Contract
売買契約書のモデル条項例の解説
(1)第1項
(反社会的勢力の排除)
第X条 売主及び買主は、それぞれ相手方に対し、次の各号の事項を確約する。
① 自らが、暴力団、暴力団関係企業、総会屋若しくはこれらに準ずる者又はその構成(以下総称して「反社会的勢力」という)ではないこと。
② 自らの役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいう)が反社会的勢力ではないこと。
③ 反社会的勢力に自己の名義を利用させ、この契約を締結するものでないこと。
④ 本物件の引渡し及び売買代金の全額の支払いのいずれもが終了するまでの間に、自ら又は第三者を利用して、この契約に関して次の行為をしないこと。
ア 相手方に対する脅迫的な言動又は暴力を用いる行為
イ 偽計又は威力を用いて相手方の業務を妨害し、又は信用を毀損する行為
(解説)
① 本項は、売買契約の当事者が反社会的勢力でない旨を相互に確約するものであるが、その際には属性要件(①、②、③)とあわせて、行為要件(④)にも着目して規定したものである。
すなわち、本項においては、昨今の暴力団における組織実態の隠ぺい、企業活動の仮装などによる不透明化の動きを踏まえ、
・暴力団のみならず暴力団に準ずる者も対象とするとともに、
・暴力団等が本物件を利用等するため暴力団等でない者の名義を借りて契約する行為(例えば親族名義で契約するような場合)も対象とし、
・暴力団等が行うような脅迫・暴力的行為等の行為にも着目し、それらの行為を契約後で物件の引渡しと売買代金全額の支払いの両方が終わるまでの契約履行段階において契約の相手方に対して行う者も排除の対象としている。
② この確約の規定をおくことにより、
・ 相手方が反社会的勢力であること等を申し出た場合には、反社会的勢力排除条項に基づき、契約を締結しないことができる。
・相手方が反社会的勢力であること等について明確な回答をしない場合には、契約自由の原則に基づき、契約を締結しないことができる。
・相手方が反社会的勢力であることについて否定した場合で、後に違反する事実が判明した場合には、反社会的勢力排除条項および虚偽の申告を理由として契約を解除することができる。
また、契約から物件の引渡しと売買代金全額の支払いの両方が終わるまでの契約履行段階において、契約の相手方が脅迫・暴力的行為等の行為を行った場合にも、契約を解除することができる。
③ 属性要件①でいう「暴力団」、「暴力団関係企業」、「総会屋」の意義は、「組織犯罪対策要綱の制定について(依願通達)」(平成16年10月25日 警察庁次長)による。また、
「これらに準ずる者」としては、例えば、「暴力団準構成員」、「会社ゴロ等」、「社会運動等標ぼうゴロ」、「特殊知能暴力集団等」のほか、「自己、自社もしくは第三者の不正の利益を図る目的または第三者に損害を加える目的を持って暴力団員を利用するなどしている者」、「暴力団員に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなど直接的あるいは積極的に暴力団の維持、運営に協力し、もしくは関与している者」、「暴力団員であることを知りながら、これを不当に利用するなどしている者」、「暴力団または暴力団員と社会的に非難されるべき関係を有している者」が挙げられる。
なお、暴力団等の反社会的勢力とは、暴力団を中核とする概念であって、暴力団とは無関係の単なるクレーマー等「反社会性」のある個人または団体を含むものではない。
④ 属性要件②でいう「これらに準ずる者」とは、会長、相談役、顧問等が考えられるが、いかなる名称を有するものであるかを問わず、また株主、出資者等についても、役員と実質的に同等の支配力を有すると認められる場合には該当する。
⑤ 反社会的勢力排除条項については、買主が反社会的勢力である場合を想定した規定が典型的であると考えられるが、不動産がマネー・ローンダリング等により反社会的勢力の資金獲得活動に使用されることも排除する必要があることから、本項では、反社会的勢力が売主となる場合も想定し、双務的な規定としている。
⑥ 本項は、契約時に契約当事者双方において反社会的勢力でないこと等を確約する性格のもので、本項を導入することにより、契約の際に契約の相手方が反社会的勢力であることを調査することまで要求されるものではない。
⑦ 契約における調査義務全般に関しては、反社会的勢力に関しても、この条項を契約書に導 入するか否かにかかわらず、明らかに反社会的勢力と思われるような相手が反社会的勢力で ないといって契約を申し込んできたような場合に、なんらの調査も行わずに契約した場合は、調査義務違反を問われる可能性はあるものと考えられる。
⑧ なお、参考として、賃貸中の中古マンションの売買の際に賃借人が暴力団員であることを説明しなかった事案で、媒介業者は入居申込書等で賃借人の属性を確認していることから調査説明義務違反はないとした事例がある(東京地裁平成9.10.20判例タイムズ973号)。
(2)第2項
2 売主又は買主の一方について、次のいずれかに該当した場合には、その相手方は、何らの催告を要せずして、この契約を解除することができる。
ア 前項①又は②の確約に反する申告をしたことが判明した場合イ 前項③の確約に反し契約をしたことが判明した場合
ウ 前項④の確約に反した行為をした場合
(解説)
① 本項は、売買契約の当事者が第1 項の確約事項に違反した場合に、相手方が売買契約を解除することができる旨を定めたもの、すなわち当事者の合意によりあらかじめ契約において解除権(約定解除権)を定めたものである。
② 「ア」は契約時に反社会的勢力であったが、それを隠して契約し、その後反社会的勢力であることが判明した場合、「イ」は名義貸しで契約したことが判明した場合、「ウ」は契約後で物件の引渡しと売買代金の全額の支払いが終わるまでの契約履行段階において、脅迫的・暴力的行為等を行った場合を規定している。
なお、「ア」および「イ」については、物件の引渡しと売買代金の全額の支払いが終わった後に反社会的勢力であることが判明した場合も対象としている(ただし、契約時の確約に反する点に着目していることから、契約後に反社会的勢力になった場合は解除の対象とはしていない。)が、これは契約関係に基づく反社勢力の排除のツールとして本条項を位置づけていることによるものであるが、具体的にも、大規模宅地分譲やマンション分譲において、一部の区画・部屋を分譲引渡し後に、反社会的勢力であると判明した場合に、解除ツールがないと困難な状況が想定され(解除できないとその後の分譲においては反社会的勢力がいることの説明義務があるなど)、そのためにも有効と考えられる。
③ 私人間の契約においては、一般に契約自由の原則に基づき公序良俗に反する場合または強 行規定に反する場合を除き、契約当事者は自由に契約内容を定めることができるものであり、本契約において約定解除を定めることも同様である。そして、この約定解除については、反 社会的勢力を排除するためのものであることから公序良俗に反するものでなく、また関係す る強行規定も定められておらず、強行規定に反するものでもないことから、本項は適法であ り、合理性のあるものであると考えられる。
④ この約定解除権は、権利者の一方的意思表示により法律関係の変動を生じさせることができる形成権の一種であり、売買契約の当事者が第1 項の確約事項に違反した場合に約定解除権が行使できる。
⑤ この約定解除権は、反社会的勢力の排除のためのツールとして定めたものであり、解除を行うかどうかは解除権を有する者の判断によるものである。
また、このようなツールとしての性格から、本項の「ア」、「イ」または「ウ」に該当し
ないかどうかを常時、調査していなくてはならないような性格のものではない。
⑥ 本項における約定解除権の行使に当たっては、本項約定をもって期間無制限にその解除権を行使し得るものと一律に解すべきではなく、売主又は買主の意思、契約後の経過期間、あるいは期間の経過等に伴う当該物件の社会的、物理的な状況等を十分に考慮する必要があることから、弁護士等の専門家に事前によく相談することが望ましい。
また、売買契約の直接の対象となるものではないが、例えば、商事消滅時効が5年(商法第 522 条)であること、債権の消滅時効が 10 年(民法第 167 条第1項)であることなども留意しておくべきである。
(3)第3項、第4項
3 買主は、売主に対し、自ら又は第三者をして本物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供しないことを確約する。
4 売主は、買主が前項に反した行為をした場合には、何らの催告を要せずして、この契約
を解除することができる。
(解説)
① 売買契約の対象である物件が反社会的勢力の活動拠点となった場合に、生命・財産への危険など周辺住民の生活にまで重大な影響を及ぼすとともに、環境的瑕疵による経済的価値の下落や心理的瑕疵による嫌悪感の増長などによる影響も大きいことから、そのような事態を排除するための条項を定めたものである。
② 第3項では、本物件を(1)自ら反社会的勢力の活動拠点に供する場合(売買契約時には反社会的勢力でなかったが契約者が、契約締結後に反社会的勢力となり反社会的勢力の活動拠点に供する場合も含まれる)、および(2)自らは使用しないが、自らの関与・許容の下に第三者に反社会的勢力の活動拠点として使用させる場合(第三者が反社会的勢力の活動拠点と利用することを知りながら本物件を第三者に譲渡または貸与する場合も含む)が対象となる。
③ 第4項における約定解除権の行使に当たっては、本項約定をもって期間無制限にその解除権を行使し得るものと一律に解すべきではなく、売主の意思、契約後の経過期間、あるいは期間の経過等に伴う当該物件の社会的、物理的な状況等を十分に考慮する必要があることから、弁護士等の専門家に事前によく相談することが望ましい。
また、売買契約の直接の対象となるものではないが、例えば、商事消滅時効が5年(商法第522条)であること、債権の消滅時効が10年(民法第167条第1項)であることなども留意しておくべきである。
(4)第5項
5 第2 項又は前項の規定によりこの契約が解除された場合には、解除された者は、その
相手方に対し、違約金(損害賠償額の予定)として金○○○○円(売買代金の20%相当額)を支払うものとする
(解説)
① 本項は、第1 項または第3 項の確約事項に違反した場合において、第2 項または第4 項により契約を解除された反社会的勢力が、違約金を支払う義務があることを規定したものである。
これは、民法第420条の規定による「損害賠償額の予定」として一般の債務不履行による解除に伴う違約金と同様の額として、損害賠償額を売買代金の20%相当額と定めたものである。なお、同条の規定により、裁判所も裁判でこの額を変更できないこととされている。
② 第2 項または第4 項により契約を解除された場合の扱いは、約定解除についても、基本的には民法の解除に関する規定が適用されるものとされており、解除の効果として各契約当事者は原状回復の義務を負うことになる。
(5)第6項
6 第2 項又は第4 項の規定によりこの契約が解除された場合には、解除された者は、解除
により生じる損害について、その相手方に対し一切の請求を行わない。
(解説)
① 本項は、本契約を解除された反社会的勢力からの損害賠償請求を認めない旨を規定したものである。
② なお、参考として、売買契約の解除の事例ではないが、暴力団幹部らが発行する月刊紙の折り込み配達をする旨の契約をしていた新聞販売店が折り込み配達を拒否したことは、社会的に相当な行為で不法行為の違法性を阻却されるとして損害賠償の責任がないとされた事例がある(千葉地裁平成2.4.23判例時報1359号)
(6)第7項
7 買主が第3項の規定に違反し、本物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供したと認められる場合において、売主が第4項の規定によりこの契約を解除するときは、買主は、売主に対し、第5項の違約金に加え、金○○○○円(売買代金の 80%相当額)の違約罰を制裁金として支払うものとする。ただし、宅地建物取引業者が自ら売主となり、
かつ宅地建物取引業者でない者が買主となる場合は、この限りでない。
(解説)
① 宅地建物取引業者が自ら売主となり、かつ宅地建物取引業者でない者が買主となる不動産の売買契約において、当事者の債務不履行を理由とする契約の解除を行う場合には、宅地建物取引業法第 38 条第1項の規定が適用されるため、本項を導入できないことに留意する必要がある。
② 本項は、暴力団事務所が近隣住民を含めた社会全般に及ぼす害悪・損害が甚大であることに鑑み、暴力団事務所の設置を事前に抑止し、万一設置された場合にはこれに制裁を加え、さらにはその排除を容易にするための手段として導入するものである。
③ 本項は、買主が本契約物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供したと認められる場合に、売主が本契約を解除するときの制裁金を明示したものである。
反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供したと認められる場合とは、反社会的勢力の関係者の出入りが確認されたとき、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供するための準備行為に着手(建設・修繕・リフォーム工事の開始、什器備品の搬入、人員の配置等)したとき、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点が完成したとき、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点として運用を開始したときなど様々なケースが考えられるので、警察、暴力追放運動センター、弁護士等と充分協議することが必要である。
売主が反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供されるまでの段階で、本契約を解除することを望む場合には、以下に示すように、例えば、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供するための準備行為に着手した場合は売買代金の 40%相当額の制裁金、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点が完成した場合は売買代金の 60%相当額の制裁金、反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点として運用を開始した場合は売買代金の 80%相当額の制裁金、などと定めることも考えられる。ただし、複数に該当する場合は最も金額が高いものに限られる。
7 買主が第3項の規定に違反し、第4項の規定によりこの契約が解除された場合には、買主は、売主に対し、第5項の違約金に加え、以下の制裁金(ただし、複数に該当する場合は最も金額が高いものに限る。)を違約罰として支払うものとする。ただし、宅地建物取引業者が自ら売主となり、かつ宅地建物取引業者でない者が買主となる場合はこの限りではない。
① 第3項に違反した場合で、本物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供するための準備行為に着手(建設・修繕・リフォーム工事の開始、什器備品の搬入、人員の配置等)した場合 制裁金○○○○円(売買代金の 40%相当額)
② 第3項に違反した場合で、本物件に反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点を完成させた場合 制裁金○○○○円(売買代金の 60%相当額)
③ 第3項に違反した場合で、本物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点事務所として運用を開始した場合 制裁金○○○○円(売買代金の 80%相当額)
④ 最高裁は、「行為の実質に即し、当時の社会生活及び社会感情に照らし、真に倫理、道徳に反する醜悪なもの」と認められる場合には、不法原因給付(民法第 708 条)が成立するとしており、反社会的勢力であることを隠して売買契約を締結して、代金を支払った場合、その支払いは不法原因給付と同視しうるものであり、その返還を請求することができないと解しうる。
⑤ 本項が、直ちに「その行為の実質に即し、当時の社会生活及び社会感情に照らし、真に倫理、道徳に反する醜悪なもの」として不法原因給付を構成するかどうかは事案の性質による部分もあるが、これだけ暴力団事務所の設置が極めて反社会性の強い行為であると認知されている現在の社会生活及び社会感情に照らせば、反社会的勢力排除条項の違反行為が少なくともこれに近似する反倫理性・反道徳性を有するものであることは否定できないのであるから、不法原因給付の趣旨にも適うものである。