Contract
はじめに
契約自由の原則では、「その契約をするかどうかなどの選択は本人に委ねられている。契約に関する選択の自由がある中で、締結するという選択をした以上は、自分の選択した契約を守る義務がある」と考えます。ただし例外的に、一方の当事者が、契約を一方的に解消できる場合があります。ここでは、その民法上のルールを取り上げます。
契約をやめる方法として、いわゆる「合意解約」という方法があります。これは、契約当事者双方で自分たちがいったん締結した契約を解消する合意をする場合を意味するもので、契約自由の原則に基づくものといえます。今回取り上げる「契約解除」とは別の制度です。
無効・取消し・解除
民法で定めている、いったん成立した契約を
「やめたい」時に利用できる制度には、「無効」「取消し」「解除」の3種類があります。
「無効」とは、成立した契約に契約としての効果がないことを意味します。「取消し」とは、有効に成立した契約に法律上の取消原因がある場合には、それを理由に、取消権を持っている当事者がその契約を取り消すことによって最初からその契約を無効にできる制度です。「解除」とは、有効に成立した契約に解除原因がある場合に、解除権を持っている当事者が契約を解除することによって契約を解消できる制度です。
2017 年の民法改正では、「無効」「取消し」「解除」にかかわる規定の改正をしています。この章では、それらの基本的な考え方を整理し、改
正点について取り上げます。
無 効
誌上法学講座
消費生活相談に役立つ改正民法の基礎知識
第 4 回
契約をやめる
x xxx
― 無効、取消し、解除
Xxxx Xxxxxxx 東京経済大学現代法学部教授、弁護士
専門は契約法、消費者法。国民生活センター客員講師、同消費者判例評価検討委員会委員、xxx消費者被害救済委員会会長などを務める。著書に『Q&A 市民のための消費者契約法』(中央経済社、2019 年)ほか多数。
契約が無効である場合とは、法律上契約に無効原因がある場合です。
(1)無効原因
しん り
改正前の民法では、契約の無効原因として、公序良俗に反する契約(90 条)、心裡留保のただし書(93 条)、虚偽表示(94 条)、錯誤(95 条)が定められていました。
無効原因がある契約は、最初から無効であり、契約としての効果はなく、無効な契約を有効な契約にすることはできません。一定期間が経過すると有効になる、というものでもありません。例えば、心裡留保のただし書、虚偽表示、錯誤による契約を有効なものにしたい場合は、新たな契約を締結する必要があります(119 条)。
2017 年の改正民法では、錯誤による契約を無効から取消しに改正し、錯誤による契約は無効の対象ではなくなりました*1。また、意思無能力者の契約などの法律行為は無効であることを明確化する条文を設けました*2。
(2)無効な行為の清算ルール
無効な契約であっても、当事者がその契約に基づいて支払ったり、商品の引渡しなどの債務の履行に該当する行為をしてしまう場合があります。契約が無効であれば、契約に基づいて金銭を支払ったり、商品を引き渡したりする必要はありません。そこで、金銭を受け取った人は支払った人に金銭を返還するべきと思われますし、商品を受け取った人は引き渡した人に返すべきと思われます。無効な契約に基づいて履行がなされた場合に、元の状態に戻すときはどの
*1 xxxx://xxx.xxxxxxx.xx.xx/xxx/xxx/xxx-000000_00.xxx *2 xxxx://xxx.xxxxxxx.xx.xx/xxx/xxx/xxx-000000_00.xxx
ように考えたらよいでしょうか。無効な行為の清算をどう考えるかという問題です。
無効の場合の清算方法について、従来は明確に条文を設けていませんでした。そこで、不当利得の条文の解釈によって対処していました。改正法121 条の2 では、無効の契約に基づいて給付がされた場合の清算方法を明確化するために、新たに条文を設けました。1項では、
無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
と定めています。原状とは、給付をする前の状態を意味し、給付前の状態に巻き戻す義務があるということです。具体的には、無効な契約の債務の履行として商品などの引渡しを受けた場合には、その商品を返還する義務を負います。金銭を支払った場合には、受け取った相手方は全額を返還する義務を負います。
ただし2項では、無償行為が無効であった場合の清算方法については例外的に異なる規定を定めています。例えば、贈与契約などの無償契約に無効原因がある場合に、その契約に基づいて商品の引渡しなどを受けた当事者が、給付(商品の引渡しなど)を受けた時点では無効原因があることを知らなかった場合には、「現に利益を受けている限度で」返還すればよいとしています。「現に利益を得ている限度で」とは、原状回復をする時点に手元にある状態で返還すればよいということです。
3項では、意思無能力者や制限行為能力者が契約を取り消す場合についても、同様に「現に利益を受けている限度で」返還すればよいとの規定を定めています。通常の無効の清算よりも、判断力が不十分な当事者の清算義務を軽減しています。
取消し
有効に成立した契約でも、法律上の取消原因がある場合には、取消権者はその契約を取り消すことができます。改正前の民法による取消原因は、制限行為能力者の契約と詐欺・強迫によ
る契約の2種類でした。民法以外の法律でも取消事由を定めているものがあります。消費者契約の場合には消費者契約法4条による取消制度があります。特定商取引法では、訪問販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・特定継続的役務提供取引・業務提供誘引販売取引の5種類に取消制度があります。
2017 年の改正民法では、95 条で錯誤による契約も、無効から取消しの対象になりました。
取消制度の意味
取消事由のある契約は、無効と違って、契約は有効なものとして成立します。放置すれば、契約は有効なまま存続します。ただし、取消事由がある場合には、取消権者がその契約の維持を望まないのであれば、取り消すことによって無効にできます。取消制度を簡単に表現すれば、契約は有効に成立するが、取消権者が有効なまま続けるか取り消して無効にするか選ぶことができる制度ということです。
したがって取消制度では、誰が取り消す権利を持っているかという取消権者、いつまで取り消せるかという取消期間、どのような方法で取消しをすればよいかという取消方法などについての定めがあります。取り消した後の清算方法は無効な契約とほぼ同じです。
(1)取消権者(改正法120 条)
制限行為能力者のした契約で、取り消せる場合には、制限行為能力者本人、代理人、承継人が取り消しできます。承継人とは、相続人と考えればよいでしょう。錯誤・詐欺・強迫が取消原因の場合には、それらが原因で意思表示をした本人、代理人が取り消しできます。
(2)取消しの効果(121 条)
取り消すと、その契約は最初にさかのぼって無効となります。
(3)清算方法=原状回復の義務
(改正法121 条の2)
取り消すことによりその契約は無効となるので、契約をする前の状態に戻す、つまり原状に
回復する義務が双方に生じます。この場合の処理は、無効の場合と同じです。
(4)取消しの方法(123 条)
取消しは相手方に対する意思表示で行います。つまり、相手に対する通知が必要だということです。法的効果をもたらす大切な通知ですから、一般的には配達証明付き内容証明郵便が用いられます。
(5)追認(改正法124 条、125 条)
取消事由がある契約を、追認することによって完全に有効な契約にすることができます。追認するためには次の条件がいずれも整っていることが必要です。第一は、取消しの原因となっている状況が消滅していること、第二は、取消権者が取消権を有していることを知った後であることです。第二の条件は、改正法で追加されたものです。追認は、相手方に対する意思表示で行います。これにより、契約は完全に有効なものになり、以後は取り消しできなくなります。
追認には、本人が追認するつもりでいたわけではなくても、追認することができる時以降に、一定の行為をすることにより、追認したものとして扱われてしまう場合があります。これを法定追認と言います。ただし、「これは追認するわけではない」ことを相手に伝えていた場合(改正法125 条は、これを「異議をとどめたとき」と表現しています)は、法定追認には当たりません。法定追認に当たる行為は、取消事由のある契約に基づく債務の一部または全部の履行、履行の請求、取り消すことができる行為により取得した権利の全部または一部の譲渡などです。
(6)取消期間(126 条)
取り消すことができるのは、追認することが
契約を解除できる場合
有効に成立し取消事由はない契約でも、解除することによって契約を解消することができる場合があります。民法540 条では、次のように定めています。
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。
契約の規定によって一方が解除権を有する場合とは、契約つまり当事者間の合意で一方当事者が契約を解除できると定めている場合、つまり契約で解除についての特約を設けている場合です。典型的な特約が、手付です(557 条)。通信販売の返品特約も同様のものですが、特定商取引法で、返品制度の有無や内容が明確でなかったり、表示がない場合には、商品が届いてから8日間は返品できるとしているので、この点は法定解除権に該当すると言えます。
法律の規定により一方の当事者が解除権を有する場合とは、こういう場合には契約を解除できると法律で定めている場合のことです。これを法定解除権といいます。民法上の法定解除権として、債務不履行解除権があります。特別法で定めている法定解除権としては、特定商取引法や割賦販売法などのクーリングオフ制度があります。本稿では、民法上の法定解除権について説明します。
改正前の民法による法定解除制度
改正前の民法では、債務不履行による解除、
か し
できる時から5年間です。ただし、長くても契約締結から20 年間に限られます。契約してから20 年が過ぎても追認できる時が来ない場合には、契約締結から20 年が経過しているから取り消すことはできなくなるということです。
売買契約の瑕疵担保責任による解除、請負契約の担保責任による解除などが定められています。
債務不履行による解除は、債務者が契約の履行期限が過ぎても履行しない履行遅滞、履行ができなくなった履行不能、履行はされたものの契約の趣旨に沿わない不完全なものであった不完全履行があり、その不履行が重大なもので、
かつ、不履行が債務者の責めに帰すべき事情に よる場合(債務者の過失によるのとほぼ同じ意味)とされていました(改正前541 条、543 条)。瑕疵担保責任については、売買契約などで債 務者が債権者に引き渡した商品に隠れた瑕疵があり、瑕疵が重大で契約した意味がないような場合には、債権者は契約を解除できると定めていました。瑕疵担保責任による契約解除は無過失責任とされ、債務者の責めに帰すべき事由がない場合であっても契約を解除できるとしている点が債務不履行解除制度とは違う特殊な制度
になっていました(改正前570 条、566 条)。また、請負契約の担保責任については、仕事
の目的物に瑕疵があり、そのために契約を締結した目的を達することができない場合には注文主は契約を解除することができると定めつつ、建物や土地の工作物については解除できないものと定めていました(改正前635条)。そのため、消費者が工務店に依頼して建物を建てたところ、その建物に大きな欠陥があって到底住むことができないような場合でも、消費者は契約を解除できないなどの問題がありました。
改正民法による債務不履行解除
(改正法541条~ 548 条)
改正民法では債務不履行が大幅に改正され、売買契約の瑕疵担保責任の規定(改正前570条)が削除されました。
まず、債務不履行を理由に契約を解除する場合には、債務者の帰責事由がないときでも解除できるものとしました。債務者に重大な債務不履行があり、契約を履行する意味がないという場合には、債権者は契約を解除することにより契約を解消すれば、自分の債務を履行する必要がなくなります。例えば、売買契約で、販売会社に重大な債務不履行があるとき、購入者は、債務不履行を理由に売買契約を解除することで自分の対価を支払うという債務もなくなります。
このように債務不履行による解除には、債務者の帰責性を必要としないと改正することで、
改正前の瑕疵担保責任による解除(瑕疵担保責任は無過失責任だった)は債務不履行責任による解除に一本化されることになったわけです。次に、相手に債務不履行がある場合には、相手 に対して、相当な期間を定めて契約の趣旨にかなった履行をするように請求し、相当な期間内に相手が履行しない場合は契約の解除ができるのが原則です(改正法541 条)。これを「催告による解除」といいます。しかし、相手に催告しても意味がない場合には、催告による解除は合理的とはいえません。そこで、改正法では、催告することなく解除できる場合を明確化しました。これを無催告解除といいます(改正法542
条)。無催告解除ができるのは下記の場合です。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶す
る意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
ただし、債務不履行の原因が、債権者にある場合には債権者は債務不履行を理由に解除することはできません(改正法543 条)。
請♛契約の担保責任
改正前は、建物その他の工作物に瑕疵がある場合には、請負契約を解除することができないとする規定を設けていました(改正前635 条)。しかし、この規定は現在では合理性に欠けることから削除されました。