豊川は源を愛知県北設楽郡設楽町の段戸山に発し三河湾に注ぐ延長約77km、流域面積724k㎡の一級河川で、流域市町には約61万人(3市1町)の人々が生活しており 、この地域の産業・経済・社会・文化の発展の基盤を築いてきた。
持分契約の契約書における工夫
~地権者の負担軽減と事務の効率化~
xxxx
xxダム工事事務所 用地第一課(x000-0000 xxxxxxxxxxx00)
共有名義となっている複数の土地(今回は5筆)に関する多数相続案件(相続人50名)において、従来のやり方では地権者の土地毎の持分が異なるため5本の契約をしていたが、印鑑証明書を5通取ると補償金が少額であるため地権者が赤字になること及び
5件契約するには、必要書類への記名押印が20回以上となるなど、契約書の記入だけでも負担となることなど課題が生じた。
5本の契約をまとめて1本の契約書で契約することができないか検討し、関係部署と調整した。
キーワード:多数相続,持分契約,契約書
1.xxダム建設事業について
xxは源を愛知県北設楽郡xx町の段xxに発し三河湾に注ぐ延長約77km、流域面積724k㎡の一級河川で、流域市町には約61万人(3市1町)の人々が生活しており、この地域の産業・経済・社会・文化の発展の基盤を築いてきた。
xxはこれまで幾度も洪水による被害を受けてきた。そのため、放水路の整備や豊橋市内の狭窄部の改修工事などを実施してきたが、近年でも洪水被害が発生しており、洪水を安全に流せる状態には至っていない。また、xxの水はxx用水事業によって東三河地域や静岡県湖西地域の水利用に応えてきたが、近年でも渇水に見舞われており、中部圏においても最も水需要が逼迫している地域である。
xxダムは、xxで幾度となく繰り返されている洪水 氾濫と頻発する渇水の被害から人々の暮らしを守るため、そして活力に充ちた東三河地域の発展に貢献するための
3つの役割を果たす多目的ダムである。1つ目は洪水調節機能である。大雨が降った際に一度に川に流れ出さないように水の量を調節し、下流の洪水被害を軽減する。
2つ目は川の流れを保つ機能である。雨が降った時の水を貯めておき、10年に1度ぐらいの割合でおこる渇水時に、豊川に一定量の水を流すように計画されている。
3つ目は利用可能な水をつくる機能である。貯水池の水を新たな水源として、東三河地域かんがい用水(農業用水)と水道水を合わせて毎秒約0.5㎥の水を新たに使
えるようにする。
2.用地取得の状況について
xxダム建設事業では、124世帯の皆様の移転をは じめとし、多くの関係者の方々にご協力いただいている。用地の取得状況としては、全体の約94%が取得済みで あり、xx、xx、大xxの各地区については全戸の移 転が完了し、閉区式が行われた。
現在は、湛xx及び付替道路の土地について取得を進めている状況である。
3.持分契約について
残件のうち用地第一課で担当しているのは、共有地や 多数相続の土地がほとんどである。xxダム建設予定地 内は、共同墓地など、登記名義人が10名、20名とい うような共有地が幾つもある。また、地目が山林である ような土地は、明治時代生まれの方の名義でそのまま 残っている土地も多くあり、相続人の数が50名を超え るような土地も数多く存在している。このような土地は 通常1通の契約書に取得しようとする土地の権利者全て について連名で署名、押印を頂いて、その土地の所有権 を国に移転する登記を行うこととなる。しかし、xxダ ムにおいては、共有者の数が多いため通常のやり方では、契約書の作成が煩雑となること、同時に複数の権利者を
回ることができず効率が悪いことなどから、平成27年 からは用地部との協議を経て、全筆買収など一定の条件 を満たしている土地については、持分契約を行っている。持分契約とは、例えば、10人が同じ割合で一筆を所有 していれば、それぞれ持分10分の1となるのだが、そ の各人の持分10分の1ずつについて契約し、所有権移 転していくというやり方である。
4. 共有地や多数相続ならではの課題について
前述のとおりxxダム建設用地については、共有地かつ多数相続の土地があり、多数相続ならではの問題点が生じてくることとなる。用地取得のうえで問題となるのは以下の3点だと考える。
1点目は、土地の補償金が少額となる点である。元々、共有地の場合、算定した土地の補償金額を共有者の人数 で割ることとなるのだが、共有者が既に死亡して相続登 記がされていない場合がほとんどで、さらに多数の相続 人で割ることとなる。持分がxx分の1という事例が大 半であり、何万分の1という例も珍しくない。例えば、
1筆の土地の補償金が100万円あったとしても、持分が1万分の1であれば、その相続人に対する補償金は1
00円となってしまう。補償金額があまりにも少額とな ることは、用地交渉を行ううえでマイナスの要因となり 得る。補償説明を行った際に地権者から「これだけの金 額のために大の大人が」や「これだけの金額のためにわ ざわざ交通費を払って」と言われた事例もある。地権者 にとっては、時間を割く労力、書類記入の労力、印鑑証 明取得の労力が際立つこととなる。後述するが、特に印 鑑登録証明書の取得にかかる手数料は契約への大きな関 門となり得る。通常、300円程度かかるため、100 円の契約では、協力して頂く地権者が赤字となってしま う。今回の論文のテーマからは外れるが、立会謝金のよ うな協力して頂くことに対する謝礼が払えるといいなと 常々感じているところである。なお、市町村によっては、一定の手続きをとれば、無料交付に応じてもらえるとこ ろもあり、各市町村に事前に確認をし、協力をお願いし ているところではある。
2点目は、多数相続においては、xx、相続登記がされないまま放置されている場合がほとんどであることから、相続人に土地の権利者としての認識が希薄となる点である。補償説明で回っていても、「土地の名義人を知らない」「自分は関係ない」というところから入る場合が非常に多い。家系図のような相関図を用いて説明してやっと相続人として土地に権利を有していることを理解してもらえるという場合がほとんである。なるべく関わりたくないというご意見を伺うことも多く、契約手続が面倒だと感じられている場合も多い。
3点目は、関係する人数が多いという点である。人数
が多くなればなるほど、様々な考え方や感じ方が存在するのが当然であり、全員の同意を得るのが困難であったり、時間がかかることとなる。また、契約相手方となる相続人にたどり着くまでに何代にも亘る相続が伴い、持分の計算が複雑で難解となる事例も多い。
5.持分契約の契約書について
持分契約の契約書については、契約書の相手方の欄に、
「持分10分の1 xxxx」と記入をすることとなる。同様に登記原因証明情報兼登記承諾書についても「持分
10分の1 xxxx」と記載する。このやり方では、複数の筆について契約しようとする際に、それらの持分が異なる場合は、その持分毎に契約書を作成しなければならない事態となる。
例えば、土地A、土地Bに対する持分が共に2分の1であれば契約書は1通で済むが、土地Aに対する持分が
2分の1、土地Bに対する持分が3分の1であれば、契約書を2通作成することになる。過去の事例では、同時に複数の土地を契約するにあたって、持分が異なるために、同一の地権者から3通の契約書をもらっている事例があった。
6.平成29年度の事例
平成29年度にあった事例について、具体的に紹介すると、同一の被相続人が登記名義人となっている土地が
5筆あり、そのうち4筆が共有地、1筆が単独所有地であった。過去にその地区の共同墓地であった土地が含まれており、土地Aが15名共有地、土地Bが35名共有地、土地Cが18名共有地、土地Dが17名共有地、土地Eは単独所有地であった。いずれも相続登記はされておらず、法定相続人は50名という状況であった。持分契約を行っていく要件には合致していたため、持分契約を行っていく予定であったが、AからDまでの土地が共有者の数の異なる共有地であるため、被相続人の持分が全て異なり、今までのやり方では5通の契約書を作成することとなる状況であった。すなわち、被相続人に対する持分が10分の1であった場合に、土地Aは持分15
0分の1、土地Bは持分350分の1、土地Cは持分1
80分の1、土地Dは170分の1、土地Eは持分10分の1となる。持分が全く異なる5筆の土地について契約していく状況となった。
さらに、特に土地Bについては、元々の地積が小さいことに加えて、35名共有地であるため被相続人の持分が35分の1であり、それを相続人50名で法定相続することになった。ひ孫の世代では被相続人に対する持分が1000分の1という相続人もあり、土地Bに対する
持分が35000分の1、補償金が1円という算定結果が出た。5筆の合計金額では、一番少ない相続人でも数百円はある状況であったが、同じような契約書を5通も記入してもらい、印鑑証明書を5通も取得してもらうこと及び1円の契約を締結することに対しての違和感が今回の論文のテーマのきっかけとなった。
なお、遺産分割協議により、相続人の誰かに集約する方法も考えられたが、相続人が多く、被相続人は何代も前にあたるため、簡単にはいかないだろうという想定をした。
7.解決策
5筆の合計金額では数百円はあることから、1通の契 約書にまとめることができれば印鑑証明書を取ることで 赤字になるという事態は回避できるという点に着目した。持分が異なるという理由だけで5通の契約書を作成して いたのだが、このことを解消できないかという視点で考 えた。5通の契約書を作成することに対する弊害は以下 の2点であり、契約締結への障壁になると思われた。
1点目は印鑑証明書が5通も必要となることである。
1通300円とすると1500円かかることになる。1割程度の地権者において、補償金額が少ないため赤字となる状況であった。公共事業に必要な土地の嘱託登記が目的である場合は、無料交付となる市町村もあるが、全ての市町村が無料という訳ではなかった。
2点目は書類に記入する手間である。用地を契約する までには、土地調書、物件調書、契約書、登記原因証明 情報兼登記承諾書、請求書といった多くの書類に記入、 押印をしてもらう必要がある。住所氏名等の署名、押印 箇所は8箇所にもなり、これが5倍となっては、事業に 協力する気持ちがあったとしても「書きたくない」と言 われても仕方ないだろう。また、地権者は高齢の方が多 く、手が震えながら署名頂くという場面も多く見ており、書いてもらうこと自体も大きな負担となり得る。
そこで、解決策として、契約書の様式等は既存のものをそのまま活用することとしたうえで、契約者の欄に持分を記入せずに各土地の持分を「別表第一 取得する土地の一覧」の摘要欄に委ねることを考えた。このやり方で登記、支払が問題なく進むかについて、関係各所と調整を行った。
まず、法務局で打合せを行ったところ、民間の土地の 売買契約においても、「持分後述のとおり」と記載して、別紙に筆毎の持分の一覧を添付するやり方があると教え てもらい、登記原因証明情報兼登記承諾書の「契約者」 の欄に「持分は摘要のとおり」と記載するとなお良いと いうアドバイスをもらった。これにより登記については 問題がないことを確認した。
次に、契約書の「契約者」の欄にも「持分は別表第1
摘要のとおりxxxx」と記載することとしたことから、支払事務において問題がないことを確認し、持分が異な る複数の土地について契約書1通で契約するという方針 を立てた。
8.事務の効率化
当初、地権者の負担軽減をきっかけに取り組んだこの 課題は事務の効率化にもつながることとなった。契約書 をまとめることにより、その後の嘱託登記に関する書類、支出負担行為、支払決議書の作成等について5分の1の 量に軽減することができるようになった。関係する地権 者の数が元々50名であったため、負担行為を250件 作成する必要があったのだが、5分の1の50件に軽減 された。負担行為の作成に要する時間を1件あたり5分 で計算すると5分×200件=1000分、単位を時間 に換算すると16時間となる。さらに、これらの書類は 用地課における事務の軽減だけではなく、事務所経理担 当課の処理及び本局会計課での処理が必要であり、各段 階においても時間短縮が図られる結果となった。
9.課題及び注意点
最も気を付けなければならないのが、複数の土地をまとめて契約するために、1つでも間違っていると、影響が全部に波及し、登記や支払ができなくなる恐れがあるということである。
一点目に、複雑な相続に対する注意が必要となる。山 xxの地域における相続では、昔から狭い地域内で婚姻 や養子縁組などが行われてきたために、地区内の人がほ ぼ全員がいわゆる親戚にあたるような状態になっている ことからか、ある地権者が複数の系統の相続人となって いる場合が多いように感じられる。また、xxxで古い 時代に登記されたものがそのまま放置されている例も多 く、一度に多数の相続をしなければならない。そもそも 一昔前は兄弟姉妹の数が多い時代でもあり、さらに子ど もが無く亡くなっている場合はその相続分が兄弟姉妹に 及ぶ。また、家制度の名残か配偶者が早くに亡くなり再 婚を繰り返した事例では、持分計算は特に難しくなるし、相続人の漏れも発生しやすくなる。
さらに相続制度の変遷への対応が必要な事例や、戸籍 に関する資料の収集自体が容易ではない事例も多くなる。結果的に持分計算の間違いや戸籍書類に不備が発生する リスクも必然的に高くなる。
今回の案件では司法書士への事前確認をしっかり行ったことと被相続人の系統が1系統であったことにより問題なく進めることができた。複雑な相続を伴う契約書をまとめる際には細心の注意を払う必要がある。
二点目は、取得管理をきちんと行う必要がより高くなる点である。今回の事例では、50名すべての相続人と契約することができたが、一部を残件として残していくような形となる場合、どの土地のどの持分を取得したかの管理をしっかりと行っていかないと引継ぎ等をした際に訳が分からなくなってしまうことである。
三点目は、契約に必要な書類に対して摘要欄に記入していくのだが、システムから出力したものに手入力で加える作業をしていくことになるので、入力ミスが起こらないようチェックができる体制を整える必要がある。
10.まとめ
昨今、働き方改革が求められ一層の事務の効率化が必 要となってきている。今回の取り組みで気が付いたこと は事務の効率化に必要な「引っ掛かり」の段階において、
「同じ書類を何度も記入してもらうのは無駄なのではないか」、「少額の契約のために印鑑証明書の交付料を負担するのは馬鹿らしい」と地権者の立場に立てたことが良かったという点である。
事務の効率化を行おうとする際には、多かれ少なかれ各担当部署との調整が発生する。それが効率化を進める際の障壁となって、途中で頓挫する結果となったり、名目だけの効率化になってしまう原因ともなりうる。
今回は、80歳の地権者が手を震わせながら契約書を記入する姿を想像しながら、また、合計数百円の契約のために市役所の窓口へ出向いて、印鑑証明書を5通も取得して1500円を払う姿を想像しながら取り組むことができたために、各種調整に対しても前向きに向かうことができてうまくいったのだと思う。
そして、結果的には地権者の負担を軽減して用地交渉におけるハードルを下げることができただけでなく、副次的な効果として追加の経費や時間をかけることなく、契約に必要な書類の作成、負担行為決議、登記に関する手続き、支払に関する手続きを5分の1の量に減らすことにつながり、事務の効率化を図ることができた。
事務の効率化においては、まず、大きな改革をしようとするのではなく、普段の業務のちょっとした引っかかりを大切にして、なるべく既存の枠組みの中で取り組むことが肝心だと分かった。調整に時間がかかりすぎるとチャンスを逃すことになってしまう。さらに「事務の効率化」「業務改善」「合理化」と聞くと今まで何となく
「冷たい」とか「割り切る」というようなマイナスの印象を持ってしまっていたが、「自分の時間短縮」だけでなく、「その効率化によって誰かに優しくできるようになる」という視点を持ち続けられれば、より効率化が進みやすくなるのではないかと今回の取り組みで感じることができた。