Contract
第65課 債権 ― 契約その6(契約違反)
最後に、「契約」についてのまとめとして、「契約違反」とはなにか、そして「契約違反」があるとどうなるのか、という観点からこれまで学んだことを整理してみよう。
「契約違反」という言葉は、一般的な日本語としては日常よく使われるが、厳密な法律用語ではない。要は、当事者が契約上の合意あるいは約束に反する行動をすることであるが、法律的にはこれは全て契約債務についての「債務不履行」なのである。
ところで、一口に「契約」といっても、契約の自由の原則により、その内容は千差万別であるし、そこには大小様々な合意や約束あるいは取り決めが含まれており、その内容に応じて、契約違反と言っても様々な態様がありうるのである。同じ売買契約であっても、君が本屋で本を1冊買うのと、航空会社が飛行機1機を購入するのとでは、ずいぶん話が違う。
これまでにすでに出てきた例を題材にもう一度考えてみると、君が市場でキャベツを買う程度のことであれば、それほど大きな問題は起きないが、ソファーを買って自宅に配達してもらうと、話はもう少し複雑になる。これは間違いなく売買契約であり、債権債務の本体は、ソファーの引渡と代金の支払いであるが、この中には、例えば、家具屋がソファーを君の指定した日に君の家まで運ぶ、という合意や、さらには、君の家の居間の適当な位置にそれを据え付ける、という合意が含まれていることもあるであろう。そうしてみると、この場合「家具屋が契約に違反した」という場合、家具屋が君の買ったソファーを引き渡さない、ということももちろん考えられるが、その他にも、指定した日に配達してくれなかった、あるいは、配達はしてくれたが、居間には入れずに、玄関先に置いていってしまった、ということも考えられる。また、すでに触れたように、居間には据え付けてくれたものの、家具屋が不注意で、君の家の備品を壊した、などということもあり得る。これらはいずれも「契約違反」と言いうるが、法律的には、引き渡さなかったり、配達しなかったりすれば、それは「履行遅滞」であるし、玄関先に放置したり、据え付けの際に君の備品を壊したりすれば、それは「不完全履行」という「債務不履行」なのである。
1 重要語句
したがって、契約に含まれているどの義務に違反したか、つまり債務のどの部分につきどの程度の不履行があったか、ということによって、君が求めうる救済も異なりうる。債務不履行は、その態様に応じ、救済として強制履行を求める権利や損害賠償請求権、あるいは、契約の解除権を与える原因となるが、契約違反があったからといって、すべての場合にこれらの権利が全て発生するというわけではないことに注意をする必要がある。
1 重要語句 a 契約違反
本文に述べたとおり、日常用語でいう「契約違反」とは、突き詰めれば契約上の「債務不履行」のことである。しかし、通常締結される契約では、例えば売買でいえば、売主の債務には、目的物の引渡しなどのいわば契約の本体となる義務だけでなく、本文のソファーの例のように、君の家の居間に据え付けるなどの、契約上付加された様々な付随的な義務が含まれる。ある契約で、当事者にどのような義務が生じるのかという問題は個々の契約により様々であり、結局のところ、当該契約そのものの解釈、つまり法律行為の解釈(第38課参照)に帰着する。
そして、不履行が契約のどの部分に生じたかによって、債権者が取りうる対処措置も異なる。債務者側におよそ本体となるような義務の不履行があれば、強制履行に訴えることもできるし、不履行によって損害が生じれば、損害賠償請求もできる。契約の解除も可能であろうし、解除は損害賠償と両立しうる(民法第545条第3項)ので、契約を解除した上で、さらに損害がのこるようであればその賠償請求も可能である。しかし、付随的な義務の違反―これは不完全履行の問題となるーとなると、必ずしも常に契約が解除できるとは限らず、場合に応じて考えなければならない。ソファーの例で、家具屋が君の家にソファーを運んだものの、君の家の備品を壊したとういのも不完全履行の一種と考えられるが、備品を壊したからと言って、ソファーの売買契約自体を解除できる、というのは行き過ぎであろう。この場合には、君には売買契約の解除権は発生せず、備品の損壊について損害賠償を請求することができるにとどまると考える方が妥当である。
また、債務者の些細なミスを捉えて、契約を解除したり、損害賠償請求をしたりすることは、「権利の濫用」(民法第1条第3項)と評価され、解除権や損害賠償請求権の行使が否定される場合もある。
b 救済
「救済」という言葉は、契約違反の場合に限らず、広く権利が侵害された場合に被侵害者がとりうる回復手段を意味するが、必ずしも厳密な意味での法律用語ではない。救済には様々なものが考えられ、通常は強制履行を求めることができることのほか、損害賠償あるいは契約の解除を意味するが、その他にも「代金減額請求権」(民法第563条、第56
5条など)などがあり、契約以外では、例えば、不法行為の分野で、名誉毀損の場合の、名誉を回復する措置(新聞に謝罪文を掲載するなど。民法第723条)などがある。