Contract
就業規則入門
経営者や人事労務担当者が、日常業務の中で「就業規則」を意識することは滅多にないでしょうし、
「就業規則はどこも同じようなものだ」とも・・・。しかし、いざ解雇等のトラブルが発生したり、監督署の調査が入ったときなどに、就業規則の不備が会社の運営に関わる大事件に発展することがあります。
就業規則について、その重要性や基礎的なことを考えてみましょう。
[1]就業規則とは
労働者の労働条件や職場のルールについて会社と労働者の間に解釈が食い違い、これが原因でトラブルが発生することがあります。このようなことを未然に防ぐとともに、実際に起きたトラブルを解決するための根拠となるのが就業規則と言えます。
労働基準法では、労働者を常時 10 人以上雇用する企業に就業規則の作成を義務づけています。就業規則の記載事項には次の3種類があります。
1.絶対的記載事項(必ず記載しなければならない事項)
(1) 始業・終業の時刻、休憩時間、休日・休暇
(2) 賃金(決定・締め切り日・計算・支給の方法・支給日・昇給)に関すること
(3) 退職(定年・解雇など)に関することなど。
2.相対的記載事項(会社がその仕組みや制度を作れば必ず記載しなければならない事項)
(1) 退職金(支給対象者、計算・支給の方法)
(2) 臨時の賃金(賞与など)の計算・支給方法
(3) 労働者の経費負担
(4) 安全衛生
(5) 職業訓練
(6) 労災補償
(7) 表彰懲戒・・・その他。
3.任意記載事項(記載するかどうかは会社の自由)
例えば、会社設立の趣旨や経営方針、労働者への呼びかけ など。
[2]複数の就業規則
就業規則は、労働者を個々にではなく、平等に統一的に扱うことが原則ですが、雇用形態の違いを超えてまで統一的に扱うという意味ではありません。
パートタイマー・契約社員・嘱託などは勤務時間・賃金体系・退職金などが正社員と異なることは当然で、そのためには、本則で次のように定めて、「パートタイマー就業規則」などを別に作成することが必要です。
就業規則 第○条
パートタイマーには次の各条は適用せず、別に定める規定による。第×条、第×条、第×条、・・・
ワンポイント
「常時 10 人以上の労働者」とは、正社員だけではなく、パートや契約社員など「常時雇用者」を含
みます。例えば、正社員5人、契約社員3人、パート2人、合計 10 人の会社では、正社員用・契約社員用・パートタイマー用の3種類の就業規則が必要になります。
[3]就業規則の法的位置付け
いうまでもなく、就業規則は会社が自由に作って良いというものではなく、各種の労働法令や労使協定を下回るような内容ではいけません。
また一方、会社と個々の労働者が結ぶ労動契約は、就業規則に定めた基準を満たしていなければなりません。
その強制力の順位は次のようになります。
第1位順位 = 労働法令(労働基準法・労働組合法・最低賃金法・育児介護休業法・男女雇用機会均等法・高齢者雇用安定法など)
第 2 位順位 | = | 労使協定(会社と労働組合または労働者代表との間で合意し文書化したもの) |
第 3 位順位 | = | 就業規則 |
第 4 位順位 | = | 個別労働契約(会社と個々の社員が取り交わした雇用契約) |
図のように、就業規則をめぐっては4つのパターンがあります。
(1) 労働者 10 人未満の企業で労使協定も就業規則もない(労基法の直接管轄下に入る)
(2) 労働者 10 人未満で労使協定はあるが就業規則はない(労使協定の管轄下に入る)
(3) 労使協定と就業規則がある(個別労働契約は労使協定と就業規則の範囲内で決まる)
(4) 労使協定はなく就業規則がある(もっとも一般的なパターンで、就業規則が中心となる)
[4]就業規則は企業のリスクマネジメント
就業規則には、次の2つの機能があると考えるべきでしょう。
(1) 労働時間や賃金などの労働条件や社内ルールを定めることによって、会社と全労働者の間の権
利・義務を画一的・統一的に扱い、トラブルを未然に防ぐ。
(2) 解雇や労働条件引き下げなどで裁判など紛争が起きたときの判断基準となる。
このうち、(1)については誰も当然のこととして異論のないところですが、(2)については経営トップも人事労務担当者も日常業務の中ではほとんど考えたこともないでしょう。
ところが、いざ裁判や内部告発などで労働基準監督署の調査が入ったとき、自社の就業規則にちょっとした不備や記載漏れが致命傷となって、「解雇無効」や「原状復帰」などの判決・命令が出され、社内が大混乱になる場合があります。
それでは、どのようなケースがあるかを考えてみましょう。
ケース(1) = 「懲戒」に関する規定がもれていたために、懲戒解雇はおろか減給や出勤停止、譴責などの処分が違法とされた。
ケース(2) = パートタイマー、契約社員、嘱託の就業規則がなかったため一般社員の就業規則が全面的に適用され、賃金・退職金・福利厚生など一般社員並に扱うよう命令が出された。
ケース(3) = 「60 歳定年」の記載がなく、全労働者を無期限に雇用しなければならなかった。 ケース(4) = 就業規則に「業務上必要がある場合は時間外労働または休日出勤を命ずることがあ
る」という規定がなかったため、残業(休出)そのものが違法とされた。
ケース(5) = 就業規則を作成(または改正)するとき、労働者代表の意見聴取が形式的で、実質的な意見聴取がなかったとされ、就業規則が無効とされた。
ケース(6) = 就業規則を作成(または改正)のあと社員への周知を怠ったため、就業規則自体が無効という判決が出された。
ワンポイント
これらのケースのすべてが実際に起きた判決や命令ではありません。しかし、いざ裁判となり、または内部告発などにより労基署の調査が入ったときに、このような判決・命令が出されることは容易に想像できます。そう考えると、就業規則の作成・改正にあたっては、あらゆる場合を想定して、一言一句もおろそかにできないことが分かります。
企業における人事・労務管理の原点ともいうべき就業規則。しかし実際は、「就業規則なんてどこの会社でも同じようなものだ」と軽視されているのが実情でしょう。
でも、いざ懲戒解雇などで裁判になったときや、内部告発で労働基準監督署の調査が入ったときなど、真っ先に調べられるのが就業規則です。就業規則のちょっとした不備や記載漏れが原因で「解雇無効」や「原状回復」という判決や命令が出され、会社中が大混乱に陥ることさえあるのです。就業規則を再考してみましょう。
[5]就業規則の効力発生の3要件
就業規則を作成し、または改正する場合は、次の3つの要件をすべて満たしていなければなりません。
(1) 労働組合(または労働者代表)の意見聴取
就業規則を作成(改正)するときは、労働者の過半数が加入する労働組合(そのような組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者)に内容を説明し、その意見書を貰わなければなりません。
ワンポイント
あくまでも「意見書」であって「協定書」や「同意書」ではありませんので、「反対意見」でも構いません。もし労働組合(または労働者代表)が意見書の提出を拒否した場合でも、労働基準監督署は受理しますが、万一のために説明・協議を行った相手・場所・時間・質疑応答などを記録しておく必要があります。
なお、例えばパートタイマー就業規則の改正の場合にはパート代表の意見を聴くものと誤解している方もいますが、意見聴取の相手は全労働者代表です。そして、パート代表の意見も聴くことが望ましいとされています。
(2) 労働基準監督署への届け出
新たな就業規則を2通、労働組合(または労働者代表)の意見書を添えて労働基準監督署へ届け出ます。労基署はその場で内容の合法・違法性をチェックすることはほとんどなく、「届け出印」を押した1通を返却してくれます。
ワンポイント
労基署で受理されたことで、その就業規則が「合法」として承認されたわけではありません。単なる
「届け出印」であるのはそのためです。
(3) 労働者への周知
もっとも重要なことが労働者への周知で、その方法は次の3つから会社が選択します。
ア) 就業規則(給与規定・退職金規定・育児介護休業規定など別規定を含む)を1セット、全労働者に交付(改正する度にその都度)する。
イ) 各職場の見やすい場所に掲示または備え付ける。
ウ) 磁気ディスクなどに記録し、社員がいつでも端末機器を操作して見ることができるようにする。
ワンポイント
最高裁は「就業規則が法規範として拘束力を生ずるためには、全労働者に周知させる手段が取られていることを要する」として、労働者への周知を怠った就業規則の有効性そのものを否定しました。(フジ興産事件 H15.10.10、最高裁判決)
[6]労使協定
就業規則の改正の場合には労働組合(または労働者代表)の意見を聴くだけですが、「36 協定」(時間外労働の協定)や「高齢者雇用延長対象者の限定」(今年4月施行)など、いろいろな面で「労使協定」が必要になります。「労働協約」と「労使協定」という2つの言葉があって紛らわしいのですが、両者の
関係を図式化すると次のようになります。
わが国の労働組合組織率が20%以下に低下した現在、労使協定(狭義)が主流ですが、これは「過半数を代表する労働者」との協定で、その選出方法には次のものがあります。
いずれも、管理職や人事労務担当者は代表にはなれず、会社が候補者を推薦することも許されません。
(1) 無記名投票
(2) 朝礼など公開の席での挙手
(3) 文書回覧などにより一定の候補者に同意を求める
(4) 職場代表による互選
(5) 労働者総会での議決
(6) 労使協議会を設けその議決による
ワンポイント
労使協定の当事者である「過半数代表の労働者」は、「36 協定」や「定年再雇用対象者基準」など原則として案件ごとに選出することになっていますが、1年間に予想される案件を列挙して、期間(1年)を限って選出することも可能です。労働者代表の選出方法を安易に考えてはいけません。不適切な選出をした場合は、いざ裁判などで就業規則自体が「無効」とされる可能性があります。
[7]労働条件の不利益変更
就業規則の変更で、よくトラブルとなり、場合によっては裁判までもつれ込むのが「労働条件の引き下げ」です。「賃金カット」「手当の減額・廃止」「退職金の減額」「福利厚生の廃止」などです。
裁判所は「就業規則の変更により、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは許されない」ことを原則としています。
しかし、「いかなる場合も、いかなる労働条件の引き下げも許されない」ということになれば、労働条件の固定化を招き、企業経営にとっては極めて困ったことになります。
そこで、最近の判例などから、会社がやむを得ず労働条件の引き下げを行う場合に最大限の努力を払うべきポイントをまとめてみました。
(1) 会社側の必要性の程度
例えば、倒産の危機、赤字転落、企業合併など、経営上の必要性が大きい場合には労働者も納得するだろうし、裁判になっても認められる可能性が大きい。
(2) 労働者が被る不利益の程度
例えば、3割賃金カットや賞与半減などは違法とされることが多いが、5%ぐらいなら許容されるだろうということ。
(3) 代替措置
例えば、家族手当を廃止した場合に、その原資を全員の基本給に再配分した場合、人によっては減額になるが、増額となる人もあり、許容される可能性が高い。
(4) 激変緩和措置
例えば、住宅手当や特殊勤務手当を減額または廃止する場合、一遍に行うのではなく、激変 緩和措置で3年間かけて段階的に行うなど。
(5) 世間相場・業界相場との比較
例えば、世間相場や業界相場が週40 時間勤務であるにもかかわらず当社は30 時間だったため、
これを週 35 時間勤務とするなど。
(6) 労働者代表との協議または労働者に対する事前説明
労働条件の引き下げを、労働者代表の意見を聴かず、労働者に対する事前の説明もなく一方的に断行した場合は、いざ裁判となったとき、会社は負ける可能性大ということ。
ワンポイント
会社としては、いついかなる時に「労働条件の引き下げ」を行わざるをえないとも限りません。そういう場合に、これらの全条件をクリアすることは難しいでしょうが、少しでも多くの条件を満たす努力が求められます。それが万が一の裁判などトラブルになったときの、最低限のリスク・マネジメントです。