学籍番号: 045B247B 氏 名: 文屋 啓範
<専門職学位論文>
エージェンシー理論から見た
ベンチャー・キャピタル投資契約に関する実証研究
2005 年 8 月 23 日
神戸大学大学院経営学研究科
xxxx研究xxx経営学専攻
学籍番号: 045B247B 氏 名: xx xx
エージェンシー理論から見た
ベンチャー・キャピタル投資契約に関する実証研究
要 約
本稿では、ベンチャー・キャピタルがベンチャー企業に投資する際、ベンチャー企業との間で締結する投資契約には、エージェンシー問題の発生を防止するためにどのような工夫がしてあるかについて、実際の投資契約を用いて実証研究を行った。その結果、日本のベンチャー・キャピタルは、設立母体(系列)ごとに特徴が異なり、その特徴に応じて契約が異なっていると限定的に言えることを確認することができた。しかし、全体としては、エージェンシー問題への対策としての条項を網羅的に盛り込んでいる契約は極めて少ないことも示された。全体の傾向としては、株式への投資でありながら、債券のように元本がほぼ保証されている償還請求権(買戻し条項)がほとんどの契約に盛り込まれていること、すべての投資契約に IPO を目的とし、義務化するような条項が盛り込まれていることが実証された。
氏 名: xx xx
目 次
第1章 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
第2章 VC と VB の間のエージェンシー問題と VC による対応・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
第1節 VC と VB の間のエージェンシー問題 2
(1)エージェンシー問題の概要 2
(2)VC と VB の間のエージェンシー問題 3
(3)エージェンシー問題の解決策 5
第2節 投資行動によるエージェンシー問題対策 7
(1)段階投資 7
(2)転換権付優先株式 8
(3)デュー・ディリジェンス 9
第3節 契約条項によるエージェンシー問題対策 10
(1)キャッシュフロー受領権 12
(2)経営支配権 15
(3)その他の権利 17
第3章 日本の VC による投資行動の特徴と仮説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
第1節 VC タイプの特徴―過去の実証研究/アンケート結果より 18
第2節 仮説の提示 21
第4章 仮説の検証 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
第1節 サンプル 27
(1)VC の分類 27
(2)VB の特性 28
第2節 仮説の検証 28
(1)仮説 1 28
(2)仮説 2 29
(3)仮説 3 29
(4)仮説 4 29
(5)仮説 5 30
(6)仮説 6 30
(7)仮説 7 30
(8)仮説 8 31
(9)仮説 9 31
(10)仮説 10 32
(11)検証のまとめ 32
第5章 終わりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
第1節 要約 33
第2節 本稿の限界 34
第3節 課題と新たな仮説の提示 34
参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
第1章 はじめに
エージェンシー関係から生じるモラルハザードなどの問題(総称してエージェンシー問題という)は、企業活動や企業の業績に大きな影響を及ぼすため、真摯な対応が求められる。企業規模の拡大と企業活動の専門化および複雑化が進むにつれて所有と経営が分離する。すなわち、大企業になるとオーナー経営者ではなく、自分が経営している企業の株式をほとんど保有しない専門的経営者が経営を行うようになる。そのような状況では、企業に対して資金を提供する株主と、株主からの委託を受けて企業を経営する専門的経営者の間には利害の不一致が生じ、エージェンシー問題が発生する可能性がある。
大企業に比べると相当にリスクが高く、成長の初期段階にあるベンチャー企業(以下、 VB)にとって、エージェンシー問題は大企業以上に深刻である。そのため、VB にとって貴重な資金源の 1 つであり、またエージェンシー問題が生じる最大の対象と考えられるベンチャー・キャピタル・ファーム(以下、VC)と VB が、エージェンシー問題を防ぐためにどのような工夫をしているか、特に、どのような契約を結ぶかは、事業創造を成功させる上で極めて重要と考えられる。
そこで、本稿では、日本の VC が VB に投資する際に VB と締結する契約(以下、VC 投資契約)には、エージェンシー問題への対策としてどのような工夫が施されているかについて、実際の VC 投資契約を使って実証的に明らかにすることを目的とする。
実際の VC 投資契約を使って、その内容を分析している先行研究は世界的にも極めて少ない。日本ではほとんどないと言ってよく、ほぼ初の試みである1。さらに、実際の VC 投資契約をエージェンシー理論の観点から分析した研究はより少ない。VC 投資契約を取り上げた研究には、一般的な条項を描写するものもあれば、エージェンシー理論の観点から計量経済学を用いて理論的に考察した論文もある。また、実際の VC 投資契約を使って重回帰分析を行った実証研究もある。しかし、実際の VC 投資契約書そのものをエージェンシー理論の観点から分析した実証研究となると、さらに限られてくる。その理由として考えられるのは、VC 投資契約は、他の契約書と同じように、企業秘密だからであろう。契約の内容については、VC と VB の間で秘密保持契約を締結して、あるいは VC 投資契約の中に秘密保持に関する条項を盛り込むことによって、対外秘とすることが多い。そのため、通常、入手は困難あるいは不可能である。本稿では、その入手困難あるいは不可能な VC投資契約の現物を使っていることで、この分野で貴重な貢献ができると考える。
本稿の構成は以下のとおりである。第 2 章では、VC と VB の間にはどのようなエージェ
1 その 1 つの理由としては、日本の VC は、1990 年代までは投資契約を結ばないで VB に投資することが普通だったことが挙げられる。2000 年時点では、投資契約を結んだことのある VC は少数派だった(『日本経済新聞』2000 年 4 月 22 日朝刊「VC 投資で『契約』広がる、株式の売却などで条件-公開できない企業増え導入」)。
ンシー問題が存在するのかについて先行研究を基に概観し、VC がそれらにどのように対応しているかについて記述する。これらの多くは米国の状況となる。第 3 章では、日本で行われた日本の VC の投資行動に関する調査研究の結果を要約し、第 2 章での理論的な考察結果と合わせて分析の枠組みを導き、仮説を立てる。第 4 章では、xxxxの説明と仮
説の検証を行う。最後に、第 5 章では全体を総括し、本稿の限界を指摘し、将来の研究に向けての仮説の発見および今後の課題を提示したい。
第2章 VC と VB の間のエージェンシー問題と VC による対応
第1節 VC と VB の間のエージェンシー問題
(1)エージェンシー問題の概要
エージェンシー問題とは、エージェンシー関係、すなわちプリンシパルとエージェントの関係において生じる問題である。プリンシパルとは、ある行為の意思決定と実行をある一定の対価を提供することによってエージェントに委託する当事者であり、xxxxxxはある行為の実行をプリンシパルから委託され、その行為の意思決定と実行に必要だがプリンシパルが持っていない能力を持つ当事者である。
プリンシパルとエージェントの間には、必然的に情報の非対称性とインセンティブの不均衡(不一致)が存在するため、エージェンシー問題が発生する。情報の非対称性とは、一方が情報を持ち、他方がその情報を知らず、かつ容易に入手できない状態を意味する。すなわち、プリンシパルがエージェントの行動を完全には観察できない状態であり、一方または双方が私的情報(private information)を持つ状態である。また、インセンティブの不均衡とは、プリンシパルの効用とエージェントの効用が均衡に至らない状態、すなわちエージェントがプリンシパルの効用を最大化するインセンティブを持ち合わせず、自身の効用を最大化しようとするインセンティブが働く状態を言う。プリンシパルとエージェントの利害が一致していない状態と言うこともできよう。
情報の非対称性とインセンティブの不均衡によって生じる主たるエージェンシー問題には、モラルハザード、逆選択、ホールドアップがある。
モラルハザードとは、第 1 に、エージェントの行動をプリンシパルが観察できないために、エージェントが十分に努力しない、すなわちエージェントが怠慢(shirking)になる問題である。第 2 に、エージェントがプリンシパルの効用を最大化するのに適切なインセンティブを持ち合わせないために機会主義的行動をとる機会を得ることによって生じる問題である。
逆選択とは、プリンシパルがエージェントを選ぶ際に、エージェントの能力や特性を十
分に把握できないために、選択の基準とするハードルを高めることから生じる問題である。ハードルが高いためにエージェントにとってプリンシパルに選択された場合のコストが高くなり、優れたエージェントはプリンシパルの選択肢に入ることを嫌がり、その結果、質の悪いエージェントのみが選択の対象となってしまう。ここでも、プリンシパルにはエージェントの能力や特性を十分に観察できないという情報の非対称性が存在する。
ホールドアップとは、エージェントが不完備契約2に存在する抜け穴をうまく利用して、契約の再交渉をプリンシパルに強要する問題である。この問題が発生するのは、プリンシパルが関係特殊的な資産に投資をし、それが埋没費用(サンクコスト)となっているためである。
(2)VC と VB の間のエージェンシー問題
エージェンシー問題は、これまでにさまざまな種類のプリンシパルとエージェントの間の関係として研究されてきた。その関係は、個人と個人、個人と組織、そして組織と組織の関係にまでわたる。個人と個人では、xxと小作人、医者と患者、弁護士と依頼人、個人と組織では、被保険者と保険会社、預金者と銀行、従業員と企業、組織と組織では、元請企業と下請企業、議会と政府などが挙げられる。
VC に関しては、2 種類のエージェンシー関係がある。1つは VC ファンドのゼネラル・パートナー(GP)である VC と VC ファンドへの出資者(リミテッド・パートナー[LP])の間の関係である。この場合は LP がプリンシパルで VC がエージェントである。もう 1 つは VC と VB の間の関係である。この場合は、VC がプリンシパルで VB がエージェントとなる3。
本稿では、VC をプリンシパルとし、VB をエージェントとするエージェンシー関係について分析する。Xxxx [1998]は、Xxxx, Xxxxxx and Thankor [1990]や Xxxxxxx [1986]を引きながら、VC と VB の関係には、エージェンシー関係をめぐる問題が必然的に生じるとしている 4。Xxxxxxx [2003]、Xxxx [1998]、Xxxxx and Xxxxx [2004]でまとめられているように、VC と VB の間のエージェンシー関係にも、他の関係と同じようにモラルハザード、逆選択、ホールドアップといった問題が生じる。
[モラルハザード]
VC と VB の間のモラルハザードは、エージェント(VB)がプリンシパル(VC)から投
2 将来は不確実なため、将来起こりうることをすべて予想して契約に反映することはできないし、またコストもかかる。そこで、契約では限られた事象のみ想定して、それらに対する条項が盛り込まれる。このような契約のことを不完備契約と呼ぶ。
3 Xxxxx [1998]は、これとは反対に、VB をプリンシパルとし、VC をエージェントとしてエージェンシー問題について論じている。
4 Reid [1998]。
資を受けた後の問題であり、VB が、VC の利益ではなく、VB 自身の利益を最大化しようと機会主義的に行動することを指す。大きく分けると、VB が事業活動以外へ振り向けた 労力や資産から得られる効用のことを意味するパーク(perquisite)と、VB が十分な労力 を注がない、つまり怠けるあるいは仕事に消極的になることを指すシャーキング(shirking)とがある。
Xxxxxx and Meckling [1976]は、経営者が企業の株式を 100%保有しなくなると、経営者は株主利益の最大化を追求せずに、一部の利益をパークとして費消する、と指摘している。パークには、豪華な事務所や自動車、余暇などが挙げられる。その結果、経営者はより企業価値を高めることのできる創造的な活動、例えばより大きな利益を生む新たな事業を探索するインセンティブが低下する。この状況は、オーナー経営者と外部投資家との関係について論じたものであるが、まさに VB の創業者であるxxxxxxxxが、VC から資金調達する状況にそのまま置き換えることができる5。
[逆選択]
逆選択は、VC が VB に投資する前の問題である。VC は VB に投資するに際して、アントレプレナーの提示しているビジネスプランは楽観的過ぎると考え、非常に厳しい条件を提示する。そのため、優秀なアントレプレナーは別のより有利な条件を受けることのできる方法で資金調達を行うか、あるいは VB の設立そのものを断念してしまう。そのため、 VC に資金提供を依頼してくるアントレプレナーは質の悪い人材ばかりになる恐れがある。この問題は、VC がアントレプレナーの提示している情報がxxかどうかを見極めること ができない、すなわち情報の非対称性が存在するために生じる。また、VC は、アントレ プレナーの能力や特性がどのようなものかについても判断することができない。
Xxxxx and Xxxxx [2004]によると、VC の過大投資もこの問題として説明できる。VB に投資する外部投資家は、いずれの時点でも過大な額を支払うリスクに直面している。アーリー・ステージのアントレプレナーは、自らの持分を一定に保ちながら資金を調達しようとする長期保有型の投資家に似ている。すなわち、できるだけ少ない株式の発行により、より多額の資金を得ようとする。投資回収の時点が近づくと、近い将来の価値が主な関心事となり、短期保有型の投資家に似てくる。どちらの場合でも、アントレプレナーは VB が市場で過大評価されているときに資金を調達するインセンティブが働く。
[ホールドアップ]
ホールドアップとは、投資が行われた後、すなわち契約が締結された後に VC がアント
5 Xxxxxx and Xxxxxxxx [1976]の議論を VC と VB に当てはめた説明としては、Xxxxx and Xxxxx [2004]を参照。
レプレナーから不利な条件を押し付けられる問題である。アントレプレナーがこの問題を 引き起こす行動に出ると投資価値が下落するため、行動を起こされた側である VC が困難 に直面する。この問題は、契約が不完備で、かつ関係特殊的な投資の場合、すなわち関係 特殊的な資産を持っているアントレプレナーの場合に発生することがある6。例えば、関係 特殊的な資産を有するアントレプレナーがある日突然、VB を辞めると通告して VC を脅し、契約を再交渉することによって、より有利な条件を獲得しようとする。一方の VC は、ア ントレプレナーがいなくなると VB の価値がなくなることを恐れてアントレプレナーの交 渉に応じるということが起こり得る7。
(3)エージェンシー問題の解決策
エージェンシー問題の解決策には以下のようなものがある。いずれも情報の非対称性とインセンティブの不均衡のどちらか、あるいは双方を解決することが主眼となっている。モラルハザードの問題を解決するには、まずその原因となっている情報の非対称性を解 消もしくは抑制する必要がある。その効果があるのがプリンシパルによるモニタリングとエージェントによるボンディングである。Xxxxxx and Xxxxxxxx [1976]は、この 2 つの方法に
よってエージェンシー・コストを低減する可能性について論じている。
モニタリングとは、投資後に VC が VB の行動を観察することであり、取締役やオブザーバーとして取締役会に出席したり、財務や事業関連の資料の提供を受けたり閲覧・監査する機会を得ることによって実現される。Hellmann and Xxxx [2000]と Hellmann and Xxxx
[2002]は、VC が VB のモニタリングに重要な役割を果たしていることを実証研究によって証明した。段階投資の場合には、VC は段階が進むにつれて、投資を継続するかどうかを評価する機会、すなわちモニタリングの機会を定期的に与えられていることになる。また、負債契約の特約条項もモニタリングの機会を提供する一例である8(Xxxxx and Xxxxx
[2004])。
ボンディングとは、VB が、契約上の義務の履行を VC に対して確約する役割を果たす。シグナリングとも通じるが、ボンディングはエージェントが機会主義的に行動しないとプリンシパルに対して約束する上での保証金であり、その約束を破った場合に支払わなければならない違約金である。例えば、VB が契約で、ある水準の業績目標を設定し、それを
6 関係特殊的資産を持つというのは、アントレプレナーの存在自体が価値であり( 知的財産など)、アントレプレナーがいなくなると VB がまったく価値がなくなるような場合である。
7 ホールドアップ問題は、VC 側の行動によって引き起こされる場合もある。Xxxxx and Xxxxx [2004]を参照。
8 しかし、VB の場合にはリスクが高く、通常であれば融資を受けることはできないため、負債契約も締結できない。また、仮に負債契約を結ぶことができたとしても、アントレプレナーが債権者の便益に
ならないリスクをとるという懸念がある。ただし、日本ではこれまでアントレプレナーが融資を受けることも多く、その場合、個人保証を入れるとか、資産すべてを担保に入れるなど、失敗したらアントレプレナーは無xxになるという融資方法が多く見られた。そのため、アントレプレナーはそれほど大きなリスクはとらないと思われる。
達成できればアントレプレナーが経営支配権を維持できるが、業績目標を達成できなければ外部投資家に経営支配権が移転すると定めたとする。その場合、xxxxxxxxが業績を保証するボンドを差し入れたことになる(Xxxxx and Xxxxx [2004])。同じような効果を、ワラントを発行したり、業績目標を達成できなければアントレプレナーを解任できるという権利を VC に与えることで達成することもできる。また、アントレプレナーは、過去に成功体験がある場合には、自らの名声をボンドとして利用することもできるし、自らの名声がない場合には、顧客や取引先などの名声をボンドとして利用することも可能である
(Xxxxx and Xxxxx [2004])。
逆選択に対しては、エージェントによるシグナリング、プリンシパルによるスクリーニングなどの対策が考えられる。シグナリングとは、VB が VC に対して自らのxx性を何らかのシグナルを発することによって示すことである。Xxxxxx [1973]は、労働者の学歴がシ グナルとして機能することを論じたが、同じようなことが VB でも言える。例えば、xx xxxxの説明で指摘したようにxxxxxxxxに過去の成功体験や名声の高い顧客や取引先などがある場合、それらがシグナルとして機能する。また、VC による追加の資金 提供の条件として、ある業績目標をベンチマークとして設定する契約にアントレプレナーが同意したとすると、それは、アントレプレナーが自らの立てた業績目標に自信を持っているシグナルとなる。また、業績目標を達成できなければアントレプレナーが経営支配権を放棄することを契約で認めれば、これもアントレプレナーの自信を示すシグナルとなる。
スクリーニングは、シグナリングとは逆に、VC が行うことであり、アントレプレナーに複数の選択肢から選択させることである。xxxxxxxによって、VC はxxxxxxxxの私的情報を引き出し、情報の非対称性の程度を軽減しようとする。例えば、VC がアントレプレナーに対して複数の資金提供案を提示し、アントレプレナーに選択させることによって、その質を測ることができる。アントレプレナーが VB の業績を良くすれば、より多くのリターンを得ることができるといった業績連動型の契約条項を盛り込むことによって、より能力の高いアントレプレナーだけが契約に同意するというのである。
ホールドアップ問題に対しては、理論的には垂直統合という解決策が論じられてきた。例えば、Klein, Crawford and Alchian [1978]は、ゼネラル・モーターズ(GM)がホールドアップ問題を解決するために、GM に対して独占的に車体を納入していたフィッシャー・ボ ディ(Fisher Body)を吸収合併した事例を垂直統合の事例として取り上げている。これを VC と VB の関係に当てはめると、VC が VB の株式をすべて買い取って、アントレプレナーに成り代わることを意味する。しかし、そうした場合には、別の問題が生じてしまい、かえってコストがかかるということが指摘されている9。
9 例えば、垂直統合して同じ会社あるいは子会社になったとしても、子会社の人材による怠慢によって統合前に期待したほどの成果をあげないこともあり得る。また、過剰投資、統合した本体と統合された会社との間の調整コストなどもかかる。Duffner [2003]を参照。
VC が用いるホールドアップ問題に対する解決策は、垂直統合とまではいかないが、その類似形として、VC が VB の経営支配権を握ることが挙げられる。しかし、この解決策は、有形資産の所有権に基づいた解決策であり、有形資産よりも無形資産が主体になっていることが多い VB のような場合には、経営支配権を握るだけでは解決は難しい。特に、アントレプレナーの能力が非常に重要な位置づけにある場合、すなわちアントレプレナーの関係特殊的資産の価値が大きい場合、アントレプレナーがどのようにしてその資産の価値を VB の価値として実現するかが鍵となる。そこで、対策として VC は、株主権利確定(ベスティング)条項などを契約に盛り込むのである。詳しくは、本章第 3 節(3)で取り上げる。
第2節 投資行動によるエージェンシー問題対策
VC は、前節で取り上げたような、エージェンシー関係から生じる諸々の問題に対して、投資行動と契約条項の工夫によって対応している。本節では、投資行動によるエージェンシー問題対策を取り上げる。VC は、主に 3 つの対策を取っていることが観察されている。第 1 に段階投資、第 2 に転換権付優先株式の利用、第 3 に投資前に詳細なデュー・ディリジェンスを行うことである。
(1)段階投資
アーリー・ステージの VB はリスクが高い一方、VC としては高い投資パフォーマンスを得られる可能性がある。それでもアーリー・ステージに VC が VB に対して行う初回投資の時点で、VB が成長して IPO など投資回収の段階に至るまでに必要な資金の全額を一括して投資するのは、VC としてはあまりxxではないと考えるであろう。実際、VB の成長につれ、このリスクは低下する。そこで、VC は投資回収までにいくつかのマイルストーンを設定して、初回投資では最初のマイルストーンまでに必要な資金だけを投資し、追加の資金は第 2 回目以降の投資にまわすという段階投資を行うのが一般的となっている。
Sahlman [1990]は、段階投資は VC が VB をコントロールするために利用できる最も重要な仕組みであると指摘している。理論的には、Xxxxx [1999]が、段階投資を行えば、追加投資を拒否することが可能となるだけでなく、段階の進行に従って清算価値が高まり、VC による清算の脅威が高まる結果、ホールドアップ問題10が緩和されると指摘している。すなわち、ホールドアップ問題は、アントレプレナーが関係特殊的資産を持っているために生じるとされるが、時間の経過とともに、その関係特殊的資産がアントレプレナーから VBに移転され、アントレプレナーの存在がなくても VB の価値が高いという状態が生じる。その結果、xxxxxxxxは VB に留まるのが得策となり、ホールドアップ問題が生じ
10 Neher [1999]では主にコミットメント問題と呼んでいるが、ホールドアップ問題と呼ぶこともあった。xxxxxxがプリンシパルと契約を締結後、xxxxxxはその契約を実行せず、再交渉や契約の不履行が生じる問題を指す。
る可能性が低下するということである。
また、Neher [1999]は、段階投資はよくリアル・オプションの考え方のうち、待機オプションとして論じられることが多いとしている。その上で、待機オプションでは、段階を経るごとに不確実性(リスク)が低下することに注目が集まるが、エージェンシー関係から生じるモラルハザード問題を解決するという視点はないと指摘している。
Xxxx and Xxxx [2004]は、これに対して、段階投資は、リスクをコントロールし、モラルハザードを和らげる役割を果たしていることを理論的に証明している。そして、投資契約と組み合わせることによって、エージェンシー問題を抑える契約の補完的な機能を効果的に果たすと指摘している。xx [2002]は、同じように、過去の研究を用いて、段階投資と VC 投資契約の補完的な関係を指摘している。
Gompers [1995]は、段階投資の実証研究により、エージェンシー・コストが高いほど段階投資の頻度が高まり、また一度に投資される額は少なくなることを示している。すなわち、エージェンシー問題の程度によって、投資の頻度と額を調整しているということである。
Xxxxxx and Strömberg [2003]は、初期投資からの月数が情報の非対称性の尺度となると指摘している。段階投資では、後続の投資を行うかどうかを検討するときに、投資先 VB の財務・業務内容を精査する。これが VC によるモニタリングの役割を果たして、情報の非対称性が軽減され、モラルハザードを和らげるという効果がある。。
また、段階投資には、名声効果が働くという側面もある。初期段階である VB に投資した VC が、後続の増資に際して投資しない場合、他の VC はその VB に何らかの問題があるものと考え、投資しないという判断を下す場合がある。しかし、反対に、名声の高い VCが、後続の増資でも投資するならば、名声効果により他の VC も追随する場合がある。
(2)転換権付優先株式
次に、転換権付優先株式である。優先株式は普通株式に比べてさまざまな優先的な権利を持つ。その 1 つが残余財産分配権である。この権利は、優先株式を保有する株主(優先株主)が、あたかも社債を保有しているがごとく、普通株式を保有する株主に優先して VBからキャッシュフローの分配を受けることができるという内容である。債権者の権利には劣後するが、VB が通常、融資を受けることができないことを考えると、VB からのリターンを最も優先的に受取ると考えてよかろう。つまり、転換権付優先株式は、VC が投資元本を回収した後でない限り、アントレプレナーはリターンを得ることができない仕組みになっている(Xxxxxx and Xxxxxxxx [2002])。このような権利が付随する結果、優先株式 1 株当たりの株価を普通株式 1 株当たりの株価よりも高く設定できる。その結果、初期投資においては、アントレプレナーが普通株式を極めて低い価格で購入し、一方で VC が高い
株価で優先株式を購入することによって、アントレプレナーの投資額が VC の投資額よりもかなり低い場合でも、VC を上回る持株比率を実現できる。しかし、通常、市場で取引されるのは普通株式であるため、IPO など VB の持分を現金化する機会になると優先株式を普通株式に転換できるような仕組みが施されているのが転換権付優先株式である。
Berglöf [1994]と Marx [1998]は、純粋な負債や純粋な株式よりも転換株式などの方が VC
と VB の関係をより効率よく律することができるということを理論的に示している。
Xxxxxx and Strömberg [2003]では、米国の VC 投資の 213 のサンプルのうち 204(95.9%)で転換権付優先株式が用いられているという結果が実証的に証明されている。
転換権付優先株式の転換価格を VB の業績に連動させると、アントレプレナーの自信を試す効果もある。例えば、発行済株式数が 550 万株のある VB が 400 万株を発行して 1,000万ドルを調達することを想定する。2 年間の何らかの実績(例えば売上高)を事業計画書の予測数値と比較して、75%以上を達成できていれば転換価格は当初の予定どおり 2.5 ド
ルとする。しかし、75%未満となった場合には、この価格を 2 ドルに下げる。その結果、
VC は 500 万株を獲得できる。さらに、50%未満の場合には 1.67 ドルとすると、VC は 600万株を取得し、VC の持分比率が過半数になる(Xxxxx and Xxxxx [2004])。このような方法は、xxxxxxxxの自信のシグナルを引き出すことになり得る。また、xxxxxxxxにとっては、業績を高い水準で維持するインセンティブとなる。同じことは、条件付のワラントを使っても実現可能である(Xxxxx and Xxxxx [2004])。
(3)デュー・ディリジェンス
デュー・ディリジェンスは VC が行うスクリーニングの手法の1つであり、VC が投資前に投資先候補となっている VB の財務・業務状況を精査する。VC は、デュー・ディリジェンスによって、逆選択を防ぐ、あるいは逆選択を軽減することができる。デュー・ディリジェンスの前にも、例えば、1000 件のビジネスプランが送られてきたら、VC はそのうちのほんの 10 人程度のアントレプレナーに対して面接し、最終的に投資するのは 2、3 件と言われている。このように、VC は 2 段階、3 段階にもわたって選別を行う。
特に、逆選択を解決する上で主眼となるのが、アントレプレナーの知識と技能、人格など、すなわち非金融資産(human capital)を適切に評価することである。そのため、多くの時間をこの点に費やしている。Xxxxx [1998]によれば、VC は 1 件の投資案件当たり平均 120 時間を非金融資産の価値評価に充てている。デュー・ディリジェンス全体では、もっと時間を費やすことになり、VC がデュー・ディリジェンスに多大な時間を費やすことがわかるであろう。
第3節 契約条項によるエージェンシー問題対策
VC は、エージェンシー問題を抑制・解消するために、投資行動の工夫だけではなく、投資契約の条項に対する工夫もしている。本節では、Xxxxxx and Strömberg [2003]に沿って、エージェンシー関係から生じる個々の問題に対して、どのような契約条項が対策として盛り込まれているかを具体的に見ることにする。
VC 投資契約をエージェンシー理論の観点から見ると、プリンシパル(VC)とエージェント(VB)との間の契約関係の焦点は、リスク分担と情報の非対称性の軽減にある。これら 2 つの問題に対処するための条項は、大きく分けて 2 つの権利として VC 投資契約に反映されている。1 つはキャッシュフロー受領権(cash flow rights, risly claims)であり、も う 1 つは経営支配権11(control rights)である12。リスク分担は、キャッシュフロー受領権に深く関係があるため、エージェンシー問題発生の原因として第 2 章第 1 節で指摘したインセンティブの不均衡を調整13する効果もある。それゆえ、VC 投資契約では、情報の非対称性とインセンティブの不均衡を是正することが主眼であると言うことができる。
Cestone [2002]は、VC 投資契約のキャッシュフロー受領権と経営支配権とは、負の相関関係にあり、VB の状況に応じて変化することを指摘している。すなわち、VB が順調に成長するにつれて、VC が保有する権利は経営支配権からキャッシュフロー受領権へと比重を移す。そして、VB が成功裏に IPO した場合には、VC は経営支配権を放棄し、キャッシュフロー受領権を行使できる形態、すなわち普通株式に保有株を転換することによって市場で売却する。それによって VC は投資に対するリターンを得られる。Xxxxxx and Strömberg [2003]は、VC 投資契約には経営支配権を低下させ、それに対してキャッシュフロー受領権を高めるような条項がサンプルの 18%で入っていることを実証研究で証明しており、これら理論と整合性がある。
表 1 は、エージェンシー関係から生じる問題を、モラルハザード、逆選択、ホールドアップの 3 つの問題に大別し、それぞれについて VC 投資契約のどの条項が対応しているかを示した一覧表である14。VC は、VB に投資するに当たりエージェンシー問題が生じるのを防ぐため、あるいはエージェンシー問題を軽減するために、契約書にさまざまな権利を定めた条項を盛り込もうとする。
表 1 では、それらの権利や条項をキャッシュフロー受領権、経営支配権、情報受領権の
11 コントロール権と訳されることが多いが、本稿では意味を明確にするために経営支配権と訳した。すなわち、企業の経営全般に関わる支配権の帰属に関する権利である。
12 情報の非対称性を軽減するために情報受領権を定めた条項も盛り込まれている。しかし、契約に定め
る以前の問題として、VB が投資家に対して情報を提供しない限り、投資家は満足もしなければ、そもそも投資もしないということになる。そのため、最も基本的な権利であると言え、ここでは特に取り上げない。また、経営支配権に関連する条項は、情報受領権を含んでいるものがほとんどである。
13 リスク回避度の高いアントレプレナーは業績連動型の報酬体系を嫌う。そのため、より高い報酬を提
示しなければならず、エージェンシー・コストが高くなる。インセンティブの調整がリスクと関係があること、およびその難しさを示す 1 つの例である。
14 表 1 の条項・権利の内容は、詳細版である付表を参照。
表 1 エージェンシー問題と VC 投資契約の権利・条項
エージェンシー 問題 | 権利 | 契約条項 |
モラルハザード | キャッシュフロー 受領権 | 転換権(conversion right) 自動転換条項(automatic conversion) 清算時残余財産優先分配権(liquidation preference)償還請求権(redemption right) 希薄化防止条項(antidilution provision)* 先買権(right of first refusal)共同売却権(right of co-sale)新株引受権(preemptive right) ------------------------------------------------------------------------------------ IPO 目的 譲渡制限契約(stock restriction agreements)* 他の契約の制限 調達資金の使途(use of proceeds)登録請求権(registration rights) 独占交渉権(exclusivity) 配当優先権(dividend preference) 持株比率維持権(right to maintain)* |
経営支配権 | 議決権(voting rights) 選任権(right to elect directors)# ------------------------------------------------------------------------------------ 希薄化防止条項(antidilution provision)* 共同売却権(right of co-sale)先買権(right of first refusal) 自動転換条項(automatic conversion) 譲渡制限契約(stock restriction agreements)* 新株引受権(preemptive right)転換権(conversion right) 独占交渉権(exclusivity) 取締役および取締役会(board representation and meeting)# 持株比率維持権(right to maintain)* | |
情報受領権 | オブザーバー権(observer right) 情報受領および閲覧権(information and inspection right) 取締役および取締役会(board representation and meeting)# | |
その他 | キーパーソン保険(key person insurance)投資家保護条項(protective provisions) 秘密保持に関する契約(nondisclosure agreement) | |
逆選択 | IPO 目的 競業禁止条項(noncompetition agreement)株主権利確定条項(vesting provisions) 事実表明および保証(representation and warranty)償還請求権(redemption right) 損害賠償 デュー・ディリジェンス(due diligence)連帯保証 | |
ホールドアップ | 株主権利確定条項(vesting provisions) 競業禁止条項(noncompetition agreement) |
注: キャッシュフロー受領権、経営支配権の点線より上は、本文の該当箇所で取り上げた条項・権利。点線より下には重複する条項・権利がある。括弧入りの英訳がある条項・権利は、欧米の文献に通常、掲載されているもの。英訳のない条項・権利は本稿のサンプルで見られたもの。
* 希薄化防止条項、譲渡制限契約、持株比率維持権、他の契約の制限はすべてほぼ同じ内容。
# 選任権、取締役および取締役会は、どちらも取締役を選任する権利を与える内容。
3 つに分類し、それぞれがどの権利・条項で実現されるのかも示してある。モラルハザード、逆選択、ホールドアップの定義については、前述のとおりである。本稿では、3 つの権利をこれらエージェンシー問題への対処策として位置づけ、これら 3 つの権利が契約締結後の問題を対象としていることから、すべてモラルハザードに分類した。キャッシュフロー受領権には、投資から投資回収に至るまでに、投資に対するリターンとして VC がキャッシュフローを受け取る権利に影響すると思われる権利・条項を分類した。経営支配権には、VB の経営に対する支配権に影響すると思われる権利・条項を分類した。ここでは、取締役会での支配権のみならず、株主総会での支配権も含めた。情報受領権には、VC が VB の事業・財務に関する情報を受け取る権利を規定した権利・条項を分類した。
以下に、この表を基にして主要な条項について説明する。
(1)キャッシュフロー受領権
まず、キャッシュフロー受領権は、VC が、VB の生み出すキャッシュフローを受け取る権利である。キャッシュフローの受領は、VC が VB に投資した成果に直結するものであり、投資する動機そのものであるから、極めて重要な意味を持つ。VB が成功したときのキャ ッシュフローの取り分に加え、VB が倒産した場合、あるいはそこまでいかなくても成功 というには程遠いが何とか生き延びている状態(リビングデッドの状態)の場合に VC が どのようにして、どの程度のキャッシュフローを受け取ることができるのか、についての権利である。
成功したときのキャッシュフローの取り分とは、具体的には VB が成功裏に IPO した場合や、大企業に VB を売却する場合に、株主が保有する株式と引き換えに受け取るものである。その取り分は、通常は普通株式の持株比率に応じて分配される。そのため、持株比率が高ければ、取り分も高くなる。しかし、VC とアントレプレナーが VB の株式を取得する株価が同じであれば、より多額の資金を出資した方がより多くの株式を取得することになるため、株価が同じであれば、アントレプレナーよりは VC の方が有利である。しかし、それではxxxxxxxxにとっては多大な労力を VB につぎ込むインセンティブが低下してしまう。そこで、米国の VC 投資でよく見られるのが、アントレプレナーは非常に低い価格で普通株式を取得し、VC は優先株式を高い価格で取得するという方法である。優先株式は単に高いだけではなく、前述したように、キャッシュフロー受領権や経営支配権に係るさまざまな権利が付随している。
ここでは、キャッシュフロー受領権に関係する条項として、転換権、残余財産分配権、償還請求権、希薄化防止条項、先買権、新株引受権を取り上げる。
[転換権]
VC が取得する優先株式は、通常、議決権などさまざまな権利が付随しており、VC はこれを普通株式より高い価格で取得するが、市場で売却できないことがある。そこで、IPOなどの事象が発生すると、これら優先株式は自動的に普通株式に転換することが定められている場合がほとんどである。投資契約の中では、株主が保有する優先株式を普通株式に、自分の好きなときに任意で転換できる転換権(conversion rights)、IPO など特定の事象が生じた場合に自動的あるいは強制的に転換される自動転換条項(automatic conversion
provision)などとして規定される。通常の転換比率は 1:1 であるが、希薄化防止などのために転換比率が調整される場合もある。Xxxxxx and Strömberg [2003]の実証研究では、サンプル契約のうち 95.9%がこの条項付であった。
自動転換には条件がつく場合もある。例えば、普通株式が最低限以上の価格であること、最低限以上の売却金額となること、かつ/もしくは最低限以上の株式時価総額となることがあげられる。Xxxxxx and Strömberg [2003]は、IPO 時の最低価格は、VC による購入価格 の 3 倍(中間値。平均値は 3.6 倍)、サンプルを初回投資(第 1 ラウンド)に限ると平均値
は 4.4 倍になると報告している。
IPO するということは VB が好調な場合であり、この場合、VC が保有する優先株式は普通株式に転換され、VC は経営支配権(議決権、選任権など)を放棄し15、キャッシュフロー受領権を得ることになる。
以上のように、優先株式を利用してそれに転換権を付随させることは、VC、VB 双方にとってメリットがある。VC にとっては、優先株式によって経営支配権を得ることで、VBの経営に対して受身ではなく、能動的に関与でき、それによって自らのリターン(キャッシュフロー)の最大化を実現するために活動することができる。一方、十分に投資目的を満たすようなリターンを生み出すことができる状態になれば、その時点で自らにとってより高い価値の権利、すなわちキャッシュフロー受領権を経営支配権と引き換えに取得するオプションを持っていることになる。
一方、xxxxxxxxにとって転換権はインセンティブをもたらすものとなる。第 1に、アントレプレナーが怠けたり、積極的な経営を展開しないでいると、優先株式および契約での取り決めによって経営支配権を持つ VC がアントレプレナーを交代させるかもしれないため、アントレプレナーにはそれを防ごうとするインセンティブが働く。第 2 に、 VC に対して優先株式を発行すれば、アントレプレナーはより安価で普通株式を取得することができ、出資額との対比では VB の持分を相対的に多く占めることができる。そのため、xxxxxxxxにとっては、VB が成功すればより多くのキャッシュフローを得る
15 これらに加えて、キャッシュフロー受領権に分類される残余財産分配権についても放棄することとなる。
ことができるというインセンティブになり得る。第 3 に、IPO によって VC が保有する優先株式が普通株式に転換されると、VC から経営支配権を取り戻せるため、業績を良くしてできるだけ早期に IPO を実現するインセンティブとなり得る。第 4 に、IPO 時の最低価格を転換の条件として設定することも、アントレプレナーにとってはより良い条件で IPOするために、業績をできるだけ良くするインセンティブとなる。
このように転換権では、インセンティブが適切に調整されることによって、モラルハザードを防ぐ仕組みになり得る。
[残余財産分配権]
(清算時)残余財産分配権(liquidation cash flow rights)は、VB が IPO など多額のリタ ーンを産む可能性がなくなったと VC が判断した場合、VC が VB を清算することによって、持分を確保する権利である。後者は債券に似ており、実質的に VC による VB への投資の リスクを低下させている。
Xxxxxx and Strömberg [2003]は、VC は、普通株式ではなく優先株式を保有することによって、1 つを除いてすべてのサンプルで、清算時に優先的にキャッシュフローの分配を受ける権利を得ているとしている。
[償還請求権]
償還請求権(redemption rights)は、負債の満期元本返済に類似しており、ある条件あるいは時期になると、VC が保有する株式を VB あるいはアントレプレナーが買い戻さなければならないというものである。Xxxxxx and Strömberg [2003]の実証研究では、サンプル中、 78.7%でこの条項が見られ、VC による出資から買戻しの時期までの年限は、5 年と定めるのが通常であった。以前は、米国の VC ではこのような条項はあまり見られなかったが、最近、増加傾向にあるとされている。しかし、条項の内容によっては、株式よりも社債とみなされ、税務・会計上のリスクが生じることもある。
償還請求権は、ボンディングとしてモラルハザードを防ぐ効果があると思われる。すなわち、努力して成功を収めない限り、一度受けた投資を、融資のように返済しなければならず、違約金を払うことになるからである。
[希薄化防止条項]
希薄化防止条項16(anti-dilution protection)は、将来の増資で既存株主の持株比率が低下することを防ぐための条項である。全く希薄化させないということは難しいが、希薄化の程度を抑えるための工夫はなされている。VB による後続の増資での株価がそれ以前の増
16 日本では、希薄化防止条項に加え、持株比率維持条項という形で契約に挿入してある場合がある。
資での株価よりも高い場合には希薄化の程度は小さいが、後続の増資での株価のほうが低い場合(ダウンラウンドと呼ばれる)には、希薄化の程度が大きくなる。その程度を抑制するために優先株式から普通株式への転換比率を調整する方法が、ラチェット条項17である。Xxxxxx and Strömberg [2003]では、希薄化防止条項はサンプルの 95%で見られた。そのうちフル・ラチェット方式をとっているのが 19.3%、加重平均ラチェット方式をとっているのが 75.6%であった。
この条項は、アントレプレナーにとっては、できるだけダウンラウンドを避けるために業績をよくするというインセンティブとして働き、モラルハザードを防ぐ効果があると考えられる。Xxxxxx and Xxxxxxxx [2002]によると、この条項が実現する権利は、転換権付優先株式に通常付随するものである。
[先買権]
先買権(right of first refusal)は、アントレプレナーが自分の保有する株式を売却しようとする場合、まずは既存の株主に対して通知し、その株主たちに売却対象となっている株式を購入する機会を与える。一方、既存の株主が先買権を行使せず、アントレプレナーがその保有株式を外部の投資家に売却する場合、既存の株主もアントレプレナーと同じ条件で自分たちの保有する株式を外部の投資家に売却できると言う権利がある。この権利は共同売却権として契約に盛り込まれる。
[新株引受権]
新株引受権は、VB が新株の発行により増資を行うとき、まず、既存株主が優先的に新株を割り当てられる権利である。通常は、持株比率に応じて引き受けることのできる新株数が決まる。
(2)経営支配権
経営支配権は、VC による VB への投資目的である十分なリターンを獲得するのに必要な条件および状況を作り出すために必要な権利である。その意味で、キャッシュフロー受領権とは異なり、投資目的から見ると間接的な権利ではあるが、この権利が十分に確保されていなければ、キャッシュフロー受領権も画餅となってしまう恐れがあることを考慮すると、VC にとって極めて重要である。VC が VB と結ぶ VC 投資契約は、将来起こりうることをすべて想定して定めることは不可能か、あるいはあまりにもコストがかかりすぎるた
17 自分たちが投資した株価より低い株価で株式が取引されることを防ぐ意味もある。日本でも契約書の中に「他の契約の制限」という形で、自分たちが締結した契約よりも良い条件で新たな契約を締結しようとする場合には、新たな契約の条件に合わせるよう VC と VB が協議することを定めた条項を入れている。これは株価などにも適用されると考えられる。米国で使われるラチェット条項に近い考え方である。
め、実際は不完備契約となる。そのためにエージェンシー問題は半ば必然的に発生することになるが、経営支配権を持つことができれば、不完備契約を補完してエージェンシー問題を抑制することができるため、VC 投資契約の主眼とも言える存在である。一方、xxxxxxxxにとっては、自分の経営におけるフリーハンドが制約を受けることになるため、VC への移行をできるだけ抑えたい権利である。
経営支配権の主なものには、議決権(voting rights)と(取締役)選任権(board rights)とがある。
[議決権]
議決権とは、基本的には株主が保有する株式 1 株について 1 票を持つ投票権であり、株主総会での決議で有効となる。通常は、持株比率に比例して強い権利を持つことになり、議案によっては、個々の種類株の株主だけで投票する(class voting)こともある。しかし、xx・xx[2000]によると、持株比率とは別に、契約によって一部の特定の株主に明示的に拒否権を与えることで、株主総会の権限を事実上、無意味にすることが実務では通例となっている。
[選任権]
選任権は取締役を選任する権利であり、持株比率とは別に、契約によって特定の VC に付与する場合が多い。この権利を有する VC は、持株比率とは無関係に(全く無関係とは言えないが)、VB の経営上、非常に大きな支配権あるいは影響力を持つことになる。そのため、原則として持株比率の意味は、キャッシュフロー受領権の配分に特化される傾向にあると言えよう。ただし、株主総会での特別決議を必要とするような案件の場合には、持株比率に応じた議決権が重要となる。
Xxxxxx and Strömberg [2003]では、米国の VC では、シードやスタートアップ(アーリー・ステージ)の VB の場合には、取締役数は平均 5 名であり、そのうち 2 名を VC が選任、2名をアントレプレナーが選任、1 名を両者の合意で選任すると報告している。また、レイター・ステージでは、平均 6 名中、2.6 人を VC が、2 名をアントレプレナーが、1.2 名を両者の合意に基づいて外部から選任するとしている。取締役会では、多くの経営に関する議題が決議されるため、選任権の効果がいかに大きいかは容易に想像できよう。
このように、選任権によって、VC が取締役会で大きな権限を持つことになり、アントレプレナーのモラルハザードを防ぐモニタリングの効果を生むことができる。
(3)その他の権利
[証明と表示]
契約条項には「証明と表示」の条項が必ず入っている。会社の実態について述べており、 VC に提供した資料や情報が事実であることを保証する。もし、事実に反していれば、VCは契約で定められた払い込みなどの義務の履行義務を負わない。そのため、これを入れること自体、アントレプレナーが事実を正しく伝えていることを示すシグナリングの1つであり、逆選択を防ぐ効果があると思われる。この条項には、デュー・ディリジェンスの請求権が盛り込まれることもあるが、多くはデュー・ディリジェンスなど投資前に VB が VC に対して提供した資料の信憑性を担保する条文が盛り込まれる。
[競業禁止条項]
競業禁止条項(non-compete clause)は、アントレプレナーが VB を去った場合、一定期間は当該 VB と同じ業種の仕事に就いてはならないという条項である。ホールドアップ問題に対する対策として投資契約に入れられている。契約などで定めたとしても、アントレプレナーを VB に縛り付けることはできないが、アントレプレナーが VB から去ることによって高い代償を払わなければならないような状況を作ることはできる。競業禁止条項があれば、仮にアントレプレナーが経営上の問題などで VC と衝突して VB から去ったとしても、アントレプレナーは自分が得意としている分野のビジネスをすることはできないことになる。そのため、xxxxxxxxは簡単には VB を去ることができなくなるのである。Xxxxxx and Strömberg [2003]の実証研究では、サンプル中、約 70%でこの条項が見られた。
[株主権利確定条項(ベスティング条項)]
株主権利確定条項(vesting provision)とは、アントレプレナーに時間差を置いて株式を付与することを定めた条項であり、アントレプレナーが VB から早期に去れば、付与されていない株式はもとより、付与されている株式でもアントレプレナーが去った後の VB が低価格で買い戻すことができるというものである。そのため、xxxxxxxxにとっては、できるだけ長期間 VB にとどまり、VB を成長させることが得策となる。それゆえ、ホールドアップに打って出ようという気が抑制されることになる。Kaplan and Strömberg
[2003]によると、この条項は全サンプルのうち 41%で見られ、サンプルを初回投資だけに限ると 48%で見られた。初回投資はホールドアップの発生するリスクがより高いと VC が考えていることを示唆している。
第3章 日本の VC による投資行動の特徴と仮説
第1節 VC タイプの特徴―過去の実証研究/アンケート結果より
第 2 章では、米国の VC の投資行動や投資契約について概観した。しかし、その内容だけに基づいて日本の VC 投資契約を分析するのは、適切ではない。なぜなら、日本の VCは、米国とは異なる発展を見せており、その性格が大きく異なるからである。その一因は、 Xxxxxx, Martel and Strömberg [2004]が実証研究で示したように、法制度の相違にもあると思われる18。例えば、1994 年までは独占禁止法によって VC が投資先企業へ取締役を派遣することは禁じられていたし、また日本の商法では、ごく最近まで発行できる種類株式が限られていた。
しかし、日本の VC と米国のそれとの相違を際立たせているのは、法制度以上に日本の VC の発展の仕方である。すなわち、米国の VC の 80%以上がどの組織とも資本関係を持たない、いわゆる独立系である19のに対し、日本の VC は、民間の VC が生まれた 30 数年前から、証券会社や銀行、事業会社などが出資して設立、経営されてきた。現在でもその構図は大きくは変わっておらず、多くの VC は証券会社や銀行、事業会社などの子会社であり、また表 2 に見るとおり、人事も出向という形をとる場合が多い。また、米国の VCは所有と経営が一致している場合が多いのに対し、日本の VC の多くは所有と経営が分離している。ただし、日本でも 1990 年代半ばから、大手 VC 出身者を中心とした独立系 VCの設立が増加している。
そこで、本稿では、日本の VC 投資契約を分析するに当たって、VC を設立した母体企業のタイプで分類し、その特性を基に仮説を立てた。その分類は、先行研究に基づき、証券系、銀行系、生損保系、事業会社系、外資系、独立系の 6 つとした。
[先行研究]
日本の VC をこのようなタイプ別に分けた実証研究であるxx [2002]は、VC を大きく銀行系、他金融機関系[証券系、保険会社系](これらをまとめて別途、金融機関系として分類)、商社・事業会社系、独立系(これらをまとめて別途、非金融機関系として分類)に
分類し、145 社に対するアンケート調査によってその経営行動の相違点を導き出している20。中小企業総合事業団 [2002]では、大枠は変わらないが VC をもう少し細かく分類している。その分類は、証券系、大手銀行系、地銀系、生損保系、事業会社系、外資系、独立系、投 育、その他となっている。また、中小企業総合事業団は平成 14 年(2002 年)と平成 15 年
18 この実証研究には日本は含まれていない。
19 xx [1997]。
20 調査では、2001 年 6 月上旬に 145 社にアンケート票を郵送し、2001 年 7 月末日までに回収されたアンケート結果 56 社分(回収率 38.62%)を使っている。
表 2 VC 系列ごとの特徴
証券系 | 銀行系+ | 生損保系 | 事業会社系 | 外資系 | 独立系 | |||
役員派遣 | 高い確率で実施 (76%) | ほとんどなし | ほとんどなし (13%) | 非常に高い確率で実施 (92%) | 実施 (100%) | 非常に高い確率で実施 (93%) | ||
18% | 27% | |||||||
財務・経理支援 | それほどでもない (39%) | ほとんどなし | ほとんどなし (25%) | 高い確率で実施 (75%) | 高い確率で実施 (67%) | 高い確率で実施 (79%) | ||
27% | 42% | |||||||
経営への関与(上記 2 点より評価*) | B | C | C | A | A | A | ||
投資ステージ | ステージごとにバランス よく投資 | レイター | レイター | シード、アーリー | - | アーリー | ||
1 件当たり投資額 | - | - | - | 大 | - | 大 | ||
モニタリング | 財務・業務 | 財務中心 | 財務・業務 | 全面的 | 全面的 | 全面的 | ||
1 人当たり 担当 企業数 | 1-6 社 | 20% | 17% | 19% | 16% | 33% | 100% | 37% |
7-9 社 | 22% | 0% | 14% | 0% | 0% | 0% | 20% | |
10 社以上 | 47% | 78% | 62% | 85% | 58% | 0% | 40% | |
社員の経験 年数 | 5 年未満 | 53% | 65% | 78% | 54% | 44% | 100% | 50% |
5-10 年 | 18% | 6% | 19% | 31% | 44% | 0% | 0% | |
10 年以上 | 16% | 29% | 0% | 0% | 11% | 0% | 12% | |
社員の出身 | プロパー | 26% | 6% | 0% | 0% | 25% | 67% | 43% |
出向 | 47% | 89% | 100% | 92% | 75% | 0% | 10% | |
組織の独立性# | B | C | C | B | - | A | ||
その他特徴 | 親会社による株式公開引受幹事取得の布石として重要な役割 | リスク回避的投資行動 地域に密着した行動 | - | 投資対象業種の特定 ほとんど特徴なし(ばらばら) | 欧米の投資方式(ただし法制度など環境の相違から困難に直面) | 投資対象業種の特定 | ||
注* 「経営への関与」の評点の基準は、役員派遣と財務・経理支援の双方で「高い確率で実施」(概ね 67%以上)であれば A、どちらかが「高い確率で実施」であれば B、どちらも「高い確率で実施」に該当しなければ C とした。「その他」などがあるため合計は必ずしも 100%にはならない。
# 「組織の独立性」の評点の基準は、中小企業総合事業団 [2004]による調査の分析結果のうち、ポイントごとに以下のように分けた。2>=A(独立性が高い) >0.67、0.67>=B(系列としての特徴なし)>=-0.67、-0.67>C(独立性が低い)>=-2。調査では、「組織の独立性が高い」方に「近い」場合に 2、「やや近い」場合に 1、「どちらでもない」場合に 0、「組織の独立性が低い」方に「やや近い」場合に-1、「近い」場合に-2 としてある。
+ 銀行系のうち、「役員派遣」、「財務・経理支援」、「1 人当たり担当企業数」、「社員の経験」、「社員の出身」の比率は、左が大手銀行系、右が地銀系の数値。
出所: Hamao, Xxxxxx and Xxxxxx [2000]、xx [2002]、中小企業総合事業団 [2002] 、中小企業総合事業団 [2004]より筆者作成。
(2003 年)とに分けて、日本の VC100 社以上にアンケート調査を行い、その結果に基づいて、VC のタイプごとの特徴を分析している(中小企業総合事業団 [2003]、[2004])。これらの調査では、VC を証券系、大手銀行・生損保・地銀・信金系、事業会社・商社系、独立系の 4 つに分類している。また、Hamao, Packer and Xxxxxx [2000]は、日本の VC を証券系、銀行系、中小企業投資育成、外資・独立系の 4 つに分類し、店頭市場での IPO 事例を使って実証研究している。
本稿では、これらの調査を基に、VC の特徴を表 2 にまとめた21。
表 2 では、VC の主たる特徴を 11 に限り、それぞれを VC タイプごとに比べてある。主たる特徴とは、役員派遣、財務・経理支援、経営への関与度(役員派遣と財務・経理支援からハンズオンの程度を A、B、C の 3 段階で評価22)、投資ステージ、1 件当たり投資額、モニタリング、1人当たり担当企業数、社員の経験年数、社員の出身、組織の独立性、その他の特徴である。
xx [2002]では、金融機関系(銀行系、証券系、保険会社系)VC は、レイター・ステージに投資を集中させ、VB の経営に積極的に関与することはないと結論付けている。その中でも銀行系 VC は、地域に密着した行動、リスク回避的な投資行動、財務パフォーマンスのモニタリング活動を中心とした関与行動を特徴とする。他金融機関系(証券系・保険会社系)VC は、財務及び業務パフォーマンスのモニタリングや専門的支援グループの開拓など、株式公開を念頭において VB の経営に関与するのが特徴としている。
中小企業総合事業団 [2002]では、証券系 VC は役員派遣を高い確率で実施(76%)しているが、財務・経理支援は「それほどでもない」(39%)ため、経営への関与としては「B」と評価した。しかし、銀行系 VC と生損保系 VC は、役員派遣も財務・経理支援も「ほとんどなし」であるため、経営支援は「C」とした。これら 2 つの系統は、どちらもレイター・ステージを中心として投資しており、経営支援がそれほど必要ない段階に至った VB を対象としていると考えられるため、このような結果となっていると考えられる。
Xxxxx, Xxxxxx and Xxxxxx [2000]では、証券系 VC は、投資先 VB の IPO に際して親会社に引受主幹事を受注させようとすると指摘している。その上で、大株主上位 10 名に証券系 VC が存在した VB のうち、その証券系 VC が自らの親会社に引受主幹事を委託しているのが 76 サンプル、すなわち 75%以上にのぼっていることを示している。引受主幹事になると、IPO 申請の関係で、VB についてより豊富かつ質の高い情報を得ることができるとしており、情報の非対称性を解消することを可能にするであろう。
また、Hamao, Packer and Xxxxxx [2000]は、銀行系 VC が投資している VB は、しばしば融資も受けていると指摘し、これは銀行が VB の株式保有によって融資に伴うエージェンシ
21 xx [1996]は、このような資本系列の分類は実態を表していないとして異なる分類をしている。
22 基準は、表 2 の注書を参照。
ー・コストを抑制する機能であると考えられると指摘している。さらに、銀行は、IPO 前には子会社である VC だけではなく、直接 VB に投資することもあるとしている。その上で、サンプル中 78%(456 件中 363 件)で上位 10 株主に 1 社以上の銀行が存在するとしている。銀行系 VC あるいは銀行本体は、IPO 前よりも IPO 後に持株比率を高める傾向にあり、他の系列の VC と比べると、VB の株式を保有することによって、VB にとっては「保証
(certification)」の機能を果たし、より信頼性があるのではないか、と指摘している。
一方、非金融機関系(商社・事業会社系、独立系)について、xx [2002]は、投資対象業種を特定し、アーリー・ステージにある VB への投資を行い、VB の経営に積極的に関与する傾向にあると結論付けている。商社系・事業会社系 VC は、「製品やサービスの開発」や「事業戦略の形成」など、VB の実際の業務活動に関与する傾向にある。
中小企業総合事業団 [2002]では、事業会社系 VC、独立系 VC、外資系 VC は、非常に高い確率で役員派遣を行っており、それぞれサンプル中、92%、93%、100%であった。また、財務・経理支援も「高い確率で実施」しており、総じて経営への関与が高いものと評価される。これに比例して、モニタリングを全面的に行っている。また、投資ステージの傾向については、事業会社系 VC と独立系 VC については、シードもしくはアーリー・ステージで投資する傾向にあることが示されている。
Xxxxx, Xxxxxx and Ritter [2000]は、外資・独立系 VC については、他の系列の VC よりは持株比率が高いとしている。証券系 VC が平均 5.5%、銀行系 VC が平均 4.3%であるのに対し、外資・独立系 VC は、平均 8.4%であった。そして、IPO に際して、あるいは IPO 後、まもなく、保有する株式のほとんどを売却する傾向にあることを証明している。
第2節 仮説の提示
第 2 章では、主に米国の先行研究より、米国の VC が VC 投資契約で用いる主たる条項・権利について概観した。しかし、前述のように、日本では、制度的な相違もあり、第 2 章で取り上げた、転換権、残余財産分配権、株主権利確定条項などは、それほど一般的に用いられていない。そこで、本節では、これらを念頭に置いて仮説を提示する。
本節では、前節でまとめた VC 設立の母体企業のタイプによる分類とそれぞれの特徴を 踏まえ、第 2 章で概観したエージェンシー関係から生じるそれぞれの問題を解決するために、日本の VC が投資契約においてどのように工夫しているのかについての仮説を立てた。その際、VC タイプ、投資先企業の属性およびステージの 2 つの視点を加味した。
まず、サンプル全体を対象として仮説を立てる。日本の金融システムは、米国と比べると間接金融型であるということが指摘されてきた23。米国の VC は、シードやアーリー・
23 Black and Gilson [1998]は、日本をドイツと並んで銀行中心の資本市場であるとして、これら両国と米国の VC の発展を比較している。
ステージの VB に投資し、その成長に関与することによってリターンを得てきた24。これが本来の VC と言えよう。一方、日本の VC は 1990 年代くらいまで、レイター・ステージの VB を中心とした投資を行ってきた。そこにはさまざまな要因があったと思われるが、1つには、日本の VC は、1990 年代前半まで、VB の発行する株式への投資よりも融資の方が多かったという歴史がある。例えば、秦・xx [1996]によれば、1993 年の日本の VC による投融資の比率は、株式への投資が 20%、融資が 80%であった25。この数値を見る限り、 VC というよりも銀行のようなものであり、日本の VC がリスク回避型であったことは否定できないであろう。日本の VC 全部がこのような状況とは言えないが、多くは当てはまるものと考えられる。
そうであれば、日本の VC の VC 投資契約は、リスクを極力低減するような条項・権利が盛り込まれていると考えられる。リスクを抑制する条項は、上述のようにキャッシュフロー受領権に関する条項であり、少なくとも投資金額の元本を回収できるような仕組みをもたらす条項である。米国では、債権的な性格を持つ優先株式に付随した権利として、(清算時)残余財産分配権が一般的に盛り込まれている。しかし、日本ではまだ優先株式はそれほど普及していないと考えられる。そのような制度上、慣行上の遅れを補うために、残余財産分配権と同じような効果のある、別の条項・権利を設定している可能性はある。その最たるものが償還請求権である。
ここで仮説 1 を提示する。
仮説 1: 日本の VC 投資契約には、将来得られるリターンのリスクを低減するために、最低でも投資元本の回収ができるような条項が盛り込まれている。すなわち、償還請求権(買戻し条項)が規定されているものと思われる。
初回投資の時点では、リスクが高いだけではなく、VC と VB の間に極めて高い情報の非対称性が存在し、VC としては、モラルハザードを強く意識した契約を結ぶものと考えられる。しかし、投資の回数が増えるにつれ、情報の非対称性は低下する。そのため、段階投資を行っている VC の投資契約は、これらの事象を反映して変化が見られると考えられる。
ここで、仮説 2 を提示する。
24 近年では、ファンドの巨大化により、レイター・ステージ投資へと比重を移しつつあることが指摘されている。Xxxxx and Xxxxx [2004]を参照。
25 その後、融資の比率は 1997 年には 18.7%、2003 年になると 0.8%へと低下している。xx・xxx・xx [2006 刊行予定]を参照。
仮説 2: 段階投資を行っている VC の投資契約で、モラルハザード対策のために設けられている条項は、後続の投資契約では、その強度が低下する。
日本の VC は、1990 年代まではレイター・ステージ中心に投資する傾向にあったことは前述した。レイター・ステージに成熟した VB(あるいは中小企業)に投資し、数年後に IPOさせるというのが一般的なパターンとされ、成功とみなされる投資回収は、IPO が唯一の手段であった。現在では、M&A も投資回収の重要な手段として件数で言えば IPO を上回っている26が、個別の回収額では依然として IPO の方が高い27。その意味では、VB が IPOしなければ、VC のリターンは VC ファンドへの出資者を満足させることはできないであろう。そうであれば、VC はまず、VB が IPO することを中心に考え、それに向けて何らかの条項を契約に盛り込むことが想定される。そのような条項を盛り込み、IPO できない場合には、代替手段で VC にリターンをもたらすようにアントレプレナーに義務付けるとすると、それはアントレプレナーをスクリーニングしていることになり、逆選択を防ぐ効果があると思われる。逆に、アントレプレナーとしては、そのような条項を受け入れるということは、自信の表れであり、シグナリングの効果がある。
ここで仮説 3 を提示する。
仮説 3: 日本の VC 投資契約では、IPO を義務付けるか、あるいはアントレプレナーに投資回収の手段として IPO を意識させるような条項が盛り込まれている。
次に、投資先企業のステージと特性に関する仮説を提示する。事業会社系 VC と独立系 VC は、シードやアーリー・ステージの VB に投資する傾向が高いという調査結果が出ている。一方、銀行系 VC はレイター・ステージで投資する傾向にある。IT 系 VB に対する投資のサンプルを見ると、事業会社系 VC と独立系 VC は IT 系 VB が設立された年、すなわちシード・ステージに投資している。また、銀行系 VC は設立から 3 年経過してから投資していることから、レイター・ステージへの投資ということができよう28。早い段階で投資するとリスクがより高いというのはファイナンス理論上、常識であるが、同じようにモラルハザードが発生する確率も高い。逆にレイター・ステージではリスクはかなり低下しており、またモラルハザードの発生度合いもそれほど高くないものと想定される。
ここで仮説 4 を提示する。
26 xx・xxx・xx [2006 刊行予定]。
27 xx [1998]。
28 VBの成長段階は、一般的にシード段階、スタートアップ段階、その他の初期段階(これら3つの段階
を総称してアーリー・ステージと呼ぶ)、拡張段階(レイター・ステージ)に分けられる。xx・xxx・xx [2006刊行予定]を参照。
仮説 4: IT 系 VB に対する投資契約について、アーリー・ステージで投資している事業会社系 VC と独立系 VC と、レイター・ステージで投資している銀行系 VC では、内容が異なると考えられる。具体的には、前者はエージェンシー問題に対応できる条項の多くを盛り込み、後者は盛り込んでいない条項もある。
前節より、独立系 VC は高い確率でハンズオン投資を行っていることがわかった。独立系 VC は、高い投資パフォーマンスを求める傾向にあり、そのためにシードやアーリー・ステージの VB に投資する。そのようなステージにある VB と VC の間には、大きな情報の非対称性が存在する。この問題を解消するには、モニタリングを徹底すればよいが、単にモニタリングだけではなく、実際に VB の経営により強い影響を及ぼすのが効果的である。独立系 VC は、ほとんどの投資先に役員を派遣しているという調査結果が出ている。役員派遣は不完備契約を補完する手段であり、それによって経営支配権を握るか、あるいは経営支配権に相対的に大きな影響を及ぼし、モラルハザードの発生を抑制することができる。
ここで、仮説 5 を提示する。
仮説 5: 独立系 VC の投資契約には、役員派遣に関する条項、すなわち選任権を定めた条項が入っている。
一方、表 2 より、銀行系 VC は、レイター・ステージに投資する傾向にある。銀行はリスク回避度が高いため、その子会社である銀行系 VC も同じ性質を持っているものと考えられる。実際、表 2 に見るように、銀行系 VC はリスク回避的投資行動をとるという結果が出ている。また、銀行系 VC の人材は、90%から 100%が親会社からの出向であり、2、3 年で入れ替わる(経験 5 年未満が 65%から 80%)。そのため、経験が蓄積されず、ハンズオン投資ができないということから、レイター・ステージへの投資に偏るのであろう。その結果、xxxxxxは行うが、役員派遣は基本的には行わないという行動をとるものと考えられる。
ここで仮説 6 を提示する。
仮説 6: 銀行系 VC の投資契約には、選任権が盛り込まれていない。
表 2 より、銀行系 VC では、社員の約 90%から 100%が親会社である銀行からの出向社員で占められている。そのため、長くなる傾向にある融資契約に慣れ親しんだ社員が多い
ということが言える。また、生損保系 VC は銀行系 VC と非常に近い特徴を持つことがわ かる。モラルハザードの事例でよく用いられるのが保険であり、その意味では保険会社はエージェンシー問題への対処の仕方につき、相対的に知識と経験があるものと考えられる。それは保険契約が、条文が多く、長い契約になる傾向として表れている。
ここで仮説 7 を提示する。
仮説 7: 銀行系 VC と生損保系 VC は、リスクを低下させるための条項、すなわち細かい規定まで行い、できるだけ完備契約29に近づけるような傾向にあると考えられる。つまり、エージェンシー問題に対処する条項をできるだけ多く盛り込んでおり、その結果、より長い契約を作ることになる。
外資系 VC は、日本人スタッフにより運営されていたとしても、母体である海外の VCの影響を強く受けた投資行動をとるとされている。しかし、日本での投資行動においては、過去には役員派遣が禁じられていたり、使える種類株が限られている時期があった。その
ため、制度的に米国流の投資方式をとるのに困難を感じているという調査結果が出ている。そうであれば、外資系 VC は、制度的な不備を投資契約の工夫で補っているのではないか と考えられる。特に、不完備契約しか締結できない状況で、最も効果的にモラルハザードを防ぐため、モニタリングができ、しかもモニタリング以上にモラルハザード対策として効果的な経営支配権をどのようにして握るかが工夫のしどころである。
ここで仮説 8 を提示する。
仮説 8: 外資系 VC は、取締役会への役員派遣を基本としつつも、それが何らかの事情でできない場合には、実質的に取締役会的な機能を果たす機関を作り、その機関で米国の VC のような経営支配権を実践できるような条項を盛り込んでいる。
Xxxxxx, Xxxxxx and Strömberg [2004]は、23 カ国の 145 の VC 投資契約を米国のそれらと比較し、米国以外の国々で成功している VC は、米国的な VC 投資契約を VB と結ぶ傾向にあるという研究結果を提示し、米国的な VC 投資契約が最適であると結論付けている。そして、米国と同じコモン・ローの法体系を取っている国々の VC 投資契約は、米国のそれと極めて近い内容であることを報告している。Xxxxxx, Martel and Strömberg [2004]では、成功
29 将来、起こり得る事象をすべて想定して、それらに対応する条文を盛り込んである契約のこと。スポット契約などでは存在するが、中長期的な契約では、限定合理性(合理性の限界)のゆえに作成は非現実的である。
の尺度を VC の生き残りで測っているが、結果的には最適な契約はエージェンシー問題に適切に対応できる契約であり、第 2 章で取り上げたようなキャッシュフロー受領権や経営支配権を取得できる条項のほとんどを盛り込んでいると考えられる。この実証研究の結果が日本にも当てはまるとすれば、外資系 VC(米国系ではないが、コモン・ローの法体系を取る国の VC が出資)は、日本でも米国の VC 投資契約に倣った投資契約を締結していると考えられる。
ここで仮説 9 を提示する。
仮説 9: 外資系 VC の投資契約には、エージェンシー問題に適切に対応できる条項、すなわち転換権、残余財産請求権、償還請求権、先買権、新株引受権、議決権、選任権、希薄化防止条項、競業禁止条項、株主権利確定条項などが盛り込まれている。
証券系 VC による VB への投資は、親会社による株式公開引受主幹事を取得するための布石として重要な役割を果たしているという特性が指摘されている。これは、米国における VC による投資行動の実証研究や理論研究では、考慮されることのない内容であり、日本に特有のものと言うことができよう。この特徴は、xx、xxxxxxx問題とは無関係のように考えられる。しかし、VC 投資による投資収益に加え、親会社による IPO 時の引受業務の受注も VC 投資の重要な目的と考えられるため、IPO しなければ投資する意味が大きく低下する。そのため、この場合もモラルハザードを抑制するための条項は十分に盛り込まれていると考えられる。ただ、ここでの考察で重要なことは、証券系 VC にとって特徴的なこと、すなわち親会社による引受業務の受注を想定した VB 投資という点である。
ここで仮説 10 を提示する。
仮説 10: 証券系 VC は、IPO 時の引受証券会社の決定について自らの決定権を担保するための条項を盛り込んでいる。
以上に提示した仮説をエージェンシー問題への対処法との関係でまとめると表 3 のようになる。VC タイプとエージェンシー問題への対応策とが、一応、網羅されている。転換件付優先株式の仮説を立てることができなかったのは、それほど盛んに用いられていないためではないかと思われる。実際、今回のサンプルはすべて普通株式であった。
表 3 仮説の位置付け
モラルハザード | 逆選択 | ホールドアップ | 段階投資 | 転換権付優先株式 | |||
モニタリング | ボンディング | スクリーニング | シグナリング | ||||
全体 | 1 | 0, 0 | 0, 0 | 0, 3 | - | - | - |
証券系 | 10 | 10 | 10 | 10 | - | - | - |
銀行系 | 6, 7 | 4, 6, 7 | 4, 7 | 4, 7 | 7 | - | - |
生損保系 | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | - | - |
事業会社系 | 4 | 4 | 4 | 4 | - | - | - |
外資系 | 8, 9 | 8,9 | 9 | 9 | 9 | - | - |
独立系 | 2, 4, 5 | 2, 4, 5 | 2, 4, 5 | 2, 4, 5 | - | 2 | - |
注:数字は仮説の番号
第4章 仮説の検証
第1節 サンプル
(1)VC の分類
本稿の分析の対象となったサンプルを、VC 投資契約の一方の当事者である VC、すなわちプリンシパルを基準として分類してみる。サンプルは、日本の VC13 社による 17 本の VC 投資契約である。これらはある VC が投資している VB4 社から提供を受けた。表 4 にあるように、サンプルは証券系 3、銀行系 5、生損保系 2、事業会社系 1、外資系 1、独立系 5 と、少数ながら、バランスよく散らばっている。
表 4 VC 系列と投資先業界分類
バイオ | IT | 製造業 | 合計 | 備考 | |
証券系 | 2 | 0 | 1 | 3 | バイオ 1 本と製造業 1 本が同じ VC |
銀行系 | 4 | 1 | 0 | 5 | ― |
生損保系 | 1 | 0 | 1 | 2 | ― |
事業会社系 | 0 | 1 | 0 | 1 | ― |
外資系 | 1 | 0 | 0 | 1 | ― |
独立系 | 0 | 4 | 1 | 5 | 同じ VC のもの 4 本あり |
合計 | 8 | 6 | 3 | 17 | ― |
また、VC の投資先であり、VC 投資契約のもう一方の当事者である VB、すなわちエージェントを分類すると、バイオ・ベンチャーが 2 社、IT ベンチャーが 1 社、製造業ベンチャーが 1 社である。各系列の VC がどの VB に投資しているかを表 4 にまとめた。
(2)VB の特性
VC の投資先であるバイオ・ベンチャー2 社、IT ベンチャー1 社、製造業(精密機器)ベンチャー1 社の属性と VC による投資年をまとめると表 5 のようになる。
表 5 VB の属性と投資年
VB の属性 | 投資年 | ||||||
分野 | 設立年 | 証券系 | 銀行系 | 生損保系 | 事業会社系 | 外資系 | 独立系 |
バイオ-A | 2001 年 | 2002 年 | - | 2002 年 | - | - | - |
バイオ-B | 1994 年 | - | - | - | - | 2003 年 | - |
IT | 2000 年 | - | 2003 年 | - | 2000 年 | - | 2000 年 (2) 2002 年 (2) |
製造業 | 1987 年 | 2003 年 | 2003 年 (3) | 2003 年 | - | - | 2003 年 |
注:括弧内の数字はサンプルの数。
バイオ・ベンチャー2 社のうち 1 社は設立の翌年に投資が行われており、アーリー・ステージということができよう。バイオ・ベンチャーのもう 1 社は、設立から 9 年後の投資であり、依然として当期損失を出しているが、IPO を 1、2 年後に控え、拡大を目前にしているため、レイター・ステージでの投資と考えることができよう。一方、IT ベンチャーは、アーリー・ステージに VC2 社が 5 件の投資(シード段階が 3 件とスタートアップ段階が 2件)、レイター・ステージに銀行系 VC1 社が投資している。また、製造業ベンチャー1 社については、設立が 1980 年代と相対的に古く、今回のサンプルは、レイター・ステージでの投資ということになる。
第2節 仮説の検証
(1)仮説 1
17 サンプル中、14 サンプルで償還請求権が見られる。ただし、残る 3 サンプルは、次の仮説 2 で見るように、独立系 VC が段階投資の結果、初回投資の際の投資契約には存在した償還請求権を 2 回目の投資からは削除したため、償還請求権が盛り込まれていない。これを数字で見ると、償還請求権は全体で 82.7%、初回投資に限ると 100%盛り込まれている。償還請求権については、Xxxxxx and Strömberg [2003]が、米国の VC 投資契約のサンプ
ルでは、全体では 78.7%、サンプルを初回投資に限ると 81.7%で盛り込まれていると報告していることを考慮すると、その確率の高さには驚かされる。
よって、仮説 1 は支持される。
(2)仮説 2
段階投資については、独立系 VC1 社が同じ VB に対して、設立直後とその数ヶ月後に投資しているサンプルがある。これによると、ほとんど設立と同時に投資した時の投資契約では、株式の償還請求権(買戻し条項)が盛り込まれていた。ところが、次に投資した際の投資契約書からは買戻し条項が削除されていた。交渉の結果と考えられるが、VC としては、情報の非対称性の程度が低下したことが、買戻し条項を削除することに同意した大きな要因であったと考えられる。このことは、Xxxxxx and Strömberg [2003] の、初期投資からの月数が情報の非対称性の尺度となるという指摘と整合的である。
よって、仮説 2 は支持される。
(3)仮説 3
17 サンプル中、全サンプルに IPO を目的とする旨の条項が盛り込まれている。そして、償還請求権をこの IPO 条項と結びつけているのがほとんどである。つまり、IPO できない場合には、株式を買い戻す義務を VB もしくはアントレプレナーに課す内容である。
よって仮説 3 は支持される。
(4)仮説 4
IT 系 VB にアーリー・ステージで投資している独立系 VC の投資契約は 4 サンプルあるが、前述したようにこれらはすべて同じ VC のものである。そのため、4 つとも 1 点を除いて
同じ内容、文言である。それを踏まえて挿入されている条項を見ると、独立系 VC、事業 会社系 VC は双方とも、モラルハザードと逆選択に対処するためのキャッシュフロー受領 権に分類した希薄化防止条項、持株比率維持権、新株引受権を契約に盛り込んでいる。キャッシュフロー受領権のうちではモラルハザード対策として最も効果が高いと思われる償還請求権については、事業会社系 VC は条文内容としては弱いながらも盛り込んでいるが、独立系 VC は、4 本の投資契約のうち、1 本だけに盛り込んでいる。この理由については仮説 2 で述べた。経営支配権については、独立系 VC は選任権、取締役および取締役会に関 する条項を盛り込んでいるが、事業会社系 VC は盛り込んでいない。
これらから言えることは、キャッシュフロー受領権の面では、独立系 VC と事業会社系 VC は、モラルハザードと逆選択の問題への対応策として妥当な契約条項を盛り込んでいる。しかし、経営支配権の面では、独立系 VC は、十分な対策をとっているが、事業会社
系 VC には不十分な点が存在する。
一方、レイター・ステージで投資している銀行系 VC は、償還請求権と譲渡制限契約のみであるが、その他の条項や権利は盛り込んでいない。つまり、キャッシュフロー受領権としては、エージェンシー問題対策ができているが、経営支配権についてはそれほど考慮していないことがわかる。
以上より、明確に仮説 4 を支持することはできない。しかし、アーリー・ステージで投資した独立系 VC と事業会社系 VC の方が、相対的にエージェンシー問題を意識した契約を結んでいるということはできよう。
(5)仮説 5
サンプルの VC 投資契約には、取締役の具体的な人数まで規定したものはなかったが、
「取締役またはオブザーバーの指名」という条項は 17 サンプル中、8 サンプルで見受けられた。独立系 VC では、5 本の投資契約のすべてでこの条項が見られた。そのうち 4 本は同じ VC による同じ投資先に対するものである。ちなみにこの独立系 VC は、IT 系 VB に対してオブザーバーとして取締役会に出席しているだけである。
取締役であろうが、オブザーバーであろうが、経営上の重要事項を決議する取締役会に出席するということは、それだけでモニタリングが相当程度行われていることになる。その上、取締役ということになると、取締役会での議決権を持つことになり、VB の経営に実質的な影響を及ぼすことになる。それを受け入れるxxxxxxxxは、自らの能力と VB の成功に自信があるということになり、ボンドを差し出したことになる(ボンディング)。それゆえ、この条項があるということは、モラルハザードの防止・抑制に効果があるものと考えられる。また、この条項を受け入れるということは、アントレプレナーの自信のシグナリングにもなるため、逆選択の防止にもつながるものと思われる。
よって、仮説 5 は支持される。
(6)仮説 6
銀行系 VC のサンプル 5 つのうち、4 本では選任権が盛り込まれていない。よって、仮説 6 は支持されると考えてよかろう。
(7)仮説 7
銀行系 VC の投資契約は 5 つある。まず、条項の数を基準として契約の長さを比較してみる。5 つの契約はそれぞれ、26 ヶ条、15 ヶ条、12 ヶ条、13 ヶ条、11 ヶ条である。17 サンプルの平均が 14 ヶ条であるから、相対的にはむしろ短いという印象である。
次に、質的な面を見てみる。モラルハザード、逆選択、ホールドアップといったエージ
ェンシー問題を防ぐための条項がどの程度入っているかを調べた。モラルハザードへの対策では、キャッシュフロー受領権、経営支配権、情報受領権に関する条項が盛り込まれているはずである。キャッシュフロー受領権に分類される償還請求権と、情報受領権に関する条項はすべてのサンプルに存在する。希薄化防止条項、新株引受権はそれぞれ 1 つのサ
ンプルでのみ見られた。譲渡制限契約は 3 つのサンプルで見られた。一方、経営支配権に
分類される選任権、取締役および取締役会条項は、それぞれ 1 つのサンプルでしか見られなかった。
逆選択への対策としては、連帯補償条項、損害賠償条項を入れてあるサンプルがそれぞれ 1 つずつあった。また、モラルハザード対策とも重なるが、買戻し条項(償還請求権)、 IPO 目的条項も逆選択対策であり、5 つのサンプルすべてで見られる。逆選択とホールド アップの両方の問題への対策となり得る競業禁止条項は、1サンプルのみが盛り込んでいる。
以上より、5 つのサンプル全体を通じては、エージェンシー問題への対策としてさまざまな条項を盛り込んでいるが、個別に見ると、すべてを網羅しているサンプルは見当たらない。
よって、仮説 7 は支持することができない。
(8)仮説 8
外資系 VC の投資契約には、選任権は盛り込まれていないが、取締役の選任権に非常に近い条項として、経営会議の設置とそのメンバーシップおよび議決権を持つ、という条項が入っている。経営会議は、VB の取締役 3 名と VC が指名した 4 名からなり、全員が議決権を持つ。すなわち、VC 側が過半数を握っていることになる。しかも、取締役会に諮られる議案は経営会議で決議されたものに限られるという規定となっている。これはある意味で実質的な取締役会であり、しかもそれゆえに VC が経営支配権を握っていることになる。つまり、最も強力なモラルハザード対策がとられていることになる。
よって、仮説 8 は支持される。
(9)仮説 9
外資系 VC の投資契約には、仮説 8 で取り上げた選任権の他にもエージェンシー問題に対応することを想定した条項が盛り込まれている。それらの条項が有する権利は、議決権に加え、残余財産分配権、希薄化防止条項・持株比率維持権、償還請求権、先買権、新株引受権、競業禁止条項である。転換権、株主権利確定(ベスティング)条項は本項のサンプルでは付されていないが、その 2 つを除いてもこれほど多くの権利を規定しており、モラルハザード、ホールドアップへの対応ができているものと考えられる。
よって、仮説 9 は支持される。
(10)仮説 10
証券系 VC の投資契約には、特約条項という形で引受証券会社の変更について、VC が何らかの影響力を及ぼせるような条項が盛り込まれているものがある。証券系 VC の投資契 約 3 本のうち、1 本は「幹事証券会社・・・・・の決定・変更」について VC と事前に協 議する、1 本は「幹事証券会社の決定または変更」について事後に報告する、残りの 1 本 には引受証券会社ではなく、「金融機関の変更」について速やかに通知すると記述されてあった。仮にある VB が、自分たちに投資している VC の親会社である証券会社から、別の 証券会社、例えば、競合の証券会社に IPO の引受証券会社を変更するということを想定してみる。3 本のサンプルにある条項は文言の相違による感じ方がそれぞれに程度が異なり、 VB にとっては、事前の協議は強制力が生じるが、事後に知らせるだけでもそれなりの理 由がない限り、幹事証券会社を変更しようという気にはならないものと考えられる。これら 3 本のうち 2 本は同じ VC の投資契約であるが、相違が生じているのは興味深い。
よって、仮説 10 は支持される。
(11)検証のまとめ
以上の検証結果を表 6 にまとめた。
表 6 検証結果のまとめ
サンプル 仮 説 | 証券系 1 | 証券系 2 | 証券系 3 | 銀行系 1 | 銀行系 2 | 銀行系 3 | 銀行系 4 | 銀行系 5 | 生損保系 1 | 生損保系 2 | 事業会社系 1 | 外資系 1 | 独立系 1 | 独立系 2 | 独立系 3 | 独立系 4 | 独立系 5 |
1 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × | × |
2 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | ○ | ○ | ○ | ○ |
3 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | × | - | - | × | × | × | × |
5 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
6 | - | - | - | ○ | × | ○ | ○ | ○ | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
7 | - | - | - | × | × | × | × | × | × | × | - | - | - | - | - | - | - |
8 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | ○ | - | - | - | - | - |
9 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | ○ | - | - | - | - | - |
10 | ○ | ○ | ○ | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
第5章 終わりに
第 1 節 要約
本稿では、VC が VB に投資する際に、VB との間で締結する投資契約が、エージェンシ ー問題の発生を防止するためにどのような工夫がしてあるかについて、実際の投資契約を 用いて実証研究を行った。先行研究より、米国の VC は、VC 投資契約にエージェンシー問 題を防止・抑制するための各種条項を盛り込む傾向にあることがわかった。それらの条項は、契約に規定される VC の権利という観点で大別すると、キャッシュフロー受領権、経営支 配権、情報受領権、その他に分類することができる。米国の VC 投資契約であれば、これ らの権利の枠組みに基づいて分析することができる。しかし、米国の VC とは発展の仕方 が異なる日本の VC にこの枠組みをそのまま当てはめることはできない。そのため、本稿 では、日本の VC を設立した母体企業によって系列に分け、系列に基づいて投資契約を分 析した。
その結果、日本の VC は、系列ごとに特徴が異なり、その特徴に応じて契約が異なっているということが、限定的に言えることが明らかとなった。しかし、全体としては、エージェンシー問題に対する対策としての条項を網羅的に盛り込んでいる契約は極めて少ないことが示された。
全体の傾向としては、以下の 2 点が明らかになった。
日本はこれまで間接金融中心の市場であり、銀行の影響力が強かった。そのためかどうかわからないが、日本の VC はこれまでそれほどリスクをとらない傾向にあったようである。そこで、契約もリスクを低減する手段が講じられているものと想定され、実際、株式への投資でありながら、債券のように元本がほぼ保証されている償還請求権(買戻し条項)がほとんどの契約に盛り込まれていることが示された。
また、1990 年代までの日本の VC の投資行動における大きな特徴として、IPO を数年内にできそうな VB にレイター・ステージで投資し、成功とみなされる投資回収の手段をほぼ IPO のみに依存していることが挙げられる。そして、すべての VC 投資契約に IPO を目的とし、義務化するような条項が盛り込まれていることが確認された。
VC の系列ごとの特徴で言えば、それぞれの VC は、系列の特徴を反映させた契約を結ぶ傾向にあるが、米国の VC のように、エージェンシー問題全体への対応策となる条項のすべてを網羅するような契約は結んでないことがわかった。同じことは、エージェンシー問題の程度が大きいはずのアーリー・ステージでの投資と、エージェンシー問題が多少、緩和されていると想定されるレイター・ステージでの投資での投資契約を IT 系 VB に関して検証した場合にも言える。しかし、外資系 VC は例外であり、エージェンシー問題への対策が、投資契約の中にある程度、網羅されている。
第 2 節 本稿の限界
本稿は、この分野では日本で初の論文になると思われる。しかし、サンプル数が少ないために、分析結果にはバイアスが生じている可能性が否定できない。また、分析の対象が投資契約の文面であり、Xxxxxx and Strömberg [2003]が得たような、その他の関連情報がほとんどない中での実証研究となった。そのため、仮説の提示と検証が VC の系列を中心としたものとなり、厚みを持たせることができていない。つまり、今回、VC 投資契約の文面という限られた情報を用いて分析しているため、その背後にあるそれぞれの条項がなぜ契約に盛り込まれている、あるいは盛り込まれていないのはなぜか、という疑問や原因などを十分には解明できていない。
第 3 節 課題と新たな仮説の提示
前節で述べたような限界はあるものの、サンプルは貴重な資料であることには変わりがない。そこで、このような資料を使って、今後の研究に資するような課題と、周辺の関連情報を得ることによって検証可能になると想定される仮説を提示してみたい。
まず、試みとして、今回の分析対象となった契約書 17 サンプルを、第 2 章で先行研究
を基にまとめた枠組みに沿って評点付けした。その結果を表 7 に示してある。表 7 を見る限り、どの系列の VC が、エージェンシー問題への対策が十分にとられた投資契約(表 7では「A」のついているもの)を結んでいるかというような明確な傾向は見られない。
サンプルを細かく見ている中で、疑問に感じた点があった。製造業 VB への投資を同じ増資ラウンドで行った証券系 VC、独立系 VC、銀行系 VC は 1 点を除いて同じ契約書を使用している。その 1 点とは、証券系 VC と独立系 VC の契約書には「投資者の約束」が抜けていることである。これは、VC が「発行会社が新たに資金が必要になった場合、発行会社の請求により、追加投資の是非およびその方法について誠実に検討する」こと、および「発行会社の事業拡大に資するため、積極的に経営または技術の指導を行う」ことを定めたものである。ある意味で、VC が縛られる面があるため、証券系 VC と独立系 VC が嫌ったものと思われる。本来は、銀行系 VC の方が縛られるリスクを嫌い、この類の条項は盛り込まないはずであるが、今回のサンプルでは逆の結果となっている。その理由については、不明である。今後の研究課題であろう。
次に、今回の実証研究では、VC 投資契約の条文のみを拠り所としているため、エージェンシー問題の解決に効果的であると思われる契約条項・権利が、実際にエージェンシー問題の解決に役立ったという証拠は得られていない。今後、この点を解明するには、投資先 VB の業績に対するフォローアップ調査、VC や VB へのインタビューを含む実証研究が求められる。
最後に、VC 投資契約そのものの質の問題は、VC と VB との間に生じる問題を最小限に抑え、より実りある事業創造が行われるために極めて重要である。xx [2001]によると、
「契約を詳細に定め、厳しく履行を求めていく」こと、すなわち「契約の厳密さ」と業績の間には、統計的に有意な関係を見いだすことはできなかったという。これは、ある意味で日本では投資契約が未熟という証拠と思われる。今回の実証研究でも、当然、盛り込まれているはずの条項が盛り込まれていないのはなぜか、あるいはなぜこの条項が盛り込まれているのか、と不思議に感じることもあった。そこに合理的な理由があればよいが、そうでない場合の方が多いように思われる。そうであるとすれば、今後、この分野の研究が進み、また VC と VB が投資契約の締結という経験を積むことによって、より洗練され、実質的にエージェンシー問題の発生を未然に防ぐことのできるような、最適な契約が結ばれるようになることが望まれる。
表 7 サンプルの評点
サンプル 条項・権利 | 対応する エージェンシー問題 | 証券系 1 | 証券系 2 | 証券系 3 | 銀行系 1 | 銀行系 2 | 銀行系 3 | 銀行系 4 | 銀行系 5 | 生損保系 1 | 生損保系 2 | 事業会社系 1 | 外資系 1 | 独立系 1 | 独立系 2 | 独立系 3 | 独立系 4 | 独立系 5 |
償還請求権 | モラルハザード、逆選択 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × | × |
希薄化防止権 | モラルハザード | ○ | × | △ | △ | ○ | ○ | × | △ | ○ | △ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
選任権 | モラルハザード | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
IPO 目的 | 逆選択 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
連帯補償 | 逆選択 | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | × |
損害賠償 | 逆選択 | × | ○ | × | × | × | × | × | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | × | × |
競業禁止契約 | 逆選択、 ホールドアップ | ○ | × | × | × | ○ | × | × | × | ○ | × | × | ○ | ○ | × | × | × | × |
評点 | モラルハザード | 3 | 1 | 1.5 | 1.5 | 3 | 2 | 1 | 1.5 | 2 | 1.5 | 2 | 3 | 3 | 3 | 2 | 2 | 2 |
逆選択 | 4 | 3 | 2 | 2 | 4 | 2 | 2 | 3 | 4 | 2 | 2 | 4 | 4 | 2 | 1 | 1 | 1 | |
ホールドアップ | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
総合評点* (9 点満点) | A | B | C | C | A | B | C | B | A | C | B | A | A | B | C | C | C |
注: 表 1 の分類に従い、類似した内容の条項は 1 つにまとめてある。
* 総合評点は、7 点以上 9 点以下をA、4 点以上 7 点未満をB、1 点以上 4 点未満をC とした。
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付表 エージェンシー問題と VC 投資契約の権利・条項(詳細版)
問題 | 権利 | 契約条項 | 内容 |
モラルハザード | キャッシュフロー受領権 | 転換権 (conversion right) | 決められた転換比率で株主が優先株式を普通株式に任意で転換できる権利。通常の転換比率は1:1。 |
自動転換条項 (automatic conversion) | ある特定の状況で優先株式が自動的に普通株式に転換されることを定めた条項。特定の状況とは、IPO(新規株式公開)と優 先株式を保有する株主(優先株主)による決議が一般的。 | ||
清算時残余財産優先分配権 (liquidation preference) | 会社の売却または清算を決定した場合に、残余財産の分配を優先的に受ける権利。優先株式に付随する権利であり、優先株 式が普通株式に優先する。 | ||
償還請求権 (redemption right) | 株主の請求を受けた場合、優先株式を一定期間(3-5 年)経過後に一定額で買い戻す義務を VB に課す権利。価格は発行価 格に一定の利息相当額を付けた価格など、さまざまに規定される。以前は米国では稀であったが、近年は増加。日本では多くの VC 投資契約に見られる。 | ||
希薄化防止条項 (antidilution provision) | 新規増資や M&A などの理由で新株式を発行した結果、既存株主の持株比率が低下することを防ぐ条項。新株式が以前の株 式発行よりも低い価格で行われる場合には、ラチェット条項(ratchet provision)や加重平均ラチェット条項(weighted average ratchet provision)などを使って、優先株式の普通株式への転換比率を高めることによって希薄化の程度を緩和する。 | ||
先買権 (right of first refusal) | アントレプレナーや VB の経営陣がその保有する株式を売却しようとする場合、それ以外の株主がその通知を受け、売却対象となっている株式を買い取る機会を与えられる権利。 | ||
共同売却権 (right of co-sale) | 既存株主が先買権を行使せず、アントレプレナーや VB の経営陣による株式売却を認めた場合、既存株主がその保有株式の 一部をアントレプレナーや VB の経営陣と同じ条件で第三者に売却できる権利。 | ||
新株引受権 (preemptive right) | 新株式の発行時に以前の株式発行で引き受けたのと同じ比率で、新たな投資家に優先して既存株主が新株を引き受ける機会 を与えられる権利。 | ||
IPO 目的 | 特定の期間を定めて、その期日までに IPO することを義務付ける条項。日本では多くの VC 投資契約に見られ、償還請求権 と関係が深い。 | ||
譲渡制限契約 (stock restriction agreements) | 主にアントレプレナーや VB の経営陣に対して、保有する株式を VC の承諾なく、第三者に譲渡すること、あるいは担保と して供することを禁じる条項。 | ||
他の契約の制限 | VC と締結した契約に規定する VC の権利や、アントレプレナーや VB の経営陣の義務を、後続の投資契約を締結する第三者に承認させることをアントレプレナーや VB の経営陣に義務付ける条項。また、当該 VC と締結した契約よりも有利な条件 を後続の契約締結を行う第三者に与える場合、当該 VC にも同じ条件を与えたものとみなす。 | ||
調達資金の使途 (use of proceeds) | 調達資金の使途を定めた条項。 | ||
登録請求権 (registration rights) | 保有株式を証券取引委員会(SEC)に登録することを任意の時点で請求できる権利。SEC に登録されていない株式は市場で 売却できないため、IPO 前後に行使される。 | ||
独占交渉権 (exclusivity) | VB が VC と資金調達の交渉をしている場合、他の VC に対して同様の交渉をすることを禁じる権利。複数の VC 間での条件 闘争に巻き込まれるのを防ぐために盛り込まれる。 | ||
配当優先権 (dividend preference) | 取締役会で配当を決議した場合に優先的に配当を受け取る権利。しかし、優先株式に付随する権利であり、優先株式が普通 株式に優先する。ベンチャー企業(VB)では、配当を行うことは稀。 |
持株比率維持権 (right to maintain) | 一定価格以下で新株式が発行される場合に、一定の持株比率以上を有する株主が持株比率を維持する権利。 | ||
経営支配権 | 議決権 (voting rights) | 株主として行使する議決権。全株主による議決権の行使の場合には、優先株主は優先株式を普通株式に転換した場合の株数 で投票する。また、優先株主や、特定種類の優先株主だけで議決権を行使する場合には、保有する優先株式数に基づいて議決権を有する。 | |
選任権 (right to elect directors) | 優先株式の株主として一定数の取締役を選任する権利。 | ||
希薄化防止条項 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
共同売却権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
先買権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
自動転換条項 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
譲渡制限契約 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
新株引受権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
転換権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
独占交渉権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
取締役および取締役会 (board representation and meeting) | 取締役会の定員、開催の要件に加え、各種類株式ごとに何人の取締役を選任するかを定めた条項。 | ||
持株比率維持権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | ||
情報受領権 | オブザーバー権 (observer right) | 取締役の選任権はないが、会社経営に一定の影響力を行使するために取締役会に参加する権利。モニタリング効果がある。 | |
情報受領および閲覧権 (information and inspection right) | VB の財務や事業の状況について、一定期間ごとに情報や資料を受領する権利。また、任意の時点で株主が情報を閲覧する機 会を得られる権利。 | ||
取締役および取締役会 | 経営支配権の枠を参照。 | ||
投資家保護条項 (protective provisions) | VB に重大な影響を与える重要事項について、一定数の優先株主の同意を得ることを要すると定めた条項。実質的に優先株主 に対して拒否権を与えるもの。例えば、合併、営業譲渡、定款変更、優先株式の発行、配当、株式の償還など。 | ||
キーパーソン保険 (key person insurance) | VB にとって欠かすことのできない人材、すなわち VB の関係特殊的資産であるアントレプレナーに万一のことが起こった場 合のためにかける保険。保険金の受取先は VB の場合と優先株主(VC)の場合とがある。 | ||
秘密保持に関する契約 (nondisclosure agreement) | VC 投資契約の内容や、VB が VC 投資契約の情報受領権などに基づき提供する情報のうち、特に機密情報として特定した情 報を第三者に漏洩しないことを定めた契約。 | ||
逆選択 | IPO 目的 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | |
競業禁止条項 (noncompetition provisions) | アントレプレナーや VB の経営陣が VB を辞めた場合、あるいは解任された場合、一定期間は同類の事業に関与することを 禁じる条項。 | ||
株主権利確定条項 (vesting provisions) | アントレプレナーや VB の経営陣に対して、最初からすべての株式を授権せず、一定のマイルストーンを定めて、それを達成するごとに授権することを定めた条項。アントレプレナーや VB の経営陣が VB を辞めた場合や解任された場合には、授権されていない株式を VB が買い取る権利を定める。これによって、アントレプレナーや VB の経営陣が VB を立ち上げるだ けではなく、一定期間努力して、VB を成長させない限り、リターンを得られないようにしてある。 |
その他
事実表明および保証 (representation and warranty) | 投資家が株式を引き受ける前提として、引受の時点で VB の内容に隠された問題がないこと、それまでに開示した情報がx xであることを保証する条項。 | |
償還請求権 | キャッシュフロー受領権の枠を参照。 | |
損害賠償 | VC 投資契約の条項に VB あるいはアントレプレナーが違反した場合、また、VB あるいはアントレプレナーが VC に提供した情報や資料が不正確、不完全であった場合、それらによって VC が被った損害を VB またはアントレプレナーが賠償する 義務を定めた条項。日本の VC 投資契約に見られることがある。 | |
xxx・xxリジェンス (due diligence) | VC が、事業計画書や経営陣の説明などに基づき、投資を検討している VB の内容について、投資決定前に実際に確認する作 業。 | |
連帯保証 | アントレプレナーと VB が、VC 投資契約によって課された義務(債務)の履行を連帯して保証することを定めた条項。日本 の VC 投資契約に見られることがある。 | |
ホールドアップ | 株主権利確定条項 | 逆選択の枠を参照。 |
競業禁止条項 | 逆選択の枠を参照。 |
注: 括弧入りの英訳がある条項・権利は、欧米の文献に通常、掲載されているもの。英訳のない条項・権利は日本の VC 投資契約のサンプルで見られたもの、あるいは重複する条項・権利があるもの。
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