Contract
第1章 被後見人死亡後の事務遂行の義務と権限 15
4 死後事務委任契約の要点
Q
いつ、誰と死後事務委任契約を結ぶのでしょうか。そして、受任者は誰に対して履行義務を負うのでしょうか。また、任意後見契約で死後事務を補えないのでしょうか。
A
死後事務委任は、委任者が生前に信頼できる受任者との間で死後の事務に関する契約を締結し、死後に事務処理が行われます。また、任意後見契約は委任契約の一種ですから、当事者の一方の死亡により終
了します。任意後見契約で死後事務を補うことはできません。よって、死後事務委任における受任者は、契約を引き継いだ委任者の相続人等のため履行義務を負います。
解 説
1 任意後見契約ではフォローされない事項
死後事務委任契約は、委任者が生存している間に代理権を付与して自分の死後の葬儀や埋葬に関する事務について委託する委任(準委任)契約の一種です。
委任契約は委任者又は受任者の死亡により委任契約が終了(民653一)しますが、委任者の生前に発生した未払債務の弁済、遺品の引継ぎ及び葬儀など契約の履行行為は委任者の死亡後に効力が発生します。契約の当事者が死亡すれば、その契約は清算手続に入るのが通常であり、民法では死後の財産処分が認められるのは遺言制度のみです。また、財産の帰属は相続制度に委ねられているため、このような死後事務は相続人、遺言書に記載された遺言執行者や相続財産管理人が担えばよいのですが、死後に用意されている事務は準委任行為や事実行為が多く、遺言書では付言として述べることができても、委任事項(法律行為に限ります。)になじまず、実効性が担保されていないのが実情です。
任意後見契約や法定後見で死後の事務を補完することはできません。平成28年10月に「xx後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が施行され、xx後見人はxx被後見人の死後事務の一部を行えることが明確化されました(民873の2)。しかし、この法律を根拠としてxx後見人はxx被後見人のために葬儀や埋葬などを行うことはできません。また、この法律は任意後見には適
16 第1章 被後見人死亡後の事務遂行の義務と権限
用されないため注意が必要です。
超高齢社会に突入した日本において、死後事務を行ってくれる家族や親族がいない高齢者は少なくありません。そのような場合において司法書士等の専門家と契約を結び死後の事務を託すことになるのですが、その需要は年々高まっているといえます。このような実情を踏まえ、「委任契約の当事者である委任者と受任者は委任者の死 亡によっても委任契約を終了させない旨の合意をすることができる」(最判平4・9・22金
法1358・55)という判例が示されています。
2 契約の当事者と時期・方式
(1) 契約当事者
委任者は利用者本人、受任者には事務の性質上から司法書士、弁護士、行政書士等の専門家が担うことが多いです。
(2) 時 期
死後事務委任契約は任意後見契約と同時に結ばれる例が多いようです。それは、委任者が存命の間は任意後見制度に基づいて、任意後見人による支援がありますが、本人の死亡により後見人は事務管理(民697)、応急処分義務(民874による民654準用)を除き後見人の権限や地位を失うからです。相続人の捜索、確定及び相続財産管理人の選任までの空白を埋めることになります。
(3) 方 式
要式性を要求されていないのでどのような形式で作成してもかまいませんが、死後に事務を執行するため委任者が自分の意思で作成したことの信憑性を高めるためxx証書で作成するとよいでしょう。また、xx証書以外で作成する場合は確定日付を付与することにより、後日の紛争を防止することができます。
実務の上では、任意後見契約と同時に付随する契約として締結される関係から2つの契約を1通のxx証書にする方法がとられています。
さらに、生前における財産管理等委任契約を同時に契約しておくことにより、病気やけがで銀行に行けなくなったときなど、判断能力の有無に関わらず財産管理や身上監護をすることが可能となります。
なお、前記の各契約をまとめて1つの契約にすることも別々の契約として締結することも可能です。
(4) 事務範囲の記載を明確にすること
死後事務が履行されるときには、委任者は死亡しており、意思を確認することができません。遺言書が厳格な手続を経ているように、可能な限り明確に事務の範囲を定
第1章 被後見人死亡後の事務遂行の義務と権限 17
めておくことが必要です。
3 受任者の履行義務の帰属
死後事務委任契約において、受任者は誰に対して善管注意義務(民644)を負うのでしょうか。契約が当初委任者の死亡により終了しないことを前提にしますと、すなわち委任者の相続人が相続制度上、被相続人の一切の権利義務を相続しますから契約者の地位を包括的に承継することとなります。よって、受任者は相続人に対して義務を負うことになります。
では、相続人がいない場合はどうなるのでしょうか。
相続人が不存在であったり、相続放棄又は相続人が行方不明のときは、相続財産を法定財産管理人が引き継ぐまでの間、受任者が事務処理を行うことができ、法定財産管理人が選任された後には職務が重複する事項について受任者の職務が停止するものと考えます。
4 契約締結上の注意
(1) 支払費用の負担の明確化
死後事務委任者の財産は、委任者が死亡した時点で相続人に帰属するため、それまで、任意後見人等の地位で受任者が自ら管理していた財産だとしても、死後事務報酬を当然に受領することはできません。そのため、死後事務委任契約書には「報酬金額」、
「支払時期」、「受任者はその管理する委任者の財産からその支払を受けることができる。」等を明確に記載しておくことが必要です。
また、遺言により祭祀主宰者に、「自分の葬儀費用として預託してあります。」と指定しておくことも可能です。
(2) 親族の同意
葬儀や遺品整理、財産の帰属は相続人の専権事項です。相続人の意向に反する内容の場合にトラブルになるおそれがあるので、親族がいる場合はあらかじめ親族の同意を得ておくことが大切です。
(3) 委任事項
死後事務は、委任した人が亡くなった後に行う事務なので、死後事務がスタートした後に委任者の意思を確認することはできません。そのため、委任事項は詳細に決めておくことが大切です。
死亡時に連絡する人、葬儀を執り行う宗教団体や葬儀社、葬儀費用の上限など委任者が思い描いたエンディングとなるよう、また、受任者が速やかに死後事務を執り行
第2章 被後見人死亡への備え 73
20 自筆証書遺言の方式の緩和と遺言書保管法
Q
自筆証書遺言を作成しようと思いますが、法律が改正されて、全部を自書する必要はなくなったと聞きました。具体的にどういうことなのか教えてください。また、自筆証書遺言を法務局に保管できるよう
になると聞きました。どういうことか教えてください。
A
平成31年1月13日から、自筆証書遺言を作成するに当たっては、添付する財産目録については自書である必要がなくなりました。パソコンで作成したり、他人に書いてもらうこともできるようになりました。
ただし、添付の財産目録以外の部分は自書である必要がありますので注意しましょう。
自筆証書遺言を法務局に保管してもらえる制度が、令和2年7月10日から始まります。法務局に保管した自筆証書遺言は、検認手続も不要となります。自筆証書遺言の紛失や偽造、変造を防止する観点からも保管制度の利用は有効でしょう。
解 説
1 自筆証書遺言の方式の緩和
(1) 自筆証書遺言の方式の緩和とは
昭和55年以来約40年ぶりの相続法の大幅な改正を内容とする民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号。平成30年7月6日成立)のうち、「自筆証書遺言の方式の緩和」に関する部分が、他の改正部分に先立って、平成31年1月13日に施行されました。
改正前は、自筆証書遺言は、その全文を自書しなければならないとされ(民968①)、その例外規定がありませんでした。このため、遺言者にとっては、特に、記載する財産が多い場合などには、大変な負担となっていました。そこで、この度の改正では、自筆証書遺言に一体のものとして財産目録を添付する場合には、その目録については自書することを要しないとする規定が新設されました(民968②)。具体的には、自筆証書遺言に添付する財産目録については、パソコンなどを利用して作成しても差し支えないこととなりました。これを自筆証書遺言の方式の緩和といいます。
74 第2章 被後見人死亡への備え
(2) 自筆証書遺言の方式の緩和による遺言書作成に当たっての留意点
自筆証書遺言の方式の緩和により、財産目録を自書しないで遺言書を作成するに当たっては、以下のような点に留意して作成する必要があります。
ア 本文の部分と財産目録の部分の区別
自書でなくてもよくなったのは、財産目録の部分のみであり、それ以外の本文の部分は、従前どおり、全て自書しなくてはいけません。
また、自書によらない財産目録は本文に添付されるものである必要があり(民968②前段)、自書である本文の部分と自書でない財産目録の部分は、別々の紙に記載されている必要があります。逆にいえば、自書である本文の部分と自書でない財産目録の部分を同じ紙に記載してはいけません。
イ 財産目録の部分への署名押印
自書によらない財産目録には、その記載のある全ての紙に、それぞれ遺言者が署名及び押印をしなければなりません。1枚の紙の両面に財産目録の記載がある場合には、その両面にそれぞれ遺言者の署名及び押印が必要となります(民968②後段)。なお、1枚の紙の片面のみに財産目録の記載がある場合には、署名及び押印は、記載のある表面でも裏面でもいずれでもかまいません。
また、財産目録への押印は、必ずしも、本文の部分に押印した印鑑と同じものである必要はありません。しかしながら、本文の部分と財産目録の部分の一体性を示し、後日の紛争を防ぐという観点からは、特別なやむを得ない事情がない限りは、同一の印鑑を使用した方が間違いないといえます。
ウ 財産目録の形式
自書によらない財産目録の形式には、上記の署名押印以外には特別の定めはありません。したがって、財産の内容を特定できるのであれば、パソコンで作成することはもちろん、他人に記載してもらってもよいですし、不動産の登記事項証明書や預貯金の通帳のコピーをそのまま添付することも許されます。
エ 編綴や契印の要否
従前より、自筆証書遺言が複数枚にわたる場合には、それが一体のものと認められる限りは、ホチキス等での編綴や契印は必ずしも必要ではないとされていましたが(最判昭36・6・22民集15・6・1622、最判昭37・5・29判タ141・71)、この度の改正により新設された自書によらない財産目録についても、複数枚にわたる財産目録の間や、本文の部分との間に編綴や契印を要するとの定めは特にされていません。
しかしながら、上記で述べた印鑑の問題と同様、遺言の一体性を示し、後日の紛争を防ぐ観点から、編綴や契印は行うべきでしょう。
第2章 被後見人死亡への備え 75
オ 訂正方法
自書による本文の部分も自書によらない財産目録の部分も、その記載を訂正するには、遺言者が、変更の場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければなりません(民968③)。これは、改正前の自筆証書遺言の訂正方法と変わりありません。
2 遺言書保管法
(1) 遺言書保管法とは
平成30年7月6日に、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(平成30年法律第73号。以下、本問において「遺言書保管法」といいます。)が成立し、令和2年7月10日に施行されることになりました(法務局における遺言書の保管等に関する法律の施行期日を定める政令(平成30年政令第317号))。
遺言書保管法は、これまで、xx証書遺言のように公証役場などの公的機関に保管できる制度がなかった自筆証書遺言について、法務局で保管をできるようにするものであり、また、同法により保管した自筆証書遺言については、家庭裁判所における検認手続を要しないものとされています(遺言書保管11)。
これまで、自筆証書遺言を作成した遺言者は、自身で保管をするか、第三者に預けるなどの方法で保管をするしかなく、そのため、遺言者が死亡しても、遺言書が発見されないままとなったり、他人による偽造、変造や隠匿、破棄等のリスクが常にありました。また、xx証書遺言は検認手続を要しないのに対して、自筆証書遺言は必要であったため、相続人等にとって大きな負担となっていました。遺言書保管法は、これらのリスクや負担を大幅に軽減し、自筆証書遺言を利用しやすいものとするだけでなく、相続をめぐる紛争を防止する観点から有意義なものといえます。
遺言書保管法は、本問執筆時においては施行前であり、法務省令をはじめ、運用上の詳細はこれから明らかとなっていくことから、ここでは、その概要を述べたいと思います。
(2) 遺言書の保管の申請
ア 保管の申請をできる遺言書
遺言書保管法により保管の申請をできる遺言書は、民法968条に定める自筆証書遺言に限られます(遺言書保管1)。xx証書遺言や秘密証書遺言等の保管の申請はできません。
また、当該遺言書は、「法務省令で定める様式に従って作成されたもの」で、かつ、
「無封のもの」である必要があります(遺言書保管4②)。
130 第2章 被後見人死亡への備え
書 式
○遺言代用信託例(不動産管理信託契約)
(信託目的)
第○条 委託者は、受益者(被扶養者を含む。)の生活の維持及び円滑な資産承継のため別紙記載の不動産(以下「信託不動産」という。)〔別紙省略〕を管理・運用及び処分する目的で信託し、受託者はこれを引き受けた。
(信託期間)
第○条 この信託の契約期間は、信託契約締結の日から令和○年○月○日までとする。ただし、受益者が期間の延長を申し出、受託者がこれを承諾したときは、この期間を延長するものとする。
(別案) この信託の契約期間は、第二次受益者の死亡の時までとする。
(受託者)
第○条 〔省略〕
(受益者)
第○条 本信託の当初受益者は委託者とする。
(1号類型)
委託者死亡の時に受益者となるべき者として、配偶者B(住所、生年月日)を指定し、 Bは、委託者死亡の時に受益権を取得する。
(2号類型)
本信託の第二次受益者を配偶者B(住所、生年月日)と指定し、Bは、委託者死亡の時以後に信託不動産に係る給付を受けるものとする。
(信託不動産の公示)
第○条 委託者及び受託者は、この契約締結後直ちに信託不動産について信託による所有権の移転及び信託の登記手続を行うものとし、これに要する費用は委託者が負担する。
(管理方法)
第○条 受託者は、次の方法により信託建物を管理・運用及び処分する。
(1) 信託不動産の維持・管理・修繕・改良等は、受託者が適当と認める方法、時期、範囲において、自らの裁量で行う。
(2) 受託者は、自らの裁量により信託不動産を他に賃貸し、既に賃貸しているものについては賃貸人の地位を承継する。
(3) 受託者は、信託不動産の管理事務の一部を、受託者が相当と認める第三者に委託することができる。
(4) 受託者は、管理事務のため必要があるときは、信託不動産の一部を無償で使用することができる。
注:その他必要な事項を記載すること
第2章 被後見人死亡への備え 131
(信託終了時における信託不動産の帰属)
第○条 本信託終了の際、信託不動産の給付を内容とする受益債権に係る受益者となるべき者として第二次受益者(若しくは、その相続人)を指定する。
(別案) 本信託の終了の際、信託建物の所有権の帰属すべき者として第二次受益者(若しくは、その相続人)を指定する。
(信託監督人)
第○条 委託者は、司法書士○○(所在地、生年月日)を信託監督人として指定する。
2 受託者は、信託監督人候補者として指定された者に対して、就任するかどうか催告をし、就任しない場合には裁判所に対して選任の申立てをしなければならない。
(信託報酬)
第○条 本信託契約における、受託者の信託報酬は無償とする。
2 信託監督人の報酬は月額○○円を信託財産から支払う。
(諸費用等の負担)第○条 〔省略〕
(信託終了の際の権利の承継等)
第○条 期間満了その他の事由により本信託が終了したときは、受託者は、信託不動産につき信託登記の抹消及び残余財産受益者への所有権移転登記手続を行い、現状有姿のまま残余財産受益者に引き渡す。この場合、信託不動産に係る賃貸借契約、保険契約その他一切の権利義務を残余財産受益者がこれを承継する。
〔以下省略〕
<費 用>
貼付印紙額は1通につき200円(印紙税法2・別表1十二)
<添付書類>
な し
<作成上のポイント>
自宅は賃貸収入等の果実を生まないので、不動産以外にあらかじめ相当の管理費用や火災保険金に充当すべき金員及び受託者に支払う信託報酬を見積もって同時又は追加で金銭を信託しておく必要があると考えられます。