今年度は、防衛省の「訓令」を中心とする諸規定の特徴と課題, および PBL によるパフォーマンス基準契約を中心的なテーマとして、調査研究を実施いたしました。
BSK 第2 9 - 2 号
企業が国際共同開発に参加する場合の契約制度上の課題等(その4)
(平成28年度)
防衛省の「訓令」を中心とする諸規定の特徴と課題とPBLによるパフォーマンス基準契約
専修大学名誉教授 xxxx
xx29年3月
公益財団法人 防衛基盤整備協会
発刊にあたって
弊協会では、平成2 3 年1 2 月の内閣官房長官談話によって、わが国と安全保障面で協力関係にある国との共同開発・生産が可能であることが明確化されたことを踏まえ、主要国における国際共同開発・生産の現状やわが国の防衛関連企業が国際共同開発・生産に参加する場合の契約制度上のリスクやその対応について検討することと致しました。
その後、平成2 6 年4 月には、「防衛装備移転三原則」が国家安全保障会議及び閣議決定され、ここ数年で国際共同開発・生産についてわが国においても政策転換が図られ、これらを取り巻く環境は急激に変化しつつあります。
今年度は、防衛省の「訓令」を中心とする諸規定の特徴と課題, および PBL によるパフォーマンス基準契約を中心的なテーマとして、調査研究を実施いたしました。
本報告書が, 今後高い技術力や品質を活かし, 国際競争力を強化して国際共同開発・生産に取り組まれる方々の一助となることを願うものであります。
平 成 29 年 3 月
公益財団法人 防衛基盤整備協会理 事 長 xxx x一
目 次
序 | 1 | |
第1章 | 防衛装備品調達へのパフォーマンス基準の適用 | 5 |
はじめに | 5 | |
1 防衛産業の特徴 | 6 | |
2 国防調達プログラムの特徴: 情報の非対称性とモラルハザード | 9 | |
3 コスト・シフティングの仮説とその対応策 | 11 | |
4 防衛省との対比における国防省の契約価格算定の特徴 | 14 | |
5 国防省で採用されている契約形態と利益の関係 | 18 | |
6 パフォーマンス基準導入の前提条件 | 21 | |
まとめ | 24 |
第 2 章 借 入 資 x x x の 原 価 性 , x x 原 価 性 28
は じ め に 28
1 借 入 資 x x x を め ぐ る 2 つ の 論 点 29
2 x x 諸 表 x x 目 的 に お け る x x の 原 価 性 30
3 第 3 の 論 点 : 契 約 価 格 算 定 に お け る x x 32
4 xxの2 つの性格とその目的: xxの前払か, それとも原価か? 33
5 わが国の計算価格算定におけるxxの位置づけ: 1975 年改正の意図 34
6 防衛装備品の契約価格に関する2 つの提言― xx提言とxx提言― 36
7 「許容」原価性: 国家, 社会は何を許容するのか? 38
ま と め 38
第3章 製造間接費の配賦に加工費率を活用することの是非 41
は じ め に 41
1 加 工 費 の 意 義 と 問 題 点 43
2 日本の「基準」と「訓令」における加工費の配賦 45
3 | 米国における製造間接費の配賦に関する基準・規則 | 49 |
4 | 加工費による製造間接費の配賦への批判的見解 | 51 |
ま と め 56
仮 設 例 : 製 造 間 接 費 率 と 加 工 費 率 59
第4章 防衛省の「訓令」における利益算定の現状と課題 61
は じ め に 61
1 防衛省の調達は会計法、予決令,「訓令」によって律せられる 61
2 「 訓 令 」 に お け る 利 益 の 計 算 62
3 防 衛 省 の 契 約 利 益 算 x x 式 の 特 徴 67
4 原 価 計 算 方 式 の 理 論 的 な 妥 当 性 69
5 防 衛 省 に お け る 原 価 計 算 方 式 の 特 徴 71
6 契約制度研究会の報告書とインセンティブ制度導入の条件 73
ま と め 75
第 5 章 P B L の 意 義 , 適 用 事 例 , 理 論 的 根 拠 と 課 題 78
は じ め に 78
1 P B L の 理 論 的 根 拠 と 防 衛 省 で の P B L へ の 挑 戦 78
2 契 約 の 形 態 と イ ン セ ン テ ィ ブ 83
3 イ ン セ ン テ ィ ブ の 種 類 と そ の 特 徴 84
4 国防省におけるP B L の対象プログラムとその契約期間 87
5 P B L 契約が業務の改善と投資利益率に及ぼしたインパクト 89
6 防 衛 省 が P B L を 実 施 す る 上 で の 課 題 93
7 防衛省がP B L を実施することの理論的根拠と留意点 95
ま と め 99
企業が国際共同開発に参加する場合の契約制度上の課題等(その4)
― 防衛省の「訓令」を中心とする諸規定の特徴と課題と PBL によるパフォーマンス基準契約―
序
従来, わが国には武器輸出三原則のもとで, 海外への武器輸出は運用面で規制されていた。平成 26 年 4 月に,武器輸出三原則に代わる新たな政府方針として防衛装備移転三原則が閣議決定され, 国連安保理の決議等による武器禁輸措置が取られた国および紛争地域以外の国への輸出が一定の条件の下で可能になった。結果, 他国との共同開発を想定していない前提で制定された防衛省の契約価格算定のあり方は, 早晩, 他国との共同開発を前提にした規定に修正・加筆する必要性に迫られてくるであろうことが想定されるようになってきた。
かかる事態に備えて, 防衛基盤整備協会は「企業が国際共同開発に参加する場合の契約制度上の課題等」に焦点を絞った研究を行ってきた。その特徴と課題を探求するための2 つの研究のうちの1 つを,2 年度目の平成 26 年度から著者が担当した。
平成 26 年度( 初年度)の主要な研究の1 つが,第1 章の原価計算基準審議会による原価計算基準(Cost Accounting Standards; CAS) の研究であった。しかし,研究を進めるにつれて,1984 年以降には連邦調達規則(Federal Acquisition Regulations; FAR)が,国防省の契約価格算定に多大な役割を果たしてきていることが分かってきた。そこで第2 章では, FAR が防衛装備品の調達で果たしている役割を考察した。それと同時に, 第3 章において, エーベルの論文を参考にして, なぜ CAS の役割が低下し, FAR の役割が増大したかを論及した。第4章では, 国防省においては一定金額以上の契約案件について導入が義務付けられて実施されてきた EVM (Earned Value Management; アーンド・バリュー・マネジメント)の日本企業への適用可能性とその課題を考察した。
平成 27 年度( 第2 年度) の研究は, 平成 26 年度の研究を更に発展させることに主眼を置いた研究を行った。諸外国との共同開発が今後ますます積極的に
なされると想定されることを考えると, 米国と日本の防衛省との最も大きな違いは,米国では 1993 年のクリントン政権以降積極的に推進してきたパフォーマンス基準に基づく政府の調達方式が, 防衛省の施策では完全に抜け落ちていたことにあることに着目した。そこで平成 27 年度の研究目的は, 国防省が過去 20 年にわたって積極的に推進してきた,パフォーマンス基準に基づく契約制度の研究に力点を置いた。今後われわれ研究者に課された課題は, 原価低減, 納期短縮, 革新的兵器の開発による納税者負担の軽減という動きを, 日本でも意識や掛け声だけでなく, 制度として確立できる基盤を整備することにあると思われる。本文は 2 部からなっている。
第1 部では米国政府の調達物品の調達方式と契約形態を論究した。第1 章では調達物品の調達方式を, 第2 章ではその契約形態を紹介した。そして第3 章ではパフォーマンス基準に基づく契約利益の算定方式を考察した。第2 部では防衛省が EVM を導入するとすればいかなる課題があるかを論究した。第4 章では日本でも比較的低コストで導入が可能な EVM Lite に基づく著者なりの EVM を構築した。第5 章では, NASA のケーススタディを紹介した。そして最後に,付録として, xxxxxとコッペルマンの EVM Lite の全訳を行った。
平成 28 年度( 本年度)の研究の目的は,防衛省の「訓令」を中心とする諸規則の特徴と課題を摘出して検討を加えることにおいた。加えて, 防衛省が本年度から試行的に導入を始めている PBL(Performance Based Logistics) の現状と課題も明らかにした。
第1 章では, 防衛装備品調達へのパフォーマンス基準の適用について, とくに国防省と防衛省の契約価格算定方式を比較対照しながら論究した。その目的のため, まず初めに, 防衛産業の特徴― 情報の非対称性によって生じるモラルハザードから不正が生じる可能性― を明らかにした。その典型的な不正の仕組みが, 米国ではコスト・シフティング( xx品から防衛装備品へのコストの付け替え) と呼ばれている。日本では, 数々のインセンティブ制度を用意してきたが, そのほとんどすべてにおいて意図した成果をあげることができず, 却って契約業者のモラルハザードを惹起しているというのが一般の論調である。そのxx的な原因は, 企業努力の成果( パフォーマンス) ではなく, 赤字企業を除く日本企業( 製造業) の平均値によって利益が算定されていることにある。
そこで, 情報の非対称性から生じるモラルハザードを防止する対策として, 企業努力の成果が契約利益に反映されるような制度を構築することが必要であるとする論理を展開した。第2 章以降, 第4 章まではそのことを論証し, その具体的な解決策を指摘している。
第2 章では, 借入金xxの原価性, 許容原価性について考察した。防衛省の
「訓令」では, 借入資本xxは「原価計算基準」に倣って, 非原価であると定義づけられている。米国の原価計算基準とは違って予定価格に用いるべき原価計算上の計算価格としては, 支払xxは利益と同列で裸価格の一要素であるとされている。要するに, 機会原価の概念が不明確なままで計算価格としては原価として許容されているということである。そのため, 現代の原価計算理論から見ると, その理論展開を把握しその全体像を理解することが極めて難解である。そこで本報告書では, 米国の FAR や CAS のように, 少なくとも, ① 非原価と非許容原価を正しく使い分けること, および② xxの原価性に関しては, 機会原価概念を明確に取り入れることで, 現代の会計学上の支配的学説をもとに
「訓令」の理論を再構築させるべきことを提案している。
第3 章の重要な論点は, 第1 章で述べたコスト・シフティングの日本版が,まさに製造間接費の配賦に加工費率を用いることを許容している「訓令」とその関連規則に見られることを指摘したことにある。製造間接費を配賦するには,理論的には,製造間接費の発生と最も関係の深い作業時間( マンレート法),機械時間(マシンレート法), 直接労務費など製造間接費に関連の深い配賦基準による。諸外国では理論的にも妥当な方法に拠っている。しかるに,「訓令」では加工費に基づく配賦が製造間接費に代わる基準として許容されている。そのため,xx品の製造間接費を合法的にxx品から防衛装備品に振り替えること( いわゆるコスト・シフティング) が可能性になっていることを示唆している。
第4 章では,「訓令」を前提にした利益の計算方式が,基本的に個々の企業のパフォーマンスの如何にかかわらず, 効率的な企業も非効率的な企業も平均的な数値で利益を算定し, 必要に応じて契約履行難易度調整係数や事業特性調整係数を使って補正している。さらに, インセンティブ契約制度を設けて企業努力の成果が利益の算定に反映されているような仕組みを用意している。しかし,これらの仕組みは, 契約業者からは片務的すぎるとする不満が高まってきてい
る。以上を鑑みると,平成 27 年度での報告書で述べたような FAR および国防連邦調達規則-補足(Defense Federal Acquisition-Supplement; DFAR-S)の利益算定の方法論を応用して, 日本企業の組織文化に適合したパフォーマンスの如何に基づくリスクシェアのシステムを導入することが望まれる。
第5 章では,わが国でも平成 27 年度から試験的な導入が実施され始めている PBL(Performance Based Logistics; パフォーマンス・ベースト・ロジスティクス)の意義と課題を考察している。PBL には多くの側面があるが,報告書ではパフォーマンス基準契約との関係で考察した。その理由は, 現在の防衛省が財務省の「会計法」の枠組みのなかで企業の利益を日本の製造業の平均値ではなく個別企業のパフォーマンスに基づいて算定するには, この方法が最も実現可能であると思われるからに他ならない。PBL は,欧米で 2000 年前後から実践されてきた方法論である。PBL はモノそのものではなく, モノ(防衛装備品)がもつパフォーマンス(例; 戦闘機であれば, 戦闘能力, 耐久性など)の購入( 保守・整備) ということにその本質がある。また, 対価を支払うのがインプットではなく, アウトカム( 成果; 機能, 品質, 性能, 革新性など) であるということにその特徴がある。本章では, 主としてこれまでの米国の PBL のケーススタディを参考にして, PBL の課題を検討している。
第1章 防衛装備品調達へのパフォーマンス基準の適用
はじめに
本章の目的は, 防衛省による防衛装備品の調達にパフォーマンス基準に基づく契約価格算定方式の導入を提案することにある。著者が提案するパフォーマンス基準にもとづく契約価格算定方式とは,「原価を低減し,納期を早め,品質を向上し,革新的な技術の開発を促進し,もって納税者の負担を軽減する原価,利益, 価格算定の方式」のことと定義づけることができよう。
防衛省では, 現在, 調達物品等の予定価格の算定基準は,「訓令」 [防衛基盤整備協会, 2016, pp.153 -182] によっている。「訓令」では予定価格(「訓令」第 81~ 83 条)に基づく市場価格方式(「訓令」第 11~ 28 条)と,原価計算方式(「訓令」第 29~ 80 条)によっている1 。市場価格方式と原価計算方式の割合は,2014年度の比率で見ると, 市場価格方式( 契約件数 72%, 金額 37%) に対して, 原価計算方式( 契約件数 28%,金額 63%)となっている[ 防衛省, 2015, p.58]。契約件数では市場価格方式が全体の約 7 割強と多くを占めるが,金額では逆転し,原価計算方式が 6 割強を占めている。
本章執筆の狙いは, 防衛省の防衛装備品の調達において, リスクに対応した企業努力の成果( パフォーマンス) が利益に適切に反映されるような仕組みを構築することにある。
以上の目的を達成するため, 第1 に, 防衛産業の特徴を明らかにする。第2に, 防衛装備品の調達プログラムの問題点― 政府が契約業者の原価見積に関する正確な情報をもxxないといった情報の非対称性と, 情報の非対称性からもたらされる原価の付け替えや水増しによる過大請求といったモラルハザード―を検討する。第3 に,情報の非対称性とモラルハザードから惹起されるコスト・
1 市場価格方式も原価計算方式も ,「 訓令」 では, 予定価格方式によっていることに留意されたい。
「 訓令」 の第1 条では「 この訓令は, 調達物品等の調達を実施する場合の予定価格の算定に必要な基本となる事項を定めることを基本とする」 とあり, 第 2 条第 3 号では, 予定価格をもって「 予決令第 79 条, 第 98 条又は第 99 条の規定に基づいて, 入札又は契約に先だって定め, 落札決定の基礎とする最高制限価格又は契約締結の基準とする価格をいう」 と規定されている。
シフティング2 (cost shifting;原価の付け替え)の仮説を検討する。以上の検討を基にして, 第4 に, 防衛省との対比において, 米国の国防省における契約方式の特徴を明らかにする。それをもとに, 第5 に, 国防省で採用されている契約形態を利益との関係で考察する。そして第6 に, パフォーマンス基準導入の前提条件を述べる。最後に, 本章の執筆に至った経緯を述べ, 全体を簡潔にまとめるとともに, 将来の研究課題を明らかにする。
1 防衛産業の特徴
政府の防衛装備品へのパフォーマンス基準のあり方を考察するには, まず初めに, 防衛産業が競争市場における価格形成といかなる違いがあるかを明らかにしておく必要がある。この問題に関してはこれまでにも数多くの議論がなされてきたが, 現時点では, 1992 年に The Accounting Review の特集号で統括の重責を果たしたxxxxとxxx[Xxxxxx and Xxxxx, 1992, pp. 732 -740]の見解が最もよく政府調達の課題と問題点を捉えていると思われる。そこで,日米の対比を念頭においた上で, 彼らの見解を参考にして, 防衛産業の課題と問題点を明らかにする。日米における防衛産業の特徴は, 次の4 つにまとめることができる。
1 自由競争市場とは異なる製品市場
需要面からみると, 買い手( 需要者ないし購買者) が単一の連邦政府( 日本では政府) であるという意味で, 政府調達は自由競争市場における製品市場とは異なる。外国政府, 州, 地方自治体といった連邦政府以外の買い手も存在する。市場は明らかに単一の巨大な買い手によって支配されている。買い手には規制による縛りがあり, 国民世論への配慮という点で, 他の市場とは異なる。供給面からみると, 売り手( 供給者ないし販売者) が少数で, 異なった特徴 をもつ多品種の製品を提供する少数の供給業者がいるという意味で,補給 品3 を除き, 少品種で大量生産を得意とする生産者とは異なる。補給品の供給は一般
2 Cost shifting は, あるセグメントから他のセグメントへの“ 原価の付け替え” のことを指す。原価調整と表現されることもあるが, 本書ではコスト・ シフティングと表現する。
3 部隊が必要とする戦闘糧食,燃料,被服,武器弾薬,各種機材等を supply( 補給品)と称する。
に下請業者や中小の業者によってなされ, 国防品の買い手は, 通常, 単一または少数の生産者と取引を行う。買い手だけでなく売り手のなかにもロビー活動 4に熱心な代弁者がいる。
防衛産業のこれらの特徴は, 買い手が契約の仕組みを設計し売り手である単 一または少数の契約業者と取引するという前提に基づいてモデル化されている。
2 技術的変化( 進歩) の著しい製品
補給品を除けば, 典型的な防衛産業では, 技術が主要な役割を果たす。原価や納期, 製品の技術開発の進展状況に不確実性が伴う。防衛装備品が予定通り開発・生産できるかも不確かである。その結果, 多くの政府調達にはリスクが存在する。防衛装備品には数多くのリスクが存在するが, 最大のリスクは2 つある。1 つは, 実際の原価が予定した原価を大幅に上回ることから生じる。いま1 つは, 納品が大幅に遅れたり, 完成品の性能・品質に不備があったり, 最悪の事態では仕様書を満足させる製品を製造できないというリスクもある。
防衛装備品は, 企業にとって利益になれば誰に販売しても構わないというわけではない。とくに防衛関係者は, 対立している国への先端的な防衛装備品に関する情報漏洩には極度に神経を尖らせている。
生産者は技術上の洞察力を有しているものの, とくに先端的な防衛装備品の調達に関しては, 買い手の要望や要求水準は頻繁に変化する。政府の要望や要求水準を知りえないときには, 契約業者による政府への不信感や不満が増幅する。防衛装備品の生産のために専用の設備投資を行っても, その設備を次に使用する時期が分からないという不満を多くの業者が抱く 5 。
4 日本では, オープンなロビー活動ではなく ,“ 政治活動” と称するべきかもしれない。
5 防衛装備品の開発・ 生産においては, 特殊で優れた技術が必要なことから, 契約に当たっては受注者の能力評価が重要である。 その意味では, 総合評価落札方式, 随意契約があるべき姿であるともいえる。 しかし, 日本では国との契約は一般競争入札が基本になっており, 最終的には価格によって受注者を決める傾向が強い。 そのため, 必ずしも必要な技術力をもつ企業が開発・ 試作からアフターサービスまでを担っているわけではない。 さらに, 昨今の防衛装備品の高性能化に伴う高価格化, 輸入装備品の増加が防衛予算を逼迫させており, 国内の仕事量も減少している。 これらの要因により, 高度な防衛技術を有する企業は, 固定費回収の見通しが立たないといった経営上の不安定性を惹起させないかという懸念もある 。な お ,第 26 回 防衛省契約制度研究会[ 2015, pp. 2 - 3] では, 価格だけでなく総合的な評価ができる制度の構築と, 随意契約の対象範囲の拡大を検討している。
3 多品種の製品を生産している企業
典型的な生産者は, 多種類の製品を生産している企業である。製品のライフサイクルでは, 開発されたばかりのものもライフサイクルの終焉を迎えているものもある。典型的な生産者は自由競争市場での市販品の生産も併せて行っている。製造プロセスでは複雑な生産技術と学習が求められる。多くの契約上の取り決めは不明確で, アメリカの防衛産業では再交渉は日常茶飯事である。このような多様性と複雑性のゆえに, 防衛産業では実際の製品原価算定上の困難性と, 不正会計という陥穽( カンセイ) が待ち受けている。
4 規 制
防衛産業は, 多くの規制に縛られている。連邦政府は契約企業の顧客リストについて口を挟む( たとえば, 極秘情報の敵対国への輸出を禁止するだけでなく, 特定の製品を民間人に販売することを禁止している) し, 会計基準も独自の基準や規則― 米国では,CASB(Cost Accounting Standards Board; 原価計算基準審議会) の CAS(Cost Accounting Standards; 原価計算基準),FAR(Federal Acquisition Regulation; 連邦調達規則) ,および DFAR-S(Defense Federal Acquisition Regulation-Supplement; 国防連邦調達規則- 補足)― が契約業者を規制している。日本でも,契約は「会計法」,「予決令」(予算決算及び会計令),
「訓令」などの規則類によって規制されている。また, 政府と契約業者との間では「アームスレングス取引」 6 の対応が求められる。
価格算定と防衛装備品の調達手続きは, 標準化されている。たとえば, 不平や不満解消の配慮が積極的に取られている7( 具体的に,米国では入札に負けた業者に再度の挑戦を促す仕組みや, 時には, 入札に成功した業者から補償を受け取ることもある)。そして,契約業者の受け取る利益もまた,政府によって規制されている。
6 契約( 法学)においては, 契約の当事者が互いに利害を共有する場合だけでなく,親密な当事者の場合でも, 厳密な法的精査に堪えうるxxな契約を結ぶことをいう。
7 契約業者との6 回に亘る勉強会において,業者からは,政府の防衛担当官の対応に説明責任を果たしていないという不満の声も聞かれた。
2 国防調達プログラムの特徴: 情報の非対称性とモラルハザード
防衛産業ではこれまで幾多の問題を惹起してきた。その最たるものが, 情報 の非対称性とモラルハザードに由来する[Xxxx and San Miguel, 2013 , pp7-8]。防衛産業における情報の非対称性は, 売り手である契約業者と買い手である政 府との間で情報の不平等な構造が見られるということから生じる。モラルハザ ードは,契約業者が仮に原価低減, 納期短縮に成功し, 高品質で革新的な技術 を開発したにしても,それらを明確に貨幣数値で表現できないことから生じる。
ヘルスケアにおいて病院側は医療ミスを隠蔽するために外部の目が医療ミスを容易に発見できないのと同じように, 防衛産業でも, 契約担当官が政府との契約企業で行われがちな不正を見つけることは難しい 8 。
以下本節では, 防衛産業でいう情報の非対称性と, そのことから生じるモラルハザードの典型的な事例として, (1) 製造間接費の民需から防衛セグメントへのコスト・シフティングと, (2) 超過利益返納条項付契約について述べる。
1 製造間接費の民需から防衛セグメントへのコスト・シフティング
防衛産業によって使われる製品原価の算定方法は, 製造間接費を民需( xx品のセグメント) から防衛セグメント( 防衛装備品のセグメント) にシフトさせる潜在的なリスクが潜んでいる。その潜在的なリスクが生じるメカニズムを,xxxxxxx[Xxxxxxxxxxx, 1992, p.741] を参考にしながら検討しよう。政府から得られる企業収益 R₁は, 式(1)で表わすことができる。
R₁= D₁+ OH(D₁/(D₁+ D₂))+ NP₁ 式(1)
ただし,D₁と D₂はそれぞれ政府(D₁)と非政府ビジネス(D₂)の直接費である。 OH は製造間接費,つまり,政府, 非政府ビジネスのいずれにも直課できない原価( 両者にまたがって発生する原価) である。NP1 は契約利益である。
xxxxxx[Xxxxxxxx, 1992, pp.671 -690]の主要な論点は,(dR₁)/ (dD₁)>1
8 4 回に亘るわが国の契約担当官との勉強会を通じて, 契約担当官からは, 現実には投書などの内部告発で不正の発見されることも多いとの声が聞かれた。
にある。値が1 以上であれば, 政府への直接費の金額を増やすことによって利益を増やすことができる。原価補償契約の下では, 政府によって償還される製造間接費の一部が増えるからである。信頼すべきパラメータ値によれば, D₁を 1 ドル増加することによって企業の利益は 20~ 40 セントだけ増加させうるという。防衛産業における製造間接費配賦のルールは,負の効果として,「原価に敏感に反応する収益( 例; 防衛調達品) には相対的に労働集約型の生産を, 原価への反応が鈍い収益( 例; 商用品) には過大資本」を企業にもたらすインセンティブ( 誘因)を与える9 。その理由は,マンレート法( 直接作業時間に基づく配賦方法) や直接労務費を用いている限り, 防衛装備品の労働集約的な生産工程には多くの製造間接費を負担させることができるからである。
2 超過利益返納条項付契約によるモラルハザード
超過利益返納条項付契約とは,「確定契約であって,契約相手方に超過利益が生じた場合には, あらかじめ定める基準に従って当該超過利益を返納させることとしている契約」(「防衛装備庁における契約事務に関する訓令」第 25 条(2))のことをいう。防衛白書[防衛省, 2015, pp.327 -328]では, 超過利益返納条項付契約には原価低減のインセンティブが阻害されるという欠点はあるものの, 長所として, 超過収益の防止と原価情報の収集に役立つと述べられている。しかし, この制度は,「企業に対してコストダウンを行うインセンティブを与えず,むしろコストダウンを抑制するようなインセンティブを生む… 場合によって企業側にコスト増大を促すインセンティブを与えてしまう恐れがある」[ xx, 2013, pp.113 -122]。管理会計の立場から見ても,xxの見解は至極適切な指摘であると評しうる。
原価計算方式による契約には「, 原則として契約締結時に確定した契約金額をもって, 契約の相手方に契約代金を支払う確定契約と, 原価実績に基づき契約代金の確定を行う概算契約及び準確定契約とがある」[xx, 2013, p.3]。超過利益返納条項付契約は当初に契約金額を確定する一種の確定契約であり, 契約相手である契約企業に超過利益が生じた場合には企業が稼得したその超過利益
9 原価に敏感に反応する契約の典型的な例は,原価補償固定フィー契約に見ることができる。原価補償契約のように純粋に原価に敏感に反応する契約では ,原 価の増大はそれに対応した収 益( 価格)の増加をもたらすからである。
を国に返納させる契約である。ただ, 実際に超過利益の返納がなされたケースは少ない10 うえに, 契約企業に原価低減のモチベーションを低下させる。そのため, 防衛省内に設けられた「契約制度研究会」[防衛省, 2010, pp.6 -8]は,超過利益返納条項付契約を見直して,「完全な確定契約に移行し,企業のコストダウン意欲を引き出す」べきであると提言している。的確な提言である。なぜなら, 契約企業が必死の努力によって原価低減に成功したらその成果をすべて政府に差し出せというのは, 契約企業にモラルハザードを惹起させることは必定だからである。xx[2013, p.2] は, 契約業者から「xx会計ができるような当たり前の金を認めてください」との悲痛な叫びを聞いたと述懐している。
不正会計として摘発されたのは,三菱電機と想定される A 社が「実績工数が目標工数を上回った他の契約から実績工数の一部を付け替えて, 付け替えた工数を加算した後の工数を当該契約の実績工数として」申告していたからだという。本件は, 本質的には情報の非対称性とモラルハザードから生じるコスト・シフティングの典型的な事例に他ならない。
以上から,超過利益返納条項付契約はまさに,「原価計算方式の負の遺産」であるといえる。換言すれば, 超過利益返納条項付契約は政府と契約業者には情報の非対称性が存在するがゆえに必然的に生じる, 会計上の不正というモラルハザードを惹起させている典型的な事例である。政府の契約制度設計において重要なことは, 政策当局担当者は契約業者にモラルハザードを敢えて引き起こすような制度を設計してはならないということである。
3 コスト・シフティングの仮説とその対応策
三菱電機他5 社の事件は, 本質的には, 防衛装備品に工数の付け替えと工数を過大に負担[ 会計検査院, 2012, pp.17 -18; 三菱電機株式会社, 2012, pp.8 -9]させることによるコスト・シフティングの事例に他ならない。このような事件を再び繰り返させないためには, コスト・シフティングの本質を見極める必要があろう。コスト・シフティングの仮説は,1992 年の The Accounting Review
10 「 契約制度研究会」の資料[防衛省 契約制度研究会 資料編, 2010 , p. 6] によれば, 過去の返納実績は 05 年度 0. 58 %,06 年度 2. 37%,07 年度 2. 81 %,08 年度 1. 96 %,09 年度 1 . 12% にすぎなかったと述べられている。
の特集で多くの論者によって指摘されたテーマである。そこで次に, アメリカ文献を参考にして, コスト・シフティングの意義と実態を明らかにする。
1 商用品から防衛品へのコスト・シフティングの検証
ロジャーソン[Xxxxxxxx, 1992 , pp.671 -690]は,国防契約企業が工場を自動化 させるよりも労働集約的生産を優先させて製造間接費を過大に計上させるのは,契約企業にコスト・シフティングの誘引が内在しているからだとしている。一 方,xxxxとxx[Xxxxxx and Xxxx, 1992 , pp.691-711]は,原価補償契約の 下では, 確定給付型年金制度を活用したオーバーファンディング(overfunding
; 超過積立)によって利益を過剰に増大させることが可能であるとしている。xxxxxxもxxxxとタンも, このような不正が生じるのは, 原価を商
用から防衛セグメントに振り替えることによって純粋に商用ビジネスに特化した企業よりも, 混合企業( 商用と防衛セグメントの両ビジネスをもつ企業) の方がxxxに高い利益が得られるからだと指摘している。
xxxxxxx[Xxxxxxxxxxx, 1992 , pp.751] は,1983~ 1989 年の間における産業セグメントに関する年次データの経済分析では, 政府調達企業の収益性が実質的に自由競争市場における企業よりもxxxに高いという仮説を強く裏付けていることを検証した。xxxxxxxによれば, 防衛産業における契約業者の総資産利益率は,全体としてみると,他のセグメントよりも 68~ 82%高いとしている。多くの政府志向の企業( 政府への売上高が総売上高の平均 84%を占めている企業) の収益性は, 非契約業者( 政府への売上高がない企業) のほぼ3 倍である。要するに, 政府調達を抱えたセグメントでは, 政府との契約が少ないか非契約企業に比べると著しく労働集約的 11 で利益率が高いということである。
政府調達企業と民需産業との総資産利益率に着目したxxxxxxxによる実証研究の結果とは逆に, 両セグメントで有意な差が見られなかったという理由から, 防衛産業におけるコスト・ シフティングの存在を否定する実証研究 [XxXxxxx and Vendrzyk, 2002, pp.949-969]もある。しかし, 両セグメントに
11 原価補償契約の下では, 労働集約的な事業セグメントでは多くの製造間接費を防衛装備品事業に負担させることができる。 製造間接費の配賦基準で最も多くの企業が採用しているのは, 作業時間または直接労務費だからである。
有意な差がみられなかったという理由からコスト・シフティングの存在そのものを直ちに否定すべきか否かについては, 更なる研究が必要となろう。なぜなら, 契約業者への補助金の有無[XxXxxxx and Xxxxxxxx, 2002, p.952],当該契約業者が元来もつ収益性の違いその他の要因も検討しない限り, コスト・シフティングがなかったと断定することはできないからである。
2 情報の非対称性に基づくモラルハザードを克服するための対応策
情報の非対称性とモラルハザードから生じる問題を解決するために, 政府には, 契約の種類の選択, 契約のスキームの設計, 契約価格算定に関する契約設計といった課題の検討が求められる。
第二次世界大戦後に制度化された現行の防衛省の契約価格の算定方式― 予定価格方式をベースにした市場価格方式のほか原価計算方式― の枠組みのなかでは, リスクを加味したパフォーマンス基準に基づく利益の算定方式を設けることは, これまでの経緯を見る限り, 困難なように思われる 12 。情報の非対称性から生じるモラルハザードを回避するには, 連邦調達規則(FAR) および国防連邦調達規則- 補足(DFAR-S)など, 欧米の主要国 13 が採用している契約利益算定の方式まで変えていくことが求められる。固定価格のバリエーションを採用しやすくするとともに, 状況によって弾力的な対応が可能になる契約方式と契約形態を改善することによって, 原価を低減し, 高性能で機能性に優れ, 納期を早め, 革新的な防衛装備品の開発を促進させることによって納税者の負担軽減を図ることが可能になる。
では, なぜ現在の防衛省の「訓令」ではなく米国によって代表される欧米主要国の契約方式と契約形態を検討する必要があるのか。それを明らかにするためには,「訓令」を中心とする防衛装備品調達の現状と米国のそれとを説明しておく必要がある。次節では, 防衛省( 日本) と国防省( 米国) の防衛装備品の調達算定構造の特徴( 異同) について考察する。
12 困難に思われる最大の理由は, 財政法と会計法の制約である。 米国の連邦調達規則である FARに見るように, 社会環境の変化に対応させて時代に即応させた規則をもてる制度になっていないことが, 伝統的な制度に止まらせている最大の原因であるようにも思える。
13 米国 ,英 国[ Review Board for Government Contracts, 2011 , pp. 1 - 34],x xxx[Xxxx and San Miguel, 2013 , p. 9 ] でも同様の動きが見られる。フランスでは, コスト・プラス契約から固定価格契約への移行は 1980 年代から始まったという。
4 防衛省との対比における国防省の契約価格算定の特徴
国防省では,契約価格は固定価格契約(fixed price contract) または原価補償契約(cost reimbursement contract)によって決定する14 。この2 つの基本的な契約形態の下で, 数多くのバリエーションが設けられている。他方, 防衛省では,確定契約( 一般確定契約と超過利益返納条項付契約),準確定契約,概算契約に区分されている(「防衛装備庁における契約事務に関する訓令」第 25 条~28条)。契約価格に使用する計算価格は,原則として,市場価格方式による。市場価格方式によりがたい場合には, 原価計算方式による(「訓令」第 4 条)。防衛装備品の調達では, 計算価格の基準として, 原価計算の結果を基に, 最高制限価格または契約締結の基準として予定価格が算定される(「訓令」第 1, 2(3), 3 条)。
1 防衛省で固定価格契約の選択肢を増やすことの必要性
国防省の原価補償契約 15 と防衛省の原価計算方式を日米の対比という形で軽々に対応させて比較することは困難である。そのことを理解していただいた上で日米の契約価格算定の構造を比較検討すると, 米国の原価補償契約と防衛省の原価計算方式( 原価の積み上げ方式) は, 契約方式と原価計算方式という違いがあるせよ, 最終的にはいずれも原価に利益を加算する方式であるという点では共通の特徴をもつ。
一方, 国防省で規定している固定価格契約に対応した多様な選択肢をもつ概念は, 防衛省にはない。国防省でいうところの本格的な固定価格契約がいまだ防衛省で制度化されていない理由は, 2 つあるように思われる。1 つは, 会計法の制約である。いま1 つ理由は, 第二次世界大戦終了まではコスト・プラス方式( 米国では原価補償契約) が世界における防衛装備品の契約価格の主流であったことと,「訓令」が制定された 1962 年以降, 防衛省の「訓令」には抜本的な改正がなされていないため, 防衛省の諸規定は 1960 年代以降に始まった固定価格契約[Oyer, 2011, p.14] の潮流に取り残されたことが主要な要因であ
14 その他にも, タイム・ アンド・ マテリアル契約がある。
15 米国の原価補償契約については, xx[ 防衛基盤整備協会, 2016, pp. 49 - 57] を参照されたい。
ると思われる。
昨今の社会・経済環境の下での固定価格契約の重要性の高まりを勘案すると,パフォーマンス基準に基づく価格契約に貢献する固定価格を含めた契約価格の検討は, いまや防衛省にとって喫緊の課題になってきたと思われる。では, 西側諸国を代表する米国では, どのような契約方式と形態で防衛装備品を調達しているのか。
2 国防省の固定価格契約と原価補償契約
国防省における契約価格は,FAR と DFAR-S によって規定されている。防衛装備品の調達は, 2 つの方法― 封印入札, 交渉― で行われている。封印入札では, 確定価格契約か経済価格調整付固定価格契約によらねばならない(FAR 16.102(a))。交渉契約では固定価格契約( 確定価格契約を含む) か原価補償契約による(FAR 16.103)。
固定価格契約は, 契約の遂行に当たり, 契約業者の原価経験に基づくいかなる調整にも従わない契約である(DFAR-S 16.202)。DFAR-S では,固定価格契約として,確定価格(firm fixed price) 契約,経済価格調整付固定価格(fixed price contract with economic price adjustment) 契約, および固定価格インセンティブ(fixed price incentive; FPI) 契約など, 各種の契約形態が準備されている。
原価補償契約は, 契約に規定されている限りにおいて, 発生した許容原価を政府が支払う契約である(DFAR-S 16.202)。原価補償契約には, 原価補償固定フィー(cost plus fixed fee; CPFF) 16 契約, 原価補償インセンティブフィー(cost plus incentive fee; CPIF) 契約, 原価補償アワードフィー(cost plus award fee)契約などがある。
3 固定価格契約と原価補償契約の長所と短所
オバマ大統領は 2009 年 4 月, 調達の実務と契約から得られる結果の有効性を改善するよう連邦政府に求めた。具体的には, 競争によらない契約, 原価補
16 Cost plus fixed fee 契約は, 文字通り訳出すれば, 原価加算固定フィー契約である。しかし, 日本の原価計算方式との関係でいえば, 米国の国防省では原価が補償されるという意味で, 英語そのものよりは内容を重視して原価補償固定フィー契約の訳語を充てた 。同 様に cost plus incentive fee契約も,原価補償インセンティブフィー契約と訳出した。原価補償アワードフィー( cost plus award fee) 契約についても同様である。
償契約,およびタイム・アンド・マテリアルと作業時間(T&M/LH) 契約がとくに超過出費のリスクを孕んでいる [Executive Office of the President, 2009]と指摘した。では, 原価補償契約は実際に超過出費のリスクを孕んでいるのであろうか。国防取得大学(Defense Acquisition University;DAU)のガードナー [Xxxxxxx, 2008, p.78] は, 政府関係者と業者とのインタビュー調査の結論の1つとして, 次のように述べている。
「 政府は歴史的に, 原価補償契約を業者と結ぶことで原価低減の機会として効率性を達成してきたが, 政府だけがそのリターン( 美味しいところ; 著者挿入) を享受するという理由から,創 造的な改善や将来に向けた投資へのインセンティブに欠けていた 。対照 的に,固定価格契約によれば, 契約業者が原価低減ではなく, パフォーマンスの改善がみられることに利点がある。」
他方, xxxとxxx[Xxxx and Xxxxxx, 2013, p.4] は, 次のように述べている。すなわち, モラルハザードが原価を極小化しようとする契約業者の努力に水を差し, 情報の非対称性が契約業者に情報の格差から生じる情報レント 17 を得ようとする欲求を導く。それゆえ, 情報の非対称性がほとんどみられなければ, 確定価格契約によって契約業者に原価低減のインセンティブを与えるのがよい。しかし, それとは逆に, 情報の非対称性が著しければ 18 , 原価補償固定フィー契約が用いられるべきである。より具体的にいえば, モラルハザードと逆選択(adverse selection) 19 が認められる状況においては,確定価格契約と原価補償固定フィー契約との間にいくつか制度化されている最適なインセンティブ契約を選択することで,政府と契約業者のバランスをとるべきであるという。
いま1 つ付け加えるならば, 原価補償契約に基づく契約に対する最大の懸念は, 固定価格契約では見られない製造間接費のコスト・シフティングが原価補償契約では行われる素地があることであるという。要するに, 固定価格契約に
17 超過利潤( 不完全競争や政治との癒着によって発生した情報取得による超過利潤 )。
18 政府が契約業者の原価情報を殆ど把握できなければ, の意。
19 逆選択とは, 情報の非対称性が存在する( 政府と契約業者との間で, 保持している情報量に差がある) 状況( レモン市場; 市場に悪い商品が出回ってしまうこと。xxx( lemon) は, アメリカの俗語で, 欠陥商品《とくに欠陥車》) において発生する, 市場の失敗, 厚生の損失( 資源が効率的に配分されないことによる資源のムダ) を言う。
も原価補償契約にもそれぞれの長所と短所があるから, それぞれの特性を考えたうえで使い分けるべきだということである。同意できる見解である。
4 固定価格契約か, 原価補償契約( 国防省型のコスト・プラス契約) か
固定価格契約の下では, 契約企業はリスクのすべてまたは大部分を負う代わ りに, 原価低減に成功すればそれによって生じた利益はそのまま企業利益にな るから, 企業にとっては原価低減のインセンティブを有することになる。その ため, 契約企業は原価補償契約よりも固定価格契約の方が原価低減に真剣に取 り組むようになる20 。逆に, 原価補償契約の下では, 原価低減の実績が政府に 報告されるとともに事後監査も厳しいから, 原価低減活動に積極的に取り組ま ず, また正確な原価情報を政府に報告したくないという欲求が生じる 21 。この ような情報の非対称性が生じるために, 政府としては契約業者との間でリスク シェアリング型の契約をすることで契約業者の原価低減活動を促すのがよいと,ワングとミゲル[Xxxx and Xxxxxx, 2013, p.7] は述べている。
国防省における標準的なインセンティブ付原価補償(CPIF)契約では,原価を
補償し, さらにその上で, 契約業者の利益としてインセンティブフィーを付加する。ただし, 原価が目標原価を超過した( 下回った) 場合にはペナルティが課される( 報償される) ので, 原価補償契約よりも固定価格方式の方が契約業者は原価低減に努力するようになる。
標準的な CPIF 契約の1つの欠点は,情報の非対称性があるがゆえに,政府が目標原価を見積もるだけの十分な原価情報をもたないことにある。そこで,xxxとxxx[Xxxx and Xxxxxx, 2013, pp.9 -12]は, 予算基準原価補償方式 (Budget-Based Cost-Plus Scheme; BBCPS) を提唱している。
防衛省では, BBCPS がなくても, 予定価格制度を活用することによってわ
20 だからといって, 原価補償契約よりも固定価格契約の方が防衛装備品の価格が低減されるというわけではない。 なぜなら, 米国の国防省の契約で, 固定価格契約では原価低減の成果はすべて契約業者に帰属するから, 企業は原価低減に努力する。 一方, 原価補償インセンティブフィー契約では, 原価低減によって得られた成果はすべて政府に報告され, 監査を受けなければならないため,契約業者は価格を引き下げようとはしないからである。
21 米国においては, XXXX( Truth in Negotiations; 交渉におけるxx法)があるために, 正確な情報提供を拒めば, 罰せられることになる。 なお, ここで negotiation は商議とも訳されるが, 日本でいう随意契約を意味し ,“ 交渉” と訳出される。 negotiation の訳語は WTO 政府調達協定(GPA)の 2012 年(ジュネーブ協定) の第 12 条 交渉の内容を参照されたい。
が国の財政規律を保っているといえなくはない。わが国の予定価格の基づく制度では, 実質的には最高制限価格が設けられていて原価が予定価格より下回ってもその分は報償されないし, 逆に, 原価が上昇すれば契約企業の負担になるという, 契約業者にとっては極めて片務的な性格をもつ。そのため, 現在有する財政規律を保つという目的のためだけであれば, 日本政府が BBCPS といった制度上の改革を必要とするとは思われない。
5 国防省で採用されている契約形態と利益の関係
原価補償固定フィー契約は,許容原価の如何にかかわらず利益は一定である。それゆえ, リスクの回避を優先させたいのであれば, 原価補償固定フィー契約を用いるのがベストである。契約業者の負うリスクに応じた契約方式が必要になるときには, 原価補償インセンティブフィー契約では許容原価が目標原価を下回れば目標フィーよりも多くの利益が得られ, 許容原価が目標原価を上回れば目標フィーよりも少ない利益しか得られない。他方, 固定価格インセンティブ契約では, 原価低減に成功すれば企業利益が増加するが, 逆に, 原価が増加すれば利益が減少する。確定価格契約では, 企業のパフォーマンスの如何によって, 利益の増減が大幅に変動する。図1 では以上の関係を図解している。
図 1 契約価格とその特徴, およびリスクとの関係
高い
高い
確定価格(FFP)
契約業者 固定価格インセンティブ(FPI)
(利益機会)
原価補償インセンティブフィー(CPIF)
原価補償固定フィー(CPFF)
契約業者
(リスク)
低 い 低 い
参考文献; ゴーリー[Gorly, 2014, 70 - 71]を参考に, 著者が作成。
では, 以上の契約形態を採用したとき, 損益との関係はどうなるか。図1 とは出典が異なるので単純な比較は困難であるが, オイヤー[Oyer, 2011, p.38]
を参考に, 契約価格と利益の関係を図解してみよう。図2 を参照されたい。
図 2 契約価格とリスク, 利益・損失の関係
損失
損益分岐線
CPIF契約
CPFF契約
利益
FFP契約
FPI契約
FFP 確定価格契約
FPI 固定価格インセンティブ契約
CPIF 原価補償インセンティブフィー契約
CPFF 原価補償固定フィー契約
損益
参考文献; Oyer [2011, p.38]
許容原価
図2 で,原価補償固定フィー契約(CPFF)は,契約企業にとっては,最もリスクの高い契約に適する。損益分岐線を下回ることもない。逆に, 確定価格契約 (FFP)では, 利益は許容原価とゼロサムの関係にある。目標原価より実際原価が上昇すれば契約企業に損失が発生する。他の2 つは, その中間にある。米国の国防契約企業の 60%が固定価格のバリエーションを採用している22 。
供給企業が1 社または少数の企業に限定されるような防衛装備品では, 原価補償契約か固定価格契約のバリュエーションによらざるをえない。例をもって説明しよう。国防省が開発した無人地上車両, フューチャー・コンバットシステム (Future Combat System; FCS,xx戦闘システム)は,事前の予算による設計費や製造原価の特定が極めて難しかった。同様に船体を三胴形にして水に接する面積を減らした最先端の沿岸域戦闘艦(Modular Littoral Combat Ship)は, まさに機能性と技術を予定価格以内で止めるべく悪戦苦闘して製作された艦船であった。このようなケースでは, わが国の現行の「訓令」を前提にする限り, リスクに見合っただけのインセンティブを付与することは難しい 23 。x
22 国防省では, 現在時点において, 原価補償契約のバリエーション( 日本の原価計算方式に対応した方式) が 35 . 4%, 固定価格のバリエーションが 60. 2%, その他が 4 . 4% である。
23 現行の制度でも, 装備施設本部の契約制度として, インセンティブ契約制度の規定が設けられてはいる 。「 インセンティブ契約制度につい て( 通達 )」を 参照されたい[防衛基盤整備協会, 2015, 資 4・13 - 14]。た だし ,そ の運用が契約業者のリスクへの対応やニーズを十分に満たしているか否かは,別問題である。
府とのリスク共有のシステムが抜け落ちたままであれば, モラルハザードが高じて将来の日本の防衛にとって死活的な重要性をもつが, リスクの大きな先端的兵器システムの開発や取得が難しくなることも想定されなくはない。
以上の現状に鑑みると, リスクの極めて高い契約については, 企業に無条件でそのリスク共有の便益( 有利な条件) を与えるべきであるようにも思えてくる。しかし, 早急に結論を引き出してはならない。この問題を検討するには,リスクの存在を無制限に認めることの逆機能についても, 事前に十分な検討をしておく必要があるからである。プロジェクトのリスクが高く, 少数の競争業者しか存在せず, 情報の非対称性が著しい主要な防衛取得プログラム(Major Defense Acquisition Programs; MDAPs )の場合, 固定価格契約を受け入れなければならないアメリカの契約業者には,2 つのインセンティブが与えられる。
第1 に, リスク回避を好む契約業者は, リスク水準を補償するリスク・プレミアムを要求する。その結果, 政府がこのような業者にリスク・プレミアムを提供することの逆機能として, 政府に予想以上に高い原価見積もりを提出する可能性がないとはいえない。このような行動は, 納税者に不必要なまでに高いコストを払わせる結果になる。
第2 に, 情報の非対称性によって, 契約業者は付加的な「情報レント」を得るために, 人為的に原価見積もりをつり上げる動機をもつことになる。
以上から, 契約業者によるリスク・プレミアムと付加的な情報レントの要求を政府が安易に受け入れることによって, 原価補償契約よりも固定価格契約のほうが納税者にとって租税負担が減少するという保証はないことが分かる 24 。一般に, 市場価格と情報の対称性を欠く固定価格契約は, 原価補償契約によるよりも, 政府に対してより高いコストを支払わせることになると, ワンとサンミゲル[Xxxx and San Miguel, 2013 , pp.7 - 8]は主張する。ただしその前提は,固定価格を決定するための基礎として, 原価見積を査定するために政府が事前に正確な原価見積のための情報をもたず, 契約業者のみが原価見積をなしうる唯一の情報提供者だとする仮定( 情報の非対称性仮説) に基づいている。要するに, 今後の防衛装備品の調達には, リスクを考慮したパフォーマンス基準が
24 原価補償契約, 固定価格契約およびそのバリエーションなどの契約形態は, 一般競争入札, 指名競争入札, 随意契約といった契約の相手側の選定方式とは異なる。
必要であることには異論はなさそうである。しかし, どんな経営手法にも長所があれば短所もある。その短所をしっかりと認識して事態に対処することこそが必要である。
そこで次に, パフォーマンス基準方式に基づく契約を仮に防衛省で導入するとすれば, いかなる前提が必要になるかを検討する。
6 パフォーマンス基準導入の前提条件
防衛省がパフォーマンス基準を導入するには, 少なくとも3 つの条件が整備されなければならない,と著者は考えている。第1 は,契約制度の整備である。第2 は,新たな契約制度を導入した場合の利益と価格の算定方式の確立である。そして第3 は, EVM システムなどの経営管理方式の導入である。
1 契約制度の整備
パフォーマンス基準に基づく調達制度では, 契約制度に合致した法制度の整備が必要になる。現行の「訓令」に規定されている予定価格制度は,原則,「会計法」に準拠している。現行の制度には, 全体的な整合性がある。しかし, 現行の制度のなかでは, パフォーマンスの優れた企業に対して合理的な方法で報いたり, リスクの高い開発にはそれに見合った契約方法を活用することは難しいように思われる。また, 防衛装備品には特定の企業にしか生産できない物品もあり, 一般競争入札が取りえないことも多い。
現行の法体制のなかでパフォーマンス基準を適用するには, 革新性やリスクに対応するために総合評価落札方式も適している。xxほか[2011, pp.8 -38]によれば,財務省は 2001 年 1 月に,「総合評価方式の中で,必要に応じ複数の段階で評価, 優劣を判断し」,「評価において契約内容について交渉することも可能」であると述べている。しかし, 総合評価落札方式によるときには, ① 財務大臣協議が必要になること, ② 契約締結前の調整が困難であること, ③ 総合評価落札方式では一者入札25 には馴染まないという,乗り越えるべき課題もある。そこで, 防衛装備品の特性に鑑みて, 随意契約の欠点を補完するための交渉
25 一者入札のほか一社応札ということもなくはない。 しかし, 一者入札が一般的である。
(negotiation) 契約の長所をも取り入れた新しいタイプの契約方式が必要になろう。
2 新たな契約価格と利益の算定方式
パフォーマンス基準を防衛省が導入するためには, 契約形態に対応した契約価格と利益を客観的かつ迅速に算定できる計算方式を導入する必要がある。米国政府では,国防調達規則-補足において,契約利益と価格が算定可能な詳細な規定と計算方式が用意されている。
日本では, 戦後ほぼ 70 年間は, 幸いにして, 米国の傘の下で諸外国からの侵略を受けることはなかった。そのため, 国力を経済の発展のみにつぎ込むことができた。国民感情も総じて戦争反対の意識が強く, 防衛省としても強い軍事力をもつことには決して積極的ではなかったといってよかろう。しかし, 近年になって激しさを増す北朝鮮の挑発, 南沙諸島と尖閣における中国の国際法を無視した拡張戦略, 一触即発の尖閣諸島の動向, 加えて米国におけるトランプ政権の誕生に伴う世界情勢の急激な変化は, 日本が従来のままの姿勢を続けることを許容しない状況に追い込んできている。現実に事件が起こってからでは遅すぎる。このような事態に備えて, 防衛省の調達制度も抜本的に見直すべき時期にきているように思われてならない。
3 EVM システムの導入
不当なまでのリスク・プレミアムの要求を防止するには, 適正な原価を算定し検証できる制度が必要となる。そのためには, 防衛装備品の生産に必要な原価や納期を科学的に検証できるツールが必要となる。そのツールとして国防省で長期にわたって活用されてきたのが, EVM (earned value management) の活用である。EVM でも単なるツールとしてではなく,国防省では制度(EVM システム; 以下, EVMS)の構築が求められている。
EVMS は原価情報の非対称性を回避する有効な手段になる可能性を有している。ただ,日本の多くの契約業者が EVMS を導入するまでには,少なくとも
3 つの乗り越えるべき壁がある。
第1 は,国防省並みの EVMS の導入には,契約企業に追加的な費用,時間を
必要とさせる。それゆえ,契約業者への EVMS 導入に要する費用の補償が必要である。
第2 は, あの技術力に優れた NASA ですら, 政府が要求する EVMS の導入に一度は失敗している。EVMS の導入にはそれだけのコストと知見,準備が必要だということである。しかも, 日本の官・民の両者には, 米国企業とは違って, 日本企業には過去・将来に亘って納期に遅れるということはほとんどないとする固い信念がある26 。これらの実態は,日本では EVMS への期待感が米国とは大きく異なっている実情を表わしている。
以上に鑑みて, 米国企業との防衛装備品の共同開発における米国政府の規則上の必要性とマネジメントの必要性から日本の防衛省も EVMS を導入するのであれば,FAR と DFAR-S によって承認され,しかも日本企業が比較的簡単に導入が可能な EVM Lite 27を日本政府28 が容認するするシステムとして構築する必要がある29 。
第3 は,品質向上のための対応策として原価企画(target costing) の導入を検討する必要がある。ソロモン[Solomon, 2011, p.25] によれば, 品質の向上策について,オバマ大統領が品質と技術上のパフォーマンス尺度を EVMS に含めるべく協議・検討するように国防省通達 5000.02 を含む調達指針検討のための法律制定にサインしたという。このことから分かるように,ツールとしての EVMには品質向上の効果には疑問符がつけられている。であるとすれば, 日本の誇る管理会計の手法である原価企画を EVM の不得意とするプロジェクトの品質向上に役立たせる努力が必要となろう。
26 この種の固い信念が妥当であるか否かについては, 疑問がないではない。 それは, 次の理由による。 第1 に, 日本の防衛装備品の調達ではパフォーマンス基準に基づく利益算定の方式が採用されていないので, ① 米国に比べると, 日本の調達のスケジュールにはもともと多少の遅れの余裕が見込まれている可能性が大である。② 企業が仮に早く防衛装備品を納入しても, 企業にとってのメリットがない。 第2 に, 多品種小量生産であること, および年度途中の追加注文がないので, 1 年間の生産計画が容易に立てられることにある。 そして第3 には, これまでは比較的確立された技術に頼ることが多かったので, 納期に遅れる要因が比較的少なかった。 ただし, 今後, 日本独自の技術開発による生産の必要性が強まったようなになったときには, 決して現状のように納期に遅れないとは言い切れないのではないかと思われる。
27 EVM の簡易版の通称。 アメリカで売られているビールに, ミラーライト ( Mille r LITE) がある。 Miller Lite は軽いタッチであるところから,それをもじって EVM Lite の名称が付けられた。EVM システムに関しては, 米国では FAR に詳細な規定がある。
28 ここで防衛省ではなく日本政府と述べたのは, 米国で FAR が認可しているように, 日本でもまずは「 会計法」 を所管している財務省の認可が必要ではないかと考えられるからである。
29 フレミングとオッペルマンは ,E VM Lite が連邦調達規則と DFAR- S に適合するように作成したように匂わせている(xxx, 2016 )。 しかし, 何人かの米国の専門家に確認した結果では, その返答は ,「 それはあくまでも国防省の判断次第だ」 というものであった。
原価企画の具体的な方策の1 つには, xx[2015, pp.17 -32] が実施したような,長崎県にある国内造船の準大手である A 造船所が原価企画を活用した,バルクキャリア市場での品質の保持と省エネ開発に成功した事例がみられる。これは, 原価企画がもつ VE の原価低減機能を活用して, 商品企画段階, 商品化段階, 製造段階で VE を適用することで, 大幅な原価低減に成功した [ xx, 2015, pp.25 -26] 事例の1 つである。
海外の事例では, アンサリ他[Ansaxx, xx al., 2007, p. 524] による原価企画の国防省への提案がある。それは“ 独立変数としての原価”(Cost as Independent Variable; CAIV) を応用した防衛装備品に応用する実施活動である。CAIV に関して,アンサリ他[Ansaxx, xx al., 1999] 30 は,TCO(Total Cost of Ownership; 所有に係る総コスト)を用いて戦闘機( 国防省; DoD)や軍艦(海軍省; DoN)におけるライフサイクル全体のコストを低減する手法として特徴づけている。原価企画との関係で研究の発展が見込まれる領域の 1 つであるといえる。
まとめ
米国 の 防 衛関 連 の x xx 計 研 究は , 1970 年 代 にア ン ソ ニ ー (Robexx X. Xxxhxxx) x授による日本会計研究学会理事会でのプレゼンテーションに啓発されて CASB の原価計算基準を研究[ xx, 0076a, pp.15 -27; xx, 0076b, pp.27-40; x x , 1977, pp.33-49; x x , 1980a, pp.25 -38 ; x x , 1980b,
pp.1-74]したとき以来, 約 40 年ぶりのことである。
研究を進めるに従って, 現在の西欧主要国の基準や規則が当時の研究水準とは様変わりしているが, 日本の「訓令」を中心とする法規制が世界の潮流から大きく立ち遅れていることを発見した。この現状を座視しては, 他国との共同開発において日本が不利な立場での交渉に陥る潜在的な可能性がある。さらにもし調達された防衛装備品の機能・性能, 革新性が想定よりも大きく劣るようなことがあれば, 納税者である国民の期待を大きく裏切るものである。このよ
30 この論文は, 著者による NASA の論文の草稿を見た福岡大学のxxxx授より提供を受けたものである。 著者の草稿では, アンサリのこの論文が入手できないと記したところ, xxxxが久留米大学に在籍中に購入した当該論文を著者宛てに恵送してくれたものである。 出版社は Mc Lxxx, XX: The Society, - 2007 。 現在その論文のコピーは久留米大学図書館にある。
うな現状を読者に正しく伝え, 現状改善の必要性を世に問うことが研究者の1人としての社会的使命であると強く感じた。それが, 本研究を本格的に始めた動機である。
本章では, まず初めに, 防衛産業には4 つの特徴― 自由競争市場とは異なる製品市場,技術的進歩の著しい製品,および多品種の製品を生産している企業,規制― があることを明らかにした。そして, この特徴が情報の非対称性とモラルハザードという問題を惹起せしめることを明らかにした。その現実的問題として, コスト・シフティングと超過利益返納条項付契約を考察した。さらに,現在の「訓令」を中心とする法規制の問題点を指摘するとともに, パフォーマンス基準に基づく諸制度を導入することの必要性を述べた。さらに, 防衛省との対比において, 国防省における契約価格算定方式の枠組みを明らかにした。そして現状打開の対応策として, 新たにパフォーマンス基準に基づく契約方式を構築することの必要性を述べた31 。最後に, パフォーマンス基準導入の前提条件を述べた。
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31 「 訓令」 は, これまでだけでなく, 今後も政府調達において重要な役割を果たしうる。 それゆえ, 仮に, パフォーマンス基準に基づく契約価格算定方式を「 新価格算定方式」 と呼称すれば, 契約価格算定方式の将来イメージは, 次のようになる。 本数値は, 防衛省の第 1 回目の契約委員
( 2015/ 12 / 1 ) および日本航空宇宙工業会での第 1 回目の勉強会( 2015 / 12 / 3 ) で,新制度導入後 2~ 3 年後の粗々の姿として提示( 呼称と数値を多少変更) したものである。
市場価格方式 現制度( 件数 70%, 金額 29% ), 新制度( 件数 65%, 金額 25 %)原価計算方式 現制度( 件数 30%, 金額 71% ), 新制度( 件数 20%, 金額 55 %)新価格算定方式 現制度( 件数 —%, 金額 —% ), 新制度( 件数 5 %, 金額 20%)
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第2章 借入資本xxの原価性, 許容原価性
はじめに
日本では, その目的が財務諸表作成のためであっても契約価格算定のためであっても,どんな場合でも,借入資本xxは“ 非原価”として扱われてきた(「原価計算基準」(以下,「基準」)および「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」(以下,「訓令32 」))。
他方,米国では,契約価格算定という目的には,貨幣コスト( 借入資本xx)だけでなく, 有形固定資産と無形固定資産の借入資本xxは許容原価として扱われている(CAS33 , 414)。
借入資本xxが日本では非原価扱いされているのに, 米国における原価計算 基準審議会の原価計算基準で許容原価であるとされているだけでなく, 固定資 産の建設に要した借入資本xxが許容原価として扱われているのはなぜなのか。日米の扱いのうち, いずれが妥当か。借入資本xxの扱いが, 原価計算基準や 会計基準だけでなく, 社会経済環境, 消費者保護・生産者保護の違いなどによ って影響を受けているのか。著者には,1970 年代に原価計算基準審議会の原価 計算基準の研究を行ったとき以来, この疑問が未解決のまま残されており, い つの日か, この問題を解明したいと考えてきた。
本章の目的は,1963 年以降わが国の防衛省が用いている「訓令」のxxを中心とする規定が現代の会計理論と実践とは大きく乖離しているだけでなく, 契約価格の算定という目的にも必ずしも適合しなくなってきていることを明らかにすることにある。
32 防衛庁訓令第 35 号, 1962 年 5 月 25 日。
33 Cost Accounting Standards Board( CASB; 原価計算基準審議会)の Cost Accounting Standards ( CAS; 原価計算基準)。 1970 年から 1980 年まで, 米国の会計検査院によって制定された。
1 借入資本xxをめぐる2 つの論点
借入資本xxの原価性に関する議論は, 原価計算対象である製品やサービスに借入資本xxを加算すべきか否かを中心的なテーマとして論じられてきた。xx [0068, p.6] によれば,この議論は,対象とする原価計算の種類のいかんによって, 次の2 つの課題( 論点) に分けられるという。
第1 は, 製品の原価の計算に対するもので, xxを原価の一要素とするかどうかの問題34 である。従来「xx原価論」として多く論じられてきたのは, 主としてこの論点である。
第2 は, 固定資産の取得価額を計算するに当たって, 借入資本xxを固定資産に加算するかどうかという問題である。
第1 の論点は, 企業会計原則の一環として制定された「基準」の制定によって, xxを非原価の1 項目とすることで, 現在ではほぼ決着がついたといってよい。「基準」でxxxx原価項目とする論理は,次の通りである。まず,原価の本質との関係で, 原価をもって「原価とは, 経営における一定の給付にかかわらせて, は握された財貨または用役(以下これを財貨という)の消費を貨幣的に表したもの」(三)と定義づけた。続けて, 原価たりうるための条件の1 つとして,「原価は,経営目的に関連したものである」とし,借入資本xxを生ぜしめる財務活動は,「財貨の生成および消費の過程たる経営過程以外の,資本の調達,返還,利益処分等の活動」であるから,「これに関する費用たるいわゆる財務費用は,原則として原価を構成しない」(3) とした。この規定を受け,「基準」では, xxを「原価計算制度において, 原価に算入しない項目」( 四),すなわち非原価項目の1 つであるとしたのである。
以上,「基準」制定以降,原価計算制度においてxxxx原価であるという見解が支配的になり,1940 年代と 1950 年代に盛んに議論されてきたxxxx価
34 xx[1926 , p. 21 ] によれば ,x xを原価に含ませるとする論拠は ,資 本が生産の一要素であって,資本の使用に対する報償がxxであるから, 企業の危険負担に対しての報償たる利益とは区別すべきであるとする経済学の理論に立脚しているのだという。 xxをもって企業負担への報償とする見解は, 利益に対する1 つの見方ではある。
性の議論は,最近では沈静化した。ただ,「基準」が借入資本xxをもって非原価として位置づけたのは, その適用対象が財務諸表の作成, 原価管理および予算統制を主な目的とする“ 原価計算制度” 35 に限定された結果であることには十分に留意すべきである。
2 財務諸表作成目的におけるxxxx価性
第2 の論点に関して,固定資産の取得価額を計算するに当たって,借入資本xxを固定資産原価に加算するかどうかという問題について検討する。借入資本のxxを固定資産に含めるべきか否かに関する論点は次の点にある。
借入資本によって建設した場合のxxは, 建設に必要な費用と考えられる。それゆえ, xx[1968, p.9] によって指摘されているように, 他人資本である借入資本のxxをキャピタリゼーション(capitalization) 36 することができなくはない。しかし, 自己資本によって建設された固定資産原価にxx相当額を含めないのは妥当性を欠く。また, 価格意思決定のために, 機会原価の概念を援用して, xxを固定資産原価に含めることも実務では行われている 37 が,財務諸表の作成を目的として, 計算要素に機会原価を含めるとなると, 計算の恣意性が介在するという新たな問題が生じる38 。
この資本xxの建設費算入に係わる問題は, xx肯定論者と否定論者が入り乱れて過去から延々と議論されてきた問題である。では, 現在ではどのような解決がなされているのであろうか。現時点でみると, この問題は原価計算ではなく会計基準の問題と深いかかわりがあることが分かる。
そこで以下では,(1) 日本基準,(2)米国基準(FAS),および(3)国際財務報告基準(IFRS)の順に,固定資産への借入資本xx算入に関する各国の会計基準の違
35 原価計算制度とは ,「 財務諸表の作成, 原価管理, 予算管理等の異なる目的が, 相ともに達成されるべき計算秩序 」(「 基準」 二) と定義づけられている。
36 キャピタリゼーションは, 資産化と訳される。 意味としては資産計上を含意する。
37 これをドイツ流に表現すれば, 自己資本xxと呼ぶ。 同様の付加原価の概念に企業家賃金( 自営業で, 営業主に形式的には賃金が支払われることはなくても, 賃金相当額が支払われていると想定することが可能である) がある。
38 xx[ 1968 , p. 6 ] は ,「 昭和 17 年当時の企画院で制定した原価計算要綱において, xxに関する費用はすべて原価要素から除かれている。 それ等は適正利潤として原価に付加されるものから補償されるという態度を取った」 からだと述べている。 支払xxを現代のように資本コストの一要素として考える見方からすれば, 納得できる見解である。
いを検討する。
1 日本基準
日本基準では, 借入資本のコスト( 支払xx) は, 原則として, 発生した期間の費用として認識され, 特定の要件を満たしたもののほかは, 資産化は容認されていない。ただし, 固定資産を自家建設した場合( 企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書, 昭和 35 年, 第三, 第一, 四, 2) には, 適正な原価計算基準に従って取得原価を計算39 し, 固定資産原価に算入することができる。
2 米国基準(FAS)
米国基準では,財務会計審議会によって制定された財務会計基準( Financial Accounting Standards; FAS)の No.34(1979/10 制定)において, xxの資産計上が認められている。資産計上は, 企業がその固定資産を利用するか販売またはリース目的であるかを問わない(FAS, 9)。ただし, xxxx卸資産への計上は認められない。
3 国際財務報告基準( IFRS)
国際財務報告基準では, 適格資産 40 にかかる借入費用については,「企業は,適格資産の取得, 建設または生産に直接関連するコストを, 当該資産の取得原価の一部として資産化しなければならない。」(IAS No.23;制定 1983/4,改定 2007/3)。その理由として,適格資産は将来の経済的便益をもたらす可能性が高いからであると述べている。ただし, その固定資産が意図した利用または販売が可能となるまでに相当の期間を要し, かつ, 信頼性をもって測定できる場合に限るという条件が付けられている。
IAS の第 23 号で固定資産の資産計上が強制[IFRS, 2012, A 804] されている
39 連続意見書第三の第一「 企業会計原則と減価償却」 の四の2 で ,「 自家建設 固定資産を自家建設した場合には, 適正な原価計算基準に従って製造原価を計算し, これに基づいて取得原価を計算する。 建設に要する借入資本のxxで稼働前の期間に属するものは, これを取得原価に算入することができる」 と規定されている。
40 適格資産( qualifying assets) とは,意図した使用又は販売が可能となるまでに相当の期間を要する資産のことをいう。
理由の1 つは, 米国基準とのコンバージェンスが大きく影響している 41 。審議会での意見のなかには, 借入コストを費用処理すべきだとする主張もあった。その論拠としては, 資本構成の相違による比較可能性を損ねるという批判があげられた。国際会計基準審議会[IFRS 財団, 2015, p.1727] もまたそのような批判の存在は了解しているが,「米国の GAAP(Generally Accepted Accounting Principles; 一般に認められた会計原則) との原則面でのコンバージェンスの達成ではなく財務報告の改善が齎される」[IFRS 財団, 2014, p.B1289] と考えて, 借入コストを即時に費用として認識する選択肢を削除することにしたとのことである。
以上でみた通り, 日本基準では原則として借入資本xxの固定資産への原価算入が許容されていないのに対し, 米国基準や国際財務報告基準では固定資産への原価算入が許容または強制されていることをみた。
3 第3 の論点: 契約価格算定におけるxx
xx論文では, 先にみた通り, 原価計算の目的によって資本xxの課題が2つあるとされた。しかし, 以上の議論を踏まえて借入資本xxの原価性を検討するならば, いま1 つの課題ないし論点が存在することに気付くであろう。
その論点とは, 政府との契約価格の決定において, 契約原価の一費目として支払xxが許容できるか否かである。つまり, いま1 つの論点とは, 契約価格算定のための借入資本xxの許容原価性にかかわる課題である。
第3 に, 契約価格の算定において, 借入資本xxを原価の1 要素として許容するか, それとも非許容原価として処理すべきか。
原価計算基準審議会によって制定された原価計算基準(CAS 414) では,設備資本の原価の一要素としての貨幣コストは許容原価として認められて, 貨幣コストが契約価格算定のため, 原価の一要素として位置づけられている。
41 IAS 第 23 号「 借入コスト」に関する根拠によれば,このプロジェクトは FASB と共同で実施されているという。 そこでは, 借入コストを即時に費用として認識する選択肢を削除した理由が述べられている。
オイヤー[Oyer, 2011, p.130] によれば, 減価償却費の計算では設備原価が減少させられる傾向にあることを理由に, 契約業者の強い要望を受けて, 機会原価としてのxx率を計算して借入資本xxの固定資産への算入を許容したのだという。同様に, 建設中の固定資産についても, 貨幣コストを固定資産に算入することが許容されている(CAS 417)。ただしこの基準は,財務会計基準第 34条(FAS No.34)に従ったものである。
4 xxの2 つの性格とその目的: 利益の前払か, それとも原価か?
xxx[0000, pp.69 -78]は, 借入資本xxに関して, xxxx2 つの経済的 性格があるという。1 つは, xxxx利潤42 ( 以下, 利益) と密接な関係にあり, xxは利益の分割前払形態であるともいえる。いま1 つは, xxには資本利用という商品の対価としての側面がある。xxxxx者を「xxxx益性」,後者を「xxの価格性」と呼称している。
価格計算ないし価格政策において, 支払xxにせよ機会原価としてのxxにせよ,xxを原価だとする論旨は,xxx[0000, p.72] によれば,究極のところxxを商品の価格を通じて原価という形で補償しようという考え方による。これをxxxx「xxxx益性」と呼んでいる。他方, 経営管理のために,商品としての資本利用を有効化しようとするためには, 他の原価財と同様, 資本利用という商品の価格としてのxxを原価計算論で扱う。これが「xxの価格性」に由来しているのだと, xxxは述べている。
ドイツの歴史研究から,xxx[1940, p.73] は,1914 年の「最高価格法」( ドイツ原価計算xx論「前第二期」 43 ) ではその主たる目的は消費者の保護にあったから「xxの利益性」が強調されたが,「後第二期」44 では消費者保護のみ
42 xxの経済的性質については, 当時の会計学者は経済学の理論を援用したという理由で, 経済学の呼称である利潤の語を用いているが, 現代の会計学ではこれを利益と言い換えるのが妥当だと思われる。
43 前第二期では,世界大戦勃発直後の 1914 年 8 月 4 日の最高価格法の公布をみたが, その内容は小売商暴利取締規則からなる[ xxx, 1939 , p. 73 ]。 なお, 類似の事例として日本の物価統制大綱では最高価格性を建前としているが, xxの規定については比較的不明確であるという。
44 後第二期では, 原価計算上, xxxx価に算入することが一般化した。 これは戦争終了の 1918 年 1 月, 南ドイツ価格審査委員会によって認められたものである。 その後, 同年 5 月の価格評価法で全国的に認められた。 純利益= 売価- 原価( 含・ xx) で, 純利益は平時の適正利益を超過せざることとした[ xxx, 0040 , p. 74 ]。
に偏せずに生産者保護も加味された。その結果, 生産者保護の視点が採用されるに至り,「xxの価格性」が強調されるようになった。また戦時経済の深化は自己資本xx( 機会原価としてのxx)を原価に算入する運動が起こり, 1917年には「最高価格法」を改正して生産者保護を明確にしたのだという。
xxxxx張を一言で表現すれば, 消費者保護を目的とする場合にはxxxx益性が強調されるが, 逆に, 戦時のように生産者保護を中心に考える時代にはxxの価格性が強調されるということになる。換言すれば, xxを利益に含める立場には消費者保護の思想が内在するが, 逆に, xxを原価に含める立場には生産者保護の立場が色濃く反映されているということになる。
このxxxの論述は, 防衛装備品の議論に関して言えば, 第二次世界大戦後にも, 朝鮮戦争, ベトナム戦争その他の戦争に巻き込まれてきた米国でなぜ生産者( 防衛装備品の契約業者) の論理が尊重されて借入資本xxの原価の許容性を付与したのか, 逆に, 戦後は一度も戦争を体験していない日本ではなぜ消費者の論理が尊重された結果, xxの利益性ないし「xxの価格性」が採用されるに至ったかの説明になり得るように思われる。
5 わが国の計算価格算定におけるxxの位置づけ: 1975 年改正の意図
それでは, 日本の「訓令」では, 支払xxはどのように扱われてきたのかを検討しよう。戦後,「訓令」のなかで支払xxの扱いが劇的に変化した時期がある。それは 1975 年の「訓令」の改正においてである。この改正の経緯が本間によって詳細に研究されている。本間[2010, p.136] は,「訓令」の 1975 年以前と改正後の支払xxの扱いを図1 のように図解している。
図1 で, 改正前と改正後とで変わったのは, 支払xxと販売直接費である。その違いは, 改正前には支払xxが販管費として扱われていたのに対して, 改正後には「利益と同じ並びになり, 総原価に加算」[本間, 2011, p.134] されたことにある45 。xxxx論旨を援用すれば,改正前は生産者保護に志向した「xxの価格性」を, 改正後は消費者保護に志向した「xxの利益性」に依拠して
45 支払xxを販売費及び一般管理費の一部として扱っていたことそれ自体も, 原価計算研究者の立場からすれば, 奇異に感じられていた。 支払xxと区別したことは改善であるが, 現代の原価計算理論では, 販売費及び一般管理費には販売直接も含まれるので, いまなお違和感は残る。
いるということになる。
図1 1975 年改正前・改正後の支払xxの取り扱い
( 改 正 前 ) ( 改 正 後 )
計算価格 | 裸価格 | 総原価 | 製造原価 | 直接材料費 | |
加 工 費 | 直接労務費 | ||||
製造間接費 | |||||
直接経費 | |||||
販管費 | 一般管理及び販売費 | ||||
支払xx | |||||
販売直接費 | |||||
利益 | |||||
梱包費及び輸送費 |
計算価格 | 裸価格 | 総原価 | 製造原価 | 直接材料費 | |
加 工 費 | 直接労務費 | ||||
製造間接費 | |||||
直接経費 | |||||
販管費 | 一般管理及び販売費 | ||||
販売直接費 | |||||
支払xx | |||||
利益 | |||||
梱包費及び輸送費 |
参考文献; 図の作成は,本間[2010, p.136]に従った。
それでは, なぜこのような改正がなされたのであろうか。それには, 次の論拠が考えられる。1 つには,本間[2010, pp.135-136]があげている 1975 年の衆議院予算委員会(第 5 号)での某議員からの,「… 政府は,防衛産業は保護産業と考えているのじゃないか, そう思わざるを得ないのは, 支払い利息を原価に入れている点です」とする批判である。このような改正前の「訓令」に対する批判は, 前述したxxxx論理( 平和時には消費者保護のためにxxの利益性を強調し, 戦時下では生産者の論理を優先させて原価算入する) と一脈通じるように思われる46 。
戦後の日本は, 一度も本格的な戦争に巻き込まれたことのない平和国家を謳歌し続けてきた。加えて, オイルショック後の景気底入れ期である 1975 年前後のような時代では消費者の立場が尊重された時期であった。そのような時代背景のもとで, 国会において, 消費者の立場からxxを非原価として扱うべきだとする主張がなされたとすれば, それは理に適っているように思われる。
46 本間[ 2011 , 137 ] は, 1975 年の「 訓令」 改定について次のように述べている 。「 支払xxは非原価となったものの, 利潤率要領や利益率要領と似たような扱いとなり, 結局, 原価か非原価かの違いがあるにせよ, 計算価格には従来どおり支払xxが含まれることとなった 」。
6 防衛装備品の契約価格に関する2 つの提言― xx提言とxxx言―
1960 年代から 1970 年代の初頭にかけて,防衛装備品に関する2 つの委員会報告書が注目される。その2 つの報告書では, xx委員会とxx委員会による提言がなされている。
1 xx委員会の提言
xxxx教授( 当時) を委員長として発表された日本生産性本部『適正利益計算基準』[日本生産性本部, 1964, pp.21 -22]は,価格計算方式, 適正利益率算定の方式, 許容原価などについて論究している。当委員会は, 非許容原価 47 を
「適正利益の計算において, 調達物品等の原価に算入することが許容されない項目」として定義づけている。そのうえで,xxxついては,「原価計算制度において原価に算入しない項目( 非原価項目)」であるという理由から, 非許容原価の1 つとして位置づけられた48 。
2 xx委員会の提言
xxxx授( 当時) を委員長とする産業経理協会においてもたれた「装備品等調達に伴う原価と価格に関する基本問題の調査研究会」[ 産業経理協会, 1971, pp.14-15]では,次のような理由から,支払xxに関する非原価性が強調された。
「『 訓令』 の支払xxに関する規定は ,『 物価統制令』 を基礎とし, 第 29 条第 9 号で支 払xxを計算価格に算入し,コ ストとしている 。資 金コストとして原価に算入するならば,
47 読者は既にお気づきと思われるが, 本章では「 非原価」 と「 非許容原価」 を明確に区別している。 非原価というときには, 製品原価算定や財務諸表の作成において原価に非ざるケースを含意する。 一方, 非許容原価の語は, 契約原価に含めることが許容されないことを含意するものとして,両者を明確に使い分けている 。「 適正利益計算基準」は,わが国で非許容原価の語を用いている数少ない文献の1 つである。
48 このxxxx教授を中心とする委員会には, xxx, xxxx, xxxxx, xxxx, xxx, xxxxxxxx, 当時代を代表する専門の研究者が参集していた。 その研究成果は, 現在の米国政府の連邦調達規則 ,国 防連邦調達規則-補足の骨格となっている契約価格と利益の算定基準において( 簡潔にではあるが) 述べられている。 ただ, 誠に残念なことであったが, その後の日本の研究者と政府関係者は, この優れた研究成果をほとんど顧みることがなかったのである。 なお, xx委員会がxxを非許容原価として位置づけたのは, 当時は高く評価されていた「 原価計算基準」の影響があったように思われる。
負債xxだけでなく, 経営資本に対する計算xx 49 も算入すべきである。 棚卸資産には負債による資金ばかりでなく, 自己資本による資金も投下されている。したがって, 負債xxは資本xx費の一部にすぎない。」「 一方,『 原価計算基準』 は, 原価の本質は, 経済価値の消費 ,給付 関連性 ,経 営目的消費 ,正 常性の4 つにあると規定している 。x x費用は,財貨等の生成および消費の過程たる経営過程以外の活動である財務活動によって発生し たものであるから, 原則として, 原価を構成しないものとされる。したがって支払xxは非原価項目とされるのである 。」「また, 支払xxを原価項目とすると, 借入資本の多い企業は多くの支払xxを原価に算入することができる。支払xxを含む総原価に一定の利益率が乗ぜられるので, 他の費用に変化がないとすれば, 支払xxの多い企業ほど利益額は増えることになる。つまり, 支払xxを全額保証したり, それに見合って利益額が増える方式は望ましいとはいいがたい 。」
1971 年の産業経理協会の「装備品等調達に伴う原価と価格に関する基本問題の調査研究会」50 は,1962 年制定の「基準」が世界に類をみないほど優れた原価計算の基準であると多くの研究者によって信じられていた当時としては, xxしただけでは, 至極妥当な見解であるように思えたであろう 51 。そのためもあって,1964 年の日本生産性本部「適正利益計算基準」については,殆ど顧みられることはなかったのである。
ただ, ここで主張されている論理の展開は, xxx分類した第1 の論点( xxを製品原価算定と財務諸表作成目的の原価として認めるか否か) であればそのまま妥当する。しかし, 第3 の論点( 契約価格算定のための原価として許容できるか否か) のために, 製品原価算定や財務諸表作成を主目的とする「原価計算基準」の見解を契約価格の算定基準の検討にもそのまま適用することが妥当であるか否かについては, さらなる検討が必要であろう。
49 機会原価としての自己資本xx。
50 この調査委員会の見解は, 当時の日本会計研究学会では財務会計と管理会計の最高位の研究者として高く評価されていた故xxxx手になるものであり,加えて ,「 原価計算基準」が高く評価されていた時代背景を考えれば, 日本の大多数の研究者と実務家がこの見解を絶対的なモノと信じたであろうことをうかがい知ることができる。
51 現在でも「 基準」 を絶対無比とする見解があるが, 現実には ,「 基準」 には数多くの欠点があることを知るべきである。現時点でみる限りにおいて ,「 基準」の最大の欠点は,その歴史観にある [ xx, 2014, pp. 1 - 10]。 本章での論点は ,「 基準」 の主要な目的は財務諸表の作成, 原価管理および予算管理にあるので ,そ れを契約価格の算定目的にそのまま活用することの妥当性を問うものである。
7 「許容」原価性: 国家, 社会は何を許容するのか?
原価計算には, 製品原価の算定, 財務諸表の作成, 原価管理, 予算編成, 業務的・戦略的な経営意思決定, 価格決定など多様な目的がある。製品原価の算定,財務諸表の作成,原価管理,予算編成のための原価計算は,「基準」に準拠して実施すべきである。他方, 戦術的・戦略的な経営意思決定や契約原価算定のための原価計算は, 原価計算制度とは別のシステムとしてもたれるべきである。「異なる目的には異なる原価 」52 が必要なのである。
本来,「訓令」で問われるべきは,財務報告や原価計算制度上のxxの扱いではなく, 契約価格算定のための原価計算である。それゆえ「訓令」では, 原価か非原価かではなく, 許容原価か非許容原価かが議論されるべきであった。米国では原価計算基準も連邦調達規則も, 契約原価算定のための基準・規則である。それゆえ, 借入資本xxに関して問われるべきは, 原価か非原価かではなく, 当該原価を契約価格に算入することが許容できるか否かの判断材料となる原価の許容性―許容原価(allowable costs) か非許容原価(unallowable costs)か
― (FAR 31.201 -6)なのである。
以上の考察により, 契約価格算定においてわが国でしばしば議論されてきた
「xxの原価性」の問題は, 正しくは「xxx許容原価性」として論じられるべきであったという結論が導かれる。
まとめ
本章では, 防衛装備品の契約価格との関連で, 借入資本xxの原価性と許容原価性を考察してきた。その目的のため, まず初めに, 借入資本xxの原価性に関して, 過去において2 つの問題― ① 製品の原価計算と, ② 固定資産の取得原価にxxを加算するか否か― が論じられてきたことを検討した。その結果,
① 製品の原価計算は, 非原価として扱うことで決着したこと, および② の借入資本xxの固定資産への計上については日本では費用処理, 米国基準と国際財務報告基準では資産計上と, 日本は米国・国際基準と異なった扱いをしている
52 クラークによる名言 ,「 異なる目的には異なる原価を」[ Clxxx, 0000, p. 181 ] 参照。
ことを明らかにした。そのうえで,「訓令」に見られるように,日本の立場が米国と異なることが防衛装備品におけるxxの資産計上に少なからぬ影響を及ぼしている可能性があることを示唆した。
以上を明らかにしたうえで, xxx原価性に係わる議論には, 第3 の論点―
③ 契約原価算定において借入資本xxを原価の一要素として許容するか否か―の存在があることを明らかにした。さらに,1975 年の「訓令」の改正では,改正前では生産者の論理が尊重されていたが, 改正後には消費者の論理が尊重されるに至ったとする仮説を提示した。そのような変更がなされた背景には, 3つの要因― ① 衆議院予算委員会での当時の防衛産業保護政策への批判, ② 適正利益算定基準でのxxは非許容原価だとするxxxx教授( 当時) の見解, および③ 「装備品等調達に伴う原価と価格に関する基本問題の調査研究会」によるxxxx授( 当時) の「基準」を論拠とする「訓令」批判― が少なからぬ影響を及ぼしていることを明らかにした。
以上から, これまでの議論では防衛装備品の借入資本xxの問題への議論ではしばしば「基準」を論拠とする議論がなされてきたが, 契約価格の算定との関係では「xxの原価性」ではなく, 第3 の論点である「xxの許容原価性」が議論されるべきであることを提案した。その提案の根底には, xxx利益と同列として扱うのではなく, 資本コストの1 つとして認識すべきであるという著者の主張がある。
参考文献
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第3章 製造間接費の配賦に加工費率を活用することの是非
はじめに
製造原価を計算するには, まず, 製造にかかった直接費を製品に直接的に賦課( ないし直課; direct charge) する。たとえば, 自動車製造におけるボディとかシャフトの原価は, 個々の自動車の原価に直課することができる。ところが, 間接費は製品に直課できない。たとえば, 自動車の生産に使われる機械の減価償却費は, 何らかの基準を使って個々の自動車に合理的な方法で負担させなければならない。その方法のことを原価計算の理論では配賦(allocation) 53 といい, そこで使われる基準のことを配賦基準という。
製品の製造に必要とされる間接費のことは, 製造間接費といわれる。仮に配賦される製造間接費が機械の減価償却費であれば, 自動車の生産に要した機械時間( machine-hour; マシーンアワー法) を使って配賦するのが合理的である。製造間接費が機械の保守要員の賃金であれば, 作業時間(man-hour;マンアワー法)によって配賦するのが適している。電力料であれば,自動車1 台の生産に要した実際の電力使用量, または想定される電力の予定使用量に基づいて配賦するのが合理的である。現代の原価計算理論と実務では, 製造間接費と製品との間で合理的に説明できる因果関係を見出し, 最も妥当な因果関係に基づく配賦基準を選択して製造間接費を配賦する。
現代の主要文献では見ることはないが, xx[1941, pp.260 -261]では,売却時間配賦法という名称で紹介されている配賦法があった。売却時間配賦法とは,一定期間の直接賃金に製造間接費を加算し, それを直接作業時間で除した商を配賦率として特定製造指図書の直接賃金と製造間接費となす方法である。直接
53 原価を個別の製品に直接的に負担させることを賦課( 直課 ), 多くの製品に間接的に負担させることを配賦という。
賃金が製造間接費と平均されて配賦率と交じってしまうので要素別に可視化できないことと原価統制上の不便はあるが, 賃金と間接費が同時に算出されるという実践上の簡便さのゆえに, 賃金格差の少ない小規模工場では売却時間配賦法でも不都合がないという54 。
現在のわが国では, 一般に, 直接労務費, 間接材料費( 例; 工場消耗品費),間接労務費( 例; 工場現場の保守要員の給料), 間接経費( 例; 電力料), および直接経費55 ( 例; 外注加工賃) を合わせたものを, 加工費(conversion costs)と呼ぶ。防衛省「訓令」では, 製造間接費の配賦に, 加工費の概念がxxに亘って使われてきた。その理由の1 つは, 日本ではいまでも一部の論者の間では最も高い権威を誇っている561962 年大蔵省( 現・金融庁) 制定の「原価計算基準」( 以下,「基準」) で, 加工費工程別総合原価計算(「基準」26)と, 個別原価計算における加工費の配賦(「基準」34)を許容していることが大きな影響を及ぼしている。いま1 つの理由には, 上述の売却時間配賦法が影響を与えている可能性がある。
米国の防衛問題専門家の A 氏は,新日本有限責任監査法人での対談のなかで,日本の防衛産業の原価計算制度について, 次のように述べている。
「 日本の企業のコスト集計は, ドンブリ勘定方式になっており, 米国国防省の求める基準を満たしていない。設計担当者の労務費と組み立て作業者の労務費は, 金額も性格も大きく違うはずなのに, それをプールしており, しかも細かい作業時間の記録もつけていない。 これでは, 費用の配賦も適正にできず, どうにもならない 。」
最初にこの会議録を見たときには, その真偽のほどを疑うこともあった。しかし, 製造間接費の配賦に加工費を使うことを万一「訓令」が許容しているとすれば, 原価計算研究者の1 人として, 認めがたい方法であると考えたのである。
54 本書は防衛装備庁のxxxxxの提供による。 なお, 本書によれば, 売却時間配賦法は見積原価には使用可であるが, 実際原価を算出する際には望ましくないと述べている。
55 「 訓令」 では, 加工費をもって, 直接労務費と製造間接費からなるとしている。
56 現実には, もはや時代の趨勢にキャッチアップできなくなっているだけでなく, 現代の日本の会計基準や国際会計基準にそぐわないといった綻びが目立ってきている。 xx [ 2014 (b), pp. 1 - 10] を参照されたい。
偶々, 日本を代表する防衛装備品の契約業者 10 社( 20 名) と防衛省の契約担当官約 30 名に米国の契約原価算定の現状と「訓令」の問題点を説明する数回の機会を得た。そこで, 防衛省・契約業者の参加者には, 随分と時間をかけて, 加工費による製造間接費配賦を「訓令」で許容していることの問題点を説明した。結果, その場では全員の理解が得られたように思われた。
しかし, その後, 契約業者である企業および政府関係者のなかから, 米国との共同開発においても加工費による配賦基準を使用することが許容されるのではないかとの意見が強まってきていることを知る機会を得た。勉強会への参加者は, 加工費による製造間接費の配賦が契約原価の算定上の問題になり得ることは理解できたものの, もし海外との防衛装備品の共同開発で相手方が日本の例外措置を認めてくれるのであれば, 現状是認の立場を貫くべきではないかとするものである。加工費による製造間接費の配賦が可能であれば, 企業にとって簡便であり好都合である。それゆえ,企業側の言い分は実によく理解できる。
とはいえ, 50 年以上も前( 現在の「 訓令」の原型は 1962 年) とは違って,現在ではパッケージ・ソフトを活用すれば製造間接費の配賦を理論通りに実施することも難しいことではない。何よりも, 多くの企業が旧式の卓上計算機やパンチカード式の計算機を使って計算することを前提にして制定された「基準」や「訓令」制定当時とは異なり, 現在では最新のパッケージ・ソフトを使えば理論的にも世界に恥じることのない製造間接費の配賦を低コストで算定することが可能になる時代である。
本章の目的は, 世界の主要国との防衛装備品の共同開発が喫緊の課題となってきた現在, 以上のような問題意識をもって, 今後とも引き続き加工費を製造間接費の算定のために用いることが妥当であるか否かを検討することにある。
1 加工費の意義と問題点
加工費(conversion costs) とは,原材料を完成品に変換するための,直接材料費を除くすべての製造原価要素である[Hoxxxxxx, 2003, p.43]。しかし一方では, 加工費が直接労務費+ 製造間接費 [Xxxx and Usry, 1980, p.47; Haxxxx
and Moxxx, 2011, p.1006] からなるとする見解[xx(x), 2014, p.30] 57 もある。日本の製造現場では, 古くから直接経費の存在が認識されてきた。そのため
もあり, 日本で加工費というときには, 多くの米国文献に倣って, 直接労務費と製造間接費からなると解する見解[ xxx, 2001, p.155] が見られなくはないが,「基準」をはじめ多くの日本文献では,加工費は式1 のように表されるとする見解が一般的である。
加 工 費 = 直 接 労 務 費 + 製 造 間 接 費 + 直 接 経 費 式 (1)
では, 日本文献でも加工費の具体的な費目に直接経費が含まれていない見解が散見されるのはなぜか? 以上で述べた米国の見解に従っているということのほか, それを明らかにするためのカギの1 つに, 次の理由がある。
「材料を加工するための原価を, 加工費という。加工費の内容は業界によって異なる。つまり,(イ)直接労務費と製造間接費とを合わせて加工費という( この場合は, 加工費中に直接経費は含まれない) 業界もあれば, (ロ) 直接材料費以外の製造原価を加工費という( この場合は,加工費中に直接経費が含まれる)業界もある」[ xx, 2000, p.14]。
なぜ業界によって加工費の概念が異なるのか。その疑問を解くには, 個別に直接経費の費目を精査する必要がある。直接経費には, 外注加工賃, 特許権使用料, 段取費, 仕損費, 特殊な機械の賃借料・製図費・試作費・デザイン費などがある58 。これらの費目は, 企業・業界によっては存在しない。
直接経費があるのにそれを製造間接費の計算に含めてしまうと, 次のような不都合な事態が想定される。① 直間比率が変わってしまう。② 直接経費が製造間接費に埋没されてしまうので, 原価計算で得られた結果が現場の実態を反映しなくなる。③ 直接経費を製造間接費から区別しない場合には, 原価の発生原
57 英国文献では,米国文献とは違って,直接経費( direct expenses) が認識されることが多い。たとえば, ビッグ[ Bigg, 1962, p. 50 ] では, 直接経費として, (a) 特殊機械の賃借料, (b) 特許権, デザイン料, 工具, ( c) パイロット品の実験用器具, ( d) 設計者等のフィー, ( e) 特定の地区への旅費, (f) 特殊の材料の搬入費用, ( g) 設計費, ( h) 仕損費, ( i ) 特許料, ロイヤリティーがあげられている。
58 「 訓令」 では第 33 条において, 直接経費として, ① 設計費, ② 検査費, ③ 専用冶工具費, ④ 機械および装置費, ⑤ 工事費, ⑥ 試験研究費, ⑦ 開発費, ⑧ 技術提携費, ⑨ 工業所有権使用料, ⑩ 特別諸掛が列挙されている。 これらのなかには, 試験研究費や開発費のように, 間接経費にもなり得るものが含まれていることに留意すべきである。
因を明確に可視化( 見える化)できない。以上の意味で,直接経費の可視化は,日本の現場の生産管理にとって大きな意義をもってきたといえる。
直接経費は,「訓令」において,日本の実務をも勘案して厳密に定義づけられている。しかし,「訓令」の加工費を活用した製造間接費に眼を転じると,事態は全く異なってくる。加工費は, 計算の簡素化と原価管理のためには企業にとって非常に使いやすい概念ではある。しかし, xx性が求められる分野に加工費の概念を利用することには大いに問題がある。
2 日本の「基準」と「訓令」における加工費の配賦
「訓令」は,「基準」が制定されたのと同年度(1962 年)に制定された。「基準」の制定は, 貿易自由化と資本自由化を控えて日本が大きく発展を遂げるために制定されたという背景もあって, 大袈裟な表現かもしれないが, 国をあげてのxx事業であった。「基準」制定のために,当時の大蔵省の企業会計審議会委員には, 当時の日本会計研究学会での最高の権威者が参画した。そのことを勘案しただけでも,「訓令」が「基準」から多大な影響を受けたことは当然とも思えてくる。そこで次に,「基準」と「訓令」が加工費をどのように規定しているかを考察する。
1 「基準」における加工費の扱い
「基準」(34)では,「直接労務費と製造間接費とを分離することが困難な場合その他必要ある場合」に限って, 加工費配賦率の使用を許容している。
「個別原価計算において, 労働が機械作業と密接に結合して総合的な作業となり, そのため製品に賦課すべき直接労務費と製造間接費とを分離することが
困 難な場合その他必要ある場合には, 加工費について部門別計算を行い, 部門
加工費を各指図書に配賦することができる。部門加工費の各指図書への配賦 は, 原則として予定配賦率による。予定加工費率の計算は, 予定間接費配賦率の計算に準ずる。」(下線は著者挿入)
「基準」の解説書では,以上のような規定が設けられた理由として,「部門加工費をは握することは, 原価管理の観点からも, 価値の高い方法である」 [ x
x他, 1963, pp.137 -138]との解説を加えている。現代とは違って, 原価計算制度が整備されていない状況のなかで制定された「基準」においては, 計算の簡
便 性と原価管理の推進( 下線は著者挿入) が, 財務諸表の作成と並んで重要な
政策課題であったからだと解することができる。
2 「訓令」における製造間接費の配賦と加工費の活用
「訓令」(第 60 条)では,製造間接費の計算との関係で,「製造間接費の額は,次に掲げる計算式により計算する」とされている。これは極めて理に叶った計算法である。式2 を参照されたい。
製 造 間 接 費 = 工 数 × 製 造 間 接 費 率 式 (2)
しかし,「訓令」の第 61 条の第 2 項では, 次のように述べることで, 次のように述べている。曰く,「当該事業における製造間接費の計算が一般管理及び販
売費59 と混同していると認められる場合にあっては, その製造間接費率は, そ
の内容により, 製造間接費率及び一般管理及び販売費率相互間の率を修正して計算した率とすることができる」( 下線は筆者挿入)と規定しているのがそれである。しかし, 現代の企業会計の基準では, 製造現場で発生する製造原価と本社で発生する一般管理費, 販売活動の結果発生する販売費を峻別して管理することが前提になっている。日本国内では中小企業の現場をも配慮した優れた規定ではあるが, もし大企業でもこの条項の適用が許容されているとすれば, 国際的にみて今後ともこの規定を活かし続けるべきかについては, 議論のあるところとなろう。
「訓令」第 35 号の第 63 条(平成 27 年 10 月 1 日)では,「加工費率, 加工割掛率, 機械加工費率, 作業量加工費率, 単位加工費率( 以下「加工費率等」という。)は,賃率等及び製造間接費率等の複合率として計算するものとする。ただし, 調達物品等の特殊性により直接材料費を包括して加工費率等を計算する
59 一般管理及び販売費の語は ,「 陸軍軍需品工場原価計算要綱」 を引き継いでいる。 現代では, 会計の諸基準, および原価計算の理論・ 実務では, 販売費及び一般管理費の呼称が一般的になってきている。 ただし, xx品に比べて防衛装備品では販売促進費は実質的に不要であることなど, 防衛装備品では販売費の重要性が後退していることには留意すべきである。
ことが適当と認められる場合は, 当該計算によることができる。」としている。その解説として『防衛省 中央調達の手引( 改 平成 26 年)』では, 加工費の計算方法と題して,「通常の場合,直接労務費と製造間接費とを合算して加工費として一括計算する方法をとっている場合が多い。このため経費率計算調書には,
率及び製造間接費率を区分して表示することなく, これを複合して加工費率
としている場合が多い。」( 下線は筆者挿入) と述べるとともに, 加工費率が賃率と製造間接費率の複合率であるとも述べている[ 防衛基盤整備協会, 2015, p.5-47]。併せて,加工費率算定に至るまでの相互関係が,図1 のように図解されている60 。
図 1 製造原価, 賃率, 製造間接費率との関係での加工費率
直接材料費 | |||
間接材料費 | 間接材料費 | ||
直接労務費 | 直接労務費 | ||
間接労務費 | 間接労務費 | ||
直接経費 | |||
間接経費 | 間接経費 | ||
( 賃 率 )
材料費
製造
務
原 労
価 費
経費
(製造間接費率)
製造間接費
(加工費率)
間接経費
間接労務費
直接労務費
間接材料費
加工費
期 x x 数 期 x x 数 期 x x 数
「訓令」は, 加工費についても, 直接的・間接的に「基準」の影響を受けて制定されている。つまり,「訓令」では,「直接労務費及び製造間接費は, これを包括して加工費とする」61 (「訓令」第 39 条( 2))。そして加工費の額は,式3に掲げる計算式によって計算する(「訓令」第 62 条)。
加 工 費 = 工 数 × 加 工 費 率 式 (3)
日本企業では, 現場では伝統的に, 作業に要する所要時間にムダやムリがな
60 図1 で,製造原価には日本の「 基準」および工場現場の慣行に従って直接経費が含まれている。しかし, 加工費率の計算には, 米国方式のように, 加工費のなかに直接経費が含まれていないことに注目されたい。
61 ここでは ,「 基準」 ではなく, 米国流の加工費の概念( 加工費= 直接労務費+ 製造間接費) が使われていることに留意されたい。
いかを厳密に検討し, 非能率を排除するのに, 工数管理(man-hour control) が実施されてきた。工数とは, ある作業( または仕事) を達成するのに要する作業量のことと定義づけられる。「訓令」で,工数は,概ね,① 実作業時間( 直接作業時間),② 就業時間または就業日数,③ 標準作業時間( 標準工数)に分類できる。工数には,主作業時間だけでなく,準備時間( 正味準備時間+ 余裕時間)が含まれる[防衛基盤整備協会(a), 2015, pp.5.31 -32]としている。
加工費には, 直接労務費のほか, 製造間接費が含まれる。直接労務費は原価計算対象に賦課すれば済む話であるから, 製造間接費に直接労務費を加えた加工費を活用して製造間接費を配賦する必要はないはずである。それにもかかわらず, なぜこの規定が設けされたのか? その理由としては, 情報技術や原価計算システムの未発達な制定当時(1950 年代から 1960 年代初頭)の時代背景の下で, 計算結果の合理性や正確性よりも, 企業の便宜性を優先させて制定された
「基準」に倣ったからだと思われる。
「訓令」( 第 62 条 第 2 項)では,「製造設備,工程又は生産様式の差異により前項の規定によりがたい加工費の額は, それらの事情を考慮のうえ, 次の各号に掲げる計算式のいずれかにより計算することができる」とされている。式4から式7 を参照されたい。
(4) 加 工 費 = 直 接 材 料 費 × 加 工 割 掛 率 式 (4)
(5) 加 工 費 = 機 械 工 数 × 機 械 加 工 率 式 (5)
(6) 加 工 費 = 直 接 作 業 量 × 作 業 量 加 工 費 率 式 (6)
(7) 加 工 費 = 作 業 量 × 作 業 係 数 × 単 位 加 工 費 率 式 (7)
式(4)は,間接材料費に対する配賦額を加工費の一費目として算定するための算式である。なお,「訓令」の解説では,「この場合の加工割掛率は賃率と共通経費率との複合率である」[防衛基盤整備協会(a), 2015, pp.5.47] とされている。式(5)は,間接労務費( 例; 機械の保守要員の労務費)を配賦するための配賦率にマシーンレート(機械率)法を用いて間接労務費を配賦している。式(6) は, 間接労務費(例;手作業による労務費)にマンレート(作業時間率)法を適用したものである。最後の算式である式(7)は,諸種の間接経費の配賦額算定のた
めの公式と思われる。
では, 加工費による製造間接費の配賦がなぜ妥当でないのか。その理由は,製造間接費に直接労務費を含めて配賦すると, 米国の主要なジャーナルの1 つである The Accounting Review 誌で論じられているxx品から防衛装備品への原価の振替( コスト・シフティング)[Lichxxxxxxx, 0092, p.741; Rogexxxx, 0092, pp.671-690]と類似の現象が起きる余地が生じるからである。
では次に, 米国における原価計算基準や規則において, 加工費法を許容するような基準または規則が設けられているか否かを考察しよう。
3 米国における製造間接費の配賦に関する基準・規則
米国では, 日本とは違って, 財務諸表の作成を主目的とする会計諸基準のほか,契約原価算定のために 1970 年代から 1980 年にかけて会計検査院の下で制定された原価計算基準審議会(Cost Accounting Standards Board; CASB) による原価計算基準(CAS) がある。それに加えて,主要省庁を対象にした連邦調達規則(Federal Acquisition Regulations; FAR ) がある。
CAS が規定する間接費配賦の基本的な要請は,「間接費と原価計算対象の便益に基づくか, 因果関係に基づいて, 合理的な比率で間接費を原価計算対象に配賦しなければならない」としている。ただし, 間接費の多くが管理とか監督にかかわる費目であるときには, 管理または監督される活動を代表する基準によってよい。では, そのような制約がないときには, 間接費の配賦尺度として何が使われるべきか。CAS は, 現代の原価計算の理論通り,
① 資源の消費尺度
② アウトプット尺度, または
③ 資源の消費額を表わす代理変数
によらねばならないとしている(CAS 418 -40(c)(2))。
適用される技術( 手法)との関係では,実際原価の他,標準原価,( 若干の条件下での労務費については) 予定原価が活用できる(418-50(a))。配賦は間接労務費と間接材料費に区分して行われるのであるが, 同種の間接費プールごとに配賦が行われるのであれば許容される。コスト・プールにおけるすべての重要
な活動の原価が原価計算対象に対して同種の因果関係または便益をもたらす関 係がなければ, 同種とはみなされない(418-50(b)(2))。では, 同種とは何か。 CAS の現代的解説版といえる Government Contracts Reporter [ 2012, pp.260] によれば, 間接費勘定にあるすべての重要な活動の原価が, 原価計算対象に対 して同じあるいは類似の便益や因果関係を有する場合, および原価を個別に配 賦すれば結果として得られる配賦額が大きく異ならない場合であるとしている。重要性の判断は, Subpart 9903.30562 によって判断する。
以上で見た通り,CAS には,加工費に関する記述は見当たらない。加工費は直接労務費のほか間接材料費, 間接労務費, 間接経費など異種の原価要素からなるから,当然だともいえる。CAS に照らしたとき,加工費を用いて製造間接費を配賦することは許容されないであろう63 。
会計検査院制定の米国の原価計算基準のような“ 基準” は解釈によって意見が分かれることがありうる。しかし,基準とは違って,〝規則“( 例; 連邦調達規則) は解釈を変えることができない。政府の規則である連邦調達規則(FAR)では, 製造間接費の配賦に関して, 次のように規定している。
「原価が, 受け取る相対的な便益またはその他のxxな関係を基に1 つ以上の原価計算対象に賦課または割り当てられていれば, 配賦可能である。換言すれば,次の条件に合えば原価は政府の契約に配賦ができる。(a)とくに,当該契約のためにその原価が発生したとき,(b)当該契約および他の作業に便益を及ぼし,受け取られる便益との合理的な比率でそれらに配賦できるとき,または(c)特定の原価計算対象とは直接的な関係は見られないが, 事業の全般的な業務の遂行に必要なとき」(FAR 31.201 -4)である。
個々の間接費毎に因果関係を勘案して原価計算対象に配賦するのであれば,間違いなく許容される。では, 直接労務費と製造間接費とを合算した加工費を活用して原価計算対象に配賦することは許容されるであろうか。(c)のようなときには, 加工費の適用が認められる可能性がないとはいえない 64 。
62 この条項は, FAR- Appendix Cost Accounting Preambles and Regulations の CFR 9903 . 305 Materiality の条文の一部である。 具体的には, a から f まで6 つの例示があげられている。
63 CAS の適用範囲(contract coverage) は, 2012 年には 5 , 000 万ドルと定められている。 客観的な規準があれば, その基準に従うのがよい。
64 仮に認められるとすれば,先に述べた FAR Subpart 9903. 305 の解釈を変えるか弾力的に解釈することになると思われる。 が, FAR は規則であるから, 解釈の変更は難しい。
以上の議論から明らかなように, すくなくとも原則的には, 米国では契約原価算定のために「訓令」で許容している加工費を製造間接費の配賦に適用することが難しいことが明らかになったであろう 65 。
4 加工費による製造間接費の配賦への批判的見解
加工費を活用して製造間接費を配賦する方法に対する批判的見解は, 2016年度になってようやく見られるようになった。1 つは, 平成 28 年度の「行政事業レビュー」で示された見解である。いま1 つは, 米国の防衛問題専門家の B 氏から示された見解である。
1 平成 28 年度「行政事業レビュー」での加工費への批判的見解
平成 28 年 6 月 30 日に実施された平成 28 年度「行政事業レビュー」において, 行政改革推進本部事務局が指名した外部有識者の1 人として, 慶応大学大学院 経営管理研究科のxxxxxxから,加工費を製造間接費に活用すること
による製造間接費の歪みに関して, 質問が提示された[防衛省, 2016, pp.56 -57]。xxxxの質問のポイントは,「直接労務費の割合が高いということですね。直 接労務費を加工費に入れて配賦してしまっているので,見かけ上,( 製造間接費 率の; 筆者挿入) 割合が高いということですね。直接労務費を除く割合は, 1 割, 2 割という程度」に集約できる。
xxxx質問に対する防衛省の説明では,「訓令」で認めている現行の加工費による製造間接費の配賦が不適切だとは言い切れない理由として,大蔵省( 現・金融庁) の企業会計審議会によって制定された「基準」が公に認めているのだから,「訓令」がそれを認めるのは妥当であるという説明であった。以下の防衛省側の反論がそれである。
「… これは,企業会計におきまして実践規範とされる原価計算基準にも当然適ったやり
65 このように, 日本とは違って, 米国では原則的な方法を貫くことができたのに反して日本での
「 訓令」 で例外事項が多いのは, 日本で見られるような, ① 自衛隊に対するアレルギーの存在, ②防衛産業に対する過剰なまでの厳しい批判的な意見, ③ 日本の防衛セクションの相対的な低い利益率, ④ 数多くの中小企業の存在, ⑤ 大学によっては防衛省関係の研究を禁止するなどによって, 本格的な研究者が極めて少ない ,と いった背景が複合的に絡み合っているからであるように思われる。
方でございますので, 一般的には妥当なものと考えているところでございます 。」
問題の核心を突く質問に関する議論は, 実質的にそこで終わっている。しかし, 問題は,「基準」が認めているのであるから,「訓令」が認めるのは当然だとする説明にある。
2 加工費率を製造間接費に適用することがなぜいけないのか
防衛省の説明がなぜ妥当ではないのか? 防衛省からの説明が適切でなかったと思われるのには, 次の3 つの理由がある。
第1 は,制定当時としては,「基準」もたしかに世界に誇れるほどの素晴らしい原価計算の基準であった。しかし,「基準」制定から半世紀以上を経た現在, 1950 年代後半から 1960 年代初頭にかけての原価計算の理論と実務を土台として制定された当時とは大きく変化・進化し, 現在では「基準」が社会規範たる役割を果たしえなくなっている[xx, 0014(b), pp.1-10]からにほかならない。
第2 は, 製造間接費の配賦に加工費率を適用することで, コスト・シフティングを許容することになるからである。図2 を参照されたい。
図2 金融庁「基準」と防衛省「訓令」の配賦と賦課
加工費率
金融庁
「基準」
基準,訓令
原価計算の主目的
費 目 製 品 の 類 型 配 賦
防衛品 B
xx品 A
財務諸表の作成と経営管理
xx品 A
直接労務費 | |
配賦 | |
製造間接費 | |
賦課
防衛品 B
防衛品 B
xx品 A
防衛省
「訓令」
契約価格の算定
図2 では,1 つの工場内でxx品 A と防衛品 B を生産しているものと仮定する。金融庁の「基準」によれば, 財務諸表の作成と経営管理を主目的とする原価計算では, 製造間接費に直接労務費を含めた加工費率を活用することで企業の便宜性と原価管理の有効性を高めることができる。それゆえ, 直接労務費はxx品 A と防衛品 B に賦課し,製造間接費は直接作業時間や機械時間,直接労務費など適切な配賦基準を用いてxx品 A と防衛品 B に配賦すべきである。「基準」が許容しているという理由から, 加工費率を使って製造間接費の配賦を行うことは妥当性を欠く。それを検証するためには, 製造間接費率と加工費率と題する本章末の計算例を参照されたい。
第3 は,「基準」と「訓令」とでは目的が異なることにある。防衛装備品の予定原価算定に求められているのは, 財務諸表作成, 原価管理, 予算統制といった企業の経営目的ではなく,正確かつ合理的な予定価格の算定にある。「予定価格算定基準訓令逐条解説」[海上幕僚監部経理補給部, 1963, p.4] でも述べているように,「計算価格の本質はその正確性にあると考えられる。計算価格が正確
性を失った場合は,これを基準として決定される予定価格は,その意味を失う」
(下線は著者挿入)。
クラーク[Clarx, 0023, p.181] が述べているように「異なる目的には異なる原価」が用いられなければならない。つまり, 財務諸表作成を主目的とする原価計算の結果得られた原価が「基準」にとって妥当であるからといって, 合理的かつ正確な契約原価算定を目的とする防衛装備品の契約価格の算定にもその原価が妥当性をもつとは限らないのである。
以上3 つの理由から,“ 原価計算基準が認めている” という理由から「基準」によって算定された原価を予定価格算定のための「訓令」にそのまま適用しようとするのは, 筋が通らない話なのである。
2 米国の防衛問題専門家 B 氏の見解
2016 年 7 月 7 日に, 米国の防衛問題専門家 B 氏と対談し, B 氏からわが国の加工費による製造間接費の配賦に関する見解を伺う機会を得た。 B 氏は,この問題に関して, 次のように答えてくれた。
「 原材料費以外の原価をもって加工費と称しているのは, 日米とも同じである。日米の処理が違っているのは, 直接労務費である。米国では, 特定の原価はブレークアップ( 分解 )して いる 。しか し ,日 本の契約企業では ,直接 労務費も含めて加工費とするとともに,それの比率でもって製造間接費を配賦している。それはオーバーアロケート( 過剰に配賦していること) だと日本の業者には指摘してきた 。」
B 氏によれば,コンサルタントとして訪問した日本企業の製造間接費の配賦をみると, 日本では米国とは違ったやり方をしていることを発見したという。米国では直接労務費は別の分類( 加工費から直接労務費を切り離すの意) によって会計処理している。他方, 日本の契約業者の実務を見ると, 原材料費以外はすべて加工費を基礎にした1 つの配賦率で配賦している。
日本の契約業者には,加工費による製造間接費の配賦を行うべきではない( 直接労務費を配賦率の計算に含めるべきではない) と指導してきた。なぜなら,直接労務費も加工費に含めてしまうと, 同一の部門で生産される民需品に比べて, 防衛装備品に過大に配賦される可能性があるからであるという。
3 加工費による製造間接費の配賦がなぜいけないのか
最後に, 製造間接費を直接労務費と合算して製造間接費を算定することがなぜいけないかを, 理論的に確認しよう。同一の会社で防衛装備品と市販品を生産しているときには, 防衛装備品の製造間接費を多く負担させることで, 企業は市販品から防衛装備品に合法的に原価を付け替えることで防衛装備品から多くの利益を得ることができる。これを米国では Cost Shifting( コスト・シフティング;原価の付け替え)と呼んでいることは,第1 章で明らかにした。では,日本にはコスト・シフティングが見られないのか。それが製造間接費の配賦に加工費の活用を許容していることにある。
「訓令」( 第 60 条)では, 製造間接費を工数に製造間接費率を乗じて計算(製造間接費= 工数×製造間接費率)すべきものと規定している。これが理論的に妥当な方法である。しかし他方で, 日本では原価管理と業務の簡便性という理由から加工費による計算が許容されている。そのため,「訓令」( 第 62 条)では, 加工費を工数に加工費率を乗じて(加工費= 工数×加工費率)計算するものと規
定している。
この「訓令」のお墨付きには,1962 年に制定された「基準」を活用している。すなわち,「個別原価計算において,労働が機械作業と密接に結合して総合的な作業となり, そのため製品に賦課すべき直接労務費と製造間接費とを分離することが困難な場合その他必要ある場合には,加工費について部門別計算を行い,部門加工費を各部門に配賦することができる。…」(「基準」34)とする規定がそれである。
「基準」が認めているから契約原価を算定する目的のためにも許容されてよいとするのは誤りである。その理由は,「基準」の目的は財務諸表の作成や原価管理などマネジメント上の目的にあり,CAS のように,xxで正確な価格を算定することが目的とするものではないからである。
著者からはギャレットの著書[Garrxxx, 0010, pp.50 -51]を示して, 米国にお いても, 減価償却費, 旅費などを含めて製造間接費の配賦に直接労務費によっ て配賦しているが, これらには直接労務費との因果関係の薄い費目も入ってい るから直接作業時間法よりも計算が粗雑になる。それでも国防省ではその計算 を許容するかと B 氏に質問した。これに対して B 氏は,計算結果がより厳密な 計算とは大きく違っていないという理由から, 直接労務費によって配賦することが許容されるとの回答であった。( 米国の製造間接費の配賦の実際については,防衛基盤整備協会の報告書[xx, 2015, pp.45 -49]を参照されたい)。つまり, 製造間接費を直接労務費で配賦するのは大雑把に見えるかもしれないが, 製造 間接費の多くは現場作業員の直接作業時間あるいはその代理変数として, 直接 労務費と比較的近い因果関係をもっているから許容されるのである。著者も B氏の見解と全く同意見である。
数多くの日本の契約業者の指導に当たってきた米国の防衛装備品に関する契約価格,原価,利益の専門家である B 氏の指摘は,日本の原価計算の実務がドンブリ勘定であるという A 氏の指摘66 を含めて, 著者にはすべて同意できる内容であった。
66 2014 年 6 月 2 日の意見交換会では, 出席者はグレンハート氏, ジェイコブ氏( 以上, Ernsx & Xounx ), およびガーモン氏( 当時は新日本監査法人) の3 氏であった。
まとめ
本章では, 日本の「訓令」で許容されている製造間接費の配賦に加工費を使う方法が理論的に妥当性をもつか, また, 欧米の主要国との防衛装備品の共同開発において, 今後とも従来のような製造間接費の配賦に加工費の使用を続けることが妥当であるかの問題を検討した。
この目的のために,まず初めに,加工費の意義を明らかにした。続いて,「基準」では工程別原価計算に加工費法が簡便法として許容されてはいるが, 研究者の間でも, 加工費法を「基準」が許容すべきではないとする内外の有力な見解があることを明らかにした。また, 加工費を用いて製造間接費を配賦する方法は,1940 年代に日本に紹介された売却時間配賦法に依拠している可能性を示唆した。著者の見解では,「基準」が加工費法を許容しているのは,「基準」の目的が財務諸表の作成, 原価管理, 予算統制を目的とし, それに加えて, 計算の簡便性が配慮されているからであって, 計算結果の正確性が損なわれたにしても,「基準」では企業の便宜性のために簡便法が許容されるに相応しい合理的な理由がある。しかし, その目的が「訓令」のように契約価格の算定にあるときには, 結論が変わってくる。政府の契約原価算定にはいかなる国においてもxx(fairness)を理念にした計算結果が求められるからである。
続いて,「基準」と「訓令」において加工費の配賦が現在どのように扱われているかを検討した。まず「基準」では, 原価管理を主目的として, 加工費予定配賦率を用いるのが価値の高い方法であるという理由から, 加工費を活用した製造間接費の配賦が許容されていることをみた。「訓令」でも,原則的には,工数に製造間接費率を乗じる方法を製造間接費配賦の原則としているものの, 加工費率の適用を許容している。現実には契約企業がその規定に従って簡便法である加工費率を適用することが可能であるが, その措置にこそ問題の根源があることを指摘した。
2014 年の防衛装備移転三原則の閣議決定以降, 米国など諸外国との防衛装備品の共同開発が始められてきた。このような時代に, 日本だけが 1960 年代の初頭に制定された「訓令」の基本的な枠組み( その1 つが加工費による製造間接費の配賦) をそのまま使い続け, 諸外国には例外措置を認めてもらう努力
を続けていくべきか, それとも, 新しい制度の制定には数多くの困難が待ち受けても,「新しいワインは,新しい革袋に盛る」べく努力を尽くすべき時期がきていると見るべきか。契約企業も防衛省も, そろそろ決断しなければならない時が近づいてきているように思われてならない。
参考文献
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仮設例 製造間接費率と加工費率
中小企業の城西工業㈱ は, 工場で1 部門としてxx品A と防衛品B の生産を行っている。当月のxx品A と防衛品B の生産量はいずれも同じで, 20 , 000 単位であった。
直接材料費はxx品 A,防衛品 B とも同じで,単価 @ 30 千円,数量 20 ,000 単位であった。 直接労務費は, 賃率 2 千円/ 時間, xx品 A は 5 時間, 防衛品 B は 15 時間必要とされる。製造間接費は, 総額で 1 ,400 , 000 千円。うち, 間接材料費の 200 , 000 千円は, 主要材料の数量によって配賦する。間接労務費は 300, 000 千円。両者の比率は, 機械化の進んだxx品が防衛品の倍であった。間接経費の 900, 000 千円は, xx品では機械を多用するため減価償却費が多く, 間接費として扱われる保守要員が多いため, xx品A と防衛品 B との原価比率は 7: 2 になっている。
以上の資料をもとに, xx品Aと防衛品Bの製造原価を, ( 1 ) 製造間接費率によるとき と, ( 2 ) 加工費率によるときに分けて算定してください。
解答
(1)製造間接費率によるとき
x x 品 A 防 衛 品 B
直接材料費 @ 30 千円× 20, 000 = 600 ,000 千円 @30 千円×20 , 000 = 600, 000 千円
直接労務費 @ 2 千円× 5 時間×20, 000 単位 @ 2 千円×15 時間×20 ,000 単位
= 200 , 000 千 円 = 600, 000 千 円
製造間接費 総額 1, 400 ,000 千円
間接材料費 100 , 000 千円 間接労務費 200 , 000 千円 間接経費 700 , 000 千円 1 ,000 , 000 千円 | 100, 000 千円 100, 000 千円 200 , 000 千円 | 400 , 000 千円 |
製 造 原 価 合 計 1 ,800, 000 千 円 | 1 ,600, 000 千円 |
(2)加工費率によるとき
加工費率= ( 直接労務費+ 製造間接費)/ ( xx品A の時間+ 防衛品B の時間)
= ( 800 ,000 千円+ 1 ,400, 000 千円)/ 400, 000 時間= 5 . 5 千円/ 時間加工費= 加工費率×製品別作業時間
xx品A 5 . 5 千円/ 時間×100 , 000 時間= 550, 000 千円
防衛品B 5 . 5 千円/ 時間×300 , 000 時間= 1 ,650, 000 千円 製造原価= 直接材料費+ 加工費
xx品A 600 , 000 千円+ 550 , 000 千円 = 1, 150 , 000 千円
防衛品B 600 , 000 千円+ 1, 650 ,000 千円 = 2 ,250, 000 千円
参考文献
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第4章 防衛省「訓令」における利益算定の現状と課題
はじめに
本章の目的は, 防衛省の「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」
( 以下,「訓令」) において, 契約利益を算定するプロセスの現状を明らかにするとともに, 併せて, 将来のあるべき方向性を考察することにある。
その目的を達成するため, 本章では, 計算価格の算定が, 原価計算方式を基に計算価格としての予定価格が算定される場合の, 利益算定の原理とプロセスの現状分析に基づいて, 防衛省の「訓令」に基づく防衛省の利益算定の現状とその特徴, および課題を明らかにする。
1 防衛省の調達は会計法, 予決令,「訓令」によって律せられる
本章の目的は, 防衛省の「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」
( 以下,「訓令」) における利益算定の現状と課題を明らかにすることにある。防衛省の「訓令」は, 会計法と予決令( 予算決算及び会計令) によって律せられている。そのため,「訓令」における利益算定の現状と課題を述べるには,まず初めに, 会計法と予決令について触れておかなければならない。
まず, 会計法によれば, 国が契約をしようとする場合, 予定価格を算定しなければならないとされている。会計法第 29 条の6 で,「契約担当官等は, 競争に付する場合, … 契約の目的に応じ, 予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込をした者を契約の相手方とする」がそれである。
予定価格は国が契約をしようとする場合, 入札や契約に先だって予め定めなければならない制限価格である。つまり, 物品購入の場合には予定価格の金額を超えた金額で契約することはできない。予決令第 80 条では, 予定価格の決定方法として,「予定価格は契約の目的となる物件又は役務について,取引の実
例価格, 需給の状況, 履行の難易, 数量の多寡, 履行期間の長短等を考慮して適正に定めなければならない」としている。
予定価格は適正価格であり, 発注者がこれ以上の価格では契約しないと定めた上限価格である。原価計算上の理論からいえば, 予定原価は, 通常の努力によって達成可能な現実的標準原価( 当座標準原価)であるとすることが妥当[防衛基盤整備協会, 2014, p.5 -5]であるものとして特徴づけられている。
防衛省の「訓令」第3 条では, 予定価格算定の原則が,「予定価格は, 調達物品等についての調達要求書, 仕様書等, 契約方式その他の契約条件に基づき計算価格を基準として算定」されたものとしている。その計算価格は,「市場価格方式により計算する。ただし, 市場価格方式により難い場合は, 原価計算方式により計算する」(「訓令」第 4 条)。
本章では, 計算価格の算定が, 原価計算方式によって予定価格が算定される場合の,利益算定の原理とプロセスの現状分析に基づいて,「訓令」に基づく防衛省の利益算定の現状と課題を考察する。
2 「訓令」における利益の計算
「訓令」は, 制定後, 幾多の変遷67 を経た後,現在では防衛省が調達する防衛装備品の予定価格の算定に必要な事項を定めたものである。「訓令」の下で,原価計算方式において利益を算定するには,式(1)で見るように,総原価に利益率を乗じて利益を算定する(「訓令」第 71 条)。
利 益 = 総 原 価 × 利 益 率 式 (1)
式(1)は,利益が総原価に利益率を乗じて算定されるという計算構造が見えてくる。この計算構造の下では, 利益率を所与とすれば, 総原価を増大させることで利益が増大する。そのため, 企業の原価計算担当者には, 外部の政府関係
67 現行の「 訓令」 までに, 制定後数多くの改定が重ねられている。 利益の計算方法もまた, 幾多の変遷を経て現在の形になっている。 利益の概念が時代の要請によって次第に変遷してきたということである。 本間は, 利益概念等の変遷[ 本間, 2011 , p. 140 ] と利益の計算方法の変遷[ 本間, 2011 ,
p. 143 ] に分けて, それぞれの変遷のプロセスを一覧表示している。本章では, 以下で 2015 年 10 月の改正版に基づいて議論を進めている。
者が確認しにくい工数を過大に申告することで, 原価を大きくしたいという誘因をもつ潜在的可能性がある。
一般に, 原価加算(cost-plus)契約に基づく価格の決定方式では, 合理的な原価は政府が補償してくれる。そのため, 生産者の保護には役立つ。しかしその反面, 企業努力の結果が利益に反映されにくいので, 原価低減のモチベーションが湧かないことなど, これまでにも原価加算契約がもつ本質的な欠点が繰り返し指摘されてきた68 。現行の防衛省の価格決定のメカニズムでは必ずしも原価補償契約ではないものの, 一般に原価加算契約がもつ潜在的な共通の欠点は有する。そこで, それらの欠点を補うため, 防衛省の「訓令」および関連規則においては, 以下で見るような各種の対応策が取られてきた。
1 契約履行難易度調整係数
1つ目の対応策は,式(1) で総原価に乗ずべき利益率が,基準利益率(%)に契約履行難易度調整係数を乗じて計算されることにみられる。式(2)を参照されたい。
利益率(%)= 基準利益率(%)×契約履行難易度調整係数 式(2)
契約履行難易度調整係数が設けられたのは, 契約業者が契約の遂行上で困難があれば, 契約履行の難易度に応じて調整係数で契約企業のために調整してあげようという, 調達側である政府の配慮であるといってよかろう。
2 事業特性調整係数
2 つ目の対応策は,事業特性調整係数に見られる。式(2)における基準利益率 (%)は,式(3)のように,標準利益率(%)に事業特性調整係数を乗じて計算される。標準利益率を使ってはいるものの, 利益率は事業の特性によって変化するはず
68 米国では ,1917 年における諸省庁( Department of War Navy, and Commerce, the Federal Trade Commission, and the National Defense) の代表からなる省庁間代表者会議の勧告において, イギリスで原価加算方式に基づく苦い経験から, 原価加算契約( cost- plus contract) に基づく価格決定の方式を取りやめたのに倣って, 原価加算契約から固定価格に基づく契約( 原価加算調整可能固定利益契約(cost- plus adjustable fixed- profit contract)) に切り替えるべきであると勧告している[United States Department of Commerce, 1917, pp. 3 - 6]。
であるから, 事業の特性によって利益率を考慮しようとする配慮の現れであるといえる。
基準利益率(%)= 標準利益率(%)×事業特性調整係数 式(3)
標準利益率(%)を算定するには,式(4)のように,( 黒字の)製造業標準営業利益から事業に活用した標準金利( 標準経営資本×標準金利(%))を差し引き,それを標準総原価で除して算定する。製造業の標準営業利益から経営資本に係る標準金利( 計算上のxx) を差し引いているのは, 金利控除後の利益を算定しようとするためである。
標準利益率(%)= ( 標準営業利益- 標準経営資本×標準金利) × 100
/ 標 準 総 原 価 式 (4)
式(4)における標準営業利益,標準経営資本,標準総原価は,景気変動を平準化できる程度の期間に当該事業が属する業種の実績を基礎としたものによる。また, 標準経営資本の範囲は, 総資産のうち, 経営目的に直接関係する資産に限定される。
式(3)で基準利益率(%)を算定するのに活用した事業特性調整係数は, 式(5)で算定する。この規定が設けられたのは, 調達物品等の契約条件等が特殊で, 基準利益率(%)を標準利益率×事業特性調整係数で算定するのが難しい場合には,その実情を考慮して, 事業特性調整係数に必要な調整を加えることができるもの[防衛基盤整備協会, 2015, pp.5 56 -57]とされている。
事業特性調整係数= 標準経営資本回転率÷(経営資本回転率+ 当該事業の経営資本回転率)/2 式(5)
式(5)における標準経営資本回転率(%)は, 式(6)のように, 標準総原価を標準経営資本で除して算定する。また,当該事業の経営資本回転率(%) は,式(7) の
ように, 総原価を経営資本で除して算定する 69 。
標準経営資本回転率(%)= 標準総原価/ 標準経営資本×100 式(6)
当該事業の経営資本回転率(%)= 総原価/ 経営資本×100 式(7)
以上, 利益率の算定には, 個々の企業の利益率ではなく, 基準利益率や標準利益率が使われていて, 経営資本回転率にもまた, 個々の企業の回転率ではなく, 標準的な経営資本と当該事業の経営資本回転率が使われている。
3 経営資本利益率
先に式(5)~(7)で見た通り,利益率と回転率は個々の企業のものではなく, 基準または標準的な経営資本利益率が使われている。 資本利益率 (return on investment; ROI) といえば,具体的には総資本利益率,総資産利益率,経営資本利益率,自己資本利益率などが考えられるが,戦後これまで,「訓令」ではその時代, 時代の要請に適合させて, 自己資本利益率, 経営資本利益率が代替的に使われてきた。
現在では, 投資利益率としては経営資本利益率を用いることによって, 投下資本の用途を経営資本( 経営目的に活用した資本) に限定した利益率が用いられている。研究者によって意見が異なるが, 防衛装備品の契約利益には, 自己資本利益率よりは経営資本利益率の方が優れているといえよう 70 。
4 超過利益返納条項付契約
契約相手方に超過利益が生じた場合に, 当該超過利益を国に返納させる制度である。防衛省にとっては超過利益の防止の他, 価格情報が収集できる, 契約企業にとっては将来の同種契約の価格のベースになるといったメリットがあるとされている。
69 一般的にいえば, 資本利益率= 利益/ 売上高( 売上高利益率)× 売上高/ 資本( 回転率) といったように, 回転率を算定するための分母・ 分子は売上高になる。 しかし, 利益は未だ未決定であるので, 売上高を用いることができない。 そこで, 売上高に代えて総原価を用いている。
70 自己資本利益率は株主の立場から投資効率をみるには最適である。 防衛装備品事業部の投資効率をみるには, 算定の困難性を解決できれば, 経営資本利益率が防衛装備品の投資効率をみるには適している。 いずれにせよ一長一短があるが, 原価加算契約による限り, 何らかの利益算定の公式は必要となる。
超過利益が発生した場合には返納の対象となるため,「契約制度研究会」から超過利益返納条項付契約は企業のコストダウン・インセンティブが働きにくい [契約制度研究会, 2011, pp.6-7]との指摘を受けた。契約業者間にモラルハザードが起きたことやその後の対応策は, 第1 章で述べた通りである。なお, 超過利益返納条項付契約は現在,「防衛装備庁における契約事務に関する訓令」の第
25 条“ 確定契約” の第 3 項で, 一般確定契約との並びで「確定契約であって,契約相手方に超過利益が生じた場合には, あらかじめ定める基準に従って当該超過利益を返納させることとしている契約」として定義づけられている。
確定価格契約なのであるから, 超過利益が生じればそれを政府に返納せよというのは, ある意味では至極まっとうなことではある。しかし問題は, コストが増加すれば政府がそのコスト超過分を補填してくれるのであれば, の話である。もしそうでなければ, あまりにも片務的といわざるを得ない。
以上を勘案すると, 今後ともこの種の規定を従来の延長線上でもち続けていくべきなのか,それとも,国防連邦調達規則- 補足(Defense Federal Acquisition Regulation; DFAR-S)で規定・実践されているような, コスト削減だけでなく納期, 品質, 機能, 革新性などのパフォーマンスを科学的に分析したうえで防衛省と契約業者が双務的な立場から利益が客観的に算定できる制度を充実されるべきかに関しては, 更なる検討が必要となろう。
5 インセンティブ契約制度
受託する企業の努力によりコストの軽減が生じた場合に, 低減額の一部を企業側に付与することにより, 企業のコスト低減への動機づけ( incentive; インセンティブ) を高め, 併せて調達価格の低減を実現する制度である。インセンティブ契約制度は, 1999 年に導入された[ 防衛基盤整備協会, 2015 , pp.4 - 13 ]。これは, 調達価格の低減が可能な企業の技術または製造ノウハウを活用した技術提案を契約企業から受け,官側において審査の上,価格低減額の 50%を提案料として契約ごとに 5 年の期間の間支払うという制度である。
ただし,実際の活用例はご多分に漏れず, 1999 年導入から 2007 年までに2 例にとどまっていた。2008 年からは技術提案だけにとどまらず,設備投資や生産管理の改善等様々な低減努力を対象に加えるとともに, 各年度のインセンテ
ィブ料の配分額を柔軟化した。さらに,2013 年度からは,契約制度研究会で提案された, 企業のコスト削減に向けた一層の意欲を引き出すための施策を講じている。
6 作業効率化促進制度
契約を締結している相手方に係る作業に際し, 現状の設備, 工程等を大幅に変更することなく, 作業効率, 作業者や設備等の生産資源の活用率を向上するために作業効率の実態調査・分析を行い, 作業効率化の方法について装備庁と相手方が共同で探究し, 事後の契約に反映させる制度である。制度適用の対象は原価計算方式によって算定されていて, 随意契約で契約がなされているもののみが対象になる[防衛基盤整備協会, 2015, pp.4 -14]。
防衛省では,2012 年にこの制度を改善し,企業が製造工程上の作業のロスなどを排除する作業効率化によってコストダウンを約束した場合に, 一定の条件の下で, 削減される工数の 50%をインセンティブ料として認める制度とした。また 2013 年には, 大幅なコスト削減を行うことを約束した場合には, 当該契約( 制度の適用決定から最大 5 年度の間に締結される契約) を随意的な契約とする制度を試行した。
3 防衛省の契約利益算定方式の特徴
以上, 防衛省の現在の契約利益にかかわる「訓令」とその関連規則に見られる計算構造には, 次の4 つの特徴が浮かび上がってくる。
1 契約算定方式の4 つの特徴
第1 に,「訓令」の予定価格の算定には,市場価格方式のほか原価計算方式が使われている。市場価格方式は, 市場価格その他売買の基準となる価格を基準として算定される見積価格をいう。他方, 原価計算方式は, 計算価格を構成する要素について企業会計原則 71 等を援用して計算価格を計算する方式をいう
71 「 訓令」 が制定された 1962 年当時には ,「 企業会計原則」 と「 原価計算基準」 が重視されていた。 しかし, 現在では企業会計基準委員会が発表している会計基準, 財務会計基準審議会の FAS,
(「訓令」第 2 条(4), ( 8))。
第2 に,「訓令」の標準利益率の計算には,「当該事業の属する業種の実績値を平均した標準値」(「訓令」第 76 条の第 3 項)が使われている。標準経営資本回転率の計算においても, 当該事業の属する業種の実績を平準化した平均値 (「訓令」第 76 条の第 6 項)が, 規定上では使われるはずである72 。
第3 に,「訓令」では,契約履行難易度調整係数と事業特性調整係数によって利益を補正している。その意図は, 個々の企業のパフォーマンスの良し悪しではなく, 同じ事業・同じ業種であれば原則として契約業者を平等に扱い, そのうえで, 事業特性や難易度を勘案することで補正しようとすることにある。
第4 に, 利益の額は総原価に利益率を乗じて算定する仕組みになっているので, 総原価を増大すれば利益が増大するという計算構造上の仕組みから, 契約企業には原価を増大させたいという潜在的な誘因が生じる。逆に, 原価低減のインセンティブは湧いてこない。そのため,「訓令」では,次のような契約企業に原価低減努力を促すための種々の方策が準備されている。
第5 に,「訓令」とは別に,装備施設本部( 現防衛装備庁)の契約制度として超過利益返納条項付契約 が, そしてインセンティブを付与することが必要な場合にはインセンティブ契約制度 が設けられている。
要するに,「訓令」では,基本的に,契約利益は総原価の額によって増減されるとともに, 個々の企業のパフォーマンスの如何にかかわらず効率的な企業も非効率的な企業も平均的な数値で利益を算定し, 必要に応じて契約履行難易度調整係数や事業特性調整係数によって補正していることが明らかになる。
2 「訓令」がなぜ難解なのか?
「訓令」を中心とする契約制度は実によく練られてはいる。しかし, 専門用
国際財務会計基準の発表する IFRS などにも目を配らなければならなくなってきた。また, 1962 年に発表された「 原価計算基準」 を参照するに当たっては, ① 「 原価計算基準」 が財務諸表の作成,原価管理,予算統制等経営目的のために設定されているのに対して ,「 訓令」は終局的には適正な契約価格への役立ちを指向していること ,お よび ②「 原価計算基準 」の 制定から半世紀以上経た現在,ソフトウェアやサービスの原価計算に対応できていないことなどにも留意する必要がある。
72 「 訓令」 では, 業種の実績の平均値となっているが, 現実に, 契約企業によっては異なる製品を開発・ 生産している企業などがあるため, 手続き上で業種別の平均値を算定することは難しいとも思われる。
語の使い方などにも随分とムリ筋と思えるところも少なくない 73 ためか, 利益算定の原理とプロセスは原価計算の専門家ですらすぐには理解できない“ 難解”な内容からなっている。それでは,「訓令」がなぜ専門家にも難解な内容になっているのか? xx的には, わが国の政治体制, 歴史, 文化, 企業の組織風土,防衛産業に対する国民の意識74 , およびわが国を取り巻く政治的・経済的・軍事的環境などの諸要因によって形成されてきたからである。しかし, 管理会計の立場から検討する限り,その原因を解く重要なカギは,「訓令」が原価計算方式に固執してきた結果にあるといってよいように思われる。
そのため次には, 問題の根源とも思われる原価計算方式に基づく原価加算契約75 の長所と短所を検討し, 今後とも原価加算契約のみを使い続けていくことの妥当性を考察することにしたい。
4 原価計算方式の理論的な妥当性
「訓令」の最大の特徴は, 市場価格方式によりがたいときには原価計算方式によるとされていることである。原価計算方式の狙いは, 契約原価の算定に当たって,生産者に製品やサービスの原価を〝合理的″ に補償できることにある。政府の調達品の価格契約では, 少なくとも生産者の原価を補償できることが最低の必要条件であることから, 戦前・戦後を通じて原価計算方式が用いられてきたことには, それなりの十分な理由がある。
「訓令」では,調達物品等の計算価格は「市場価格方式により計算する」。しかし,市場価格方式により難い場合には,「原価計算方式により計算する」(「訓
73 「 訓令」では ,「 一般管理及び販売費, xx並びに利益は, これらを包括して総利益とする」( 第 39 条・ 第 3 項)と規定されている。 総利益というと, 会計学の常識からすれば, 売上総利益( 売上高- 売上原価 )と 思いがちである 。し かしここで総利益 は( 一般管理及び販売費+ xx並びに利益)とされていて, 会計学の常識とは全く異なる新しい概念である。 また, 一般管理及び販売費は, 現在では販売費及び一般管理費と呼称されている。 販売費と一般管理費の順序が逆なのは, 防衛省では販売費の比率が低いからであろう。
74 xx[ 2016 , pp. 1 - 17]は, わが国の防衛産業について, 次の特徴をあげている。 それは, 防衛事
業が企業の一部門でしかなく防衛部門の売上高も低い( 防衛事業比率は三菱重工 9%, 三菱電機 3%,xxxx 7%,NEC 3 % など) ため企業内での防衛生産・防衛技術の重要性の位置づけが低いこと, レピュテーション・ リスクが輸出の足踏みをさせていること, 防衛輸出産業は武器輸出案件の創出に消極的であることなどである。
75 「 訓令」 では, 原価計算方式に基づく計算体系をとってはいるが, だからといって, 厳密にいえば原価加算契約によっているとはいえない。 しかし, 一般的にいえば, 両者は密接に関連する。ここでは, 一般論としての原価計算に基づく原価加算契約として議論している。
令」第 4 条)。原価計算方式による場合の利益の計算は,総原価に利益率を乗じて計算する。多様な価格算定の方式を用意してある米国の防衛省の契約価格算定方式に比較すると, 原理的には, 総原価に利益を加算して製品価格を決定する方法が, 戦後のわが国の防衛装備品において主要な価格決定の方式として用いられてきた。著者には, これらのことが「訓令」の表現をことさら理解しがたいものにしている最大の原因ではないかと思われる。
原価加算契約の最大の利点は,その単純さ(simplicity),ないし分かりやすさにある。日本の経営者は経営の手法に分かりやすさを求める傾向が強い。著者もこの日本人経営者による単純さを求める特徴には賛同する。市場や競争状況を勘案することの意味が比較的低い政府への調達品の契約価格算定に原価加算契約が用いられるのには, それなりの意味がある。原価加算契約のいま 1 つの利点は, 原価加算契約では帳票類をもとにした会計制度に基づいて原価の正当性が立証可能であるので, 原価の妥当性(cost justification) を証明しやすい。このような理由から, 建設業, 防衛産業, 公益事業などでは, 原価加算契約によることが一般にもよく知られている。しかし問題は, 原価加算契約には少なからざる欠点があることにある。xxとダッジ[Xxxxx and Xxxxx, p.1995] は, 防衛装備品に関する原価加算契約に関する3 つの問題点を指摘している。
1 . 市場の環境を無視している。製品の価格が原価をもとにして算定されたにしても, その製品の利用者の得られる便益は, 原価に比例していない。
2 . 固定費の存在による生産数量の増減によって起こる原価情報のゆがみに よって製造間接費の配賦方法の違いによる潜在的な不正の原因になりうる。
3 . 操業度を高めれば固定費の存在によって単位原価が低下し, 逆に低操業度は単位原価を高めるなど, 循環論法に陥りがちである。
著者には, 環境変化の激しくなってきた現代の社会では, 以上に加えて, 新たな課題が問題を複雑にしているように思われる。それは, リスク 76 とパフォーマンスの違いを契約原価にどのように取り込んでいくかの問題である。
4 . 現行の原価加算方式では, リスクとパフォーマンスの要因を契約価格に
76 著者は, 1980 年代に, 経団連( 当時; 現在の日本経団連) の防衛産業委員会から ,“「 訓令」 で用いている自己資本利益率が低すぎるので, 利益にリスクを加味した方式を提案” するよう依頼を受けた。 そこで, 三菱重工業と石川播磨重工業( 現・ IHI) の社員と共に複数の企業を訪問し, その結論として, 自分なりの報告書を提出したことがある。 ただその報告書は, その当時の国民感情を考慮して, 最終的には国会提出が見送られた。
自動的に含めることが難しい。革新的な技術にはリスクが付き物であるが,リスクを加味した新たな契約方式を考案しない限り, リスクを伴った革新的な製品開発にかかわる契約価格の設定は困難ではないかと思われる。
仮に防衛装備品の契約に原価補償契約が適していることが明らかであった場合でも, 契約担当官が政府に負担のかからない固定価格方式を主張したとすれば, 米国の契約業者はどう対応すべきか。
スタンベリー[Xxxxxxxxx, 2013, p.226] は, 一般的には, 契約遂行上で生じ るリスクから自らを守るために, 契約業者は契約見積価格を大幅に膨張させ ることになる潜在的可能性があるという。そこで政府の契約担当官がなしう ることは,交渉(negotiation) 契約77 の手続きを通じて, 適切な原価を話し合 いのなかでリスクの負担関係を決定していくのが最善の解決策になるという。
防衛省も, 現在の「訓令」が抱える問題点を理解すると同時に, 昨今において高まりつつある防衛装備品の開発と生産におけるリスクへの対応と, パフォーマンス基準に基づく新たな規定の必要性を十分に認識するとともに,新たな事態への対応策を真摯に検討してきた。具体的には, 2015 年 10 月 1日に発足した防衛装備庁の基本方針の1 つでは, 1962 年に防衛庁訓令第 35号として発表され爾来改定を繰り返しながら活用されてきた「訓令」について,「多様化する契約形態に対応した利益率の計算が必要」[防衛省 装備政策課, 2015, p.11 ]であると述べるとともに, 2015 年から 2016 年にかけて「リスクシェア型インセンティブ契約」の制定に向けて既に十数回に及ぶ防衛装備庁内部での検討が行われてきた。ただ,「会計法」の制約のなかでの一部修正・改正は, 所詮, 抜本的な施策になり得るかは疑問である 78 。
5 防衛省における原価計算方式の特徴
防衛省の契約価格, 契約原価, 契約利益算定の原理は, 戦後一貫して市場価
77 negotiation に基づく契約は, 商務契約と訳されることがある。またその内容は随意契約と同じと表現されている著書・ 論文もある。 しかし, negotiation は交渉が正しい訳語である。
78 防衛省が作成した『 リスクシェア型インセンティブ制度』 の原案を見せられた著者は, ただ一言 ,「 仏は立派に作られたものの,魂が入っていないように見える」とだけ述べた。率直な感想であるが ,「 会計法」などの制約のなかで苦労して作成されてきた防衛省の担当官の努力に対して,たいへん申しわけないことを申し上げたと思っている。 短い言葉のやり取りで, 自らの見解を述べることはできなかったのである。 本章の執筆を決断したのは, そのときである。
格方式のほかは原価計算方式に基づく予定価格によってきた。原価計算方式としては, 予定価格に基づく契約によっていることは既にみた。わが国の防衛省の契約価格, 原価, 利益算定方式は, アメリカの国防省のそれとは全く違っている。国防省方式では, 原価補償契約(cost reimbursement contract) 79 と固定価格契約の枠組みのなかで,確定価格契約など 20 前後もの契約形態が用意 [DFAR-S SUBPART 215.4] されていて,リスクやパフォーマンスの違いなどの諸条件を検討の上で, 政府と契約業者が納得できる契約形態になっている。
日本の防衛省の契約利益の算定の方式では, 可能な限り契約企業をxxに扱いうる方式として, 原価の計算には原価計算方式を活用し, 利益の算定には経営資本利益率を活用している。しかし, 各企業をxxに扱うということは, 革新的な技術開発を行う能力をもち経営効率や品質・性能が優れている企業も,著しく劣る企業も同列に扱うこと― 平等という名の不平等― になる危険性がある。そこで, 原価加算契約を前提とする防衛省の契約利益算定の方式においても, 事業の難易度・特性, および企業別のパフォーマンスを加味しリスクの高まってきた時代の要請に適合させるために, 個別的に問題を解決するよう種々の対応策が設けられてきた。
具体的には, 利益率の算定に経営資本利益率を活用するとともに, 契約遂行の難易度, 事業特性の相違, パフォーマンスやリスクの違いを利益に反映させるため,「訓令」では,契約履行難易度調整係数,事業特性調整係数が設けられている。加えて, 装備施設本部( 現防衛装備庁) の契約制度として, 超過利益返納条項付契約, インセンティブ契約制度, 作業効率化促進制度が施行されている。これらの制度は, 原価加算契約のもつ限界を克服すべく設けられたものである。
日本の防衛省方式に対して対照的なのが, 米国の国防省における契約利益と契約価格の算定方式である。米国の国防省の契約方式を一言で表現すれば, 予め多様な契約形態を用意しておいて, 契約担当官と契約業者による交渉の結果として( 通常は政府が) 特定の契約形態を決定し, 発生した原価と諸条件をもとに契約利益算定の公式に当てはめて契約利益および契約価格を算定する。
79 防衛省の原価計算方式は, 国防省の原価補償契約とは異なる。 防衛省の原価計算方式に基づく予定価格は「 発注者が“ これ以上の価格では契約しない”と定めた上限価格(「 上限拘束性」を有する価格) であり, 予算価格に近い」[xx, 2013 , p. 38 ]。
防衛産業では情報の非対称性が存在するので, モラルハザードが生じる危険性を内在しているという防衛装備品調達の実態を考えると, 米国における契約利益の算定方式は極めて合理的な制度として設計されているように思われる。
6 契約制度研究会の報告書とインセンティブ制度導入の条件
「訓令」に固有の問題点は, 契約制度研究会によっても指摘されてきた。契約制度研究会( 委員長; xxxx早稲田大学大学院会計研究科教授) は, 2010年に防衛省・自衛隊内に設置された。その目的は, 防衛装備品の高度化や取得数量の減少に伴い, 単価の上昇と維持・修理経費の増大による取得経費への圧力が強まるなか, 防衛省と企業の間の契約の制度的側面について, 防衛省における原価計算のみならず, 会計, 流通・マーケティング, 企業法務, 公共通達等, 窓口の広い観点から, 新たな発想も取り入れることにある。
2011 年の契約制度研究会報告書では,予定価格の算定方法等に関する検討に関連して,「契約相手方のコストダウンのインセンティブを十分引出し,PBL 80 のメリットを享受するためには, できるだけ早期に確定価格方式を実現すべきである。しかしながら,日本においては,PBL は官にとっては未知数の契約方式であることから, 当初は適正な対価を支払うという関係が構築できないというリスクを伴う。このため, より大きなパフォーマンスを実現した場合に報償を支払い, 期待されたパフォーマンスを達成できなかった場合にはペナルティを課すといった,インセンティブ契約の導入が検討されるべきである」[契約制度研究会(a), 2011, p.6] と述べている。加えて,「契約制度研究会報告書の概要」 [契約制度研究会(b), 2011, p.3] においては,「PBL 契約に関しては, できるだけ早期に確定契約方式を実現すべき81 」だとしている。
2011 年報告書が指摘している,インセンティブ契約の導入と数種の契約方式
80 PBL( Performance - Based Logistics; 成果保証契約)は, 装備品の可動率の向上とコスト抑制を図る[防衛省, 2016, p. 317 ] ための経営管理の手法であり, 現在, 防衛省で積極的に取り組み始めている。
81 2015 年に新たに制定された「 防衛装備庁における契約事務に関する訓令」( 第 24 条) では ,「 確定契約とは, 契約金額( 契約金額が変更された場合には, 当該変更金額をいう。 以下同じ) をもって支払われる代金( 以下「 代金という 」) の金額を確定している契約をいう 。」 と定義づけている。ただ, 確定契約が超過利益返納条項付契約であることは明示されているものの, 国防省に見られるような多様なバリエーション( 本書の第 8 章を参照されたい) が準備されている固定契約は想定されていない。
の実現を促すこれら報告書の提案には, 同意すべき内容が含まれている。
2012 年の契約制度研究会報告書 では,超過利益返納制度条項付契約の絞り込みと, 企業のコストダウン・インセンティブを引き出す契約制度の拡充を指摘していることが注目される。超過利益返納制度条項付契約 に関しては, この制度には, 次の問題点があるという。① 企業努力により生み出される利益まで返還させる内容であるため, 企業側の原価低減意欲を損なう。② 企業に, 虚偽のコストを申告する等の過大請求の誘因となる。③ コスト増となっても契約金額を増加させないといった片務的側面がある。以上の理由から, 当研究会は当該条項の安易な適用を控えるように促している。適切な指摘である。
インセンティブ契約制度 についても, 所定のインセンティブ料を受け取るには, 複数年度連続して同種契約を継続受注することが必要となる。しかし残念ながら平成 12 年度までの旧制度では,これらの制度を利用した契約についても,一律に「原則一般競争契約」を適用する運用となっていた。2012 年度の報告書ではこのこともインセンティブ契約制度や作業効率化促進制度の企業側からの利用が進まない一因とも思われると指摘されていた。
インセンティブ契約制度に対する防衛省の対応は, 旧制度を大きく前進させるものであった。すなわち,防衛省の装備施設本部では,2013 年に,新インセンティブ契約制度を施行した82 。それによると, ① ( 原価改善の事後に制度適用が申請できるような) 申請方法の新設, ② ( 原価低減の規模や提案時期に応じた)インセンティブ料金の引き上げ,③ コスト削減額が契約金額の 20%を超える約束をした場合の随意契約化, などの改善を実行した。
防衛省は, 今後ともなお一層, インセンティブ契約制度に改善が加えていくことによって, 契約企業が原価低減という意味でのパフォーマンスを向上させるモチベーションを高める制度を構築されていくことを期待したい。
82 防衛省の装備施設本部によれば, インセンティブ契約制度変更の経緯は, 次のとおりである。
①減価提案制度の試行について( 平成 11 年度 ), ② インセンティブ契約制度の試行について( 平成 14 年度 ), ③ インセンティブ契約制度の試行について( 平成 20 年度改正 ), ④ インセンティブ契約制度について( 平成 25 年度 )。
まとめ
本章では, まず初めに, 防衛省が採用している「訓令」を中心にして, 防衛省における利益の計算方法を検討した。次に, 防衛省においてxxに亘って採用されてきた原価計算方式を現状のままで使用し続けることが現代社会においても通用するかに関して疑問を呈示した。契約利益算定という面から見た防衛省の規程類の最大の特徴は, 防衛省では利益の業界平均値等を利用することでパフォーマンスが悪い企業でも可能な限り平等に扱っていることと, 原価計算方式が使われていることに見られることを明らかにした。
米国の契約価格算定の方式を徹底的に研究・分析し日本でも適用可能な制度を導入することで, 現状で見られるようにパフォーマンスの高い利益率を誇る企業の契約担当者からは常に不満の声が聞かれるといった事態が回避されることが期待される。日本を代表するある企業からは, 防衛事業部の経営資本利益率は当社全体の利益率より数パーセント低いので, 常にわれわれは肩身の狭い思いを強いられているという声がしばしば聞かれた。防衛省の幹部からも同様の声を聞くこともあった。当初は, 誇張された表現ではないかとして聞いていたが, 米国の国防省の利益率算定の方法を併せて研究することではじめて, 日本の業者から発せられるクレームがxxであることがハッキリと理解できてきた。要するに, 現状での防衛省の契約利益の算定方式はインセンティブ契約制度などで多少の補正の余地は残されているものの, 原則的にはすべての企業にとって平等になるような仕組みが作られている。換言すれば, 経営資本利益率が平均以下の企業も平均値に近い利益が得られるような仕組みである。そのことは, パフォーマンスの優れた企業にとって不満であることを含意する。このような契約利益算定の原理とプロセスが日本でなぜ形成されてきたのであろうか。また, 果たしてそのような仕組みを持続させることが, 今後の防衛産業にとってだけではなく, 日本の将来にとって最善の道なのであろうか。
競争市場においては,世界的な規模に亘って熾烈な企業間競争が続いている。パフォーマンスに優れ, チャンスを確保するとともにリスクを適切に回避して革新的な製品を次々と生み出し, ユーザーが真に欲する企業のみが競争市場では生き残っていく。それが自由主義経済下における企業間競争の現実である。
このような競争社会にあって, 防衛産業のみが保護主義的な平等主義を貫ぬくことは, 近い将来, 契約制度上で防衛装備品の調達に関連して大きな足かせになりはしないであろうか。
「訓令」はこれまで, 国内の政府調達に適した規定として制定されてきた。日本を取り巻く国際情勢も比較的穏やかであった。しかしいまでは日本を取り巻く情勢もまた大きく変化してきた。一方「訓令」は,1962 年に制定されて以降, 敗戦後の混乱期を過ぎてこれから日本が産業界で大きく飛躍しようとしている平和時に制定された原価計算方式による予定価格の算定という基本的な契約形態にほとんどメスが入れられていないまま残存している。
2014 年には,第二次xx内閣において「防衛装備品移転三原則」が閣議決定され, 今後は他国との共同開発や輸出の機会が今まで以上に増大することが予見される。その際, 実務的には勿論のこと, 理論的に見ても仮に他国と比較して劣る基準や規則を持ち続けることは, 日本の国際的地位を低下させることは必定であるように思われてならない。その結果, 諸外国との交渉において, 日本企業が不利な立場に立たされるかもしれない。加えて, 南沙諸島や尖閣諸島を取り巻く情勢と同盟国との共同生産といった新たな情勢は, 従来の「訓令」のあり方をxxから見直す必要性をわれわれに突き付けているようにも思われる。
幸いにして, インセンティブ契約制度にも改善が加えられ, 契約企業にとってパフォーマンス向上の努力が動機づけられるような兆しが見え始めた。近い将来, 共同開発や武器輸出の可能性の最も大きいと予測される米国の契約価格算定の原理とプロセスの本格的な研究を通じて, わが国の防衛装備品調達の基準や規則を見直す必要があれば, 官民学が協力して, 官民のリスク負担をxxにするための多様な契約方式の導入に向けた検討を行うべき時期にきていると考えるのである。
参考文献
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契約制度研究会( a)「 防衛装備品に関する契約制度の改善方策について- PFI を活用した複数年度契約, PBL を中心に- 」 2011 年 4 月.
契約制度研究会( b)「 契約制度研究会報告書の概要『 防衛装備品に関する契約制度の改善方策について』- PFI を活用した複数年度契約, PBL を中心に- 」 2011 年 4 月.
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第5章 PBLの意義, 適用事例, 理論的根拠と課題
はじめに
本章の目的は, 日本の防衛省でも 2016 年度から試行段階83 に入った PBL の意義や現状を明らかにするとともに, 主として米国文献をもとに, PBL84 を紹介する。加えて, 防衛省では今後どのような取り組みが必要とされるのかについて著者なりの見解を述べ, 併せて PBL の課題, および PBL の理論的根拠と留意点を考察する。
1 PBL の理論的根拠と防衛省での PBL への挑戦
PBL は, パフォーマンスの購入( 例; 戦闘機であれば, 戦闘能力) にその本質がある。加えて, 対価を支払うのがインプット( 例; 原価) に対してではなく, アウトカム(outcome; 成果) 85 であることに PBL の特徴がある。
1 PBL の意義とその役割
防衛装備品は,xx品に比べて耐用年数が相対的に長い。PBL の典型的な対象は, 航空機や艦船である。耐用年数が長いために, 管理すべき原価は開発・生産段階で発生するコストだけでなく, 運用や支援のために発生するコストを含むライフサイクルコストを管理することが必要となる。防衛装備品の可動率
83 2017 年度以降, PBL 導入ガイドライン改正の検討にあわせて本格的導入に向けて検討する。
84 DAU[ 2005 ] は PBL を国防省の立場から PBL を取り上げている 。他 方 ,Ge ary and Xxxxxxx[ 2008 ]は, 契約業者の立場から論じている。 これら2 つのアプローチに対して Xxxxxxx[ 2008]は, 個々のテーマに対する政府・契約業者両者の意見・見解を整理している。著者は Xxxxxxx による政府・契約業者からのアプローチを採用しているために, Xxxxxxx に依拠するところが多い。
85 ビジネスにおいて, インプット( input; 入力) に対するアウトプット( output; 出力) とは, 投入された資源に対してどれだけの製品が生産されたかを表わす。 アウトカム( outcome) というときには,投入された資源によってどんな成 果( 達成された成果 )が 得られたかを表現する 。先 の例によれば,生産された製品の稼働率, 品質, 安全性, 収益性など多様な“ 成果” を表わす。 アウトカムを測定するには, 稼働率, 品質, 安全性などの KPI や収益性などの CSF が用いられる。
や信頼性を確保するためには, 保守の作業量に応じて支払うのではなく, 稼働率などのパフォーマンスに応じて, ライフサイクル全体に亘る検討が必要となる。このような発想から生み出された手法が PBL である。
PBL における L(ロジスティックス)の意味について, 軍事用語とビジネス用語86 との違いを明らかにしておこう。航空機や艦船といった防衛装備品のライフサイクルコストは,①構想段階,② 研究開発段階,③ 量産( 調達) 段階, ④運用・維持整備段階,⑤ 廃棄という5 つの段階に区分される87 。xx[2013, p.54 ]によれば,「原価面から見ると,維持整備段階で発生する原価は,全体の半数以上のコストを占める」という。軍事用語で兵站(logistics) というときには, 一般に, 防衛装備品の調達, 補給, 整備, 修理, 人員・装備の輸送, 展開, 管理運用までを総合的に表現する。
PBL は,xxにおいて防衛装備品の運用・維持整備を管理するために,1990年代後半88 から実践的に取り組まれてきた手法である89 。PBL の最も著しい特徴は, 対価を支払うのがインプット( 作業量) ではなく, アウトカムに対して対価が支払われることにある。換言すれば,PBL で防衛装備品の対価が支払わるのは, 維持・整備に費やされた原価に対してではなく, 達成された防衛装備品のパフォーマンスに対して支払われることを含意する。
国防取得大学(Defense Acquisition University;DAU)の見解によれば,PBLの目的は, 防衛装備品を取得するというよりもその「パフォーマンスを取得すること」[DAU, 2005, p.2 -4]にある。また, PBL の最も重要な意義は, 信頼性を高めるのと同時に運用・維持整備にかかわるコストの低減を通じて, 契約業者に原価低減のインセンティブを与える上での価格算定上の取り極めが含まれていることにある[DAU, 2005, p.3 -24]という。
86 たとえば, xxxxとケラー[ Xxxxxx and Xxxxxx, 2009 , p. 501 ] は, マーケティング分野でのロジスティックスを market logistics と呼んで ,他 の意味でのロジスティックスと区別している 。な お,物流のロジスティックスは, 現在では, その焦点がロジスティックスからサプライチェーン・ マネジメントに移行している。
87 民間であれば, 製造業者のライフサイクルは, ① 研究開発, ② 企画・ 設計, ③ 製造, ④ 販売促進, ⑤ 物流, ユーザーのライフサイクルは, ⑥ 運用, ⑦ 保守, ⑧ 処分[xx, 2015 , p. 393 ] と考えられる。 ただし, 防衛省の文献でも本文の分類の他, xx[2013 ] は, ① 構想開発段階, ② 調達段階,
③ 維持整備段階に区分していることに了解されたい。 なお, 防衛省では, 少なくとも建前上は, 構想と開発は政府の役割である。 また, 米国で保守は米軍( 工廠) が行うのに対して, 日本では企業が行うのが原則である。 優良企業にとって, 保守は開発などに比べると利益の薄い仕事である。
88 PBL の最も初期の事例の1 つは, 空軍の F- 117 ナイトホーク, ステルス攻撃機のための主要な支援センターであった[ Xxxxx and Xxxxxxx, 2008, p. 5 ] 。
89 PBL の歴史は, Xxxxx and Xxxxxxx [ 2008, pp. 10 - 12] を参照されたい。
米国の国防省では,PBL を「統合ロジスティックス・チェーンと官民のパートナーシップを実現し, パフォーマンスを調達することで武器システムのレディネスを改善するための製品支援戦略である。PBL の骨格は,部品や技術サービスをインプット尺度ではなく, 統合的なパッケージとして, 武器システムの支援を購入することにある」[Wynne, 2004, p.4] と定義づけている。
米国会計検査院(Government Accountability Office; GAO) は,防衛ロジスティックスと題する Highlights(GAO-09-41)を通じて,国防省の PBL の特徴を次のように特徴づけている。
「 2001 年 ,国 防省は PBL を兵器システム支援戦略と位置づけている。国 防省では ,P BL
を パフォーマンスのアウトカムを購入 することであると位置づけている」(GAO, 2008, p. 1 )。
PBL には,パフォーマンスのアウトカムの購入という特徴の他に,一度限りではなく長期にわたる防衛装備品の維持・整備のための方法論という特徴もある。つまり,PBL を適切に実施すれば, 政府にとっては費用対効果の高い, 信頼できるシステムのパフォーマンスが得られるとともに, 契約業者にはより多くの利益を与えるアプローチである。さらに,PBL は政府と契約業者の間におけるコラボレーション前提としている[Xxxxx and Xxxxxxx, 2008, pp.3-5]ともいえる。
PBL は国防省(DoD) において全プログラムのうちどの程度まで導入が進んでいるのか。表1 は, その実施状況である[Xxxxx and Xxxxxxx, 2008, pp.15]。
表1 国防省における PBL の実施状況
全プログラム | 現プログラム | PBL の予定 | 合 計 | |
x x | 60 | 18 | 28 | 46(77%) |
海 軍 | 85 | 25 | 50 | 75(88%) |
空 軍 | 70 | 33 | 17 | 50(71%) |
国 防 省 | 215 | 76 | 95 | 171(80%) |
表1 で, 合計欄のパーセントは, 全プログラムのうちでの PBL の実施状況で
ある。ただし,表の数値には,タイヤなどの部品の PBL を含んでいない。調査年度は 2006 年。空軍と陸軍は PBL に最も長く取り組んできたが,海軍が最も熱心な PBL 実践者である。
2 パフォーマンス基準契約の有効性の理論的根拠
製品のメンテナンスが必要とされるときに, 米国では伝統的に販売後のサービスはタイム・アンド・マテリアル契約( T&MC; 直接作業時間か材料費に基づいてサービスを購入する方法) によってスペア部品や労働用役の対価を算定されてきた。しかし, 近年では, 新しい形態のサポート契約が現れてきた。それが, パフォーマンス基準契約(Performance-Based Contracting; PBC) と呼ばれたり, パフォーマンス基準ロジスティックス(PBL)と呼ばれたりしている。
PBC では,サプライヤーは顧客( ないし政府)から実現された顧客価値のアウトカムをもとに支払われる。たとえば, 航空機の顧客は航空機の飛行時間数に比例して航空機のサービス提供者に支払う。飛行時間はエンジンのアップタイムによって影響を受けるが,それが,顧客が得た価値を決定づける。PBC はとくに航空機産業において盛んに活用されてきた。その理由は, 航空機業界においては, 顧客( 政府) とサプライヤーにインセンティブを付与することの潜在的な便益をもたらすからである。これらのことは,近年の研究[Guajardo etc., 2012, pp.961 -979]によって, PBC の活用によって製品の信頼性が改善できることが示唆されてきている。
3 防衛省における取組み
防衛省では,2001 年に PBL の導入を正式に宣言した。続いて,2003 年からは,調達規模の大きな契約について PBL 適用の候補として位置づけられた。さらに,2010 年90 には防衛省改革に係る防衛大臣指示が発表されるなど,注目すべき大きな前進が見られた。EC225LP のパイロット・モデルでの試行が行われた後,『防衛白書』によれば, 2016 年度には陸上自衛隊特別輸送ヘリコプター(EC-225LP), 海上自衛隊練習ヘリコプター(TH-135) の機体維持および陸上
90 2003 年には「 総合取得改革推進委員会」が設置された。2008 年には「 総合取得推進プロジェクトチーム報告書」が発表されている。2010 年には防衛省改革に係る防衛大臣指示が発表されているなどの他, 2010 年には大きな前進が見られた[ 防衛省経理装備局, 2011 , p. 1 ]。
自衛隊のヘリコプター(AH-64D)の構成品について, PBL 契約をもとに締結するとされている[防衛省, 2016, pp.361 -362]91 。以上のように,わが国でも,PBLによる防衛装備品の維持・整備が着々と進められてきている。
では,このように防衛省で取り組みが本格的に始められてきた PBL とはいかなるものなのかを考察しよう。ところで,PBL には多様な適用領域がある。その多様な適用領域に対応して,PBL をどのように定義づけるかについても,米国[Davis xx.xx., 2016, p.11] だけでなくわが国においても数多くの定義がみられる。そこで, 本書の目的に鑑みて, 防衛省に関係する報告書や『防衛白書』で PBL をどのように定義づけているかを見てみよう。
「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」[2010, p.35] では,「運用のパフォーマンスの達成に対して対価を付与する形態」(下線は著者挿入;以下同様)であるとしている。防衛省経理整備局政策課[2011, p.4]は,成果の達成に
応 じて対価を支払う契約方式」であると特徴づけている。また,『防衛白書』で
は,PBL をもって「装備品の可動率の向上と長期的なコスト抑制を図る観点か
ら する成果保証契約」である[防衛省, 2016, p.361] と定義づけている。
国防省の PBL との対比における防衛省の PBL の特徴はどこにあるか? 『防
衛白書』において「契約ベースで約 99 億円の経費の削減を見込んでいる」と述べられているように,日本の防衛省の PBL ではコスト抑制が謳い文句になっているところが見られる。これは,戦略性を前面に打ち出している米国の PBLとの明確な違いであるように思われる。
以上でみた通り, PBL には幾多の定義があるが, 本章では PBL がもつ「パフォーマンス基準に基づく対価支払いの契約形態」という側面から PBL の議論を展開する。本章の事例の多くは, 米空軍のケースを主要な対象にしたガードナー[Xxxxxxx, 2008, pp.17 -22]から多くの示唆を得た。一方, xxxの PBLに関しては, Xxxxx and Xxxxxxx[2008, p.141, 146, 147] を参考されたい。また, 日本の海上自衛隊との比較では, xx[2013, pp.55 -57]92 が参考になる。
91 PBL による削減効果は, EC- 225LP と TH- 135 の機体維持にかかる長期契約による縮減効果として, 約 99 億円の経費削減も見込まれるとしている。 当年度ではなく, 長期契約の効果であることに留意されたい。著者は算定基礎データをもっているわけではない。しかし, PBL は決して短期的なコスト・ カットを意図しているわけではない。 国の生死を決定づけるような長期的な効果が得られることに, PBL の大きな効果があるといえる。
92 xx[ 2013 , pp. 55 - 57] は, xxxの PBL 契約には, 3 つの原則があるという。① 5 ~ 10 年の多年
2 契約の形態とインセンティブ
優れたパフォーマンスを達成するには, 契約企業にインセンティブを付与することが有効である。国防省ではどのような形でインセンティブが与えられているのか。本節では, xxxxx[Xxxxxxx, 2008, pp.17 -22]を参考に, 契約の形態とインセンティブの関係を考察する。
PBL 契約において最も重要な成功要因は,契約業者がいかなる契約形態をとるかである。PBL に最も多く適用されてきた契約形態は,固定価格契約では確定価格契約である。原価補償契約では原価加算インセンティブフィー契約と原価加算アワードフィー契約である。ガートナー[Xxxxxxx, 2008, pp.17] 93 によれば, PBL に最も多く適用されている契約形態は, 表2 の通りである。
表2 PBL に最も多く適用されてきた契約形態
確定価格契約 | 特徴 | ① 価格は不変, ② 契約者には最大のリスク, ③ 最低の 管理費負担, ④ 望ましい契約形態。 |
適用 | ① 政府は要件定義を明確化する,② xxかつ合理的な 価格決定が可能である。 | |
原価加算インセンティブフィー契約 | 特徴 | ① 政府は許容原価とインセンティブフィーを支払う。 ② 客観的な測定目標を達成した契約業者を基準にしたインセンティブフィー, ③ 原価にはコスト・ゲインシェアリング94 ( 実際原価を目標原価と比較して, 原 価節約額をシェアする) 契約も含めることができる。 |
度( マルチイヤー) であること, ② 期間中の契約額は固定価格であること, ③ 企業利益を認めるインセンティブ契約であること。
93 ガートナーは, 原典として, DAU( 2007 ) の HP を示唆しているが, 既に削除されていた。 以下で示す表も同様である。 https:// acc. dau. mil/ Community Browser. aspx? id= 22482& Lang= en -US on 13 December 2007 。そ のタイトルは ,D AU, ” Award Contracts,” and “ Financial Enablers.” である。それに代り, 著書の DAU, Performance Based Logistics: a program manager ’s product support guide , Defense Acquisition University Press, March 2005 では, 本書の研究と極めて類似する防衛装備品についての詳細な分析が行われている。 ガートナーの著書と併せて参照されたい。
94 ゲインシェアリング( gain sharing) を雑駁に表現すれば, 成果配分である。たとえば, 人事管理でインセンティブ制度を導入する上でゲインシェアリングといえば, まさに成果配分という意味になる。マーケティングでサード・パーティ・ロジスティックス( third party logistics; 3PL) においてゲインシェアリングといえば, 荷主と 3 PL の事業者( 物流業者) が得られた効果を両者で配分することを意味する。 ここでゲインシェアリングは, 括弧で挿入した意味で用いられている。
適用 | ① フィーとパフォーマンス尺度との関係が確立され ている。 | |
原価加算アワー | 特徴 | ① 政府は許容原価, 基準フィー及びアワードフィーを |
ドフィー契約 | 支払う,② 基準フィーはパフォーマンスの如何に係わ | |
らず変わらない,③ アワードフィーはパフォーマンス | ||
に対する主観的な評価によって決定する,④ アワード | ||
フィーは片務的。 | ||
適用 | ① 主観的な評価( 例; 戦闘能力に優れている) が望ま | |
れるときに適用するのが望ましい。 |
国防省において, 固定価格契約では, 原価がいくらになろうとも契約業者には一定額が支払われる。他方, 原価補償契約では, 原価の多寡によって価格が決定される。原価補償契約による限り, 契約業者が契約通りに作業を完成させれば, 原価が許容原価でかつ合理的に計算されている限りにおいて, 契約業者には原価に利益を加算した金額が確保される。
固定価格契約にするか, それとも原価補償契約にするかの決定要因は, リスクの如何によって決定される。一般的に, リスクは防衛装備品の開発・生産の初期段階の方が高くなるから,初期段階では原価補償契約を適用するのが賢い。生産が安定してくるに従って, 固定価格契約が取られるようになる。
3 インセンティブの種類とその特徴
契約業者が PBL インセンティブに基づくアワードだけか,または併せてフィーをも獲得するには, 契約上の要件定義に基づいて, 契約で定められたこと以上のパフォーマンスを達成する必要がある。最も一般的な PBL 契約のインセンティブを,ガードナー[ Gaxxxxx, 2008, p.19 ]を要約すると,表3 のようになる。
表3 PBL 契約インセンティブ
インセンティブ | 特 徴 |
インセンティブフィー | ① 多くのインセンティブ契約は,利益またはフィー調整公式を用いて, 原価低減を意図している。どんなインセンティブ契約でも, 原価低減インセンティブが必ず付与されている。 ② インセンティブフィーには,( 価格の天井/ 床のフィーの範囲で) 目標原価, 目標利益またはフィー, およびフィーの 調整公式が含まれている。 |
アワードフィー | ① アワードフィー計画を設定,② 客観的・主観的評価の組み合わせも可能,③ アワードフィー( またはその一部) を獲得するには,実際のパフォーマンスがその目標値に達していな ければならない。 |
アワードター ム95 | ① 満足できる契約業者のパフォーマンスに基づいて,元の契 約に契約年数が追加される。 |
ゲインシェアリング | ①固定価格-契約業者の原価= 契約業者の利益96 。 ② 予め契約しておいた契約業者の最高の利益が増加する( つまり, 契約業者が原価低減に成功する)と, その節約額を国防省と契約業者がシェア(例; 50%/ 50%)する。ただし, 利益だけでなく, 原価が固定価格を上回ったときには, 原価も また国防省と契約業者がシェアしなければならない。 |
インセンティブ契約は, 契約業者に優れた業績をあげるよう動機づける。古い事例では,1909 年の最初の航空機について,ライト兄弟と交わした政府との契約は, インセンティブがいかに契約上のパフォーマンスに影響を及ぼしうるかの事例としては, 恐らくは国防省における最初のパフォーマンス基準契約と
95 Term( ターム) という英語には, ビジネスでは, ① 専門用語, ② 条件, ③ 期間といった意味がある。ここでは, term が期間の意味で用いられている。アワード, フィーといった用語には日本語では表現できないニュアンスを含むので, ここではカタカナで表現した。
96 固定価格が契約業者の原価を上回れば,それは契約業者の利益になるという意味。日本の超過利益返納条項付契約のことを考えると, 本文が間違いではないかとすら思える。 し かし, ② においては, 予め契約しておいた契約業者の利益が天井を超えたときには, その節約額ないし超過額をゲインシェアするということから見ると, 日本の防衛省のような片務的な契約とは違って, 国防省は業者に対して手厚い報酬でもてなしていることが理解できる。
呼びうるものであった。
政府はまず航空機の能力に相応したスピード目標を設定し, 目標を上回った速度に対してフィーを上積みした。インセンティブは, 目標を上回った航空機のパフォーマンスに与えられる。表4 は政府がライト兄弟と交わした契約内容である[Gaxxxxx, 2008, p.20]。
表4 1909 年のライト兄弟の初飛行の政府との契約
要件定義 | ①目標速度: 40MPH, ② 最低速度: 36MPH,目標価格: $25,000。 |
インセン ティブ | ① 目標を超えるごとに, 契約業者は$2,500/MPH 受け取る。 ② 目標を下回るごとに, 契約業者は$2,500/MPH 減額される。 |
結 果 | ① 達成した速度: 42MPH。 ② 獲得したインセンティブアワード: $5,000。 |
(注) MPH; miles per hour ( 時速マイル)
パフォーマンスに与えられるアワードは, PBL 契約では不可欠である。しかし課題は, オペレーショナルリスクと信用リスクに見合ったリスク 97 をいかに決定するかである。原価加算契約での経験があれば根拠に基づくリスクを想定することができるが,ライト兄弟の事例のように全く新しい航空機の開発では,固定価格を決定するのに必要な客観的データが不足している。
国防省にも原価意識はあるものの, 航空機の速度が速まったからといってそれを貨幣価値で表すのは難しい。このような状況では, 経営上のツールとして知られているアウトカム指標として, KPI(key performance indicators;主要業績指標) 98 や CSF(critical factor of success; 重要成功要因) といった指標の活用も必要になる。
97 オペレーショナルリスクは業務活動において生じる数々のリスク, 信用リスクは債務不履行の危険性といったリスクである。 伝統的なリスクマネジメントでは, 市場リスク, 信用リスク, オペレーショナルリスク, ビジネスリスクなどに区分される。 最近では, 戦略上のリスク, カントリーリスク, レピュテーションリスクなども話題になってきている[xx, 2008 , pp. 180 - 196]。
98 KPI や CSF は, バランスト・ スコアカードの実施においては不可欠な業績評価指標である。 関心のある読者は, xx[ 2008 , p. 74 , 140, 162 , 399 , 497 ] を参照されたい。
4 国防省における PBL の対象プログラムとその契約期間
国防取得大学(Defense Acquisition University; DAU)の支援を受けて, ガードナー[Gaxxxxx, 2008, p.37] が実施した研究によって,防衛装備品に PBL が適用された結果どんな成果が得られたか, またその問題点は何であったかを検討しよう。
調査の方法であるが,調査では 7 つのプログラムについて,12 人の職員でインタビューを行った。加えて, 6 名の内容領域専門家(subject matter expert; SME)にも加わってもらって,計 18 名とインタビューを実施した。1 つのインタビューで,複数の職員と PBL の専門家に回答をお願いしたこともある。質問は,PBL プログラムごとに,インタビューの対応者, 契約の種類,契約の長さについて行なわれた。その調査結果は, 表5 の通りである。
表5 PBL プログラムの契約形態と契約の長さ
PBL プログラム | インタビューの対応者 | 契約の種類 | 契約の長さ |
C-17( 航空機) | ① アメリカ合衆国空軍 | ① 確定価格アワ | ① PBL の開始 1998 年 |
愛称; グローブマ | プログラム室, ロジス | ードフィー+ 原 | ② 現在の契約期間は, |
スターⅢ | ティックス・ マネジメ | 価加算インセン | 2004 - 2008 年。 |
ント | ティブフィー | ③ 5 年基準+ 3 年のオプ | |
② ボーイング社, ビジ | ションイヤー。 | ||
ネス開発部門 | ④ J& A 99 は 2011 年まで。 | ||
T-45( 航空機) | ① アメリカ合衆国海軍 | ① 確定価格契約 | ① 現在の契約期間は |
愛称; ゴスホーク | NAVAIR 100 ロジスティ | ( 契約のライン | 2004 - 2008 年まで。 |
( 日本語ではオオ | ックス・ マネジメント | アイテム数とパ | ② 1 年基準+ 4 年のオプ |
タカ) | 部門 | フォーマンス以 | ションイヤー。 |
② L- 3 コミュニケーシ | 上で ,ボー ナスが |
99 Justification and Approval( J& A) とは, FAR. 6 . 3 で要請されている完全かつオープンな競争を提供せずに契約するために必要となる適切な承認を得るための書類のことをいう 。( FAR では
6. 302 - 1 から 6 . 302 . 7 まで J& A の規則が充てられている )。
100 NAVAIR は米国海軍航空システム司令部のことである。 英文は Naval Air Systems Command
である。 NAVAIR は 1966 年に設立されている。
ョンズ社, プログラム マネジメント | 支給される) | ||
HIMARS( ハイマース高機動ロケット砲システム) ライフサイクル契約者支援( Life- Cycle Contractor Support; LCCS) Ⅰ / Ⅱ | ① アメリカ合衆国陸軍 LCCS チーム ② ロッキード・ マーティン社, ミサイル火器管制システム | ① 確定価格インセンティブフィー ② 原価加算固定フィ ー( コンテンジェンシー時の配備) | ① LCCSⅠ の期間は, 2004 - 2007 年まで。 ② LCCSⅡ の期間は, 2008 - 2010 年まで。 ③ 1 年基準+ オプションイヤー。 |
E 8 J- STARS( ジョ イントスターズ; 航空機) 空軍と陸軍の共同計画で開発 | ① ノースロップ・ グラマン社, 航空宇宙主契約者の 3 名 | ① 原価加算アワードフィー+ アワードターム | ① PBL 契約は 2000 年に 1 年基準+ 5 年オプションイヤーで開始 ② 22 年の J& A 期間 ③ 2010 年まで交渉( アワードターム) |
F/ A- 18 ( 航空機) 愛称; ホーネット ( 国によっては F-18 とも呼ばれている) | ① アメリカ合衆国海軍F/ A- 18G プログラム局ロジスチィックス海軍在庫管理ポイントオフ ィス | ① 確定価格契約 ② 現在の契約+ 先の2 つの別個の契約 NAVAIR, NAVICP 101 | ① 現在の契約期間は 2006 - 2015 年まで ② 5 年の基準+ 5 年のオプションイヤー |
F-117 ( 世界初のステルス攻撃機) 愛称; ナイトホーク ( TSPR 102 と | ① ロッキード・ マーティン社, ストラテジックプラン& サステインメント・ インテグレー ション | ① 原価加算インセンティブフィー ② 最初の 8 年間 は安定化資金 | ① TSPR 期間: 1999 - 2006 年( 5 年基 準+ 3 年のオプションイヤー) ② TSSP 期間: |
101 The Naval Inventory Control Point(NAVICP) の PBL は, DAU[ 2005 , p. 5 - 6] を参照されたい。
102 TSPR(Total System Performance Responsibility) アプローチは, AFMC( 空軍資材コマンド) を支援する調達コミュニティによって一般に知られ, 利用されている方法である。 詳細は, Paxxxx, Xxxxx X., Major, USAF, A Quest for Efficiencies: Total System Performance Responsibility, Air Command and Staff College Air University, April 2001. を参照されたい。
TSSP 103 ) | (stabilized funding) | 2007 - 2008 年 | |
F-35 ( ステルス戦 | ① ロッキード・ マーテ | ① 当時は,未 だ公 | ① 当時は,未 だ公的な契 |
闘機) | ィン社, グローバルサ | 的な契約に至ら | 約に至らず |
統合打撃戦闘機計 | ステインメント・ ビジ | ず | |
画(JSF) に基づい | ネスインテグレーショ | ||
て開発された | ン IPT 104 |
表5 で, オプションイヤーという表現がある。日本にとって馴染みの薄い表現であるので, アワードタームと併せて説明を加えておく必要があろう。
オプションイヤー(option years) とは,契約を早期に終了する必要が生じたら予定を変更して契約期間を変更できる保証なしの契約のことをいう。一方, アワードターム(award term)とかアワードタームイヤーというときには, オプションの年度とほぼ同様の意味で使われているが, 優れたパフォーマンスを得ることで契約業者が稼得する期間を延長することを表現するために用いられる。
5 PBL 契約が業務の改善と投資利益率等に及ぼしたインパクト
契約の種類と契約の長さが, パフォーマンスにいかなる影響を及ぼしたか。防衛取得大学では, 契約業者に対して, 投資促進と投資利益率はもちろんのこと, インセンティブの効果として政府および契約企業にいかなるインパクトを及ぼしたかを調査した。その結果は, 表6 [Gaxxxxx, 2008, p.53] の通りであった。読者には,表5 と対比しながら読まれることを期待する。なお,F-35 は当時, 公的な契約に至っていないため, 投資利益率に対するインパクトは示されていない。
表6 契約の種類と長さが契約企業の投資利益率に及ぼしたインパクト
103 TSSP(Total System Support Partnership) に, ノースロップ・ グラマン社が B- 2 爆撃機を支援すべくより効率的な方法を導入するため, 2 億ドルをアワードした。
104 統合プロジェクトチーム( Integrated Project Team) 。
プログラム | 契約の種類 | 投資促進と投資利益率へのインセンティブ |
C-17 | 確定価格契約アワードフィー+ 原価加算インセンティブフィー契約 | ① オプションイヤーを契約企業に付与することは企業に弾力性を与えるとともに, 契約の期間を延長することで種々の開発準備が可能になった。 ② ボーイング社はこのプログラムに多額の資金を投 入したが, それなりの利益を得ることができた。 |
T-45 | 確定価格契約 | ① オプションイヤーを与えることで, 政府へのリスクを付加することなしに, 契約から投資のより大きなインセンティブが与えられた。 ② L- 3 コミュニケーションズ社では投資利益率には 満足している。 |
F/ A- 18 | 確定価格契約 | ① 海軍は現在の契約に満足しているが, もっと長く して欲しかった。 5 年+ 5 年が妥当であった。 |
HIMARS | 確定価格契約/ インセンティブフィー | ① LCCSⅠ について, 投資インセンティブはよかった。 つまり, ロッキード・ マーティン社は予備品に先行投資ができたので, 投資利益率が高まった。 ② LCCSⅡ について,ロッキード・マーティン社にとって原価低減のための投資インセンティブが少なすぎたので, 改善の余地がかなりあった。 ただし, 貨幣節減額は利益になるから, 確定価格契約はそれな りのインセンティブを与えた。 |
JSTARS | 原価加算アワードフィー契約+ アワードターム | ① J& A の長さはノースロップ・ グラマン社から何らかの投資を引き出すには充分であったが, 1 年ごとの契約が長期投資を抑制させた。 その結果, 会社は当該グログラムに十分な投資をしていない。 ② 1 年ではなく 3 年で契約を交渉することが, 投資の改善に貢献した。 ③ TSSR は, 収益の流れとの関係で他のノースロッ プ・ グラマン社のサステインメント・ プログラムを |
事後追跡した。 その結果, 契約の保証を付えること で原価節減目標の達成に貢献することが判明した。 | ||
F-117 | 原価加算インセンティブフィー | ① ロッキード・ マーティン社の他のプログラムと比較すると,TSPR 契約における安定化資金は,投資により大きなインセンティブを与えた。 ② 対照的に, FA/ 22 契約は, 期間の長さでは類似しているが, 契約年数と資金調達が保証されないという意味で, ロッキード・ マーティン社はプログラム への長期投資をすると考えてはいない。 |
PBL に関して行われたインタビューでは,数多くの知見が得られた。以下で,ガードナー[Gaxxxxx, 2008, pp.54-55]を基に,インタビューの結果を総括する。
第1 に, 契約において, 多年度にわたる保証を行えば, 投資のインセンティブが最も高くなることが判明した。
第2 に, 政府による資金調達手続きと安定した予算の不足という2 つの要因が, 真に有効な PBL を実施する上での障碍になり得ることが分かった。
第3 に, 契約期間の延長は契約業者の投資に対する福音にはなり得る。しか し, J&A は契約ではないので, 他の契約業者が参入するというリスクは残る。第4 に, 契約業者にとって優れた性能の防衛装備品を開発する上で最も効果
的なことは, ① 長期契約と,②( 原価基準契約ではなく) 価格を基準にした契約である。このことは, F-35A, F-35B, F-35C など JSF(ジョイント・ストライク・ファイター)統合攻撃戦闘機計画に携わったロッキード社の代表者が述べていたことである。政府もまた可能な限り長期で固定価格に基づく PBL 契約を指向したいと考えていることを示唆している。
第5に, プロフィット・シェアリング (profit sharing) 105 について, 国防省
105 ここでプロフィット・ シェアリング(利益配分) が何を意味するかは定義づけられていない。 先にでてきたゲインシェアリングとプロフィット・ シェアリングは何が違うのかも明らかではない。著者は, インセンティブ付原価補償契約において, 目標原価と実際原価との関係で決まる政府と契約業者との利益の配分を意味するものと解釈した。
プロフィット・シェアリングは,原理的には,利益の配分と考えてよい。会計学では,利益 ( profit)と利得(gain) とを明確に区分している。 利益は主要な経営活動から得られるのに対して, 利得は偶発的な取引から得られた稼得利益をいう 。FA SB の No. 6, par. 87 によれば ,「 … 収益と費用( revenues and expenses) は企業の現行の主要なまたは中心的な業務活動から得られる。… 対照的に,利得と損失( gains and losses) は偶発的または補助的な企業取引の結果得られる」[ FASB, 1985, No. 87 ]。
の担当官は可能な限り低コストで優れた効率を求めてきた。PBL の実施に当って, 契約業者と国防省の間でプロフィット・シェアリングが実施されればさらに大きな原価低減と効率性の向上が予測されるといった意見は,T-45 航空機プログラムに携わった契約業者からも賛同の意見が出された。彼らによれば, こ の方式を取れば契約期間の長さはあまり問題にはならなくなるであろうという。
以上を纏めて,ガードナーは PBL 計画を成功させるには,① 資金調達方法の改善,② 必要とする予算編成,③ J&A 計画,④ オプションイヤー,⑤ 長期契約,
⑥価格を基準にした契約, ⑦ プロフィット・シェアリングが有効であることが判明したという。以上のインタビューを総括して,ガードナー[Gaxxxxx, 2008, p.78]は次のように述べている。
「 政府は歴史的に, 原価補償契約を活用して効率の向上と原価低減には成功してきた。しかし, 原価補償契約の下では, 政府にとっては都合がよくても契約業者には創造的な革 新がもたらされないばかりか積極的な投資へのインセンティブにもならない 106 。対照的に,契約業者が固定価格契約で能率を改善して利益をあげれば, 政府はパフォーマンスの改善 を享受できるが, 原価低減には多くを期待することはできない。このような状況を改善す るためには, 政府と契約業者との間で PBL 契約のなかでプロフィット・ シェアリングを
実施して, 実現したベネフィット( 便益) を契約業者と政府とで実現することによって
win- win の関係を高めていくべきであろう 」。
ガートナーの提言では, 原価補償契約の下では, 積極的な投資へのインセンティブが働かないと述べている。たしかにその通りであるかもしれない。しかし, 全く新しい創造的な革新を要する防衛装備品では根拠のある原価の見積を行えないので, リスクが大きすぎるときには契約業者に過度な負担をかけることになる。以上から, 開発の初期段階で原価補償契約を結ぶことにはそれなりの合理性が認められるべきである。
106 原価補償契約によると,なぜ投資へのインセンティブが湧かないのか? 察するに,ハイリス クの防衛装備品の開発と生産において革新的な防衛装備品を次々と開発している米国の先端的な防衛産業に属する契約業者は, つまり, 日本の防衛産業のように平均的な利益率に甘んじている契約業者とは違って, リスクの高い革新的な製品の開発と生産に成功してきたパフォーマンスの優れた企業は, 高いリターン( 投資利益率) を要求する当然の権利があると考えるからであるのように思われる。
仮に固定価格契約を結ぶとすれば, 民間企業に過大なリスクを負わせないように, 得られた利益( 損失) を政府と契約業者がシェアして, 民間企業に対して新たな挑戦が可能な制度を構築することは, 実践可能性を別にすれば, アイデアとしては優れていると思われる。
6 防衛省が PBL を実施する上での課題
わが国で PBL を実施するには,法整備上や経営管理上で整備しておかなければならない課題がある。それは, ① 予定価格方式の見直し, ② 国庫債務負担行為対象期間の拡大, ③ 原価監査の見直しである。
1 予定価格方式の見直し
第1の課題は, 予定価格方式の見直しにある。競争入札において重要な役割を果たすのが予定価格である。会計法第 29 条の 6 第 1 項は, 契約の目的に応じて「予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込をした者を契約の相手方とする」と定めている。随意契約でも, 予決令 99 条 5 の規定により予定価格を設定するものと規定されている。
随意契約における予定価格の性格は, 競争入札における予定価格とは異なっており, 厳密な意味での上限拘束性( 収入原因契約にあっては下限拘束性)はないと考えられる[xx, 2005, p.229]。とはいえ,実態としては,「予決令」(80条 2 項)で,予定価格は「取引の実例価格,需給の状況,履行の難易,数量の多寡, 履行機関の長短等を考慮して適正に定められなければならない」 と規定されていることもあって, xx[2013, p.38] は,“ 予定価格は適正価格” といったレトリックが一般に植えつけられているという。
判例では上限拘束性はないとされているものの, 現実の運用においては上限拘束性の意識が働いているということである107 。
随意契約における重要な手続きは, 見積もりの聴取である。随意契約をより合理的に行うためには,コンペ方式やプロポーザル方式及び公募型プロポーザル方式なども行われる[xx, 2005, p.233] のが望ましい。
107 防衛装備庁訓令第 34 号( 防衛装備庁長官 xxxx;平成 27 年 10 月 1 日 )で 規定されている。
防衛省「PBL 導入ガイドライン」[ 防衛省 経理装備局, 2011, p.33] において指摘されているように,PBL では信頼性や可動性の業務評価指標を保証することを条件に契約を締結しており, 工数に基づく原価要素や作業内容を条件として決定しているわけではない。それゆえ,わが国で PBL を導入するには,新たな積算方法を案出する必要があるかもしれない。
現行の原価計算方式は, 原価低減と効率の向上には一定の効果を齎してきた。しかし,原価計算方式に基づく価格の算定方式は,政府には好都合であっても, 契約業者の多くは片務的な現行の原価計算方式の下ではモラルハザードを起こ している企業が少なくない。その理由は, 2 つある。
第1は, わが国の現行の制度の下では, 業界の平均値によって利益が決定されるので, 平均以下の利益率の会社にとっては好都合であるにしても, 業界の平均値を上回る企業では社内の他の事業部から常に白い目で見られるといった状況がないとはいえない。
第2 は, 日本では原価計算から得られた結果を基にして計算価格として予定価格が使用されているので, 企業が必死になって原価低減に努力すると, 次の契約ではその引き下げられた原価を基準にして契約価格が決定される。当然と言えば当然ではあるが, そのことを理由にして, 継続的な原価低減活動に励む動機づけを失っているとする声が聞かれる。
2 国庫債務負担行為対象期間の拡大
第2 の課題は,わが国の単年度主義の予算にあって,PBL が想定している長期の契約がどこまで可能かである。長期の「長期継続契約」は, 財政法上の基本原則の1 つである予算の単年度主義に対する特別規定である。財政法第 15 条第 3 項では,「前二項の規定により国が債務を負担する行為に因り支出すべ き年限は, 当該会計年度以降xx年度以内とする。但し… 」として, 翌年度以降にわたって支出することとなる契約( すなわち, 年度をまたがる契約)ができる旨を規定している。これが国庫債務負担行為である。国庫債務負担行為は,予算の一部をなし, 国会の決議を受ける[ xx, 2010 , pp.649 - 650 ] 必要がある。
防衛省[防衛省 経理装備局, 2011, p.36] が指摘しているように, PBL は長期間の契約を保証したうえで, 民間企業が新たに投資した資本の回収リスクを低
減しつつ, 原価低減などパフォーマンスの向上に向けた積極的な取り組みを契約企業に促す契約である。米国の PBL に関して多くの関係者が指摘している通り, PBL は複数年度に亘る契約が効果的である。
幸いなことに, 2015 年 4 月には,「特定防衛調達に係る国庫債務負担行為により支出すべき年限に関する特別措置法」( 法律第 16 号, 第 2 条) が設けられ,最大で 10 年までの契約が可能になった。時限立法であることに加えて, 一定 程度の価格低減など, 厳しい条件をクリアしたわずかな案件のみが対象になるが, 契約企業にとっては朗報である。事実, 2016 年度に実施する EC- 225LP, TH-135 はこの法律を適用して 6 年に契約期間が延長されている。
3 原価監査と検査の見直し
原価監査事務に関しては,「防衛装備庁における原価監査事務に関する訓令」 [防衛基盤整備協会, 2016, pp. 299-303]に従って実施されている。原価計算方式の下では, 場合によっては, 政府は契約業者との間で工数, 原価要素, 作業内容を精査したうえで対価を支払うことを合意したうえで契約を締結する。また,
防衛装備品の購入に当たっては,「調達物品等に係る監督及び検査に関する訓令」 [防衛基盤整備協会, 2016, pp.143 -150]に従って,検査を実施してその品質および数量の確認を行っている。
PBL では,原価発生額などのインプット要素に基づいて対価が支払わるのではなく,成果( 品質, 機能, 性能, 革新性などのパフォーマンス) に対して対価が支払われる。それゆえ, 伝統的な意味での監査( 例; 原価監査) の必要性が低下する可能性が大きい。逆に, KPI や CFS といったパフォーマンスの達成度が適切に測定できる仕組みが現在以上に必要性が高まると思われる。
7 防衛省が PBL を実施することの理論的根拠と留意点
防衛省が PBL を実施するには,前節で述べたような,解決すべき課題がある。それにもかかわらず,近年の日本を取り巻く環境の変化によって,PBL の実施が日本にとって喫緊の課題になりつつある状況を惹起させている。そこで最後に, 防衛省が PBL を実施することの理論的な根拠を検討してみたい。加えて,