COE ソフトロー研究資料5
COE ソフトロー研究資料5
特許等ライセンス契約についてのソフトローに関するアンケート及びインタビュー調査 総括報告
~法理論とライセンス実務の架け橋~
東京大学大学院 法学政治学研究科 COEプログラム・知的財産権ソフトロー収集班
2004 年 12 月
特許等ライセンス契約についてのソフトローに関するアンケート及びインタビュー調査 総括報告
~法理論とライセンス実務の架け橋~
東京大学大学院 法学政治学研究科
COE プログラム・知的財産権ソフトロー収集班1
1 はじめに 3
2 本調査での「ソフトロー」の定義 3
3 調査対象の選定理由、調査の進め方 4
3-1 調査対象の選定理由 4
3-2 調査の進め方 4
4 特許権ライセンス交渉過程・条件決定に関するソフトロー 5
4-1 侵害発見時(事後的対応) 5
4-2 新製品開発時(事前的対応) 6
4-3 ロイヤリティの決定方法 7
4-4 契約期間 8
4-5 クロスライセンス 9
4-6 パテントプール 11
5 ノウハウライセンス契約に関するソフトロー 12
5-1 ノウハウライセンスの交渉過程における開示 12
5-2 ノウハウと特許xxの知的財産権とのセットライセンス 12
5-3 ノウハウが“期待はずれ”だった場合 13
6 契約上のリスク管理に関するソフトロー 14
6-1 日本企業との契約と外国企業との契約の相違点 14
6-2 特徴的な契約条項 15
7 ライセンス契約を支える環境 19
7-1 特許等のライセンス契約の位置付け 19
7-2 慣習規範に影響する要因 20
7-3 「開発コストの尊重」の雰囲気 20
7-4 企業における知的財産部の役割 21
7-5 国内企業間の契約慣行 22
7-6 国際的に通用するソフトローは存在するか 23
8 終わりに 23
1) 本調査は、東京大学 21 世紀 COE プログラム「国家と市場の相互関係におけるソフトロー―ビジネスローの戦略的研究教育拠点形成―」の研究活動の一環として行われ、本稿は日本弁理士会刊の月刊誌「パテント」2005年5月号に掲載された。
調査メンバー:東京大学大学院法学政治学研究科修士課程 経済法務専修コース xxx(2004 年 3 月修了)、xxxx(2004 年 3 月修了)、xxx、xxxx、xxxx
指導:xxxx弁護士(東京大学法科大学院客員助教授)、xxxx弁護士、xxxx弁護士、xxxxx弁護士
1 はじめに
COE プログラム・知的財産権ソフトロー収集班では、特許等ライセンス契約に関するソフトローについてのアンケート及びインタビュー調査の内容を元に、インタビューの印象や感想も含め、「これが『ソフトロー』と言えるのではないか」というものを抽出するための議論を行った。
本報告書は、今回のアンケート、インタビュー等の結果や、メンバー間の議論では明らかにならなかった疑問点及び調査報告会での議論もふまえて2、ソフトロー収集班での議論内容をまとめたものである。ソフトローとの関連における考察は、本文中に囲んで記載し、推測・補足的なもの及び学説や文献は脚注として記載する3。
なお、ライセンス契約書は、関係者以外には開示しないとされる場合が多いため(これも一種の「ソフトロー」であり、秘密保持条項等の形で契約に盛り込まれることが多い)、今回のインタビュー調査も契約書の具体的な条項を見せていただきながら行ったものではない、ということを、あらかじめお断りしておきたい。
2 本調査での「ソフトロー」の定義
本調査では、ソフトローとしてかなり広いものを対象としている。
ソフトローを厳密に定義することは難しいが、本 COE プログラムでは、「国の法律ではなく、最終的に裁判所による強制的実行が保証されていないにも関わらず、現実の経済社会で国や企業が何らかの拘束感を持ちながら従っている規範」という定義が基本に置かれている4。この定義では、従わなかった場合に、何らかのサンクション(取引停止等)があることが想定されている。
今回の調査では、この定義を基本形として意識しつつ、さらに広く、ライセンス契約当事者の行動に何らかの影響を与えるものにも注目した。その結果、以下でソフトローとして紹介・検討するものは、サンクションの有無を問わず、「取引の作法」のようなものまで含んでいる。そして、単なる取引の作法に過ぎないものから、従わなければ取引中止になるような強いものまで、「拘束度合いの濃淡」があることが感じられる5。
2) 2004 年 7 月 28 日(水)開催。権利ビジネス研究会の場を借り、本調査の報告を行った(以下「報告会」という)。
3) 明確な法規定や確立した判例等が存在しない領域においては、企業実務家や顧問弁護士等が、リスク回避に最適な選択肢を選ぶために概説書等を参照し、そこで述べられている通説や有力説に従って行動することも多いと考えられる。その意味で、有力な学者の見解は、時として、現実の経済社会で形成されている実務慣行に大きな影響を与えていると言え、ソフトローを分析する上でもそれらの存在を意識することが欠かせない。そこで、今回の調査結果をまとめるにあたっても、主要な論点について、学説(文献)を参照し、脚注に記載した。
4) COE プログラムホームページ、xxxx://xxx.x.x-xxxxx.xx.xx/xxxxxx
5) 今回調査対象とした分野における「ソフトロー」は、公的部門における規制等とは異なり、違反者に対して何らかのサンクションが課されたことが公に明らかになることが少ない性質のものであると考えられる。そして、インタビュー調査によっても、当該ソフトローが当該事業者の行動を具体的にどの程度拘束しているのか、ということまで具体的に踏み込んで把握することは困難であった。
3 調査対象の選定理由、調査の進め方
3-1 調査対象の選定理由
今回の調査では、電機・機械メーカー(電気機器・工作機械・精密機械等)の特許及びノウハウ(以下「特許等」とする)のライセンス契約を対象とすることにした。
近年注目されている商品化権・肖像権・パブリシティ権ビジネスのようなライセンス契約は、まさにソフトローにより規律されているものと言えるが、ハードローがそもそも存在しない分野における契約であるために、検討にあたって、ハードローとの比較ができないという難しさがある。これに対し、特許等ライセンス契約は、基本的な知的財産権のライセンス契約として、製造業を中心に多くの企業に浸透しており、実務の蓄積もある。従って、今回は、COE プログラムでのソフトロー調査の第一歩として、豊富なソフトローの存在が予想される特許等ライセンス契約を調査対象とした。
そして、中でも、古くから特許等のライセンスがさかんに行われているために学説や実務上の議論でも念頭に置かれることが多く、また、取り扱っている製品や顧客層等の違いによって業種ごとに生じる微妙な差異を把握しやすい、電機・機械業界における契約を対象とすることが、法理論と実務の比較や業種特性を踏まえた分析を行う上で適切であると考えた。
ここで分析されたソフトローは、他の権利取引ビジネスを分析する上でも、一つの指標となりうると考えられる。
3-2 調査の進め方
まず、論点把握のため、アンケート調査を実施した6。東証一部・二部上場の電機・機械メーカー163 社にアンケートを送付し、45 社から回答を得ることができた。その上で、回答企業の中から、様々な業種の 8 社を選定し、特許等ライセンス契約担当部署の方々にインタビューを行った。
アンケート調査自体も一定の成果となったが、設問が不適切だった点も多いため、あくまでも論点把握の資料と、分析の参考資料として活用するにとどめている。
従って、以下で分析・検討したソフトローは、主に当該特許等を使って事業をする会社、しかも一定以上の規模の会社間のライセンス契約におけるものであると言える。個人発明家(自身で事業をしていない者)や大学等研究機関とのライセンス契約や、下請け製造に伴うライセンス契約(当事者間でビジネス上の力関係が顕著な場合)では、異なるソフトローが存在する可能性が高い。
しかし、後述するような「契約当事者間の『争わない』ルール」や、訴訟提起に先立ってよりダメージの小さい手段を用いる(侵害警告等)といった作法は、その理由・背景はさておき、今回インタビュー調査に応じていただいた企業の担当者の方のほとんどが、遵守しなければならないものとして認識し、これに反した場合には事業活動上大きな代償を払うことになる、と感じていたものであるように思われる。また、これに対し、「開発コストの尊重」のようなルールは、そこまでの拘束感をもって捉えられてはいなかったように感じられる。
6 2004 年 1 月~2 月に実施。
4 特許権ライセンス交渉過程・条件決定に関するソフトロー7
4-1 侵害発見時(事後的対応)
・ 権利者は、侵害を発見した場合にまず「侵害警告」で対応する8。侵害警告は慎重に是非を検討した上で.行われるのが一般的であり(本当に侵害が成立するのか9、
7) 特許法において、特許権者は「業として特許発明を実施する権利を専有する」とされている(特許法 68条)。従って、このようなハードローの下では、特許権者は自らの権利に基づいて差止請求等を行うことによって侵害の停止・予防を行うことができ(同 100 条)、権利を有しない者は、権利への抵触を避けるように行動することになるようにも思われる。しかし、現実には、多くの場合に特許権者とそれ以外の者との間で、特許発明の実施許諾契約が締結されている。
そこで、ここでは、主に契約交渉を開始し条件決定に至るまでの流れ、及びそこでの「作法」に現れているソフトローを分析することで、当事者を契約に向かわせる動機は何か(そこに何らかの拘束力のある規範が存在するのか)、という点についても合わせて探ることを試みている。
8) 侵害警告は、特許xxを侵害すると疑われる者に対して、十分な調査及び法的検討を経た上で、訴訟提起前に行う場合には、権利行使の一環としてなされる正当な行為であり、許容される。むしろ、訴訟費用・労力を考慮し、事前の話し合いによる解決の可能性を考えると、事前の警告等の手続を取るのが望ましいと考えられている(同旨、東京高判平 14・8・29 判時 1807-128 )。通常は侵害していると考えられる者 Aに対してなされるが、その者との交渉の結果次第で、Aの取引先(例:A 社製品を用いて製品を製造販売するB社)にも警告することがあるそうである。ただし、侵害者の取引先は特許権者にとっても潜在的な顧客である場合が多いので、警告相手の選定にあたっては、そういったビジネス上の要素も考慮にいれられることになる。
一方、国際的に製品を売買している場合には、買主(上の例で言えば B または単なる製品買主 C)を相手としてくるのが通例であるとする文献もあり(xxxx・xxxx・xxxx編『国際売買契約ハンドブック 改訂版』(有斐閣、1994 年)181 頁)、誰に警告するかは、ケースバイケースなのではないかと考えられる。
なお、侵害警告および裁判外交渉に関して分析したものとして、xxxx「知財関係案件の裁判外交渉のあり方」(NBL781 号 32 頁、2004 年)を参照。
9) 侵害していないのに侵害警告をした場合、また、侵害警告をした後に、実は侵害でなかったことが判明したり特許が無効になったりした場合はどうなるのか。この点については、①不競法(2 条 1 項 14 項:信用を害する虚偽の事実の告知流布)上の問題と②独禁法(不xxな取引方法・一般指定 15 項:取引妨害)上の問題が生じうる。
① 不競法については、競争者に対して警告したのみでは「告知流布」の要件を満たさない。第三者に対して伝わることが必要であり、競争者の取引先等に告げたりした場合には不競法違反となる(判例多数)。侵害の主張に理由がない(非侵害・特許無効)ことが判明した以上、不競法違反として差止請求を認容すべきであり、損害賠償請求に関しては過失判断の上で調整すべきであるとされる。
これは、侵害警告や侵害訴訟提起は、相手方にビジネス上の大きな負担を課すことになるから、侵害の主張が間違いであったことの相応のリスクを特許権者に負担してもらう必要がある、という考えに基づくものである。(xxxx『不正競争法概説 第 2 版』(有斐閣、2003 年)446~449 頁)
なお、裁判例では、侵害者A の製品を使って製品を製造販売する B(A の取引先)に対して侵害警告を行い、後に特許無効となったケースにおいて、「後日、特許権の無効が審決等により確定し、あるいは、当該製品が侵害ではないことが判決により判断されたときには、競業者との関係で、その取引先に対する虚偽事実の告知に一応該当するものとなるものの、この場合においても、特許権者によるその告知行為が、その取引先自身に対する特許xxの正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には、違法性が阻却される」と判断されている(東京高判平 14・8・29 判時 1807-128 )。ただ、この事件は、B が A 製品を使って自己の製品を製造販売しているため、純粋な侵害者の取引先に警告した事案ではない点に注意する必要がある。
② 独禁法の不xxな取引方法・一般指定 15 項は、取引妨害についての包括的な規制条文である。侵害警告に関して、今のところ審決・判例とも、公表されている実例は無いようである。
理論上は違反になることが指摘され、設例として、「特許権者が競争者 A の取引先 B に対して、実際には特許侵害になっていないのに侵害警告し、それにより B が A との取引を中止すること」(別冊 NBL9 号『不xxな取引方法』94 頁)、「特許権者が、実際には特許権侵害になっていないにも関わらず、競争者 C に警告を送りつけ、C が裁判沙汰になるのを恐れて製造販売をやめるようなケース」(白
侵害が成立する場合でも警告することが会社の利益になるのか等)、侵害が認められる場合でも侵害警告を行わない場合がありうる10。
・ 侵害警告を契機に交渉が開始されても、 結果的にはライセンス契約 11
(non-assertion 型12)により解決されることが多く13、現実に訴訟に持ち込まれることは少ない14・15。
・ 法的に要求されていないにもかかわらず、侵害警告が行われる背景には、可能な限り紛争(訴訟)コストを低く抑えたいという経済合理性に基づいた考え方と、同じ業界で事業を営む会社同士であって自社がいつ侵害警告を受ける立場になるかもしれないという事情とがあると考えられる。
4-2 新製品開発時(事前的対応)
・ 新製品開発前の調査で他社の特許xxに抵触する可能性が判明した場合16には、侵害警告を受ける前に権利者にライセンスの申込みに行く場合も多い(opportunity license 型17)。そうすることによって、侵害警告を受けた場合に比べ、交渉を有利に進められることが多いからである18。
xxx「独禁法一般指定十五項の守備範囲(3)」NBL587 号 34 頁、1996 年)が示されている。(なお、引用設例中の当事者アルファベットは、便宜的に本報告書で加筆した。)
不競法との違いは、第三者に伝わる必要がなく、競争者に警告しただけで違反となりうる点である
(上記xx論文 36 頁)。
10) 特許権者が侵害警告を行わず、第三者による実施を黙認してしまえば、法的には黙示の通常実施権(しかも無償)ということになるのであろうか。(xxxx編『注解特許法 第三版』(青林書院、2000 年)上巻 829 頁・78 条〔xxxx〕では、限定的にではあるが、黙示の通常実施権の成立を認める。)
11) ライセンス契約は、賃貸借契約に例えられることもあるが、占有が観念できないこと及び複数人にライセンスできることから、賃貸借契約とは異なる無名契約であると考えられる(同旨、xxxx『工業所有権法 上 特許法 第二版増補版』(弘文堂、2000 年)432 頁)。また、賃貸借契約が対価の存在を前提とした契約であるのに対し(民法 601 条)、ライセンス契約に関しては、法律xxxような定めもなされていない。なお、インタビューでは、賃貸借契約との類似性については特に質問しなかったが、「賃貸借と類似した契約」という印象は受けていない。
12) 【non-assertion 型ライセンス契約】紛争解決のためのライセンスである。ロイヤリティは、実施料に 応じたランニングロイヤリティとなることが多い(最初に過去の侵害分として一括金を支払うこともある)。
13) 電機業界ではこのような侵害警告を契機として契約が結ばれることが多いが、重機等、他の業界においては侵害警告がそれほど多くないために、侵害警告を契機とした契約締結は必ずしも一般的なものとはなっていないようである。
14) 外国企業の中には、侵害警告さえせずに訴訟を仕掛けてくるものもある、ということが指摘されているが、このような行動パターンが日本企業と外国企業という違いによるものなのか、それとも事業を行わない特許権者(企業)が外国に多いということに由来するのかは明らかではない。
報告会では、「訴状のインパクト」(単なる警告ではなく訴訟提起であること)がライセンス料交渉の場面で権利者に有利に働く、という実情が指摘され、相手方の反撃によって被るリスクが小さい(自ら事業を営んでいない)開発専業型ベンチャー企業や大学等は、むしろ訴訟を積極的に活用しているのではないか、という指摘もなされている。
15) 仮に訴訟に発展した場合、侵害警告には時効の起算点としての意義があることが指摘されている。
16) 【特許調査により侵害の疑いが生じた場合の対応】①設計を変更して迂回、②同一機能を有する別の装置等に置き換える、③無効審判を申し立てる、④ライセンス契約を申し込む。
17) 【opportunity license 型ライセンス契約】①ライセンシーの立場から開発コストを節約したい場合また
は開発期間を短縮したい場合(技術開発費の先行投資に変える)、一方、②ライセンサーの立場から自社の特許を収入源として活用したい場合、のライセンスである。
ロイヤリティは頭金一括の場合もあるが、定率のランニングロイヤリティが採用されることもあり、その場合には、最低保証実施料を求めることもある。
18) このような場合、交渉が長引くと、特許実施製品が市場に出回ることもありうる。ただ、ライセンスす
4-3 ロイヤリティの決定方法
・ アンケート結果では、「業界における従来の取扱い・慣行に従い決定」という回答が最も多い19。おそらくそれが一般的なライセンス担当者の実感であると思われる。
・ 基本的には、各企業の営業戦略的な見地から決定されるが、業界によっては、固定的な「業界相場」や「慣行」に支配されている場合があり20、単純な経済合理性以外の要素も入ってきている21。
・ 業界によっては、国有特許ライセンスのロイヤリティが影響を与えている。
・ ランニングロイヤリティとするか、一括金とするかは、ライセンス契約のなされた状況等による(注 8・12 も参照)。ただ、ライセンシー側には「一括金で支払う方が次期開発コストに響かなくてよい」、ライセンサー側には「ランニングロイヤリティとして定期的に収入があるほうが経営の安定に資する」という見方もある。
・ ロイヤリティの決定方法は、以下のような業界別の違いがあるが、業界の違い(寡占性や知的財産権に対する意識)に由来するのか22、業界の違いではなく製造製品の違い(一般消費者向け大量生産かメーカー向け受注生産か、単価・利益率の違い等)に由来するのかは23、更なる検討が必要である。
【業界ごとの特徴】
① 電機
製品の利益をベースに、ロイヤリティが生産コストとして見合うかどうかが吟味される(製品に必要な「部品」を調達する感覚に近いものがある)。短期的な採算を度外視する場合はあっても24、最終的には企業の営業戦略的見地(ライセンス対象製品が事業として収益を上げていくことができるかどうか)から決定されるのであり、経済合理性に基づいた考え方が重視されているといえる。
【背景事情】一般消費者向け製品が多く、競争企業も多いため、価格競争が激しく、コスト意識が強い(ただし、下請会社への製造委託に伴うライセンスでは、
る前提で細部の条件を交渉している期間中には、侵害訴訟を提起しない、というのが不文律になっているとのことである。
19) 特許xxについて 75%、ノウハウについて 58%に上る。
20) 独禁法にいう「同調的行動」と言える場合もあるのではないか。(市場をある製品に関わる技術(特許等)の取引市場と見る。)
21) それまでの取引での貸し借り(例:今まで良くしてもらったから)によってロイヤリティ額・率を上下させる場合もあるということである。もっとも、これも長期的に見れば経済合理性に基づいた行動ということもできる。(後掲注 22、注 49 も参照)
22) 【契約交渉の主導権はどのように決まるか】アンケート結果によると、寡占的性格が強そうな分野の企
業は、「ライセンシーとなる側が主導して交渉が進められていると感じている」と回答している企業が多い。ただ、ライセンシーが寡占なのか、ライセンサーが寡占なのか、双方寡占なのかにより、状況は変わると思われる。今回のアンケートでは、そこまでは読み取れなかった。
なお、同じ設問に関して「企業規模、業界における力関係等を背景として交渉が進められる」と回答した企業は、電機メーカーが多い。これには、電機メーカーで、部品等の製造下請けが発達していることが影響しているのではないかと推測される(下請けに対してはやはり強い立場に立てるだろう)。
23) 仮に一般消費者向けかメーカー向けかで違いが生じているのだとすると、コスト競争の激しさの程度が背景となるため、違いが生じるのも経済合理性ゆえと言えるように思われる。
24) 顧客をつなぎとめるために、短期的な採算を度外視して、特定の製品に関する特許xxのライセンスを受けて新製品の生産を行う場合もあるという。
大規模なメーカー間のライセンスとは力関係が異なり、違う背景事情が存在するかもしれない。この点については確認できなかった)。
② 機械(特に重機)
固定的な「業界相場」の存在が意識されている。
【背景事情】企業向けの製品が中心で、競争企業や新規参入企業も比較的少ないため、価格競争が比較的おだやかである。
③ 部品(特に電子部品)
製品の単価・利益率が低いため、営業戦略に則ったロイヤリティ決定が重視されるが、技術開発面で競争しあっている事業者が比較的少ないこともあり、独特の業界慣行が存在する25。
・ ロイヤリティ額・率を決定する上での「特許の価値」は、技術内容そのものの価値に必ずしも比例するものではない(回避困難で使わざるを得ない基本特許はライセンサーの提示を値切るのは難しいが、利用発明/応用発明であっても、それが商業化に際して大きな効果をもたらす技術であれば、結果として基本特許よりも高く評価される場合もありうる)。また、必ずしも企業規模に影響されるわけでもない
26。
・ 契約期間中には、原則としてロイヤリティの見直しを行うことはないが、製品価格の変動が激しい業界では、価格低下を受けて見直し交渉が行われる場合もある27。
4-4 契約期間
・ ライセンス契約の期間は、特許存続期間とする場合と、製品のライフサイクルを考慮して一定期間とする場合の 2 つのパターンがある。前者では特許番号を特定してライセンスすることが多く、後者では包括的技術分野をライセンス対象とすること
25) 相手方から受けてきた恩恵の考慮(前掲注 21)、相手方にとって「譲れない製品」の特許を尊重する等、ライセンス慣行における特徴がみられる。また、「二社購買ルール」(大手メーカーの部品購入の際、リスク分散のために複数のメーカーから部品を購入する慣行)に対応するために、自社で開発した製品を他企業にも作らせる、といった独特の慣行も、ライセンス契約に影響を与えていると考えられる。
26) 各企業とも、国税庁に説明できる程度の算定根拠は用意しているとのことだが、結局のところ、ロイヤリティは様々な要素に影響され、交渉により決定される。
27) 【再交渉の慣行と事情変更の原則】日本では、「事情変更の原則」は実際にはほとんど認められること
はなく(xxx『民法Ⅱ』(東京大学出版会、1997 年)74 頁)、おそらく、単なる製品価格の下落では、「事情変更の原則」は適用されないのではないかと考えられる。
そのため、商人間の動産売買の実務(主として継続的取引関係にある)では、事情変更の原則ではカバーされないような、予期しない原材料の価格変動や為替変動に関する特約を入れている。しかし、日本の商人間には、事前の特約がなくても、経済変動を理由として契約条件の変更を申し込み、相手方もそれをしばしば認める土壌があることが指摘されている。(江頭憲治郎『商取引法 第三版』(弘文堂、2000 年) 22 頁)
この記述は、商人間の動産売買に関するものだが、一般的なビジネスの土壌としてライセンス契約にも当てはまると思われ、製品価格低下を受けたロイヤリティ見直し交渉は、まさにこの土壌を反映している例だと考えられる。なお、このような契約内容の変更の場合、契約書を再度作成するのではなく、いわゆる「覚書」と呼ばれるような文書によることもある。法的に評価すれば、契約書と効力は同じであろう。また、内田『民法Ⅱ』76 頁では、事情変更の際に、新たな事情に適合した内容に契約を改訂する努力(再 交渉)を当事者がすべきであると言う意味で、再交渉義務があると指摘する。これは、上記の(事情変更の原則が適用されるほどでない程度の経済変動を理由とする)契約条件の変更の申し込みと承諾という実
務を、法理論的に構成したもの(ソフトローとして明文化)と考えられるのではないだろうか。
が多いようである。
・ 一定期間とする場合、契約更改はロイヤリティの再算定の機会としての意味を持つ。
・ 一定期間経過後に契約更改しない場合、その後に当該特許・ノウハウ等を使用していないことの確保が課題となる。
4-5 クロスライセンス
・ 電機メーカー間では、クロスライセンス方式が多用され28、パテントプール等に発展することもある。対して、他の業界のメーカー間では、クロスライセンス方式は必ずしも多用されていない29。
・ クロスライセンス方式は、主として交渉・紛争コストを減らす目的で採用され、経済合理性に基づく選択だと言える30。
・ クロスライセンス方式といっても、特許を特定して行うもの31、包括的に技術分野単位で行うもの32、「チケット制」と呼ばれるシステム33によるもの等、契約形式は様々である。
・ 電機業界におけるフリークロスライセンスには、現在は課税されていない。また、重機業界では、双方が等価と考えている特許権をクロスライセンスするため、金銭による差額調整はなされない34・35。
28) 【クロスライセンスの契機】同種の製品開発競争を進める企業間では、新製品を作ったら他社の特許を実は侵害していた(事前に特許調査をしていたとしても)というケースが意外と多いそうである。その場合にも一般的にクロスライセンスで対処される。相互に無償で、かつ権利不行使(non-assertion)を定めるタイプのものが多い。
侵害警告された場合にも、相手が必要とする自社特許を提示してフリークロスライセンスするということで解決するケースも多いそうである。そのため、企業は常にクロスライセンスに使うことができる「特許権」(=相手方がライセンスを受けたいと思うような特許権)を用意しておくことが重要となっている。
29) アンケート結果では電機メーカーと機械メーカーでそれほど大きな差は生じていないが、インタビューによれば、重機業界において行われるクロスライセンスの件数は多くないように思われる。(もっとも、アンケートでは、1 件でもクロスライセンスをしていれば、「クロスライセンスあり」に回答することになるため、データとしての活用度は高くない。)
30) 例えば、前掲注 28 の状況で、お互いに差止請求しあって双方事業が成り立たなくなる状況を回避できること(その反面、事業分野が重なっていないと訴訟する方向になりやすい)、また、包括的技術分野でクロスライセンスすれば、新特許権が発生した都度ライセンス契約を締結する必要がないこと、等である。
31) 機械メーカーに多いようである。
32) 電機メーカーに多いようである。
33) 【チケット制のクロスライセンス契約】個別特許についてフリーライセンスを受ける権利を「予約チケット」に見立て、自社の持つ「チケット」を使い切るまで、相手方の特許を選んでライセンスを受けることができるシステム。かなり以前から行われているらしい。
法的に考えれば、ライセンスを受ける権利の予約(しかも対象権利は確定しない)ということだろうか。それとも、ライセンスを受けられる特許権の数についてあらかじめ取り決める契約ということだろうか。いずれにしても、興味深いシステムである。
34) 【ライセンスと課税】実際のビジネス上、課税ルールは、意思決定に大きな影響を及ぼす。
特許等のロイヤリティ収入は、法人税法上益金となる(法人税法 22 条 2 項)。また、支払いロイヤリテ
ィは、法人税法上損金となる(法人税法 22 条 3 項)。ただし、減価償却資産(法人税法 2 条 23 項、法人
税法施行令 13 条 8 号)にあたるため(特許権等の譲渡だけでなく、実施権の設定対価も)、減価償却が可能である。ノウハウは、減価償却資産とされていない。
無償ライセンスの場合はどうなるのであろうか。法人税法の条文からは、ライセンサーは寄附金として損金不算入(法人税法 37 条、とは言え、不算入になる損金はない)、ライセンシーは無償の資産の譲受け
として益金計上(法人税法 22 条 2 項)となりそうである。現在、パソコンのフリーソフトウェアが一般にも出回っており、これも「無償のライセンス」である(著作権)。上記のように無償ライセンスに課税されると考えると、フリーソフトウェアの提供・使用にも課税関係が生じることになるのだろうか。フリーソ
【考察 1:包括的技術分野単位のクロスライセンスの法的考察】
この場合、ライセンス対象が、新特許に次々と置き換わっていくことになるとインタビューでは指摘されている36。また、将来発生する特許権等もライセンス対象に含まれるとする場合もある。あるいは、契約期間中に両当事者の研究開発により発生した特許権等は全てライセンス対象に含まれ、契約期間終了後も、終了時にライセンス対象であった特許については、特許期間満了までライセンスが継続するとする場合もある。ただ、法的に考えると、これで契約対象が特定されているのか、契約対象は何なのか、議論の余地があるように思われる。
例えば、新特許権が成立した場合、それが当該包括的クロスライセンスの対象になるかどうかは、どのように判断されるのだろうか。また、ライセンス対象になるか否かで裁判になった時、裁判所は何を基準にどのように判断するのだろうか。両当事者の関係が良好なときは「なんとなく」の判断で済むと思うが、紛争時にはライセンス対象になるか否かを争うことも十分に考えられる。興味深い点である。
また、当初の契約時には存在しない将来の特許権も契約対象に含まれるが、これはライセンス契約の予約なのだろうか。これを法的に「予約」と言えるのかは疑問もあるが、いわゆる「予約」感覚で行われているとしたら、まさにソフトローなのではないか。
ロイヤリティ算定に関しても、本当に特許の価値が等しく差額のロイヤリティが発生しないのかという点も、厳密には計算していないようである。
民法の設例で、「『倉庫の中にある物品』として契約締結し、中の物品は次々に出入りして変動するが、契約対象物はあくまで『倉庫の中にある物品』として把握され特定される」というものがある。包括的クロスライセンスも、例えて言えば倉庫の中の物品と似ているが、技術分野の範囲は、有体物である倉庫・物品とは違い、明確に範囲を確定することが難しく、倉庫の物品と同様に考えるのは困難である。
もし、包括的クロスライセンス契約で、ある特許権等が契約対象に含まれるかどうか、争いになった場合、裁判所はどのように判断するのだろうか。契約の解釈、当事者意思の
フトウェアライセンスは、ロイヤリティ(価格)が 0 円というものなのかもしれないが、それが「適正な価格」と言えるのかは別問題だと考えられる。無償ライセンスの課税につき、現在どうしているのかは、調査できなかった。
なお、国際課税の分野では、国際的なロイヤリティ課税の研究が進められている。現在、国際的ライセンスに契約ついて、日本では、特許権使用地において国内源泉徴収(所得税)がなされる。クロスライセンスについてどのように処理しているのかは、今回は調査できなかった。
なお、個人権利者のロイヤリティ収入は、事業による場合は事業所得(所得税法 27 条)、そうでない場合は雑所得(所得税法 35 条、通達 35-2(2))に分類される。
知的財産権と課税の関わりに関する論文として、中里実「知的財産権取引と課税」(税研 1997 年 3 月号)を参照。
35) 【フリークロスライセンスと独禁法】フリークロスライセンスが「無償」で相互に実施権を与えている
とすると、有償で実施権を与えている他の会社がある場合に、独禁法上の差別対価の問題が生じる可能性があるのではないか。
36) 【包括的クロスライセンスのバリエーション】上記のような構成の他、契約締結時にお互いに持っている特許をすべてクロスライセンス対象とする構成や、契約締結時に登録・出願済み(審査継続中)の特許をクロスライセンス対象とする構成が存在するとも言われており、クロスライセンス契約が締結される状況・必要性や、業界の慣行によって、様々なバリエーションがあることが予想される。今回の調査では十分に調査できなかった。
解釈のみで解決できるのだろうか。
つまり、包括的技術分野単位のクロスライセンスは、特許法の予想する通常実施権のライセンスとは違うものであり、ソフトローとして発達してきたものと言えるのではないだろうか。
【考察 2:フリークロスライセンスのロイヤリティの法的構成の考察】
いわゆる「フリークロスライセンス」について、法的構成としては、3 つ考えられる。
・ 相殺(有償・双方同額)
・ 無償で相互に実施権を与えている
・ 実施権を交換している
この点、インタビューの印象では、「何となく相殺」しているように感じられたが、はっきりしたことは分からず、更なる調査も必要である。また、相殺しているとしても、双方の特許権等の価値が同価値である(相殺してゼロになる)という計算を、厳密にしていることはないようである。なお、職務発明の発明者に対する相当な対価の算定にあたって、クロスライセンスに供与された発明の価値をどのように見ていくべきかということも大きな問題となっており、クロスライセンス契約の記載の仕方がこれに影響を与えるのかということも企業担当者にとっては頭の痛い問題のようである。
フリークロスライセンスには現在課税されていないため、税務当局は相殺と解釈しているのではないかと考えられる37。
仮に無償で相互に実施権を与えているとなると、課税対象(受贈益課税)になるという
解釈も成り立ちうる。また、相殺・交換であっても、特許権の価値が等価値でないとして、課税対象になるかもしれない。現在の課税実務では、フリークロスライセンスには課税されていないということがメリットであるとインタビューでは指摘されたが、「将来もそのままかは分からない」という懸念も同時に示されていた。
4-6 パテントプール
・ コスト削減のためだけでなく、違うメーカーの製品間の互換性が重視される技術
(通信技術等)に対応する場合にもライセンス契約の方式として選択される。そのため、近年の製品に用いる技術(例:動画圧縮技術標準 MPEG)についてパテントプールが作られることが多い。この場合、当該技術は、“共通インフラ”のようなもので、各メーカーはその上でアプリケーションやデザインで他社製品との差別化・競争を図る(例えて言えば、道路整備と車の開発のようなものである)。パテントプールに関しては、ある一定のメンバーの内外の者に対する差別的な取扱いの可否が独占禁止法との関係で問題となったり、技術標準策定の過程で申告されずにパテントプールから漏れた特許に関する権利行使の可否が問題とされることがある。
37) 【クロスライセンスと課税】クロスライセンスにおいて、双方のロイヤリティが同額(特許権が等価値)であるならば、益金(受取りロイヤリティ)と損金(支払いロイヤリティ)でプラスマイナスゼロになり、課税所得が生じないこととなる。電機業界におけるフリークロスライセンスも、有償・等価の特許どうしをライセンスしあっていると考えれば、課税されていない現状も筋が通ることになる。
5 ノウハウライセンス契約に関するソフトロー
5-1 ノウハウライセンス38の交渉過程における開示
・ 全般的に、ノウハウライセンス契約締結前の開示は限定的である。ライセンシーは、時として“ブラックボックス”のまま、ライセンス契約を締結することもある。
・ 電機業界においてはノウハウの管理が厳格であり、ロイヤリティ決定段階で駆け引きがなされることも多い。また、秘密保持契約があっても、本当に大事なノウハウは契約締結まで開示しないという企業もある。また、交渉決裂後に、交渉中に開示したノウハウの利用を発見しやすくするような手法も考案されており、法律での保護が難しいノウハウの保護を工夫している。
・ 一方、重機業界におけるノウハウ管理に対する考え方は、電機業界における考え方とは若干異なるという印象を受ける39。
5-2 ノウハウと特許権等の知的財産権とのセットライセンス
・ ノウハウは単独でライセンスされることが少なく、特許権等の知的財産権とセットでライセンスされる40。
・ 企業によっては、できるだけ特許権等への権利化を図り、ノウハウそのものについてはライセンス対象としないところもある。(ただ、公開する情報と秘密にしておく情報を明確に分けて行動するという趣旨なのか、権利化が可能なものは権利化しどうしても権利化できない情報はライセンスしないという趣旨なのかは、はっきりしなかった。)
38) 【ノウハウと特許の比較】ノウハウは、特許と比較して、以下の 5 点の特質がある:①秘密性、②技術的範囲の不確定性、③保護の相対性、④保護期間の不確定性、⑤返却・消去不能性。なお、独禁法に関する特許・ノウハウライセンスガイドラインは、適用対象とする「ノウハウ」として、当該ノウハウにより製品が製造されるような技術的ノウハウを想定している。
ノウハウは特許と比較して排他性が弱く、契約上の制限によって初めて各種の拘束を課しうるものである。このことから、独禁法上、ノウハウ特有の制限条項が追加的に白条項とされている(契約終了後の秘密保持義務、ノウハウ公知後一定期間の実施料支払い義務、原材料・部品等の購入先制限、ライセンシーの第三者との共同研究開発活動の制限等)。(特許・ノウハウライセンスガイドライン第 2-5、山木康孝編著『特許ライセンスと独占禁止法』(別冊 NBL59 号、2000 年)98 頁)
39) インタビューでは、ノウハウ管理の認識が不十分であり、交渉過程等で必要以上に開示してしまうことがしばしばあるというお話をうかがった。機械業界全体として、知的財産に対する認識が電機メーカーほど過敏ではない、という印象も受ける。また、同じ「ノウハウ」といっても、電機・精密機器業界のものと重機業界のものとでは、その位置付けが異なるように感じられる。
40) 重機業界では、技術提携契約(技術供与・技術導入)の中で、特許権等の知的財産権とノウハウもセットでライセンスされるケースが多いという。
また、特許とともにライセンスされるようなノウハウは、一般的に特許を補完するような性格のノウハウであると想定される。(山木『特許ライセンスと独占禁止法』(別冊 NBL59 号)43 頁)
【考察 3:ノウハウはなぜ単独でライセンスされないのか】
ノウハウ保護が不十分だと企業が認識しているのだろうか41。
ノウハウは、不競法が保護しているが、知的財産権のような「権利」として構成されておらず、単独の取引財として観念できるほど確立した価値を有するものではないのだろうか(特許権とセット、「保証」としてのアフターサービス、技術指導というサービス等、他の要素と合わさって初めて取引に耐えうる財産的価値を有するに過ぎないのか)。
また、秘密保持契約により秘密として管理するが、その実効性を担保することが難しいことに由来するのだろうか。
さらに、ノウハウライセンスの場合、権利行使を行わないという不作為義務を本質と見る特許ライセンスと異なり、少なくともノウハウ開示という作為義務を伴うことが必須であるという性質の相違も影響しているかもしれない。
このように、ノウハウが単独でライセンスされない背景には、様々な要素があると考えられる。そして、ハードローである不競法で保護しているにも関わらず、単独の取引財として観念できるほど確立していないという認識(ソフトロー)のもと、何かとセットでラ
イセンスする状況になっているのではないだろうか。
5-3 ノウハウが“期待はずれ”だった場合
・ 契約締結後、ノウハウの開示を受けたら、その内容が“期待はずれ”だった場合でも、原則としてロイヤリティを返還することはない。むしろ、このロイヤリティは、秘密情報にアクセスすることの対価と捉えられることも多いようである42。
・ ライセンシーとなる者は、“期待はずれ”のリスクヘッジとして、ノウハウ開示後にロイヤリティを算定(内容に応じた引き上げ)する方法を取ったり、ノウハウの内容について何らかの保証を求めたりする場合もある43。
41) 【裁判上のノウハウ開示問題に関する特許法改正】インタビューでは、訴訟手続におけるノウハウ(営業秘密)の内容の公開がネックだという意見が複数の会社から出されている。
訴訟手続における営業秘密の公開の問題に対しては、平成 2 年の不正競争防止法改正検討時から、認識はされていたようである。
特許法改正の審議が平成 16 年通常国会で行われ、①秘密保持命令(違反すると刑事罰)、②当事者尋問
等の公開停止の 2 つについて、条文が新設された(平成 17 年 4 月 1 日施行)。
① 秘密保持命令を受けた者(訴訟当事者・代理人等)は、当該営業秘密を訴訟の追行の目的以外の目的で使用したり、他者に開示したりしてはならないものとされる。
② 公開停止については、憲法上の裁判の公開との関係で問題があるが、開示を恐れて訴訟提起しないことが逆に裁判を受ける権利を侵害しているのではないかとして、憲法上の問題をクリアしたとのことである。それでもなお、秘密保持命令違反の際、アメリカの法廷侮辱罪のようなものが日本にはないため、刑事手続で営業秘密が開示されてしまうという危険が指摘されており、改正後の運用と実務の反応は興味深いところである。(東京大学法科大学院開設記念連続講演会第 4 回「知的財産保護と
司法の役割」パネルディスカッション、ジュリスト 1270 号 78 頁以下(2004 年))
42) ノウハウに関する法的保護(不正競争防止法)が、その内容に対してではなく、秘密管理体制に対して与えられていることを鑑みれば、このような考え方も理解できる。
43) 具体的な保証の内容としては、技術の性能保証、他者の特許権への非抵触の保証等があるようである。性能等が基準に満たない場合には、追加的な開発行為の請求権やロイヤリティ減額請求権がライセンシーに与えられる。ノウハウに対して、特許権の場合は、内容が公開されているため、保証が付けられないのが通常のようである。
【考察 4:ノウハウが“期待はずれ”だった場合と、錯誤無効・瑕疵担保責任】44
ノウハウが“期待はずれ”の場合、民法の錯誤無効や瑕疵担保責任をライセンサーに追及する余地はあるように思えるが、現実には、契約条項で制限が加えられることが多いのではないかと推測される。
ここで、単なる「期待はずれ」は動機の錯誤に過ぎないとも言える。動機の錯誤であるとすれば、動機が表示されていれば錯誤無効の原因ともなりうるであろうが、契約書の前文部分などに記載されることの多い契約の目的として、ノウハウに対する“期待”まで記載されることは稀であろう。また、ライセンシーの期待に沿わなかったからと言って「瑕疵」があるとは言えない、と考えることもできるのではないだろうか。
上記のように、“期待はずれ”でも原則としてロイヤリティを返還することはない、と
いうルール(ソフトロー)からは、やはり錯誤無効や瑕疵担保責任は認められないと考えてよいのではないだろうか。
6 契約上のリスク管理に関するソフトロー
6-1 日本企業との契約と外国企業との契約の相違点
・ 日本企業との契約では、細かいところまで定めない。
任意交渉での解決をまず図る。裁判・仲裁もあまり当てにしない。
第三者(弁護士・公認会計士等)を交えることで解決するパターンもある。
・ 外国企業との契約では、細かいところまで定める45。
当事者の公平を考えてルールを設定する(紛争解決地を第三国にする等)46。
44) 【特許の瑕疵】特許の「瑕疵」について、専用実施権の場合は、当該特許権に第三者の権利が存在する場合でも登録されていることから「隠れた瑕疵」と言えず、特許権者に責任はないとする一方で、通常実施権の場合は、他の権利が付着していること自体が瑕疵となることはなく、契約に担保責任条項が無い限りは責任を負わないとする。また、専用実施権について、特許発明の実効性については、当然には担保責任を負わないとしつつ、契約あるいは当事者の暗黙の合意により、一定の技術的可能性を前提としていれば、その性能について担保責任を負うことになるとされる。(中山編『注解特許法』上巻 819 頁・77 条〔中山信弘〕、840 頁・78 条〔中山信弘〕)
なお、特許に関して、瑕疵とは、発明自体が約定された実施に必要な性質を欠き約定の技術的効果を達成し得ないという瑕疵と、他人特許との利用関係や専用実施権者の存在など第三者の権利により制約を受けるという瑕疵の 2 種類があると指摘する説もある(村上政博『特許・ライセンスの日米比較〔第 3 版〕』
(弘文堂、2000 年)134 頁)が、前者は、特許の瑕疵というよりは、契約でどのような技術的効果を保証しているかという契約内容の問題なのではないだろうか。
45) 【国際売買契約書の記載内容】国際売買契約では、売主・買主間において契約書中の記載が全てであり、
具体的かつ詳細に規定される。これは、人種、言葉、宗教、伝統、習慣、法律、考え方等が異なれば、誤解や紛争が生じやすく、そして紛争時にも互譲の精神に基づいて話し合いにより解決することが困難であることから、両当事者が合意した事項をもらさず契約書に規定する必要があると言われている。(田中他編
『国際売買契約ハンドブック 改訂版』6 頁)
これは、外国企業との国際的ライセンス契約でも全く同じであると考えられる。
46) ライセンス契約ではないが、国際売買取引においても知的財産権関係の条項が置かれるのが通例である。具体的には、日本から輸出する場合(日本企業が売主)、売主は自国の知的財産権を除き、いかなる国の知 的財産権の侵害についても買主(外国企業)に一切責任を負わない、という規定がある。
確かに、製品の売主は、権利関係についても完全な製品を引き渡す義務があるのが原則である。しかし、国内取引と違い国際売買取引においては、売主が買主の国の知的財産権法制度や権利関係の調査を十分行うことが難しく、むしろ買主こそ自己の購入する商品が自国の知的財産権に抵触するかを調査できる立場
途上国企業に対する製造委託契約等では、契約が守られないリスクがあるため、監査条項等が重要になる。
6-2 特徴的な契約条項
(1) 特徴的な契約条項の存在
基本的に、契約条件(契約書)は個々の契約により全て異なるが、必ず入れられる定型的な条項もある。以下では、いくつかの特徴的な条項を取り上げる(入れられることが多いと思われる条項である)。実務では、リスク回避のために、様々な契約構成が用いられているようである。
(2) 誠実協議条項
裁判での具体的効力は期待できないにも関わらず、国内企業間の契約では、トラブルを包括的にカバーする条項として誠実協議条項が契約に盛り込まれるのが一般的である47。(具体的な仲裁条項・裁判管轄・準拠法の定めとは別の条項である。)現実にも紛争が生じた場合には、まず協議が行われ、いきなり訴訟等に持ち込ま
れることは少ない(前述4-1も参照)48。
にあるとも言えるのであり、全てのケースについて、売主に責任を負わせるのは、衡平の観点から妥当ではないと考えられる。(田中他編『国際売買契約ハンドブック 改訂版』181 頁)
ライセンス契約においても、特許権等の権利関係に瑕疵がないかどうかという点について、相手企業国の法制度や権利関係が問題になる点で変わりはなく、その場合のリスク負担を考える際には、上記のような考え方が参考にされていると思われる。
47) 仮に不争条項や特許保証条項を置かなかった場合でも、その内容は実質的には誠実協議条項によりカバーされる(誠実協議条項があるため、不争条項や特許保証条項をあえて定める必要性は大きくない、というような印象を受けた)。
48) 【裁判所の役割の変化】知的財産権紛争が典型的な法律紛争であるにもかかわらず、わが国では、従来
業界の内部で自主的に解決するという慣行が存在したことを指摘した上で、知的財産権だけに依拠してビジネスをする企業が多く出現するようになったことで、紛争解決手段として訴訟の優先順位が上がってきていることを指摘する見解がある(東京大学法科大学院開設記念連続講演会第 4 回「知的財産保護と司法
の役割」飯村敏明裁判官講演、ジュリスト 1270 号 91-92 頁(2004 年))。
なお、裁判所ごとの判決のばらつきを解消し、裁判所の行う法的判断に対する予測可能性を高めるための制度改正として、第一審の東京・大阪地方裁判所への専属管轄化が図られ(平成 15 年改正・民訴法 6
条)、東京高裁の支部として、新たに知的財産高等裁判所が設置された(平成 16 年通常国会にて設置法案
が可決成立、平成 17 年 4 月 1 日施行)。
【考察 5:誠実協議条項の効果と誠実協議のソフトロー性】49
誠実協議条項は、日本企業の契約に対する意識を反映した意味のない条項といわれることも多いが、現実には、依然として、ほとんどの契約に誠実協議条項が入れられているのではないだろうか。この実態からすると、法的な強制可能性の議論はともかく、「とりあえず協議のテーブルにつく」ことの積極的な意義は、多くのライセンス契約の当事者に認識されているように思われる50。
たとえ、契約上詳細な条項を置いている場合でも、紛争が生じた場合には、当事者の一方が直ちにそのような条項に則った手段を講じるのではなく(契約解除等)、まずは協議が行われるのが通常であるということであった(しかも、これは国内企業間に限られず、外国企業との間でも大企業の場合はまず協議をする、という話であった51)。
思うに、このような協議が行われるのは、誠実協議条項の効果というよりは、契約当事者を拘束する一種のソフトローの効果としてであって、むしろそのような慣行を追認するものとして誠実協議条項が存在すると考えることが自然なのでないだろうか(確認規定としての条項)。誠実協議条項が、裁判での抗弁材料とならないと指摘されていることもその根拠となる。
従って、現実には、誠実協議条項があろうとなかろうと、まず契約当事者は協議をする
のではないかと推測される。
(3) 特許無効時の既払いロイヤリティ不返還条項
ライセンス契約中に特許が無効になった場合、特許権は遡って無効になるにも関わらず、既払いロイヤリティは返還しないという条項を入れるのが一般的である52・ 53・54。
49) 【誠実協議条項に関する 1 つの分析】契約条項を細かく定めず、誠実協議により解決するという、日本のライセンス契約の特徴(慣行)に関して、村上『特許・ライセンスの日米比較』138 頁では、弁護士としての実務経験等に基づく見解として、以下のように分析している。「これらの特質は、米国においては、むしろ関連会社間におけるライセンス実務に近いものである。従って、この特質は、単に訴訟をきらうという日本の社会風土に基づくものというよりは、日本ではライセンス契約が締結される当事者間には系列関係、支配・従属関係などの緊密な継続的取引関係が存在し、ライセンス実務は単にその実体を反映しているにすぎないと考えられる。」
この見解は、信頼度合いが強い関係にある、ということだろうと思われる。確かに、このような関係も少なくないと思われるが、大手メーカーどうしのライセンス契約にも当てはまるのかと言う点が疑問であり(支配・従属というより激しい競争)、また、仮に、単に「緊密な継続的取引関係」に根拠を求めるとすると、それが存在する外国企業との契約書は詳細になるという点をうまく説明することができないのではないだろうか。また、一般的なアメリカの契約慣行に関する考察として、後述7-5も参照。
なお、インタビューでは、継続的取引関係におけるビジネス全体としての「貸し借り」があるために、条件が甘くなりがちであるという意見があったが(前掲注 21 も参照)、これは上記の点とはまた別問題だと思われる。
50) 大規模な紛争に発展することによるコストを避け、また取引上の最低限の「仁義」を守るという観点から、とりあえず協議を行うことになる、という回答が多かった。
51) もっとも、外国企業との契約においては、誰が、どこで、どのような内容を協議するか、ということまで契約上定められていることもあるとのことであり、この点において単に「誠実に協議する」と定めることが多いわが国の誠実協議条項に基づく協議とは異なる面もある。
52) インタビューによると、特許の有効性や侵害の有無を争う余地が残っている場合において、一種の「保険」としてライセンス契約を締結する時には、低率・定率のランニングロイヤリティが好まれる。ライセンシー側の、特許無効時の不返還条項に対抗する駆け引きと言えるのではないだろうか。
53) 【既払いロイヤリティの返還に関する学説上の議論および判例】学説では、返還請求できるとする説と
【考察 6:既払いロイヤリティ不返還条項のソフトロー性】
既払いロイヤリティ不返還条項は、ライセンシーに不利な条項に思える。しかし、インタビューでは、ライセンシーも合意の上、この条項を入れているとのことだった。
このような不返還条項を入れるのがなぜ一般的なのか、また、いつから一般的なのか、その理由は分からない。ただ、紛争になった時に処理方法が明確になるよう、不返還条項を入れるのが望ましいと実務では言われている。
既払いロイヤリティ返還の可否について特に定めがなかった場合に返還を請求できるか
どうかということについては、ロイヤリティが何に対する対価なのか、ということと関連
できないとする説に分かれるが、原則として既払いロイヤリティの返還請求権はない、とするのが通説的見解のようである(中山編『注解特許法』上巻 820 頁・77 条〔中山信弘〕、下巻 1350 頁・125 条〔荒垣恒輝〕、内田護文他『特許法セミナー(2)』(有斐閣、1970 年)718 頁等を参照)。ただ、返還請求権はないとする説でも、例外事例についての言及の有無、理由付けの内容について、かなりの違いがある(『特許判例百選〔第 3 版〕』(2004 年)100 事件(東京地判昭和 57・11・29)解説〔吉田和彦〕)。
内田他『特許法セミナー(2)』718~719 頁では、返還請求できるとする説・できないとする説の両方が紹介されている。できないとする説については、専用実施権を得ている場合は、他の者はできなくて自分だけができるということで利益を得ているということが指摘され、専用実施権者が特許権者に実施料を支払っている時、特許権者から言えば債権の準占有のようなものなので、その無効になるまでの果実に相当する実施料を返さなくてもよいのではないか、と説明されている(民法 205 条・189 条が適用されるということか)。
中山『工業所有権法』438 頁においても、無効とされるまでの間は、専用実施権者は事実上独占的実施による利益を得ているのだから、既払いロイヤリティの返還義務は原則としてないとしている。ただし、一括金で支払った場合には、無効となった後の期間に相当する分については返還の必要があるとする。つまり、事実上独占的実施が可能であった期間に相当する分のロイヤリティについて返還請求権がない、ということである(中山編『注解特許法』上巻 821 頁・77 条〔中山信弘〕)。(通常実施権の場合については特に記述がないが、独占的通常実施権か、非独占的通常実施権かで、区別して考える必要があるのではないだろうか。)
『特許判例百選〔第 3 版〕』100 事件(東京地判昭和 57・11・29)の解説では、特許権は、無効になる可能性は常に存在するものであり、そのような一般的可能性を認識しながら、契約時点ではライセンシーは許諾特許が無効だと確信できず、許諾条件を勘案し、契約を締結した場合としない場合の特質を総合考慮して、契約するかどうか判断しているはずであり、無効になる一般的可能性は契約締結時に織り込み済みと評価すべきだということを理由に挙げる。
また、同じ事件に関する『特許判例百選〔第 2 版〕』74 事件の解説〔石川義雄〕では、仮に無効だったとしてもその間は独占状態の下で実施することによる利益を得ているのが通常であることに加え、ロイヤリティは製品価格に上乗せされるため、特許権者のロイヤリティ収入という利得に見合う損失をライセンシーが受けているとは言えない、結局、不当利得の返還請求権は、高く買わされたかもしれない一般需要者にあり、ライセンサーだけでなくライセンシーも返還責任を有すると言えるのではないか、と指摘している。
以上、学説では返還請求権はライセンシーにないとする説が優勢である。これは、民法の不当利得ではない、という法的構成であって、特許権に関して民法の特則を定めたものではないと考えられる。
なお、既払いロイヤリティ不返還に関しては、裁判例が少ない。実用新案権のライセンス契約に関してではあるが、契約条項がある場合、ロイヤリティは不当利得とはならず、ライセンサーに返還義務は無いとする裁判例として、東京地判昭和 57・11・29 判時 1070-94(上記『特許判例百選』第 2 版 74 事件・第 3 版 100 事件)を参照。ただし、この事件は、ライセンシーが、契約交渉での経緯から不返還条項自体を錯誤だとして無効を主張していた事例であって、返還義務がないという判決はむしろ当然であるが、一般的に特許無効が確定した場合に不当利得として返還義務があるかどうかについては判断を示していない。
54) いわゆるキルビー判決(最三小判平成 12・4・11 民集 54 巻 4 号 1368 頁)以降、侵害訴訟における権利濫用の抗弁が認められるようになったことで、特許の「相対的無効」という状態も生じることになり、この場合の取扱いは「対世的無効」の場合とは異なるのではないか、という指摘が報告会においてはなされたが、少なくとも調査の過程においては、特許無効審決確定等による「対世的無効」の場合と「相対的無効」の場合とを区別している、といった考え方は汲み取れなかった(もっとも、「相対的無効」とされた場合には、包括的なクロスライセンスをしている等の事情がある場合を除き、将来に向けて契約の見直しを迫られる可能性が高い)。
して学説上も争いがある。
ライセンス契約のような継続的な契約においては、解除の効果も将来に向けて発生すると考えるのが一般的であるにも関わらず、契約対象となっている権利(特許権等)の有効性が否定された場合にはその効果が「遡及する」と定められていることが、問題を複雑にしているのである。
もし「既払いロイヤリティは返還しない」というルールができているのであれば、そのルールが契約当事者の行動に影響を与えている可能性もあり、ソフトローと言えるのではないか。
ロイヤリティは、特許そのものの価値に対する対価というだけでなく、特許権者に権利を行使されることなく安心して製造販売を継続させることができることに対する対価である(だから不当利得にならない)、という見解もインタビューでは出されていた。印象としては、「紛争を避けるための一種の掛け捨て保険」的にとらえられているようにも感じた。安心料と考えるならば、特許が無効になった場合でも既払い分を返還しないという取扱いも筋が通っていると言える。
特許権の通常実施権(ライセンス)の本質を「不作為請求権」ととらえれば55、ロイヤリティを特許発明の実施そのものに対する対価と考えても安心料と考えても同じである。だが、特許法の条文はそのような文言になっていない。そして、実務的には、両者を区別して考えるほうが、実態に合っている。
ここでの既払いロイヤリティ不返還条項に特にライセンシーが納得していることには、自社がライセンサーになることもある(双方にライセンスし合っている)という事情も影響を与えているかもしれない。つまり、同種の事業を営む会社どうしだからこそのソフトローであって、相手が個人発明家や事業を営まない大学等の場合には、また別の規律が存
在することも考えられる。この点は、引き続き調査が必要である。
(4) 監査条項
ライセンシーによる契約の適正な履行を担保するために設けられることが多い条項であるが、インタビュー対象企業の中には、実際にこの条項によって監査を行った経験がほとんどないという企業も複数あった。いわば「伝家の宝刀」として位置付けられている。
具体的な監査条項の内容(何をどこまで監査できるか)は、個々の契約により異なる。帳簿閲覧等、監査対象企業の企業秘密に関する事項にまで踏み込むことが多いため、監査の実行者として、弁護士・公認会計士等の第三者を定めておくことで摩擦を緩和する方法もとられる56。
(5) 不争条項
実際に「不争条項」が設けられなくても(不争条項そのものは独禁法上灰条項で
55) 中山『工業所有権法』443 頁、報告会においても中山教授から同様の指摘がなされている。
56) ライセンシー等が監査に任意に応じない場合に、裁判所がどのように対応するか(強制的に履行させるのか否か等)ということについては、明らかではない。
ある57・58)、「契約したら争わない」という慣習(取引上の“仁義”的なもの)が存在する59。
【考察 7:「争わない」慣習のソフトロー性】
そもそも不争義務は認められるものではなく、また、明示的な不争条項として盛り込めば独禁法違反の可能性が高い。それでも、「契約関係にある限り争わない」慣習(仁義)が、契約当事者を拘束するソフトローとして存在していると言える。
つまり、ソフトローとして人々(企業)を拘束するソフトローの中には、現行法上認められないものもあり、だからこそソフトローという形で存在しているのではないか。
アンケート結果では、約半数の企業が不争条項ありと回答している(解除事由型を含む)。誠実協議条項と違って、具体的な条項であり、単なる慣行の確認規定であるとは言い難いが、やはりソフトローの存在が不争条項を設けることに影響を与えているのではないだろ
うか。
7 ライセンス契約を支える環境
7-1 特許等のライセンス契約の位置付け
・ 特許等のライセンス契約はあくまで本業たる事業の補完的位置付けにある、と考え
57) 【不争義務の正当性】不争義務そのものについて、信義誠実の原則から正当化する説も存在する。確かに、ライセンシーは、一方で特許が有効であることを前提に利益を享受しながら、他方でその効力を争うことは信義則や禁反言の原則に反するということもできる。しかし、契約期間中に無効が明らかになった場合に、特許の有効性を前提にロイヤリティを支払い続けなければならないとするのも、酷であると思われ、また、ライセンス契約を締結することだけで必ずしも当該特許の有効性を認めたことにはならず、 無効審判を請求しただけでは、信義則違反や禁反言の原則に反するとまでは言えない。従って、ライセンシーに無効審判の請求人適格は認められるべきだと考えられる(つまり、不争義務はない。中山『工業所有権法』242・438 頁)。
判例も、一般的には、ライセンシーに無効審判の請求を認めている。
58) 【「不争義務」の正当性と「不争条項」の私法的効力】不争義務が正当化されることと、不争条項の私
法的効力は、区別して検討しなければならない。
不争条項は、独禁法灰条項とされる。これは、契約終了後も存続しうるように規定し、ライセンシーを拘束することができるからとされる。対して、有効性を争った場合に契約解除を認めるという契約解除規定は、解除後にライセンシーを拘束することがないため、白条項とされている。(山木『特許ライセンスと独占禁止法』(別冊 NBL59 号)188 頁)
山木『特許ライセンスと独占禁止法』188 頁では、不争義務を正当化する説を指摘した上で、公共の利益の観点からは、本来無効な特許は争える状態にしておくべきだとする。独禁法上灰条項であるような契約条項を使うことは避けるべきであるが、独禁法違反だからと言って私法上の効力まで直ちに否定されるわけではないことに注意が必要である。
つまり、不争義務はそもそもないが(前掲注 57 参照)、不争条項(ライセンシーの意思表示による特許無効審判請求権の放棄)は、当事者間の契約としては私法上の効力を持ち(中山『工業所有権法』439 頁)、ただ、独禁法上違法と評価される場合があるということになろう。(なお、不争義務を負う旨の特約は、そもそも特許制度の目的に反することから私法上無効であるとする説もある(村上『特許・ライセンスの日米比較』136 頁)。)
59) 【「争わない」慣習と独禁法の関係】特許・ノウハウライセンスガイドラインは、双方の合意がなく契
約条項として規定されていないものであっても、何らかの人為的手段・方法により相手方の事業活動を制限するものについては適用されうるとされている(山木『特許ライセンスと独占禁止法』(別冊 NBL59 号) 31 頁)。「争わない」慣習も、お互いにその旨の確認をしていなくても、暗黙の了解と同様に契約に織り込み済み(契約の合理的解釈と同様か)と考えられ、理論上は独禁法違反になりうる。ただ、実際には、違反の立証が難しい。
ている企業が多く、収益源として積極的にライセンスを行うという企業は、まだ少数派である。
・ 自社で製造している製品に関連する特許をライセンスすると、市場での競争者を増やすことになるため、当該事業分野における自社と相手企業の力関係を考慮しながらライセンス活動を行う。
・ 収益源として積極的にライセンスを行おうとしている企業は、以前と比べて多くなってはいるが、そのためのライセンス戦略についてはあまり意識されていないのが現状である60。
7-2 慣習規範に影響する要因
・ 特許数、交渉機会、紛争の多さ、製品の価格競争の激しさが影響すると考えられる。
・ 特許数・交渉機会・紛争が多く、また、製品の価格競争が激しい業種では、コストを下げる必要があり、経済合理性に忠実に慣習規範が形成されていく。
・ 反面、これらが少ない業種では、依然として「何となく」の慣習に支配される。
7-3 「開発コストの尊重」の雰囲気61
・ 企業間のライセンス契約においては、特にパイオニア的な特許について、開発者の開発コストを尊重する雰囲気がある62。権利化された特許だけでなく、それを生み出した特許権者の技術力・開発力、さらに当該分野の事業に対する投資まで勘案して契約がなされることが多い63。
・ 一方、技術力・開発力や事業に対する投資等の裏づけがない特許権者に対しては、敵対的な姿勢で臨む企業が多く、権利の有効性等を争うことも多い。
60) 【ライセンス戦略とは】どの分野の特許権等を外部にライセンスし、どの分野の特許権等を自社で活用するかということについて市場をにらみながら戦略を練り、そこから遡って研究開発を進めていく必要がある。これが近年「ライセンス戦略」と言われ、ビジネスとしても注目されているものである。
インタビューによると、競争企業や市場を意識して、ライセンスする技術と、秘密として外に出さない技術を区別する戦略は、多かれ少なかれ考えているようだった。だが、研究開発段階まで遡り、ライセンス戦略を立てている企業は多くない。
61) ここで述べているような「雰囲気」が、本当に一般的に存在するかどうか、という点については、報告会においても懐疑的な指摘が投げかけられている(現実には、わが国においては、後発の開発者が、先行開発者をいかに出し抜くかということを念頭に置きながら企業間競争を行ってきたのではないか等)。
確かに、このような考え方が、今回インタビューに応じてくださった方々のパーソナリティに起因するものである可能性は否定できないし、企業ごとの考え方の違いもあろう。しかし、平行して開発競争を行っていく中でたまたま相手の方が先に特許権を取得した、という場面であればともかく、当該業界において早くから先行投資を行い、明らかにパイオニア的存在となっている企業が存在する場面においては、そのような企業が有している特許発明等の価値を十分に尊重する、という考え方が出てきても不思議ではないように思われる(もちろん、この場合でも営業上、相手を出し抜くような激しい競争が行われることはありうる)。また、報告会では、知的財産部の担当者は技術のバックグラウンドを有している場合が多いが、それがこのようなパイオニア発明尊重の意識に多少は影響しているのではないかとの指摘もあったが、その真偽も不明である。
62) パイオニア的発明の場合、先行特許等を参考にしながら出願時の明細書等を作成することができないため、「特許請求の範囲」等の記載において完全なものを求めることが難しく(すなわち、あらゆる実施形態を想定してそれをカバーできるようにする、ということが難しく)、それゆえに「弱い特許」になりやすいことが指摘されている。
63) 特許権者が尊重されるべき開発者であるような場合には、契約対象となっている権利の有効性について争ったりすべきではない、という雰囲気も感じられる。(一般的な「争わない」慣習について、6-2(5)参照)
【考察 8:「開発コスト尊重」のソフトロー性】
「開発コストの尊重」は、一般的なルールとして存在しているようであり、ソフトローと言えるのではないかと思われる(もっとも、拘束力はそれほど強くないようである)。
独禁法では、この「開発コストの尊重」が、「才覚や努力のためのインセンティブ確保」という正当化理由として論じられる。つまり、開発コストを投下した者について、開発者を尊重し、競争減殺がありかつ行為要件を満たす独禁法違反行為を正当化するのである。開発コストを投下せず、偶然に特許権等を手に入れたものは、正当化理由を満たさない、という解釈がなされる64。
公的規制である独禁法と同様のルールが、私人間契約上のソフトロー「開発コスト尊重」
として形成されていると言うことができ、両者の関係は興味深い。
7-4 企業における知的財産部の役割
・ 知的財産部門がライセンス契約締結にあたって法的な助言・指導を行う、という点では概ね各社で共通している。また、他会社との交渉の窓口としての機能を果たしている、という点でも共通している。
・ 一方、ライセンス契約に関する決定権限については、それが知的財産部門に与えられている企業と、最終的な決定権限が事業部門に委ねられている企業に分かれている。契約の件数、態様やスタッフの質・量といった物理的要因に加え、各企業の特許権等ライセンスの位置づけも影響を与えているように思われる65。
64) 白石忠志『独禁法講義 第 2 版』(有斐閣、2000 年)88 頁
65) 単に企業内の事業部門がその時々のニーズに応じて単発の契約を行うだけなら、事業部門に決定権限を委ねる方が効率的といえるが、侵害警告等の頻度が多く、企業全体の利益を考慮した契約交渉・締結が求められる場合には、社内で中立な立場の知的財産部門に決定権限を与えた方が良いと考えられる。
7-5 国内企業間の契約慣行66
・ 信頼をベースとした慣習(契約を結んだら裏切らない)が契約慣行を支配している。
・ 本当に大切な情報財は、契約や裁判所の力に頼らず、自分たちの力(コピー防止のための技術的手段の開発利用を含む)・任意の交渉で守るというのが基本的な考え方として存在しており、契約条項はあくまで一種の保険として捉えられてきたように思われる。
・ しかし、外国企業との契約67・68、開発専業企業の登場69、技術分野の融合(他業種
66) 【日本の国内売買の特色】江頭『商取引法 第三版』5 頁では、動産を想定した国内売買である商人間売買の特色として、次の 3 点を挙げる。
① 固定された相手方との継続的取引が中心である(従って、例えば検査通知義務違反(商法 526 条)があった場合でも、その後の取引関係等を考慮して、違反を主張しないこともある、というのが、講義における説明である)。
② 実需に基づく取引の割合が高く(卸売業者が大口で仕入れて小口で売る等)、「相場を張る」形の取引(価格をにらみつつ、安値の時に買い込み高値の時に売却してもうける形の取引)の割合が、比較的低い。(もちろん、日本企業も、土地や株式の売買では、「相場を張る」形の取引をやってもうけている。)
③ 紛争解決のための規範が何なのか、必ずしもはっきりしない。
裁判規範としては商法 1 条により、契約条項>商慣習法>商法・民法の任意規定の順で適用される が、実際は継続的取引がある者の間の紛争であることもあって、裁判に持ち込まれることは多くない。裁判外において、契約条項は、業界の取引慣行と異なる内容のものだと尊重されず、紛争の未然防
止にも役立たないことが多い。(商法の規定は、売主の利益のための規定だが、実際には買主優位の取引が多く、業界の取引慣行と商法典の間には、ずれが生じていることが少なくない)。
そして、業界の取引慣行は、漠然とした常識という程度のものが多い(もし、業界の取引慣行が「事実たる慣習(民法 92 条)」と言えるレベルに達していれば、裁判において両当事者がそれによる意思を有したと推定され、当該取引慣行に沿った解決がなされる)。
以上は、動産取引の特色として記述されているものだが、ライセンス契約にもかなりの程度当てはまるものと考えられ、インタビューでもそのような印象を受けている。特に、電機メーカーのように、部品調達同様にライセンス契約を考えるなら、先に発達している動産取引の特色が、その後発達したライセンス契約にも当てはまる(動産取引の慣行に沿ってライセンス契約が進められる)と考えても、不思議ではないのではないだろうか。ただし、動産取引とライセンス契約の相違については、更なる検証が必要である。
67) 【国際売買特有の特色】江頭『商取引法 第三版』46 頁では、動産売買の国際売買特有の特色として、次の 7 点を挙げる。
① 売主にとって、買主の信用状態を知ることまたは常に把握しておくことが容易ではない。
② 特有の公法的規制(輸出入取引規制、為替の規制)が多い。
③ 政治的危険(カントリーリスク)がある。
④ 為替レート変動の危険がある。
⑤ 運送の過程等につき契約履行の際の物理的危険が大きい。
⑥ 当事者にとってなじみの薄い外国法が適用される可能性がある。
⑦ 外国で訴訟・強制執行をなすことは容易でない。
これらの特徴のうち、⑤以外は、ライセンス契約でも当てはまる(インタビューでも個々に指摘されていた)ことである。
68) 国際売買契約に関して、契約交渉を有利に導くための重要な点は、あらかじめ売買の基本的条件を網羅した自社フォームの契約書を作成し、これをベースに相手方との交渉に入ることであり、少なくとも自社に有利な条件を盛り込んだ自社フォームの契約書を最初に相手方に提示することが交渉のテクニックとしてきわめて重要であると言われる。(田中他編『国際売買契約ハンドブック 改訂版』4 頁)
対して、インタビューでは、英文契約書をゼロから起案することの大変さから、相手方のドラフトを待つ場合もあるという意見もあった。また、アンケートによれば、英文の標準契約書を準備しているのが普通というわけではない(用意していないのは 67%に上る)。
上記の交渉上のポイントは、ライセンス契約でも同様だと思われる。単なるコストの問題だけでなく、業界によっては、外国企業との交渉に慣れていないという背景事情があるのではないかと推測される。
69) 前掲注 28 で述べたとおり、侵害警告に対してフリークロスライセンスで解決するというパターンがよくあるが、相手方が開発専業会社の場合、フリークロスライセンスによる解決はできず、思わぬコストとなる場合もあるとのことである。
との摩擦)70等により、契約慣行に変化も生じている。
【考察 9:外国企業とのライセンス契約はなぜ詳細になるのか】
外国企業とのライセンス契約は、契約書も分厚くなり、詳細に規定される。この理由について、「契約風土が違うから」と説明されることが多い。この説明は正確だろうか。
前掲注 45 でも述べたように、外国企業との契約一般に関して、異なる法制度・法文化を
持つ両当事者の利害を調整し、リスクを回避する必要性から、詳細に規定される(注 67
の事情も背景にある)。
それならば、「契約風土」が国によって違うからではなく、外国企業との契約なら必ずそうなるということになる。日本人に法意識・契約意識が欠如しており、アメリカ人にはそれがあるから、という意味で「契約風土が違うから」という説明には、説得力がない。ただ、そもそも日本企業の多くに(商社等の古くから国際売買契約を業としていた企業 は別として)、利害調整・リスク回避を「契約条項として規定することで行う」という感覚がなかったのだとすれば、メーカー等が新たに外国企業とのライセンス契約に取り組むに当たって、やはり契約慣行の違い(カルチャーギャップ)を感じざるを得なかったので
はないだろうか。
さらに、アメリカでは、各州法(判例)により法制度の違いが存在するため、米国内企業どうしの契約でも同様に詳細に規定する必要が生じ、その結果、契約書は詳細に規定するのがアメリカでは普通、ということなのではないかと考えられる。この点、民法典に典型契約が列挙され、商法典がそれを補完し、それらの条項に基づく利益及びリスクの分配がある程度スタンダードで公平なものとして受け入れられている日本とは、事情が異なる。両国の契約意識がそれぞれの国における契約行動上の必要性によって醸成されたものと考
えれば、その意味において「契約風土が違うから」という説明にも賛成できる。
7-6 国際的に通用するソフトローは存在するか
・ 現在、国際的なライセンス契約も増えている。
・ 国際的に通用するソフトローについては、まったく未知の世界と言える。現在の契約実務では、リスク回避の観点から、海外企業との契約では、詳細に契約条項を定めている。
・ ソフトローの中には、経済合理性から導かれるものも多い。そのようなソフトローは、存在が明らかにされれば、国際的なソフトローとして通用する可能性が高い。
8 終わりに
70) 例えばデジタルカメラの分野においては、従来の精密機器メーカーと電機メーカーとの間の業界慣行の摩擦が生じていることが指摘されている。報告会においては、「ソフトローとは、その業界の慣行に支配されている間は当事者であってもなかなか気づきにくいものであり、摩擦が生じて争いが起きた時に初めて認識されるものなのではないか」という指摘をいただいた。このような観点から見れば、技術分野の融合が生じている場面でのソフトローの実態を調査していくことには、大きな意味があると考える。
今回、アンケート及びインタビュー調査の対象とした業種・企業は、電機・機械メーカーの一部という限られたものであったが、その中でも、特許等のライセンス契約が「ソフトローの宝庫」であるということが明らかになってきており、本レポートにおいても、そのような「ソフトロー」の一端を示すことができたのではないかと思う。
特許等のライセンス契約は、一般的な企業間の商取引の様相を呈しつつも、その対象物が無形の情報財であるという点において、他の商取引(特に典型的な動産売買取引)とは異なる独自性を有していたように感じられた。そして、そこで当事者の行動を拘束し影響を与えているルールを正確に捉えるためには、横断的な分析という従来あまり行われてこなかった作業に取り組んでいく必要があると考えられる。具体的には、知的財産法に基づく分析はもちろんのこと、契約法、商取引法(商人間の売買契約慣行の研究が進んでいる)、税法(実務上、企業の行動に大きな影響を与える)、独禁法(公的規制として大きな存在である)といった様々な分野の法、そして経済合理性を踏まえた分析である71。本レポートにおいても、微力ながら、そのような視点からのソフトロー抽出及び考察を進めたつもりである。
今回の調査研究は、非常に荒削りなものではあるが、COE プログラムにおける今後のソフトロー研究の礎となれば、幸いである。
なお、最後に、この場を借りて、アンケート・インタビューにご協力いただいた企業の皆様及びこれまで数々の有意義なご指導をいただいた先生方に、あらためて御礼申し上げたい。
71) 既に述べてきたように、契約締結に至るまでのプロセス等においては、紛争コストの最小化といった考え方が契約当事者の行動に影響を与えており、何らかの社会的規範というよりは、純粋な経済合理性が契約上の慣習を形成しているようにも思われる。しかし、紛争コストが生じるのは、そのような紛争の口火を切ったものに対して一種の制裁が加えられる、という社会規範が存在するため、と考えることもできるのであり、このような実態を単に経済合理性の見地から捉えるだけでなく、より深く多角的な考察を加えることが必要であると思われる。