Contract
平成16年5月27日判決言渡
主文
1 被告中華航空は,原告Aに対し,8306万8028円及びこれに対する平成6年4月2
6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告中華航空は,原告Bに対し,9402万0608円及びこれに対する平成6年4月2
6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らの被告中華航空に対するその余の請求及び被告エアバスに対する請求を,いずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告らに生じた費用の4分の1と被告中華航空に生じた費用の2分の
1を被告中華航空の負担とし,原告ら及び被告中華航空に生じたその余の費用と被告エアバスに生じた費用を原告らの負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告らは,連帯して,原告Aに対し,1億7048万4585円及びこれに対する平成6年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは,連帯して,原告Bに対し,1億6539万4585円及びこれに対する平成6年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被告中華航空
(1) 原告らの被告中華航空に対する請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 被告エアバス
(1) 本案前の答弁
ア 原告らの被告エアバスに対する訴えをいずれも却下する。イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
(2) 本案の答弁
ア 原告らの被告エアバスに対する請求をいずれも棄却する。イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
本件は,被告エアバスが製造し,被告中華航空が所有・運航するA300B4-622R型 B1816旅客機(以下「本件事故機」という。)が,平成6年4月26日,台北発名古屋行き中華航空140便として,乗客256名及び乗員15名を乗せ,目的地である名古屋空港に向けて着陸降下中,同日午後8時15分45秒(日本標準時。以下,同様とする。)こ
ろ,同空港誘導路付近着陸帯内に墜落して機体が大破し,乗客249名及び乗員15名が死亡し,乗客7名が負傷した事故(以下「本件事故」という。)について,死亡した乗客の亡Cの遺族である原告らが,本件事故機の運航者である被告中華航空及び本件事故機の製造者である被告エアバスに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,本件事故により生じた損害額(原告Aについては1億7048万4585円,原告 Bについては1億6539万4585円)及びこれに対する本件事故の日である平成6年4月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,各項に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。)
(1) 当事者ア 原告ら
原告Aは,本件事故機の乗客で本件事故により死亡した亡Cの妻であり,原告Bは,亡 Cの子である(甲122及び123)。
イ 被告中華航空
被告中華航空は,航空旅客運送を業とする台湾法人であり,日本において,営業所を有し,その旨の登記を経ている。
ウ 被告エアバス
被告エアバスは,航空機の製造・販売を業とするフランス共和国(以下「フランス」という。)法人であり,世界最大手の民間航空機メーカーの一つであって,同社製造の航空機は世界中で運航に供されている。
被告エアバスは,最近の航空機の販売実績で世界全体の約30パーセントのシェアを占
め,年間96億ドル(約1兆円)の収入を上げている。
被告エアバスは,アジアの国々においても活発な販売活動を展開しており,日本国内に営業所を有したことはないが,本件訴訟が提起された時点においては,被告エアバスの本社従業員1名が東京連絡事務所に駐在し,秘書1名が東京で雇用されていた。東京連絡事務所は,マーケット情報の収集及び宣伝に従事していたものの,航空機の売買契約を締結する権限は付与されておらず,全ての売買契約はフランスにある本社によって締結されていた。その後,この連絡事務所は廃止され,現在,日本には被告エアバスの営業所も連絡事務所も存在しない。
なお,被告エアバスは,昭和54年から平成7年までの間,株式会社日本エアシステム
(以下「日本エアシステム」という。)に32機,全日本空輸株式会社(以下「全日空」という。)に22機の航空機を販売している。
(2) 国際運送契約の締結等
ア 亡Cは,被告中華航空との間で,本件事故に先立ち,日本において,出発地及び到達地をともに名古屋(日本国内)とし,予定寄航地を台北(台湾内)とする有償の国際旅客運送契約を締結した(乙24の117)。
イ 国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(昭和28年条約第17号。なお,以下,同条約を改正する議定書〔昭和42年条約第11号。以下「ヘーグ議定書」という。〕により改正されたものを「改正ワルソー条約」と,改正前のものを「改正前ワルソー条約」といい,これらを併せて「ワルソー条約」という。)は,1条(1)項において,ワルソー条約が航空機による有償の国際運送に適用される旨を定め,同条(2)項において,同条約にいう「国際運送」とは,当事者間の約定により出発地及び到達地が二つの締約国の領域にあるか,又は出発地及び到達地が同一の締約国の領域にあっても,予定寄航地がその締約国以外の国の領域である運送をいうものと定めている。
そして,わが国は,改正ワルソー条約締約国である。
ウ ワルソー条約は,17条において,運送人は,旅客の死亡又は負傷その他の身体の障害の場合における損害については,その損害の原因となった事故が航空機上で生 じ,又は乗降のための作業中に生じたものであるときは,責任を負う旨を定め,20条において,旅客についての損害については,運送人は,運送人及びその使用人が損害を防止するために必要なすべての措置をとったこと又はそのような措置をとることが不可能であったことを証明する場合には,責任を負わない旨を定めている。
また,改正ワルソー条約は,22条において,旅客運送においては,各旅客についての 運送人の責任は,25万フランの額を限度とする旨定めた(以下,同条を「責任制限規 定」ともいう。)上,25条において,22条に定める責任の限度は,損害が,損害を生じさせる意図をもって又は無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った運送人又はその使用人の作為又は不作為から生じたことが証明されたときは適用されない旨を定めている。
エ 被告中華航空の運送約款16条2項は,ワルソー条約が適用される国際運送ではない運送においては,損害を生じさせる意図をもって又は無謀にかつ損害の生ずるおそ れがあることを認識して作為又は不作為がなされた場合を除き,被告中華航空の責任は,乗客が死亡又は重傷を負った場合については,その損害の程度に応じて,最低75万台湾ドルから最高150万台湾ドルに制限される旨を定めている(乙21)。
(3) 本件事故の発生等(甲1)ア 事故の発生
本件事故機は,平成6年4月26日午後5時53分ころ(以下,同日中の出来事については時刻のみをもって表示する。),台北発名古屋行き中華航空140便として,乗客256名及び乗員15名(運航乗務員2名,客室乗務員13名)を乗せて台北国際空港を離陸し,愛知県西xxx郡xx町所在の名古屋空港に向けて飛行し,午後8時12分19秒
(以下,同日午後8時台の出来事については分秒のみをもって表示する。)には名古屋空港のアウター・マーカーを通過し,13分39秒に名古屋タワーから着陸許可を受けて,名古屋空港滑走路34へILS(Instrument Landing System-計器着陸装置)進入を続けていたところ,15分4秒に気圧高度約500フィートから上昇に転じ,15分11秒ころから急上昇を始め,15分31秒に気圧高度約1730フィートに達した後,急降下し,15分45秒ころ,名古屋空港の着陸帯内に墜落し,機体が大破した結果,亡Cを含む乗客249名及び乗員15名が死亡し,乗客7名が重傷を負った。
イ 本件事故機の飛行システムの概要(丙3ないし6) (ア) 本件事故機の飛行
a 操縦輪
航空機は,操縦輪を操作して昇降舵(水平尾翼の後部の翼面)を動かすことにより,水
平飛行を維持し,上昇し,降下するのであり,一定の速度の下では,操縦輪を引くことによって上昇し,操縦輪を押すことによって降下する。
また,航空機は,水平飛行中に速度が増加した場合には上昇するので,その場合に安定した姿勢を保つためには,操縦輪を押さなければならない。
b 水平安定板
航空機の飛行経路又は速度を修正した場合,新しい飛行状態を維持するためには,絶え間なく操縦輪に力を加える必要があるが,このような負担を除去するのがトリムであ る。トリム操作は,xxx・xxx・xxxxxx・スイッチ(以下「トリムスイッチ」という。)又はマニュアル・ピッチ・トリム・コントロール・ホイール(以下「トリムホイール」という。)により,水平安定板(水平尾翼の前部の翼面)を操作することによって行われる。
水平安定板の機械的な動作範囲は,機首上げ方向14度,機首下げ方向3度までに制限されており,水平安定板のコマンドは,機首上げ方向13度,機首下げ方向2度までに制限されている。
操縦士が操縦輪に絶え間なく力を加えなければならない場合には,航空機はアウトオブトリムの状態である。これは機体の異常姿勢の原因となる望ましくない状態であって,即刻イントリムの状態に正されなければならない。操縦士は,操縦輪に加えなければならない力が無くなるまでトリムを操作し,これによって航空機はトリムされる。
c スラット及びフラップ
航空機は,速度の作用により主翼に発生する揚力によって飛行するが,速度が低下しすぎると揚力が不十分となり,失速してコントロールを失い,墜落する。このため操縦士は,速度を監視し,過度に減速しないようにしなければならない。
特に,離着陸時には,低い高度を低速で飛行することとなるため,主翼のxx及び後縁に設置されたスラット及びフラップが,連動して主翼を補助し,より高い揚力を発生させ る。スラット及びフラップには,0/0,15/0,15/15,15/20,30/40の5段階が設けられ,1段階ずつ揚力を上げていく。
(イ) 本件事故機のコックピットの概要 a 操縦席
操縦席は2席あり,左側の席に機長が,右側の席に副操縦士が座る。
各操縦席の前には操縦輪があり,操縦輪にはトリムスイッチ及びオートパイロット・インスティンクティブ・ディスコネクト・プッシュボタン・スイッチ(以下「オートパイロット解除ボタン」という。)が備え付けられている。
b センタ・ペデスタル
二つの操縦席の中間に設けられたセンタ・ペデスタルには,エンジン・スロットル(スラスト・レバーともいい,エンジンの出力を手動で制御する。以下,「スロットル」又は「スラストレバー」という。)及びスラット/フラップ・コントロール・レバーが設置され,センタ・ペデスタルの両側面にはトリムホイールが設置されている。
スロットルには,赤い押しボタンのオートスロットル・インスティンクティブ・ディスコネクト・プッシュボタン・スイッチ(以下「オートスロットル解除ボタン」という。)が付いている。ま た,スロットルの握りの下の位置には,ゴー・レバーが組み込まれている。
c メイン計器パネル
操縦席前面のメイン計器パネルは,中央パネル,機長用パネル,副操縦士用パネルに分かれており,機長用パネルと副操縦士用パネルとは同じものである。
機長用パネル及び副操縦士用パネルには,それぞれ二つのディスプレイがあり,上の方がプライマリ・フライト・ディスプレイである。
プライマリ・フライト・ディスプレイの上の部分は,フライト・モード表示器であり,左から右に5区画(以下「第1区画」などという。)に区切られ,それぞれ自動飛行システムに関する情報を表示する。
d フライト・コントロール・ユニット(FCU-Flight Control Unit)
メイン計器パネルの上部に設置されているフライト・コントロール・ユニットには,オートパイロット・エンゲージ・レバー(以下「オートパイロット接続レバー」という。)のほか,自動 飛行システムの様々なフライト・モードを接続するためのスイッチが設けられている。 (ウ) 本件事故機の自動飛行システム
a 本件事故機の自動飛行システムは,離陸から着陸までの全ての飛行段階で最適の飛行状況を実現し,操縦士を助けて,安全に飛行させることを目的として設計されている。
主な機能として,飛行制御コンピューター(FCC-Flight Control Computer)の制御するオートパイロット/フライト・ディレクター・システム,推力制御コンピューター(TCC- Thrust Control Computer)の制御するオートスロットル・システム(ATS-Auto-Throttle
System),飛行増強コンピューター(FAC-Flight Augmentation Computer)の制御するオート・トリム及び安全装置等が挙げられる。
b オートパイロット/フライト・ディレクター・システム
オートパイロットは,オートパイロット接続レバーをオンにすることで接続され,フライト・ ディレクター(Flight Director-飛行指示器)のモードが選択されている場合には,同じモードで航空機を自動制御する(なお,オートパイロットのモードには,CMD〔Command〕と CWS〔Control Wheel Steering〕があるが,以下,特に示さない限りCMDのモードに接続された場合をいう。)。
オートパイロットは,オートパイロット接続レバーをオフにするか,オートパイロット解除ボタンを押すことにより解除される。オートパイロットが接続されているか否かは,フライト・モード表示器の第5区画に表示される。
フライト・ディレクターは,選択されたフライト・モードに応じて命令を与える。手動操縦の場合,操縦士はこの命令に従って操縦し,オートパイロットに接続中は,この命令に従って航空機が自動制御される。
フライト・モードの選択は,フライト・コントロール・ユニット上の該当するスイッチで行い,選択されたモードは,フライト・モード表示器に表示される。フライト・モードには,例え ば,以下のものがある。
(a) ランド・モード(着陸モード)
ランド・モードは,着陸進入飛行経路を飛行するための命令を与える。
電波高度計が400フィートを超えているなどの一定の条件下で,フライト・コントロール・ユニット上のランド・プッシュボタン(以下「ランドボタン」という。)を押すと,ランド・モードに接続される。
ランド・モードには,いくつかのフェーズがあるが,機体がローカライザ及びグライド・スロープ上に一定時間安定し,電波高度計が400フィート以下になるとLAND Trackフェーズとなり,フライト・モード表示器の第2区画(縦方向モードを表示)から第3区画(横方向モードを表示)にかけて「LAND」と表示される。
ランド・モードを解除するには,ゴー・アラウンド・モードを選択する方法等がある。 (b) ゴー・アラウンド・モード(着陸やり直しモード)(甲121)
xx・xxxxx・xxxは,着陸進入を中止して上昇するための命令を与える。
ゴー・レバーを押すと,ゴー・アラウンド・モードに接続されて,フライト・モード表示器の第
2区画から第3区画にかけて「GO AROUND」と表示され,また,自動的にオートスロットルが作動して,エンジン出力が増大する。
ゴー・アラウンド・モードは,ランド・モードを除く他の縦方向のモード及び横方向のモードを接続することにより解除されるが,ゴー・アラウンド・モードから直接ランド・モードに接続することはできない。ゴー・アラウンド・モードからランド・モードに切り替えるためには,まず,縦方向のモード及び横方向のモードをいずれも他のモードに接続した上で,ラン ド・モードに接続する必要がある。
c オートスロットル・システム
オートスロットル・システムは,操縦士により選択された安定した値の速度又はある段階の飛行に必要なエンジン出力を,自動的に保ち又は制御する。
フライト・モード表示器の第1区画に,エンジン出力のコントロールが手動であるか自動であるか,自動の場合にはその作動中のモードが表示される。
オートスロットル・システムは,オートスロットル解除ボタンを押すことにより解除でき,エンジン出力を手動で制御することができる。
d オート・トリム
オートパイロットの接続中は,オートパイロットが絶え間なくトリムを行い,トリムスイッチの操作は無効となる。しかし,この場合もトリムホイールは作動し,操縦士がトリムホイールを動かすことにより,オート・トリムはオーバーライドされる。
e 安全装置
アルファ・フロア(ALPHA FLOOR)は,低い対気速度が感知された場合に,オートスロットルが出力を増大させ,失速を防止する機能である。アルファ・フロア機能が作動する
と,フライト・モード表示器に,スラストがラッチされたことを表す「THR/L」の表示が出る。
f 操縦輪によるオーバーライド(甲86)
(a) オートパイロットがランド・モード(LAND Trackフェーズ)及びゴー・アラウンド・モード以外のいずれかのモードに接続されている場合,操縦輪に縦方向(ピッチ方向ともいう。機首の上下方向を意味する。)に15キログラム以上の力を加えると,オートパイロットは自動的に解除される。他方,オートパイロットがランド・モード(LAND Trackフェーズ)又
はゴー・アラウンド・モードに接続されている場合には,操縦士の操作力の大きさにかかわらずオートパイロットは解除されず,操縦輪に縦方向に一定以上の力を加えることによって,オートパイロットの昇降舵制御をオーバーライドすることができる。
そのため,オートパイロットがゴー・アラウンド・モードに接続されている場合に,操縦輪を機首下げ方向に一定以上の力で操作すると,昇降舵は機首下げ方向に作動するが,他方でオートパイロットのオート・トリム機能が働くため,水平安定板はゴー・アラウンドの指令に従って機首上げ方向に作動することになる。
(b) 本件事故機の属するA300-600型機は,機体開発時においては,全てのモードにおいて,操縦輪に縦方向に力を加えてもオートパイロットは解除されない設計になっていた。
その後,1988年(昭和63年)3月に,ランド・モード(LAND Trackフェーズ)及びゴー・アラウンド・モード以外のモードにおいては,高度に関わりなく縦方向に15キログラム以上の力を加えることによりオートパイロットが解除されることとする改修策(MOD- Modification)7187が設けられ,これにより改修が行われた。
その後,1993年(平成5年)6月に,技術通報(Service Bulletin)6021により,高度40
0フィート以上であれば,ゴー・アラウンド・モードの場合でも,縦方向に15キログラム以上の力を加えることによりオートパイロットが解除されるという改修が行われることとなった。
しかし,本件事故機は,上記技術通報6021による改修が行われていなかったため,ゴー・アラウンド・モードの場合には,縦方向に力を加えても,オートパイロットは解除されない設計になっていた。
ウ 本件事故の原因
本件事故機は,副操縦士が操縦して,着陸態勢をとり手動操縦によって正常にILS進入を続けていたが,気圧高度約1070フィートを通過したころ,ゴー・レバーが押され,ゴ ー・アラウンド・モードとなってエンジン推力が増加したため,着陸進入路から上方に離脱し,着陸降下角を外れた。
副操縦士は,高くなった降下経路を修正しようと,操縦輪を押して機首下げ操作を行ったが,機体は降下せず,水平飛行状態となった。
このころ,オートパイロットが接続されたが,フライト・モードがゴー・アラウンド・モードとなっていたため,オートパイロットはゴー・アラウンド・モードでの作動となった。
副操縦士は,操縦輪を押して昇降舵を作動させ,機首下げの操作を行ったが,これに対して,オートパイロットは,xx・xxxxx・xxxの実行のため水平安定板を機首上げの方向に作動させた。このような状態が30秒以上継続した後,アルファ・フロア機能が作動し,出力が急激に増加したため,機首上げの傾向が強まった。
操縦を替わった機長は,着陸の続行を断念し,ゴー・アラウンドを決意して,エンジン推力を増加させ,機体の上昇を図った。
しかし,この時点でほぼ限界に達していた水平安定板の機首上げ方向の動きと,増加したエンジン推力とが相まって,機体の迎え角が急激に増加し,その結果,機体は失速して墜落するに至った。
エ 本件事故機の機長及び副操縦士(以下「本件乗員ら」という。)の飛行経歴等 (ア) 機長の飛行経歴
機長は,1989年(xxx年)2月1日,被告中華航空に入社した。
入社以前は,台湾空軍の操縦士として1970年(昭和45年)9月から1989年(xxx年)1月まで勤務し,C-47型機等で4826時間30分飛行している。
入社後は,B747-200型機,B747-400型機の副操縦士(飛行時間はそれぞれ,
668時間35分,1494時間47分)を経て,被告中華航空においてA300-600R型機の機長昇格訓練(飛行時間260時間53分)を受け,1992年(平成4年)7月31日に機長検定証を取得し,同年12月1日に被告中華航空のA300-600R型機の機長に昇格した(事故前日の4月25日までの飛行時間1089時間34分)。
総飛行時間は8340時間19分,被告中華航空入社後の飛行時間は3513時間49分,A300-600R型機での飛行時間は1350時間27分であった。
(イ) 副操縦士の飛行経歴
副操縦士は,1990年(平成2年)4月16日,被告中華航空に操縦要員の学生として入社した。
その後,自社養成でアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)のノースダコタ大学において,1991年(平成3年)8月4日から1992年(平成4年)8月30日までの間C-90A型機,C-1900型機などで590時間12分訓練を受け,事業用操縦士の資格を取得し た。
A300-600R型機については,フランスのアエロフォーメーション社(被告中華航空から訓練の委託を受けた被告エアバスが再委託)において地上学科,シミュレーターによる訓練及び実飛行時間3時間の訓練を受けた。
その後,台湾において基本飛行4時間の訓練を受けて,1992年(平成4年)12月29日に副操縦士の検定証を取得し,1993年(平成5年)3月22日にA300-600R型機の副操縦士に昇格し,事故前日の4月25日までの飛行時間は1033時間59分であった。
(ウ) 被告中華航空においては,台湾の法規等に基づき,社内規程を整備し,資格・昇格の要件を定めており,機長,副操縦士とも当該型式の機長,副操縦士としての資格要件を充たしていた。
オ 本件事故当時の気象
(ア) 平成6年4月26日午前11時名古屋地方気象台発表の中部地方の気象概況は,
「朝鮮半島と東シナ海に中心をもつ高気圧が日本付近を覆っている一方,日本の南海上には低気圧を伴う前線が停滞しており,北海道の北東海上には低気圧がある。このため,東日本の太平洋側の地方と北日本で曇っているほかは,ほぼ全国的に晴れている。東海・北陸ともに良く晴れており,気温が高くなっている。」というものであった。
(イ) 気象庁名古屋空港測候所の本件事故当時の定時及び特別観測値によれば,午 後7時30分は風向280度,風速10ノット,午後8時は風向280度,風速8ノット,午後8時19分は風向280度,風速6ノット,午後8時30分は風向280度,風速7ノットであった。
(4) 本件事故後の状況
ア 被告中華航空からの支払(甲131の1ないし3)
被告中華航空は,平成6年4月,亡Cの葬儀式場において,原告Aに対し,本件事故に関して30万円を支払った。
イ 労災保険金の給付(乙22の7)
日本政府(以下,「政府」という。)は,原告Aに対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,平成6年9月29日に葬祭料として158万0040円を,平成
9年4月15日には遺族補償給付として945万0989円を,それぞれ支給した。
2 争点
(1) 被告エアバスに対する訴えの国際裁判管轄の有無
(被告エアバスの本案前の主張)ア 国際裁判管轄について
最高裁昭和56年10月16日判決・民集35巻7号1224頁(以下「マレーシア航空事件判決」という。)及びそれ以降の下級審裁判例により,日本の裁判所は,国際裁判管轄の分配は,当事者間のxx,裁判の適正・迅速を期するという理念により,条理に従って決定すべきであるとの立場を採っている。条理を具体化した実用的判断基準として は,ある事件につき,日本の民訴法の土地管轄に関する規定に定められている裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは,原則として,その事件について,日本に国際裁判管轄を認めることが条理にかなうとする。ただし,日本に国際裁判管轄を認めることが,当該事件の具体的事実関係に照らして,当事者間のxx,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する結果となる特段の事情があるときはこの限りではないとする。
上記は現在の判例理論の理解として特に異論のないものと考えられ,航空事故損害賠償請求訴訟についても当てはまる。このような判例の立場は,日本の民訴法の規定の国際裁判管轄への適用が必ずしも妥当でない場合があることを率直に認め,これを特段の事情によって具体的事件について実質的・個別的に判断していこうというものであって,アメリカ法上の不便宜法廷の法理,すなわち,訴えの提起を受けた裁判所が,裁判管轄権を有するにも関わらず,当事者の便宜やxxの実現のためには,裁判管轄権を有する他の法域の裁判所で審理を行うほうが妥当であると考えた場合,裁量により裁判管轄権の行使をせず,訴えを却下することを認める法理と類似した機能を果たすものとして発展してきている。
以上に従って検討すると,以下に述べるとおり,本件訴訟においては,被告エアバスに関し,日本国内には民訴法の規定する裁判籍はないし,万一,日本に何らかの裁判籍があったとしても,管轄権を行使することを不適切とする特段の事情があるため,日本の裁判所は,本件について管轄権を行使することはできない。
イ 日本の民訴法の規定する裁判籍の有無
(ア) 平成8年6月26日法律第109号による改正前の民事訴訟法(以下「旧民訴法」という。)15条1項所定の不法行為地は,加害行為地と解釈すべきであり,本件のような製造物責任訴訟においては,当該製造物の製
造地であると解される。
なぜなら,仮に不法行為地に結果発生地も含まれるとすると,製造者と何ら接点のない場所で事故が発生した場合にも,製造者はその場所で応訴せざるを得ないことになるからである。さらに,航空機については,しばしば転売されたり,リース会社によるリース及び航空会社による自社機のリースも極めて頻繁に行われているところ,航空機製造会社は,かかる転売及びリースにつき何らのコントロールも有していない。航空機事故の結果発生地を不法行為地に含ませると,管轄は当初の法律関係を離れて無制限に拡大し,航空機製造会社は世界中で応訴すべきこととなってしまう。航空機に移動性があるとはいえ,このような解釈は妥当ではない。
本件において,被告エアバスに関する請求原因は,本件事故機の製造に際しての設計上の欠陥によって本件事故が発生したというものであるから,本件事故が日本で発生したという事実は請求原因とは全く関係がないのであり,本件事故機はフランスで製造されたのであるから,旧民訴法15条1項(民訴法5条9号)の不法行為地は,フランスであり,日本ではない。
(イ) 原告らは,東京地裁昭和49年7月24日中間判決・判例時報754号58頁(以下
「全日空ボーイング機事件判決」という。),東京地裁昭和59年3月27日中間判決・判例時報1113号26頁(以下「自衛隊ヘリ墜落事件判決」という。)を引用し,旧民訴法1
5条1項の不法行為地には結果発生地が含まれるというのが判例法上確立されているところであると主張する。
しかしながら,この点については,原告らが引用した2件の地裁レベルの裁判例があるのみで,高裁・最高裁の判例は存在しない。
加えて,原告らが引用する2つの裁判例は,以下の点で大きく本件とは事実関係が異なり,本件の先例としては不適切である。すなわち,これらの裁判例は,いずれも航空機 又はヘリコプターの機能の異常を原因として事故が発生した旨を原告が主張している事案であって,事故原因究明のため日本で証拠収集する意味もあった事案である。実際に全日空ボーイング機事件判決では,裁判所も,「まず,本件事故に関する証拠の収集の便宜についてみるに,本件事故の発生原因およびその事故による損害に関する証拠は,被告が本件航空機を製造したアメリカ合衆国においても,また,本件事故が発生した日本国においても,これを収集する必要があるというべきであり…」と判示している。ところが,本件においては,本件事故機に何らの機器の性能異常も発生しておらず,機器は正常に機能していたのである。したがって,少なくとも原告らが事故の発生原因として主張している「設計上の欠陥」の有無に関する証拠は日本には存在せず,日本において証拠を収集する意味は全く存しない。よって,原告らの引用する上記2件の裁判例
は,本件には妥当しないというべきである。ウ 特段の事情
万一,日本に何らかの裁判籍があったとしても,被告エアバスに対して管轄権を行使することを不適切とする特段の事情があるため,日本の裁判所は,本件について管轄権を行使することはできない。
(ア) 証拠
本件事故機はフランスで製造されたため,設計・製造に関するほとんど全ての証拠及び証人はフランスに存在するから,本件が日本で審理されるとすると,事案を解明することが著しく困難である。
原告らは,本件の事故調査が日本で行われたことをもって日本での審理が証拠の面からも適切であると主張しているようである。しかしながら,日本の運輸省航空事故調査委員会による調査は既に終了し,航空事故調査報告書も,日本語版及び英語版にて平成
8年7月19日に公表されており,原告らはこれを証拠として提出済みであるから,現時点では,日本における更なる証拠収集の必要性は全くない。むしろ,原告らが航空事故調査報告書を原告らの主張を立証するものとして提出している以上,審理においてはこれに対する被告エアバスの反証が重要となり,被告エアバスの証拠の検討及び証人尋問が中心となるのであって,証拠の存在及び収集の便宜という点からは,フランスで審理を行う方が適切である。
(イ) 被告エアバスの防御の困難性
国際裁判管轄の決定に当たっては,その土地で提起された訴訟に応訴しなければならないことになる被告の不利益が十分考慮されなければならない。
被告エアバスは,日本に営業所を有しておらず,本件事故機の設計・製造に関する被告エアバスの証拠も証人も日本には存在しない。被告エアバスは,日本において本件訴 訟上の防御をすることが極めて困難である。
(ウ) 訴訟手続の遅延
被告エアバスは,証拠及び証人をフランス及び他の外国から提出し,呼び出さなければならないため,本件訴訟手続は遅延するものと予想される。
さらに,被告エアバスが裁判所に提出する書面は,フランス語又は英語から日本語に翻訳しなければならず,原告らから受領する書面は,日本語からフランス語又は英語に翻訳しなければならないため,被告エアバスは,訴訟手続の準備のために多くの時間を必要とする。被告エアバスとしては,通常の間隔で期日の準備をすることが不可能であ
る。
(エ) 日本における執行の不能
日本における執行可能性は,判決の実効性の観点から管轄の有無を判断する要素となるものである。特に給付判決を得た場合に,その給付内容を迅速・経済的に実現し得るということは,管轄肯定の一つの要素となる。旧民訴法8条(民訴法5条4号〔財産所在 地の裁判籍〕),17条(民訴法5条12号〔不動産所在地の裁判籍〕),18条(民訴法5条
13号〔登記・登録地の裁判籍〕)は,判決の実効性の観点から規定されたものである。ところが,被告エアバスは,日本国内に財産を有しておらず,被告エアバスに対する判決は,日本国内では実際上執行できない。
(オ) フランスにおける訴訟
1995年(平成7年)6月9日,被告中華航空及びその保険者は,被告エアバス及びそ の保険者に対し,本件事故に関し,パリ商事裁判所に訴訟を提起した。この訴訟手続において,フランスの裁判所は,鑑定人を選定するものと考えられる。鑑定人は,本件の 事実的及び技術的側面並びにフランスの手続に関係している当事者の責任及び損害の点について,フランスの裁判所に報告書を提出し助言する。仮に,日本の裁判所が本件について管轄権を行使した場合には,同じ争点がフランス及び日本の双方で審理されることとなる上,フランスの裁判所及び日本の裁判所の判決の間に矛盾が生ずる可能性がある。
エ 以上からすれば,名古屋地方裁判所は被告エアバスに対する本件訴訟について管轄権を有せず,本件訴訟は不適法として却下されるべきである。
(原告らの主張)
ア 国際裁判管轄の法理
日本の国際裁判管轄の決定に当たっては,国際裁判管轄を直接規定する法規もなく,また,よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては,当事者間のxx,裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であり,日本の民訴法の国内の土地管轄に関する規定,例えば,被告の居所(旧民訴法2条〔民訴法4条2項〕),法人その他の団体の事務所又は営業所
(旧民訴法4条〔民訴法4条4項〕),不法行為地(旧民訴法15条〔民訴法5条9号〕),その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは,これらに関する訴訟事件につき,被告を日本の裁判権に服させるのが上記条理にかなうものというべきであるとするのが確立された判例法理である(マレーシア航空事件判決)。この立場は,条理の内容として民訴法上の土地管轄の規定を取り込むとの立場を示したものである。
イ 不法行為地
上記アの国際裁判管轄の法理によれば,被告エアバスに対する原告らの訴えは,旧民訴法15条1項(民訴法5条9号)所定の不法行為の特別裁判籍により,日本に国際裁判管轄が存在する。
本件の被告エアバスに対する訴えは,製造物責任に基づく損害賠償を請求するものであるところ,製造物責任の法的性質は,報償責任と危険責任の両者を包含する不法行為責任であり,この性質からは,結果又は損害の発生地も当然に不法行為地に含ま れ,管轄が肯定される。これは,被害者の保護及びその事故に関する証拠収集の便宜等に配慮し,裁判の適正・xx・迅速な遂行という観点にも合致するものであり,日本の判例上も確立している(全日空ボーイング機事件判決,自衛隊ヘリ墜落事件判決参
照)。
全日空ボーイング機事件判決は,航空機事故については「その加害者とされている被 告が全世界を自由に航行し得る航空機の製造等を業とする大資本の会社であり,しかも,その製造にかかる航空機が日本国内においても多数運航されていることは公知の 事実であること,および航空機に欠陥がある場合における人命事故等の発生は航空機の性質上不可避なものであることからして,本件事故の結果発生地である日本国が被告の全く予測しえない隔絶した土地であるとは到底いえないのであり,したがって,その結果発生地を不法行為地に含め,日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権を認めるとし
ても,被告に格別不当な不利益を強いることになるものではないというべきである。」と判示する。
全日空ボーイング機事件判決における航空機製造会社はボーイング社であったが,被告エアバスは,ボーイング社に次ぐ世界第2位の民間航空機製造販売会社であり,本件においてこれと別異に解すべき理由は全く存しない。
ウ 特段の事情について
前記アの国際裁判管轄の法理によれば,旧民訴法15条(民訴法5条9号)所定の不法行為地が日本である場合には,その余の特段の事情を考慮することなく日本に国際裁判管轄があると解されるから,被告エアバスが主張している特段の事情を論議する余地はないが,仮にこれを考慮すべきであるとしても,以下に述べるとおり,同被告の主張するような特段の事情は認められないというべきである。
(ア) 証拠について
航空機事故の調査について,国際民間航空条約26条は,事故の起こった国が事故の事情の調査を行うものとするとの原則を定めた上で,関係国(本件では台湾とフランス)について,調査に立ち会う者を任命する機会や報告所見の通知を受ける機会を認めている。その外,上記条約と付属議定書は,国際的協力によって航空機事故の原因を追究し,もって事故の再発を防ぐために,具体的な手続規定を定めている。
この条約等に基づき,本件事故については,日本の運輸省に設置された航空事故調査委員会が,関係各国に対し資料の提供を求めつつ事故原因の究明に当たり,その過程で証拠の収集もしている。もちろん他の国には,本件事故の原因について究明するための機関は置かれていない。
以上の事情によれば,本件事故の原因を究明して,本件事故機の設計製造上の欠陥の有無及び損害に関し審理するについては,日本に最も多くの,かつ,重要な証拠が存することは多言を要しない。
(イ) 防御の困難性について
フランスに存在する証拠や証人であっても日本で取り調べることは十分可能である。 被告エアバスは,民間航空機メーカーとして,ボーイング社に次ぐ世界第2位の製造販売実績を有しており,最近のデータでも世界全体の約30パーセントのシェアを占め,年間96億ドル(約1兆円)の収入を上げている。また,被告エアバスは,フランスのアエロ
スパシアルとドイツのダイムラーベンツ航空宇宙両社がそれぞれ37.9パーセント,イギリスのエアロスペース社が20パーセント,スペインのCASA社が4.2パーセントの株式をそれぞれ保有するほか,イタリアのアレニア社とオランダのフッカー社,ベルギーのベルエアバス社の3社が準構成企業となっており,ヨーロッパ各国のリーディングカンパニーで構成された,他に例を見ないほどの大企業である。さらに,被告エアバスは,近年日本を含む極東地域を重要な販売市場であると位置づけ,中国,香港,韓国,マレーシア,フィリピン,台湾等に活発な販売活動を展開している。
このような世界的大企業で,世界各国において販売活動を行っている被告エアバスが,いったん同被告製造航空機の事故が発生するや,法廷での防御の困難性を主張することは,不当極まりない。
被告エアバスは,日本にその連絡事務所を有し,そこではフランス人スタッフの外,日本人職員も常駐して稼動している。また,被告エアバスは,現に日本国内の航空会社に同被告製の航空機を販売してきたし,現在でも販売のための営業活動を展開している。 ちなみに,被告エアバスは,昭和54年から平成7年に至るまでの間,日本エアシステムに合計32機の,また全日空に合計22機の販売実績を有しており,また,後記(ウ)のとおり,日本のメーカーから重要な部品を継続的に購入しているのであって,上記連絡事務所以外においても,被告エアバスの事業活動が日本国内で活発に展開されていることは明白である。このように,現に営業活動を展開して実績も上げている日本で応訴を強いられても,被告エアバスにとって何ら不当・不xx・不便であるとはいえない。
他方,原告らにとって,被告エアバスの本店のあるフランスでの訴訟を強制されることは,実質的に救済を否定されるのに等しく,著しく弱者保護に欠け,不当・不xxである。
(ウ) 訴訟手続の遅延について
日本の航空会社各社に対しても自社製航空機の販売を果敢に展開している被告エアバスが,翻訳の手間と時間の負担による遅延を主張するのは矛盾も甚だしい。
しかも,被告エアバスは,住友精密工業株式会社から着陸用ギアジャックを,またxx重工業株式会社から胴体パネルを,大量かつ継続的に購入しているのであって,部品購入そして完成品の販売の両面において,日本企業と深く関係しているのである。もちろんこのような企業行動においては,言語の壁を克服して,敏速かつ緻密な交渉,協議
が日常的にもたれている。
他方,原告がフランスの裁判所に本件を提訴した場合にも同様の遅延が生ずるのであって,この点は決定的な理由とはなり得ない。
(エ) 執行不能について
被告エアバスは,本件のような事故に備えて賠償責任保険をxxしており,本件訴訟の判決や和解が成立した場合に対処している。被告エアバスの執行不能の主張は理由がない。
また,被告エアバスは,今後も日本の航空会社に対して,確定受注契約に基づき航空機を納入することを予定しており,将来においても確実に日本の企業に対する多額の売買代金債権を取得することに疑いはなく,これら売買代金債権は,日本国内に発生するのであり,これに対する執行も可能である。
仮に被告エアバスが日本国内に財産を有していないとしても,そのことは本件を日本の裁判所で審理することの妨げとはならない。
(オ) フランスにおける訴訟について
被告エアバス主張にかかるフランスにおける訴訟は,本件訴訟とは法的に全く関連性がなく,事実上も管轄判断の事情として考慮すべき重要性はない。原告らは,被告中華航空と被告エアバスの両者に責任があると主張しており,フランスでの訴訟においても被告エアバスの責任が追及されている点では同一であるといえるが,その訴訟の結論が,本件訴訟に対して何らの効果も及ぼさないものであることは明らかである。なぜなら,フランスにおける訴訟は,被告エアバスと被告中華航空を賠償代位した保険会社との間で争われているもので,本件訴訟とは当事者が異なるからである。
(カ) 以上のとおり,いずれの観点からも,日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情を認めることはできず,被告エアバスが日本の裁判所の管轄に服すべきものであることは法理上明らかである。
エ したがって,被告エアバスの本案前の主張は理由がない。
(2) 被告中華航空の不法行為責任の有無
(原告らの主張)
本件事故は,本件乗員らが航空機を操縦する上での基本的かつ重大な注意義務に違反したことに起因するものであり,これを遵守していれば容易に回避することが可能であったから,本件乗員らには,故意に等しい重大な過失が存在したというべきである。
すなわち,本件事故に至る事実経過のうち,本件乗員らが行った,①副操縦士が着陸を意図しながら,ゴー・レバーを誤って作動させたこと,②ゴー・アラウンド・モードが解除されていない状態で,オートパイロットを接続し進入を継続したこと,③ゴー・アラウンド・モードを解除できず,副操縦士はそのことを知っていたにもかかわらず機長に報告しないまま操縦を継続したこと,④操縦輪の操舵が重い状態であったにもかかわらず,進入を継続するために,操縦輪を押し続けたことの各行為(以下「本件①ないし④の各行為」という。)は,それぞれ重大な過失に該当する。
ア 副操縦士が着陸を意図しながら,ゴー・レバーを誤って作動させたこと(本件①の行為)
(ア) 副操縦士は,ゴー・レバーを作動させた際,着陸を意図していたものである。
本件事故機は,13分39秒,名古屋タワーから着陸許可を受け,着陸チェックリストの点検を終え,名古屋空港滑走路34へILS進入を継続していたところ,副操縦士は,14分
5秒,ゴー・レバーを誤って作動させた。
すなわち,ゴー・レバーの作動は,本来ゴー・アラウンド・モードとする旨の呼唱をした上でなされるべきところ,本件では呼唱がないままなされ,ゴー・レバー作動後には「えっ,えっ,あれ。」(機長),「君,君はそのゴー・レバーを引っ掛けたぞ。」(機長),「はい,はい,はい。少し触りました。」(副操縦士)という会話が交わされている。
したがって,ゴー・レバー作動時には,本件乗員らは着陸を意図していたのであって,ゴー・レバーを作動させる理由は全くなく,上記会話からも,副操縦士がゴー・アラウンドを全く意図していなかったにもかかわらず,着陸目的に反して,ゴー・レバーを気付かないまま操作したことが明らかである。
(イ) 着陸を意図していながら,ゴー・レバーを作動させる行為は重大な過失である。
航空機の着陸進入時の操縦には特に慎重さが要求され,操縦士は,着陸進入時に,その意図した行為に反する効果を与える操作を行うべきではない。ゴー・レバーの作動によって生じる効果は,①オートスロットルが全開になり,②フライト・ディレクターは,ゴー・アラウンドをするための情報を与え,③ゴー・アラウンド・モードのときにオートパイロットが接続されると水平安定板は機首上げ方向に操作される,というものであって,着陸とは全く逆の効果を伴うものである。
本件乗員らが着陸を意図していながら,しかもわずかの注意を払えば容易に回避し得るのに,全く逆の効果を持つゴー・レバーの作動をさせた行為は,航空機操縦における基本的な義務に違反するものであって,明らかな重大な過失行為である。
(ウ) なお,被告中華航空は,ゴー・レバーは副操縦士が意図せず作動させたものであるが,ゴー・レバーが操作中に誤って作動させやすい機構になっていたことも考え合わせると,乱気流による突然の揺れなどの不可抗力によってゴー・レバーが作動した可能性があると主張する。
しかしながら,ゴー・レバーを作動させるには,ハンドルから手を離してスイッチを入れる作業が必要なのであって,ゴー・レバー自体が誤って引っ掛けやすい構造になっていたわけではない。
操縦士は,フライトデッキの構造を熟知した上で,誤って無関係の機器に触れることのないように注意して操縦しなければならないのであり,また,ゴー・レバーがスラストレバーの下部にあること自体が問題とはいえないのであって,誤ってゴー・レバーを作動させた行為は,注意義務違反を構成する。
そして,副操縦士がゴー・レバーを作動させた14分5秒より前の時点で乱気流が発生していないことは明らかである。
確かに,本件乗員らは,8分26秒から10分1秒ころまで,乱気流及びウィンドシアについて会話しており,10分ころまでは気流がやや乱れていた。しかし,この気流の乱れはごく弱いものであったし,副操縦士がゴー・レバーを作動させるまでのその後の4分間 は,乱気流は全く発生していないのである。
14分ころに垂直加速度の変化が生じているが,これはゴー・レバーの作動後であって,ゴー・レバーの作動の結果であることは明らかである。
(エ) また,被告中華航空は,①ゴー・レバーの作動によってゴー・アラウンドを行うこと自体は危険な行為ではなく,②本件乗員らは,オートスロットルを解除し,手動によりスラストレバーを操作して,操縦輪を機首下げ方向に操作するという適切な措置を採ったと主張する。
しかしながら,着陸を意図して航空機を操縦する本件乗員らに対しては,その意図に対応した注意義務が課されている。注意義務は,一定の場面における一定の行為について生ずるものであり,乗員がゴー・アラウンドを意図していた場合と着陸を意図していた場合とでその注意義務の内容は異なるのであって,周囲の客観的状況や乗員の主観をすべて捨象した条件の下で,抽象的なゴー・アラウンド・モードの起動の安全性やアプローチ及び着陸という場面における操縦士の選択の適否を一般論として論ずることは全く的外れである。特に多数の乗客が搭乗し,高い危険の伴う航空機の操縦においては,着陸を意図していた本件乗員らに対しては,当然,その着陸の意図に反してゴー・レバーの作動操作を行わないという注意義務が課されていた。ところが,副操縦士は,意図していた着陸のための操縦とは逆に,ゴー・アラウンド・モードを起動させるゴー・レバーを誤って作動させたのである。
本件の副操縦士によるゴー・レバーの作動は,極めて危険な行為であり,明らかに矛盾した行為であって,数百名の乗客の命を預かる航空機の操縦士が,最も危険な時とされている着陸進入時に,決して行ってはならないことである。そして,操縦士は高度の技術と知識を身に付けたプロフェッショナルであり,ゴー・レバーの作動はわずかな注意を払うことで避けることができたのである。副操縦士に極めて重大な過失があったことは明らかである。
x xx・アラウンド・モードが解除されていない状態で,オートパイロットを接続し進入を継続したこと(本件②の行為)
(ア) 本件乗員らは,着陸を意図しながら,その意図とは逆に,ゴー・アラウンド・モードを指定した状態で,乗員相互の意思表示,呼唱を行うことなく,オートパイロットを接続し,進入を継続した。
本件事故機においては,14分6秒以降,フライト・モード表示器に,ずっとゴー・アラウンドが表示されており,オートパイロットの接続前(14分10秒)に,機長が副操縦士に対して,副操縦士がゴー・レバーを引っ掛けたことを指摘しているから,本件乗員らは,オートパイロットを接続した時点で,ゴー・アラウンド・モードが選択されていることを認識していたことが明らかである。
(イ) 着陸進入時は,最も危険な時とされている。オートパイロットが接続されると,航空機は選択されたモードに従って自動制御されるのであるから,操縦士は,オートパイロットを接続する際,どのような操縦を目的として,どの時点でオートパイロットを接続するかについて周到な注意を払って接続行為を行わなければならない。それゆえ,オートパイ
ロットに接続する場合には,オートパイロットを接続すること及びその目的を明確に他の操縦士に告げて接続操作を行わなければならないとされているのである。
ところが,上記(ア)のとおり,本件乗員らは,着陸を意図しながら,ゴー・アラウンド・モードに入っていることを認識していたにもかかわらず,オートパイロットを接続する旨の呼唱すら行わないで,着陸の意図に反して,あえてオートパイロットを接続したのである。このように着陸目的で機体上昇のためのオートパイロットを働かせたことは,その結果航空機の操縦が不能となり,本件事故機の墜落を招くおそれのある行為であり,これは致命的な行為であって,著しい重過失といえる。
なお,仮に,オートパイロットを接続した操縦士が,ゴー・アラウンド・モードが選択されていることを認識していなかったとすると,当該操縦士は,操縦制御内容すら知らずにオ ートパイロットの接続をしたことになるが,このような接続行為は,やはり致命的な行為であって,著しい重過失といえる。
(ウ) この点につき,被告中華航空は,オートパイロット使用の主体,目的は不明であ り,事故調査報告書も「ランド・モードを選択する操作とともに,オートパイロットの補助を得てxxの降下経路に戻ろうとした可能性がある」として操縦士がオートパイロット接続とともにランド・モードに切り替える操作を行った可能性を指摘しているのであって,この場合には運行上何ら問題はないと主張する。
しかしながら,仮にそのような意図があったと考えた場合には,操作としては,縦方向と横方向のサブモードを解除する方法によることになるが,要するに,本件乗員らは,それに失敗したということである。
一般に,ゴー・アラウンド・モードは,最終的な,普通であれば覆すことのない判断であって,そこからランド・モードに切り替えることは,日常の適用の範囲ですることはないが,難しい手順ではない。
これらに鑑みれば,被告中華航空の主張は,結局のところ,ゴー・アラウンド・モードに入っていることを完全に認識していた状況の下で,ランド・モードにする旨の呼唱を全く行 わないまま,訓練ですら行ったことのないゴー・アラウンド・モードからランド・モードへの切り替えにあえて挑み,難しくない手順を完全に失敗し,失敗したにもかかわらずその 状態を無視して,着陸の意図に反してゴー・アラウンド・モードを継続し,かつ,オートパイロットを接続したままにしたというに帰着する。
これもまた,著しい重過失であるというほかはない。
ウ ゴー・アラウンド・モードを解除できず,副操縦士はそのことを知っていたにもかかわらず,機長に報告しないまま操縦を継続したこと(本件③の行為)
(ア) 本件乗員らは,①オートパイロットによってそのままゴー・アラウンドを行う,②直ちにオートパイロットを解除する,③ゴー・アラウンド・モードを解除する(操縦モードをランド・モードに変更するのもこの解除の一つである。)といういずれかの方法をとることで,本件事故を容易に回避することができたのであるが,本件乗員らは,この3つの方法のうち,あえて③の操作を意図して実行しようとし,しかも,これに失敗したのである。
a 機長は,副操縦士に対し,「君,xはそのゴー・レバーを引っ掛けたぞ。」(14分10秒),「それを解除して。」(14分12秒),「君,君はxx・xxxxx・モードを使ってる ぞ。」(14分30秒),「今ゴー・アラウンド・モードになってるぞ。」(14分45秒),「私の,あのランド・モードは。」(14分58秒)と,繰り返しゴー・アラウンド・モードになっていることを告げており,機長は,フライト・モード表示器の表示を見つつ,ゴー・アラウンド・モー
ドを解除してランド・モードを選択することを明らかに意図し,副操縦士にもそのための操作を指示していた。
つまり,この間一貫して,本件乗員らは,着陸進入を継続する意図を有していた。それゆえ,本件乗員らは,自らの進入継続意図に照らしてゴー・アラウンド・モードの解除が必要な状況を,オートパイロットを接続した少なくとも14分18秒からこれが解除される14分49秒まで認識していたのである。
b それにもかかわらず,本件乗員らは,xx・xxxxx・xxxを解除することに失敗し
(フライト・モード表示器は,xx・xxxxxの表示を15分11秒に機長が操縦を交替するまで継続していた。),ゴー・アラウンド・モードとなっていることを認識しつつ,ゴー・アラウンド・モードの下で,着陸進入を継続することを意図し,かつ,進入継続のための操作に失敗し続けたのである。
すなわち,副操縦士は,自らが本件事故機のコントロールを失っている状況を十分認識し,それゆえ,そのままでは本件事故機を着陸させることができないことを間違いなく認識していたはずであるのに,これを無視し,ゴー・アラウンド・モードが解除できないこと
(解除方法が分からないこと)を認識しながら,機長への報告・確認を全くしないままあえて操縦を継続した。
また,機長は,機体の状況・異常についての確認を怠り,自らがコントロールを保っているかを何ら確認せず,ゴー・アラウンド・モード解除の認識が不完全なまま,操縦を継続させた。
(イ) 本件乗員らの上記失敗は重過失である。
旅客機の乗員には,基本的な操作方法を熟知して操作するという最も基本的な義務があり,通常想定されていない手順にせよ,自ら操作している航空機のコンピューターの 基本的な操作方法を熟知して意図した操作を実行することは当然である(逆にいえば,そうでなければ意図してはならない。)。とりわけ自動飛行システムを搭載している航空機を操縦する場合は,自動飛行システムを十分に理解し,操縦モードを変更する操作方法を熟知して意図どおりの操縦を行う義務を有している。
しかるに,上記のとおり,操縦を担当していた副操縦士は,本件事故機のコントロールを確保できていない状況の下,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットを接続したままでは,本件事故機を着陸させることができないことを明らかに認識していたはずであるにもかかわらず,機長との間で何らクロスチェックを行わず,上記(ア)に挙げた①の方法も②の方法も選択せずにことさら進入継続を意図し,あえて③の方法を意図し実行しようとして失敗したもので,これは,自ら操縦する航空機の操縦の基本的操作方法を熟知して 意図どおりの操縦(すなわちゴー・アラウンド・モードの解除)を行うという最も基本的な義務に違反した重大な過失であり,また,ゴー・アラウンド・モードの解除の失敗にもかかわらず,何ら結果回避行為をとらなかったことも,明白な重過失である。
(ウ)a 被告中華航空は,乗員に期待される操縦方法の理解は,運航マニュアルに明確に記載され,訓練においても明確に教示されるものに限られるところ,事故調査報告書が運航マニュアルに記載されたゴー・アラウンド・モードの解除方法は不明確であるとしており,また,訓練の対象ともされていないから,本件乗員らには操縦方法について理解が期待されるものではなく,過失はないと主張する。
b しかしながら,ゴー・アラウンド・モードを解除するためには,縦方向,横方向ともに,ランド・モード以外のモードを選択すればよい。このことは通常のゴー・アラウンドの手順からも当然の手順であり,また,簡単な手順である。ゴー・アラウンド・モードは縦方向及び横方向の組み合わされたモードであって,このことは,フライト・モード表示器上のゴ ー・アラウンド・モードの表示も縦方向及び横方向の部分を包含し,幅広い領域の表示になっていることから視覚的にも理解できるし,操縦士は当然そのことをよく知っている。そもそも,本件事故機は,オートパイロットを接続した状態では,ゴー・アラウンド・モードを解除しなければ,着陸できないのであるから,操縦士は,ゴー・アラウンド・モード解除の方法について,当然知っているはずであり,副操縦士も,午後7時46分31秒にはゴー・アラウンド・モードを解除する方法について復唱しており,「ヘディングセレクト」(横方向)及び「レベルチェンジ」(縦方向)によってゴー・アラウンド・モードを解除できることを知っていたのである。なお,復唱されているのはゴー・アラウンド完了後のゴー・アラウンド・モード解除手続であるが,ゴー・アラウンド完了前であっても解除手続は同じである。 c 確かに,事故調査報告書には,運航マニュアルには,縦方向のモードのみを選択した場合,ゴー・アラウンドの機能は完全に解除されていないことが記載されていないた め,モード選択とその表示及び各々の実際の機能についての関係が不明瞭であり,理解しにくいものとなっている旨の記述がある。
しかしながら,ゴー・アラウンド・モードの完全な解除とはならなくても,縦方向のモードを選択すればゴー・アラウンド・モードの重要な要件である機首上げの作用は解除されるのであり,ゴー・アラウンド・モードを完全に解除する必要はなかったのであるから,仮にゴー・アラウンド・モードを完全に解除するための運航マニュアルの記載が不明確であったとしても,被告中華航空の責任には何ら影響がない。
なお,上記記載により誤解があり得るとすれば,縦方向か横方向のモードの一つを解除すれば完全にゴー・アラウンドが解除できるというものであろうが,そもそも,本件においては,本件乗員らがゴー・アラウンド・モードを解除しようとして,縦方向のモード又は横方向のモードのどちらかのみを選択したところ,それだけでは完全なゴー・アラウンド・モードの解除ができなかったといった事実はない以上,当該運航マニュアルの記載と本件事故との関係を問題とする余地はない。
d また,確かに,ゴー・アラウンド・モードからランド・モードに切り替える手順は,日常の適用の範囲で使用することはない。
しかし,まず,ここで原告らが回避行為の一つとして主張しているゴー・アラウンド・モードの解除は,被告中華航空が,オートパイロット接続行為に関連して主張するところの「オートパイロット接続とともにゴー・アラウンド・モードをランド・モードに切り替える操作を行った」のとは異なり,単なるゴー・アラウンド・モードの解除である。この操作は,前記のと
おり,全ての操縦士が知っており,本件乗員らも復唱しているとおり知っていたことが明らかな基本的操作手順である。
エ 操縦輪の操舵が重い状態であるにもかかわらず,進入を継続するために,操縦輪を押し続けたこと(本件④の行為)
(ア) ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットが接続された状態で,機長の繰り返しの指示の下に,副操縦士が操縦輪を押し続けたことにより,極めて危険なアウトオブトリム状態を招いた。すなわち,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットが接続されている場合,オートパイロットは水平安定板を機首上げ状態に作動させるが,この状態で,操縦士が操縦輪を押し続けると,昇降舵が機首下げ状態に作動し,異常なアウトオブトリムの状態に陥ることになる。
(イ) 本件乗員らの上記のような行為は明白な重過失というべきである。
本件乗員らは,フライト・モード表示器上のゴー・アラウンドの表示が一向に変わらないことに加え,副操縦士が操縦輪を押し続けているのに押すことが困難であって押し下げられないことを継続的に認識し,操縦輪を押したにもかかわらず機首が下がらないという機体の異常,すなわち,操縦輪を押しても意図どおり反応しないことを知り,機体の挙動の異常性を認識していた。また,この間,トリムホイールも音を立てて回転して機体の挙動の異常を示していた。
そして,機体姿勢に関して異常な反応がある場合に直ちに行わなければならない措置は,運航マニュアルで定められており,「①操縦輪を持ち,②トリムホイールをしっかりもち,③(もしオートパイロットが接続されていれば)オートパイロットを解除して操縦輪をしっかり持ち,④トリムホイールを用いて必要なトリムを行い,⑤両方のピッチ・トリム・レバーが作動したことを確認すること」である。xxxx・xxxxxx・xxxxxxにも同様の記述があり,後記(被告中華航空の主張)エ(イ)b(b)の1989年(xxx年)のヘルシンキ空港におけるインシデントにおいても,乗員はこの解決法を用いてリカバリーに成功している。なお,もし,水平安定板のオーバーライドをしたいだけなら,トリムホイールを前に回すだけでよかった。
ところが,本件乗員らは,これらの操作を行わず,機長の繰り返しの指示の下に操縦輪を押し下げ続けて,アウトオブトリムの状態を招いた。
オートパイロットが接続されている間,操縦輪を押し続けると,機体のトリム安定性を喪失し,極めて危険な状態になることは上記のインシデント後の運航マニュアルにおいて特に警告されている。
本件乗員らは,運航マニュアルの「CAUTION」に記載されている危険な行為によって,しかも操縦輪の重さを完全に認識し,機体の挙動に異常がある危険状況,すなわち,このままでは本件事故機が墜落するという状況を認識しながら,何ら他の手段を講ずることなく,誤った手段にあくまで執着するという深刻な過ちを犯した結果,本件事故機を墜落させたものであって,本件乗員らの行為は,明白な重過失である。
(ウ) 被告中華航空は,運航マニュアルの記載は分かりにくく,オートパイロットをオーバーライドすることによる危険は認識し得なかったと主張する。
しかしながら,運航マニュアルには「オートパイロットに逆らって操作することは決して通常の手順ではなく避けるべきである。」と記載され,これに続いて「CAUTION」では,「C MDに入っているオートパイロットに逆らって,縦軸上の操作を行う(縦方向にオートパイロットをオーバーライドする)ことは,ランド・モード及びゴー・アラウンド・モードにある場合は危険な状況を引き起こす可能性がある。」と記述され,本件乗員らのとった行為を明確に禁じている。
また,後記(被告中華航空の主張)エ(イ)b(c)の1991年(平成3年)のモスクワ空港におけるインシデントの後の運航マニュアル速報では「オートパイロットがCMD状態にあるとき,もし,なんらかの異常な機械挙動の疑いがあれば,直ちにオートパイロットを解除すること」,「オートパイロットが解除されていない状態で,飛行経路を変更しようと試みな いこと」など,オートパイロットのオーバーライドについて通告が行われている。
(エ) また,被告中華航空は,トリムホイールや水平安定板のモーション・ウォーニングなどの装置が有効に機能しておらず,本件乗員らがアウトオブトリムになっていることを認識できなかったこと,本件乗員らがオートパイロットが接続されていないと考えていたことから,操縦輪を押し続けることも正常な行為であると主張する。
確かに,本件事故機には,オートパイロットがオーバーライドされ,水平安定板と昇降舵が相反して作動し,機体がアウトオブトリムの状態にあることを直接かつ積極的に示す警報装置がなかった。
しかしながら,本件乗員らは,操縦輪が押し下げられないことを継続的に認識し,機体 の挙動の異常性を認識していた。それはまさにアウトオブトリムの状態にあることを示す
ものにほかならないのであるから,本件乗員らはアウトオブトリムの状態を当然認識で きたはずである。もちろん,アウトオブトリムの状態が事故・人命に直結するものであることは論を待たない。
(被告中華航空の主張)
被告中華航空及び本件乗員らには本件事故の発生につき何らの過失もないし,本件乗員らの行為と本件事故との間に因果関係はない。
ア 副操縦士が誤ってゴー・レバーを作動させたこと(本件①の行為)について
(ア) 着陸進入を行おうとしているのにゴー・レバーを作動させるということは,本来の操縦目的とは矛盾する事態ではあるが,着陸のための進入中にゴー・レバーを作動させるという操作は,一定の状況下では必要な操作であって,乗客の死傷という結果を招く具体的な危険性を有するものではない。
すなわち,着陸のための手動操縦進入中にゴー・レバーが作動しても,ゴー・レバーを解除することなく,オートスロットルを解除してスラストを調整しつつ,操縦輪を機首下げの方向に操作して進入を継続すれば何ら航空機の安全に影響しないのであって,本件乗員らは実際にこのような操作を行ったのである。そもそも,進入中のゴー・レバー作 動,すなわちゴー・アラウンドの実行は,着陸の際に他機との衝突事故を回避するために設けられている安全策であって,通常想定されている手続であり,運航マニュアルに標準的な手続として記載されているものであって,およそ乗客の死傷などという結果を招来する類のものではない。したがって,着陸のための進入中にゴー・レバーが作動することは,乗客の死傷という結果を招く危険を一切及ぼすようなものではない。
事故調査報告書は,本件事故発生に至る一連の事実連鎖の中で,端緒となった事実としてゴー・レバーの作動を取り上げているにすぎず,しかも,その原因は,結局は特定できないと結論している。乗客の死傷という結果を招く危険があったかどうかという点を離れて,ゴー・レバーの作動そのものについても,事故調査報告書の見解としては,本件乗員らに非難されるべき点があったとはいっていない。
(イ) また,xx・xxxが作動した原因は,乱気流による不可抗力の可能性が高く,このことは,事故調査報告書における台湾当局の見解に示されており,本件事故調査に関与した事故調査官の見解とも一致する。そのように考えられる理由は以下のとおりであるが,この見解が正しいとすれば,本件乗員らを何ら非難できないことは明らかである。
a 当日進入中,全般にわたり後方乱気流の影響があり,実際,xx・xxx作動の直前である8分26秒以降3分間にわたり本件乗員らが後方乱気流について議論している。
b 11分35秒には副操縦士がオートパイロットを切っているが,これは当日の名古屋空港の着陸機が多いことから,後方乱気流が頻発しかつ相当高いレベルに達しており,オートパイロットでは所望の進路を維持することが難しかったので,手動に操縦を切り替える必要があったからと考えられ,副操縦士は,後方乱気流を強く意識していたので,後方乱気流に遭遇した場合には危険を避けるため,いつでもゴー・アラウンドできるような態勢を取っていたと考えられる。
c ゴー・レバーが作動した11分14秒過ぎにフライトレコーダーに約0.2Gの垂直加速度が記録されている(測定や記録の誤差や精度から,この垂直加速度が発生したのはゴー・レバーの作動とほぼ同時といい得る。)。
上記bのような意識態勢下にあった副操縦士が,後方乱気流による揺れのため意図せずにゴー・レバーを作動させてしまった可能性が高い。xx・xxxが作動した後に,本件乗員らの間でゴー・レバーの作動に関するやりとりがないのも,その原因について後方乱気流によるものとの共通の認識があったと考えなければ説明がつかない。
x xx・アラウンド・モードが解除されていない状態で,オートパイロットを接続し,進入を継続したこと(本件②の行為)について〔オートパイロットの接続行為そのものには問題はなかったことについて〕
(ア) オートパイロットを接続したのが機長か副操縦士かは特定できないが,どちらがオートパイロットを接続したにせよ,ランド・モードを選択しようとするとともに,オートパイロットの補助を得てxxの降下経路に戻ろうとした可能性がある。
a 事故調査報告書は,機長が副操縦士にオートパイロットの接続を指示した可能性,機長又は副操縦士が自らの判断で行った可能性等,いくつかの可能性を指摘しながら,結局,いずれが最も可能性が高いかの特定はできないとした上で,本件乗員らが,オートパイロットの接続に当たって,接続後どのようなモードで飛ぶことになるのかにつき,呼唱するにせよほかの方法によるにせよ,お互いに確認しなかったか否か,あるい
は本件乗員らのいずれか一方が,オートパイロット接続の事実又は接続後のフライト・モ
ードを認識していなかったか否か,については結論を下さず,ランド・モードを選択する操作とともに,オートパイロットの補助を得てxxの降下経路に戻ろうとした可能性が考えられると結論しているのである。
b そして,原告らの提出した証拠を全て考慮しても,機長又は副操縦士の一方がオートパイロットを接続した際に,同時にランド・モードを選択しようとしながら,他方の操縦士はこれを認識していなかったという事実を裏付ける証拠はないから,機長が副操縦士にオートパイロットの接続を指示したのであれば,当然,機長も副操縦士も,オートパイロット接続の事実及び接続後のフライト・モード(ランド・モード)の認識があったと考えるのが合理的である。
(イ) オートパイロットを接続すること自体は,注意義務が問題となるような危険な行為であるとはいえない。
a オートパイロットの接続及びランド・モードの選択という行為は,着陸進入のための行為として,運航規則上も何ら問題はなく,オートパイロットを接続したことそれ自体については,本件乗員らに何ら非難すべき点はない。
事故調査報告書は,ランド・モードを選択しようとするとともにオートパイロットを接続したという行為自体については,安全であるとも,また逆に危険であるともいってはいない が,少なくともこのような行為は運航手続上問題があるとは指摘できないとの見解というべきであろう。
したがって,ゴー・アラウンド・モードのまま2つのオートパイロットを接続したことについて,本件乗員らに何ら非難さるべき点はないのであって,このことは事故調査報告書の見解に裏付けられているといえる。
何より,原告ら自身も,オートパイロット接続とともにランド・モードを選択するという行為を,本件乗員らが取り得べき行為と認めており(ただし,ランド・モードの選択操作が適切ではなかったことの問題点は,別途検討する必要がある。),オートパイロットの接続自体には何らの問題もないことを明らかにしているのである。
b さらに,xx・xxxxx・xxxのままオートパイロットを接続するという行為に限っても,自動操縦によるゴー・アラウンドとなるというにすぎず,本来何らかの運航上の危険をもたらすようなものではない。着陸進入を継続しようとすれば,オートパイロット接続後でも,ゴー・アラウンド・モードをランド・モード等に変更すればよいし,そのままモードを変更することなくゴー・アラウンドしてもよい。
そもそも,オートパイロットを接続することで操縦を自動化でき,操縦士の負担は効果的に軽減されるのであり,運航の安全のためにこそなれ,危険な状況を招くようなものではない。製造メーカーである被告エアバスのマニュアルは,離陸直後より着陸の段階ま
で,なるべくオートパイロットを使うよう推奨している。
ウ ゴー・アラウンド・モードを解除できず,そのことについて本件乗員らの認識が不完全だったことについて〔ゴー・アラウンド・モードの解除に関する運航マニュアルの記述が明確ではなかったことについて〕
(ア) ゴー・アラウンド・モードのままオートパイロットを接続した状態で,本件乗員らとすれば,①そのままゴー・アラウンドを行うか,②ゴー・アラウンド・モードをランド・モードに変更するか,あるいは③オートパイロットを解除して進入を継続するという選択肢があった。このうち①と③は運航マニュアルに明確に記載されており,一般的な手続として訓練されていたが,②は,通常の航空会社においても訓練が実施されない稀な手続であり,また,この手続に関する運航マニュアルの記載も不明確で理解し難いものであった。
本件乗員らが当初②の手続を試みたのは,①のゴー・アラウンドを行うという操作は,それに費やされる経済的,時間的コスト及び顧客サービスの観点からして,避けられない事情でもない限り,商業的運航に携わる操縦士にとっては,避けたい操作だからであ
り,他方,②の操作は,通常想定はされていないものの禁止されていない操作であり,また,着陸継続という本件乗員らの目標に最もかなう手続だからである。
(イ) 航空機の運航乗員に期待されるフライトコンピューターに関する理解は,具体的には運航マニュアルに明確に記載され,訓練においても明確に教示されるものに限定されるところ,次のとおり,運航マニュアル記載のゴー・アラウンド・モードの解除方法は不明瞭で分かりにくいものであった。
したがって,本件乗員らに,ゴー・アラウンド・モードの解除ができなかったことについて,非難されるべき点はない。
a 事故調査報告書は,ゴー・アラウンド・モードは横方向と縦方向のそれぞれのモードを変更することによって完全に解除されるところ,運航マニュアルの記述には,縦方向のモードのみを選択した場合,ゴー・アラウンドの機能は完全には解除されないことが記載されていないため,モード選択とその表示及び各々の実際の機能についての関係が不
明瞭であり,理解しにくいものとなっていると結論している。
b この記述に先だって,事故調査報告書は,意図どおりのモード変更ができなかったことは,乗員の本件事故機の自動飛行システムに関する理解の不十分さによるものと考えられるといっているが,ここでは理解の不十分さという客観的事実を述べているにすぎず,本件乗員らが当然理解しておくべきであるのに理解していなかったという批判をしているのではない。
c ゴー・アラウンド・モードからランド・モードへの変更が,通常の航空会社においてシミュレーター等による訓練が実施されない稀な手続であったことについて,事故調査報告書は,いったん接続されたゴー・アラウンド・モードを途中で解除し,再びランド・モードを接続して進入するという手順は,進入着陸の最終フェーズにおいては通常想定されていない手続であると述べている。
d 事実,このような操作手順は,本件事故当時,A300―600型機を運航するいずれの航空会社においても,訓練の対象とはされていなかった。
e 事故調査報告書は,フランス耐空性管理当局に対し,ゴー・アラウンド・モード解除の手順について,運航マニュアルを改善すべく勧告している。
(ウ) 原告らは,運航マニュアルの記述が不明瞭であり,理解しにくいものであるとする事故調査報告書の記載(上記(イ)a)は,モード選択とその表示の不一致という点が明確に記載されていないということを指しているのであって,決してゴー・アラウンド・モードの解除の手順そのものが不明瞭であるとしているのではなく,運航マニュアル上のゴー・アラウンド・モードの変更手続は,事故調査報告書記載のとおり明確である旨主張する。 しかしながら,事故調査報告書は,「安全勧告」の中で,運航マニュアルの記述の改善 事項のうち「ゴー・アラウンド・モードの解除」の内容として,「フライト・モード表示器上の表示の変更と実質的機能の変更の対比」とは別項目として,「ゴー・アラウンド・モードの解除方法」をも明記しているのであって,事故調査報告書が,実際に接続されているフライト・モードとフライト・モード表示器上の表示との関係のみならず,ゴー・アラウンド・モードの解除手続そのものの不明瞭さをも問題としていることは明らかである。
また,事故調査報告書は,「運航マニュアルの記述には,縦方向のモードを選択した場合,ゴー・アラウンドの機能は完全に解除されないことが記載されていない。」と述べた 上,そのために「モード選択とその表示及び各々の実際の機能についての関係が不明瞭であり,理解しにくいものとなっている。」と結論している。すなわち,運航マニュアルの記述上の問題点として,縦方向のモードを選択してもゴー・アラウンド・モードは解除されないことが書かれていないこと,ところが,ある縦方向のモードを選択すると,フライト・モード表示器上はあたかもゴー・アラウンド・モードが解除されたかのように見えるため,実際はどのようなフライト・モードになっているかが乗員には不明瞭であるという2つの事 柄が指摘されており,ゴー・アラウンド・モード解除の記述に問題があることも明確に述べられているのである。
さらに,事故調査報告書は,上記記述に続き,本件事故後,被告エアバスから各オペレーター宛に,ゴー・アラウンド・モードを解除する方法は,オートパイロット解除ボタンによりオートパイロットを解除するか,他のモードを選択することである等の通知をしたことを挙げ,速やかに運航マニュアル本文に反映すべきであると述べている。この一事をもってしても,事故調査報告書がxx・xxxxx・xxxの解除手続そのものについて運航マニュアルの記述が不明瞭であったと考えていたことは明らかである。
また,事故調査報告書は,「運航マニュアル」の項でも,ゴー・アラウンド・モードの解除の手順については理解しにくい記述であると再度指摘している。
本件事故機と同型機の操縦経験豊富な操縦士であるDも,「私もかなり詳しく読んでみました。そして,その結果,一部の操縦士がよく分からないと自問自答することもあり得るのではないかと思います。すなわち縦方向か横方向のサブモードの一つだけを解除すれば,ゴー・アラウンドが完全に解除できるのではないかというふうに理解するかもしれないということを私も思います。」と証言している。
エ 本件乗員らが進入を継続するため,操縦輪の操舵が重い状態であるにもかかわらず,操縦輪を押し続けたこと(本件④の行為)について
(ア) 本件乗員らは,以下のとおり,オートパイロットのオーバーライドの危険性を認識し得なかった。
a 運航マニュアルについて
運航マニュアルには,オートパイロットがゴー・アラウンド・モードに接続された状態で操縦輪の押し下げ操作を行うと,操縦輪によって機首下げの方向に作動する昇降舵に反して,オートパイロットが水平安定板を機首上げの方向に作用させ,その結果機体のトリム安定性を喪失して危険な状態になるなどということは,明確な指針として示されておら
ず,およそ本件乗員らの認識外であり,また認識外であってもやむを得なかった。
事故調査報告書も,「オートパイロットがゴー・アラウンド・モードに接続されている状態で操縦輪を操作して昇降舵をオーバーライドすることの危険性は,運航マニュアル
の『CAUTION』に記載されているとおりである。それにもかかわらず,乗員がこのように結果的にアウトオブトリムになる操作を行ったことは,運航マニュアルの『CAUTION』やその他の関連する記述の内容が乗員に十分に理解されていなかったことが考えられ る。これは,後述するように,運航マニュアルの表現がわかりにくいことや水平安定板作動を乗員に知らせる方法が不十分なことなども背景要因として影響したと考えられる。」と述べた上,運航マニュアルの本文と「CAUTION」そのものが,オートパイロットのオーバーライドについて,「推奨と禁止の相矛盾する内容を混同して理解する可能性があ る。」と指摘し,「運航マニュアルに追加された『CAUTION』の内容は理解しにくい記述である。」と述べ,さらに,オートパイロットのオーバーライドに関して本件乗員らの理解が欠ける部分があったのは,運航マニュアルの自動飛行システムに関する記述が分かりにくいことが寄与した旨断定している。すなわち,事故調査報告書は,「CAUTION」を含む運航マニュアルの記述が理解しにくいということを,具体的な理由を挙げて客観的な
事実として断定した上,そのために,本件乗員らが,「CAUTION」の内容を相矛盾する記述として混同して理解した可能性があると結論しているのである。なお,運航マニュアルによれば,「WARNING」は文字通り即時な対応が要求されるのに対して,「CAUTION」 は,即時の対応が要求されない,運航乗務員が操作時期を判断することが許される事態である。
b 訓練体制について
(a) 事故調査報告書は,被告中華航空に対し,自動飛行システムに関する教育訓練の充実強化等を勧告しているが,フライト・コンピューターを中心とする操縦士の訓練プログラムは,運航マニュアルと同様,まず第一にその航空機のメーカーが,当該航空機のメカニズムに最も精通した者としてその作成及び各航空会社に対する周知徹底を行うべきものである。このようなメーカーの行為を離れて航空会社が独自の訓練プログラムを作成・実行できるはずもなく,事故調査報告書の被告中華航空に対する勧告も,このようなメーカーの責任が果たされた後に初めて意味を持つものである。
(b) シミュレーターによる訓練については,被告中華航空は,タイ国際航空及びフランスのアエロフォーメーション社のシミュレーターを利用してA300-600R型機の訓練を実施していた。
しかし,本件事故機の機長がタイ国際航空のシミュレーターを使用して実施した訓練(1
992年〔平成4年〕6月から7月)には,ゴー・アラウンド・モードでのオートパイロットのオーバーライド機能やトリム喪失からの回復の訓練は含まれていなかった。また,タイ国際航空のシミュレーターは,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットが接続されているときに操縦輪を押しても,水平安定板がこれに反発してアウトオブトリムの状態になるようにシミュレートされていなかった。既に類似インシデント3件が発生していたにもかかわらず,少なくとも本件事故機の機長は,オートパイロットのオーバーライド機能やアウトオブトリムからの回復の訓練を全く受けていなかったのである。
また,副操縦士がアエロフォーメーション社で受けたシミュレーター訓練(1992年〔平成
4年〕10月から11月)では,同社の教官が使用したチェックシートに「GO-AROUND DEMONSTRATE AP MISUSE IN GO-AROUND」の項目が設けられていて,実施欄に
「+」マークが記入されていたものの,実際に副操縦士がどんな訓練を受けたかは明らかでない。
以上のように,本件のような事態を想定しての訓練項目の提供は各航空会社に対してなされておらず,このような状況に鑑みれば,本件乗員らが,「CAUTION」の内容について,その違反が本件のような墜落という深刻な事態を生じさせる緊急事態を引き起こすことを判断できなかったとしても,これを非難されるべきいわれはない。
c 当時の航空界の認識
このように,運航マニュアルの内容が分かりにくかったり,それが結果の深刻さに比して余り重きを置かれていなかったり,あるいは訓練体制においても重視されていなかったことに加え,以下の事情からすれば,本件当時の航空界において,オートパイロットのオーバーライドは,航空機の安全に直接の脅威をもたらすようなものとして理解されていなかったのであり,その危険性は,本件事故を契機に初めて認識されるようになったのであって,本件事故当時のかかる状況を前提にすれば,本件乗員らに対してオートパイロットのオーバーライドによるトリム喪失の危険性を認識すべきことを要求すること自体, 不可能を強いるものである。
(a) アメリカン航空では,いかなるモードでも決してオーバーライドするなと指導されてい
たが,特にオーバーライドが危険と考えられていたことが理由ではなかった。
また,アメリカン航空の元操縦士であるEは,「CAUTION」が安全や人の死傷に関わ
る「WARNING」と異なり,機械,設備に関連するものであることを前提に,本件事故のような大惨事を引き起こしたことに鑑み,当時,「WARNING」だったと理解されるかについて,「CAUTION」という形で枠で囲み,操縦士に対して明確にこの部分が重要性を持っていることを分からせる形で書かれているという状態で十分であったと思うと証言してい
る。
(b) 被告エアバスが発行した技術通報6021も改修を強制的なものとしておらず,しかも,改修を推奨する理由について,専ら操作上の利便性や乗客の快適性のためと述べている。また,改修期限も,「人的にも施設的にも可能になった段階でできるだけ早く」というだけで,具体的な指定はしていない。
(イ) 本件乗員らは機体の異常に気付いていなかったし,また,気付くべきであったともいえない。
a 本件において,機体を押し下げようとしても意図通りに押し下げられなかったことをもって,本件乗員らがいわゆるアウトオブトリムを認識していたとはいえない。
(a) 本件乗員らは,アウトオブトリム状態に陥った状況,したがって,理論的には操縦輪が重いはずの状況で,手動によるトリム操作をほとんど行っていないことから(副操縦士が14分20秒,同34秒,同39秒に,機長が,明らかにオートパイロットが解除された後の15分11秒に,トリムスイッチによるトリム操作を行っているが,いずれも2,3回にすぎない。),本件乗員らが,操縦輪が重い状態を検知していなかったことが窺われる。 (b) 操縦輪にかかる力を理解することは乱気流,騒音,会話がある実際の条件下では難しいことであり,また操縦輪は風の変化や乱気流によっても重くなるものである。
したがって,操縦輪が押せないとか重いということから,直ちにアウトオブトリムを検知することはできない。
(c) 本件乗員らがアウトオブトリムを認識していなかったことは,本件事故についてアメリカ国家運輸安全委員会が同国連邦航空局宛に出した安全勧告において,明確に断定されている。
b オートパイロットのオーバーライド機能により機体がアウトオブトリム状態となるインシデントは,本件事故前に3件発生しているが,いずれも操縦士がかかる状況を認識できなかったことを示している。
(a) 1985年(昭和60年)3月1日に発生したインシデント(以下「1985年のインシデント」という。)では,乗員が,オートパイロットが高度維持モードに接続中(乗員はオートパイロットが解除されていると思っていた。)に操縦輪を押して昇降舵を機首下げとしたた め,オートパイロットはオート・トリムを働かせ設定高度に戻ろうとして水平安定板を機首上げ側に作動させた。この動きはそれぞれ作動限界まで達し,機体姿勢は10度近い機首上げとなったが,乗員はアウトオブトリム状態となったことに気が付かなかった。乗員は機首を下げるため,エンジン出力を減じたところ,速度は119ノットまで低下した。再びエンジン出力が増加されたが,アウトオブトリム状態との組み合わせにより機体の機首上げは24度に達した。乗員はこの段階でもアウトオブトリム状態に気が付かなかったが,水平安定板の作動が機首下げに働くモードにオートパイロットが切り替わり,かつ,その数秒後に機長がテイクオーバーして手動でピッチトリムインプットを加えて回復をした。
事故調査報告書の記述からは,この事例においてどれくらいの時間,乗員がアウトオブトリム状態に気が付かなかったか正確に測れないが,アウトオブトリムの態になってから乗員は出力を減じたり増加したりして操縦をし,さらにその後数秒して機長がテイクオーバーしたというのであるから,相当な時間,気が付かなかったと考えられる。
(b) 1989年(xxx年)1月9日にヘルシンキ空港で発生したインシデント(以下「198
9年のインシデント」という。)では,オートパイロットを使用して進入中,機長がゴー・レバーを作動させ,ゴー・アラウンド・モードに入った。機長が機首上げを避けようとして操縦輪を約10秒押したところ,オートパイロットはオート・トリムを働かせ,水平安定板を機首上げ側に作動させた。オートパイロットは解除された(ただし,乗員はオンになっていると思っていた。)が,そのとき水平安定板は-8度となり機首上げ側に作動していた。乗員はこの機首が上がった異常な状態に気付かなかった。機長は操縦輪を押したまま水平飛行を約7秒維持した。機長がその後進入を断念し,オートスロットルをxx・xxxx ド・モードにしたところエンジン出力が増加し,機首上げ姿勢となって上昇を始めた。乗 員はフラップを15度に上げた。その後,機長は,15秒間操縦輪を最前方に押し,出力レバーも最前方のままで,機体姿勢が機首上げ35.5度に増加し,速度が94ノットになった。そのとき失速警報器が作動し,機長はトリムホイールを使用してトリムを回復した。
この事例においては約10秒間操縦輪を押したことで航空機はアウトオブトリム状態になっているが,この間乗員は水平安定板の作動を認識せず,さらに,かかる状態になってからも相当な時間,操縦輪を押している。なお機長であるFは,自動操縦に反して操縦すると機首が急激に上がることは知識としてあったが,その作動の仕方があまりに素早く強力で激しかったことに驚いた旨述べている。これは,乗員が気付くいとまもなく,極めて急激に強烈に航空機がアウトオブトリム状態になることを示すものである。
(c) 1991年(平成3年)2月11日にモスクワで発生したインシデント(以下「1991年のインシデント」という。)では,オートパイロットを使用して進入中,ゴー・アラウンドを指示された。乗員はxx・xxxxxによる機首上げ姿勢を少し押えようと,操縦輪を押し昇 降舵を機首下げとした。これに対しオートパイロットはxx・xxxxxの上昇姿勢を維持しようと,オート・トリムを働かせて水平安定板を機首上げ側に作動させた。その結果昇降舵が14度(機首下げ),水平安定板が-12度(機首上げ)に達した。また,エンジンはオートスロットルにより出力が増加されたこと及びフラップがフルダウンから15度に上げられたことにより,同機は急上昇した。オートパイロットは高度1503フィートに達した時点で高度獲得モードに自動的に切り替わり,乗員がこの時点でも操縦輪を押し下げていたためオートパイロットは解除された。しかしアウトオブトリムの状態が残り,乗員はこのアウトオブトリムの状態に気が付かず操縦を続けた。同機はこのため失速降下と急上昇を繰り返し,4回目の降下の際,乗員によりエンジン出力が減じられ,また昇降舵操作が行なわれ,乗員が無意識にエレクトリックトリムを作動させたことなどによりトリムを回復した。
この事件においては,9秒間でアウトオブトリム状態になり,この間乗員はアウトオブトリム状態になりつつあることに気が付かず,さらにアウトオブトリム状態になってからも気が付かずに操縦し,それと認識せずに行なった乗員の操作によりアウトオブトリムから回復した。
以上3件のインシデントは,現実の飛行の中では操縦輪の重さを測ったり,またそれによりアウトオブトリムを認識することが容易でないことを示しているものである。アメリカ国家運輸安全委員会は,少なくとも1991年のインシデントについて,「明らかに,乗務員は,自動操縦が昇降舵への指示とは反対に水平安定板を支配しており,自分たちがその自動操縦に対抗していることに気付かなかった。」と認めている。
c Gは,他の機種ではあるがアウトオブトリムの状態を経験しており,音声によるウォーニングがあって本当に感謝したと証言しているが,このことは,操縦輪の重さだけでは,操縦士が,状況如何でアウトオブトリムを検知できないことを端的に示している。Hも,水平安定板が長く働き,しかも同じ方向の場合は警告が必要であると証言している。
d 本件乗員らとしても,機首上げの原因である水平安定板と昇降舵の矛盾した動きがはっきり分かっていれば,直接これに対処する方法を講ずることができたかもしれない。しかしながら,事故調査報告書は,本件事故機の水平安定板の作動を示すものとして,トリムホイール等3つの装置を挙げたうえで,本件事故の場合はこれらの機能はいずれも作動しなかったか有効に機能しなかったと結論付けている。これは,アメリカ国家運輸安全委員会の結論と一致する。その上で事故調査報告書は,オートパイロットのオン,オフにかかわらず,水平安定板が,アウトオブトリムの状態になった場合若しくはこれに接近した場合,又は一定時間以上連続して作動した場合に,操縦士に直接的かつ積極的に当該状況を認識させることができる警報・認識機能のあり方について,メーカーたる被告エアバスの責任で検討せよと勧告を行なっている。
すなわち,事故調査報告書は,先に論じた運航マニュアルの記述の問題と併せて,そもそも本件事故の場合は,オートパイロットのオン・オフに関係なく,水平安定板と昇降舵との相反する動きを認識することができなかったことは本件乗員らの責任ではないと判断しているのである。
(ウ) 補足
a 本件事故機の自動飛行システムが,通常のユーザーからは予想できない論理構造になっていたことが,本件操縦士の操縦輪を押して降下を続けるという行為のxx的理由となっており,本件や本件に類似したインシデントを惹起してきた原因となっている。すなわち,①本件事故機の機長が他の機種のオーバーライド機能が本件事故機にも可能であると思っていた可能性,及び②スーパーバイザリー・オーバーライド機能と混同していた可能性について,事故調査報告書は,それがやむを得ない行為であるとも,非難すべき行為であるとも述べてはいないが,このような2つの可能性の考えられる原因の
1つとして,オートパイロットが接続されているときの水平安定板の作動状況を操縦士に直接的かつ積極的に知らせる警報装置がなかったことも影響していたと論じ,さらに,
「運航マニュアル」の項で,運航マニュアル上,オートパイロットのオーバーライド機能の
本来の目的についての説明が体系的になされていないと述べている。
警報装置の欠如,運航マニュアルの記載の不適切という2つの要素について,本件乗員らに責任を問うことができないことはいうまでもない。
b 本件に類似した事故が何件も起きている原因の一つとして考えられるのは,本件事故機の自動飛行システムは,設計上,ゴー・アラウンド・モードにおいて,操縦士が操縦輪を押し下げるという行為によって,オートパイロットからの指令をオーバーライドする形で,昇降舵の動きをコントロールできるようになっていたということである。つまり,操縦 輪を押すという操縦士の行為は,オートパイロットからの指令より優先して航空機の昇降舵の挙動を決定する要因となっていたのである。
これは,本件事故機の設計段階で,オートパイロットの作動がおかしくなった万一の場合を念頭において,操縦輪からの入力を許すことにしたためと考えられる。このように,航空機の自動飛行システムにどのような入力を許すかについては,極めて重要なシステムの仕様であり,設計段階で十分に議論が行われ,決定される事項である。本件で も,操縦輪による操作に昇降舵の上下動という意味を持たせておくべき意義が肯定されたからこそ,このような入力が航空機の挙動をコントロールする設計となったのである。したがって,操縦輪を押し下げるという行為は,少なくとも本件事故機と同型機が設計され,製造開始となった時点では,禁忌事項などではなく,むしろ有意義な行為と考えられたのである(禁忌であったならば,そもそも入力としては無効とされたはずである。)。操縦輪押し下げによりアウトオブトリムに至るというインシデントが起きるようになり,その問題点が明らかとなったため,被告エアバスも,技術通報や運航マニュアルを通じて問題があることを指摘するようになったのである。
したがって,事故調査報告書が,オートパイロットのオーバーライドについて,推奨と禁止の相矛盾する内容を混同して理解する可能性があると指摘しているのも,自動飛行システムへの入力としては有効なものであり続ける操縦輪の押し下げ操作が,ただアウトオブトリムを招くという範囲で禁止されることを,通常の操縦士は理解し難いことを明確に捉えてのことと考えられる。
オ 因果関係について
本件事故に至る着陸のためのアプローチの最終段階で,機長がゴー・アラウンドを最終的に行おうとした時に,本件乗員らには全く予想もし得ないような本件事故機の作動が発生し,これが本件事故の直接の原因となったのであって,本件乗員らの行為と本件事故との間に因果関係はない。
(3) 改正ワルソー条約22条の責任制限規定の適用の有無
(原告らの主張)
被告中華航空は,改正ワルソー条約22条の責任制限規定の適用を主張している。
しかし,そもそも責任制限規定は極めて不当であり,日本国憲法の諸条項に反するものであるし,仮にそうでないとしても,改正ワルソー条約25条の適用により,責任制限規定の適用は排除されるべきである。
ア 改正ワルソー条約22条の責任制限規定の違憲性
(ア) そもそも,航空機死亡事故の加害者の責任を制限すること自体が本質的に不当である。
航空機死亡事故による被害者の損害は,人の生命であり,人の生命は,本来金銭によって償うことができないものであるところ,改正ワルソー条約22条は,この最も本質的な人の権利の侵害に対する損害賠償の額を人為的に制限するものであるが,このような賠償額の制限には何ら合理的理由は存在しない。
確かに,航空産業の保護には資するかもしれないが,航空産業の保護は,それ自体が究極的な目的ではなく,あくまで航空産業の保護を通じて,安全かつ高速の国際交通機関を発達させ,乗客に利便を与えることこそが究極的目的のはずであって,責任制限規定は,肝心な目的であるはずの安全性確保に対する配慮を犠牲にするという側面を持っている。
また,このような制限は加害者たる巨大航空会社の経済的利益を図るだけである。特に現在では,賠償額は損害賠償保険でカバーされており,賠償額が制限されれば保険会社の利益が増えるだけなのである。
さらに,航空機事故を一般の交通事故と比較すると,後者の場合には,被害者側にも何らかの過失が認められる場合も少なくなく,また一人ひとりの市民が加害者になる可能性をもっているが,航空機事故の場合には,乗客には何の過失も事故を防止する手段もなく,事故は加害者の一方的過失によって引き起こされ,加害者は常に航空会社である(特に,被告中華航空は,1991年〔平成3年〕12月29日台湾で事故を起こし,本件 事故後も,1998年〔平成10年〕2月16日及び1999年〔平成11年〕8月22日にいず
れも香港において次々と事故を起こし,多数の乗客の命を奪っている。)。しかも,その結果は極めて悲惨であり,遺体は言葉に尽くせないほどに損傷している。
以上のように,航空機事故による加害者の責任は極めて重い。それにもかかわらず,改正ワルソー条約22条は損害賠償額を約240万円に制限するものであって,その不当さは筆舌に尽し難いものがある。当然のことながら,このように不当な賠償制限を規定した条約も法律も他には全く存在しない。
(イ) 責任制限規定は,時代錯誤的である。
a ワルソー条約が成立したのは74年前の1929年(昭和4年)であり,改正ワルソー条約25条を盛り込んだヘーグ議定書が成立したのは48年前の1955年(昭和30年)である。
1929年(昭和4年)には,航空産業は揺籃期にあり,航空機の事故率も極めて高かったから,航空運送人に一定の保護を与えることは,産業の発展のため不可欠であると 認識された。そこで,各国はワルソー条約を成立させ,運送人の責任を推定する条項(1
7,18,20条)を設けるのと引換えに,旅客運送につき12万5000フランという責任制限規定を設けた。
b 民間航空産業は,ワルソー条約の成立当初とは,比較にならないほど発展し,十分な財政力を有するに至った。航空活動の基盤もでき,航空運送の利用の面では,貨物についてすら海上運送・陸上運送に取って代わりつつあり,航空交通量も急激に上昇した。
他方,航空運送の事故率は,条約成立時から今までに激減した。例えば,1925年(大正14年)からワルソー条約が成立した1929年(昭和4年)までの国際航空における1億マイル当たりの死亡率は45人であったが,1953年(昭和28年)には2人になり,19
67年(昭和42年)には0.4人となった。また,1936年(昭和11年)のアメリカの定期 航空の事故率は1億乗客キロ当たり6.31件であったのに対し,近年は0.05件に減少した。さらに,1991年(平成3年)の各交通手段別の死亡率で表現した死亡リスクをみると,バイク及び自動車事故による死亡リスクはそれぞれ10-4及び10-5レベルで あるのに対し,航空機事故の死亡リスクは10-7レベルであるといわれている。このように,航空機事故の死亡リスクは,賠償責任が無限であるバイク及び自動車の人身事故よりも数段低く,航空機事故の持つ経済的影響力は相対的に低下した。
さらに,前記のとおり,現在では航空運送人の賠償責任は完全に保険でカバーされ,支払われる賠償金は保険会社,最終的には航空運賃への転嫁という形で乗客が負担する仕組みになっている。この点においても保険制度が未発達であった条約成立時とは状況が全く変わっているのである。
このような企業の巨大化,責任保険の普及,国家財政の補助等により,劣弱な企業の保護という要請は現在の航空産業には不要である。
c ワルソー条約の定めた12万5000フランという制限額は,1929年(昭和4年)当時の日本円で約1万円に相当したが,これは当時の日本の賠償水準からみて極めて高額であり,実質的には完全賠償に等しかった。しかし,1955年(昭和30年)になると,上記制限額は低すぎるという認識が高まり,ヘーグ議定書において25万フランに増額された。これは当時の換算レートで約600万円に相当し,日本においては十分機能し得 る数字であった(しかし,このような賠償額の引上げにもかかわらず,アメリカは既にこの額に不満を示してヘーグ議定書を批准しなかった。)。
前記のように,人の生命を侵害した者の責任を制限することは本質的に許されないものであるが,それでも改正前ワルソー条約及びヘーグ議定書成立時の日本においては,当時の死亡事故賠償額の水準からみて責任制限の不当性はさほど感じられなかった。しかし,ワルソー条約成立から74年,ヘーグ議定書成立から48年を経た今日においては,事態は一変しており,上記制限額は,日本の自動車交通事故を始めとする人身事故の損害賠償額の水準からみて極めて不合理な金額となっている。交通事故の自賠責保険における死亡保険金の推移をみると,昭和30年12月1日には30万円だったの が,平成3年4月1日には3000万円となっており,ヘーグ議定書成立時の1955年(昭和30年)から1991年(平成3年)の間に実に100倍に増加している。
d 権利意識の高揚により,航空会社を保護するために利用者の権利を制限して賠償額を低額に抑えるという思想には,人々が納得しなくなっている。
e 同じ航空機事故であっても,日本の国内線の場合は,無限責任の法理が採用され,すでに1982年から無制限賠償が実現している。
(ウ) 責任制限規定は,以下のとおり,実効性を喪失している。 a 大多数の国際航空運送人による責任制限の撤廃
ワルソー条約の責任制限規定の不当性があまりにも明白になったため,日本の国際航
空運送人は1992年(平成4年),世界に先駆けて,人身事故における賠償責任限度額を廃止した。日本の国際航空運送人のこの動き(ジャパニーズ・イニシアティブ)に触発されて,各国国際航空運送人の間で責任制限撤廃の気運が高まり,ついに,国際航空運送協会(IATA)は,1995年(平成7年)にクアラルンプールで行われた第51回年次総会でIATA協定を採択した。同協定は,旅客の死亡,負傷その他身体の障害に対する補償請求について,改正ワルソー条約22条の責任限度額を廃棄する措置を決めた。
1999年(平成11年)6月時点で89の国際航空運送人がこの協定を実施しており,経済力の高い国又は地域の国際航空運送人の中では,被告中華航空はこれを実施していない数少ない者の一つである。この協定の実施により,責任制限規定の実効性はほとんどなくなり,責任制限規定が適用されるのは,一部の運送人に限られるようになったのである。
b モントリオール条約の成立
時代錯誤的なワルソー条約の責任制限規定を撤廃する動きは,前記のような航空運送人の間の民間協定(IATA協定)の域にとどまらず,国家間の新条約作成へと発展していった。そして,1999年(平成11年)に,国際民間航空機構(ICAO)の主催によりモントリオールで開催された国際航空法会議において,モントリオール条約が成立し,53か国が署名した。
この条約においては,旅客の死傷に対する運送人の責任は無限責任とされている。この条約は30か国の批准により発効するとされているが,現在のところ未発効である。しかし,この条約により,国際航空運送人の旅客の死傷に対する責任を無制限とする原則は完全に確立されたというべきである。
c 加えて,被告中華航空自身,改正ワルソー条約22条の責任制限を援用したり,しなかったりしており,責任制限規定が今日通用しないことを自認している。
すなわち,被告中華航空は,本件事故後に引き起した複数の航空機事故の被害者に対する損害賠償について,責任制限をxxxに上回る金額を遺族に提示した。例えば,1
998年(平成10年)2月に発生した桃園xx事故については,被害者1人当たり990 万台湾ドル(約3960万円)で和解したとされており,また,2002年(平成14年)馬公海上で発生した事故については,被告中華航空は台湾人遺族に対し1400万台湾ドル
(約5600万円)もの金額を提示したのである。
これは,被告中華航空自身,約240万円という責任限度が全く非現実的な金額であることを自認していることの証左である。それにもかかわらず,被告中華航空は,本件訴訟において執拗に責任制限を援用・主張しているのである。このような極めて恣意的かつ理不尽な責任制限の援用は断じて許されない。
(エ) 以上からすれば,責任制限規定は,成立当初に想定された立法事実を明らかに欠いており,国民の幸福追求権を定めた憲法13条,法の下の平等原則(平等権)を保障した同14条,財産xxの侵害につき適切な補償を定めた同29条に抵触するものであって,違憲であることを免れない。
イ 改正ワルソー条約25条の意義
(ア) 責任制限規定は極めて不当かつ時代錯誤的なものであるから,仮にこれを違憲と解さないとしても,責任制限規定を排除するための要件を定めた改正ワルソー条約25条を可能な限り広く解釈することにより,航空機事故で死亡した被害者の損害が250万円にも満たないなどという著しくxxに反する結果を回避すべきである。
改正ワルソー条約25条の解釈については,同条に規定する「無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを認識して」という要件に,「損害が生ずるおそれがあることを認識す べきであった」場合を含めて解する立場(以下「客観説」という。)と含めない立場(以下
「主観説」という。)の対立があるが,客観説に立って解釈すべきである。
確かに,改正ワルソー条約25条の「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った行為」(以下「無謀行為」という。)という文言自体からは,客観説はとりにくいように考えられるかも知れない。しかし,同条における認識の対象はあくまでも「おそれ」であり広い概念をカバーできるし,杓子定規な文理解釈にこだわるべきではない。責任制限規定が今日では全く時代錯誤的かつ著しくxxに反するものである以上,改正ワルソー条約25条は,以下のような,成立した背景,各国裁判所の態度,これを広く解した場合の消極的影響の有無等,種々の要素を総合的に判断して,弾力的かつ合目的的に解すべきであり,この見地に立てば,客観説に立つことが妥当である。
(イ) 改正経過
a 改正ワルソー条約25条の文言が採択されたヘーグ会議の審議経過では,各国の代表の見解が対立,錯綜した。その結果,各国間の妥協が図られ,改正ワルソー条約25条の文言が採択されたが,この文言の解釈につき,客観説を排除するというような統一
が図られたわけではない。
b ヘーグ会議第17回会議では,改正ワルソー条約25条で具体化すべき原則に関す る中間的な投票がなされ,無制限の責任が認められるべき場合として,関係者が意図 的に行為した場合に加え,①「無謀に行為した場合」賛成3票,②「無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを認識し,又は認識すべきであったのに行為した場合」賛成11 票,③「無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを認識して行為した場合」賛成13 票,という結果となった。
このとおり,改正ワルソー条約25条と同一の文言である③案が最多票を獲得したのであるが,この第1回目の投票はあくまで「中間的」投票であって,これによってヘーグ会議の最終結論が出されたのではなかった。
第1回目の投票の直後,フランス代表は,同投票は22条の責任限度額と25条の問題とを切り離して行われたが,このような投票は無意味であるから投票に参加しなかった旨発言した。これを受けて,議長は,25条の問題と22条の責任限度額の問題とを結びつけた形で再度中間的投票を実施した。
その結果,改正前ワルソー条約の文言をそのまま継続し,限度額を20万フランとする案が最多数を占めた。この段階で既に,前記第1回目の中間的投票の意味は極めて薄弱なものになっていたのである。
また,上記投票結果によれば,明確に「客観説」の立場に立つ①案と②案との合計は1
4票で,③案の13票を上回っていたのであり,原則の問題としても明確に客観説を支持する立場の方が多かった。
c 第23回会議では,作業部会の案として,改正ワルソー条約25条と同一の文言,すなわち前記③案と同一の文言を採択すべきか否かに議論が集中したが,その際には,改正ワルソー条約25条にいう「認識」が,「現実の認識」に限られず,「客観的に擬制される認識」を含む概念であることが前提とされていたのであって,このことは,以下の審議経過に照らして明らかである。
まず,オーストラリア代表から,「認識」を「現実の認識」とする修正案が 提出された。これは,主観説の立場から,「現実の」(actual)という語を伴わない単なる「認識」(knowledge)では,裁判所によって擬制され,あるいは,何らかの形による推定によって簡単に証明される「認識」が含まれてしまう可能性があることを懸念し,その可能性を排除するた めに提案されたものであった。この「擬制認識」(imputed knowledge)とは,「現実の認識」(actual knowledge)の対概念とされ,「状況からすれば,普通程度の常識のある者なら当然認識すべきであるような場合に,当該事実について擬制される認識」であって,当人が現実に認識していなくても,客観的に認識すべき場合であれば,その成立が認められる概念である。
しかし,この修正提案は,イスラエル,アメリカ及びフランスの反対にあい,撤回を余儀なくされ,最終投票の結果作業部会案が採択され,現行の改正ワルソー条約25条となったのである。
このようなオーストラリア代表による修正提案及びその撤回という経緯からすると,現行の改正ワルソー条約25条の「認識」が,「現実の認識」に限定されず,裁判所によって擬制され得る概念,すなわち「客観説」的解釈の可能性のある概念として採択されたことが明らかである。
また,同会議では,ベルギー代表が,「リオの文言の方が好ましいと考えているが,特に重大な過失(particularly serious negligence)があった場合にのみ無制限の責任追及ができるようにすべきだと誰もが感じていると理解されるので,作業部会案の文言を受け 入れることも可能である。」と発言し,議事録上,他のいずれの国の代表も,このベルギー代表の発言に対し異論を差し挟んでいない。このベルギー代表の発言は,明確に「過失」(negligence)という客観的基準を前提にした文言を用いており,ヘーグ会議に出席した各国代表の間に,「特に重大な過失がある場合は,無制限の責任追及ができるようにすべき」(客観説)というコンセンサスがあったこと,そして,それを具体化する条文として現行の改正ワルソー条約25条が採択されたことを示している。
d この点について,Iの論文は,「ヘーグ会議は『認識していたか又は認識すべきであった』という基準を採用すべきだと主張する者と,無謀さに加え現実の認識を必要とすると主張する者が半々に分かれたのである。議事録からは最終的に採用された条文が何を意味するかは明らかでない。」としている。
また,J教授は,「責任限度額をいくらにするかという問題と責任制限適用排除の要件の問題がセットで(25条の要件を厳しくするのなら限度額を高くするし,前者を緩くすれば
後者は低くてもよいという関係に立つ。)議論された。」,「ヘーグ会議には,39か国と5つの国際機関しか参加しておらず,改正条約25条について多数決で主観説を採用したといっても客観説との差はわずかであり,22条の責任限度額の金額設定いかんで主観説にも相当はばをもちうることが明らかとなった。」と述べている。
(ウ) 各国裁判例 a フランスの裁判例
1987年(昭和62年)11月17日の破毀院判決は,改正ワルソー条約25条に定められた責任制限解除事由である「許されざる過失」に該当するか否かの認定に当たっては,
「通常の思慮分別を具えた人間の行動と比較して評価されるべきである」と判示して明確に客観基準説を採用し,1988年(昭和63年)12月20日の破毀院判決も,雲海に突入した際に,引き返す等の措置を採らず飛行を継続する行為そのものを「許されざる過失」に該当するとし,操縦士が飛行継続により損害発生の蓋然性があることを認識していたか否かを問題にしていない。さらに,1992年(平成4年)2月18日の破毀院判決においても,保険会社側の,改正ワルソー条約25条の下での過失は単純な予見可能性 でなく,損害発生の蓋然性(probabilite)の認識を要するなどという主張を排斥している。 b アメリカの裁判例
アメリカにおいては,改正ワルソー条約25条はwilful misconductを意味するものと解されているところ,テューラー事件判決は,運送人であるKLM航空が救命胴衣の位置と使用方法を乗客に指示すべき義務を怠ったこと,墜落の可能性を通知することができたのにこれを怠ったこと,飛行機の尾部にいた乗客の安全を確保するための万全の措置をとらなかったこと,また,KLMの代理人であるサベナ航空が,緊急事態を通知すると いうKLMとの契約上の義務を怠ったことがそれぞれwilful misconductに該当するとしており,客観説の立場に立っている。
c ドイツの裁判例
ドイツのケルン高等裁判所は,1997年(平成9年)3月25日の判決において,「航空運送人の無限責任は,故意の場合は別として,特に重大な過失が関与した場合に適用される。これには運送人又はその使用人が特に粗野な形で彼らに委託された人又は物の安全を無視したことが必要であり,重大な過失行為は明白な注意義務が考慮されなかったことにより認めることができる。これに加え,損害が生ずるおそれの認識がなければならない。この認識(の存在)は,当該行動の内容及び当該行動を引き起こしそれに随伴した事情に照らし,不注意な行動が(認識があったという)結論を正当化する場合に は,推定されなければならない。」と判示して,改正ワルソー条約25条を「重大な過失」を意味するものと解釈した。
d 韓国の裁判例
韓国の釜山地方裁判所は1990年(平成2年)1月9日の判決において,改正ワルソー条約25条の「損害がおそらく発生するであろうとの認識」というのは,改正前ワルソー条約25条の「故意に相当する過失」が韓国では重過失に該当するものと解釈できることに照らせば,重大な過失に当たるとの判断を示した。
e その他,ギリシアでも客観説が採用されており,また,ルクセンブルグ,ベルギー,オーストラリア等の判例にもフランスと同様客観説の立場をとるものがある。さらに,イギリスにおいても,ゴールドマン事件の一審判決は,実際に損害が生じていたことを認識していたか否かを問題とせずにwilful misconductを認めている。
(エ) 上記のように,改正ワルソー条約25条の解釈につき,多くの国の裁判所は極めて弾力的に改正ワルソー条約25条に該当する事実を認めて責任制限を排除している。これらは,各国裁判所が,責任制限規定があまりにも不当かつ時代錯誤的であって,その適用を排除しなければ著しくxxに反する結果となることを強く認識しているからである。
のみならず,現在では,大多数の航空会社が改正ワルソー条約22条の責任制限を自ら放棄していて,改正ワルソー条約25条の実効性はほとんどなくなっている。また,ワルソー条約に代わり,責任制限を全面的に廃止したモントリオール条約も発効を待つばかりである。2003年(平成15年)5月末日現在で,29か国が批准しており,あと1か国の批准により発効となる。したがって,改正ワルソー条約25条を弾力的に解しても法的安定性を害する可能性はない。このような状況下において,不当にもいまだに責任制限の放棄をしていない被告中華航空を,遺族の犠牲において救済する必要は全くない。以上によれば,改正ワルソー条約25条の「損害の生ずるおそれがあることを認識して」という文言は,上記各国裁判所のように,客観説に立って,事故時の客観的状況に照らし,運送人又はその使用人が損害の生ずるおそれがあることを認識すべきであった場合を含むものと解すべきである。
ウ 改正ワルソー条約25条の適用の可否について
本件乗員らの前記(2)(原告らの主張)に述べた本件②ないし④の各行為及びこれら一連の行為は,客観説に立てばもちろんのこと,仮に主観説に立っても,以下のとおり,同条の「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った」行為に該当するというべきである。
したがって,被告中華航空は,責任制限規定を援用することはできず,原告らに対し,全損害の賠償をすべき義務を負う。
(ア) ゴー・アラウンド・モードが解除されていない状態で,オートパイロットを接続し進入を継続したこと(本件②の行為)について
前記(2)(原告らの主張)イのとおり,本件乗員らは,着陸を意図しながら,ゴー・アラウンド・モードに入っていることを認識していたにもかかわらず,オートパイロットを接続する旨の呼唱すら行わないで,着陸の意図に反して,あえて機体上昇のためのオートパイロットを接続したのである。これは,その結果航空機の操縦が不能となり,本件事故機の墜落という損害が生ずるおそれのあることを認識して行った行為であり,致命的な行為であって,まさに無謀行為そのものである。
なお,仮に,オートパイロットを接続した操縦士が,ゴー・アラウンド・モードが選択されていることを認識していなかったとすると,当該操縦士は,操縦制御内容すら知らずにオ ートパイロットの接続をしたことになるが,このような接続行為は,やはり致命的な行為であって,無謀行為そのものである。
また,仮に,操縦士がオートパイロットの接続とともにランド・モードに切り替える操作を行う意図であったとしても,ゴー・アラウンド・モードに入っていることを完全に認識しながら,ランド・モードにする旨の呼唱を全く行なわず,訓練ですら行ったことのないゴー・アラウンド・モードからランド・モードへの切り替えにあえて挑み,難しくない手順を完全に 失敗し,失敗したにもかかわらずその状態を無視して,着陸の意図に反してゴー・アラウンド・モードを継続し,かつ,オートパイロットを接続したままにしたのであって,これもまた,無謀行為というほかはない。
(イ) ゴー・アラウンド・モードを解除できず,副操縦士はそのことを知っていたにもかかわらず,機長に報告しないまま操縦を継続したこと(本件③の行為)について
前記(2)(原告らの主張)ウのとおり,副操縦士は,本件事故機のコントロールを確保できていない状況の下,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットを接続したままでは,本件事故機を着陸させることができないことを明らかに認識していたはずであるにもかかわらず,機長との間で何らクロスチェックを行わず,他の方法を選択せずにことさら進入継続を意図し,あえてゴー・アラウンド・モードを解除する方法を意図し実行しようとして失敗したものである。これは,本件事故機を操縦士の意図の下で制御することが不能となり,本件事故機の墜落という損害が生ずるおそれがあることを認識して行った無謀行為そのものである。また,ゴー・アラウンド・モードの解除の失敗にもかかわらず,何ら結果回避行為をとらなかったことも,無謀行為そのものである。
(ウ) 操縦輪の操舵が重い状態であるにもかかわらず,進入を継続するために,乗員が操縦輪を押し続けたこと(本件④の行為)について
前記(2)(原告らの主張)エのとおり,本件乗員らは,副操縦士が操縦輪を押し続けているのに押すことが困難であって押し下げられず,また,操縦輪を押したにもかかわらず 意図どおり反応せず機首が下がらないという機体の挙動の異常性を認識し,このような状況下でそのまま本件事故機を運行すれば,操縦士の意図の下で制御することが不能となって墜落するという危険状況を認識していた。
それにもかかわらず,本件乗員らは,何ら他の手段を講ずることなく,運航マニュアル の「CAUTION」に記載された危険行為である,オートパイロットが接続されている間操縦輪を押し続けるという誤った手段にあくまで執着し,このような深刻な過ちを犯した結果,本件事故機を墜落させたものであって,これは無謀行為にほかならない。
被告中華航空は,アウトオブトリムの状態になっていることを本件乗員らは認識していなかったと主張するが,本件乗員らは,操縦輪が押し下げられないことを継続的に認識
し,機体の挙動の異常性を認識していたのであり,それはまさにアウトオブトリム状態にあることを示すものにほかならないから,本件乗員らはアウトオブトリム状態を当然認識していたはずである。
(被告中華航空の主張)
本件事故について,改正ワルソー条約25条所定の事由は存在せず,乗客1人当たりの補償額は,改正ワルソー条約22条の責任限度額である25万フランとなる。
なお,仮に本件にワルソー条約が適用されない場合,被告中華航空の運送約款16条2項が適用され,同項所定の責任制限除外事由の意味するところはワルソー条約25条と
全く同じであるから,やはり除外事由は存在しないこととなり,乗客1人当たりの補償額は,同項所定の責任限度額である150万台湾ドルとなる。
ア 責任制限規定の違憲性について
原告らのいわゆる条約違憲論は,そもそも,本件法律関係において憲法14条,29条がどのように適用されるのかが明らかではなく,かつ,各条項の解釈,先例に照らしどの 点が違憲の疑いがあるのか一切明らかでなく,本件において被告中華航空の主張する責任制限規定の適用を排除する理由になり得ない。
また,責任制限規定が条約上の規制として存在するにもかかわらず,これを違憲と判断することは,条約に対して極めて厳格な違憲審査基準をもって臨む最高裁の立場からして,容易に認められるものではないことが改めて確認されるべきである。
アメリカの連邦巡回裁判所は,コルツ対アメリカン航空事件判決(以下「コルツ判決」という。)において,改正ワルソー条約25条の文言が主観説で解釈されるべきこと,そして,こうした解釈は条約に関する立法府の立場を十分に尊重すべきことから帰結されることを明確に述べている。
仮に,原告らが主張するように,条約が乗客や遺族の損害賠償請求権を不当に制限しているというのであれば,それは財産権(憲法29条)の制限であって,そのような不当・違憲の条約を締結している政府に対する補償請求という形で問題にすべきである。
いずれにしろ,外国航空会社である被告中華航空は,日本の締結した条約について,日本国民による違憲問題の論争の相手方として対応すべき地位にはない。
イ 改正ワルソー条約25条の意義について (ア) 改正ワルソー条約25条の意義
a 改正ワルソー条約25条の「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った」行為というためには,その行為が「無謀」であったこと,すなわち,どんな不注意な人間でも行動する際には有するような最低限の注意を欠くと評価されることに加え,さらに,実際の行為者が,現に損害発生の蓋然性が生じていることを認識していたこと(以下「認識の要件」という。)が必要であり,その行為者が「認識すべきであったが認識していなかった場合」では足りない。
b 改正ワルソー条約は,後記(イ)に詳述するとおり,改正前ワルソー条約25条の解釈が国際的な統一を欠くところから,全ての改正ワルソー条約加盟国に普遍的に適用されるよう意図されたもので,その具体的な条文の採択に際しては,三つの文案が検討されたが,「無謀に行為した」,「無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを認識し又は認識すべきであったのに行為した」という他の案を排して,現在の条文が最多数の支持を得て採用されたものである。
このような条約の制定過程に鑑みれば,認識の要件として,実際の行為者が作為・不作為を行うに当たって,「その作為・不作為から損害が発生する具体的な危険がある」ことを「現に認識していたこと」を要するのであり,単に「認識すべきであった場合」,すなわち
「認識」に関する過失という要素を排除しているのである。
c 原告らは,改正ワルソー条約25条に関する審議過程で示された立法者の意思は,同条約所定の責任限度額を適用しない場合として,「無謀に」との要件に加え,実際の行為者が損害発生の具体的な危険性が発生していることを認識していた場合のみならず,行為者の能力等を考えれば,当然認識すべきであった場合も含む(客観説)と主張するが,これは,ヘーグ会議において行われた各国代表による討議の本質を全く無視した独自のものである。
(イ) 改正経過
a 1953年(昭和28年)9月にリオ・デ・ジャネイロで開かれたICAO法務委員会会議において,改定議定書草案第ⅩⅢ条として,「(責任限度額は,当該損害が)損害を生ぜしめる意図をもって行われた,故意の作為又は不作為によって発生した場合には適用し ない。」との案(以下「リオ案」という。)が採択された。
ここでは,損害が,損害を発生させようという確定的な故意によって発生させられた場合のみが,責任制限規定の除外事由とされていたのであり,その後は,このリオ案をベースとして審議が重ねられていった。
b ヘーグ会議第16回会議
リオ案は,ヘーグ会議に上程されたが,出席国の過半数の支持までは得られなかったため,ヘーグ会議の作業部会は,第16回会議において,「(責任限度額は,当該作為又は不作為が)損害を生ぜしめる意図をもって又は無謀にかつ損害が恐らく生ずるであろうことに注意することなく行われた場合には適用しない。」との提案(以下「第一次案」と いう。)を行った。
同会議においては,ノルウェー,イギリス,イタリア,フランス(ただし,責任限度額を上げ
るという条件付)から賛成意見が,オーストラリア等から,これに反対して改正前ワルソー条約を支持する等の意見が表明された。
しかし,少なくとも第一次案について,改正ワルソー条約25条の「認識して」という表現に比べれば過失という要素を含んでいるようにもみえる「注意することなく」という表現であったにもかかわらず,「その行為者の能力等を考えれば,当然損害発生を認識すべきであった」という結果の認識に関する過失の要素が含まれているとはっきり述べた国は一つもなく,ただオランダがその危険性ありとして変更提案をし,またドイツがその点は明らかではない旨述べたに止まったのである。
逆に,フランス,スペイン,イギリスなどは,第一次案においてはそのような認識という主観的要素があくまで要求されている,とはっきり言明した。
c 同第17回会議
アメリカ代表から,「行為者が故意に行った場合及び無謀にかつ損害が恐らく生ずるで あろうことを認識していた,若しくは認識すべきであった場合は,責任は無制限となるべきこと」とする旨の提案がされた。これは,imputed knowledgeをactual knowledgeとは別の概念とはっきり区別した上で,アメリカ代表のいうところのimputed knowledgeを含めるとの提案であり,原告らのいう客観説にほかならない。
その後行われた第1回の投票において,この二つが明確に別々の案として投票の対象とされ,その結果,現実に認識していたことを要するという立場,すなわち主観説が多数の賛同を得,最終的に採択された改正ワルソー条約25条も,まさにこの主観説に基づく表現そのものとなったのである。
なお,原告らは,第1回目の投票においても,明確に客観説の立場に立つ見解の方が多かったと主張するが,3案のうち,「無謀に」との案を客観説に立つものとする誤解に基づくものである。
また,原告らは,第2回目の投票の結果により,第1回目の中間投票の意味は極めて薄弱なものになったと主張するが,第2回目の投票の結果は,リオ案につき,責任限度額を37万5000フランとする案に3票,25万フランとする案に7票,20万フランとする案に
17票,主観説につき,責任限度額を37万5000フランとする案に4票,30万フランとする案に5票,25万フランとする案に8票,20万フランとする案に20票,改正前ワルソー条約を維持して,責任限度額を37万5000フランとする案に2票,30万フランとする案に2票,25万フランとする案に2票,20万フランとする案に23票,というものであり,25条の改定案文ごとに分類すれば主観説が最多数である。改正前ワルソー条約を維持しようとする立場を客観説であると仮定したとしても,第2回目の投票では,主観説及び主観説を更に限定した立場が客観説を大きく上回ったのであるし,いずれにしても,第2回目の投票でそもそも客観説の案文が独立の投票の対象にすらならなかったことに端的に表れているとおり,アメリカ代表のいう認識すべき場合を含むべしとする客観説は,ヘーグ会議出席国の中では,もしあったとしても少数意見の立場となったことが明らかである。
d 同第23回会議
第16回及び17回会議における経緯を踏まえて,ヘーグ会議の作業部会は,本会議に対し,改正ワルソー条約25条どおりの案文(以下「第二次案」という。)のみを討議のため提出した。この作業部会の提案は,主観説に立つ条文のみであり,この事実自体,ヘーグ会議出席国の大勢として,客観説は,もしあったとしてももはや無視し得るほどの少数意見にすぎなかったことを示すものといえる。
これに対し,原告らは,オーストラリア代表の修正提案及びその撤回の経緯から,客観説的解釈の余地が残されていると主張する。確かに,オーストラリア代表は,第二次案中の「認識」の前に「現実の」という語句を挿入すべきことを提案したが,その理由は,単に「認識」という場合,その「認識」を認定するに当たってある推定が行われるかもしれないという立証方法の不明瞭性を排除しようとしたのであって,決して,客観説的解釈の 可能性を排除しようとしたわけではない。よって,オーストラリア代表による修正提案及びその撤回の経緯が,客観説的解釈の余地を残したとの根拠となるものではない。
また,原告らは,ベルギー代表の発言を根拠に,ヘーグ会議出席国の間に客観説についてコンセンサスがあったと主張する。しかし,ベルギー代表の発言は,自身の見解を述べたにすぎないものであるし,また,ベルギーとしては,行為者に損害発生を意図したという確定的な故意がある場合に限定して責任無制限とする考えに同意していたので あって,かかる立場をとっていることからすれば,ベルギー代表のいう「特に重大な過 失」も,法的な意味での,義務違反としての「過失」などではなく,故意による行為のような「重大な誤ち」という意味の一般的な表現であると解釈すべきである。
(ウ) 諸外国の裁判例
a イギリスの裁判例
イギリスの裁判所は,ゴールドマン事件控訴院判決及びガートナー事件控訴院判決において,改正前ワルソー条約25条についてのヘーグ議定書(改正ワルソー条約25条)採択の経緯を詳細に検討の上,行為者が作為・不作為を行うに当たって,その作為・不作為から損害が発生するprobabilityがあることを現に認識していたことを要求しており,行為者がそのprobabilityを認識すべきであったのに認識していなかった場合,あるい は,行為者が無謀な行為により冒したリスクがもし現実化したなら損害が発生する
probabilityが生じることを認識しているにすぎない場合には改正ワルソー条約25条に該当しないとしている。
イギリスの裁判例は,制定者意思を探求した上で導き出されたものであり,日本の裁判所が当該条項の解釈作業を行うに際しても,その指針として十分な妥当性を有する。 b アメリカの裁判例
大韓航空事件控訴審判決及びその原審判決は,事故機の乗員は,悪い行為であることを知りながらその行為を行い,しかもその行為によってソ連戦闘機による撃墜の危険性が十分あることを認識していたと判断した上で,大韓航空のwilful misconductを認定しているのであって,行為の違法性(もしくは不法性)と行為によってもたらされるであろう結果の認識という点を離れて,航路逸脱という行為自体が,客観的に見て損害発生の蓋然性を包含するか否かを問題にしたわけではない。
コルツ判決では,改正ワルソー条約25条と同じ条文を採択したアメリカ議会の立法時における意思は,明らかに主観説に立つものであったことを理由の一つとして,同条は主観説の立場で解釈すべきであると結論した。かかる結論は連邦最高裁においても支持されている。そして,コルツ判決は,従前の裁判例を引用しつつ,「被告が自らの行為が原告に損害を引き起こす結果になるであろうことを主観的に知っていたことを原告の側が」証明すべきことを要求し,状況証拠から「気付くべきであった」では足りず,「知っていたはずである」という推論が成り立つことが必要とした。
c フランスの裁判例
フランスの判例は,「損害発生の蓋然性の認識」について,行為者の内心の意識とは別の客観的な状況や行動を前提として,しかも行為者を「通常の思慮分別をそなえた人 間」として,いわば定型化して捉えたうえで,これを認定しようとするが,このような態度は,行為者を具体的な行為者自身の事情を考慮することなく定型化してしまうという点で,改正ワルソー条約25条の解釈に関する世界各国の裁判例を見ても極めて例外的であり,極めて異例のものである。そして,フランスの判例は,何故改正ワルソー条約2
5条を客観説で理解することが許されるのかについては,全く何も語っていない。また,そもそも,原告らの引用する判決は,いずれも客観説とは何の関連もない。ウ 改正ワルソー条約25条の適用の可否について
前記(2)(被告中華航空の主張)に詳述したところによれば,本件乗員らの行為は,改正ワルソー条約25条の定める責任制限排除事由を満たすものではなかった。
(4) 被告エアバスの責任
(原告らの主張)
被告エアバスの製造した本件事故機には欠陥があり,被告エアバスに課せられた高度の安全確保義務からすれば,被告エアバスは,上記欠陥から生じ得る損害を予見し,かつ,これを回避し得たのに,これを放置し,本件事故を生じさせたというべきであるから,原告らに対し,不法行為(製造物責任)に基づき,本件事故による損害を賠償する責任がある。
ア 欠陥
本件事故機には,下記(ア)に記載するとおりの欠陥が存在したというべきであって,このことは,下記(イ)ないし(コ)に述べるところからも裏付けられる。
(ア) 欠陥の存在
a 本件事故機は,高度1500フィート以下においてランド・モード又はゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中,操縦士が飛行経路の修正を意図して操縦輪による手動操作を行った場合,オートパイロットのオーバーライドを認めるが,オートパイロットは解除されないという性質を有している(以下「本件設計」という。)。
本件設計においては,手動操作によるオーバーライドを認める一方で,手動操作を行った場合にもオートパイロットが解除されないこととされており,オートパイロットは手動操作に反した操作を継続する。すなわち,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロット接続中に,操縦士が機首下げのために操縦輪を前に倒す操作を行うと,昇降舵は機首下げの側に作動するが,オートパイロットは,なおもゴー・アラウンドのための操作を継続し,水平安定板を機首上げの側に作動させる。このため,手動操縦による操作とオートパイロ
ットによる操作とが互いに反発し合うことになって,昇降舵と水平安定板がくの字型となり,機体は極めて不安定で危険な状態(アウトオブトリム状態)に陥る。
このような危険な状態を惹起させる本件設計による自動飛行システムを装備する本件事故機は,安全に飛行するために航空機に求められている性能を欠くものであり,欠陥があるというべきである。
b また,A300-600型機には,開発当時,水平安定板が作動しているときにはウーラー音が鳴るという聴覚上の警告装置が備えられていたが,これを減らして欲しいというイギリス航空当局からの要望により,被告エアバスはこのような警告装置を全面的に削除してしまった。
そのため,本件事故機には,機体がアウトオブトリムに陥るような危険な状態を乗員に的確に伝達する機能が欠けているという欠陥があった。
(イ) 事故調査報告書等における指摘
a 事故調査報告書は,本件事故機が,本件設計,及び,操縦士による制御とオートパイロットによる制御との同時入力により,水平安定板と昇降舵が整合することなく作動していることを,直接的かつ積極的に操縦士に知らせる警報・認識機能がないという設計を採用していたことが,本件事故における異常なアウトオブトリムの要因の一つになっているとして,このことなどを事故原因として指摘している。
また,事故調査報告書は,本件事故機のオートパイロットのオーバーライド機能は,操 縦輪を操作し続けるとアウトオブトリムに至る特性があることから,被告エアバスは,オートパイロット接続中の水平安定板警報装置(ウーラー音)を残すか,又は削除するのであれば,直接的かつ積極的に乗員に水平安定板の作動状況を知らせるための,水平安定板警報装置に代わる何らかの警報・認識機能を考慮する必要があったとしている。 b また,1994年(平成6年)8月31日,アメリカ国家運輸安全委員会は,次の勧告をアメリカ連邦航空局宛に行った。この勧告は,A300型機及びA310型機系列機のオートパイロット系統のロジックについて再調査するとともに,操縦士が操縦装置すなわちトリム系統に特定の入力をした場合に,高度やオートパイロットのモードにかかわらずオートパイロットが解除されるように,必要により改修するよう要求するとともに,A300型機及びA310型機系列機のオートパイロット系統について,水平安定板が作動している場合にトリムコマンドにかかわりなく十分な知覚による警報を発するように改修するよう要求するものであった。
この勧告を受けて,アメリカ連邦航空局は同年11月2日付けで,60日を超えないうち に,飛行制御コンピューター(FCC)について,被告エアバスの技術通報の内容の改修を実施するよう指示した。
(ウ) 被告エアバスが本件事故後にとった措置
本件事故後,被告エアバス及びその関係者がとった以下の措置は,まさに上記欠陥を自ら認めた上で,これを改修するためのものであった。
a 被告エアバスは,本件事故後である1994年(平成6年)8月17日にフランス民間航空総局が耐空性改善命令を出したことを受けて,同年12月13日,既に発行済みの被告エアバスの技術通報6021の内容である飛行制御コンピューター(FCC)の改修(その内容は,ゴー・アラウンド・モードにおいても,対地高度400フィート以上で,操縦輪に縦方向へ15キログラム以上の力を加えた場合,オートパイロットが解除されるようにするというものである。)の適用について,「Recommended」(「推奨」の意)から「Mandatory」
(「義務的な」の意)に改訂した。
さらに,被告エアバスは,1997年(平成9年)1月8日付けで技術通報の修正版を発行したが,その改修内容は,いかなるモードでも,また高度400フィート以下であっても, 操縦輪に縦方向へ15キログラム以上の力を加えた場合,オートパイロットが解除されるようにするものであった。
b 技術情報のファックス送信
被告エアバスは,まず,本件事故直後の1994年(平成6年)5月5日,A300型機及び A310型機の運航会社宛に,オートパイロットに反する操作をしないよう,同一文書内で繰り返し強調し,注意を喚起したファックスを送信している。この内容は,これまでの警告と内容的には異ならないが,事故後10日でこのような措置がとられたことは,本件事故の発生直後に被告エアバスには事故原因が分かったこと,すなわち,このような事故の発生が危惧され,再発することを予想していたことを示している。
(エ) オーバーライド機能の不要性
被告エアバスは,オーバーライド機能はコンピューターのハードオーバーに対応するために必要な機能であると主張する(ハードオーバーとは,コンピューターが暴走をして航空機の飛行翼面が激しく不規則に動くような場合のことをいう。)。
しかしながら,ハードオーバーの原因はオートパイロットにあり,電気的な欠陥,ソフトウェアの欠陥,バグによって生ずるものであるところ,オートパイロットに起因して異常が発生しているのに,それをそのままにして,手動操作をこれに付加してオーバーライドすることは,予測不可能な操作をしているオートパイロットと手動操作が相まって,危険な状態を生み出しかねないのであって,手動操作を加えることによってオートパイロットが自動的に解除される設計こそがハードオーバーに対しての最善の対応である。
オートパイロットのハードオーバーの際に必要な機能は,操縦士が本能的に反応して,オートパイロットを解除し,機体の運航を手動で替わることであり,A300型機,A310 型機に特有なオートパイロットを温存してこれに手動操作を付加するようなオーバーライド機能は,全く必要とされていないのである。
また,機首方向の操縦においてオートパイロットがオーバーライドに対抗するためにオート・トリムを使用し,水平安定板と昇降舵とが相反する動きをしようとする場合,水平安定板の方が昇降舵よりもxxxに大きなものとなっているため,当然のことながら大きい方の水平安定板が勝つことになり,その結果,オーバーライドの目的は打ち砕かれる。とすれば,いかなるモードや飛行状況においてもオーバーライド機能を維持することは 無意味である。
(オ) オートパイロットの自動解除による危険の不存在
被告エアバスは,1972年(昭和47年)のイースタン航空機墜落事故を挙げて,オートパイロットを自動的に解除することは常に最良の解決であるとは限らず,操縦士ひいては航空機を極めて困難な状況に陥らせることになる場合があると主張する。
イースタン航空機墜落事故は,操縦士が着陸進入中に誤って操縦輪を押し,オートパイロットが解除されたがそのことに気付かず,機体が降下して墜落してしまったという事故である。
しかし,この事故の調査結果では,オートパイロットが簡単に解除され,そのことを正確に乗員に警告する装置がないことは問題とされたが,操縦輪の操作によってオートパイロットが解除される設計そのものの当否は全く問題とされていない。
また,この事故の際,オートパイロット解除のため操縦輪に加えるべき力は副操縦士が
9キログラム,機長はわずか6キログラムであった。これに対して,本件で問題とされて いるA300型機の別のモードにおけるオートパイロット解除のため操縦輪に加えるべき力は15キログラムであり,この事故の原因となった6キログラムの2倍以上である。無 意識に15キログラムもの力をかけることはあり得ないことであり,このような設計の改善後に,誤ってオートパイロットが解除されたために,飛行機が墜落したり,墜落しそうになった事例は報告されていない。
なお,このイースタン航空機墜落事故が発生したのは高度維持モードであり,1988年
(昭和63年)の改修がなされた後のA300型機,A310型機の自動飛行システムでは,オートパイロットは解除されてしまう場合であったから,このような事故は,本件事故時 に推奨されていたA300型機の設計によっても防ぐことはできないこととなる。
(カ) 本件設計の特殊性
本件設計は,航空機の操縦体系の下で極めて稀なものであり,本件事故以前にはA30
0型機とA310型機だけで採用されていたものであって,本件事故後の改修でこのような設計の機体は世界の空から姿を消した。
ボーイング社等の製造する航空機は,手動で操縦輪に一定以上の力を加えると自動的にオートパイロットが解除される設計が一般的となっており,このほか,操縦輪を操作すると水平安定板も同じ方向で作用する設計,操縦輪に19ポンドの力を加えることでオートパイロットは解除されるが着陸までの最後の数秒間については30ポンドの力を必要とする設計,及び操縦輪を押すことではオートパイロットは自動的に解除されないが,トリムスイッチを使えば解除され,また,視覚と聴覚に訴える二重の警告によりオートパイロットが継続していることを確実に操縦士に知らせる設計などが採用されている。
また,本件事故前に運行が開始されたA320型機においても,設計の当初から,オートパイロット中に一定の力以上の力を加えてスティックを操作すればオートパイロットが解除される設計となっており,オーバーライド機能を認めていない。
(キ) オートパイロットの解除のための他の方法について
被告エアバスは,本件事故機にはオートパイロットの解除についてオートパイロット解除ボタンとトリムホイールという別の解除方法があることを理由に,欠陥はないと主張す る。
しかし,このような機能が存在してもなお,アウトオブトリム状態すなわち本件設計を原因とした本件事故と同様の危険が本件事故以前にも発生している。
また,操縦士は,緊急時に手動でコントロールをしなければならないことがあり,そのよ
うな場合にはオートパイロットが作動している状態であることを忘れることもあり,あるいは,様々な手段を使えるということを思い出せず,結果として本能的に操縦輪を引っ張ったり押したりすることによって,その状態に対応しようということがあり得る。
したがって,オートパイロットを解除する別の方法があったとしても,本件設計が欠陥であることを左右しない。操縦士が自ら手動で操縦を始めているときに,自動操縦が継続し得る設計の危険性が問題となっているのであり,他にオートパイロットを解除することのできる手段があることは,設計の欠陥の存在を否定する根拠とはならない。
ボーイング社の航空機や改修後の被告エアバスの航空機が採用したように,オートパイロット接続中に手動操作が行われた場合,オートパイロットを自動的に解除する機能が備わっていれば,このような危険を本質的に避けることができる。
トリムホイールについては,これは危険からの回復手段にすぎない。いくら危険からの回復手段の存在を強調したところで,危険を発生させるという,設計上の欠陥が存在することには変わりはない。操縦士の操縦において危険からの回復手段がとられない場合でも,航空機の安全が保持されるよう設計されなければ,欠陥がないとはいえない。 (ク) 本件設計を原因とする3件の先行する重大インシデント
a オートパイロットのオーバーライドにより危険な状態が発生するのは例外的な事態ではない。オートパイロットに対抗して手動操作が行われ,アウトオブトリムの状態が発生し,墜落寸前にまで至る危険な状態を招いたという,本件設計を原因とする重大インシデントが,本件事故以前に3件も発生している。
(a) 1985年のインシデント
サウジアラビア航空の航空機が着陸のためオートパイロットを使用して降下していたところ,オートパイロットのモードが高度獲得モードから高度維持モードに切り替わった。
操縦士は,オートパイロットが解除されたと思い,更に降下を続けるために操縦輪を押し,昇降舵を機首下げ側に操作したため,機体は設定高度よりも下がることとなった。そのため,オートパイロットは設定高度の4200フィートを保持するために,オート・トリムを働かせ,水平安定板を機首上げ方向に作動させることとなった。
この水平安定板の動きは,作動限界にまで達し,機体姿勢は10度近い機首上げとなった。
乗員が機首を下げようとエンジン出力を下げたところ,機首上げは更に助長されて24度にも達した。これは,危険なアウトオブトリム状態である。
その後,水平安定板の作動が機首下げ側に働くモードに切り替わったため,機体の機首上げ姿勢は減少して正常な飛行に戻った(なお,この時点では,ランド・モードとゴー・アラウンド・モード以外のモードでも,操縦輪に一定の力を加えるとオートパイロットが解除されるという機能は備わっていなかった。)。
(b) 1989年のインシデント
このインシデントは,1989(xxx年)1月9日フィンランド航空A300型機のヘルシンキ空港への進入の際に発生した。
同機が着陸のためにオートパイロットを使用してヘルシンキ空港に進入中,対地高度8
60フィートで,機長がうっかりゴー・レバーを作動させた。そのため,同機はゴー・アラウンド・モードとなり,エンジン出力も自動的に増加した。機長は,オートスロットルを解除して,スロットルを引きエンジン出力を減じるとともに,乗客の快適性のためオートパイロットによる機首上げを避けようと,これに抗して手動で操縦輪を押し続けた。
このように,このインシデントは,経過として本件事故と酷似した経過でアウトオブトリム状態を発生させた。
(c) 1991年のインシデント
これは,1991年(平成3年)2月11日に,ドイツ・インターフルーク航空機のモスクワ空港への着陸時に発生したインシデントである。同機は,着陸のためにオートパイロットを使用しながら,モスクワ空港に進入中,高度1550フィート付近で,航空交通管制からゴー・アラウンドとその高度を指示された。操縦士は,ゴー・アラウンドの高度を2260フィートにセットして,対地高度1275フィートで,ゴー・アラウンド・モードにした。
機体の重量が軽量であったことから上昇率が高くなりすぎたため,乗員は機首上げ姿勢を少し押さえようと手動で操縦輪を押し,昇降舵を機首下げとした。これに対して,オートパイロットは,ゴー・アラウンド時の上昇姿勢を維持しようとオート・トリムを働かせ,水平安定板を機首上げ側に作動させた。結果として,昇降舵は14度(機首下げ),水平安定板は-12度(機首上げ)にまで達した。
同機は急上昇し,高度1503フィートに達した時点で,高度獲得モードに自動的に替わり,この時点でも乗員が操縦輪を押し下げていたため,自動操縦は自動的に解除された
(1985年のインシデント後の改修によって,高度獲得モードでは,操縦輪の操作によっ
て自動操縦が解除されるよう,設計の改修がなされていた。)。
しかし,水平安定板の作動角度はそのままの状態で残ってしまった。その後,同機は失速降下と急上昇を繰り返した。この間,操縦士はオートパイロットはまだ解除されていないものと思っており,また,水平安定板がアウトオブトリムとなっていることは認識していなかった。
b 以上のように,各インシデントにおいては,操縦士による操縦輪の操作によるオーバーライドとオートパイロットの作動が相反することにより,アウトオブトリム状態という本件設計を原因とする本件事故と同様の危険が発生していたのであって,本件設計によるアウトオブトリム状態の発生は例外的事態ではなく,このような事態を正確に操縦士が認識することが困難であることは明らかである。
確かに,これらのインシデントでは,アウトオブトリム状態が発生しても操縦士の適切な操作によって墜落しなかった。しかしながら,アウトオブトリム状態の発生自体が航空機の安全運航のために絶対的に避けなければならない事態であり,過去のインシデントにおいて適切な操縦によって安全なコントロールが回復されたとしても,それはむしろ幸運の産物であったというべきである。
1989年のインシデントの際,F機長は,発生していた事態を正確に認識することができていなかったこと,たまたま旧式の飛行機ではトリムホイールで水平安定板を操作していたことを思い出すことができたため,とっさにトリムホイールを手動で回転させて機体の安定性を回復できたとしており,生還は幸運の産物であったことを端的に述べてい
る。1991年のインシデントにおいても,操縦士は発生していた事態を正確に認識することができず,トリムの回復は無意識に操縦士がトリムスイッチに触れたためとされてい る。いずれのインシデントも,事態を正確に認識した上での適切な操作によって,危険な状態を脱することができたのではないのである。
被告エアバスの論理は,このような設計を放置すれば機体の安定性が失われる事態が不可避的に発生することを認識しながら,操縦士の幸運というべき操縦操作に機体の安全性を委ねるものといわざるを得ない。
c また,被告エアバスの主張は,各インシデントの操縦士が被告エアバスのいうところの「エアマンシップの原則」,「被告エアバスの公表した手順」に従った優秀な操縦士で あったことを裏付けている。だとすれば,各インシデントは,このような優秀な操縦士であっても,オートパイロットに対するオーバーライドによってアウトオブトリムに陥る事態が起こり得るということを示していることとなる。本件設計のもとでは,通常あるいはそれ以上の操縦能力をもつ機長であっても,オーバーライドを行なえばアウトオブトリムの状態に陥る危険があるということである。
(ケ) 操縦輪の重さという警告について
被告エアバスは,操縦士が操縦輪に加え,維持することを要求される大きくかつ異常なコントロールのための力が,アウトオブトリム状態の発生を感知させる標識であること,及び本件事故において副操縦士がこの標識を感知したことは,確実であると反論している。
しかし,前記(ク)のとおり,過去の3件のいずれのインシデントにおいても,操縦士は,オートパイロットが作動して操縦輪への力が要求されながら,操縦輪を押し続けていたもので,オートパイロットが自らの意図に反して作動し続けていることを正確に認識することができなかったのである。操縦輪への力は,操縦士に対して異常な事態を知らせる警告の意味は持ち得るが,そのような事態を防ぐために有効に機能してはおらず,正確に事態を伝えるという警報装置としては不十分である。
また,操縦輪が重いという事実は,実際に操縦輪を押している者にしか直接的に感知されないものである。
(コ) 視覚・聴覚による警告について
操縦輪の重さとは異なり,聴覚,視覚に訴える警告であれば,実際に操縦していないもう一人の操縦士にも直接に情報を伝えることができ,直ちに正しい操作に復帰できる可能性が高い。
水平安定板が作動しているときに,ウーラー音でこれを警告することについては,不必要な騒音を生み,操縦士の注意を散漫にするという批判があり,確かに,水平安定板が少しでも動いた場合にすべて作動音が鳴るようにすることはうるさく感じられるかもしれない。
しかし,一定時間継続して水平安定板が作動し,しかもその作動方向が一定している場合は,アウトオブトリム状態を示唆するものとして,耳に聞こえる警告音でこのことを操縦士が察知できるようにすることが重要であり,それは操縦士を注意散漫にするものではない。
現実に,A300型機,A310型機以外の航空機は水平安定板が作動している場合に は,何らかの警告装置があり,その多くは耳に聞こえる警告音が鳴る仕組みとなっている。水平安定板の動作について警告がないA300型機,A310型機の設計は独自のものである。ボーイング社の航空機の多くは,操縦輪を手動で操作した場合には,オートパイロットは解除される設計となっているが,例外的に操縦輪の手動操作によって,オ ートパイロットが直ちに解除されない仕組みとなっているB757型機,B767型機については,オートパイロットにより水平安定板が作動したときは,音と視覚の両方で警告が与えられることとなっていた。
また,当初,A300型機には,水平安定板が作動した場合に,ウーラー音によってこれを操縦士に知らせる警報装置が装備されていたのであって,警報がもともとあったという事実そのものが,警報の必要性を明らかにしている。音声による警報をうるさいという理由で取り外したとしても,視覚に訴える警報を設備することは可能だったはずである。
イ 安全確保義務
被告エアバスは,航空機の設計・製造において操縦士の操縦ミスの発生を考慮に入れた上で航空機の安全を確保する義務を負っていた。
すなわち,大量の乗客を一度に乗せて高い高度を飛行する大型民間航空機は,地球規模で頻繁に運行されており,万一,その飛行中に何らかの事故が発生した場合には,多数の生命を一挙に失わせる大規模な惨事を招来する高度の危険性を有しているのであって,航空機の製造者は安全に運行する航空機を設計・製造する極めて高度の安全性確保義務を負う。
そして,人間は時に過ちを犯すものであり,その過ちにもかかわらず航空機が墜落しないようにするために,航空機の操縦の自動化が図られてきたのである。したがって,航空機の設計は,乗員の過失を計算に入れて行うことが強く求められるのである。
したがって,被告エアバスは,構造上の損壊を生じさせないよう航空機を設計製造する義務はもとより,航空機運航に当たる航空会社において航空機の整備上のミスや操縦上のミスが生じても,航空機が飛行を安全に継続し,また離着陸できるよう設計をしなければならない義務を負っていた。このような義務は通常フェール・セーフ設計義務と呼ばれ,現代の航空機設計の基本をなす考え方である。
ウ 危険の予見又は予見可能性
(ア) 被告エアバスは,本件事故以前から,異例な飛行状態を示した先行インシデントの存在により,本件事故機の欠陥を十分に認識していた。
前記のとおり,1985年,1989年及び1991年の各インシデントにおいては,いずれも手動操作によってオートパイロットが解除されないことから異常な飛行状態に陥ったものであり,被告エアバスは,遅くともこれらのインシデントの後には,手動操作によってオートパイロットが解除されない本件設計の危険性を認識していた。
(イ) 被告エアバスが本件事故において発生したような危険の発生を予測していたことは,先行する3件のインシデントの後にとった,以下に述べるような被告エアバスの対応を見ても明らかである。
a 運用技術速報の発行
被告エアバスは,1985年のインシデントの後,同年6月に,エアバス機運航会社に対し,「オートパイロットのオーバーライドについて」と題する運用技術速報を発行してい る。
この中には,「オートパイロットに反する操作は危険な状態を招く場合がある。」,「万一航空機に異常挙動の疑いがある場合に最初に執るべき措置はオートパイロット解除ボタンを押して,手動に切り替えることである。」旨が記載されている。
b FCC改修の指示及び運航マニュアルの改訂
被告エアバスは,1985年のインシデントに鑑み,1988年(昭和63年)3月18日,飛行制御コンピューター(FCC)の改修を指示した。その改修策は,ゴー・アラウンド・モード及びランド・モードを除く全てのモードにおいて,操縦輪に15キログラムを超える力を加えることによってオートパイロットが解除されるというものである。また,被告エアバスは,同年6月にこの改修策に伴い,運航マニュアルを改訂した。
c エアバスオペレーター会議
被告エアバスは,1989年のインシデントの後,翌年5月に,エアバス機運航会社とエアバスオペレーター会議を開催している。「アウトオブトリムの回避」と題する同会議の議事録では,被告エアバスが,本件設計の危険性を認識し,注意を喚起していたことが分かる。
すなわち,「オートパイロットを解除していない場合,オートパイロットはオート・トリムを通じて作動状態を維持しており,予定した縦方向の飛行経路を維持しようとする。もし,操
縦士がオートパイロットに反して操作すれば,オートパイロットは重大なアウトオブトリムの状態に陥り,異常な挙動に至る可能性がある。」,「オートパイロットに反して操作することは避けなければならない。それは重大かつ予想外の状況に至る可能性がある。」との記載がある。
ここに記されていることは本件事故そのものであり,この記載は,被告エアバスが,設計に欠陥がありどのような条件の下でこの欠陥が故障に至るかを正確に認識していたことを示している。
d 運航マニュアルへの「CAUTION」の記載の追加
被告エアバスは,1991年(平成3年)1月,A300-600型機の運航マニュアル
に,「CAUTION」として,「縦軸上では,オートパイロットに対するオーバーライドはオートパイロットのオート・トリム命令を取り消さない。したがって,オートパイロットの接続中 に,もし操縦士がオートパイロットに逆らう操舵を行うと,オートパイロットは水平安定板を作動して予定の飛行経路上で航空機を維持しようとする。アウトオブトリムという危険性は事実としてあり,ランド・モード及びゴー・アラウンド・モードの場合に限り,危険な状況に至る可能性がある。」旨の記載を追加した。
e オペレーター・インフォメーション・テレックスの発行
被告エアバスは,1991年のインシデントの後,同年3月に,1991年のインシデントの情報及び運用手順に関して,エアバス機運航会社に宛てて,オペレーター・インフォメーション・テレックスを発信した。
f 運航マニュアル速報の発行
被告エアバスは,1991年(平成3年)6月に,オートパイロットのオーバーライドに関する注意喚起のための運航マニュアル速報を発行した。
g 技術通報の発行
被告エアバスは,1993年(平成5年)6月,3件の同種のインシデントについて,自動飛行システムに関する技術通報を発行し,ゴー・アラウンド・モードにおいても,対地高度4
00フィート以上で操縦輪に15キログラム以上の力を加えた場合,オートパイロットが解除されるようにする改修策を設け,新規製造機にはこの改修が適用された飛行制御コンピューター(FCC)を装備するとともに,運航会社に対しては,この改修
を「Recommended」とした。
(ウ) 被告エアバスは,本件事故は本件乗員らの重大な過失によって発生した例外的なものであり,被告エアバスにはこのような重大な過失についての予見可能性がないと主張する。
しかし,本件乗員らが犯したような無謀行為を予見し,又は予見することが可能である 必要はなく,乗員がオートパイロットを手動でオーバーライドし,その結果として機体がアウトオブトリムの危険な状態に陥ることが予見可能であればよいのである。
1991年のインシデントでは,オートパイロットはゴー・アラウンド・モードであり,手動での入力もこれを前提としつつ,機体が軽量であるための急上昇に対応して,上昇を少し押さえようとしただけであるのに,アウトオブトリムを引き起こしたが,このような操作は,ちょっとした手動操縦での入力にすぎず,決して乗員の重大な過失とはいえない。加え て,1993年(平成5年)6月に技術通報6021が出された時点で3件ものインシデントが続けて起きていることからすれば,上記のような事態は例外的なものとは到底いえず,被告エアバスには,このような事態の予見可能性は十分あったといえる。
エ 結果回避可能性
(ア) 本件事故機のオートパイロットのコンピュータープログラムの設計において,高度1
500フィート以下でのランド・モード又はゴー・アラウンド・モードにおいても,手動操作が行われた場合にはオートパイロットが解除されるように設計されていれば,アウトオブトリム状態は発生せず,本件事故は回避し得た。
また,手動操作に反発してオートパイロットが作動する場合に,そのことを乗員に知らせる警報装置が装備されていたなら,本件事故は回避し得た。
(イ) アメリカ国家運輸安全委員会は,アメリカ連邦航空局に対する勧告において,他社製造の航空機について,解除及び警報システムは,高度に関係なく,ランド・モード又はゴー・アラウンド・モードであるかどうかにかかわりなく,完全に作用しており,もし,本件事故機に,操縦士が操縦輪を前方に押すと同時にオートパイロットが解除されるか,水平安定板の作動を知らせる警報装置が備わっていたなら,本件事故は避けられたであろうと述べている。
さらに,上記委員会は,アメリカ連邦航空局に対し,A300型機及びA310型機系列機のオートパイロット系統について,水平安定板が作動している場合にトリムコマンドに関わりなく十分な知覚による警報を発するように改修するよう勧告している。
オ 結果発生回避措置
(ア) 技術通報の改修の義務付け
本件設計の危険性は,既に発生し,墜落寸前までいった3件のインシデントからしても,機体の墜落事故に直結する極めて重大なものであったから,被告エアバスは,1993年
(平成5年)に本件設計の改修を記載した技術通報6021を出すに当たっては,緊急性が高い「Mandatory」にするなど,確実に改修がなされるように措置を講ずべきであったのに,これをしなかった。
被告エアバスは,本件事故後の1994年(平成6年)12月13日,技術通報6021の内容である飛行制御コンピューター(FCC)の改修の適用を「Recommended」か
ら「Mandatory」に改訂することによって,本件設計を改修したもので,結果的に,本件事故前に本件設計の改修という危険を回避する措置をとっていなかったことを認めたというべきである。
なお,被告エアバスは,システムの取替えや警報装置の取付けを命ずる耐空性当局の勧告が出されていなかったことを,本件事故以前にオートパイロットを自動解除できるシステムを義務付けなかったことの最大の理由としている。
しかし,メーカーには航空機の安全性確保の第一次的な責任があり,耐空性当局の指示に従っていれば製造物責任を免れるわけではない。航空機は極めて複雑なシステムであって,売却後もその安全運航を確保するため,事故,インシデント,故障,不具合に関する情報を顧客から継続的に収集し,これを検討,分析して,必要があれば,速やかに機器の設計の変更,コンピューターのシステムの変更,機器の機能変更などを行い,また,操縦士に分かりやすい情報を提供して,類似事故・インシデントを未然に防止すべき義務がある。
各国の航空安全当局の規制は,メーカーやエアラインの情報を集めて航空機の安全確保のため,後見的に,二次的に行われるものであり,これに従っていたからといって,メーカーとしての製造物責任を免れることはできない。
(イ) アウトオブトリム状態の警告・警報機能の付加
本件事故機には,オートパイロットが手動操作に反して作動し,水平安定板と昇降舵が相反する動きをすることによる異常なアウトオブトリムの状態への動きを直接的かつ積極的に操縦士に知らせる警報・認識機能がなかった。
被告エアバスにとって,上記のような機能を付加することは極めて容易であったが,被告エアバスはこれを付加しなかったのである。
(被告エアバスの主張)
ア 本件事故機に欠陥がある旨の原告らの主張は否認する。 (ア) 本件設計には,以下に述べるとおり,欠陥はない。
a オーバーライドの必要性
本件設計は,操縦士が操縦輪に力を加えると,オートパイロットをオーバーライドするようになっており,操縦士によりオートパイロットと矛盾する指示が出されることを許し,これにより発生する危険を許容するものであった。
しかし,他方で,本件設計は,航空機を特に地面に近い高度で危険な状況に陥れるハードオーバーを引き起こす,オートパイロットの故障などの,航空機に重大な危険をもたらす状況から,航空機を保護している。すなわち,本件設計のもとでは,着陸進入の最終段階に,地面に近い高度でハードオーバーが発生した場合,操縦士は,本能的に操縦輪を使って航空機の飛行経路を変更し,いったん所定の飛行経路に戻ってから,不具合の原因を究明し,オートパイロットが故障しているようであれば,オートパイロットを解除することができる。
このように,本件設計は,オートパイロットのオーバーライドにより,操縦士が問題の原因を診断する前に航空機を飛行範囲から逸脱させる危険を解消するものである。
b 本件設計を採用したことの合理性
(a) 本件事故機であるA300-622R型機には,本件設計が採用され,航空機がランド・モード又はゴー・アラウンド・モードの際には,オートパイロットを解除しなくても,操縦士の操縦指示が優先する設計となっていたが,本件設計の代わりに,操縦士が予め設定した力より強い力を加えたら,オートパイロットが解除される設計とすることも可能であった。
しかしながら,いずれの設計にも,それぞれ強みと弱みがあり,いくつもの互いに相容れない設計の選択肢がある場合には,設計の妥協が必要であるし,設計者はどの危険を受け入れ,どの危険を排除するかを選択しなければならない。残された危険は,例え ば,訓練などのトータルシステムの観点から扱われることとなる。航空機の安全は総合的な問題であり,設計による対処方法のみでは確実にすることが不可能であって,航空
機の安全には,訓練,適切なクルー・リソース・マネージメント,印刷された手順の厳格な遵守及び実施の経験が不可欠である。
(b) オートパイロットのオーバーライドにより危険な状態が発生するのは,次のような多くの出来事が積み重なった場合の例外的事態である。
すなわち,第1に,適用される運行手順に反して長時間オートパイロットが対抗(オーバーライド)され,極めて大きい対抗力が長時間にわたって維持され,第2に,オートパイロットが解除され,第3に,大きなエンジン出力が適用され,かつ,第4に,操縦士の親指 の下にあるトリムスイッチ(又はトリムホイール)を使用して航空機をリトリム(retrim)する何らの処置もとられなかった場合に,潜在的に危険な状況は生ずる。
(c) これに対して,オートパイロットを自動的に解除する設計は,常に最良の解決であるとは限らない。例えば,激しい乱気流又は特にカテゴリーⅢb(滑走路視程150フィート以上で,外部視界に頼ることなく着陸し,引き続き外界を見ながら地上滑走を行うカテゴリー)の進入及び着陸中に,不注意で本能的な手動操作がオートパイロットを自動的に解除する結果となる場合には,操縦士ひいては航空機を極めて困難な状況に陥らせることになる。
(d) 1985年のインシデントの後に,安全な基本設計と誤使用の結果との間の妥協として,本件設計が採用され,操縦輪に15キログラムの対抗する力が加えられた際に,オートパイロットを自動解除するが,ランド・モードの際の低い飛行高度及びゴー・アラウンド・モードにおいては,自動解除はされないものとされた。その理由は,以下のとおりである。
第1に,オーバーライドから回復するためには,基本的な操縦飛行技術のみで足りる。すなわち,アウトオブトリムの状態を感知するための主要な手段は,極めて大きく異常なレベルのコントロールのための力であって,この手段は,いかなる在来型の航空機においても同じである。また,この力を感知するのは極めて基本的なことであり,まさに最初の操縦のレッスンから学ぶものである。大きなコントロールのための力を取り除くためにはトリム操作が必要であるが,航空機をトリムすることは基本的な操縦の作業であり,トリムスイッチ又はトリムホイールのいずれかを用いることにより,いかなる在来型の航空機においても達成される。
第2に,オートパイロットのオーバーライドの結果については明確に平易に運航マニュアルに説明してある。これは,1985年のインシデントの後に,運航マニュアル
に「CAUTION」を追加することによってなされた。この「CAUTION」は,オートパイロットのオーバーライドの結果を明確に記載した上,オーバーライドのインプットからの回復の迅速かつ容易な手順(すなわち,オートパイロットを解除し,必要なトリムを行うこと)を定めている。
第3に,可能な他の設計変更も,他の危険を有している。操縦輪に一定の操作のための力が加えられるとすぐにオートパイロットを自動解除することにより,オーバーライドによって生じるアウトオブトリム状態は防止されるが,このような設計に変更すると,特定の運航条件の下では不都合な結果をもたらす可能性がある。例えば,不注意な操作又は力の大きさを感知するためのセンサーの故障によるオートパイロットの解除が,極めて低い高度で,極めて視界の困難な天候状態で発生した場合には,困難な状態をもたらす可能性がある。
以上のように,オートパイロットのオーバーライドは,基本的な飛行技術を適用することによって極めて容易に回復することが可能であること,結果及び回復の方法は,運航マニュアルにおいて明確に説明することが可能であること,航空機の設計の修正の適用 は可能ではあるが,環境条件によっては好ましくない結果をもたらす可能性があること から,ランド・モードの際の低い飛行高度及びゴー・アラウンド・モードにおいては,オートパイロットは自動解除されないように設計されたのである。
c 本件事故後の設計変更について
本件事故の後,耐空性当局から命令されたA300-600型機の設計変更によって,操縦輪に一定レベル以上の操縦のための力が加えられた場合には,あらゆるフライト・モードでオートパイロットが解除されるようになった。これにより,競合する指示によってアウトオブトリム状態が引き起こされることはなくなった。操縦士が手動操作すると,オートパイロットは直ちに解除される。
こうした特性を取り入れた航空機においては,最終進入時に,乱気流のため,あるいは操縦士による本能的な矯正行動のため,オートパイロットが不注意に解除される可能性が高まっている。一定レベルの力が加わって初めて解除されるようになっており,これでリスクが軽減されてはいるが,解消はされていない。
要するに,A300-600型機の開発において最初に選択された特性が,逆にされたわ
けである。本件設計では,オートパイロットが思いがけず解除される危険性をなくし,進入末期に手動で操縦を引き継ぐ必要性をなくしていた。こうした点は,現在では訓練と操作手順でコントロールすることにしたのである。操縦士とオートパイロットとの矛盾する指示によってアウトオブトリム状態が発生する危険性については,現在は設計で対策が講じられている。その結果,いずれの危険に設計で対処するか,いずれをその他の手段でコントールするかが変化した。このように対処法が逆になったことが,全体としてのシステムリスクの軽減にプラスになったのか,マイナスになったのかは,数量化することが不可能である。
(イ) 水平安定板の状態について視覚的な指標があるほか,操縦輪に加え維持することを要求される大きくかつ異常なコントロールのための力,及び最大限まで押し下げられる操縦輪の位置(操縦士の腕は前方へ伸びきってしまう。)が,アウトオブトリム状態を 明確に示す標識となる。これらの標識は,全てのタイプの航空機において共通である。初期訓練のまさに第一課で学ぶことの一つがこのような大きなコントロールのための力を取り除くことである。
本件事故において,副操縦士は,この標識を感知し,さらに,機長に対し,「教官,やはり押し下げられません。」と言って,彼が直面していた操縦輪を押すことに関する困難に言及したが,機長は,この副操縦士からされた警告に対応することに失敗したのであ る。
(ウ) 操縦士が手動操縦をする際にはオートパイロットを解除するというのが基本的なエアマンシップの原則であり,操縦士は,オートパイロット解除ボタンを使用することによって,オートパイロットをいつでも解除することができた。航空機の型式がいかなるものであれ,オートパイロットを解除するには,赤いオートパイロット解除ボタンを用いることが勧告されている。
(エ) トリムホイールを用いて本件事故機をトリムすることは,極めて容易であった。
すべての航空機において,水平安定板の主要な機能は,操縦輪に力を加える必要をなくすことにあり,これによって操縦士は,操縦輪に継続的に力を加える必要がなくなる。そのため,手動操縦で飛行している場合においては,操縦輪により機首の上げ下げを行なう度ごとに,操縦士は本能的にトリムスイッチを操作し,操縦輪に力を加える必要をなくすのである。このことは,操縦技術習得の最初の段階で操縦士が身につける基本的技能の一部である。
そして,水平安定板は,各操縦輪の先端にあるトリムスイッチによって作動させることができるほか,センタ・ペデスタルの両側にあるトリムホイールによって手動で作動させることもできる。 A300-600型機の運航マニュアルは,機体姿勢に関して異常な反応がある場合に は,操縦輪を持ち,トリムホイールをしっかり持ち,(もしオートパイロットが接続されていれば)オートパイロットを解除して操縦輪をしっかり持ち,トリムホイールを用いて必要なトリムを行い,両方のピッチ・トリム・レバーが作動したことを確認しなければならないとしている。トリムホイールの操作によって,水平安定板レバーは解除され,その結果としてオートパイロットも解除される。そして,この操作によって水平安定板の変位の原因が除去され,それによる結果(アウトオブトリム状態)も修正される。この修正操作には,乗員による一切の予備的分析を必要としない。1989年のインシデントにおいても,操縦士がこの解決法を用いることにより回復に成功している。
イ 安全確保義務についての原告らの主張は争う。
原告らは,被告エアバスは,航空機の運航に当たる航空会社において整備上のミスや操縦上の誤操作が生じても,航空機が飛行を継続できるよう設計をしなければならない義務を負うと主張している。
しかしながら,航空機は,職業的操縦士に要求され期待されている最低限の基準を充たして飛行することを前提に設計されるものであり,本件事故における誤操作のような操 縦士らの複数の誤操作までも許容する設計をしなければならない義務はなかった。これらの誤操作が,基本的なエアマンシップの原則及び基本的な操縦任務に違反するものであったことからすれば,被告エアバスに,これらを許容する設計をしなければならない義務がなかったことは当然である。
ウ 危険の予見又は予見可能性についての原告らの主張は否認する。
(ア) 本件事故発生前のインシデントにおいては,全ての操縦士は,エアマンシップの原則及び被告エアバスの公表した手順に従うことにより正常な飛行を回復したのであっ て,事実関係が本件事故とは異なる。本件乗員らは,エアマンシップの原則及び被告エアバスの公表した手順に従うことを怠り,その結果として本件事故が発生したものである。本件事故の事実関係は極めて特異なものであって,本件事故以前に予期すること
は不可能であった。
(イ) 本件事故は,以下に述べる本件乗員らの複数の重過失を原因とするものであり,かかる重過失は被告エアバスにとって予見不可能であった。
a 着陸を意図しながら,ゴー・アラウンドをする理由もなかったにもかかわらずゴー・レバーを作動させたこと
本件乗員らは,意図に反したモードを作動させた場合には,運航乗務員のコミュニケーションの手順に従って正常な進入の飛行形態に戻るべき注意義務を有し,着陸を意図しながらゴー・レバーを作動させた場合には,操縦士双方がフライト・ディレクター及びオートマティック・スラスト・モードをクロスチェックすべき注意義務を有していた。
しかし,本件乗員らは,クロスチェックを行わないという著しい注意義務違反を引き起こしたため,状況を把握できなかった。
b オートパイロットにゴー・アラウンドを命令していたにもかかわらず,手動による進入を継続したこと
本件乗員らは,基本的なエアマンシップの原則及び被告エアバスの手順を遵守し,副操縦士が機長にオートパイロットを接続するように求め,操縦士双方がフライト・モード表示器で実際のモードをチェックする注意義務を有していた。
しかしながら,副操縦士は,何らのコール・アウトなしにオートパイロットを間違ったモードに接続してこの注意義務に著しく違反したため,自らオートパイロットにゴー・アラウンドを実行するよう命令したことに反して,着陸の意図で手動による進入を継続していることを認識していなかった。
c ゴー・アラウンド・モードの解除に失敗し,フライト・モード表示器を適切にチェックすることに失敗したこと
本件乗員らは,フライト・モード表示器を十分にチェックし,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットが接続されていたことを感知し,状況を分析し,オートパイロットによる進入,手動による進入又はゴー・アラウンドをすべきかについて決断をする注意義務を有していた。
しかし,本件乗員らは,拙劣な手順及び不明瞭な発言という著しい注意義務違反を行ったために,次第に航空機の飛行パラメータ及びフライト・モードの適切な認識を喪失し,その結果,航空機の状態についての把握ができなくなり,適当な時点において適切な是正のための操作をすることが更に困難になってしまった。
d 操縦輪の操舵が重い状態であるにもかかわらず,進入を継続するために操縦輪を押し続けたこと
本件乗員らは,通常のシステムが達成できないことが明らかな場合には,予備のシステムを用いる注意義務を有していた。
しかし,副操縦士は,異常な事態を感知していたにもかかわらず,トリムホイールによる手動のトリム又はトリムスイッチによる電動のトリムといったトリム操作を全くしないという著しい注意義務違反を行った。また,機長は,副操縦士が航空機を制御する能力がないことを認識していたにもかかわらず,操縦を交替せず,状況の分析を全くなさず,ま た,状況の回復を全く試みないという著しい注意義務違反を行った。
本件乗員らは,操縦輪から手を離し,オートパイロットのオーバーライドを中止して,自動でゴー・アラウンドするか,トリムホイール又はトリムスイッチによって,トリム安定性を回復するべきであった。
また,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットが接続されているときに操縦輪を押し続けると,機体のトリム安定性を喪失し,極めて危険な状態になることが運航マニュアルにおいて特に警告されていたにもかかわらず,副操縦士が,二つのオートパイロットを接 続した後も,機長の指示によって操縦輪を押し下げ続けたことにより,アウトオブトリムの状態を招いた。かかる本件乗員らの行為は,運航マニュアルの「CAUTION」に記載されている危険な行為に該当する行為である。
エ 結果回避可能性についての原告らの主張は否認ないし争う。
(ア) 原告らは,本件事故前に技術通報6021の改修が本件事故機に実施されていたら本件事故を防止できたと主張する。
しかしながら,以下の理由からすれば,上記改修が実施されていたと仮定しても,本件事故を回避することができたかは極めて疑問である。本件事故は,基本的な飛行の安全ルールを全く無視し,被告エアバスが勧告する手順に反するといった本件乗員らの操作に起因するものであって,本件設計と本件事故との間に因果関係はない。
a(a) 副操縦士は,本件事故機の飛行経路を適切にコントロールしておらず,エンジン出力を十分にコントロールしておらず,航空機の速度は極めて基本的なパラメータであるにもかかわらず速度を適切に監視しておらず,フライト・モード表示器を適切にクロス
チェックしていなかった。
(b) 機長は,フライト・モード表示器の適切なクロスチェックを怠り,押し下げるようにと繰り返し勧告したにもかかわらず副操縦士が本件事故機の飛行経路をコントロールしなかった事実についての適切な評価を怠り,速度を監視することを怠り,また,機長の PNF(操縦を担当しない方の操縦士)及びPIC(指揮者たる操縦士)としての義務を確実に遂行することを怠り,これらによって,自分自身を操縦の中心から外れさせてしまっ
た。
(c) 副操縦士は,劣ったエアマンシップによってのみならず,機長の,副操縦士の点数を付け評価すると言った後の速くて連続した命令によっても,大きなストレスにさらされていた。機長は,PIXx義務として副操縦士のストレスを減少させる代わりに,これを実際上増加させた。
b 上記aの状況の下で,仮に技術通報6021の改修が実施されていたとして,オートパイロットを接続した副操縦士が,操縦輪へ力を加えたことによってオートパイロットが自動的に解除されたことを認識した際の反応については,慎重に検討する必要がある。副操縦士は,オートパイロットの解除を理解することができずに,これが更なるストレスの原因となって,既に能力が試されていた極めて困難な状況の下では,このことを失敗と解釈した可能性が高いと考えられる。
c さらに,技術通報6021の改修が実施されていたと仮定した場合でも,本件乗員ら は,速度及び飛行経路のコントロールを含む是正のための操作を実行しなければなら なかった。オートパイロットが接続されていたか否かという事実とは関わりなく,本件乗員らがこれらの操作を遂行していなかったことは明らかである。
(イ) 技術通報6021が1993年(平成5年)6月に「Mandatory」として発行されたと仮定しても,本件事故時に本件事故機について改修が実施されていたかは疑問である。
なぜならば,本件事故後の1994年(平成6年)8月に,改修を「Mandatory」として発行された耐空性改善命令は,2年間のうちに改修をするように求めたものであり,技術通報
6021が1993年(平成5年)6月の時点で「Mandatory」として発行されていたと仮定しても,航空会社は同時点から1995年(平成7年)6月までの間に技術通報を適用することを求められたはずである。航空会社はその技術通報を適用するのに2年間を有していたこととなり,この2年間が経過する前に本件事故が発生したのである。
(ウ) トリムインモーション又はアウトオブトリムの状態を示す警報があったとしても,本件乗員らがこれを感知することが可能であったとはいえない。
航空の経験則によれば,ストレスの多い状況の下では,操縦士は,利用可能な視覚上又は聴覚上の警報の全てを感知することが不可能な場合がある。操縦士の負担が過重である状況では,多すぎる警報は目的達成のために生産的ではない可能性がある。
1994年(平成6年)のA310型機のインシデントにおいては,操縦士が不注意により手動の機首上げのトリム操作を行ない,これが聴覚上のトリムインモーション警報を10秒以上にわたって作動させ,アウトオブトリムの状態となったが,警報は操縦士によって感知されなかった。
本件事故においては,機長は,副操縦士に対して,数回にわたりもっと押し下げるようにと勧告しており,換言すれば,機長は,何らかの異常が発生していたことの証拠を有しており,それを認識していたのである。さらに,副操縦士は,縦軸に何らかの異常を感知していて,機長に対し,「教官,やっぱり押し下げられません。」という明確な警告をしてお り,機長は,操縦を交替することなしに,副操縦士から聴覚上の警報を受けていた。そ れにもかかわらず,機長は,何ら積極的な反応をしなかったのであって,追加の警報が助けになったかは極めて疑問である。
したがって,本件事故において,アウトオブトリムの警報が設置されていたとしても,操縦士がこれを感知することが可能であったとはいえない。
オ 被告エアバスが結果回避措置を講じなかったとの原告らの主張は否認ないし争う。 (ア) 技術通報6021は「Recommended」として発行され「Mandatory」としては発行されなかったが,それは,耐空性当局よりいかなる耐空性改善命令も発行されなかったためである。耐空性当局が技術通報を「Mandatory」に区分し,これを強制する責任を有しているのであり,被告エアバスは,耐空性当局が耐空性改善命令を発行しない限り,技術通報を「Mandatory」に区分し,これを強制することは不可能である。
(イ) アウトオブトリムの状態を操縦士が感知するための様々な微候の一つとして,特 に,操縦士が操縦輪を維持するために加えなければならない極めて大きくかつ異常なコントロールのための力がある。
事故調査報告書は,上記のコントロールのための力等の,操縦士にアウトオブトリム状態を警告するために役立つ全ての重要な要素についての適切な説明を含んでいるべき
であったにもかかわらず,水平安定板の作動及びアウトオブトリム・ウォーニングについて論じている段落において,この重要な要素に言及していない。事故調査報告書は,かかる不完全な分析に基づいて結論を下し,安全勧告を行ったのである。
(ウ) 聴覚上の警報について
手動操縦においては,操縦士が1秒以上継続してトリムをするとすぐに聴覚上の警報がある。xxの操縦技術を用いる場合には,操縦士は,コントロールのための力を除去するために頻繁にトリムを調整するが,それぞれにかかる調節は極めて短時間である。 オートパイロットが接続されている間,操縦士が手動操縦中に行うのと全く同様に,オートパイロットは頻繁にトリムをする。したがって,オートパイロットが自動的にトリムする時には,聴覚上の警報は不要である。なぜなら,それは正常な作動であるからであり,そうでなければ,邪魔な聴覚上の警報を作り出すことになってしまう。
ゴー・アラウンドのような一時的な局面では,より長い時間にわたるトリムの作動が必要である。なぜなら,航空機は降下の姿勢からゴー・アラウンドの姿勢へ転換中であるか らである。したがって,オートパイロットが接続中であれば,操縦士が手動によるゴー・アラウンド中に行うのと全く同様に,オートパイロットは自動的にトリムするが,これは当初は1秒以上となる。降下からゴー・アラウンドへの転換中のトリムの動作は正常な作動である。したがって,邪魔な警告となる聴覚上の警報の必要はない。
「暗くて静かなコックピット」がコックピットの設計思想の基本原則であり,操縦士に対する警報は,異常な機能を示すもののみに限られなければならない。実際,設計どおりにシステムが機能していることを操縦士に示す聴覚上の警報は,操縦士に何らの操作も要求するものではないため,操縦士を誤解させるものである。また,操縦士はそれに慣れて注意を払わなくなってしまい,真の警報を害することになる。
(エ) 視覚上の警告について
原告らは,代替的なものとして視覚上の警告が可能であったはずである旨指摘しているが,それがあったと仮定しても,本件乗員らがそれを感知することが可能であったかは極めて疑問である。
本件事故中,本件乗員ら,特に機長は外界を見ることにかなり多くの時間を費やしていた。さらに,各プライマリ・フライト・ディスプレイ上の重要な視覚上の情報があり,その情報は本件乗員らに対して状況が正常ではないことを伝えていた。
また,本件事故において,副操縦士は,操縦輪を前方一杯に押しているとき,極めて大きく異常なレベルの力を加えなければならなかった。これは,副操縦士が腕を完全に前方に伸ばしきったままに維持して操縦輪を押すことを余儀なくされていたことを意味す る。操縦士は,本件事故において生じたように,長い時間にわたって腕を完全に伸ばし切ったままで航空機を飛行させることは全くない。この異常な位置は,縦軸に何らかの異常が生じていることを本件乗員らに対して知らせる明確な視覚上の目印であり,視覚上の警報であったが,本件乗員らはこれを考慮しなかった。
(5) 損害
(原告らの主張)
亡Cないし原告らは,本件事故によって次のとおりの損害を被った。ア 逸失利益 1億9478万9170円
(ア) 亡Cは,昭和49年3月,K大学経済学部を卒業し,同年4月,L株式会社に入社して,本件事故当時は,同社名古屋支社に勤務していた。亡Cは,本件事故の前年である平成5年には,1448万9340円の年収を得ており,平成6年以降も少なくとも同額の年収を得ることは確実であった。
亡Cは,昭和26年8月18日生で,本件事故当時42歳の男性であったから,67歳までの25年間の稼働が可能であった。この就労可能年数25年に対応するライプニッツ係 数は17.413である(後記(オ)に述べる理由により,控除すべき中間利息の利率は年3パーセントとする。)。
そこで,年収額1448万9340円から生活費として30パーセントを控除した上,ライプニッツ係数17.413を乗じて亡Cの逸失利益の現価を計算すると,1億7661万2014円になる。
(イ) 退職金
亡Cは,平成23年9月末に定年退職していれば,死亡時に原告らが受領した退職金のほかに3044万7499円を受領していたであろうことは,亡Cの勤務先であった会社提出の資料から間違いない。これも逸失利益というべく,平成6年4月から平成23年9月までの17年5か月に対応するライプニッツ係数0.597に上記3044万7499円を乗ずると1817万7156円となる(上記同様に,控除すべき中間利息の利率は年3パーセントとする。)。
(ウ) 基礎収入について
被告中華航空は,一流企業においても40歳ないし50歳以上の従業員がリストラ対象となっている事実があるなどと主張するが,全くの見当外れというほかない。
亡Cは,日本を代表する,世界的にも著名な,極めて健全な財務体質を誇る超一流商社のエリート幹部候補生として順調に昇進を重ね,だからこそ40歳そこそこの若さで同年代の平均的サラリーマンの収入よりxxxに高い収入を得ていたのである。そして,仮に存命であればその後も会社の中枢的人材として重要な地位に就き,原告らが主張するよりxxxに高い所得を得ていたことはたやすく予想できる。しかも,亡Cが役員に就任したとすれば,その給与や退職金は一般のサラリーマンとは全く異なる極めて多額なものとなったことは明らかであり,亡Cの生前のキャリア等からしてその可能性は非常に高かったのである。
加えて,同社のような大企業は多くの子会社や関連会社を傘下に収めており,退職した幹部社員が転籍して比較的高年齢まで給与所得を得ていることは公知の事実といってよい。
かような事実からすれば,原告ら主張の額ですら極めて控え目なものであることが分かる。
さらに,仮に能力給体系の下でも,亡Cのような有能かつ有為な人材で,現に若くして会社の中枢的な立場にあった従業員は,基本給の他にその後も他の従業員よりxxxに多くの能力給を得ていたであろうことは十分に予測し得る(これらのことは退職金の額を押し上げる要素となることも間違いない。)。
被告中華航空の主張するような「リストラ」は,原告らとも本件とも全く無関係な社会事象の一つにすぎない。このような抽象的な事実をもって亡Cの基礎収入を大卒男子平均賃金とすることなど許されない。
そもそも,死亡事故における逸失利益の算定のための基礎収入を最低限事故前の現実の収入額を基礎とすべきことは,裁判上既に確立されているといってよい。換言すれば,事故前の現実の収入額が明らかであれば,少なくともこれを基礎収入として逸失利益を算定すべきこととなる。これは逸失利益の概念からして当然といわねばならない。逸失利益とは故人が受けるべきであったのに得られなかった利益をいうのであるから,その額の算定に当たっては,その故人が生前現実に得ていた収入を前提とすべきことは多言を要しない。
そして,死亡事故一般において,各種裁判例が逸失利益の算定に当たり,基礎収入を一律に少なくとも生前の現実の収入とし(昇給やベースアップの可能性があればさらに増える。),また就労可能年数を67歳までとするのは,被害者救済の目的に基づく,つまり将来の給与の変動の不確実性は全く捨象して,最低限生前の現実の収入に就労可能年数を乗じた額を賠償の一部とすることで被害者に生じた損害の填補を図るものである。
してみると,「一流企業においても40歳ないし50歳以上の従業員がリストラ対象となっている事実」あるいは「亡Cのその後の給与所得の予測が困難である」などということ は,逸失利益の算定とは無関係なのであり,主張自体失当というほかない。
(エ) 生活費控除率について
被告中華航空は,子供を被扶養者として数えることができるのは同人が18歳の時までであり,その後は被扶養者は妻1人となり生活費控除率は40パーセントとして計算される旨主張するが,現実離れした主張であり失当といわざるを得ない。
なぜならば,現在,税制においても,被扶養者として大学生(当然18歳以降)のいる場合には,年間67万円もの特別扶養控除が通常の扶養控除とは別に認められているのである。これは,多数の者が大学へ進学する事実及び教育費が生活費を脅かすほど高額であることを認めた上で,必要不可欠な費用として控除するべきであると国が決めた特別控除なのである。場合によっては,教育ローンで借金をすることもあるのが通常であるから,むしろ,子供が大学又は大学院に通っている間は,生活費控除率は30パーセントより低くなると考えるほうが妥当である。
また,被告中華航空は,子の成人後は控除率は40パーセントとすべきであると主張するが,何の理由もない。依然として亡Cが一家の支柱としての立場にあることに変わりなく,せいぜい30パーセントとすべきである。
さらに,被告中華航空は,控除対象として生活費控除以外にも相当高額となる納税x xも考慮すべきであるというが,これまた失当である。そもそも生活費控除率は個々の事案において定率化されており,納税額の多寡を理由としてその変動が認められるべきではない。また,所得が多い場合に生活費控除率を他のケースと同じように扱うということ自体が実は不合理といえる。というのも生活費というものは,飲食代にせよ,光熱費に
せよ,教育費にせよ,所得の増加に応じて比例して増加するものでないことは明白だからである。したがって,亡Cの収入が平均的なサラリーマンより多かったことは,かえって生活費控除率を押し下げる要因となるのである。
(オ) 中間利息控除について
従来,交通事故等の損害賠償請求訴訟では逸失利益の中間利息控除を年5パーセントとするのが通例であった。しかし,年5パーセントとすることには何ら根拠はないといってよい。すなわち,民法の定める遅延損害金の利率はあくまで支払を怠った際の損害金 の算定根拠にすぎない。一方で,中間利息控除はその間金員を運用することによりx xの利息金が得られるということを前提とするもので,そもそも遅延損害金とは全く性質が異なる。とすれば,民法上の利率をもって中間利息とすることには何ら根拠がないといわざるを得ない。
そして,近年の経済情勢からして年5パーセントの利率で資金を運用できることなどありえないことは公知の事実である。いわゆるバブル経済崩壊後,わが国の預貯金金利は長期にわたって低迷を続け,近年はゼロに等しい状態が続いている。そして,わが国経済及び国民生活が相当の成熟期に入り,また出生率及び人口も長期低下傾向にあることに照らすと,こうした状況が今後相当長期間(少なくとも10ないし20年)続くことは間 違いない。してみると,中間利息は本来少なくとも3パーセント以下になるというべきである。以下,この点をさらに詳述する。
a まず,中間利息の意義は次のようなものである。すなわち,逸失利益を一時金賠償方式により現時点で被害者にそのまま取得せしめたのでは,被害者は当該金員を運用すること等により得られる将来の時点までの運用利益を不当に利得することになる。そこで,損害賠償実務においては,この将来の時点までの運用利益を控除して,逸失利益の現在価値を算定することにしているのである。このように,逸失利益の算定において中間利息を控除するのは,正しい将来所得を算定するためであることは何人も等しく認めるところである。
そして将来所得を正しく算定するには,将来にわたっていかなる利率で金員を運用できるかが問題となる。これは年5パーセントの中間利息控除が採用された経緯からも明らかである。すなわち,東京地裁昭和46年5月6日判決は,それまで年5パーセントのホフマン係数を採用していたのに替えて,わが国で初めて年5パーセントの利率によるライプニッツ係数を採用したのであるが,その根拠となったのは「利息は利息を生み市中銀行で複利で増殖するのだから年5パーセントのホフマン係数で計算すると,若年者の場合,現在利益に換算して,一括して受領した元金が生み出す金利が多額となり,いつまでたっても元金が減らない不合理がある。」ということであった。
つまり,中間利息とは不法行為時から将来の時点まで金員を運用する際に得られる運用利益率にほかならない。このことに異論は全くない。
そこで,運用利益率をどのように定めるべきかというと,不法行為時から将来時点までのxxxx,すなわち現金を市中銀行に預金したり,株式等金融商品に投資するなどして金員を増殖させていく場合の市場における実際の金利をもって中間利息とすべきことになる。なぜなら,中間利息の意義が,金員の運用により得るべき運用利益を被害者に不当に利得させないようにする点にあるからである。
では,現在のわが国のxxxxはいかなる水準にあるか。xxxxはその時々の経 済情勢や社会,政治情況等に左右され,必ずしも一律ではない。なるほど過去の一時期においては年率5パーセントの資金運用も可能な事実も存したかもしれないが,これは一時的な現象にすぎない。いわゆるバブル経済崩壊以後,政府主導のゼロ金利政策にみられるようにxxxxの低水準への移行は長期化しており,この傾向が将来も相当長期間継続することは確実である。
すなわち,日銀の公定歩合は平成3年に5.0パーセントを切って4.5パーセントとなり,その後急激に低下の一途を辿って,平成8年には0.5パーセントとなった。その後も公定歩合,xxxxともに下がり続け,実質ゼロ金利状態になり,一向にこの状態に変化がみられないことは公知の事実である。xxxxが年5パーセントに達するなどという 事実はもはや存在しない。xxxxが5パーセントなどという高金利に戻ることがない のはもはや自明の理であり,この傾向は10年以上も前のバブル経済崩壊時より顕著となっているのである。
そして,かかる低金利傾向が今後相当長期間にわたって継続することは疑問の余地がない。xxxxはその社会の経済の成長率と密接な関係があることは経済学上のxxといってもよいが,わが国のように高度経済成長をxxx以前に終え,世界有数の高度先進工業国となって1人当たりの国民所得も世界的に見て極めて高いレベルにあり,その他,医療,社会福祉,社会資本の整備等も充実した段階に達したとあっては,年率5
パーセントを超えるような経済成長率はおよそもはやありえないというのが経済学上の常識といってよい。豊かな社会が実現されてしまえば強い消費傾向に裏付けされた経済成長率の上昇はどこの国や社会でもあり得ないのは,これまた公知の事実なのである。
かかる低金利傾向はわが国にとどまらず世界の主要な経済大国にも見られるのであり,好況をもてはやされるアメリカですら現在の公定歩合は0.1ないし0.2パーセント程度にとどまっているのである。
古今東西の各国の歴史をひもとくまでもなく,高度経済成長を達成して国民生活が十分豊かになり社会が成熟期に入ると,たとえ経済不況や失業率の増大といった問題を抱えていても,既に社会資本を始めとして社会全体に富が蓄積されていれば,国又は社 会が貧困からの脱却を目指して大きく経済を成長させるような動機づけを見出すことは不可能なのである。しかもわが国の出生率が低下し続け,急速に高齢化社会に入りつつある(今後半世紀以上は少子化,高齢化社会が続くことは間違いないところである。)といった現状からしても,かつてのように年率5パーセントに達するような経済成長はあり得ない。そして,上述したようにxxxxも経済成長率と密接な関係にあること,バブル期のような金利高騰は反省すべき悪影響が多いものとして今後回避される可能性が強いこと等からすると,xxxxが再びかつてのように5パーセントになることは,少なくとも今後数十年はないといってよい。
してみると,漫然と5パーセントをもって中間利息とするのは全く理由がなく,現行のxxxxをもって中間利息とすることを躊躇すべき理由はない。適正な逸失利益算定のためには,xxxxの実態と動向から目を背けることは許されない。事実から乖離した「実 務慣行」なるものに固執すべきではないのである。この理を認める裁判例も近時増えている。
ちなみに,供託法3条は「供託金には法務省令の定むる所に依り利息を付することを要す」と定め,供託規則第33条は年率0.12パーセントと定めている(公定歩合等に連動して変化する)。また現在,xxxxの最高金利は10年ものの長期国債の金利であるが,近年,年率2パーセントを超えたことはない。してみると,少なくとも事故後将来の一定期間は3パーセントではなく,年率2パーセントの中間利息をもって控除すべきことになろうし,現に本件事故後現在に至るまでの金利の実情からすると十分合理性がある。最後に,5パーセントの中間利息を主張する見解は他の裁判との均衡を理由とするが,当事者主義のもと,中間利息について特段の主張をしなかったケースとそうでないケースとで個々に結論が異なるのは何ら不思議なことではなく,かかる主張には理由がないというべきである。
b なお,こうした考えに対しては5パーセントを支持する論者から次のような反論がある。しかし,以下に述べるとおりいずれも理由がない。
(a) 遅延損害金が5パーセントであることとのバランス論
いわゆる三庁共同提言を含め,遅延損害金が5パーセントであることとのバランスから中間利息控除率も5パーセントであるべきとする判例は多くみられる。
しかし,そもそも,金銭債務の履行遅滞において,5パーセントの遅延損害金がつくのは法律上当然のことである(民法419条,404条)一方,現在価値の算定という評価について,5パーセントの中間利息を控除するということは民法上法定されていない。しか
も,遅延損害金は,支払を遅延したことに対するペナルティーであり,早期の履行を促すための制裁の趣旨が含まれている。したがって,制裁的金銭賠償と損害額の算定とは全く別次元の事柄であり,同一に論ずること自体がそもそも誤りである。
さらに,制裁たる遅延損害金が単利であることに対して,中間利息控除率が複利で控除されるということを考えると,こういった「バランス論」は一層論拠を失う。加えて,損害保険会社に代表される資力のある被告側は,供託や一部支払いといった方法をとることにより遅延損害金の発生をたやすく免れ得るのであるからバランス論なる主張には理由 がない。
(b) 定型化必要論
共同提言や多くの判例は,迅速化,定型化という点を強調する。個々の事案ごとに利率の認定作業をすることは,非常に困難であるのみならず,大量の交通事故による損害賠償請求事件の適正かつ迅速な処理の要請による損害の定額化及び定型化の方針に反するといった議論である。
しかし,これは本末転倒である。個々の事情を捨象して,定型化を指向すべきであるからこそ,できる限り蓋然性の高い算定方法を模索しなければならないのである。したがって,定型化ということと,5パーセントを無批判に受け入れて適用していくということは全く相容れないはずである。
定型化の必要性はある程度認められるかもしれないが,そうであれば現行のxxxxに沿った利率をもって「定型化」すべきであろう。定型化必要論は従来の5パーセントの中間利息の実務を墨守しようとしているにすぎない。
(c) 破産法等との関係から5パーセントを妥当とする議論
一部の判決は,破産法46条5号,会社更xx114条等の規定を挙げて,現行実定法の理念として,将来の債権の現価評価について,法定利率で中間利息を控除することが妥当だとする。
しかし,破産法その他の規定において予定されている一般債権は,貸金,売掛金などであり,通常は,これを回収した上で,仕入れをし,設備投資をし,更なる利益を生み出す資本となるものであって,その期間はせいぜい6か月程度であるから,xxxxとは全く異なる次元で利率を算定しても必ずしも不合理ではない。上記法律の規定も,この趣旨に鑑み,特別規定を置いたものである。したがって,交通事故の損害賠償とは性質を全く異にする。一方,逸失利益を損害賠償によって請求する場合には,その期間は数十年に及ぶことも珍しくないし,そもそも,失われた将来の所得の填補であるから,本来,その間の所得成長(つまり貨幣価値の低下)を加味してより低率にシフトする必要がある。
結局,破産法等で想定されている債権は,期間も短く,性質上も名目金利で控除すべきものであって,だからこそ特別法でわざわざ規定しているのであるが,交通事故による 逸失利益の損害賠償債権は,期間も長期で,性質上も実質金利で控除すべきものである。だからこそ,控除すべき中間利息を法定することなく,xxxxの実態に委ねているのである。上記破産法等の反対解釈からしても,交通事故における逸失利益には,破産法等に見られるような法定利率による中間利息控除はあり得ない。したがって,破産法等と同列に論じる議論は全くの見当外れというほかない。
イ 慰謝料
(ア) 亡Cの慰謝料 5000万円
亡Cは,職場ではLという一流商社に勤め,仕事も順調で将来を嘱望されており,また家庭では妻(原告A)と12歳の長男(原告B)に囲まれ,幸せな家庭生活を送っていた。
こうした幸せな生活を奪われ,妻と長男を残して亡くなった亡Cの無念はただでさえ余りあるものである。
しかも,亡Cは,本件事故機が着陸態勢に入った午後8時14分ころから同16分ころま での2分間,異常な急上昇と急降下により,生と死のはざまの中で死の恐怖と不安に責め続けられた。また,本件事故機の墜落した滑走路の激突時の衝撃の凄まじさは,亡Cが無残な外傷を残して即死したことから推察できるように,通常人の想像を絶したものである。
加えて,死してなお無残な外傷を残し,焼け焦げた死体の中で身をさらしたまま放置された亡Cの死は,個人の尊厳を保障されるべき人間の死としては余りにも悲惨である。かかる事情を考慮するならば,その精神的損害に対する慰謝料は5000万円が相当である。
(イ) 原告ら固有の慰謝料 各3000万円
原告らは,夫として又は父親として愛し,生活を共にしてきた亡Cを,本件事故により一瞬にして失った。加えて,同人の遺体は,脳挫傷という直接死因の他に,頬骨,上顎骨,右脛骨,右腓骨骨折及び肋骨多発性骨折という遺族にとって見るも無残な状態であっ た。亡Cの突然の死により原告らが被った悲痛の思いは,通常の交通事故には比肩し得ないほど計り知れないものである。加えて,原告らは,本件事故後10年近い長期間にわたって,事故の記憶と衝撃のもたらす精神的苦痛から解放されず,多大な苦しみを味わい続けてきたのであり,この間,被告らが長期にわたって不誠実な対応をし続け,特に,和解に向けての誠実な努力を見せなかったため,原告らの精神的苦痛が増大したことからすると,原告らが受けた苦痛を慰謝するには,少なくとも各3000万円以上が相当である。
原告Bは,事故の記憶が原因となって交通機関を利用することに大きな困難を覚え,生活上大きな不便と苦しみを味わうこととなっており,近年専門医の診療を受け始めたが,本件事故後9年以上も専門医の治療を必要としていることは,固有の慰謝料を裏付けるものである。
(ウ) 被告中華航空は,慰謝料は全ての死者につきほぼ同一であるのが理想である,本件事故も交通事故と同様に定額の慰謝料であるべきであるなどと主張するが,何ら根拠がないものであるばかりか,慰謝料の趣旨にも反しており到底採用の限りではない。
そもそも,被告も引用する最高裁判例にもあるように,慰謝料は当事者双方の社会的地
位,職業,資産,加害の動機および態様等の個別の事情に基づくものである上,口頭弁論終結の時までに生じた各般の事情を斟酌して決せられるべきものであるから,事故後の加害者側の態様や被害者側に生じた事情をも考慮すべきことになる。
人の死を原因とする精神的損害(特に遺族固有の慰謝料の場合)の大きさは事案ごとに全く異なるのは当然のことであり,被告中華航空の上記主張は,遺族の心情に対する配慮を欠いたものといわざるを得ないし,慰謝料の本質を全く見誤ったものというほかない。
近年の判例は,個々の事案に応じて,その程度が異例,顕著なものについては,これまでにはなかった判断を下し,慰謝料を増額して認めているし,固有の慰謝料について は,加害者側の不誠実な対応が慰謝料増額の要素となり得ることは近時の裁判例も認めるところである。
(エ) 本件事故の特殊性
a 被告らは,本件事故が特に凄惨であったという状況はないなどと主張するが,全くの誤りである。
本件事故機は,墜落直前の15分28秒から同33秒までのたった5秒間の間に時速47キロメートルから全く逆方向に時速130キロメートルに速度が変化するという異常な動きを見せ,さらにその後下降速度は時速183キロメートルにも達するという,通常の交通機関ではおよそ考えられないような激しい動き(上昇と降下,加速度の変化)をして,乗客に凄まじいまでの恐怖を与え,そのまま加速して地上に激突するという極めて凄惨な事故となったものである。
このような急激な速度の変化は我々の日常生活では絶対に起こり得ないことである。ましてや,交通事故などとは全く内容の異なるものであることはいうまでもない。この飛行機に乗り合わせた乗客らは,直前まで何の問題もなく着陸し,もうすぐ仕事場や家族のもとへ戻れると信じていたところ,天候が悪いわけでもないのに突然航空機が異常な動きを示し始め,全く状況を理解できないまま,座席にベルトで固定された状態で,凄まじい速度の変化に振り回され,極度の恐怖と混乱の中で自らの力と意思ではどうすることもできない無力感と絶望感を味わったものである。そして,地上に叩きつけられる寸前には死を覚悟したかもしれない。そのときの怒りと悲しみ,苦しみ,このようなかたちで家族とも永遠に別れなければならないという無念さは到底推し量ることすらできない。かような惨酷な事故で非業の死をとげた故人とその家族には慰めの言葉もなく,ただ言葉の 無力さを感じるしかないのである。本件事故のかような特殊性と,故人及び遺族の筆舌に尽し難い苦しみ,事故後10年を経て全く癒されることのない遺族の多大な精神的苦痛に鑑みれば,通常の交通事故とは全く次元を異にすることは明らかである。
してみると,本件で原告らが主張する慰謝料額は何ら高額ではなく,亡C及び原告らの精神的損害を慰謝するには不十分であるとすらいえるのである。
本件事故の悲惨さについて付言すると,本件事故は,空港に居合わせた公衆の面前 で,迎えに出た家族親族の目前で,帰国を目前にしながら,航空機が異常な飛行の後空港内に墜落炎上した事故である。空港に出迎えた家族にとっては,目の前で,愛する人が,かけがえのない家族が,暗闇の中で燃え盛る巨大な炎に包まれて焼き殺される無残な光景を,為すすべもなく,否応なしに何時間もの間見せつけられたという極めて悲惨な事故であった。また,本件事故は公衆の面前で発生し,本件事故機の炎上する悲惨な状況がメディアを通じて全国にリアルタイムで長時間にわたって報じられ,家族は,テレビの画面を通じても,本件事故の様子がライヴで生々しく伝えられるのを長時間見せつけられたのである。原告らは,そのおぞましい本件事故現場には行く気になれず,慰霊施設にも一度も行っていない。まさに目の前に惨状をつきつけられ,助けることもどうにもできない状態で愛する人やかけがえのない家族を失わなければならなかったという前代未聞の稀な事故なのである。
b 加害者側の不誠実な態度も本件事故の特殊性の一つである。原告らは,被告らから謝罪をされたことは一度もない。
被告中華航空は,原告らに対し,面と向かって一度も謝罪をしたことがない。原告らの 都合を聞かず留守中に一方的に訪問したことはあったようだが,パフォーマンスとして被害者宅を訪ねたという既成事実を作るための機械的作業としか思えないものであった。結局,何の謝罪もないまま10年近くが経過しているのである。およそ重大事故の加害者が相手に謝罪するのなら前もって相手の都合を聞くべきであるし,本当に謝罪の意思があるのなら,方法はあったはずであるのに誠実な謝罪の姿勢は全く見られなかったものである。
本件事故後,一度だけ何の前ぶれもなく原告らが住んでもいない住所に花が送りつけられたことがあり,原告らは花屋からの連絡を受けたが,原告らは受け取れないので受け
取らなかったものである。しかし,被告中華航空からは,この件につき何の連絡もないままであった。しかもそれ以降も,命日,三回忌,七回忌など節目にあたる命日にも原告らには一切何の連絡もなかった。
また,原告らは,被告中華航空が葬儀会場にお見舞金30万円を持参した際,受け取りたくなかったので受取りを拒否したが,被告中華航空から「香典替わりだからどうぞ受け取ってください。」と懇願され,周囲から受け取ってあげたらどうですかと促されて,致し方なく受け取ったのである。原告らとしては,被告中華航空に恥をかかせないようにという配慮として受け取ったにもかかわらず,10年も経ったこの期に及んで30万円を仮払金として控除せよ,と主張することは不誠実極まりない。被告中華航空は,答弁書では慰問金と自ら答弁しているのである。しかも,原告らは内容証明郵便で「親族のほかL
(株)社員同席で,賠償金とは全く別のものであるという確認をした上で受け取った」と通知しており被告中華航空も十分承知していたはずである。
本件訴訟の過程においても,原告らは,原告か被告か分からないような被告らの不誠実な姿勢には,深く傷つけられたものである。被告らの和解に対する姿勢や考え方について照会したところ,被告エアバスからは回答がなく,被告中華航空代理人からは,原告らを驚かせる表現の文書が送付され,更に原告らを傷つけたものである。
原告Aは,平成14年の夏以来の和解期日に赴く度に心を傷つけられ,ストレスは最高潮に達し,体調も崩し,平成15年の年明けから約1年間,実質的にほとんど休業状態にならざるを得なかったものである。本件事故後懸命にしてようやく利益をあげ軌道に乗せた原告Aの会社は,また一からやり直しになってしまったのである。
また,逸失利益の算定についても,被告中華航空は,原告らにとって驚くべき主張をしてきた。Lという世界的な企業の給与支払の実態が証拠により裏付けられているにもかかわらず,ここ数年来の日本の経済状況を奇貨として,大卒男子の平均賃金をもとにする主張を展開したのである。このように,被告中華航空が,根拠もなく著しく低額の逸失利益を主張したことは二重三重に原告らの心情を苦しめることとなったのである。
c 原告らにとって本件事故当時の住まいに住み続けることは様々な不都合を生じたものである。
本件事故の翌日,原告らが名古屋空港へ行っている間,留守を預っていた者は,一挙に押し掛けたマスコミ関係者のために外出不可能な状態になった。玄関チャイムや電話が鳴りっぱなしであるばかりか,原告らは,日常生活の中で,周囲の者から「あの中華航空機事故でご主人が亡くなられた」気の毒な母子,という目で見られ対応され,耐え難い毎日を送った。したがって,原告らは転居を余儀なくされ,しかも,住み慣れた地で培った知人,友人関係をゼロにせざるを得なかったのである。原告らは,本件事故当時の近隣の知人,友人とは断絶せざるを得なかった。
特に原告Bは,引っ越した先での人間関係を培う中で,父親のことには未だに触れることを避け,どうしても避けられないときは「遠くに単身赴任している。」と,答えざるを得なかった。さらに「どこに。」と聞かれた時には「名古屋。」と答えている。原告Aは,このことをつい最近になって知り,大変心を痛めているのである。
こうしたことがあり,原告らは,現住所を公開しておらず,同窓会の名簿,その他公の名簿などには現住所を載せていない。原告Aとしては,原告Bの心の傷の深さを思うと,どんな犠牲を払っても,この二重生活を守らなければならないと決意している。
このように,原告らは,心の中で本件事故をつい昨日のことのように感じ,今日も以前のような日常生活はできていないのである。遺族によっては,平気で飛行機に乗っている方もいるであろうが原告らは全く違う。原告らに実際に生じた精神的打撃の重大さを忘れてはならない。
例えば,事故で同じ衝撃を受けたとしても,頑健な身体を持った人間と,華奢な身体を持った人間とでは,けがの程度も治療期間も違うのが当然である。「心のけが」も同じであり,特に原告Bはひどい「心のけが」を負ったままなのである。未だに航空機に乗れず,通常の交通機関にも不安を抱いている状態の遺族がいるケースは他にない。それほどまでに原告らに生じた損害は大きいのである。
多くの遺族が各々の違いを有しており,事故後の被告の対応,そして訴訟での主張も異なる。本件でも原告らは別件訴訟とは違う主張を展開している。
d そもそも慰謝料はその金銭的給付によって,被害者が被った精神的苦痛を軽減し,損害を賠償しようとするものであるところ,慰謝料を受け取る者の居住地がどこであるかという経済的事情の相違から,慰謝料として支払われる金銭の価値が異なる結果となることは否定できない。
このことは,本件事故に関する別件の訴訟において,被告も「各人の死亡について同じ価値の金銭を慰謝料として補償しようとした場合に,各人において同額の金銭の価値が
異なるのであれば,そのような価値の違いも考慮した上で慰謝料の金額を決すること が,むしろ憲法14条の保障する実質的平等の趣旨に適うことになるというべきである。」として認め,主張しているところであり,また,別件判決もこれを採用しているところであ る。
原告らは,日本で最も物価が高いxxx区部に本件事故直後より居住・生活し,原告Bはxxx区部内の中学・高校を卒業し,現在もxxx区部内の大学に通っているものである。
そして,原告らの居住するxxx区部(又はxxx)の物価水準は,他の乗客(の遺 族)の居住地の物価水準と比較してかなりの相違があると認められるから,この事情を勘案しなければならない。すなわち,xxx(又はxxx区部)と愛知県(又は名古屋市)の間には,10ポイント以上(割合にしても10パーセント以上)の物価水準の差がある。この差は無視し得るものではない。なお,xxxの住宅地価は愛知県の約2.8倍ないし約3.2倍になるし,xxxの住宅家賃は愛知県の約2倍になっている。また,賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を使用して賃金について比較検討すると,xxxの労働者の給与額は愛知県の約1.14倍ないし約1.4倍になっている。
以上のような物価水準の差は一時的なものとはいえず,年月を経過してもその差は歴然としている。その差を考慮すると,原告らの慰謝料は,最も低く評価しても,他の乗客の慰謝料の10パーセント増しでなければならないし,賃金をベースに考えれば20パーセント増し,地価や家賃を考えれば少なくとも2倍以上でなければならない。
e 原告らの場合は,さらに,遺体とともに長距離の移動を余儀なくされたこと,その間原告らが感じた苦痛なども勘案されるべきである。
f 以上の諸事情を考慮して原告らに生じた慰謝料を算定し決すべきである。ウ 葬儀費用 509万円
原告Aは,亡Cの葬儀費用として200万円,墓石代金として309万円の合計509万円を支出した。これらは相当因果関係の範囲内にある損害というべきである。
被告中華航空は,式典費用等を含めて120万円が妥当である旨主張するが何ら根拠のないものといわざるを得ない。近年,死亡事故における葬祭費は高額化の傾向にあり,葬儀費等として180万円を認めた裁判例や,7才の男児に葬儀費・墓地代併せて1
90万円を認めた裁判例等があり,被害者の社会的地位や年齢等に応じて個別具体的に判断され,しかも高額化のみならず墓石代や仏壇費も認められる傾向にある。
本件では亡Cの社会的地位が高く,またその交友関係が幅広かったこと,悲惨な事故に遭遇したこと等からその死を悼む参列者の数が極めて多く盛大な葬儀となったもので,これに要した費用は到底200万円では足りないのであるが,最低限の金額として原告らは請求しているものである(しかも,原告らは,墓地の使用権を550万円で購入する など葬儀等に当たっては多額の出費を強いられているのである。)。
また,原告らの居住するxxxの物価,賃金を考慮すれば,葬儀費用についても,他の乗客の10パーセント増しでなければならない。
さらに,上記のとおり墓石代も当然認められてしかるべきであり,亡Cの社会的地位の高さ等からすれば309万円の墓石代費用も本件事故と相当因果関係があるというべきである。
エ 原告らによる相続
上記ア及びイ(ア)の合計は,2億4478万9170円となるところ,原告Aと原告Bは,亡Cの法定相続人であるので,法定相続分各2分の1に相当する1億2239万4585円の損害賠償請求権をそれぞれ相続した。
オ 損害の填補
(ア) 被告中華航空の支払金30万円について
被告中華航空は,上記30万円は仮払金として補償金の一部をなすものであり,控除されるべきである旨主張するが,これは事実を無視するものである。
原告Aは,被告中華航空に対し,上記金員が賠償金とは全く別の性質を有する見舞金であることを明示し,被告中華航空側もこれを認めたため,見舞金として受領したものである。そして,原告は念のためその旨文書にて被告中華航空に通知したものであるが,本訴に至るまで被告中華航空がこれに特段異を唱えた事実はなかった。
しかも,被告中華航空は,本訴の答弁書においては,「原告らに対して慰問金として金3
0万円を支払っている。」と答弁している。このことは,上記金員が損害賠償の一部ではないことを被告中華航空が自認していることにほかならない。
以上の経緯に照らせば,上記30万円が損害賠償金の一部をなす旨の被告中華航空の主張は失当である。
(イ) 労災保険給付の損益相殺について
被告中華航空は,原告Aに対し支給された労災保険給付金(1103万1029円)をもって損益相殺すべしと主張する。しかし,これは誤りというほかない。その理由は以下のとおりである。
a 労災保険給付の性質
労災保険給付は,社会保障給付の一環として,被害者とその家族に生ずる生活の困難の一部を直接に迅速かつ定型的に保障する制度である。つまり,死亡者によって生計を維持されていた遺族の生活費の一部補填という目的で支給されるものである。してみると,不法行為に基づく損害賠償請求と労災保険給付とは,同一の原因による法的利益 ということはできないこととなり,そもそも損益相殺の対象となりえないのである。
現に,労災保険給付が社会保険制度の一環であり,遺族の生活保障機能の一部を果している制度の現状に鑑みれば,損益相殺的な調整を否定しても被害者に不当な利益を与え,一方で加害者に過当な責任を負わせることにはならない。
さらにいえば,労災保険給付が生活面での保障を目的とするのに対して,民事損害賠償は第三者の故意・過失を理由に生じた損害の回復を目指す制度であってその目的は別であり,両者は別次元のものとして独自に現実の給付がなされるべきものである。
また労災保険の特殊性について補足すると,そのxxは使用者の負担する保険料で賄われていて,結局は労働者が負担すべきものであるから,その本質は私的保険に近
い。そして,元来は労働法規で定められた使用者の義務を労災保険法により国が代替し,使用者個々の義務遂行能力如何にかかわらず全ての労働者を救済する見地から 設立された制度であって,国は制度の業務の代行をなしているにすぎない。したがって,労災保険給付が私的保険制度と変わりがないことを看過してはならない。一つの例であるが,他の社会保険と全く異なり,労災の国庫補助金は極めて少額でゼロに等しいのである。
加えて,労災保険給付は被害のごくごく一部をカバーするにすぎないのであるから,損害賠償と社会保険には機能的重複はなく,これを控除しなくとも重複補填にはならない。つまり,今日の社会では被害の完全な回復は困難であり,不当行為を原因とする損害 賠償を損害の補填の一部としても,失われた生命,身体,健康は元に戻らず,被害が完全に回復されることはない。したがって,損害賠償の他に更に労災保険給付がなされても,被害者又は遺族にとって不当な利得どころか,利得それ自体が生じず,損益相殺の対象とはならないというべきである。
b 判例
被告はその主張の根拠として最高裁平成5年3月24日判決(民集47巻4号3039頁)を引用するが,事案を異にし失当である。
すなわち,上記判決の事案は,対象となった被害者が地方公務員で,地方公務員等共済組合法の遺族年金の給付を受けており,これが損益相殺の対象となるかが争われたのであるが,同年金のxxは税金によって賄われていて,しかも年金支払業務の主体が国ないし地方公共団体であるのに対し,労災保険給付は事業者の支払う掛金がxxとなっている上,国は労災保険給付支払業の代行を行っているにすぎないという点で決定的な違いがある。ここでは,保険者=国の法的責任・地位は,例えば生活保護のような国家の生存権保障責任の具体化としての制度の維持責任主体としてのものではな
く,使用者=事業主体単独の労災補償責任の公的担保,それ故「法技術的な表見的補償当事者ないしは後見的監督者」たる地位からのものにすぎないのであって,国は使用者責任を強制的に果たすために公権力として介入しているにすぎない。さらに,地方公務員等共済組合法の遺族年金は,退職年金という確定した権利から派生した権利であり,しかも退職年金に一定の割合を乗じた金額であるが,労災保険給付(遺族年金)は,労働者に突発的に生じた業務災害により収入を失った遺族の生活の一部を救済する生活保障的機能・性質を有しており,換言すると遺族固有の権利であって故人の得べかりし利益とは明らかに性格を異にしている。現に本件の場合,死亡前年の所得が1448 万円であるのに対し,死後1年の遺族年金は311万円にしかならず,亡Cの得べかりし利益としての意味はなく,遺族である原告らの生活保障の一部にすぎない。
また,上記判決の事案のような交通事故では,加害者が強制保険の自賠責に加入していて,事故後早期に損害賠償が実現し,国による代位求償が可能なことを前提としているのに対し,航空機事故は稀であり,解決に極めて長い時間を要し,損害賠償がなされるか否かも不確定であるから,上記判決は,航空機事故についてまで想定した,あるいは射程範囲に捉えたものではそもそもなく,航空機事故について上記判決の結論を適用することは許されない。
したがって,上記判決の法理をそのまま本件に適用することは許されないのである。 そして,労災保険給付は,上記に照らすと,生命保険と同様の性質を有することになる
ところ,生命保険金は損害填補の意味を有していないから損益相殺の対象とならず,損害賠償額から控除されないことはつとに確立された判例法理であるから(最高裁昭和3
9年9月25日判決・民集18巻7号1528頁),労災保険給付が損益相殺の対象とならないことは明らかである。
しかも,上記最高裁平成5年3月24日判決以後,自賠責は同最高裁判決言渡し翌日の平成5年3月25日に遡って給付履行分を一切控除しない取扱いに踏み切っており,このことは求償行為の有名無実化にほかならない。このような実務の取扱いに至ったのは加害者側の方で支払うべき金員から控除するのは不合理と考えたからにほかならない。しかも,社会保険庁は「損害賠償の代位求償」若しくは「年金の支給停止」の二者択一をとっていたが,この判決以降,「年金の支給停止」のみとしている。つまり,唯一控除しうる立場にある社会保険庁が求償行為を行っていないことは加害者側の控除の主張を否定する何よりの証左である。
c 現実の取扱い
労災保険給付ないし国による求償実務も近時は損益相殺を否定する立場に立っている。
まず,国は加害者である第三者(本件では被告ら)に求償して現実に支払を受けるということをしていない。なるほど労災保険法12条の4には「損害賠償の請求権を取得す る」と定められており,これに従って国は,平成9年,被告中華航空に対し請求文書を送付したものと思われるが,被告中華航空はこれに対して支払をしていないし,その後国も一切改めて請求ないし回収手続をとっていないのであるから,被告中華航空が損害賠償の一部を支払ったと同視すべき事実が生じているわけではない。そもそも会計法3
0条では消滅時効期間は5年と定められているところ,上記請求から既に5年を経過し ている。本来,国が時効消滅を漫然と座視することなどありえない。これは被告も争わない事実と思われる。
このことは,国も「加害者が不法行為に基づく損害賠償金全額を現実に被害者ないし遺族に支払うべきである」との考えに立脚していることの何よりの証左である。してみると,被告中華航空としては,不法行為の加害者として損害賠償額全額を支払うべきことになり,6年以上前に国から請求を受けた事実があることのみをもって損益相殺を主張することは許されないというべきである。
d 結語
以上の諸点からして,労災保険給付が損益相殺の対象とならないことは明らかである。カ 弁護士費用 各1300万円
原告らは,本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し,その着手金及び報酬として各1300万円を支払うことを約した。
キ 損害額の合計
以上より,原告A及び原告Bが請求すべき金額は,それぞれ,1億7048万4585円,1億6539万4585円となる。
(被告中華航空の主張)ア 逸失利益について (ア) 基礎収入について
給与所得者の基礎収入の判定に当たっては,その収入がすべて将来にわたる逸失利益の基礎となし得るものかどうか,事故当時の給与所得の金額のみに拘泥せず,その後の経済情勢の変動等を考慮した上で,最も蓋然性の高い基礎収入額を検討すべきである。亡Cの平成5年度分の源泉徴収票によれば,同人は同年度において,1448万9
340円の給与を得ていたとされるが,これが仮に事実であったとしても,飽くまでもその当時において同人が得ていた給与所得にすぎず,それ以後のわが国における経済情勢,例えば,一流企業においても40歳ないし50歳以上の従業員がリストラ対象となっている事実を考えれば,亡Cがその後も同程度の給与所得を維持していた蓋然性は高いとはいえない。その後の給与所得の予測が困難である以上,同人の基礎収入については大卒男子平均賃金とすべきである。
(イ) 生活費控除率について
本件事故当時に2人の被扶養者を擁していた場合の生活費控除率としては,30パーセントが妥当であろう。もっとも,子供を被扶養者として数えることができるのは同人が18歳の時までである。その後は被扶養者は妻1人となり,生活費控除率は40パーセントとして計算される。また,亡Cの妻である原告Aは,演奏家として演奏会を開催し,ウィーンに招待されるほどの技量であるから,被扶養者として評価するのが妥当か疑問がある。 (ウ) 中間利息の控除について
中間利息の控除率は,将来にわたり失われた利益が仮に得られていたとした場合に,
その時点における利息を控除しようとするものであるが,特にこの先長期間に及ぶ逸失利益については,遠い将来における経済状況の変化を予測することは不可能である。 そして,現に過去(いわゆるバブル崩壊前)において預金金利が年5パーセントを大きく上回った時期が存在し,今後もこのようなことが十分起こり得る以上,数字としても妥当性の認められる年5パーセントの法定利率に拠り所を求めることには十分な根拠があ る。また,遅延損害金に年5パーセントの利率が適用されるのは一種の懲罰的趣旨によるものであるとして,遅延損害金の利率と控除率とは別に考えるとする立場もある。しかし,年5パーセントの遅延損害金が懲罰的と感じられるのは現在の経済状況にあっての話であり,前述したような預金金利が年5パーセントを大きく上回った時期においてはこれを懲罰的と捉える考え方は成り立たない。そもそもの損害賠償制度の趣旨に鑑みても,遅延損害金が時の経過により発生した遅延利息にすぎないことは明らかであろう。とすれば,受領が遅れたことによる遅延損害金の利率と,早期に受領したことによる控除率とは,全く同じ理由から考慮されるものであって,基本的に同じ基準を用いるべきことになる。そして,将来における利率の変動が明らかでないのに対し,過去における低 い金利の事実が客観的に明らかである以上,控除率を5パーセント以下とすることについて検討の余地があるとすれば,それ以前に遅延損害金の利率を過去の実際の金利まで下げることがまず検討されるべきである。
(エ) 退職金について否認ないし争う。
そもそも亡Cが事故当時に得ていた年収額がその後も維持された蓋然性が高いとはいえない経済情勢であり,さらに,退職金となれば,頻繁に見直される勤務先企業の退職金制度,社内の資格等級制度により大きく変動するのであるから,原告らが主張するような退職金が得られた蓋然性は到底認められない。将来に得られたであろう蓋然性ある退職金を試算することが極めて難しいことは,亡Cの当時の勤務先企業においてもはっきり述べているところである。
なお,ライプニッツ係数については,前記(ウ)で述べたとおりである。イ 慰謝料について
慰謝料は,一般的にその算定要素として,当事者双方の社会的地位,職業,資産,加害の動機及び態様,被害者の年齢,学歴等の諸事情のほか,事故原因,態様等が挙げられていることは周知のとおりである。
しかし,損害賠償制度の本質が損害の填補にあるとすれば,事故原因や態様等が何故慰謝料算定の斟酌事由となるかについて疑問が生じる。特に交通事故に関し,被害者のxx均衡,個々の裁判官の主観性・恣意性の排除,裁判の予測性,裁判の迅速適切な処理の要請等から慰謝料の定額化が有力に唱えられ,その結果裁判実務においても特に死亡の場合の慰謝料が定額化されてきている。そもそも精神的苦痛なるものは極めて主観的なものであり,ましてや被害感情なるものには大きな個人差があって,その金額による評価は恣意的なものに流れやすい。したがって,生命の侵害の慰謝料は, 死者の財産収益能力等とは関わりない一人の人間の死に対するものとして客観性を持つべきものであり,それはすべての死者につきほぼ同一であるのが理想とされるのは当然である。
本件においても,慰謝料は,既に数多くの裁判例において定額化された基準に従うのが当然であり,亡Cを一家の支柱と仮定して,同人自身のものと原告ら固有のものとを併せた慰謝料総額として,2100万円とすべきである。
以上に対し原告らは,亡Cに発生した慰謝料を5000万円,固有の慰謝料を原告1人につき3000万円という裁判実務からはかけ離れた金額を,何らの合理的根拠を示すこともなく請求している。しかし,原告らの慰謝料に関する主張が極めて主観的なものにす ぎず,何らの説得力も有しないものであることは,大韓航空機墜落事件判決(東京地判平成9年7月16日)及びタイ航空機墜落事件判決(東京地判平成12年9月25日)をみれば明らかである。すなわち,上記両事件においては,死亡した乗客の慰謝料は1200万円ないし1400万円,遺族固有の慰謝料は50万円ないし500万円という,これまでの裁判例において定額化されてきた慰謝料の基準に沿う形での判決がなされている。この金額は,原告らが本件において請求する5000万円という金額に比べれば著しく低いものであるが,上記両事件における死亡乗客及び遺族の精神的苦痛が本件事故における死亡乗客及び遺族の精神的苦痛に比べて著しく低いものであったなどとは,到底いえないことである。上記両事件においては,公海上での事故であるため,遺体や遺品が遺族のもとに戻りようがなかった事情や,事故地がチベット・カトマンズのxxという,世界的にも文明と隔絶した秘境の地であり,遺族が救援に訪れるにも大変困難であった等の事情が存在するのであり,本件事故が他の飛行機事故と比べて「もっとも凄惨か
つ悪質」であったなどとする主張には何ら根拠がなく,これらの主張によって何ら前記被告中華航空主張の慰謝料算定基準に影響を及ぼすものではない。
ウ 葬儀費用について
式典費用,仏壇・仏具購入等を含めて一律120万円が妥当である。
損害賠償における葬儀費用は,現実の支出額とは無関係に,上記の基準額に限定する方式が採られている。その根拠は,葬儀費用はいずれにせよ支出は避けられないものであり,現実の損害としては支出時期が早まったということによる利息分の損害しかな いこと,人により支出の程度がまちまちであるために支出額全額を認めたのでは事案間の不xxが生ずること,実際には香典収入などがあること等を考慮した点にある。
したがって,本件においても現実の葬儀に要した費用が補償されるものではなく,これとは無関係に一律上記金額とすべきである。
また,事案間のxxという観点からは,原告らが主張するような墓石代等といったものが損害賠償の対象とならないことも当然である。
エ 損害の填補について
(ア) 被告中華航空は,原告らに対し,仮払金30万円を支払っており,賠償金額から控除されるべきである。
(イ) 原告らに対しては,労災保険給付金として少なくとも1103万1029円が支払われており,被告中華航空は,これらの給付につき労災保険法12条の4に基づく損害賠償請求を受けた。したがって,上記労災保険給付金は賠償金額から控除されるものである。
(被告エアバスの主張)
原告らの主張は,不知又は争う。第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告エアバスに対する訴えの国際裁判管轄の有無)について
(1) 被告エアバスは,前提となる事実(1)ウのとおり,フランス法人である。
ところで,このように外国法人を被告とする民事訴訟につき,わが国の裁判所に国際裁判管轄権が認められるか否かについては,わが国にはこれを直接規定するxx法規はなく,また,この問題について明確な原則を定めた条約も,一般に承認された明確な国際法上の原則も確立していないのが現状である。このような現状のもとにおいて,いずれの国で裁判を行うことが適切であるかについては,当事者間のxx,裁判の適正・迅速を期するという理念により,条理に従って決定するのが相当というべきである。
そして,わが国の民訴法が国内の土地管轄に関して規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあると認められるときは,その訴訟につき,わが国の国際裁判管轄権を肯定することによりかえって条理に反する結果を生ずることになるような特段の事情のない限り,わが国の裁判所に国際裁判管轄権を認めるのが相当である。
そこで,これに従って,被告エアバスに対する訴えについて,わが国の裁判所の国際裁判管轄権の有無を検討する。
(2) まず,本件被告エアバスに対する訴えは,被告エアバスが製造した本件事故機に 欠陥があったとして製造物責任に基づく損害賠償を請求するものであり,旧民訴法15 条1項(民訴法5条9号)にいう不法行為に関する訴えに該当するところ,同条項所定の不法行為地とは,加害行為のなされた土地と損害の発生した土地の双方を含むものというべきである。そして,前提となる事実(3)アのとおり,xx町において本件事故が発生し,損害が発生したもので,損害発生地は同町であるから,同条1項に規定する裁判籍がわが国内にあることは明らかというべきである。
この点につき,被告エアバスは,本件のような製造物責任訴訟においては,旧民訴法1
5条1項(民訴法5条9号)所定の不法行為地は加害行為地と解すべきであり,本件においては,本件事故機が製造されたフランスにあると主張する。
しかしながら,当該事故に関する証拠収集の便宜や被害者の保護,救済等を併せ考慮すれば,製造物責任訴訟においても,結果発生地は不法行為地に含まれると解すべきである。
もっとも,被告エアバスの主張するように,上記のように解すると,被告の応訴の負担による不利益が著しく大きくなる場合があることは否定できないところ,この点は,個別の事案において,国際裁判管轄権を認めることによりかえって条理に反する結果を生ずることになるような特段の事情の存否として,検討すべきものである。
(3) 次に,被告エアバスは,本件につき民訴法の規定による裁判籍がわが国内に存するとしても,わが国の国際裁判管轄権を肯定することによりかえって条理に反する結果を生ずることになるような特段の事情がある旨主張するので,以下検討する。
ア 当事者間のxxについて
被告エアバスは,製造物責任訴訟において結果発生地に国際裁判管轄権を認めるとすると,製造者とは何ら接点のない場所で事故が発生した場合にも,製造者はその場所 で応訴せざるを得ないこととなり,特に航空機事故の場合には,管轄が当初の法律関 係を離れて無制限に拡大し,航空機製造会社は世界中で応訴すべきこととなり不当である上,被告エアバスは日本に営業所を有しておらず,本件事故機の設計・製造に関する被告エアバスの証拠も証人も日本には存在せず,被告エアバスが日本で本件の防御をすることは極めて困難であると主張する。
しかしながら,前提となる事実(3)アによれば,本件事故機は,270名を超える乗客乗員を乗せることが可能な大型旅客機であり,世界各国を移動することが当然に予定されているものであるし,被告エアバスは,前提となる事実(1)ウのとおり,航空機をアジア諸国を含め世界中に販売しており,わが国の航空会社も被告エアバス製造にかかる航空機を相当数購入している上,本件事故機は台湾とわが国との間を運航していたのである から,被告エアバスにとって,結果発生地たるわが国が全く予測し得ないような隔絶した土地であるとは到底いえないのであって,被告エアバスにわが国における応訴の負担を課したとしても,それは特段不当なものとはいえない。
また,前提となる事実(1)ウのとおり,被告エアバスは,近年の世界の航空機のシェア で,ボーイング社に次いで約30パーセントを占める世界最大手の民間航空機メーカーの一つであり,その製造した航空機は世界中で運航に供されていること,被告エアバスは,アジア地域に積極的に営業活動を展開し,本件訴訟提起時には東京にも事務所を有していたことなど,被告エアバスの企業としての規模や日本も含めたアジア諸国へ進
出している実態からすれば,被告エアバスがわが国において訴訟を遂行することについて,著しい困難が生じるともいい難い。
他方で,仮にわが国の裁判管轄権を否定した場合,原告らはフランスにおいて訴えを提起せざるを得ないことになるが,そうなると,乗客として本件事故機に乗っただけの一私人たる亡Cの遺族である原告らにとって,訴訟遂行が著しく困難になるであろうことは容易に予想し得るところである。
以上からすれば,当事者間のxxの点からは,わが国の国際裁判管轄権を認めることがかえって条理に反する結果を生ずることになるような特段の事情の存在を認めるに足りず,むしろ,わが国の裁判所に国際裁判管轄権を認めることが当事者間のxxの理念に合致するというべきである。
イ 裁判の適正について
被告エアバスは,本件事故機の設計・製造に関するほとんどすべての証拠及び証人はフランスに存在し,本件がわが国で審理されるとすると,事案を解明することが著しく困難であると主張する。
しかしながら,製造物による事故を契機として,それが製造物の欠陥に起因するとして提起された製造物責任訴訟においては,当該事故の原因の解明が重要となるところ,通常,事故原因に関する証拠は事故発生地に集中しているものと考えられ,本件事故の原因に関する様々な証拠も,事故発生地であるわが国に集中しているものと考えられる。また,亡C及び原告らの居住地はわが国にあって,その損害の立証のための証拠もわが国に集中していると考えられる。
被告エアバスの指摘するように,事故調査報告書に対する被告エアバスの反証や,本件事故機の設計・製造に関する立証についての証拠は,多くはフランスに存在すると思われるが,前記の被告エアバスの企業としての規模,世界各国へ進出している実態などからすれば,被告エアバスにとって,フランスに存在する証拠等を収集した上でわが国の裁判所に提出することは著しく困難とはいえず,わが国の裁判所で十分な立証活動を行うことは可能であるというべきである。
また,被告エアバスは,被告中華航空とその保険者が被告エアバスに対し,本件事故 に関してフランスで訴訟を提起しており,このフランスの裁判所の判決とわが国の裁判所の判決との間に矛盾が生ずる可能性があると主張するが,フランスにおける訴訟と本件訴訟とは当事者を異にする上,合一確定が要請されているものでもないから,かかる事情によりわが国の国際裁判管轄権を否定することは相当でない。
以上からすれば,裁判の適正の点からも,わが国に国際裁判管轄権を認めることがかえって条理に反する結果を生じることになるような特段の事情の存在を認めることはできず,むしろ,わが国の裁判所において審理してこそ,双方の主張立証が尽くされ,適正な裁判の実現が期待できるものというべきである。
ウ 裁判の迅速について
被告エアバスは,反証のための証拠等がフランス等に存在するため,訴訟が遅延すると主張する。
しかしながら,上記イのとおり,本件事故の原因に関する証拠及び損害についての証拠は,いずれもわが国に集中しており,わが国においてこれらの証拠を利用して審理を進めることに何ら支障はなく,むしろ,わが国の国際裁判管轄権を否定し,フランスで審理せざるを得ないとすると,亡C及び原告らの損害の立証のための証拠をフランス語に翻訳するなどしなければならず,迅速な審理を期待することが困難になるといわざるを得ない。
そうすると,わが国に国際裁判管轄権を認めることがかえって裁判の迅速という理念に著しく反する結果となるような特段の事情の存在を認めることはできないというべきである。
エ その他の事情について
被告エアバスは,判決の実効性の観点から,わが国における執行可能性を考慮すべきと主張するが,外国においても相互の保証がある場合には執行が可能であり,判決の実効性は確保されるのであって,被告エアバスの上記主張は理由がない。
オ 以上のとおり,わが国の国際裁判管轄権を認めることによりかえって当事者間のxx,裁判の適正・迅速といった民事訴訟の理念に反する結果を生ずることになるような特段の事情を認めることはできないというべきである。
(4) したがって,わが国の裁判所は,本件被告エアバスに対する訴えについて,国際裁判管轄権を有するというべきであって,被告エアバスの本案前の主張は理由がない。
2 争点(2)(被告中華航空の不法行為責任の有無)について
(1) 本件事故の経緯
ア 前提となる事実(3)に,証拠(甲1)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 本件事故機は,午後5時53分に台北国際空港を離陸し,午後6時14分ころ巡航高度(FL)330に達し,飛行計画に従い,名古屋空港へ向けて飛行した。なお,午後5時54分ころから,オートパイロット№2が接続されていた。
午後7時47分35秒,副操縦士により操縦されていた本件事故機は,東京コントロールからFL210への降下を指示され,降下を開始したが,午後7時49分ころから56分ころまで,機長から副操縦士に対し,進入・着陸時の操縦・操作方法について一般的な指導が行われた。
午後7時58分18秒,本件事故機は,名古屋アプローチとの交信を始め,同アプローチの指示に従い,xx高度を下げ速度を減じていった。午後7時59分4秒に,副操縦士が「チェックリスト」と言い,機長にアプローチ・チェックリストの実施を要求し,午後8時0分5秒,機長はチェックリストの完了を告げた。
(イ) 0分11秒,機長は,副操縦士に対し,「君は,自分でやりなさい。」,「私は,君にうるさく言わないからね。私に聞かないで自分でやって,決定してごらん。私がカバーできないような状況になる前に,初めて注意するからね。」などと言って,自分で判断して操縦するように指示し,これに対して,副操縦士は,「はい。」と返事をした。
0分12秒,本件事故機のスラット/フラップ・レバーは,0/0から15/0へ操作され,2分35秒に,15/0から15/15へ操作された。
7分22秒,これまで,オートパイロット№2が接続されていたが,オートパイロット№1も接続された。
(ウ) 8分ころから,副操縦士は,前方の航空機による後方乱気流のことを気にしていたので,機長は,後方乱気流に対処する方法を教示するとともに,先行機との間隔を広げるため,速度を180ノットから170ノットに減ずるよう指示した。そのやりとりは,以下のとおりである。
8分26秒 副操縦士「いつもこの辺りで入るようですね。まともに他機の後流に入りますね。」
8分29秒 機長「そうだね。」
8分30秒 副操縦士「おかしいな。地形の関係かな。今日は,最初から最後まで後流に入っているようですね。」
8分35秒 機長「ラダーをしっかり踏んで。ラダーをしっかり踏むといいよ。揺れがそんなにひどくならないから。」
8分55秒 機長「・・・前方のあの機は,わー,君は,それを,そのスピードをもう少し殺した方がいいよ。」
9分01秒 機長「君,もう少しスピードを殺した方がいいよ。170まで殺した方がいいよ。」,「そうしないと,あれにくっついて行ったんじゃ,ひっくり返っちゃうよ。」
9分50秒 副操縦士「ウインドシア。」
10分01秒 機長「気にするな。それは…」
11分20秒 副操縦士「入った,入った。グライド・スロープからずっと,入っていますね。」
11分24秒 機長「飛行機が多すぎるから,仕方がない。」
11分28秒 機長「気にするな。」
(エ) 11分34秒,副操縦士は,オートパイロットを解除して,手動操縦で飛行しようと考え,機長に対して,「教官,じゃあ,私は,これを切りますよ。」と,オートパイロットを解除する旨を伝えたところ,機長も,「いいよ。マニュアルで飛べば。」と答えたため,11分35秒,副操縦士は,接続されていたオートパイロット№1及び№2をいずれも解除した。 (オ) 12分19秒,本件事故機は,アウター・マーカーを通過し,副操縦士の手動操縦によりILS進入を継続した。
12分41秒,副操縦士は,機長に対し,「フラップ20」と要求し,機長は,スラット/フラップ・レバーを15/15から15/20へ操作した。
12分56秒,副操縦士は,機長に対し,「ギアダウン」と要求し,機長は,脚下げ操作を行った。
13分14秒,機長は,副操縦士の要求で,スラット/フラップ・レバーを15/20から30
/40へ操作し,13分27秒,着陸のためのチェックリストを完了した。
この間,副操縦士は,本件事故機のトリムスイッチを,12分1秒に3回,同23秒に1回,同30秒に2回,同44秒に1回,13分10秒に5回,同21秒に5回操作した。
(カ) 14分5秒,本件事故機が気圧高度約1070フィートを通過中,副操縦士は,誤ってゴー・レバーを作動させ,フライト・モード表示器には「GO AROUND」と表示された。そのため,本件事故機は,エンジン推力が増加し始め,やや機首上げ傾向となり,ILS降下経路から上方に外れ,速度も少し増加した。機長は,本件事故機の上記変化を感じ,1
4分6秒に「えっ,えっ,あれ。」と声を上げた。
14分8秒ころ,副操縦士は,増加し始めた推力をエンジン圧力比1.21に抑え,その 後,エンジン圧力比1.17あたりまで戻した。また,副操縦士は,xxの降下経路を回復すべく,操縦輪を押して機首下げ操作を行った(水平安定板は-5.3度の位置で変化はない)が,本件事故機は,降下することなく,気圧高度約1040フィートで水平飛行状態となり,この状態が14分10秒ころから25秒ころまで続いた。
この間,14分9秒,ランド・モードからゴー・アラウンド・モードに変わったことに対して警告音が鳴り,14分10秒,機長は,副操縦士に対し,「君,君はそのゴー・レバーを引っ掛けたぞ。」と注意し,副操縦士は,「はい,はい,はい。少し触りました。」と,ゴー・レバーを作動させてしまったことを認める返事をした。
14分12秒,機長は,副操縦士に対し,「それを解除して。」と言い,ゴー・アラウンド・モードの解除をするように指示し,副操縦士は,「ええ。」と返事をした。14分16秒,さらに,機長は,「それ。」と言い,副操縦士は,「ええ。」と返事をした。
(キ) 副操縦士は,オートパイロットの補助を得て着陸しようと考え,ランドボタンを押すとともに,これに前後して,14分18秒,オートパイロットの№1及び№2をほぼ同時に接続したが,これを機長に知らせなかった。本件事故機は,ゴー・アラウンド・モードの状態でランドボタンを押しても,ランド・モードにはならず,ゴー・アラウンド・モードの解除もできない仕組みになっていたため,オートパイロットもゴー・アラウンド・モードで接続された。このときの昇降舵は,副操縦士により押し下げられた状態で機首下げ3.5度であり,1
4分19秒ころ,一時的に2.8度から2.4度に減少した後,次第に昇降舵の機首下げ角は増加していった。
(ク) 14分20秒ころ,オートパイロットがゴー・アラウンド・モードに接続されたことによ り,水平安定板が-5.3度の位置から機首上げ方向へ動き始めた。これとほぼ同時 に,副操縦士は,操縦輪に重さを感じたため,操舵力を軽減しようとして,トリムスイッチを1回操作したが,オートパイロットの接続中は,トリムスイッチの操作は無効となるた め,これによる効果はなかった。
14分23秒,機長は,高くなった降下経路を修正するため,副操縦士に対し,「押して,それを押して,ええ。」と,操縦輪の押下げを指示した。副操縦士は,オートパイロットが接続中であることを認識し,かつ,操縦輪が重いことを感じながらも,機長の指示に従って,操縦輪を押し続け,昇降舵の機首下げ方向への操作を継続した。
14分24秒,副操縦士は,スラストレバーを引き始め,14分31秒までにエンジン圧力比を1.0あたりまで減少させた。このため,本件事故機は,推力が減少して機首上げ傾向が弱まり,副操縦士による操縦輪の押し下げ操作も相まって,14分26秒ころから降下を始めた。この間,14分26秒,機長は,高くなった降下経路を修正するため,副操縦士に対し,「君,それを…スロットルを切って。」と,エンジン推力を手動で微速側へ調整するよう指示した。
しかし,本件事故機は,依然,xxの降下経路に対して位置が高く,14分29秒,副操縦士は,「ええ,高すぎる。」と声を上げた。
(ケ) 14分30秒,機長は,フライト・モード表示器の表示がゴー・アラウンドのまま変わっていないのを見て,副操縦士に対し,「君は,君はゴー・アラウンド・モードを使ってる ぞ。」と指摘し,さらに,14分34秒,「いいから,ゆっくり,また解除して,手を添えて。」と指示した。
14分39秒,機長は,副操縦士に対し,「エンジン推力は解除したんだな。」と尋ね,14分40秒,副操縦士は,「はい教官,解除しました。」と答えた。
副操縦士は,操縦輪が極めて重いことを感じて,トリムスイッチを,14分34秒に3回,同39秒に2回,続けて操作したが,これらも,オートパイロットの接続中であったため効果はなかった。
副操縦士による操縦輪の操作によって,昇降舵は,機首下げ方向に8.5度まで動かされていたが,これとは逆に,14分20秒から変位し始めた水平安定板は,14分37秒ころには,機首上げ一杯の-12.3度に達していた。
(コ) 機長は,依然として着陸を意図し,副操縦士に対し,14分41秒には,「もっと押して,もっと押して,もっと押して。」と,14分43秒には,「もっと押し下げて。」と言って,操縦輪を押して機体を降下させるよう指示した。
副操縦士は,オートパイロットが接続中であることを認識しながら,かつ,操縦輪が極めて重いことを感じながらも,それを機長に伝えることなく,機長の指示に従い,更に力をかけて操縦輪を押し続けた。
14分45秒,機長は,副操縦士に対し,「今,ゴー・アラウンド・モードになってるぞ。」と三度目の指摘をし,副操縦士は,「はい,教官…」と返事をした。
14分49秒,副操縦士は,オートパイロットの№1及び№2をいずれも解除し,機長に「教官,オートパイロット解除しました。」と告げたが,水平安定板は-12.3度のままであ り,アウトオブトリム状態が残った。
副操縦士は,14分51秒,機長に対し,「教官,やっぱり押し下げられません。ええ。」と伝えた。
(サ) 本件事故機は,ピッチ角及び迎え角が増加し,速度が減少し続けながら名古屋空港への進入を続け,14分57秒,気圧高度約570フィートを通過中,迎え角が11.5度
(スラット/フラップが30/40の形態に対する検知角)を超えたため,アルファ・フロア機能が作動し,出力が急激に増加した。
機長は,14分58秒,「私の,あのランド・モードは。」と言い,15分1秒,副操縦士に,
「いいから,慌てずに。」と言った。
15分2秒,副操縦士は,機長に対し,「教官,スロットルがまたラッチされました。」と告げた。このとき,本件事故機は,アルファ・フロア機能の作動で増加した出力により,速度及びピッチ角が増加し,降下から上昇に移った。
(シ) 15分3秒,機長は,副操縦士に,「オーケー,私がやる。私がやる。私がやる。」と言って,操縦を交替した。このとき,水平安定板は-12.3度,昇降舵は14.1度で,深刻なアウトオブトリム状態となっていた。
15分4秒,副操縦士は,機長に対し,「解除して,解除して。」と言い,オートスロットルの解除を要請した。
機長は,操縦を交替してから,なおも着陸を継続しようと操縦輪を機首下げの限界まで一杯に押し続け,また,一時的にスラストレバーを引いた。
このような操作にもかかわらず,本件事故機の機首上げの傾向が止まらないことから,機長は,「一体どうなってるんだ,これは。」と疑問の言葉を口にし,副操縦士は,「解除して,解…」と,再度オートスロットルの解除を口にした。
(ス) 機長は,機首上げの傾向が止まらないことから,着陸を断念してゴー・アラウンドを決意し,15分11秒,いったん絞った推力を最大まで増加させ,「ゴー・レバー」と言っ
て,ゴー・レバーを作動させた。これとほぼ同時に,機長は,「ちくしょう,どうしてこうなるんだ。」と言って,トリムスイッチを2回操作し,それまで-12.3度の限界位置にあった水平安定板は,15分19秒までに-10.9度に緩やかに戻ったが,依然,アウトオブトリムの状態は続いており,増加された出力により,本件事故機は,急上昇するとともに,迎え角が急激に増加し,対気速度も減少した。
この間,副操縦士は,15分14秒,名古屋タワーに,ゴー・アラウンドすることを伝えた。スラット/フラップ・レバーは,30/40の状態から,15分18秒には,15/0又は0/0へ操作され,15分28秒には,15/15に操作された。
機長は,15分21秒,「えっ,これじゃ失速するぞ。」と叫び,15分25秒,「終わりだ。」と叫んだ。
15分23秒の時点で,迎え角がアルファ・トリムの検知角を超えたため,アルファ・トリム機能が作動し,15分27秒に,水平安定板が-10.9度から-7.4度に変位した。しかし,15分25秒前後,本件事故機は,迎え角の異常な増加により失速状態に陥り,その状態は墜落まで続いた。
15分26秒,本件事故機のピッチ角は,最大の52.6度となった。
15分31秒,本件事故機は,ピッチ角が43.8度で,気圧高度約1730フィートの最高点に達した後,急降下を始め,15分45秒ころ,墜落した。
イ オートパイロットを接続した者の特定について
(ア) 被告中華航空は,14分18秒にオートパイロットを接続した者は,機長か副操縦士かは特定できないと主張するところ,事故調査報告書においても,①14分16秒の機長の「それ。」という言葉は,機長が副操縦士にオートパイロットの接続を指示したもので,それに従って,副操縦士が接続した可能性,②機長が自ら接続した可能性,③副操縦士が独断で接続した可能性が考えられ,いずれが最も可能性が高いかの特定はできないとされている。
(イ) そこで検討するに,①の可能性については,機長は,14分12秒に「それを解除して。」と副操縦士にゴー・アラウンド・モードを解除するよう指示している(前記ア(カ))のであるから,その直後の14分16秒の「それ。」という機長の発言は,上記指示にもかかわらずゴー・アラウンド・モードが解除されないため,再度,同様の指示を出したものと推認するのが自然である。また,機長と副操縦士は,11分35秒に,手動で操縦することを 決定していた(前記ア(エ))のであり,かつ,ゴー・レバーが作動しても手動で着陸することは可能だったのであるから,機長が「それ。」という言葉だけで,前にした手動操縦により着陸するとの決定を変更する旨の指示をしたとは考え難い。したがって,機長の指示で副操縦士がオートパイロットを接続したとの可能性は低いというべきである。
(ウ) 次に,②の可能性についても,本件事故機は,15分3秒に機長が操縦を交替するまでは,副操縦士により操縦が行われており,機長は,0分11秒に,「君は,自分でやりなさい。」,「私は,君にうるさく言わないからね。私に聞かないで自分でやって,決定してごらん。私がカバーできないような状況になる前に,初めて注意するからね。」などと言って,副操縦士に自分で判断して操縦するように指示していた(前記ア(ア)ないし(シ))のであって,それにもかかわらず,機長が,副操縦士に告げることもなく自らオートパイロットを接続したとは考え難い。また,仮に機長がオートパイロットを接続したとすると,機長 は,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットを接続しながら,副操縦士に対し,操縦輪を押すことを繰り返し指示するという矛盾した行動をとったことになり,極めて不自然で あって,この点からも,機長が自らオートパイロットを接続した可能性は低いというべきである。
(エ) これに対し,③の可能性については,副操縦士は,その意図に反してゴー・レバーを作動させてしまった上,機長からゴー・アラウンド・モードの解除を指示されたにもかかわらず,指示どおり解除できなかった(前記ア(カ)及び(キ))のであり,そのため,独断
で,ランド・モードに変更した上でオートパイロットの補助を得ようとして,オートパイロットの接続をしたものと推認することができる。
確かに,被告中華航空の指摘するように,副操縦士は,オートパイロットの接続中はトリムスイッチの操作は無効となるにもかかわらず,トリムスイッチを操作している(前記ア (ク)及び(ケ))。
しかし,副操縦士は,上記のとおり,その意図に反してゴー・レバーを作動させてしまっ たことや,機長からゴー・アラウンド・モードの解除を指示されたにもかかわらずその指示どおりに解除できなかったことにより,相当程度動揺していたであろうことが窺われるのであり,必ずしも冷静な判断ができたとは思われない。また,前記アのとおり,本件事故機の操縦において,副操縦士のトリムスイッチの使用は比較的頻回であり,操縦輪の操舵の重さを感じると反射的にトリムスイッチを使用していることが窺われる。
したがって,副操縦士がトリムスイッチを操作していることをもって,オートパイロットを接続したのが副操縦士でないということはできず,むしろ,上記のとおり,副操縦士は,その意図に反してゴー・レバーを作動させてしまったことによる動揺などから,オートパイロットの補助を得て着陸しようとして,オートパイロット接続レバーをオンにしたと考えるのが最も自然である。
(オ) 以上により,前記ア(キ)に認定したとおり,14分18秒にオートパイロットを接続した者は,副操縦士であると認められる。
ウ 操縦輪の重さに関する副操縦士の認識について
(ア) 前記ア(ク)ないし(コ)によれば,副操縦士は,14分18秒にオートパイロットを接続してから,15分3秒に機長と操縦を交替するまでの間,機長から繰り返し操縦輪を押し
下げるように指示され,これに従って操縦輪に強い力を加え続けたにもかかわらず,操縦輪を押し下げられなかったことが認められる。
特に,前記ア(キ)ないし(コ)のとおり,副操縦士は,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中の14分18秒から49秒までの約30秒間,継続的に操縦輪を押すことによりオートパイロットをオーバーライドしていたところ,証拠(甲1,26及び丙26ないし3
1)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故機においては,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中,機首下げ方向にオーバーライドするためには,20キログラムの力が必要であること,通常の状況においては,手動で降下したり上昇したりするために操縦輪に加える力は4から5キログラムを超えることがないことが認められるから,副操縦士は,少なくともこの間,通常の4倍から5倍もの力を操縦輪にかけ続けていたものと認められ,それにもかかわらず,操縦輪を押し下げることができなかったのである。
このような状況からすれば,前記ア(ク)ないし(コ)に認定したとおり,副操縦士は,14分1
8秒から15分3秒までの間,操縦輪が極めて重いことを認識していたと認められる。 (イ) これに対し,被告中華航空は,後方乱気流,騒音,会話があった本件状況下では,操縦輪にかかる力を理解することは困難であり,また,本件乗員らが理論的には操縦輪が重いはずの状況で,手動によるトリム操作をほとんど行っていないことからすれば,本件乗員らは,操縦輪が重い状態を検知していなかった旨主張し,証拠(乙尋1ないし5)にはこの主張に沿う部分もある。
しかしながら,以下のとおり,被告中華航空の上記主張は採用できない。
a 前提となる事実(3)オのとおり,本件事故当時,名古屋周辺部は晴天で,風速は8ノットから6ノットであり,天候は本件事故機の運航に支障を来すものではなかった。
また,前記アの認定事実に証拠(甲1,125,丙30及び31)を総合すると,8分ころから
11分ころまでの間,副操縦士は,先行機の作る乱気流をしきりに気にしており,実際,8分から10分ころまでの間は,本件事故機の垂直加速度や横揺れ角に比較的変動があり,先行機の後方乱気流が存在していたことが窺われるものの,11分以降の垂直加速度や横揺れ角の変化はごく小さいものであったことが認められる。もっとも,14分ころから垂直加速度の変動がやや大きくなっていることが認められるが,これは本件乗員らによる操縦輪等の操作に伴うものと推測できる。なお,証拠(丙22,28及び29)によれ ば,14分過ぎに垂直加速度が約0.2G増加したのは,ゴー・レバーの作動による推力の上昇に伴う揚力の増加が原因であったと認められる。
したがって,副操縦士が操縦輪を押していた14分18秒から15分3秒までの間において,先行機による後方乱気流の影響が存在したとは認められない。
b また,騒音については,事故調査報告書によれば,副操縦士が操縦輪を押していた
14分18秒から15分3秒までの間における他機の管制交信は,14分45秒と同50秒 にそれぞれ数秒間あっただけであることが認められるし,上記aのとおり,11分以降の垂直加速度や横揺れ角の変化はごく小さいものであり,14分ころから垂直加速度の変動がやや大きくなっているものの,これも大きな騒音を生じさせるほどの機体の振動をもたらすものであったということはできない。
そして,この間の副操縦士と機長との会話の内容は,操縦輪を押すようにとの指示が多くを占めており(前記ア(キ)ないし(サ)),副操縦士は操縦輪を押すことに意識を向けていたと考えられるから,機長との会話のために操縦輪の重さを認識できなかったとは考え難い。
c さらに,前記ア及びイに認定したとおり,副操縦士は,自らオートパイロットを接続したのであるから,オートパイロットが接続中であることを知っており,かつ,その際にはトリムスイッチの操作が無効であるにもかかわらず,トリムスイッチを6回も操作しているのであって,このことからすれば,むしろ,副操縦士は,操縦輪の異常な重さに直面したからこそ,無効であるにもかかわらず反射的にトリムスイッチを操作したものと推認するのが相当である。
したがって,副操縦士のトリムスイッチの操作が少ないことをもって,副操縦士が操縦輪の重さを感知していなかったことの根拠とすることはできない。
(2) 過失について
ア 原告らは,被告中華航空の責任原因について民法上の不法行為のみを主張するところ,前提となる事実(2)によれば,亡Cと被告中華航空との間の運送契約は,出発地及び到達地がともにワルソー条約の締約国であるわが国であり,予定寄航地の台湾は日本国外であるから,本件にはワルソー条約が適用される(同条約1条)。
そして,ワルソー条約17条(前提となる事実(2)ウ)によれば,損害の原因となった事故が航空機上で生じたものであるときは,不法行為の成立要件である運送人の過失は推定され,運送人は,この推定を覆すためには,同条約20条(前提となる事実(2)ウ)所定
の証明をしなければならないものと解される。
本件において,損害の原因となった事故が航空機上で生じたものであることは前提となる事実(3)アのとおりであるから,運送人である被告中華航空の過失は推定されることとなるが,被告中華航空は,本件事故の発生につき被告中華航空及び本件乗員らには何らの過失もないと主張するので,以下,ワルソー条約20条所定の証明がなされているか否かについて検討する。
イ(ア) 上記(1)の認定事実及び前提となる事実(3)ウのとおり,副操縦士は,14分18 秒,フライト・モードがゴー・アラウンド・モードになっている状態でオートパイロットを接続し,その後機長と操縦を交替した同15分3秒までの間,操縦輪が極めて重いことを認識しながら,操縦輪を押し続けるという操作を行い,その結果,本件事故機は,深刻なアウトオブトリム状態に陥り,墜落に至ったものである。
これについて,被告中華航空は,運航マニュアルの記載が分かりにくいこと,本件事故のような事態を想定した訓練が被告エアバスから提供されていないこと,及び本件事故当時の航空界においてオートパイロットのオーバーライドの危険性が認識されていなかったことなどから,本件乗員らは,オートパイロットのオーバーライドの危険性を認識し得なかったのであり,また,操縦輪は風の変化や乱気流によっても重くなるものであって,操縦輪の重さからアウトオブトリムの状態を認識することは難しく,本件事故機には水平安定板と昇降舵との相反する動きを知らせる警報・認識装置がなかったため,本件乗員らは,アウトオブトリムの状態を認識できなかった旨主張する。
(イ) 前提となる事実(3)イに,証拠(甲1,26,27,31,114,125,乙尋1ないし3及び丙26ないし31)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
a 航空機をトリムすることは,最も基本的な操縦技術の基礎であり,常に航空機のトリムを保つことは,安全に航空機を飛行させるための基本的でかつ重要な操作である。 そして,操縦輪を操作するに当たって大きな力が必要であるといった状態は,通常はアウトオブトリムの状態を示すのであり,このことは,操縦士が最初に学ぶ基本的事項で,操縦中常に念頭に置かれている事項である。
b 1991年(平成3年)1月,本件事故機の運航マニュアルが改訂され,ランド・モード又はゴー・アラウンド・モードでオートパイロット接続中に縦方向にオートパイロットをオーバーライドすると,アウトオブトリムとなって危険な状態に至るおそれがある旨の注意書きが追加された。この注意書きは,「CAUTION」という表題のもとに,四角の枠で囲まれ,他の記載と区別されて目立つようにされていた。
また,同マニュアルには,オートパイロットに逆らって操作することは通常の手順ではなく,避けるべきである旨も記載されていた。
c 1991年(平成3年)6月,オートパイロットのオーバーライドについての背景情報及び操縦上の推奨事項を操縦士に提供することを目的として運航マニュアル速報が発行された。
これには,オートパイロット接続中に,操縦士がオートパイロットに反する操作(昇降舵操作)を行った場合,オートパイロットは機体を予定の飛行経路に維持するため,水平x x板を作動させるので,ゴー・アラウンド・モードでは,操縦士が操縦輪を押せば,昇降舵と水平安定板とが相反する同時の動作をすることとなり,このような場合,水平安定 板の効率が昇降舵の効率よりも高いので,機体は異常なピッチ・アップ角に達し,失速する旨,及び,オートパイロットが解除されていない状態では,制御システムを操作して機体の飛行経路を変更しようと試みないようにとの注意が記載されていた。
d 副操縦士は,1992年(平成4年)10月から11月にかけて,アエロフォーメーション 社において,1991年のインシデントを考慮して追加された「GO-AROUND DEMONSTRATE AP MISUSE IN GO-AROUND(ゴー・アラウンド演習ゴー・アラウンドにおけるオートパイロットの誤用)」という項目のシミュレーター訓練を受けていた。
(ウ) 上記(イ)の認定事実のとおり,運航マニュアルにおいてオートパイロットのオーバーライドの危険性が指摘されていたのであり,このことからすれば,本件事故当時の航空界においてその危険性が認識されていなかったとはいえないし,また,副操縦士は,本件事故のような事態を想定した訓練を受けていたのである。
したがって,副操縦士は,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中,オートパイロットに反して操縦輪を押す行為が,アウトオブトリム状態を招く危険な行為であることを運行マニュアルの記載やシミュレーター等によって知らされていたものと認められる。なお,被告中華航空が主張するように,事故調査報告書(甲1)は,運航マニュアルについて,オートパイロットのオーバーライドの目的はオートパイロットの異常な作動から操 縦士を保護するものであるとの記述がある一方で,「CAUTION」に記述されている内容は,オートパイロットが正常に機能している場合のオーバーライドを禁止するものであ
り,これらの記述のみからは,「オーバーライド行為に対して,推奨と禁止の相矛盾する内容を混同して理解する可能性がある」旨を指摘している。しかしながら,以上の運航マニュアルの記述は,オートパイロットが異常な作動をする場合にはオーバーライドを推奨し,オートパイロットが正常に機能している場合にはこれを禁止しているものと容易に理解でき,推奨と禁止の相矛盾する内容を混同して理解されるものとはいい難い。その 上,上記「CAUTION」は,四角の枠で囲まれて他の記載と明確に区別され,かつ,オートパイロットをオーバーライドすると,アウトオブトリムとなって,危険な状態に至るおそれ がある旨が明確に記載されているものであって(上記(イ)b),運航マニュアルの記載が分かりにくいとはいえない。
したがって,副操縦士がオートパイロットのオーバーライドの危険性を認識し得なかったということはできない。
(エ) また,前記(イ)aのとおり,操縦輪を操作するに当たって大きな力が必要であるといった状態が,通常はアウトオブトリムの状態を示すことは,操縦士が最初に学ぶ基本的事項であるから,副操縦士はこのことを知らされていたものと認められる。
そして,副操縦士は操縦輪を押し続けていたのであり,このような操作をしている操縦士にとって,操縦輪の重さを感じ取ることは,アウトオブトリム状態を認識するための最も 直接的な方法であるといえる。
また,前記(1)ウ(イ)aのとおり,副操縦士が操縦輪を押し続けていた間,乱気流は存在していなかった上,本件では40秒以上にわたり継続的に操縦輪が極めて重い状態であったもので,風の変化や乱気流の影響による操縦輪の抵抗力とは明らかに異なるものであったといえる。
したがって,副操縦士がアウトオブトリム状態を認識できなかったということはできない。 (オ) よって,副操縦士は,操縦輪が極めて重い状態であるにもかかわらず,ゴー・アラウンド・モードで接続中のオートパイロットに反して,操縦輪を押し続けるという行為によって,アウトオブトリム状態が発生,深刻化し,機体の安定性が悪化して,墜落に至るということを予見し得たというべきであるから,本件乗員らが墜落の危険を予見できず損 害を防止するために必要な措置をとることが不可能であったということは到底できない。ウ そして,証拠(丙28及び29)及び弁論の全趣旨によれば,このような墜落の危険 は,オートパイロットをオーバーライドすることを止めて,オートパイロットのオート・トリム機能により自動的にトリムされるようにする方法,オートパイロットを解除した上で,手元のトリムスイッチによってトリム操作をする方法,あるいは,トリムホイールによって手動でトリム操作をする方法等によって,回避することができたものと認められるところ,本件乗員らは,これらの措置をとらなかったものである。
したがって,本件乗員らが損害を防止するために必要なすべての措置をとったということも到底できない。
エ 以上によれば,被告中華航空及び本件乗員らが,損害を防止するために必要なすべての措置をとったこと又はそのような措置をとることが不可能であったことの証明がなされているとはいえないから,前記アに説示した過失の推定は覆らないものというべき である。
(3) 因果関係について
ア 前記(1)の認定事実及び前提となる事実(3)ウのとおり,本件事故機は,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中,極めて重い操縦輪を押し続けるという副操縦士の行為により,水平安定板が機首上げ限界に変位するといった深刻なアウトオブトリム状態になったため,増加された推力によって迎え角が大きくなり,失速し墜落したもの で,この間の因果関係は明らかであるから,本件事故及びこれに伴う損害は,副操縦士の上記行為により生じたものであると認めることができる。
イ これに対し,被告中華航空は,機長がゴー・アラウンドしようとしたとき,本件乗員らには全く予想もし得ないような本件事故機の作動が発生し,これが本件事故の直接の原因であるとして,因果関係を争うが,このような主張が採用できないことは,既に説示したところから明らかである。
(4) 以上によれば,被告中華航空は,本件事故によって生じた損害につき,原告らに対し,不法行為責任を負う。
3 争点(3)(改正ワルソー条約22条の責任制限規定の適用の可否)について
(1) 被告中華航空は,上記2の不法行為責任につき,改正ワルソー条約22条の責任制限規定(前提となる事実(2)ウ)の適用を主張する。
これに対し,原告らは,責任制限規定は違憲であるから,その適用はない,また,本件の損害の発生は本件乗員らの「無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを認識して行った行為」によるものであり,責任制限規定の適用排除を定める改正ワルソー条約2
5条の適用があると主張するので,まず,後者の点について検討する。
(2) 改正ワルソー条約25条が適用されるか否かについて
ア 前記2(1)及び(2)イ(イ)に認定した事実に基づいて,本件乗員らの行為が,無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った行為といえるかどうかについて,以下,検討する。
(ア)a 副操縦士は,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中の14分18秒から同49秒までの間,オートパイロットに反して,操縦輪を押し続けたものである。
そして,副操縦士は,14分18秒に自らオートパイロットを接続した後,14分30秒に, 機長からゴー・アラウンド・モードであることを指摘されたのであるから,少なくとも,14分
30秒から同49秒までの間,オートパイロットがゴー・アラウンド・モードで接続されていることを認識していたというべきである(なお,副操縦士が,上記指摘を受けて,ランド・モードにするべくランドボタンを押した可能性もあるが,仮にそうであるとしても,副操縦士は,既に14分18秒ころ,ランドボタンを押していたにもかかわらず,ゴー・アラウンド・モードを解除できなかったことを知り,このような操作によってはゴー・アラウンド・モードを解除できないことを認識したものと認められるから,副操縦士が,同14分30秒以降,ランド・モードに切り替わったと認識していたということはできない。)。
したがって,副操縦士は,同14分30秒から同49秒までの間,操縦輪を押すことがゴー・アラウンド・モードで接続中のオートパイロットに反する操作であることを認識していたと認められる。
なお,副操縦士が,オートパイロットに反して操縦輪を押し始めるに際して,オートパイロットに反してはいても,オーバーライドにより機首下げが可能であると考えていた可能性もある。しかし,副操縦士は,仮に当初そのように考えたとしても,操縦輪を押し続けているにもかかわらず,その操作とは逆の機首上げ傾向が継続していることから,手動操作によりオートパイロットの機首上げ操作を止めることができていないことを認識したものと認められるから,操縦輪を押し続けている間を通じて,オーバーライドにより機首下げが可能であると考えていたということはできない。
b また,副操縦士は,14分18秒から機長と操縦を交替した15分3秒までの間,操縦輪が極めて重いことを認識しながら,操縦輪を押し続けるという操作を行ったものである。
ところで,操縦輪を操作するに当たって非常に大きな力が必要であるといった状態が,通常はアウトオブトリムの状態を示すということは,操縦士にとって最も基本的な事項であるから,正当な資格を有していた副操縦士は,当然,このことを知っていたと認められる。
そして,副操縦士は,オートパイロットに接続中の14分18秒から同49秒までの約30秒間にわたり,20キログラム以上という通常の4倍から5倍もの強い力を操縦輪に加え続けていたが,それにもかかわらず操縦輪を押し下げられないことを認識しており,その後15分3秒に機長と操縦を交替するまでの十数秒間についても,14分51秒における
「やっぱり押し下げられません。」との発言からすれば,同様の強い力を操縦輪に加え続けたが,それでも操縦輪を押し下げられないことを認識していたものと認められる。
加えて,この間,副操縦士は,合計6回トリムスイッチを操作しているところ,これは,副操縦士がトリムの必要性を認識していたことを示すものといえる。
したがって,副操縦士は,操縦輪を押し続けていた間,機体が継続的にアウトオブトリム状態にあることを認識していたと認めることができる。
c これに対し,被告中華航空は,操縦輪は風の変化や乱気流によっても重くなるものであり,操縦輪の重さからアウトオブトリムの状態を認識することは難しく,本件事故機には水平安定板と昇降舵との相反する動きを知らせる警報・認識装置がなかったため,本件乗員らは,アウトオブトリムの状態を認識していなかった旨主張する。
しかしながら,操縦輪の重さを感じるという方法は,操縦士にとって,アウトオブトリム状態を認識する最も直接的な方法であり,副操縦士がオートパイロットに反して操縦輪を押し続けていた間,乱気流は存在しておらず,また,操縦輪は継続的に極めて重い状態であったもので,風の変化や乱気流の影響による操縦輪の抵抗力とは明らかに異なるものであったというべきであるから,被告中華航空の主張は理由がなく,副操縦士がアウトオブトリム状態を認識していなかったということはできない。
d 以上のとおり,副操縦士は,午後8時14分18秒から同15分3秒までの間,機体が継続的にアウトオブトリム状態にあることを認識し,さらに,同14分18秒から同49秒までの間は,操縦輪を押し続けることがゴー・アラウンド・モードで接続中のオートパイロットに反する操作であること(及び,オーバーライドによる機首下げもできないこと)を認識していたのであるから,有効なトリム操作をせずに操縦輪を押し続ければ,機体が深刻
なアウトオブトリム状態に陥り,墜落する危険のあることを認識していたものというべきである。
よって,有効なトリム操作をすることなく操縦輪を押し続けた副操縦士の行為は,損害の生ずるおそれがあることを認識して行った行為であると認めるのが相当である。
(イ) そして,副操縦士は,速度も高度も低く,多くの航空機事故が発生している着陸進入という危険の多い状況下で,誤ってゴー・レバーを作動させてしまったのであるから,そのままゴー・アラウンドするか,いったん着陸進入を継続することにしたとしても,そのための操縦操作に困難を覚えた段階で,ゴー・アラウンドするか,直ちに機長に報告して指示を受け,機長と操縦を交替するなどの適切な措置を採るべきであったもので,これらの措置は容易にとれるものであったにもかかわらず,経済的・時間的コストのかかるゴー・アラウンドを回避して,自らの失敗を挽回しようと,オートパイロットを接続したことや操縦輪が重いことといった機体の状況を直ちに機長に報告することなく,あえて操縦輪を強く押し続け,着陸進入を継続するという行為に及んだものというべきであり,その際,副操縦士は,機体を進入経路に戻すことのみを優先し,機体をイントリムの状態に保つという最も基本的な役割を放棄していたといわざるを得ない。
このように,副操縦士は,墜落のおそれのあることを認識しながら,乗客を安全に運送するという最も基本的かつ重要な義務を無視し,有効なトリム操作を行うことなく,オートパイロットに反して,あえて極めて重い操縦輪を強く押し続け,着陸進入を継続しようとしたものであって,かかる行為は,まさに無謀に行った行為というほかない。
イ 以上によれば,本件事故による損害は,本件乗員らの無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行った行為により生じたものと認められる。
なお,改正ワルソー条約25条所定の「損害の生ずるおそれがあることを認識して」という要件に関して,「損害が生ずるおそれがあることを認識していた場合」のほかに,「損害が生ずるおそれがあることを認識していなかったが,認識すべき場合」が含まれるか
(客観説),否か(主観説)という点につき争いがあるが,上記アに認定したとおり,副操縦士は損害が生ずるおそれがあることを認識していたのであり,客観説と主観説のいずれの解釈を採用するかにかかわらず,同条所定の要件を充足することとなるから,この点については判断するまでもない。
(3) よって,改正ワルソー条約25条の適用により,同条約22条の適用は排除されるから,同条の違憲性を判断するまでもなく,被告中華航空は,本件事故により生じた損害の全額を賠償する責任があるというべきである。
4 争点(4)(被告エアバスの責任)について
(1) 原告らは,本件事故機には,①アウトオブトリム状態を招く性質を有する本件設計を採用しているという欠陥,及び,②アウトオブトリム状態を乗員に的確に伝達する機能が欠けているという欠陥があり,これらの欠陥に起因して本件事故が発生したと主張するので,以下,検討する。
(2) 前提となる事実(3)並びに前記2及び3に認定した各事実に,証拠(甲1,86,丙1
1,丙26及び27)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
ア 本件設計においては,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続されている場合に,操縦輪を機首下げに20キログラム以上の力で操作すると,オーバーライド機能により昇降舵は機首下げに制御されるが,オートパイロットは解除されず,オートパイロットのオート・トリム機能が,ゴー・アラウンドの指令に従って水平安定板を機首上げ方向へ作動させることとなり,これが継続するとアウトオブトリム状態を招く危険がある。 イ 本件設計におけるオートパイロットのオーバーライド機能は,オートパイロットの異常
作動が生じた際に,オートパイロットを解除するのに必要な短い時間,オートパイロットを解除しないまま操縦士によるとっさの操作を許容し,自動操縦を一時的に停止することにより,危険を回避できるようにすることを目的として設けられたものであり,とっさにさ れる短時間の行使を超えて,オートパイロットに対抗して継続,行使されることは予定されていない。
ウ 本件事故機には,2つの操縦席の間に位置するセンタ・ペデスタル上に,ビジュアル・トリム・インジケータが設置され,水平安定板の位置を表示していた。
また,各操縦席のすぐ脇にはそれぞれトリムホイールがあり,トリムホイールには縞模様のマーキングが施されていて,水平安定板が作動するにつれてトリムホイールが回転するようになっていた。
エ A300-600型機開発時においては,水平安定板の作動警報として,手動操縦の際もオートパイロット接続中も,水平安定板が作動したときにはウーラー音が鳴るように設計されていたが,その後,設計が変更され,本件事故機では,オートパイロット接続中はウーラー音が鳴らないようにされていた。
(3) 本件事故機のような旅客機は,多数の乗客乗員を乗せることができ,高速で高い高度を飛行するものであるから,墜落等の事故が生じると多数の人命を奪う大惨事となることは必至であり,このような危険性ゆえに高い安全性が強く求められるものである。そして,航空機を操縦するのは人間であり,それ故に多数回,長時間の飛行中には,本来の手順とは異なる誤った操作がなされることも当然に予想されるところであるから,航空機は,操縦士による誤った操作があっても安全に飛行を継続できるように設計されるべきである。
もっとも,いかなる場合にも絶対に事故が起こらないように航空機を設計することは不可能であり,航空機の安全を設計のみによって確保することはできないから,操縦士に対する教育,訓練等を通じて安全を確保することなども不可欠である。そして,航空機は,相当の教育・訓練を受けた,資格を有する者が操縦することが予定されているものであるから,このような者であれば当然有する操縦に関する最低限の基本的知識及び技能に明らかに反するような操縦がなされることを予見し,それを前提として設計する法的義務まで,製造者に負わせることは相当でない。
したがって,本件事故機に設計上の欠陥があったといえるか否かについては,資格を有する操縦士であれば当然有する操縦に関する最低限の基本的知識及び技能に基づいて操縦されることを前提として,通常有すべき安全性を欠いているかどうかによって判断すべきである。
(4) 本件設計について
ア 原告らは,本件設計はアウトオブトリムの状態を招くという危険性を有しており,これは欠陥というべきであると主張するので,以下,検討する。
(ア) 前記(2)アのとおり,本件設計においては,ゴー・アラウンド・モードに接続中にオートパイロットのオーバーライドを継続するとアウトオブトリム状態を招く危険性があるところ,このアウトオブトリム状態は,機体の異常姿勢や異常作動の原因となるもので,オーバーライドの継続によりアウトオブトリム状態が深刻化すれば,墜落といった極めて重大な結果が生じる可能性があることは否定できない。
しかしながら,次のとおり,操縦に関する最低限の基本的知識及び技能を有する者が操縦することを前提とすれば,その危険が墜落といった重大な結果に至ることは通常想定されず,その蓋然性は極めて低いというべきである。
a そもそも,前記(2)イのとおり,本件設計は,オートパイロットの異常作動に対応するためのとっさの措置としてオーバーライドを許容したものであるから,これを超えた時間オーバーライドを継続することは予定されていない。
そして,上記のような継続的なオーバーライドは,とっさの措置としてのオーバーライドとは異なり,意図的になされるのが通常であると考えられ,そうである以上,訓練や運航マニュアル等を通じてその危険性を操縦士に理解させることにより,防止することが可能 であるといえるところ,前記2(2)イ(イ)b及びcのとおり,運航マニュアル及び運行マニュ アル速報には,オートパイロットをオーバーライドすると危険な状態を招く旨の注意書きが記載されていた。
b 前記2(2)ウのとおり,オートパイロットをオーバーライドすることにより機体がアウトオブトリム状態に陥った場合でも,オーバーライドを止めてオートパイロットのオート・トリム機能により自動的にトリムされるようにする方法,オートパイロットを解除した上で,手元のトリムスイッチによってトリム操作をする方法,あるいは,トリムホイールによって手動でトリム操作をする方法等により,イントリム状態を回復することが可能である。
c また,前記2及び3において詳述したとおり,航空機をトリムすることは,最も基本的 な操縦技術であり,常に航空機のトリムを保つことは,安全に航空機を飛行させるための基本的かつ重要な操作であって,操縦輪を操作するに当たって大きな力が必要であるといった状態が,通常はアウトオブトリムの状態を示すことは,操縦士が最初に学ぶ 基本的事項である。そして,本件設計において,ゴー・アラウンド・モードでオートパイロットに接続中,機首下げ方向にオーバーライドしている状況では,操縦士は,20キログラムの力を操縦輪にかけていることになり,これは通常の場合に操縦輪にかける力の4倍から5倍であるところ,機体がアウトオブトリム状態に陥ったことにより,操縦輪が,このような強い力をかけても押し下げられないほど重くなった場合,操縦輪を押している操縦士は,この操縦輪の異常な重さを感知することになる。
したがって,操縦に関する基本的知識及び技能を有する操縦士であれば,この操縦輪の異常な重さから機体がアウトオブトリム状態にあることを認識することができるのであり,それにもかかわらず,上記bのようなトリム操作をすることなく操縦輪を押し続けるという行為に及ぶことは,行為の危険性を認識しつつあえてそれを行うものともいうべき,極めて異常で通常想定し難い事態である。
(イ) これに対し,原告らは,本件事故に先行する3件のインシデントからすれば,本件設計は危険であると主張する。
a 証拠(甲1,24及び28)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (a) 1985年のインシデント
1985年(昭和60年)3月1日,エアバスA300-600型機は,高度維持モードでオートパイロットに接続中,操縦士が操縦輪を押して昇降舵を機首下げとしたため,オートパイロットは設定高度に戻ろうとして水平安定板を機首上げ側に作動させ,アウトオブトリム状態となった。
その後,オートパイロットのモードが切り替わり,オート・トリム機能により水平安定板が機首下げ側に作動したため,機体の機首上げ姿勢は減少し,正常な飛行に戻った。 (b) 1989年のインシデント
1989年(xxx年)1月9日,エアバスA300B4-203FF型機は,ヘルシンキ・ヴァンター空港への着陸のため,オートパイロットを使用して空港へ進入中,機長がうっかりゴー・レバーを作動させたため,同機はゴー・アラウンド・モードとなった。機長は,オートパイロットによる機首上げを避けようとして,手動で操縦輪を押し続けた。これに対しオートパイロットは,水平安定板を機首上げ側に作動させ,アウトオブトリム状態となった。
その後,機長はxxxxxxxを使用し,さらに副操縦士にこの操作を続けさせたため,機体姿勢が徐々に機首下げとなり,正常な飛行に戻った。
(c) 1991年のインシデント
1991年(平成3年)2月11日,エアバスA310-304型機は,着陸のため,オートパイロットを使用してモスクワ・シェレメーチェヴォ空港へ進入中,航空交通管制からゴー・アラウンドを指示され,操縦士はゴー・アラウンド・モードにした。操縦士は,xx・xxxxxによる機首上げ姿勢を少し押さえようとして,手動で操縦輪を押して昇降舵を機首下 げとした。これに対し,オートパイロットは水平安定板を機首上げ側に作動させ,アウトオブトリム状態となった。
その後,オートパイロットは,高度獲得モードに自動的に切り替わり,この時点でも操縦輪が押されていたため解除されることとなったが,操縦士は,オートパイロットが解除されたことに気づかなかった。そのため,操縦士は,機体をコントロールできないのはオートパイロットの誤作動が原因だと思い込み,オートパイロットを解除することに意識を集 中させ,また,手動によるトリムスイッチ操作は無効であると思っていたため,十分なトリム操作が行われず,4回の急上昇と失速降下を繰り返した。操縦士が飛行制御コンピューター(FCC)の電源を遮断しようとブレーカーを引っ張った後は,xxx操作が行われ,正常な飛行に戻った。
b 以上の3件のインシデントは,確かに原告らが主張するように,本件設計の持つアウトオブトリム状態を招くという危険性が現実化した事例であるといえる。
しかしながら,アウトオブトリム状態は,機体の異常姿勢や異常作動の原因となる危険な状態ではあるが,前記(ア)bのとおり,アウトオブトリム状態に陥っても,その後トリム 操作を行い機体をイントリムの状態にすれば,正常な飛行が続けられるのである。そして,実際に,上記1985年のインシデントにおいては,オートパイロットのオート・トリム機能により,また,1989年のインシデントにおいては,操縦士によるトリムホイールの操作によって,自動又は手動のトリム操作が行われ,正常な飛行に戻っている。
なお,1991年のインシデントにおいては,4回の急上昇と失速降下を繰り返した後にようやく十分なトリム操作が行われたが,これは,オートパイロットが解除されているにもかかわらず,操縦士が,オートパイロットが解除できず,手動のトリム操作が無効であると思っていたためであって,操縦士は,ブレーカーを引っ張りオートパイロットが解除され たと思った後は,十分なトリム操作を行っている。このインシデントでは,操縦士がオートパイロットが解除されたことを認識できなかったことが危険を生じさせた直接の原因であるというべきである。
このように,過去の3件のインシデントのいずれにおいても,基本的な操縦知識及び技能に従ってトリム操作が行われ,これによって危険が回避されていることからすれば,これらのインシデントがあったことをもって,直ちに,本件設計が通常有すべき安全性を欠くものであるということはできない。
(ウ) 以上のとおり,本件設計の内包するアウトオブトリム状態を招く危険性があるという点は,航空機の墜落という重大な結果を生じさせる可能性を有するものではあるが,操縦に関する最低限の基本的知識及び技能を有する者が操縦することを前提とすれば,そのような重大な結果に至ることは通常想定されず,その蓋然性は極めて低いというべきであるから,上記のような危険性があることをもって,直ちに,本件設計が通常有すべき安全性を欠くものであるとはいえない。
イ これに対し,原告らは,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計の方が,オートパイロットの異常作動への対応としては適切であり,かつ,本件設計の持つアウトオブトリム状態を招くという危険性もないから,このような設計ではなく本件設計を採用した本件事故機には欠陥がある旨主張するので,以下,これについて検討する。
(ア) コンピューター技術の発達とその航空機への導入により,航空機の安全性は格段に高まったが,他方,コンピューターの故障による事故が発生することとなり,進んだ技術をもってしてもコンピューターの故障の可能性を全くなくすことは不可能であるから,航空機は,コンピューターの故障が発生した際に操縦士が安全に操縦を引き継ぐことができるように設計されなくてはならない。
そして,操縦士がオートパイロットの異常作動に直面した場合,とっさに操縦輪を操作して対応しようとすることは最も自然な反応であるといえるから,そのようなとっさの対応ができるよう,オートパイロットが接続中であっても操縦輪からの操作入力を許容するという設計は,一定の合理性を有するものといえる。
本件設計のオーバーライド機能も,前記(2)イのとおり,このようなオートパイロットの故障による異常作動にとっさに対応するためのものであるから,一定の合理性を有するものといえる。
(イ) 他方で,オートパイロットの異常作動に対応するためには,オートパイロットを解除せずにオーバーライドを許容するといった本件設計の他に,原告らが主張するような,操縦輪を強く押すことでオートパイロットが解除されるという設計にすることも可能であり,このような設計においては,オートパイロットと手動による操作が相反することによりアウトオブトリム状態を招くという危険は生じない。
しかしながら,次のとおり,このような設計もまた,墜落に至り得る重大な危険性を有するものといえる。
a 証拠(甲20,85,丙11,26及び27)によれば,1972年(昭和47年)12月29日,イースタン航空の定期便が墜落する事故が発生したが,当該事故機は,機長の操縦輪に6キログラム以上又は副操縦士の操縦輪に9キログラム以上の力が加えられると,オートパイロットが解除されるよう設計されていたため,無意識に操縦輪が押されたことによりオートパイロットが解除され,高度維持機能が働かなくなった結果,機体が降下し,墜落に至ったものであることが認められ,これによれば,上記事故は,オートパイロットが意図せずに解除されたために航空機が墜落した事故であるといえる。
上記事故からすれば,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計は,本件設計にはない,意図せずにオートパイロットが解除されてしまうという危険性を有するものといえ,しかも,この危険も墜落に至り得る重大なものであるといえる。 b これに対し,原告らは,オートパイロットが解除されるために,15キログラム以上の力を必要とするよう設定すれば,意図せずにオートパイロットを解除することはあり得ないと主張する。
確かに,上記イースタン航空の墜落事故では,6キログラム又は9キログラムという力でオートパイロットが解除されるように設定されていたのであって,オートパイロットの解除のために必要な力をより大きく設定すれば,意図せずにオートパイロットを解除してしまう危険性は減少すると考えられる。
しかしながら,航空機は,様々な気象状況の下で飛行することが予定されており,乱気流等によって大きく機体が揺れるなどの状況も考えられる。また,離陸から着陸までの間に機体は様々な動きをするのであり,大きな加速度がかかったり,機体が大きく傾いたりすることも当然にあり得ることであって,このような状況の下では,意図せず一時的に操縦輪に大きな力が加わることも予想されるところであるから,原告らが主張するようにオートパイロットが解除されるために必要な力を大きく設定したとしても,意図せずにオートパイロットが解除されてしまう危険性は依然残るといわざるを得ない。
(ウ) このように,本件設計も,操縦輪を強く押すことでオートパイロットが解除されるという設計も,どちらの設計もそれぞれ危険性を内包するものであって,どちらの設計を採用すべきかは,諸般の事情を総合的に考慮した上で決定されるべき高度に専門的な判断であるといえる。
したがって,本件設計を採用した本件事故機に欠陥があるというためには,設計が内包する危険により生じ得る結果の重大性,危険発生の蓋然性,危険防止のための方策等の点について,本件設計と操縦輪を強く押すことでオートパイロットが解除されるという設計とを比較して,本件設計を採用したことが安全性の点で不合理であるといえることが必要である。
a 設計が内包する危険により生じ得る結果の重大性
本件設計の内包する危険により,墜落という極めて重大な結果が生じる可能性があることは,前記ア(ア)のとおりである。
一方,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計も,意図せずにオートパイロットが解除されるという危険を内包しているところ,オートパイロットが解 除されたことに操縦士が気づかない場合,特に暗闇の中での飛行では,墜落という重大な結果が生じる可能性がある。さらに,ランド・モードやゴー・アラウンド・モードにおいては,速度も高度も低い状況であるため,意図せずにオートパイロットが解除された場合,操縦士は,非常に困難な状況で操縦を引き継がなければならなくなる危険があり,オートパイロットが解除されたことに気づくのが遅れると,墜落の可能性が高くなるのであっ て,こうした設計が内包する危険により生じ得る結果も同様に重大であるといえる。
b 危険発生及び結果発生の蓋然性
本件設計において,本件事故のように,操舵に20キログラムもの力が必要となる操縦輪の重さにもかかわらず,操縦輪を押し続け,かつ,何らトリム操作をしないというような事態が極めて異常で想定し難い事態であることは,前記ア(ア)cのとおりである。
一方,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計では,前記 (イ)bのようにオートパイロットの解除に必要な力を大きく設定すれば,意図せずにオートパイロットを解除してしまう危険は減少するものの,その危険は完全には解消されず,操縦士の意図によらず一時的に操縦輪に大きな力が加わることにより,オートパイロットが解除されてしまう可能性があり,この場合,操縦士の知らないところで機体の挙動に変化が生じることとなり,ランド・モード及びゴー・アラウンド・モード接続時におけるような速度及び高度が低い状況では,操縦士がオートパイロットが解除されたことに気づく前に,回復不可能な事態に陥ってしまうことも考えられる。
c 危険防止のための方策の有無
本件設計の内包する危険を防止する方策については,前記ア(ア)のとおりである。
一方,操縦輪を強く押すことでオートパイロットが解除されるという設計では,その内包する危険が,オートパイロットを意図せずに解除してしまうというものであるため,これについて訓練や運航マニュアルにより周知徹底したとしても,何らかの原因で操縦輪に大きな力が加わることを防止することは困難であり,意図せずにオートパイロットが解除される危険を防止できるとはいえない。
(エ) 以上のように,本件設計と,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計とを比較しても,必ずしも本件設計の方が安全性の点で劣ると評価することはできず,本件設計においても,オートパイロットの異常作動への対応として,意図的にオートパイロットを解除することは容易であることを考慮すれば,操縦輪を強く押すことによりオートパイロットが解除されるという設計ではなく本件設計を採用することが合理性に欠けているとはいえない。
なお,原告らは,事故調査報告書において,本件設計が本件事故においてアウトオブトリム状態となった原因の一つであると指摘されていること,また,アメリカ国家運輸安全委員会が,本件設計を,操縦輪を押すことによりオートパイロットが解除される設計に改修するよう要求し,アメリカ連邦航空局が改修の実施を指示したこと,さらに,被告エアバスが,フランス民間航空総局の耐空性改善命令を受けて,上記の設計に改修するようにしたことなども,本件設計の欠陥を肯定するものであるし,そもそも,本件設計は,航空機の操縦体系の下で極めて稀なものであったのであり,本件事故後の改修で,このような設計の機体は世界の空から姿を消したなどと主張する。
しかしながら,原告らの指摘する上記各事実は,結局,本件設計よりも操縦輪を強く押 すことによりオートパイロットが解除されるという設計を選択した,又は選択すべきであるとした例と評価できるところ,そのような例があるとしても,本件設計を採用することが合理性に欠けているとはいえないとの上記判断を左右するには足りないというべきであ
る。
(オ) 以上のとおり,本件設計は,オートパイロットの異常作動に対応するとともに,意図せずにオートパイロットを解除してしまう危険を防止するものであって,他の採りうる設計と比較しても,不合理な設計であるとはいえず,前記ア(ア)のとおり,墜落といった重大な結果に至る蓋然性が極めて低いことも考慮すれば,本件設計を採用した本件事故機が通常有すべき安全性を欠いていたとまではいえない。
ウ したがって,本件設計を採用したことに本件事故機の欠陥があるとの原告らの主張は採用できない。
(5) アウトオブトリム状態の伝達機能について
原告らは,本件事故機には,機体がアウトオブトリムに陥るような危険な状態を乗員に的確に伝達する機能を欠くという欠陥があったと主張する。
ア そこで検討するに,アウトオブトリム状態は,機体の異常姿勢の原因となる危険な状態であるから,機体がアウトオブトリム状態に陥った場合に,そのことを直ちに的確に操縦士に知らせる何らかの方法を備えていなければ,通常有すべき安全性を欠くものというべきである。
そして,前記(2)エのとおり,本件事故機は,オートパイロットの接続中においては,水平安定板が動いても警告音が鳴らないように設計されていた。
イ しかしながら,前記2及び3で詳述したとおり,操縦輪の重さがアウトオブトリム状態を示すのであり,これは航空機の操縦の基本である。しかるところ,本件事故機における,オートパイロットのオーバーライドにより生ずるアウトオブトリム状態についていえ
ば,オートパイロットをオーバーライドするには,機首下げに20キログラムもの力が必要であり,これは通常の場合の操舵に必要な力の4倍から5倍であって,アウトオブトリム状態に陥ると,操縦士は,このような強い力をかけても操縦輪を押し下げられないという事態に直面するのであるから,操縦輪の重さは,アウトオブトリム状態を操縦士に伝達する方法として十分なものであり,かつ,最も直接的で有効な警告であるということができる。
これに対し,原告らは,操縦輪が重いという事実は,操縦輪を押している者にしか感知されない点で不十分であると主張する。しかし,操縦を担当している操縦士は,機体の異常を感知した場合,そのことを操縦を担当していない操縦士に知らせることとなっているのであるから,操縦を担当している操縦士が感知することができれば,警告としては十分というべきである。
ウ また,次のとおり,本件事故機においては,他にもアウトオブトリム状態を乗員に知らせる状態ないし表示がある。
まず,証拠(丙10,28及び29)によれば,操縦輪が前方一杯の位置にあり,操縦士の腕が伸びきっている状態もトリムの必要性を示すものであることが認められ,このような状態は,操縦を担当している操縦士をチェックする役割を担う操縦士に対し,アウトオブトリム状態を知らせるものであるといえる。
また,前記(2)ウのとおり,本件事故機には,ビジュアル・トリム・インジケータ及びトリム ホイールが設置されており,このビジュアル・トリム・インジケータは水平安定板の位置を表示し,また,トリムホイールには縞模様のマーキングが施され,その回転により水平安定板の作動を表示しており,これらの表示も,アウトオブトリム状態を知らせる有効な方法であるといえる。
エ 以上のように,本件事故機には,アウトオブトリム状態を操縦士に伝達するものとして,操縦輪が重いという最も直接的で有効な警告があったほか,操縦士の操縦姿勢,ビジュアル・トリム・インジケータ及びトリムホイールの回転などもあり,これらも警告として有効であったといえる。
したがって,アウトオブトリムに陥るような危険な状態を操縦士に的確に伝達する機能を欠くところに本件事故機の欠陥があったとの原告らの主張は採用できない。
なお,本件においても,前記2(1)ア(コ)に認定したとおり,副操縦士は,「教官,やっぱり押し下げられません。」と言っており,副操縦士が,操縦輪が重いという警告を感知していたことは明らかであるし,機長も,この発言等により,上記警告を感知していたというべきである。
(6) 以上(2)ないし(5)のとおり,本件事故機に欠陥があるとの原告らの主張は採用することができない。
(7) 安全確保義務の主張について
原告らは,被告エアバスは航空機の設計・製造において操縦士の操縦ミスの発生を考慮に入れた上で航空機の安全を確保する義務を負っていたと主張するけれども,前記
2,3及び上記(2)ないし(4)に説示したとおり,本件においては,本件乗員らに通常予測し得ないような異常で無謀な過失行為があり,これに起因して本件事故が発生したのであって,被告エアバスとしては,このような異常で無謀な過失行為の発生まで考慮に入れて航空機の安全を確保するよう設計,製造すべき義務を負うものとはなし得ないから,原告らの上記主張は採用できない。
(8) 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告らの被告エアバスに対する請求はいずれも理由がない。
5 争点(5)(損害)について
(1) 逸失利益ア 給与収入
(ア) 基礎収入について
a 証拠(甲124,130及び146)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cは,本件事故当時
42歳(昭和26年8月18日生)であり,L株式会社に勤務していたもので,平成5年には
1448万9340円の給与収入を得ていたこと,亡Cは,本件事故で死亡することがなければ,平成23年8月18日に満60歳に達し,同年9月末で同社を定年退職したであろうことが認められる。
これによれば,亡Cは,本件事故の発生日から60歳までの18年間は,1448万9340円の年収を,その後67歳までの7年間については,嘱託採用による雇用の延長や関連企業への就職の見込み等を考慮すれば,上記金額の80パーセントである1159万14
72円の年収を,それぞれ得られたであろうと認めるのが相当である。
したがって,亡Cの逸失利益の算定に当たっては,上記各金額をそれぞれの対応期間の基礎収入とすべきである。
b これに対し,被告中華航空は,わが国における経済情勢を考えれば,いわゆるリストラ等も考えられ,亡Cが平成5年当時程度の給与収入を維持した蓋然性は高いとはいえないと主張する。
しかしながら,逸失利益は,それが将来にわたって得られたであろう収入という予測に基づくものである以上,最も蓋然性が高いと考えられる収入額を基礎として算定せざるを得ないところ,会社員については,定年退職までの間,少なくとも事故前の現実の収入額を得られた蓋然性が最も高いと考えられるから,定年退職までの期間については,原則として,事故前の現実の収入額を基礎収入とするのが相当である。
亡Cは上記のとおり会社員であり,わが国における現在の経済情勢の下では,会社員がリストラ等の対象となることは,一般的にはあり得るところである。しかし,亡Cにそのような事情があることを窺わせる具体的事実については,何らの主張も立証もなされていないのであるから,上記のような一般論をもって亡Cの基礎収入を検討することはできず,被告中華航空の主張は採用できない。
(イ) 生活費控除率について
a 証拠(甲124)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cは,本件事故当時,一家の支柱として,妻である原告A及び子である原告Bを扶養していたと認められるから,生活費控除率は30パーセントとするのが相当である。
b これに対し,被告中華航空は,原告Bが18歳に達した後は,被扶養者は原告A1人となるから,生活費控除率を40パーセントとして計算すべきであると主張する。
一般に,当事者間の実質的xxの見地からすれば,現実に生じていない事故後の事情の変動については,その原因となる具体的事由が存在し,その発生が近い将来において客観的に予測されるなどの特段の事情がない限り,それを考慮するのは相当でないと解されるところ,子が18歳に達したという事実のみでは,xxxが要扶養状態を脱する原因となる具体的事由が存在し,要扶養状態からの脱却が近い将来において客観的に予測されるとはいえないし,また,原告Bが,現に独立した家計を営むに至り要扶養状態を脱したと認めるに足りる証拠もない。
よって,原告Bが18歳に達した時から被扶養者でなくなったとみることはできず,被告中華航空の上記主張は採用できない。
c なお,被告中華航空は,原告Aを被扶養者と評価することには疑問がある旨主張する。しかし,証拠(甲124)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,現在就業しているものの,本件事故発生当時は亡Cに扶養されていたと認められ,被害者の死亡により被扶養者であった者が生計維持のため就業を余儀なくされた場合に,これを逸失利益の算定において加害者に有利に斟酌することはxxの理念に反する。したがって,亡Cの逸失利益の算定に当たって原告Aが被扶養者に当たらないとみることはできず,被告中華航空の主張は採用できない。
(ウ) 中間利息の控除について
a 中間利息の控除については,年5パーセントのライプニッツ方式によるのが相当である。
b これに対し,原告らは,中間利息の控除率につき年3パーセントとすべきであると主張する。
確かに,現在のわが国の金利状況に照らせば,定期預金等による資金運用によって も,賠償金について年5パーセントの運用利益を上げることは困難であると考えられる。しかしながら,逸失利益の算定における中間利息の控除は,被害者が将来得られたで
あろう収入を現在の価格に換算するため,その収入が得られたであろう時点までの利息相当額を控除する趣旨のものであるところ,法定利率の規定は,法定利率を超える利 率の約定がされていない場合の遅延損害金のみならず,法律の規定に基づいて発生する利息,当事者間に利率に関する合意のない場合の利息などについても統一的に適用されるものである。また,将来の請求権の現価評価に関する現行法の規定をみても,破
産法46条5号,会社更生法136条1項1号,民事再生法87条1項1,2号,民事xx x88条2項,労災保険法附則64条1項などは,いずれも法定利率により将来の請求権の現価評価をするよう定めている。これらの点に鑑みると,現行法は,将来の請求権の現価評価に当たっては,一律に法定利率により中間利息を控除するのが相当であるとしているものと解される。そして,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の実務においては,控除すべき中間利息の割合を民事法定利率である年5分(民法404条)とする運用が定着しているところであり,法的安定性及び損害賠償請求事件の統一的解決の見地からは,こうした訴訟実務も合理性があるといえる。
よって,年5パーセントのライプニッツ方式を採用することが相当であり,原告らの主張は採用できない。
(エ) 逸失利益の額
以上に基づき,亡Cの給与収入に関する逸失利益を算定すると,1億3807万0571円となる(計算式 {14,489,340×(1-0.3)×11.6895}+{11,591,472×(1-0.3)×(14.0939-
11.6895)}=138,070,571〔円未満切捨て。以下,同様とする。〕)。イ 退職金
証拠(甲130)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cは,平成23年9月末に定年退職したとすると,同人の死亡時に確定し原告らが既に受領した退職金のほかに,3044万7499円の退職金を支給されたであろうと認められる。
そこで,前記ア(ウ)と同様,年5パーセントのライプニッツ方式により,本件事故発生時から平成23年9月までの17年5か月に対応する中間利息を控除すると,1301万6305円となる(計算式 30,447,499×0.4275=13,016,305)。
(2) 慰謝料ア 亡C
亡Cは,前記(1)ア(イ)aのとおり,一家の支柱として家族を支えていたものである。
そして,前記2,3のとおり,本件事故は,被告中華航空の従業員である本件乗員らが乗客の安全を無視した無謀な操縦により本件事故機を墜落させたというものであって,かかる無謀な行為によって,何らの落ち度もないのにかけがえのないその後の人生を奪われた亡Cの無念さは,想像するに余りあるものである。また,証拠(甲1及び135)によれば,本件事故機は,急上昇から急降下に転じて墜落し,大破したことが認めら れ,本件事故により亡Cが被った精神的苦痛は計り知れない。
以上のような被害者の立場,加害行為の悪質性,本件事故の凄惨さ等に,その他本件事故に関する一切の事情を総合考慮し,かつ,後記のとおり原告ら固有の慰謝料を認めるべきことも勘案して,本件事故により亡Cが被った精神的苦痛に対する慰謝料は,2
200万円をもって相当と認める。イ 原告ら
前提となる事実(1)アのとおり,原告らは亡Cの配偶者及び子であり,証拠(甲122及び
123)及び弁論の全趣旨にも照らすと,原告らは,本件事故により極めて多大の精神的苦痛を被ったものと認められる。特に,証拠(甲122及び123)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,本件事故の影響から航空機等の高速交通機関を利用することに困難を覚える状態で,専門医の診療を受けていることが認められ,その精神的苦痛の大きさが窺われる。
以上の事情に,その他本件事故に関する一切の事情を総合考慮して,本件事故により原告らが被った精神的苦痛に対する固有の慰謝料は,原告Aについて200万円,原告 Bについて300万円をもって相当と認める。
ウ(ア) 原告らは,被告中華航空の不誠実さを考慮すれば,より高額の慰謝料が認められるべきである旨主張する。
しかしながら,弁論の全趣旨によれば,被告中華航空は,本件事故後,原告ら宅を訪問し,原告らに対し花を送っていることが認められ,また,後記(5)アのとおり,被告中華航空は,亡Cの葬儀式場において,原告Aに対し見舞金30万円を交付しているのであり,これらの事実からすれば,被告中華航空が原告らに対して全く誠意をみせていないとはいえない。加えて,本件はワルソー条約の解釈適用や航空機の設計思想の対立といった問題を含んでおり,被告中華航空が損害賠償額を争うことも理由がないとはいえない事案であること,被告中華航空は和解交渉を拒否していないことも考慮すれば,被告中華航空の対応が,上記ア,イに判示した額を超える慰謝料を認めるべきほどに著しく不誠実であったということはできない。
(イ) また,原告らは,原告らの居住地である東京の物価・賃金水準は,本件事故の他の被害者・遺族の居住地の水準よりも高いとして,他の被害者・遺族に対する慰謝料の
10パーセント増しないしそれ以上の金額でなければならないと主張する。
しかしながら,日本国内における物価等の水準の相違を慰謝料額の算定に当たって考慮するのは相当でなく,原告らの主張は採用できない。
(3) 葬儀費用
証拠(甲128)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cの葬儀費用は,原告Aが支出したものと認められるところ,本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は,160万円をもって相当と認める。
なお,原告らは,上記金額を超える200万円を葬儀費用として支出し,墓石代金として3
09万円を支出したと主張して,後者につき証拠(甲128)を提出しているが,その全額が本件事故と相当因果関係のあるものと認めることはできない。
(4) 相続
前提となる事実(1)ア及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,亡Cの配偶者ないし子として,亡Cに生じた逸失利益(上記(1))及び慰謝料(上記(2)ア)についての損害賠償請求権を,それぞれ2分の1の割合で相続したものと認められる。
(5) 損害の填補
ア 被告中華航空からの支払金について
(ア) 被告中華航空が,平成6年4月,亡Cの葬儀式場において,原告Aに対し,本件事故に関して30万円を支払ったことは,前提となる事実(4)アのとおりである。
(イ) この点について,証拠(甲131の1ないし3,132の2及び133)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,被告中華航空に対し,平成6年7月4日,上記30万円は賠償金とは別であるとの明確な確認をした上で見舞金として受領したものである旨の通知をしていることが認められ,また,被告中華航空は,答弁書において,上記金員を慰問金であると主張していたことが当裁判所に顕著である。そして,30万円という金額は,航空機の墜落事故について航空会社が被害者の遺族に対し交付する見舞金としては,社会儀礼上不相当に高額であるとはいえない。
これに証拠(甲122)を総合すれば,上記金員は,損害填補の趣旨を含まない見舞金として交付されたものと認めるのが相当である。
よって,上記30万円を損害額から控除することはできない。イ 労災保険給付について
(ア) 政府が,亡Cの遺族である原告Aに対し,労災保険法に基づき,平成6年9月29日に葬祭料として158万0040円を,また,平成9年4月15日には遺族補償給付として9
45万0989円を,それぞれ支給したことは,前提となる事実(4)イのとおりである。
(イ) ところで,労災保険法12条の4は,政府が保険給付をしたときは,その給付の価 額の限度で,保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得し
(1項),保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは,政府は,その価額の限度で保険給付をしないことができる(2項)と定めて いるから,労災保険給付がされた場合,現実に給付された価額の限度で,それと同一の事由についての損害賠償請求権は被災労働者から政府に移転し,被災労働者の損害賠償請求権はその限度で減縮するものと解される。
そして,葬祭料は,死亡した被災労働者の葬祭に要する費用の填補を目的とするものであり,上記(ア)の葬祭料は,亡Cの葬儀費用についての損害賠償と同一の事由についてのものといえるから,現実に給付された158万0040円の限度で,葬儀費用についての損害賠償額から控除すべきである。
また,遺族補償給付は,被災労働者の収入によって生計を維持していた遺族に対して,被災労働者の死亡のため同人の収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償を与えることを目的とし,かつ,その機能を営むものであり,遺族にとって,遺族補償給付により受ける利益は,死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえる。したがって,上記(ア)の遺族補償 給付は,亡Cの逸失利益についての損害賠償と同一の事由についてのものといえるから,現実に給付された945万0989円の限度で,逸失利益についての損害賠償額から控除すべきである。
(ウ) これに対し,原告らは,労災保険給付は,遺族の生活保障を目的とするもので,不法行為に基づく損害賠償とは原因も機能も異なり,生命保険金と同様の性質を有するものであるし,国は労災保険給付をした場合でも求償を行っていないなどとして,労災保険給付は損益相殺の対象とはならない旨主張する。
しかしながら,労災保険給付と損害賠償は,ともに労働者の生命,身体,健康の損傷を原因として行われ,現実に被災労働者や遺族が被った損失を補償する機能を営んでいるのであり,上記労災保険法12条の4は,労災保険給付と損害賠償とが相互補完関係に立つことを前提に両者の調整を図った規定とみられるから,労災保険給付は,業務災
害又は通勤災害による労働者の損害を填補する性質を有するものであるというべきである。
そして,労災保険の保険料はもっぱら使用者が負担しているのであるから,労災保険給付が保険料の払込みに対する対価の性質を有しているということはできず,労災保険給付と生命保険金とが同様の性質を有するものとはいえない。
また,上記のとおり,保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権は,現実に給付がなされた限度で政府に移転するのであるから,政府が取得した損害賠償請求権を行使するか否かにかかわらず,被災労働者は,法律上当然に上記の限度で損害賠償請求権を失うものと解される。
したがって,原告らの主張は採用できない。
(エ) よって,原告Aに対し支給された労災保険給付金については,現実に給付された 価額の限度で,原告Aに対する損害賠償額から控除すべきであって,葬祭料158万00
40円を葬儀費用についての損害賠償額から,遺族補償給付945万0989円を逸失利益についての損害賠償額から,それぞれ控除することとする。
(6) 以上(1)ないし(5)によれば,原告Aの本件事故に基づく損害賠償請求権の残額は7
911万2408円(計算式 69,035,285+6,508,152+11,000,000+2,000,000+1,600,000-
1,580,040-9,450,989=79,112,408)となり,原告Bの同請求権の合計額は8954万343
7円(計算式 69,035,285+6,508,152+11,000,000+3,000,000=89,543,437)となる。
(7) 弁護士費用
本件の弁護士費用については,本件事案の内容,本件訴訟の審理経過その他の一切の事情を考慮すると,弁護士費用以外の損害額から上記損害の填補分の金額を控除した額の5パーセントをもって,本件事故と相当因果関係のある損害として認めるのが相当であり,原告Aにつき395万5620円(計算式 79,112,408×0.05=3,955,620),原告Bにつき447万7171円(計算式 89,543,437×0.05=4,477,171)となる。
(8) 結論
以上によれば,被告中華航空は,原告Aに対し8306万8028円,原告Bに対し9402万0608円,及び,これらに対する本件事故の日である平成6年4月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。
6 よって,原告らの被告中華航空に対する請求は,上記5(8)の限度で理由があるからこれを認容し,原告らの被告中華航空に対するその余の請求及び原告らの被告エアバスに対する請求は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第5部
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