Q&A
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年俸制の医師に対する残業代の支払いは?
Q. 当院では、医師との雇用契約で年俸制を採用しており、年俸には残業代も含まれています。コロナ禍の下、業務が多忙となり、勤務時間を大幅に超過している医師も出て来ており、医師からは残業代が支払われないのはおかしいと言われています。残業代を含めた上で年俸額を決めているにもかかわらず、残業代を支払う必要はあるのでしょうか。
A.
1. 労働基準法の規定と年俸制
医師との雇用契約において年俸制を採用している医療機関は多いかと思いますが、年俸や宿日直手当を支払うのみで、残業代などの時間外労働に対する割増賃金が支払われていないケースが多いのではないでしょうか。
労働基準法は、原則として 1 日 8 時間、1 週 40 時間を労働時間の限度とし(法定労働時
間:法 32 条)、週に 1 回以上、または 4 週 4 日以上の休日を与えなければならないとしてい
ます(法定休日:法 35 条)。また、法定労働時間を超えて労働させる場合や法定休日に労働させる場合には、36 協定の締結・届出、及び割増賃金を支払う必要があります(法 36条、 37 条)。さらに、深夜(午後 10 時~午前 5 時)に労働させる場合にも、割増賃金を支払う必
要があります(法 37 条)。
これらの労働基準法の規定は年俸制を採用していても適用されますので、管理監督者(法 41 条 2 号)の要件を満たさない限り、割増賃金の支払いが不要となるわけではありません。
2. 最高裁判例
これまでは、医師の業務はかけた時間ではなくその内容が重視されるべきこと、医師は労働時間が管理されておらず労働に裁量があること、待遇面でも高額な報酬を得ていることなどを理由に、年俸には残業代も含まれているとの考えもあり、下級審裁判例でも同様の考えを示すものもありました(東京地裁平成 17 年 10 月 19 日判決など)。
ところが、最高裁は、医師との雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、年俸額のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる
部分が明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができない場合には、年俸の支払いにより、時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできないと判断しました(医療法人社団 Y 会事件:最高裁平成 29年 7 月 7 日判決)1)。
この最高裁判例によれば、設問のように残業代を含めて年俸額を決めているとしても、残業 代を支払う必要が出てくることになりますし、年俸額自体が残業代を計算する基礎単価とされるため、支払う必要がある割増賃金の額も高額になるおそれが生じます。
3. 医療機関としての対応
上記最高裁判例を踏まえると、年俸制を採用している医療機関としては、医師との雇用契約等について、少なくとも以下の 2 つの手当をすることが必要といえます。なお、以下は、定額残業代制を導入している月給制の場合にも当てはまります。
(1) 通常の労働時間の賃金と割増賃金の区別(判別要件)の充足
判別要件とは、賃金のうち、時間外労働等に対する割増賃金部分が、その以外の賃金と明確に区分されていることをいいます。上記最高裁判例でも判別要件は必要とされており、例えば、雇用契約書等に、年俸額のうち金△円は 1 月分の定額残業代(固定残業代)である旨を明確に記載しておくことが必要です。さらに、定額残業代のうち、法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働ごとに対応する金額や時間数も明示しておくことが望ましいでしょう(下記
【参考規定例】1.2参照)。
(2) 差額の支払い
定額残業代制には、人件費の見通しや業務効率の向上などのメリットはあるのですが、定額残業代が労働基準法 37 条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回る場合にはその差額を支払わなければならず、その差額を支払う旨の合意や、少なくともそのような取扱いが確立していることが必要となります。そのため、雇用契約書等に、定額残業代が不足する場合には差額を支払う旨を、計算式を明記した上で記載しておくことが望ましいでしょう
(下記【参考規定例】3参照)。
加えて、医師の勤怠管理を適切に行えていない医療機関が多いのが実際のところかと思いますが、差額を計算するためには労働時間を管理する必要がありますので、タイムカード等を
利用した勤怠管理を適切に行う体制の構築が求められます。
4. 医師の働き方改革
時間外労働については、月 45 時間、年 360 時間という上限が設けられており、臨時的な
特別の事情がない限り(なお、この場合でも年 720 時間等の上限あり)、この上限を超えた場
合には使用者に罰則が科されることになります(法 119 条)。
医師に関しては、業務の特殊性も踏まえて猶予期間が設けられており、令和 6 年 4 月から
上限規制が適用される予定です(法 141 条 4 項)。現在、厚生労働省医政局の「医師の働き方改革に関する検討会」2)や「医師の働き方改革の推進に関する検討会」3)において方向性が議論されており、例えば、一般の医師の場合は、月 100 時間、年 960 時間、地域医療を担う病
院等で長時間勤務が避けられないケースなど場合は、月 100 時間、年 1860 時間を上限とすることなどが検討されている状況です。
ただ、具体的な上限規制の内容はまだ確定していませんので、今後も、医師の働き方改革に関する議論を注視しながら、年俸制を含めた医師の賃金設計や労働時間の管理方法などについて確認し、見直しをしていただければと思います。
1.【年俸】 年額金••H円(月額:年俸額の12分の1 金OO円) 月額金OO円のうち、基M年俸額 金▲▲円(1か月分)
定額残業代 金ΔΔ円(1か月分)
2.【定額残業代】 1 月分の定額残業代(金ΔΔ円)の内
法定時間外労働手当(•時間分) □円法定休日労働手当(•時間分) ☐円
深夜労働手当(•時間分) ◆円
3.【差額の支給】 定額残業代を超えて時間外労働等を行 た場合には、以下の計算式に½ て、それӲれ超過分の割増賃金を別 支給する。
「基礎単価」は、基M年俸額( 手当がある場合はそれを含 )を1 月の平t 定労働時間で割 たものである。
法定時間外割増賃金:(基礎単価×1.25×法定時間外労働時間数)※—法定時間外労働手当
法定休日割増賃金 :(基礎単価×1.35×法定休日労働時間数)—法定休日労働手当深夜割増賃金 :(基礎単価×0.25×深夜労働時間数)—深夜労働手当
※2023 年4月1日からは中小企業も含め、(基礎単価 ×1.25×法定時間外労働時間 【60時間以内の部分】)
+(基礎単価×1.5×法定時間外労働時間【60時間を超えた部分 】)となることに注意
図 参考規定例(中小企業を前提)
【参考文献】
1) 最高裁平成 29 年 7 月 7 日判決(最高裁判 裁判集民事 256 号 31 頁)
2) 「医師の働き方改革に関する検討会報告書」(厚生労働省)
3) 「医師の働き方改革の推進に関する検討会 中間とりまとめ」(厚生労働省)
【メディカルオンラインの関連文献】
∙ 勤務医の年俸に「時間外手当は含まれない」 注目の最高裁判決が与える影響は?***
∙ 医療界の歪な構造 ~なぜ巨額の賃金未払いは発生したのか~***
∙ 「医師の働き方改革」の中間論点整理***
∙ 「残業代ゼロ」と医師の労働環境***
「*」は判例に対する 文献の関連度を示す。