判例と実務シリーズ:No.444
判例と実務シリーズ:No.444
写真素材の二次利用可能範囲
知的財産高等裁判所 平成25年12月25日判決
平成25年(ネ)第10076号 著作権侵害差止等請求控訴事件
x x x x*
抄 録 出版等のために,写真等の著作物の制作を依頼した際,書面による契約を交わさないまま当該著作物について第三者に許諾するなどの二次利用を行った場合に,黙示の同意による包括的な利用許諾が認められ,複製権侵害等の著作権侵害とならない場合がある。しかし,その許諾が認められる範囲は事実関係により大きく異なりうるものであり,また,著作者人格権についても,その種類により,侵害の有無は異なりうる。発注先との書面による契約によりリスクを低減することが重要である。
目 次
1. はじめに
2. 事案の概要
2.1 事実関係
2.2 原判決
2.3 本判決
3. 争 点
4. 判示事項と考察
4.1 争点①:著作者(創作者)
4.2 争点②:職務著作
4.3 争点③:著作権の譲渡及び争点④:包括的利用許諾の合意
4.4 争点⑤:公表権
4.5 争点⑥:氏名表示権
4.6 争点⑦:同一性保持権
4.7 争点⑧:著作者人格権不行使の合意
4.8 争点⑨:過失
5. 実務的対応
5.1 職務著作による対応の限界
5.2 口頭合意の問題点
5.3 制作会社等の利用の問題点
5.4 具体的な対応
6. おわりに
1 . はじめに
広告,パンフレットや社内報に使用する写真等の著作物を外部に委託し,制作することはよく行われているが,直接の発注先から更に写真の撮影等が再委託されていることも多い。直接の発注先との関係では書面による契約をしていた場合でも,委託先と再委託先とは口頭合意のみという場合も実務上少なくない。
本稿では,口頭での説明のみで写真の撮影を依頼し,著作権の譲渡や包括的な利用許諾の合意が問題となった,知財高裁平成25年12月25日判決(平成25年(ネ)第10076号著作権侵害差止等請求控訴事件 裁判所HP掲載)及びその原審である東京地裁平成25年7月19日判決(平成 23年(ワ)第785号著作権侵害差止等請求事件裁判所HP掲載)を題材に,口頭での説明により,著作物の二次利用がどの程度認められるのか,その問題点を概観した上で,実務的にどのような対応を行うべきかについてもあわせて検討する。
* 弁護士 Xxxxxxx XXXXXXX
2 . 事案の概要
2.1 事実関係
本件は,職業写真家である控訴人(以下「第
1審原告」という)が,出版物の企画,製作,販売会社である補助参加人(以下「補助参加人」という)の依頼により,補助参加人が発行する書籍「HONDA CB7 5 0Four FILE.」に使用する目的で,本件写真(図1)のほか,バイクの
4気筒エンジンを被写体とした写真を多数撮影し,補助参加人に引き渡していた(なお,書籍
「HONDA CB750Four FILE.」には,本件写真は掲載されていない)。そのうちの一枚が本件で問題となっているオートバイのエンジン写真
(以下「本件写真」という)である。
図1 本件写真
出版社である被控訴人(以下「第1審被告」という)は,補助参加人からパッケージャー1)を通じて本件写真を入手し(その経緯の詳細は判決文からは明らかではない),平成22年8月 31日に,本件写真に説明等の改変を加えた図2の写真(以下「本件掲載写真」という)が掲載された書籍(以下「本件書籍」という)を発行し,あわせて,遅くとも平成22年8月頃から,その運営するウェブサイトのウェブページで,本件掲載写真を掲載していた。
本件掲載写真(図2)は,本件写真からエンジン部分だけが切り出される態様でトリミング
されており,表題や説明が付加されている。 また,本件掲載写真は,本件書籍発行以前に
公表されたことはなく,本件掲載写真には,第
1審原告の氏名の表記もなかった。
第1審原告は,第1審被告に対し,本件写真の著作権が第1審原告に帰属していることを前提に,第1審被告は,第1審原告の承諾なく本件書籍に本件掲載写真を掲載したとして,著作xxの侵害を主張した。
図2 本件掲載写真
2.2 原 判 決
原判決は,本件写真の著作権は第1審原告に帰属し,第1審被告が本件書籍に本件写真を掲載した行為は,第1審原告の著作権(複製権,公衆送信権)及び著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するものであるとした上で,不法行為に基づく損害賠償請求につき59万8,757円及びこれに対する年5分の割合による遅延損害金,差止請求(著作xx112条1項)として,本件写真の複製,公衆送信又は改変の禁止,本件写真を複製した本件書籍の出版,販売又は頒布の禁止,廃棄請求(同2項)として,第1審被告の運営するウェブサイト内のウェブページからの本件写真の削除,本件書籍の廃棄の請求を認容した。
2.3 本 判 決
本判決は,本件写真の著作権は第1審原告に帰属すると判断したものの,第1審被告が本件書籍に本件写真を掲載した行為は,包括的な利用許諾の範囲内であるとして,著作権侵害を否定した。著作者人格権についても,第1審原告の氏名表示権のみを侵害するとし,それを前提として,不法行為に基づく損害賠償請求につき 11万円及びこれに対する年5分の遅延損害金,別紙写真目録1記載の写真に第1審原告の氏名を表示しない形での,①本件写真の複製又は公衆送信の差止め,②本件書籍の出版,販売又は頒布の差止め,③第1審被告の運営するウェブサイト内のウェブページから本件写真の削除,
④本件書籍の廃棄の限度でその請求を認めたが,その他の点については請求を棄却した。
3 . 争 点
本件の主な争点は次のとおりである。
①原告が本件写真の著作者(創作者)であるか。
②本件写真の創作が職務著作に当たるか。
③本件写真に係る著作権の譲渡の有無。
④包括的利用許諾の合意の有無。
⑤公表権の侵害の有無。
⑥氏名表示権の侵害の有無。
⑦同一性保持権の侵害の有無。
⑧著作者人格権不行使の合意の有無。
⑨被告の過失の有無。
4 . 判示事項と考察
4.1 争点①:著作者(創作者)
第1審原告は,本件写真の撮影者であるが,著作者(創作者)であることがまず争われている。
(1)原判決及び本判決の判示
原判決は,「原告は,本件写真の撮影に際し,
手動によりシャッタースピードと絞り,ホワイトバランス等の露出を調整したこと,…本件エンジンの位置を決め,ライティングを調整し,本件エンジンの側面に光を当てるなどの工夫を凝らした上で,ファインダー内において本件エンジンが上下左右四辺から等距離に来た瞬間を捉えて本件写真を撮影したことが認められる」として,第1審原告が著作者であることを認定し,本判決もほぼ原判決どおり認定している。
(2)考 察
著作者とは,「著作物を創作する者」(著作xx2条1項1号)であり,「事実行為としての著作物の創作をした者を指す」2)とされ,写真の場合には,被写体の選択,シャッターチャンス,シャッタースピード,構図,トリミング等に主体的に関わった者が著作者になると考えられており,原判決,本判決ともこのような考えにたった上で,上記認定を行い,撮影者である第1審原告を著作者と認定している。
4.2 争点②:職務著作
第1審被告側は,第1審原告は補助参加人の業務に従事する者であり,補助参加人のために本件写真を撮影し,また,本件写真は補助参加人名義のもとに公表するものであって,職務著作(著作xx15条1項)に該当し,本件写真の著作者は補助参加人である旨主張した。
(1)原判決及び本判決の判示
原判決は,RGBアドベンチャー事件最高裁判決3)を参照した上で,本件では補助参加人と第
1審原告の間に雇用関係がないことを前提に,本件写真の撮影当時において,第1審原告が補助参加人の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり,補助参加人が第1審原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価できるかを検討している。
原判決は「原告は,補助参加人からの依頼を受けて写真撮影の業務を行っていたものの,撮影機材は自ら準備し,写真撮影に当たっても自らの判断でその創作的内容を決定していたことが認められる。補助参加人は,原告に対し,報酬として1日2万2,000円を支払っているが,その支払時期は,撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり,原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日にすぎない。
上記のような業務の態様や報酬の支払状況に照らすと,本件写真の撮影当時において,補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価することは困難であり,また,原告が補助参加人の指揮監督下にあったことを認めるに足りる証拠もない。」として,職務著作でないとし,本判決も,原判決をそのまま援用している。
(2)考 察
職務著作の要件は,「法人等の発意」,「法人等の業務に従事する者」,「職務上作成されたもの」,「使用者の名義」,「契約,勤務規則その他に別段の定めがないこと」(著作xx15条1項)であり,本件で主たる争点となっているのは,
「法人等の業務に従事する者」と言えるのかである。
前掲・RGBアドベンチャー事件最高裁判決は,「法人等の業務に従事する者」か否かは,民法上の雇用や労働基準法等の労働法上の労働者に限定されないことを前提に,指揮監督下にあるか,金銭支払が労務提供の対価といえるのかの具体的事情を総合的に判断するとしており,本判決も同最高裁判決の枠組みを用いて判断している。
本件では,撮影自体を自ら決し,撮影機材等も自ら調達していることから,指揮監督下にあるとはいえず,さらに,報酬の支払いが書籍の発行後で,労働終了後に賃金請求権が発生する
(民法624条2項)ことと比較して,撮影作業と対価の支払い時期が離れており,金銭支払いを労務提供の対価と評価することは困難な事案である。
旅行情報誌に掲載するための写真について,その写真を撮影したフリーカメラマンと出版社との間で争われた,本判決とよく似た事案において,出版社や製作会社の注文,企画に応じつつ,自己の知見を生かして具体的日程,撮影場所,撮影対象を自己の裁量で決定し,風景などの写真を撮影したとして,「法人等の業務に従事する者」に該当しないとした裁判例がある(月刊誌ブランカ事件4))。写真の撮影は,撮影者の専門性,裁量性が高く,同種事案で職務著作と認められる場合は少ないと思われる。
4.3 争点③:著作権の譲渡及び争点④:包括的利用許諾の合意
(1)原判決の判示
1)争点③:著作権の譲渡
原判決は,補助参加人代表者が,撮影者の採用面談の際に撮影に関する権利は全て「買取り」であることを説明し,第1審原告の採用面談でも撮影した写真が「買取り」であること等を説明していたことに対し,「買取り」には,著作権の譲渡の意味で使用する場合のほか,一定範囲での利用許諾料の支払が定額である意味で使用する場合等があるとして,直ちに著作権の譲渡の意味であったことにはならないと認定した。また,補助参加人の従業員の写真に関する権利は全て補助参加人のものになる旨説明したとの点についても,その説明には「著作権」という言葉を使用していないから,著作権の譲渡について説明したものとはいい難いとした。さらに,補助参加人が撮影者との間で著作権の譲渡について契約書を作成することが困難であった事情が見当たらないことから,著作権の譲渡の合意があったとは認められないとした。
2)争点④:包括的利用許諾の合意
包括的な利用許諾の合意の有無に関しても,二次利用に対して第1審原告が異議を述べていないことから,第1審原告が,補助参加人自身による写真の二次利用を許諾していた可能性を否定できないとしつつ,補助参加人による二次利用に限らず,それ以外の第三者が二次利用する場合についてまで,原告が許諾していたと認めることは困難であるとし,第1審原告と補助参加人との間で包括的利用許諾の合意があったとは認められないとした。
(2)本判決の判示
本判決は,「買取り」等の説明については,補助参加人代表者や元従業員の証言等をもとに,同人らは,第1審原告に対し,写真に関する権利の「買取り」,あるいは写真に関する権利は全て補助参加人のものになり,二次利用をしようがどのように使おうが補助参加人の自由であることを説明し,両者間で同趣旨の合意があったものと推認されると判断している。そして,このような合意があったことは,第1審原告が,補助参加人に対し,撮影した写真フィルムを渡し,その返還を求めておらず,また,平成22年7月中旬頃までは,書籍の出版による撮影した写真の二次利用についても何ら異議を唱えておらず,その利用料も請求していなかったこととも符合すると判断している。
ただし,この包括的合意の趣旨が,写真の著作権の補助参加人への譲渡であるか,それとも将来の補助参加人ないし他社による書籍出版その他における二次利用も含めた包括的許諾であり,その対価が当初の撮影時の支払によるものとするとの合意であるかについては,これが口頭による合意であり,書面による明確な合意ではないこと等の事情を総合的に考慮し,包括的合意の趣旨は,著作権の譲渡ではなく,包括的許諾の趣旨であるとした。
結論的には,被告による本件写真の利用は,包括的許諾の範囲内であるとして,著作権に基づく請求は理由のないものと判断している。
(3)考 察
1)著作権譲渡の有無に対する認定
本件では,「買取り」との説明はなされていたことを前提に,同用語の意味も問題となっている。本判決も指摘するように,「『買取り』という語の一般的な意味が『買って自分の物とすること』というものである」ということから,国語的な意味では,権利をすべて自己のものとする意味である,すなわち著作権の譲渡と解するのがxxであるように思われる。しかしながら,原判決は「買取り」との説明をしたという事実は認定しながらも,譲渡はおろか包括的な利用許諾の成立すら否定し,本判決も最終的に包括的許諾は認めつつも,著作権の譲渡であることは否定している。本判決は,「買取り」との説明につき,写真に関する権利はすべて補助参加人に譲渡することと捉えつつ,当事者間の包括的合意の趣旨は著作権の譲渡ではなく,将来の補助参加人ないし他社(第三者)による書籍出版その他における二次利用も含めた包括的許諾であると判断しているところに特徴がある。
著作権の譲渡か利用許諾かを巡って争われた裁判例はいくつかあり,秘録大東亜戦史事件5)では,買取りとの契約文言だけでは譲渡とは判断できないとした上で,支払金額が印税相当額を大幅に上回るとして,複製権の譲渡がなされたと認定している。前掲・月刊誌ブランカ事件では,撮影者に支払われた金額が,著作権譲渡の対価としては算定方法も金額も不自然(低額)であること等の理由により,著作権譲渡の黙示の合意の成立を否定したが,黙示の使用許諾の成立を認めた。動物図鑑挿絵事件6)は,動物図鑑の挿絵について,当事者の合意が譲渡か出版権設定契約かが争われた事案で,原審では,画
料の額から譲渡の対価ではなく出版権設定の対価とみることが妥当として出版権の設定であると認定したのに対し,控訴審では,図鑑が版を重ねて発行されていることを知りながらxxにわたり著作xxを主張しなかったことや,原画引渡当時の物価水準からみて画料が相当高額であること等から,著作権譲渡を認定した。
いずれの事件も,契約書等の文言が不十分,あるいは書面が取り交わされていない事案であり,その合意内容が問題となったもので,事案毎に異なる認定となっている。対価の支払方法や高低が一つのポイントのようでもあるが,当然に,業界,時代によって金額等も変遷がありうるだけでなく,動物図鑑挿絵事件も本件同様に原審と控訴審で判断が分かれており,対価も決定的な要素となるわけではない。
また,仮に黙示の合意に基づく著作権譲渡が認定されたとしても,著作者人格権は譲渡できないため(著作xx59条),著作者人格権の問題は残ることになる。
2)包括的許諾の認定とその許諾範囲
一般論としては,撮影者等の受注者が,著作物の利用を行っている発注者の著作物の利用について,その事実を把握しているにもかかわらず,何ら異議を申し立てていない,あるいは利用料等を請求等していない場合には,なんらかの黙示の利用許諾に関する合意が認定される場合が多いと思われる。ただし,原判決で,第1審原告が,補助参加人自身による写真の二次利用を許諾していた可能性を否定できないとしつつ,補助参加人以外の第三者が二次利用する場合についてまで,原告が許諾していたと認めることは困難であるとし,包括的利用許諾の合意を否定しているように,その許諾範囲は問題として残る。
前掲・月刊誌ブランカ事件のように,発注者の旅行情報誌での利用については,当初の対価支払の許諾範囲であるが,予定外の旅行情報誌
については,許諾の範囲内ではあるものの,対価の支払は必要であると判断された裁判例もあり,どのような範囲・方法で利用できるかは,当該事案の当事者が取っていた行動に左右されることになる。
黙示の合意による著作権譲渡よりは,黙示の合意による利用許諾の方がより認められやすいとは言えるものの,その許諾範囲は,当事者間のやりとりを基に判断されることになり,その予測可能性は低いと言わざるを得ない。
4.4 争点⑤:公表権
(1)原判決の判示
原判決は,本件写真は,未公表の著作物であったとし,補助参加人の,公表について補助参加人の裁量に委ねることに同意していたとの主張に対しても,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであっても,その使用目的である書籍「HONDA CB7 5 0Four FILE.」への掲載の範囲を超えて,原告がその公表を補助参加人の裁量に委ねたことにはならないとして,公表権を侵害すると判断した。
(2)本判決の判示
本判決は,本件写真は,未公表の著作物であった点については,原判決の判断を踏襲しつつ,著作権の侵害に関して,補助参加人は,第1審原告から本件写真の利用について包括的許諾を受けたとの認定を前提に,第1審原告は,補助参加人(ないしは補助参加人から本件写真の著作権の利用の許諾を受けた者)において本件写真が利用ないし二次利用され公衆に提供されることについて包括的に同意していた(著作xx 18条2項1号参照)と認定し,公表権侵害を否定した。
(3)考 察
著作xx18条2項1号は,未公表の著作物の
著作権を「譲渡」した場合には,公表の同意が法律上推定されることを定めた規定であり,利用許諾の場合に適用される規定ではないが,本判決は同条項を参照した上で,包括的同意があることを根拠に公表権侵害とならないことを認定している。
同様に,広告用写真撮影請負契約に基づき,当該写真の現像済みフィルムと写真を引き渡したという事実につき,広告代理店が広告用に使用しても公表権侵害に該当しないとした裁判例として,商品広告用写真事件7)がある。
原判決の判断は,商品広告用写真事件の判断等を勘案すると,厳しいものと考えられ,少なくとも,出版や広告での使用等が予定され,写真フィルムやデータを発注者に引き渡した様な事情がある場合には,黙示の許諾が認定されることが多いと思われる8)。
4.5 争点⑥:氏名表示権
(1)原判決の判示
原判決は,本件書籍には原告の氏名表示がなかったことから第1審原告の氏名表示権を侵害すると判断した。補助参加人は,第1審原告の氏名表示がなくとも第1審原告の利益を害しないし,xxな慣行に反するともいえないから,氏名表示の省略が認められる旨の主張に対しては,本件書籍に本件写真を掲載することについて,氏名表示の必要性がないことや氏名を表示することが極めて不適切な場合であることを肯定する事情は見当たらないから,原告の利益を害するおそれがないとは認められないし,xxな慣行に反しないとはいえないとした。
(2)本判決の判示
本判決は,原判決の判断に加え,第1審被告の,二次利用に当たってその方法(氏名表示の有無や氏名表示方法を含む)が制限されないこともまた承諾していた旨の主張に対し,補助参
加人の元従業員の,二次利用する際には写真家の氏名を必ず入れていたとの証言,さらに,補助参加人や補助参加人以外の第三者が第1審原告の写真を二次利用した書籍においても第1審原告の氏名が表示されていたとの事実から,本件写真の二次利用に当たってその方法が制限されないことを承諾していたと認められないとし,原判決の判断を維持した。
(3)考 x
氏名表示権については,著作権者の利益を害するおそれのない場合には,著作者の表示を省略できる(著作xx19条3項)との定めがある。
同項の適用が問題となったセキスイツーユーホーム事件9)では,宣伝誌に掲載する目的で撮影された商品写真を新聞広告に用いたもので,一般に広告に写真を用いる際には,撮影者の氏名を表示しないのが通例であるとして,氏名の省略は許されるとし,本判決とは異なる判断がなされている(ただし,同事件は,本判決でいう包括的な利用許諾を認めなかった事案である)。
セキスイツーユーホーム事件は,もともとの掲載媒体が宣伝紙という広告に近い出版物であり,本事案のような典型的な書籍の出版用の写真とは事情が異なるということであろう。「写真については,近年,著作者名の表示をする例が増加している」10)との指摘もあり,氏名不掲載に関する黙示の承諾が認められにくい傾向,また,著作xx19条3項の例外適用も困難な傾向にあると言えよう。
4.6 争点⑦:同一性保持権
(1)原判決の判示
原判決は,改変は原告の意に反する改変であるとして,第1審原告の同一性保持権を侵害すると判示した。補助参加人の,本件写真はエンジンを説明するために撮影された写真なのであ
るから,エンジン部分を切り出して表示することは第1審原告においても承諾していたとの主張に対しても,このような承諾を認めるに足りる証拠はないとした。補助参加人の,本件写真の性質,その利用の目的及び態様に照らし,本件写真の改変はやむを得ないと認められる改変である旨の主張に対しても,本件写真の改変は,本件写真から本件エンジンだけを切り出しただけではなく,本件掲載写真の態様の改変を加えたものであって,やむを得ない改変であるとは認められないとして,同一性保持権侵害を肯定した。
(2)本判決の判示
本判決も,一定の改変が加えられていることは前提にしつつも,補助参加人は,第1審原告から本件写真の利用ないし二次利用について包括的許諾を受けているものである上に,「買取り」との説明や,二次利用をしようがどのように使おうが補助参加人の自由である旨の説明を受け,しかも,補助参加人の書籍における第1審原告撮影の写真の用いられ方は,その被写体についての解説も併せて予定されていると解されるとして,少なくとも,第1審原告は,第1審原告の名誉・声望を害しない限りにおいて,写真を切り出したり,あるいは,写真上に説明のための文章等を追加する等,出版される書籍における写真の利用目的に応じて必要な限度での写真の改変については同意をしていたものと認定し,同一性保持権侵害を否定した。
(3)考 察
原判決では,包括的な利用許諾を否定していることもあってか,改変に対する同意も認めず,同一性保持権に対する例外規定であるやむを得ない改変(著作xx20条2項1号)に対してもその範囲を限定的に解している。写真の著作物に関する事案ではないが,大学側が学生の執筆
した論文の送りがなの変更,読点の切除等の表記変更を行ったという事案で同一性保持権の侵害を認める法政大学懸賞論文事件控訴審判決11)もあることから,原判決がこれまでの裁判例と比較して同一性保持権に関し特に厳しい判断をしているわけではない。
本判決は,出版される書籍における写真の利用目的に応じて必要な限度では同意の範囲内である(「意に反する」改変ではない)から同一性保持権侵害とならないとし,だた,名誉・声望を害する場合に同一性保持権侵害となるとの立場に立っている。本判決と原判決で大きく判断が分かれたのは包括的な利用許諾の認定の有無であろう。
4.7 争点⑧:著作者人格権不行使の合意
(1)原判決及び本判決の判示
原判決においては,補助参加人は,著作権の
「買取り」に関する説明には,著作者人格権を行使しないとの趣旨も当然に含まれる旨主張したが,第1審原告に対する説明は撮影した写真の「買取り」にとどまり,具体的に著作権の譲渡について説明したものではないこと,また,著作者人格権の説明はしていないことから,著作者人格権を行使しない趣旨を含むものとは解されないと判断した。
本判決も同様に,「買取り」である旨説明してはいるものの,著作者人格権の説明はしておらず,二次利用の際に写真家の氏名を入れていた事実などから,著作者人格権(氏名表示権)不行使の合意があったとまでは認められないとした。
(2)考 察
実務上,著作権譲渡を伴う契約書などでは著作者人格権不行使特約がxxで盛り込まれることが多い。このような著作者人格権不行使特約については,その有効性が問題になっているも
のの,実務的にはそれが有効であることを前提としている。
問題は,本件のように明示の合意がない場合である。原判決,本判決とも著作者人格権の不行使の合意自体が無効であるとの前提はとっておらず,本件では著作者人格権の説明を行っていない,あるいは,不行使合意と矛盾する行動を補助参加人が取っていたことを理由に,不行使合意を否定している。本判決は,公表権,同一性保持権については,実質的に不行使合意を認定していることから,氏名表示権についてのみ不行使合意を否定したとも考えられる。前述のとおり,写真の著作物については,著作者が表示される傾向にあることから,安易な黙示の不行使合意の成立を否定したものと考えられる。
4.8 争点⑨:過失
(1)原判決及び本判決の判示
原判決は,「被告は,本件写真を本件書籍や被告のウェブサイトのウェブページに掲載することにより,本件写真を利用しているのであるから,本件写真を利用するに当たり,本件写真に係る著作権の帰属等を調査・確認する義務があったと認められる。しかしながら,被告は,原告の許諾を得ることなく,本件写真を利用したのであるから,上記の調査・確認義務を怠った過失がある。」として過失を認定し,本判決も同旨である。
(2)考 察
本件第1審被告のような出版社や放送局のようなプロの場合には,本判決同様,原則として過失が認められる12)。本件では,第1審被告会社の業務内容が取り立てて問題とされていないが,出版社であることから,注意義務があることを前提に認定がなされているものと思われる。
これに対して,出版社,放送局以外の会社の場合には,過失を否定した裁判例もある。前掲・
セキスイツーユーホーム事件では,中間事業者
(広告制作会社)の責任のみ認め,発注者に過失はないとしている。また,ドトールコーヒー事件13)も,コーヒー販売会社がパンフレット製作会社にパンフレットの製作を依頼して,完成したパンフレットの納入を受けてこれを頒布する際に,そのパンフレットに使用された写真について,逐一,その写真の使用のために別途第三者の許諾が必要か否かをパンフレット製作会社に対して確認し,あるいは,自らこれを調査するまでの注意義務を負うものではないとして,過失を否定している。他方,神社が制作を依頼したポスターについて,同様の事案で神社の過失をみとめた祇園祭ポスター事件14) もあり,その限界は明らかではない。
5 . 実務的対応
本判決は,一事例を提供するものにすぎないが,写真等の著作物を外注した場合に,書面による契約処理が行われていない事案は,裁判例でも比較的よく見られるパターンである。また,業界によっては実務的にも契約書の作成が慣行上あまり行われていないことも珍しくなく,広告,パンフレット,社内報その他の企業における刊行物での写真等の著作物利用を行う発注者側としては悩ましい問題である。
5.1 職務著作による対応の限界
職務著作が成立するかどうかはケースバイケースであるし,写真家等,独立性の高い専門家を利用した場合,職務著作が成立するのは例外的である。また本件のように,制作会社等を介在する場合に,その当事者間の事情を知り得ない以上,職務著作の成立の有無を前提にそのリスクを判断することは困難である。
5.2 口頭合意の問題点
基本的に法律上は,特に書面の作成が要件と
なっていない限り,口頭合意(黙示の合意)での契約の成立が認められる。しかし,本件もそうであるが,口頭での説明の場合,合意が否定される可能性があるだけでなく,必然的にその内容が不明確になりやすい。本判決からも明らかなように,口頭合意では,著作権譲渡が認められること自体が困難であるばかりでなく,仮に著作権譲渡が認定されたとしても,口頭合意では,翻案xxが「特掲」されていない(著作xx61条2項)ことが通常であると思われることから,当該著作物を翻案して利用する事ができなくなるなど,その後の利用が制約されることになる。
前述のとおり,著作者人格権不行使特約については,その有効性に対して議論があることもあり,本判決においても,黙示の不行使合意の認定には慎重な判断がなされている。
このように,著作権の譲渡,利用許諾,著作者人格権,いずれについても口頭合意による処理は困難であり,不確実な方法である。したがって,書面による契約による処理が望ましい。
5.3 制作会社等の利用の問題点
以上のような理由から,書面による契約によりリスクを低減したいと考えたとしても,書面による契約を直接管理できるのは,契約当事者間だけである。本件もそうであるが,発注者と実際の写真の撮影者その他のコンテンツの作成者(創作者)が直接のつながりを持たないことが多く,中間事業者である制作会社(本件での補助参加人)と撮影者等の間では契約書の作成なしに受発注が行われている実態もある。
このように直接の発注者,受注者の関係になかったとしても,許諾を受けていない著作物を複製,公衆送信すれば,著作権侵害となり得るのであり,契約当事者でなくとも紛争に巻き込まれることとなる。
なお,前述のとおり,出版社や放送局以外の
事業者の場合には過失が否定され,結果的に損害賠償責任を負わないこともあるが,過失は,損害賠償責任を認めるための要件であって,差止請求については,過失の有無は問題とならず
(著作xx112条参照),過失がなかったとしても当該著作物の利用はできなくなることにも留意すべきである。
さらに,最終的に法的責任が認められるか否かにかかわらず,本件同様,訴訟を含めた紛争に巻き込まれ,その費用負担をしなければならないリスクは同じである。
5.4 具体的な対応
制作会社等を経由した場合に,そのリスクを回避するための対応としてどのようなことをすべきか。
最も確実なのは,制作会社等と写真家,xxxxx等との間の契約書を確認することである。契約書という形式までは要求しなくとも,発注書,受注請書等の書面に特記事項として,著作権の譲渡あるいは包括的な利用許諾に関する事項や,著作者人格権の不行使特約を記載しておくことを要求することでもよい。
ただし,実際に契約書等が交わされているかどうかを確認することは煩雑であるし,実際上困難な場合もある。そのような場合には,少なくとも,発注者と直接の相手方である制作会社との間の契約書でリスクを低減することが必要である。
まず,写真等の著作物に関する権利処理は受注者(制作会社)で行う,あるいは,著作xxの権利を有するとの保証条項を盛り込んでおくことが考えられる。
また,このような保証条項等を定めたにも関わらず履行がなされず本件のように写真家等から訴訟等を提起される場合に備えて,第三者からの請求等があった場合に,その対応は受注者
(制作会社)側で行うこと,結果的に訴訟等で
敗訴した場合にその損害を賠償する条項を盛り込んでおくことも一つである。
なお,損害賠償請求については,契約条項に盛り込まない場合であっても民法709条の要件を満たす限り請求できるが,相当因果関係の範囲内に限られ,弁護士費用や訴訟費用等が当然に請求できるわけではない。これらの費用を請求しようとする場合には,「弁護士費用及び訴訟費用を含む」も賠償の対象であることを明記しておくことも必要となる。
以上の事項を盛り込むと以下の様な条項例となる。
「1 受注者は,発注者に対し,成果物及び発注者による本契約に基づく成果物の利用が,第三者の著作権その他の権利を侵害するものでないことを保証する。
2 成果物又は発注者による成果物の利用について,第三者の著作権その他の権利を侵害すること等を理由として第三者から異議,請求などが生じた場合は,受注者は,自己の費用と責任においてこれを解決し,発注者及び第三者に迷惑,損害を与えない。
3 受注者は,前項に定める第三者からの異議,請求などに関して,発注者に損害が生じた場合には,その損害(弁護士費用及び訴訟費用を含む)を賠償する。」
6 . おわりに
本判決は,実務上よく生じうると考えられる
事実関係について,ほぼ全ての論点について丁寧にその判断を示しており,実務上,示唆に富む判決である。他方,黙示の同意による著作物の二次利用にリスクがあることも示しており,その対応の必要性を示していると言えよう。
注 記
1) 第1審被告は,本件書籍の製作・編集を訴外テックデザイン(パッケージャー)に委託しており,本件写真は,同社が補助参加人より入手し,使用された。
2) xxxx,著作xx(第2版),192頁(2014)有斐閣
3) 最判平15・4・11判時1822号133頁
4) 東京地判平5・1・25判時1508号147頁
5) 東京地判昭50・2・24判タ324号317頁
6) 東京地判昭62・1・30判時1220号127頁
7) 東京地判xx・6・30無体裁集21・2・587頁
8) xx・前掲注2)488頁も,「複製(出版)等の許諾の場合には,法律上の推定は働かないが,
・・・xxの契約がなくとも,公表について黙示の許諾が認められる場合が圧倒的に多いと考えられる」としている。
9) 大阪地判平17・1・17判時1913号154頁
10) xx・前掲注2)493頁
11) 東京高判平3・12・19判時1422号142頁
12) xx・前掲注2)629頁
13) 大阪地判平17・12・8平成17年(ワ)第1311号最高裁HP
14) 東京地判平20・3・13平成19年(ワ)第1126号最高裁HP
(原稿受領日 2014年11月30日)