「1936年賃金支払法(Payment of Wages Act, 1936)」および「1948年最低賃金法(Minimum Wages Act, 1948)」という2つの法令により規制されている。
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インドにおける労務管理(2) x x x* |
(前回からの続き)
3.雇用契約の締結と労働条件に関する規制
(3)賃金、賞与、退職金等の支払に関する規制
ア 賃金の支払に関する規制
インドでは、被雇用者に対する賃金の支払は、
「1936年賃金支払法(Payment of Wages Act, 1936)」および「1948年最低賃金法(Minimum Wages Act, 1948)」という2つの法令により規制されている。
1936年賃金支払法は、工場等における被雇用者
(employee)の賃金が1ヶ月18,000ルピー(2013年 12月10日現在)(1)を超えない場合の、当該被雇用者の賃金の支払について適用される。「被雇用者」は、xxxxx、ノンワークマンを含む概念であり、従って同法はxxxxxであるとノンワークマンであるとを問わず、月額賃金が18,000ルピー以下の者に適用される。
同法上、使用者は、同法が適用される被雇用者の賃金については、1ヶ月を最長期間として賃金支払期間を定めなければならないとされており、したがって必ず1ヶ月に1回以上の頻度で賃金を支払う必要がある。
また、同法が適用される被雇用者の賃金は、賃金支払期間の終了後から原則として7日以内(被雇用者が1,000人を超える大規模な工場等の場合、 10日以内)に支払われる必要がある。そのため、たとえば、ある月の月給を翌月7日(あるいは10日)以降に支給することは認められない。なお、退職、
* ことうら りょう
弁護士、xxxxxx・xx・xx法律事務所
雇用期間満了、解雇その他の事由により雇用契約が終了した場合、賃金は雇用終了から2勤務日以内に支払われる必要がある。
さらに、賃金は、勤務日において、原則として現金で支払われる必要がある。ただし、被雇用者の事前の同意を書面で得た場合、小切手または銀行振込による支払も可能とされている。インドは銀行振込による給与支払が日本ほど普及していないため、現在でも現金または小切手で賃金が支払われることが少なくない。
賃金からの天引きは、欠勤等の場合の罰金、宿泊施設の代金等、法令で定められた項目のみが認められ、また天引きの合計額は賃金の半額を上回ってはならないとされている。
1948年最低賃金法(Minimum Wages Act, 1948)は、被雇用者の最低賃金について定めた法令である。同法の適用対象は、同法別紙において規定されている施設、職場に限定されているものの、その範囲は非常に広く、事実上ほとんど全ての施設、職場に適用されている。また、同法は、ワークマン、ノンワークマンの双方に適用される。
同法による授権に基づき、各州は、当該州の物価水準等を踏まえ、州内の最低賃金を設定している。したがって、最低賃金は、州ごとに異なる。各州の最低賃金は、毎年4月に変更されることが多く、特に2000年以降はほとんど全ての州において毎年上昇している。
たとえばデリー連邦直轄領の店舗・施設等以外の職場における最低賃金は、労働者のカテゴリー毎に定められており、2013年12月10日現在、非熟練工については月額7,722ルピー、半熟練工については月額8,528ルピー、熟練工については月額
9,386ルピーと定められている(2)。
1948年最低賃金法の定める最低賃金額は、一般的な労働市場の相場よりも低いことが通常であり、したがって通常の労働慣行に従っている限り同法に違反する可能性は高くないと思われるが、法令上の規制として最低賃金が設定されていることには留意が必要である。
イ 賞与の支払に関する規制
「1965年賞与支払法(Payment of Bonus Act, 1965)」は、1948年工場法(Factories Act, 1948)上の「工場」(すなわち、10人または場合により 20人以上の被雇用者が現に労働しているか、過去
12ヶ月間のいずれかの日において労働していた工場)、および会計年度のいずれかの日において20人以上の被雇用者が雇用されていた全ての施設
(店舗、オフィス、事業所等)における、月額賃金が1万ルピー以下の被雇用者(ただし、当該会計年度において30営業日以上就業した者に限られる)に対する賞与の支払義務を定めている。
同法はワークマンであるとノンワークマンであるとを問わず、月額賃金が1万ルピー以下の被雇用者に適用される。
この賞与は、法令上の義務として支払が義務付けられるものであり、したがって会社の業績や利益の状況にかかわらず、支払が必要となる。ただし、新規に設立された工場や施設の場合、事業開始から最初の5会計年度は、利益が出た場合にのみ賞与を支払えば足りるとされている。
同法上、支払が必要な賞与の最低金額は、2013年12月10日現在の法令上の計算式に従えば、毎月 3500ルピーに8.33%を掛けた額の12ヶ月分である、約3,500ルピーとなる。ただし、ある会計年度の分配可能剰余金が、上記支払が必要な賞与の最低金額に支払い対象者の人数を掛けた合計の金額を超える場合、当該分配可能剰余金額の額に応じてさらに賞与が支払われる必要がある。もっとも、その場合でも、法令上必要な賞与の支払の上限額は、毎月3,500ルピーに20%を掛けた額の12ヶ月分である、約8,400ルピーに留まる。
なお、この金額は、あくまで1965年賞与支払法
に基づく、法令上の義務としての賞与の最低額であり、会社がその裁量により、法令上の義務を超える金額を賞与として支給することは禁止されていない。したがって、会社が、当該年度の業績や利益に応じて上記金額を超える金額の賞与を支給することは勿論可能である。ただし、被雇用者から、1965年賞与支払法上の金額を超える額の賞与を「権利」として主張されることを防ぐため、雇用契約には、業績や利益に連動する賞与はあくまで会社の裁量により支払われるものであって、被雇用者の権利ではないことを明記しておくべきである。なお、雇用契約において、業績や利益にかかわらず支給される賞与額を合意した場合は、会社は当該合意した金額を賞与として支給する必要がある。
ウ 退職金の支払に関する規制
「1972年退職金支払法(Payment of Gratuity Act, 1972)」は、1948年工場法上の「工場」または10人以上の被雇用者が現に労働しているか、過去12ヶ月間のいずれかの日において労働していた施設(店舗、オフィス、事業所等)において、5年以上継続して勤務した被雇用者に対する退職金支払義務を定めている。
この退職金は、原則として、xxxxxであるとxxxxxxxであるとを問わず、5年以上継続して勤務した被雇用者が退職する(定年退職を含む)際に支給される。ただし、例外として、被雇用者が事故または疾病により、死亡または就業不能の障害を負ったことで退職する場合には、5年以上の継続勤務要件は課せられない。また、退職が、法令、内部規則または雇用契約等への違反や、会社に損失を与えたり器物を損壊したりしたことを理由とする解雇による場合には、会社は退職金の支払義務を免れる場合がある。
2013年12月10日現在、1972年退職金支払法上定められている退職金の額は、被雇用者が退職した年および6ヶ月を超えて勤務した年数に、退職時の月額賃金に15/26を乗じた金額(ただし、上限額は35万ルピー)である。
たとえば、ある者が2005年4月に入社し、継続
勤務の後、2013年11月に退職した場合で、その者の退職時の月給が2万ルピーであった場合、20,000
×15/26×9年で、約10万4000ルピーが、法令上支払が必要な退職金となる。
なお、この金額は、あくまで1972年退職金支払法に基づく、法令上の義務としての退職金の最低額であり、会社がその裁量により、法令上の義務を超える金額を退職金として支給することは禁止されていない。したがって、会社が、被雇用者の会社への貢献の程度に応じて上記金額を超える金額の退職金を支給することは勿論可能である。ただし、被雇用者から、1972年退職金支払法上の金額を超える額の退職金を「権利」として主張されることを防ぐため、雇用契約には、会社への貢献に連動する退職金はあくまで会社の裁量により支払われるものであって、被雇用者の権利ではないことを明記しておくべきである。なお、雇用契約において、会社への実際の貢献の程度にかかわらず支給される退職金額を合意した場合は、会社は当該合意した金額を退職時に支給する必要がある。
4.社会保障制度と会社の負担
(1)概要
インドの被雇用者に対する社会保障制度は、主に「1952年被雇用者積立基金雑則法(Employees’ Provident Funds and Miscellaneous Provision Act, 1952)」、「1948年被雇用者国家保険法(Employees’ State Insurance Act, 1948)」および「1923年被雇用者補償法(Employees’ Compensation Act, 1923)」の3つの法令により規定されている。
1952年被雇用者積立基金雑則法は、月額賃金が一定以下の被雇用者(外国籍の被雇用者の場合、賃金額を問わない)に対する①積立基金制度(解雇、定年退職、障害による就労不能等の場合の給付金制度)、②年金制度(定年退職や障害による就労不能の場合の給付金制度)および③預託保険制度(被雇用者死亡の場合の家族向け生命保険制度)の3つの社会保障制度について規定している。同法に基づく社会保障制度は被雇用者積立基金
(Employees’ Provident Fund)への掛金支払に基づいており、同制度を運用する機関は被雇用者積
賃金、賞与、退職金等の支払に関する規制(2013年12月10日現在)
支払の種類 | 適用法令 | 適用対象 | 規制の概要 |
賃金 | 1936年賃金支払法 (Payment of Wages Act, 1936) | 月額賃金が18,000ルピー以下の被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) | ・1ヶ月に1回以上の頻度での賃金支払 ・賃金支払期間の終了後から原則として7日以内(大規模な工場等の場合10日以内)の給与支払義務 ・賃金支給方法の規制 |
1948年最低賃金法 (Minimum Wages Act, 1948) | 全ての被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) | ・最低賃金規制(州により最低賃金額は異なる) | |
賞与 | 1965年賞与支払法 (Payment of Bonus Act, 1965) | 当該会計年度において30営業日以上就業した、月額賃金が1万ルピー以下の被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) | ・原則として、毎月3500ルピーに8.33%を掛けた額の12ヶ月分である、約3,500ルピーの賞与支払義務 ・ただし、ある会計年度の分配可能剰余金が、上記支払が必要な賞与の最低金額に支払い対象者の人数を掛けた合計の金額を超える場合、当該分配可能剰余金額の額に応じてさらに賞与が支払われる必要がある。もっとも、その場合でも、法令上必要な賞与の支払の上限額は、毎月3,500ルピーに20%を掛け た額の12ヶ月分である、約8,400ルピーに留まる |
退職金 | 1972年退職金支払法 (Payment of Gratuity Act, 1972) | 5年以上継続して勤務した被雇用者(xxxxx、ノンワークマンを問わない) | ・被雇用者が退職した年および6ヶ月を超えて勤務した年数に、退職時の月額賃金に15/26を乗じた金額(ただし、上限額は35万ルピー)の退職金支払義務 |
立基金機関(Employees’ Provident Fund Organi- zation)(3)である。
1948年被雇用者国家保険法は、月額賃金が一定以下の被雇用者の病気、出産、労働災害等による一時的またはxx的な身体障害、労働災害による死亡および病気治療等に備えた保険掛金の支払義務と国家保険基金からの保険金の給付について規定している。同法に基づく社会保障制度は被雇用者国家保険基金(Employees’ State Insurance Fund)への保険金支払に基づいており、同制度を運用する機関は被雇用者国家保険法人(Employees’ State Insurance Corporation)(4)である。
1923年被雇用者補償法は、被雇用者が雇用からまたはその過程で生じた事故により負傷を負い、または当該負傷の結果として死亡した場合の会社の補償義務について規定している。公的基金が支払を行う前二者と異なり、同法において補償の支払義務を負うのは会社である(したがって、会社の公的基金への掛金支払義務も存在しない)。同法は、1948年被雇用者国家保険法が適用されない被雇用者について、補完的に適用される。
以上の各法令は、xxxxxであるとノンワークマンであるとを問わず、各法令所定の要件を満たす被雇用者に適用される。
それぞれの制度の概要と、当該制度に基づく会社の負担は、下記に詳述するとおりである。
(2)1952年被雇用者積立基金雑則法に基づく社会保障制度
ア 適用される産業施設
1952年被雇用者積立基金雑則法は、原則として
20人以上の被雇用者が雇用されている工場、オフィス、店舗その他の施設(以下「産業施設」という)に適用される。そのため、被雇用者の数が 20人未満の産業施設については、原則として同法に基づく社会保障制度は適用されず、したがって会社もこれに加入し、掛金等を負担する義務を負わない。
ただし、①20人未満の産業施設が任意に同法に基づく社会保障制度を導入した場合、または②過去に20人以上が雇用されるなどにより、同法の適
用対象となったことがある産業施設については、その後被雇用者の数が20人未満になったとしても、それぞれ同法に基づく社会保障制度が適用され続ける。
特に①の例外が重要であり、日系企業の中には、駐在員を含む被雇用者xx程度の小規模な現地法人を設立した際、現地コンサルタントの勧め等に従って1952年被雇用者積立基金雑則法に基づく社会保障制度を導入した結果、20人に満たない産業施設であるにもかかわらず、多額の負担を伴う社会保障制度への加入を強制され続けているという会社も少なからず見受けられる。法人であれば1人でも雇用すれば社会保険への加入が強制される日本と異なり、インドでは、被雇用者の数が20人未満の産業施設については、原則として社会保障制度は適用されず、したがって社会保険への加入義務も掛金の支払義務も生じないことに留意が必要である。
イ 適用対象の被雇用者と日印社会保障協定
1952年被雇用者積立基金雑則法の適用があるのは、2013年12月10日現在、原則として月額賃金が 6,500ルピー以下の被雇用者のみである(5)。したがって月額賃金が6,500ルピーを超える被雇用者には、同法に基づく社会保障制度は適用されない。
ただし、外国籍の労働者(International Work- er)については、「インドと社会保障協定を締結しており、かつ当該国において社会保障制度に加入している者」のみが、1952年被雇用者積立基金雑則法の適用を除外されるとされており、よって月額賃金が6,500ルピーを超える被雇用者であっても同法が適用される。
この点、かつては、日本とインドの間には社会保障協定が存在しなかったことから、日本から派遣された日本人駐在員は、現地日系企業が1952年被雇用者積立基金雑則法に基づく社会保障制度への加入義務を負う会社の場合、インドでも同法に基づく社会保障制度に加入しなければならず、日本とインドにおける社会保険料の二重払いの問題が生じていた。
しかしながら、日本とインドは、2012年11月16
日に日印社会保障協定を締結しており(6)、その後同協定は2013年12月4日に国会で承認を受けている。日印社会保障協定上、派遣期間が5年以内の一時派遣被用者は、原則として、派遣元国の年金制度にのみ加入することとされており、また(派遣期間が5年を超える場合)両国での保険期間を通算してそれぞれの国における年金の受給権を確立できるとされている。
そのため、日印社会保障協定が発効すれば、日本とインドにおける社会保険料の二重払いの問題は解消され、特に派遣期間が5年以内の日本人駐在員については、現地日系企業も当該日本人駐在員もインドで社会保険料を納付する必要が無くなることから、日系企業と日本人駐在員の負担が軽減する見込みである。
ウ 積立基金制度(Employees’ Provident Funds Scheme(EPF))
積立基金(EPF)は、被雇用者が、解雇、定年退職、障害による就労不能等により雇用が終了する場合その他一定の場合において、会社および被雇用者が積み立てた基金から、一定の給付金を給付する制度である。
会社は、基本給(インド国外で受領するものも含む)に、物価調整手当(dearness allowance)および残留手当(retaining allowance)(7)を加えた金額(以下「諸賃金額」という)の12%(2013年 12月10日現在)を、被雇用者の給与から控除した上で、積立基金の掛金として被雇用者積立基金に支払う必要がある(被雇用者負担分)(8)。
さらに、会社は、諸賃金額の3.67%(2013年12月10日現在)を、積立基金の掛金として被雇用者積立基金に支払う必要がある(使用者負担分)。会社が、この使用者負担額を、実質的に被雇用者への諸賃金額から差し引いて支払うことは認められていない。
エ 年金制度(Employees’ Pension Scheme
(EPS))
年金(EPS)は、被雇用者が、定年退職や障害による就労不能の場合に、会社が積み立てた基金
から、年金を給付する制度である。
年金掛金については、被雇用者の負担分は存在せず、使用者負担のみとされており、会社は、諸賃金額の8.33%(2013年12月10日現在)を、年金基金の掛金として被雇用者積立基金に支払う必要がある。積立基金と同様、会社が、この使用者負担額を、実質的に被雇用者への諸賃金額から差し引いて支払うことは認められていない。
オ 預託保険制度(Employees’ Deposit Linked Insurance Scheme(EDLI))
預託保険制度は、被雇用者が死亡した場合に、当該被雇用者の家族に対し、会社が積み立てた基金から一定の給付金を給付する制度であり、一種の生命保険制度である。
預託保険制度についても、被雇用者の負担分は存在せず、使用者負担のみとされており、会社は諸賃金額の0.5%(2013年12月10日現在)を、預託保険の掛金として被雇用者積立基金に支払う必要がある。積立基金、年金と同様、会社が、この使用者負担額を、実質的に被雇用者への諸賃金額から差し引いて支払うことは認められていない。
カ 会社の負担額
会社は、上記ウ~オで述べた各制度の掛金に加え、積立基金制度(EPF)について諸賃金額の1. 10%(2013年12月10日現在)を、預託保険制度
(EDLI)について諸賃金額の0.01%(2013年12月 10日現在)を、それぞれ被雇用者積立基金の運営のための費用として支払う必要がある。この金額は、あくまで基金の運営費用に使用されるため、被雇用者のために積み立てられることはない。なお、年金(EPS)については、政府が諸賃金額の 1.16%(2013年12月10日現在)を運営資金として拠出することとされているため、会社による運営資金の拠出義務は定められていない。
以上を踏まえ、2013年12月10日現在の1952年被雇用者積立基金雑則法上の3つの社会保障制度における会社(使用者)の負担額は、諸賃金額の 13.61%となる。なお、被雇用者の負担額は、諸賃金額の12%であるため、会社(使用者)分と併せ
て合計25.61%が会社から被雇用者積立基金に支払われる必要がある。このうち、24.5%分が被雇用者のために積み立てられ、残り1.11%分が被雇用者積立基金の運営費用として使用される。
(3)1948年被雇用者国家保険法に基づく社会保険
ア 適用対象
1948年被雇用者国家保険法は、10人以上の被雇用者が雇用されている工場、20人以上の被雇用者が雇用されている店舗、ホテル、レストラン等の一定の施設、または州によっては20人以上の被雇用者が雇用されている医療施設や教育機関に適用される。そのため、被雇用者の数が10人未満の工場、および20人未満の店舗等の施設については、原則として同法に基づく社会保障制度は適用されず、したがって会社もこれに加入し、保険掛金を負担する義務を負わない。
ただし、過去に同法の適用対象となったことがある工場または施設については、その後被雇用者の数が要件(工場の場合10人、店舗等の施設の場合20人)を下回ったとしても、それぞれ同法に基づく社会保障制度が適用され続ける。
1948年被雇用者国家保険法の適用があるのは、
2013年12月10日現在、原則として月額賃金が
15,000ルピー以下の被雇用者のみである(9)。したがって月額賃金が15,000ルピーを超える被雇用者には、同法に基づく社会保障制度は適用されない。なお、1948年被雇用者国家保険法が適用される 被雇用者に対しては、後述する1923年被雇用者補償法は適用されない。1948年被雇用者国家保険法が適用される被雇用者は、一時的またはxx的な身体障害、労働災害による死亡および病気治療等のため、被雇用者国家保険基金による給付を受け
ることができるためである。
イ 制度の概要
被雇用者国家保険制度(Employees’ State In- surance Scheme)は、病気、出産、労働災害等による一時的またはxx的な身体障害、労働災害による死亡および病気治療等の場合(10)の被雇用者国家保険基金からの保険金の給付、およびそれを
支える保険掛金の支払義務について定めている。会社は、被雇用者国家保険制度の適用を受ける
被雇用者の賃金(wages)(基本給のみならず、契約の条件が満たされる場合に被雇用者に現金で支払われる全ての報酬をいう)の1.75%(2013年12月10日現在)を、被雇用者の給与から控除した上で、保険掛金として被雇用者国家保険基金に支払う必要がある(被雇用者負担分)(11)。さらに、会社は、賃金の4.75 %(2013年12月10日現在)を、積立基金の掛金として被雇用者積立基金に支払う必要がある(使用者負担分)。会社が、この使用者負担額を、実質的に被雇用者への諸賃金額から差し引いて支払うことは認められていない。
会社は、被雇用者国家保険制度の適用を受ける各被雇用者について、支払締切日(毎年9月末および3月末)から21日以内に、上記被雇用者負担分および使用者負担分の保険掛金の合計額(すなわち賃金の6.5%)を、被雇用者国家保険基金に支払う必要がある。
9月末分の掛金が支払われた場合、翌年1月1日から6月30日まで、3月末分の掛金が支払われた場合、当年の7月1日から12月31日までが、保険期間となり、この期間に生じた病気、出産、労働災害等による一時的または恒久的な身体障害、労働災害による死亡および病気治療等は、被雇用者国家保険基金からの保険金の給付の対象となる。
(4)1923年被雇用者補償法に基づく補償制度
ア 適用対象
1923年被雇用者補償法は、雇用からまたはその過程で生じた事故により、負傷し、または死亡した全ての被雇用者に適用される。ただし、上述のとおり、同法は、1948年被雇用者国家保険法の適用対象となる被雇用者には適用されない。
同法には、適用される工場や施設の人数要件が存在せず、また被雇用者の賃金額に応じた適用除外も存在しない。そのため、1923年被雇用者補償法は、1948年被雇用者国家保険法を補完するものであるといえる。
イ 制度の概要
1923年被雇用者補償法は、雇用からまたはその過程で生じた事故により負傷を負い、または当該負傷の結果として死亡した場合の会社の補償義務について規定している。
1948年被雇用者国家保険法上の被雇用者国家保険は、あくまで被雇用者国家保険基金という公的基金が保険金の支払を行うものであったが、1923年被雇用者補償法上、補償の支払義務を負うのは使用人である会社である。したがって、会社の公的基金への掛金支払義務は存在せず、また会社に支払能力が無い場合には、被雇用者は補償を受けることができない。
1923年被雇用者補償法上の補償金は、会社から被雇用者に直接支払われるのではなく、当該会社が存在する地域を管轄する労働コミッショナー
(Labour Commissioner)を通じて支払われる。
被雇用者が、1923年被雇用者補償法に基づく補償を求める場合、使用者である会社が雇用からまたはその過程で生じた事故による傷害の事実を知りえない場合、会社に対して書面で当該事実の通知を行う必要がある。また、被雇用者は、「雇用からまたはその過程で生じた事故」が生じた日から2年以内に、当該会社が存在する地域を管轄する労働コミッショナーに対し、所定の様式に必要な情報を記入の上、補償の申立てを行う必要がある。
2013年12月10日現在、1923年被雇用者補償法上、被雇用者が、「雇用からまたはその過程で生じた事故」により、恒久全面的障害(permanent total disablement)を負った場合は、月額賃金の 60%相当分に、被災時点の被雇用者の年齢に応じた一定の数を掛けた金額(ただし、14万ルピーを上限とする)が補償額となる。また、被雇用者が、
インドの社会保障制度(2013年12月10日現在)
根拠法 | 適用対象 | 社会保障制度 | 制度の概要 |
1952年被雇用者積立基金雑則法(Employ- ees’ Provident Funds and Miscellaneous Provision Act, 1952) | 20人以上の被雇用者が雇用されている工場、オフィス、店舗その他の施設の ・月額賃金が6,500ルピー以下の被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) ・インドと社会保障協定を締結していない国の全ての外国籍被雇用者(賃金額を問わない) | 積立基金制度(Employ- ees’ Provident Funds Scheme(EPF)) | 被雇用者が、解雇、定年退職、障害による就労不能等により雇用が終了する場合その他一定の場合において、会社および被雇用者が積み立てた基金から、一定の給付金を給付する制度 |
年金制度(Employees’ Pension Scheme (EPS)) | 被雇用者が、定年退職や障害による就労不能の場合に、会社が積み立てた基金から、年金を給付する制度 | ||
預託保険制度(Employ- ees’ Deposit Linked Insurance Scheme (EDLI)) | 被雇用者が死亡した場合に、当該被雇用者の家族に対し、会社が積み立てた基金から一定の給付金を給付する制度(一種の生命保険制度) | ||
1948年被雇用者国家保険法(Employees’ State Insurance Act, 1948) | 10人以上の被雇用者が雇用されている工場、20人以上の被雇用者が雇用されている店舗、ホテル、レストラン等の一定の施設の月額賃金が15,000ルピー以下の被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) | 被雇用者国家保険制度 (Employees’ State Insurance Scheme) | 病気、出産、労働災害等による一時的または恒久的な身体障害、労働災害による死亡および病気治療等の場合の被雇用者国家保険基金からの保険金の給付、およびそれを支える保険掛金の支払制度 |
1923年被雇用者補償 法(Employees’ Com- pensation Act, 1923) | 場所、月額賃金額を問わず、全ての被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを問わない) | 労働コミッショナー (Labour Commission- er)を通じた会社による補償 | 雇用からまたはその過程で生じた事故により負傷を負い、または当該負傷の結果として死亡した場合の会社の補償制度 |
同じく恒久部分的障害(permanent partial disable- ment)を負った場合は、上記恒久全面的障害を負った場合に比べ、補償額の算定の基礎となる月額賃金が、当該部分的傷害の内容に応じて引き下げられる。
他方で、一時的な全面的障害または部分的障害は、就労不能になる期間に基づいて補償額が算定される。
さらに、被雇用者が、恒久全面障害または恒久部分的傷害の結果として死亡した場合、会社は、上記恒久全面的障害または恒久部分的傷害の補償金に加え、葬儀費用(上限5万ルピー)を支払う必要がある。
なお、以上の例外として、①就労不能となる期間が3日間を超えない場合、または②当該事故が、飲酒、薬物の服用、意図的な安全規則への違反もしくは安全措置の除去により生じたものであって、生じた結果が死亡または恒久全面的傷害でない場合には、同法に基づく補償の対象とならない。
[注]————————————————————
(1)1936年賃金支払法が適用される基準賃金の額は、特に2000年代以降、法改正により徐々に増額されてきており、2013年12月10日現在の月額18,000ルピーという基準額は、2012年9月11日の通達により定められたものである(同日以前の基準賃金の額は月額10,000ルピーであった)。
(2)最低賃金の詳細は、デリー連邦直轄領の下記ウェブサイト参照。 http://www.phdcci.in/admin/admin_logged/banner_imag- es/1367229054.pdf
(4)http://www.esic.nic.in/index.php
(5)被雇用者積立基金機関(Employees’ Provident Fund Organization)の下記ウェブサイト参照。 http://www.epfindia.com/epfbrief.html
(6)日本の厚生労働省の下記ウェブサイト参照。 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002ojna. html
(7)会社残留のインセンティブとして与えられる手当。転職の多い業種の企業(IT企業等)において、支給されることがある。
(8) 掛金率については、下記被雇用者積立基金機関
(Employees’ Provident Fund Organization)のウェブサ
イト参照。 http://www.epfindia.com/epfbrief.html
(9)被雇用者国家保険法人(Employees’ State Insurance Corporation)の下記ウェブサイト参照。2013年12月10日現在の月額賃金15,000ルピーという基準額は、2010年5月1日の通達により定められたものである。 http://www.esic.nic.in/coverage.php
(10)給付対象の詳細については、下記被雇用者国家保険法人(Employees’ State Insurance Corporation)のウェブサイト参照。
http://www.esic.nic.in/benefits.php
(11) 掛金率については、下記被雇用者国家保険法人
(Employees’ State Insurance Corporation)のウェブサイト参照。
http://www.esic.nic.in/contribution.php