『一橋法学』(一橋大学大学院法学研究科)第 13 巻第 3 号 2014 年 11 月 ISSN 1347 - 0388
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証券取引所が取引参加者に対して負う契約上の債務についての覚書
― ドイツ法からのアプローチ―
x x x x x※
はじめに
Ⅰ 分析の視角
Ⅱ 法制概観
Ⅲ 取引所・取引所運営者が取引参加者に対して負う債務
Ⅳ ドイツ法の視点からみた東証の債務・一試論
はじめに
平成 17 年 12 月 8 日、xxx証券が東京証券取引所(以下「東証」)マザーズ市場に新規上場したジェイコム株式会社の株式につき、顧客の委託を受けて「61万円 1 株」の売り注文をすべきところ「1 円 61 万株」の売り注文を発してしまい、直後にそれを取り消す注文を出したが東証の株式売買システム上取消処理がなされず、xxx証券が自己勘定で取引を対当させることで事態の収拾を図った結果、400 億円を超える損失が発生するという事件が発生した(xxx証券ジェイコム株式誤発注事件)。xxx証券は、平成 18 年 10 月 27 日、東証に対して損
害賠償請求訴訟を提起し、平成 21 年 12 月 4 日に一審(東京地判平 21・12・4 金
判 1330 号 16 頁1))、平成 25 年 7 月 24 日に控訴審判決(東京高判平 25・7・24
『一橋法学』(一橋大学大学院法学研究科)第 13 巻第 3 号 2014 年 11 月 ISSN 1347 - 0388
※ 一橋大学大学院法学研究科教授
1) 評釈として、xxx「判批」判評 623 号(判時 2093 号)21 頁、xxxx「判批」ひろば 63 巻 10 号 49 頁、xxxx「判批」銀法 54 巻 2 号 53 頁、xxxxx「判批」ジュリ
1436 号 110 頁、xxxx「判批」平成 23 年度重要判解(ジュリ 1440 号)112 頁。
金判 1422 号 20 頁)が出ている2)。この訴訟を通して、証券取引所の民事責任論という、これまで十分な議論が展開されてこなかったテーマの重要性が広く認識されるに至ったことは記憶に新しい。
この誤発注は、xxx証券の従業員が誤った内容の注文を入力した際、端末には「Beyond Price Limit」という警告画面が表示されたにもかかわらず、同人は Enter キーを 2 回押してしまったことによっておこなわれたものであった(操作上は警告を顧みる必要なしとしたといえる(「Ignore」処理))。他方、誤発注を取消す旨の注文(取消注文)が適切に処理されなかったのは、株式売買システムのソフトにバグが存在していたためであることが、後に述べる裁判のなかで明らかにされている。このように、この事件は、xxx証券側の人為的なミスと東京の株式売買システムという機械の不具合とが競合することによって発生したということができる。しかし、見方を変えれば、仮に、株式売買システムに不具合がなく直後に出した取消注文が適切に処理されていれば膨大な損害は発生しなかったともいえそうである。このような事故原因の複雑さは法解釈論上も難問を提起
し、損失分担のあり方、具体的には過失相殺の可否が裁判上の重要な争点となった3)。
この訴訟の争点は多岐にわたっているが、最大の争点は、そもそもいかなる理由で東証は損害賠償責任を負うのかであり、東証は証券取引所として、xxx証券という個別の取引参加者との関係4)において、私法上、いかなる債務ないし義務を負っているかであった。なかでも、xxx証券は、東証との間で「取引参加者契約」を締結しており、当該契約によって東証が負う債務の内容が最大の焦点となった。証券取引所は、その公的性格故に、金融商品取引法(事件当時は証券
2) 同判決につき、xxx「xxx証券対東証事件控訴審判決を読む―『市場管理者』の責任と過失相殺・重過失」NBL1025 号 14 頁、xxxx「ジェイコム株式誤発注事件控訴審判決に接して」NBL1025 号 24 頁、xxxx「xxx証券対東証事件 東京高裁判決のポイント」ビジネスロー・ジャーナル 68 号 43 頁。その後、両者とも上告受理申し立てを
したと報じられており(日経新聞平成 25 年 8 月 7 日夕刊 15 頁、同年 9 月 27 日夕刊 15頁)、同裁判は係属中と目される。
3) この点につき、xx・前掲 19 頁、xxxxx「債務不履行における過失相殺」曹時 65巻 1 号 1 頁参照。
4) 本稿は、筆者が東京高裁に提出した鑑定書をもとにしている。
取引法)上さまざまな権利を有し、義務を負っている。それらの公法上の権利義務関係は、個別の私企業との間で締結された契約上の債権債務関係といかなる関係にあるのか、というものである。
残念ながら、一審、控訴審ともに、この問題について立ち入った検討はなされないまま、並列的に契約上の債務と不法行為法上の義務が論じられ、公法上の義務との関係は後者については論じられたものの、前者についての検討は今後の課題として残されることとなった。本稿は、この問題について、ドイツ法を手掛かりとしてアプローチの視点の獲得を試みようというものである。
ドイツ法の検討に先立ち、ここで裁判所(控訴審)の判示を確認しておくこととしたい。
① まず、以下で検討する取引参加者契約については、「本件取引参加者契約に基づき、xxx証券は、東証の提供する電子計算機等を利用した取引システムを利用する形態により、取引に参加する資格を取得する」。このシステムは、「取引参加者が入力した注文を機械反応の処理により対応するもので……この取引に参加する資格(市場参加の資格)と本件売買システムの利用とは現状においては表裏のものであるから、被控訴人は、控訴人に対して、単に取引に参加させる債務のみならず、本件売買システムを利用して取引させる債務(取引参加者が取引に参加するために本件売買システムを提供する債務)を負う」と、基本的にはシステム提供契約であるとのスタンスをとる。これは、証券取引法上の私設取引システムの定義を足掛かりに、有価証券の売買の媒介(付合せ)が「有価証券市場」の機能として当然に含まれるとの主張を、斥けたものである5)。
② そのうえで、東証が当該契約に基づき負う債務の内容については、「取消処
5) 私設取引システムの定義は「取引参加者契約の性質を考えるに当たり参考になるが決定 的なものとはいえず、その内実をみることが必要である。そこで、本件売買システムのx xをみると、このシステムを前提とした場合には、東証が媒介行為を行う余地はないから、取引参加者契約を媒介契約と解することは相当ではない。」とした。その根拠は、「通常の 注文処理過程においては、取引参加者が本件売買システム上で個別に注文を入力した場合 に、被控訴人が、機械の反応とは別個に、具体的な行為をすることが予定されてはいな い」点に求められている。
理ができるコンピュータ・システムを提供する債務(狭義のシステム提供義務)を負う……これは基本的債務である。そして、xxx上、基本的債務のほかに被控訴人においてコンピュータ・システム以外にフェールセーフ措置を講じるなど適切に取消処理ができる市場システムを提供する債務(義務)を負うと解することが相当である。これは、付随的債務(義務)である」とした。後者の付随的債務は、地裁判決には見られなかったものである。
そして、本件では、本件売買システムにバグが存在し、本件売り注文に関して、本件売買システム上での取消処理が実現されないという本件不具合が発生したの であるから、基本的債務である狭義のシステム提供義務の不完全履行があったと した。
そのほか以下の検討の射程外であるが、次のような判示がなされている。
③ 取引参加者契約中の免責規定について。「当取引所は、取引参加者が業務上当取引所の市場の施設の利用に関して損害を受けることがあっても、当取引所に故意又は重過失が認められる場合を除き、これを賠償する責めに任じない」と定める取引参加者規程 15 条があるが、当該規定は取引参加者契約の内容となること、そして、その沿革に照らして、故意・重過失の主張・立証責任はxxx証券側にあるとされた。また、重過失の意義について、従来、「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と解されてきたが、今日において過失は客観化していることを踏まえ、「注意義務違反の程度が顕著である場合をいい、著しい注意義務違反というためには、結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが要件となる」と定式化した。
④ 基本的債務に不履行があった本件にも免責規定の適用があるかも争点となっ たが、「免責規定上、免責の対象を「基本的債務の不履行がない場合」に限定す る文言はなく、また、そのように解すべき合理的な根拠も認められないから、基 本的債務の不履行の場合にあっても本件免責規定は適用される」とした。そして、本件バグの発見等が容易であったとは認められないとして重過失の立証が尽くさ れていないことを理由に免責を認めた。
⑤ 他方で、東証は、売買管理上『公益及び投資者保護』の観点から売買を継続して行わせることが相当ではない場合、例えば、売買の状況に異常があり、又は
そのおそれがある場合(東証の業務規程 29 条 3 号)や売買システムの稼働に支
障が生じる等の事由により売買を継続して行わせることが困難な場合(同 4 号)に、売買停止措置を講じる義務(売買停止義務)を負っており、この「売買停止義務に違反して控訴人に損害を与えた場合には、不法行為を構成する」とし、また、前記免責規定は不法行為責任にも適用があるとしたうえで、東証の重過失を認定した。
⑥ 先に述べた過失相殺については、「不法行為の発生について過失がある場合だけではなく、損害の発生や拡大について被害者に不注意がある場合にも、過失相殺が適用される」との一般論を示したうえで、xxx証券の従業員の誤発注を
「それ自体不注意極まりないものというほかない……しかも、警告表示を無視しての誤発注であり、その背景には従業員 A の勉強不足とxxx証券の指導欠如がみられる。また、xxx証券に発行済株式数を基準とした発注制限がなかったこと、警告表示がされた際、他の従業員が注文内容を確認するなどダブルチェック体制を採用していなかったことなど、その発注管理体制に著しい不備があった」点を過失相殺事由として 3 割の過失相殺を認めるのが相当とし、東証に 107億余円の不法行為損害賠償責任があるとした。
Ⅰ 分析の視角
東証の取引参加者契約(以下「本件契約」)上の債務を検討するにあたっての問題は、次の 2 点からなっているように思われる。
① 電子取引システムを介した取引所有価証券取引において取引所が負っている義務の内容如何。裏返せば、これは取引所が行っている業務内容の理解に関わる。
② 取引所が証券取引法に基づき負う公法上の義務と個々の取引参加者との契約に基づき負う義務の内容との異同とその関係如何。
これらの問題について、三つの点でドイツ法は有益な視点を提供すると考える。まず第一に、本件契約に相当すると考えられるフランクフルト証券取引所におけ る電子取引システム利用契約(以下「本件利用契約」)においては、取引所運営
者の負う債務の内容が明記されていること(①に対応)、第二に、取引所の本質を表現する定義規定を有していること(①に対応)、そして第三に、法制度上の理由から公法上の義務と私法上の義務の関係に関する議論が深められていることである(②に対応)。第一点の本件利用契約の規定の意味は、第二点、第三点を踏まえることによって初めて明らかになることはいうまでもない。そこで、以下では、第二点、第三点を検討したうえで、第一点で指摘した本件利用契約の分析を行う。
ここで、以下分析するドイツ法の背景について一言しておくと、第二点の取引所の定義規定は、ドイツ取引所法(Börsengesetz)の 2007 年改正に際して導入されたもので、それは EU 金融商品市場指令(MiFID)の規定をxxに国内法化したものである。
定義規定に関する記述がヨーロッパ域内市場全域に妥当するのとは対照的に、第三点のドイツの取引所システムは、ドイツ固有のものとして理解する必要がある。東証は私企業であると同時に公的性格を兼ね備えているが、ドイツでは、州の権限が委譲された公法上の営造物(Anstalten des öffentlichen Rechts)としての取引所(Börsen)と、私法上の権利義務の帰属主体としての取引所運営者
(Börsenträger)とに分離する独自のシステムがとられている。以下では、東証に相当するドイツ最大の証券取引所としてフランクフルト証券取引所を例に検討を加えるが、フランクフルト証券取引所はヘッセン州から権限を委譲された公法上の営造物であるのに対して、2001 年以来、少数株式を公開し、国際的な提携・合併等の交渉も行うなど積極的な国際競争戦略を打ち出していることで知られるドイツ証券取引所株式会社(Deutsche Börse AG、以下「DBAG」)は、正確には取引所そのものではなく、フランクフルト証券取引所の取引所運営者ということになる。したがって、東証が取引参加者との間で本件契約を締結することによって生ずる法律関係に相当するものは、ドイツでは、取引参加者と取引所の間の取引所利用関係(公法上の関係)、および、取引所運営者との間の電子取引システム利用関係(私法上の関係)とから構成されている。
Ⅱ 法制概観
1 ドイツにおける取引所システム― 取引所と取引所運営者の二層構造
ドイツにおいて証券取引所を開設するには、管轄する州の最上級の規制当局
(取引所監督庁)の認可を得る必要がある(ドイツ取引所法 4 条 1 項、3 条 1 項)。この認可の申請を実際に行うのは、取引所運営者になろうとしている者であり、 取引所開設の申請書類には、取引所の運営に必要な資金の裏づけ、取引所運営者 の業務執行者の氏名ならびに同人の信頼性および専門性を評価するために必要な 情報等が必要とされており、認可を受けることによって申請者は「取引所運営 者」となり、取引所の運営者としてその設備および運営につき権利を有し義務を 負うことになる(ドイツ取引所法 4 条 2 項、5 条 1 項、5 項)。
他方、Ⅰで述べた通り、ドイツでは、取引所は、私法上の権利義務の帰属主体としての取引所運営者と分離され、州の権限が委譲された公法上の営造物とされている。
このように、取引所を州から権限を委譲された公法上の営造物とした結果、ド イツにおける取引所は、取引所監督庁による州レベルの監督のほか、取引所の機 関である「取引監視部門(Handelsüberwachungsstelle)」による統制、さらには、連邦金融サービス監督機構(BAFin)によるインサイダー取引や市場阻害行為等 に関する市場監督という、3 層の監督システムに服している6)。
⑴ 「限定された権利能力を有する公法上の営造物」としての取引所
取引所の法的性質についてはドイツにおいて古くから盛んに議論されてきたようであるが、2007 年改正において、「限定された権利能力を有する公法上の営造物」と規定することで、上記の二層構造に理論的説明が与えられている(ドイツ取引所法 2 条 1 項)。すなわち、取引所が限定された権利能力しか有さないことから、取引所が私法上の権利関係に参加するには権利・義務の帰属主体として取
6) ドイツ固有の取引所システム法制の合理性をめぐる議論につき、Xxxx, Changes in Ownership, Governance and Regulation of Stock Exchanges in Germany, European Busi- ness Organization Law Review 5(2004)677-704
引所運営者を必要とする。また、取引所は完全な権利能力を有さないために、取引所運営に必須というべき電子データ処理設備などの動産および不動産から構成される設備の所有権を有さないのみならず、従業員との雇用契約をはじめとする契約を締結することもできず、独自の財源すらも有していない。これらはすべて取引所運営者の業務領域とされている。
取引所運営者は、かつては登録団体や商工会議所が担っていたが、現在では国内すべての取引所運営者は資本会社(株式会社または有限会社)であり、先に述べた通り、DBAG は取引所運営者として株式も上場している。近代的な取引所の経営、とりわけ電子データ処理の領域には巨額の投資、維持コスト、重大な人的資源の確保が必要とされるが、そのために必要な資本は資本会社形態によってこそ最も効率的に調達できると考えられている7)。
取引所と取引所運営者の関係については、取引所の組織や取引所の業務執行に関する重要な組織編成(Gestaltung)および決定権限は営造物としての取引所およびその機関に割り振られている。取引所運営者は、主として経済的な局面において取引所を運営する義務を負っているが(ドイツ取引所法 5 条 1 項)、取引所の業務への影響力に法律上の根拠はなく、あっても事実上のものにとどまる。これに対して、取引所は、取引所運営者に運営義務違反がある場合は別として、何ら影響力を及ぼすことはできない。例えば、「取引所の運営に関する取引所運営者の業務提携および合併の合意に際して」および「取引所の運営に本質的な業務の外部委託」(ドイツ取引所法 5 条 3 項)につき、取引所の「理事会には事前に
意見表明の機会が与えられなければならない」(ドイツ取引所法 12 条 2 項 4 文)が、これは逆にいえば、取引所の理事会には聴聞権しか与えられていないといえる8)。
⑵ 二層構造のインプリケーション
取引所の運営により第三者が損害を被った場合、被害者は損害賠償を請求する
7) Beck, in : Schwark/Zimmer, Kapitalmarktrechts-Kommentar, 4. Aufl., 2010, BörsG § 2 Rz. 38.
8) Beck, a.a.O., BörsG§2 Rz. 39.
ことが可能か。取引所は公法上の営造物とされていることから、(州の)国家賠償の問題となり得るが、この点については 2003 年の第 4 次資本市場振興法によるドイツ取引所法改正により、立法的に排除されている。すなわち、「取引所理事会(Börsenrat)」についても、また、取引所を代表する「業務執行者(Xxxxxäfts- führung)」についても、「本法により与えられた職務および権限をもっぱら公益のために行使する」と規定され(ドイツ取引所法 12 条 6 項、15 条 6 項)、職務管理者が職務執行により損害を受けた「被害者に対して負っていた職務上の義務」違反の問題(ドイツ民法 839 条、ドイツ基本法 34 条)としないこととした。このことは、フランクフルト証券取引所についていえば、ヘッセン州の納税者の負担に帰す可能性を排除したという意味も持つ9)。
また、行政訴訟の領域においても、取引所有価証券取引において誤取引の事後的取消(Aufhebung)の申請を受けて取引所の業務執行者が行った事後的取消の処理方法に対して異議を申立て、取引所の処分の取り消しを請求しても、取引参加者、投資家による請求のいずれについても訴訟権能が否定される10)。
他方、私企業である取引所運営者については、私法上の一般原則により損害賠償責任を負う。本件と同様の事件がドイツで発生した場合、取引所運営者(フランクフルト証券取引所でいえば DBAG)の債務不履行に基づく損害賠償責任が問題となる11)。
⑶ 「取引所」の定義にみる機能
ドイツにおける「取引所」は、次のように定義されている。
「取引所とは、本法の定めに従い、取引を許可された経済的財および権利を売買する多数の参加者の注文を、当該システム内部において一定の規定にしたがい付け合せ、または、付け合せを促すことにより、当該取引対象物に関する売買に関する契約を成立させる、マルチラテラルなシステムを規制し、監督する、限定
9) Schwark, in : Schwark/Zimmer, Kapitalmarktrechts-Kommentar, BörsG§15 Rn. 11. 10) VG Frankfut Urteil vom 5. 4. 2004-9 E 175/03 ; VG Frankfurt Urt. v. 5. 4. 2004-9E
4690/02 ; Fleckner, Aufhebung nicht marktgerechter Wertpapiergeschäfte(Mistrade), WM 2011, 585, 586.
11) Seiffert, in : Kümpel/Wittig, Bank-und Kapitalmarktrecht, 4. Aufl., 2011, Rz. 4. 193f.
された権利能力を有する公法上の営造物をいう。」(ドイツ取引所法 2 条 1 項) ここでは、取引所は「注文の付け合せ」を行っていること、電子取引システム
内部において売買契約を成立させる「媒介」を行っていることが明記されている。これらは、取引所の本質的機能であり、それが定義で明らかにされたものに他な らない。この定義規定は、本件のような電子取引システムを介した取引と立会場 取引、MTF(マルチラテラル・トレーディング・ファシリティ)などの多様な 取引プラットフォームの競争条件を整備する目的から置かれたものである。
この点は、EU 金融商品市場指令(MiFID)をxxに国内法化したものであることから、ヨーロッパで共通の理解である(同指令 4 条 1 項 14 号、前文 6 項)。
2 ドイツにおける「取引所有価証券市場における取引への参加」の法律関係
⑴ 「取引所」利用関係と「取引所運営者」とのシステム利用契約の関係
ドイツでは、取引所の業務執行者による取引所取引への参加許可(ドイツ取引所法 19 条)を受けたうえで、電子取引システムを介した取引を行うには、別途、取引所運営者との間で電子取引システムの利用契約を締結する必要がある。フランクフルト証券取引所における電子取引システムによる取引を行うには、前提として、取引参加者は、同取引所の取引所運営者である DBAG との間で本件利用契約の締結を求められる(添付資料Ⅰ)。
前者の「取引所」利用関係は、取引所取引への参加許可によって基礎づけられる公法上の利用関係と理解されている。この許可により取引参加者は主観的な公法上の権利(Subjektive-öffentliches Recht)を取得する一方、取引所は「履行義務」を負う。この履行関係は、公法上形成されているものではあるが、債権者に給付の履行請求権を認める私法上の債務関係(ドイツ民法 241 条)に相当するものと考えられている。他方で、後者は、私法上の権利主体である取引所運営者が締結した私法上の契約である。
このように取引参加者との間の権利義務関係は、公法と私法が混成している状況にあるが、両者の関係を理解するキー概念が、「行政私法(Verwaltungspriva- trecht)」という考え方である。これは、大要次のようなものである。公的な権限を委譲された者は、自己の任務を遂行するにあたり公法上の法形式をとるか私
法上の法形式をとるか、自由に選択することができる。株式会社形態が選択された場合、一市民として私法上の規定に服するが、市民と同様の私的自治や契約自由の可能性は与えられない。その者の取引活動の実体は公法上の権限・義務の遂行であり、私法上の組織を選択したことによって公法上の義務を免れるものではない、というものである12)。もちろん、原則として公法上の義務を免れないとしても限界はある。それが比例原則である。すなわち、公法上の目的とそれを達成するための手段が均衡していなければならないというもので、公法上の義務を肯定することが過剰な負担を強いるものである場合には当該義務は否定される。しばしば引用される連邦通常裁判所の 1985 年 2 月 7 日判決は、地方公共団体 から契約に基づき取得した不動産に景観保護という視点から建築規制がかかることになった事案であるが、私法上の合意によって、建築計画作成時には、内容的には許されるが未だ拘束力がなかった地区整備プランに従う義務を課することができるかが争われ、「行政が私法上の形式によって公共管理上の責任を遂行している場合、私法上の規範は、公法上の規定により補完され、重畳され、修正される」「行政私法の領域は、基本権のみならず、xxな公法上の拘束に服する」として、原則としてこれを肯定している。ただし、義務の有無を判断するにあたっては比例原則を考慮する必要があるとされた。すなわち、不動産取得者の自ら行った建築に変更を加える義務を負うことに伴う費用負担に鑑みれば、公法上の義務に基づく義務を肯定することが過剰禁止の原則に反するか否か等の審理を尽く
すべきだという観点から差戻しがなされている(BGHZ 93, 372)。
また、連邦通常裁判所の 1984 年 4 月 5 日判決では、私企業から消防用水の提供を受けていた地方公共団体が、同企業との約款上の区分に従って、立体駐車場の消火活動に要した消防用水の水道料金を請求したところ、約款上の区分は、火災の危険状況に応じた判断に基づく消火活動を要求している消防法等の規定の趣旨に適合しないとして、公法上の規定の趣旨を根拠に契約に基づく支払請求を棄却している(BGHZ 91, 84)。
この行政私法という考え方を踏まえると、次のように捉える視点が得られる。
12) Maurer, Allgemeines Verwaltungsrecht, 17. Aufl., 2009,§3 Rz. 7f.
まず、行政主体である取引所の「給付」は、公衆に対して提供されているもののみならず、許可を得た個々の取引参加者との関係での「給付」関係であり、後者については私法上の給付関係と同様に考えることができる。この「給付」関係の内容は、取引所の開設目的、すなわち、迅速、円滑な取引を媒介すること、および、透明性を確保しながらxxな価格形成を実現するという取引所の機能を実現するという目的により規制される。その目的を確実に実現するために、取引所取引は、取引所法、取引所規程、取引所における取引の取引条件等のxxな組織的活動を前提としている。電子取引システムの利用契約が締結されるのも、この一環として理解される。すなわち、立会場取引ではなく電子取引システムによる取引については、取引所が、取引参加者に対して取引所ホールの代わりに適切な電子データ処理による取引システムを利用させている、という関係にある。そこで、電子取引システム(XETRA)の所有権を有し、かつ、民事法上の権利主体である「取引所運営者」である DBAG との間での私法上の「利用関係」として構成することを選択した、というものである。
⑵ 取引所有価証券市場への参加許可によって得られる利益について
また、取引所取引への参加許可によって取引参加者が取得する主観的な公法上の権利の内容は、物理的に取引所有価証券市場に参加する可能性を取得することに限定されないと考えられている。その手がかりとされるのが、連邦通常裁判所の 1969 年 3 月 3 日判決(競争制限禁止法上の優越的地位の濫用(差別的取扱い)が問題となった事案)であり、同判決は、スポーツ用品メッセにブースを出店する権利の内容につき「自己の陳列する商品を広く関心をよせる者の集団に対して提供する一方、自社においても競争事業者の提供する商品に関する情報を迅速かつ徹底的に入手するとともに、メッセ訪問者との間で販売契約を締結するという可能性を取得する」ことを含んでいるとの理解を示した(BGHZ 52, 64, 67)。
取引所有価証券市場への参加はこれとパラレルに捉えることができる。すなわち「広範囲にわたる取引所の規制と組織による安全装置に鑑み」、「可能な限り最適に近い状態に組織された証券取引市場に参加する可能性を取得する」というものである13)。
⑶ 公法関係と私法関係の切り分け
公法と私法の切り分けは、料金体系にも反映されている。取引所の手数料規程
(ドイツ取引所 17 条)では、参加資格付与に伴い徴収される「手数料(Gebüh- ren)」(1 項)と、これとは別に、取引所運営者が「取引所運営の一環として提供したサービス」につき「対価(Entgelt)」を請求できることが規定されている
(3 項)。前者は公法上、後者は私法上の支払債務を基礎づけるものと解されており、後者は、前者に対して補充的に、契約上定めることができるとされている14)。
ちなみに、前者の「手数料」債権の帰属については争いがある。取引所、権限を付託した州、取引所運営者の三者が考えられ、州ごとに規則が制定されているが、取引所にも限定的とはいえ権利能力があることを踏まえ、取引所に債権の帰属を認めたうえで取引所運営者に徴収を委託する旨を定める例が多いようである15)。
本件利用契約は、「技術的な接続」およびシステムの「利用可能性」を目的とする(本件利用契約 1 条)。同契約に基づく料金規定では、取引量と無関係の
「接続料金(Anbindungsentgelte)」(接続が何ビットかで料金を決する、料金規定 1 の表)と「成立した取引数に依拠して課せられる料金」が規定されている。後者は、原則として、執行された注文数により算定されることになっている(料金規定 2)。これは、システム内で注文を付け合せ、契約を成立させる「取引所」が行っている給付についての対価としての性格を有するが、「取引所」の権利能力が限定されていること(債権が帰属するか疑問であること)、システムの所有権は「取引所運営者」に帰属することを踏まえ、「取引所運営者」が私法上の
「対価」として受領しているものと考えることができる。
13) Kümpel/Xxxxxx, Börsenrecht, 2. Aufl., 2003, S181 ; Xxxxxxxx, in : Kümpel/Xxxxxx, a.a.O., Rz. 4. 419.
14) BegE FRUG, BT-16/4028, S.88.
15) Hammen, Öffentrechtliche Zahlungsansprüche von Börsen―Zur Rechtsfähigkeit der deutschen Börsen, in : FS Xxx X. Schneider, 2011, S.455f.
Ⅲ 取引所・取引所運営者が取引参加者に対して負う債務
1 取引所の『(公法上の)債務』
取引所利用関係は、公法上の利用関係ではあるが、取引参加者の権利は主観的な公法上の権利で、私法上の債権者の有する給付請求権と同様に考えることができることは先に述べた。それでは、当該権利に対応するものとして、取引所は、取引参加者に対して、いかなる『(公法上の)債務』を負っているのであろうか。取引所は権利能力が制限された公法上の営造物であるといった特殊性故、以下では『(公法上の)債務』と表記する。
この点、取引所は、取引参加者に対して「適切に機能する市場システムを利用に供する『(公法上の)債務』」を負っていると考える。
⑴ 取引所の機能の利用
ここにいう「利用」概念は、ドイツにおいては、「可能な限り最適に近い状態 に組織された証券取引市場に参加する可能性を取得する」ものと理解されており、また、取引所では、「取引所の電子取引システム内部で注文の付け合せ(Zusam- menführung ないし Matching)が行われている」と考えられていることも先に 述べた。
この機械処理で実現される「付け合せ」の私法上の位置づけ、そもそも、「付け合せ」自体に独自の行為性を認めるべきか否かは、ドイツにおいても未だほとんど議論が深められていない。しかし、有価証券売買の注文を名宛人不特定の交互申込み、取引所を取引参加者の受動代理人(意思表示を受領する代理人、ドイツ民法 164 条 3 項)として構成し、利益相反のリスクがないことからドイツ民法
181 条は問題とする必要がないものとして説明する学説もある。すなわち、取引所を(限定された権利能力の範囲で)代理人ないし商事仲立人として説明するものである16)。仮に、この見解を受け入れた場合、取引所のような「公法上の営造物」の利用関係一般について、利用者は、公法上の利用関係上受ける給付につ
16) Xxxxxx, Vertragsschluss im börslichen elektronischen Handelssystem, 2003, S.130ff.
き、「私法上の給付の履行請求権」を取得すると考えられている(ドイツ民法 241 条)ことから、付け合せについての履行請求権を観念し得ることになる。
これを肯定するとすれば、先に述べた取引所運営者(DBAG)とは別個に、取引所についても「個別の注文または注文の取消を適正に処理する『(公法上の)債務』」を導出することができる。
⑵ 市場システムの機能を確保するためのルール
― フランクフルト証券取引所にみる
取引所はその機能を果たすために多くの規制と組織からなる安全装置を擁している。フランクフルト証券取引所を例にとれば、本件訴訟に関係すると考えられる局面について、次のようなルールが確認される。
―1) 注文の執行前の取消(Löschung der Oders)
取引期間の最終段階であるポスト取引期間(Nachhandelsphase)中、および、注文の執行条件において取消の可能性を留保していた場合には、注文した取引参加企業が自ら注文の取消をすることができる(フランクフルト証券取引所規程 136 条 4 項、143 条)。また、電子取引システム内での注文の付け合せおよび管理の段階においても、注文票(Orderbuch)にある個々の注文は、注文を行った企業が変更または取り消すことができ(同規程 144 条 3 項)、注文を特定できない場合でも注文した企業は業務執行者に申請することによって注文を取り消すことも可能とされている(同規程 144 条 4 項)。
取引参加者自身が取り消す場合については、同規程の規定上、(電子データ処理装置の利用形態の説明において)注文の入力と注文の取消とは同列に扱われている(同規程 45 条 2 項、53 条 1 項)。
―2) 誤取引ルール(Mistrade Regeln)
誤取引ルールは、大きく分けて、取引所の業務執行者が誤発注を行った取引参加者等の当事者の申請に基づき該当取引の価格が異常であることを確認したうえで取引の事後的取消(Aufhebung von Geschäften。成立した取引を事後的に無
効とすること)を行う(フランクフルト証券取引所における取引の取引条件 30
条乃至 34 条)、業務執行者が強制的に事後的に取り消す(同 35 条)、そして、取引が成立すれば事後的取消が必要とされることが見込まれる場合等に取引成立前に強制的に注文の取消(Löschung)を行う(同 37 条)という 3 つの措置が規定されている。
誤取引の事後的取消の申請は、連続競争売買で取引される有価証券取引では取引の実行通知の受領後 2 取引時間以内、即日競争売買の連続取引で取引される有
価証券取引では同 10 分以内に行う必要があり、書面、テレコピー、電子的手段
または電話によって行うものとされている(同 31 条 2 項、3 項)。取引条件には、
取引類型毎に価格の異常さを検討する基準と方法が規定されている(同 32 条乃
至 34 条)。
業務執行者が取引を事後的に取り消した場合、当該取引は、電子取引システムにおいて取消処理がなされる(gelöscht)。取消処理がもはや可能でない場合、取引所の業務執行者は取引所電子データ処理装置に反対取引を入力するものとする(同 36 条)。
また、誤取引ルールの入り口段階において、特別ボラティリティ中断(Erweit- erte Volatilitätsunterbrechung)という措置もある。予測される取引所価格が市況を反映していないと目される場合につき、業務執行者が発注者に連絡をとり、当該注文の確認、変更または取消を依頼し(これにより誤取引の事後的取消を申請する権利が喪失)、場合によっては取引所の業務執行者が強制的に取引を事後的に取り消すというものである(フランクフルト証券取引所規程 165 条)。
―3) システム障害があった場合の非常措置
取引所の業務執行者は、取引参加者側の取引システムの停止または取引所電子取引システムの一部停止が生じている場合、参加企業の要請を受けて、取引所電子取引システムへのデータ入力を代行することができる(代行取引(Trading on Behalf)、フランクフルト証券取引所規程 59 条 4 項)。また、参加企業の操作ミスまたは不可抗力によって参加企業のデータ入力または受領に障害が生じた場合も、当該企業からの電話連絡を受けたうえで、業務執行者は申請を受けてデータ
入力を代行できるとされている(同 6 項)。
―4)『(公法上の)債務』の対象となる電子取引システムの限定
他方で、取引所が負う「適切に機能する市場システムを利用に供する『(公法上の)債務』」の対象となる電子取引システムは、取引所内における電子取引システムに限定されている。すなわち、参加企業が参加企業の所在地において取引所電子データ処理装置と接続するためのハード・ソフトウェアコンポーネント
(参加者取引システム)については、参加企業の責任領域に属すると規定されている(フランクフルト証券取引所規程 46 条 1 項)。これは、もはや取引所の支配領域をはずれることから取引所の『(公法上の)債務』が及ばないということを意味する。
以上確認したフランクフルト証券取引所規程、および、フランクフルト証券取引所における取引の取引条件に規定されていたルールは、取引所の『(公法上の)債務』の目的である、取引参加者の利用に供すべき適切に機能する「市場システム」を構成するものと考えるべきである。ドイツ法の特異事情を背景に、取引所規程等の規定では、取引所の業務執行者の権限としてしか規定されていないが、これらのルールも、理論的には取引所のフェールセーフ措置を講ずる義務を具体化したものとして位置付けるべきであろう。この点について敷衍すると、こうである。上記のフランクフルト証券取引所規程等の規定は、形式的には、取引所の業務執行者の権限として規定されているが、それは、ドイツの取引所が権利能力の制限された公法上の営造物とされており、取引所の理事会や業務執行者の職務執行により損害が発生した場合も「被害者に対して負っていた職務上の義務」違反の問題とならず、損害賠償請求が立法的に排除されている(上記 2 ⑴②)ことが考慮されているからに過ぎない。取引所の機関は公益のために職務および権限を行使しなければならず(上記 2 ⑴②)、迅速、円滑な取引を媒介すること、および、透明性を確保しながらxxな価格形成を実現するという取引所の機能を実現するために、取引所法、取引所規程、取引所における取引の取引条件等のxxな組織的活動が前提とされているのである(上記 2 ⑵①)から、上記の規定は、
取引所の『(公法上の)債務』内容を具体化した内容そのものを定めた規定であると考えられるのである。
2 取引所運営者の債務
⑴ 契約上の債務
本件利用契約の普通取引約款 2 条 3 項では、取引所運営者である DBAG の義務が次のように規定されている。
「DBAG は、技術的可能性と経済的合理性の範囲において、利用契約の契約期間中、FWB(フランクフルト証券取引所)の規程に即して、契約に適合した本電子取引システムの利用を保証するために適切な措置を講ずる義務を負う。本電子取引システムの利用可能性が中断した場合、DBAG は、技術的可能性と経済的合理性の範囲において、即時に、契約に適合した取引システムの利用を回復する義務を負う。DBAG は誠実な商人として注意義務を負う。ただし、DBAG は利用契約上必要とされるすべての義務の履行を第三者に委託することができる。この場合、DBAG は当該第三者の選任および監督につき注意義務を負う。」
この契約は、DBAG(私企業)が作成したものであり、同契約の内容を直接的に規制する法規は存在しない。したがって、この契約は私法上の契約である。
そして、本件利用契約には DBAG の責任についてもxx規定を置いている。すなわち、「DBAG は、債務不履行または不法行為か、その法的根拠の如何を問わず、自己の従業員または自己の義務の履行を委託した第三者の義務違反について、以下の範囲において、損害を賠償する責任を負う」とし、ⅰ故意による義務違反については全損害、ⅱ重過失による義務違反または保証責任の不履行については予測可能な損害額、ⅲ軽過失による義務違反の場合は基本的義務または重大な義務違反の場合に限り、典型的かつ予測可能な損害を賠償すると規定している
(本件利用契約の普通取引約款 5 条)。
⑵ 取引所運営者の公法上の義務
取引所運営者が取引所の運営義務を負っていることは前述したが、それに加えて、運営にあたっての行為義務も規定されている。それが、「取引所運営に伴う
重要なリスクを効果的に限定するためにこれを測定し、これに対応する適切な予防措置と体制を構築すること」(ドイツ取引所法 5 条 4 項 2 号)、ならびに、「取引所取引のシステム…(略)…が機能することを技術的に確保すること、取引システム内で処理される取引の円滑かつ迅速な締結のための技術的な措置(tech- nische Vorkehrungen)を講じておくこと、および特にシステムダウンの際の適切な非常措置について予め備えておくこと」(同 3 号)である。
2 号は、リスクマネージメントのために適切な人的体制の構築とその運営を義務付けるものであり、2 号にいうリスクには電子取引システムの障害も含むとされている17)。3 号にいうシステム機能を技術的に確保する義務とは、新システムの導入、現行システムの拡張・修繕のみならず、現行システムが通常の業務において障害なく、契約の目的に適った品質で機能することを確保することを内容とする18)。また、政府草案理由書によれば、同号にいう「システムダウン」は取引所システムの「一部または全体に障害が生じた場合」を指すとされる19)。そして、具体的に必要とされる措置として考えられているのは、バックアップ・システムやマニュアルといった技術的な措置である20)。もちろん、これらの義務の内容も、比例原則による限定に服する。「適切な」というのはその意味で理解される必要がある。
そして、この取引所運営者の義務は、EU 金融商品市場指令(MiFID)39 条⒝
⒞⒠を国内法化したものである。
⑶ 各場面における取引所運営者の役割
本章 1 節で検討した取引ルールは、もっぱら取引所と取引参加者との間の公法 上の関係を定めたもので、一部の例外を除き「業務執行者は……することができ る」と規定している。これは、誤取引ルールなど証券市場の秩序維持に関わる点 からすればいわば当然ということもできる。しかし、本稿の問題意識からすれば、
17) Beck, in : Schwark/Zimmer, Kapitalmarktrechts-Kommentar,§5 BörsG Rz. 26. 18) Beck, a.a.O., Rz. 27.
19) Regierungsentwurf FRUG, S.74. 20) Beck, a.a.O., Rz. 27.
本章 1 節で確認した点を踏まえつつ、必ずしも取引ルールの表面上には現れていない取引所運営者が果たしている役割を探ったうえで、取引所運営者の公法上の行為義務に照らし合わせることを通して、その債務の内容を考えていく必要がある。
このような視点からみると、注文の取消が注文の入力と同列に扱われていることの意味は小さくない。というのも、DBAG は、まさに「通常の業務」として取消注文を処理できるよう技術的に確保しなければならないことを示唆しているからである(ドイツ取引所法 5 条 4 項 3 号前段)。
誤取引ルールにおいても、取引所の業務執行者が成立した取引を(事後的に)取り消した後の具体的措置(Umsetzung)は、原則として、当該取引のデータにつき電子取引システム内で取消処理によって行い、取消処理がもはや可能でない場合には、業務執行者が電子取引用の取引所電子データ処理装置に反対取引を入力することによって行うとされていた(フランクフルト証券取引所における取引の取引条件 36 条)。ここでも、注文の取消と同様、まさに「通常の業務」の機能を技術的に確保すること、そして、取引システム内で処理される取引の円滑かつ迅速な締結のための技術的な措置を講じておくことが、取引所運営者である DBAG の役割である(ドイツ取引所法 5 条 4 項 3 号)。
これに対して、システム障害があった場合の非常措置における DBAG の役割は、若干様相を異にする。ここでは、代行取引で業務執行者が代行して入力した注文データの適切な処理が要請されるのはもちろんであるが、むしろ、システム障害による損害を最小限に食い止めつつ、システムの機能を回復させることこそが急務とされる。後者は、リスクが顕在化したときに適切に対応できるような人的体制の構築(ドイツ取引所法 5 条 4 項 2 号)、バックアップ・システムやマニ
ュアル作成等の技術的な非常措置(同 3 号後段)と、システムの機能を「確保」
ではなく「回復」するための技術的な措置によって実現されるであろう(同 3 号前段)。
⑷ 取引所運営者である DBAG の契約上の債務
まとめると、いずれの取引ルールが適用される場面でも DBAG に要請される のは、電子取引システムの適切な機能を確保することである。しかし、注文の取 消処理、誤取引の(事後的)取消後の処理という面では、電子取引システムの通 常の機能を確保することに第xx的な意味が与えられるのに対し、システム障害 の場面では、人的体制を含めた広い意味でのシステムを適切に構築しておくこと、および、電子取引システムの回復に焦点が移る。これはまさに、本件利用契約の 普通取引約款が規定していることに他ならない。ここで繰り返せば、「通常の業 務」としての機能確保は「契約に適合した取引システムの利用を保証するために 適切な措置を講ずる義務」に対応し、また、これに続けて「取引システムの利用 可能性が中断した場合、DBAG は……契約に適合した取引システムの利用を回 復する義務を負う」と別個に定めたのは、まさに理に適っているといえる。シス テム障害等に備えた人的体制の構築や、技術的対応はどうか。これは、前者の
「適切な措置」に含めて考えることができる。
そして、原則として DBAG は公法上の拘束を免れないものの、その限界は比例原則によって設定される。ただし、連邦通常裁判所の判例によれば、その主張立証責任は、公法上の義務を私法上課せられることで過剰な負担を強いられることを主張する者、本件利用契約でいえば DBAG が負う。本件利用契約の普通取引約款において、DBAG の義務につき、「技術的可能性と経済的合理性の範囲において」との留保が付されているのは、これを確認したものと理解される。
ここで、先に述べた行政私法という考え方を想起すると、この条項自体、行政主体である取引所が、債務の主体として私企業である取引所運営者を、また、法律関係として私法上の契約関係を選択した結果を体現しているものとして捉える必要があるということである。そもそも、私法上の法律関係が選択されたとしても、公法上の義務を免れることはできない。加えて、このような法律構成が選択された趣旨も公法上の規定の趣旨に照らして解釈されなければならない。
では、このような法律構成が選択された趣旨は何か。先に述べた通り、取引所理事会や業務執行者の権限行使はもっぱら公益を目的とすると規定することで、取引所の損害賠償責任の可能性は立法的に排除されていた。これに対して、本件利用契約では、DBAG の損害賠償責任に関する規定を置いていた。これは、ド
イツ固有の法制の特異性を緩和し、フランクフルト証券取引市場の信頼確保、さらには競争力確保に資する面も多分にあるように思われる。
以上を踏まえれば、ドイツにおいて DBAG が電子取引システムの適切な機能を保証する債務を負うことを明確に規定したことには、まさに、取引所の「適切に機能する市場システムを利用に供する『(公法上の)債務』」を実現させるための必須の条件確保を保証したということを意味すると解することができる。
また、本件利用契約は、取引所の「高権的措置(hoheitliche Maßnahme)をはじめとする……公法上の関係に何ら変更を加えるものではない」(5 条)と規定しているが、これは、例えば、取引所の業務執行者により取引停止等の措置がとられた場合に、本件利用契約において規定されている「契約に適合した取引システムの利用を保証するための適切な措置を講ずる」ことを請求することは許されないことを意味しており、「行政私法」の理解を確認した規定であるということができる。
しかしながら、上記 2 ⑵の分析を踏まえると、そもそも、DBAG の債務の内容が以上で尽きているといいきること自体にも躊躇を覚える。とりわけ、取引所が、その機能を実現するための組織的条件整備の一環として取引所ホールの代わりに適切な電子データ処理による取引システムを利用させている関係にあるなかで、取引所が法律効果の帰属主体と法律関係を選択したこと、しかも、取引所利用関係において取引所が行う給付の本質的な部分である注文の付け合せは本件利用契約の目的である取引システムが適切に機能することとまさに重なることに鑑みれば、部分的には、DBAG は取引所が負うと考えられる『(公法上の)債務』を引き受けている面もあるように思われる。
Ⅳ ドイツ法の視点からみた東証の債務・一試論
1 東証の法的地位
取引所有価証券市場は、有価証券の売買をxxかつ円滑ならしめ、かつ、投資者の保護に資するよう運営されなければならず(本件事件当時の証券取引法 106
条の 32)、また、株式の売買等に関する市場ルールが定められた業務規程等の規定が法令に適合し、かつ、取引所有価証券市場における有価証券の売買をxxかつ円滑ならしめ、投資家を保護するために十分であること、人的な体制の整備が有価証券市場開設の免許の付与の際の審査基準とされている(同法 83 条 1 項)。これらは、ドイツにおいて公法上の営造物とされる「取引所」に相当するよう にもみえるが、東証はドイツにおける「取引所」のように権限行使につき無答責な存在などでもないし、私法上の権利主体として取引参加者との間で取引参加者契約も締結している。以上からすれば、東証は、ドイツの法制では分離されている「取引所運営者」と「取引所」の地位を併有していると考えるべきであろう。
2 本件契約の行政私法的性格
もっとも、この「併有」の意味が問題である。これらの規定を根拠に、取引所は「本法により与えられた職務および権限をもっぱら公益のために行使する」
(ドイツ取引所法 12 条 6 項、15 条 6 項)と同様に考えるのは全く不適切というべきである。ドイツの「取引所」に関する同規定は、限定された権利能力しか有さない公法上の営造物に関する規定であることを忘れてはならない。「取引所」は電子取引システムをはじめとする設備の所有権、従業員の雇用契約はもとより取引参加者との契約の締結、取引所法に規定された手数料債権の帰属すら議論がされていた。私法上の権利主体である東証の債務を考えるにあたり、ドイツの取引所と同列に論ずることはできないというべきである。
むしろ、公法上の義務を負う東証自身が、公法上の義務を履行する一環として、自らが私法上の権利主体として取引参加者との間で本件契約を締結した、ドイツ 法にいう行政私法(Verwaltungsprivatrecht)の一例として捉えるのが適切であ る。ここで繰り返すと、公的な権限を委譲された者は、自己の任務を遂行するに あたり公法上の法形式をとるか私法上の法形式をとるか、自由に選択することが できる。株式会社形態が選択された場合、一市民として私法上の規定に服するが、市民と同様の私的自治や契約自由の可能性は与えられない。同社の取引活動の実 体は公法上の権限・義務の遂行であり、私法上の組織を選択したことによって公 法上の義務を免れるものではない、というものである。
本件契約の 2 条は、取引参加者は「規程に基づいて貴取引所が行う、取引資格の取消し、有価証券の売買等の停止または制限、過怠金の賦課その他の処分、処置および措置に従うこと。」に承諾する旨を規定している。これは、ドイツの本件利用契約において取引所の「高権的措置をはじめとする……公法上の関係に何ら変更を加えるものではない」(5 条)とされていることと趣旨を同じくするもので、このような理解を基礎づける。
3 東証の債務内容についての考え方
以上の検討を踏まえれば、東証が本件契約に基づき負う『債務』の内容を考えるにあたっては、「本件利用契約に基づき DBAG が負うと定められている債務の内容に加えて、ドイツにおける取引所が取引参加者に対して負うと考えられる
『(公法上の)債務』が参考になるというべきである。
そして、これらの債務の内容を参考に東証が本件契約に基づき取引参加者に対して負う債務の内容を具体化すると、以下の通り考えられる。
⑴ 個別の注文または注文の取消を適切に処理する債務
上記の通り、ドイツ法上の取引所の定義から明らかなように、ドイツ法上、取 引所が「個別の注文または注文の取消を適切に処理する『(公法上の)債務』」を 負っていることを確認した(Ⅲ章 1 節⑴)が、ドイツであっても日本であっても、証券取引所に期待される役割・機能は本質的には異ならず、付け合せが取引所の 本質的機能であるという点は、日本においても妥当すると考えられることから、 取引所が「個別の注文または注文の取消を適切に処理する債務」を負うとの理解 が日本には及ばないとは考えにくい。
したがって、東証も、本件契約に基づき、個別の注文または注文の取消を適切に処理する債務を取引参加者に対して負っていると考えるべきではないであろうか。
この点、一審、控訴審ともに、売買システムを介した取引においては注文の処理は機械の反応によっておこなわれ、東証自身が「機械の反応とは別個に、具体的な行為をすることが予定されていない」ことを理由に媒介契約性を否定してい
るが、疑問である21)。
⑵ 適切に機能する市場システムを利用に供する債務
上記の通り、取引所の機能の「利用」の観点からは、ドイツ法上、取引所が
「取引参加者に対して適切に機能する市場システムを利用に供する『(公法上の)債務』」を負っていたことを確認した(Ⅲ章 1 節)。
また、取引所運営者である DBAG は、本件利用契約および本件利用契約の普通約款に基づいて、取引参加者に対して、電子取引システムの適切な機能を保障する債務を負うことを明確に規定している(Ⅲ章 2 節⑷)。そして、取引システム利用で追及されている利益は、電子取引システムの物理的な接続による利用可能性に限定されず、可能な限り最適に近い条件でシステムを利用することによって得られる可能性全般と捉えるべきであるところ、DBAG が「契約に適合した取引システムの利用を保障するために」講ずべき「適切な措置」について、行政私法の考え方を踏まえると、システム障害等に備えた人的体制整備等も含めて捉える必要がある(Ⅲ章 2 ⑷)。したがって、DBAG は、電子取引システムの適切な機能の確保に加えて、システム障害の場面における人的体制整備等を含めた広い意味でのシステムを適切に講じる債務を負っているものと解される(Ⅲ章 2
⑷)。そして、DBAG が、本件利用契約および本件利用契約の普通約款にこのような債務を明確に規定したことは、まさに、取引所の「適切に機能する市場システムを利用に供する『(公法上の)債務』」を実現させるための必須の条件確保を保証したということを意味しているのである(Ⅲ章 2 ⑷)。
上記の通り、ⅰ東証は、ドイツ法上の取引所および取引所運営者の地位を併有しており(Ⅳ章 1 節)、また、ⅱ東証と取引参加者との間の本件契約は、DBAGの本件利用契約および本件利用契約の普通約款と同様に行政私法的性格を有している(Ⅳ章 2 節)ところ、そもそも、ドイツであっても日本であっても、証券取引所に期待される役割・機能は本質的には異ならないと考えられることから、東証は、「適切に機能する市場システムを利用に供する債務」を取引参加者に対し
21) 同旨、xx・前掲 53 頁。
て負っていると考えることができる。
また、フランクフルト証券取引所は、「市場システム」として、取引所電子取引システムの一部停止が生じている場合に取引参加者の要請を受けて、取引所電子取引システムへのデータ入力を代行することができる代行取引の制度(フランクフルト証券取引所規程 59 条 4 項)や、誤取引の場合に取引参加者の要請を受けてまたは取引所業務執行者が強制的に事後的に取消をする制度などを設けていることが確認された(Ⅲ章 1 節⑵)。
規則制定権を有している東証についても、これと同様の措置を講じておくことが(公法上)市場システムの適切な機能を確保するために必要であった(少なくとも、何らの措置も講じないことは許されない)と考えられ、かつ、(行政私法の考え方を踏まえると)取引所の機能確保に関する公法上の利益の大きさに鑑みれば、このような措置を講じる義務が私法上課されたとしても、それが比例原則に照らして過剰な負担を強いることにはなるとは考えにくい。仮に、比例原則に照らして、過剰な要求であったとして義務を否定するには、否定する側が主張・立証責任を負うとするドイツの判例の考え方にも合理性はあるのではないか。
この点に関連して、控訴審は(原審とは異なり)、狭義のシステム提供義務とは別個に、本件契約上の付随義務として、フェールセーフ措置を講じるなど適切に取消処理ができる市場システムを提供する債務(義務)を負うことを肯定した22)。この点は評価に値するが、その理論的根拠は不明瞭であること23)、および、不法行為法上の売買停止義務との関係など、未だ検討すべき課題は残されているというべきであろう。
22) 具体的には「ⅰ一定の値幅等から外れた注文は受け付けないというルール設定、ⅱみなし処理をしないというルール設定、ⅲ取消注文ができない場合や約定を成立させることに問題があるとみられる一定の注文について、約定の成立を一時的に止めるというルール設定、ⅳ事後的に取消処理をしたのと同じ状態とするルール設定等複数のルール設定が考えられる。」としながら、これは付随的債務(義務)にとどまるから……主張するような措置を講じなかったとしても……Y に著しい裁量の逸脱等の特別の事情がない限り、債務不履行になるものとはいえないとした。
23) 同旨、滝沢・前掲 27 頁。