Contract
最近の判例から
⑺−賃貸借予約契約と手付解除−
建築予定の建物における店舗の賃貸借予約契約において、履行の着手を問うことなく手付解除を認めた事例
(東京地判 平27・1・28 判例時報2253-50) xx x
建築予定建物につき、建築確認申請の調整事項等の終了後、建物賃貸借契約(本契約)を締結することを予定して締結した手付契約
(建物賃貸借予約契約)において、賃借予定者が手付解除をしたところ、賃貸予定者は賃借予定者仕様の工事を完成させるなど履行に着手しており、賃借予定者が本契約を締結しないことは不法行為に該当するとして、損害賠償を請求した事案において、手付契約に解除権行使期間に関する定めはなく、履行の着手による解除権の制限はないとして、その請求を棄却した事例(東京地裁 平成27年1月 28日判決 棄却 判例時報2253号50頁)
1 事案の概要
平成24年6月、X(原告・賃貸予定者・不動産業者)とY(被告・賃借予定者・コンビニエンスストアフランチャイザー)とは、仲介業者Aを介して、Xの建築予定建物(以下
「本件建物」という。)の1階店舗部分につき、予定建物の建築確認申請の調整事項等終了後速やかに賃貸借契約(以下「本契約」という)を締結するとして、下記内容の賃貸借予約契約(以下「本件手付契約」という。)を締結し、 YはXに手付金300万円を支払った。
《本件手付契約の概要》
① 締結を予定している本契約の概要
契約期間:20年間、賃料:月額80万円、解約条項:Yは、3か月前の解約予告又は 3か月分の賃料支払により即時解約が可能
② 本契約締結予定日:建築確認申請等の調
整終了後速やかに本契約を締結するものとし、予定日を平成25年1月31日とする。
③ 解約条項:Yの都合により解約するときは手付金放棄とし、Xの都合により解約するときは手付金の倍額をYに支払う。
本件建物は、平成25年8月に完成し、同年 9月に保存登記がなされた。
同年10月、本件建物の近隣において競合会社の出店計画があることを知ったYは、Xに対し、本契約を締結せず手付契約を解約するとの意思表示を行い、またその翌月、手付金 300万円を放棄した上で、別途389万円の解決金を支払うこと等の提案を行った。
これに対しXは、平成25年10月にはY仕様の工事を完成させ建物の引き渡しができる状態にあり、Xの履行の着手により、Yは手付解約権を行使し得ない、また、Yの本契約の締結拒否は、契約締結についてのXの信頼を裏切るものであり、Yにはxxx上、不法行為に基づく損害賠償責任が生じるなどとして、Yのために特別に要した工事費用、本件建物の位置をずらしたことによる損失等、計 2684万円余の損害賠償を求め本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を棄却した。
本件手付契約が締結されるに至ったのは、本件建物の建築確認手続のみならず、本件店舗の開設に要する道路の切り下げ許可問題等
の所要調整事項の存在があったためと認められる。
しかしながら、本件賃貸借契約が締結されたものではなく、また、手付解約権の行使時期につき、一定の行政許認可取得時との関係で限定する約定もなかったこと、締結が予定された本件賃貸借契約の内容も3か月予告による解約を可能とするなど拘束力の弱い契約であったことから、本件手付契約については、履行の着手が想定される本契約に付随した従たる契約ではなく、また、これに基づくYの解約権の行使についても、X主張のような制限があるとは認められるものではない。
しかも、解約の理由が近隣への競合店の出店計画の判明にあることは明らかであり、また、Yからは一定の解決案の提案がなされたのだから、上記解約権の行使及び本件賃貸借契約の締結拒絶がxxxに反すると認められるものではない。
なお、本件中途解約条項が現実に行使されることは、想定外であったのであり、Yが、本件において、本件中途解約条項を持出すこと自体、Yの計画性(違法性)を示すものであるとのXの主張については、事業者間において締結された本件手付契約においては、採用し得ないものである。
Xの請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないから棄却する。
3 まとめ
本件は、手付契約(賃貸借予約契約)を締結し、手付金(解約手付)が授受されたが、賃貸予定者による賃借予定者希望の建物工事が行われた後に、賃借予定者が、手付契約の約定に従い手付金を放棄し本契約の締結を拒絶した場合において、「履行の着手」が問題となるかどうか等が争われた事案であるが、本件手付契約の条項等より、「本件手付契約
は、履行の着手が想定される契約ではなく、また、手付解約に関し制限があるとも認められない」とした裁判所の本件判示は、実務上参考になると思われる。
建築予定の建物については、対象物件の特定や建物引渡時期が確定できないことなどから、賃貸借契約(本契約)の締結を予約するものとして、予約契約が結ばれることがあるが、通常賃貸借契約締結まで期間があり、また、予定建物につき設計変更等がありうることから、予約契約を締結する契約当事者(事業者)においては、本契約が締結されるまでの間、相手方が本契約の締結を断ってくるリスクがあることを理解・承知しておく必要があり、また相手方より条件変更の要求があった場合、本契約締結に至らなかった場合の損害を考慮に入れながら予約変更契約を結ぶなど、慎重に事業を進めていく必要がある。
本件では仲介業者の責任は問われていないが、特殊な事情の賃貸借において仲介業者にxxx上特別な説明義務が要求される場合もある(建て貸しの媒介業者にxxx上の説明義務違反があるとされた事例 福岡地判 平 19・4・26 RETIO70-110)ので、賃貸借予約契約に関わるxx業者においては、不安定な状態である予約契約時において、本契約の締結を拒絶された場合、契約当事者にどのような損害を生じるかを十分考慮した上で、契約手続きを進める必要があろう。
最近の判例から
⑻−広告料−
賃借人より礼金として受領する金員を媒介業者が広告料名目で収受する旨の媒介業者と賃貸人間の合意はxx業法に違反し無効とされた事例
(東京地判 平25・6・26 ウエストロー・ジャパン) xx xx
媒介業者と賃貸人間で、媒介業者がテナントから受領した預り金等の授受についてトラブルが発生し、媒介業者は営業妨害の不法行為に基づく損害賠償請求(本訴)を、賃貸人は預り金等の返還を求めた(反訴)事案において、テナントより礼金として受領する金員を媒介業者が広告料名目で収受する旨の媒介業者と賃貸人間の合意は、xx業法に違反し無効であるとし、裁判所が認定した媒介業者から建物所有者への未交付分に限定して賃貸人の請求は認容されたが、双方のその余の請求は棄却された事例(東京地裁 平成25年6月26日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成18年、賃貸人Y(被告)は、媒介業者 X(原告)に、所有建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借契約の媒介を依頼した。
Xは本件建物において、同年11月から平成 22年2月にかけて本件契約1ないし4の、4件の賃貸借契約の媒介を行った。
平成22年3月、Xは、金銭の精算等について疑問を持ったYがXの事務所に押しかけ暴言を吐き、恫喝したとして、Yに対し営業妨害等の不法行為に基づく損害賠償等の支払を求めて、本訴を提訴した。これに対し、Yは Xに対し、預り金等返還請求として240万円余(うち礼金111万円余)の支払を求め、反訴として提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、Yの請求を一部認容した。
⑴ Yの営業妨害について XとYとのやり取りで、Yらが、やや激し
い言葉でXに迫ったことはあるとしても、社会通念上許される範囲を超えてYらが暴言を吐き、Xを恫喝したとまで認めることはできない。
⑵ 本件礼金取得合意の存否について Xは、本件契約1に先立ち、Yに対し、近
時の賃貸物件の供給状況では、貸主が広告料名目で元付業者に対し金員を支払うのが一般的であり、本件建物の賃貸を仲介するに際しても、Yに広告料を支払ってほしい旨求めたところ、Yが、自分が出えんをして広告料を負担するということに難色を示したので、Xにおいて、テナントから礼金名目で金銭(通常は賃料の2か月分)を徴収し、これを広告料に充てることを提案し、Yの了承を得た。
Yは、これを否定する旨の主張をするが、 4件の各契約書には、礼金の規定が明確に表示されており、投資物件としての運用を目的としたYが礼金が未払であることについて問題としなかったとは考え難いのであり、Yの主張等は、採用することができない。
⑶ 本件礼金取得合意の効力等について
礼金取得合意は、賃借人から礼金との名目の下に賃料の1か月又は2か月分相当額の金員を出えんさせることを前提として、これを
Xにおいて広告料の名目により取得することを認めるものであるが、このような合意は、xx業法の定めに違反し、無効であるというよりほかはない。
本件以外でも、広告料名目の金銭の収受が行われる実態が認められるとしても、このような実態に基づく運用が強行規定であるxx業法の規定を空文化する効力を持つような慣習法として確立しているとは言い難く、上記 Xの主張によっても、前記判断を左右するに足りない。
Yは、礼金名目の金員について、Yが取得すべき金員をXが預かり又は留保したとして、その引渡しを求めている。しかし、この礼金は、強行規定を潜脱する目的で、Xが広告料名目の金員を取得するために定めたものであるから、各賃借人とY間の礼金支払合意も、礼金取得合意と同様に、xx業法の規定に反し、無効である。
Yは、各賃借人から支払われた礼金名目の金員を取得する正当な権限を有しないから、これを自らに引き渡すべき請求をすることもできないというべきであり、Yの礼金の引渡請求は、各契約を通じ、前提を欠いて、理由がない。礼金は本来賃借人に返還すべきものであり、礼金名目の金員の支払について、賃借人との関係でXに助力したYがこれを取得すべき理由はない。
⑷ Xの預り金等の未返還債務について Xは、Yに対し、本件契約2の解約・本件
契約3の締結に際し、64万円を現金で交付した旨主張する。しかし、これを裏付ける領収証等の書証はない。そして、Xは、Yに64万円を手渡したのは、平成21年2月6日頃にYの自宅においてであると供述していたところ、Yは、平成20年12月24日から平成21年2月17日まで中華人民共和国に渡航しており、 Xの上記供述は、採用できない。そうすると、
上記64万円の交付については、その事実を認定することは困難である。
Yの反訴請求は64万円の支払を求める限度で理由があり、その余の請求を認める的確な証拠はない。
3 まとめ
本件は、媒介業者と賃貸人間で合意された礼金取得合意、及びその合意を前提として定められた賃貸人と賃借人間の礼金支払合意について、xx業法の媒介報酬制限規定を潜脱するものとして無効とされた事例である。
xx業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額は、xx業法46条に基づき、国土交通大臣の告示(昭和45年 10月23日建設省告示第1552号)によって、その報酬額の最高限度が定められている。また、当該告示の第7第1項には「xx業者は…第 2から第6までの規定によるほか、報酬を受けることはできない。ただし依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額については、この限りではない」と規定しており、東京高判 昭57・9・28 判例タイムズ485-108においては、当該告示が特に容認する広告の料金とは、大手新聞の広告料等、報酬の範囲内で賄うことが相当でない多額の費用を要する特別の広告費用としており、さらに、特に依頼者から広告を行うことの依頼があり、その費用の負担につき事前に依頼者の承諾があった場合に限り、その実費を受領できるとしている。
xx業法の報酬規程等に違反した場合、行政処分の対象にもなることから、xx業者には慎重な対応が求められ、本件事例のような合意は慎むべきといえよう。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑼−不当条項使用差止請求−
賃貸借契約書の無催告解除条項は、消費者契約法10条に該当するとして、同条項の意思表示の差止め及び契約書破棄を認容した事例
(大阪高判 平25・10・17 ウエストロー・ジャパン) xx xx
適格消費者団体が、不動産賃貸事業者に対し、事業者の使用する賃貸借契約書の解除条項等は、消費者契約法(以下「法」という。) 9条各号又は10条に該当するとして、法12条
3項に基づき、同契約書による意思表示の差止め、契約書用紙の廃棄並びに差止め及び契約書用紙廃棄のための従業員への指示を求め、原審が解除条項の一部のみ意思表示の差止め及び契約書用紙廃棄を認めたため、控訴した事案において、解除条項は法10条に当たるとして、原判決を変更し同条項に係る意思表示の差止め及び契約書廃棄を認めた事例
(大阪高裁 平成25年10月17日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
適格消費者団体X(原告)は、不動産賃貸事業者Y(被告)に対し、次の条項を不当条項として差止め等を求め提訴した。
*甲:賃貸人、乙:賃借人、丙:連帯保証人
⑴ 解除条項
乙が、「解散、破産、民事再生、会社整理、会社更生、競売、仮差押、仮処分、強制執行、xx被後見人、被保佐人の宣告や申し立てを受けたとき」に該当するときは、甲は、直ちに本契約を解除できる。
⑵ 損害金条項
乙が契約終了後、直ちに本物件の明渡しを完了しない場合は、本契約終了日より本物件明渡し完了に至るまでの間、毎月本契約の賃料の2倍に相当する損害金を支払わなければ
ならない。
⑶ 特約条項
6項 乙が、家賃を滞納した場合、乙又は丙は催告手数料(通信費、交通費、事務手数料)として、1回あたり3150円を甲に支払う。
7項 乙は、行方不明等の理由により家賃等を滞納した場合の本契約の解除権、明渡しの代理権及び契約物件内に残された動産物の処分権を丙と家賃保証会社に与え、甲と丙または家賃保証会社の合意により行使されたとしても乙は一切異議を申し立てない。
8項 乙が、行方不明等の理由により家賃等を滞納した場合、家賃保証会社が乙の承諾なく施錠や室内確認等を行い、明渡し手続き及び当該物件内に残置された動産物を処分しても、乙と丙は一切異議を申し立てない。
9項 乙は、本件契約終了によって本物件を明け渡す際に、クリーンアップ代(20㎡未満は2万1000円、30㎡未満は2万6250円、 60㎡未満は3万1500円、100㎡未満は5万
2500円、100㎡以上は10万5000円)を甲に支払い、ペット飼育者は別途消毒費として 1万8900円を支払う。
12項 乙と連絡が取れない場合、甲は室内確認及び防犯上の鍵の交換又は仮鍵による防犯対策を講じることがある。
なお、Yは、契約の改定を行っており、本件各条項は旧契約書によるものである。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、原告の請求の一部を認容した。
⑴ 本件解除条項について
本件解除条項は、同条項に定める事由があった場合には、賃貸人に一方的に賃貸借契約の無催告解除を認めるものであって、民法 541条の適用がされる場合に比べ、消費者である賃借人の権利を制限し、義務を加重するものといえる。よって、本件解除条項は、法 10条前段に該当する。
本件解除条項の中で消費者に関係する、破産、民事再生、競売、仮差押え、仮処分、強制執行の決定又は申立てを受けたときについては、これらの事由に係る手続が、通常、債務者の金銭債務等の履行がされないために、債権者がそれを回収若しくは保全する目的で、又は債務者が債務の清算をする目的で、裁判所に申し立てられ決定される手続であることからすると、同事由は、一般的には、賃借人の経済的破綻を徴表する事由であるといえる。
しかしながら、これらの事由は、本来賃貸借契約から発生する義務違反そのものを理由とするものとはいえず、(中略)これらの事由が発生した場合に、賃借人の賃料債務の不履行がないのに、また、賃料債務の不履行があっても、相当な期間を定めてする催告を経ることなく、又は契約当事者間の信頼関係が破壊されていないにもかかわらず、賃貸人に一方的に解除を認める条項は、xxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであるから、法10条後段に該当するというべきである。
したがって、本件解除条項については、法 12条3項に基づく差止めが認められる。
⑵ 旧契約書特約7、8、12各条項について本件特約条項については、当該意思表示が される蓋然性が客観的に存在しているとはい
えない(使用しないことを明言し、新契約書には入れていない)から、その余について判断するまでもなく、法12条3項に基づく同条項に係る意思表示の差止めは認められない。付言するに、家賃保証会社に対して契約解 除権、明渡しの代理権及び残置動産の処分権を付与することについては、かねて国土交通省から問題が指摘されていたところである
が、改訂後の本件旧契約書特約事項7項は、家賃保証会社以外の、通常、賃借人との間で一定の信頼関係があると考えられる個人の連帯保証人に対し、上記権限を付与したものであって、その目的は、個人の連帯保証人の賃料支払債務が過大になるのを防止するためであり、当該条項を賃借人が明確に認識した上で契約を締結したものであれば、当該条項がxxxに反して賃借人の利益を一方的に害するものであるということはできず、法10条に該当するものとは解されない。
⑶ 損害金条項、6項、12項について
いずれの条項についても、法9条又は10条に該当しない。*判断理由省略
3 まとめ
家賃保証会社に契約解除権、明渡し代理権、動産物処分xxを付与する特約は、トラブルの原因になっており、不当条項として禁止すべきである。クリーニング特約については敷金精算で問題になることが多いところ、本件においては、賃借人が床面積の割合に応じて定額のクリーンアップ費用を支払うことが明示されているから、賃借人がその負担を具体的かつ明確に合意していないということにならないのは明らかであり、高額すぎる場合を除き、法10条に反しないとして差止を否認しているが、原状回復特約に係る最高裁平成17年12月16日判決等との関係では議論があるところではないかと思われる。
最近の判例から
⑽−心理的瑕疵−
建物内で転借人の同居人が自殺した場合、転借人は転貸人のみならず賃貸人に対しても賃貸借契約上の義務を負うとして、賃貸人らの損害賠償請求が認められた事例
(東京地判 平26・12・11 ウエストロー・ジャパン) xx xx
居住用建物の転貸借関係において、転借人の同居人が当該建物で自殺したため、契約解除後の入居者募集に支障が生じているとして、賃貸人が1年分の賃料と2年分の賃料減額分(50%)の損害賠償を、また転貸人が3年分の利ザヤ相当額をそれぞれ転借人に請求した事案において、転借人の善管注意義務違反を認め、賃貸人及び転貸人の請求を一部認容した事例(東京地裁 平成26年12月11日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 賃貸人X1(原告)は、平成25年1月31日、賃借人X2(転貸人・原告)との間で、本件建物を次の約定で賃貸する旨の賃貸借契約(マスターリース契約)を締結した。
・契約期間:平成25年1月19日から平成27年 1月18日まで
・転貸借の承諾:X1は、X2に対しX2が本件建物を第三者に転貸することをあらかじめ承諾する。
・賃料等:X2は、本件建物の転貸借によって得る月額賃料等より3,150円を控除した額を支払う。ただし、本件建物の転貸借をしていない期間は賃料等は支払わない。
⑵ X2は、平成25年4月30日、転借人Y(被告)との間で、本件建物を次の約定で賃貸(転貸)する旨の賃貸借契約(以下「本件転貸借契約」という。)を締結した。
・契約期間:平成25年5月4日から平成27年 5月3日まで
・賃料等:賃料 月額139,000円、管理費 月額 7,000円、事務手数料 月額5,250円
⑶ Yは、平成25年当時、Bと交際しており、 Bに対して本件建物の玄関入口の鍵を交付し、Bは本件建物に宿泊することがあった。
⑷ Bは、平成25年6月22日、本件建物内で自殺した(以下「本件事故」という。)。
⑸ X2とYは、本件転貸借契約を解約し、 Yは、平成25年9月4日、X2に対して本件建物を明け渡した。
⑹ X1らは、本件事故の発生によって、当該建物の新規の賃貸について、1年間は不可能となり、その後も賃料を減額せざるを得なくなったとして、Yに対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、X1において3年分の賃料減額分相当額、X2において1年分の賃料(手数料)等相当額を求め、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、X1らの請求を一部認容した。
⑴ 建物の借主は、賃貸借契約上、当該建物の使用収益に際し、善良なる管理者の注意をもってこれを保管する義務を負う。賃借建物内で借主又はその他の居住者が自殺をした場合、当該建物を使用しようとする第三者がこ
れを知ったときには相応の嫌悪感ないし嫌忌感を抱くことは否定できず、そのために当該建物については、新たな借主が一定期間現れず、また、現れたとしても本来設定できたはずの賃料額よりも相当程度低額でなければ賃貸できなくなることは容易に推測できる。
したがって、建物の借主は、賃貸借契約上の義務として、少なくとも借主においてその生活状況を容易に認識し得る居住者が建物内で自殺をするような事態を生じさせないように配慮しなければならないというべきである。また、建物の賃借人が、賃貸人の承諾を得て当該建物を転借している場合、転借人は、賃貸人に対して直接に契約上の義務を負うことになるから(民法613条1項)、Yは、X2のみならずX1に対しても上記賃貸借契約上の義務を負う。
⑵ Yは、平成25年5月5日以後、本件建物 で生活を開始し、家財道具などを持ち込んだことが認められ、Bと生活を共にしていたのであるから、その行動や生活状況を把握し得る立場にあったと認められるから、少なくとも本件建物の賃貸人及び転貸人であるX1らとの関係において、本件事故がその善管注意義務に違反したものであることを否定できない。したがって、Yは、本件事故によって生じ
たX1らの損害を賠償すべき義務を負う。
⑶ その損害を算定するに当たっては、本件事故の発生に対して通常人が抱く嫌悪感ないし嫌忌感という心理的な事情が一定の時の経過によって希釈されるものであること、いったん本件建物に新たな入居する者が現れれば、本件事故の発生がその後の賃貸借には影響を与えるものではないということを斟酌すべきである。これらの事情を考慮すれば、本件建物は、本件事故の告知の結果、通常、1年間は賃貸不能であり、その後の賃貸借契約について、一般的な契約期間である2年間は相当
賃料等額の2分の1の額を賃料等として設定するものとすることが相当である。
⑷ 本件建物の相当賃料等額は、本件転貸借契約と同額の146,000円と認められるところ、 X1が取得すべき賃料等は3,150円を控除した残金142,850円であるから、中間利息を控除した上で、X1の逸失利益を算出すると、次のとおり3,116,716円となる。
1年目 142,850円×12月×0.9523(ライプニッツ係数)=1,632,432円
2年目 69,850円×12月×0.9070(同上)
=760,247円
3年目 69,850円×12月×0.8638(同上)
=724,037円
⑸ 本件建物は、本件事故の告知の結果、通常、1年間は賃貸不能となるというべきであるから、X2は、1年分の転貸料(業務手数料月額3,150円及び事務手数料月額5,250円)の損害を受けたと認められる。中間利息を控除した上で、X2の逸失利益を算出すると、次のとおり95,991円となる。
(3,150円+5,250円) ×12月×0.9523( ライプニッツ係数)=95,991円
3 まとめ
本判決は、転借人は、賃貸人に対して直接に契約上の義務を負い、転借人は同居人が自殺事故を生じさせないよう配慮すべき義務があるとして、本件事故による賃貸人らの損害賠償請求を認め、損害の範囲について、1年間は賃貸不能とし、その後の2年間は賃料額の2分の1の額を賃料等として設定するものとし、また、中間利息を控除する上で、ライプニッツ係数を採用した同種の事例として参考になるものである。なお、RETIO98-138は、本件裁判官が同様に自殺事故について判示しているので併せて参考にされたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑾−定期借家契約−
定期建物賃貸借契約である旨の説明は借地借家法上の要件を満たしており、その後の再契約も有効であるとして、賃貸人の建物明渡しが認められた事例
(東京地判 平26・10・8 ウエストロー・ジャパン) xx xx
商業施設の賃貸人が、定期借家契約で賃借していた賃借人に対し期間満了に伴う契約終了を通知したが、賃借人が明渡しに応じないため、賃貸人が賃借人に対し建物明渡と賃料相当損害金の支払を請求した事案において、事前説明や司法書士を介し行われた説明をもって借地借家法上の要件は満たしており切替えは有効と判断。その後の再契約時の手続き及びその終了手続きにも瑕疵はないとして、賃貸人の請求を認容した事例(東京地裁 平成26年10月8日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 賃貸人X(原告)は、平成20年12月25日、本件建物(商業施設)について、B株式会社との間でそれまで締結していた賃貸借契約を平成20年12月31日をもって終了させるとともに、賃借人Y(被告)との間で、本件建物の定期建物賃貸借契約書を作成して、以下の内容で賃貸する契約を新たに締結した(以下「平成20年契約」という)。
期間:平成21年1月1日から平成23年3月31日
⑵ Xは、平成22年9月14日付けでYに対し、平成20年契約の終了を通知した。
そして、Xは、平成23年3月29日、Yとの間で、本件建物について、定期建物賃貸借契約書を作成して、以下の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という)を締結して、
同年4月1日に引き渡した。
期間:平成23年4月1日から平成25年3月31日
⑶ Xは、本件賃貸借契約の満了日である平成25年3月31日の1年前から6か月前までの間の平成24年9月28日に、同月24日付け「定期建物賃貸借契約終了についての通知」を交付する方法により、Yに対して本件賃貸借契約の終了を通知した。
⑷ Yは、平成25年3月31日が経過しても本件建物を明け渡さないため、XはYに対し、定期建物賃貸借契約の期間満了による終了に基づいて、本件建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払いを求め提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。
1 平成20年契約の際に定期建物賃貸借契約である旨の説明がされたか否かについて
⑴ Xは、平成20年契約の締結に際しては、 Yの窓口となったC司法書士との間で関係書類のやりとりをしており、Yに対して定期建物賃貸借契約がどのようなものであるかの説明を直接口頭ではしていないことが認められ、Cの代理権が問題となる。しかしながら、 Yは、Cに対して依頼したのは本件建物における営業承認に係る所定書類の作成提出に関するものであり、賃貸借契約について交渉等をする代理権は与えていない旨主張する。し
かし、本件建物における営業承認については、 Xの内部規則により建物の賃貸借契約が必要である旨定めていることなどから、上記営業承認にはXとYとの間で定期建物賃貸借契約を締結することが前提として含まれており、上記関係書類には本件建物に関する定期建物賃貸借契約に係る書類が含まれていたから、同契約に係る書類の作成提出についてもCに対する依頼の範囲に入っていたものと認められる。
⑵ Cが本件建物の定期賃貸借契約に係る文書の作成提出をも依頼されていたことに照らすと、関係書類のやりとりについて依頼を受けたCとしては定期建物賃貸借契約の意味するところをYに説明する義務があったというべきであり、CはYに定期建物賃貸借契約の意味を説明し、Yはこれを理解した上で承諾書に記名押印したものと推認できるのであり、Xとしては、Yとの交渉を通じて定期建物賃貸借契約について説明してきている上、
「定期建物賃貸借契約についての説明」と題する文書をCに交付して書面による説明をしたのであり、その内容について説明義務を負う法律専門家である司法書士を通じてこれを交付しているのであるから書面による説明としてはそれで十分であったというべきである。
2 本件賃貸借契約に際して定期建物賃貸借契約である旨の説明がされたか否かについて Xは、平成22年6月16日及び同年7月12日 の打合せにおいてYに対してノルマを達成できない場合は平成20年契約について再契約しないこともあり得ることを伝えたこと、平成 23年3月29日Yとの間で本件賃貸借契約を締結し、その際XはYに対して「定期建物賃貸借契約についての説明」と題する文書を交付して口頭で定期建物賃貸借契約について説明をし、Yは同書面に記名押印をしたことが認められ、本件賃貸借契約は、定期建物賃貸借
契約として有効であり、期間の経過により終了したことになる。
よって、Xの請求は理由があるから認容する。
3 まとめ
本判決は、賃借人に対する定期建物賃貸借契約である旨の説明について、借地借家法38条2項の要件を充足するものであるか否かにつき、賃借人の司法書士に対する代理権を否定した上で、司法書士が定期賃貸借契約に係る文書の作成提出を依頼されていたことに照らすと、司法書士としては定期建物賃貸借契約の意味するところを賃借人に説明する義務があったというべきであるとし、賃貸人としては、説明書を司法書士に交付して説明し、法律専門家である司法書士を通じてこれを交付しているのであるから書面による説明としてはそれで十分であったと判断した数少ない事例であると思われる。
仮に、代理権が認められたとしても、法律 専門家である司法書士以外の者である場合、上記説明が十分であったかどうかは疑わしい。仲介業者は、賃借人が定期建物賃貸借契約
の締結に当たって代理人に依頼している場合は、代理権の有無を確認した上で、上記説明をすることが望まれる。
また、契約書面とは別の書面を交付して上記説明をする場合、読み上げただけで賃借人の理解が得られたとは限らず、定期建物賃貸借に係る内容を相手方が理解できるようにわかりやすく伝えなければならないことに留意されたい。
なお、定期借家契約に係る事例として、最高裁 平22・7・16 裁判所ウェブ、東京地裁 平 26・11・20 本誌136頁なども併せて参考とされたい。
最近の判例から
⑿−定期借家契約−
借主に転居を依頼し新規貸家にて締結した定期建物賃貸借契約において期間満了による建物明渡請求を棄却した事例
(東京地判 平26・11・20 ウエストロージャパン) xx xx
建物賃貸借契約の貸主が、建物の老朽化を理由に借主と立退き交渉を行い、隣接する貸主所有の建物に転居して貰った上で、期間3年の定期建物賃貸借契約を交わしたとして、借主に対し契約期間満了による建物明渡しを求めた事案において、当該賃貸借契約は定期賃貸借契約とは言えないとして貸主の請求が棄却された事例(東京地裁 平成26年11月20日判決 棄却 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
被告借主Y(以下「Y」という。)は、昭和55年12月、原告貸主X(以下「X」という。)の夫であったBから、同人所有の建物(以下
「旧賃借建物」という。)を賃借した。Yは旧賃借建物に約33年居住していた。
Bは平成21年11月に死亡し、Xは平成22年 3月に旧賃借建物を含めて3件の貸家を相続した。Xは、上記3件の借家が築50年を超えて老朽化したため、建替えを計画し、Xは娘であるAに依頼して、賃借人に対し、立退き交渉を行い、Y以外の賃借人との間では、立退き交渉が成功している。
AはXの代理人として、Yとの間で、平成 22年12月頃、Yが、旧賃借建物の向かいにある建物(以下「本件建物」という。)に転居すること、その際の引越費用はXが負担すること、本件建物の家賃については13万円から 12万円に減額することなどを合意した。
Aは、平成23年1月22日、Yとの間で、「定期住宅賃貸借契約書」と題する書面(以下「本
件契約書」という。)を取り交わした。
本件契約書には、特約事項として「1 本物件(契約)は、契約期間:3年間。定期借家。更新不可。ペット飼育不可。2 本契約は、契約期間の満了と(同一貸主の)隣接する戸建から戸建への移動に伴い、明渡しの期限が定められた「定期住宅賃貸借契約」にて締結する。」との文言がある。
Aは、同日、Yとの間で、「定期建物賃貸借規約についての説明」と題する書面(以下
「本件説明書面」という。)を取り交わした。本件説明書面は、借地借家法38条2項に定める説明をした旨の内容が記載されている。
Yが平成25年7月頃、手違いで賃料を10万円で送金したことが原因で、賃料の請求方法等をめぐりAとYとの間で紛争となり、Xは、 Yに対し、平成25年7月31日付け書面により、本件賃貸借契約は定期建物賃貸借契約であることを理由に、平成26年1月31日の期間満了日にて契約が終了する旨を通知、Yに対し明渡しを求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示して、Xの請求を棄却した。
認定した事実によれば、次のとおりの事実が認められる。
ア 本件契約書及び本件説明書面については、宅地建物取引業者が、本件賃貸借契約の締結に当たり、本件賃貸借契約が定期建物賃貸借となる旨の説明については、宅地建物取
引業者である有限会社F(以下「F社」という。)が代行して行った旨の記載があるところ、実際には、F社は、本件契約書及び本件説明書面の作成を代行しただけで、本件賃貸借契約の締結には一切関与していない。
x Xの主張によっても、本件契約書及び本件説明書面に基づいて、本件賃貸借契約が定期建物賃貸借となる旨の説明を行った者は、賃貸人であるX本人ではなく、Xの娘である Aである。
ウ Xの主張に沿うAの供述によれば、旧賃借建物については普通賃貸借であったにもかかわらず、本件賃貸借契約が定期建物賃貸借として新たに締結されることとなるが、これによって生じる借家権喪失を補填しうるだけの経済的合理性、必要性を認めることができない。
すなわち、Yは、本件賃貸借契約の締結は、旧賃借建物から本件建物へ移転に伴うものであったが、この際、Yが受けた経済的給付等の利益は、引越費用,玄関先の塀の改造等とわずかであり(その他の移転補償は受けていない。)、他方で、Aにおいても、Yからの申し出があれば、普通賃貸借による条件でも応じたと供述していることからすると、本件賃貸借契約を定期建物賃貸借に該当すると解すべき経済的条件を欠いている。
エ Xが、本件賃貸借契約が定期建物賃貸借に該当することを前提にして行った平成25年 7月31日付け書面による定期建物賃貸借の終了通知は、同日に生じたYとAとの間の紛争と前後してなされている。
Aは、上記紛争との関連性を否定する供述をするものの、上記終了通知は、上記同日よりも前に行うことが可能である上、終了通知可能期限内に到達したことが確認し難い平成 25年7月31日にあえて行うことは考えがたいことからすると、Aの供述には疑問がある。
オ Yが、本件契約書及び本件説明書面にした署名・押印行為について、本件建物への移転居住が新築建物への再入居を前提にした書面である旨を誤信した旨の主張については、これを裏付ける証拠はY本人の供述以外にない。しかしながら、再入居の約定違背に関するYの不満は、本件訴訟提起前の段階の公開質問状にも記載されており、Yの供述には一貫性が認められる。
以上に説示したことに加え、定期建物賃貸借契約については、当該契約に係る賃貸借契約は契約の更新がなく、期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず、法38条所定の厳格な書面性を要すると解される最高裁判例(最一判・平成24年9月13日民集66巻9号3263号 RETIO88-108参照)に照らすと、前記ア及びイの要式性等の不備を看過しえないばかりか、さらに、前記ウないしオの事実を併せ考慮すると、本件賃貸借契約は、定期建物賃貸借であると解することはできない。
3 まとめ
本件は、貸主が貸家の老朽化による建替え のため、借主との間で立退き交渉をする中で、貸主所有の隣家に移る形で合意したものの、移転後の新しい契約が借地借家法38条所定の厳格な書面を具備していないとして定期建物賃貸借契約の成立が否定されたものである。本件にはxx業者の関与はないとされてい
るが、仮に、xx業者が仲介として関与した場合には、「厳格な書面性」に十分配慮すべきものとして参考となる事例である。
最近の判例から
⒀−地代等の減額請求−
ゴルフ場経営を目的とする土地の賃貸借契約等につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないとされた事例
(最高判 平25・1・22 判例時報2184-38) xx xx
ゴルフ場経営会社が、土地の所有者に対し地代等の減額の確認と正当とされる地代等を超える部分の返還及び借地借家法11条3項ただし書き所定の利息の支払を求め、土地の所有者が、地代等の未払分等の支払を求めて反訴した事案において、一審は本訴及び反訴請求をいずれも一部認容し、土地の所有者が控訴した原審は一審と同額への減額を認めて控訴を棄却。上告審において、xxが建物の所有と関連するような態様で使用されているということもうかがわれない事実関係の下においては、借地借家法11条の類推適用をする余地はないなどとして、原判決を変更し、本訴請求を棄却し反訴請求を認容した事例(最高裁第三小法廷 平成25年1月22日判決 破棄自判 判例時報2184号38頁)
1 事案の概要
X(上告人)は、所有権又は共有持分権を有する25筆の土地(以下「本件土地」という。)について、昭和63年7月28日、A社との間で、その13筆について地上権設定契約を、その余の12筆について賃貸借契約をそれぞれ締結した(以下、上記両契約を併せて「本件契約」という。)。本件契約では、地代及び土地の借賃(以下「地代等」という。)を合計年額737万円余とすること、地代等の弁済期を毎年4月1日とすること、ゴルフ場経営を目的とすることが定められた。XとAは、本件契約の存続期間中は本件土地の固定資産税のうち4万円余を超える部分をAが負担する旨の合意
(以下「本件税負担合意」という。)をした。その後、本件契約の地上権者及び賃借人の 地位は転々と譲渡され、ゴルフ場経営会社Y
(被上告人)は、Xの承諾を得て、平成18年 9月1日、上記地位を取得した。Yは、それ以来、本件土地を利用してゴルフ場を経営している。
Yは、平成19年3月12日頃、Xに対し、本件契約の地代等について減額の意思表示をした。Yは、平成21年4月1日支払分及び平成 22年4月1日支払分の地代等並びに平成23年
4月1日支払分の地代等のうち134万円余を支払っていない。また、本件税負担合意に基づきYが負担すべき270万円余もYは支払っていない。
YはXに対し、①当初に合意された地代等がその後の事情により不相当に高額となっているとして減額された地代等の額の確認、②支払済みの地代等のうち正当とされる額を超える部分の返還とこれに対する借地借家法11条3項ただし書所定の年1割の利息の支払をそれぞれ求め、XはYに対し、①当初に合意された地代等を前提に、平成21年から平成23年までの地代等の未払分等の支払、②本件税負担合意に基づきその未払分等の支払を求めて反訴した。なお、Yは、本件訴訟において、正当とされる地代等の額は合計年額427万円余であると主張している。
一審は、本件契約には借地借家法の適用はないとしたが、事情変更の原則による減額を認め、適正な地代等は約603万円であるとした。
Xが控訴した原審においては、借地借家法 11条の立法趣旨の基礎にある事情変更の原則や契約当事者間におけるxxの理念に照らせば、建物の所有を目的としない地上権及び土地賃借権についても借地借家法11条の類推適用を認めるのが相当であるなどとして、反訴請求②を全部認容すべきものとしたほか、本訴請求①及び②並びに反訴請求①をいずれも一部認容した。Xは上告受理申立(反訴②を除く)を行った。
2 判決の要旨
最高裁判所は、次のように判示し、原判決を変更し、本訴を棄却し反訴を認容した。
原審の借地借家法11条の類推適用に関する判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
借地借家法は、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権に関し特別の定めをするものであり(同法1条)、借地権を「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」と定義しており(同法2条1号)、同法の借地に関する規定は、建物の保護に配慮して、建物の所有を目的とする土地の利用関係を長期にわたって安定的に維持するために設けられたものと解される。同法11条の規定も、単に長期にわたる土地の利用関係における事情の変更に対応することを可能にするというものではなく、上記の趣旨により土地の利用に制約を受ける借地権設定者に地代等を変更する権利を与え、また、これに対応した権利を借地権者に与えるとともに、裁判確定までの当事者間の権利関係の安定を図ろうとするもので、これを建物の所有を目的としない地上権設定契約又は賃貸借契約について安易に類推適用すべきものではない。
本件契約においては、ゴルフ場経営を目的とすることが定められているにすぎないし、
また、本件土地が建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから、本件契約につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないというべきである。以上と異なる原審の判断には、判決に影響 を及ぼすことが明らかな法令違反がある。論旨は理由があり、原判決中、本訴請求①及び
②並びに反訴請求①のXの敗訴部分は、いずれも破棄を免れない。そして、本件において事情変更の原則により地代等の減額がされるべき事情はうかがえず、本訴請求①及び②を全部棄却し、反訴請求①を全部認容すべきであるから、これに従って原判決を変更することとする。
よって、YはXに対し、1880万円余及びこれに対する年6分の割合の遅延損害金を支払うものとする。
3 まとめ
民法609条は賃料の減額請求について定めているが、同条は農地を小作している場合等が対象とされ、本件のようなゴルフ場用地は対象外と解されている、また、同法266条1項(274条準用)では、地上権に係る地代の減免を請求することはできないとされている。
本件では、借地借家法11条の類推適用が認められるか否かが主な争点とされ、原審は事情変更の原則等を前提に借地借家法11条の類推適用を認めるのが相当との判断を示したが、上告審は事情変更の原則は適用されない旨説示した上、本件土地は建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから同条を類推適用する余地はないとして、借地人の請求を棄却し、土地所有者の請求を認容した。
借地人にとっては厳しい結果となったが、最高裁判所の判断として参考にすべき事例といえる。 (調査研究部次長)
最近の判例から
⒁−借主の建物調査協力義務−
マンション漏水事故で借主が、室内調査を正当な理由なく拒絶したことで貸主の損害賠償請求がほぼ認められた事例
(東京地判 平26・10・20 ウエストロー・ジャパン) xx xx
貸主が、借主に対し階下で発生した漏水事故に関して、借主の管理会社への不満等を理由にその漏水調査、修繕に借主が協力しないことから、債務不履行解除を求めた事案において、賃貸物件の明渡しと保存行為協力義務の不履行に基づく階下賃借人退去に伴う損害賠償等の請求について、貸主の請求をほぼ認容した事例(東京地裁 平成26年10月20日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 貸主・借主間の賃貸借関係
有限会社D(以下「D社」という。)は、昭和54年12月に本件建物を建築し、Y(借主・個人)と本件建物の305号室(以下「本件居室」という。)の賃貸借契約を締結した(以下「本件契約」という。)。その後、X(現貸主・法人)は、平成22年9月にD社から本件建物を買受け、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継した。また、賃貸人の変更に伴い、本件建物の管理会社が、株式会社J(以下「J社」という。)に変更された。
⑵ 合意更新と漏水調査を巡るやりとり J社の担当者のB(以下「B」という。)は、
Yに対し、平成23年3月「契約更新のお知らせ」と題する文書と更新契約書の雛形を交付し、合意更新の手続及び更新料支払いの依頼をしたが、契約内容に不満を持ったYは更新契約書の修正を加えた契約書案を送付した。その後も合意更新に関するやりとりがなさ れ、これと並行して、本件建物の約7年間の
漏水状況についてYに問い合わせたところ、 Yから「現在も漏水は続いており、水のしたたる音が聞こえた」との回答を得た。Bは、平成23年5月24日、Y立会いの下、本件居室内の漏水箇所の調査・確認を行ったところ、一定の漏水の痕跡が認められた。
ところが、その後、合意更新と本件居室の漏水調査に関するやりとりの最中、Yが、J社に不信感を抱き、合意更新や漏水調査に関するやりとりに全く応じなくなった。同時に本件契約は、更新料は払われず法定更新された。
⑶ 205号室の漏水調査を巡るやりとり Xは、平成25年5月31日、本件居室の階下
にある205号室の賃借人から、同室の浴室天井に漏水が生じている(以下「本件漏水」という。)との連絡を受け、同年6月3日、T産業に漏水調査を実施させ、その結果、本件漏水の発生箇所は、205号室の浴室天井躯体
(本件居室の浴室床躯体)に発生した亀裂からであることが確認され、その特定には本件居室への立入調査が必要である旨の報告がなされた。
このため、Xは、Yに対し、本件居室の立入調査への協力を要請したが、Yは、上記要請に応じる姿勢を見せなかった。
その間Xは、205号室の賃借人から、長引く漏水事故が原因となり、賃貸借契約の解約と引越費用等を補償してほしいとの申出を受け、205号室の賃借人との間で、平成25年10月29日付けで、同室の賃貸借契約を合意解除に応じること、Xが移転費用等を支払うこと
などを合意し、205号室の賃借人は、平成25年12月16日、同室を明け渡した。
以上によりXは、Yに対し、保存行為協力義務の不履行に基づく損害賠償62万円余並びに階下賃借人の当該居室が漏水調査及び工事が完了するまでの間の205号室月額賃料相当 9万円余の支払を求めた事案である。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求をほぼ認容した。
⑴ 債務不履行解除の可否について
平成25年5月31日、205号室の賃借人から J社に対し、本件漏水がある旨の報告があり、業者による調査の結果、本件居室浴室側からの調査が必要との報告がなされたことが認められ、漏水の原因究明のための調査とそれを踏まえた修繕工事は、建物の保存に必要な行為と認められる。
しかし、今日に至るまで本件漏水に関して本件居室の立入調査が実施できず、またXの信頼関係の構築へ働きかけたにも係わらず、 Yが正当な理由なくこれを拒絶したことで、信頼関係の破壊により本件契約上の債務不履行及び解除事由が認められる。
⑵ Yの協力義務違反とXの損害有無 Yに債務不履行があることは、Yが本件居
室における立入調査に応じなかった結果Xにおいて、205号室の賃借人との賃貸借契約を解約せざるを得ない状況に至ったことが認められ、本件居室の明渡しを求めるXの請求には理由がある。
そしてXは、205号室の賃借人に対し、Xが主張する損害のうち理由があると解されるものは、補償費25万円、移転費22万円余、引越業者代4万円余及びハウスクリーニング費用3万円余の合計56万円余であり(エアコン洗浄費用等は認められず)、これらはいずれ
も移転に伴って想定し得る費目であり、その金額も不合理ではなく、Yの債務不履行と相当因果関係のある損害に当たる。
⑶ 漏水工事完了期間の損害賠償請求の可否 Yが本件居室の立入調査に応じない限り、
Xは、205号室の漏水調査の実施や工事を行えず、その間、205号室を賃貸することができず、その分の賃料を取得する機会を失うことになる。
Yが本件居室における立入調査を拒絶している期間の205号室の月額賃料額9万円余に限られると解され、Yが本件居室を明け渡すまでの間を損害発生期間と認めるのが相当である。
3 まとめ
本件は、約7年も様々な交渉(訴訟も含め)をしていた漏水事故による専有部分の立入調査や更新料を拒絶した借主に対して、貸主の居室の明渡し及び階下の損害賠償請求が認められた事案である。本件の通り、マンションの保存行為と居住者の専有部分内への立入行為の受忍限度についての争いは生じやすくまた、漏水事故は、マンション管理会社にとって、突発的に生じる事故であり、事故が発生した際に管理会社は、常日頃対応策並びにリスク管理をしておくべきである。
なお、マンションの漏水事故による保守、修繕のための必要な工事は、専有部分に立入るべく受任限度の範囲内とされ、立入り拒否により生じた損害及び弁護士費用等の支払い義務を立入り拒否入居者が負うこととなり管理組合の請求を認容した事例(東京地判 平 27・3・26 ウエストロー・ジャパン)も参考にされたい。
最近の判例から
⒂−特定緊急輸送道路に接する建築物の明渡し−
特定沿道建築物であることを考慮した立退料支払いを条件に、特定沿道建築物の明渡し請求が認容された事例
(東京地判 平26・12・19 ウエストロー・ジャパン) xx x
本件は、賃貸人が賃借人に対し、特定緊急輸送道路に接する賃貸建物は耐震性を有せず、補強工事による耐震化も困難な状態である等として、建物の朽廃又は解約申入れによる建物賃貸借契約の終了に基づき、主位的に建物の明渡しを、予備的に賃貸人提示額又は相当額の立退料支払いを条件に明渡しを求めた事案において、特定沿道建築物であることを考慮した立退料の支払いを条件に明渡しの請求が認容された事例(東京地裁 平成26年 12月19日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
X(原告)は、昭和46年3月建築で、1階から6階までが鉄筋鉄骨コンクリート造、7階から10階までが鉄骨造の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。
Xは、昭和53年5月24日、Y(被告)と本件建物の一部(以下「本件建物部分」という。)を契約期間2年で賃貸借する契約を締結し、 Yは店舗として使用を開始した。
その後、更新が繰り返され、直近では平成 27年5月23日までの期間で更新された。
xxxでは、東日本大震災を契機に「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」(以下「本条例」という。)を公布し、平成23年4月1日に施行した。
本条例では、緊急輸送道路に接する沿道建築物の所有者に耐震化の努力義務を課すとともに、緊急輸送道路のうち、特に沿道建築物の耐震化を図る必要がある特定緊急輸送道路
に接する特定沿道建築物の所有者に、建築士等による耐震診断の実施と結果報告の義務、耐震診断の結果、安全性の基準に適合しない特定沿道建築物の場合、必要な耐震改修等を実施する努力義務も課している。
本件建物が接する昭和通りは、平成23年6月28日、特定緊急輸送道路に指定された。
Xは、構造計算会社Aに対し、本件建物の耐震診断を依頼し、Aは平成24年1月から7月にかけて耐震診断を行った。
Aによる耐震診断の結果(以下「本件耐震診断」という。)は、建築物の各階の構造耐震指標であるIs値が一部の階において0.3未満であり、「倒壊又は崩壊する危険性が高い」というものであった。
Xは、平成24年12月21日、建物の朽廃等を理由とし、立退料を支払うことを条件に、Yに対し賃貸借契約の解約を申入れ、明渡しを求めた。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示してXの請求のうち、相当額の立退料支払いを条件とした明渡し請求を認容した。
⑴ 建物の朽廃について
本件建物の耐震性が法令上の基準を下回っており、Xが本条例に基づく耐震改修を実施すべき義務を負っていても、同義務は、努力義務にとどまること、また、8階及び10階を他のテナントが使用していること、鑑定人不動産鑑定士C作成の鑑定書(以下「C鑑定」という。)では、本件建物の経済的残存耐用
年数が躯体並びに設備部分とも2年と判定されていることに照らせば、現時点で直ちに本件建物が朽廃しているとは認められない。
⑵ 解約申入れの正当事由となる立退料
本件建物は、本件耐震診断で「地震の震動及び衝撃に対して倒壊又は崩壊する危険が高い」とされ、役所からも耐震改修等の実施勧告等を受けていること、耐震改修では建物の使用勝手が著しく悪くなり、工事費用も2億円余が見込まれ、社会経済的な観点からは建て替える必要性が高いこと等に加え、Xが、 Yに立退料の提供を主張している事情を考慮すれば、解約申入れは、借地借家法28条所定の正当事由を認めることができる。
立退料について、C鑑定では、借家権価格は、借家権割合法で3360万円、移転補償額で 5100万円とした上で、5100万円を解約申入れの正当事由を補完する立退料としているのに対し、Xは、C鑑定につき、8つの事情を挙げ、借家権割合法で1000万円、移転補償額で 662万円余である旨主張するが、うち7つの事情については、C鑑定での算定は不合理又は不相当とは言えない。
もっとも、本件建物は、本条例の特定沿道建築物に当たり、耐震化は地震により倒壊して緊急輸送道路を閉鎖することを防止するという公益目的から要請されるものであり、耐震改修等の実施義務が努力義務であることを考慮しても、本件建物の耐震性能が不足し、耐震改修等が必要であることや、本件建物部分の明渡しは、Xにとっても不随意であるという事情を、C鑑定において、まったく考慮しないのは相当でない。また、C鑑定において、その経済的残存年数は約2年とされ、大規模な修繕等の実施も考え難いため、Yはそう遠くない時期に店舗移転の必要が生じることが予想される事情に照らせば、立退料算定において、Xが私的利益確保のための明渡し
を求める場合と同一視はできず、xxの見地から、本件建物の取り壊しによって生じるYの損失をXだけに負担させるのは相当でないというべきである。
具体的には、立退料算定は、借家権割合法では、Yによる今後の長期の使用が困難であることを考慮して、C鑑定の1/2の1680万円を借家権価格とすべきである。また、移転補償額としては、Yが当分の間は本件建物部分を使用することが可能であること、XはYからの明渡しを早期に受けることにより、xxxの建物建替えの助成制度を利用できる可能性があることを考慮して、C鑑定のとおり、賃料差額を1344万円、一時金運用益32万円余と認めるが、Yの新規契約に関する手数料等及び移転費用等については、C鑑定での各金額の1/2の1860万円余と認め、合計3237万円余とするのが相当であり、同額を解約申入れの正当事由を補完する立退料として採用することが相当である。
3 まとめ
耐震性に問題があるとして、建物明渡しを求めた判例はよく見られるが、特定沿道建築物に指定された建物に関する判例は珍しい。同建築物の耐震化は重要な課題であり、東 京都のサイトでは、助成期間の延長(平成27年度末まで)や、平成27年2月末で約9割の特定沿道建築物が耐震診断に着手するなど取組が進んでいると記載しPRしているが、賃貸借建物の耐震化促進の鍵は賃借人の建物明渡しの可否であり、その際の立退料の算定において、明渡し請求が、地震による倒壊で特定緊急輸送道路を閉鎖しないとする公益目的も含むことが考慮・加味された本判例は、今
後同様の沿道建築物の立退き交渉において、注目される判例になるものと思われる。
(調査研究部調査役)