Contract
2020.3.31
第46号
英文投資契約書の法的ポイント
~海外スタートアップ投資~
xx総合法律事務所 弁護士 xx xx
弁護士 xx xx
▶ POINT
❼ 近時、企業間連携の重要性が認識され、海外のスタートアップ企業への出資がいっそう注目されています。
❷ スタートアップ企業への出資に関する契約書には、通常の取引の契約書とは異なる特有の条項が多い点に留意が必要です。
❷ 英文契約書のチェックには、英語の法律用語等の正確な理解が必要であり、準拠法が外国法の場合には基本的なルールも異なるため、高度の専門性が求められます。
1 海外におけるスタートアップ出資の重要性と注意点
昨今のオープンイノベーション(自社内部と外部のアイデアや技術などを有機的に結合させて、価値を創造する活動)の機運の高まりを受けて、近時、日本の事業会社がスタートアップ企業に出資する事例が急激に増加しています。報道によれば、2019年における国内の未上場企業への買収・出資額はおよそ3700億円と、データのある2012年以降で最高となり、このうち事業会社と CVC
(コーポレートベンチャーキャピタルと呼ばれる事業会社の投資部門・組織)による買収・出資額はおよそ7割を占めるとされています。このように事業会社・CVC の活発化に伴い盛り上がりを見せつつある国内スタートアップ事情ですが、海外に目を向ければ、件数・投資額とも米国企業などには及びません。
米国シリコンバレーではスタートアップ企業が成長するためのエコシステムが完成されており、数
多くのスタートアップ企業が集積していますし、中国、インド、イスラエルなどの国でも多くのスタートアップ企業が生まれています。そのため、真に先端的な技術やアイデアを求めるのであれば、日本国内だけではなく海外のスタートアップ企業とも連携していくことが必要になってきます。
もっとも、海外のスタートアップと連携する際は、言語・文化の違いはもちろん、法制度の違いなどもあって、契約交渉も難航する例が少なくありません。本稿では、このうち、スタートアップ企業に出資する際の契約に焦点を当て、スタートアップ企業への出資とは何かについて簡単に触れたのち、主として米国における優先株式の利用を念頭に、英文の投資契約書に特有の条項などについて解説します。
2 スタートアップ企業への出資の意義と優先株式
( 1) スタートアップ企業への出資の意義
スタートアップ企業への出資は、外部の投資家が、成長のための資金を求めるスタートアップ企業に対して資金を与え、それと引き換えにそのスタートアップ企業の株式を受け取る、というのが基本的な形です。スタートアップ企業が外部の資金により優秀な人材の採用や研究開発などを行って急激に成長し、いわゆる Exit(上場や大企業による買収)に成功すれば、出資をした投資家も大きなリターンが得られるということになります。
スタートアップ企業に投資をしてキャピタルゲインによる利益を狙うのがベンチャーキャピタルですが、既に述べたとおり、事業会社によるスタートアップ企業への出資も活発になってきています。事業会社の場合は、キャピタルゲインによる利益よりも、スタートアップ企業との連携等を通じてそのスタートアップ企業の技術等の取り込みを狙うことが多いですが、それではなぜ、業務提携などにとどまらず出資を行うのでしょうか。様々な理由がありますが、有力なスタートアップ企業の場合には連携の協議に入るための「チケット」として一定額以上の出資が求められたり、事業会社側の判断としてまず比較的少額の出資をして、株主としてそのスタートアップ企業の技術や社風などを吟味したうえで買収を行うというプロセスの一環として出資をする例などが比較的多いよ うに感じます。
( 2) 投資スキームについて
スタートアップ企業への出資と引き換えに受け取る株式については、日本では創業間もないスタートアップ企業への出資の場合に普通株式を受け取る例が散見されます。しかしながら、米国では外部の投資家であればほぼ例外なく優先株式(Preferred Stock)を受け取ります。優先株式には投資家に有利な条件を色々と付けることができ、この条件を吟味することが重要です。日本でも会社法上の種類株式によって米国における優先株式に類似する内容を実現することができます。
なお、米国では、シードないしアーリーステージの(つまり、比較的若い)スタートアップ企業への投資においては、SAFE や Convertible Note などのいわゆる Convertible Equity が用いられることも多いです。これらは株式そのものではなく、後にそのスタートアップが優先株式を発行した際などにその株式に転換されるものです。本稿ではこれらの Convertible Equity については踏み込みませんが、比較的若いスタートアップへの出資を検討する際には、このような投資の枠組み
が存在することについて理解しておく必要があります。
3 英文投資契約書に特有の条項
( 1) はじめに
前提として、契約書の準拠法が日本法であれば英文契約書であっても日本の法律が適用されますが、準拠法が米国法その他の外国法であれば、その外国法が適用されますので、まずはその点に注意が必要です。米国のスタートアップ企業に出資する場合などは、ほぼ確実に準拠法は米国法(カリフォルニア州法など)になると思われます。
米国における優先株式の条件には、大きく分けて、経済的なリターンに関するもの(配当や残余財産の分配に関する定めなど)と、コントロール権に関するもの(拒否権や、取締役の派遣に関する定めなど)があります。
以下では、その中でも重要な条項である Liquidation Preference(優先分配権)の条項と、米国における投資契約書に特有の条項である Pay-to-Play 条項を取り上げてご説明します。
( 2) Liquidation Preference( 優先分配権)
[条項の例]
Liquidation Preference: In the event of any liquidation or winding up of the Company, the holders of the Series A Preferred shall be entitled to receive in preference to the holders of the Common Stock a per share amount equal to 100% of the Original Purchase Price plus any declared but unpaid dividends (the Liquidation Preference).
(優先分配権:本会社が解散または清算する場合、シリーズ A 優先株式の株主は、本件払込価格の 100%及び決議されたが未払いの配当について、普通株式の株主に優先して分配を受ける権利
(以下、「本優先分配権」という)を有する。)
経済的なリターンに関する条項の中でも重要なものが、Liquidation Preference(優先分配権)の条項です。この条項は、主としてスタートアップ企業が買収された場合などに、その買収により得られた対価をどのように分配するかを定めるものです。
米国では、1倍、つまり優先株式の払込価格と同額の分配を優先的に受けられるものの、残った財産の分配に他の株主とともに参加できる権利( Participation Right(参加権))は与えられない、いわゆる「1倍・非参加型」の設計がされていることがほとんどです 1。これに対して、日本では、「1倍・参加型」、つまり優先株式の払込価格と同額の分配を受けた後に、残った財産の分配に対してさらに他の株主とともに参加できる設計となっていることが多いです。したがって、米国の方が、普通株式を保有している創業者の取り分が増えるという意味で、よりスタートアップ企業に有利な設計がされているといえます。このようなマーケット・スタンダードの違いが国によって存在する点にも、注意が必要です。
1 米国の法律事務所 Cooley の Venture Financing Report(xxxxx://xxx.xxxxxxxx.xxx/xxxxxx/)によれば、2019年の第4四半期において、およそ89%のディールで優先株式の Liquidation Preference は非参加型であったということです。なお、このレポートは四半期ごとに米国のスタートアップ企業の資金調達の状況をまとめたもので、米国のスタートアップ企業のファイナンスの現状を知ることができ、有用ですので、ご興味のある方はチェックしてみてください。
米国のスタンダードである「1 倍・非参加型」の場合、スタートアップ企業が買収などされた場合に優先株式の払込価格と同額の分配しか受けられない(つまり、払い込んだ額が戻ってくるだけ)ので、うまみがないのではないか、と思われるかもしれません。実は、これとは別に Conversion
(転換)の条項があり、優先株式の株主は、保有する優先株式を普通株式に転換することも選択できます。払い込んだ価格と同額の分配を受けるよりも普通株式に転換して分配を受けた方がより多くのリターンを得られるのであれば、優先株主はこの転換を選択することになります。
では Liquidation Preference の条項が特に威力を発揮する場面はどこかというと、スタートア ップ企業が想定よりも低い価格で買収された場合です。例えば、1 億ドルを払って 1 株10ドルで優先株式を1000万株取得した(総発行株式総数は 1 億株で、優先株式はその10%)ものの、スタートアップ企業が5億ドル(1 株5ドル)で買収されたという事例を考えましょう。この場合、この優先株式が普通株式であったなら、買収価格=5億ドルの10%である5000万円の分配しか受けられず、払い込んだ1億ドルの元本を割り込んでしまいます。これに対して、「1倍・非参加型」の優先分配権を持っていれば、優先株式の払込価格と同額、つまり1億ドルについて優先的に分配を受けられ、元本を回収できることになります。スタートアップ出資にはリスクがつきものですが、 Liquidation Preference の条項はこのリスクを一定程度減らすものといえるでしょう。
冒頭で示した条項例は、優先株式の株主は1倍の優先分配権を有することを定めるものです。仮に他の株主とともに残った財産の分配を受けられる「参加型」の場合は、これに加えて、
「Participation(参加権)」の項目があり、参加権の内容が定められることになります。
また、気付かれた方もおられるかもしれませんが、冒頭の条項例は会社の「解散または清算」に適用されることになっています。「買収の場合に適用されるのではなかったのか」と思われたか もしれませんが、通常、契約書の中に Liquidation Event(みなし清算事由)というような項目が別にあり、合併や事業譲渡の場合は会社の清算とみなす、などと規定されています。これによって合併などによる買収の際に、上記の Liquidation Preference の条項が適用されることになります。そのため、どのような事由が Liquidation Event として規定されているか、確認が必要です。ご参考までに Liquidation Event の条項例をお示しすると、次のようになります。
[条項の例]
Liquidation Event: A merger, acquisition, sale of voting control in which the shareholders of the Company do not own a majority of the outstanding shares of the surviving corporation or sale of all or substantially all of the assets of the Company shall be deemed to be liquidation.
(みなし清算事由:合併、買収、本会社の議決権の過半数の株式の売却、または、本会社のすべてのあるいは実質的にすべての資産の売却は、清算とみなすものとする。
ちなみに、英文契約書の一般的な注意点として、「Common Stock」というように頭文字が大文字になっている用語は、その契約書の他の部分で定義されている、というルールがあります(日本語の契約書において、定義された言葉を「本件〇〇」などと記載するのと同様です)。例えば
「common stock」は普通株式を意味しますが、「Common Stock」となっていれば、その契約書の中のどこかに定義があり、冒頭の条項例であれば「本会社の発行する普通株式」というような定義がどこかでされているはずです。頭文字が大文字になっている用語については定義を探すように心がける必要があります。
( 2) Pay-to-Play 条項
[条項の例]
Pay-to-Play: In the event of a Qualified Financing, shares of Series A Preferred held by any Investor which is offered the right to participate but does not participate fully in such financing by purchasing at least its pro rata portion as calculated above under “Right of First Refusal” below will be converted into Common Stock.
(Pay-to-Play: 適格資金調達が行われる場合、当該資金調達に参加する権利が与えられたにもかかわらず本件優先引受権を行使して持株比率を維持するに足る株式を取得しなかった投資家の有するシリーズ A 優先株式は、普通株式に転換されるものとする。)
一般的な条項とまでは言えませんが、米国におけるスタートアップ投資に関する契約書で目にすることがある注意すべき条項として、Pay-to-Play 条項があります。どのような条項かというと、一定の条件を満たす将来の資金調達ラウンドにおいて、優先株式の株主がそのラウンドに参加して追加の出資(いわゆるフォローオン出資)を行わなかった場合、その優先株式が普通株式に転換されてしまう、というものです(pay-to-play は「定額課金の」を意味します。優先株式を持ち続けるためには継続的に課金=出資を続けなければならない、というイメージです)。この条項があると、優先株式の株主は、自分の優先株式が普通株式になってしまわないよう、そのスタートアップ企業への出資を継続するインセンティブを有することになります。
この条項は基本的にスタートアップ企業にとって有利な条項です。他方で、特に事業会社・CVCにとっては、そのスタートアップ企業への出資を通じて事業上のシナジーが想定していたほど得られそうにない場合など、追加の出資が難しいこともありますので、この条項が存在する場合には注意深く検討する必要があると考えられます。
4 最後に
オープンイノベーションを目的とする大企業とスタートアップ企業の連携や、大企業・CVC によるスタートアップ企業への出資活動はここ1、2年でかつてないほど増加してきています。
しかしながら、スタートアップ企業への出資に関する契約書は特有の条項なども多く、スタートアップ出資そのものの仕組みや「スタートアップ業界における常識」を理解していないと適切にチェックすることは困難です。さらにそれが英文の契約書となると、言語の問題や、法制度やマーケット・スタンダードの違いなどもあって、レビュー・交渉に多大な時間がかかってしまう例も珍しくありませ
ん。
当事務所は、法務面でのハードルが日本企業による海外企業との連携の妨げとならないよう、スタートアップ企業への出資に関する契約交渉などにおいて専門的な法的アドバイスを提供し、プロセスの円滑化・迅速化をサポートしています。
スタートアップ企業への出資に関するもの以外の英文契約書のレビューについても対応しておりますので、お気軽にご相談ください。
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6、7年前、AI によって人の仕事がなくなる!とまるで人類が滅亡するかのように大騒ぎしていた銀行員の友人の話を笑って聞いていましたが、今では AI によってなくなる職業上位に弁護士がランクインし、彼女の予言も笑っていられなくなってきました。
個人的には、弁護士の仕事には定型化、標準化が可能な部分も多分にあるのは確かですから、AI やシステム等で効率化が図られるのは仕事をする側としても喜ばしいことだと思います。弁護士においても、リーガルテックのビジネスを始める方や、AI の開発側の仕事をする方もおり、今までの弁護士像に囚われない仕事の多様化につながっている面もあるようです。
私としましても、知識の量だけでは機械にかなわないのは間違いないですから、弁護士として依頼者にどのような価値を提供できるのか、常に考えながら自身の仕事も進化し続けるよう精進して参りたいと考えています。
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