編のために作成された平成23年度組織案において,xxxの推進係は,公園ボランティア活動支援など区民協働の推進,水と緑の区民カレッジ講座の開催,緑化啓発イベント開催,公益目的事業等の企画調整を分担すると記載されていた。また,平成23年度から平成25年度までの各年度における事業計画書において,一貫して,xxxの推進係の担当業務は,「イベント・講習講座等の企画運営」という記載がされている(甲17~19,乙15)。
ウ 本件事情聴取以降の事実経過
(ア) P事務局長は,11月中旬の朝のミーティングにおいて,「Jは悪くない。手伝わない者が悪い」,「理解できなければ,辞めてもらいたいし,異動もある」と発言した(甲57・23頁,原告A本人)。
P事務局長は,理事長に提出した顛末書において,「Jも悪いが皆も悪い」と発言したと記載している(乙36)。しかしながら,後記(イ)のとおり,同人がJをチーフに指名したこと,被告が本件訴訟においても本件各記載は事実無根であると主張していることに照らして,同人はJのことを悪くないと考えていたと認められ,上記顛末書の記載は信用できない。
(イ) P事務局長は,同年11月28日,E飼育班において,同年4月のTの異動に伴い空席となっていたチーフの地位にJとKを指名するとともに,原告Aを飼育業務から外し,内勤専任とした(甲24,40)。
(ウ) P事務局長は,同年12月上旬の朝のミーティングにおいて,原告Aに対し,
「あなたが仕組んだことじゃないの。Eを仕切りたいんじゃないの」と発言した(乙
36)。
(エ) 平成24年4月1日の人事異動において,本件配転命令による原告らの異動のほか,Fの教育普及担当であったUがEの教育普及担当に異動し,XがFに異動した。なお,Xは,同年2月に作成された人事異動案では,異動対象とされていなかったが,急遽,異動となった(甲9,24,25,42,乙12)。
(オ) 原告Aは,xxxの推進係において,オリジナルグッズやケータリングカーの契約管理,広報(花だより,ボランティア活動イベント),水と緑の区民カレッジ講座等を担当している。平成26年度まで,xxxの推進係の分担業務は,公園関連事業のみであり,動物関連事業は分担業務とされていなかったが,平成26年度から,同係の業務として,動物ふれあい事業の一環である「○」の発行,動物ふれあい事業に関する年報の発行が新たに加えられ,原告Aがその業務を担当するようになった(甲65,66)。
(2) 配転命令については,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき,若しくは,労働者に対し,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき,当該配転命令は権利を濫用してされたものとして無効とされる。以下では,項を改めて,各要件について検討する。
(3) 原告Aに対する本件配転命令における業務上の必要性について
ア 被告は,原告Aの異動が平成22年から計画されていたものであると主張するところ,この点については,次のことを指摘することができる。
① 上記(1)イ認定の平成23年度組織案の記載及び平成23年度から平成25年度までの各年度における事業計画書の記載からは,xxxの推進係は公園関連業務を担当する部署であるとしか読むことができず,平成24年度から新たに公園関連事業と動物関連事業の両方を担当し,調整する部署となったとは認められない。
② 上記(1)ウ(イ)認定のとおり,原告Aが教育普及担当専任となったのは,本件各記載をきかっけとした本件事情聴取がされてからであって,平成23年4月に教育普及担当が新設された当時は,その業務内容が明確にされておらず,平成24年度の人事異動を見越して,新設されたものとは認められない。
③ 上記(1)ウ(オ)認定のとおり,平成26年度まで,xxxの推進係の担当業務は,公園関連事業のみであり,動物関連事業が分担業務とされておらず,原告Aは,xxxの推進係に異動しても,平成26年度までは,動物関連施設との連絡・調整に関与することがなかった。
上記①~③の事実に照らすと,xxxの推進係が被告の事業全体の調整業務を行う部署として新設されたものとは認められない。したがって,原告Aがxxxの推進係への異動含みで教育普及担当に指名されたという被告の主張は,前提を欠くものであり,採用できない。
x 被告は,原告Aの異動が,Eの人間関係と職場環境の改善を図る目的があったと主張する。
(ア) この主張は,原告AがEの飼育班の人間関係を悪化させているという認識が前提とされている。被告は,原告らのJに対する,職場における根拠のない激烈な攻撃は熾烈を極め,これによる人間関係の悪化は修復不能な状態となっていたとため,当時のEにおける職場環境は最悪のものとなってしまっていたと主張している。
しかしながら,そもそも,Eの飼育班の人間関係が深刻な状況にあったということに疑問がある。獣医として20年来,Eで勤務してきたQ副園長から見ても,Xと原告Aは,仕事上の接点が少なく,仲が悪いというよりも良くないという程度であった(乙26・58頁)。また,鳥グループのJとMがふれあいコーナーを担当していなかったのは,こまめに餌を与えなければならない禽舎が多く,ふれあいコーナーを担当する時間がとれなかったためであり(原告A本人),また,ふれあいグループの全員が原告Aと親しいというわけでもなかった(乙26・67頁)。そうすると,原告Aが徒党を組んでJを孤立させ,それがために飼育班内の人間関係
が最悪のものになっていたという事実は認められない。
原告ら3名が揃って自由意見欄にJに関する苦情を記載し,その分量も多かったこと(原告Aの記載は,A4用紙の約2ページ分,原告BとLの記載は,A4用紙約1ページ分)に対し,それまでEの現場にいなかったP事務局長が過剰に反応したと推認できる。
(イ) また,Jには,Mに対する指導がQ副園長から注意を受ける程厳しかった(乙
26・108頁),来園した小学生への対応が悪いと,その親から江戸川区に苦情が来ていた(甲55),獣舎の掃除をせず,P事務局長の指導を受けた(乙36)という問題があったのであり,本件各記載が,全く根拠を欠く,一方的な言いがかりとは認められない。
(ウ) 上記(ア),(イ)のとおりであったにもかかわらず,P事務局長は,上記(1)ウ (ア),(ウ)のとおり,原告Aを含む飼育職員に対しては,「Jは悪くない。手伝わない者が悪い。理解できなければ,辞めてもらいたいし,異動もある」と,原告Aに対しては「あなたが仕組んだことじゃないの。Eを仕切りたいんじゃないの」との発言に及び,原告Aが,若手の一般契約職員を取り込んで,Jを孤立させ,飼育班内の人間関係を悪化させていると断定している。
P事務局長は,上記発言の際に,原告らの異動を決めていたのであり(証人P),誤った認識に基づき本件配転命令を決定したと認められる。したがって,本件配転命令がEの人間関係等の改善を目的としたものであるとの被告の主張は採用できない。
ウ 本件配転命令に基づく原告Aの異動については,人員配置の固定化によって生ずる弊害の除去といった抽象的な必要性は否定できないし,原告AとJが協力的でなかったことも確かであり,飼育班の職員の中には,本件事情聴取において,原告Aの問題点を指摘する者もいた(乙36)。
しかしながら,上記ア,xのとおり,原告Aに対する本件配転命令について被告の主張する異動の必要性は認められない上,上記(1)アのとおり,人員配置上,事務
職と動物飼育職とは別個の処遇がされてきたものを敢えて平成24年4月に変更する具体的な必要性も見当たらない。
エ したがって,原告Aに対する本件配転命令は業務上の必要性を欠くというべきである。
(4) 原告Bに対する本件配転命令における業務上の必要性について
ア 原告Bが,原告Aに同調して,飼育班内の人間関係を悪化させていたとの被告の主張が前提を欠くことは,原告Aについて説示したとおりである。
また,原告Bは,Cにおいて,ふれあいコーナーに携わっているが,企画立案には関わっておらず,ホームページの作成にも関わっていないのであり(証人V,原告B本人),企画立案やホームページ作成に長けた職員の異動をCが要望したため,原告Bを異動させたとする被告の主張は採用できない。
イ 原告Bの異動先は,Eと同じ動物施設であるCであり,Cにおいても動物飼育に従事しているのであるから,基本的には,被告の裁量の範囲内で異動させることができるものといえる。なお,原告らは,Eは,種の保存という研究機能も有し, Gと目的が異なると主張するが,種の保存の予算は,年間10万円程度であり(甲
17),EもGも区民が無料で楽しめるレクリエーション施設であることに違いはないというべきである。
ウ 上記のとおり,原告Bを同じ動物飼育職に異動させるのは基本的には被告の裁量の範囲内のことではあるが,上記アのとおり,被告が原告Bの異動について主張する業務上の必要性が認められないこと,上記(3)のとおり,原告Aに対する本件配転命令が違法である以上,原告Aの同調者であることを理由にされた被告Bに対する本件配転命令も同列に違法と扱うべきことに照らすと,原告Bへの本件配転命令も裁量権を濫用したものと認められる。
(5) 以上によれば,各原告に対する本件配転命令は違法なものと認められる。
3 慰謝料請求について
原告らは,本件配転命令により,職業上の不利益を被ったと主張する。しかしな
がら,原告Aがxxxの推進係において担当している業務は,相応のキャリアを持った職員が担当すべきものであって(原告A本人),人格権侵害と評価されるような処遇を受けているとは認められない。また,原告Bが担当している業務は,同原告が担当すべき業務とされている動物飼育であって,職業上の不利益は認められない。
また,原告らの主張する組合活動上の不利益については,組合員が同一の職場に配置されることが保障されているわけではないこと,本件組合の組合員が全員江戸川区内に勤務していることに鑑みると,本件配転命令によって本件組合の組合活動が若干不便になったことは否めないが,それをもって法律上の不利益とは評価できない。
なお,生活上の不利益が生じていないことは被告が主張するとおりである。
したがって,本件配転命令は違法であるが,損害が認められないため,不法行為に基づく慰謝料請求権は認められない。
4 結論
よって,本件配転命令は無効であり,原告らの請求は,主文第1項及び第2項の範囲で理由があるが,不法行為が成立しないので,慰謝料請求は理由がない。
東京地方裁判所民事第36部
裁判官 x x x x