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任意後見制度の利用促進に向けた運用の改善及び法改正の提言
2020年(令和2年)11月18日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
1 任意後見制度の利用促進に向けての改善提言
(1) 任意後見制度の利用を阻害している原因を的確に把握し,運用の改善,任意後見契約に関する法律(以下「任意後見法」という。)及び後見登記等に関する法律(以下「後見登記法」という。)の法改正を検討するため,更なる実態調査を行うべきである。
(2) 成年後見制度利用促進基本計画に基づき市町村に設置される中核機関や,高齢者・障害者支援に関わる地域包括支援センター及び基幹相談支援センター等に対し,任意後見制度の理解を周知徹底させ,一般市民に対する啓発活動や相談活動を強化すべきである。
(3) 誰もが,身近な地域の中に自分に合った適切な受任者を見付けられるよう,第三者である任意後見受任者の担い手につき,適切な質を確保するとともに,受任者として適切な専門職や団体をどのように紹介するかについて,正しい 情報提供ができるよう体制整備を行うべきである。
(4) 成年後見制度利用支援事業の対象を任意後見制度にも広げ,任意後見監督人の報酬も助成の対象に加えるべきである。
(5) 任意後見契約発効後も,本人の事情の変更に応じて,柔軟に代理権目録の追加変更の登記を可能にするとともに,本人の自己決定権の尊重や現有能力活用の観点から,本人のニーズに即して代理権の段階的発効が可能になるよう任意後見法の改正を行うべきである。
2 任意後見制度の濫用防止に向けての改善提言
(1) 移行型の任意後見契約において不正が行われることを防止するため,任意後見発効前の委任契約における代理権を必要なものに限定するとともに,地域連携ネットワークにおけるチームによる見守りの中で,任意後見監督人選任申立ての支援を行う取組を強化すべきである。
(2) 任意後見契約発効後の権限の濫用を防ぐため,不祥事対策に有用な契約条項の在り方を普及・啓発すべきである。
3 専門職が任意後見受任者である場合の登記表示に関する改善提言
(1) 弁護士等の専門職がその業務として任意後見契約を締結する場合には,その業務の本拠である事務所の所在地を住所として登記できるよう改善を図 るべきである。
(2) 法務省は,任意後見の登記においても通称姓の登記ができるよう,適切な措置を講じるべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
(1) 任意後見制度は,法定後見制度と比べ,より本人の自己決定を尊重できる制度であり,本人と任意後見受任者との間で,誰にどのような権限を与え,報酬をいくらと設定するかを定めることができる。
また,任意後見契約書には,医療や介護等の事実行為についても,本人の思いや希望を書き込むことができる。さらに,任意後見契約と併せて,判断能力が低下する前の緊急時の対応や死後事務等の幅広い委任契約,亡くなった後の遺言の作成等と組み合わせることもできるなど,法定後見制度にはない柔軟な使い方が可能である。
(2) そのため,2016年(平成28年)5月13日に施行された成年後見制度の利用の促進に関する法律を受け,2017年(平成29年)3月24日に閣議決定された成年後見制度利用促進基本計画(以下「基本計画」という。)でも,任意後見制度について「適切かつ安心して利用されるための取組を進める」という基本方針を打ち出しているところである。
(3) しかし,基本計画の策定から3年が経過した現在も,任意後見制度の利用状況に関する検証が十分行われたとは言い難く,成年後見制度利用促進のために市町村に設置される中核機関においても,国の施策は,法定後見制度への取組が中心であり,任意後見制度の利用促進のために採るべき施策について,具体的方針が示されていない。
(4) 他方で,昨今,高齢者や障害者の財産管理に関して,民事信託の活用が進み,財産管理の全部又は一部を信託契約によって親族に託すという取組が増えている。しかし,民事信託は財産管理及び財産承継の制度であり,本人の身上保護に関する支援をすることは予定されていない。本人の身上保護に関する支援のため,民事信託だけではなく,任意後見制度を併せて活用すること等を国民にしっかり情報提供することが必要である。
(5) 当連合会では,2009年(平成21年)7月16日に「任意後見制度に
関する改善提言」(以下「2009年提言」という。)を発し,任意後見制度の弊害防止や同制度の利用を容易にするための施策として,数々の改善提言を行ったところである。
しかし,それから10年以上が経過し,なおも利用件数が低迷している任意後見制度の根本的な改善策を図り,今後の成年後見制度利用促進の流れの中で,任意後見制度の利用促進をどのように位置付け,どのような施策や法改正が必要かについて検討を促すため,2015年(平成27年)10月2日付け「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」の趣旨も踏まえ,再び改善提言を行うこととした。
2 任意後見制度の利用促進に向けての改善提言
(1) なぜ利用が進まないのか~更なる実態調査の必要性
① 任意後見制度に関しては,長年,全国的な実態調査が行われてこなかったが,2019年(令和元年)12月26日に開催された成年後見制度利用促進専門家会議第4回中間検証WGにおいて,法務省民事局から実態調査1(以下「法務省調査」という。)の報告が行われた。
② 法務省調査によると,2019年(令和元年)7月29日時点での任意後見契約の累計登記件数は120,962件であり,うち本人死亡等により閉鎖された登記件数が20,458件であった。
③ また,法務省調査では,任意後見契約締結時の本人の平均年齢は80歳で,最も契約締結件数が多かったのは83歳とされており,本人が何らかの支援を要する年代になってからの契約締結が多いことが明らかになった。
しかし,本人の死亡によって閉鎖された任意後見登記のうち,任意後見監督人選任の登記がされていた事件は約34%であったのに対し,閉鎖登記を除く登記件数100,504件のうち,任意後見監督人選任の登記がされている件数は3,510件であり,全体の約3%に過ぎなかった。
また,最も多い契約形態が移行型で全体の約75%を占めていること及び受任者の属性として本人の親族が最も多く,全体の約70%を占めていることが明らかになった。
④ 2009年(平成21年)における任意後見契約の登記件数2は,7,8
1 成年後見制度利用促進専門家会議第4回中間検証WG 資料4「法務省における制度の周知,不正防止の取組の現状等」参照。
2 「種類別 成年後見登記の件数(平成12年~21年)」 及び「種類別 成年後見登記の件数(平成22年~令和元年) 」参照。
09件であったが,2015年(平成27年)には1万件を突破し,20
19年(令和元年)は,14,102件まで増えているため,10年ほどで任意後見契約の登記件数は約2倍に増加している状況である。しかし,最高裁判所が公表している「成年後見関係事件の概況」(以下「最高裁統計」という。)では,ここ5年以上,家庭裁判所への任意後見監督人の選任申立ては,年間700~800件程度で横ばいに推移しており,2019年(令和元年)の任意後見監督人の選任件数3は,わずか748件,同年末の任意後見制度の実利用者数4は,2,652人に過ぎない。同年の法定後見(後見・保佐・補助)の申立数が35,211件,同年末での法定後見制度の実利用者数が221,790人であったことと比較すると,任意後見制度の契約者は格段に少なく,しかも,ほとんどが契約締結のみで効力を生じないままの状況にある。
⑤ そこで,任意後見制度の利用促進について抜本的な対策を講じるため,なぜ任意後見契約の契約件数が法定後見と比して伸びないのか,なぜ任意後見監督人の選任申立てがごくわずかにとどまるのかについて原因を分析することが肝要である。
現状で任意後見登記がされている100,504件のうち,本人死亡に より契約が実際には終了している件数はどの程度あるのか5,終了していな い件数のうち,移行型・将来型・即効型の割合,受任者が親族か親族以外 の第三者かの割合,第三者の受任者はどのような職業又は団体が多いのか,任意後見監督人選任申立てがされない理由(受任者の属性,任意後見監督 人報酬の負担の重さ等)等について,更なる調査を実施し,早急に客観的 原因を分析して,任意後見制度の利用を阻害している原因を把握し,運用 改善や法改正を検討すべきである。
(2) 任意後見制度についての周知啓発の強化
① 任意後見制度の利用が進まない原因として,そもそも成年後見制度自体の周知が不十分であることに加え,任意後見制度に関しては更に理解が進んでおらず,どこでどのように手続をとったらよいかの情報すら乏しいと
3 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―平成31年1月~令和元年12月-」参照。
4 現に任意後見契約の効力が生じている本人の数。
5 2019年7月29日時点の任意後見監督人選任の登記件数3,510件と,最高裁統計が20
19年末の実利用者数として示している2,652人とは,少なくとも900件以上の乖離がある。
いう問題がある。市町村や地域包括支援センター,基幹相談支援センターにおいても理解が不十分なために,広報啓発活動が進まず,任意後見制度の利用ニーズがある者に必要な情報が届いていない。
② この点,基本計画では,「全国どの地域においても必要な人が成年後見制度を利用できるよう,各地域において,権利擁護支援の地域連携ネットワークの構築を図る」とし,その地域連携ネットワークのコーディネートを行う中核機関を,市町村単位で設置していくことが予定されている。
③ そこで,中核機関においては,法定後見制度だけでなく,任意後見制度 を活用するメリットにつき,十分な理解の浸透と周知啓発に努めるべきで ある。任意後見制度について,どこにいけば手続できるのか,どのような サービスが受けられるのか,費用はいくらかかるのか等,利用者の視点に 立ち,一般市民や地域包括支援センター,基幹相談支援センター等への広 報啓発活動を充実させ,相談活動を強化させていくことが求められている。
(3) 適切な任意後見受任者に関する情報提供と質の確保
① 法定後見は,身近に候補者がいなくても,最終的には裁判所が適切な後見人等を選任することになるが,任意後見は,契約締結前に,本人自ら適切な受任者を探す必要があり,結局,誰を信用したらよいのか分からず,二の足を踏んでしまうケースも多い。
② 2019年(令和元年)の最高裁統計6では,法定後見において,専門職 等の第三者が後見人等を引き受けている割合が78.2%まで上昇してい る。しかしながら,法務省調査では,任意後見における受任者の割合が,親族が70%,専門職が約17%,知人等が約6%,その他団体が約6% となっており,専門職等の割合が極めて少ない。適任の親族を受任者とす ることができているのであれば良いが,どの専門職に依頼すればよいのか 分からず,任意後見制度の利用を断念しているために,任意後見制度の利 用が進まないという可能性もある。任意後見制度においても,後見の社会 化を目指し,親族以外の受任者の多様な受け皿を整備していく必要がある。
③ そこで,弁護士会や成年後見センター・リーガルサポート,権利擁護センターぱあとなあ等,法定後見において,既に多数の専門職後見人を養成し,社会的信用性の高い団体においては,受任者として適切な任意後見サービスを提供できる専門職を養成するとともに,任意後見のニーズのある人に紹介できる仕組みを各地で整備すべきである。
6 注記3のとおり。
また,中核機関においては,地域のネットワークの一つとして,そのような受任者の紹介を行う団体の情報を集め,相談支援の中で希望者に情報を提供し,誰もが自分に合った受任者を地域の中で探すことができる仕組みを整えるべきである。
④ なお,中核機関において個々の受任者を直接紹介する仕組みまで整えるかどうかはそれぞれの地域の実情等に応じて検討されるべきであるが,紹介する場合には,地域の中で,ただ任意後見契約の受任者を引き受けるとして名乗りを上げている人材や団体を,何の選別もせずに紹介することがないようにしなければならない
紹介をした受任者が,詐欺や使い込みなどの不法行為を行ったり,不当な勧誘や不当な契約内容等による消費者被害を生じさせたりしないように,受任者の適格性や質の担保についてこれまで法定後見も含めた後見人としての活動実績があるか,所属している専門職団体の適切な指導・監督が可能かなど,一定の適格性に関するスクリーニングをした上で,紹介するようにすべきである。
(4) 成年後見制度利用支援事業の任意後見監督人報酬への助成の拡大
① 基本計画では,「成年後見制度利用支援事業の活用について(中略)各市町村において検討が行われることが望ましい」として,同事業の助成対象を拡大することを提言しているが,任意後見監督人の報酬助成は想定されていない。
② しかし,任意後見においても,親族以外の第三者が受任者となるようなケースでは,本人の収入や資産が少ないために任意後見人報酬に加えて任意後見監督人報酬を負担する余裕がなく,必要があっても任意後見制度の利用をためらうケースが多数存在する。
また,任意後見人を親族やNPO法人が無償で引き受けたとしても,任意後見監督人には専門職が選任されて報酬が発生する。しかし,その報酬を負担するだけの資力がなく,専門職が無償で任意後見監督人の職務を行わざるを得ないような例が生じている。
そこで,任意後見制度利用促進のためには,一定の公的費用の助成が必要であり,成年後見制度利用支援事業の拡充を行い,任意後見監督人報酬についても助成の対象とすべきである。
(5) 任意後見監督人選任後において,状況の変化によって新しく代理権を付与することを可能にし,代理権の段階的発効を可能にすること
① 現行法では,任意後見契約締結後,代理権の範囲を拡張する場合,契約を解除して新たに任意後見契約を結ぶか,既存の契約に加えて拡張する代理権を付与する任意後見契約を結ぶことになる(この場合,追加代理権目録による任意後見契約を締結する7。)。本人の判断能力が相応に維持されているときはそれほど問題はないが,判断能力が減退し,任意後見監督人が選任された後は,このような手続をすることが非常に困難であり,法定後見に移行せざるを得なくなる。
② そもそも,事情の変更があっても,任意後見監督人選任後は代理権の変更が著しく困難となるのでは,制度として硬直的であり,任意後見契約が使いにくい原因の一つとなる。
そのため,任意後見契約の中に,あらかじめ,事情の変更により代理権を追加する必要が生じた場合には,任意後見人と任意後見監督人との協議により,公正証書によって代理権を追加することができるとの規定を置けば,後から変更登記ができる旨の法改正を行うべきである。
③ また,任意後見契約は,代理権目録記載の代理権を包括的に定めることが多く,任意後見監督人選任時に,本人の現有能力とは関係なく,一括して代理権が付与される仕組みとなっている。
しかし,任意後見は,本人の判断能力が法定後見であれば補助や保佐に 該当する程度の場合でも効力が生じ得るものであり,そのような場合でも,包括的な代理権の全てについて発効を認めるというのは,本人の現有能力 の活用の観点から望ましいとは言えない。
そこで,任意後見監督人の選任審判の際に一括して代理権を付与するのではなく,あらかじめ,任意後見契約において段階的付与を可能にする条項を合意しておけば,家庭裁判所が本人の現有能力や希望に応じて,代理権目録の代理権を段階的に付与することを決定できるように,任意後見法を改正すべきである。
3 任意後見制度の濫用防止に向けての改善提言
(1) 任意後見監督人選任申立てが適切になされないことへの対策の強化
① 当連合会の2009年提言でも取り上げたとおり,移行型の任意後見契約において,本人の判断能力が低下し,任意後見監督人が選任されるべき状態になっているにもかかわらず,任意後見受任者である任意代理人が監督を免れる目的で,任意後見監督人の選任申立てを家庭裁判所に行わない
7 日本公証人連合会編著「新版証書の作成と文例-家事関係編-〔改訂版〕」立花書房 119 頁。
まま,任意代理契約に基づいて財産管理等を継続する事例が,いまだに多く存在し改善のめどが立っていない。
このような移行型の任意後見契約を悪用した濫用事例が止まず,任意後見制度の信用が害されているとすれば,もはや放置することは許されず,速やかに抜本的な対策を講じる必要がある。
② 当連合会は,2009年提言の中で,①受任者に,本人の判断能力の状 況を把握し,本人の判断能力が不十分になったときには適時に任意後見監 督人の選任申立てをすることを法律上義務付けること,②任意代理契約が 公正証書によって締結される場合には,民法第13条第1項に定める重要 行為を任意代理人が行うときは,その都度個別的に本人の承認を得ること,
③移行型の任意後見契約を締結する場合には,任意代理契約の代理権として,日常生活に必要な金銭管理の範囲に限定したり,重要行為は本人の個別的承認を必要とする条項を設けること,④受任者が任意後見監督人選任請求を怠っている場合は,任意後見人としての不適格事由があるものとして,適切に市区町村長による法定後見申立ての権限を行使すべきであること,という4つの項目の提言を行っている。
③ 移行型任意後見契約においては,任意後見発効前の財産管理契約で必要のない広範な代理権が設定されていることが多い。そのことが権限濫用の温床となっていることから,任意後見発効前の財産管理契約においては,契約締結時に必要な代理権に限定して付与することを,任意後見契約に携わる公証人や利用する市民に周知徹底し,実務運用として標準化していくことが必要である。
④ また,基本計画でも,「移行型任意後見契約における不正防止」として,
「地域連携ネットワークのチームによる見守りにおける不適切なケースの発見・支援とともに,不正防止に向けた実務的な対応策について幅広い検討が行われるべきである」とされており,チームによる見守りの強化が必要である。
すなわち,受任者だけに任意後見監督人選任申立ての時期の判断を委ね るのではなく,チームによる見守りの中で,効力発生の必要性を見極めな がら,任意後見監督人選任申立てにつなげていく取組を検討すべきである。
その前提として,本人が任意後見契約を締結していることをチームが把握しておくために,本人に緊急連絡先等を確認する中で,本人が任意後見契約を締結しているかどうかや,その受任者について確認するようにして
おくこと,チームによる見守りの中で,受任者による不正な財産管理が行われている疑いが生じれば,経済的虐待事例への必要な措置として,法定後見の市区町村長申立てにつなげていくこと等も考えられる。
(2) 任意後見契約の濫用防止対策の充実
① 任意後見制度の普及を図る上で,自分が選んだ任意後見人が,自らの判断能力が減退していく中で,横領等の不祥事を起こしたらどうしようという本人の不安を軽減するための対策を講じることが重要である。
② この点,任意後見契約は,発効時に任意後見監督人が必ず選任される仕組みであるため,法定後見と比べて,不祥事のリスクは低いと考えられる。しかし,任意後見監督人が,任意後見人を常に監視しているようなことはできないため,法定後見における後見監督人の同意を要する事項(民法第
864条)を積極的に活用し,任意後見人の権限濫用を事前に防ぐ取組等を充実させるべきである。
すなわち,任意後見契約において,重要な法律行為を行うときは後見監督人の同意を要するとする条項を定めることは認められている。
例えば,任意後見人が居住用不動産の処分,大口の定期預金の解約等をする際には,個別に任意後見監督人の同意を要することとして代理権を制限することができ,これを「同意を要する特約目録」として登記できる8。
そこで,このような重要な法律行為における代理権の制限をするという取扱いを標準化し,各公証人において推奨する取組が進められるべきである。
4 専門職が任意後見受任者である場合の登記表示に関する改善提言
(1) 任意後見受任者の事務所所在地の登記
任意後見契約が締結された場合,公証人からの嘱託により,任意後見受任者の氏名及び住所が登記されることになるが(後見登記法第5条第3号),任意後見受任者の住所については,法務省民事局長通達(法務省民一第63
4号・平成12年3月13日)により,公証人は住民票の写しを提出させて確認するものとされ,弁護士などの専門職がその業務として任意後見契約を締結した場合であっても,その業務の本拠である事務所の所在地を住所として登記することはできず,その自宅が住所として登記されることになっている。
8 任意後見契約に関する法律第3条の規定による証書の様式に関する省令付録第1号様式の注4及び第2号様式の注3。
しかし,業務として任意後見契約を締結した場合に,任意後見受任者の自宅が住所として登記されると,その任意後見契約に関する重要な書類等が業務と関係のない自宅に送付されてくることもあり,書類等の管理上のリスクが生じる上,ケースによっては,関係者との間に紛争が生じたり,関係者からの業務妨害行為が想定される場合もある。任意後見制度に関して当連合会の会員を対象に実施したアンケート調査においても,自宅の住所が登記されることに抵抗を感じ,改善を求める意見が多数存し,中には,そのことを理由に任意後見契約は受任しないという回答も存するところである。
この点,法定後見においては,これまでの実務運用の中で,後見人等が弁護士や司法書士の場合,家庭裁判所がその事務所の所在地を住所として審判書に記載するとともに登記の嘱託を行う運用が定着している。
任意後見においても,弁護士等の専門職がその業務として任意後見契約を締結する場合には,所属団体の証明書等で確認し,その業務の本拠である事務所の所在地を住所として登記できるよう,法務省は,前記の民事局長通達を改めるべきである。
また,法改正が必要な場合は,後見登記法の規定を改正することにより,改善が図られるべきである。
(2) 任意後見受任者の通称姓の登記
内閣府男女共同参画局において取りまとめられた「女性活躍のための重点方針2017」において,旧姓の通称姓としての使用の拡大のための施策が盛り込まれ,2019年(令和元年)11月5日から住民基本台帳法施行令の一部を改正する政令が施行されたことにより,住民票及びマイナンバーカードに旧姓を併記できるようになった。これは,社会の中で旧姓を通称姓として広く使用できるようにするためのものである。任意後見の登記においても通称姓の登記ができるよう制度を改めるべきである。
第3 おわりに
1 今後,親族と疎遠な,身寄りがない高齢者等が増え続け,認知症対策の施策も拡充を求められる中,元気なうちから備えができ,最後までより安心で豊かな生活を保障する制度として,任意後見制度の重要性は更に増していくと言うことができる。そのため,任意後見制度の利用促進に向けて,今回提言した様々な課題について,関係各機関が早急に協議し,更なる運用の改善や法改正に向けた取組を実際に進めていくべきである。
2 また,弁護士会においても,任意後見人の受け皿として,良質な活動ができる人材育成,適切な受任者の紹介や質の確保及び受任後の指導・助言体制の充実など,任意後見制度の利用促進に向けて更なる取組を推進することが求められており,当連合会は,制度改善に向けての取組を更に積極的に進めていく所存である。
以上