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取引先への営業秘密の開示と秘密保持契約
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要 約
営業秘密の漏えいルートとして,中途退職者(xx社員)による漏えいの次に取引先や共同研究先を経由した漏えいが多いというアンケート結果がある。実際,営業秘密の不正使用等を争った裁判例にも,被告と原告との関係が元取引先である場合も散見される。このような裁判例では,秘密保持契約の有無やその契約内容が争点となっている。秘密保持契約は,情報の開示元の秘密管理意思を示す契約であり,情報の営業秘密性の判断に大きな影響を与える。一方で,秘密保持契約が締結されて開示された情報であっても,非公知性を喪失している情報はその営業秘密性が認められない。このようなことから,取引先に情報を開示する場合には,営業秘密と秘密保持契約との関係を十分に理解する必要がある。本稿では,営業秘密に関する裁判例のうち,取引先に営業秘密を開示したものを取り挙げ,秘密保持契約の有無やその内容が裁判所の判断に与える影響を論じる。
目次 1.はじめに
2.秘密保持契約を締結しないまま他社に情報を開示した裁判例
(1) 金型技術情報事件
(2) 生春巻き製造機事件
(3) ストロープワッフル事件
(4) 交通規制情報管理システム事件
(5) 小括 3.秘密保持契約を締結した他社の開示又は使用が不競法違反
とはならなかった裁判例
(1) 攪拌造粒機事件
(2) 皮膚バリア粘着プレート事件
(3) 光配向装置事件
(4) 小括 4.まとめ
1.はじめに
営業秘密の漏えいルートには様々なものがあり,最も多いものが現職従業員等のミスによる漏えい,2 番目が中途退職者(xx社員)による漏えい,3 番目が取引先や共同研究先を経由した漏えいとするアンケート結果がある(図 1(1))。なお,このアンケート結果によると,その他を除くと,4 番目に多い漏えいルートが現職従業員等による具体的な動機をもった漏えいであり,5 番目に多い漏えいルートが外部からの社内ネットワークへの侵入に起因する漏えいである。
このうち現職従業員等のミスによる漏えいは,窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為や,不正の利益を得る目的又は営業秘密保有者に損害を加える目的による漏えいではないため,不正競争防止法(以下「不競法」という。)の 2条 1 項 4 号や 7 号に規定される違法行為となるものではない。このため,不競法違反となり得る営業秘密の漏えいルートは,中途退職者による漏えいが最も多く,次に取引先や共同研究先を経由した漏えいとなる。
ここで,企業間の共同研究・開発や,企業と大学等の公的研究機関との共同研究・開発は従来から広く行われており,近年においては,オープンイノベーションも推進されている。なお,オープンイノベーションは,「組織内部のイノベーションを促進するために,意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し,その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである。」(2)と定義されている。
そして,他社等との共同研究・開発やオープンイノベーションにおいて,自社が営業秘密として管理する情報を開示することが当然に想定される。一方で,自社の営業秘密の開示によって,営業秘密が開示先を介して漏えいしたり,開示先によって目的外で使用されたりする懸念がある。このため,営業秘密の開示先に
図 1 営業秘密の漏えいルート
対して秘密保持契約を締結することは一般的に行われている。
しかしながら,何らかの理由により秘密保持契約を締結することなく,自社が営業秘密とする情報を他社に開示したり,秘密保持契約を締結したにもかかわらず他社に使用されたりする場合もある。以下では,そのような裁判例を紹介すると共に,営業秘密を他社等に開示する場合の留意点を論考する。
2.秘密保持契約を締結しないまま他社に情報を開示した裁判例
(1) 金型技術情報事件
(知財高裁平成 27 年 5 月 27 日判決 事件番号:平
成 27 年(ネ)第 10015 号,東京地裁平成 26 年 12 月 19 日判決 事件番号:平成 25 年(ワ)第 26310 号)
本事件の原告は,金型の発注をする意思がないのに被告がこのことを秘して原告から技術情報を取得し,これを他の企業に開示したとして,不正競争防止法 2条 1 項 4 号に基づき損害賠償の請求等を行ったものである。本事件の経緯は,次のとおりである(図 2)。
① 被告(被控訴人)は,タンクローリーの量産化に当たり原告(控訴人)に相談した。なお,被告は原告に対して相見積もりである事も告げていた。
② 原告は,被告と複数回のやり取りの後,見積もりと共に技術情報を開示した。
③ しかしながら,被告は原告に金型を発注することなく,訴外企業に発注した。
ここで,原告は秘密保持契約を締結することなく被告に技術情報を開示したものの,「控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結し
ていること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきている」というように陳述書で主張した。これに対して裁判所は「陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情 報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。」(下線は筆者による。以下同じ。)として,原告が被告に対して開示した情報の秘密管理性を認めなかった。
また,本事件において原告は,他の顧客との間で秘密保持契約を締結しているとしてその契約書を提出することで,当該情報に対する秘密管理性を主張したようである。これに対して裁判所は「いずれも他の顧客との間のものであり,被控訴人との関係におけるものではないし,本件において控訴人が営業秘密に該当すると主張する技術情報に関する契約であるかどうかも判然としない以上,上記甲号証の記載は,上記認定を左右するものではない。」と判断した。
さらに,本事件において裁判所は,原告が営業秘密であると主張する情報に対して「上記の情報は,…控訴人が見積りを行う際の前提となる事項を控訴人において示したものすぎないのであって,このような見積りの前提となる打合せの中で,真に財産的価値のある 技術情報(対価の支払がなければ提供されないような情報)が提供されることがあり得るのかという点も疑問…本件証拠上,上記情報の全部又は一部が控訴人独自のものであるとか,上記情報を用いて製作した金型が控訴人のものとして一定の評価を受けているなどの事情はうかがえない…上記の情報が財産的価値のある情報であったと認定することは困難である。」というように,原告が被告に開示したとする情報の有用性に対しても否定的な見解を示している。
(2) 生春巻き製造機事件
(大阪高裁平成 30 年 11 月 2 日判決 事件番号:平
成 30 年(ネ)第 1317 号,大阪地裁平成 30 年 4 月 24日判決 事件番号:平成 29 年(ワ)第 1443 号)
本事件は,生春巻きの製造工場の工場見学において原告が被告に営業秘密を開示したとするものであり,本事件の経緯は,次のとおりである(図 3)。
① 被告会社が取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められた。
② 被告会社は原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼。
③ 原告会社は被告に生春巻きの製造工程を見学させ,製造方法を説明し,工場内の写真撮影も許可した。
その後,原告会社は,被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしたが,被告会社は,原告会社の提案する内容での契約に応じなかった。その後,被告会社は,直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしなかったものの,しばらく後に生春巻きの製造を開始し,関西圏の大手スーパーに卸した。
このような経緯のもと,原告会社は,生春巻きの製造方法が営業秘密であり,当該営業秘密を被告会社が不正取得等したと主張した。なお,原告主張の営業秘密とは,生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに,通常は水で戻すライスペーパーを状況に応じた適切な温度の湯で戻すという製造方法である。
これに対して,裁判所は「原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,…原告代表者の陳述書(甲 6)は,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく,…「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない
図 3 生春巻き製造機事件
状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない」と判断した。
さらに裁判所は,〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかった。〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている,とのことを認定して,「原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。」と判断して,原告が営業秘密であると主張する生春巻きの製造方法の秘密管理性及び非公知性を否定した。
なお,裁判所は被告(被控訴人)の行為について
「控訴人工場を見学した後,すぐに生春巻きの製造に着手することがなかったことからすると,上記見学を依頼した時点で,関西で,生春巻きを製造・販売することを想定していたとは認められず,不正取得の動機もなかったといえる。」とし,被告が原告の営業秘密を認識することができたとしても,これを不正に取得したと認めることはできないとも判断している。
(3) ストロープワッフル事件
(東京地裁平成 25 年 3 月 25 日判決 事件番号:平成 21 年(ワ)第 47959 号)
本事件は,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルを販売するビジネスモデルに関するものであり,本事件の経緯は,次のとおりである(図 4)。
① 原告会社は,オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の 2 枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画し,平成 21 年 3 月 25 日,被告会社 A との間でフランチャイズシステムにより,ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(本件契約)に関する協議を開始したものの,原告会社は,同年 7 月 6日,被告会社 A に対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
② 被告会社A の代表取締役であった被告P3 が代表取締役となって被告会社 O を平成 21 年 8 月 20 日に設立。
③ 被告会社 O は,同年 9 月頃,株式会社 I との間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年 9 月 30 日から同年 11 月 3 日まで,株式会社 Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後,被告Oは,複数の百貨店やデパート等でストローワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。このような経緯のもと原告会社は,オランダの伝統
菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを被告らが無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えたと主張した。また,原告は,被告との間で機密保持同意書を示し,被告らがこれを
図 4 ストロープワッフル事件
了承したとも主張した。
これに対して裁判所は「原告 P1 が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告 P2 及び被告 P3 も同席していたこ と」を認めたものの,「原告 P1 が,被告 A ないし被告P3,被告P2 との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し,原告が主張する被告との機密保持の合意,すなわち秘密管理性も否定した。
さらに,裁判所は「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成 21 年 4 月当時,既 に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,また,被告 P2 及び被告 P3 が,平成 21 年 8 月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」というように認定し,「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断している。このような裁判所の判断は,原告が営業秘密であると主張する非公知性及び有用性を否定しているものと考えられる。
(4) 交通規制情報管理システム事件
(大阪地裁平成 28 年 11 月 22 日判決 事件番号:平成 25 年(ワ)第 11642 号)
本事件は,原告会社が被告会社に対して消費貸借契約に基づく元金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める一方,被告会社は原告会社が被告会社の営業秘密を取得し使用するなどの不正競争をしたと主張し,被告作成ソフトウェアが営業秘密であるか否かが争われたものである。すなわち,本事件では被告会社が営業秘密の保有者であり,原告会社が当該営業秘密を不正使用した者である。
本事件の経緯は,以下のとおりである(図 5)。
① xx県警から訴外会社が請け負ったシステム開発を原告会社が下請けする。
② 原告会社が被告会社に対してソフトウェアの開発の依頼を予定し,被告会社は原告会社からこの発注を受ける前提でソフトウェア(被告作成ソフト)の開発を行う。
③ 被告会社は,納入するソフトウェアのソースコードの開示と著作権の譲渡を原告会社から求められたため,原告会社からのソフトウェア開発を受注しないとの決定を行う。被告会社は,原告会社から貸与されていたパソコンを原告会社に返却。このパソコンには,被告作成ソフトが残っていた。
④ 原告会社は,被告作成ソフトを基に訴外会社と改修してソフトウェアを作成。原告会社は,被告会社に貸与したパソコンに残されていた被告作成ソフトを基にして納入するソフトウェアを作成したことを認めている。
本事件において裁判所は被告作成ソフトの秘密管理性に対して「原告会社と被告会社との間でのソフトウェア開発の業務委託契約が締結に至らなかったのは,被告 P2 が,原告会社に対し,被告会社の著作権 の譲渡及びそれに伴うソースコードの開示につき難色を示して折り合いが付かなかったというのであり,そもそもソフトウェアのソースコードは,一般に非公開
図 5 交通規制情報管理システム事件
とされているものであり,また上記経緯に照らし,被告作成ソフトのソースコードを原告らのみならず第三 者が知る手段を持っていなかったことも明らかである」として,被告作成ソフトは非公知であり,秘密として管理されていたと判断している。
さらに,被告会社の従業員は,原告会社が貸与したパソコンに被告作成ソフトのファイルを残しており,原告会社も被告作成ソフトの入手について,被告会社に貸し出したパソコンが原告会社に返却された際に被告会社が消し忘れたソフトウェアがあったもので,積極的に持ち出したものではない,というように主張した。しかしながら,これに対して裁判所は「原告会社のパソコンに被告作成ソフトが残されていたのは,被告会社の何らかの過失によるとしか考えようがないから,被告会社が積極的に開示しようとしたものではない以上,上記のような一回限りの出来事をもって,被告作成ソフトの秘密管理性に影響を及ぼすものとはいえない。」というように判断している。
このように裁判所は,被告会社が原告会社と秘密保持契約を締結しないまま不注意で開示した被告作成ソフトの秘密管理性を認め,原告会社による被告作成ソフトの不正使用を認めた。
(5) 小括
上記タンクローリー事件,生春巻き製造機事件,及びストロープワッフル事件から理解できるように,他社に営業秘密を開示する場合には,当該他社との間で確実に秘密保持契約を締結する必要がある。例えばタンクローリー事件で原告が主張したように,自身及び開示先の取引業界では,互いそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,成約時に秘密保持契約を締結するまでの間は当事者同士が互いに秘密を守っている,とのような,いわゆる業界の常識といった主観的なことによって,情報の開示先が秘密保持義務を有しているというように考えていても,裁判所においてそれは認められないであろう。
さらに,xxxxxxx事件では,原告と他の顧客との間での秘密保持契約の締結は,被告が秘密保持義務を有していないとの認定に影響を与えないとも判断されている。このような裁判所の判断は当然のこととも考えられるが,もし原告が当該営業秘密を自社内で適切に秘密管理し,従業員に秘密管理意思を示している場合にはどうであろうか。この場合でも,やはり取
引先との間で秘密保持契約を明確に締結していなければ当該取引先は秘密保持義務を有しているとはならないであろう。
このことを端的に示してものがストロープワッフル事件であろう。上述のように原告とプランタン銀座との間における機密保持同意書の交付時に被告も同席していたことから,原告がストロープワッフルの製造方法等について秘密管理意思を有していることを被告は認識できたとも思われる。しかしながら,裁判所は,原告と被告との間で機密保持同意書を交付していないとして,原告と被告との間での秘密保持の合意は成立していないと判断している。
ここで,例えば,青森地裁平成 31 年 2 月 25 日判決
(事件番号:平成 27 年(ワ)188 号)では,秘密管理性が要求される趣旨として「企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が,当該情報に接する従業員等に対して明確化されることによって,当該従業員等の予見可能性,経済活動の安定性を確保することにある。」と示されている。このように,営業秘密の保有者による秘密管理意思は,開示先毎に示されるものであり,ある開示先に対して秘密保持意思が示されたとしてもそれが他の開示先にまで影響を及ぼすものではなく,営業秘密の保有者による秘密管理意思は対象とする取引先相手に明確に示されるべきものである。
一方,交通規制情報管理システム事件では,被告と原告との間で秘密保持契約が締結されていないものの,ソースコードの秘密管理性が認められている。この理由は,ソフトウェアのソースコードの開示と著作権の譲渡を被告会社(営業秘密保有者)が原告会社から求められたため,被告会社が原告会社からのソフトウェア開発を受注しないとの決定を行ったという経緯,及びソースコードそのものが非公開とされるとの一般的な認識(3)のもとによる裁判所の判断であり,例外的なものであろう。
また,タンクローリー事件,生春巻き製造機事件,及びストロープワッフル事件では,原告が営業秘密であると主張する情報に対して,裁判所はその有用性及び非公知性を否定するような判断もしている。このことは,原告自身が,当該情報の有用性及び非公知性の有無を正しく認識していなかった可能性を示しており,このような裁判所の判断は情報管理のうえで非常に重要なことを示唆している。一般的に,秘密保持契
約には公知となっている情報は秘密保持の対象に含まない,とのような例外規定が設けられ,公知の情報には秘密保持義務が発生しないとすることが多いためである。このような裁判例について次章にて紹介する。
3.秘密保持契約を締結した他社の開示又は使用が不競法違反とはならなかった裁判例
(1) 攪拌造粒機事件
(大阪地裁平成 24 年 12 月 6 日判決 事件番号:平成 23 年(ワ)第 2283 号)
本事件は,原告が被告に攪拌造粒機の主要部分(容器,蓋,メインブレード,クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託した際に,営業秘密である図面を被告に開示したものであり,本事件の経緯は,次のとおりである(図 6)。
① 原告は,昭和 54 年ころから被告に対して,原告が開発して製造,販売を続けている攪拌造粒機の主要部分の製作を委託した。被告は,原告製品の製作を委託されていた期間中,原告が作成した原告製品に係る設計図面(原告製品図面)の開示を受け,これに基づいて原告製品を製造していた。
② 原告と被告とにおける原告製品の製作委託関係は続き,平成 16 年 7 月 1 日以降は本件基本契約下で継続していた。
③ 平成 21 年 8 月 31 日をもって原告と被告との取引関係は終了した。
④ 被告は,原告との取引関係の終了後,平成 21 年 9 月 30 日に訴外企業(フロイント)から攪拌造粒機の製造委託を受け,被告はこの製造委託のもと,被告製品となる攪拌造粒機の試作品を製作して訴外企業に納品した。訴外企業はこの試作品を展示会において出展し,その後,被告は訴外企業からの委託を受けて被告製品を 1 台製造して販売した。
本事件において原告は,原告製品図面に記載された
原告主張xxxxが,営業秘密に該当すると主張した。これに対して裁判所は「原告主張ノウハウは,別紙ノウハウ一覧表記載のとおり,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で,原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして,このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は,被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成 21 年 9月 30 日よりも前から,顧客に特段の守秘義務を課すことなく,長期間にわたって販売されており,さらに は中古市場でも流通している(乙 3,乙 5 の 1~3,乙 7)。そのため,原告主張xxxxは,被告がフロイントからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり,「営業秘密」(不正競争防止法 2 条 6 項)には該当しないといえる。」とし,原告主張xxxxの非公知性を否定した。
このように,裁判所は原告主張ノウハウの非公知性を否定して営業秘密ではないと判断したものの,原告は,被告が原告製品図面を訴外企業に開示したことが,本件基本契約における秘密保持義務に違反すると主張した。
ここで,原告と被告とが締結した本件基本契約には,次のような秘密保持の条項が設けられていた。
「第 35 条(秘密保持) 1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上
知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕 乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕 乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕 乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕 乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の
図 6 攪拌造粒機事件
義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない」
これに対して裁判所は「まず本条における秘密保持義務の対象については,公知のものが明示で除外されている(本件基本契約 35 条 1 項〔2〕及び〔3〕)。そして,被告は,原告の「技術上および業務上の秘密」
(本件基本契約 35 条 1 項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え,被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず,契約終了後 5 年間継続すること(本件基本契約 47 条 2 項)に照らせば,原告が秘密とするものを一律に対 象とするものではなく,不正競争防止法における営業秘密の定義(同法 2 条 6 項)と同様,原告が秘密管理しており,かつ,生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。このように本件基本契約上の秘密保持義務についても,非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため,前記 4 で論じたことがそのまま当てはまるところ,被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。」というように判断した。
このように本事件では,原告は被告に対して秘密保持義務を課したものの,秘密保持条項で規定された秘密保持の対象が実質的に営業秘密と同じであると判断されたため,被告による秘密保持義務違反とは認められないと判断された。
(2) 皮膚バリア粘着プレート事件
(東京地裁令和 2 年 3 月 19 日判決 事件番号:平成 20 年(ワ)23860 号)
本事件の経緯は次のようなものである。
本事件の経緯は,次のとおりである(図 7)。
① 原告は,平成 27 年 10 月 8 日に被告との間で皮膚バリア粘着プレートの製造を委託することなどを定めた製造委託契約(本件契約)を締結。
② 原告は,平成 27 年 11 月 17 日に独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対し,皮膚バリア粘着プレートの一種で,帝王切開用の原告製品について,医療機器製造販売届(PMDA 申請)をした。
③ 被告は,平成 27 年 12 月 28 日,被告製品の PMDA申請をした。
④ 原告は,平成 28 年 1 月 18 日に被告に対し,訴外の東レ社が製造・販売する粘着面の原材料として記載されている「DOW CORNING MG7-9850 A 剤・ B 剤」(本件東レ製品)を原告製品の粘着面に用いることを提案した。これにより,原告と被告は原告製品について,原材料として粘着面に原告が支給する本件東レ製品を使用し,非粘着面に「Momʼs シリコーン」を使用することを合意した。なお,原告製品は,皮膚に接する粘着性のあるシリコーン面と,粘着性のない面からなる伸縮性に富んだシリコーンシートによる帝王切開手術専用の皮膚バリア粘着プレートであり,原告製品は,帝王切開手術の手術痕に貼付することにより皮膚バリアとして外部からの刺激等を和らげるとともに,手術痕が瘢痕や
図 7 皮膚バリア粘着プレート事件
ケロイドになるのを予防するものである。
⑤ 被告は平成 28 年 2 月 22 日から同年 6 月 20 日までの間,本件契約に基づいて原告製品を製造して原告に納品。
⑥ 原告は平成 28 年 2 月 24 日から現在に至るまで原告製品を販売。
⑦ 本件契約は平成 28 年 10 月 8 日に終了。
⑧ 被告は,遅くとも平成 29 年 12 月 1 日には被告製品の販売を開始した。この被告製品は,粘着性のあるシリコーン面と粘着性のないシリコーン面からなる伸縮性のあるシリコーンシートであり,切開手術,腹腔鏡手術の手術痕などの皮膚部位を保護し,手術痕が肥厚性瘢痕やケロイドになるのを防止する皮膚バリア粘着プレートであり,その粘着面には本件東レ製品が用いられている。
そして,原告は,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の原材料として本件東レ製品を用いることを営業秘密(本件情報)であると主張し,さらに原告は,帝王切開手術の手術痕の保護に適したシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートという原告のアイデアを被告が模倣し,原告製品の PMDA 申請から約 1 か月後に被告製品の PMDA 申請をしただけでなく,平成 28 年 8 月以降,本件東レ製品を用いて原告製品と同じ形状・サイズの被告製品を製造・販売したことが,被告が「不正の利益を得る目的」をもって本件情報を使用したと主張した。
これに対して裁判所は「手術痕や傷痕を保護するためのシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートが本件契約の数年以上前から複数の会社から製造,販売されていたこと,シリコーンソフトスキン粘着剤の粘着技術が遅くともxxx年頃からは傷の治療に用いられていたこと,シリコーンソフトスキン粘着剤であ る本件東レ製品が遅くとも平成 20 年 12 月頃には販売され,同時期に発行された業界雑誌において製品の特性等も踏まえて紹介されていたことのほか,訴外東レが,本件東レ製品について,瘢痕治療を含む皮膚への付着を対象とする製品であること及び日本国内だけでなく海外にも広く供給することが可能であることなどを自社のウェブサイトにおいて紹介していることが認められる。」と認定し,「シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面に本件東レ製品を用いることができるという情報は,平成 27 年 7 月までには,広く知られていた情報であったといえる。」と判断し,
原告と被告とによる製造委託契約の締結前から公知であったとして,原告主張の本件情報の非公知性を否定した。
一方で原告は,さらに,被告が被告製品の PMDA申請に際してシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報を開示した行為が本件秘密保持義務違反に該当するとも主張した。
しかしながら,この主張に対しても裁判所は「皮膚バリア粘着プレートの原材料にシリコーンゲルを用いるという情報が,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報であったことは上記(第 4 の 1)認定のとおりである。…その端部を丸みを帯びた形状とするという点も,絆創膏などの代表的な皮膚保護剤や原告製品に先行して販売されていたシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの形状からも明らかなように,その端部は角張った形状か丸みを帯びた形状の製品が多く…皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報は,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報(本件契約の契約書第 9 条③の 4)といえる。そうすると,原告が指摘する情報は,いずれも
「相手方の技術上及び取引上の情報」(同契約書第 9 条
①②)に該当するとは認められない。」と判断し,秘密保持義務違反も認めなかった。
ここで,原告と被告とが締結した秘密保持契約は下記のものである。
「第 9 条(秘密保持義務)
甲(原告)と乙(被告)は,事前に相手方の書面による承諾を得なければ,次の情報を第三者に開示または漏洩してはならない。
① 本件契約及び個別契約の締結前に行われた交渉の段階において,図面・仕様書・資料・材料・型・設備・見積依頼・口頭の説明,その他により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報。
② 前項のほか,本件契約及び個別契約により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報
③ 前項の規定は,次の各号に定める情報には適用しない。
1 相手方から知り得た時点で,既に保有している情報
2 独自に開発した情報
3 秘密保持義務を負うことはなく,第三者から正当に入手した情報
4 公知になった情報」
このように,本事件において裁判所は,秘密保持契約にも「公知となった情報」は秘密保持を適用しないとの規定が設けられているために,公知であるとして営業秘密と認められなかった情報も,秘密保持の対象とはならないと判断した。
(3) 光配向装置事件
(知財高裁平成 30 年 1 月 15 日判決 事件番号:平成 29 年(ネ)第 10076 号,東京地裁平成 29 年 7 月 12 日判決 事件番号:平成 28 年(ワ)第 35978 号)
本事件は,原告の営業秘密である本件情報につき,被告が不正開示行為であること若しくは同行為が介在したことを重大な過失により知らないで取得し,使用するなどし,被告の上記行為は,不競法 2 条 1 項 8 号所定の不正競争に該当すると原告が主張したものである。なお,被告は,平成 27 年に原告製品の製造,販売等をすることが被告の特許権の侵害に当たるとして,原告を相手方とする 2 件の特許権侵害訴訟を提起し,仮処分命令申立てをし,原告製品の動作,構造等を特定する証拠又は疎明資料として,本件各文書を裁判所に提出している。
本事件の経緯は,次のとおりである(図 8)。
① 原告が,各丁に「Confidential」との記載があり,営業秘密であるとする本件情報である本件文書 1, 2 を,代理店契約を締結していた台湾企業に対し,中国企業向けの資料として電子データをメールで送信。
② 台湾企業が,営業先である中国企業へ本件文書 1, 2 の電子データをメールで送信。なお,原告と台湾企業との代理店契約には秘密保持条項が設けられて
おり,さらに,原告は,本件各文書の開示に先立ち,台湾企業及び中国企業との間でも秘密保持契約を締結。
③ 被告が本件文書 1,2 を何らかのルートで取得し,原告を被告として特許侵害訴訟を提起。
そして原告は「本件各文書を秘密保持契約を締結した取引先にしか開示していないから,これらを被告が取得する過程で,守秘義務違反による不正開示行為が介在したことは明らかであるところ,被告は原告と競業関係にあり,自社での営業秘密管理体制に照らし,また,本件各文書の Confidential の記載から,本件各 文書の取得時に不正開示行為を認識することは容易であったはずであるから,被告には,不競法 2 条 1 項 8号所定の重大な過失があり,同号所定の不正競争が認められる」と主張した。
これに対して裁判所は「不競法 2 条 1 項 8 号所定の
「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。」と定義したうえで,下記(1)~(3)を示し,被告による原告の本件各文書被告の取得における重大な過失を認めなかった。
(1) 本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当する。
(2) 本件各文書の Confidential の記載以外に,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。本件各文書の Confidential の記載のみをもって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして
図 8 光配向装置事件
調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない。
(3) 本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に,控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素となり得る。しかしながら,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものとは認められない。
なお,被告は本件各文書の入手ルートを明らかにできないとしており,それを持って原告は本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではない,と主張した。しかしながら,裁判所は「入手ルートを明らかにしないことをもって,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことが推認されるとはいえない。」というように原告の主張を認めなかった。
(4) 小括
攪拌造粒機事件及び皮膚バリア粘着プレート事件では,情報の保有者である原告が被告と秘密保持契約を締結したにもかかわらず,当該情報の営業秘密性と共に被告による秘密保持契約違反も認められなかった。この理由は,当該情報は非公知性を喪失しているというものであり,締結された秘密保持契約でも公知となった情報は秘密保持の対象から除外されることが規定されていたためでる。
このことから,秘密保持契約を締結して情報を開示する企業は,当該情報が非公知であるか,将来非公知となる可能性があるかを判断し,法的に保護され得る情報であるか否かが精査されるべきである。特に,当該情報を自社製品に使用する場合には,当該自社製品がリバースエンジニアリングされることによって公知となるか否かを正しく認識する必要がある。自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に得られる情報は,既に非公知性を失っており,営業秘密とは認められない可能性が高いためである。例えば,製品から容易に知ることができる機械構造は,非公知性を失っていると裁判所によって判断される可能性が高く,また,合金の組成といった情報も非公知性を失っているとされる可能性がある(4)。そのような情報を秘
密保持契約を締結して開示したとしても,当該情報は秘密保持の対象から除外される可能性が高い。
すなわち,たとえ相手方が知らないとして秘密保持契約を締結して開示した情報であっても,公知となった情報であれば当該情報を相手方が自由に開示や使用できる可能性があることを認識するべきである。そもそも,秘密保持契約を締結してまで開示した情報であれば,当該情報の開示先企業にとっても重要な知見を与える情報であろうし,新たなビジネスを創出するきっかけを与える情報であるかもしれない。
そのようなことを認識しつつ,当該情報を他社に開示するか否かを判断するべきであろう。もし,当該情報を目的外で使用された場合に,開示先企業が自社の競合他社となり得る場合には,当該情報の開示を含めた業務委託や協業(オープンイノベーション)を再考すべきであろう。また,重要な情報に対しては当該情報を確実に特定したうえで,たとえ,公知であったとしても目的外使用を禁ずるような契約を締結することも考えられる。しかしながら,このような契約は,情報の開示先企業の同意が必要であるため,十分な交渉を要するであろう。
また,光配向装置事件では,秘密保持契約を締結して開示した情報(文書)であって,かつ当該情報に秘密保持意思を示す記述があったとしても,通常の営業活動によって当該情報を取得した者は不競法違反とはなり得ない可能性が高い。実際,競合他社の内部情報
(営業秘密)とも思える情報が第三者を通じて自社が取得するということは珍しくない。すなわち,営業秘密を開示する企業は,営業秘密の開示先企業が信用できる企業であるか否かを十分に精査するべきであるし,営業秘密を開示しようとする場合には本当にその必要性があるのかを慎重に検討するべきである。
例えば,営業秘密である技術情報を開示しようとする場合,又は開示を求められた場合には,交渉の段階において徐々に開示したり,営業秘密の開示を回避するために,技術情報そのものに替えてその効果のみを開示したり,秘匿するべき技術情報を開示しない替わりに当該技術情報を使用した製品の性能保証を与えたりするも考えられる。
4.まとめ
以上,取引先への情報開示に関する裁判例を紹介したが,秘密保持契約を締結することなく開示した情報
は営業秘密として認められる可能性は相当低いであろう。交通規制情報管理システム事件では,秘密保持契約を結ぶことなく(不注意により)開示した情報の営業秘密性が認められたが,これは当該情報がソースコードであったことと,それまでの経緯に基づく裁判所の判断であって,例外といえよう。
一方で,秘密保持契約を締結した情報であるからといって,当該情報が営業秘密と認められない場合には,開示先企業による当該情報の目的外使用が秘密保持義務違反とならない可能性が高い。その理由は,多くの秘密保持契約には,当該契約の対象外として「公知となった情報」が含まれるためである。現在,多くの技術情報が特許公開公報の文献やインターネットに開示されている情報等によって公知となっている。また,自社が自ら上記媒体を介して公知としている可能性もある。そのような現状を鑑みると,秘密保持契約を締結して相手方に開示している情報であっても,当該情報が秘密保持の対象となり得ているのかを精査する必要がある。また,もし公知となっている可能性のある情報であっても,開示先企業が未だ知り得ていない情報であって開示先企業によって独自に使用された場合した場合に,自社のビジネスに負の影響を与える可能性がある情報については,真に開示する必要のある情報であるか否か,当該情報について目的外使用を禁ずる条項の追加の可否,さらには開示先企業との共
同研究・開発の適否をも検討するべきであろう。
従来から,自社と他社との共同研究・開発は行われていたものの,近年,オープン戦略の広まりもあり,自社が営業秘密とする情報を他社に開示すること場面も増えるであろう。しかしながら,他社に自社の情報を開示することはリスクを伴う行為であることを十分に認識するべきである。自社のビジネスを広げるために他社に情報を開示した結果,将来の競合を育てることとなっては本末転倒であろう。
(参考文献)
(1)独立行政法人 情報処理推進機構,企業における営業秘密管理に関する実態調査―調査報告書(別冊)―「営業秘密の管理実態に関するアンケート」調査結果 平成 29 年 3 月 17日,pp.22,参照日 2020 年 6 月 6 日,xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/ files/000057776.pdf
(2)オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)事務局 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO),オープンイノベーション白書 第二版, pp.3,参 照 日 2020 年 6 月 6 日,xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/ content/100879992.pdf
(3)xxxx,プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断,パテント Vol.72 No.8,pp.117-pp.126(2019)
(4)xxxx,リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察,知財管理 Vol.68 No.12,p1670-p1680(2018)
(原稿受領 2020.6.15)