FAQ 53
令和 4 年度文化庁委託事業「芸術家等実務研修会」
劇場・音楽堂等契約実務ガイドブック
公益社団法人 全国公立文化施設協会
はじめに
「○月○日、できますか?ではよろしく」の電話やメールだけで、地元アーティストや外部スタッフへの依頼を済ませていませんか?
何事もなければ問題は起きません。しかし後になって、報酬の額が思っていたのと違う・業務内容が想定外であったなどの苦情がくる、あるいは発注者である劇場・音楽堂の側から見て、依頼に対する不誠実な態度に不満をおぼえるなど、行き違いが起きることは少なくありません。
こうした行き違いの要因のひとつは、業務内容や報酬、万が一の時の対応などについて、事前に協議していないことにあります。もともと、劇場・音楽堂等が関わる文化芸術の世界では、依頼の前提に相互の信頼関係をもとにしており、業務内容や技術レベルも一律でないことから、なんとなくの口約束でものごとを進める傾向がありました。しかし、この「なあなあ」な業界慣習のなかで新型コロナウイルス感染症による相次ぐ公演中止という不測の事態が発生した結果、費用支払いなどで現場に大きな混乱が生じたのは皆さんが経験したとおりです。
これらの混乱に加え、以前から高まっていたフリーランス保護の動き、映像配信や国際展開の広がりに伴う文化芸術分野での契約の重要性の増大などを背景に、文化庁では令和 3 (2021)年 9 月から「文化芸術分野の適正な契
約関係構築に向けた検討会議」を開催し、令和 4 (2022)年 7 月に「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」を示したところです。
このガイドラインでは、公演・創造活動等において「発注者」「受注者」の立場を明確にして、発注者が事前に業務内容、報酬額、支払い時期等を明示し受注者と調整することで、受注者である芸術家等が不利な条件のもとで業務に従事することがないよう、適正な関係性が構築されることを目指しています。
これは一方で、劇場・音楽堂等の立場を守るものでもあります。例えば、感染症のみならず自然災害や不慮の事故など不測の事態への対応、新たに大きな市場となりつつあるライブ配信等での権利関係、インターネット社会における守秘義務の厳守など、芸術家等の側と事前に調整し契約書にしておくことで後々のトラブルを回避できるなど、メリットは多々あります。
本書は、以上のような観点から、劇場・音楽堂等の立場にたって、このガイドラインのポイントをまとめたものです。契約は面倒ではありますが、業界の近代化、ひいては我が国の持続可能な文化芸術活動実現にも役立つものです。ぜひ、本書を参考にして、芸術家等とよりよい関係を築いていただければと思います。
(公益社団法人全国公立文化施設協会)
目 次
契約入門編
………………………………………………………… 3
1 .契約とは何か 3
(1)契約とは 3
(2)文化・芸術・メディアに関わる様々な契約 3
契約タイプ① 既存の作品等の「利用」の契約(≑ライセンス契約) 3
契約タイプ② 出演等の「業務委託」の契約 4
契約タイプ③ 新たな作品等の「制作委託」の契約 4
契約タイプ④ 共同でおこなう「事業」の契約 5
契約タイプ⑤ 「資金」の調達に関する契約 5
契約タイプ⑥ その他 5
(3)契約と法律の違い 5
(4)契約を守らないとどうなるか 6
① 履行の強制 6
② 損害賠償 7
③ 解除・解約 7
(5)口約束でも契約は成立するか 8
(6)契約書を作るメリットとデメリット 9
① 契約書のメリット 9
② 契約書のデメリット 11
2 .契約書入門 12
(1)契約書のタイトル 12
① タイトルに関するあれこれ 12
② 仮契約は存在しない 13
(2)契約書の形式 14
① 双方が署名捺印する形式 14
② 差入形式(当事者の一方のみが署名する形式) 14
③ 発注書・受注書(請書)形式 15
④ 昨今増えている電子契約形式 15
(3)契約書用語の基礎解説 16
① 当事者/第三者 16
② 及び/並びに/かつ⇔若しくは/又は/ないし 17
③ 故意/過失/「責に帰すべき事由」 17
④ 不可抗力/「やむを得ない事由」 17
⑤ 催告/解除・解約 18
⑥ 契約期間/更新条項 18
(4)書面と印鑑の基礎知識 19
① 書面を何通つくるか 19
② 署名と記名・捺印 19
③ 捨印、契印 19
④ 印紙 20
3 .契約の黄金則 21
(1)契約書は読むためにある 21
(2)「明確」で「網羅的」か 22
(3)契約書はコスト。コストパフォーマンスの意識をもつ 22
契約各論編
……………………………………………………………24 契約例 1 :個人スタッフ・クリエイターへの業務委託契約
(主催者として発注する場合) 24
契約例 2 :出演契約(主催者として出演依頼する場合) 37
契約例 3 :市民ワークショップ参加同意書
(主催者として参加を募る場合) 48
FAQ 53
文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン
(検討のまとめ) 69
執筆:骨董通り法律事務所
契約入門編
1 .契約とは何か
(1)契約とは
まず、契約とは何でしょうか。業務委託契約、出演契約といった名前が思い浮かぶかもしれませんが、契約とはそういった(実務上)「~契約」と名前がつけられているものには限りません。
契約とは、権利義務に関する当事者間の合意をいいます。なにかを買う、サービスを受けるといったことがらに関し、当事者の意思の合致があれば契約が成立します。
実は日常に契約はあふれており、例えば、家の賃貸、日用品の購入、レストラン等での飲食、電車やバスの利用、郵便や宅配便の利用、家具や家電の修理依頼、携帯やPCでのアプリ・ソフトウェアの利用、SNSの利用、病院の受診、マラソン大会への参加、ジムの利用などでは、通常契約が成立しています。なかには黙示の合意で契約が成立しているものもあります。
会社や団体も同様に、活動をしていく上で、色々な場面で契約をしているでしょう。このように契約は様々ありますが、特に文化・芸術・メディアに関わる契約になにがあるか、みていきます。
(2)文化・芸術・メディアに関わる様々な契約
それでは、このうち文化・芸術・メディアにかかわる様々な契約のタイプを紹介しましょう。こうした契約タイプについては必ずしも全てを暗記する必要などはありませんが、同種のタイプの契約においては概ねその注意点やポイントが共通するため、自分が取り交わそうとしている契約がどのタイプかを意識しておくことは、実務においていつでも有益です。
契約タイプ① 既存の作品等の「利用」の契約(≑ライセンス契約)
まずは既存の作品や成果物の「利用」のための契約です。小説・マンガの出版、音楽や戯曲の演奏・上演、音楽・映像の配信、映画・TV番組の配給・放送、原作の二次作品化、デザイン・キャラクターの商品化
などがこのタイプに該当します。
舞台制作においても「既に存在する戯曲の上演許可をもらう」「既存楽曲の舞台上での演奏許可をもらう」「既存の振付についての使用許可をもらう」など、頻出の契約タイプの一つといえるでしょう。
※なお、こうした利用のための契約はライセンス契約などと呼ばれることもありますが、これと似て非なる契約タイプとして、著作権等の
「譲渡」の契約があります。既存の作品/情報の「利用」にあたっては、単に権利者(著作権者など)から利用許諾(ライセンス)を得るのみであるのか、それを超えて権利自体の譲渡を受けるのかは、法的には大きく異なるため注意が必要です。
契約タイプ② 出演等の「業務委託」の契約
これは端的にいえば、誰かに何かをやってもらう(役務の提供を受ける)ための契約です。俳優・ミュージシャンの出演契約、各種スタッフとの契約(デザイン、物品制作、搬入搬出、オペレーション等)、演劇・ダンスの公演委託などがこのタイプに該当します。本ガイドブック後半のひな型例でもこのタイプの契約が登場します。
舞台制作においても「現地主催者がカンパニーの公演を“買う”」「演出家に舞台の演出を依頼する」「俳優に出演を依頼する」「音楽家に舞台上での演奏を依頼する」など、これもまた頻出の契約タイプの一つといえるでしょう。
契約タイプ③ 新たな作品等の「制作委託」の契約
これはまさに新たな作品や成果物の制作を依頼するための契約であり、映像や舞台美術の制作委託、新作音楽や戯曲の委嘱、アプリの開発委託などがこのタイプに該当します。また新たに制作された作品/成果物については、その利用許諾とセットになることも多いと考えられ、いわば上記①+②が組み合わさった契約のイメージともいえるかもしれません。たとえば、「ある舞台のために新作戯曲の制作を依頼する、そして完 成した戯曲を上演のために利用する許可をもらう」などが考えられるで
しょう。
契約タイプ④ 共同でおこなう「事業」の契約
これは映像の共同製作、イベントの共催、さまざまな共同開発などがこのタイプに該当します。なお類似のものとして、協賛契約、提携契約なども存在します。
契約タイプ⑤ 「資金」の調達に関する契約
公演や事業などを行う上では資金の調達が必要になるケースも多いと思いますが、その場合のローン、出資契約、協賛・スポンサー・助成契約などがこのタイプに該当します。
契約タイプ⑥ その他
上記①~⑤以外にも、いわゆる事務所の専属契約・マネジメント契約、作品・施設・機材などのレンタル契約、保険契約、市民参加ワークショップなどの参加規約(本ガイドブック後半のひな型例でも登場します)、ちょっと切り口が変わりますが利用規約(チケットプレイガイド、 YouTubeほか各種プラットフォーム)、応募要項など、文化・芸術・メディアに関わる契約としては、様々なタイプのものが登場することになります。
(3)契約と法律の違い
さて、上記(2)において様々な契約タイプを紹介しましたが、ここではよく契約と並べて語られる「法律」との違いについて少し説明することで、契約に関する理解を深めていければと思います。
まず法律とは、端的にいえば、「国が国会で定めるルール」であり1、たとえば、民法、商法、刑法、著作権法など様々な法律が存在します。いわば法律は「万人に適用されるルール」として存在するのに対し、 契約とは「、その約束をした個人間にだけ適用されるルール」といえます。たとえば、契約で取り決めなかった約束の細かい部分は法律により補 われることになります。一部の例外を除き2、ほとんどのケースでは法
1 ちなみに法律に基づいて内閣が決める準則が政令、各大臣が決めるのが府省令、さらに地方自治体が決めるものが条例となり、こうしたルールを総称して「法令」といいます。
律と異なるルールを契約において定めた場合には、契約が優先されます。つまり、当事者は自由に契約を結べるだけではなく、契約で何を取り決めるかも自由であり、このことを「契約自由の原則」とか「私的自治」などといいます。
いわば、法律というルールが前提として存在し、そのルールで決められている原則を変えたいときにこそ、契約の出番といえるでしょう(ただし、脚注 2 で述べた強行法規に反する取り決めは無効です)。あるいは業界の慣習やローカルルールを変えたいときこそ、契約でその変えたい内容をしっかり取り決めておくことが重要といえます。
(4)契約を守らないとどうなるか
ここでは契約を結んだものの、契約当事者がその内容を守らなかった場合にどういった効果が生じるかについて説明します。
① 履行の強制
第一は履行の強制です。契約を結べば法的な権利・義務が生じるため、いよいよとなったら国家の力を借りてでも契約を守らせることができます。
たとえば、Y劇団に12月10日までの間、X劇場をレンタルしたとします。しかし、12月10日を過ぎてもY劇団がX劇場に物を置き続け、明け渡しません。こんなとき劇場管理者側からは裁判所の力を借りて、強制的にでも契約に従いX劇場を明け渡せということができます。これを強制執行といいます。
つまり、契約を守らないとどうなるかではなく、「契約は守らなければならない」のが原則といえるでしょう。
2 法律の中には例外的に、個別の契約より法律の規定が優先するという「強行法規」というものが存在します。たとえば、労働基準法や下請法、消費者契約法のような相対的な弱者を守るための法律の条文には、こうした強行法規が存在することも多いでしょう。
② 損害賠償
第二として契約に違反した場合には、相手方の契約違反により生じた損害について損害賠償を請求できます。
たとえば上の例でいえば、劇場管理者が劇団に対し、明渡しを求めている間、次に予約をしていた他団体がX劇場を使えずその団体に劇場利用料の払戻しを行ったとします。劇場管理者が他の団体に払い戻した劇場使用料は、Y劇団の明渡しが適切に履行されていれば劇場管理者が得ていたものであるため、損害賠償としてY劇団に請求することができます。また、これにより次に予約をしていた他団体の公演が中止となり、この損害を劇場管理者が負担せざるを得なかった場合は、この負担分についても同じくY劇団に損害賠償請求することもあり得るでしょう。
なお、この場合の損害とは実際に生じた損害3のことを言います。よく「契約違反されたペナルティとして、損害の 2 倍を請求したい」といった相談を受けることがあります。気持ちはわかりますが、最初の契約にそういった特約でもない限りは、日本法では発生した損害以上の請求は難しいですね。また、日本では契約上の義務を果たさなかったり、損害賠償の義務を果たさなかったりしても、それだけで逮捕されたり刑事罰を科せられる(罪になる)ことはありません。契約違反はあくまで民事上の問題であり「、契約違反罪」などというものは存在しないわけですね。
③ 解除・解約
第三として契約違反があった場合、契約違反をされた側としてはその契約を解除・解約することができます。
たとえば、公演を行うために、11月 1 日から12月10日までX会社と器
材のレンタル契約をしたとします。ところが、11月 1 日になってもレンタルした器材が準備されず全く見込みも立たないとのことで、急遽別の Y会社と12月10日までのレンタル契約をしました。そうしたところ、11月10日頃になってようやくX会社が器材を搬入しようとしてきた場合、
3 ここでいう実際に生じた損害には、現実に余計な出費をしたものに限らず、契約の不履行がなければ得られたはずの利益(逸失利益)を含みます。
主催者としては11月10日以降のX会社のレンタル代とY会社のレンタル代を二重で支払わなければならない危険が生じます。そこで、主催者側としては、Y会社の器材を確保できた時点でX会社に関するレンタル契約をなかったことにしたい(解除したい)というわけです。
ここで注意が必要なのは、契約違反が存在したからといって、通常その契約は自動的に消えることはないということです。原則としては、まず「履行の催告」(18頁)というものを行い、相当期間待ってもなお相手が契約を履行しない場合に、契約の解除を通知することではじめて契約がなかったことになるという仕組みです4。
(5)口約束でも契約は成立するか
契約に関して学ぼうと思った際に、必ず出会う問いの一つがこの「口約束でも契約は成立するか」です。契約とは契約書を交わして初めて成立すると考えている(思い込んでいる)人も少なくないように思われますが、実際には当事者の合意があれば、口約束でも契約は成立するのが原則です5。たとえば、かつて「ディズニー・ワールド・オン・アイス」事件とい う、契約をめぐる裁判がありました。この事例では、契約書面は存在したのですが、そこに当事者の署名や捺印はされませんでした(忘れたのですね)。通常、未署名・未捺印の場合、「契約書が存在する」とはいえません。しかし、裁判所は、互いに記名捺印寸前の契約書面を確認して
「これで結構です」と確認していた事実をもって、当事者間の明確な合意はあったとして契約は成立したと認めました。すなわち、口頭でも契約は成立すると認めたことになります。
実際に2020年 4 月 1 日から改正法が施行された民法第522条 2 項においても「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と定められており、書面がなくとも(口約束でも)契約が成立することは疑いありません。
4 契約の性質等から特定の日時に履行をしなければ目的を達成できない場合は、催告なく解除できるといった例外もあります。
5 ただし、保証契約のように、一部例外的に法律により書面作成が求められる契約類型も存在します。
(6)契約書を作るメリットとデメリット
① 契約書のメリット
以上のとおり、口約束でも契約は成立するとすれば、なぜ我々は契約書を作るのでしょうか。まずは契約書の役割・メリット(目的)を見ていきましょう。
(ⅰ)後日の証拠
まず比較的思いつきやすいところとして、契約書には後日の証拠という機能があります。いわゆる「言った言わない」にならないようにするということです。いくら口頭で合意があったとしても、あとからその内容につき争いになった場合に、口約束のみでは客観的に証明することは困難です。そのため、契約書という形にして備えておくことが重要です。なお、争いにならないためと説明すると、「今回は信頼できる相手で あり、嘘をつくようなことはないから契約書がなくても問題ない」と思う方もいるかもしれません。しかし、重要なポイントは人間の認識や記憶というものは実に曖昧だということです。同じことを見聞きしたとしても、時間の経過と共に互いの記憶が大きく食い違っていくことも少なくありません。互いに自分の認識が真実であると心底信じた上で争いになる恐れがあることを踏まえると、やはり後日の証拠として書面化して
おくことは重要といえるでしょう。
(ⅱ)背中を押す・腹をくくる
ビジネス上の取引は、あるとき突然にゼロから合意に至るものではありません。大抵は「こんな感じでやりたいと思っていて」「それならこんなことがあり得て」など、カジュアルな話から段々と具体的になるわけですが、どこからが確定的な約束(いわば後戻りできない地点)なのか、双方の理解・認識がずれることがあり得ます。
こんなときに「ではそろそろ契約書を交わしましょうか」と言えば、少なくとも契約書を交わしてからは確定的な約束だなと予測がつきます。このように契約書は、カジュアルなやり取りから後戻りなしの確定的な約束へと、ステージを引き上げて線を引く機能があるともいえるでしょう。
(ⅲ)手続き上の必要
「手続」として契約書が必要となることもあります。特に国や自治体の助成事業や委託事業などの場合、証憑として書面が必要となるケースも多いかと思います。
こうした「手続」のために契約書が必要であるとなると、当事者は形式的に結んでいるだけという意識から、その内容に無頓着になりがちです。しかし、いくら当時の担当者同士があくまで形式的と思って交わした契約書であっても、たとえば 1 年後、 2 年後に何か問題になったときに、参照されるのはその契約書です。そのときの担当者に聞いても、既に記憶が曖昧であったり、そもそも担当者が既にその組織からいなくなったりしていることもあり得ます。あくまで「手続」のための契約書だとしても、内容の重要性はその他の場合と変わりませんので、この点は十分に注意していただければと思います。
(ⅳ)意識のズレ、見落としの発見
契約書の機能として重要なものの一つが、交渉もれのポイントがないか等を確認できるというチェックリストとしての機能です。口頭で合意する際に大切なことは全て話し合ったつもりであっても、実際には検討・協議すべき事項が漏れてしまうことも少なくなく、そうした見落としを防ぐためにも契約書は有効です。
さらに契約書という客観的な文章にすることで、実は相手方はそんなことを考えていたのかと気づくこともありますし、あの言葉はそういう意味だったのかと自らの勘違いに気づくこともあります。このように契約書は互いの意識のズレを発見する機能も有しているといえるでしょう。
まだまだ現場においては、「契約書を取り交わさない方が信頼関係上望ましい」といった習慣が残っているという話を聞くことも少なくありませんが、むしろ契約書を通じて双方が積極的にコミュニケーションをとることで、こうした意識のズレや見落としを防ぎ、確固たる共通認識をもって事業等を進めていけるという側面もあるでしょう。信頼関係の
反対語が契約書ではなく、いわば信頼関係を構築していくためにこそ契約書は重要であるともいえるかもしれません。
② 契約書のデメリット
以上のように契約書には様々なメリットが存在します。それでは契約書を作成することでのデメリットはあるのでしょうか。
おそらく契約書の最大のデメリットは様々なコストがかかることです。
たとえば、自身で契約書を作ることは(特に慣れていない方の場合)かなり時間がかかります。一から作らなくとも相手方からでてきた契約書を読んで理解するだけでも一苦労、という方も多いでしょう。
では、そうした時間を削減するべく、弁護士などに相談して、契約書を作ってもらったり、チェックしてもらったりなどすれば、それはそれで費用がかかります。
さらには、契約書の長所の一つは「いざというときの対処法」を事前に決めておける点にありますが、それはつまり「起こらないかもしれない不測の事態について事前に協議する」ことを意味します。不測の事態とは往々にしてどちらかは損害を被らざるを得ないような厳しい状況
(公演中止の場合の費用負担など)を想定しますから、そうした話を真剣にすれば、それなりに緊張感が漂いますし、少し関係がギクシャクすることもあるかもしれません。
以上は全て「コスト」といえようかと思います。時間、費用、少し犠牲になるかもしれない人間関係もコストという訳です。
たまにあらゆる世の中の約束、特にビジネス上の合意は全て契約書にする方がよいと受け取れるような記載を見ます。が、ビジネス上の大小の合意は無数にあって、そもそもそんなことは不可能ですし、おそらく望ましくさえありません6。上記のコストを、契約書を作成する各種メリットが上回る場合に、契約書を作成すべきです。例えば「いつもの相手への小規模な依頼だから、今回はメールで条件を確認すれば十分」というように、コストとメリットのバランスを見極めることが重要です。
また、時間や費用といったコストについては、契約担当者が契約に関する知見を深めることで減らすことができるでしょうし、人間関係についても説明の仕方などを一定程度工夫することでそのコストを減らすことも可能でしょう。契約書のデメリットを減少させるためにも、契約書に関する知見を深めることは重要といえそうです。
2 .契約書入門
(1)契約書のタイトル
ここからは、いよいよ契約書の基礎的な知識につき少し説明していければと思います。まずは、契約書のタイトルからです。
① タイトルに関するあれこれ
契約書的な文書には、よく見ると実に様々なタイトルがついています。「契約書」「合意書」「協定書」「確認書」「覚書」「規約」「約款」などです。これだけたくさんあると、どれか適切なタイトルを選ばなくてはならない気がしてきますが、基本的にタイトルによって違いはありません。言ってしまえばタイトルはどれでも構いません。
とはいえ、タイトルによりある程度のニュアンスというものはあります。「今回は契約書ではなく覚書で」といわれると、詳しい長文ではなくて、短い簡潔な内容の文書というニュアンスがあるように思います。ただし、これはあくまで一般的なニュアンスであり、覚書というタイトルで長文の書面を作ってもよいですし、契約書というタイトルで 1 枚の箇条書きの書面を作ったって構いません。
「規約」や「約款」というと、団体が一方的に取り決めたものを多くの個人が同意するものといったニュアンスがあるように思いますが、こ
6 冒頭に上げた日常生活における契約の例で、レストランや日常の買い物でいちいち契約書は作成しない一方、高額の売買(高額な美術品、不動産、車など)では契約書を作成することが多いでしょう。これも契約書のメリットとコスト意識の表れといえます。また、ウェブサービスやアプリ、各種大会への参加などは利用者・参加者が利用規約に同意する方式がとられることが多いです。これは、多くの利用者・参加者と画一的な契約をする工夫といえます(定型約款と呼ばれます)。
れについても数人の当事者間の取り決めを規約と呼ぶこともあり絶対ではありません。
なお、具体的に内容を示すような言葉をタイトルに加えることも一般的です。単なる「契約書」ではなく「業務委託契約書」とあれば、おそらくなんらかの業務をお願いするための契約書であると予想はつきますし、「公演制作委託契約書」とあれば、おそらく劇団やカンパニーに対して公演制作を委託するためのものだろうと予想はつきます。したがって、契約書の具体的なタイトルは、できるだけ実態を反映したものにすべきことは当然といえるでしょう。
ただし、これも絶対ではありません。タイトルは内容への予測可能性は与えますが、ある意味その程度の機能しかないといってもよいかもしれません。「公演制作委託契約」というタイトルでありながら、実際はカンパニー側にも出資を求める、いわば共催契約のような内容かもしれませんし、仮にタイトルと内容が嚙み合っていなくとも通常は契約の効力に問題はありません7。あくまでタイトルではなく契約書の中身をしっかり確認することが何より重要です。
② 仮契約は存在しない
タイトルに関連して一つ注意ポイントとして、世の中には「仮契約」というニュアンスの言葉が存在します。「いったん本契約の前に仮契約を交わしておきましょうか」といった感じで使われるものです。
また英文契約においても「ディールメモ」という言葉があり、これは詳細な本契約の前に取引の基本を定めた短い覚書のようなものを表します。この英文のディールメモも日本語では「仮契約」と訳されることがあります。
長文の本契約の前に、まずは基本的なところだけ短い文書を交わすという仕組み自体はなんら問題ありませんが、仮契約だから法的拘束力のない、まさに言葉どおり「仮」のものであり、あとからどうにでもなる
7 あまりにタイトルが中身と食い違っていると、詐欺などが成立することはあるかもしれません。
ものと理解してしまうと大問題です。
もちろん内容によっては、本当に「法的拘束力がない」と明記して作成することもあり得ますが、たいていは単に取引の基本的な事項を先に合意する内容であり、立派に法的拘束力のある文書として取り交わされることがほとんどです。こうした文書を「仮契約」というニュアンスに惑わされて、内容をよく吟味せずにサインしてしまわないように気を付けることが重要です。
いずれにしても、あくまでタイトルは参考程度にすぎず重要なのは契約書の中身であることを覚えておいてください。
(2)契約書の形式
① 双方が署名捺印する形式
契約書の形式についても様々なものがありますが、まず思い浮かべやすいものは紙の契約書に双方が署名捺印する形でしょうか。スタンダードな形式といえ、出演契約や(ある程度の額の)業務委託契約などは、この形式で締結することが多いかと思います。
② 差入形式(当事者の一方のみが署名する形式)
当事者の一方しか署名捺印しない契約書を、差入形式と呼びます。 たとえば、施設などを利用する際や何らかのサービスを受ける際など
に、同意事項がいくつか記載してある書面がでてきて「以上に同意します」という文言と共にサインをして、施設やサービス提供者側に渡すことなどがあるでしょう。あれが差入形式のものです。また各種Webサービスを利用する際に、ほぼ確実に同意させられる利用規約なども差入形式の一つといってよいかと思います。
差入形式の場合、受け取る場合は署名捺印をしないケースが大半ですが、自ら作成して差入れさせている訳であり、差し入れた側だけでなく差し入れられた側にとっても、基本的に法的拘束力が生じるでしょう。契約書の一つとして機能することになります。
③ 発注書・受注書(請書)形式
契約は当事者の合意により成立するものである以上、発注書は一方的に発注内容を記載しただけですので、発注書を出しただけでは契約は成立しません。もっとも、発注書をうけた側がそのとおり受注する旨の書面(受注書や請書といいます)を出した場合や、あるいは発注書の内容を確認した上で異議なく発注書記載の業務を開始した段階で、発注書の内容に合意した(契約が成立した)と判断されるケースは多いでしょう。このようなケースでは発注書は契約内容を記載した書面として機能す
ることになるといってよいでしょう。
また、受注者側から見積書を受け取り、このとおりの内容で進めてほしい旨の意思が発注書などで示される場合もあるかもしれません。この場合、見積書と発注書の内容が一致していれば、その段階で契約成立と判断されるケースもあり得ます。
なお、団体によっては、契約金額により、①双方が署名捺印する形式、③発注書・受注書(請書)による契約を使い分けているところもあるかと思いますが、法的にはいくら以上であればどの形式といった決まりはありません。また、発注書形式といっても、そこに必要十分な契約条件が記載されている例もあれば、ごく簡易な記載しかない場合もあり、発注書形式であるからラフな契約と一概に言えるものではありません。
④ 昨今増えている電子契約形式
テクノロジーの進歩やコロナ禍によるリモートワークの広がりも相まって、クラウドサイン等の電子契約サービスを用いた契約書の締結や、単に署名捺印した契約書のPDFを電子的に取り交わすことで契約書の締結に替えるような例も増えてきています。
前述のとおり、そもそも契約自体は口約束でも成立しますし、原則として特定の決められた形式をとることも必要ありません。したがって、契約書をどういう形式で取り交わすかは、改ざんの恐れがあるか、本当に契約当事者が署名捺印したものといえるかといった証拠価値の問題に
過ぎず、原則として電子契約形式であるからとって契約自体の有効性には影響はありません。そのため、どういった契約タイプであれば電子契約にしてもよい(悪い)、ということは基本的にありません。
現行法においては電子契約形式にすることで後述する印紙代を節約できる場合があるといったメリットもあり、証拠価値との兼ね合いではありますが、電子契約で契約書を取り交わすということも十分選択肢としてあり得るといえるでしょう。
(3)契約書用語の基礎解説
それでは次に、契約書に使われる主な用語について少し解説していきます。
① 当事者/第三者
契約書では冒頭に、たいてい当事者の名称が記載されます。契約における当事者とはつまりその契約内容につき合意した当人です。また契約当事者は契約書末尾に署名捺印をすることが一般的です。
これに対し、契約書内に「当事者」以外の個人や団体が登場するとき、その個人や団体のことを「第三者」といいます。契約は「当事者」しか拘束せず「第三者」は拘束しないのが大原則です。仮に契約書内に「第三者の権利や義務」が記載されていたとしても、契約当事者でない第三者にとって何ら拘束力はありません。したがって、第三者に何らかの行為を義務付けることが、その契約にとって非常に重要であるような場合には、第三者にも契約書に署名捺印させることで契約当事者になってもらうといった工夫をする必要があります。
なお日本においては当事者につき冒頭で「甲」「乙」「丙」といった略称を設定し、その後に続く条文では、「甲は」「乙は」という略称を用いることが多いかと思います。もっとも無理して甲、乙、丙などを使う必要はなく、(以下「劇作家」という)(以下「劇団」という)といった形で、誰かをイメージしやすい略称にしても構いません8。
8 なお、甲、乙、丙のあとは、丁、戊、己、庚、申、壬、癸と続いていきます。
② 及び/並びに/かつ⇔若しくは/又は/ないし
次は契約書における接続詞についてです。契約書をご覧いただくと大抵は「及び/並びに/かつ」あるいは「若しくは/又は/ないし」といった言葉が登場します。これは前者が「AND」の意味、後者が「OR」の意味です9。
なお、「AとBとCとDのどれも」とか、「AとBとCとDのうちのどれか一つ」というように、三つ以上のものをつなげたい場合には、「A、B、 C及びD」「A、B、C又はD」というように最後のペアにだけ接続詞を使って表現します。
③ 故意/過失/「責に帰すべき事由」
契約書にはときに難解な専門用語が出てきます。その一つが「責に帰すべき事由」でしょう。「せめにきすべきじゆう」と読みます。
これはその当事者に責められるべき事由がある、すなわち「故意」あるいは「過失」があることに近い意味です。「故意」とは、その当事者が何かをわざとすることをいいます。他方、「過失」とは、わざとではないが何らかの落ち度があってそうなったことをいいます。たとえば、公演の日に俳優がわざと出演しなかった場合には「故意による不出演」になりますし、俳優が公演に向かう途中に無謀な運転で事故を起こしてしまい出演が不可能になったような場合には、おそらく「過失による不出演」ということになるでしょう。
④ 不可抗力/「やむを得ない事由」
上記とよく似た文脈で登場するのが「不可抗力」という言葉です。基本的にこれは契約当事者のどちらにも「故意」「過失」がない、すなわち「責に帰すべき事由」がない場合と捉えておけばよいでしょう。
また「やむを得ない事由」についても、概ね不可抗力と同様の意味として捉えておけばよいかと思います。
9 ただし「ないし」については、「第 1 項ないし第 4 項」といった使われ方の場合、「第 1 項から第 4 項まで」といった使われ方になるため注意が必要です。
⑤ 催告/解除・解約
解除や解約についての条文も、契約書のタイプを問わず頻出となります。前述 1 ( 4 )③解除・解約( 7 頁)において、相手が契約違反をした場合には、まず履行の「催告」というものを行い、相当な期間待ってもなお相手が契約を履行しない場合に契約を解除できると記載しました。これは法律(民法)による原則です。つまり、解除・解約について特別な合意がなく、契約書に何も記載がない場合には、解除を行うためには「催告」が必要となるのが原則です。
他方、契約書に解除・解約についての特別の記載があれば原則として契約書の規定が優先されます。したがって、たとえば「甲は、〇〇の事由がある時は催告を行うことなく、いつでも乙に通知することで、この契約を解約することができる。」などという規定をおくこともできます。実際の契約書においては、解除・解約はどういった場合にできるとさ れているのか、また一方的に解約ができると定められているような場合には、その場合の報酬の扱いやキャンセル料はどうなるのかなどを確認
しておくことも重要といえるでしょう。
⑥ 契約期間/更新条項
上記で中途解約の話をしましたが、これはつまり契約を途中で終わらせてしまうことであり、契約に一定の期間や過程があることが前提とされています。
この契約期間は、たとえば「本契約は〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで有効に存続します」といった形で始期と終期が定められる場合もありますし、「本契約の締結日から〇年間有効に存続します」というように、締結から確定期間続くという定め方もあります。
また契約期間には「自動更新条項」というものが定められることも少なくありません。「本契約期間満了の〇ヶ月前までにいずれの当事者からも書面により反対の意思が通知されない限り、本契約は同一条件にてさらに〇年間更新され、以後も同様とする」といった内容です。通常は、期間が満了すれば契約は自動的に終わりますが、この規定があると、一
方が期限までに「やめます」という通知を送らない限り、契約はまた〇年間続くことになります。
仮に契約を続けたくない事情があれば、こうした自動更新条項が設定されているか、その内容はどうなっているかなどを確認することも重要です。
(4)書面と印鑑の基礎知識
① 書面を何通つくるか
これは電子契約形式ではなく紙形式の場合の話ではありますが、通常は契約当事者の数だけ契約書を作成し、当事者がそれぞれ署名捺印をし、原本を一通ずつ保管するということが考えられます。ただし、契約書の通数をどうするかは基本的に当事者の自由であり、一通だけ原本を作成し、一方の当事者が原本を保管、もう一方はそのコピーを持つという方法がとられることなどもあります(後述の印紙代にも関係し得ます)。
② 署名と記名・捺印
上記では署名捺印と記載しましたが、契約書へのサインは一般的には二通りの方法があります。ひとつは「署名」で、当事者が自ら手書きで名前を書く方法です。もうひとつは「記名・捺印」といって、タイピングやゴム印などで当事者の手書き以外の方法で名前を記載し(第三者の手書きもここに含みます)、そこに当事者が捺印をするという方法です。原則として、このようにサインしなければ契約書は無効になるといったことはありません。が、この二通りの方法のいずれかでサインされている場合、契約書はたしかに「その本人が作成した」と裁判で認められやすくなる規定があり、二通りのいずれかの形が取られることが多いのですね。
③ 捨印、契印
次に細かいですが、契約書への捺印の種類としては「捨印」というものも存在します。契約書に誤字・脱字などがあった場合において、一般的な訂正方法としては間違った箇所を二重線で消して、傍に訂正・追加
したい文字を記載し、欄外に「何字削除、何字追加」などと記載した上で、印鑑(訂正印)を押すという方法がとられます。この訂正印を、あらかじめ欄外に押させておくのが「捨印」ということになります。
「捨印」があれば、確かに訂正が生じた際には、わざわざ訂正印を貰わなくても修正を行うことができます。その意味で、契約書を預かる側からすると楽な方法ですが、いわば捨印を悪用して記載内容をどうにでも変更できるということをも意味します(その記載変更が合意に基づくものか、争わなくてはなりません)。よって、捨印を求められた際には、果たして押すことが妥当な契約書かどうか、十分に注意が必要です。
また「契印」という言葉も存在します。これは複数のページにまたがる契約書において、ページとページにまたがって末尾に押したものと同じ印鑑を押すことで、契約書の改ざん(ページの差替えなど)を防止するためのものになります。
そのほか「割印」といって、複数の文書の関連性を示すために、複数の文書にまたがって印鑑を押すこともあります。これも法的に必須のものではありませんが、例えば、契約書の原本と写しの整合性を確認したことを表す意味で、原本と写しにまたがって押されることなどがあります。
④ 印紙
最後に「印紙」のお話です。あるいくつかの決められた種類の契約書には「収入印紙」というものを貼らなければならないことが「印紙税法」という法律で義務付けられています。ただし、仮に印紙を適切に貼っていなくともその契約書が法律上無効になるといったものではありません。あくまで税務上の問題ではありますが、法律上の義務として存在するため注意しましょう(対象となる文書など、詳細は国税庁のWebサイト(「印紙税の手引」10)などをご覧いただければと思います)。なお、国税庁の見解11等からして、電子契約には印紙は不要と解されます。
10 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/inshi/tebiki/01.htm
11 https:// www.nta.go.jp/about/organization/fukuoka/bunshokaito/inshi_ sonota/081024/02.htm
3 .契約の黄金則
さて、ここまで契約及び契約書入門編をお伝えしてきましたが、最後に契約における 3 つの、そしてあまり新鮮味のない黄金則を記載しておきたいと思います。いずれも当たり前の話ですが、大変重要な視点です12。
(1)契約書は読むためにある
最初は誰かから契約書を渡されたときに思い出していただきたい言葉です。それはずばり「契約書は読むためにある」ということです。読んで、理解して、理解できないところがあったら誰かに聞いて、そして困るところがあれば直してもらう、あらゆる契約書はそのためにあります。
なぜこうした当たり前のようなことを書くかというと、相手方から契約書がでてきたが、十分に読まずに、内容を理解せずに、あるいは契約書など形式的なものにすぎない、後からでもなんとかなるなどと考え、署名捺印をしてしまったという事例があまりに多いからです。また相手によっては、「契約書にはこう書いてあるが、実際には悪いようにはしない」「みんなこの契約書で契約をしている」「一度、持ち帰って読むなんて言い出した人はあなた以外にいない」などと、言葉巧みに?署名捺印をしないといけない空気を醸し出してこられることもあるでしょう。こんなとき本当にどうでもよい契約なら別に印鑑を押しても構いませ んが、大事な契約であれば必ず、契約書を読んで、理解して、理解できないところがあったら誰かに聞いて、そして困るところがあれば直してもらう、ということを意識してください。その場で読めない、あるいは理解できないと感じたら「では、持ち帰って読ませていただきます」と言ってください。十分に読まずに、その場の流れに身を任せて署名捺印をした契約書が存在するせいで、後々大変苦しむことになった人は、お
そらく皆さんの想像以上に数多く存在します。
12 実は、筆者(福井)が『契約の教科書』(文春新書、2011年)という新書の中で紹介したもので、初出ではなく恐縮です。ですが、10年経ってもこれが出来ていないことが大半の契約トラブルの原因であるという哀しい実態は変わっていませんので、何度でも記載します。
(2)「明確」で「網羅的」か
次は、皆さんが契約書を作る側に立ったとき、あるいは契約書の修正案を検討するときに、最も大事と思われることです。
それは契約書が「明確」であるということです。契約書には聞きなれない難解な言葉、専門用語が多数存在します。前述した「甲」「乙」に始まり、「責に帰すべき事由」や「やむを得ない事由」などもそうといってよいでしょう。契約書はこうした難解な言葉で書かないといけないと思い込んでいる方とときたま出会いますが、決してそんなことはありません。契約書表現で最も大切なことは、複数の人が読んでも一つの意味にしか受け取らないようにするということです。
わざわざ使い慣れない契約書っぽい言葉で記載したせいで、不明確な表現になってしまうくらいなら、普段使い慣れている言葉で誰が読んでも一つの意味にしかとれないように書く、そして自分にとって重要なことは全て網羅できるように書くということの方がよほど重要です。
また契約書を作る際には、過去の似たような契約書やひな型などを参考にすることもあろうかと思います。もちろんこうした既存の契約書を参考にすることは良いことですが、過去の契約書やひな型だからといって、その表現が明確で、かつ、自分にとって網羅的である保証もありません。それが明確で網羅的かはあくまで自分で判断する意識を持つことが重要です。
なお、過去の契約書などを参考にする際には、その契約書がどちら側の立場で作られたものかを確認することもまた重要です。たとえば、発注者の立場で契約書を作成しなければならないときに、受注者に有利なように作られた契約書をそのまま使用して、わざわざ自らの首を絞めるようなことがないようにしましょう。
(3)契約書はコスト。コストパフォーマンスの意識をもつ
これは前述の契約書のデメリットのところでも記載しましたが、契約書作成はコストがかかります。コストがかかる以上はコストパフォーマンスを考えることは当然です。ここでの「パフォーマンス」とは、前述
した契約書のメリットであり、別な言い方をすれば「契約書を作成することで減らせるリスクの量」がパフォーマンスです。
たとえば、大きなお金が動く企画や規模の大きなプロジェクト、今後長期間にわたって展開する上で必須となる権利に関する取引、はじめての取引相手、他業種の人との取引、今までしたことがないタイプの取引、非定型業務の依頼など、これらはいずれもリスクの増大要因です。したがって、こうした取引を行う際には、多少コストをかけてでも契約書を作成するメリットは大きいといえそうです。
他方、小さな企画・プロジェクト、単発で終了する取引、いつもの相手、定型的な業務の依頼などは、リスクの減少要因です。そうするとコストをかけてしっかりした契約書を作るよりは、発注書と受注書(請書)、見積書と発注書などで良い、あるいはメールでの条件確認ですませるということも選択肢としてでてくるかもしれません。
ぜひとも適切なコストパフォーマンスの意識を持ちつつ、契約書を真に使いこなせるようになっていただければと思います。
契約各論編
契約各論編では、公立文化施設が関わる以下の 3 つの契約について、ひな型例を題材に契約のポイントを解説していきます。
1 個人スタッフ・クリエイターへの業務委託契約
(主催者として発注する場合)
2 出演契約(主催者として出演依頼する場合)
3 市民ワークショップ参加同意書(主催者として参加を募る場合)なお、ひな型作成に当たっては、文化庁「文化芸術分野の適正な契約 関係構築に向けた検討会議」における「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」13を参考にしています。そ
ちらもご参照ください。
契約例 1 :個人スタッフ・クリエイターへの業務委託契約
(主催者として発注する場合)
契約例 1 は、個人スタッフ・クリエイターに演出/舞台美術・衣装制作/照明デザイン/音響/宣伝美術制作/ヘアメイクプラン制作等の業務を委託する場合の例になります。
契約の相手方は、個人スタッフ・クリエイターがスタッフ事務所等に所属していない場合は当該個人との直接契約、所属している場合はそのスタッフ事務所等になることが一般的です。本ひな型は、スタッフ個人が契約相手の例になります。スタッフ事務所等との契約となる場合の表現ぶりなどは、各条で解説を付しています。
なお、本契約は契約入門編 1 (2)( 3 頁以下)では、契約タイプ②と位置づけたものになります。
13 https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93744101_03.pdf
ひな型 | 解説 |
業務委託契約書 〇〇(以下「発注者」という)と、■■(以下 「受注者」という)とは、発注者が主催する公演に関して、次のとおり業務委託契約を締結する。 | ●前文 ・この契約の全体像を記載するものです。概要が記載されていれば十分といえます。 ・本ひな型ではわかりやすさから「発注者」、「受注者」との略称を使用していますが、実際の場面では「甲」、「乙」とすることも多いです。どちらが「甲」でどちらが「乙」かを取り違 えないよう注意が必要です。 |
第 1 条(業務内容) 1 発注者は、受注者に対し、下記公演(以下 「本公演」という)において、下記内容の業務を提供すること(以下「本業務」という)を委託し、受注者は発注者の承認に基づきこれを遂行することを受託する。 記 公演名:〇〇 公演予定日:〇年〇月〇日~〇年〇月〇日 (予定公演回数〇回)会場:〇〇 業務内容:本公演に関する、【演出業務/舞台美術・衣装制作業務/照明デザイン業務/音響に関する業務/宣伝美術製作業務/ヘアメイクプランの制作及びヘアメイクに関する業務/制作業務】につき、下記の業務を行うこと 記 【演出家への委嘱の例】 上演に必要な打合せ、オーディションへの立会い、稽古の主宰、その他一般的に演出業務に含まれる全ての業務 【装置デザイン及び制作を委嘱する例】 装置デザイン作成、装置の制作及び搬入・仕込み・撤去、その他これに関連する作業(打合せ、必要に応じたリハーサル等への参加を含む) 【衣装デザイン及び制作を委嘱する例】 衣装デザイン作成、衣装の制作、その他これに関連する作業(打合せ、必要に応じたリハーサル等への参加を含む) 【照明デザイン委嘱の例(器材の調達、運搬、設置、操作等の手配は別途発注者側で行う場合】仕込図、データ表、キューシート、レンタル器材一覧表の作成、その他これに関連する作業 (打合せ、必要に応じたリハーサル等への参加 を含む) | ●1条1項 ・どこまでが業務範囲になるかに関わるため、業務内容を定める規定は不足がないように注意しましょう。 ・本ひな型は、一部の業務について委嘱の例を記載しています。業務内容は、他にも小道具・大道具制作、舞台監督等、その都度実態にあった内容を記載するようにしてください。 ・本ひな型は、スタッフ・クリエイターに対して直接業務を委託することを想定したものです。もし、スタッフ事務所等を通じて、スタッフ・クリエイターに業務を依頼する場合、「受注者(スタッフ事務所等)は、▲▲【個人スタッフ・クリエイター】に、〇〇業務を行わせる」など表現が変わります。契約例 2 (出演契約)がこの方式(俳優等個人に出演してもらう契約を所属プロダクションと締結する)ですので、表現ぶりなどご参照ください。 ・公演日や公演回数が確定していない時点で契約に至ることも少なくないかと思います。ここでは確定日でないことを表す意味で「予定」としていますが、ここで予定と記載しているからといって当然に認められるのは小幅な修正程度でしょう(大幅な変更については 9 条に規定しています)。いずれにしても、変更が生じる場合は早急に通知をし、スケジュール確保や場合によって報酬額の見直しなど検討が必要です。 |
ひな型 | 解説 |
【制作者への委嘱の例】 上演に必要なリサーチ、打合せ、稽古場運営、関係者との連絡・契約、予算作成、会計・入出金管理、広報、票券、権利処理、仕込み・本番運営、受付・案内、上演の報告業務等、制作に関連する作業 2 本業務の内容及びスケジュール等の詳細は、別紙において定める。 3 本業務のうち〇〇の事項は、本契約時点で ○○の理由で未定であり、概ね○○年○月○日頃までに発注者及び受注者が協議の上、書面(電磁的書面を含む)で合意する。 | ・下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます)が適用される場合、親事業者(発注者)から下請事業者(受注者。個人事業主を含みます)に対し、業務内容、代金額、支払期日など所定の事項を記載した書面(発注書や契約書)を交付することや、代金支払時期を成果物等の受領から60日以内に定める必要等があります。正当な理由によりこれらの内容が定められない場合、当初の書面(本契約書など)で、これを定められない理由や定める予定日を記載し、その後その事項が定まった後に、当該事項を記載した書面を交付する必要があり(下請法 3 条 1 項)、この場 合の記載例を 3 項に規定しています14。 ・下請法が適用されるかは、親事業者(発注者)と下請事業者の資本金規模と取引内容によります15。 |
●1条2項 ・各業務の内容、スケジュール等の詳細が長くなる場合、別紙(契約書に添付)で定めることもあります。なお、別紙は当事者が合意して添付したものなら契約の内容になりますので、契約締結の際は別紙もよく確認しておく必要があります。 ・例えば細かなスケジュールを契約締結後に合意した場合などは、認識に齟齬が生じないよう、少なくともメールでその旨残すなど明確にしておくことが望ましいでしょう。 | |
●1条3項 ・ここでは契約時に「未定」の業務内容を、両者の協議合意で決定する旨とその期限を記載しています(下請法との関係については、上記 1 条 1 項の解説ご参照)。 | |
第 2 条(報酬及び支払) | ●2条1項 ・報酬を定める規定です。本ひな型は、第 5 条 成果物利用の対価や、第 6 条宣伝協力の対価は別途発生させない合意であるため、これらの対価を含んでいることを明記しています。 |
1 発注者は、受注者に対し、本契約に基づく | |
受注者の報酬(本業務及び第 5 条、 6 条の対 | |
価を含む。以下「本報酬」という)として、 | |
金〇円(源泉税込、消費税別途)を支払う。 |
14 この場合の記載方法については、「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」12頁もご参照。
15 https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/gaiyo.html
ひな型 | 解説 |
【支払方法/一括払い】 2 発注者は、受注者から請求書が発行されることを条件に、受注者に対し、〇日までに、本報酬を受注者が別途指定する口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は発注者の負担とする。 【支払方法/分割払】 2 本報酬は 2 回払いとし、発注者は、受注者から請求書が発行されることを条件に、受注者に対し、〇日までに本報酬の30%を、〇日までに残りの70%を、受注者が別途指定する口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は発注者の負担とする。 【経費/一部発注者負担】 3 受注者による業務遂行に必要な交通費、宿泊費は、経費支払の証明(領収書等)が発注者に提出されることを条件に、発注者の負担とする。その他本業務に要する諸経費はすべて受注者の負担とする。 | ・報酬について内訳がある場合(衣装デザイン対価として〇円、制作料として〇円等)、内訳を記載しておいた方が明確です(公演中止の際に作業割合に応じた対価支払をする際の参考になります)。 ・消費税額を含むかの認識に齟齬がないよう、消費税について記載しています。なお、2023 (令和 5 )年10月から始まるインボイス制度では、発注者が消費税の仕入額控除を行うには、支払先事業者(個人事業主含む)が「適格請求書発行事業者」の登録を受けている必要があります。例えば、登録事業者か否かを契約時点で表明してもらうこと、登録事業者とならない場合には、スタッフ自身が外部に支払う消費税額が持ち出しにならない範囲にて支払消費税額を調整すること、なども考えられます16。 ・スタッフ・クリエイター個人への支払や、法人であっても非居住者への支払は、その内容によって源泉徴収の対象となる場合があるため(脚本料、デザイン料など)17、源泉税込の金額かについても認識共有をしておく必要があります。源泉税込の金額が多いでしょうから、簡潔な記載であれば(源泉税込・消費税別途)といった規定が考えられます。 ●2条2項 ・報酬の支払時期と方法を定めています。支払時期は、確定日で定めるほか、本業務(本公演)終了後〇日以内/翌月末までなどのパターンもあります。 |
16 ただし、「適格請求書発行事業者」の登録を受けるかは事業者の任意です。公正取引委員会ほかによるQ&Aでは、インボイス制度の実施を契機とした取引条件の見直しそれ自体は直ちに問題とはならないものの、見直しに当たり「優越的地位の濫用」(取引上の地位が相手方に優越している者が、取引相手に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えること)とならないよう注意が必要としています。取引対価の引下げ、取引の停止等の類型ごとに考え方が示されていますので、そちらもご参照ください。 https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html(Q7)
17 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2792.htm https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/36/02.htm
ひな型 | 解説 |
・下請法が適用される場合、報酬の支払期日は、スタッフから成果物などを受領した日から60日以内(かつできる限り短い期間内)に定める必要があります(下請法 2 条の 2 第 1項)。成果物の受領から公演完了までタイムラグがある場合など注意が必要です。 ・振込手数料は、民法上は支払側(本契約では発注者)負担が原則となります(民法485条)。合意により変更することもできます。 ●2条3項 ・発注者が一部経費負担をする場合の規定例です。経費負担をする場合、予想外の金額とならないよう、どの経費につきどの範囲で負担するか明確にしておく必要があります。宿泊料金上限(グレード)、航空券のクラス、グリーン車利用の可否など定めることもあります。また、後から予想外の領収書などが出てこないよう、発注者が負担する経費は「発注者が事前に書面で承認したものに限る」とすることもあります。 ・そのほかにも「〇〇に関する経費は受注者が負担し、それ以外の本業務遂行に必要な経費については、用途と金額の事前確認を条件に発注者が負担する。」といった形で、原則的に発注者が業務遂行に関する経費を負担するパターンも考えられます。発注者としては予想外の経費とならないよう事前にどういった経費が業務遂行に必要か、その金額はどの程 度かなど確認しておくことが重要でしょう。 | |
第 3 条(安全衛生・保険) 1 発注者は、本業務の内容等を勘案して、受注者がその生命、心身の健康及び安全を確保しつつ本業務を履行できるよう、安全衛生管理体制の整備、事故やハラスメントの防止等必要な配慮をする。 2 受注者は、自ら及び他の関係者・観客の健康及び安全に配慮する。 【発注者が保険に加入する場合】 3 発注者は、公演の準備・遂行過程で傷害その他の損害が生じた場合に備え、発注者の費用負担にて、合理的な【施設賠償責任保険】に加入する。 | ●3条1項 ・発注者における安全管理やハラスメント防止の配慮について定める規定です。高所作業などの身体的危険だけでなく、精神面への配慮も今後より重要といえます。 ・公演制作に関する安全衛生については、劇場等演出空間運用基準協議会「劇場等演出空間の運用及び安全に関するガイドライン」18、同ガイドラインを彩の国さいたま芸術劇場に当てはめた「-彩の国さいたま芸術劇場2013年版-」19や、厚労省他による通達「芸能従事者の就業中の事故防止対策等の徹底について」(2021(令和 3 )年 3 月26日)20等があり、制作者が適切な安全衛生管理体制を確立する ことが求められています。 |
ひな型 | 解説 |
【受注者が保険に加入する場合】 3 受注者は、公演の準備・遂行過程で傷害その他の損害が生じた場合に備え、受注者の費用負担にて、合理的な〇〇保険に加入する。 | ・本ひな型の記載に加え、安全衛生管理者をおくよう定めておくこともあります。 ・ハラスメントは近時特に問題となっており、相談窓口の設置など積極的な対応が望ましいといえます。ただし、すぐには実現できない措置を契約上の義務として約束しないよう注意も必要です。 ●3条2項 ・受注者側も、デザイナーであれば装置デザインなど行う可能性もありますし、演出家であれば危険な演出とならないか等に配慮をする必要がありますので、受注者側の安全配慮を規定しています。 ●3条3項 【発注者が保険に加入する場合】 ・事故等に備え、発注者が施設賠償責任保険に加入している場合を想定したものです。他の保険に加入している場合は、その概要がわかる記載(「イベント賠償責任保険」など)に変える/加えることが考えられます21。 ・保険の種類のみならず限度額等を記載する場合もあります。 ・発注者が十分な補償限度額の保険に入る場合、「本公演の準備・遂行過程で、受注者に傷害その他の損害が生じ、又は、受注者が他の参加者、観客その他の第三者に損害を与えた場合、上記保険金の受領を除き、受注者が自らの費用と責任において処理する」などとして、発注者が保険金分以上に責任を負わな いと定めることもあります。 |
18 http://www.kijunkyo.jp/img/archives/guideline2017.pdf
19 https://www.saf.or.jp/arthall/pdf/guideline_arthall.pdf
20 https://www.mhlw.go.jp/content/000762988.pdf
21 なお、全国公立文化施設協会の会員が加入できる保険について、同協会webサイトに案内があります。https://www.zenkoubun.jp/insurance/index.html
ひな型 | 解説 |
【受注者が保険に加入する場合】 ・「○○保険」には、傷害保険、賠償責任保険といった保険の名称が入ります。ただし、重要なのは保険の名称よりもどのような場合に (いくら)補償されるかですので、受注者側に入ってもらう保険についてはよくご確認ください。場合によって加入している保険内容を開示してもらうこともあり得ます。 ・2021(令和 3 )年 4 月 1 日から労災保険の特別加入が拡大し、労働者に当たらない芸能関係作業従事者も労災保険に加入できることになりました(スタッフ・クリエイター本人による加入手続が必要です)。ただし、労災保険は、スタッフ・クリエイターの業務による怪我や病気への補償であって、当該スタッフ・クリエイターが第三者に加えた損害について補償するものではありません。第三者に加えた損害について保険をかけてもらいたい場 合、他の保険に入ってもらう必要があります。 | |
第 4 条(完了の義務) 1 受注者は、本業務の完了まで、意欲を持って業務を遂行し、業務遂行ができない状況が起こらないよう責任をもってのぞむことを約束する。 2 受注者は、健康の保持に十分留意し、病気・怪我の場合及び感染症(インフルエンザ及び新型コロナウイルス感染症を含む)罹患の可能性がある場合、ただちに発注者に報告 のうえ、その要請に従う。 | |
第 5 条(権利の帰属・業務成果の利用) 1 発注者は、本契約に基づき受注者が行った本業務の成果を利用し、独占的に上演及び〇年以内の再演をすることができる。 2 発注者は、本業務の成果及びこれを写真撮影・録画・録音等し、その録音物、録画物、写真等(その各編集物を含み、以下「本録画物等」という)につき、宣伝広報、業績紹介、内部資料、オンラインを含む非営利の公開アーカイブとして利用することができる。 3 発注者は、本録画物等について、受注者と別途合意することで、放送や商用配信を行う ことができる。 | ●5条1項 ・クリエイティブな業務を担うスタッフ、クリエイターの業務成果には著作権が発生する場合があります。例えば、舞台美術、照明プラン(照明デザイン)、音響デザイン、舞台映像などには著作権が発生するケースがあります(参考:公益社団法人全国公立文化施設協会「舞台芸術の公演映像配信のための権利処理マニュアル」22、福井健策編『ライブイベント・ビジネスの著作権』(公益社団法人著作権情報センター)104頁以下)。そのため、成果物の利用について取り決めが必要です。 |
22 https://www.zenkoubun.jp/publication/pdf/vd_manual.pdf?02
ひな型 | 解説 |
4 受注者は、前各号による利用において、本業務の成果や本録音物等につき、安全性や法令適合のための変更、演出の要請による軽微な変更を認める。 | ・本ひな型では、著作権譲渡は受けずに、成果物の利用について許諾を受ける形としています。 ・利用許諾の範囲は、上演と〇年以内の再演 ( 5 条 1 項)、広報、業績紹介、内部資料、非 営利アーカイブとしての利用( 5 条 2 項)としていますが、実際の契約場面では、将来の利用予定に応じた調整が必要です。 ・なお、「本公演に利用することができる」だけですと再演での利用が可能か疑義を生じますので23、再演での利用を見込む場合は明記しておく必要があります(本ひな型では再演期間の限定を設けました)。 ・例えば、宣伝物の制作委託やHPの制作委託など、委託する内容や利用予定その他によっては、利用許諾ではなく著作権譲渡を受けることもあり得ます。 |
●5条2 項、3項 ・成果物を含む映像は、著作権者の許諾なく利用できないのが原則ですので、一定範囲でこれを利用できるとする規定です。 | |
第 6 条(宣伝協力) | ●6条 ・クリエイター等に無断で、その氏名、写真等を利用してプロモーションを行うと、パブリシティ権侵害の問題となり得るため、この点について同意をもらう規定です。パブリシティ権とは、著名人の氏名、肖像が持つ価値を、一定の要件のもと保護するもので、日本では判例で認められている権利です。例えば、無断で著名人の顔写真を広告に使うことはパブリシティ権侵害と解されます。 ・なお、本ひな型ではクレジット表記に関する規定は置いていませんが、受注者側から表記方法の要望がある場合、後のトラブルとならないようクレジット表記等について規定しておくこともあります。例えば、「当日プログラム、ポスター、プレスリリース、及び発注者が選択する宣伝広報物に氏名を記載する」などクレジットが載る範囲を定めておくこと も考えられます。 |
1 受注者は、発注者が、受注者の氏名、写真 | |
その他の肖像を利用して本公演に関する宣伝 | |
広報(再演及び前条による利用の宣伝広報を | |
含む)を行い、またプログラムを制作、販売 | |
することに同意する。当該目的のために発注 | |
者の要請があった場合には、受注者は権利処 | |
理済みの肖像写真を発注者に提供し、また合 | |
理的な範囲で写真撮影及びインタビュー等に | |
無償で協力する。 | |
2 受注者は、前項のほか、発注者の要請が | |
あった場合には、スケジュール上可能な範囲 | |
内、かつ交通費など発注者の実費負担におい | |
て、本公演のプロモーション活動等に協力す | |
る。 |
23 なお、再演の規定がない場合、再演時の利用の可否は、福井健策編『ライブイベント・ビジネスの著作権』(公益社団法人著作権情報センター)166頁参照。
ひな型 | 解説 |
第 7 条(契約締結に関する保証) 受注者は、成年に達しており、この契約を適切に締結し、履行する権限があることを保証する。 【受注者が未成年の場合】 受注者は、本契約の締結及び履行について法定代理人の同意を得ていることを保証する。 | ●7条 ・受注者が適切に契約締結権限等を有していることを保証する文言です。受注者が未成年(18歳未満)の場合には、契約締結等について、親権者など法定代理人の同意を得ていることを保証する文言を加えることが考えられます (ただし、末尾に親権者の同意署名を得ることの方が重要です。)。 ・なお、契約相手方がスタッフ事務所等となる場合、同事務所が、所属するスタッフ・クリエイターのために契約を締結できる権限を有することの保証及び移籍した場合に備えた規定を設けることもあります(契約例 2 第 8 条(移籍)参照)。 |
第 8 条(不可抗力による中止、中途終了) 1 各当事者は、各当事者の合理的なコントロールを超える事情(地震、雪、台風その他の自然災害、戦争、テロ、皇室での不幸、感染症その他の疾病、政府、自治体、監督機関又は業界団体の制限、指導又はガイドライン、会場の閉鎖、他の出演者の出演不能、及び上記に起因又は関連する発注者による本公演の中止を含み、以下、「不可抗力事由」という)によって本契約上の義務が遅延又は不履行となった場合には、互いに責任を負わない。 2 不可抗力事由によって本業務の目的である本公演の全部又は一部が中止となった場合、本報酬の支払については、作業の進捗割合を報酬に乗じた額の支払を基本としつつ、既に受注者が支出した実費がこれを上回る場合はその額を支払う。 3 発注者は、演出の都合その他の事業上の必要により本契約を中途終了させることがで き、この場合、前項の支払規定を準用する。 | ●8条2項 ・不可抗力による中止時の報酬を定めるものです。本ひな型では、具体的な算定基準を定める一例として、作業の進捗割合に応じた額と、既に受注者が支出した実費の、より高い方を支払うと規定しました。 ・その他の定め方として、「公演中止を決定した時期に応じて支払割合を定める」ことや、 「協議により定める」として後の協議に委ねることもあり得ます。いずれにしても一方が不公正に損害を被ることがないようにすることが重要です。 ●8条3項 ・不可抗力による公演中止でなくとも、演出の都合その他の理由で業務を中止する場合もあり得ます(発注先の変更を含む)。本ひな型では、この場合の報酬額を不可抗力による公演中止の場合に準じるとしています。 |
ひな型 | 解説 |
第 9 条(変更) 1 発注者と受注者は、本業務の内容等について緊密に協議を行い、業務内容の変更が必要な場合、スケジュールや追加の対価等に関し誠実に協議を行った上で、双方合意によりその内容を決定し、書面(電磁的書面を含む)で確認する。 2 発注者は、前項の変更により受注者が不利益を受けないよう、業務スケジュールや追加報酬の有無に関し、十分な配慮を行う。 | ●9条 ・公演準備の円滑な遂行上、変更の最終的な決定権は発注者側にあると定めるケースもあります。ただし、その場合であっても変更により受注者に不当な不利益を与えないよう、スケジュールや追加報酬の有無について十分な配慮が必要です。この点、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(2021(令和 3 )年 3 月26日、内閣官房ほか)14頁では、「取引上の地位が優越している発注事業者が、一方的に、取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施する場合に、当該フリーランスに正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるときは、優越的地位の濫用として問題となる」とされていることにも注意が必要です。 |
第10条(成果物に対する保証) 受注者は、発注者に対し、本業務の成果や本契約に従ったその利用が第三者の著作権などの権利を侵害するものでないこと及び受注者と第三者との間に本契約の履行を妨げる契約が存在しないことを保証する。なお、受注者の本業務成果や本契約に従ったその利用に関して第三者との紛争が生じたときは、受注者の責任と負担においてこれを解決する。 | ●10条 ・成果物が第三者の権利を侵害していないことを保証してもらう規定です。 ・もし成果物が第三者の著作権を侵害している場合、第三者から利用の差止請求を受ける可能性があります。差止請求には相手方(利用しようとする者)の故意・過失は不要ですので、発注者が著作権侵害を認識していなくとも差止請求は認められます(なお、これに対し、著作権侵害に基づく損害賠償請求には、 相手方の故意・過失が必要です)。 |
第11条(権利義務譲渡の禁止) 受注者は、発注者の事前の書面による承諾がないかぎり、本契約上の地位あるいは本契約から生じる権利義務の全部又は一部を第三者に承継し、譲渡しもしくは引受けさせ又は担保に供してはならない。 | ●11条 ・受注者が本契約上の義務のいずれかを第三者に丸投げしたり、主催者に対する報酬請求権を第三者に譲渡するなどして、無関係の第三者が登場することを防ぐものです。契約の種類にかかわらず一般に入ることの多い規定です。 |
第12条(再委託) 受注者は、発注者の事前の書面による承諾がないかぎり、本契約上の義務の全部又は一部を第三者に再委託できない。なお、受注者は、発注者の事前の書面による承諾を得て、第三者に本契約上の義務の全部又は一部を再委託する場合には、当該第三者に対し、本契約における受注者の義務と同様の義務を遵守させる。 |
ひな型 | 解説 |
第13条(契約の解除/損害賠償) 1 発注者及び受注者は、相手方が本業務の履行を怠った場合、その他本契約に違反した場合、相手方にその是正を求め、相手方が当該是正の求めから 7 日以内に是正しない場合、本契約を解除することができる。 2 前項による解除の有無にかかわらず、発注者及び受注者は、相手方による本業務の不履行、本契約上の義務の不遵守により被った損害につき、相手方に対して損害賠償請求する ことができる。 | ●13条 1 項 ・ここでは、催告の期間(不履行の是正を求めてから解除ができるまでの期間)を 7 日としています。「営業日」としていませんので、 1 週間という意味になるでしょう。こういった取り決めも合意次第であることは契約入門編 2 (3)⑤催告/解除・解約(18頁)に記載のとおりです。 |
第14条(反社会的勢力等の排除) 1 発注者及び受注者は、現在及び将来にわたり、自己(その役員、従業員、その他所属するスタッフ、クリエイター、俳優等を含む)が、暴力団関係者その他の反社会的勢力(以下「反社会的勢力」という)でなく、反社会的勢力と何らの関係も有していないこと、暴力的要求、脅迫、その他反社会的行為を行っていないことを保証する。 2 発注者及び受注者は、相手方が前項に違反した場合、何らの催告を要することなく、直ちに本契約を解除することができる。 3 発注者及び受注者は、前項に基づく解除の場合、解除された相手方に損害が生じても、 これを賠償する一切の責任を負わない。 | ●14条 ・いわゆる反社条項・暴排条項と呼ばれるものです。暴力団排除条例の存在などから、近年ではどのような契約のタイプにも入っていることが多い内容です。より細かく定める例もありますが、ここではやや簡易的に規定しました。 |
第15条(秘密保持) 発注者及び受注者は、本契約に関連して知得した相手方の業務上その他の秘密につき、秘密として管理し、相手方の事前の承諾なく、第三者 (弁護士その他法令上守秘義務を負う専門家を除く)に開示または漏洩してはならず、本契約遂行以外の目的で使用してはならない。ただし、以下の各号のいずれかに該当する情報は、この限りでない。 ① 開示を受ける前より既に適法に保有していた情報 ② 正当な手段により、秘密保持義務を負うことなく第三者から開示を受けた情報 ③ 開示を受ける前に既に公表されており、一 般に入手可能な情報 | ●15条 ・相手の秘密を漏洩などしないという条文です。やや詳しめの記載例となっています。 ・秘密保持条項では、秘密情報の対象(定義)がまずはポイントとなります。本ひな型では、ある程度柔軟な解釈が可能なように「相手方の業務上その他の秘密」と評価をともなう定義としましたが、秘密情報を「一切の情報」とする例や「秘密と指定して文書で開示した情報」とする例もあります。 ・本ひな型のように規定する場合でも、特に秘密として管理を求めるものは、「秘密情報」である旨指定して開示することがよいでしょう。 |
ひな型 | 解説 |
④ 開示を受けた後、受領者の責めによらない事由により公表され、一般に入手可能となった情報 ⑤ 秘密情報によることなく独自の方法により 開発した情報 | |
第16条(準拠法及び合意管轄) 本契約は日本法に準拠し、本契約に関する一切の紛争については、〇〇地方裁判所を管轄する裁判所を第 1 審の専属的合意管轄裁判所とする。 | ●16条 ・準拠法、裁判管轄を定める規定です。準拠法はどの国の法律で契約を解釈するかの取り決めであり、裁判管轄は仮に契約に関連して紛争となった場合には、どの国・土地の裁判所で訴訟を行うかを事前に取り決めておくものです。 ・日本で行う公演についての契約であれば、通常は日本法が準拠法となり、日本の裁判管轄を記載することになるでしょう。東京地方裁判所、大阪地方裁判所など具体的な裁判所名を記載するケースが大半です。裁判の様々なコストを考慮すると、自らの本拠地に近い場所に設定する方が一般的にはベターですが、同時に、同種のケースに慣れた大都市の裁判所を選ぶケースもあるでしょう。 ・準拠法、裁判管轄は海外スタッフ・クリエイターとの契約においては特に重要です。相手国の裁判所において相手国法で訴訟を行うとなると、通常は現地の弁護士にも依頼するなど高額の費用負担が見込まれます。いざとなった際に訴訟に持ち込む/持ち込まれる現実的可能性があるかは、その前段階である任意交渉にも影響します。 ・海外当事者との契約交渉場面では、日本で行う公演の契約である以上、日本法準拠、日本の裁判管轄(や相手国によっては日本での国際仲裁)を求めることがまずは考えられます。また、こういった交渉のためにも、契約 交渉は早い段階で始めることが重要です。 |
第17条(雑則) 本契約に定めなき事項又は解釈上疑義を生じた事項は、法令に従うほか、双方誠意をもって協議のうえ解決を図る。 |
ひな型 | 解説 |
以上、本契約成立を証すため、本書 2 通を作成 し、双方記名捺印のうえ各 1 通を保有する。 〇年〇月〇日 発注者:(住所) (名称) (代表者肩書・氏名)(印) 受注者:(住所) (氏名)(印) 別紙 本業務の詳細は以下のとおりとする。 ・・・ ・・・ |
契約例 2 :出演契約(主催者として出演依頼する場合)
契約例 2 は、俳優・ダンサー・ミュージシャン等の実演家に出演依頼をする場合の例になります。契約の相手方は、実演家がプロダクションに所属していない場合は当該実演家個人との直接契約、所属している場合はそのプロダクションになることが一般的です。本ひな型は、プロダクションが契約相手の例になります。実演家個人との直接契約となる場合の表現ぶりなどは、各条で解説を付しています。
なお、本契約は、契約入門編 1 (2)( 3 頁以下)では、契約タイプ②と位置づけたものになります。
ひな型例 | 解説 |
出演契約書 〇〇(以下「主催者」という)と、▲▲(以下 「プロダクション」という)とは、主催者が主催する公演に関して、次のとおり業務委託契約を締結する。 | ●前文 ・この契約の全体像を記載するものです。概要が記載されていれば十分といえます。 ・本ひな型ではわかりやすさから「主催者」、「プロダクション」との略称を使用していますが、実際の場面では「甲」、「乙」とすることも多いです。どちらが「甲」でどちらが「乙」 かを取り違えないよう注意が必要です。 |
第 1 条(出演) 主催者は、プロダクションに対し、下記公演 (稽古を含む。以下「本公演」という)に■■(以下「実演家」という)を出演させること(以下 「本業務」という)を委託し、プロダクションはこれを受託する。 記 公演名:〇〇 公演予定日:〇年〇月〇日~〇年〇月〇日 (予定公演回数〇回) 会場:〇〇 2 本業務のうち〇〇の事項は、本契約時点で ○○の理由で未定であり、概ね○○年○月○日頃までに主催者及びプロダクションが協議の上、書面(電磁的書面を含む)で合意する。 | ●1条1項 ・出演業務の内容を定める規定です。 ・公演日や公演回数が確定していない時点で契約に至ることも少なくないかと思います。ここでは確定日でないことを表す意味で「予定」としていますが、ここで予定と記載しているからといって当然に認められるのは小幅な修正程度でしょう(大幅な契約変更については 10条に規定しています)。いずれにしても、変更が生じる場合は早急に通知をし、スケジュール確保や場合によって報酬額の見直しなど検討が必要です。 ・本ひな型は、プロダクションとの契約を想定し、プロダクションが実演家を出演させる義務を負う規定にしています。実演家個人との直接契約の場合、「主催者は実演家に対し、下記公演(稽古を含む)に出演することを委託し、実演家はこれを受託する」などと表現 が変わります。 |
ひな型例 | 解説 |
●1条2項 ・ここでは契約時に「未定」の業務内容を、両者の協議合意で決定する旨とその期限を記載しています(下請法との関係については、契約例 1 ・ 1 条 1 項の解説ご参照)。また、 2条の事項が未定の場合もここに入れ込むことも考えられます。 | |
第 2 条(稽古・リハーサル) プロダクションは、実演家に対して、本公演のための稽古に参加の上、主催者の決定する演出家などスタッフの指示に従って稽古を行わせる。その期間は下記を予定する。 記 〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで (この期間のうち〇日程度、 1 日〇時間程度を予定) | ●2条 ・認識齟齬によるトラブルを避けるため、稽古の予定期間も規定しておくことが望ましいです。実演家側への配慮として、また齟齬が生じないよう、スケジュールは口頭だけでなくメール、チャット、その他ウェブツール等も活用し、関係者間で共有しておくことが望ましいでしょう。 ・実演家が演出家などの指示に従うことも規定 しています。 |
第 3 条(報酬及び支払) 1 主催者は、プロダクションに対し、本契約に基づく義務履行に対する報酬(別途規定する場合を除いて第 6 条、 7 条の対価を含み、以下「本報酬」という)として、金〇円(源泉税込、消費税別途)を支払う。 【支払方法/一括払い】 2 主催者は、プロダクションから請求書が発行されることを条件に、プロダクションに対し、〇日までに、本報酬をプロダクションが別途指定する口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は主催者の負担とする。 【支払方法/分割払】 2 本報酬は 2 回払いとし、主催者は、プロダクションから請求書が発行されることを条件に、プロダクションに対し、〇日までに本報酬の30%を、〇日までに残りの70%を、プロダクションが別途指定する口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は主催者の負担とする。 | ●3条1項 ・報酬を定める規定です。本ひな型では、第 6 条で別途規定する場合を除き、第 6 条利用許 諾の対価や、第 7 条宣伝協力の対価は別途発生させないため、その旨規定しています。 ・実演家個人や非居住者に対する支払の場合、源泉徴収の対象となるため24源泉税込の金額かについても認識共有をしておく必要があります。源泉税込の金額が多いでしょうから、簡潔な記載であれば(源泉税込・消費税別途)といった規定が考えられます。 |
24 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2792.htm
ひな型例 | 解説 |
【経費/すべてプロダクション負担】 3 プロダクションによる本業務遂行にかかる諸経費はすべてプロダクションの負担とする。 【経費/一部主催者負担】 3 プロダクションによる本業務遂行に必要な交通費、宿泊費は、経費支払の証明(領収書等)が主催者に提出されることを条件に、主催者の負担とする。上記のほか、本業務に要する諸経費は、主催者が事前に書面で承認していたものを除き、プロダクションの負担とする。 | ・2023(令和 5 )年10月から始まるインボイス制度では、主催者が消費税の仕入額控除を行うには、支払先事業者(個人事業主含む)が 「適格請求書発行事業者」として登録を受けている必要があります。例えば、登録事業者か否かを契約時点で表明してもらうこと、登録事業者とならない場合には、プロダクションが外部に支払う消費税額が持ち出しにならない範囲にて支払消費税額を調整すること、なども考えられます25。 ●3条2項 ・報酬支払の時期と方法を定めるものです。本ひな型で例示したように、一括払いの場合と分割払いの場合があるでしょう。支払期限については確定の日付以外にも、「本公演初日の○日前までに」「本公演終了後〇日以内」などと記載するパターンも考えられます。 ・振込手数料は、民法上は支払側(本契約では主催者)負担が原則となります(民法485条)が、合意による変更することもできます。 |
●3条3項 ・経費負担の規定です。主催者が経費負担をする場合、予想外の金額とならないよう、どの経費につきどの範囲で負担するか明確にしておく必要があります。宿泊料金上限(グレード)、ビジネスクラス、グリーン車利用の可否など定めることもありますし、主催者が負担する経費は「主催者が事前に書面で承認したものに限る」とすることもあります。実演家のヘアメイクの経費負担について明記するケースもあるでしょう。 |
25 ただし、「適格請求書発行事業者」の登録を受けるかは事業者の任意です。公正取引委員会ほかによるQ&Aでは、インボイス制度の実施を契機とした取引条件の見直しそれ自体は直ちに問題とはならないものの、見直しに当たり「優越的地位の濫用」(取引上の地位が相手方に優越している者が、取引相手に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えること)とならないよう注意が必要としています。取引対価の引下げ、取引の停止等の類型ごとに考え方が示されていますので、そちらもご参照ください。 https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html(Q7)
ひな型例 | 解説 |
第 4 条(安全衛生・保険) 1 主催者は、本業務の内容等を勘案して、実演家がその生命、心身等の健康及び安全を確保しつつ本業務を履行することができるよう、安全衛生管理体制の整備、事故やハラスメントの防止等必要な配慮をする。 【ヌードシーン等がある場合】 ・プロダクションは、本公演には、[ヌードで出演する/セミヌードで出演する/他の出演者とベッドシーンほかの身体的接触を伴う]シーンの可能性があることに同意し、実演家にも同意させる。 2 プロダクション及び実演家は、自ら及び他の関係者・観客の健康及び安全に配慮する。 【主催者が保険に加入する場合】 3 主催者は、公演の準備・遂行過程で傷害その他の損害が生じた場合に備え、主催者の費用負担にて、合理的な【施設賠償保険】に加入する。 【プロダクション側が保険に加入する場合】 3 プロダクションは、公演の準備・遂行過程で傷害その他の損害が生じた場合に備え、プロダクションの費用負担にて、合理的な〇〇保険に加入する。 | ●4条1項 ・主催者における安全管理やハラスメント防止の配慮について定める規定です。身体的危険を伴う演出の場合だけでなく、精神面への配慮も今後より重要といえます。 ・公演制作に関する安全衛生については、劇場等演出空間運用基準協議会「劇場等演出空間の運用及び安全に関するガイドライン26」 (Ver.3 2017)、同ガイドラインを彩の国さいたま芸術劇場に当てはめた「-彩の国さいたま芸術劇場2013年版-27」や、厚生労働省他から各団体宛て通達「芸能従事者の就業中の事故防止対策等の徹底について」(2021(令和 3 )年 3 月26日28)等があり、制作者が適切な安全衛生管理の体制を確立することが求められています。 ・本ひな型の記載に加え、安全衛生管理者をおくよう定めておくこともあります。 ・ハラスメントは近時特に問題となっており、相談窓口の設置など積極的な対応が望ましいといえます。ただし、すぐには実現できない措置を契約上の義務として約束しないよう注意も必要です。 ・ヌードやセミヌードでの登場シーン、他の出演者との身体的接触を伴うシーン(キスや性交場面)等の性的なシーンがある場合には、契約書において、実演家から事前に同意を得ることが望ましいといえます。実演家が望まず必然性に疑問がある性的なシーンの強要といったハラスメントを防止する観点からも、注意が必要です。 |
●4条2項 ・危険な演技をしないなど、実演家側にも配慮をしてもらう必要がありますので、実演家側の安全配慮を規定しています。 |
26 http://www.kijunkyo.jp/img/archives/guideline2017.pdf
27 https://www.saf.or.jp/arthall/pdf/guideline_arthall.pdf
28 https://www.mhlw.go.jp/content/000762988.pdf
ひな型例 | 解説 |
●4条3項 【主催者が保険に加入する場合】 ・事故等に備え、主催者が施設賠償責任保険に加入している場合を想定したものです。他の保険に加入している場合は、その概要がわかる記載(「イベント賠償責任保険」など)に変える/加えることが考えられます29。 ・主催者が十分な補償限度額の保険に入る場合、「本公演の準備・遂行過程で、実演家に傷害その他の損害が生じ、又は、実演家が他の参加者、観客その他の第三者に損害を与えた場合、上記保険金の受領を除き、プロダクションが自らの費用と責任において処理する。」として、主催者が保険金分以上に責任を負わないと定めることもあります。 【プロダクション側が保険に加入する場合】 ・「○○保険」には、傷害保険、賠償責任保険といった保険の名称が入ります。ただし、重要なのは保険の名称よりもどのような場合に (いくら)補償されるかですので、プロダクション側に入ってもらう保険についてはよくご確認ください。場合によって加入している保険内容を開示してもらうこともあり得ます。 ・2021(令和 3 )年 4 月 1 日から労災保険の特別加入が拡大し、労働者に当たらない芸能関係作業従事者も労災保険に加入できることになりました(実演家本人による加入手続が必要です)。ただし、労災保険は、実演家の業務による怪我や病気への補償であって、当該実演家が第三者に加えた損害について補償するものではありません。第三者に加えた損害について保険をかけてもらいたい場合、他の保険に入ってもらう必要があります。 ・なお、プロダクションではなく実演家が保険に入る場合、例えば、「プロダクションは、公演の準備・遂行過程で傷害その他の損害が生じた場合に備え、プロダクション又は実演家の費用負担にて、実演家に、合理的な〇〇保険に加入させることを保証する。」といっ た規定が考えられます。 |
29 なお、全国公立文化施設協会の会員が加入できる保険について、同協会webサイトに案内があります。https://www.zenkoubun.jp/insurance/index.html
ひな型例 | 解説 |
第 5 条(完了の義務) 1 プロダクションは、第 1 条及び第 2 条の公演及び稽古・リハーサルの期間中、実演家に法令を遵守させ、意欲を持って稽古に参加し及び本公演に出演し、芸術水準の維持向上に努めさせる。 2 プロダクションは、実演家の健康の保持に十分留意し、病気・怪我の場合及び感染症 (インフルエンザ及び新型コロナウイルス感染症を含む)罹患の可能性がある場合には、ただちに主催者に報告のうえ、その要請に従 う。 | |
第 6 条(活動及び公演の記録と成果の利用) 1 プロダクションは、主催者が本公演に関する実演家の活動(稽古・リハーサル及び本公演本番における実演を含むがこれに限られない)を録音、録画、写真撮影等することに同意し、その録音物、録画物、写真等(その各編集物、音声・歌唱のみの収録盤を含み、以下「本録画物等」という)をテレビ放映、公衆送信、CD、DVD等の製造、販売、その他の一切の利用を行うことに同意し、実演家にも同意させる。 2 本条に関するプロダクション及び実演家の対価は第 3 条の本報酬に含まれる。ただし、第 1 項規定の実演家の活動について、CD・ DVDの販売、放送、有料配信を行う際は、別途報酬が発生することとし、その金額は 【別途協議する。/販売・放送・配信による収益(CD・DVDの売上、放送料、配信チケットの売上等の収入から、プラットフォーム手数料や代金決済手数料、チケット販売手数料等の直接の諸経費を差し引いた後の税抜金額)の○%とする。】 3 プロダクションは、自ら又は実演家をして、主催者又は第三者に対し、本契約に基づく実演の利用に関し、実演家人格権、肖像権、パブリシティ権その他の法的権利を行使しない。 | ●6条1項 ・本公演や稽古・リハーサルの録画等及びその録画物等を利用できるとする規定です。俳優・ダンサーなどの実演家には、無断で実演を録音・録画、放送、インターネットへの送信(送信可能化)等されない権利(実演家の権利)があります。そのため、実演の収録について同意をとる必要があります。 ・なお、著作権法では、許諾を得て撮影され映像化された場合(それが映画の著作物に当たる場合など30)、その映像内の実演に対しては、実演家の権利は及ばない場合があります (ワンチャンス主義。但し、その映像から音声を取り出してキャストアルバムなどを制作する場合は除く)。そのためもあり、実演家にとっても、また後のトラブルを避けるためにも、利用方法も合意しておく方が安心でしょう。 ・利用用途を限定列挙するものもありますが、本ひな型では、録画物等の利用用途に限定をかけず広く利用できる一方で、一定の利用 (CD・DVD販売、放送、有料配信)については対価を発生させるとしています( 6 条 2 項)。 ・その場合の対価について、別途協議とすることもありますし、本契約で取り決めることもあります。例えば収益の一部を対価とする場合、その収益にどこまで含むか、どの経費を差し引くか、税込/税抜いずれに割合を乗じ るかなど定めておく必要があります。 |
30 例えば、 1 台の固定カメラで定点撮影したような映像の場合、映像表現自体には創作性がなく「映画の著作物」にあたらないため、やはりワンチャンス主義は働かないと解されます。
ひな型例 | 解説 |
第 7 条(宣伝協力) 1 プロダクションは、主催者が、実演家の氏名、写真その他の肖像を利用して本公演に関する宣伝広報(再演及び前条による利用の宣伝広報を含む)を行い、またプログラムを制作、販売することに同意し、実演家にこれを同意させる。当該目的のために主催者の要請があった場合には、プロダクションは権利処理済みの肖像写真を主催者に提供し、また実演家をして写真撮影及びインタビュー等に無償で協力させる。 2 プロダクションは、前項のほか、主催者の要請があった場合には、スケジュール上可能な範囲内、かつ交通費など主催者の実費負担において、実演家をして本公演のプロモーション活動等に協力させる。 | ●7条 ・実演家に無断で、その氏名、写真等を利用してプロモーションを行うと、パブリシティ権侵害の問題となり得るため、この点について同意をもらう規定です。パブリシティ権とは、著名人の氏名、肖像が持つ価値を、一定の要件のもと保護するもので、日本では判例で認められている権利です。例えば、無断で著名人の顔写真を広告に使うことはパブリシティ権侵害と解されます。 ・なお、本ひな型にはクレジット表記に関する規定は置いていませんが、プロダクション側から表記方法の要望がある場合など、後のトラブルとならないようクレジット表記について規定しておくこともあります。例えば、「当日プログラム、ポスター、プレスリリース、及び主催者が選択する宣伝広報物に氏名を記載する」などクレジットが載る範囲を定めて おくことも考えられます。 |
第 8 条(移籍) プロダクションは、実演家を代理し又は実演家のためにこの契約を締結し、履行させる権限があること、及び実演家がこの契約の内容を了承し履行に同意していること、万一、実演家がプロダクションの所属を離れる場合、速やかに主催者に連絡の上、実演家による契約履行に支障がないように手配することを保証する。 | ●8条 ・プロダクションが実演家のために契約を締結できる権限を有することの保証及び移籍した場合の規定です。実演家個人との直接契約となる場合は不要です。 |
第 9 条(不可抗力による中止、中途終了) 1 各当事者は、各当事者の合理的なコントロールを超える事情(地震、雪、台風その他の自然災害、戦争、テロ、皇室での不幸、感染症その他の疾病、政府、自治体、監督機関又は業界団体の制限、指導又はガイドライン、会場の閉鎖、他の実演家の出演不能、及び上記に起因又は関連する主催者による本公演の中止を含み、以下、「不可抗力事由」という)によって本契約上の義務が遅延又は不履行となった場合には、互いに責任を負わない。 | ●9条2項 ・不可抗力による中止時の報酬を定めるものです。本ひな型では、公演中止時の報酬額について、中止決定時点に応じて支払うものとしました。稽古開始前の中止でも既に実演家のスケジュールを押さえていることを加味し、一定額の支払を発生させています。また、公演が一部中止となる場合も見込み、初日以降は実施公演割合(実施公演数/予定公演数)を乗じることとしています。 |
ひな型例 | 解説 |
2 不可抗力事由によって本業務の目的である本公演の全部又は一部が中止となった場合の本報酬の支払は、以下の中止決定時点に応じ、以下のとおりとする。 稽古開始前まで 〇%稽古開始~初日前日まで △%初日以降 報酬の△%に加え、報酬の□%(100-△%)に予定公演数中の実施公演数の割合を乗じたもの(予定10公演中 2 公演実施できた場合は、□%×0.2) 3 主催者は、演出の都合その他の事業上の必要により本契約を中途終了させることがで き、この場合、前項の支払規定を準用する。 | ・中止時の報酬基準を定めず「協議により定める」とすることもあり得ます。その場合も、 「中止時点における業務遂行割合に鑑み、協議により定める」などとしておくと、協議の拠り所となります。 ・いずれにしても一方が不公正に損害を被ることがないようにすることが重要です。 ●9条3項 ・不可抗力による公演中止でなくとも、演出の都合その他主催者側の都合で契約の終了(降板)を求めることもあり得ます。この場合の報酬額につき、本ひな型では不可抗力による公演中止の場合に準じるとしています。 |
第10条(変更) 1 主催者とプロダクションは本業務の内容等について緊密に協議を行い、出演契約の内容の変更が必要な場合、スケジュールや追加の対価等に関し誠実に協議を行った上で、双方合意によりその内容を決定し、書面(電磁的書面を含む)で確認する。 2 主催者は、前項の変更によりプロダクション、実演家が不利益を受けないよう、スケジュールや追加報酬の有無に関し、十分な配慮を行う。 | ●10条 ・公演準備の円滑な遂行上、業務内容変更の最終的な決定権は主催者側にあると定めるケースもあります。ただし、その場合であっても変更によりプロダクション側に不当な不利益を与えないよう、スケジュールや追加報酬の有無について十分な配慮が必要です。この点、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(2021(令和 3 )年 3 月26日、内閣官房ほか)14頁では、 「取引上の地位が優越している発注事業者が、一方的に、取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施する場合に、当該フリーランスに正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるときは、優越的地位の濫用として問題となる」とされている ことにも注意が必要です。 |
第11条(保証) プロダクションは、主催者に対し、下記の事項を表明かつ保証する。 ① 実演家が犯罪の嫌疑を受けないこと及び新聞雑誌、SNSその他にてスキャンダル等社会的評価の悪化につながる内容の報道・公表がされないこと。 ② 実演家が未成年の場合、本契約の締結及び履行について法定代理人の同意を得ているこ と。 | ●11条① ・このような品位保持条項を設ける場合もあります。 ●11条② ・プロダクションとの契約を想定した規定です。実演家個人との直接契約で本人が未成年 (18歳未満)の場合は、契約締結に親権者の同意が必要となります。 |
ひな型例 | 解説 |
第12条(権利義務譲渡の禁止) プロダクションは、主催者の事前の書面による承諾がないかぎり、本契約上の地位あるいは本契約から生じる権利義務の全部又は一部を第三者に承継し、譲渡しもしくは引受けさせ又は担保に供してはならない。 | ●12条 ・受注者が本契約上の義務のいずれかを第三者に丸投げしたり、主催者に対する報酬請求権を第三者に譲渡するなどして、無関係の第三者が登場することを防ぐものです。契約の種類にかかわらず一般に入ることの多い規定です。 |
第13条(再委託) プロダクションは、主催者の事前の書面による承諾がないかぎり、本契約上の義務の全部又は一部を第三者に再委託できない。なお、プロダクションは、主催者の事前の書面による承諾を得て、第三者に本契約上の義務の全部又は一部を再委託する場合には、当該第三者に対し、本契約におけるプロダクションの義務と同様の義務を遵守させ、その行為について一切の責任を負う。 | |
第14条(契約の解除/損害賠償) 1 主催者及びプロダクションは、相手方が本業務の履行を怠った場合、その他本契約に違反した場合、相手方にその是正を求め、相手方が当該是正の求めから 7 日以内に是正しない場合、本契約を解除することができる。 2 前項による解除の有無にかかわらず、主催者及びプロダクションは、相手方による本業務の不履行、本契約上の義務の不遵守により被った損害につき、相手方に対して損害賠償請求することができる。 | ●14条 1 項 ・ここでは、催告の期間(不履行の是正を求めてから解除ができるまでの期間)を 7 日としています。「営業日」としていませんので、 1 週間という意味になるでしょう。こういった取り決めも合意次第であることは契約入門編 2 (3)⑤催告/解除・解約(18頁)に記載のとおりです。 ・特に出演契約の場合、例えば特に説明もなく稽古場に来なくなった出演者がいる場合に、解除まで 7 日間待てるか、なども問題となります。柔軟性を持たせるために「相当な期間 内」と記載する選択肢もあるでしょう。 |
第15条(反社会的勢力等の排除) 1 主催者及びプロダクションは、現在及び将来にわたり、自己(その役員、従業員、その他所属するスタッフ、クリエイター、実演家等を含む)が、暴力団関係者その他の反社会的勢力(以下「反社会的勢力」という)でなく、反社会的勢力と何らの関係も有していないこと、暴力的要求、脅迫、その他反社会的行為を行っていないことを保証する。 2 主催者及びプロダクションは、相手方が前項に違反した場合、何らの催告を要することなく、直ちに本契約を解除することができる。 3 主催者及びプロダクションは、前項に基づく解除の場合、解除された相手方に損害が生じて も、これを賠償する一切の責任を負わない。 | ●15条 ・いわゆる反社条項・暴排条項と呼ばれるものです。暴力団排除条例の存在などから、近年ではどのような契約のタイプにも入っていることが多い内容です。より細かく定める例もありますが、ここではやや簡易的に規定しました。 |
ひな型例 | 解説 |
第16条(秘密保持) 主催者及びプロダクションは、本契約に関連して知得した相手方の業務上その他の秘密につき、秘密として管理し、相手方の事前の承諾なく、第三者(弁護士その他法令上守秘義務を負う専門家を除く)に開示または漏洩してはならず、本契約遂行以外の目的で使用してはならない。ただし、以下の各号のいずれかに該当する情報は、この限りでない。 ① 開示を受ける前より既に適法に保有していた情報 ② 正当な手段により、秘密保持義務を負うことなく第三者から開示を受けた情報 ③ 開示を受ける前に既に公表されており、一般に入手可能な情報 ④ 開示を受けた後、受領者の責めによらない事由により公表され、一般に入手可能となった情報 ⑤ 秘密情報によることなく独自の方法により 開発した情報 | ●16条 ・相手の秘密を漏洩などしないという条文です。やや詳しめの記載例となっています。 ・秘密保持条項では、秘密情報の対象(定義)がまずはポイントとなります。本ひな型では、ある程度柔軟な解釈が可能なように「相手方の業務上その他の秘密」と評価をともなう定義としましたが、秘密情報を「一切の情報」とする例や「秘密と指定して文書で開示した情報」とする例もあります。 ・本ひな型のように規定する場合でも、特に秘密として管理を求めるものは、「秘密情報」である旨指定して開示することがよいでしょう。 |
第17条(準拠法及び合意管轄) 本契約は日本法に準拠し、本契約に関する一切の紛争については、主催者の【本店所在地/主たる事務所】を管轄する裁判所を第 1 審の専属的合意管轄裁判所とする。 | ●17条 ・準拠法、裁判管轄を定める規定です。準拠法はどの国の法律で契約を解釈するかの取り決めであり、裁判管轄は仮に契約に関連して紛争となった場合には、どの国・土地の裁判所で訴訟を行うかを事前に取り決めておくものです。 ・日本で行う公演についての契約であれば、通常は日本法が準拠法となり、日本の裁判管轄を記載することになるでしょう。東京地方裁判所、大阪地方裁判所など具体的な裁判所名を記載するケースが大半です。裁判の様々なコストを考慮すると、自らの本拠地に近い場所に設定する方が一般的にはベターですが、同時に、同種のケースに慣れた大都市の裁判所を選ぶケースもあるでしょう。 ・準拠法、裁判管轄は海外の実演家との契約においては特に重要です。相手国の裁判所において相手国法で訴訟を行うとなると、通常は現地の弁護士にも依頼するなど高額の費用負担が見込まれます。いざとなった際に訴訟に持ち込む/持ち込まれる現実的可能性があるかは、その前段階である任意交渉にも影響し ます。 |
ひな型例 | 解説 |
・海外当事者との契約交渉場面では、日本で行う公演の契約である以上、日本法準拠、日本の裁判管轄(や相手国によっては日本での国際仲裁)を求めることがまずは考えられます。また、こういった交渉のためにも、契約交渉は早い段階で始めることが重要です。 | |
第18条(雑則) 本契約に定めなき事項又は解釈上疑義を生じた事項は、法令に従うほか、双方誠意をもって協議のうえ解決を図る。 | |
以上、本契約成立を証すため、本書 2 通を作成 し、双方記名捺印のうえ各 1 通を保有する。 〇年〇月〇日 主催者:(住所) (名称) (代表者肩書・氏名)(印) プロダクション:(住所) (名称) (代表者肩書・氏名)(印) |
契約例 3 :市民ワークショップ参加同意書
(主催者として参加を募る場合)
契約例 3 は、主催者として市民ワークショップを開催し、市民の参加を募る際の参加同意書の例です。座学、衣装・美術の制作など成果物を伴うもの、演技・ダンスの表現など身体的な参加を伴うもの、書籍や演劇を作り上げるなど作品制作に関与するものといった、各ワークショップの種類により、参加者の安全、成果物の権利など配慮すべき点が異なります。同意書もワークショップの内容に応じてアレンジする必要があります。
なお、本契約は、契約入門編 1 (2)( 3 頁以下)では、契約タイプ⑥その他に位置付けたものになります。
ひな型例 | 解説 |
参加申込書(兼同意書) 参加者は、別紙の参加規約に記載された内容について同意の上、〇〇(以下「主催者」という)が主催するワークショップへの参加を希望します。 記入日 年 月 日氏名 住所 電話番号 メールアドレス 緊急時のご連絡先 電話番号 ご関係(「母」など) ※申込者が未成年のときは、以下もご記入ください。 別紙の参加規約に記載された内容について同意の上、ワークショップへの参加申込に親権者として同意します。(親権者がご両親である場合、ご両名ともご記載頂くようお願いいたします) | ●参加申込書(兼同意書) ・参加申込書と同意書を一体とし、別紙の参加規約に記載された注意事項に同意の上で参加申込みをするものとしています。なお、ウェブサイトやチラシなどの案内に注意事項を記載しておくだけでは当然にその注意事項に同意したとまでいえないため、同意をもらうことが重要です。 ・参加者が未成年(18歳未満)の場合、親権者の同意をもらう必要があります。父母が婚姻中の実子は父母の共同親権とされているため、母又は父の一方しか署名していない場合、署名していない方から契約の取消しを主張されるリスクがあります。そのため、両名の署名をもらうことをお勧めします。 |
ひな型例 | 解説 |
氏名住所 申込者との続柄 氏名住所 申込者の続柄 | |
別紙 参加規約 1 .参加者は、講師、スタッフ、館内規則、その他主催者側の指示に従って頂きます。なお、指示に従わない場合、ワークショップへの参加が取りやめになる場合があります。 | ●1項 ・指示に従うことを約束してもらうものです。他の参加者の安全、安心確保のためにも、講師や主催者側における指示権限(指示に従わない場合の効果)は重要です。 |
2 .参加者は、参加に当たって、以下の事項を約束します。以下の事項が守られなかった ((2)の配慮を要する事項の申告がされなかった場合を含む)ことによる不利益について主催者、講師は責任を負いかねます。 (1)発熱、飲酒状態、その他主催者が参加困難と判断した状態で参加しないこと (2)以下の参加不可事由に該当しないこと ・怪我の治療中であるなど十分な身体的動きができない場合 ・妊娠中 ・〇歳未満 ※その他参加に配慮を要すると思われる事項がある場合、以下にご記載ください。 ( ) (3)参加者が未成年の場合、親権者がワークショップへの参加及び本同意書の内容に同意していること (4)他の参加者や講師の同意なく、参加者や講師の撮影及び撮影した写真・動画をブログ・SNS等に掲載しないこと (5)これまで及び将来を含め、暴力団などの反社会的組織に属していないこと、暴力行為など反社会的行為を行っていないこと (6)ワークショップにおいて、営業活動、宗教・政治活動、公序良俗に反する行為、そ の他秩序を乱す行為を行わないこと | ● 2 項(2) ・ある程度激しい動きがあるワークショップなどでは、こういった参加不可事由も想定されます。講師とも連携し、ワークショップの性質に応じた調整が必要です。 ● 2 項(4) ・他の参加者の氏名、写真もプライバシー権や肖像権により保護されるため、無断での撮影、公開をしないよう規定しておくものです。 ・判例では、肖像権(肖像をみだりに撮影、公開されない権利)がどこまで保護されるか(どのような利用が肖像権侵害か)は、諸事情の総合考慮によるとされています。もっとも、総合判断では現場の運用が難しいことから、デジタルアーカイブ学会が、肖像の使用に関するガイドライン31を策定しており参考になります(同ガイドラインの使い方を含む解説は、骨董通り法律事務所コラム32もご参照ください)。 |
31 http://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline/
32 福井健策「肖像権ソフトローの試み~正式公開された『肖像権ガイドライン』を概観する~」
https://www.kottolaw.com/column/210629.html
ひな型例 | 解説 |
(7)本申込みを行う本人が参加し、第三者を参加させないこと | ● 2 項(5) ・契約書に登場する暴力団排除条項は詳細な場合もありますが、ここではシンプルにしています。 |
●ワークショップのノウハウ等の非公開について(講師が希望する場合等) ・ワークショップのノウハウ、メソッド自体は著作権法では保護されない可能性があります (著作権法は表現に至らないアイディアは保護しないため)。そのため、講師がノウハウ等の公開を希望しない場合や、受講者がノウハウ等を利用して他で講座を開くことを控えてもらいたい場合等には、本規約に定める必要があります。 | |
【規定例】 ・ワークショップのノウハウ、メソッドについて、講師に無断で第三者に提供、公開しないこと。 | |
3 .(1)主催者は、参加者がワークショップを通じて制作する成果物(以下「成果物」といいます)を、主催者の事業上必要な範囲で、媒体を問わず、将来にわたって非独占的に利用することができます。 (2)主催者は、前号の成果物について、安全性や法令適合のための変更、演出の要請による軽微な変更を行うことができます。 (3)成果物に対するクレジットの方法は主催者において決定します。ただし、参加者から匿名の申し出があった場合には、これを尊重します。 (4)参加者は、他の権利者の同意なく、本ワークショップにおける成果物を利用しないことを約束します。 | ●3項 ・ワークショップで制作する成果物に対し参加者の著作権が発生する可能性があります。参加者とともに一つの作品(書籍、美術作品、演劇等)をつくり上げる場合、その成果物を利用できるようしておく必要があります。 ・本ひな型では権利を参加者に残しつつ、主催者が非独占的にその成果を利用できる形としました。 ・氏名の表示について、契約上は主催者の裁量としつつ、現実の運用では参加者の確認を得るケースも多いでしょう。ワークショップ終了後に連絡をとろうと思ってもとれない場合もありますので、氏名の公開まで想定される場合、本同意書にチェックボックスなどを設けて可否を聞くことや、ワークショップ当日に確認を得ておくことが考えられます。 ・成果物の利活用との関係などから、著作権を主催者側に帰属させる必要がある場合、例えば以下の規定が考えられます。ただし、参加者の創作活動に十分に配慮し、不用意に権利 を移転させないよう注意が必要です。 |
ひな型例 | 解説 |
【規定例】 (1)ワークショップを通じて制作する成果物(以下「成果物」といいます)に対して参加者の権利が発生する場合、この権利は制作時点で主催者に移転します。この移転は著作権法第27条及び28条の権利を含みます。 (2)主催者は成果物を必要な範囲で編集・変更することがあり、参加者はこれに同意します。 (3)成果物に対するクレジットの方法は主催者が適宜と判断する方法で決定します。ただし、参加者の氏名を表示する場合、参加者の同意を得ます。 【上記例についての解説】 ・著作権法では、同法27条の権利(翻訳権、翻案権等)及び28条の権利(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)は、著作権譲渡の対象として明示(特掲)しない限り、譲渡されていないと推定されます(著作権法61条 2 項)。譲渡の対象にこれらが含まれていると示すため「著作権(著作権法第27条及び第 28条の権利を含む。)」としています。 | |
4 .講師、主催者において、ワークショップの様子(ワークショップを通じて参加者が制作した成果物を含みます)を録音・録画・写真撮影等する場合があります。主催者は、その録音・録画・撮影物を、ワークショップや事業の広報、宣伝、アーカイブ目的で利用することができます(複製、放映、SNS・その他インターネット上での利用を含みます)。 | ●4項 ・ワークショップの様子、成果物の録音録画等をできるとする規定です。録音録画物の利用について、本ひな型では用途に関わらず利用できるとはせず、ワークショップや事業の広報、宣伝、アーカイブ目的に限定しています。実際の場面では、将来の利用用途を想定し、不足がないようアレンジが必要です。 ・なお、肖像権やプライバシーとの関係から、公開を予定する場合、本規約に定めるのみならず現場での丁寧な説明が望ましいところです。肖像権については、 2 項(4)の解説でも述べたデジタルアーカイブ学会による肖像 権ガイドライン33もご参照ください。 |
33 https://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline/
ひな型例 | 解説 |
5 .私有物の保管や安全には各自、十分ご注意ください。盗難その他の事故により参加者が損害を被った場合も、主催者は、その故意又は過失による損害でない限り、責任は負いかねます。 | ●5項 ・盗難等の責任についての規定です。ワークショップに関する契約は市民との契約であり、消費者契約法の適用があると解されます (公益財団法人も消費者契約法の「事業者」となります)。消費者契約法では、事業者に過失があっても一切責任を負わないとする規定は無効であるため(同法 8 条 1 項 1 号)、本ひな型では故意過失の範囲で責任を負うとしています(法の原則どおりですが、同意書に定めておくことで、万が一トラブルがあった 際に参加者に説明しやすい場合があります)。 |
6 .地震、雪、台風その他の自然災害、交通機関の乱れや運休、感染症の流行、その他主催者のコントロールを超える事情によって、ワークショップを中止する場合がございます。主催者はこれにより生じた損害の賠償責任を負いません。 | ●6項 ・不可抗力による中止についての規定です。不可抗力で主催者側の債務(ワークショップを提供する債務)が履行できない場合、履行できなかったことによる損害賠償責任は負わない一方、受講料はもらえない(返金する)ことが法の原則です。この原則通り定めるものです。 |
7 .前項の場合を含み、ワークショップが中止された場合、受講料は開催済み回数の割合に応じて返金いたします。 | |
8 .参加者は、以下の留意点に同意します。 (1)ワークショップへの参加による技能取得が保証されるものでないこと (2)ワークショップの内容が変更される場合があること (3)参加者同士のトラブルについて、主催者、講師は責任を負いかねること | ● 8 項(2) ・ワークショップの内容の細部での変更などあり得るため、その旨規定したものです。ただし、看板講師の変更など大幅な変更まで本規定によって許容されるとは言い切れません。いずれにしても、ある程度大幅な変更については、参加者に早めに連絡するなど丁寧な対応が望ましいでしょう。 |
9 .主催者は、本同意書及びワークショップへの参加に関して取得する参加者の個人情報について、個人情報保護法の趣旨に則って取り扱うものとし、ワークショップに関する情報の参加者への提供、参加者の本人確認及び諸連絡、今後のワークショップその他主催者のイベント案内の目的で取得した個人情報を利用します。 | ●9項 ・個人情報については、各団体が定めるプライバシーポリシーを参照することも考えられます。なお、規定した利用目的以外に個人情報は利用できないので注意が必要です。 |
10.本ワークショップに関する合意は日本法に準拠し、本ワークショップに関する一切の紛争は、〇〇地方裁判所を第 1 審の専属的合意管轄裁判所とします。 | ●10項 ・準拠法、裁判管轄の規定です。国内の近隣居住者との契約であれば準拠法や管轄が問題になることは多くないとは思いますが、念のため入れておくと安心です。 |
F A Q
執筆:骨董通り法律事務所
・契約とは
Q. 契約(書)の必要性を教えてください。また、見積書と請求書で済ませることは可能でしょうか。
A. 契約入門編の 1(- 6)-①「契約書のメリット」、 3(- 3)「契約書はコスト。コストパフォーマンスの意識をもつ」をご参照ください。
Q. 業務量や契約金額の多寡によって、書式量は変わりますか(発注者側の事務量とのバランス)。
A. 契約入門編の 3(- 3)「契約書はコスト。コストパフォーマンスの意識をもつ」をご参照ください。
Q. 契約書は発注者側が用意するものでしょうか。受注者はどこまで文言の変更ができますか。
A. 契約書を当事者のいずれが用意するかについてのルールはありません。ただ、一般的には契約書を用意した側の方が交渉のイニシアティブをとりやすくなります。これは最初に案を作成する方が、まずは自分たちに有利な内容案を作成できることが多いためです。 ただ、仮に発注者側が契約書を用意した場合も、受注者が変更できる文言の範囲に制限はありません。交渉によって、最終的な契約文言を詰めていきますので、場合によっては、用意したものから大幅に変更される可能性も考えられます。
Q. 公演終了後の契約書の保管期間を教えてください。
A. 公演終了後であっても、トラブルなどが生じた際に契約書を参照でき
るよう、作品の二次利用が発生したり、金銭・権利関係などのトラブルが生じたりする可能性がある間は保管しておくことがお勧めです。また、法人税法上の保管義務にもご注意ください。一般社団法人・一般財団法人(非営利型法人を除きます)については、すべての所得が法人税の課税対象となる(法人税法第 5 条)一方、非営利型法人である一般社団法人・一般財団法人、公益社団法人・公益財団法人については、収益事業から生じた所得についてのみ法人税が課税されます(法人税法第 6 条、法人税法施行令第 5 条第 2 項第 1 号。公益社団法人・公益財団法人の公益目的事業から生じた所得には課税されません)。そして、取引に関する契約書(非営利型法人である一般社団法人・一般財団法人、公益社団法人・公益財団法人の場合は収益事業に係る取引に関する契約書)は、原則として、その事業年度の確定申告書の提出期限(原則、事業年度終了の日の翌日から 2 ヶ月以内)の翌日から 7 年間保存することが義務付けられてい
ます(法人税法第150条の 2 第 1 項、法人税法施行規則第66条 1 項、
67条第 1 項第 1 号・第 2 項)。
・書式
Q. 契約書/覚書/約款/承諾書などの違いを教えてください。
A. 契約書、覚書などは、ほとんど違いはありません。
約款については、契約入門編の 2(- 1)-①「タイトルに関するあれこれ」をご参照ください。
承諾書は、一般的には契約の一方当事者が取り決めた内容を他方当事者が承諾する形式のものをいいます。
Q. 背綴・割り印・捨印は必要ですか。
A. いずれも法的に必要はありませんが、改変防止や改変の誘発などに関わります。
契約入門編の 2(- 4)-③「捨印、契印」もご参照ください。
Q. 契約者名は、組織の代表者である必要がありますか。
A. 代表者でなくとも、組織を代表して契約締結する権限を有する者であれば、法的には問題ありません。
Q. 契約者名を印字して押印する場合や署名のみとして押印を省略する場合の契約の有効性について教えてください。
A. いずれの場合でも、契約の有効性や契約書の有効性には変わりありません。多くの契約書では、本人による署名又は押印を契約の発効要件としています。また、法律上も上記のいずれかがあれば、その契約は本人の意思に基づくものと推定されます。
なお、民事訴訟において、契約書等の私文書が本人の意思に基づいて作成されたものか争いになった場合、①私文書に捺印された印影が本人の印章である場合、本人の意思に基づいて捺印されたと事実上推定され(一段目の推定)、②本人の意思によって捺印された私文書は、本人の意思に基づいて作成されたと推定されます(二段目の推定。民事訴訟法第228条第 4 項)。署名のみの場合は、民事訴訟
法第228条第 4 項により、本人の署名があると認められれば、当該私文書は、本人の意思に基づいて作成されたと推定されます。そのため、署名又は押印がある契約書を得ることは安心につながります。
Q. 押印の順番に決まりはありますか(発注者が押印した後に、受注者が押印するなど)。
A. 押印の順番に法的なルールはありませんので、発注者・受注者いずれからでもよいです。
Q. 捨印は、どこまで必要ですか。
A. 捨印は、誤字脱字などの軽微な修正が必要になったときに備えて、あらかじめ押しておくものですが、裏を返せば、捨印を悪用して契約内容を変更できるというリスクが伴います。捨印について明確なルールはなく、必ず押さなければならないというものでもありません。契約当事者間の合意で決めることになりますが、上記リスクから考えると、重要な契約については押さない方が安全といえそうです。
・締結時期
Q. 業務の内容がある程度決まる時期と契約締結時期の判断、法的な締切について教えてください。
A. 契約締結の時期に関して法的なルールはありませんが、締結するまでは話が変わったり撤回されたりといったリスクがあるため、自分にとって取りかえしのつかない時期までには結んでおきたいものです。手続きや細部にこだわるあまり締結がズルズルと延びるケースがよく見られますが、到底お勧めできません。
発注する段階で業務内容の詳細を確定させることが困難な場合等は、それまでに合意した点だけでもまずは契約し、相手方との基本合意に法的拘束力を持たせることができます。この場合、未定となっている理由を示すとともに、定まっていない事項については、別途協議する、あるいは決定する予定時期を記載するといった形で記載しておいて、業務内容が具体的に定まってから改めて契約書を締結します。
契約入門編の 1(- 6)-①「契約書のメリット」もご参照ください。
・契約金額
Q. プラン料・作業費・諸経費を一括して、契約金額とすることはできますか。
A. 契約金額の定め方は当事者の自由ですので、プラン料・作業費・諸経費を一括して契約金額とすることは可能です。ただし、契約金額の内訳に鑑みて適正な対価を設定することが重要となります。例えば、適正な対価なしに成果物などに係る権利の譲渡を受ける場合、下請法上の「買いたたき」(下請法第 4 条第 1 項第 5 号)などとして、法律違反となる可能性があります。
Q. 支払時期を決めるのが困難なときはどうしたらよいでしょうか。
A. 支払期日は、具体的な日付で定めるほか、本業務(本公演)終了後
〇日以内/翌月末までなど、複数のパターンがあります。支払期日を後から定める必要がある場合は、決定する予定時期や別途定める旨を規定しておくことが考えられます。なお、下請法が適用される場合、報酬の支払期日は、スタッフから成果物などを受領した日から60日以内(かつできる限り短い期間内)に定める必要があります
(下請法第 2 条の 2 第 1 項)ので、ご留意ください。
Q. 契約金額が無料の場合は、どうしたらよいでしょうか。
A. 契約書には、契約金額が無料である旨を明記します。この場合も、契約当事者間で認識の齟齬がないよう、その他の経費の取扱いなども規定することがおすすめです。
・変更
Q. 両者押印後の訂正はどこまで訂正印で対応可能でしょうか。契約内容を修正・変更した場合の印紙の取扱いについても教えてください。
A. 誤字脱字などの軽微な変更であれば、訂正印での修正で対応可能です。
業務内容、契約金額などの重要部分に関する変更の場合は、一般的には、その変更する部分についての覚書や変更契約書などを締結します。変更しない部分は原契約の定めに従う旨の規定を入れます。
また、新たに作成した覚書や変更契約書などに印紙税法の「重要な事項」が含まれている場合には課税文書に該当するため、印紙の貼付けが必要となります。例えば、印紙税法の 2 号文書「請負に関する契約書」の場合、下にある(1)~(10)が「重要な事項」に該当します。
なお、このうち(3)契約金額を変更するのであれば、①変更後の金額だけではなく変更前の金額も記載する、あるいは②変更前の契約金額の記載のある文書が作成されていることを明らかにし変更契約書などに変更金額を記載することで、印紙代を節約することができます。
契約金額以外を変更する場合、当該覚書や変更契約書などは契約金額の記載のないものとして扱われます(印紙税法の 2 号文書「請負に関する契約書」であれば、200円の印紙の貼付が必要となります)。
【「請負に関する契約書」の「重要な事項」】
(1)請負の内容(方法を含む)
(2)請負の期日又は期限
(3)契約金額
(4)取扱数量
(5)単価
(6)契約金額の支払方法又は支払期日
(7)割戻金などの計算方法又は支払方法
(8)契約期間
(9)契約に付される停止条件又は解除条件
(10)債務不履行の場合の損害賠償の方法
Q. 業務内容の変更によって、契約金額が増額又は減額した場合の対応方法について教えてください。
A. 契約金額を増額又は減額した旨の覚書や変更契約書などを作成することで対応できます。①変更後の金額だけではなく変更前の金額も
記載する、あるいは②変更前の契約金額の記載のある文書が作成されていることを明らかにし変更契約書などに変更金額を記載することで、印紙代を節約することができます。この記載方法によって、増額した場合は増加額に対応する印紙の貼付で足り、減額した場合は印紙税法上は記載金額のない文書という扱いになります。
Q. 稽古から公演が年度をまたぐ場合や公演が数年先の場合など、契約内容の変更時の対応はどのようにしたらよいでしょうか。
A. 最初に締結した契約を原契約として、契約内容を変更する部分についてのみの修正覚書を作成することが考えられます。変更しない部分は原契約の定めに従う旨の規定を入れることで、作成の手間やコストを抑えることができます。
・努力義務
Q. 努力義務は現実的にどこまで強制力があるのでしょうか。例えば、
「できる限り稽古に参加するように努める」といった場合に責任を問うことが可能でしょうか。
A. 努力義務は、いわゆる契約上の義務と比較すると、法的拘束力は弱く、十分な強制力があるものではありません。ただ、規定しない場合と比べると、一定のプレッシャーを与えることはできます。例えば、債務不履行によって、損害が発生したような場合には、損害賠償請求の根拠とすることが可能です。稽古の無断欠席が続き、それによって公演に損害が発生したような場合、損害賠償請求の根拠とすることが考えられます。
・権利処理
Q. 成果物の利用についての許諾を得る場合、どこまで記載する必要がありますか(再演、配信、DVD化など)。
A. 成果物に著作権が発生する場合で、当該成果物の利用許諾を得るときは、予定されている利用方法について契約書に明記する必要があります。
例えば、「本公演に利用することができる」とだけ記載すると、再演での利用が可能か疑義を生じます。再演での利用が見込まれる場合は明記することをおすすめします。
なお、外部資料での引用や非営利の教育利用など、一定の条件で法的に許諾なく利用できる場合(著作権の制限規定といい、著作権法第30条乃至第47条の 5 に列挙されています)もあり、そうした利用を契約書に記載する場合には「利用できることを念のため確認する」という位置づけになるでしょう。
Q. 発注者の職員(プラン、企画制作など)に係る権利の処理はどうしたらよいですか(例えば退職の際の扱い)。
A. 発注者の職員の業務成果については、①法人等の発意に基づき、②法人等の業務に従事する者が、③職務上作成する著作物で、④法人等の著作名義で公表されるなど、著作権法第15条の定める「職務著作」の要件を満たす場合は、発注者である法人等が著作者となり、著作権及び著作者人格権を有することになります。そのため、この場合は権利処理は不要です。
上記の「職務著作」の要件を満たさない場合は当該職員個人が著作者となり、著作権及び著作者人格権を有することになります。この場合、成果物を利用するには、当該職員との間でライセンス契約を締結して利用許諾を得る、あるいは著作権譲渡契約を締結して著作権を譲渡してもらう必要があります。ただし、著作者人格権は譲渡することができないため、当該職員に帰属したままとなります。
Q. 権利許諾の基準となる価格(パーセンテージの目安)を教えてください。
A. 類似のもののライセンス料や相場がわかる場合は、そちらを基準にするとよいでしょう。例えば、権利者団体に作品を委託していない権利者の場合も、そのジャンルの権利者団体(JASRAC、芸団協など)の使用料規程はHPなどで公表されており、参考になります。最終的には、当事者間の取り決め次第とはなります。
・公演中止
Q. 中止や延期の際の費用分担の基本的な考え方を教えてください。
A. 法的には、中止や延期の原因となった事由について責任を有する当事者が費用を負担することになります。ただし、個人や小規模の契約当事者にとっては重すぎるリスクとなるケースも多いため、契約書で責任の上限を規定する例もあります。
また、中止や延期の原因となった事由が不可抗力によるものであれば、両者とも責任を負わないのが法の原則ですが、現実には損害は発生します。当事者間で報酬の扱いなど、損失の負担についてよく協議合意しておくと良いでしょう。いずれにしても一方が不公正に損害を被ることがないようにすることが重要です。
Q. 費目別やタイミング別にキャンセル料のパーセンテージを定めることはできますか。
A. 可能です。契約において、具体的な費目やタイミング別に、キャンセル料の算定基準を定めることが考えられます。例えば、作業の進捗割合に応じた額と既に受注者が支出した実費のより高い方を支払う、公演中止を決定した時期に応じて支払割合を定めるといった定め方があり得ます。
契約各論編の契約例 1 の第 8 条第 2 項の解説、契約例 2 の第 9 条第
2 項の解説もご参照ください。
Q. 公演中止の原因が、新型コロナウイルス感染症の場合とそれ以外の要因(天候、交通など)の場合とで、異なる部分はありますか。
A. 当事者間の取決め次第となります。一般的には、契約上、両者とも責任を負わない不可抗力事由として例示される感染症に、新型コロナウイルス感染症も含まれると明記することが多いでしょう。その場合は、新型コロナウイルス感染症と不可抗力事由として列挙されているそれ以外の要因いずれによる中止も、契約上の取扱いは変わらないことになります。
・海外との契約
Q. 海外との契約について、日本と異なるルールを教えてください。
A. 特に欧米では「契約書こそがルール」という意識が強く、契約外の口頭でのやり取りなどよりも契約書が優先されます。それだけ契約書が重要になりますので、不利な規定内容については、契約交渉の段階でしっかりと手当てをする必要があります。
また、準拠法を日本法ではなく外国法にしてしまうと、当該外国法に沿った契約解釈や修正がなされるリスクがあります。準拠法は日本法にすることをお勧めします。同じく、外国の裁判所の管轄で合意することも、十分注意が必要です。相手国の裁判所において相手国法で訴訟を行うとなると、通常は現地の弁護士にも依頼するなど高額の費用負担が見込まれます。いざとなった際に訴訟に持ち込む現実的可能性があるかは、その前段階である任意交渉にも影響します。
・電子契約
Q. 電子契約を締結する際の留意点(真正性を確保するための手段など)を教えてください。
A. 署名者の本人確認や改ざん防止のためには、以下のような手段があります。ただし、電子契約を利用するにあたっては、取引相手から
その利用について合意を得る必要があります(電子契約システムを導入していない、文書保管体制との関係で電子契約には対応していないといった場合があるため)。
◆電子署名・電子証明書の利用
紙の契約書における署名押印に相当する、電子署名を利用することで、本人が当該電子データを作成したことを担保することができます。具体的には署名者が秘密鍵を使って暗号化し、それを相手方に送付して、受け取った側は公開鍵で復号します。
また、第三者機関である認証局によって発行される電子証明書(印鑑証明書に相当するもの)を利用することで、電子署名を行ったのが本人であることを証明することができます。電子証明書には、公開鍵と、証明書を発行した認証局の情報が組み込まれています。
◆タイムスタンプの利用
タイムスタンプとは、第三者である時刻認証局(TSA:Time Stamping Authority)が電子文書に付与する電子スタンプです。契約締結時点の電子データにタイムスタンプをつけることで、当該時刻における電子データの存在と、その時刻以降の電子データ非改ざんを証明することができます。
Q. 押印済の紙の契約書をPDF化することは電子契約に該当しますか。また、印紙の貼付は必要ですか。
A. 電子契約の一般的な法的定義はありませんが、書面ではなく、電磁的記録のみによって締結する契約をいいます。したがって、押印済の紙の契約書をPDF化したものは電子契約には該当しません。紙の契約書と同様、印紙税法上必要な場合は印紙の貼付をすることになります。
電子契約については、契約入門編の 2(- 2)-④「昨今増えている電子契約形式」もご参照ください。
・契約書面を何通作るか。
Q. 契約書原本が複数必要なケースは、どのような場合でしょうか。
A. 契約書原本の通数についての法的なルールはなく、基本的には契約当事者が自由に決めることができます。各社の内規などで、契約金額が大きくない、一定額以下など簡易な契約は 1 通のみでもよいと定めることも可能です。
そもそも、契約書原本を 2 通作成するのは、紛失や一方当事者による改ざんのリスクを抑えるためです。契約書原本ではなく、写しであっても上記リスクを抑えることはある程度可能ですが、訴訟における証明力は契約書原本よりも低くなります。
Q. 契約書原本を 1 通のみ作成することについて、税務上の問題はないでしょうか。
A. 印紙税の課税対象か否かにご注意ください。原本とは別に、写し、副本、謄本などと表示した文書を作成した場合、以下の形態のものに該当するときは、当該写し、副本、謄本なども印紙税の課税対象となります。
・契約当事者の双方または文書の所持者以外の一方の署名または押印があるもの
・正本などと相違ないこと、または写し、副本、謄本などであることなどの契約当事者の証明のあるもの
他方、以下に該当する場合には、契約の相手方当事者に対して証明の用をなさない、あるいは単なる写しにすぎないため、印紙税の課税対象とはなりません。
・所持する文書に自分だけの印鑑を押したもの(相手方当事者の署名又は押印がないもの)
・契約書の正本を複写機でコピーしただけのもので、上記のような署名もしくは押印または証明のないもの
・ファックスや電子メールなどにより送信する場合
Q. 契約書原本を 1 通のみ作成する場合、写しを保管している者による改ざんが懸念されます。仮に、改ざんにより訴訟で争うこととなった場合は原本が優先されるはずですが、「法的には何ら問題ない」と解釈して差し支えないでしょうか。
A. 写しでも契約書としての証拠能力は有していますが、原本よりは証明力が低くなります。したがって、通常は原本を有する者が訴訟上、有利になります。
・その他
Q. 合意できない項目が発生した場合、どうしたらよいでしょうか。
A. まずはお互いに他の譲歩可能な部分を探り、それと一体として打開をはかるという対応があり得ます(例えば、契約金額が十分ではない時に業務内容を減らすなど)。
それでも合意できない場合には、相手方と契約を締結するか否かの判断になります。代わりの取引相手やプロジェクトなどの代替案
(BATNAといいます)があるのであれば、場合によっては契約を締結しないということも考えられます。代替案がない場合には、当該項目について相手方の要求を受け入れるケースもあるでしょうが、それに伴うリスクをきちんと把握しておく必要があります。
Q. 契約内容に、受注者の下請先への支払いが確実におこなわれるような、担保措置を含むことはできますか。
A. 受注者にフリーランスなど下請先がある場合には、下請法に定められた義務を遵守することや禁止行為を行わないことを義務付ける規定や表明保証条項を入れることで、一定の担保とすることが考えられます。また、契約相手は受注者のみとしつつ、支払金額を細分化して、一部は下請先への直接払いを合意しておくことも、理論上は考えられます(税務については念のため確認が必要です)。
・インボイス制度
Q. 適格請求書等保存方式(いわゆる「インボイス制度」)の概要を教えてください。
A. 適格請求書等保存方式(いわゆる「インボイス制度」)の詳しい説明は国税庁のホームページなどをご確認ください。以下、簡易にご説明します。
業務でのお金のやり取りにおいて、消費税は受け取る一方で支払っています。劇場・音楽堂等であれば、収入(例えばチケット販売等)で消費税を受け取る一方で、物品購入や外部委託にあたっては消費税を支払っています。あなたの法人が消費税の納税義務がある「課税事業者」(=基準期間における課税売上高が1000万円を超える事業者)であれば、毎年、これらの「受け取った消費税」と「支払った消費税」を相殺して消費税を納付しています。
現在は、消費税の納付義務がない「免税事業者」(=基準期間における課税売上高が1000万円以下の事業者)に支払った消費税も相殺の対象となっていますが、インボイス制度導入後は、「適格請求書発行事業者」(=インボイスの発行が認められた課税事業者)が相手でないと、消費税を支払っても相殺の対象とはなりません。したがって、免税事業者や適格請求書発行事業者の登録をしていない課税事業者(以下「免税事業者等」といいます)からは、インボイスの交付が受けられず、あなたの法人はそのような事業者に消費税を支払っても、いわば消費税を二重に負担することになります。
とはいえ、適格請求書発行事業者の登録を受けるかは事業者の任意であるところ、発注側が、消費税が相殺されないと困るとして、免税事業者等に「課税事業者にならなければ取引価格を引き下げる」
「それにも応じなければ取引を打ち切る」などと一方的に通告することは、独占禁止法上または下請法上、問題となるおそれがあります。
劇場・音楽堂等は免税事業者であるフリーランスや小規模な芸術家
等との委託関係が多いため、一方的に相手方に負担を強いるのではなく、双方が納得できる着地点を協議、合意していくことが求められています。
・源泉徴収の計算方法
Q. 源泉徴収の計算方法とその際の消費税の扱いについて教えてください。
A. 源泉徴収の対象となる金額は、原則として、報酬・料金として支払った金額の全部、すなわち、消費税および地方消費税(以下「消費税等」といいます)込みの金額が対象となります。ただし、請求書などに報酬・料金等の金額と消費税等の額とが明確に区分されている場合には、消費税等の額を除いた報酬・料金等の金額のみを源泉徴収の対象としても差し支えありません。
報酬についての源泉徴収税額の計算は、基本的には以下のように行うことになります。
・ 1 回で支払う金額が100万円以下の場合の計算方法源泉徴収税額=報酬・料金額×10.21%
・ 1 回で支払う金額が100万円を超える場合の計算方法
源泉徴収税額=(報酬・料金額-100万円)×20.42%+102,100円
文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)
令和4年7月27日
文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議
目 次
Ⅰ はじめに 1
1 ガイドライン(検討のまとめ)の背景 1
2 本ガイドラインの目的 1
3 本ガイドラインで対象とする契約関係 1
4 本ガイドラインに関連する主な法令やガイドライン等 2
Ⅱ 文化芸術分野における契約上の課題 3
1 文化芸術分野において契約の書面化が進まない理由 3
2 曖昧な契約や不適正な契約書によって生じる問題 3
Ⅲ 課題を踏まえた改善の方向性 4
1 契約内容の明確化のための契約の書面化の推進 4
2 取引の適正化の促進 4
Ⅳ 取引の適正化の促進等の観点から契約において明確にすべき事項等 4
1 取引の適正化の促進等の観点から契約において明確にすべき基本的な項目及び考え方
............................................................................ 5
2 その他の項目及び契約に当たっての留意事項 8
3 契約書のひな型及び解説 9
Ⅴ 適正な契約関係の構築に向けた実効性確保のための方策 10
1 適正な契約関係の構築に向けた行政の取組 10
2 団体や事業者等に期待される事項 10
3 芸術家等に期待される事項 11
おわりに 11
別添
スタッフの制作や技術等に関する契約書のひな型例及び解説 12
実演家の出演に関する契約書のひな型例及び解説 23
Ⅰ はじめに
1 ガイドライン(検討のまとめ)の背景
文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めるとともに、人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであり、世界の平和に寄与するものである。また、文化芸術は、それ自体が固有の意義と価値を有するとともに、それぞれの国やそれぞれの時代における国民共通のよりどころとして重要な意味を持ち、国際化が進展する中にあって、自己認識の基点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるものである。さらに、我が国の文化芸術は、グローバルな競争の中で新たな付加価値を創出していくための、世界に誇る最大の資産であり、未来に向けて着実に維持・継承しつつ、発展・成長させていくべきものである。
一方で、それを支える芸術家等に目を向けてみると、これまで、例えば、公演主催者等の発注者が、事前に業務内容や報酬額、支払時期等を十分に明示しないため、芸術家等の立場の弱い受注者が、不利な条件のもとで業務に従事せざるを得ないという状況が生じている。
また、今回のコロナ禍において、特に個人で活動する芸術家等が国の支援事業等に申請するに当たっても、契約内容が書面化されていないために、コロナ禍以前の報酬額からの減少や活動機会の減少等を客観的に証明することができず、支援を受けることが困難な状況も生じている。
このような状況を改善するため、「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」を開催することとし、6回の検討会議、4回のスタッフワーキンググループ及び
3回の実演家ワーキンググループ、2回の合同ワーキンググループを通じて、本ガイドライン(検討のまとめ)(以下「本ガイドライン」という。)の策定に向けた検討を行った。
2 本ガイドラインの目的
文化芸術の担い手である芸術家等が契約内容を十分に理解した上で業務に従事できるよう、契約内容の明確化のための契約の書面化の推進等の改善の方向性、契約書のひな型及び解説、実効性確保のための方策等を示すことにより、文化芸術分野における適正な契約関係の構築、ひいてはプロフェッショナルの確立を目指し、安心・安全な環境での持続可能な文化芸術活動の実現を図ることを目的とする。
3 本ガイドラインで対象とする契約関係
本ガイドラインにおいて対象とする契約関係は、文化芸術基本法(平成 13 年法律第
148 号)第 16 条の芸術家等(※)のうち、個人で活動する芸術家等(以下「芸術家等」という。)が一方当事者となって、事業者や文化芸術団体等(以下「事業者等」という。)
から依頼を受けて行う文化芸術に関する業務の契約関係を対象とする。なお、芸術家等が事務所等と契約するいわゆるマネジメント契約については、本ガイドラインにおいて言及はしていないが、契約の書面化の推進や取引の適正化の促進など参考にできるところは考慮していただきたい。
※文化芸術基本法第 16 条に定める芸術家等とは
⚫ 文化芸術に関する創造的活動を行う者
⚫ 伝統芸能の伝承者
⚫ 文化財等の保存及び活用に関する専門的知識及び技能を有する者
⚫ 文化芸術活動に関する企画又は制作を行う者
⚫ 文化芸術活動に関する技術者
⚫ 文化施設の管理及び運営を行う者その他の文化芸術を担う者
4 本ガイドラインに関連する主な法令やガイドライン等
事業者等と芸術家等が取引をする際には、その取引全般に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和 22 年法律第 54 号。以下「独占禁止法」という。)が適
用される。また、取引の発注者が資本金又は出資金 1,000 万円超の法人の事業者等で
あり、かつ、取引の内容が下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号。以下
「下請法」という。)に定める取引類型に該当する場合 1、受注者が個人の場合でも、下請法が適用される。さらに、業務の実態等から判断して芸術家等が「労働者」と認められる場合は、労働関係法令が適用されるので留意が必要である。
このような事業者等と芸術家等を含めたフリーランスとの取引については、独占禁止法、下請法、労働関係法令の適用関係や、これらの法令に基づく問題行為を明確化した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和3年
3月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)」が策定されているため参照されたい。
また、文化芸術分野での取引について、「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン(平成 21 年2月(令和2年9月末改訂)、総務省)」、「アニメーション制
作業界における下請適正取引等の推進のためのガイドライン(平成 25 年4月(令和元年8月改定)、経済産業省)」等のガイドラインがある。既にガイドラインのある分野においては、当該ガイドラインによるものであるが、本ガイドラインも参考に契約の書面化の推進や取引の適正化の促進が求められる。
なお、フリーランスと発注者等との契約等のトラブルについては、フリーランスの方が弁護士にワンストップで相談できる窓口として「フリーランス・トラブル 110 番」が設置されているため活用されたい。
1 下請法第2条第1項から第4項までに規定する①製造委託、②修理委託、③情報成果物作成委託、④役務提供委託に該当する必要がある。
Ⅱ 文化芸術分野における契約上の課題
1 文化芸術分野において契約の書面化が進まない理由
文化芸術分野の関係者間においては、これまで制作者や主催者である事業者等と芸術家等との信頼関係や従来の慣習等により、口頭による契約で業務が行われることが多く、それでも業務を進めてこられたこと等が、これまで書面化が進んでこなかった大きな要因であると考えられる。
また、文化芸術分野における契約と一口に言っても、分野、職種、案件により、業務内容や契約期間は様々であるため、事業者等にとっては一つの作品や公演のために、多くの芸術家等と多様な契約を交わす必要があり、一律の対応が難しく事務的な負担も大きい。
さらに、文化芸術分野における創造活動は、業務内容が創作過程で変わることもあり、事業者等は契約時に業務内容や業務量の詳細を正確に見積もることが困難である。収支については作品・公演単位で考えられることが多いが、事業予算が収入見込みから逆算して決まることが多い一方、その収入は興行・チケットの売上等に基づくため、資金調達の見通しも立てづらい。
芸術家等は、契約や権利、個人で活動すること等について学ぶ機会がないまま働き始めることが多く、契約手続きという事務手続きに時間や手間を割くよりも、本来の活動に時間を掛けたい・専念したいという気持ちを持つ者もいる。
このように、信頼関係等に基づくこれまでの慣行に加え、契約の多様性、構造的な特性等により、これまで契約の書面化が進んでこなかったものと考えられる。
2 曖昧な契約や不適正な契約書によって生じる問題
口頭での契約や、メール等を用いた受発注であっても取決め内容が不十分な場合、双方の権利と義務が不明確となり、例えば、一方的なキャンセルや報酬の減額等本来契約違反であるようなことがあってもそれを証明できなかったり、想定していなかった業務が追加されたりする等、芸術家等に予期せぬ不利益が生じることがある。特に、コロナ禍においては、芸術家等が契約書がないために、自分自身の業務や報酬額等を証明できない等の課題も生じている。
また、契約において弱い立場になりがちな芸術家等は、交渉や協議を求めたら団体や業界内で冷遇されてしまうのではないか、今後、業務の依頼が来なくなるのではないか等の不安から交渉せずに業務を受けてしまったり、そもそも交渉もせずに諦めてしまったりすることも指摘されている。
このため、契約書があっても、例えば、芸術家等の報酬や著作権等の権利が適切に保護されていなかったり、芸術家等が合理的な範囲を超えた義務を負わされたりするなど、事業者等に一方的な内容である場合に、芸術家等が不利益を被ったり、トラブルに発展したりすることもある。また、事故防止やハラスメント対策等の作業環境の整備に
関する内容が十分に盛り込まれていないとの指摘もある。
Ⅲ 課題を踏まえた改善の方向性
1 契約内容の明確化のための契約の書面化の推進
これまでの信頼関係に基づく口頭による契約慣行等により生じる不明確な契約内容によるトラブルを回避するとともに、感染症の流行等の不測の事態に備えるためにも、契約の書面化を一層推進し、これまでの口頭による契約慣行を改善していく必要がある。
また、基本的に契約書を交わしているところもあれば、これまで依頼は口約束がほとんどである分野もあること、長期間にわたる業務もあれば、前日に依頼されての短期間の業務もあることから、各分野や業界等の実情に応じて契約の書面化を推進していくことが求められる。
書面は、契約書、確認書、発注書など様々なものが考えられ、交付の方法も紙による交付に加え、メールや SNS のメッセージ等の電磁的記録によるものなどが考えられる。少なくとも契約が成立したこと、業務内容や報酬等の基本的な事項に関する記録を事前に書面により残しておくことが重要である。特に、期間が長期にわたる業務や報酬が高額な業務などの場合には、契約書など適切な書面を交付することが望ましい 2。
2 取引の適正化の促進
事業者等と芸術家等がどのような内容で取引をするかは、原則として、当事者間で自由に決められるものであるが、実際には、力関係の差や交渉力の差により、事業者等からの一方的な内容となっているような状況が指摘されている。
このような状況を改善していくためには、事業者等と芸術家等の間で業務開始前に報酬や権利等の取引条件について十分に協議・交渉が行われることが重要であり、芸術家等が協議・交渉しやすい環境を整備していくことが求められる。
また、取引に当たっては、芸術家等の自主性を尊重し、芸術家等がその才能を遺憾なく発揮して、プロフェッショナルとして創作活動に取り組めるよう、芸術家等の専門性や提供する役務に見合った報酬とするなど取引の適正化を促進していく必要がある。
Ⅳ 取引の適正化の促進等の観点から契約において明確にすべき事項等
文化芸術分野の取引は、分野、職種、案件等により、業務内容や期間等が様々であること等による契約の多様性や、曖昧な契約、不適正な契約等によって不利な立場におかれがちな芸術家等に生じている問題等を踏まえ、事業者等や芸術家等の参考となるよう取
2 下請法では、親事業者(発注者)が下請事業者(受注者)に対して、下請事業者の役務等の提供内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならないとされていることから、下請法の規制の対象となる場合は、事業者等は下請法で定める書面を交付する必要がある。
引の適正化の促進等の観点から契約において明確にすべき基本的な項目及び考え方、留意事項等を以下に示す。
なお、本項においては、契約上の立場を明らかにする観点から、個人で活動する芸術家等を「受注者」、芸術家等に依頼を行う事業者等を「発注者」とする。
1 取引の適正化の促進等の観点から契約において明確にすべき基本的な項目及び考え方
(1)業務内容
業務内容は、発注者が何を依頼し、受注者が具体的に何をするかを規定するものであり、契約の中でも特に重要な項目である。業務内容が不明確であれば、例えば、発注者は、受注者から提供されたものが依頼した業務と違っていても、その責任を追及しづらくなったり、受注者は、想定していない業務を受けざるを得なくなったりするなどのリスクがある。このため、発注者、受注者双方が依頼内容を十分に理解し、トラブルを未然に防ぐためにも、業務内容は、可能な限り明確にしておく必要がある。
一方で、文化芸術に関する業務は、1年以上前から企画するものや、創造的な業務も多く、発注する段階で業務内容の詳細を確定させることが困難な場合や創作していく過程において内容を変更する必要が生じる場合もある。
このような場合にも、発注段階で明確にできるものは具体化しておき、明確にできないことにつき正当な理由があるものについては、その理由や内容を定めることとなる予定期日を記載するとともに、内容が定まり次第直ちに当該内容を書面化するなど、業務内容を明確化していくことが必要である。なお、発注者は、業務内容を明確に定めないことによって、受注者に追加業務の負担を強いることのないよう留意する必要がある。また、業務内容が不明確なまま受注者に対し、一方的に指示を行い、受注者に指示通り業務を行うことを求める場合には、「労働者」と認められ、労働関係法令の遵守が必要となる可能性があることに留意が必要である。
(2)報酬等
報酬の決定に当たっては、業務内容や専門性、著作権等の権利の利用許諾・譲渡・二次利用の有無、経費負担等に応じた適正な金額となるよう、発注者と受注者が十分に協議した上で決定すべきであり、不当に低い対価での取引をしないようにする必要がある。その際、受注者が業務を実施する上で必要な諸経費についても発注者と受注者が十分に協議し、それぞれが負担する経費を明確化し、契約書に記載しておく必要がある。
契約時点において具体的な報酬額を定められない正当な理由がある場合には、定められない理由、報酬が決定する予定期日を記載しておき、確定次第速やかに書面で通知する等の対応が必要である。
報酬の支払期日及び支払方法について、受注者に不当に不利益を与えないよう、あ
らかじめ契約書に記載しておく必要がある。
(3)不可抗力による公演等の中止・延期による報酬の取扱い
新型コロナウイルス感染症の影響により、数多くの文化芸術公演等が中止を余儀なくされ、多くの芸術家等が中止等に伴い報酬の支払もなく収入が激減する等不安定な状況に置かれたことを踏まえ、感染症や地震、台風などいわゆる不可抗力により公演等が中止・延期となった場合に、受注者が一方的にしわ寄せを被ることのないよう配慮すべきである。
公演等の中止・延期が不可抗力によるものかは個別の事情によって判断されるが、不可抗力により公演等が中止・延期となった場合の報酬の取扱いについて、契約段階において発注者と受注者が十分に協議し、契約書に記載しておく必要がある。
また、公演等の中止・延期決定後に、発注者と受注者が報酬の取扱いについて協議する場合には、例えば、中止・延期となった日から公演等の当日までの期間、中止・延期となった日までに受注者が実施した業務の履行割合、中止・延期により受注者が負担することとなる経費、公演等のために受注者が確保していた日数、公演等が実施されれば得られる予定であった報酬額、発注者の当該公演等に関する収入の有無、中止公演等に代わる延期公演等の実施の有無等を勘案し、決定することが望ましい。なお、公演等の実施に関する予算が一定程度確保されているような場合には、積極的な配慮が求められる。
(4)安全・衛生
発注者は、安全配慮として、受注者の身体的・精神的な健康状態に配慮することが重要であり、受注者が、高齢者や児童、未成年者、妊婦等の場合には、その年齢や学業等に応じた一層の配慮が求められる。
文化芸術の公演等においては、演出上、高所や暗所での作業や身体接触を伴う演技等危険を伴うものがあることから、事故防止など安全管理の徹底が求められる。
制作や実演の現場においては、プロデューサー、演出家、監督、照明・音響等スタッフなど様々な分野の立場の異なる専門家が関わるため、現場での関係者間の意思疎通不足や指揮命令系統や責任体制が不明確な場合には事故につながりやすいとの指摘もある。
また、制作や実演の現場において暴言等による精神的な攻撃や演出等を理由とした性的な言動などパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントに関する問題、過多な露出、過度に扇情的に表現する行為を強要する等の問題や深夜早朝の過重業務の問題も生じている。
このため、事故防止や作業環境の整備などの観点から、現場の安全衛生に関する責任体制の確立のため、芸術家等の安全衛生管理を行う者を置くことが望ましい。また、
「芸能従事者の就業中の事故防止対策等の徹底について(令和3年3月 26 日、厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課長他)」にあるとおり、フリーランスを含めた芸能従事者の就業中の事故防止対策等を徹底するため、現場における災害防止措置として、芸能従事者が行う資材による危険の防止、演技、撮影、照明等の作業における危険の防止の取組、安全衛生に関する対策の確立等として、制作管理者が行う安全衛生に関する責任体制の確立、安全衛生教育の実施、作業環境やトラブル・ハラスメント相談体制の整備等の取組が求められている。
また、受注者の事故等に備え、発注者において民間の保険に加入したり、受注者において、音楽、演芸その他芸能の提供の作業又はその演出若しくは企画の作業を行う場合やアニメーションの制作の作業を行う場合には、それらの作業につき労災保険に特別加入することや民間の保険等に加入したりすることが考えられ、その費用負担も含め保険に関する取扱いについて発注者と受注者が協議することが望ましい。
さらに、センシティブなシーンの実演があることや、近年、芸術家等の自殺や芸術家等が誹謗中傷を受けることが増えていることも踏まえ、受注者の身体や精神的安全を確保するため、作業環境を整えたり、精神的ケアの取組をしたりすることが求められる。
(5)権利
創作過程において生じた著作権、実演等によって生じる著作隣接権は、その創作や実演等を行った芸術家等に自動的に帰属する。
このため、受注者の著作物や実演を発注者が利用する場合には、受注者からその利用について許諾を受けたり、著作権等の譲渡を受けたりする必要があり、契約段階において発注者と受注者が協議し、明確にしておく必要がある。
利用の許諾を受ける場合は利用方法や条件について、また譲渡の場合はその範囲について、発注者と受注者が協議し、対価の決定にあたってはそれらを十分に考慮することにより、受注者の利益を不当に害さないことが求められる。
また、著作者人格権や実演家人格権といった譲渡することができない権利や、肖像権、パブリシティ権のような人格権由来とされている権利についても、その取扱いについて確認しておくことが求められる。
なお、成果物の所有権について明確にしておくことが望ましい。
(6)契約内容の変更
文化芸術に関する業務は、創造的な業務も多く、契約締結後に業務内容等の契約内容を変更する必要が生じることが考えられる。このような場合に、発注者と受注者が円滑に協議に移れるよう、あらかじめ契約書において契約の変更に関する取扱いについて記載しておく必要がある。発注者と受注者が協議し、合意した内容については、
変更後の契約内容の明確化やトラブル防止の観点から書面により明確にしておく必要がある。
また、発注者は契約内容の変更に伴い、受注者の利益を不当に害することがないよう、変更による受注者の負担の増減等を十分に勘案し、必要があれば適切に報酬等に反映するよう、受注者と十分に協議することが求められる。
2 その他の項目及び契約に当たっての留意事項
(その他の項目及び契約に当たっての留意点)
上記1の項目のほか、契約に当たって必要となり得るものとして、広告宣伝に関する条項、クレジット(氏名表示)に関する条項、損害賠償責任に関する条項、暴力団排除に関する条項、契約終了後に関する条項、秘密保持等に関する条項、中途解約に関する条項、紛争解決に関する条項等がある。これらの各条項に関しても、トラブル防止の観点から書面により明確にする必要がある。その際、発注者は、受注者の利益を不当に害することがないよう受注者と十分に協議することが求められる。これらに関し、契約に当たっての留意点を以下に示す。
〇広告宣伝に関する条項
広告宣伝活動に対する芸術家等の出演や肖像等の利用が必要な場合には、出演や利用の範囲、報酬の有無、交通費・宿泊費等の費用負担の有無等について、発注者と受注者が十分に協議をした上で、広告宣伝に関する条件を決定する必要がある。
〇クレジットに関する条項
公演や映像作品等における出演者のクレジット表記については、様々な方法が考えられるため、その具体的方法を定めておく必要がある。著作権や著作隣接権を有する受注者は、人格権である氏名表示権を有しており、その表記方法は出演者の声望等に関わるものであるため、受注者の意向を可能な限り尊重することが必要となる。このため、発注者と受注者が十分に協議をした上で、クレジット表記の方法を決定する必要がある。
〇損害賠償責任に関する条項
文化芸術に関する業務は、業務に起因する損害が著しく高額になることもあるが、損害賠償額の上限を定めたり、損害の範囲を明確に定めたりするなど、受注者に過 度の損害賠償額を負担させたりすることがないよう配慮する必要がある。
〇暴力団排除に関する条項
各自治体の暴力団排除条例により、契約書において、暴力団排除条項を定めることが求められている(努力義務)。
〇契約終了後に関する条項
中途解約に関することも含めて、事後的なトラブル回避のため、引継ぎ方法、権利の取扱方法、受注者の肖像等を使用した広告制作物等の撤去時期や方法などを定
める必要がある。また、正当な理由なく、一方的に過度の義務を負わせることは避ける必要がある。
〇秘密保持義務や競業避止義務、専属義務等に関する条項
発注者が合理的に必要な範囲でこれらの義務について設定することは直ちに問題となるものではないが、合理的に必要な範囲を超えた義務を課し、正常な商習慣に照らして受注者に不当に不利益を与えることや、受注者の言動や私生活を過度に制限することとならないようにする必要がある。
〇中途解約に関する条項
中途解約は、発注者と受注者の双方に対等に定めるのが公平であり、明確に定めることが望ましい。その際、中途解約の妨げになるような著しく過大な損害賠償額を設定しないよう留意する必要がある。
〇紛争解決に関する条項
当事者間では解決できないトラブルに発展した場合に備え、訴訟をどこの裁判所で取り扱うか(管轄裁判所)、特に海外との契約においてはどの国の法律に準拠するかを定める場合には、紛争解決に要するコストを勘案して、双方で十分に協議する必要がある。
(所属事務所等が契約する場合の留意点)
芸術家等が所属する事務所等が契約当事者となって発注者と契約を締結する場合、上記の基本的な項目及び留意事項を参考にすることに加え、事務所等の変更に伴う措置に関する条項、保証に関する条項(当該所属事務所等が契約の締結・履行や芸術家等に履行をさせるのに必要な一切の法的権限を有すること)を設ける必要がある。また、芸術家等が自身の報酬や権利等について把握しトラブルを防止する観点から、所属事務所等は、発注者との契約締結前に芸術家等に対して、予め当該契約内容について、十分に説明し、協議する機会を設ける必要がある。
3 契約書のひな型及び解説
文化芸術分野における契約の書面化の推進や取引の適正化を促進し、関係者間の適正な契約関係の構築に資するよう、事業者等や芸術家等が契約を締結する際に活用できる契約書のひな型及び解説を示すこととした。
契約書のひな型及び解説で対象とする契約については、公演、番組、映画等の制作者や主催者である事業者等(発注者)と個人で活動する芸術家等(受注者)との契約を対象とすることとし、「スタッフ(公演、番組、映画等の制作、演出・文芸、技術等に携わる者)の制作や技術等に関する業務委託契約」及び「実演家(公演、番組、映画等に出演する者)の出演に関する業務委託契約」とした。【別添参照】
また、契約書のひな型及び解説で示す項目については、文化芸術分野における契約の
多様性等を踏まえ、分野共通的な項目や取引の適正化の観点から、Ⅳ1(1)~(6)の項目に絞って示すこととする。
これらは、契約の際に必要な基本的事項を盛り込んだ参考例であり、業務の内容等に応じて柔軟に工夫し活用していただきたい。職種によっては、スタッフと実演家双方の役割を担うことも想定されることから、そのような場合には双方のひな型や解説を参考にしていただきたい。
Ⅴ 適正な契約関係の構築に向けた実効性確保のための方策
これまでの口頭による契約慣行等の改善、取引の適正化を促進していくためには、改善の方向性や契約書のひな型を示すだけでなく、実効性を高めていくための取組が不可欠であり、官民一体となって、中長期的に継続して取り組んでいく必要がある。
事業者等、業界団体、芸術家等には当事者として取り組むことが望まれるとともに、行政においては本ガイドラインの内容が関係者間で広く共有・活用されるよう尽力し、文化芸術分野において、適正な契約関係が構築されるための取組を推進していくことが必要である。
1 適正な契約関係の構築に向けた行政の取組
適正な契約関係を構築していくためには、事業者等や芸術家等の努力だけではなく、行政が主体となった継続的な取組が欠かせない。文化庁は、例えば、各分野の団体等が行う研修会の開催、文化芸術分野に特化した契約に関する相談窓口の設置、芸術系の大学や専門学校での契約に関する講座の実施への支援等に取り組んでいくとともに、これらの取組等を通じて引き続き課題を把握し、契約関係の適正化に向けた更なる検討を進めていく必要がある。
また、文化芸術分野において芸術家等が取引する際、独占禁止法や下請法、労働関係法令に違反する事実が認められる場合には、各関係行政機関において適切に対応することが必要である。
2 団体や事業者等に期待される事項
文化芸術の各分野や職種において、適正な契約関係を構築していくためには、文化芸術団体や業界団体が果たす役割は大きい。文化芸術団体や業界団体は、本ガイドラインを参考に、自らが中心となって、それぞれの実情に応じて、契約書のひな型の作成など契約に関するルール作りが行われるとともに、検討の場を設けたり、研修会を開催したりすること等により、契約の書面化及び取引の適正化が図られることが期待される。
また、事業者等は芸術家等に対して取引に関して不満がないか聞き取るなど芸術家等が協議・相談しやすい環境の整備に努めることが期待される。
3 芸術家等に期待される事項
芸術家等は、当事者たる意識を持ち、本ガイドラインの活用や研修会への参加などにより契約に関する知識を深め、事業者等と協議・交渉できる力、契約書を交わせる力をつけるとともに、事業者等と契約する際には、自らが提供する付加価値について正当な評価を受け、適正な報酬等が得られるよう、協議・交渉を申し入れる等の自助努力を行うことが期待される。なお、芸術家等は受注者としてだけでなく発注者として契約当事者となり得ることも認識しておく必要がある。
おわりに
本検討会議においては、文化芸術分野における適正な契約関係の構築という観点から、文化芸術分野において契約の書面化が進まない理由や契約書がないことによって生じる問題などの課題を明らかにしつつ、契約内容の明確化のための契約の書面化の推進、取引の適正化の促進、契約書のひな型の作成、実効性の確保のための方策等について検討し、取りまとめを行った。
人口減少社会において、文化芸術の各分野が持続的な成長を遂げていくためには、次代 の文化芸術の担い手である若者にとって魅力ある環境を整備していくことが不可欠であり、契約の書面化の推進や芸術家等の提供する役務に見合った報酬とする等の取引の適正化を 促進することは、その基盤となるものである。また、芸術家等が役務に見合った報酬が得 られるようにするためには、分野や業界全体での取引の適正化の促進とともにチケット等 への価格転嫁について観客の理解も必要である。さらに、文化芸術への国・自治体等から の支援についての国民の理解も必要である。
今回の検討会議の議論では、多くの委員から実効性の確保が何よりも重要であるとの指摘がなされた。本検討会議の趣旨及び本ガイドラインの内容を達成するため、団体、事業者等、芸術家等や文化庁をはじめとする関係行政機関においては、文化芸術分野における適正な契約関係の構築に向けて、特にⅤの実効性の確保のための取組が進められることを期待する。
最後に、契約関係をはじめ芸術家等をとりまく環境は日々変化していくものである。文化庁においては、引き続き課題を把握しながら、芸術家等が安全・安心して活躍できる環境整備に向けて、契約に関する更なる検討など環境改善のための取組が進められることを期待する。
別添
スタッフの制作や技術等に関する契約書のひな型例及び解説
○このひな型例及び解説は、発注者(公演、番組、映画等の制作者や主催者である事業者等)と個人で活動するスタッフ(公演、番組、映画等の制作、演出・文芸、技術等に携わる者)との間の制作や技術等に関する業務委託契約に関するものです。
○文化芸術分野における取引の適正化等の観点から契約に必要な基本的事項を盛り込んでいる参考例です。文化芸術分野の取引は、分野、職種、案件等により、業務内容や期間等が様々であることから、個々の状況に合わせてご活用下さい(例えば、発注者がスタッフに継続的に業務を依頼する場合に、共通する事項を「基本契約」、公演日、場所、報酬等の個別の事項を「個別契約」(発注書)として契約する等)。
○書面は、契約書、確認書、発注書など様々なものが考えられ、交付の方法も紙による交付に加え、メールや SNS のメッセージ等の電磁的記録によるものなどが考えられます。少なくとも契約が成立したこと、業務内容や報酬等の基本的な事項に関する記録を書面により残しておくことが重要です。
○なお、フリーランスと発注者等との契約等のトラブルについては、フリーランスの方が弁護士にワンストップで相談できる窓口として、「フリーランス・トラブル 110 番」が設置されています。
ひな型例 | 解説 |
(業務内容)第○条 1 (発注者)は、(スタッフ)に対し、次の○○○○に関する業務(以下「本業務」という。)を委託する。 (1)作品名(公演名、番組名、映画名等):○○○ (2)場所(会場、放送局等):○○○ (3)業務の内容及び期間 【公演・撮影等】※本番 ○○年○月○日から○○年○月○日まで ○○○(具体的な業務の内容を記載) 【稽古又はリハーサルがある場合】 稽古又はリハーサル開始日(時期) 【未定の事項がある場合】 ○○○(未定の事項及び未定の理由を記載) 2 本業務のうち「未定」の事項については、概ね○○年○月○日頃までに(発注者)及び(スタッフ)が協議の上、決定し、(発注者)が(スタッフ)に対し書面で通知するものとする。 | ⚫ 業務内容について記載します。 ⚫ 業務内容は、発注者及びスタッフがお互いに依頼内容を理解し、具体的に何をするのかや業務に従事する期間等が明確になるようできる限り具体的に記載します。 ⚫ 業務の内容には、公演、映画撮影等の業務に加えて、稽古、リハーサル等の業務がある場合には、契約段階においてその時期を明確化しておく必要があります。 ⚫ 具体的な業務内容を明確にできないものがある場合には、その内容が明確にならない理由や内容が明確になると見込まれる予定期日について契約書に記載し、明確にすることができる段階で、発注者とスタッフが十分な協議をした上で、速やかに業務内容を明確にできるようにしておきます。具体的な業務内容を明確にできないものがある場合について、下請法では、発注時に下請事業者の給付の内容等が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとされていること、その場合には、親事業者は、当該事項を定められない理由、当該事項を定めることとなる予定期日を発注時の書面に記載しなければならないとされている趣旨を踏まえ、ひな型においても記載することを求めています。(未定の理由の記載例:「公演名、公演期間は決まっているが、業務の内容が具体的に決定していないため」等) ⚫ 業務内容を特定するため必要に応じて、広告に関する契約の場合には、広告主名、その他の契約の場合には、放送局名、公演主催者名等を記載することも考えられます。 ⚫ 創作物を作り上げていく中で業務内容を変更する必要が生じることも想定されます。業務内容の変更が生じた場合には、発注者と受注者が協議し、合意した変更内容について発注者が書面で通知する必要があります。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第 1 項では、「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。ただし、これらの事項のうちその内容が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとし、この場合には、親事業者は、当該事項の内容が定められた後直ちに、当該事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第 2 項では、下請事業者の承諾を得るなどすれば書面に記載すべき事項を書面に代えて電磁的方法によって提供することが認められており、下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項
(平成 13 年 3 月 30 日公正取引委員会)では、電磁的方法によって提供する場合の留意事項について示されています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 3 の 2(2)では、
「「その内容が定められないことについて正当な理由がある」とは、取引の性質上、製造委託等をした時点では必要記載事項の内容について決定することができないと客観的に認められる理由がある場合であり、次のような場合はこれに該当する。ただし、このような場合であっても、親事業者は、特定事項がある場合には、特定事項の内容が定められない理由及び特定事項の内容を定めることとなる予定期日を当初書面に記載する必要がある。また、これらの特定事項については、下請事業者と十分な協議をした上で、速やかに定めなくてはならず、定めた後は、「直ちに」、当該特定事項を記載した補充書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされており、上記の次のような場合の例として、「○ 広告制作物の作成委託において、委託した時点では制作物の具体的内容が決定できない等のため、「下請事業者の給付の内容」、「下請代金の額」又は「下請事業者の給付を受領する期日」が定まっていない場合」、「○ 放送番組の作成委託において、タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、委託した時点では、放送番組の具体的な内容については決定できず、「下請代金の額」が定まっていない場合」等が示されています。
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(7~8 頁)では、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型として、やり直しの要請について、その考え方や優越的地位の濫用として問題となり得る想定例が示されています。
ひな型例 | 解説 |
(報酬等)第○条 【著作権が発生しない場合】 1 (発注者)は、(スタッフ)に対し、本業務の報酬として、金○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【著作権が発生する場合①(報酬に利用許諾又は権利譲渡の対価を含める場合)】 1 (発注者)は、(スタッフ)に対し、本業務の報酬及び第○条第 1 項で定める(利用許諾又は権利譲渡)の対価として、金 ○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【著作権が発生する場合②(利用許諾又は権利譲渡の対価を報酬と分けて明示する場合)】 1 (発注者)は、(スタッフ)に対し、本業務の報酬として金 ○○○,○○○円(消費税等別)、第○条第 1 項で定める(利用許諾又は権利譲渡)の対価として金○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【報酬額を定められない正当な理由がある場合】 1 (発注者)と(スタッフ)は、本業務の報酬を、概ね○○年 ○月○日頃までに、協議の上、決定し、(発注者)は、(スタッフ)に対し、決定した金額を支払う。報酬額を定められない理由は下記のとおりである。 ○○○(理由を記載) 2 ○○○、○○○の諸経費は(スタッフ)の負担とする。 3 前項に定めるもののほか、本業務に要する諸経費は、別に合意したものを除き、(発注者)の負担とする。 4 (発注者)は(スタッフ)に対し、第 1 項の報酬、前項の諸経費のうち(スタッフ)が立て替えて負担した経費を、本業務の遂行が完了した日の翌月○日に支払うものとする。ただし、支払日が金融機関の休業日である場合、支払期日は前営業日とする。 【分割払の例】 (発注者)は(スタッフ)に対し、第 1 項の報酬、前項の諸経費のうち(スタッフ)が立て替えて負担した経費を、以下の期日に支払うものとする。ただし、支払日が金融機関の休業日で | ⚫ 報酬等について記載します。 ⚫ 報酬額は、業務内容、専門性、著作権等の権利の利用許諾・譲渡・二次利用の有無、経費負担等を十分に勘案した上で適正なものとなっているか発注者とスタッフが十分に協議し決定する必要があります。また、権利の利用許諾又は譲渡がある場合には、その対価について、明確な合意がされることが望ましいです。なお、成果報酬のような形で別途追加報酬を契約上定めることもできます。 ⚫ 業務内容と同様に、報酬額を明確にできない場合について、下請法では、発注時に下請事業者の給付の内容等が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとされていること、その場合には、親事業者は、当該事項を定められない理由、当該事項を定めることとなる予定期日を発注時の書面に記載しなければならないとされている趣旨を踏まえ、ひな型においても記載することを求めています。 ⚫ 報酬額は本来、契約時点で定めておくべきですが、定められないことについて正当な理由がある場合には、定められない理由、報酬が決定する予定期日を記載し、報酬が曖昧なままに業務を実施することを避けるようにする必要があります。 (未定の理由の記載例:「タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、放送番組の具体的な内容について決定していないため」等) ⚫ 分野や職種によっては、事業協同組合や労働組合 (ユニオン)が発注者との間で団体協約や労働協約を締結しており、その中で報酬に関する基準が定められている場合がありますので、該当する組合員の報酬決定の際にはそれらを踏まえる必要があります。 ⚫ また、団体内の報酬に関するルールによって報酬額が決まる場合もあります。 ⚫ なお、契約当初の想定を超えた著作物の利用が生じた場合に備え、契約段階においてその協議方法について明確にしておくことが望ましいです。団体協約や著作権等管理事業者による使用料の分配制度(いわゆる集中管理制度)によって、双方の手間を省きつつ、利用の対価を権利者に還元する仕組みもあります。 ⚫ 諸経費は、交通費、材料費、機材費、その他本業務に必要となる経費のうち、発注者、スタッフそれぞれが負担するものについて十分に協議した上で具体的に記載します。 ⚫ 報酬等の支払期日について、下請法では、下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日)から起算して、60 日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない、とされている趣旨を踏まえ、業務完了後可能な限り早期に支払われるよう具 体的な支払期日を契約書に記載することが望ま |
ある場合、支払期日は前営業日とする。 ①金○○○,○○○円 契約締結日の属する月の翌月末日 / ○○年○○月○○日 ②金○○○,○○○円 ○○年○○月○○日 ③残額 本業務の遂行が完了した月の翌月末日 / ○○年○○月○○日 5 前項の支払は(スタッフ)の指定する銀行口座に振り込む方法によるものとし、振込手数料は(発注者)の負担とする。 | しいです。支払期日が、金融機関の休業日に当たることがあります。ひな型では、支払遅延防止の観点から前営業日としています。翌営業日とする場合は、下請法の考え方を踏まえ順延する期間を 2 日以内とすることが望ましいです。また、業務が長期にわたる場合や制作費が報酬に含まれる場合等も想定されますので、業務の進捗状況等に応じて分割払とすることも考えられます。 ⚫ 報酬等の支払方法については、現金による直接支払、銀行振込など具体的な支払方法について記載します。なお、銀行振込の場合の振込手数料は、原則として、スタッフが負担する旨の合意がない限り発注者が負担すべきものですが、どちらが負担するか発注者とスタッフが協議の上、契約書に記載しておきます。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第 1 項では、「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。ただし、これらの事項のうちその内容が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとし、この場合には、親事業者は、当該事項の内容が定められた後直ちに、当該事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 3 の 2(2)では、
「「その内容が定められないことについて正当な理由がある」とは、取引の性質上、製造委託等をした時点では必要記載事項の内容について決定することができないと客観的に認められる理由がある場合であり、次のような場合はこれに該当する。ただし、このような場合であっても、親事業者は、特定事項がある場合には、特定事項の内容が定められない理由及び特定事項の内容を定めることとなる予定期日を当初書面に記載する必要がある。また、これらの特定事項については、下請事業者と十分な協議をした上で、速やかに定めなくてはならず、定めた後は、「直ちに」、当該特定事項を記載した補充書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされており、上記の次のような場合の例として、「○ 広告制作物の作成委託において、委託した時点では制作物の具体的内容が決定できない等のため、「下請事業者の給付の内容」、「下請代金の額」又は「下請事業者の給付を受領する期日」が定まっていない場合」、「○ 放送番組の作成委託において、タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、委託した時点では、放送番組の具体的な内容については決定できず、「下請代金の額」が定まっていない場合」等が示されています。
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(4~7 頁)では、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型として、報酬の支払遅延、報酬の減額、著しく低い報酬の一方的な決定について、その考え方や優越的地位の濫用として問題となり得る想定例が示されています。
・役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針(平成 10 年 3 月 17 日、公正取引委員会)では、代金の支払遅延、代金の減額要請、著しく低い対価での取引の要請等について、優越的地位の濫用規制の観点からの考え方や独占禁止法上問題となる場合が示されています。
・放送同時配信等の許諾の推定規定の解釈・運用に関するガイドライン(令和 3 年 8 月 25 日策定、文化庁著作権課、総務省情報通信作品振興課)(3 頁)では、放送事業者側が許諾交渉に当たっての留意点として、「対価の支払いを伴う著作物等の利用について、放送のみを行う場合と、放送と放送同時配信等を併せて行う場合の対価の相場が異なる場合には、後者の対価を支払うこと。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 2 条の 2 第 1 項では、「下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、親事業者が下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日。次項において同じ。)から起算して、60 日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 4 の 2(5)では、
「次のような場合は、下請代金の支払遅延に当たる。 カ 親事業者と下請事業者との間で、支払期日が金融機関の休業日に当たった場合に、支払期日を金融機関の翌営業日に順延することについてあらかじめ書面で合意していないにもかかわらず、あらかじめ定めた支払期日までに下請代金を支払わないとき。」とされています。
・民法(明治 29 年法律第 89 号)第 485 条では、「弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。」とされています。
ひな型例 | 解説 |
(不可抗力による公演等の中止・延期による報酬の取扱い)第○条 1 感染症の流行、台風、地震等の天災など当事者双方の責めに帰することができない事由により、公演等が中止・延期となり本業務ができなくなったときは、(発注者)は当該業務に関する報酬の請求を拒むことができる。ただし、(スタッフ)は、既に本業務を行った割合に応じて、報酬を請求することができる。 2 前項の規定は、(発注者)及び(スタッフ)が、報酬の支払の要否及びその額について、中止・延期となった日から公演等の当日までの期間、中止・延期となった日までに(スタッフ)が実施した業務の履行割合、中止・延期により(スタッフ)が負担することとなる経費、公演等のために(スタッフ)が確保していた予定の日数、公演等が実施されれば得られる予定であった報酬額、 (発注者)の当該公演等に関する収入の有無、中止公演等に代わる延期公演等の実施の有無等を勘案し、協議の上、決定した場合には適用しない。 | ⚫ 不可抗力による公演等の中止・延期による報酬の取扱いについて記載します。 ⚫ 当事者双方の責めに帰することができない事由や発注者の責めに帰すべき事由により業務の履行ができなくなった場合に、契約に特段の定めがなければ、基本的に民法の各規定によることとなります。 ⚫ 不可抗力により公演等が中止・延期となった場合に、スタッフが一方的にしわ寄せを被ることのないよう配慮すべきであり、契約段階において、公演等が中止・延期となった場合の報酬の取扱いについて、発注者とスタッフが十分に協議し、契約書に記載しておく必要があります。 ⚫ 公演等の中止・延期が不可抗力によるものかは個別の事情によって判断されますが、第 1 項では、民法を踏まえ、当事者双方の責めに帰することができない事由により公演等が中止・延期となり業務ができなくなったときは、発注者は当該業務に関する報酬の請求を拒むことができること、ただし、スタッフは、既に本業務を行った割合に応じて、報酬を請求することができることを定めています。なお、第 1 項のただし書きについては履行割合型の準委任契約を想定して記載しています。請負契約又は成果報酬型の準委任契約の場合には、「ただし、(スタッフ)は既にした本業務の結果のうち可分な部分において(発注者)が利益を受けるときは、その利益の割合に応じて報酬を請求することができる。」とすることも考えられます。 ⚫ 第 2 項では、不可抗力による中止・延期の場合に、発注者が当該公演等に関する収入が一切ない場合等も想定されることから、報酬の支払の要否及びその額について、協議の上、決定した場合に関する規定を定めています。発注者及びスタッフが報酬の取扱いについて協議するに当たっては、例えば、中止・延期となった日から公演等の当日までの期間、中止・延期までにスタッフが実施した業務の履行割合、中止・延期によりスタッフが負担することとなる経費、公演等のためにスタッフが確保していた日数、公演等が実施されれば得られる予定であった報酬額、発注者の当該公演等に関する収入の有無、中止公演等に代わる延期公演等の実施の有無等を勘案し、決定することが望ましいです。 ⚫ ひな型では、中止・延期となった後に、様々な要素を総合的に勘案し、報酬の取扱いを決定することとしていますが、契約段階において、例えば、業務が既に完了している場合は全額を負担する、中止・延期となった際の交通費、宿泊費や機材レンタル等のキャンセル料を負担する、公演等当日の○○日前から当日までは報酬額の○○%を負担する、公演等当日の報酬額の ○○%を負担するなど、発注者とスタッフが協議し、事前に合意できるものがある場合には、その負担額や割合等について契約書に記載し ておくことも考えられます。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・民法(明治 29 年法律第 89 号)では以下の規定があります。
(債務者の危険負担等)
第 536 条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第 634 条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。
(受任者の報酬)
第 648 条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第 624 条第 2 項の規定を準用する。
3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。二 委任が履行の中途で終了したとき。
(成果等に対する報酬)
第 648 条の 2 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。
2 第 634 条の規定は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合について準用する。
・新型コロナウイルス感染症により影響を受ける個人事業主・フリーランスとの取引に関する配慮について(令和 2 年 3 月 10 日、経済産業大臣、厚生労働大臣、公正取引委員会委員長)において、新型コロナウイルス感染症により影響を受ける個人事業主・フリーランスと取引を行う事業者に対して、取引上の適切な配慮を行うよう、経済産業大臣、厚生労働大臣、公正取引委員会委員長連名で関係事業者団体に対して要請が行われています。
・新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A(令和 2 年 5 月 13 日、公正取引委員会、中小企業庁)では、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う発注の取消し等に係る下請法の考え方として、「問1 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い,減産計画の策定,一部の部品の調達不能等により(中略)役務提供委託の発注の取消しをすることは下請法上,問題となりますか。」、「答(中略)役務提供委託においては,受領の概念がありませんが,発注の取消しをする場合に,発注を取り消したことにより下請事業者に生じた費用を負担しないときは,下請事業者の利益を不当に害することとなり,不当な給付内容の変更(下請法第 4 条第 2 項第 4 号)として,下請法上,問題となります。」等と示しています。
ひな型例 | 解説 |
(安全・衛生)第○条 1 (発注者)は、本業務の内容等を勘案して、(スタッフ)がその生命、身体等の安全を確保しつつ本業務を履行することができるよう、事故やハラスメントの防止等必要な配慮をするものとする。 2 (発注者)は、自らが制作責任者又は製作責任者である場合は自らが、そうでない場合は制作責任者又は製作責任者と協議の上、安全衛生管理を行う者を置き、 (スタッフ)に対し、書面により通知する。 【(発注者)が保険に加入する場合】 3 (発注者)は、本業務に係る災害補償として、(発注者)の保険料負担により、(スタッフ)を被保険者とする○○保険に加入するものとする。 【(スタッフ)が保険に加入する場合】 3 (スタッフ)は、本業務に係る災害補償として、(スタッフ)の保険料負担により、(スタッフ)を被保険者とする○○保険に加入するものとする。 | ⚫ 安全・衛生に関することについて記載します。 ⚫ 第 1 項は、スタッフが個人で業務に従事することを踏まえて、労働契約法第 5 条に準じて、発注者に対してスタッフの生命、身体等の安全配慮を求めるものです。労働契約法第 5 条の「生命・身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものとされていますので、ひな型においてもこれに準じて心身の健康も含めて配慮を求めるものとしています。 ⚫ 第 2 項は、現場の安全衛生に関する責任体制の確立のため、スタッフの安全衛生管理を行う者を特定し、書面により通知することが望ましく、例えば「劇場等演出空間の運用および安全に関するガイドライン」では制作者が安全衛生責任を、「放送番組における出演契約ガイドライン」では放送事業者・番組製作会社が安全衛生管理、事故補償責任を負う考え方が示されています。 ⚫ ひな型では、安全衛生管理者について書面により通知することとしていますが、契約段階において安全衛生管理者が特定されている場合には、その氏名等について契約書に記載しておくことも考えられます。 ⚫ 事故防止対策等については、「芸能従事者の就業中の事故防止対策等の徹底について(令和 3 年 3 月 26 日、厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課長他)」にあるとおり、フリーランスを含めた芸能従事者の就業中の事故防止対策等を徹底するため、現場における災害防止措置として、芸能従事者が行う資材による危険の防止、演技、撮影、照明等の作業における危険の防止の取組、安全衛生に関する対策の確立等として、制作管理者が行う安全衛生に関する責任体制の確立、安全衛生教育の実施、作業環境やトラブル・ハラスメント相談体制の整備等の取組が求められています。 ⚫ ハラスメントについては、防止措置を講じることが事業主に義務づけられており、事業主が職場におけるハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化等を行う際に、自ら雇用する労働者以外の他の事業主が雇用する労働者やフリーランスを含む個人事業主等に対する言動についても同様の方針を併せて示すことが望ましい取組とされています。 ⚫ 第 3 項は、スタッフの事故等に備え、保険に加入することが望ましく、発注者が保険に加入したり、スタッフが労災保険の特別加入(令和 3 年 4 月 1 日から労災保険の特別加入が拡大し、芸能関係作業従事者(芸能実演関係、芸能製作関係)、アニメーション制作作業従事者が対象となりました)や民間の保険に加入したりすることが考えられます。なお、スタッフが保険に入る場合の保険料を発注者が負担することも考えられます。このような保険の取扱いについては、契約段階においてその費用負担も含め発注者とスタッフが、十分に協議した上で契約書に記載しておくことが 望ましいです。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・労働契約法(平成 19 年法律第 128 号)第 5 条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とされています。
・労働契約法の施行について(平成 30 年 12 月 28 日一部改正、厚生労働省労働基準局長)(10 頁)では、「法第 5 条の「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものであること。」とされています。
・労働安全衛生法(昭和 47 年法律第 57 号)第 4 条では、「労働者は、労働災害を防止するため必要な事項を守るほか、事業者その他の関係者が実施する労働災害の防止に関する措置に協力するように努めなければならない。」とされています。
・ハラスメントに関する主な規定として、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律
(昭和 41 年法律第 132 号)第 30 条の 2(職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関する雇用管理上の措
置等)、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和 47 年法律第 113 号)第 11 条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)、第 11 条の 3(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成 3 年法律第 76
号)第 25 条(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)があります。
・事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成 18 年厚生労働省告示
第 615 号)、事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
(平成 28 年厚生労働省告示第 312 号)及び事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)では、「事業主は、当該事業主が雇用する労働者が、他の労働者(他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む。)のみならず、個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮する」ことが望ましいとされています。
・劇場等演出空間の運用および安全に関するガイドライン(平成 29 年 11 月劇場等演出空間運用基準協議会)(20 頁)では、「制作とは、公演の企画を立案し、その実行を統括する業務である。従って、その任に当たる者は、公演制作における包括的な責任を持つ。制作者は制作事業者の指名により、統括安全衛生責任者としての任を負い、公演全体の安全衛生管理体制を整備し、労働災害防止措置を実施する必要がある。演出家、あるいは振付家、音楽監督その他、本節に列記する役割を負うにふさわしい者を選定し、彼らとともに公演制作過程における安全衛生に努める。具体的には、安全衛生管理のために次の事項を統括する。
1. 制作作業における危険、および健康障害防止措置の実施
2. 部門間の連絡および調整と、安全衛生管理に配慮した適切なスケジュール作成
3. 安全衛生管理者の選任
4. 事業者がおこなう安全衛生教育の指導および援助
5. 危機管理対策の策定
6. その他労働災害防止に必要な事項
公演制作過程全体の安全衛生のために、安全衛生管理者らがどのように役割を担うことが適切かを、自覚的に判断することが求められる。
プロデューサー、企画制作者、あるいは団体や劇場の芸術監督等が担う。」とされています。
・放送番組における出演契約ガイドライン(平成 20 年 2 月、映像コンテンツ大国を実現するための検討委員会)では、「放送事業者・番組製作会社は番組製作にあたり、実演家に危険を及ぼすことのないよう配慮し、安全衛生管理を行うことを確認する。」、また、「安全衛生管理を行う放送事業者・番組製作会社が事故補償責任を負うことを確認する。」とされています。
ひな型例 | 解説 |
(権利)第○条 【利用許諾の場合】 1 (スタッフ)は(発注者)又は(発注者)が指定する者が、本業務において生じる著作物に関して次に掲げることを行うことを許諾する。 (1)著作物の複製 (2)著作物の次に掲げる上演、演奏、上映及び口述 (ア)○○○における上演(日時:○○○) (3)著作物の原作品又は複製物の次に掲げる展示 (ア)○○○における展示(日時:○○○) (4)著作物の次に掲げる放送・有線放送及び放送同時配信等、並びにインターネット上での公衆送信 (ア)放送・有線放送(放送局名:○○○) (イ)放送同時配信等(期間:○○○、配信サイト:○○○) (ウ)インターネット上のホームページへの掲載 (期間:○○○~○○○) (5)著作物の原作品又は複製物の譲渡、貸与及び頒布 (6)著作物の翻訳、編曲、変形及び翻案 (7)前号により作成された二次的著作物の利用 2 前項において許諾された以外の利用については、(発注者)及び(スタッフ)が協議の上、決定するものとする。 【権利譲渡の場合】 1 (スタッフ)は(発注者)に対し、本業務から生ずる全ての著作物に係る著作権を譲渡する。 3(【権利譲渡の場合】は 2) (スタッフ)は、(発注者)に対し、本業務により生ずる著作物が、第三者の著作権、プライバシー権、名誉権、パブリシティ権その他いかなる権利をも侵害しないものであることを保証するとともに、万一、本業務により生ずる著作物に関して、第三者から権利の主張、異議、苦情、対価の請求、損害賠償請求等がなされた場合、(スタッフ)は、その責任と負担のもと、これに対処、解決するものとし、(発注者)に対して一切の迷惑をかけないものとする。 【衣装や大道具など、それ自体が財産的な価値を持つ成果物を納入するような場合】 4(【権利譲渡の場合】は 3) 成果物の所有権は、対価の完済により、 (発注者)に移転する。 | ⚫ 各権利の取扱いについて記載します。 ⚫ 創作から生じる著作権は、著作物を無断で利用されない権利(利用してよいかどうかを決定することができる権利)であり、著作者に原始的に帰属するものです。このため、スタッフの著作物の利用方法については、契約段階において発注者とスタッフが協議し、明確にしておく必要があります。 ⚫ 著作物を利用するための契約は、著作者の著作権について、著作者が「利用許諾」をするか「権利譲渡」をするかの二つに大別されます。権利者保護の観点からは各権利が権利者に残る利用許諾とすることが望ましいですが、著作物の利用の円滑化等の観点から、実務上は譲渡とすることもあります。どちらの場合であっても、報酬の設定に当たり、利用許諾や譲渡の対価を十分に考慮する必要があります。 ⚫ 利用許諾の場合は、どの権利をどの範囲で利用することを許諾するのか、明確にする必要があります。その範囲を超えた利用をする場合には、別途利用条件を協議の上、追加報酬を設定することが考えられます。 ⚫ 権利譲渡とする場合について、ひな型では全部譲渡としていますが、権利を特定して一部を譲渡することもあり得ます。なお、著作権法第 27 条の権利(翻訳権、翻案権等)及び第 28 条の権利(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)については、著作権の権利譲渡契約がされた場合でも、権利譲渡の対象としての明示(「特掲」(著作権法第 61 条第 2 項)といいます。)がされていない限り、譲渡する者に留保されたものと推定されます。このため、これらの権利を含めて譲渡を受けるためには、契約書において「著作権 (著作権法第 27 条及び第 28 条の権利を含む。)」と明示しておくことが必要です。 ⚫ 権利の対価としてではなく、契約上、別途成果報酬のような形で追加報酬を定めることもできます。 ⚫ 著作権等管理事業者による使用料の分配制度(いわゆる集中管理制度)によって、双方の手間を省きつつ、利用の対価を権利者に還元する仕組みもあります。 ⚫ 著作者人格権といった譲渡することができない権利や、肖像権、パブリシティ権のような人格権由来の権利の取扱いについて確認しておくことが求められます。著作者人格権については、著作物の利用の円滑化等の観点から、例えば「(スタッフ)は、(発注者)又は(発注者)が指定する者による著作物の利用に関して、著作者 人格権を行使しない。ただし、(発注者) |
又は(発注者)が指定する者が、著作物の利用に際して、(スタッフ)の名誉又は声望を害した場合はこの限りでない。」と規定することも考えられます。 ⚫ 業務により生ずる著作物が、第三者の権利を侵害しない旨をスタッフが保証することを記載しておきます。 ⚫ 衣装や大道具など、それ自体が財産的な価値を持つ成果物を納入するような場合には、トラブル防止のため、成果物の所有権について明確にしておくことが望ましいです。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・著作権法(昭和 45 年法律第 48 号)では、関連する主な規定として、第 17 条(著作者の権利)、第 21 条(複製権)、第 22 条(上
演権及び演奏権)、第 22 条の 2(上映権)、第 23 条(公衆送信権等)、第 24 条(口述権)、第 25 条(展示権)、第 26 条(頒布権)、
第 26 条の 2(譲渡権)、第 26 条の 3(貸与権)、第 27 条(翻訳権及び翻案権等)、第 28 条(二次的著作物の利用に関する現著作者
の権利)、第 59 条(著作者人格権の一身専属性)、第 61 条(著作権の譲渡)、第 63 条(著作物の利用の許諾)があります。
・文化庁では、著作物の創作または利用を職業としない人々が簡単に著作権に関する契約書を作成できるよう「著作権契約書作成支援システム」を提供しています。
・放送同時配信等の許諾の推定規定の解釈・運用に関するガイドライン(令和 3 年 8 月 25 日策定、文化庁著作権課、総務省情報通
信作品振興課)では、著作権法第 63 条第 5 項の運用に当たって、権利者側の懸念を払拭しつつ、放送事業者が著作物等を安定的に利用することを可能とし、視聴者の利便性に資するよう解釈・運用の指針を示しています。また、同(3 頁)では、放送事業者側が許諾交渉に当たっての留意点として、「対価の支払いを伴う著作物等の利用について、放送のみを行う場合と、放送と放送同時配信等を併せて行う場合の対価の相場が異なる場合には、後者の対価を支払うこと。」とされています。
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(9 頁)では、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型として、役務の成果物に係る権利の一方的な取扱いについて、その考え方や優越的地位の濫用として問題となり得る想定例が示されています。
・パブリシティ権は、人格権に由来する権利と解されています(最高裁平成 24 年 2 月 2 日判決等)。
ひな型例 | 解説 |
(契約内容の変更)第○条 1 本契約の内容を変更する事由が生じた場合は、(発注者)と(スタッフ)において協議し、合意の上、変更することができるものとし、変更された内容は、(発注者)が(スタッフ)に対し、書面で通知するものとする。 2 (発注者)と(スタッフ)は、当該変更による(スタッフ)の負担の増減等を十分に勘案・協議し、必要に応じて第○条で定める報酬等について見直すものとする。 | ⚫ 契約の変更について記載します。 ⚫ 文化芸術に関する業務は、契約締結後に契約内容を変更する必要が生じることが考えられます。このような場合に、発注者とスタッフが協議ができるよう契約書に記載しておく必要があります。 ⚫ 発注者とスタッフが協議の上、合意した内容については、変更後の契約内容の明確化やトラブル防止の観点から、書面により明確にしておくことが重要です。 ⚫ 内容の変更に当たっては、変更によるスタッフの負担の増減等を十分に勘案し、必要があれば適切に報酬等に反映していくことが望ましく、発注者はスタッフと十分に協議することが求められます。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(14 頁)では、「取引上の地位が優越している発注事業者が、一方的に、取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施する場合に、当該フリーランスに正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるときは、優越的地位の濫用として問題となる(独占禁止法第2条第9項第5号ハ)。」とされています。
実演家の出演に関する契約書のひな型例及び解説
○このひな型例及び解説は、発注者(公演、番組、映画等の制作者や主催者である事業者等)と個人で活動する実演家(公演、番組、映画等に出演する者)との間の出演に関する業務委託契約に関するものです。
○文化芸術分野における取引の適正化等の観点から契約に必要な基本的事項を盛り込んでいる参考例です。文化芸術分野の取引は、分野、職種、案件等により、業務内容や期間等が様々であることから、個々の状況に合わせてご活用下さい(例えば、発注者が実演家に継続的に業務を依頼する場合に、共通する事項を「基本契約」、公演日、場所、報酬等の個別の事項を「個別契約」(発注書)として契約する等)。
○書面は、契約書、確認書、発注書など様々なものが考えられ、交付の方法も紙による交付に加え、メールや SNS のメッセージ等の電磁的記録によるものなどが考えられます。少なくとも契約が成立したこと、業務内容や報酬等の基本的な事項に関する記録を書面により残しておくことが重要です。
○なお、フリーランスと発注者等との契約等のトラブルについては、フリーランスの方が弁護士にワンストップで相談できる窓口として、「フリーランス・トラブル 110 番」が設置されています。
ひな型例 | 解説 |
(業務内容)第○条 1 (発注者)は、(実演家)に対し、次に定める出演に関する業務(以下「出演業務」という。)を委託する。 (1)作品名(公演名、番組名、映画名等):○○○ (2)場所(出演会場、放送局等):○○○ (3)業務の内容及び期間 【公演・撮影等】※本番 ○○年○月○日から○○年○月○日まで ○○○(具体的な業務の内容を記載) 【稽古又はリハーサルがある場合】 稽古又はリハーサル開始日(時期) 【未定の事項がある場合】 ○○○(未定の事項及び未定の理由を記載) 2 出演業務のうち「未定」の事項については、概ね○○年○月○日頃までに(発注者)及び(実演家)が協議の上、決定し、 (発注者)が(実演家)に対し書面で通知するものとする。 | ⚫ 業務内容について記載します。 ⚫ 業務内容は、発注者及び実演家がお互いに依頼内容を理解し、具体的に何をするのかや業務に従事する期間等が明確になるようできる限り具体的に記載します。 ⚫ 業務の内容には、公演、映画撮影等の業務に加えて、稽古、リハーサル等の業務がある場合には、契約段階においてその時期を明確化しておく必要があります。 ⚫ 具体的な業務内容を明確にできないものがある場合には、その内容が明確にならない理由や内容が明確になると見込まれる予定期日について契約書に記載し、明確にすることができる段階で、発注者と実演家が十分な協議をした上で、速やかに業務内容を明確にできるようにしておきます。具体的な業務内容を明確にできないものがある場合について、下請法では、発注時に下請事業者の給付の内容等が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとされていること、その場合には、親事業者は、当該事項を定められない理由、当該事項を定めることとなる予定期日を発注時の書面に記載しなければならないとされている趣旨を踏まえ、ひな型においても記載することを求めています。(未定の理由の記載例:「公演名、公演期間は決まっているが、業務の内容が具体的に決定していないため」等) ⚫ 業務内容を特定するため必要に応じて、広告に関する出演契約の場合には、広告主名、その他の出演契約の場合には、放送局名、公演主催者名等を記載することも考えられます。 ⚫ 創作物を作り上げていく中で業務内容を変更する必要が生じることも想定されます。業務内容の変更が生じた場合には、発注者と実演家が協議し、合意した変更内容について発注者が書面で通知する必要があります。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第1項では、「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。ただし、これらの事項のうちその内容が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとし、この場合には、親事業者は、当該事項の内容が定められた後直ちに、当該事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第 2 項では、下請事業者の承諾を得るなどすれば書面に記載すべき事項を書面に代えて電磁的方法によって提供することが認められており、下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項
(平成 13 年 3 月 30 日公正取引委員会)では、電磁的方法によって提供する場合の留意事項について示されています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 3 の 2(2)では、
「「その内容が定められないことについて正当な理由がある」とは、取引の性質上、製造委託等をした時点では必要記載事項の内容について決定することができないと客観的に認められる理由がある場合であり、次のような場合はこれに該当する。ただし、このような場合であっても、親事業者は、特定事項がある場合には、特定事項の内容が定められない理由及び特定事項の内容を定めることとなる予定期日を当初書面に記載する必要がある。また、これらの特定事項については、下請事業者と十分な協議をした上で、速やかに定めなくてはならず、定めた後は、「直ちに」、当該特定事項を記載した補充書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされており、上記の次のような場合の例として、「○ 広告制作物の作成委託において、委託した時点では制作物の具体的内容が決定できない等のため、「下請事業者の給付の内容」、「下請代金の額」又は「下請事業者の給付を受領する期日」が定まっていない場合」、「○ 放送番組の作成委託において、タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、委託した時点では、放送番組の具体的な内容については決定できず、「下請代金の額」が定まっていない場合」等が示されています。
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(7~8 頁)では、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型として、やり直しの要請について、その考え方や優越的地位の濫用として問題となり得る想定例が示されています。
ひな型例 | 解説 |
(報酬等)第○条 【実演のみの場合】 1 (発注者)は、(実演家)に対し、出演業務の報酬として、金○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【報酬に利用許諾又は権利譲渡の対価を含める場合】 1 (発注者)は、(実演家)に対し、出演業務の報酬及び第○条第 1 項で定める(利用許諾又は権利譲渡)の対価として、金○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【報酬に利用許諾又は権利譲渡の対価を報酬と分けて明示する場合】 1 (発注者)は、(実演家)に対し、出演業務の報酬として金 ○○○,○○○円(消費税等別)、第○条第 1 項で定める(利用許諾又は権利譲渡)の対価として金○○○,○○○円(消費税等別)を支払う。 【報酬額を定められない正当な理由がある場合】 1 (発注者)と(実演家)は、出演業務の報酬を、概ね○○年○月○日頃までに、協議の上、決定し、(発注者)は、(実演家)に対し、決定した金額を支払う。報酬額を定められない理由は下記のとおりである。 ○○○(理由を記載) 2 ○○○、○○○の諸経費は(実演家)の負担とする。 3 前項に定めるもののほか、出演業務に要する諸経費は、別に合意したものを除き、(発注者)の負担とする。 4 (発注者)は(実演家)に対し、第 1 項の報酬、前項の諸経費のうち(実演家)が立て替えて負担した経費を、出演業務の遂行が完了した日の翌月○日に支払うものとする。ただし、支払日が金融機関の休業日である場合、支払期日は前営業日とする。 【分割払の例】 (発注者)は(実演家)に対し、第1項の報酬、前項の諸経費のうち(実演家)が立て替えて負担した経費を、以下の期日に支払うものとする。ただし、支払日が金融機関の休業日である場合、支払期日は前営業日とする。 | ⚫ 報酬等について記載します。 ⚫ 報酬額は、業務内容、専門性、著作権等の権利の利用許諾・譲渡・二次利用の有無、経費負担等を十分に勘案した上で適正なものとなっているか発注者と実演家が十分に協議し決定する必要があります。また、権利の利用許諾又は譲渡がある場合には、その対価について、明確な合意がされることが望ましいです。なお、成果報酬のような形で別途追加報酬を契約上定めることもできます。 ⚫ 業務内容と同様に、報酬額を明確にできない場合について、下請法では、発注時に下請事業者の給付の内容等が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとされていること、その場合には、親事業者は、当該事項を定められない理由、当該事項を定めることとなる予定期日を発注時の書面に記載しなければならないとされている趣旨を踏まえ、ひな型においても記載することを求めています。 ⚫ 報酬額は本来、契約時点で定めておくべきですが、定められないことについて正当な理由がある場合には、定められない理由、報酬が決定する予定期日を記載し、報酬が曖昧なままに業務を実施することを避けるようにする必要があります。(未定の理由の記載例:「タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、放送番組の具体的な内容について決定していないため」等) ⚫ 分野や職種によっては、事業協同組合や労働組合 (ユニオン)が発注者との間で団体協約や労働協約を締結しており、その中で報酬に関する基準が定められている場合がありますので、該当する組合員の報酬決定の際にはそれらを踏まえる必要があります。 ⚫ また、団体内の報酬に関するルールによって報酬額が決まる場合もあります。 ⚫ なお、契約当初の想定を超えた実演の利用が生じた場合に備え、契約段階においてその協議方法について明確にしておくことが望ましいです。団体協約や著作権等管理事業者による使用料の分配制度(いわゆる集中管理制度)によって、双方の手間を省きつつ、利用の対価を権利者に還元する仕組みもあります。 ⚫ 諸経費は、交通費、衣装代、メイク代、その他当該出演業務に必要となる経費のうち、発注者、実演家それぞれが負担するものについて十分に協議した上で具体的に記載します。 ⚫ 報酬等の支払期日について、下請法では、下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日)から起算して、60 日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない、とされている趣旨を踏まえ、業務完了後可能な限り早期に支払われるよう具体的な支払期日を契約書に記載することが望ましいです。支払期日が、金融機関の休業日に当たることがあります。ひな型では、支払遅延防止の観点から前営業 |
①金○○○,○○○円 契約締結日の属する月の翌月末日 / ○○年○○月○○日 ②金○○○,○○○円 ○○年○○月○○日 ③残額 出演業務の遂行が完了した月の翌月末日 / ○○年○○月○○日 5 前項の支払は(実演家)の指定する銀行口座に振り込む方法によるものとし、振込手数料は(発注者)の負担とする。 | 日としています。翌営業日とする場合は、下請法の考え方を踏まえ順延する期間を 2 日以内とすることが望ましいです。また、業務が長期にわたる場合等も想定されますので、業務の進捗状況等に応じて分割払とすることも考えられます。 ⚫ 報酬等の支払方法については、現金による直接支払、銀行振込など具体的な支払方法について記載します。なお、銀行振込の場合、振込手数料は、原則として、実演家が負担する旨の合意がない限り発注者が負担すべきものですが、どちらが負担するか発注者と実演家が協議の上、契約書に記載しておきます。 |
【参考】主な関係法令・ガイドライン等
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 3 条第 1 項では、「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。ただし、これらの事項のうちその内容が定められないことにつき正当な理由があるものについては、その記載を要しないものとし、この場合には、親事業者は、当該事項の内容が定められた後直ちに、当該事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 3 の 2(2)では、
「「その内容が定められないことについて正当な理由がある」とは、取引の性質上、製造委託等をした時点では必要記載事項の内容について決定することができないと客観的に認められる理由がある場合であり、次のような場合はこれに該当する。ただし、このような場合であっても、親事業者は、特定事項がある場合には、特定事項の内容が定められない理由及び特定事項の内容を定めることとなる予定期日を当初書面に記載する必要がある。また、これらの特定事項については、下請事業者と十分な協議をした上で、速やかに定めなくてはならず、定めた後は、「直ちに」、当該特定事項を記載した補充書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされており、上記の次のような場合の例として、「○ 広告制作物の作成委託において、委託した時点では制作物の具体的内容が決定できない等のため、「下請事業者の給付の内容」、「下請代金の額」又は「下請事業者の給付を受領する期日」が定まっていない場合」、「○ 放送番組の作成委託において、タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、委託した時点では、放送番組の具体的な内容については決定できず、「下請代金の額」が定まっていない場合」等が示されています。
・フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(令和 3 年 3 月 26 日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)(4~7 頁)では、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型として、報酬の支払遅延、報酬の減額、著しく低い報酬の一方的な決定について、その考え方や優越的地位の濫用として問題となり得る想定例が示されています。
・役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針(平成 10 年 3 月 17 日、公正取引委員会)では、代金の支払遅延、代金の減額要請、著しく低い対価での取引の要請等について、優越的地位の濫用規制の観点からの考え方や独占禁止法上問題となる場合が示されています。
・放送同時配信等の許諾の推定規定の解釈・運用に関するガイドライン(令和 3 年 8 月 25 日策定、文化庁著作権課、総務省情報通信作品振興課)(3 頁)では、放送事業者側が許諾交渉に当たっての留意点として、「対価の支払いを伴う著作物等の利用について、放送のみを行う場合と、放送と放送同時配信等を併せて行う場合の対価の相場が異なる場合には、後者の対価を支払うこと。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法(昭和 31 年法律第 120 号)第 2 条の 2 第 1 項では、「下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、親事業者が下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日。次項において同じ。)から起算して、60 日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。」とされています。
・下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成 15 年 12 月 11 日公正取引委員会事務総長通達第 18 号)第 4 の 2(5)では、
「次のような場合は、下請代金の支払遅延に当たる。 カ 親事業者と下請事業者との間で、支払期日が金融機関の休業日に当たった場合に、支払期日を金融機関の翌営業日に順延することについてあらかじめ書面で合意していないにもかかわらず、あらかじめ定めた支払期日までに下請代金を支払わないとき。」とされています。
・民法(明治 29 年法律第 89 号)第 485 条では、「弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。」とされています。