Contract
社会保障と法:社会保障判例研究
生活困窮者に宿泊場所等を提供する施設をめぐる契約の有効性
)
さいたま地方裁判所平成29年3月1日判決
平成23年(ワ)第1595号,平成23年(ワ)第2937号賃金と社会保障1681号12頁
xx xxx*
Ⅰ 事実の概要
1 被告会社Y1の代表取締役であるY2は,平成 14年頃から,Y1の事務所を改造してI寮を作り,路上生活者らを勧誘して生活させ,入居者に食事などを提供する代わりに,生活保護等を申請させて生活保護費や年金等を全額徴収し,あるいはY2の仕事を手伝わせるという事業(以下「本件事業」という。)を営んでいた。
本件事業は,実質的には,Y2の個人事業であったが,行政機関との折衝や賃貸借契約等の取引などの対外的な場面では,相手方から信用を得やすくするため,事実上倒産したY1の名義を用いることがあった。
Y2は,当初はほぼ一人で本件事業を行っていたが,その後事業を拡大し,I寮と同様の宿泊施設を数多く作り(以下「被告寮」という。),路上生活者を数多く勧誘させて入居させるようになったため,Y2は,一部の入居者などに経費や給料を支払って本件事業を手伝わせるようになった(Y2の指示を受けて本件事業を手伝っていた者を「Y2の従業員」という。)。
Y2は,平成23年12月頃,I寮について第2種社会福祉事業の届出をしたほかは,被告寮について第 1種社会福祉事業の許可申請ないし第2種社会福祉事業の届出をしていない。
2 X1は,平成22年4月頃,所持金が尽きかけ,
仕事を探すためにK駅構内にいたところ,Y2の従業員から,被告寮への入居を誘われ,1日当たり 500円が支給され,かつ部屋も食事も用意されるものと考えて,被告寮に入居をすることにした。 X1は,同月16日頃,Y2との間で,被告寮の1つで あるA荘にX1を入居させ,食事や衣服等を提供する代わりに,X1が受給した生活保護費を受け取ることなどを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結して,A荘8号室に入居して生活するようになり,約2カ月間,1日500円の小遣いをY2
の従業員から受領していた。
X1は,同年6月9日,Y2の従業員に連れられて, S市福祉事務所を訪れて生活保護を申請し,生活保護を受給するようになった。その際,賃貸人を Y1,賃借人をX1とするA荘8号室の同月9日付け賃貸借契約書を提出した。
X1は,平成22年7月13日,最初の生活保護費の支給を受け,同月以降,1日500円の小遣いのほか,毎月5000円の小遣いをY2の従業員から受領するようになった。なお,原告X1は,生活保護の支給を受ける際,Y2の従業員4,5名に付き添われる形で福祉事務所に車で連れて行かれ,福祉事務所で生活保護費を受領すると,車で待機していたY2の従業員に対し,未開封のまま,受給証等とともに交付していた。
3 X2は,路上生活をしていたところ,Y2の従業員から「いい仕事があるから,行かないか。」などと誘われ,I寮に入居しながら働いていたが,そ
* 駒澤大学法学部 教授
の後遅くとも平成17年4月1日までに,Y2との間で,本件契約を締結し,A荘2号室に入所した。
X2は,同日,福祉事務所で生活保護を申請し,生活保護を受給するようになった。X2は,平成17年4月1日及び平成19年4月1日付けで,賃貸人をA荘の所有者であった亡Mとし,賃借人をX2とする平成17年4月1日付け賃貸借契約書及び平成19年4月1日付け賃貸借契約書を,また,平成22年3月1日付けで,被告寮の1つである「G寮」に金銭管理を委ねる旨の同意書を,それぞれ作成して福祉事務所に提出した。
X2は,平成17年4月22日,最初の生活保護費の支給を受け,以後,Y2の従業員から月1度の割合で 5000円の小遣いを受けるようになった。X2は,X1と同様,生活保護の支給を受ける際,Y2の従業員に付き添われる形で福祉事務所に車で連れて行かれ,福祉事務所で生活保護費を受領すると,車で待機していたY2の従業員に対し,未開封のまま,受給証等とともに交付していた。なお,X2は,被告寮に居住するようになってから,1日500円の小遣いを受領していたが,本件工場での作業に対する報酬は受領していなかった。
4 A荘におけるX1とX2(以下「Xら」という)の生活環境は,次の通りであった。A荘は,老朽化した木造2階建てのアパートで,各入居者の部屋はいずれも2人部屋で8室あるほか,共用の台所・食事室及び1人用の浴室が各1室,トイレが2室あり,外に洗濯機が1台設置され,Xらが入居していた当時,十xx程度が入居していた。Xらの居室にはそれぞれ同居者がいた。
Xらが入居していた各居室は,元々6畳間程度の広さしかない一つの部屋で,その中央に置かれた二段ベッドにより区切られた各スペースを入居者 2人がそれぞれ利用するものであり,間仕切り等はなかった。また,各居室には,洗面台,テレビ,扇風機などが設置されていたが,洗面台の排水設備は,排水口の下にポリタンクを設置した簡易なもので,また,テレビや扇風機は古く小さいものであった。
食事については,A荘では,入居者のうち炊事を担当する者が,Y2の従業員により配達された食
材を調理して,各入居者に食事を提供していた。 Y2の従業員は,毎週2回,食材の買い出しをして各被告寮に配達しており,その買い出し費用は,平成21年ないし平成22年頃当時,1回当たりおおむね30万円以内であった。
衣服等については,6月と10月の年2回に分けて,Y2の従業員が寮の全入居者の人数分及び新規入居者用の予備分をまとめて購入していた。X1が入居時に支給された衣類は,薄手のジャージ,下着及び靴下が各1組,タオルが1枚程度であり,また,支給された布団は,前の入居者が利用していたものであった。しかし,Y2は,Y1名義で作成した布団及び衣服(夏用下着上下各4組,冬用下着上下各4組,靴下4足及び部屋着1着)の請求書及び領収書を,X1を通じて福祉事務所に提出し,新規に請求書記載の布団及び衣服を購入したとして,布団類代1万7300円および平常着代1万100円の支給を受けた。
X2には,入居時に新たに購入された布団が支給され,福祉事務所から支給された布団代1万8375円をY2の従業員が受領した。
5 Xらは,生活保護費を搾取されている,施設使用料が高額でサービスとの対価が見合わない,共同生活で部屋は狭く衛生面が悪いなどのA荘での処遇に不満があることから,A荘からの退去を考え,NPO法人Qの仲介により,平成22年9月6日に転居費用一時金の支給を受け,A荘から転居した。
6 本件訴訟は,Xらが,①Y1およびY2により生活保護費を不当に搾取され,生存xxの人権を侵害されたなどと主張して,Y1については,民法709条に基づき,Y2については,民法709条又は会社法 429条1項に基づき,連帯して慰謝料及び遅延損害金の支払をそれぞれ求め,また,②同施設で生活するにあたり,Y2との間で締結された本件契約は,公序良俗に反して無効であり,また,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)4条又は5条に違反しており,特商法9条1項に基づき解除したと主張して,Y2に対し,X1は不当利得返還請求権又は解除による原状回復請求権,X2は不当利得返還請求権をそれぞれ行使するとともに遅
延損害金の支払いを求めた(なお,X2はY1および Y2の管理下において労働に従事させられ,これに起因する事故に遭ったと主張して,Yらに対し,債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償および遅延損害金の支払も求めているが,以下本稿では取り扱わない(本判決はY2の安全配慮義務違反を認め,債務不履行に基づく損害賠償責任を認容している))。
Ⅱ 判旨
一部認容,一部棄却
1 本件契約の公序良俗違反による無効と不当利得返還請求
(1)「Xらの生活状況は,相当劣悪なものであったことがうかがえ,実際にXらにかかった経費をみても,…その経費はA荘の各入居者から徴収した住宅扶助の合計額を下回るものであったといえる。」
「また,Xらは,生活扶助として1月当たり約8万円の支給を受け,これをY2に交付していたが,
…Y2が提供していたサービスは,Xらが受けていた生活扶助の金額を大きく下回るものであったといわざるを得ない。」
「そして,…Xらにかかった経費は,…Xらが受給し,Y2に交付していた生活保護費の額を大きく下回るものであったことは優にこれを推認することができる。」
(2)「生活保護法は,健康で文化的な最低限度の生活の保障という憲法25条の趣旨を具体化した法律の規定として,3条において,健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活
(以下,単に「最低限度の生活」という。)が保障されるべき旨を定め,8条2項において,保護の基準は最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならない旨を定めているところ,上記のとおり,実際にXらにかかった経費は,正当な利益分を考慮しても,生活保護費の額を大きく下回るものであったといわざるを得ず,このことは,Xらの生
活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったことを裏付けるものといえる。」
(3)「そうすると,Y2は,Xらから生活保護費を全額徴収しながら,Xらに対して,生活保護法に定める健康で文化的な最低限度の生活水準に満たないサービスしか提供せず,その差額をすべて取得していたのであり,かかるY2の行為は,生活保護法の趣旨に反し,その違法性は高いというべきである。」
(4) 加えて,生活保護費の受給日の態様など諸般の事情に照らせば,「結局,Y2の本件事業は,生活保護費から利益を得ることを目的とし,路上生活者らを多数勧誘して被告寮に入居させ,生活保護を受給させた上でこれを全額徴収し,入居者らには生活保護基準に満たない劣悪なサービスを提供するのみで,その差額を収受して不当な利益を得ていたものであり,かかる事業の一環としてXらとY2との間で締結された本件契約は,単に対価とサービスの均衡を欠くばかりか,上記のとおり,生活保護法の趣旨に反して,Xらを生活保護基準に満たない劣悪な環境に置くものであるほか,利用者の人権擁護の必要性から,第1種社会福祉事業についてその経営主体を原則として国,地方公共団体又は社会福祉法人とし,それ以外の者が経営する場合には都道府県知事等の許可にかからしめた社会福祉法の趣旨にも反し,Xらが生活に困窮していた状況に乗じて締結させたことなどその経緯や態様等に照らして,公序良俗に反し,無効というべきである。」
なお,X1に関する本件契約は公序良俗違反により無効であるとしたことから,特商法9条違反を理由とする解除の有効性については判断していない。
2 生活保護費用の搾取,生存権侵害等による不法行為
(1)「Xらは,Y2により,その事業の一環として本件契約を締結させられ,上記認定のような生活保護基準を下回る劣悪な環境で生活することを余儀なくされていたものであり,Y2については,Xらの最低限度の生活を営む利益を侵害したものと
して不法行為が成立するというべきであり,Xらが主張する各人権は,実質的に同利益に含まれるものとして考慮することが相当である。」
(2) いったん入居しても,不満があればいつでも自由に退去できるのであるから,不法行為は成立しないとするYらの主張について,「Xらはいずれも,路上生活を避けるためには,本件契約を締結して被告寮に入居するしかない窮状に追い込まれていたというべきであり」,「生活保護費をつかって転居先を探すことも事実上困難であったといえる」から,「Xらが自己の意思によりA荘に入居し,また,A荘の生活が劣悪であると認識した後もA荘での生活を継続していたとしても,Xらに責めるべき点があるとはいえないから,…Yらの主張は採用できない。」
Ⅲ 解説
結論にはおおむね賛成であるが,理由の一部に疑問がある。
1 本判決の意義
(1) 本事案は,生活に困窮する者をターゲットにした,いわゆる「貧困ビジネス」のうち,宿泊業を行う事業者に対して,生活保護を受給する入所者らが損害賠償及び不当利得の返還を求めたものである。本判決は,本件の宿泊所について無料低額宿泊所という言葉は用いていないが,寮で生活させ,入居者に食事などを提供する代わりに,生活保護等を申請させて生活保護費や年金などを全額徴収するなどの事業であるとして,入所にかかる契約を無効とし不当利得返還請求を認めるとともに,施設経営者の不法行為責任を認めている。
(2) 無料低額宿泊所に関する裁判例はこれまでにもいくつかみられた。本件と類似の事案では,不当利得金や慰謝料請求を認める和解が成立している事例1)があるほか,生活に困窮していた外国人を住まわせていた事案では,判決は当事者間で
交わされた同意書が作成者の意思に基づいて作成されたものとはいえないとして,事業者に対する不当利得返還請求を認容している(xxx判平成 24年11月22日賃社1579号26頁)。また,特定非営利法人の運営する無料低額宿泊所に入居して,生活保護を受給していた者が損害賠償及び不当利得の返還の請求をした同種の事案では,原告らの請求はいずれも棄却されている(千葉地判平成27年 3 月 26 日判例集未登載(LEX / DB 文献番号
25540407 )。このほか,人材派遣会社等を営む会社が,行政窓口に赴いた野宿生活者に対して社員寮の一部を用いて住居と生活サービス等を提供するサービス事業を行っていた事案では,その事業が第1種社会福祉事業に当たるものであって社会福祉法に違反する状態であったと認定したが,その違反が直ちに公序良俗違反や不法行為として違法となるということはできないとしている(名古屋地xxx判平成25年6月24日判例集未登載2))。
(3) Xらは,生活保護費用の搾取と生存権侵害等による不法行為とともに,住居・サービス提供契約の公序良俗違反による無効と生活保護費相当額の不当利得返還請求を主張していた。本判決は,住居・生活サービスに関するいわゆる「貧困ビジネス」について,契約の公序良俗違反による無効及び施設経営者の不法行為責任を認めたものであり,公刊されている裁判例の中で,おそらく初めての裁判例である。特に,公序良俗違反による無効を判示した点は,同種事案の判断の際の参考になると思われる。
2 本件事業の違法性
(1) 裁判所は,本件事業が生活保護法の趣旨に反し,違法性が高いことを示し,そのうえで,当該事業の一環として締結された本件契約が公序良俗に反し,無効であるとの判断にたどり着いている。まずは,本件事業が生活保護法の趣旨に反し,違法性が高いことを判示した点に注目してみよう。
(2) 本件事業が生活保護法の趣旨に反し,違法
1) xx(2013)p.4。
2) xxほか(2015)p.1296,xx(2016)p.60に概略の紹介がある。
性が高いことを示すにあたり,判決は,①Xらの生活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったかどうかという点と,②実際にかかった経費が生活保護費の額を大きく下回っていることを重視する。
まず,①については,XらのA荘での生活状況について,入居者個人が自由に使えるのは3畳間程度の極めて狭小なスペースでしかなく,およそプライバシーが確保されていなかったこと,エアコンやカーテンがなかったこと,昼食は乾麺以外にはなく,夕食もご飯とみそ汁のほかはレトルト食品を中心とした主菜一品しか提供されていなかったこと,食事は安価で米の品質も相当に低く,栄養バランスも著しく欠いていたことを認定したうえで,Xらの生活状況は,相当劣悪なものであったことがうかがえるとする。これに加え,②については,Xらにかかった経費をみても,Xらが受給しY2に交付していた生活保護費の額を大きく下回るものであったとする(判旨1(1 )。そして,これらのことがXらの生活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったことを裏付けるものとする(判旨1(2 )。
(3) 判決は,①の判断にあたり,住環境や食生活,衣服等の状況と,Xらにかかった経費をその根拠とし,Xらの生活状況は生活扶助と住宅扶助の金額を大きく下回るものであったとする。認定された生活状況を見るかぎり,それが劣悪なものであったと裁判所が認定したこと自体に筆者も異論はない。しかし,その生活状況が客観的にあるいは理論的に生活保護基準に満たないものであったかについては,以下の点から,より丁寧な検証が必要であるように思われる。
生活保護法では,生活保護基準は,健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活の需要を満たすのに十分なものであり,かつ,これを超えないものであるとされ(生保8条2項),その基準は金銭によって定められる3)。そして,生活扶助及び住宅扶助については,その方法
は金銭によって行うものとされる(生保31条1項,同33条1項)。生活保護基準は,食費を含めて生活扶助費としての金額を示しているのみであり,健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の食事内容,食材の質などは示していない。この点,保護費については,これをどのように使用するかは,支給の趣旨目的に反するものでない限り,原則として,受給権者の自由にゆだねられていると解されている(xxx判平成10年10月9日民集58巻3号724頁(xx訴訟控訴審判決))。また,住宅扶助についても家賃水準を住宅扶助費として金額で示しているのみであり,住宅扶助を支給するための住宅の種類や住環境の条件などの定めは特にない。このため,狭小で古く設備が劣悪な住居であったとしても,保護の実施機関が認めれば,住宅扶助が支給されることになる4)。
以上のような生活保護基準の形式からすれば,本判決で認定された食事や部屋の状況が,それぞれ生活保護基準に満たないものであるか否かを客観的に判断することは直ちには難しい。ただし,住宅扶助については,①の判断の拠り所になりうる最低基準がある。住宅扶助は,金銭給付を原則としているが,金銭給付によることができないときや金銭給付が適当でないとき,そのほか保護の目的を達するために必要があるときは,現物給付によって行うことができる(生保33条1項)。その住居の現物給付は,保護施設のひとつである宿所提供施設にて行われる(生保33条2項)。宿所提供施設は,住居のない要保護者の世帯に対して,住宅扶助を行うことを目的とする施設であり,設備及び運営に関する最低基準が定められている(生保39条,「救護施設,更生施設,授産施設及び宿所提供施設の設備及び運営に関する基準」(昭和41年7月1日厚生省令第18号)(以下,「基準」とする))。これによると,宿所提供施設の設備の基準としては,居室,炊事設備,便所,面接室,事務室を備えていなければならず(基準29条),居室の利用については,やむを得ない理由がある場合を
3)「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号)。
4) ただし,2015年7月の生活保護の住宅扶助基準の改定により,単身世帯については,住居の床面積に応じた基準
額が導入され,床面積の狭い住居の場合には基準額を原則減額する措置が採られている。
除き,1居室につき2以上の世帯を利用させてはならない,としている(基準31条)。上記基準は施設に関するものであるから,通常の住居と同視して比較をすることはできないが,少なくとも,特段の事情なくXらがA荘で相部屋であったことについては,生活保護受給者の施設の最低基準を定めた上記基準の観点から疑問があるといえよう(ただし,今日の生活水準に鑑みると,洗面所や浴室を基準上必置としていない上記基準が最低基準たり得るかは別途議論が必要である)。
(4) 判決は,②について,Y2が居住費や食費名目でXらから徴収していた生活保護費相当額と実際にかかった経費を比較したうえで,実際の経費が
「生活保護費の額を大きく下回る」ことを「Xらの生活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったこと」を示す理由のひとつに挙げる。確かに,保護基準は生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものである(生保8条2項)から,本件事業において保護基準で定められた金額が大きく余る(経費が生活保護費の額を大きく下回る)場合には,Xらの生活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったと推認できる要素となりうる。前述のとおり,上記①で生活状況が客観的あるいは理論的に生活保護基準に満たないと評価するには難しい側面があるため,上記①を補完する根拠として②の判断をあわせることにより,Xらの生活状況が生活保護基準に満たない「劣悪なもの」であったことを「裏付け」ないし「推認」したのではないかと思われる。
(5) 以上のように,「Xらの生活状況が生活保護基準に満たない劣悪なものであったこと」を示しつつ,判決は判旨1(3)のように,Xらから生活保護費を全額徴収しながら,Xらに対して,生活保護法に定める健康で文化的な最低限度の生活水準に満たないサービスしか提供せずにその差額をすべて取得していた,というY2の行為は,生活保護法の趣旨に反し,その違法性は高いというべきであるとする。ただし,この評価について,Y2がその役務の提供に際し,生活保護法の趣旨と生活保護基準を遵守しなければならないということが前提にあるようであるが,その論旨が読み取りづら
い。A荘を営むY2は生活保護法の当事者ではなく,また,社会福祉法上あるいは生活保護法上, A荘がいかなる施設であるのかといった点について裁判所は判断を示していない。この点,詳細な説示が必要であったと思われる。
3 本件契約の公序良俗違反について
(1) 本判決では,本件契約を,生活保護費から利益を得ることを目的とし,路上生活者らを多数勧誘して被告寮に入居させ,生活保護を受給させた上でこれを全額徴収し,入居者らには生活保護基準に満たない劣悪なサービスを提供するのみで,その差額を収受して不当な利益を得ていた事業の一環としてXらとY2との間で締結された契約であると位置付ける。この点,裁判所は明言を避けているものの,本件事業がいわゆる「貧困ビジネス」に近いものであったことを示唆しているようにも読める。ただし,多くの論者が指摘するように,生活保護受給者も含む生活困窮者に向けた事業すべてがいわゆる「貧困ビジネス」に該当するものではなく,いわんや直ちに公序良俗違反に該当するわけでもない。
一般に,公序良俗を規定する民法90条は一般条項として抽象性や弾力性を有しており,何が公序良俗かは裁判所の判断に任されていると解される。裁判所は,本件契約が公序良俗に反し無効であるとする判断要素として,①対価とサービスの均衡を欠く,②生活保護法の趣旨に反して,Xらを生活保護基準に満たない劣悪な環境に置くものである,③第1種社会福祉事業に経営主体制限をかけ,都道府県知事等の許可にかからしめた社会福祉法の趣旨にも反する,④Xらが生活に困窮していた状況に乗じて締結させたこと等,その経緯や態様等を挙げる。
(2) これら判断要素のひとつの視点としては,一方当事者に生ずる被害や権利侵害に着目した暴利行為論が挙げられよう。一般に,公序良俗違反となる暴利行為については,相手方の窮迫・軽率・無経験に乗じて過大な利益を獲得する行為は公序良俗に反するとされている。ここでは,客観的な給付の不均衡という契約内容が問題とされる
とともに,契約締結過程における一方当事者の働きかけや相手方の弱い地位が問題にされる5)。本判決は,①や④のなかで暴利行為論的な考え方をいくらか意識した判断をしているように思われる。例えば,これまでの典型例と比べると著しく少額であるものの,暴利の金額として想定される
「不当な利益」を想定しており,また,相手方の弱い地位という点では,Xらにとっては生活に困窮していた状況で住まいや生活の手段を確保することが喫緊の課題であり,通常ではおよそこのような劣悪な内容では合意をしないがやむを得ずに本件契約を締結せざるを得なかったということを意識しているように思われる。
(3) いまひとつの視点は,生活保護法の趣旨
(②)や社会福祉法の趣旨(③)との関係における法規違反の行為あるいは自由・人権を害する行為が挙げられる。
②については,本件契約が生活保護法の趣旨に反するとしているが,Y2がその役務の提供に際し,生活保護法の趣旨と生活保護基準を遵守しなければならないとすれば,その理由は何であるかが判然としない。この点,上記2(5)と関連し,より精緻な説明が必要であったように思われる。
また,③については,社会福祉法62条2項との関係が問題となる。本判決は,判旨2(4)において突如,社会福祉事業を行う施設として届出はなされていないA荘と第1種社会福祉事業とのかかわりを指摘するが,論旨は判然としない。A荘は,行政実務上の分類では,第2種社会福祉事業である無料低額宿泊所に該当する可能性が高いが,その実態は,単に住宅を貸し付け,または一時的な宿泊場所を利用させるにとどまらず,食事や入浴等の生活サービスを提供し,入居期間も長期に及んでいる。推測するに,この点を捉え,裁判所は, A荘の事業は第1種社会福祉事業と同じように人権擁護の必要性は高く,A荘の経営が適正さを欠
く場合には人権擁護の観点から重大な問題が生じうるという点に上記指摘の根拠を求めているのであろうか6)。そうであるとすれば,公序良俗違反の一つの要素であったとはいえ,YがA荘で行っている事業が第1種社会福祉事業に該当性するか否かの判断や,A荘と社会福祉法との関係をより精緻に判示する必要があったと思われる。
4 生活保護費用の搾取,生存権侵害等による不法行為
判旨3は,Y2の事業の一環として本件契約を締結させられ,上記認定のような生活保護基準を下回る劣悪な環境での生活を余儀なくされていたことを挙げ,Y2がXらの最低限度の生活を営む利益を侵害したものとして不法行為の成立を認め,Xらの施設内での生活状況,入居期間等の事情を勘案し,慰謝料10万円と20万円が相当であるとした。この点,最低限度の生活を営む利益とは何かが問題となるが,判決は,Xらの主張する生存権,財産権,プライバシーxxの各人権は,実質的に同利益に含まれるものとして考慮することが相当であるとしている。違法性の高い本件事業の一環として本件契約を締結させ,代替手段のない生活困窮者の窮状に乗じて,劣悪な住居や食事を提供して高額な利用料を徴収し,事実上自由を制約して囲い込みをする行為そのものを問題にしているが,判旨3の説示が簡潔すぎ,十分なものであったかは疑問が残る。
5 おわりに
本判決は当該事実関係のもとで,公序良俗違反を判断した事例であることから,本件類似の事案においても,本判決の判断がそのままあてはまるかは慎重に検討すべきであろう。例えば,生活保護を受給していない生活困窮者の入所が問題となった場合には,本判決の考え方がそのまま及ぶ
5) xxほか(2003)p.106[xxx]参照。
6) 社会福祉法が,生活の大部分を施設で営む場合には,重大な人権侵害が生ずる可能性があることから第1種社会
福祉事業が厳しい規制の下におかれている点(社福61条以下)を捉え,生活サービスを提供する多くの無料低額宿泊所について,第2種社会福祉事業ではなく,第1種社会福祉事業として取扱うべきであるとする見解がある
(xx(2011)p.35,日本弁護士連合会(2010)p.4以下,xx(2013)p.303以下,xx(2016)p.19等を参照)。
可能性は限定的であると思われる。また,本判決では特に問題にはならなかったが,本件契約のような住居と生活サービスを一体とした契約の公序良俗をどのように評価するのかといった点は事案によっては問題となり得よう7)。
最後に,本件のような事案におけるよりxx的な問題は,当該事案のような宿泊施設が,第2種社会福祉事業の「一時的」な施設とはいえない実態があり,他方で,入所は長期化しているものの,第1種社会福祉事業にみられる生活の場としての施設として全面的に機能しているとは必ずしもいえない,といったいわば,第1種と第2種の性質が混在している宿所施設に対して,法規制が追いついていないことにある8)。生活に困窮する者が人間らしく住まうことのできない施設への対処は喫緊の課題である9)。本事案のような訴訟は,実態に則した無料低額宿泊所の法規制の整備を迫るものといえる10)。
参考文献
xxx(2011)「住居・生活サービス商法被害」,現代消費者法10号。
xxxxx・xxxx・xxxx編集代表(2015)『消費者六法2015年版』,民事法研究会。
xxxx(2017)「生活保護受給者に宿泊場所等を提供する契約の有効性」,ジュリスト1509号。
xxxx・xxxx編(2003)『新版注釈民法(3)総則
(3)』,有斐閣。
xxxx(2013)「貧困ビジネス被害とその救済―「無料低額宿泊所」被害を中心として」,xxxxx・xxxx・xxxx編『消費者法と民法』法律文化社。
日本弁護士連合会(2010)「『無料低額宿泊所問題』に関する意見書」(2010年6月18日)。
xxxxx(2013)「『無料低額宿泊施設』に対する訴訟について」,賃金と社会保障1579号。
xxxxx(2016)『無料低額宿泊所の研究』,xx書店。
(はらだ・けいいちろう)
7) このような指摘につき,xx(2017)p.64を参照。
8) xx(2017)は,生活困窮者を受け入れる各種の宿泊施設を,社会福祉法上及び生活保護法条どのように位置付
けるかという論点がxx的な問題であると指摘する〔xx(2017)p.64〕。
9) なお,平成27年4月の通知「社会福祉法第2条第3項に規定する生計困難者のために無料又は低額な料金で宿泊所
を利用させる事業を行う施設の設備及び運営について」(平成15年7月31日社援発第0731008号)の改正により,生計困難者に簡易住宅を貸し付け,または宿泊所等を利用させることを目的とし,かつ,近隣の同種の住宅に比べて低額であるか,または1カ月当たりの料金を住宅扶助で賄うことができる宿泊所については,第2種社会福祉事業の届出の有無にかかわらず,同通知に示された指針の対象となる無料低額宿泊所に該当する取扱いになった。
10) 貧困ビジネス対策に関する生活保護法及び社会福祉法の改正を盛り込んだ生活困窮者等の自立を促進するため
の生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案が第196回国会に提出されている(2018年3月時点)。