(東京地判 令 4・4・28 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA04288009) 山本 正雄
最近の裁判例から
⑴−手付解除の期限−
手付解除が、手付解除期日か履行の着手いずれか遅い時期まで可能な契約であったとする売主主張が棄却された事例
(東京地判 令 4・4・28 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA04288009) 山本 正雄
違約金を支払って売買契約を解除した売主が、契約条項によれば、手付解除が、手付解除期日か履行の着手いずれか遅い時期まで可能であったのに、手付解除をさせなかったとして媒介業者に賠償を請求したが、売主の契約解消の申出は解除期日後であったから手付解除はできなかったとして棄却した事例。
1 事案の概要
令和元年6月、売主X(原告、個人)は、所有の賃貸物件の売却を考え、不動産会社 Y1(被告、宅建業者)から媒介業者Y2(被告、宅建業者)を紹介され、一般媒介契約を締結した。Y2は買主Y3(被告、職業紹介事業等を行う法人)を見つけ、代金1億1000万円で売買契約を締結した。売買契約書には次の①〜③の定めがあった。
①売主又は買主は、手付解除期日又は相手方が本契約の履行に着手するまでは、買主は手付金を放棄して、売主は手付金を買主に返還し、かつ、同額の金銭を買主に提供して、売買契約を解除することができるものとする。手付解除期日は令和元年7月12日である。
②買主又は売主は、相手方が売買契約の条項の一に違背し、期限を定めた履行の催告に応じない場合は、売買契約を解除することができるものとし、契約に違反した者は相手方に対して売買代金の10%相当額を違約金として支払うものとする。
③売主及び買主は、本件売買契約が第三者のためにする特約を付した売買契約として締結
されるものである旨確認し、買主は、本件不動産の所有権の移転先となる者(買主本人を含む。)を指定するものとする。本件不動産の所有権は、上記の指定及び代金全額の支払いを条件として売主から上記の指定する者に直接移転するものとする。
令和元年7月、Y3は、Y2の媒介により本件不動産を1億1500万円でA社に売却する売買契約を締結した。
令和元年8月、XはY1に売買契約の解消を申し出た。これに対しY1は契約を解除すると違約金を支払う必要がある旨を説明した。
令和元年9月、XはY3との間で、①違約金1100万円を特例で800万円に変更し、②XはY3に800万円支払って契約を解約、③Xは手付金100万円を返金する旨の合意をした。
同月、Xは、Y1との間で、①売買契約の解除に関してXは違約金800万円をY3に支払うものとし、②Y1はそのうち400万円を Xに代わって支払い、③Xはこの案件に関して一切の情報を第三者に開示しないものとし、開示した場合にはY1は支払分をXに請求することができる旨を合意し、Y3に違約金400万円を支払った。
その後、Xは、売買契約は手付解除ができ、詐欺や不実告知等を理由に取り消し得るか錯誤により無効である旨を隠し、違約金の支払いが必要であると説明してXに違約金400万円を支払わせたことが、Y1らによる詐欺の共同不法行為、Y2の媒介契約上の誠実義務違反に当たると主張して訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
(Y1らによる詐欺行為の有無)
本件手付条項は、一般的な語義に従うと、
「手付解除期日」と「相手方が本契約の履行に着手する」のいずれかが実現することを期限とするもので、いずれか早い方が期限となると解される。
Xは、名古屋高等裁判所平成13年3月29日判決が本件手付条項と同一の文言の条項につきXが主張する解釈を採用したと指摘するが、当該判決の解釈は、宅地建物取引業者が売主であるなど、本件とは異なる事情を基礎としているといわざるを得ず、本件手付条項も同様に解釈すべきとは言えない。
また、Xは、不動産業界団体が作成した売買契約書の書式は、上記判決を契機に改訂されているのに、本件売買契約では改訂前の書式が用いられたことから、上記両者のいずれか遅い方の解釈を採用する意図があったとも主張する。しかし、改訂前の文言をそのように解釈すべきか疑問がある上、書式を採用した経緯が証拠上明らかでないから、直ちにそうした意図があったとは推認し得ない。
Xが本件売買契約の解消を申し出たのは手付解除期日後であったから、本件手付条項に基づいて本件売買契約を解除することはできなかったとみるべきである。
(Y2による誠実義務違反の有無)
本件売買契約は、Xが解消を申し出た時点で手付解除し得なかったとみられる。そうすると、手付解除が可能である旨の説明義務が宅地建物取引業者にあるとはいえないのであって、そうした説明義務は生じていない。
また、Y3と転売先との売買契約は、本件売買契約の4週間後に締結されており、その
媒介契約もその頃に締結されたとみられる。そうすると、Y3は、本件売買契約に係る仲介を終えた後にAとの仲介をしたのであって、それぞれの仲介業務が並行して実行されたのでないから、宅建業者Y3がXとAの両方と媒介契約を締結したことが利益相反となるとみるのは相当でない。
3 まとめ
名古屋高裁の裁判例については、本件と同じく、「手付解除期日(契約日から20日余後)又は相手方が履行に着手するまでは、手付解除できる」とされた契約条文において、売主宅建業者が、同条文の解釈では手付解除はいずれか早い時期までに制限されるとして、手付解除期日前に手付解除を行った買主に対し、契約日2日後の履行の着手を理由に違約金を請求した事案であって、裁判所は契約締結の経緯や手付解除の行使期間等から、当該契約ではいずれか遅い時期までと解釈すべきと判断したものであり、手付解除期日後に解除の申出をした本件と事情が異なるものである。
この名古屋高裁の裁判例を受け、不動産業界団体では、手付解除に関して異なった解釈が発生しないよう、手付解除は相手方が履行に着手していても、手付解除期日までは、解除を行うことができる旨の契約書雛形に変更している。
媒介事業者等におかれては売買契約書等の作成に際して、書式雛形を利用される場合には、書式改正情報等を参考に、最新の書式雛形を使用されるよう留意されたい。
(調査研究部次長)
最近の裁判例から
⑵−履行の着手の判断−
司法書士への登記書類の預け入れ等は履行の着手にあたらないとして決済日前日の買主の手付解除を認めた事例
(東京高判 令 3・10・27 判例集未登載) 大嶺 優
区分所有建物の売買契約について、決済日前日に買主が手付解除を申し入れたところ、売主が登記手続きを司法書士に委任し登記書類の準備を完了して、既に履行に着手しているとして、その申し入れを拒絶し、買主の債務不履行によりこれを解除したとして、売買契約に基づく違約金を買主に請求した事案において、売主が主張する当該行為は、債務の履行の提供のための単なる準備行為に過ぎず履行の着手には当たらないとして、その請求を棄却した事例
1 事案の概要
X(売主・原告:宅建業者)は、Y(買主・被告:法人)との間で、区分所有建物(本件不動産)の売買契約を以下のとおり締結した。
(売買契約概要)
・契約日 平成31年2月19日
・売買代金 1億990万円
・手付金 300万円
・残代金支払い及び引渡 同年3月28日 Yは、平成31年3月27日、Xに対し、「手
付解除の申入書」と題する書面をFAXで送信し、本件契約について手付金の放棄による解除を申し入れた。
これに対し、Xは、Yによる上記解除は認められない旨回答し、平成31年3月28日付け
「催告書」をもって、Yに対し、本件契約に基づく残代金の支払を催告し、同年4月5日までに残代金の支払がされない場合は本件契
約の定めに基づき本件契約を解除して違約金を請求する旨通知し、同通知書は、同年3月 29日Yに到達した。
Yは、催告書に定める期日までに残代金の支払をしなかったため、Xは、本件契約の解除および違約金等の支払を求める訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を棄却した。
⑴Xの各行為が履行の着手に当たるか Xは、平成31年3月13日、本件不動産につ
いての所有権移転登記手続及び担保権等の抹消登記手続きを司法書士に行わせるため、司法書士事務所に対し、これらの登記手続に必要となる書類一式(登記識別情報通知、登記原因証明情報、委任状、被控訴人の印鑑証明書、固定資産評価証明書及び抹消書類代理受領委任状)を交付した。また、Xは、平成31年3月23日、本件契約の仲介会社に対し、本件物件の固定資産税、管理修繕費等の負担割合を記載した精算書を送信した。Xは、これらの行為について、客観的に外部から認識し得るような形で本件契約の履行行為の一部をなし、またはその履行行為の提供をするために欠くことのできない前提行為に当たるものであるとし、Xが本件各行為を行ったことは履行の着手に当たり、その後に行われたYによる手付解除の意思表示はその効力を生じない旨主張する。しかしながら、本件各行為は、
いずれも、それ自体は書類の交付又は書類データの送信という全くの事実行為にとどまり、何らかの法的効果を生じさせるものではなく、また、本件契約がYによって手付解除された場合にXに不測の損害をもたらし得るような内容の物でもないということができるところであって、このような行為の性質及び態様その他の事情を総合判断すれば、本件各行為については、債務の履行の提供のための単なる準備行為とみるべきであるにすぎず、これらをもって「履行の提供をするために欠くことのできない前提行為」に当たるものと解することもできないというべきである。よって、Xが本件各行為を行ったことが、本件手付解除約定に定める履行の着手に当たる旨のXの主張は失当であり、採用することができない。
⑵Yの残代金支払日前日における手付解除の申し入れは、信義誠実に違反するか Xは、本件契約の締結日から履行期まで40
日弱もの期間があったにもかかわらず、Yが履行期の前日になって初めて手付解除の申し入れをしたことは信義誠実に反するかそれに極めて近い性質を有するものであり、解除権の行使は制限されるべきである旨主張するが、民法557条1項(手付)がいわゆる任意規定であり、本件契約においては、その適用を排除、あるいは、制限することを約定することも可能であったところ、そのような約定がされることはなく、かえって買主であるYによる手付解除に係る本件手付解除約定が、手付解除の時期等に係る制約を付すことなく、敢えて設けられたことに照らせば、本件におけるYによる手付解除の意思表示が履行期の前日に行われたことは、本件契約において想定外の事柄であるとはいえず、直ちにXとの関係で、信義則に反するなどとみることはできないものであるから、Xの上記主張は
採用することができない。
⑶結論
したがって、本件契約については、平成31年3月27日のYの手付解除の意思表示により有効に解除されたものと認められるから、その余の点について検討をくわえるまでもなく、Xの請求は理由が無い。
よって、Xの請求を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消したうえ、Xの請求を棄却する。
3 まとめ
司法書士への登記の委任、登記書類の預け入れ等の行為は、履行の提供のための単なる準備行為とみるべきであり、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為には当たらないとした本判決は、履行の着手を主張する売主への説明において明確な判断基準として参考になると思われる。
本件同様に、登記の委任(残金3日前)は準備行為に過ぎないとして、手付解除を認めている事案(東京地裁判決 平成17年1月27日)も参照されたい。
なお、売主が宅建業者である場合は業務に関する禁止事項として、宅地建物取引業法施行規則第16条の11第3項に「宅地建物取引業者の相手方等が手付けを放棄して契約の解除を行うに際し、正当な理由なく、当該契約の解除を拒み、又は妨げること。」と銘記されているので、本事案のようなケースでは、媒介業者としても適切なアドバイスを行い、紛争防止に努めていただきたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑶−悪意で加えた不法行為−
自己破産した買主代表の不法行為に対する売主の損害賠償請求権は、破産法の非免責債権に該当するとして、売主の訴えを認容した事例
(東京高判 令 4・12・8 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA12086004) 田代 佳秀
売主が建築した新築マンションを分譲目的で購入した買主代表が、販売先の顧客から受領した手付金の保全措置を講ずることなく、自らのために費消した上で破産手続開始決定を受けて、連帯保証人の売主に求償債務を負担させる損害を与えた行為は、破産法上の「破産者が悪意で加えた不法行為」であり、売主の買主代表に対する損害賠償請求権は非免責債権に該当するとして、売主の請求を認容した事例
1 事案の概要
平成29年10月11日、売主Ⅹ(原告・被控訴人・宅建業者)は、自ら建設した総戸数64戸のマンション(本件物件)を分譲販売目的の買主a社(宅建業者、代表者は控訴人・被告 Y)に売買代金18億円余で売却した(本件売買契約)。
平成30年2月21日、a社は、本件物件の売却に当たり、宅建業法上の手付金等の保全措置として、保証会社と保証委託契約を締結し、 Xも同保証会社との間にYとの連帯保証契約を締結した(本件保証契約)。
同年10月24日、a社は、顧客Bらに対し、本件物件のうち5戸を合計代金1億5898万円にて売却し(本件販売契約)、Bらより手付金3180万円を受領した(本件手付金)。
そして、翌日、Yは、a社ではなく自らの借入先であるc社に対し、本件手付金を原資として、自己の借入金(2400万円)を弁済した。
平成31年3月20日、a社弁護士は、Ⅹに対
し、本件売買契約の残代金決済迄に売買代金全額を弁済できない見通しで、同社が債務超過に陥り、破産手続等を採らざるを得ない状況であり、事業継続の為には販売価格の減額を了承してほしい旨申入れた。
同年3月26日、Xは、a社弁護士に対し、同社の提案拒絶と本件物件の未払代金13億円余の支払催告を通知するとともに、同年4月 3日、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
同年4月1日及び12日、a社とYは、各々破産手続開始の申立てを行い、同月10日及び 17日、各々破産手続開始決定を受けた。
そして、a社とYの破産管財人に選任されたY2は、破産法53条1項により本件販売契約を解除した為、保証会社はBらに対する本件手付金の保証を行い、連帯保証人のXは、保証会社に対し、本件手付金相当額を支払い、これによりa社に対して同額の求償債権を取得した。
令和元年11月1日、Ⅹは、Yが、このような破産手続申立前にした費消等の行為は、Yが自己の利益を優先して不正にXを害する意欲で有して行ったというべきであり、破産法 253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為」に当たり、Yに対する損害賠償請求権は非免責債権に該当するとして、本件手付金相当額等の損害額の支払いを求めて提訴した。
同年同月27日、Yは免責許可決定を受けた。原審はXの請求を認容したが、Yは控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Yの控訴を棄却した。
平成30年10月頃、a社は1億3500万円を超える債務超過の状態にあった上、a社による本件物件の売却は進んでおらず、本件販売契約の残金決済までに、販売代金全額の確保や a社の収入の具体的な見通しが全く存在しない中で、Yがc社に対し、Bらから支払われた本件手付金の中から直ちに支払うことについての合理性はなく、この弁済は、結局、財務状況がひっ迫しているa社の経営状況の改善に資することを企図してされた支払ではなく、Yの個人資産を保全する目的で行われたものというべきであり、Yにおいてもこれを十分に認識していたものと認められる。
したがって、Yにおいては、本件販売契約の残金決済を了する見通しもない中で、本件手付金を自らの弁済金に流用することにより、本件売買契約が解除となり、Xが同額の求償債務を負担することになる結果も認識していたものと認められる。
これに対し、Yは、a社は平成31年1月の時点でも事業継続の意思を有しており、破産を選択したのは、Xから要請の支援を拒絶されたことによるもの等と主張するが、Yの要請の内容は、顧客への販売価格を専有坪単価 20万円程度減額することを求める等とするものであるが、本件売買契約で合意した売買代金を一方的に減額するよう求めるものであって、Xにおいてこれに応じる義務がないのは明らかであり、Xが協力すれば破綻を免れたとするYの主張は採用することができない。なお、a社が、本件販売契約の義務の履行
(本件手付金の返還義務も含む。)の見通しが立っていなかった以上、Xが本件手付金の求償債務を負担する損害を受けることの認識を
有していたと認められるから、不法行為の成立を認めるに妨げはない。
そして、この不法行為が破産法253条1項 2号にいう「悪意で加えた不法行為」に当たるか否かについては、この「悪意」は、不正に他人を害する意欲を指し、不法行為の要件としての故意とは異なると解されるものの、誠実な破産者に対する特典として責任を免除するという免責制度の趣旨に照らせば、Yが、 a社の代表として同社が債務超過の状態であることを認識しながら、本件販売契約の履行期には、a社が引渡義務の履行のために不可欠であるⅩに支払うべき残代金、本件販売契約が解除された場合に返還すべき本件手付金相当額について、これに充てる具体的な収入の見通しや支払資金を確保する目途のない状態で、本件手付金を分別管理するなどの方策を講じないまま、a社の運営資金に充てることなく、Yの個人資産を保全するために費消した行為は、自己の利益を優先して不正にⅩを害する意欲を有して行ったものと認められ、「悪意」に該当するというべきである。
3 まとめ
自己破産は、一般的に、破産者側の債務の免除や経済的な更正と債権者側の権利を守ることを目的とした制度と思われる。
本件は、Yの破産手続きによる免責について、その効力が及ばない非免責債権に該当するとして、Xの請求を認容した事案である。また、誠実な破産者に対する特典として責 任を免除するという免責制度の趣旨が端的に
示された内容とも感じられる。
不法行為について、破産法に関連する事例は少ないと思われるため、取引実務における参考にしていただきたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑷−瑕疵担保責任制限条項−
瑕疵の対象範囲を制限する特約があるとして、責任対象外の建物傾斜等に係る損害賠償請求を棄却した事例
せん。
2 売主は、買主に対し、前項の瑕疵について、引渡完了日から3カ月以内に請求を受けたものに限り、責任を負います。なお、責任の内容は、修復に限るものとし、買主は、売主に対し、前項の瑕疵について、修復の請求以外、本契約の無効、解除又は損害賠償の請求をすることができません。
(東京地判 令 4・2・24 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA02248009) 西崎 哲太郎
瑕疵担保責任の対象を限定した売買契約において、責任対象外の建物傾斜等に係る損害賠償請求を買主が申し立てたが、売主の責任範囲が明確に制限されおり、売主の悪意も認められないとしてその請求を棄却した事例
1 事案の概要
買主Xは、令和元年7月4日、避暑地に所在する土地建物(平成17年にYが新築し、Y代表者家族の別荘や従業員保養所として年間で数日程度利用していたもの)について、売主Yとの間で売買価格5100万円とする売買契約を締結し、8月29日に引渡しを受けた。
XとYはいずれも宅建業者ではない事業法人である。
(瑕疵の責任)
第13条 売主は、買主に対し、土地の隠れたる瑕疵及び次の建物の隠れたる瑕疵についてのみ責任を負います。
⑴雨漏り
⑵シロアリの害
⑶建物構造上主要な部位の木部の腐食
⑷給排水管(敷地内埋設給排水管を含む。)の故障
なお、買主は、売主に対し、本物件について、前記瑕疵を発見したとき、速やかに通知して、修復に急を要する場合を除いて立ち会う機会を与えなければなりま
本件売買契約書には、以下の条項(以下、「本件瑕疵条項」という。)があった。
Xは、令和元年11月24日、本件建物について傾斜(床6.8〜8.3/1000、壁27/1000)、床の沈み等の隠れたる瑕疵があるとしてYに修補を求めたが、Yは本件瑕疵条項を根拠に拒絶した。
Xは、本件瑕疵が構造耐力上主要な部位についての瑕疵であり、これを修復するためには解体して新築するほかないとして、解体・再建築費用、弁護士費用等、本件売買契約の担保責任に基づく1052万円の損害賠償請求訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
[Yの責任は本件瑕疵条項で制限されるか]
本件契約は、中古建物の売買契約であるところ、売主が「次の建物の隠れたる瑕疵について『のみ』責任を負います」として、瑕疵担保責任の対象となる瑕疵を明確に定める。 Xは、本件建物には建物構造上主要な部位
において構造耐力上危険と判断される瑕疵があるなどとして、Yの責任が制限されるべきではないとの主張をするが、平成29年法律第 44号による改正前の民法570条は「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に売主の責任を認めているところ、本件契約は建物について特に責任範囲を明示して制限していること、建物の隠れた瑕疵は多様なものが想定でき、これを明示的かつ具体的に制限するのは当事者の合理的意思に沿うと考えられる。
そして、Xの主張する瑕疵は、いずれも、本件瑕疵条項に定める事由に該当するとは認められないので、Xの請求は、本件瑕疵条項により制限される。
[Yが瑕疵の存在について悪意であったか]
本件のように責任制限条項が存在する場合においても、売主が「知りながら告げなかった事実」については、責任制限条項が適用されない(平成29年法律第44号による改正前の民法572条ただし書)。
そして、同条項は、売主と買主の間の情報格差に鑑み、売主が知っていたならば告知することが信義則上求められる事柄を告知しなかった場合に売主の責任を認めるものであるから、売主が「知りながら告げなかった事実」とは、内覧等により見て認識し得る瑕疵現象というよりは、瑕疵原因を中心に、まさに情報格差を生じ得る点が中心になるものというべきである。
認定事実によれば、本件建物には客観的に床や壁に一定の傾斜が存在したことは認められるものの、Y代表者が1階部分の床が中央に向かって沈み込んでいた点を認識していたのを除き、現象の存在を認識していた者がいたとは認められないし、本件建物の利用状況から、それが不自然とも思われない。
また、本件建物については、広告よりも低い価格で本件契約による売買が成立している
こと、仲介業者がリフォームを要することを遅くとも決済前に知っていたことが認められるが、これらのことから、Yが当然に瑕疵の存在を認識していたとはいえない。
Xは、本件建物が確認申請段階とは異なる施工がされていることを挙げて、Yが悪意であったと主張するが、確認申請段階と異なる施工をYが自ら積極的に施工業者に要求したとは認められないし、これにより生じ得る本件建物の構造耐力上の問題を認識していたと認めるに足る事情もない。
加えて、X代表者は、本件契約締結前にも本件建物を見ており、外観上の不具合は知り得たことも踏まえると、YがXの知り得ない事実を知っていたとは認め難い。
そうすると、本件瑕疵条項が存在し、かつ、その適用を妨げる事由も存在しないから、Xの請求は制限される。
3 まとめ
本事例で裁判所は、買主が主張する建物傾斜や床の沈み等が瑕疵であるかどうか自体については直接判断・言及せず、それ以前の問題として、本件瑕疵条項に定める免責特約(瑕疵の対象範囲を制限する特約)が有効であるとして買主の請求を棄却したものである。
中古建物の売買では、本件瑕疵条項の対象として限定された「雨漏り、シロアリ、構造上主要な部位の木部の腐食、給排水管の故障」以外にも、建物の基礎、外壁等のひび割れ、床・柱の傾斜等の劣化事象・不具合事象を巡って後日紛争になることが多い。
これらの紛争の発生を未然に防ぐ手段の一つとして既存住宅に対する建物状況調査(インスペクション)制度があり、その一層の普及が望まれる。
(調査研究部上席調整役)
最近の裁判例から
⑸−雨漏り修繕合意−
買主が、雨漏りの補修を行う合意があったとして補修費用を求めたが、すべて解決していたとして却下された事例
(東京地判 令 3・11・30 ウエストロー・ジャパン 2021WLJPCA11308002) 吉川 文堂
買主は、購入した建物内に雨漏りが発見されたのは、媒介業者の仲介業務の調査・説明義務違反等と主張して、売主・買主両方の媒介業者に修繕費用等を支払うよう求めた事案において、損害賠償請求を行うも却下された事例
1 事案の概要
令和元年9月、買主X(原告・個人)は Y2(被告・仲介会社)と、売主A(売主・個人・外国籍)はY1(被告・仲介会社)と媒介契約を締結し、Xは、Y1らの仲介のもと、売買契約(売主瑕疵担保責任期間3か月)を締結した。売買契約時に、Aは、Xに対して物件状況確認書を交付し、「現在まで雨漏りを発見していない」、建物構造上主要な部位の腐食に関しては「腐食を発見していない」との説明をした。
令和2年1月、本件建物の1階リビング窓枠部分に雨漏りが発生し、Y1はAに連絡を取ったが、既に帰国しており、代わりにAの子(二女B)に連絡し、見積金額約17万円の支払を求めたところ、Bは拒否し、以後、 Y1からの連絡を拒むようになった。
Xは、Aに対して法的手段を取ることなどを示唆したところ、Y1は、事態を丸く収めるために工事費用を自ら負担することとした。
令和2年2月、X及びY1らは、本件雨漏りに関し、合意書1を締結し、Y1は費用を負担し修繕工事を行った。
令和2年3月、本件雨漏り箇所において再
度雨漏りが発生し、X及びY1らは、本件雨漏りに関し、合意書1と同内容である合意書 2を締結した。
【合意書2の概要】
・XとY1らは、本件建物1階リビング西側窓枠部分で発生している本件雨漏りが解消されていないことを現地にて立会い確認した。
・本件合意書1における本件雨漏りの修繕において、不備があったため、Y1はその責任と負担において令和2年3月までに修補する。
・条項の履行をもって本件は円満解決とし、 XはY1ら及びAに対するその余の請求を全て放棄・免責とする。なおX及びY1らは、今後、本件に関し、裁判所・行政庁・宅建協会等その他いかなる団体を問わず、一切の苦情・異議の申出をなさないものとする。
その後、Y1の費用負担によって修繕工事
(第2修繕)が行われたが、本件雨漏り箇所から雨漏りが発生した。
そこで、Xが雨漏りの原因を調査等したと ころ、外壁の防水工事をするだけでは足りず、外壁を壊して内部を確認した上で雨漏りの原因を特定し、工事をするといった根本的な修繕工事が必要となり、工事等を行うには176万円を要することが判明した。Y1は、既に円満解決済みであるとして支払いを拒否した。 Xが、修繕費用の負担を余儀なくされる事
態となったのはY1らの仲介業務における調
査・説明義務違反ないし誠実義務違反に起因するものであると主張して、Y1については不法行為による損害賠償請求権に基づき、 Y2については債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害合計193万円余及びこれに対する遅延損害金を求め、当該請求が認められない場合に備えて、Y1に対し、Y1は Xとの間で本件建物の雨漏りを修繕する旨の合意をしたものであるから、同合意に基づいて修繕に要する費用176万円の支払請求をすることができると主張し、遅延損害金の支払を求めた。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を却下した。
Y1は、本件雨漏り箇所における雨漏りが発生する都度、その補修に要する工事費用の負担に応じ、これを受けて本件合意書1及び 2が締結されたものであるから、本件合意書
2の条項は、Y1における第2修繕に係る費用の負担義務を定めたものと解するのが相当である。
これに対し、Xは、本件合意書1及び2は、 Y1において本件雨漏り箇所における雨漏りを完全に修繕する義務を負うことを確認したものであると主張する。しかしながら、各事実に照らすと同主張を直ちに採用することは困難であり、これを的確に裏付ける証拠もなく、同主張は採用できない。なお、Xは、本件合意書2の条項は、本件雨漏り箇所の雨漏りが完全に修繕された後、本件雨漏りと関係のない不具合が生じた場合には、XはY1らに何らの請求をしないという趣旨のものであるとも主張するが、本件合意書2は本件雨漏りに関する合意事項を確認したものであることがその冒頭に明記されていることや、同合意書の条項は本件雨漏りについての円満解決
が図られたことを確認する文言となっていることと整合せず、理由がない。そうすると、第2修繕に係る工事は既に実施され、Y1はその費用負担も済ませているのであるから、本件において、本件合意書2の条項を適用するのを妨げるべき事情は存在しないものというべきである。
以上の次第であり、本件の各請求は、いずれも、本件合意書の条項において全て解決済みであることが確認された本件雨漏りに関するものであるから、本件の各訴えは、条項で定められた不起訴の合意に反し、訴えの利益を欠くものといわざるを得ない。
よって、本件の各訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下することとする。
3 まとめ
本件は、買主が雨漏りの補修を行う合意があったとして補修費用を求めたが、すべて解決していたとして却下され、その後、控訴したが棄却された事案である。
売主が外国人等の場合、本来売主が負う契約不適合責任を買主は請求できない場合が考えられるため、媒介業者において、売主が海外に帰国した場合のリスクを考え、それを見越した対応が必要と考えられる。
本件のように、外観だけでは判別できない瑕疵が想定される場合、買主にリスク責任を説明し売買金額にて調整するのか、建物状況調査(インスペクション)を実施した上で既存住宅売買瑕疵保険に加入することで対応するのが望ましいと思われる。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑹−機械式駐車場の劣化と説明義務−
賃貸マンションの機械式駐車場の劣化について売主・媒介業者が説明義務を怠ったとする買主の主張が棄却された事例
(東京地判 令 4・3・29 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA03298012) 山本 正雄
賃貸マンションの買主が、附属設備である機械式駐車場の劣化の程度について、売主及び媒介業者が説明を怠ったとして、損害賠償を請求したが、説明義務違反はなかったとして棄却された事例。
1 事案の概要
平成27年11月、買主X(原告、宅建業者)は売主Y1(被告、宅建業者)から媒介業者 Y2(被告、宅建業者)を通じて、本件賃貸マンションを3億5000万円で購入した。
本物件は、平成7年に新築された地上3階建て全20戸の共同住宅で、附属設備として地上4段昇降横行式の機械式駐車場(収容台数 17台)が設置されていた。
Xは、物件の内見に先立って、駐車場の保守点検業務を請け負っていたA社から「機械式駐車装置 制御入替工事費用ご提案」とのタイトルで見積金額800万円と記載された見積書を入手していた。
また、Xは、物件内見の際に、Y2から「駐車場は近い将来リニューアルが必要となる。その費用は700万円程度が見込まれる」との説明を受けていた。
なお、売買契約時の重要事項説明では、「本件建物およびその設備ならびに什器・備品は経年劣化により老朽化・機能低下がみられます。または、これを原因として補修・修繕等が必要となり、その費用がかかる可能性があります。」などと記載されていたが、駐車場について特段の説明はなかった。
平成27年12月、駐車場の定期点検を行った A社は、部品等の交換が必要であるとの報告書を作成したが、「使用中止」や「部品交換しない場合の危険性」などの指摘はなかった。同月にA社の保守点検契約は終了した。平成28年2月、Xは、物件の管理業務をY2 に委託することとし、管理委託契約を締結した。Y2は駐車場の定期保守点検業者を選定しようとしたが、見つからないため、スポットでの点検をA社に依頼したが、A社はリニューアルか、部品交換をしない限り業務を請け負うことはできないとして依頼を断った。平成28年11月、駐車場の機械が動かなくな るトラブルが発生した。Y2はメンテナンス業者B社に依頼して復旧したため、保守点検業務をB社に委託した。Y2はXから駐車場のメンテナンス料を受領するようになった。平成29年3月、B社から「事故や連続故障 が発生する恐れがあるため、大規模な改修工事を行うまでは利用されないことをお勧めします」との報告書が提出された。その後、B社は、保守点検業務委託契約を解除し、保守
点検業務を行わないこととなった。
平成30年5月にB社の報告書の存在を知ったXは、駐車場の利用を中止し、さらに、同年11月頃、駐車場を解体した。
Xは、機械式駐車場の劣化についてY1及びY2は説明義務を怠り、損害を与えたとして、損害賠償請求訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
(売買契約当時の駐車場の状態)
Xは売買契約当時に、駐車場につき部品交換等が直ちになされなければ利用者に危険が生じる状態であった旨主張する。しかし、平成27年12月のA社の報告書によれば、部品交換が必要である旨の記載はあるが、使用中止という指摘はされておらず、部品交換がされなかった場合の危険性に関する指摘もない。売買契約から約1年4ヶ月後の平成29年3 月に作成されたB社の報告書は、売買契約時の駐車場の状況を直ちに示すものとはいえない。B社は平成28年11月に駐車場の緊急メンテナンスを実施しているが、その際に使用の継続について特に意見を述べたことを伺わせる証拠はなく、定期保守点検業務を受託して
いる。
その後、B社との業務委託契約解除後も、平成30年5月にXが駐車場の利用を中止するまで保守点検がされていなかったにもかかわらず利用が可能であったことも考慮すれば、 Xの主張を認めることはできないというべきである。
(Y1・Y2の説明義務違反の有無)
Y2は、契約に先立ち、見積もり書の内容を認識し、Xに、リニューアルが必要になり、費用は700万円程度が見込まれる旨の説明をしている。この説明は駐車場につき売主又は仲介業者が説明すべき内容として誤りないし不足があるものと認めることはできない。仮にリニューアル時期の見通しに甘い面があったとしても、Y1、Y2は機械式駐車場の専門業者ではなく、本件において駐車場の存在が重要視されていた事情も伺われないことなどから、見通しの甘さをもってY1、Y2の
説明義務違反を基礎づけるものとは認められない。
また、Y2において駐車場の定期保守点検業務を行っていないのに、Xから駐車場のメンテナンス料を受領し続けたことは、建物の管理業者として不適切であり、Xに業務が行われているものと誤信させる行為であったことは間違いないが、この行為を理由として本件売買契約時のY1、Y2の説明義務違反を認めることはできない。
3 まとめ
最近時、共同住宅の機械式駐車場の劣化・メンテナンスについて、利用者安全や保守点検コストの観点から話題となることが多い。機械式駐車場については、資産として税務上の耐用年数は15年とされているが、実際には、メンテナンス等を行っていれば、20年〜25年は使用可能な場合も多いと聞く。
本件では、20年前に設置された機械式駐車場について、事前にリニューアル等の説明が買主にあり、保守点検業者の報告等によれば利用者に危険が生じるような状態ではなかったとして、売主・媒介業者に説明義務違反はなかったとされた。保守点検の状況や将来見込み等について買主は不安等あれば、専門業者に直接照会すべきであったと思われる。
機械式駐車場の保守点検については、国土交通省が策定した「機械式駐車場設備の適切な維持管理に関する指針」等により、定期的な保守点検を専門事業者に行わせるなど、管理者が取り組むべき内容が示されている。
事業者におかれては、取引対象に機械式駐車場がある場合には、既知の関連情報を提供するとともに、必要に応じ、現状や改修見込み等について、買主から、保守点検業者等の専門家に直接照会するようアドバイスを行うことが望ましい。 (調査研究部次長)
最近の裁判例から
⑺−媒介業者の説明義務−
媒介業者の説明・告知義務違反により開発事業を断念したとする買主業者の損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 令 3・6・16 ウエストロー・ジャパン 2021WLJPCA06168008) 葉山 隆
開発事業用地の入札に応札してこれを買い受けた買主業者が、媒介業者は売買契約を締結するかどうかを決定付けるような重要な事項に係る知り得た事実について説明・告知する義務を怠ったため、その事業化を断念したとして、媒介業者にこれに伴う損害の賠償を求め、棄却された事例
1 事案の概要
平成29年7月、a市内に所有する隣接する 2か所の土地(物件Ⅰおよび物件Ⅱ、両者をあわせて本物件)の売却を検討していたAは、宅建業者Y(被告・媒介業者)にその媒介を依頼し、Yを窓口として、入札方式(本件入札)により購入希望者を募ることとした。
これを受けてYは、入札要綱書(本要綱)等を作成のうえ、X(原告・宅建業者)を含めた複数の宅建業者等にこれを配布した。本要綱には、以下の内容が記載されていた。
①物件Ⅰは現在建築基準法上の道路に接道しておらず、売主は道路に指定されるであろう別添図面(略)に記載した幅員を確保するが、道路指定を確約するものではない。
②売買契約締結後、買主の責任と負担により、本物件の開発行為の申請を行うこととし、売主はこれに協力する。
③Yが配布する資料は、情報提供を目的に作成したもので、正確性を保証するものではなく、購入希望者が自己の責任と負担で調査する必要がある。
同年9月、Xは本物件で開発事業を行う目
的で、Yの媒介によりAと本要綱記載内容と 同様の条件で本物件の売買契約(本契約)を締結し、翌年3月に本物件の引渡しを受け、 XはYに媒介報酬を支払うとともに、本物件の開発事業実施に向けた標識設置を行った。平成30年6月頃、Xは開発事業のコンサル ティング業務を依頼していたB社から、Xの開発計画では、これにより開設を予定している道路について、物件Ⅰ南側にあるA所有の共同住宅が斜線制限に抵触する可能性が高い旨の指摘を受けた。これを受けてXはAに対して、Xによる開発工事完了後に当該共同住宅の建替え・増築等を行う場合は、現在の建築基準法等関係法令に則って行うことを確認すること等を内容とする確認書への署名押印
を求めたが、Aはこれを拒否した。
令和元年6月、Xは予定していた開発計画による事業化を断念し、a市に開発事業計画廃止届を提出した。
同年12月、AがXの開発申請に協力することは、Xが本契約締結するか否かに関わる重要な事柄であったにもかかわらず、Aがこれを拒否する恐れがあることについて、Yは告知・説明する義務を怠ったとして、Xは本物件購入資金調達のための金融機関からの借入金の支払金利相当額2966万円余りの支払いを Yに対して求めて提訴した。
これに対してYは、係る説明義務はないとして、全面的に争った。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。
(Yの債務不履行・不法行為の有無について)本要綱の内容からすれば、本件入札におい
ては、入札参加者がその責任において調査して開発計画を立てることとされていたことが認められる。
これについてXは、Yが「売主は道路に指定されるであろう(中略)幅員を確保する」旨を本要綱に記載し、本契約においても「Xは本物件に開発許可を要する宅地造成を行うことを目的として本契約を締結したため、買主が本契約締結後に開発行為申請手続を行うことをAは承諾する」とされていたこと等からすれば、YはXに対して、Xの予定していた開発事業が実現可能であったことを示していたと主張する。
しかしながら、本要綱には、前記の記載に続けて「が、建築基準法上の道路指定を確約するものではな(い)」と記載され、さらに前記③の通り、購入希望者が自己の責任と負担において調査する必要がある旨が明記されていた。
そうすると、Aが売買対象である本物件に関して協力を約束したという限度を超え、売買対象でもない当該共同住宅に関して何らかの協力を約束したものと解することは困難である。また、本件入札では買主がその責任において調査をして開発計画を立てることになっていたのであり、Xが具体的な開発計画を立てた上で測量しなければ、当該共同住宅が斜線制限規制に抵触するか否かも分からない状況であったということができる。
(結論)
したがって、本契約締結時にXが主張するような同意・協力をする意思をAが表明して
いたとも、Yが、Xに対してAはその様な意思表明をしたと示したとも認められず、Xの請求は理由がなく、これを棄却する。
3 まとめ
本件は、買主の開発許可取得に売主が協力しない恐れがあることについて、媒介業者はその告知・説明義務を怠ったとする買主業者の請求が棄却された事例である。
たしかに、宅地建物取引業法及び同施行令において、媒介を行う宅建業者に対しては、重要事項説明において都市計画法に基づく制限についての説明義務が課されているが、特段の事情がない限り、どの様な計画であれば所管する行政庁から開発許可が取得できるのか、について調査するまでの義務が媒介業者に課されているとは考えられず、これは事業主が負うべきリスクの1つと考えられ、事業主は契約締結前に自らの責任で十分な調査を行う必要があるものと言えよう。
一方で、トラブル回避の観点からは、媒介業者としては、売主=買主間のリスクの分担について、売買当事者に契約締結までに十分理解してもらうようにする必要はあろう。
本事例同様、入札案件で紛争となったものとしては、売主は地歴調査しか行わないことが売買条件とされていたところ、その後の調査で土壌汚染が発覚したことから、買主が浄化費用等の支払いを売主に求め、棄却された事例(東京地判平29・5・19 RETIO113-124)も見られることから、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部主任研究員)
最近の裁判例から
⑻−隣室購入者情報の説明義務−
売主業者がマンション隣室購入者の情報を正しく告げないことは債務不履行等に当たるとした買主の主張が棄却された事例
(東京地判 令 4・5・25 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA05258024) 西崎 哲太郎
新築分譲マンションの契約時に、隣室購入者がヴァイオリン奏者であり、室内でヴァイオリンを演奏する前提で購入した事実を売買契約締結前に売主業者から説明を受けていないとして、買主が売買契約上の債務不履行による契約解除及び違約金支払いもしくは消費者契約法による取り消しを主張した事案において、その請求が棄却された事例
1 事案の概要
買主X(個人)は、令和元年8月31日、新築マンション分譲業者Yとの間で1503号室
(以下、本件建物という。)を5666万円で購入する売買契約を締結し、令和2年2月に入居した。
入居後、Xは以下を主張してYを訴えた。
[債務不履行による契約解除及び損害賠償]
Yは、Xに対し、本件売買契約の締結に先立ち、本件建物の隣室である1502号室(以下、本件隣室という。)の購入者Aが交響楽団のヴァイオリン奏者であって、本件隣室内でヴァイオリンを演奏する前提で購入した事実を Xに説明する信義則上の義務を負うにもかかわらずこれを怠った。その結果、Xをして、本来であれば締結しなかったはずの契約を締結させたことは本件売買契約上の債務不履行を構成する。
したがって、Yに対し、債務不履行を理由として本件売買契約を解除し、本件建物の既払売買代金の不当利得返還請求権を行使するとともに、本件売買契約書に基づき、Yの債
務不履行により本件売買契約が解除された場合の損害賠償額の予定額たる売買代金の20%
(1133万円)の支払を請求する。
[消費者契約法による取り消し]
①Yは、本件売買契約の締結を勧誘するに際し、消費者であるXに対し、②本件隣室購入者のAが一人暮らしの女性で普通の仕事をしているなどとXの利益となる旨を告げ、③かつ、Xの不利益となる事実に該当する「Aが交響楽団のヴァイオリン奏者であって本件隣室内でヴァイオリンを演奏する前提で本件隣室をYから購入した事実」を故意又は重大な過失によって告げなかった。④その結果、 Xは当該事実が存在しないとの誤認をし、それによってYとの間で本件売買契約を締結した。⑤したがって、Xは、消費者契約法4条 2項本文により、本件売買契約を取り消すことができる。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
[債務不履行について]
一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために、相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至った場合には、後に締結された契約は、当該説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって、当該説明義務をもって当該契約に基づいて生じた義務であるということは、それを契約上の本来的な債務というか付随義務
というかにかかわらず、一種の背理であるといわざるを得ないから、契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、当該一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該説明義務の違反が当該契約上の債務の不履行を構成することはないというべきである(最二判平成 23・4・22民集65-3-1405)。
そうすると、仮に、YがXの主張する前記事実をXに対して説明する信義則上の義務を負うとしても、これを怠った行為が本件売買契約上の債務不履行を構成することはない。
[消費者契約法による取り消しについて]
消費者契約法4条5項1号は、同条2項の
「重要事項」とは、消費者契約に係る「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」と定め、その「当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容」とは、その文言に照らすと、当該消費者契約の目的となるもの自体の属性を指すものと解される。
そうすると、本件売買契約に関しては、同号所定の「重要事項」は、本件売買契約の目的となる本件建物(専有部分)の「質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」をいうことになるところ、Xが「重要事項」に該当すると主張する「本件建物の近隣住民との間で生ずる騒音をめぐるトラブル」は、本件マンションの防音性能のみならず、当該近隣住民又はXが発する騒音の音量、頻度、時間帯等の態様や、
当該近隣住民又はXの音に関する感じ方、当該近隣住民とXとの間の騒音に関する交渉状況等の諸事情によって、その発生の有無が決まるものであって、本件建物自体の属性ではないから、本件建物の「質、用途その他の内容」に該当しないことは明らかであり、同号、同項所定の「重要事項」に該当せず、Xが消費者契約法4条2項本文により本件売買契約を取り消すことはできない。
3 まとめ
本判決では前提事実として、①元々Xが執拗にYに確認していたのは、それ以前の賃貸物件の経験から、隣室や上階の住人が騒々しい家族ではないか、変わった人ではないか、風俗営業店等に勤務する人ではないか等であり、これに対してYは、普通の勤務先に勤務する女性が一人で居住する予定である旨を回答したに過ぎない。②また、重要事項説明時に添付された本件マンションで設けられる予定の使用細則において、ピアノ等の楽器の演奏自体が禁止される旨の記載はされていなかったが、Xから特段、隣室購入者が楽器を演奏するような者であるか否かの質問はなかった。③更に、Xは証人尋問において、実際に隣室からヴァイオリンの音を聞いたことはないと証言しており、現実に受忍限度を超えるような状況でもなかった、ことなどが認められている。
本判決は、これらの事実関係から、Yが隣室購入者の情報をXに説明する信義則上の義務について否定し、Xが主張する債務不履行解除や消費者契約法による契約取消しの請求を判旨の理由により棄却したものと思われる。
(調査研究部上席調整役)