Contract
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弁護士
ライセンス契約の「イロハ」
特集《ライセンス契約の実務》
要 約
今回,本誌「ライセンス契約」特集の一環として,ライセンス契約の基礎知識に関する原稿の執筆依頼をいただいた。ライセンス(実施ないし使用許諾)は知的財産権活用の有効な手段であるが,弁理士にとっては,「ライセンス」も「契約」も,出願に関する事柄に比べれば馴染みが薄いのではないかと思われる。そこで本稿は,ライセンス契約に関する基礎知識の確認をしていただくべく,特許権のライセンスを中心に整理を試みたものである。このため本稿は,ごく基本的な事項につき総花的に述べたものとなっているので,個別のテーマに関心を持たれた方は,今回の特集中の掘り下げた論考にあたるなどして研究を深めていただきたい。
目次
1 はじめに〜ライセンス契約の概要と位置づけ
2 ライセンス契約の成立と契約条項
3 実施権の効力
4 近時の法改正とライセンス契約
5 おわりに
1 はじめに〜ライセンス契約の概要と位置づけ
(1) ライセンス「契約」の概要
ライセンス契約とは,知的財産権の実施ないし使用許諾に関する契約をいうが,契約である以上,その内容は原則として当事者間の合意により定められ(契約自由の原則),また,民法その他の諸法令により規律される。
契約とは,申込みと承諾という二つの対向する意思表示の合致(合意)により,合意にかかる法律効果を生じさせる行為をいい,簡単にいえば,当事者間の法律関係(権利や義務など)に関する取り決め(約束)をいう。
このように契約は約束であり,約束である以上,当事者はこれを守らなければならず(契約の拘束力),契約に違反すれば(例えば実施権者が実施料の支払いを行わない場合には),当該契約及び民法等の法律に基づき,履行の強制(民法 414 条等),損害賠償責任(民法 415 条),契約の解除(民法 541 条等)等の法律効果
が生じることになる。また,裁判外の交渉において違反当事者が他方の当事者の要求に応じないときは,他方当事者は違反当事者を相手に民事訴訟を提起し,勝訴判決を得た上で強制的に権利を実現することになる。
(2)「ライセンス」契約の位置づけ
ライセンスは知的財産権活用の有効な手段であり,契約のカテゴリーとしては知的財産権契約に属する。
技術関連の知的財産権に関する主な契約の種類としては,共同開発契約(特定の技術開発を複数の当事者で分担及び協力して行う旨の契約),開発委託契約(委託者が技術開発を受託者に委託する旨の契約),譲渡契約,ライセンス(実施許諾)契約が挙げられ,これ
らに関連する契約として,秘密保持契約を挙げることができる。
知的財産権契約も契約であるから,多くの点で通常の契約と共通するが,その一方,対象が知的財産という無体の情報であることや,その専門性,契約の継続性(当事者間の信頼関係が特に重視される。)等に起因して,通常の契約とは異なる点も少なくない。
(3) ライセンス契約のメリット
技術関連(特許権やノウハウ等)のライセンス契約においては,ライセンサー(許諾者)にとっては実施料収入の確保と研究開発費の回収,紛争の予防または解決を図ることができるというメリットがあり,ライセンシー(実施権者)にとっては,自ら保有しない技術の取得,研究開発費と時間の節約,紛争の予防または解決を図ることができるというメリットがある。
なお,商標(ブランド)ライセンスの場合,上記の点に加え,ライセンサーにとってはブランドの拡大が,ライセンシーにとってはブランドを利用することによる利益拡大が,そのメリットとして挙げられる。
2 ライセンス契約の成立と契約条項
(1) ライセンス契約の成立と契約書の作成
ライセンス契約は申込みと承諾のみで成立する諾成契約であり,理論上は口頭の合意でも成立するが,実務xxxようなケースは稀であり,当事者間における合意事項を明確にし,契約の確実な履行を期すとともに後日の紛争に備えるために,契約書が交わされるのが通常である。ただし,この契約書が適切に作成されているかどうかは別問題であり,曖昧杜撰な契約書は却って後日の紛争の元となるので注意が必要である。本項では,企業に所属する弁理士が契約書のドラフティングを行ったり,事務所に所属する弁理士が契約書のチェックを行う際に注意すべき点について解説を行う。
(2) 契約条項と法律の関係
ここで,本稿の目的に鑑み,極めて基本的な事柄ではあるが,契約条項と法律の関係について触れておきたい。
① 契約で定めていない事項が法律に規定されている場合
当事者が契約で定めなかった事項であっても,これを定める法律があれば,その法律の規定が適用される。したがって,例えば「甲又は乙(注:いずれ
も契約当事者)が本契約の条項に違反し,相手方に損害を与えたときは,その損害を賠償しなければならない」との条項を契約に盛り込んでいなくとも,民法 415 条の要件を充たす限り損害賠償責任が発生する。逆に言えば,このような条項を契約に盛り込んでも,確認的な意味しかないため,契約条項として定めるならば,損害賠償額の予定や違約金の点も含めた条項とするのがよいということになる。
② 法律で定めていない事項や,法律の定めと異なる取扱いを契約条項で規定する場合
法律に定めのない事項についても,当事者が合意により定めれば有効であり,また,法律に定めがあっても,当事者がこれと異なる合意をすれば,その合意が優先する。ただし,強行規定(公の秩序に関する規定:民法 91 条参照)に反する合意は無効とされる点には注意が必要である。
(3) 具体的契約条項について
ライセンス契約に限らず,契約条項を定めるにあたっては,誰と誰が(当事者),何について(対象),どのような権利義務を有するのか,という点を特定することが基本となる。その上で,これに付随する事項
(例えば契約違反の取扱いなど)について肉付けをしていくというのが,契約書のドラフティングのイメージであり,また,契約書をチェックする際は,上記の点を踏まえ,契約条項の過不足や誤りの有無・整合性を吟味・検討していくことになる。
以下,特許権のライセンスを念頭に,主な具体的契約条項につき個別に見ていくことにする。
① 当事者の特定
通常は特許権その他の工業所有権またはノウハウを保有する者がライセンサーとなり,これを利用する者がライセンシーとなる。工業所有権の場合,xxxxxxは登録原簿謄本を入手し,権利の存在と帰属を確認する必要がある。
② 対象の特定
ア.特許権の場合
ライセンスの対象となる特許発明にかかる特許権を,登録番号と発明の名称により特定するのが一般的である。なお,場合によっては,当該特許発明には,これを原出願とする分割出願,利用関係にある発明にかかる後願等全ての関連特許出願
にかかる発明や改良技術を含むものとする旨の条項を入れることもある。
イ.特許を受ける権利の場合
xxxxxの対象が未だ特許権の設定登録を受けていない発明である場合,特許出願済みのものについては出願番号と発明の名称により特定し,未出願のものについては,出願した際の特許請求の範囲に相当する記述(クレーム)をもって特定することになる。なお,特許を受ける権利に関する実施権の登録については,平成 20 年の特許法改正により規定が設けられたが,この点については後述する。
ウ.ノウハウ
ライセンスの対象がノウハウである場合には,上記イ.の中の未出願発明の場合と同様の方法により対象を特定することになる。
特許権のライセンスの対象は公開されている情報であるのに対し,ノウハウライセンスの対象は秘密情報であることから,ライセンサーの立場からは,秘密漏洩や目的外使用をいかに防ぐかが,ライセンシーの立場からは,情報の有用性についてのリスクにどう対処するかが,それぞれ重要となる。
③ 実施権の特定
約定実施権には,専用実施権(特許法 77 条)と通常実施権(78 条)がある。専用実施権は,登録が効力発生要件であり(98 条 1 項 2 号),また,専用実施権を設定すると,ライセンサー自身,当該特許発明を実施することが法律上禁じられ(77 条 2 項),第三者に対し重ねて通常実施権の許諾をすることも禁じられる。
これに対し,通常実施権は,登録することは可能であるが(なお,平成 23 年特許法改正に関する後記 4 に注意。)効力発生要件ではなく,また,通常実施権を許諾しても,ライセンサーは自ら当該特許発明を実施してよく,第三者に対し重ねて通常実施権の許諾をすることも原則として認められる。
もっとも,通常実施権が独占的通常実施権である場合は,ライセンサー自身は当該特許発明を実施してよいが,第三者に対し重ねて通常実施権の許諾をすることが契約上禁じられる(これを破るとライセンシーとの関係で債務不履行となる。)。
なお,独占的通常実施権の中にも,ライセンサー自身,当該特許発明を実施することが契約上禁じられる完全独占的通常実施権があり,登録手続が必要であることから余り利用されていない専用実施権
(全体の約 1%程度といわれている。ちなみに非独占的通常実施権が全体の約 9 割,残りが独占的通常実施権であるといわれている。)を補完している。
契約条項の作成にあたっては,上記いずれの実施権であるかを明確に定める必要がある。
④ 実施態様の特定 ア.対象製品の特定
対象製品の特定方法には,ライセンスの対象にかかる特許権と切り離し,製品の名称や仕様により特定するオーバーオール方式と,ライセンスの対象となる特許発明の技術的範囲に属する製品に限定するイフユーズド方式が考えられる。前者の場合,当該特許発明の技術的範囲に属しない製品も対象としたときに,独占禁止法との抵触等が問題となる一方,後者の場合,製品が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かをめぐり当事者間に争いが生じる可能性があるという問題がある。
イ.地域,実施態様,期間の特定
特許法には実施の態様が規定されているので,これを踏まえ(必ずしも条文の文言どおりである必要はない。),許諾する実施行為の態様を特定する必要がある。また,地域や期間の特定も行うのが通常である。
ウ.実施権者が第三者に実施品の製造をさせる場合の注意点
例えば,A社が保有するα特許権の実施品を製造するため,A社からその通常実施権の許諾を受ける予定のB社が,実際には実施品の製造をC社に行わせるつもりであるという場合,B社としては,契約条項を定めるにあたり,どのような点に注意すべきであろうか。
この点,C社による実施品の製造が,α特許権につき通常実施権を有するB社の実施行為といえるか否かが問題となる。下請け実施は一定の要件
の下に実施権者による実施と同視される(その旨の判例として大審院昭和 13 年 12 月 22 日判決
〔昭和 13 年(オ)第 1145 号〕,最高裁平成 9 年 10月 28 日判決〔平成6年(オ)第 2311 号〕)が,B社としては,この点をめぐりA社との間に無用の紛争が生じるのを回避すべく,契約条項にB社の再実施権(サブライセンス=ライセンシーに対し当該権利の第三者への実施許諾権を与えるライセンス契約の形態)を盛り込むか,特定の者が下請けとして実施品を製造することを認めさせた上で,これに関する具体的な定めを盛り込むよう努めるべきである。
⑤ 対価と支払いの確保
ライセンスが有償である場合,対価の決定と支払いの確保はライセンサーにとって重要である。
ア.対価の決定方式
一般的な対価の決定方式としては,大きく見ると,a.定額方式,b.ランニングロイヤルティ方式,c.両者の併用方式が挙げられる。
対価が適正かどうかについては,ケースバイケースに考えざるを得ないが,「ロイヤルティ料率データハンドブック〜特許権・商標権・プログラム著作権・技術ノウハウ〜」(経済産業省経済産業政策xx的財産政策室著,経済産業調査会刊)などの文献も参考となろう。
イ.調整要素
上記ア.のうちランニングロイヤリティ方式を採用した場合,ライセンサーは,一定の利益を確保すべく,ミニマム・ロイヤリティを定めることを希望することもあり,この場合,ライセンシーとしては,そのような条件に応じるか否かを検討することになる。
また,ライセンスの対価は,必ずしも金銭に限られるものではないため,ライセンシーがライセンサーに対し,実施料の支払いに代え,またはこれに加えて,ライセンシーの保有する知的財産権を許諾する方法(クロスライセンス)によることも考えられる。
ウ.実施料額の計算と支払いの確保
上記ア.のうちランニングロイヤリティ方式を採用した場合には,契約で定める一定期間における販売等の数量に,製品 1 個あたりの実施料を乗じたり,販売等の数量に製品価格と実施料率を乗
じたりすることにより,実施料額を算出することになるが,この際,ライセンシーにおいて不正が行われないよう,ライセンシーの報告義務や,ライセンサーの調査権が規定されることも少なくない。
⑥ ライセンサーの義務
ライセンス契約は,xxxxxxはライセンシーに対し,許諾にかかる知的財産権またはノウハウの利用をさせ,ライセンシーはライセンサーに対し,ライセンスが有償の場合に,利用の対価としてライセンス料を支払うという契約であり,ライセンサーの「利用をさせる義務」の中心となるのは,ライセンシーの利用を妨げないという不作為義務であるが,この他にも,契約条項を定めるにあたり,ライセンサーの義務に関連して検討すべき点が幾つかある。以下,特許権のライセンスを念頭に説明する。ア.特許権の維持義務
具体的には特許料を適切に支払い,また,第三者からの無効審判請求に対し合理的な範囲で防御措置を講じ,あるいはライセンシーの承諾なく訂正審判を請求しないことにより,ライセンスの対象たる特許権を維持するという義務であるが,これは上記「利用をさせる義務」に含まれるものと考えられるため,契約条項に盛り込んでも,確認的な意味を有するにとどまるものと考えられる。
イ.特許権の有効性の保証
xxxxxxがライセンサーに対し,ライセンスにかかる特許権の有効性につき保証を求める場合がある。
この点,ライセンスにかかる特許権が無効となった場合であっても,ライセンシーによるライセンス契約の錯誤無効(民法 95 条)の主張は認められないものと解する説が有力であり,また,錯誤とは別の法律構成,すなわち無効審決確定による特許権の遡及消滅(特許法 125 条)を理由とする,既払実施料に関する不当利得返還請求や未払実施料の支払拒絶についても,認められないと解するのが有力な見解である
(「無効審決が確定した場合の支払済実施料等の返還の要否」xxxx〔発明協会刊 判例ライセンス法所収〕など)が,ライセンサーにおいて当該特許権の有効性を保証した場合には,このような保証特約の存在により,ライセンシーか
らの既払実施料に関する不当利得返還請求や未払実施料の支払拒絶が認められる可能性があるため,ライセンサーとしては安易に応じることは避けるべきである。
¾ ところで,xxxxxxによるライセンス契約の錯誤無効の主張については,契約条項に既払実施料の不返還特約があった事案につき,これを斥けた裁判例がある(東京地裁昭和 57 年 11 月 29 日判決〔同地裁昭和 55 年(ワ)2981〕)が,このような不返還特約がない事案に関する裁判例は,本稿執筆時においては見当たらなかった。また,ライセンスにかかる特許権が無効となった場合に,ライセンサーに瑕疵担保責任が生じるものと解する説(民法 570 条・559条参照。なお,特許権は無体物であるため,有体物に関する 570 条を直接適用できるかどうかについては議論がある。)も存在する(判例タイムズ 575 号 52 頁参照)。
ライセンサーとしては,これらの点も踏まえ,契約条項に,ライセンスにかかる特許権の有効性を保証しない旨を謳い,当該特許が無効となった場合の既払実施料の不返還特約や,ライセンシーは当該特許権が無効となった場合でも,その無効審決確定までは実施料の支払を免れない旨の特約を盛り込むよう努めるべきであろう。
ウ.第三者の知的財産権を侵害しない旨の保証
xxxxxxがライセンサーに対し,xxxxxの対象たる特許発明を実施しても,第三者の知的財産権を侵害しないことにつき保証を求める場合がある。
この点,このような保証をしていないときは,xxxxxの対象たる特許発明を実施した結果,第三者の知的財産権を侵害した場合であっても,ライセンサーには瑕疵担保責任が生じないとする説もあるが,これが生じるとする説も有力であるため,ライセンサーとしては,上記イ.¾で述べたところに準じた契約条項を盛り込むよう努めるべきであろう。
なお,xxxxxxにも配慮した折衷案としては,ライセンサーは第三者の知的財産権を侵害しない旨を保証するが,その場合の責任の範囲を,受領済の実施料額を上限として,ライセンシーが
第三者に対し支払った損害賠償金につき求償に応じるとするなどの工夫が考えられる。
エ.技術的効果に関する保証
xxxxxxがライセンサーに対し,xxxxxの対象たる特許発明の技術的効果や実施可能性につき保証を求める場合がある。
この点,ライセンス契約の対象となる特許発明が実施不能である場合に,xxxxxxによる錯誤無効の主張を認めた裁判例(東京地裁昭和 52年 2 月 16 日判決〔同地裁昭和 48 年(ワ)10175〕)やライセンサーの瑕疵担保責任を認めた裁判例
(神戸地裁昭和 60 年 9 月 25 日〔同地裁昭和 56 年 (ワ)891 号〕,ノウハウライセンスの事案)があることから,ライセンサーとしては,上記イ.¾で述べたところに準じた契約条項を盛り込むよう努めるべきであろう。
もっとも,この場合には,上記イ.やウ.の場合と比べ,ライセンサーが完全に免責される旨の契約条項を盛り込むことに,ライセンシーが強く反発することも想定されるところであり,このことを踏まえると,例えば,当業者が実施した場合に当該特許明細書記載の技術的効果を奏することは保証するが,工業的・商業的実施が可能であることは保証しない,などの限定を加えた保証条項を盛り込むことも考慮されるべきである。
オ.侵害排除義務
特許権のライセンス契約におけるライセンサーの義務の中心となるのは,xxxxxxによる当該特許発明の実施を妨げないという不作為義務であるから,第三者がライセンスにかかる特許権の侵害行為を行っているからといって,ライセンサーに当該侵害行為を排除するなどの対応をする義務が当然に生じるものではない。
しかしながら,実施権が専用実施権であるときは,専用実施権者には固有の差止請求権が与えられているため(特許法 100 条),第三者による侵害行為を発見したときは,専用実施権者は自ら差止請求を行えばよいが,通常実施権の場合,それが独占的通常実施権であっても,固有の差止請求権は認められないと解するのが裁判例(大阪地裁昭和 59 年 12 月 20 日判決〔同地裁昭和 57 年(ワ) 7035〕)であり通説的見解でもある(後述)ことから,実施権が通常実施権であるときは,ライセン
シーとしては特許権者として差止請求権を有するライセンサーに侵害行為の排除をしてもらいたいところであり,実施権が独占的通常実施権であるときは,ライセンシーにおいて,ライセンサーの侵害排除義務を契約条項に盛り込むことを求めることも少なくない。
なお,この点に関連して,契約上ライセンサーの侵害排除義務が定められているのに,ライセンサーがこの義務を尽くさず第三者による侵害行為を放置している場合には,ライセンシーが債権者代位権(民法 423 条)により,ライセンサーの差止請求権を代位行使するとの法律構成が考えられ,これを認めた裁判例(東京地裁昭和 40 年 8 月 31 日〔同地裁昭和 37 年(ワ)9862〕)もあるものの,これを否定した裁判例もあり(前掲大阪地判),学説も分かれている。
ライセンサーの侵害排除義務については,このような義務を定めることにライセンサーが難色を示すこともあり(仮にこれを定めても,「自己の判断に基づき」「合理的措置を講じる」などの限定がされることも少なくない。),また,上記のとおり,このような義務を定めても,ライセンサーがその義務を尽くさない場合に,ライセンサーの差止請求権を代位行使することについても見解が分かれていることなどを考慮すると,ライセンシーとしては,ライセンサーには自己の判断による侵害対応(合理的措置を講じる)義務を定め(このような場合,上記債権者代位権の行使は困難と思われる。),ライセンサーが何の措置も講じない場合にはライセンシーは実施料の減額を求め,あるいは実施料の支払を拒絶できるなどの条項を定めるのが現実的な対応と思われる。
⑦ ライセンシーの義務
ライセンシーの義務として最も基本的なのは,ライセンスが有償である場合の対価(実施料)支払義務であるが,この他にもライセンシーの義務としては種々のものが考えられる。ここでは主なライセンシーの義務について簡単に概観する。なお,ライセンシーの義務については,独占禁止法との関係で問題となるものも少なくないが,この点は今回の特集中の別稿に譲り,ここでは割愛する。
ア.実施義務
実施権は権利であって義務ではないから,ライ
センシーは当然に実施義務を負うものではないが,実施料確保の観点から,ライセンシーに実施義務を課したり,前述のミニマム・ロイヤリティを定めて実施を促進したりする場合がある。
イ.特許表示義務
特許法 187 条は努力義務として特許表示義務を定めているが,契約条項に盛り込んだときは,努力義務にとどまらず,ライセンシーに対し拘束力が生じることになる。
ウ.改良技術の開示,譲渡または実施許諾義務
ライセンスの対象に改良技術を含める場合があることについては上記②ア.で述べたが,ライセンサーにおいて,ライセンシーがライセンスにかかる特許発明を改良した場合に,その内容をライセンサーに開示し,あるいは改良技術を譲渡または実施許諾する旨の条項を定めるよう求める場合があり,この場合は独占禁止法との関係に留意する必要がある。なお,改良技術については,これを契約条項上どのように特定するかについても難しい問題がある。
エ.通知義務
当事者に合併等の組織変更があった場合等における当事者の通知義務のほか,第三者がライセンスの対象たる特許権の侵害を行っているのを発見した場合の通知義務が規定される場合がある(必ずしもライセンシーのみがこの義務を負うものではなく,当事者双方が互いに通知義務を負う形を取ることも多い)。
オ.競業避止義務
ライセンシーがライセンスの対象たる特許権を実施しない競合品を製造販売したり,その他ライセンサーとの関係で競業にあたる行為をしない旨の義務(競業避止義務)が契約条項に盛り込まれる場合があるが,この場合は独占禁止法との関係に留意する必要がある。
カ.不争義務
契約条項において,ライセンシーがライセンスの対象たる特許権について無効審判請求を行うなど,当該特許権の有効性を争うことを禁じる場合がこれにあたるが,ライセンシーにこのような不争義務を課すことは独占禁止法に抵触するものと考えられている。
もっとも,ライセンシーが当該特許権の有効性
を争ったときは,ライセンサーはライセンス契約を解除することができる旨の条項は独占禁止法に抵触しないものと考えられており,実務上このような条項が設けられることが多い。
キ.訂正審判請求等に対する承諾義務
特許権者が訂正審判を請求するにあたっては,ライセンシー等の承諾を受ける必要がある(特許法 127 条。なお,134 条の 2 第 5 項において,無効審判における訂正請求の場合にも準用されている。)が,ライセンス契約を結んだだけで直ちにライセンシーにこの承諾義務が生じるものではないとした裁判例(東京高裁平成 16 年 4 月 28 日判決
〔同高裁平成 16 年(ネ)2995〕)もあることから,ライセンサーとしては,ライセンシーの上記承諾義務を契約条項に盛り込むよう努めるべきであろう。
3 実施権の効力
ライセンス契約を締結すると,ライセンシーはライセンスの対象たる特許発明につき,契約で定めた範囲内で実施する権利を取得し,特許権者はこれを妨げることができない。
これに対し,当該特許発明につき,第三者が実施をしている場合,ライセンシーはこれを止めさせ,あるいはこれにより生じた損害の賠償を求めることができるのであろうか。
(1) 専用実施権の場合
専用実施権者は,侵害行為に対し,固有の差止請求権を有し(特許法 100 条),また,これにより生じた損害の賠償を求める権利を有する(民法 709 条,特許法 102 条)。
(2) 通常実施権の場合
① 固有の差止請求権
通常実施権者は,第三者がライセンスの対象たる特許発明を実施している場合であっても,自ら差止請求することはできない。通常実施権は,特許権者に対して特許発明の実施を妨げないよう求める,債権的な不作為請求権に過ぎず,かかる権利に基づき,債権の相手方でない第三者に対し,実施の差止を求めるのは無理だからである(この点は,ライセンサーも契約上実施を禁じられる完全独占的通常実施権の場合も同じであると解するのが裁判例(前掲大阪地判)であり,通説である。)。
② 債権者代位によるライセンサーの差止請求権の代位行使
ライセンサーが通常実施権者との契約上,侵害者を排除する義務を負っている(言い換えれば,通常実施権者がライセンサーに対し無断実施者を排除するよう請求する権利を有している)のに,ライセンサーがこの義務を履行しない場合,通常実施権者はライセンサーに対する上記請求権を被保全債権として,ライセンサーの差止請求権を代位行使するとの法律構成があり得るが,前述のとおり裁判例・学説は分かれている。学説上は,ライセンサーが契約上侵害排除義務を負っており,かつ,独占的通常実施権の場合に限り,上記債権者代位の構成を認めるという見解も有力であるが,この点は結局のところ,契約内容がどのようなものであるかに関わるものであり,非独占的通常実施権であっても,ライセンサーが契約上侵害排除義務を負っている場合(実際には稀とは思われるが)には,同様の構成があり得るものと思われる(【改訂版】知財ライセンス契約の法律相談 592 頁参照)。
③ 損害賠償請求権
独占的通常実施権者は,当該発明の実施品の製造販売による市場及び利益を独占することができる法的利益を有するところ,第三者による当該発明の実施品の製造販売はこの利益を侵害するものであって不法行為(民法 709 条)が成立するとして,損害賠償請求権を認めるのが裁判例(東京地裁平成 10 年 5月 29 日判決〔同地裁平成 6 年(ワ)9183〕ほか多数)であり,通説である。
④ 第三者が特許権者から許諾を受けている場合
通常実施権が独占的なものであるか否かにかかわらず,ライセンスの対象たる特許発明を実施している第三者が当該特許権者から許諾を受けているときは,ライセンシーは第三者に対し上記債権者代位により実施の中止を求めたり,実施により生じた損害の賠償を求めたりすることはできない。この場合,当該特許権者が許諾している以上,第三者による実施は適法だからである(独占的通常実施権の場合,特許権者はライセンシーとの関係で債務不履行となるが,これは別の問題である。)。
4 近時の法改正とライセンス契約
近時(平成 20 年,平成 23 年)の法改正では,ライ
【事例】ライセンサーXが,その保有する甲特許権及び出願中の乙特許を受ける権利につき,ライセンシーYに対し通常実施権の許諾をしていた。甲特許権に関する通常実施権の登録は行っていない。
① その後Xは,これらの権利を第三者Aに譲渡し,甲特許権の移転登録(特許法 98 条 1 項 1号)及び乙特許を受ける権利の承継の届出(34条 4 項)を行った。
② その後Xは,破産手続開始決定を受け,破産管財人Bが選任された。
これらの各場合において,Yは,AやBに各通常
実施権を対抗できるか。
センス契約と関連する点(実施権の対抗)についても改正が行われているので,この点につき,事例を用いながら簡単に整理しておきたい。
(1) 平成 20年改正前の状況
特許法 99 条 1 項は,「通常実施権は,その登録をしたときは,その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても,その効力を生ずる。」と定め,通常実施権を第三者に対抗できる場合について規定している。しかし,このことは,裏を返せば,①の事例のように通常実施権の登録をしていないYは,Aに対し通常実施権を対抗できないことを意味する。これは,理論的には,Yの通常実施権は,あくまでXとの間で結ばれた契約に基づく債権債務関係であって,その効力を契約当事者ではない第三者Aに対しては主張できないとの原則によるものである(このことは「売買は賃貸借を破る」とか「物権の債権に対する優先的効力」などという表現で説明される。)。なお,特許を受ける権利については,そもそも登録手段がないことから,上記原則のとおり,Yは,Aに対し乙特許を受ける権利の通常実施権を対抗できない(仮にこれが専用実施権であっても同様である。)。
また,②の事例については,破産法 53 条 1 項が,
「双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは,破産管財人は,契約の解除をし,又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。」と定め(通常実施権許諾契約は,この双方未履行双務契約に該当する。),56 条 1 項が,「第 53 条第 1 項及び第 2 項の規定は,賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者
の相手方が当該権利につき登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には,適用しない。」と定めている(通常実施権許諾契約は,
「使用及び収益を目的とする権利を設定する契約」に該当する。)ため,登録が効力発生要件とされている専用実施権の場合には,Yは実施権を破産管財人に対抗できるが(56 条 1 項),通常実施権の場合には登録の有無によることになり,登録されることは稀であることから,破産管財人から契約を解除される可能性があった(53 条 1 項)。
(2) 平成 20年改正法(同年法律第 16 号)
上記のとおり,特許を受ける権利に関する実施権については,権利を承継した第三者や破産管財人に対抗する手段がなく,その意味でライセンシーの地位が不安定であり,出願段階における発明の利用を阻害している面があった。
そこで平成 20 年改正法は,仮実施権及びその登録の制度を創設し(34 条の 2 〜 5,27 条 1 項 4 号),①及び②の事例のうち乙特許を受ける権利に関する実施権
(仮実施権)につき,登録により第三者や破産管財人に対抗する途を設けた。
また,上記改正においては,通常実施権及び仮通常実施権に関する情報のうち,対外的に非開示としたいとの要望が強い事項の開示を一定の利害関係人に限定する途を設け(特許法 186 条 3 項),これらの実施権の登録をしやすいようにもした。
(3) 平成 23 年改正法(同年法律第 65 号)
平成 20 年改正法により,特許を受ける権利に関する実施権について登録制度を設け,また,登録事項の非開示ニーズに対応し,実施権の登録をしやすくするなどの措置が講じられたものの,それでも通常実施権や仮通常実施権の登録は余り行われず(通常実施権の
登録率が 0%または 1%未満の企業等が約 90%を占める状況であったとされる。),特許権の移転やライセンサーの破産によるライセンシーの地位の不安定さ(これらの事由が生じたときに事業継続が不可能になるおそれ)は依然として存在していた。一方,主要諸外国では登録がなくてもライセンスを第三者に対抗可能とする制度が採用されている。
そこで,平成 23 年改正法は,通常実施権の発生後に特許権等を取得した者に対し,登録することなく通常実施権を対抗できることとし(99 条,通常実施権の当然対抗制度),仮通常実施権についても同様の規定を設けた(34 条の 5)。
これにより,①及び②の各事例において,ライセンシーYは,ライセンサーから特許権等を譲り受けたA
やライセンサーの破産管財人Bに各通常実施権を対抗できることとなり,この点でライセンシーの地位の安定が図られることとなった(ただし,ライセンシーは,通常実施権の発生時期の証明のための措置〔公正証書の作成や確定日付の取得など〕を講じておく必要があろう。)。
*産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法による特定通常実施権登録制度(包括ライセンス契約に基づく実施権の保護)は,本改正による通常実施権の当然対抗制度の導入に伴い廃止された。
*なお,上記改正法は平成 23 年 6 月 8 日に公布され,公布の日から起算して 1 年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとされている
(本稿執筆時においては未定。)。
【平成 23 年改正法(通常実施権の当然対抗)に関する主な新旧条文対照表】
改 正 前 | 改 正 後 |
99 条 通常実施権は,その登録をしたときは,その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても,その効力を生ずる。 2 第三十五条第一項,第七十九条,第八十条第一項,第八十一条,第八十二条第一項又は第百七十六条の規定による通常実施権は,登録しなくても,前項の効力を有する。 3 通常実施権の移転,変更,消滅若しくは処分の制限又は通常実施権を目的とする質権の設定,移転,変更,消滅若しくは処分の制限は,登録しなければ,第三者に対 抗することができない | 99 条(通常実施権の対抗力) 通常実施権は,その発生後にその特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権を取得した者に対しても,その効力を有する。 (削る) (削る) |
34 条の 5 仮通常実施権は,その登録をしたときは,当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利若しくは仮専用実施権又は当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利に関する仮専用実施権をその後に取得した者に対しても,その効力を生ずる。 2 仮通常実施権の移転,変更,消滅又は処分の制限は, 登録しなければ,第三者に対抗することができない。 | 34 条の 5(仮通常実施権の対抗力) 仮通常実施権は,その許諾後に当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利若しくは仮専用実施権又は当該仮通常実施権に係る特許を受ける権利に関する仮専用実施権を取得した者に対しても,その効力を有する。 (削る) |
27 条(登録原簿への登録) 次に掲げる事項は,特許庁に備える特許原簿に登録する。一(略) 二 専用実施権又は通常実施権の設定,保存,移転,変更,消滅又は処分の制限 三 特許権,専用実施権又は通常実施権を目的とする質権の設定,移転,変更,消滅又は処分の制限 四 仮専用実施権又は仮通常実施権の設定,移転,変更,消滅又は処分の制限 (2 項以下略) | 27 条(登録原簿への登録) 次に掲げる事項は,特許庁に備える特許原簿に登録する。一(略) 二 専用実施権の設定,保存,移転,変更,消滅又は処分の制限 三 特許権又は専用実施権を目的とする質権の設定,移転,変更,消滅又は処分の制限 四 仮専用実施権の設定,移転,変更,消滅又は処分の制限 (2 項以下略) |
* 特許法 99 条(改正後。以下同じ。)及び 34 条の 5 は,実用新案法 19 条 3 項及び 4 条の 2 第 3 項,意匠法 28 条 3 項及び 5 条の 2 第 3 項においてそれぞれ準用され,また,特許法 27 条 1 項に対応する規定が実用新案法 49 条 1 項及び意匠法 61 条 1 項に設けられているが,商標法は,改正前の特許法 99 条 1 項及び 3 項に対応する規定を 31 条 4 項及び 5 項に設け(通常使用権の当然対抗を認めない。),また,71 条 1 項を改正せず,通常使用権の登録制度を維持している点に注意が必要である。
5 おわりに
一口にライセンス契約といっても,その形態や契約条項は千差万別であり,本稿をお読みになっても,取っつきにくさは余り変わらないかもしれないが,本稿がわずかでもライセンス契約のアウトラインの把握や基礎知識の整理のお役に立てれば幸いである。
〔主な参考文献〕
「知的財産契約の理論と実務」大阪弁護士会知的財産法実務研究会編〔商事法務〕
「注解特許法【上巻】(第三版)」中山信弘編著〔青林書院〕
「新・注解特許法【上巻】」中山信弘・小泉直樹編〔青林書院〕
「[改訂版]知財ライセンス契約の法律相談」山上和則・藤川義人編〔青林書院〕
「平成 20 年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説」特許庁編〔発明協会〕
(原稿受領 2011. 8. 31)
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