→ 建物状況調査とは,既存住宅の基礎,外壁等の部位毎に生じているひび割れ,雨漏り等の劣化・不具合の有無を目視,計測等により調査するもので,建物状況調査国の登録 を受けた既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)が実施するものである(国交省Q&A1-1)。
(公社)石川県宅地建物取引業協会平成30年 第1回業務研修会
【宅建業法】実務上の留意点
深沢綜合法律事務所 弁護士 大川 隆之
《 目 次 》
Ⅰ 宅建業法の改正 ― 建物状況調査に関する留意点 2
Ⅱ 報酬告示の改正 17
Ⅲ 契約締結前のキャンセルについて【売買】 25
Ⅳ 媒介契約について 29
Ⅴ 業行為の可否と無免許業者の幇助について 32
Ⅵ 瑕疵担保責任の有無について 39
Ⅶ 業者売主時の手付金について 43
Ⅷ 契約締結前のキャンセルについて【賃貸】 54
Ⅸ 賃貸借契約の成立時期 56
Ⅰ 宅建業法の改正 ― 建物状況調査に関する留意点
1 改正の目的・概要
我が国の既存住宅の流通量は,年間17万戸前後と横ばいで推移しており,既存住宅の流通量が増加しない要因の一つとして,消費者が住宅の質を把握しづらい状況にあることが挙げられている。このため,消費者が安心して既存住宅の取引を行える市場環境の整備を図り,既存住宅の流通を促進する必要がある。
そこで,不動産取引のプロである宅建業者が,専門家による建物状況調査(インスペクション)の活用を促すことで,売主・買主が安心して取引ができる市場環境を整備することを目的として,平成28年6月3日に改正宅地建物取引業法が公布され,建物状況調査に関する部分は平成30年4月1日から施行されている。
※「建物状況調査」とは?
→ 建物状況調査とは,既存住宅の基礎,外壁等の部位毎に生じているひび割れ,雨漏り等の劣化・不具合の有無を目視,計測等により調査するもので,建物状況調査国の登録を受けた既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)が実施するものである(国交省Q&A1-1)。
→ インスペクションのあっせんの有無の記載(制度説明)
→ インスペクションの結果の概要の説明書類の保存状況の説明
→ 当事者双方確認事項(≒インスペクションの結果の概要)の37条書面交付
③売買契約締結時
②重要事項説明時
①媒介契約締結時
2 媒介契約書の記載の追加
業法34条の2第1項 宅地建物取引業者は,宅地又は建物の売買又は交換の媒介の契約
(中略)を締結したときは,遅滞なく,次に掲げる事項を記載した書面を作成して記名押印し,依頼者にこれを交付しなければならない。
四 当該建物が既存の建物であるときは,依頼者に対する建物状況調査(中略)を実施する者のあっせんに関する事項
(1) 対象取引
既存住宅の「売買・交換」の「媒介」。
(2) 「あっせん」の意義
「建物状況調査を実施する者のあっせん」とは,売主又は購入希望者などと建物状況調査を実施する者との間で建物状況調査の実施に向けた具体的なやりとりが行われるように手配することをいう。例えば,建物状況調査実施者が作成した建物状況調査費用の見積りを媒介依頼者に伝達することや,売主に調査実施の意向や了解を確認することがこれに当たる。
※ 建物状況調査を実施する者に関する情報を単に提供することは「あっせん」ではない(国交省Q&A3-1)。
(3) 建物状況調査の制度概要の説明と媒介契約書の作成
① 宅建業者は媒介契約書に「あっせんの有無」を記載する必要があるため,まず,売主又は購入希望者などに対して,建物状況調査の制度概要等について紹介しなければならない(国交省Q&A3-3)。
※ 国交省が作成した売主向けと購入希望者向けのリーフレットを利用。
② その上で,売主又は購入希望者等の希望があり,あっせんが可能な場合には,媒介契約書にあっせんの実施を明記するとともに,具体的な手配を行う。
【石川県宅建協会版 一般媒介契約書】
5 建物状況調査を実施する者のあっせんの有無( 有 ・ 無 )
【同約款】
(建物状況調査を実施する者のあっせん)
第7条 乙は,この媒介契約において建物状況調査を実施する者のあっせんを行うこととした場合にあっては,甲に対して,建物状況調
査を実施する者をあっせんしなければなりません。
【参考】 国交省作成のリーフレット
(4) 留意点
ア 宅建業者にあっせんの義務はない。しかし,あっせんをするしないにかかわらず,建物状況調査の制度概要等については媒介契約前に説明しなければならない。
※ 何らの説明もなく,「あっせん無し」の媒介契約書にサインさせることは問題がある。
※ 媒介契約書・重要事項説明書・売買契約書に同日にサインさせることは問題がある(契約日当日に当事者が初めて建物状況調査やあっせんに関する説明を受けてサインを拒んだ場合,契約締結上の過失等の問題が生じ,仲介業者に責任が発生する可能性も)。
※ 媒介契約書で「あっせん有り」とした場合は,媒介契約の効果としてあっせんの義務が生じる(上記約款参照)。
イ 購入希望者に建物状況調査を実施する者をあっせんする場合には,建物の所有者である売主に建物状況調査の実施についてあらかじめ承諾を得る必要がある。
ウ あっせんは媒介業務の一環であり,媒介報酬と別にあっせん報酬や紹介料を受領してはならない(国交省Q&A3-13)。
エ 既存住宅売買瑕疵保険の加入が見込まれる場合には,瑕疵保険の登録検査事業者に建物状況調査を依頼した方が,検査の二度手間を省くことができ,手続もスムーズに進む。
(5) 会員の方からのその他御質問
● 調査のあっせん先としてグループ会社でも良いとされているが注意点は?
→ 国交省Q&A3-5では,「建物状況調査の結果に関する客観性を確保する観点から,売主及び購入希望者の同意がある場合を除き,自らが媒介を行う既存住宅について,宅地建物取引業者が建物状況調査の実施主体となるのは適当ではありません。ただし,取引に直接の利害関係を有しない関連会社(グループ会社)を建物状況調査を実施する者としてあっせんすることは差し支えなく,この場合,売主及び購入希望者の同意は不要です。」との記載がある。
逆に,グループ会社でも利害関係を有する会社をあっせんすることは避けるべきであり,別法人であっても,例えば代表取締役が同じであるとか,株主構成が同じであるとか,完全親子会社であるといった場合は,回避した方が無難である
(取引との利害関係の程度は,各会社の規模にも左右されるであろう)。
● あっせんした媒介業者や実施した既存住宅状況調査技術者の責任は?
→ 原則として宅地建物取引業者は,自身があっせんした調査実施者が行った建物状況調査の結果について責任を負わない。ただし,既存住宅状況調査技術者の資格を取り消されていることを知りながらその者をあっせんし,その者による調査結果によって売主又は買主に損害が及んだ場合などには,宅地建物取引業法の監督処分の対象となる可能性がある(国交省Q&A3-6)。
調査技術者は,明らかな雨漏り等の見逃し等,不注意により劣化事象等の見逃しがあった場合は依頼者から損害賠償を受ける可能性がある(国交省Q&A6-7)。ただし,建物状況調査自体が瑕疵の有無を判定するものではないので,瑕疵があったというだけで調査技術者が責任を負うわけではない。
● 既存住宅状況調査技術者はどうやって探すのか?
→ 調査技術者を一元管理する検索システムは現時点ではないようである。調査技術者の登録講習を実施している各団体において講習を修了した建築士を検索できるようになっており,かかる団体へのリンクは,石川県宅建協会HPの会員専用ページの「業務関連書式」でも紹介されている。
3 重要事項説明の追加① - 建物状況調査の結果の概要
業法35条第1項 宅地建物取引業者は,宅地若しくは建物の売買,交換若しくは貸借の相手方若しくは代理を依頼した者又は宅地建物取引業者が行う媒介に係る売買,交換若しくは貸借の各当事者(以下「宅地建物取引業者の相手方等」という。)に対して,その者が取得し,又は借りようとしている宅地又は建物に関し,その売買,交換又は貸借の契約が成立するまでの間に,宅地建物取引士をして,少なくとも次に掲げる事項について,これらの事項を記載した書面(中略)を交付して説明をさせなければならない。
六の二 当該建物が既存の建物であるときは,次に掲げる事項
イ 建物状況調査(実施後国土交通省令で定める期間を経過していないものに限る。)を実施しているかどうか,及びこれを実施している場合におけるその結果の概要
ロ 設計図書,点検記録その他の建物の建築及び維持保全の状況に関する書類で国土交通省令で定めるものの保存の状況
(1) 対象取引
既存住宅の「売買・交換」,「売買・交換の媒介・代理」。既存住宅の「賃貸の媒介・代理」。
(2) 説明すべき建物状況調査
①既存住宅状況調査技術者が実施した建物状況調査で,かつ,②調査を実施してから1年を経過していないもの。
(3) 説明すべき内容
建物状況調査の①実施の有無と②結果の概要。
実際には,既存住宅状況調査技術者が建物状況調査を実施した場合に依頼者に交付する「建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)」と「建物状況調査報告書」のうち,前者を入手して説明する。
(4) 説明方法
① 売主(貸主)・購入(賃借)希望者・管理組合・管理会社に,建物状況調査の実施の有無を照会。
② 実施されていなければ,「実施の有無→無」にチェック。
③ 実施されていれば,「建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)」を入手して,原本照合のうえ,写しを取得。
④ 「実施の有無→有」にチェックして,調査結果概要書を重要事項説明書に添付して説明。
※ 調査結果概要書は,あらかじめ購入(賃借)希望者に手渡しておき,詳細な説明を求められた場合に調査実施者から詳細な説明を受けられるように調整しておくべきである(国交省Q&A4-3)。
(5) 留意点
ア 購入(賃借)希望者が自ら建物状況調査を実施することを希望する場合,売主はこれを容認するかわりに,買主から,「建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)」と「建物状況調査報告書」の写しを受領することを合意しておくとよい。
イ 1年以内の建物状況調査の結果が複数ある場合,国交省は取引の直近の調査について説明すればよいとするが(国交省Q&A4-8),全宅連は全ての調査について説明することを推奨している。
ウ 重説対象ではない調査(1年以上前の調査や,調査技術者の資格がない者の調査等)の結果についても,劣化事象等が確認されている場合には,業法47条違反とならないように,買主等に説明しておく(国交省Q&A4-11)。
【参考】建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)
【石川県宅建協会版 重要事項説明書(売買)】 ※全宅連版とは,若干形式が異なります。
7.建物状況調査の結果の概要(既存の建物のとき)
建物状況調査の実施の有無 (1年以内に実施している場合) | □有/□無 | 照会先 | |
建物状況調査の結果の概要 |
【記載例】
① 既存住宅状況調査技術者が実施した1年以内の建物状況調査の結果があるとき
建物状況調査の実施の有無 (1年以内に実施している場合) | ☑有/□無 | 照会先 | 売主:○○○○氏 |
建物状況調査の結果の概要 | 別添「建物状況調査の結果の概要」参照。なお,建物状況調査は,資 格ある建築士がその責任において調査・報告するものであり,宅地建物取引業者にはその内容について責任はありません。 |
② 既存住宅状況調査技術者が実施した1年以内の建物状況調査の結果が複数あるとき
建物状況調査の実施の有無 (1年以内に実施している場合) | ☑有/□無 | 照会先 | 売主:○○○○氏 購入希望者:○○○○氏 |
建物状況調査の結果の概要 | 別添「建物状況調査の結果の概要」参照。建物状況調査の結果の概要は,売主が実施したものと,買主が実施したものの2種類があります。なお,建物状況調査の結果の概要は,資格ある建築士がその責任において調査・報告するものであり,宅地建物取引業者にはその内容について責任はありません。 |
③ 既存住宅状況調査技術者が実施した1年以内の建物状況調査の結果がないとき
建物状況調査の結果の概要
売主:○○○○氏
照会先
□有/☑無
建物状況調査の実施の有無
(1年以内に実施している場合)
④ 既存住宅状況調査技術者が1年以内の建物状況調査を実施しているが,調査結果概要書が手元にないとき
建物状況調査の実施の有無 (1年以内に実施している場合) | ☑有/□無 | 照会先 | 売主:○○○○氏 |
建物状況調査の結果の概要 | 〇年○月○日に,他の購入希望者が建物状況調査を実施しておりますが,当該調査結果の概要は当該購入希望者が所有しており,現在売主の手元にありません。 |
⑤ 区分所有建物売買で,既存住宅状況調査技術者が実施した1年以内の建物状況調査の結果がないとき
建物状況調査の結果の概要
売主:○○○○氏, 管理組合, 管理業者(○○管理㈱ ○○○○氏)
照会先
□有/☑無
建物状況調査の実施の有無
(1年以内に実施している場合)
(6) 会員の方からのその他御質問
● 書式の書き方として,「既存の建物のとき」に新築物件は入るのか?
● 新築物件の場合は重説の対象にならないから斜線で良いのか?
→ 「既存住宅」には,「新築住宅」は含まれない。この点は,法文上は明確でないところもあるが,国交省の通達で明記するものがある(国交省告示第81号)。したがって,新築住宅の場合には,建物状況調査に関する重説の対象とならず,当該欄は斜線で対応することでもよいであろう。
※ 「新築住宅」とは,新たに建設された住宅で,まだ人の居住の用に供したことのないもので,かつ,建設工事の完了の日から起算して1年を経過していないものをいう。
● 賃貸借の重説では,必ず説明しなければならないのか?
→ 既存住宅について賃貸借の媒介・代理をする場合には,「建物状況調査の結果の概要」に関する重説は必要。
なお,次の「書類の保存の状況」に関する重説は,賃貸の場合は不要。
4 重要事項説明の追加② - 書類の保存の状況
(1) 対象取引
「既存建物」の「売買・交換」,「売買・交換の媒介・代理」。
※ 書類によって,既存の建物のうち,「住宅」のみ対象とするものとそうでないものがある。
※ 「貸借」は対象外である(業法施行規則16条の2の3)。
(2) 対象書類
「設計図書,点検記録その他の建物の建築及び維持保全の状況に関する書類で国土交通省令で定めるもの」 → 具体的には業法施行規則に規定(書式参照)。
(3) 調査・説明すべき内容
書類の保存の状況≒書類の「有無」について,売主や,必要に応じて管理組合,管理業者に照会し,これを買主に説明する。売主以外の者が書類を保有している場合は,重要事項説明書の備考欄にその旨を記載して説明する。
※ 書類の有無を調査・説明すれば足り,書類の実物を見て有無を確認する必要はない(国交省Q&A5-4)。
※ 書類に記載されている内容を説明する必要は原則ない。
※ そもそも書類の作成義務がない場合や書類が交付されていない場合には,その旨がわかるように,その欄に斜線を引く。
(4) 留意点
ア 確認済証又は検査済証が保存されていない場合であっても,当該住宅が建築確認又は完了検査を受けたことを証明できるものとして,台帳記載事項証明書が交付され保存されている場合には,その旨を重要事項説明書に記載し説明する(国交省Q& A5-2②)。
イ 検査済証の交付を受けていない住宅の場合であっても,国交省の「検査済証のない建築物に係る指定確認検査機関等を活用した建築基準法適合状況調査のためのガイドライン」に基づく「法適合状況調査報告書」が作成され保存されている場合には,これが保存されていることを重要事項説明書に記載し説明する。
ウ 確認済証や検査済証の交付を受けていない恐れのある建物は,建ぺい率・容積率オーバー等の違反建築物の可能性があるので,取り扱う場合は十分に注意する。
(5) 会員の方からのその他御質問
● 書類の保存状況において,①確認済証と②検査済証は,対象物件が新築物件の場合,実際に交付するから,ここにチェックした方が良いのか?
→ 書式では,「(既存の建物のとき)」と欄上部に記載があることから,新築物件の場合は,ここにチェックするよりは,添付書類欄などに記載することが想定されていると思われる。
※ 全宅連版の重要事項説明書では,上記「書類の保存の状況」と従前の「建物の耐震診断に関する事項」の記載内容に重複するところがあるから,後者を前者に統合したが,石川宅建協会版は後者の欄も維持した書式となっている。
【石川県宅建協会版 重要事項説明書(売買)】
※全宅連版はここに「建物の耐震診断に関する事項」欄を統合している等,形式が若干異なります。
8.建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況(既存の建物のとき)
建物の建築及び維持保全の状況に関する書類 | 保存の状況 | |
①確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/□無 | |
②検査済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/□無 | |
増改築等を行った物件である場合 | ||
③確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(増改築等のときのもの) | □有/□無 | |
④検査済証(増改築等のときのもの) | □有/□無 | |
建物状況調査を実施した住宅である場合 | ||
⑤建物状況調査結果報告書(1年以内のものに限らない) | □有/□無 | |
既存住宅性能評価を受けた住宅である場合 | ||
⑥既存住宅性能評価書(現況調査・評価書) | □有/□無 | |
建築基準法第12条の規定による定期調査報告書の対象である場合 | ||
⑦定期調査報告書・定期検査報告書(昇降機等) | □有/□無 | |
昭和56年5月31日以前に新築の工事に着手した住宅である場合 | ||
⑧新耐震基準等に適合していることを証する書類 書類名: | □有/□無 | |
備 考 |
【記載例】
(1)①~⑥が保存されており,その他は作成義務がないか交付されていない場合
建物の建築及び維持保全の状況に関する書類 | 保存の状況 | |
①確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 ○○年 ○○月 ○○日 発行番号:○○○○○○ 号 | ☑有/□無 | |
②検査済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 ○○年 ○○月 ○○日 発行番号:○○○○○○ 号 | ☑有/□無 | |
増改築等を行った物件である場合 | ||
③確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(増改築等のときのもの) | ☑有/□無 | |
④検査済証(増改築等のときのもの) | ☑有/□無 | |
建物状況調査を実施した住宅である場合 | ||
⑤建物状況調査結果報告書(1年以内のものに限らない) | ☑有/□無 | |
既存住宅性能評価を受けた住宅である場合 | ||
⑥既存住宅性能評価書(現況調査・評価書) | ☑有/□無 | |
建築基準法第12条の規定による定期調査報告書の対象である場合 | ||
⑦定期調査報告書・定期検査報告書(昇降機等) | □有/□無 | |
昭和56年5月31日以前に新築の工事に着手した住宅である場合 | ||
⑧新耐震基準等に適合していることを証する書類 書類名: | □有/□無 | |
備 考 | 売主である○○○○様に照会しました。 保存されている書類の発行等がされた年月日は以下のとおりです。 ③平成○年○月○日,④平成○年○月○日,⑤平成○年○月○日,⑥平成○年○月○日 |
(2)①~④は保存されていないが,台帳記載事項証明書が保存されており,その他は作成義務がないか交付されていない場合
建物の建築及び維持保全の状況に関する書類 | 保存の状況 | |
①確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/☑無 | |
②検査済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/☑無 | |
増改築等を行った物件である場合 | ||
③確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(増改築等のときのもの) | □有/☑無 | |
④検査済証(増改築等のときのもの) | □有/☑無 | |
建物状況調査を実施した住宅である場合 | ||
⑤建物状況調査結果報告書(1年以内のものに限らない) | □有/□無 | |
既存住宅性能評価を受けた住宅である場合 | ||
⑥既存住宅性能評価書(現況調査・評価書) | □有/□無 | |
建築基準法第12条の規定による定期調査報告書の対象である場合 | ||
⑦定期調査報告書・定期検査報告書(昇降機等) | □有/□無 | |
昭和56年5月31日以前に新築の工事に着手した住宅である場合 | ||
⑧新耐震基準等に適合していることを証する書類 書類名: | □有/□無 | |
備 考 | 売主である○○○○様に照会した結果,①,②,③,④の書類は保存されていませんでしたが,○○市役所から交付された台帳記載事項証明書(別添)が保存されています。各書類の発行等がなされた年月日は以下のとおりです。 ①平成○年○月○日,②平成○年○月○日,③平成○年○月○日,④平成○年○月○日 |
(3)新築時の確認済証及び検査済証の交付を受けていない場合
建物の建築及び維持保全の状況に関する書類 | 保存の状況 | |
①確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/□無 | |
②検査済証(新築時のもの) 発行年月日: 平成 年 月 日 発行番号: 号 | □有/□無 | |
増改築等を行った物件である場合 | ||
③確認の申請書及び添付図書並びに確認済証(増改築等のときのもの) | □有/□無 | |
④検査済証(増改築等のときのもの) | □有/□無 | |
建物状況調査を実施した住宅である場合 | ||
⑤建物状況調査結果報告書(1年以内のものに限らない) | □有/□無 | |
既存住宅性能評価を受けた住宅である場合 | ||
⑥既存住宅性能評価書(現況調査・評価書) | □有/□無 | |
建築基準法第12条の規定による定期調査報告書の対象である場合 | ||
⑦定期調査報告書・定期検査報告書(昇降機等) | □有/□無 | |
昭和56年5月31日以前に新築の工事に着手した住宅である場合 | ||
⑧新耐震基準等に適合していることを証する書類 書類名: | □有/□無 | |
備 考 | 本物件は,売主に照会した結果,新築時の確認済証及び検査済証の交付を受けていない恐れがあり,また○○市役所に確認したところ台帳に記載がありませんで した。よって本物件は建築基準法に違反している可能性が高いと思われます。 |
5 37条書面(売買契約書)の記載の追加(当事者の双方が確認した事項を記載した書面の交付)
業法37条第1項 宅地建物取引業者は,宅地又は建物の売買又は交換に関し,自ら当事者として契約を締結したときはその相手方に,当事者を代理して契約を締結したときはその相手方及び代理を依頼した者に,その媒介により契約が成立したときは当該契約の各当事者に,遅滞なく,次に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。
二の二 当該建物が既存の建物であるときは,建物の構造耐力上主要な部分等の状況について当事者の双方が確認した事項
(1) 対象取引
「既存住宅」の「売買・交換」,「売買・交換の媒介・代理」。
(2) 37条書面(売買契約書)に記載すべき「当事者の双方が確認した事項」の意義
原則として,既存住宅について建物状況調査など専門的な第三者による調査の結果の概要が重要事項として説明された上で,契約締結に至った場合に,「当該調査結果の概要」が「当事者の双方が確認した事項」に該当する(国交省Q&A6-2,6-9)。
これに対して,告知書(物件状況確認書)の内容は当事者の双方が確認した事項には該当しないのが原則である。ただし,当事者の双方が告知書に記載されている内容を客観的に確認し,価格交渉や瑕疵担保の免責に反映して契約締結に至った場合,その内容を「当事者の双方が確認した事項」として37条書面に記載することは差し支えない(国交省Q&A6-8,6-9)。
※ 全宅連版の売買契約書は,「双方が確認した事項」の欄では,重要事項説明がなされた建物状況調査の結果の概要についてのみ記載し,それ以外の告知書等による確認事項は「特約条項」欄に記載する形の書式となっている。
石川県宅建協会版の売買契約書では,「双方が確認した事項」の欄に「確認事項」の欄が設けてあり,ここに告知書に関連することなども記載することを想定している。ただし,国交省は,例えば,専門的な第三者による調査を行っていない場合や,調査は行っているものの当事者間の口頭での確認にとどまり,写真や告知書のような契約当事者の双方が客観的に既存住宅の状況を確認できる資料が存在しない場合は,「双方が確認した事項」は「無」とするように指導しており,
当事者が単に現場で立ち会ったときの会話の内容などを記載することのないように注意する必要がある(国交省Q&A6-14)。
【石川県宅建協会版 売買契約書】 ※全宅連版とは,若干形式が異なります。
建物の構造耐力上主要な部分等の状況について双方が確認した事項 □無/□有 → 有の場合は,下記に記載。
※ 既存住宅状況調査技術者が実施した建物状況調査のうち,1年以内に実施したものの有無等。
確認事項を記載した資料の名称 | |||
資料作成者 | 資料作成年月日 | 平成 年 月 日 | |
確 認 事 項 |
【記載例】
(1)
建物の構造耐力上主要な部分等の状況について双方が確認した事項 □無/☑有 → 有の場合は,下記に記載。
※ 既存住宅状況調査技術者が実施した建物状況調査のうち,1年以内に実施したものの有無等。
確認事項を記載した資料の名称 | 建物状況調査の結果の概要(重要事項説明書用)別添参照 | ||
資料作成者 | ○級建築士 ○○○○ 氏 | 資料作成年月日 | 平成○○年○○月○○日 |
確 認 事 項 | 売主と買主は,別添「物件状況報告書(告知書)」に記載されている,本件建物南側居室の天井に雨漏り跡が存在することを目視により確認した。 |
(特約事項)
売主は買主に対して,別添「建物状況調査の結果の概要」に記載されている内容を含め,本物件について一切の瑕疵担保責任を負わないものとする。
(2)
建物の構造耐力上主要な部分等の状況について双方が確認した事項 ☑無/□有 → 有の場合は,下記に記載。
※ 既存住宅状況調査技術者が実施した建物状況調査のうち,1年以内に実施したものの有無等。
確認事項を記載した資料の名称 | |||
資料作成者 | 資料作成年月日 | 平成 年 月 日 | |
確 認 事 項 |
(特約事項)
売主は買主に対して,別添「物件状況報告書(告知書)」「建物状況調査の結果の概要(1 年以上経過したもの)」に記載されている内容を含め,本物件について一切の瑕疵担保責任を負わないものとする。
6 【参考】安心R住宅とは
既存住宅の流通促進に向けて,「不安」「汚い」「わからない」といった従来のいわゆる「中古住宅」のマイナスイメージを払拭し, 「住みたい」「買いたい」既存住宅を選択できるようにするために,①耐震性があり,②インスペクション(建物状況調査等)が行われた住宅であって,③リフォーム等について情報提供が行われる既存住宅に対し,国の関与のもとで事業者団体が標章(「安心R住宅」ロゴマーク)を付与するしくみ(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)。
「安心 R 住宅」の「R」は,Reuse(リユース,再利用),Reform(リフォーム,改装),Renovation (リノベーション,改修)を意味する。
7月1日現在,(一社)優良ストック住宅推進協議会,(公社)全日本不動産協会,(一社)石川県木造住宅協会など,計6団体が事業者団体として登録されている。
全宅連も,間もなく事業者団体として登録され,今秋より運用を開始する予定とのことである。
※ 全宅連のホームページでは,「安心R住宅の標章を利用するための主な要件」として,以下の記載がある。
(1) 標章を利用しようとする者は,全宅連に「特定構成員」の登録をし,標章使用の許諾を得ること(登録をするには,各社に責任者を配置し全宅連の定める研修の受講が必要)
(2) 標章を使用する住宅が以下の要件を満たしていること
①耐震基準を満たしている
②既存住宅売買瑕疵担保保険(宅建業者売主用)の検査基準に適合し,当該保険に加入する
③全宅連が定めるリフォーム基準にもとづき,リフォームを行う
④その他住宅に係る情報を提供する
(3) 特定構成員の登録をした会員業者が中古住宅を買い取り,上記(2)の要件を満たしたうえで,消費者に販売する場合(いわゆる買取再販)の広告に標章を利用するものであること
Ⅱ 報酬告示の改正
宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額について,昭和45年建設省告示第1552号の一部を改正する告示(平成29年国土交通省告示第
1155号)が,平成30年1月1日から施行されている。また,これに伴い,国土交通省による「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」も一部改正された。
この改正により,例えば価額200万円の宅地建物の売買の媒介であっても,改正による特例の対象であれば,売主からは価額400万円の場合と同様の報酬を取得することができることになった。
以下,Q&Aを作成したので,参考にされたい。
Q1 今回の特例の対象は「低廉な空屋等」とされていますが,これは,いわゆる空屋(居住その他の使用がなされていないことが常態である建物)のみを対象としているのですか?
A1 いいえ。改正告示では,「低廉な空屋等」について,「売買に係る代金の額(当該売買に係る消費税等相当額を含まないものとする。)又は交換に係る宅地若しくは建物の価額(当該交換に係る消費税等相当額を含まないものとし,当該交換に係る宅地又は建物の価額に差があるときは,これらの価額のうちいずれか多い価額とする。)が400万円以下の金額の宅地又は建物をいう。」と定義しており,「居住その他の使用がなされていないことが常態であること」を要件としていません。
したがって,価額400万円以下の宅地建物であればすべて対象となり得ます。人が居住していても構いませんし,宅地のみの取引も対象となります。
Q2 「媒介」の報酬に関してどのような特例が設けられましたか?
A2 価額400万円以下の低廉な空家等の売買又は交換の媒介であって,通常の売買又は交換の媒介と比較して現地調査等の費用を要するものについては,宅地建物取引業者が依頼者(空家等の売主又は交換を行う者である依頼者)から受けることのできる報酬額(税込)として,従来の通常の報酬上限額(告示第二の計算方法により算出した金額)に当該現地調査等に要する費用に相当する額を合計した金額以内で,18万円の1.08倍に相当する金額(税込19万4400円)を超えない金額を受領することができることになりました
(報酬告示第七)。具体的計算方法は,Q6を参照して下さい。
※ 今回の特例は,400万円以下の物件で要件をみたすものであれば,価額が100万円でも200万円でも,媒介報酬として税込19万4400円(400万円の物件の通常報酬上限)までは受領できるとするものです。したがって,400万円ちょうどの物件については,報酬上限が税込19万4400円であることに変わりはありません。
Q3 買主からも特例の計算による媒介報酬を受領することはできますか?
A3 できません。今回の特例の対象は,「空家等の売主又は交換を行う者である依頼者」に限られています。したがって,売買の買主や,交換の相手方から受ける報酬については,従前の通常の報酬上限額(告示第二の計算方法により算出した金額)までしか受領できません。
(解釈・運用の考え方)第46条第1項関係
1(6) 告示第七(空家等の売買又は交換の媒介における特例)関係
② この規定に基づき宅地建物取引業者が受けることのできる報酬は,空家等の売主又は交換を行う者である依頼者から受けるものに限ら れ,当該空家等の買主又は交換の相手方から受ける報酬については,
告示第二の計算方法による。
Q4 今回の特例の対象となる取引は,低廉な空屋等の売買又は交換の媒介で,「通常の売買又は交換の媒介と比較して現地調査等の費用を要するもの」とされていますが,費用を要する調査等や金額とは具体的にどのようなものがイメージされているのですか?
A4 例えば,遠方の調査,設備の調査,所有者の調査などで費用(人件費等を含む)を要するものがイメージされているようですが,それ以外にどんな作業の費用が該当するかや,通常より要する費用とはどの程度の金額かについては,具体的には定められていません。
そのため,通常の媒介と比較して費用を要するものと言えるかどうかはケースごとの判断ということになりますが,重要なのは,費用を含めた「報酬額」について,あらか じめ依頼者に説明し,明確な「合意」を得ておくことです。
(解釈・運用の考え方)第46条第1項関係
1(6) 告示第七(空家等の売買又は交換の媒介における特例)関係
③ 「当該現地調査等に要する費用に相当する額」とは,人件費等を含むものであり,宅地建物取引業者は,媒介契約の締結に際し,あらかじめ報酬額について空家等の売主又は交換を行う者である依頼者に対
して説明し,両者間で合意する必要がある。
Q5 業法の解釈・運用の考え方では,報酬額について依頼者に説明し「合意」する必要があるとされていますが,現地調査等に要する実費が明確にはわからない段階でも合意することは可能でしょうか?
A5 費用を要することが明らかであれば,その実費の金額が確定していなくても,「報酬は,19万4400円(税込)とする。」と合意することは可能です。
Q6 売買の「媒介」の報酬上限の具体例を教えてください。 A6 例えば,以下のようになります。
通常の報酬上限 | 特例の報酬上限(売主のみ) | |
物件価額200万円 | 税込10万8000円 | 税込19万4400円 |
物件価額400万円 | 税込19万4400円 |
(1) 価額「200万円」で特例の対象となる物件の場合
①「売主」から媒介依頼を受けた場合
→ 税込19万4400円 まで受領できる。
②「買主」から媒介依頼を受けた場合
→ 税込10万8000円 までしか受領できない。
③「売主」「買主」双方から媒介依頼を受けた場合
→ 売主からは税込19万4400円まで受領できるが,買主からは税込10万8000円までしか受領できない。。
(2) 価額「400万円」で特例の対象となる物件の場合
①「売主」から媒介依頼を受けた場合
→ 税込19万4400円 まで受領できる。
②「買主」から媒介依頼を受けた場合
→ 税込19万4400円 まで受領できる。
③「売主」「買主」双方から媒介依頼を受けた場合
→ 売主から税込19万4400円まで,買主から税込19万4400円まで受領できる。
Q7 「代理」の報酬に関してどのような特例が設けられましたか?
A7 価額400万円以下の低廉な空家等の売買又は交換の代理であって,通常の売買又は交換の代理と比較して現地調査等の費用を要するものについては,宅地建物取引業者が依頼者(空家等の売主又は交換を行う者である依頼者)から受けることのできる報酬額(税込)として,媒介に関する通常の報酬上限額(告示第二の計算方法により算出した金額)と媒介に関する特例の報酬上限額(告示第七の規定により算出した金額)を合計した金額以内の額まで受領することができることになりました。
ただし,宅地建物取引業者が当該売買又は交換の相手方から報酬を受ける場合においては,その報酬の額と代理の依頼者から受ける報酬の額の合計額が,媒介に関する通常の報酬上限額と特例の報酬上限額を合計した金額を超えてはならないとされています(報酬告示第八)。具体的計算方法は,Q9を参照して下さい。
Q8 買主からも特例の計算による媒介報酬を受領することはできますか?
A8 できません。今回の特例の対象は,「空家等の売主又は交換を行う者である依頼者」に限られています。したがって,例えば売買の「買主」の代理をした場合に受ける報酬については,代理の通常の報酬上限額(媒介の通常報酬上限額の倍額(告示第三の計算方法により算出した金額))までしか受領できません。
(解釈・運用の考え方)第46条第1項関係
1(7) 告示第八(空家等の売買又は交換の代理における特例)関係
② この規定に基づき宅地建物取引業者が受けることのできる報酬は,空家等の売主又は交換を行う者である依頼者から受けるものに限ら
れ,当該空家等の買主又は交換の相手方から受ける報酬については,
告示第三の規定による。
Q9 売買の「代理」の報酬上限の具体例を教えてください。 A9 例えば,以下のようになります。
(1) 価額「200万円」で特例の対象となる物件の場合
①「売主」の代理のみの場合
→ 媒介の通常の報酬上限 税込10万8000円
+ 媒介の特例の報酬上限 税込19万4400円
= 税込30万2400円 まで受領できる。
②「買主」の代理のみの場合
→ 媒介の通常の報酬上限 税込10万8000円 × 2倍
= 税込21万6000円 までしか受領できない。
③「売主」の代理,「買主」の媒介をした場合
→ 「売主」「買主」双方から受領する報酬の合計額の上限は,①と同じ税込30万2 400円である。ただし,そのうち,「買主」からは,媒介の通常の報酬上限である税込10万8000円までしか受領できない。
(2) 価額「400万円」で特例の対象となる物件の場合(通常の報酬と同じ)
①「売主」の代理のみの場合
→ 媒介の通常の報酬上限 税込19万4400円
+ 媒介の特例の報酬上限 税込19万4400円
= 税込38万8800円 まで受領できる。
②「買主」の代理のみの場合
→ 媒介の通常の報酬上限 税込19万4400円 × 2倍
= 税込38万8800円 まで受領できる。
③「売主」の代理,「買主」の媒介をした場合
→ 「売主」「買主」双方から受領する報酬の合計額の上限は,①と同じ税込38万8 800円である。ただし,そのうち,「買主」からは,媒介の通常の報酬上限である税込19万4400円までしか受領できない。
Q10 業法の解釈・運用の考え方では,告示第九について,「宅地建物取引業者が依頼者の特別の依頼により行う遠隔地における現地調査や空家の特別な調査等に要する実費の費用に相当する額の金銭を依頼者から提供された場合にこれを受領すること等『依頼者の特別の依頼により支出を要する特別の費用に相当する額の金銭で,その負担について事前に依頼者の承諾があるもの』を別途受領することまでも禁止する趣旨は含まれていない。」とされています(第46条第1項関係・1・(8)告示第九(告示第二から第八までの規定によらない報酬の受領の禁止)関係・②)。
これは,依頼者の「特別の依頼」と「負担の事前承諾」がある「特別の費用相当額」は,報酬とは別に受領してもよいと理解してよいでしょうか。
A10 形式的にはそのとおりです。ただし,今回の低廉な空屋等に関する特例では,例えば媒介報酬の上限額につき,「第二の計算方法により算出した金額と当該現地調査等に要する費用に相当する額を合計した金額以内とする」と定められており,報酬に調査費用等も含むように読める部分もあり,その関係については必ずしも判然としません(国土交通省も,報酬に含まれるべき費用と,報酬とは別に受領できる費用との明確な区別基準は示していません。遠隔地の調査費用はともかく,「空屋の特別な調査等に要する実費」の具体例がはっきりしません。)。
文言上は『依頼者の特別の依頼により支出を要する特別の費用に相当する額の金銭で,その負担について事前に依頼者の承諾があるもの』に該当するかどうかによりますが,ケースごとの判断になりますので,詳細は国土交通省にお問い合わせください。
※ 会員の方からのその他御質問
● 特例による報酬を得る場合,媒介契約書に理由や根拠,金額を明示した方がよいか?
→ 報酬告示やガイドラインでは「報酬額」について明確に合意すべきことを強調しており,人件費等を含めた報酬総額は明示する必要がある。その金額となる「理由」や
「根拠」(明細)まで明示することは必須ではないが,「通常の売買又は交換の代理と比較して現地調査等の費用を要するもの」であることが特例適用の要件となっていることからすれば,これらも明示した方が予防法務的には望ましい。
なお,遠隔地の調査費用などを報酬とは別に受領する場合には,「依頼者の特別の依頼により支出を要する特別の費用に相当する額の金銭で,その負担について事前に依頼者の承諾があるもの」であることが必要であるから,この点は媒介契約書等に明記されている必要がある。
【参考】改正報酬告示 抜粋
第二 売買又は交換の媒介に関する報酬の額
宅地建物取引業者(課税事業者(消費税法第五条第一項の規定により消費税を納める義務がある事業者をいい,同法第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)である場合に限る。第三から第五まで,第七,第八及び第九①において同じ。)が宅地又は建物(建物の一部を含む。以下同じ。)の売買又は交換の媒介に関して依頼者から受けることのできる報酬の額(当該媒介に係る消費税等相当額を含む。)は,依頼者の一方につき,それぞれ,当該売買に係る代金の額(当該売買に係る消費税等相当額を含まないものとする。)又は当該交換に係る宅地若しくは建物の価額(当該交換に係る消費税等相当額を含まないものとし,当該交換に係る宅地又は建物の価額に差があるときは,これらの価額のうちいずれか多い価額とする。)を次の表の上欄に掲げる金額に区分してそれぞれの金額に同表の下欄に掲げる割合を乗じて得た金額を合計した金額以内とする。
二百万円以下の金額
百分の五・四
二百万円を超え四百万円以下の金額
百分の四・三二
四百万円を超える金額
百分の三・二四
第三 売買又は交換の代理に関する報酬の額
宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買又は交換の代理に関して依頼者から受けることのできる報酬の額(当該代理に係る消費税等相当額を含む。以下この規定において同じ。)は,第二の計算方法により算出した金額の二倍以内とする。ただし,宅地建物取引業者が当該売買又は交換の相手方から報酬を受ける場合においては,その報酬の額と代理の依頼者から受ける報酬の額の合計額が第二の計算方法により算出した金額の二倍を超えてはならない。
第七 空家等の売買又は交換の媒介における特例
低廉な空家等(売買に係る代金の額(当該売買に係る消費税等相当額を含まないものとする。)又は交換に係る宅地若しくは建物の価額(当該交換に係る消費税等相当額を含まないものとし,当該交換に係る宅地又は建物の価額に差があるときは,これらの価額のうちいずれか多い価額とする。)が四百万円以下の金額の宅地又は建物をいう。以下「空家等」という。)の売買又は交換の媒介であっ
て,通常の売買又は交換の媒介と比較して現地調査等の費用を要するものについては,宅地建物取引業者が空家等の売買又は交換の媒介に関して依頼者(空家等の売主又は交換を行う者である依頼者に限る。)から受けることのできる報酬の額(当該媒介に係る消費税等相当額を含む。以下この規定において同じ。)は,第二の規定にかかわらず,第二の計算方法により算出した金額と当該現地調査等に要する費用に相当する額を合計した金額以内とする。この場合において,当該依頼者から受ける報酬の額は十八万円の一・〇八倍に相当する金額を超えてはならない。
第八 空家等の売買又は交換の代理における特例
空家等の売買又は交換の代理であって,通常の売買又は交換の代理と比較して現地調査等の費用を要するものについては,宅地建物取引業者が空家等の売買又は交換の代理に関して依頼者(空家等の売主又は交換を行う者である依頼者に限る。)から受けることのできる報酬の額(当該代理に係る消費税等相当額を含む。以下この規定において同じ。)は,第三の規定にかかわらず,第二の計算方法により算出した金額と第七の規定により算出した金額を合計した金額以内とする。ただし,宅地建物取引業者が当該売買又は交換の相手方から報酬を受ける場合においては,その報酬の額と代理の依頼者から受ける報酬の額の合計額が第二の計算方法により算出した金額と第七の規定により算出した金額を合計した金額を超えてはならない。
第九 第二から第八までの規定によらない報酬の受領の禁止
① 宅地建物取引業者は,宅地又は建物の売買,交換又は貸借の代理又は媒介に関し,第二から第八までの規定によるほか,報酬を受けることができない。ただし,依頼者の依頼によつて行う広告の料金に相当する額については,この限りでない。
② 消費税法第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務を免除される宅地建物取引業者が,宅地又は建物の売買,交換又は貸借の代理又は媒介に関し受けることができる報酬の額は,第二から第八までの規定に準じて算出した額に百八分の百を乗じて得た額,当該代理又は媒介における仕入れに係る消費税等相当額及び①ただし書に規定する額を合計した金額以内とする。
Ⅲ 契約締結前のキャンセルについて【売買】
1 申込証拠金の扱い
【会員の方からの御質問】
● 購入希望者から購入申込書が提出され申込証拠金10万円が支払われた。購入希望者から購入の申込みを撤回した場合,購入申込書にどのような事が書いてあっても申込証拠金は返金しなければならないのか(他の購入希望を断っているのに納得いかないのだが)?
→ 宅建業者がこの返金を拒んだ場合には,業法違反となり処分の対象となる。
(1) 申込証拠金とは
契約締結前に,契約締結の機会を確保するために支払われる金銭。
マンションや建売住宅の分譲に当たって,契約締結前の申込段階で,購入希望者から分譲業者や代理業者等に,申込証拠金・契約申込金・予約金・交渉預り金等の名目で,数万円から十数万円程度が預託され,その後,売買契約が締結に至った場合には手付金の一部に充当される例が多い。これは,通常,購入希望者が,当該物件を第三者に売却されることを防ぐため,当該物件を買い受ける意思を有している旨を明らかにする趣旨で交付する金銭である。
(2) 預り金返還拒否の禁止
申込証拠金が契約前に授受された場合,その後に契約成立に至らなかったときに,申込証拠金の返還をめぐってトラブルとなることがある。
この点,売買の予約の手付とみたり,契約申込の条件となっていると意思解釈するなどして,申込証拠金の没収を肯定する見解もある。しかし,申込証拠金は,契約成立以前に申込順位の確保や真摯な申込意思の存在の表明のために交付されるにすぎないものであるから,契約成立に至らなかった場合には,これを保持する法律上の原因がなくなったとして,購入希望者は売主に申込証拠金の返還を請求できるとするのが通説である。
かかるトラブルが多かったことから,宅建業法47条の2及び同施行規則16条の12では,宅建業者が,契約の申込時に受領していた申込証拠金その他の預り金について返還を拒むことを明確に禁止している。
このような事例で,「手付だから没収した」と主張する宅建業者もあるが,「手付」の授受はあくまで売買契約が締結されていることが前提であり,かかる主張は誤りである(契約書作成や重説がなされていないのであるから,契約成立を前提とする手付金と主張すること自体が,業法違反を自白しているようなものである)。
また,申込証拠金の預かり証や購入申込書に「契約不成立の場合も返還しません」といった記載をするケースもあるようだが,法の趣旨からは避けるべきであり,むしろ「契約不成立の場合には返還される」旨を明記すべきである。
また,業法は「返還しないこと」ではなく,「返還を拒むこと」を禁止しているのであるから,後で返金したとしても,一旦拒んだ時点で業法違反となることにも注意を要する。
宅地建物取引業法47条の2
第3項 宅地建物取引業者等は,前2項に定めるもののほか,宅地建物取引業に係る契約の締結に関する行為又は申込みの撤回若しくは解除の妨げに関する行為であつて第35条第1項第14号イに規定する,宅地建物取引業者の相手方等の利益の保護に欠けるものとして国土交通省令・内閣府令で定めるもの及びその他の宅地建物取引業者の相手方等の利益の保護に欠けるものとして国土交通省令で定めるものをしてはならない。
宅地建物取引業法施行規則16条の12
法第47条の2第3項の国土交通省令・内閣府令及び同項の国土交通省令で定める行為は,次に掲げるものとする。
二 宅地建物取引業者の相手方等が契約の申込みの撤回を行うに際し,既に受領した預り金を返還することを拒むこと。
宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方
法第47条第3項の省令事項(規則第16条の12)について
2 預り金の返還の拒否の禁止について(規則第16条の12第2号関係)相手方が契約の申込みを撤回しようとする場合において,契約の申込
み時に宅地建物取引業者が受領していた申込証拠金その他の預り金について,返還を拒むことの禁止である。例えば,「預り金は手付となっており,返還できない。」というように手付として授受していないのに
手付だと主張して返還を拒むことを禁ずるものであり,預り金は,いか なる理由があっても一旦返還すべきであるという趣旨である。
2 契約締結上の過失
【会員の方からの御質問】
● 購入希望者から購入申込書が提出され,契約締結に向けて交渉を進めていたが,売却希望者から売却の意思を撤回した場合,売却希望者は媒介業者や購入希望者に対して何らかの賠償をしなければならないのか?
→ 原則として賠償義務はないが,例外もある。
(1) 契約締結前のキャンセルの原則論
民法では意思表示の合致により契約が成立するとされているが,不動産売買に関しては,その目的物の財産的価値や重大性に鑑みて,売買契約書への売主・買主の署名捺印がなければ売買契約は成立しないとする裁判例がほとんどである。
そして,売却希望者にも購入希望者にも,契約を締結するかしないかについて判断する契約締結の自由がある以上,売買契約書が作成されるまでは,契約上の義務や損害賠償義務は生じないのが原則である(買付証明書・売渡承諾書の授受があっても,原則論はほぼ変わらない)。
また,宅建業者の媒介報酬請求権も,売買契約が成立した時点で発生するものであるから,売買契約書の署名押印に至らなかった場合には報酬を請求できないのが原則である(成功報酬の原則)。
(2) 契約締結上の過失とは
ただし,不動産に関する契約はいきなり締結されるものではなく,当事者の交渉を経て締結されるのが通常であることから,契約が締結されることについて強い期待を抱かせたにもかかわらず,一方的に契約を打ち切って契約締結を拒否することが,契約準備段階における「信義則上の注意義務」に違反する行為であるとして,損害賠償義務を認める裁判例がある(買付証明書・売渡承諾書の授受が,信義則違反の一要素として考慮されることはある)。
※ 「契約締結上の過失」による損害賠償請求が認められるのは,あくまで「例外」である。
※ 仮に信義則違反が認められても,それにより賠償される損害は,契約が締結されると信じて出費した交通費や測量費等,いわゆる「信頼利益」に限られる。見込んでいた転売差益や賃料収益といったいわゆる「履行利益」は含まれない。
また,実際の裁判では,契約を締結しなかった行為と因果関係のある損害(信頼利益)を立証することも困難なケースが多い(裁判例③)。
※ 仲介業者が,売買契約が成立していないにもかかわらず媒介報酬を請求できるケースは,いわゆる「抜き行為」があった事例以外はほとんどないのが実情であろう(裁判例④は,媒介報酬とは別に特殊な業務協力報酬が合意されていたようなケースである)。
〈近時の裁判例〉
① 買付証明書・売渡承諾書の授受がなされ,土地売買に関する協定書も締結されたケースで,売主がこれを一方的に破棄したことについて,同協定書に基づき買主が支出した測量費用等について,信義則上の注意義務違反による売主の賠償責任を認めた事例(東京地裁平27・2・19)。
② 不動産取纏め依頼書を仲介業者に提出したが,その後売買契約の締結を断った買主に対し,売主業者が,債務不履行や不法行為があるとして損害賠償等を求めたケースで,不動産取纏め依頼書等をもって売買契約が成立したとも,買主に契約締結上の過失があったとも認められないとして,売主請求を全て棄却した事例(東京地裁平26・12・18)。
③ マンション用地の買受予定者が,社内稟議が通らず契約の締結はできないとして契約の交渉を打ち切ったことにつき,信義則上の義務違反や不法行為は認めたものの,それに基づく損害の立証がないとして売主の請求が棄却された事例(東京地裁平15・6・4)。
④ 等価交換方式のマンション建築について,基本合意書が作成され,仲介報酬とこれを超えた業務協力報酬の覚書も交換された後,共同事業者が一方的に中止したケースにおいて,等価交換契約が締結されていない以上,仲介報酬は請求できないが,業務協力報酬は履行の割合に応じて請求できるとした事例(東京地裁平9・5・ 14)。
Ⅳ 媒介契約について
1 媒介契約の締結時期
【会員の方からの御質問】
● 売却希望者及び購入希望者との締結時期は,いつが望ましいのか?
媒介契約とは,宅地建物の売買・交換・貸借の契約の成立に向けてあっせん尽力することを目的とする依頼者と宅建業者の契約をいう。
媒介契約は口頭でも成立するものの,業法上,宅地建物取引業者は,売買・交換の媒介契約を締結したときは,遅滞なく,所定の事項を記載した書面=媒介契約書を依頼者に交付しなければならない(業法34条の2 第1項)。実際には,売買契約締結日に,重要事項説明書や売買契約書といっしょに媒介契約書にも署名押印させているケースも多いと思われるが,それ以前から宅建業者は依頼者の依頼に基づいて,契約条件の調整等,契約の成立に向けてあっせん尽力している実態からすれば,媒介契約書は売買契約締結日以前に署名押印がなされていなければ不自然である。
具体的には,「売却希望者」との間では,売却の相談→物件の調査→意見価格の提示
(業法34の2第2項)がなされた段階で締結し,その後に売却活動を開始するのが望ましいであろう。
「購入希望者」との媒介契約は,購入の相談直後から物件情報の収集・選定・紹介といったあっせん尽力行為を開始することからすれば,購入の相談直後には締結することが望ましい。もちろん,現実には初見の購入希望者にいきなり媒介契約の締結を求めるのは不可能に近いとの声も聞かれるところであるが,媒介契約を遅らせるほど,宅建業法に抵触する恐れがあることや,抜かれて直接契約をされたり他業者に仲介を奪われるリスクがあることに留意しなければならない。
また,インスペクションに関する宅建業法の改正に伴い,宅建業者は,建物状況調査の制度概要について媒介契約前に説明せざるを得なくなったことから,媒介契約書を売買契約当日に初めて提示してサインさせることは困難になったと言われている。
2 媒介契約の更新
【会員の方からの御質問】
● 媒介契約の更新方法は,どのようにしたら良いか?
● 媒介契約を更新しない場合は,どのようにしたら良いか?
宅建業法は,専属専任媒介契約と専任媒介契約の有効期間は,3ヶ月を超えることはできないとし(業法34条の2 第3項),これを更新するには,「依頼者の申出」によることが必要である(同4項)。
特約で自動更新条項を設けても無効であるし(同10項),黙示の更新も認められない。
これを受けて,標準媒介契約約款では,一般媒介契約も含めて,以下の更新に関する条項を設けている。
第○条 ○○媒介契約の有効期間は,甲及び乙の合意に基づき,更新することができます。
2 有効期間の更新をしようとするときは,有効期間の満了に際して甲から乙に対し文書でその旨を申し出るものとします。
3 前2項の規定による有効期間の更新に当たり,甲乙間で○○媒介契約の内容について別段の合意がなされなかったときは,従前の契約と同一内容の契約が成立したものとみなします。
そこで,宅建業者は,媒介契約を更新させてもらいたいと考える場合には,依頼者が 更新を申し出る形式の申出書の書式を作成し,これに依頼者に署名押印してもらうという方法をとることになる。
逆に,依頼者が更新を希望しても,宅建業者がこれに同意せずに契約を終了させることは可能である(宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方)。ただ,そのことを明確にしておかないとトラブルを生じるので,宅建業者から依頼者に対して,更新に応じられない旨を書面で通知しておくべきである。
なお,標準約款第3項の記載を自動更新条項と読まれる方がいるが,誤解である。同
項は,あくまで2項による更新が行われたときに,契約内容が変わらないことを規定したものにすぎず,依頼者の更新申出がなければ媒介契約が終了することに注意を要する。
3 特別の依頼に係る費用について
【会員の方からの御質問】
● 媒介契約書に特別費用として明示していなかったが,媒介契約書が更新されなかった場合に請求しても良いか?
〈宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方〉特別の依頼に係る費用について
指定流通機構への情報登録はもちろんのこと,通常の広告,物件の調査等のための費用は,宅地建物取引業者の負担となる。
また,宅地建物取引業者は依頼者から特別に広告の依頼や遠隔地への出張の依頼を受けたときは,あらかじめ,依頼者に標準媒介契約約款の定めに基づき請求する費用の見積りを説明してから実行すべきである。
なお,費用の請求は,成約の有無に関わらずできるものである。
〈媒介契約約款〉
第○条 甲が乙に特別に依頼した広告の料金又は遠隔地への出張旅費は甲の負担とし,甲は,乙の請求に基づいて,その実費を支払わなければなりません。
特別の依頼に係る費用は,媒介契約が更新されなかった場合にも請求できるが,それが可能なのは,あくまで「特別の依頼」があったときであり,上記ガイドラインからすれば,事前に費用の「見積り」を説明しておくことも求められている。
媒介契約書にこの依頼や見積り説明の記載がなく,他にこれを記載した書面がなければ,立証の観点からこの費用の請求は難しいだろう。
※ 特別の依頼に係る費用ではなく,通常の費用(履行のために要した費用)は,媒介契約書が更新されなかった場合は請求できないのが原則である(通常の費用は,例えば専任媒介契約で,有効期間内に依頼者が自己取引した場合や一方的に媒介契約を解除した場合に,例外的に返還請求できるのみである)。
Ⅴ 業行為の可否と無免許業者の幇助について
1 無免許営業とは
宅建業の免許を受けていない者が,宅地建物取引「業」を「営」めば,無免許営業として罰則の対象となり(業法12条1項,79条2号),これを幇助した宅建業者は,幇助犯として罰則の適用があるほか,業務停止・免許取消といった重い処分を受ける可能性がある。
2 宅地建物取引「業」とは
「宅地建物取引業」とは,宅地若しくは建物の売買若しくは交換又は宅地若しくは建物の売買,交換若しくは貸借の代理若しくは媒介をする行為で,「業として」行うものをいう(業法2条2号)。
この「業として」行う取引に当たるかについて,国交省はガイドラインで以下の基準を示している。
〈宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方〉第2条第2号関係
1 「宅地建物取引業」について
(1) 本号にいう「業として行なう」とは,宅地建物の取引を社会通念上事業の遂行とみることができる程度に行う状態を指すものであり,その判断は次の事項を参考に諸要因を勘案して総合的に行われるものとする。
(2) 判断基準
① 取引の対象者
広く一般の者を対象に取引を行おうとするものは事業性が高く,取引の当事者に特定の関係が認められるものは事業性が低い。
(注)特定の関係とは,親族間,隣接する土地所有者等の代替が容易でないものが該当する。
② 取引の目的
利益を目的とするものは事業性が高く,特定の資金需要の充足を目的とするものは事業性が低い。
(注)特定の資金需要の例としては,相続税の納税,住み替えに伴う既存住宅の処分等利益を得るために行うものではないものがある。
③ 取引対象物件の取得経緯
転売するために取得した物件の取引は事業性が高く,相続又は自ら使用するために取得した物件の取引は事業性が低い。
(注)自ら使用するために取得した物件とは,個人の居住用の住宅,事業者の事業所,工場,社宅等の宅地建物が該当する。
④ 取引の態様
自ら購入者を募り一般消費者に直接販売しようとするものは事業性が高く,宅地建物取引業者に代理又は媒介を依頼して販売しようとするものは事業性が低い。
⑤ 取引の反復継続性
反復継続的に取引を行おうとするものは事業性が高く,1回限りの取引として行おうとするものは事業性が低い。
(注)反復継続性は,現在の状況のみならず,過去の行為並びに将来の行為の予定及びその蓋然性も含めて判断するものとする。
また,1回の販売行為として行われるものであっても,区画割り して行う宅地の販売等複数の者に対して行われるものは反復継続的な取引に該当する。
このガイドラインの基準を見ていると,相続税対策のために,相続した広い土地を仲介業者を通じて3筆くらいに分けて販売するくらいは,②・③・④の観点から,宅建
「業」に当たらないのではないかとも思えてしまう。
しかし,実際には,⑤の点がかなり重視されているという印象であり,軽率な判断は厳に慎まなければならない。
結局は,諸事情を総合考慮した場合に,行政や警察がどのように判断するかという問題になってしまうので,このような地主から相談を受けた宅建業者としては,予防法務的には,行政と警察に問い合わせて何らかのお墨付きを得るか,土地全体を一括して売却させるという手段をとらざるを得ない。
3 宅建業を「営」むとは
「営」むとは,「営利の目的」をもって取引を行うことをいう。「営利の目的」とは,財産上の利益を図ることを目的とすることをいうが,現実の利得が存在することまでは
要せず,一連の行為が包括的にみて利益を上げる性質のものであればよい。
したがって,土地を分筆して複数の者に売却して金銭を得るという行為自体,通常は営利の目的があると判断される。
4 宅建業者の無免許営業への関与
無免許営業に仲介や代理として関与した宅建業者は,幇助犯として罰則の適用があるほか,業務停止・免許取消といった重い処分を受ける可能性がある(検挙・処分例多数)。
〈宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方〉第12条第1項関係
無免許の者が宅地建物取引業者の媒介等を経て取引を行った場合について免許を受けていない者が業として行う宅地建物取引に宅地建物取引業者が 代理又は媒介として関与したとしても,当該取引は無免許事業に該当する。
また,宅地建物取引業者が無免許事業に代理又は媒介として関与した場合は,当該宅地建物取引業者の行為は法第65条第2項第5号又は法第66条第1項第9号に該当する。
【会員の方からの御質問】
● 売却希望者から土地の売却を依頼された。そのまま宅地として売却するには広すぎる土地なので,3つに分筆して売却しようと考えているが,媒介業者は幇助に当たるのか?
→ 原則当たると考えるべき。
● 売却希望者の土地が土地区画整理事業地内であれば,反復継続しても問題ないか?
→ 土地区画整理事業地内だから非業者が売却・交換を反復継続してよいということはない。
● 建設業者(非宅建業者)が土地を取得し,モデルルームを建築した。内見会が終わり,売却するために建設業者から媒介を依頼されたが,媒介業者は幇助に当たるのか?
→ 原則当たると考えるべき。
● 広義での不動産業者(非宅建業者)が競売で取得した土地建物の売却について媒介を依頼されたが,媒介業者は幇助に当たるのか?
→ 原則当たると考えるべき。
● 元付業者が無免許業者の幇助をしている可能性がある場合,客付業者も連帯責任を負うのか?
→ 原則負うと考えるべき。
● 非宅建業者の業行為となりそうな案件は,宅建業者が買い取ってあげた方が良いのは分かるが売れ残るリスクもあるので,「第三者のためにする契約」を行って他人物売買をやってみようと思う。司法書士に相談しても「第三者のためにする契約」をよく理解していないため,自分で契約書を作成しようと思うが,要件や特約はどのようなものか教えて欲しい。
→ おそらく宅建業者が「第三者のためにする契約」を用いて所有者から一括して購入し,これを転売するという趣旨と思われるが,所有者に代金を一括払いせずに個別の転売契約の決済毎に支払うような形では,脱法行為とみなされる可能性が高いことには注意されたい。
【参考】中間省略登記の代替としての「第三者のためにする契約」
宅地建物取引業法第33条の2
宅地建物取引業者は,自己の所有に属しない宅地又は建物について,自ら売主となる売買契約(予約を含む。)を締結してはならない。ただし,次の各号のいずれかに該当する場合は,この限りでない。
一 宅地建物取引業者が当該宅地又は建物を取得する契約(予約を含み,その効力の発生が条件に係るものを除く。)を締結しているときその他宅地建物取引業者が当該宅地又は建物を取得できることが明らかな場合で国土交通省令・内閣府令で定めるとき。
二 (略)
宅地建物取引業法施行規則第15条の6
法第33条の2第1号の国土交通省令・内閣府令で定めるときは,次に掲げるとおりとする。
一~三 (略)
四 当該宅地又は建物について,当該宅地建物取引業者が買主となる売買契約その他の契約であって当該宅地又は建物の所有権を当該宅地建物取引業者が指定する者(当該宅地建物取引業者を含む場合に限る。)に移転することを約するものを締結しているとき。
従前,宅建業者Bが,Aから物件を購入し,Cに転売する場合,所有権登記をAからCに直接移転するという中間省略登記が実務上行われていたが,平成17年施行の改正不動産登記法により,申請書副本の制度が廃止され,移転登記申請において登記原因証明情報の提供が義務付けられたことから,A→Cという中間省略登記はできなくなった。
しかし,実務上中間省略登記の有用性が高かったことから,代替手段の一つとして,
「第三者のためにする契約」(民法第537条)が用いられるようになった。すなわち,AB間では物件の所有権を直接第三者に移転させる内容の「第三者のためにする売買契約」を締結し,BC間ではAに所有権が留保された物件の売買契約を締結することで,AB間・BC間でそれぞれ売買契約を締結しながら,所有権自体はAからCに直接移転させることができるので,A→Cの移転登記が可能になる。
ただ,この方法では,BC間の売買が他人物売買となることから,Bが宅建業者の場合,従前の業法第33条の2に抵触するという問題があった。そこで,国土交通省は,業法第33条の2の適用除外を定める宅地建物取引業法施行規則第15条の6をわざわざ改正し,第4号を新設した(平成19年7月10日公布・即日施行)。
結果的に,AB間で「第三者のためにする契約」を締結していれば,BC間での他人物売買が認められることになった(ただし,AB間の契約でBが所有権の移転先として指定できる者に,B自身も含まれていることが要件となっていることには注意を要する)。
〈契約書の記載例〉
① AB間の売買契約書に挿入する条項
(所有権の移転先及び移転時期)
1 買主は、売買代金全額の支払までに本件不動産の所有権の移転先となる者(買主を含む。)を指名するものとし、売主は、本件不動産の所有権を買主の指定する者に対し、買主の指定および売買代金全額の支払いを条件として直接移転するものとする。
(所有権留保)
2 買主は、売買代金全額を支払った後でも、買主自身を本物件の所有権の移転先に改めて書面をもって指定しない限り、買主に本物件の所有権は移転しないものとする。
(受益の意思表示の受領)
3 買主は、売買代金全額の支払いまでに、所有権の移転先に指定した者から売主に対し受益の意思表示をさせるものとする。ただし、売主は、買主からの申し出があった場合には、その受益の意思表示の受領権限を買主に与えるものとする。
(買主の移転債務の履行の引受)
4 売主または買主が前項の受益の意思表示を受けたときは、売主は、買主がその者に対して負う所有権移転の債務を履行するために、その者に対し直接所有権を移転するものとする。
② BC間の売買契約書に挿入する条項
(第三者の弁済)
本件不動産は現在の登記名義人が所有しているので、本件不動産の所有権を移転する売主の義務については、売主が売買代金全額を受領した時に、その履行を引き受けた本件不動産の登記名義人である所有者が、買主に対しその所有権を直接移転する方法で履行するものとする。
〈登記原因証明情報の記載例〉
Ⅵ 瑕疵担保責任の有無について
1 免責の可否
瑕疵担保責任に関する適用法令のまとめ
瑕疵担保責任については,民法以外の法律にも細かく定められているところであり,売買当事者の属性により,特約が無効となって売主に責任が生じることがある。
また,適用法令によっては,買主の権利行使に制約が生じる場合があることにも留意が必要である。
① 民法
(a) 免除特約については,制限はないので,可能である。
(b) 買主が瑕疵担保責任を追求できるのは,「事実を知った時から1年以内」とされている(民法570条・566条)。逆に,事実を知るまでは,10年の消滅時効にかかるまでは瑕疵担保責任を追及できることになる。
※ 民法上,免除特約が有効であっても,売主が瑕疵について悪意であったとき(知りながら告げなかったとき)には,瑕疵担保責任を免れない(民法572条)。
② 宅地建物取引業法
売主が業者,買主が業者以外の場合,業法40条が適用され,目的物の引渡しの日から2年以上となる特約をする場合を除き,民法の規定より買主に不利となる特約をしてはならず,かかる特約は無効となる。
③ 商法
商人間の売買の場合,商法526条が適用され,買主は,目的物件を受領したときに遅滞なく瑕疵の有無を検査し,瑕疵を発見したときは直ちに売主に通知しなければならず,直ちに発見できない瑕疵であっても受領後6か月
以内に発見し通知しなければ,瑕疵担保責任を追及できなくなる。(*1)
※ 商人間の売買では,瑕疵担保責任免除特約については,業法が適用される場合を除き,特に規定はなく可能である。
④ 消費者契約法
売主が事業者,買主が消費者の場合,消費者契約法8条が適用され,事業者が瑕疵担保責任を一切負わない旨の特約は原則無効とされる。
また,消費者に一方的に不利な特約(瑕疵担保責任の期間が極端に短い場合など)は,消費者契約法10条により無効となることがある。
※ 消費者契約の場合に,売主の瑕疵担保責任の期間をどの程度にすれば消費者契約法10条に違反しないかは,取引ごとに判断されるため,予測が難しい。少なくとも,これを「3か月」にした特約については,同条に違反して無効とした裁判例があることには留意すべきである(東京地裁平22・6・29)。
⑤ 住宅の品質確保の促進等に関する法律
新築物件の主要部分等の隠れた瑕疵については,当事者の属性にかかわらず,すべて品確法95条が適用され,売主は最低10年間は瑕疵担保責任を負わねばならず,これを免除・軽減する特約は無効となる。
【会員の方からの御質問】
● 宅建業者の代表者Aが個人資産として所有していた物件について,以下の各事情がある場合,売主Aを消費者又は個人事業者として,業者売主時の2年間の瑕疵担保責任は負わないで,自社の宅建業者を媒介させて売却することは可能か?(A個人は宅建業を営む者ではないことを前提とする。)
① 事業用物件を取得し,自社の宅建業者に事務所として賃貸していた物件
→ A個人が宅建業者でないのであれば,自社の宅建業者を媒介にしても,Aが直ちに宅建業法の規制を受けるわけではない。
賃貸物件を個人で所有する場合,借主との関係では家主は事業者であることに
ほぼ争いはないが,これを売却する場合に事業者に当たるかどうかは若干議論のあるところである。実際には,これが複数の賃借人のいる収益物件であれば売買の際にも売主Aは事業者であるが,戸建物件を単に1社に賃貸していただけで買主に空渡しする予定であれば売主Aは消費者に当たる可能性もある。
また,買主も,賃借人のいる収益物件として購入するのであれば,事業者に当たりうる。
売主Aが消費者と判断される場合は免責も可能である。売主Aが事業者と判断される場合は,買主も事業者と判断されれば免責は可,買主が消費者と判断される場合は免責は原則不可だが,責任負担期間を2年とする必要はないであろう。
② 居住用物件を取得し,自宅として使用していた物件
→ 売主Aは消費者と判断されるので,免責は可能である。
③ 店舗兼居宅物件を取得し,1階を事務所として自社の宅建業者に賃貸し,2階を自宅として使用していた物件
→ ①とほぼ同じ。
④ 相続した物件
→ 相続により取得したという事情は事業者性を否定する方向に働くが,結局は当該物件の状況や当事者の意思により,Aは事業者にも消費者にもなり得るだろう。
※ 売主Aが宅建業者の代表者であるという事実は,A個人に宅建業法の規制がかかるわけではないものの,隠れた瑕疵に関する善意・悪意の判断や,売主としての注意義務・説明義務違反の判断には,大きな影響を与える(売主Aに不利に働く)ことには留意すべきである。
実際の取引では,単に免責特約で責任を回避するだけでなく,瑕疵の可能性があると思われる事情について特約事項・容認事項に明記・列記しておくべきである。
● 宅建業者が中古戸建を買い取リ,リフォームを外注し実施した上で再販した。リフォーム業者からは特に報告がなく,隠れた瑕疵については全く把握していなかったが,買主からリフォームをしたから分かっていただろうと責任を追及された。どのように対応したら良いか?
→ 瑕疵担保責任の免責特約がない場合は,売主は瑕疵を知らなくても買主に責任を負わなければならない。
免責特約がある場合は,売主が瑕疵を知っていたかが論点になる(民法572条)。
売主も中古物件を買い取ったにすぎないという点は売主が善意であったことを推測させる事情であり,売主としてはこの点を強調した対応になろう。
実際の責任の有無は,具体的な瑕疵の内容・程度,売主のリフォーム工事への関与の程度,リフォーム業者が瑕疵を報告しなかった事情など,諸事情を考慮して判断せざるを得ない。
● A宅建業者が,競売で取得した物件を別のB宅建業者に売却した。B宅建業者が売却活動をしているとき,客付業者から心理的瑕疵の存在を指摘され,調査したところその存在は事実だったので,値下げせざるを得なかった。B宅建業者は,A宅建業者に対してどのように責任を追及したら良いか?
→ 瑕疵担保責任の免責特約がない場合は,買主Bは売主Aに損害賠償を請求することになる。ただし,業者間取引には商人間売買に関する商法526条が適用され,買主Bは引渡から6ヶ月間しか売主Aに責任追及できない可能性がある。
免責特約がある場合は,買主Bは売主Aが瑕疵を知っていたことを立証しなければならないが(民法572条),売主Aが物件を競売で取得していることから,競売資料に記載がない場合,Aの悪意を立証することはかなり困難であろう。
Ⅶ 業者売主時の手付金について
1 手付の額の制限
(1) 宅建業者が自ら売主となって売買契約を締結する場合には,代金の20%を超える額の手付金を受領することはできない。
この規定が設けられたのは,取引知識や経験に乏しい一般の買主から多額の手付金を受領してしまうことで,軽率な衝動買いをした買主の解除権行使の機会を奪う宅建業者が横行したことから,かかる宅建業者から一般の買主を保護するためだとされる。
※ 一般の買主を保護する規定であるため,買主が宅建業者である場合には適用がなく,業者間取引の場合には手付の額の制限はない(業法78条2項)。
(2) 超過手付の受領の効果
売主業者が代金の20%を超える額の手付を受領したとしても,手付の交付がすべて無効となるわけではなく,20%の部分については手付として有効である。そして,
20%を超える部分については,売買代金の一部前払い(内金)となると解されている。
Q= 当社は物件売却の際,手付金としてうっかり代金の30%を買主より受
領してしまいました。業法39条1項との関係ではどのような問題が生じるでしょうか?
A=① 買主が手付解除する場合,20%を流せば足りることになり,売主は
超過した10%を返却する必要がある。
② 売主は,手付解除自体ができなくなる。
本件では,売主が受領した額のうち,20%のみが手付金として扱われ,
超過した10%は内金となる。したがって,買主が手付流しをする場合は,
20%を流せば足り,内金部分の10%は返還を請求できることになる。 他方,内金として10%が支払われた以上は,買主には「履行の着手」が
あったことになるので,売主はたとえ40%の倍返しをしようとしても,手
付解除はできなくなる。履行に着手した買主が自ら手付解除することは認め
られるので,一見不公平にも見えるが,売主業者が超過手付を受領してしまった以上はやむを得ないと言われている(もっとも,違約金の定めがあれば,
(3) 業法39条1項違反に対する措置
この規定は民事的効力規定としての役割に重点があるため,超過手付を受領した場合,指示処分の対象となる可能性はあるが,業務停止処分・免許取消処分や,罰則は予定されていない。
2 宅建業者が売主の場合②-解約手付性の付与
(1) 解約手付性の付与の趣旨
民法557条1項の規定は任意規定であるから,民法レベルでは当事者間で手付解除できない旨の特約をすることも可能である。
しかし,業法39条2項は,宅建業者が自ら売主となる売買契約を締結するに際して手付を受領したときは,その手付がいかなる性質を持つものであっても(すなわち証約手付や違約手付の性質があったとしても),すべて解約手付の性質が付与されることとし,履行の着手があるまでは手付解除ができることとした。これに反する買主に不利な特約は無効となる。
これは,売主業者が,取引知識や経験の乏しい一般の買主による手付解除の機会を封じることがないようにして,一般の買主の利益保護を図ったものである。
※ 一般の買主を保護する規定であるため,買主が宅建業者である場合には適用がなく,業者間取引の場合には解約手付性を排除するなどの買主に不利な特約をすることも可能である(業法78条2項)。
(2) 具体的な特約の無効・有効
① 買主に不利な特約例 → 無効
・ 買主は,手付金を放棄しても契約を解除することはできないものとする。
・ 買主は,平成○年○月○日を経過すると,手付解除ができないものとする。
・ 売主は,受領した手付金を返還するだけで契約を解除できるものとする。
② 買主に有利な特約例 → 有効
・ 買主は手付金の半額を放棄するだけで契約を解除できるものとする。
・ 売主が契約を解除するためには手付金の3倍に当たる額を買主に償還しなければならないものとする。
※ 宅建業者が売主でありながら,一般売主用の書式を用いた場合,手付解除の契約条項は買主に不利な部分のみ無効となると思われる。すなわち,買主は,解除期限が来ても売主の履行の着手までは手付解除が可能となり,他方で,売主は,買主の履行の着手と解除期限のいずれかが早く到来してしまうと手付解除はできなくなるであろう。
(3) 業法39条2項違反に対する措置
この規定自体の違反には業務停止処分・免許取消処分や罰則は定められていないが,買主に不利な特約を根拠に手付解除を拒否したり妨害した場合には,業法47条の2違反として,指示処分・業務停止処分・免許取消処分もあり得る。
3 宅建業者が売主の場合③-手付金等の保全
未完成物件の場合
保全措置を要するのは,手付金等が代金の「5%」
または1000万円を超える場合
保全の方法は①保証・②保険の2種類
完成物件の場合
保全措置を要するのは,手付金等が代金の「10%」
または1000万円を超える場合
保全の方法は①保証・②保険・③保管の3種類
(1) 手付金等保全の制度の趣旨
いわゆる「青田売り」の場合,売買代金の一部が「手付金」「内金」「中間金」等の名目で買主から売主業者に交付されることが多い。しかし,これらの金銭は工事費に充当されるなどしてしまうため,物件の引渡し前に売主業者が経営不振に陥ったり,倒産した場合には,買主は物件の引渡しを受けられないうえに,手付金も返還されず,多大な損害を被ることになる。
そこで,昭和46年の宅建業法改正で,未完成物件について売買契約を締結する場合に,売主業者が手付金等について保全措置を講ずることが義務付けられた。
ところが,青田売りの場合だけでなく,完成物件の売買においても,売主業者が手付金や中間金を受領したにもかかわらず,物件の引渡し前に倒産するなどして,買主が多大な損害を被るトラブルが多発したため,昭和63年の宅建業法改正で,完成物件についても売主業者に手付金等の保全措置を講ずることが義務付けられ,買主保護が強化された。
※ 一般の買主を保護する規定であるため,買主が宅建業者である場合には適用がなく,業者間取引の場合には手付金等の保全措置は不要である(業法78条2項)。
.....
(2) 未完成物件の売買にかかる手付金等の保全
ア 保全措置を講じなければならない「契約」
業法41条の手付金等の保全を講じなければならない契約は,①宅地の造成または建築に関する工事の完了前において行う当該宅地または建物の売買で,②宅建業者が自ら売主となる契約である。
〈宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方〉第41条第1項関係
宅地の造成又は建築に関する工事の完了について
宅地の造成又は建築に関する工事が完了しているか否かについては,売買契約時において判断すべきであり,また,工事の完了とは,単に外観上の工 事のみならず内装等の工事が完了しており,居住が可能である状態を指すものとする。
→ 外観上は完成しているように見えても,なお「未完成物件」としての手付金等の保全措置を講じなければならない可能性に注意しなければならない。
イ 保全措置を講じなければならない「手付金等」
保全を講じなければならない「手付金等」とは,①代金の全部または一部として授受される金銭,及び,手付金その他の名義をもつて授受される金銭で代金に充当されるものであって,②契約の締結の日以後,当該宅地または建物の引渡し前に支払われるものである。
したがって,「手付金」だけでなく,「内金」・「中間金」も保全すべき金銭に含ま れる。
ウ 保全措置を講じなければならない「金額」の基準
未完成物件の場合,手付金等の額(すでに受領した手付金等があるときは,その
...
額を加えた額)が,「売買代金の5%」または「1000万円」を超えるときは,
保全措置を講じなければならない(業法41条1項但書,施行令3条の3)。
(例) 売買代金3億円の場合,手付金が1500万円ならば,代金の5%以下だが,1
000万円を超えるので,保全措置を要する(保全するのは1500万円全額であり,超過した500万円のみではない)。
手付金が800万円であれば,直ちに保全措置を講じる必要はないが,中間金70
0万円を受け取るような場合は,合計1500万円となり1000万円を超えるので,その時点で1500万円全額の保全措置を講じなければならない(保全するのは15
00万円全額であり,超過した500万円や中間金700万円のみではない)。
※ 消費税相当額の扱いについて
不動産取引について課されるべき消費税に相当する額については,代金の一部に含まれるものとして扱われることから,上記の「代金」や「手付金等」の金額は,いずれも消費税込みの金額で考える(国交省通達「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」その他の留意すべき事項2)。
エ 保全措置の方法
未完成物件の場合,手付金等の保全措置としては,銀行等による「保証」と,保険事業者による「保証保険」の2つの方法がある。
※ 完成物件の手付金等では認められている指定保管機関による「保管」による保全措置は,未完成物件の売買では使えない(国交省通達「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」第41条の2関係)
(a) 銀行等による保証
手付金
買 主
売主業者
売買契約
保証料
保証委託契約
保証書
保証契約
銀行等
手続の概略は以下のとおりである。
①宅建業者は,買主から手付金等を受け取る前に,銀行等との間で,手付金等の返還債務を銀行が連帯保証してくれる内容の契約(保証委託契約)を締結する。②銀行は,この保証委託契約に基づいて連帯保証を約束する書面(保証証書)を発行する。③宅建業者はこの保証証書を買主に交付し,それと引き換えに手付金等を受領する。
これにより,買主と銀行等との間で保証契約が成立し,銀行は,少なくとも,売主業者が受領した手付金等の返還債務の全部について,物件の引渡しまでの期間は,連帯保証しなければならない。
なお,かかる保証を行い得る者は,「銀行その他政令で定める金融機関又は国土交通大臣が指定する者」に限られている(任意の者の保証で保全措置になるわけではないことは言うまでもない)。
(b) 保険事業者による保証保険
手付金
買 主
売主業者
売買契約
保険証券
保証保険契約
保険料 (保険金)
保険会社
①宅建業者は,買主から手付金等を受け取る前に,保険会社との間で,手付金等の返還債務が生じてこれを返せなくなったときに,保険会社が買主に手付金等相当額の保険金を支払うことを約する契約(保証保険契約)を締結する。②保険会社は買主を受取人とする保険証券を発行する。③宅建業者はこの保険証券を買主に交付し,それと引き換えに手付金等を受領する。
この保険は,保険金額が売主業者が受領しようとする手付金等の額(すでに受領した手付金等があるときはその額を加えた額)に相当する額であること,保険期間が少なくとも物件の引渡しまでの期間であることを要する。
なお,かかる保険を行い得る者は,「保険事業者」,すなわち,保険業法または外国保険事業者に関する法律の免許を受けて保険事業を営む者に限られている。
オ 保全措置を講じる必要がない場合
次の場合には,売主業者は保全措置を講じる必要はない。
① 「買主への所有権移転の登記がされたとき」または「買主が所有権の登記をしたとき」
② 未完成物件の場合,売主業者が受領しようとする手付金等の額(既に受領した
手付金等があるときは,その額を加えた額)が,「代金額の5%以下」であり,
..
かつ,「1000万円以下」であるとき。
③ 買主が宅建業者であるとき(業者間取引であるとき)。
カ 保全措置を講じない場合の買主保護
売主業者が手付金等の保全措置を講じないときは,買主は,手付金等を支払わな
いことができる(業法41条4項)。
したがって,売主業者が保全措置を講じない限りは,買主は,約束した手付金を支払わなくても債務不履行にはならないし,売主業者は,買主に対し手付金不払いを理由に売買契約の解除や違約金の請求をすることはできない。
※ 買主は手付金の支払いを拒むことができるだけなので,買主が任意に手付金等を支払ってしまった場合には,保全措置が講じられていないからといってその返還を請求することまではできないと解されている。
キ 保全措置の違反に対する措置
業法41条に違反して保全措置を講じることなく手付金等を受領した場合,指示処分,業務停止処分,情状が特に重いときには免許の取消処分を受ける。
※ 買主が保全措置の制度を知らずに手付金等を支払ってしまうことを防止するために,宅建業者は,契約の締結に先立って手付金等の保全措置の概要について説明する義務がある(業法35条1項10号)。
重要事項説明である以上,売主業者はもとより,仲介・代理業者も説明義務を負う。保全措置を告げなかった場合には仲介・代理業者も業法47条1項違反(事実不告知)として処分の対象となるとの建設省通達がある(昭和63年11月21日不動産業課長通達)。
....
(3) 完成物件の売買にかかる手付金等の保全
ア 保全措置を講じなければならない「契約」
業法41条の2の手付金等の保全を講じなければならない契約は,宅建業者が自ら売主となる「完成物件」(宅地の造成または建築に関する工事の完了後)の売買契約である。
イ 保全措置を講じなければならない「手付金等」未完成物件の場合と同じ。
ウ 保全措置を講じなければならない「金額」の基準
完成物件の場合,手付金等の額(すでに受領した手付金等があるときは,その額
...
を加えた額)が,「売買代金の10%」または「1000万円」を超えるときは,
保全措置を講じなければならない(業法41条の2第1項但書,施行令3条の3)。
エ 保全措置の方法
完成物件の場合,手付金等の保全措置としては,銀行等による「保証」,保険事業者による「保証保険」に,指定保管機関による「保管」を加えた3つの方法がある。
オ 銀行等による保証
未完成物件の場合と同じ。
カ 保険事業者による保証保険 未完成物件の場合と同じ。
キ 指定保管機関による保管
売主業者
③質権設定通知
①手付金等寄託契約
売買契約
買 主
②質権設定契約
④手付金等支払
保管機関
指定保管機関による保管とは,物件引渡しまでの間,手付金等を売主業者に直接交付せず,第三者である指定保管機関において買主のために保管する形の手付金等の保全措置である。
手続の概略は以下のとおりである。
①売主業者は,国土交通大臣が指定する指定保管機関との間で,自己に代理して手付金等を受領させるとともに,当該指定保管機関が手付金等相当額の金銭を少な
くとも物件引渡しまでの期間は保管することを約束する内容の契約(手付金等寄託契約)を締結する。したがって,売主業者は,買主から手付金等を自ら受領してはならない。
②売主業者は,買主との間で,手付金等の担保として,売主業者が指定保管機関に対して有する寄託金返還請求権に質権を設定する契約を締結し,③指定保証機関に対して確定日付ある証書をもって質権設定を通知する。
④これらの措置が講じられたうえで,買主は,指定保管機関に対して手付金等を支払い,指定保管機関は売主業者の代理としてこれを受領する。なお,売主業者がすでに自ら受領した手付金等があるときは,買主が手付金等の支払をする前に,受領済みの手付金等相当額を指定保管機関に交付しなければならない。
特に問題なく買主に対して物件が引き渡されたときは,売主業者は,指定保管機関から手付金等(寄託金)の返還を受ける。
物件引渡しまでの間に,売主業者が買主に対して手付金を返還しなければならない事情が生じたにもかかわらず,売主業者がこれを履行できない場合には,買主は質権を実行して,指定保管機関より手付金等(寄託金)の返還を受けることになる。
※ (公社)全国宅地建物取引業保証協会は,この指定保管機関として,保管料なし
..
で「手付金等保管制度」事業を実施している。
..
なお,同保証協会は,「手付金保証制度」事業も実施している。ただし,これ
は,売主・買主ともに一般消費者の売買において手付金を保証するサービスであり,売主が宅建業者の場合に業法が求める保全措置とは異なるものである。
ク 保全措置を講じる必要がない場合
次の場合には,売主業者は保全措置を講じる必要はない。
① 「買主への所有権移転の登記がされたとき」または「買主が所有権の登記をしたとき」
② 完成物件の場合,売主業者が受領しようとする手付金等の額(既に受領した手
付金等があるときは,その額を加えた額)が,「代金額の10%以下」であり,
..
かつ,「1000万円以下」であるとき。
③ 買主が宅建業者であるとき(業者間取引であるとき)。
ケ 保全措置を講じない場合の買主保護未完成物件の場合と同じ。
コ 保全措置の違反に対する措置未完成物件の場合と同じ。
【会員の方からのその他の御質問】
● 手付金1割,違約金1割と契約書に記載したが,違約解除の場合は,1割+1割で2割の違約金を請求しても良いか?
→ 違約金とは別に手付金も没収される旨が明記されていない限り,「違約金1割」と記載されている以上,それが損害賠償額の予定となる。例えば,買主に違約があった場合に,売主が契約を解除して違約金1割に手付金1割を充当した場合は,それ以上に違約金を請求することはできない(各団体の書式も通常はその形であろう)。
Ⅷ 契約締結前のキャンセルについて【賃貸】
1 入居申込書提出後のキャンセル
【会員の方からの御質問】
● 賃貸借の媒介で入居希望者から入居申込書が提出され,業者として物件を押さえ契約日などを調整していたが,入居希望者から突然申し込みをキャンセルされた。以下の場合,何らかの金銭は請求できないのか?
① 契約開始に向けて,鍵の交換やルームクリーニングなど実施していた場合
② 入居希望者からの要望で多少のリフォームを施した場合
→ 請求できないのが原則である。
賃貸借契約でも,契約が締結されなければ契約上の義務や損害賠償義務が生じないのが原則であること,例外的に,契約が締結されることについて強い期待を抱かせたにもかかわらず,一方的に契約を打ち切って契約締結を拒否することが,契約準備段階における「信義則上の注意義務」に違反する行為(契約締結上の過失)であるとして,損害賠償義務が認められる可能性があることは,売買と同様である。
ただ,賃貸において,入居希望者が申込みをキャンセルしたケースについては,仮にそれが信義則違反というべき行為であったとしても,貸主側から損害賠償請求することはかなり難しいだろう。なぜなら,上記質問のような鍵交換・クリーニング・リフォームのような行為は,借主が誰であっても貸主が行う作業であり,また,その効果が建物自体に付加されるものであるから,貸主に「損害」が発生したと主張・立証することが困難だからである。
例外的な事例として,②のうち,入居希望者の事業(病院など)に見合う特殊な工事に貸主が着手しており,これを撤去しなければ別の入居希望者が現れないといった事情がある場合には,契約締結上の過失による損害賠償請求が認められる余地はあろう
そもそも論であるが,かかる契約交渉に仲介業者が関与する場合には,契約締結までは工事に着手させない,あるいは,工事着手後にキャンセルとなった場合に既払費用を誰が負担するかにつき覚書を交わしておく,といった配慮が求められるところである。。
※ 貸主側から賃貸借契約の締結直前にこれをキャンセルしたケースでは,貸主の契約
締結上の過失を認定する事例が相当数ある。
2 預り金(申込証拠金)の扱い
賃貸の仲介業者が,借受け予定者から,契約申込みの段階で,物件確保のためとして預り金や申込証拠金を受領することがある。かかる預り金は,あくまで借受けの意思を明確にし,順位を保全するためのものにすぎず,契約が成約しないにもかかわらずこれらが没収される理由はない。
宅建業者が,預り金の返還を拒否すれば業法47条の2違反となり,業務停止の対象となる(宅建業者が預り金を自己の所得とすれば業務上横領行為となる可能性もある)。
そもそも借受け予定者からは契約前に金銭を預からないことが肝要である。
3 入居拒否
【会員の方からの御質問】
● 入居希望者の契約条件や人間性を見て,入居後トラブルになりやすいと判断した。申し込みをどのように断れば良いか?
→ 家主と相談のうえ入居を拒否することにした場合,入居希望者には,諸事情を総合考慮して判断した結果とのみ伝える。
家主や仲介業者は,入居希望者に入居拒否の理由を開示する義務はない。
※ ただし,外国人,障害者,単身高齢者,父子・母子家庭といったことを理由に入居拒否することは許されない。これらを理由に入居拒否した場合,家主や仲介業者は不法行為による損害賠償義務に問われる。
Ⅸ 賃貸借契約の成立時期
【会員の方からの御質問】
● 賃貸借契約の成立時期があいまいで,よくトラブルの相談を受けるので説明を受けたい。
● 入居希望者が,家主未押印の賃貸借契約書に押印し仲介業者に提出した。
ケース1:家主が押印した賃貸借契約書が入居希望者の手元に渡っていない段階で,入居希望者がキャンセルしたが,どうなるのか?
ケース2:家主からキャンセルの連絡がきた。入居希望者は店舗の準備をしていたから困っているが,どうなるのか?
賃貸借契約では,売買契約とは異なり,貸主・借主が同席の上で契約書に署名押印することの方が少ない。また,契約書の締結と契約期間開始日(入居日)との間にタイムラグがあることも多いことから,賃貸借契約の成立時期と一方当事者からのキャンセルの可否が問題となることが多い。
ただ,実は賃貸借契約がいつ成立するか(どの行為をもって契約の「申込み」と「承諾」と見るか)については,明確な結論があるとは言いがたい。実際には家主と借主のどちらが契約を申し込んだとみるべきかが判然としないことも多く,ケースバイケースで判断されることになる。
御質問の事例を例とすると,
(ア)家主が入居審査にOKを出し,契約書の内容も理解していたならば,仲介業者が借主に契約書を提示したことが家主から契約の「申込み」に当たり,これに借主が署名押印して仲介業者に返した時点で契約の「承諾」となって契約が成立する(家主の署名押印がなくても成立する)と解される場合や,
(イ)借主が契約書に署名押印したことが契約の「申込み」に当たり,これを受領した家主が署名押印して1通を仲介業者に戻した時点で「承諾」となって契約が成立すると解される場合
もあり得る(それ以外の考え方もあろう)。
仮に(ア)のように解すべき事例であれば,賃貸借契約が成立している以上,ケース1でもケース2でも,キャンセルは認められないということになろう。
個人的には,署名押印をもって契約が成立するとの一般的理解からすれば,(イ)のように解すべき事例が多いと考えるが,その場合はさらに,現行民法の以下の規律に留意する必要がある。
① 入居希望者の賃貸借契約の「申込み」は,入居希望者が家主から「承諾」の通知を受けるのに「相当な期間」を経過するまでは,撤回することができない(民法524条)。
② 賃貸借契約は,家主が「承諾」を「発信」したときに成立する(家主が仲介業者に交付した時点か)(民法526条1項)(発信主義)。
→ 御質問のケース1
(ⅰ) 入居希望者は,押印した契約書を家主に提出してから数日間は,①の規律により申込みを撤回できない可能性が高い。しかし,その後,家主が受け取った契約書について押印や交付をせずに日にちが経過した場合は,入居希望者は申込みを撤回できる。
(ⅱ) 家主が契約書に押印をして交付した後は,②の規律により契約が成立しているため,入居希望者は申込みを撤回できない。
→ 御質問のケース2
家主は,契約書の押印や交付をしていなければ,契約不成立としてこれをキャンセルすることができるのが原則である。
ただし,家主がこのキャンセルの意思を明確にせずに,契約期間開始日(入居日)になり,漠然と仲介業者が鍵や物件の引渡しをするのを黙認していた場合には,その時点で賃貸借契約が黙示に成立する可能性もある。
また,家主が,すでに入居審査自体にはOKを出していて,入居希望者が店舗準備のために出費しているような事情を仲介業者を通じて知っていたようなケースでは,契約締結上の過失として家主が損害賠償義務を負う可能性もある。
【実務上のポイント1】仲介業者は,家主と入居希望者との間の賃貸借契約書の取り次ぎを迅速に行わなければならない。特に片方のみの署名押印のある契約書をダラダラと放置すればするほど,ケース1のようにキャンセルをめぐるトラブルが発生しやすくなる。
【実務上のポイント2】ケース2のような事例では,仲介業者が配慮義務を怠ったとして責任を取らされる場合も少なくない。家主や入居希望者にリスクを説明していたとしてもトラブルになる事案であり,仲介業者としては,両者の署名押印が揃うまでは,鍵や物件の引渡しや店舗準備といった出費を伴う行動は極力させないようにすべきである。
※ 現行民法は,意思表示は相手方に到達したときから効力を生じるとする「到達主義」を原則としつつ,契約締結に関する「承諾」に関しては例外的に「発信主義」を採用していた。
しかし,現行民法の規定は通信手段が未発達だった頃に取引を円滑にするための規律であったことから,改正民法では,この例外が削除され,契約締結に関する「承諾」についても「到達主義」が適用されることになった。これにより,仲介業者の契約書の取り次ぎ業務の迅速性が益々重要になると思われる(取り次ぎを遅延していれば契約が成立しない曖昧な状態が続き,トラブルが生じる可能性が高まるであろう)。
以 上