Contract
最近の判例から
⑻−会社分割と契約特約−
賃借人が会社分割により賃貸人に対する違約金債務を負わないと主張することがxxxに反し許されないとされた事例
(最三決 平29・12・19 裁判所ウエブサイト) xx xx
賃借人が契約当事者を実質的に変更したときは賃貸人は違約金を請求することができるなどの定めのある賃貸借契約において、当該賃借人が吸収分割の後は責任を負わないものとする吸収分割契約により賃借人の地位を承継会社に承継させた場合に、当該賃借人が上記吸収分割がされたことを理由に上記定めに基づく違約金債権に係る債務を負わないと主張することがxxxに反し許されないとされた事例(最高裁 平成29年12月19日決定 棄却裁判所ウエブサイト)
1 事案の概要
平成24年5月、X(賃貸人)とY(賃借人)は、XがYの設計による本件建物を建築し、 Yが有料老人ホーム運営の目的で、賃料月499万円(当初5年は月455万円)、期間20年で賃借する賃貸借契約(本件契約)を締結した。
<本件契約の特約事項>
・禁止事項:Yは第三者に対し、本件契約に基づく権利の全部又は一部の譲渡、本件建物の全部又は一部の転貸をしてはならない。
・中途解約:老人ホーム用の本件建物は他の用途に転用が困難であること、Xは本件契約が20年継続することを前提に投資していることから、Yは原則として本件契約を中途解約できない。
・本件解除条項:Yが本件契約の契約当事者を実質的に変更した場合などには、Xは無催告で本件契約を解除できる。
・本件違約金条項:本件契約の開始から15年
経過前にXが本件解除条項に基づき本件契約を解除した場合、Yは15年分の賃料額から支払済みの賃料額を控除した金額を違約金としてXに支払う。
平成24年10月、Xは約6億円をかけて本件 建物を建築し、本件建物をYに引き渡したが、 Yの事業運営は当初から業績不振が続いた。平成28年4月頃、Yは、本件事業を会社分
割によって別会社に承継させることを考えXに了承を求めたが、Xは了承しなかった。
平成28年5月、Yは資本金100万円を出資して設立した株式会社Aとの間で「本件事業に関する権利義務等(本件賃貸借契約の契約上の地位を含む)及び1900万円の預金債権を YからAへ承継する、Yは本件事業に関する権利義務等について本件吸収分割の後は責任を負わない」などを内容とする本件吸収分割契約を締結し、会社法789条2項の事項を官報及び日刊新聞紙の掲載により公告した。本件吸収分割に異議を述べた債権者はなく、同年7月に本件吸収分割の効力が発生した。
本件吸収分割の後、Aは賃料の大部分を支払わず、同年11月末時点で1450万円が未払となったことから、平成28年12月、Xは、Y及びAに対し、Yが本件契約の契約当事者を実質的に変更したことなどを理由に、本件契約を解除し、本件違約金条項に基づく違約金債権を被保全債権として、Yの第三債務者に対する請負代金債権の仮差押命令の申立てを行った。Yは、本件吸収分割を理由に、本件違約金債権に係る債務を負わないと主張した。
第1審はXの申立てを却下したが、原審は、本件会社分割が、本件契約の特約の合意に優先するとは認められないなどとしてXの申立てを認容した。Yが最高裁に抗告。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Yの抗告を棄却した。
吸収分割は、株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることであり、吸収分割会社と、吸収分割承継会社との間で締結される吸収分割契約の定めに従い、吸収分割承継会社が吸収分割会社の権利義務を承継する。本件において、本件事業に関する権利義務等は、本件吸収分割により、YからAに承継される。
しかしながら、本件契約においては、Xと Yとの間で、本件建物が他の用途に転用することが困難であること及び本件契約が20年継続することを前提にXが本件建物の建築資金を支出する旨が合意されていたものであり、 Xは、長期にわたってYに本件建物を賃貸し、その賃料によって本件建物の建築費用を回収することを予定していたと解される。Xが、本件契約において、Yによる賃借権の譲渡等を禁止した上で本件解除条項及び本件違約金条項を設け、Yが契約当事者を実質的に変更した場合に、Yに対して本件違約金債権を請求することができることとしたのは、上記の合意を踏まえて、賃借人の変更による不利益を回避することを意図していたものといえる。そして、Yも、Xの上記のような意図を理解した上で、本件契約を締結したものといえる。
しかるに、Yは、本件解除条項に定められた事由に該当する本件吸収分割をして、Xの同意のないまま、本件事業に関する権利義務
等をAに承継させた。Aは、本件吸収分割の前の資本金が100万円であり、本件吸収分割によって本件違約金債権の額を大幅に下回る額の資産しかYから承継していない。仮に、本件吸収分割の後は、Aのみが本件違約金債権に係る債務を負い、Yは同債務を負わないとすると、本件吸収分割によって、Yは、業績不振の本件事業をAに承継させるとともに同債務を免れるという経済的利益を享受する一方で、Xは、支払能力を欠くことが明らかなAに対してしか本件違約金債権を請求することができないという著しい不利益を受けることになる。
さらに、会社法は、吸収分割会社の債権者を保護するために、債権者の異議の規定を設けている(789条)が、本件違約金債権は、本件吸収分割の効力発生後に、Xが本件解除条項に基づき解除の意思表示をすることによって発生するものであるから、Xは、本件違約金債権を有しているとして、Yに対し、本件吸収分割について同条1項2号の規定による異議を述べることができたとは解されない。
以上によれば、YがXに対し、本件吸収分割がされたことを理由に本件違約金債権に係る債務を負わないと主張することは、xxxに反して許されず、Xは、本件吸収分割の後も、Yに対して同債務の履行を請求することができるというべきである。
3 まとめ
本件は、賃貸借開始後に賃借人が吸収分割を行い、「吸収分割後は承継会社のみが責任を負い、分割会社は責任を負わない」とした賃借人の主張が、本件取引事情のもとxxxにより否定されたものであり、賃貸借契約の特約の効力に関する事例として参考になるものと思われる。
(調査研究部xx研究員)
最近の判例から
⑼−賃貸借契約の成立−
契約書に署名押印したが鍵の引渡しを受けていないこと等をもって賃貸借契約が成立していないとした借主の主張が棄却された事例
(東京地判 平29・4・11 ウエストロー・ジャパン) xx xx
マンションの一室について、貸主との間で賃貸借契約書に記名押印をした借主が、貸室の入居日は決まっておらず鍵の引渡を受けていないことから未だ契約は成立していないとして、貸主に支払った契約代金の返還を求めた事案において、借主の主張はいずれも契約成立要件にあたらないとしてその請求を棄却した事例(東京地裁 平成29年4月11日判決棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成27年6月15日 借主X(個人・原告)は、マンションの一室(本物件)を業者の仲介により、貸主Y(事業主法人・被告)との間で、賃貸借契約(本契約)を取り交わした。
<本契約の概要>
・賃料:月額64,000円、管理費月額3,000円、敷金64,000円、礼金64,000円
・期間:平成27年6月30日(入居可能日)から平成29年6月29日まで
・契約解除:借主は2か月前の書面通告、もしくは2か月分の賃料相当額を貸主に支払うことによって契約を解除できる。ただし、契約開始日より平成29年1月末日までは解約ができないが、借主都合によりやむを得ず解約する場合は、貸主に違約金として賃料の1か月分相当額を支払う。
・敷金償却:借主が毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去した場合、敷金5万円を償却する。
Xは、本件契約書の取り交わしに先立ち、
本契約締結において必要となる費用等として、敷金・礼金各64,000円、6 月分の日割家賃 2,400円、自動引落手数料(24か月分)2,400円、事務手数料10,800円、アパート保険の保険料
(2年分)18,000円、鍵交換費用12,960円及び仲介手数料69,120円の計243,680円をYの銀行口座へ振り込んだ。
しかしXは、平成27年7月8日付で、Yに対し「平成27年6月30日から始まる契約をキャンセルとする。」として、Xが支払済の金員より10,800円を除く232,880円の返金を受ける旨記載した「解約合意書」を送付した。Yは、同月11日に同書面を受け取ったが、これに応じなかった。
その後Xは、「①アパート保険の契約が未締結であったこと、②入居日が決まっていなかったこと、③鍵を受け取っていなかったこと、④本件建物の掃除・リフォームがされていなかったこと」を根拠に本契約が成立していないと主張して、Yに対して248,600円の支払を求める本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を棄却した。なお、Xは控訴を行っている。
XとYは、平成27年6月15日に、Xが本件建物をYに住居として使用させることを約し、Xがこれに対して月額64,000円の賃料を支払うことを約することを内容とする本件契約書に記名又は署名及び押印をしてこれを取り交わしているのであって、その旨合意して
いたことが明らかであるから、本契約は、そ の時点において成立したと認められる。また、 Xは、Yに宛てて同年7月8日付で「解約合意書」を送付しておりX自身も、本契約が成立していると認識していたものと考えられる。この点について、Xは、「①アパート保険
の契約が未締結であったこと、②入居日が決まっていなかったこと、③鍵を受け取っていなかったこと、④本件建物の掃除・リフォームがされていなかったこと」を根拠として本契約が成立していないと主張するが、いずれの点も賃貸借契約の成立要件には当たらないことが明らかであって、これらの事実が本契約の条件とされていた旨の主張・立証もないから、主張自体失当である。
もっとも、上記「合意解約書」は、Xにおいて本契約を爾後解消したい旨を表明したものといえ、これをYに送付することにより本件契約を解約する旨の意思表示をしたものと認められるから、本件契約は同解約の意思表示により解除されて終了したとみるほかないが、こうした法律関係を前提としても、Yには解除に伴う原状回復として、Xに対して返還すべき金員が存在すると考えられる。
Xが、Yに対して本契約を締結するに際して支払った金員のうち、①敷金64,000円及び家賃2,400円については本件建物の引渡しがされていないため、②諸経費の中の自動引落手数料2,400円については引落が開始されていないため、③アパート保険の保険料18,000円については保険に未加入のため、④鍵交換費用12,960円については鍵が引き渡されていないため、Yは、これらの計97,360円をXに対して不当利得として返還する必要がある。しかしながら、礼金64,000円、事務手数料 10,800円及び仲介手数料69,120円については、契約成立に伴い発生するものであって、いったん契約が成立している以上、Yは返還する
ことを要しない。
他方で、本契約は、Xの平成27年7月11日の解除によって終了したのであり、Xは、①本契約即時解約の違約金128,000円、②平成 29年1月末日を待たずに解約したことに係る違約金64,000円、③毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去したことによる敷金の償却分5万円、の計242,000円をYに支払わなければならない。
すると、XのYに対する不当利得返還請求権は全て消滅していることから、XのYに対する請求には理由がなく、これを棄却する。
3 まとめ
一般に賃貸借契約は、諾成契約であるとしながらも、当事者間に特別な関係がある場合を除き、通常賃貸借契約書が作成され、これをもって両当事者の意思が確定的となり、その時点で契約が成立したものと認められる
(東京地判 平25・7・17 RETIO95-78)。このため、建物賃貸借契約が成立した後の契約解除は、借主の入居日到来前であっても、入居の有無に関係なく契約の約定により処理されることとなる。
ただし、本件事案においては、入居前に伴う解約時精算項目として、敷金・家賃(引渡未実施)・月額引落手数料(引落未実施)・アパート保険の保険料(未加入)・鍵交換費用(鍵引渡未実施)等は、借主に返還される金員であると判断されている。
入居前の契約解除トラブル時において貸主、借主及び仲介業者における解約時精算事例として、本件事案は参考になるものと思われる。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑽−条例の説明義務−
実損がないため請求は棄却されたが、条例の内容を説明しないことは、xx業者の注意義務違反であるとされた事例
(東京地判 平29・11・27 ウエストロー・ジャパン) xx x
借主が、説明を受けていない条例により、予定していた「飲食店営業」を行えず、「喫茶店営業」を強いられていると主張して、共同不法行為により、貸主、借主の両xx業者と貸主に対し、予備的に債務不履行又は瑕疵担保責任により、借主側xx業者と貸主に対し、損害賠償を求めた事案において、xx業者の注意義務違反と相当因果関係のある損害は認められないとして、請求は棄却されたものの、条例の内容を説明しないことは、xx業者の注意義務違反であるとされた事例(東京地裁 平成29年11月27日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
首都圏で、飲食店の開業を希望するX(原告)から委託を受けたA(訴外)は、xx業者Y1(被告)に物件紹介を依頼した。
平成26年4月下旬、Y1は、ネットで、貸主Y3(被告)がxx業者Y2(被告)に借主募集を依頼した物件(以下「本物件」という)の広告を見つけ、Y2に問い合わせた。本物件の敷地は、第一種中高層住居専用地 域の指定とともに、東京xxx地区建築条例による第一xxx地区に指定(以下「本件規制」という)され、原則「飲食店営業」ができない地区に存していた。なお、食品衛生法では「喫茶店営業」は、酒類以外の飲食をさせる営業とされ、酒類の提供を行えば「飲食
店営業」にあたることになる。 Y2は、本物件での「飲食店営業」が原則
禁止されていることを認識していたが、借主募集の間口を広げるため、Y3の了解を得て、広告に「飲食店相談可」と記載していた。
同年5月13日頃、Y1から本物件の情報を受けたAは、Y1に「茶粥膳」と記載のあるコンセプトシート(以下「本シート」という)を送付し、本シートはY2、Y3へ送付された。
同月19日頃、関係者すべてが会した際、Aは、Y3に本シート記載の店舗を開く予定と説明した。また、Y2はY1に、本物件の用途地域の種類は告げたが、第一xxx地区に指定され、本物件での「飲食店営業」が原則禁止であることまでは告げなかった。
同年6月4日、Y2作成の重要事項説明書及び契約書にも本件規制の記載がないまま、賃貸借契約が締結され、Xは、開店予定日を同年7月22日とし内装工事を開始した。工事に先立ち、Aは、同月2日頃、本物件での「飲食店営業」の許可申請書を提出した。
同年7月上旬、開店に向けたチラシを見た本物件上階の住人からY3に、本物件で「飲食店営業」が可能かとのクレームが入り、 Y3からその旨を聞いたⅩは、本物件で原則
「飲食店営業」ができないことを知り、Y1らに対し、「飲食店営業」を行えないことにより生じたとする損害の賠償を求め提訴した。
なお、Xは、営業許可申請を「喫茶店営業」に訂正し、予定開店日に営業を開始し、茶粥やパンケーキ等を提供し、継続営業している。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
⑴ 被告らの調査・説明義務違反の有無 Y1及びY2は、本物件において、本件規制
により「飲食店営業」が原則、禁止されてい るのであるから、賃借する者が「飲食店営業」の目的で賃貸借契約を締結しようとしている場合には、契約締結に重要な影響を及ぼすものとして、その者に本件規制の存在及び内容を説明すべき義務を負うというべきである。 Xは、本物件で茶粥等の提供を予定し、「飲
食店営業」の許可申請をしたことから、「飲 食店営業」目的で賃借したことが認められる。
Y1及びY2は、Aから本シートを受領し、内覧時にも説明を受けており、xx業者として通常払うべき注意を払っていれば、Xの本物件の賃借目的が「飲食店営業」であると気付くことができたにもかかわらず気付かず、Xに本件規制の内容を説明しなかったものであり、Ⅹに対し、注意義務違反により生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
Y2は、Xと直接の契約関係になく、本物件での営業内容を聴取する立場にないと主張するが、xx業者は、委託を受けた者のみならず、業者の介入に信頼して取引をするに至った第三者に対しても、業務上の一般的注意義務があり、同義務違反により当該第三者が損害を被ったときは不法行為責任を負うと解すべきである(最二判 昭36・5・26)。
Y3は、借主募集をY2に委託しており、契約に影響を及ぼす法令上の制限等、重要な事項の調査・説明はY2がすべきで、Y3が調査・説明義務を負っていたとは認められない。
⑵ 貸主の瑕疵担保責任の有無 Xは、本件規制により、本物件で「飲食店
営業」ができないことは、隠れた瑕疵に当た
る旨主張するが、本件規制は「飲食店営業」を行う場合に問題となる法令上の制限にすぎず、本件規制の存在をもって通常備えるべき性質を欠いているといえず、また、当事者間で「飲食店営業」が可能との合意内容があったとの主張も、広告等での「飲食店」という文言は、食品衛生法上の「飲食店」としてでなく、一般的な用語記載とみるのが自然であり、合意内容であったとは認められない。
⑶ 原告に生じた損害
Xは、「飲食店営業」と、「喫茶店営業」との内装工事費用の差額の損害を被ったと主張するが、予定開店日に開業でき、最も提供したかった茶粥を提供できたこと、費用支出額は経営者判断によること等から、同費用は、通常の店舗費用とみるべきであり、Y1等の義務違反による損害とは認められない。
Xの酒類の提供ができず、損失が発生しているとの主張も、当初計画で夕食時よりも昼食時の売り上げを大きく見込んでおり、酒類の提供は特段予定されていなかったと推認され、「喫茶店営業」となったことで損失が発生したとは認められず、Y1及びY2の義務違反との間に相当因果関係は認められない。
3 まとめ
本判決では、飲食店営業ができないことによる開店日や売上への影響がないとして請求は棄却されたが、xx業者の義務違反は認めている。xx業者は媒介等する場合で、借主等の使用目的を把握できて、同目的に制限を加える条例等が存する場合には、媒介契約締結以外の相手方も含め、条例等を説明することが求められるといえよう。なお、本件と同様のケースで、媒介契約を締結していない借主からの請求により、報酬の約80倍の損害賠償が認められた賃貸の媒介の事例(東京地判 H20・3・13 RETIO75-84)がある。
最近の判例から
⑾−原状回復費用−
築40年超のアパートに賃借人が12年間居住した場合における原状回復費用算定の一事例
(東京地判 平28・8・19 ウエストロー・ジャパン) xx xx
xx47年築のアパートに12年間居住した賃借人が負担すべき原状回復費用について、室内塗装費用・クッションフロア張替え費用の 5%相当額と査定された事例(東京地裁 平成28年8 月19日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成14年9月、賃借人X(原告)は、Y(被告)が所有する昭和47年築の本件アパートの一室(本件居室)を、下記条件にて賃借した。
・賃料:月額7万9000円
・敷金:15万8000円
・契約の解約:Xは1ヵ月以上の予告期間を置いて本件賃貸借契約を解除することができる。ただし、Xは、予告期間に代えて賃料の1か月分相当額をYに支払い、即時解約することができる。
平成26年7月1日、Xは仲介業者Aを通じてYに対し、解約日を同年8月15日とした解約届を差し入れた。
Yは、明渡された本件居室内部が荒れ果てており、相当の原状回復費用がかかるとして、 Xに対し、敷金及び前払賃料と当該原状回復費用とを相殺するとした。
Xは差し入れていた敷金15万8000円及び前払賃料7万9000円のうち日割り計算による精算金6万1164円、計21万9164円の支払を求める本件訴訟を提起した。
本件訴訟においてYは、Xが負担する原状回復費用は計43万5750円になると主張した。
・汚損等による本件居室の壁及び天井の塗装費用:50%負担(5万2800円)
・汚損による便器セット取替費用:全額負担
(15万5000円)
・汚損によるクッションフロア取替え費用:全額負担(2万8000円)
・襖xxx:全額負担(6万600円)
・天袋xxx:全額負担(9600円)
・畳表替:50%負担(3万3000円)
・ひびの入ったガラスの修繕:全額負担(3万6000円)
・ルームクリーニング:全額負担(3万5000円)
・諸経費:全額負担(5000円)
・消費税:2万750円
2 判決の要旨
裁判所は、原状回復費用について次のように判示するなどして、Xの請求を一部認容した。
①塗装費用
本件アパートは昭和47年築の建物であり、平成26年の時点で築後約42年が経過していること、Xが本件居室を約12年間にわたって賃借していたこと等からすると、通常使用がされていた場合の本件居室の塗装の残存価値は、塗装の再施工に要する費用の10%と見るのが相当である。そして、本件居室内部の写真からうかがわれるXの使用状況に照らすと、その半分である5%(5280円)について Xの負担とするのが相当である。
②クッションフロア張替え
通常使用がされていた場合の残存価値は再施工費用の10%と見るべきところ、本件居室内部の写真からうかがわれるXの使用状況に照らすと、その半分である5%(1400円)についてXの負担とするのが相当である。
③襖張替え等
襖については、Xが責任を自認する和室間仕切りの襖及び押し入れ襖各1枚を除き、Xの故意過失により損耗したことを認めるに足りる証拠がない。
したがって、Xが原状回復費用を負担すべきなのは上記2枚(計2万800円)である。
④ルームクリーニング
証拠によれば、本件居室については、独りで住んでいたXが高齢で必ずしも体が自由に動かせなかったこともあって、日頃の清掃が十分に行われておらず、そのために汚れが固着した部分もあるものと認められ、このことからすると、ルームクリーニング(3万5000円)の費用は全額X負担とするのが相当である。
⑤ガラス修繕
本件居室のような鉄線入りのガラスは、鉄線が熱やさびによって膨張することにより、ひびが入ることがあると認められるところ、本件居室のガラスの割れ方は、1点に外力が加わったようなものではなく、また、Xが何らかの外力を加えたことをうかがわせる証拠もないことからすると、上記のひびがXの故意過失により生じたものであると認めることはできない。
⑥便器セット取替、天袋張替え等、畳表替え写真を見ても改修等が必要であったと認め ることはできず、ほかにそれが必要であった
ことを認めるに足りる証拠はない。
⑦Xが負担する原状回復費用
上記①〜④に、相当する諸経費625円、消
費税5048円を加え、Xが負担する原状回復費用は計6万8153円となる。
3 まとめ
本判例は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に沿ったものであり、個別の具体的な取り扱いについて参考になるものと思われる。
(調査研究部 調査役)
最近の判例から
⑿−原状回復費用−
賃貸マンションの退去時における原状回復費用について、通常損耗を超える部分が賃借人の負担とされた事例
(東京地判 平28・6・28 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸マンションに約2年間居住した賃借人に対し、賃貸人が原状回復費用を請求した事案において、タバコのヤニ汚れや壁の穴など賃借人の故意過失による損耗が大部分であるとして、賃貸人の請求がほぼ認められた事例
(東京地裁 平成28年6月28日判決 一部認容ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成25年2月4日、賃借人Y(被告・個人)は、賃貸人X(原告・個人)から、xxx所在のマンション(以下「本件マンション」)の105号室(以下「本件建物」)を、月額賃料 7万9000円、敷金7万9000円、という条件で賃借した(以下「本件賃貸借契約」)。
なお、本件賃貸借契約には、以下の特約が付されていた。
・明渡後の室内クリーニング及びエアコンクリーニングは特段の定めのない限り、Yの費用負担により行う。
・Yの故意、過失による物件内の設備及び備品等の破損又は故障や自然損耗ではないクロス、カーペット、フローリング、クッションフロア、畳、襖、障子等の汚損、破損においては、Yの負担とし、部分又は全面張替えを行うものとする。
平成26年12月31日、本件賃貸借契約はYの解約申し入れにより終了し、同日YはXに対し、本件建物を明け渡した。
Xは、
・Yは、本件賃貸借契約の期間中に、本件建
物内の壁、ドア、収納扉、ユニットバス、化粧台の各所に穴、傷等の通常の使用方法では生じえないような破損又は故障を生じさせ、また喫煙等により本件建物内の壁のクロス等をヤニで変色させ、臭いを付着させるなど自然損耗ではない汚損を生じさせた。
・Xは、Yの行為により賃貸期間中に本件建物に損傷、汚損等が生じた部分を回復、補修等するための費用として45万2520円を要した。
・原告は、平成27年1月26日、Yに対し、原状回復費用について敷金を控除した残額を請求したが、Yからは同年4月3日にXに対し10万円の支払があったにすぎない。
と主張して、Yに対し、45万2520円から敷金 7万9000円及び受領済の10万円を差し引いた
27万3520円を請求する本件訴訟を提起した。これに対してYは、本件賃貸借契約に定め る原状回復特約については認めるものの、喫煙によるヤニ汚れは入居前から存在しており、また、収納扉の作り替えや化粧鏡の交換
費用は高額に過ぎると反論した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、Xの請求のうち、以下の⑦諸経費5万円を除いた22万 3520円を認めた。
⑴ 各損害額について
①天井クリーニング及び壁クリーニング
いずれもヤニ汚れを除去するための費用で
あり、自然損耗ではない汚損であると認められるから、Yに支払義務がある。エアコン洗浄及び室内クリーニングについては、特約に基づく支払義務がある。
②壁の穴
壁に穴があいており、少なくとも過失による破損であると認められるから、Yに支払義務がある。
③収納扉の作り替え
証拠によれば、収納扉が破損しており、少なくとも過失による破損であると認められるから、Yに支払義務がある。金額としても不相当とは認められない。
④壁クロス張替え
ヤニ汚れによる汚損であり、自然損耗ではない汚損であると認められる。汚損の内容に照らし、数量的、場所的な限定は不可能であり、全額を相当と認める。
⑤発生材処分費
少なくとも過失による破損の結果、損傷部分を交換し、不要になったものであるので、処分費として相当と認める。
⑥ユニットバス化粧鏡交換
証拠によれば破損が認められ、Yが平成25年2月に賃借開始後、平成26年8月頃に落下したとのことであり、その他入居時点ですでに不具合があり、破損が不可抗力であったと認めるに足りる証拠はない。Yは、化粧棚のみ交換することで足りると主張し、より安い額で交換が可能であるとの証拠を提出しているが、化粧台と化粧鏡は一式セットで併せて交換しなければならなかったとのことであり、修繕は同種同等のものをもってすべきであるから、全額について相当と認める。
⑦諸経費
現場監督費とのことであるが、必要性を認めるに足りる証拠はないから、費用として認められない。
⑵ Yが主張するより安い見積書 Yは、費用の相当性について、より安い金
額で可能であると主張し、見積書を提出するが、同見積書は、実際に本件建物を検分して見積もりを作成しているものではなく、同見積書の存在によりただちにX主張の費用額が不相当であるとはいえない。
3 まとめ
本件は、賃貸住宅の退去にあたり、原状回復費用について争われた事案である。
当機構では不動産取引に関する電話相談を受付けており、原状回復費用の負担割合に関する相談は多く寄せられているが、いずれにしても、原状回復や敷金返還をめぐるトラブル防止のためには、媒介業者が入居時に賃借人に対し十分な説明を行い、用法順守や費用負担について理解を得ることが望まれる。