平成25年8月以降、原告代表者はP3
xxxx◎弁護士・弁理士/xxxx◎弁護士
専用実施xx設定契約の停止条件が成就していないとして実施料(一時金)の支払いが否定された事例
[大阪地方裁判所 令和元年7月4日判決 平成29年(ワ)第3973号]
1.事件の概要および主たる争点
本件は、原告が、主位的には専用実施xx設定契約(本件契約)に基づいて実施料(一時金)の支払いを求め、予備的には被告が本件契約の停止条件を成就させる意思がないのに本件契約を締結して原告のノウハウを詐取したことによる損害賠償を請求した事案です。本件では、被告が本件契約の停止条 件の成就を故意に妨げたか否かが主た
る争点になりました。
本件は事例判決であり、新たな規範が示されたわけではありませんが、大学ベンチャーと大企業の共同研究がうまくいかなかった事例として示唆に富んでいるので紹介します。
なお、誌面の都合上、上記の主たる争点に関連する事項のみを記します。
2.裁判所が認定した事実等
(1)当事者
原告は蛍光色素の研究、開発等を行う株式会社であり、原告代表者は蛍光色素の研究等を行っているX大学の教授で、原告の株式の過半を保有している。
被告は、天然樹脂、合成樹脂等の製造、販売、加工等を目的とする株式会社である〈厳密には、被告と被告親会社(持
ち株会社)が登場しますが、以下、両者を区別せずに「被告」と称します〉。
(2)原告等の特許・特許出願
原告代表者は「本件契約の対象特許」
①~⑫の特許に係る発明をし、原告また は原告代表者が特許出願し、登録された。原告代表者らは、蛍光色素に係る発 明をし、平成27年4月6日、原告、学校法人Yおよび福岡県が共同出願をした。
(3)本件契約の概要
原告と被告が平成28年4月22日付で締結した「特許xxの専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書」
(本件契約)には、次の記載がある。
前文
「被告は、原告の蛍光色素に関する技術を応用した事業(以下「本件事業」という。)を独占的に推進することを目指している(以下「事業目的」という。)」
第2条第1項(専用実施権の設定)
「原告は、被告に対し、原告及び原告の関係者…の所有に係る別紙『本件契約の対象特許』の①乃至⑬に定められる権利……について、専用実施権を設定する。ただし、本契約において、本件特許xxの内、特許xxを受ける権利……について、専用実施権を許諾す
る場合には、専用実施権を仮専用実施権に読み替えるものとする」
第4条(実施料)
「被告は、契約によって原告から許諾された専用実施権及び仮専用実施権の対価として、次のとおり原告に支払う。
①(一時金)45百万円」
第12条(共同研究)
「第3項 原告及び被告は、本契約期間中又は本契約期間終了後1年間、本条に定められる共同研究と同一又は類似した研究を自ら行い、又は第三者をして行わせてはならず、当該研究と同一又は類似した研究を第三者と行ってはならないものとする」
第25条(契約の一体性)
「本契約は、第12条(共同研究)及び第13条(販売・製造)に定める共同研究契約、及び製造委託契約の締結を条件とする」
別紙:本件契約の対象特許
「⑬ 本件事業に関わる出願中の知的財産権(注:本件契約第1条で定義される知的財産権であり、特許xxを受ける権利を含む。)」
(4)経緯等
平成17年10月5日、原告被告間で秘密保持契約を締結した。
2020 No.4 The lnvention 37
平成19年8月1日、生体分野を開発対象から除外して、被告が原告に委託研究費300万円を支払うこと等を内容とする共同開発契約を締結した。この共同開発の実施期間は、当初は平成21年
7月31日までとされたが、平成25年7月31日まで延長された。
平成25年8月以降、原告代表者はP3
(被告の筑波研究室のテーマリーダー)に対し、新しい原告製品の抗体標識について、使用手順が完成すれば製品化でき、大手メーカーとも具体的な話があること、原告には資金がなく、研究施設の費用を年間200万円程度負担してほしいこと、他の企業や大学とも話が進行しているが、被告と共同で進めたいことを伝えた。
平成25年11月、原告代表者はX大学に対し、自らを研究代表者とする平成 26年度実用化支援研究費の申請を行った。申請の研究計画書の「研究組織」欄には、学外の研究者として、複数の大学教授と並びP3の名も記載されていた。平成26年2月以降も、原告とP2(被 告の筑波開発xxx新規事業企画開発部長)およびP3とは共同開発契約の平成25年8月1日以降の延長について協議したが、原告内部に反対意見があり、
延長しなかった。
平成27年4月10日、被告は原告に対し、被告が資本金の半分を現金で支出し、原告が資本の対価となる特許および技術を提供する方法により合弁会社を設立し、業務提携をする案を提示した。
同年4月20日、原告代表者はP2に対し、原告製品には大きな市場が広がっており、大企業との協業が不可欠であること、原告には6000万円強の負債が
あり、原告の特許を用いた事業をするとともに、負債の6割程度を負担してくれる企業と組むことを希望すること等を伝えた。
原告と被告は協議を継続し、同年7月2日の会議で、被告は、原告が債務超過となっており、原告が継続的に存続し得る方法を考える必要があるとして、被告が資金を、原告が技術を出資するジョイントベンチャーを提案した。同年9月29日、P2らは原告代表者の 研究室を訪問し、原告代表者らとの間で、業務提携のスキームとして、原告の借入金返済の原資のため、原告が保有する特許11件に対して専用実施権を設定し、その対価としてまとまった金額を支払い、原告はこれを借入金返済
の原資とする案について議論した。
同年12月7日、原告と被告は秘密保持契約を締結し、平成28年2月9日に被告は「特許xxの専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書案の骨子」と題する書面を作成し、原告代表者にその概要について説明するとともに、契約内容について協議した。
平成28年2月15日以降、被告はX大学出身者で原告代表者と面識のあった P6(被告の筑波研究所の研究員)を原告代表者の研究室に派遣した。
同年2月17日、原告代表者はP6に対し、被告から説明のあった契約書案に対する要望として、専用実施権ではなく実施権にして、原告は他の企業とは組まないといった契約にすることや、利益を折半すること等を伝えた。
同年2月28日、P2は原告代表者に対し、前記要望に対する回答として、専用実施権は原告からの提案であり、利
益折半の要望に対してはジョイントベンチャーの設立しかないが、それは原告が不可能と判断したと指摘した。
同年3月9日以降、原告被告間で契約について具体的に協議された。被告が同月14日に作成した契約書案には本件契約の25条に相当する規定が設けられていた。
同年4月11日、原告と被告は会議を行い、被告は原告に対して技術的な質問をしたところ、その回答の中で、原告代表者は、某大学の先生にプローブ
(物質の検出のために用いる標識物質)を作ってもらっている旨を述べた。
同年4月12日、P3は原告代表者に対し、某大学の先生にFISH用プローブを作ってもらっている件について、共同研究契約等の締結の有無を尋ね、他に契約を締結している案件の有無を尋ねたところ、原告代表者はFISHに関する検討について全ての範囲で契約等は存在しない旨を回答した。
同日、P3は原告代表者に対して、 FISH以外で共同研究契約等を締結していないか確認するとともに、現在取り組んでいる販売先や協力先を全て把握したうえで今後の体制を協議したい旨のメールを送った。
同年4月28日、P2は原告代表者に対し、本件契約25条について、本件契約は共同開発契約等の締結を条件としていることを説明するとともに、本件契約を締結しなければ被告には情報がなく、共同開発契約等の議論のしようがない旨を説明した。
同年5月7日、原告代表者は本件契約に係る契約書に押印し、原告と被告は本件契約の締結日を同年4月22日と
38 The lnvention 2020 No.4
することにした。
同年5月10日、P3は原告代表者に対し、今後の進め方について相談するための面談を申し入れるとともに、本件契約に基づく一時金支払い手続きのため、請求書の発行を求めた。
同年6月21日、原告代表者はP3に対し、サブマリン特許(ここでは特許出願しているが公開されていない出願の意味)がある旨を伝えた。
同年6月22日、P3は原告代表者に対し、サブマリン特許について電話では審査請求しないと聞いており、その旨を今週中に書面でもらい、一時金の支払いを完了したい旨を伝えた。
同年6月23日ころ、原告代表者はX大学の産学連携支援室の担当者に、サブマリン特許について審査請求しない、あるいは審査請求して専用実施権を被告に与えるという取り扱いが可能か否かを照会したところ、同担当者は、学内審査で権利化を承認した手前、そのようなことはできない旨を回答した。
同年7月1日、P2は原告代表者に対し、本件契約の履行について原告側に問題があるので一時金の支払いを保留していること、これに伴い被告も専用実施権の設定を行っていないことを伝え、本件契約の履行を催告した。P2は上記催告の主な理由として、本件契約 12条3項違反を挙げた。
同年7月2日、原告代表者はP2に対し、サブマリン特許に関する説明を述べたほか、本件契約締結までに原告が契約書を交わした共同研究先はなく、契約違反は身に覚えがないと主張した。
同年7月5日、P2は原告代表者に対し、サブマリン特許について、本件契
約締結前には開示がなく、専用実施権の設定ができないことも今回分かった旨を述べた。
同年7月16日、P2は原告代表者に対し、本件契約25条では契約の一体性を定めるが、共同研究契約について双方が合意できる状態ではないこと、現在、25条で効力がない本件契約を破棄し、このまま専用実施権を設定せず、そのうえで緩い関係を持った協力関係への軟着陸ができればと考えていること、相互理解が進まなければ、被告としては本件事業をやめざるを得ないことを伝えた。
同年7月29日、P2は原告代表者に対し、本状況では共同開発契約等の締結は非常に難しく、契約を白紙に戻し、緩やかな関係での枠組みを共に考えたい旨を伝えた。
同年8月8日、原告代表者はP2に対し、従前の経緯を考えると、被告の対応は社会的に通らないのではと指摘した。同年9月20日、原告代表者はP2に対 し、同年4月に締結した契約は一つの契約として効力があるので、まず解除すべきであることを述べ、一時金支払いまでの期間は原告の技術情報を入手する期間だったのではないかと指摘した。同年9月21日、P2は原告代表者に対 し、本件契約を解消し、受領した情報については秘密保持契約の規定に従っ
て対処する旨を告げた。
同年9月23日、原告代表者はP2に対
し、前記契約解除はトップの意思であるのか等を尋ね、被告は多数の技術情報を入手したことを指摘した。これに対し、同年9月30日、P1(被告の研究開発カンパニー長、常務取締役)は原告代表者にメールを送り、上記は被告の取締役会の決定である旨を連絡した。同年10月28日、被告は、原告から受 領した書類およびデータを被告に送付
して返却し、その際に添付した書面に、被告は原告の技術および情報を元に今後も事業を行うことはない旨記載した。
3.裁判所の判断
裁判所は、平成26年度の実用化支援研究費に係る研究はP3も学外の研究者として名を連ねていたことから12条3項違反ではないと認定しましたが、サブマリン特許に関する経緯が信頼関係を阻害しており、共同研究契約を締結しなかったことはやむを得ない理由があるとして、停止条件が成就していないことにxxx違反はなく、本件契約は効力が発生していないと判断しました。
4.考察
本件の経緯をみると、企業側(被告)と大学側(原告)の間に、共同研究の在り方についての意識の差があったことがうかがい知れます。
なお、控訴審でも上記の原審の判断を維持しました。
いくた てつお
東京工業大学大学院修士課程修了。技術者としてメーカーに入社。1982年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国xxxx・xxxx特許法研究所に在籍。
さの xxx
東北大学大学院理学修士課程修了後、化学メーカーに入社し、特許担当者として勤務。2007年弁護士登録後、インテックス法律特許事務所に在籍。
2020 No.4 The lnvention 39