原則として JPO モデル契約書の想定シーンを踏襲するが、下記 X 社と Y 社について、
ライセンス契約書 (新素材)の解説
想定シーン
原則として JPO モデル契約書の想定シーンを踏襲するが、下記 X 社と Y 社について、
【ケース1】 X 社が日本企業、Y 社が中国企業
【ケース2】 X 社が中国企業、Y 社が日本企業
という2つの状況を想定し、中国におけるライセンス契約を想定したものとする。
これら2つのケースが異なることによって、契約書又はその解説に違いがある場合についてはそれぞれ解説する。
1. X 社(樹脂に添加可能な放熱に関する新素材を開発した大学発スタートアップ)と
Y 社(自動車部品メーカー)の共同研究開発は順調に進み、研究成果として、樹脂に対して本素材を特定量配合してなる透明性樹脂組成物、その成形体およびそれからなるライトカバーについて、共同研究契約に基づき X 社単独名義で特許出願がなされた。
2. また、本素材を用いた樹脂により形成されるヘッドライトカバーの量産化の目処もついたこと から、X 社から Y 社に対するライセンスの内容や事業化後の両社の権利関係を協議することとなった。
3. また、共同研究開発の結果、Y 社においては、当初想定していた製品(ポリカーボネート樹脂組成物からなるヘッドライトカバー。以下「当初製品」という。)以外の製品(アクリル系樹脂組成物からなるテールランプカバー。以下「応用製品」という。)にも研究成果を活用できると考えたため、Y 社は、X 社に対し、応用製品についても研究成果の利用許諾を得たいと考えるに至り、本ライセンス契約を締結することとした。
4. ライセンスの条件の概要は以下のとおりである。
① バックグラウンド技術のライセンスは、共同研究開発契約において当初製品について定めたものと同様に、非独占的通常実施権により行うこと。
② 研究成果は汎用性が高く、X 社の利用の自由度を確保しておくため、応用製品については、非独占的通常実施権を設定すること。
③ X 社は、本素材の技術力をブランディングするために取得した登録商標「XXX」を、ヘッドライトカバーとテールランプカバーの PR に使用してもらうことを希望し、Y 社もこの点を了承していること。
目次
特許と専利の違い 8
中国における技術改良に関する司法解釈 10
中国における3種の使用許諾と司法解釈 14
中国では訂正審判制度がないことについて 16
ライセンスにおける地理的範囲のオプション 16
技術輸出入関係及び届け出手続き 21
中国から海外への送金における注意点 22
中国における技術契約の認定登録手続き 22
ライセンス料不返還に関する悪意がある場合の例外 25
改良技術に関する中国法規定・司法解釈 28
第三者の権利侵害に関する中国法規定 32
本契約終了後の秘密保持期間 35
不争条項と中国の関連規定 38
◼ 前文
X 社(以下「甲」という。)と Y 社(以下「乙」という。)とは、甲乙間で● 年
●月●日付で締結した共同研究開発契約に基づいて甲に単独帰属した特許xxの応用製品に関する実施許諾の条件等を定めるため、次のとおりライセンス契約
(以下「本契約」という。)を締結する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ 本モデル契約は、以下の各ライセンスをスタートアップから事業会社に対して行うための契約である。
① 研究開発着手時に想定していなかった製品(応用製品)に、研究成果ならびに共同研究開発に着手する前にスタートアップが保有していた特許権を利用することについてのライセンス
② 本素材についてスタートアップが保有する技術をブランディングするために保有している商標権のライセンス
⚫ 前提理解のため、知財等と対象用途、規定する契約種別の整理を以下に示す。
対象 知財等 | 本製品 1 (当初製品、共同研究開発契約で対象としたヘッドライトカバー) | 本製品 2 (応用製品、本ライセンス契約で対象とするテールランプカバー) |
共同研究開発にて、各々が単独で開発・ 取得した知財等 | 使用しない | 使用しない |
共同研究開発の成果として共同で発明された知財等 | 共同研究開発契約にて規定 (本モデル契約でも第 2 条で引用) ・●年間は独占的通常実施権 ・ライセンス料:無償 など | 本ライセンス契約にて規定 ・非独占的通常実施権 ・ライセンス料:有償 など |
共同研究開発に着手する前にスタートアップが保有していた知 財等 | 共同研究開発契約にて規定。 (本モデル契約でも第 2 条で引用) ・非独占的通常実施権 ・ライセンス料:有償 など | 本ライセンス契約にて規定 ・上記と同条件 |
本商標 | 本ライセンス契約にて規定 ・非独占的通常使用権 ・無償 |
<解説>
⚫ 共同研究開発契約では、共同研究開発に着手する前にスタートアップが保有していた特許xx(以下「本バックグラウンド特許権」という。)および研究成果にかかる発明に関して、研究開発時に想定していた製品(「ヘッドライトカバー」)の製造等についてライセンスする旨の条項を設けている。
⚫ 一方、共同研究開発終了後における、スタートアップの本バックグラウンド特許権や研究成果にかかる発明に関する、応用製品の製造等についてのライセンスは、共同研究開発の結果によってその要否および内容が異なるため、同契約書には規定されていない。
⚫ そこで、本モデル契約は、応用製品の製造等について、①バックグラウンド特許権および②研究成果に関するライセンスを行うものである。
⚫ 本モデル契約(ライセンス契約)においては、許諾条件(独占・非独占の別、許諾範囲、ライセンス料等)、技術情報の提供の有無、改良技術の取扱い等が交渉のポイントとなる。
◼ 1 条(定義)
第 1 条 本契約において使用される次に掲げる用語は、各々次に定義する意味を有する。 ① 本製品 1
別紙製品目録 1 記載のヘッドライトカバーをいう。
② 本製品 2
別紙製品目録 2 記載のテールランプカバーをいう。
③ 本製品
本製品 1 および本製品 2 を総称したものをいう。
④ 本特許x
xが有する別紙「知的財産目録」記載の特許権または特許出願をいい、これには甲乙間で●年●月●日付で締結した共同研究開発契約第 2 条第 3 号に定める本発明の全部または一部に基づく特許権または特許出願が含まれる。
⑤ 本バックグラウンド特許権
甲乙間で●年●月●日付で締結した共同研究開発契約第 2 条第 1 号に定めるバックグラウンド情報(以下「バックグラウンド情報」という。)の全部または一部に基づき取得された、甲が有する別紙「知的財産目録」記載の特許権または特許出願をいう。
⑥ 本商標
甲が有する別紙「知的財産目録」記載の各商標(商標出願および商標登録の有無を問わないものとする。)をいう。
⑦ 本特許xx
本特許権、本バックグラウンド特許権および本商標に係る商標権をいう。
⑧ 本地域
全世界をいう。
⑨ 改良技術
特許を受けられるか否かに拘わらず、本製品または本製品の製造もしくは使用方法に関するすべての改良、修正および変更をいう。
⑩ 関連会社
別紙関連会社目録に記載の会社をいう。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 特許と専利の違いの解説について追加している。
③コラムについて
⚫ 改良に関する中国の関連規定を追記している。
<ポイント>
⚫ 本モデル契約で使われる主要な用語の定義に関する規定である。
<解説>
本製品の定義
⚫ 「本製品」の定義によって、権利許諾の範囲が確定することとなるため、記載の仕方には注意 が必要である。ここでは「本製品 1」が共同研究開発の際に想定していた当初製品、「本製品 2」が応用製品を指している。
⚫ 本製品の定義を、「自動車用の樹脂により形成されるヘッドライトカバー」または「自動車用テールランプカバー」とだけ記載した場合、本特許権を実施しない製品
についてもライセンス対象製品に含まれ、ライセンス料の計算に算入されてしまう。
⚫ 一方、「本特許権を実施する自動車用の樹脂により形成されるヘッドライトカバー」等と「本特 xxを実施する」という要件も含めて定義した場合、スタートアップは、本製品 2 に本特許権にかかる特許発明が実施されていることを確認できない限り、本来ライセンス対象となるべき製品の売上等をライセンス料の計算に算入できない。
⚫ そこで、本モデル契約においては、ライセンスを受ける製品を別紙製品目録において定めることとした。同目録においては、製品名や製品番号等で対象製品を特定することが考えられる。
特許権の定義
⚫ 「本特許権」には、共同研究成果にかかる特許出願または特許権、「本バックグラウンド特許権」には、共同研究開発に着手する前にスタートアップが保有していた特許xxが含まれるよう、これらを別紙「知的財産目録」に記載する必要がある。
⚫ このように「本特許権」と「本バックグラウンド特許権」を分けて定義するのは、本製品 1 において、「本特許権」については共同研究契約に基づく独占的実施許諾が、「本バックグラウン
ド特許権」については本モデル契約に基づく非独占的実施許諾がなされており、さらに実施許諾地域も異なるなど、実施許諾条件が異なるためである。
本地域の定義
⚫ 「本地域」の定義は、権利許諾の範囲を定めるものである。本条では全世界としているが、特許権は国ごとに発生するものであり、当該発生国においてのみ特許権としての効力を有するので、対象国を列挙することもある(属地主義)。
⚫ 本地域の範囲について、スタートアップが特許権を保有する範囲とすることも考えられる。
⚫ 日本語の「特許・実用新案・意匠」に対応する中国語は「発明専利・実用新型専利・外観設計専利」であり、「専利」は「特許」に対応する語ではない。契約書の日本語版・中国語版においてこの点を明確にしているか否かに注意すべきである。
特許と専利の違い
⑪「本技術情報」
本特許権にかかる特許発明を実施するにあたって必要となる設計図・仕様書・図表などの資料および技術情報をいう。
<解説>
⚫ 特許のライセンスのみでは事業会社が本製品の製造ができない場合は、技術情報やノウハウ等も合わせてライセンスすることも考えられる。
⚫ その場合は、技術情報を定義するが、スタートアップとしては、上記の定義を採用した場合には、自社がブラックボックス化しているノウハウ等の開示と利用許諾を行う義務を負うことになるため、ノウハウの開示が不必要なケースにおいて不用意にノウハウを含んだ技術情報のライセンスに応じるべきではない。
【コラム】本製品が事後的に改良された場合の扱い
⚫ 上記のようにライセンスの対象となる製品(本製品)を別紙等で詳細に特定することは通常行われる実務であるが、本製品が将来改良されて、別紙による特定から逸脱することが想定される。
⚫ このような事態を防止するために、別紙による本製品の特定について、ある程度上位概念的に記載するという方法と、「本製品」をある程度詳細に特定した上で、定義規定にライセンスの対象製品として、「本製品(基本的な設計思想を同一にする改良品を含む。)」というような表現にする、という方法がある。
⚫ いずれにせよ、ライセンス契約を起案する際には、製品には常に改良が伴いうるということを念頭に、ライセンス対象を特定する必要がある。
⚫ 知的財産目録についても同様の問題がある。すなわち、後に一方当事者が単独で取得した特許権についても、ライセンス範囲とするのかという論点である。
⚫ 本製品の改良を前提としない場合、かかる論点は生じにくいが、そうでない場合は上記と併せて考える必要がある。
中国における技術改良に関する司法解釈
⚫ 中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条によれば、改良を禁止または制限する条項は、民法典 850 条の
「技術の違法独占」に該当し、関係約定が無効であると判断されるおそれがある。よって、本製品の改良を禁止できないので、改良後の取り扱いを事前に約定したほうがよい。改良の取り扱いを約定する際にも、平等とxxで約定しなければならない。
参照:
中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条
下記の状況は、民法典 850 条の「技術の違法独占」に該当する。
①契約対象技術の改良、又は改良した技術の使用を制限する条項、または双方は改良技術を交換する条件が平等ではない。一方が自ら改良した技術を無償で相 手方に提供するよう要求し、お互いに有利な条件ではなく相手方に譲渡し、改良技術の知財権を無償で独占または共有することを含む。
……
◼ 2 条(権利の許諾)
第 2 条 甲および乙は、本製品 1 の製造・販売のための本特許権の通常実施権
が、甲乙間で締結した●年●月●日付共同研究開発契約第 7 条 1 項および第
7 項に記載の条件で設定されていることを確認する。
2 甲および乙は、本製品 1 の製造・販売のための本バックグラウンド特許権の非独占的通常実施権が、甲乙間で締結した●年●月●日付共同研究開発契約第 7 条第 2 項に記載の条件(ただし、ライセンス期間は本条第 6 項の定めが優先するものとする。)で設定されていることを確認する。
3 甲は、乙に対し、本地域内において、本製品 2 の設計、製造・販売のため に、本特許権および本バックグラウンド特許権の非独占的通常実施権を許諾する。本特許権および本バックグラウンド特許権の対価は 4 条で定める。
4 乙は、前項所定の許諾地域外であっても、本製品 2 を輸出することができる。
5 乙は本製品に本商標を付すように努めるものとし、当該使用の限りにおいて、甲は、乙に対し、本商標の非独占的通常使用権を無償で付与する。
6 本条に定める実施権および使用権の許諾期間は、本契約の期間中または各権利の存続期間満了までのいずれか早いほうとする。
7 乙は、甲が、本特許権または本バックグラウンド特許権(日本の特許権および日本の特許法第 127 条に相当する特許法がある外国の特許権を対象とす る。)に関し、無効理由を解消させる目的で訂正審判請求または無効審判手続における訂正請求を行う場合(以下「訂正等」という。)、甲が訂正等をすることを予め承諾する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国法における専利実施許諾の方式を追記している。
⚫ 中国では、訂正審判制度がないことを追記している。
③コラムについて
⚫ 地域を限定した独占的通常実施権の設定について追記している。
<ポイント>
⚫ スタートアップから事業会社に対する本特許権、本バックグラウンド特許権および本商標にかかる商標権のライセンスについて定めたものである。
<解説>
特許権の整理
⚫ ①対象製品(本製品 1【当初製品】か本製品 2【応用製品】)か)および②共同研究開発により創出された特許権(本特許権)の許諾か本バックグラウンド特許権の許諾か、を記載する必要がある。これを整理したのが以下の表である。
本製品 1 | 本製品 2 | |
共同研究開発の成果として共同で発明された知財等 | 本モデル契約第 2 条 1 項および 共同研究開発契約第 7 条第 7 項に規定 ・ ライセンス対象:本製品 1 の設計・製造・販売 ・ ●年間は独占的通常実施権その後は非独占的通常実施権 ・ ライセンス料:無償 ・ 地理的範囲:全世界 ・ ライセンス期間:本モデル契約の期間中または各権利の存続期間満 了までのいずれか早いほう | 本モデル契約第 2 条 3 項、4 条に 規定 ・ ライセンス対象:本製品 2 の設計・製造・販売 ・ 非独占的通常実施権 ・ ライセンス料:有償 ・ 地理的範囲:本地域(全世界) ・ ライセンス期間:本モデル契約の期間中または各権利の存続期間のいずれか早いほう |
共同研究開発に着手する前にスタートアップが保有していた知財等 | 本モデル契約第 2 条 2 項および 共同研究開発契約第 7 条 2 項に規定・ ライセンス対象:本製品 1 の設計・製造・販売 ・ 非独占的通常実施権 ・ ライセンス料:有償(ライセンス期間中に事業会社の販売するすべての本製品 1 の正味販売価格の●% (外税)) ・ 地理的範囲:全世界 ・ ライセンス期間:●年 | 本モデル契約第 2 条 3 項、4 条に 規定 内容は上記と同条件。 |
本ライセンス契約にて規定
・非独占的通常使用権
・無償
本商標
⚫ なお、本条では取り扱っていないものの、共同研究開発においてスタートアップまたは事業会社の単独発明が生じた場合には、共同研究開発契約 7 条 1 項に基づき、単独発明にかかる特許xxの知的財産権のライセンスの有無および条件を別途協議の上定めることとなる。
⚫ ライセンスの条件については、同発明の重要性や本製品との関係性を考慮しながら、独占的ライセンスにするか否か、有償にするか否か、有償にする場合にいかなる算定式でライセンス料を算定するか等を決定する必要がある。
ライセンスの範囲
⚫ ライセンサー(実施許諾者)は、ライセンシー(実施権者)による想定外の実施を防ぐため、ライセンス(許諾)の範囲を限定的に定める必要がある。本条ではライセンスの対象を製品で限定している。
⚫ 特に、スタートアップは、自社の競争優位性を保つ上で、特許 1 件あたりの重要性が事業会社のそれに比して高いことが多いから、ライセンスの対象を過度に広く設定しないよう留意すべきである。
⚫ 逆に、事業会社は、真に自社事業に必要な範囲にライセンス対象を留めるよう配慮することが、スタートアップとの中長期的な関係を築くために重要である。オープンイノベーションを通じて自社の事業を継続的に強化していくための秘訣のひとつであるといえよう。
専用実施権
⚫ 本条では、1 条⑧号所定の本地域内において、本製品 2 の製造販売に関する非独占的通常 実施権を許諾している。専用実施権(特許法 77 条)が提案されることもあるが、専用実施権を設定する場合、契約で別段の定めがなければ、特許権者であるスタートアップ自身も実施ができない(通常実施権の場合は、スタートアップ自身も実施ができる。)。
⚫ 事業会社にとって専用実施権を提案する最大のメリットは、事業会社自ら差止請求権を有する、ということである。反面、差止請求権を行使した場合に抗弁的な法的措置として一般的な特許 無効審判は、ライセンサー(スタートアップ)自らが対応しなければならない点には留意が必要
である。
⚫ したがって、スタートアップとしては、専用実施権の設定は慎重に判断すべきである。
⚫ なお、専用実施権制度はグローバルには普遍性を有する制度ではないので、この点も留意する必要がある。
中国における3種の使用許諾と司法解釈
⚫ 中国における専利の使用許諾権は3種類があり、それぞれ「普通実施許諾」、
「独占実施許諾」、「排他的実施許諾」という。「普通実施許諾」は日本の通常実施権に相当し、専利権者は被許諾者に規定する範囲に専利権の実施を許諾するが、当該範囲において専利権者の自己の実施権及び第三者への許諾の権利を保留する。「独占実施許諾」は、日本の専用実施権に相当し、専利権者は被許諾者に規定する範囲に専利権の使用を許諾するが、専利権者自己も当該範囲において当該専利権を実施できず、第三者への許諾する権利も有しない。「排他的実施許諾」は、日本の「独占的通常実施権」に相当し、専利権者は被許諾者に規定する範囲に専利権の使用を許諾するが、当該範囲において専利権者の自己が当該専利権を実施できるが、第三者へ許諾することができない。関連規定について、下記司法解釈を参照。
⚫ したがって、中国法における「独占実施許諾」は日本の専用実施権に相当するため、翻訳ミスなどを留意する必要がある。また、スタートアップ自身の実施権を残しておいたほうがよい観点からみれば、専用実施権、つまり中国法における「独占実施許諾」を約定しないほうがよい。
⚫ なお、中国では、独占実施許諾の実施権者は自ら差止請求権と損害賠償請求権を有し、独立して訴訟またはほかの権利行使行為を実施できるが、排他的実施許諾の実施権者は専利権者が権利行使しない場合、独立して訴訟またはほかの権利行使行為を実施できる。普通実施許諾の実施権者は専利権者と共同して権利行使できるか、または専利権者からの明確の授権を受けたら、独立して訴訟またはほかの権利行使行為を実施できる。
参照:「最高人民法院による技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する解釈」
第二十五条 専利実施許諾には以下の方法を含む。
(一)独占実施許諾とは、許諾者が専利実施の許諾の約定範囲内に、当該専利を 1 人の被許諾者の実施のみ許諾し、許諾者は約定に従い、当該専利を実施してはならない。
(二)排他的実施許諾とは、許諾者が専利実施の許諾の約定範囲内に、当該専利を 1 人の被許諾者の実施のみ許諾し、許諾者は約定に従い、当該専利を自己実施できる。
(三)普通実施許諾とは、許諾者が専利実施の許諾の約定範囲内に、当該専利の実施を他人に許諾し、かつ許諾者自己も当該専利を実施できる。
当事者は専利実施許諾の方法について約定しなかった又は約定が不明な場合、普通実施許諾と見なす。専利実施許諾契約書に、被許諾者が他人の専利実施を許諾できると約定した場合、当該再許諾は普通実施許諾と見なす。但し当事者間で別途約定がある場合を除く。
技術秘密の使用許諾方法については、本条第一項、二項の規定を参照して確定する。
商標等の許諾
⚫ 本条では、スタートアップが保有する特許および技術のブランド化の観点から、同技術等に関する商標権をスタートアップが保有していることを前提に、事業会社に対して同商標権の使用許諾を行なっている。
⚫ スタートアップとしては、コアとなる技術のブランディングの観点から、当該技術の名称等につき商標登録を行い、商標権を取得することも検討すべきである。
⚫ なお、本件の場合、スタートアップは事業会社に本商標を使用させるということを超えて、より積極的に、ブランディングの観点から本商標を事業会社に使用させたいという意向があることを前提として、事業会社に対して、本製品に本商標を付する努力義務を課している。
⚫ 商標の使用許諾までは行わない、類似のブランディング方法としては、製品の説明書やウエブサイトに「この製品は○○社の α 技術を採用しております。」「この製品は○○社と共同して開発した成果を利用しております。」との記述をしてもらうことである。このような記述がブランディングのみならず、資金調達等に及ぼすプラスの影響は計り知れない。
訂正審判等の承諾
⚫ 本条 7 項は、訂正審判等に関する事前承諾を定めたものである。
⚫ 特許法 127 条は、「特許権者は、専用実施権者、質権者または・・・通常実施権者があるときは、これらの者の承諾を得た場合に限り、訂正審判を請求することができる。」と定めている。
⚫ そのため、訂正審判等の必要性を考え、上記条項を設けている。
⚫ 中国専利法及び関連法律において、訂正審判制度が規定されておらず、つまり、法律上、基本的に権利化されてからの自発的な訂正が不可能である。また、無効審判段階において、補正を行うことが可能であるが、補正の方式が限られる。
参照:「専利審査指南」
4.6.3 補正方式の制限
専利復審委員会で審査決定を下すまでに、専利権者は請求項又は請求項に含まれる技術方案を削除することができる。
下記 3 つの状況についての答弁期間以内に限って、専利権者は併合の方式によって権利要求書を補正することができる。
(1)無効宣告請求書に対するもの
(2)請求人が追加した無効宣告事由又は補充した証拠に対するもの
(3)専利復審委員会が引用した、請求人が言及していない無効宣告事由又は証拠に対するもの。
中国では訂正審判制度がないことについて
【コラム】独占的な実施権
⚫ 独占的な実施権は、第三者に対する参入障壁となるので、実施権者に対して、いわば「商圏を与える」という趣旨を持つ。
⚫ 手元資金の厚さが企業存続に影響を及ぼすスタートアップは、時として、特許の実施許諾と引き換えに一時金の獲得を目指すことがあるが、そのような場合には独占的な実施権の付与を
前提に、「年間△△万円のリターンが得られる商圏を獲得するために一時金○○万円を支払う、設備投資のようなものですよ。独占期間内の●年間で十分に回収可能です。」という提案をし
ていくことになる。
⚫ なお、共同開発契約書において「全世界に対する非独占的通常実施権を設定する」以外のオプションとして示したとおり、「地理的範囲」を限定した独占的通常実施権を設定する、例えば、事業会社の所在する国・地域(【ケース2】であれば「日本国」とする)のみ独占的通常実施権を設定し、その他の地域について非独占的通常実施権を設定することとして、事業会社に配慮する手段もある。
ライセンスにおける地理的範囲のオプション
◼ 3 条(禁止事項)
第 3 条 乙は、甲の書面による事前の承諾を得た場合を除き、以下の各号に掲げる行為をしてはならないものとする。
①第三者(乙の子会社または関連会社を除く)に前条に定める実施権および使用権を再許諾すること。
②本契約に基づく権利を一部または全部を問わず第三者に譲渡、移転、担保設定、リース、貸与または共有等すること。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 再許諾に関する中国の規定を追加している。
<ポイント>
⚫ ライセンシーの禁止事項を定める条項である。
<解説>
⚫ 本件では、事業会社が自ら製造を行うことを想定していることから、事業会社による第三者へのサブライセンスを禁止している(本条 1 号)。
ただし、ライセンシーは自社の子会社や関連会社で製造販売を行うことも考えられるため、これらを第三者の範囲から除いている。
⚫ しかし、「関連会社」の定義はあいまいであるため、「関連会社」という文言を使用するときは、これを定義規定や別紙等で特定する必要がある(本モデル契約においては別紙で特定する 形式にしている(第 1 条第 10 号)。
⚫ なお、子会社または関連会社以外にサブライセンスの必要があることが契約締結までに判 明している場合は、別紙等で当該サブライセンス先を特定した上で、サブライセンスを許可することもありえよう。本条 2 号は、許諾された権利の譲渡、移転、担保設定等を禁止する一般的規定である。
本条 2 号は、許諾された権利の譲渡、移転、担保設定等を禁止する一般的規定である。
⚫ 中国法において、被許諾者が契約書に約定されている者以外の第三者への当該専利の許諾を禁じられている。つまり、再許諾権を明記しない限り、有しないと見なされる。事業会社が関連会社への再許諾を実施しようとすれば、予め本契約において明記しなければならない。具体的には民法典第八百六十七条及び専利法第十二条を参照。
参照:
⚫ 「中国民法典」
第八百六十七条 専利実施許諾契約書の被許諾者は約定に従い、専利を実施しなければならず、契約で規定された以外の第三者に対して当該専利の実施を許諾してはならない、かつ約定に従い、使用料を支払う。
⚫ 「中国専利法」
第十二条 いかなる単位又は個人も、他人の専利を実施する場合は専利権者と実施許諾契約を締結し、専利権者に専利使用料を支払わなければならない。被許諾者は、契約で規定された以外のいかなる単位又は個人に対しても当該専利の実施を許諾する権利を持たない。
◼ 4 条(本製品 2 に関するライセンス料)
第 4 条 乙は、甲に対し、本製品 2 に関する本特許権および本バックグラウンド特許権に係る発明の実施許諾の対価(以下「ライセンス料」という。)として、以下の支払いを行う。
① 本契約締結日から 1 か月以内に金●円(外税)
② 本契約の期間中に乙の販売するすべての本製品 2 の正味販売価格の
●%(以下「ランニングロイヤルティ」という。)
2 乙は、甲に対し、ランニングロイヤルティの計算のため、本契約締結日以 降、[期間]毎に、当該期間の販売状況(販売個数・単価、その他ランニングロイヤルティの計算に必要な情報を含む)を[●から●日以内に]書面で報告するとともに、当該ランニングロイヤルティを当該期間の末日から●日以内に支払うものとする。
3 乙は前項のライセンス料を甲が指定する銀行口座振込送金の方法により支払う。これにかかる振込手数料は乙が負担するものとする。
4 本条で定めるライセンス料についての消費税は外税とする。
5 本条のライセンス料の遅延損害金は年 14.6%とする。
6 甲に対価を支払うための必要な手続きなどがある場合、乙は積極的に行うも のとし、甲は必要に応じて協力するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 第 6 項として、対価支払うための必要な手続きがある場合の協力義務条項を追記している。
②解説について
⚫ 技術輸出入関係と届け出手続きを追記している。
⚫ 中国から海外へ送金するときの実務について追加している。
⚫ 技術契約の認定登録に関する内容を追記している。
<ポイント>
⚫ 本モデル契約におけるライセンス(本製品 2 についての本特許権および本バックグラウンド特許権の非独占ライセンス)の対価としてのライセンス料の金額、支払時期および支払方法を定める条項である。
⚫ ライセンス料(率)を決定するためには、スタートアップが提供する特許等の希少性や重要性、本製品の市場規模、販売価格や製品寿命、あるいは本製品の付加価値における当該特許
等の貢献度など、個別のケースに応じた幅広な検討が必要である。
⚫ また、上記条項では、ランニングロイヤルティの算定を本製品 2 の正味販売価格(総販売価格から運賃や保険料および梱包費などの経費を控除した販売価格)に基づき行っているが、販売価格を基準にすることもありうる。
<解説>
ライセンス料設定の考え方
⚫ ライセンス料については、①ライセンス契約締結時にまとまった額を支払い(イニシャルフィー)、②その後は実施量に応じて定期的に支払う(ランニングロイヤルティ)のが一般的である。
⚫ 交渉においては、イニシャルフィーとランニングロイヤルティの料率がトレードオフの関係にな ることがある。その際、ランニングロイヤルティに重きをおいてハイリスクハイリターンを狙うか、イニシャルフィーに重きを置いて足元のキャッシュフローを固めるか、という判断が必要にな
る。
ランニングロイヤルティ :ライセンス対象製品の製造販売量が少なければライセンス料が少なくなるが、製造販売量が多ければライセンス料が多くなる。
イニシャルフィー :ライセンス対象製品の製造販売量に関わらず、契約締結時点で一定のまとまった額が入ることとなる。
⚫ 本件では独占的通常実施権を設定していないが、独占的通常実施権を設定する場合においては、他社へライセンスできないことに対する補償として、対象製品の製造販売の数量に関わらず、一定のライセンス料を最低額として(ミニマムギャランティとして)設定した上でランニングロイヤルティを設定することもありうる。
⚫ ランニングロイヤルティは、年度ごとや、半期ごとの報告・支払いを義務付けるものが多いといえるが、四半期ごと、毎月というものも存在する。
⚫ ランニングロイヤルティを規定する場合、その支払い金額を裏付ける報告義務を課すことが通常である。当該報告義務の対象は、ランニングロイヤルティを計算するに必要最小限の範囲を定めることが原則となる。
逆に言うと、「ライセンス料の計算基準=報告監査可能」という公式を満たすように、ライセンス料の計算基準を決めることがセオリーとなる。
技術輸出入関係及び届け出手続き
⚫ 契約の両方当事者は中国企業と日本企業であり、双方の間の権利帰属、譲渡、実施許諾はいずれも技術輸出入に該当する可能である。中国「技術輸出入管理条例」によれば、技術輸出入の場合、技術分野によって、輸出入禁
止、輸出入制限、輸出入自由の三種類がある。本件の技術分野は基本的には輸出入自由の技術に該当すると考えるが、具体的には、開発できた技術内容を中国政府が発行した輸出入の制限・禁止リストに参照する必要がある。輸出自由技術に該当する場合、事前に政府の許可を貰う必要がないが、中国企業の現地商務部門に契約を届け出る必要がある。輸出入禁止、輸出入制限の技術に該当する場合、国務院による「知的財産権対外譲渡の関連作業弁法(試行)」に基づいて、現地商務部門に輸出申請し、審査を受ける必要がある。
⚫ ケース1は、甲が日本企業であり、乙が中国企業である。その際に、
⮚ 第 2 条第 2 項、第 3 項に規定されている甲が保有している本特許権、本バックグラウンド特許権を乙に実施許諾することは、技術輸入に該当す る。技術輸入契約を乙の所在地の商務部門に届出るべきである。同届け出証明はライセンス料を日本に振り込む際に、銀行から要求される可能性がある。よって、届け出しない場合、ライセンス料の送金に影響を与えるおそれがある。商務部門での届出について、契約締結日より 3 か月以内に実施すべきであるが、ランニングロイヤルティ方式の場合、支払う金額の計算基準が形成してから 3 か月以内に届け出る必要がある。なお、実施許諾契約として国家知識産権局に届出るべきである。届出しなくて も、契約の有効性に影響を与えないが、善意第三者に対抗できない。
⮚ 第 2 条第1項に規定されている本製品 1 の製造・販売のための本特許権の通常実施権の許諾について、共同研究開発契約第 7 条 1 項および第 7 項の規定によれば、無償に実施許諾するとなっているため、技術輸入に該当する。理論上、技術輸入契約を乙の所在地の商務部門に届出るべきであるが、無償なので、送金の問題がなく、届け出しなくても、不利な影響がない。なお、実施許諾契約として国家知識産権局に届出るべきである。届出しなくても、契約の有効性に影響を与えないが、善意第三者に対抗できない。
⚫ ケース2は、甲が中国企業であり、乙が日本企業である。その際に、
⮚ 第 2 条第 2 項、第 3 項に規定されている甲が保有している本特許権、本バックグラウンド特許権を乙に実施許諾することは、技術輸出に該当する。技術輸出契約を甲の所在地の商務部門に届出るべきである。なお、実施許諾契約として国家知識産権局に届出るべきである。届出しなくても、契約の有効性に影響を与えないが、善意第三者に対抗できな い。
⮚ 第 2 条第1項に規定されている本製品 1 の製造・販売のための本特許権の通常実施権の許諾について、共同研究開発契約第 7 条 1 項および第 7 項の規定によれば、無償に実施許諾するとなっているため、技術輸出に該当する。理論上、技術輸出契約を甲の所在地の商務部門に届出るべきであるが、無償である場合、届け出ができない。なお、実施許諾契約として国家知識産権局に届出るべきである。届出しなくても、契約の有効性に影響を与えないが、善意第三者に対抗できない。
中国から海外への送金における注意点
⚫ 中国では、海外へ送金するとき、中国国家税務総局国家外匯管理局及び銀行などの審査を受けて、その要求に従い、関連資料を提出する必要があり、銀行などの審査に合格することで無事に送金できることになる。このため、予め利用する中国側の銀行へ関連必要書類を打診し、準備したほうが望ましい。また、甲の協力が必要な場合、双方で友好的に協議したうえ、協力して関連手続きを行ったほうがよい。
中国における技術契約の認定登録手続き
⚫ 中国では、技術契約の認定登録手続きもある。同手続きが中国企業の所在地の商務部門に実施するべきである。技術契約として認定登録されたら、技術の収入につき、税金の優遇措置を求めることができる。甲はロイヤルティを受けるので、ケース2の場合、中国企業である甲は技術契約を認定登録すれ ば、受けたロイヤルティについて、税金の優遇措置を求めることができる。
◼ 5 条(監査)
第 5 条 甲は、乙に対して、報告されたライセンス料に関連する製品の売掛台帳、決算書、その他の経理書類・帳簿類を開示すべきことを請求することができる。
2 甲は、乙に対して、報告されたライセンス料に関して、公認会計士その他中立な第三者による監査を請求することができる。
3 前項の費用は甲が負担する。ただし、監査の結果、乙の報告したライセンス料額が支払うべきライセンス料額よりも 10%以上少なかった場合、甲は乙に対してその費用を求償することができる。
4 甲は、本契約の各条項が遵守されているか否かを調査するため、乙に対し、いつでも本商標を使用する乙の商品およびその包装、その商品に関する広告、カタログ等の提出を要求し、これを自ら検査することができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ 第 4 条のライセンス料の計算が正しいことを確認するための監査の方法を定めた規定である。
<解説>
⚫ 監査の費用については、原則はライセンサー(実施許諾者)が負担することを原則としつつも、監査の結果、不正が発生した場合はライセンシー(実施権者)が負担することとしている。ただし、不正の定義で争いが生じることもあるため、ライセンス料の 10%以内の誤差は除くものとしている。
⚫ スタートアップがライセンサーの場合、監査費用の負担が困難なケースも少なくなく、監査請求が 実質的な解決策にならない場合もある。そのため、報告されたライセンス料が正しいことについて、一定の手数料をスタートアップが負担することで、事業会社名義の意見書の提出を求めることができるようにする等、異なる監督手段を設けることも考えられる。
⚫ ランニングロイヤリティの支払いが適正でなかった場合には、未払い分につき遅延損害金年利 14. 6%が発生することとなり(本モデル契約 4 条 5 項)、これが実質的なペナルティとなっている。
◼ 6 条(ライセンス料の不返還)
第 6 条 乙は、本契約に基づき甲に対して支払ったライセンス料に関し、計算の過誤による過払いを除き、本特許権等の無効審決が確定した場合(出願中のものについては拒絶査定または拒絶審決が確定した場合)を含むいかなる事由による場合でも、返還その他一切の請求を行わないものとする。なお、錯誤による過払いを理由とする返還の請求は、支払後 30 日以内に書面により行うものとし、その後は理由の如何を問わず請求できない。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国法において、悪意がある場合の例外状況を追加している。
<ポイント>
⚫ 支払われたライセンス料についての不返還を定めた条項である。
<解説>
⚫ 支払済みの対価の返還については、出願中の特許に拒絶査定が出て特許が成立しない、対象となる特許が無効審判により無効にされてしまった場合などに問題が生じやすい。
⚫ 中国専利法によれば、権利者の悪意がある状況を除き、権利が無効された場合、既に支払ったライセンス料などを返還する必要はない。よって、本条の規定は特に法律に違反しないが、甲は確かに悪意がある場合、例えば、本特許権が無効すべきであると明らかに知りながら、実施許諾してライセンス料を得る場合、返還を求めることが可能かは議論になる可能性がある。
(次頁に続く)
ライセンス料不返還に関する悪意がある場合の例外
参照:「中国専利法」
第四十七条 無効宣告された専利権は初めから存在しなかったものと見なされる。専利権無効宣告の決定は、専利権無効宣告の前に人民法院が下し、かつ既に執行された専利権侵害の判決及び調停書、既に履行又は強制執行された専利権侵害紛争の処理決定、及び既に履行された専利実施許諾契約又は専利譲渡契約に対して、遡及力を持たないものとする。但し、専利権者の悪意により他者に損害をもたらした場合は、賠償しなければならない。
前項の規定に従い、専利権侵害の賠償金、専利使用料、専利権譲渡料を返還せず、公平の原則に明らかに違反している場合は全額又は一部を返還しなければならない。
⚫ 本条を認める代わりに、以下のオプション条項のとおり、特許登録前後でライセンス料率に差を設けるということも考えられる。オプション条項では出願中の特許が 1 つであることを前提としている。出願中の特許が複数ある場合は、そのうちの一部のみが特許として登録される可能性がある点に留意されたい。
【第 4 条 1 項変更オプション条項:未登録特許のロイヤルティ、第 6 条(ライセンス料の 不返還)の代替案】
第 4 条 乙は、甲に対し、本特許権および本バックグラウンド特許権に係る発明
の実施許諾の対価(以下「ライセンス料」という。)として、以下の支払いを行う。
① 本契約締結日から 1 か月以内に金●円(外税)
② 本契約の期間中に乙の販売するすべての本製品 2 の正味販売価格について以下の料率(以下「ランニングロイヤルティ」という。)
⮚ [出願中の特許]が特許として登録されるまでに乙が販売した本製品 2 につ
いては、本製品 2 の正味販売価格の●%
⮚
[出願中の特許]の特許登録後に乙が販売した本製品 2 については、本製品 2
の正味販売価格の●%
◼ 7 条(改良技術)
第 7 条 甲は乙に対し、自己の裁量で、本契約期間中に、本特許権または本バックグラウンド特許権にかかる発明に改良、改善等をした場合(本製品に関する改良技術を開発した場合を含むが、これに限られないものとする)、その事実を通知し、さらに、乙の書面による要請があるときは、当該改良技術を乙に開示する。乙
は、本契約第 2 条に規定される条件に準じて、本地域において、かかる改良技術に基づき本製品を製造、販売する非独占的権利を有する。
2 甲が当該改良技術につき特許を取得した場合、乙は、本契約に規定される条件に従い、本地域において、当該特許にかかる発明を無償で実施する非独占的権利を有する。
3 乙は、本契約期間中に乙により開発されたすべての改良技術を、開発後直ちに甲に開示し、当該改良技術につき、当該改良技術に基づき本製品を製造、使用および販売する無期限、地域無限定、無償かつ非独占的な実施権を、再許諾可能な権利と共に、甲に許諾する。
4 乙が、いずれかの国において当該改良技術の特許出願または実用新案出願を申請することを希望する場合、乙は甲に対し、かかる出願前に出願内容の詳細を開示するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 改良技術に関する中国法規定を追加している。
<ポイント>
⚫ 当事者が、ライセンス対象の特許を基本特許として、応用・改良技術を開発した場合の取り扱いを定めた規定である。これを整理したのが以下の表である。
ライセンサー(スタートアップ)による改良 | ⮚ 通知義務無し、事業会社が要求した場合は開示義務あり ⮚ 事業会社に非独占的権利を許諾、無償 |
ライセンシー(事業会社)による改良 | ⮚ 通知義務あり、開示義務あり ⮚ スタートアップに非独占的権利を許諾、無償 |
外国出願の取り扱い | ⮚ ライセンシー(事業会社)が特定の国への出願を希望した場合、ライセンサー (スタートアップ)に対し、事前に出願内容を開示 |
⚫ 例えば、ライセンシーによる改良技術の取り扱いについて定めていなかった場合、数年後、ライセンシーが基本特許の周辺に 100 件を超える応用・改良特許を出願し、これら改良特許のライセンスとのクロスライセンスを提案してくるということもあるため、改良技術の取り扱いを定めておくことは重要である
⚫ 共同研究開発契約 7 条 12 項でも改良技術の取り決めがなされているが、同条項のみでは、共同研究開発契約の契約期間満了後に改良結果が生じた場合に対応できなくなるため、ライセンス契約において改めて改良技術が生じた場合の取り決めを定めておく必要がある。
<解説>
ライセンサーの改良技術
⚫ 1 項および 2 項は、ライセンサー(スタートアップ)が改良技術を開発した場合の規定である。本項では、ライセンサーに改良技術の通知の裁量を与えつつ、ライセンシー(事業会社)が要請した場合には、本製品の製造販売についての非独占的権利が許諾されるとしている。
⚫ 2 項では、改良技術のライセンスについて特段追加のライセンス料を必要としないこととしているが、追加のライセンス料その他の条件の見直しについて定めることも考えられる。
⚫ なお、改良発明に関する事業会社による国外での出願について、スタートアップに対し、当該出願(または登録後の権利)の買取の優先交渉権を与えることも考えられる。
改良技術に関する中国法規定・司法解釈
⚫ 中国民法典第 875 条に改良技術に関して規定している。本契約の本条規定は中国法に違反する点は特にないが、参照のため、中国の関連法規定を下記のとおり紹介する。
参照:中国民法典
第 875 条 当事者は、相互利益の原則に従い、専利を実施し、ノウハウを使用してからの改良技術成果の共有方法を契約書において約定することができる。約定がない場合、又は約定が不明な場合、本法第五百一十条に基づいても確定できない場合、一方の当事の改良した技術成果は、他方当事者が共有する権利を有しない。
⚫ なお、前述のとおり、中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条 1 項 1 号にも、改良技術の取り扱いについて規定している。つまり、改良を禁止または制限できず、かつ改良技術の権利帰属と使用権利などについて、平等・公平に約定しなければならない。
【追加オプション条項:ライセンス料等の見直し】
3 前 2 項の場合、甲乙は第 4 条に定めるライセンス料その他の条件の変更について協議を行うものとする。
<ポイント>
⚫ 本オプション条項を追加する場合、第 2 項の次に配置することになる。
ライセンシーの改良技術
⚫ 3 項以下は、ライセンシー(事業会社)が改良技術を開発した場合の規定である。
⚫ ライセンシーには、改良技術の通知義務を課すとともに、ライセンサーに対し、非独占的権利を無償で許諾することとしている。また、ライセンシーの改良技術の特許出願については、事前にライセンサーに対し出願内容の詳細を開示するとともに、当該特許の買い取りに関する優先交渉権を与えることとしている。
◼ 8 条(本商標)
第 8 条 乙は、第 2 条第 5 項の規定に基づき本商標を使用する場合、商標法その他関連法規の規定を遵守するとともに、本商標の機能を損ない、権利の喪失を招くことのないように努めなければならない。
2 乙は、甲の事前の同意なしに、以下の各号に定める行為を行ってはならない。ただし、甲乙間で協議の上、本契約に基づき使用可能な本商標に類する商標を定めた場合は、当該商標を本製品に使用することができるものとする。
(1)本商標を本製品に類似する商品に使用する行為
(2)本商標に類似する商標を本製品に使用する行為
(3)本商標に類似する商標を本製品に類似する商品に使用する行為
3 乙は、本商標の使用に際し、その商品の品質の低下等により、本商標にすでに化体されている業務上の信用を失墜させるような行為をしてはならない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ ライセンサーが保有技術についての商標を有する場合に、この商標の使用方法について定めた規定である。
⚫ 日本商標法 53 条は、「専用使用権者または通常使用権者が指定商品もしくは指定役務またはこれらに類似する商品もしくは役務についての登録商標またはこれに類似する商標の使用であって商品の品質もしくは役務の質の誤認または他人の業務に係る商品もしくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と定めているため、本商標の登録の取消事由が発生することを防止するべく、2 項の規定が設けられている。
⚫ また、本商標のブランド価値の棄損を防止するべく、3 項では、商標の信用失墜行為を禁止している。
◼ 9 条(第三者の権利侵害に関する担保責任)
第 9 条 甲は、乙に対し、本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売が第三者の特許権、実用新案権、意匠権等の権利を侵害しないことを保証しない。
2 本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売に関し、乙が第三者から前項に定める権利侵害を理由としてクレームがなされた場合(訴訟を提起された場合を含むが、これに限らない。)には、乙は、甲に対し、当該事実を通知するものとし、甲は、乙の要求に応じて当該訴訟の防禦活動に必要な情報を提供するよう努めるものとする。
3 乙は、本特許権等が第三者に侵害されていることを発見した場合、当該侵害の事実を甲に対して通知するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 第三者の権利侵害に関する中国法規定を追加している。
<ポイント>
⚫ ライセンス対象となる特許権等の非保証を定めた規定である。
⚫ 1 項の特許非保証を前提として、2 項は、ライセンシーが第三者から訴訟提起された場合のライセンサーの協力義務を定めたものである。
<解説>
⚫ ライセンスの対象となる特許等については、第三者の権利侵害がないことを保証する(いわゆる「特許保証」)のが当然だという考え方になりがちである。
⚫ しかし、特許保証を行うことは、下記コラムに記載のとおり、ライセンサーのリスクが非常に高 い。スタートアップと事業会社の間の適切なリスク分配という観点からは、特許保証までは行わないという前提で他の条件を定めることが適切である。
仮に、特許保証をするにしても、「甲が知る限り権利侵害はない」「甲は権利侵害の通知をこれまで受けたことはない」ことの表明にとどめるべきである。
⚫ 中国民法典第 874 条に第三者の権利侵害に関して規定している。本契約の本条規定は現行「民法典」や「技術輸出入管理条例」に違反することは特にないが、改正前の「技術輸出入管理条例」第 27 条において第三者の権利侵害責任は許諾者が負担すると規定されていた。2019 年「技術輸出入管理条例」が改正した際に、同条項が削除された。現在、技術輸入であっても、当事者双方は第三者の権利侵害責任を自由的に約定できる。参照のため、中国民法典の関連法規定を下記のとおり紹介する。
参照:中国民法典
第 874 条 受譲者又は被許諾者は約定に従い、専利を実施し、ノウハウを使用するとき、他人の合法的権利を侵害した場合、譲渡者又は許諾者が責任を負う。ただし、当事者の間に別途約定がある場合を除く。
第三者の権利侵害に関する中国法規定
【コラム】 特許保証をするとライセンサー(特許権者)のリスクが高い理由
⚫ 特許紛争が生じた場合、特許保証を前提とすると、理屈上、ライセンサーは必ず損をする(少なくとも得はしない)。
⚫ 今、スタートアップが事業会社に対して特許ライセンスをして、事業会社が本製品を 1 億円売り上げたとする。この場合、スタートアップが得るロイヤルティは、ライセンス料率 3%とすると 300万円である。他方、事業会社に対して、第三者がその保有する特許に基づいて特許侵害を主張した場合、当該 1 億円の売り上げに対する損害額は、
① ライセンス料相当額(特許法 102 条 3 項参照)で計算して 300 万円、
② 得べかりし利益(同 2 項)で計算して限界利益率を 10%と仮定すると 1000 万円、ということになる。
⚫ 特許保証とは、これらの損害額についてライセンサーが保証すべきというものなので、ライセンサーはライセンス料として 300 万円獲得し、特許保証で 300 万円または 1000 万円を支払うという計算になるから、理屈上得はしない。
◼ 10 条(秘密情報、データおよび素材等の取扱い)
第 10 条 甲および乙は、本契約の遂行のため、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示および提供(以下「開示等」という。)の方法ならびに媒体を問わず、また、本契約の締結前後に関わらず、甲または乙が相手方(以下「受領者」という。)に開示等した一切の情報およびデータならびに素材、機器およびその他有体物、(別紙●●列挙のものおよびバックグラウンド情報を含む。以下
「秘密情報等」という。)を秘密として保持し、秘密情報等を開示等した者
(以下「開示者」という。)の事前の書面による承諾を得ずに、第三者に開示等または漏えいしてはならないものとする。
2 前項の定めにかかわらず、次の各号のいずれか一つに該当する情報については、秘密情報に該当しない。
① 開示者から開示等された時点で既に公知となっていたもの
② 開示者から開示等された後で、受領者の帰責事由によらずに公知となったもの
③ 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示等提供されたもの
④ 開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの
⑤ 開示者から開示等された情報を使用することなく独自に取得し、又は創出したもの
3 受領者は、秘密情報等について、事前に開示者から書面による承諾を得ずに、本契約の遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本契約遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できるものとする。
4 受領者は、秘密情報等について、開示者の事前の書面による同意なく、秘密情報等の組成または構造を特定するための分析を行ってはならない。
5 受領者は、秘密情報等を、本契約の遂行のために知る必要のある自己の役員および従業員(以下「役員等」という。)に限り開示等するものとし、この場
合、本条に基づき受領者が負担する義務と同等の義務を、開示等を受けた当該役員等に退職後も含め課すものとする。
6 本条第 1 項および同条第 3 項ないし第 5 項の定めにかかわらず、受領者は、次の各号に定める場合、可能な限り事前に開示者に通知した上で、当該秘密情報等を開示等することができるものとする。
① 法令の定めに基づき開示等すべき場合
② 裁判所の命令、監督官公庁またはその他法令・規則の定めに従った開示等の要求がある場合
③ 受領者が、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士等、秘密保持義務を法律上負担する者に相談する必要がある場合
7 本契約が終了した場合または開示者の指示があった場合、受領者は、開示者の指示に従って、秘密情報等(複製物および改変物を含む。)が記録された媒
体、ならびに、未使用の素材、機器およびその他有体物を破棄もしくは開示者に返還し、また、受領者が管理する一切の電磁的記録媒体から削除するものとする。なお、開示者は受領者に対し、秘密情報等の破棄または削除について、証明する文書の提出を求めることができる。
8 受領者は、本契約に別段の定めがある場合を除き、秘密情報等により、開示者の知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。
9 本条は、本条の主題に関する両当事者間の合意の完全なる唯一の表明であり、本条の主題に関する両当事者間の書面または口頭による提案、およびその他の連絡事項の全てに取って代わる。
10本条の規定は、本契約が終了した日よりさらに 5 年間有効に存続するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 契約終了後の本条項の存続期間に関する解説を追記する。
<ポイント>
⚫ 相手から提供を受けた秘密情報等の管理方法に関する条項である。
<解説>
従前に締結した秘密保持条項との関係整理
⚫ 秘密保持契約、PoC契約や共同研究開発契約に引き続いてライセンス契約を締結する場合、ライセンス契約よりも前に締結した契約における秘密保持条項とライセンス契約における秘密保持条項の関係が問題となる。
⚫ ライセンス契約において秘密保持条項を設けずに前者が引き続き適用されるとすることもあるが、本モデル契約においてはライセンス契約内の秘密保持条項が、すでに締結されている秘密保持条項を上書きすることを 9 項で明記している。
⚫ なお、既存の秘密保持条項およびライセンス契約の秘密保持条項の内容次第では、既存の秘密保持条項よりも、ライセンス契約の秘密保持レベルが落ちる可能性があるため、その点に留意した上で優先関係を定めることが望ましいであろう。
秘密情報の定義(秘密である旨の特定の要否)
⚫ 秘密情報の定義については、当事者間でやりとりされる情報を包括的に対象とする場合と、個別に秘密である旨の特定を要求する場合があるが、技術情報提供のために各種の情報、データ、素材等がやりとりされることがあるライセンス段階において、秘密である旨の特定を忘れることによるリスクを避けるため、前者を採用している。
⚫ 他方で、秘密情報を「一切の情報」と包括的に定義すると、範囲が広過ぎるとして有効性が争われ、逆に保護の範囲が狭まってしまう(秘密情報とは保護に値する情報を意味すると限定解釈される)リスクが発生する。このリスクを排除するためには、「秘密を指定」する条文を採用すればよい。
⚫ なお、「秘密を指定」する条文オプションとその背景となる秘密情報の範囲に関する考え方につ
いては、「秘密保持契約」のモデル契約書に詳細に解説しているため、そちらも参考にされたい。
⚫ 契約期間のみならず、契約期間終了後に、どの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。契約期間が 3 か月など短く設定されていても、残存条項により 10 年など契約終了後も長期間に亘って秘密保持義務を負うケースもある。
⚫ 残存条項の期間は厳しい交渉が行われる項目のひとつである。期間は 2~3 年と することが多いが、ビジネスおよび開示等される情報の性質(対象となる秘密情報等が陳腐化する期間はどの程度かなど)により調整が必要である。本契約においては、残存期間を 5 年間としているが、関係情報が公知情報になるまで秘密保持義務を有すると約定することも考えられる。そのような約定は、情報開示方にとって有利である。
本契約終了後の秘密保持期間
◼ 11 条(期間)
第 11 条 本契約の有効期限は本契約締結日から●年間とする。本契約は、当初期間や更新期間の満了する 60 日前までに、いずれかの当事者が合理的な理由に基づき更新しない旨を書面で通知しない限り、1 年間の更新期間(以下、それぞれ「更新期間」という。)で、同条件で自動的に更新されるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ 契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
⚫ ライセンシーの場合は、契約期間を「対象となる全ての特許が満了等により消滅するまで」と規定し、更新時の再交渉を避けるというのがセオリーである。
⚫ もっとも、ライセンシーは特許権に係る発明を実施するために相当程度の額をかけて設備投資をすることとなるため、合理的な理由なくして一定期間(●年間)でライセンスを含めた本モデル契約の有効期間が満了してしまうことは大きなリスクとなる。そこで、本条においては、契約期間を●年としつつ、更新拒絶がない限り自動更新することとし、合理的な理由なくして更新拒絶できないこととした。
◼ 12 条(解除)
第 12 条 甲または乙は、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合には、何らの催告なしに直ちに本契約の全部または一部を解除することができる。
① 本契約の条項について重大な違反を犯した場合
② 支払いの停止があった場合、または競売、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始の申立てがあった場合
③ 手形交換所の取引停止処分を受けた場合
④ 本特許権または本バックグラウンド特許権の有効性を争った場合
⑤ その他前各号に準ずるような本契約を継続し難い重大な事由が発生した場合 2 甲または乙は、相手方が本契約のいずれかの条項に違反し、相当期間を定めてなした催告後も、相手方の債務不履行が是正されない場合は、本契約の全部ま
たは一部を解除することができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 不争条項に関するコメントを追記する。
<ポイント>
⚫ 契約解除に関する一般的規定である。
⚫ 4 号においては、ライセンス対象となっている本特許権および本バックグラウンド特許権の有効性を争った場合には、契約を解除できることとしている(いわゆる不争条項)。
<解説>
不争条項と中国の関連規定
⚫ 中国では、「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条によれば、技術の譲受側が契約の目的である技術の知的財産権の有効性に対し異議を申し立てることを禁止する又は異議申立に条件を付加する条項(いわゆる不争条項)は、民法典 850 条の「技術の違法独占」に該当し、関係約定が無効である。よって、本条4号の不争条項は無効であると判断されるおそれがある。
参照:
中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」
第十条下記の状況は、民法典 850 条の「技術の違法独占」に該当する。
① 契約対象技術の改良、又は改良した技術の使用を制限する条項、または双方は改良技術を交換する条件が平等ではない。一方が自ら改良した技術を無償で相手方に提供するよう要求し、お互いに有利な条件ではなく相手方に譲渡 し、改良技術の知財権を無償で独占または共有することを含む。
② 他の供給先からの技術に類似し又は競合する技術の取得を制限する条項
③ 市場ニーズに基づき合理方式で契約対象技術の実施を妨害し、契約対象技術製品の製造数、品種、または販売価格、販売ルート、輸出市場に明らかに不合理的に制限することを含む。
④ 技術の実施にとって必須でない技術、原料、製品、設備またはサービス、人員の購入を要求する条項
⑤ 原材料、部品、製品または設備を購入するルートへの不合理な制限に係る条項
⑥ 技術の譲受側が契約の目的である技術の知的財産権の有効性に対し異議を申し立てることを禁止する又は異議申立に条件を付加する条項
⚫ 以下のように、いわゆるチェンジオブコントロール(COC)が解除事由として定められることがある。しかし、そうすると、M&A が解除事由となりかねず、上場審査やデューデリジェンスにおいてリスクと評価され得る。
⚫ したがって、スタートアップとしては、解除事由に COC が含まれている場合、それによる支障を説明し、削除を求めることを検討すべきである。
【解除事由としての COC 条項の例】
他の法人と合併、企業提携あるいは持ち株の大幅な変動により、経営権が実質的に第三者に移動したと認められた場合
◼ 13 条(契約終了後の措置)
第 13 条 乙は、本契約が前条に基づく甲の解除により終了した場合は直ちに、期間満了または合意解除により終了した場合はその終了後 3 か月以降、以下の義務を負う。
① 本製品を販売し、またはその注文を受けてはならない。
② 甲の指示により、本製品の在庫、見本・カタログを含む広告・宣伝材料等を甲に引き渡し、または破棄する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ 本条は、契約終了時のライセンシーの義務を定めたものである。
<解説>
⚫ 本条では、製品の販売等の禁止とともに、製品在庫その他の商材の引き渡し、破棄義務を定めている。
◼ 14 条(損害賠償)
第 14 条 甲および乙は、本契約の履行に関し、相手方が契約上の義務に違反しまたは違反するおそれがある場合、相手方に対し、当該違反行為の停止または予防および原状回復の請求とともに損害賠償を請求することができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 変更オプションを追記する。
<ポイント>
契約違反が生じた場合に違反行為の停止等および損害賠償請求ができることを規定している条項である。
<解説>
⚫ 損害賠償責任の範囲・金額・請求期間は、ライセンスの内容やコストの負担、ライセンス料の額等を考慮して当事者間の合意により決められる。
⚫ 本モデル契約は、迅速な被害回復が必要とされる知的財産権に関する契約であることから、本条では、損害賠償だけでなく違反行為の停止または予防および原状回復の請求が行えることとしている。具体的には、特定の行為を求める仮処分や訴訟手続きなどを行うこととなる。
【変更オプション】14 条(違約責任)
第 14 条 甲および乙は、本契約の履行に関し、相手方が契約上の義務に違反 しまたは違反するおそれがある場合、相手方に対し、当該違反行為の差止めまたは予防および原状回復の請求とともに**金額の違約金を支払わなければならない。上記の違約金が、本契約の違反による相手に齎す損失を補填するに足りない場合、不足部分について、被害者側は相手方に損害賠償を追及する権利がある。
<ポイント>
⚫ 本条は、本モデル契約の履行に関しての違約責任について規定している。
<解説>
⚫ 損害賠償の責任のみを規定する場合、追及する際に、損失を齎したことを証明する必要がある。それに対し、違約金を規定すれば、相手は違約行為があることを証明できれば、違約金を追及できるので、守約方にとって有利である。
⚫ 違約金の金額について、ライセンス料の額等を考慮して約定できると考えるが、違約金では補償不足の損失部分について、損害賠償を求めることができる。
◼ 15 条(存続条項)
第 15 条 本契約が期間満了または解除により終了した場合であっても第 6 条
(ライセンス料の不返還)、第 9 条(第三者の権利侵害に関する担保責任)、第
10 条(秘密保持、データおよび素材等の取扱い)、第 13 条(契約終了後の措
置)ないし第 17 条(協議解決)の定めは有効に存続する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
⚫ 契約終了後も効力が存続すべき条項に関する一般的規定である。
◼ 16 条(準拠法および紛争解決手続き)
第 16 条 本契約に関する紛争については、日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
<変更オプション A:被告地主義>
第 16 条 本契約に関する紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース2)が被 告となる場合は、日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。 乙(ケース1)/甲(ケース2)が被告となる場合
は、中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
<変更オプション B:主に開発を行う場所>第 16 条 本契約に関する紛争については、
(ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第一審の専属的合 意管轄裁判所とする。
(ケース2)日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁 判所とする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 準拠法について、執行性を考慮して被告地主義等に基づくオプションを追加している。
⚫ 仲裁条項を追記し、仲裁地としての香港の例示及び被告地主義等に基づくオプションを追加している。
②ポイント・解説について
⚫ 準拠法、調停及び国際仲裁についての解説を追加している。
<ポイント>
⚫ 準拠法および紛争解決手続きに関して裁判管轄を定める条項である。
<解説>
⚫ クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
⚫ 紛争解決手段については、上記のように裁判手続きでの解決を前提に裁判管轄を定める他、各種仲裁によるとする場合がある。
⚫ 中国企業と日本企業とのライセンス契約であっても、JPO モデル契約書のように、日本国法を準拠法とし、日本の裁判所を管轄裁判所として約定すること は、中国の法律規定に違反せず、有効な約定である。
⚫ しかし、日本と中国の間では判決執行協力条約が存在しないため、日本裁判所による判決は中国で強制執行できない。よって、契約紛争について、日本の判決を中国で執行できない虞があることを留意すべきであり、好ましいとは言えない。
⚫ したがって、オプション1として、被告地主義の条項を追加した。
⚫ また、オプション2として、本研究について、主に Y 社(乙)の場所で進める前提であれば、専利権の許諾実施の密接関係地は Y 社の所在地であると考える。証拠収集、訴訟便利と判決執行の面から、Y 社の所在地裁判所を管轄地とする約定するとも考えられる。
⚫ なお、日本国法を準拠法とする場合であっても、本契約の履行などは中国の強制法律法規を違反することはできない。例えば、技術輸出入に該当するため、中国の「技術輸輸入管理条例」などの法律法規を遵守しなければならない。
第 16 条 本契約に関する知的財産権についての紛争については、日本国法を準拠法とし、まず[東京・大阪]地方裁判所における知財調停の申立てをしなければならない。
2 前項に定める知財調停が不成立となった場合、前項に定める地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
3 第 1 項に定める紛争を除く本契約に関する紛争(裁判所の知財調停手続きを含む)については、日本国法を準拠法とし、第 1 項に定める地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国での知財調停について追記している。
<解説>
⚫ 紛争解決手段について、どの裁判管轄ないし紛争解決手段が適切かは一概には決められず、当事者の話し合いで決定するのが望ましい。話し合いによる解決を目指す場合、東京地方裁判所および大阪地方裁判所において創設された知財調停を利用することが考えられる。
⚫ 「知財調停」は、ビジネスの過程で生じた知的財産権をめぐる紛争を取り扱う制度であり、仲裁手続き同様、非公開・迅速などのメリットがあるだけでなく、専門的知見を有する調停委員会の助言や見解に基づく解決を行うことができ、当事者間の交渉の進展・円滑化を図ることができるというメリットがある。
⚫ 運用面では、原則として、3 回程度の期日内で調停委員会の見解を口頭で開示することにより、迅速な紛争解決の実現を目指すとされており、迅速に解決でき、コストや負担を軽減できる可
能性がある。
⚫ 知財調停を利用するためには、東京地方裁判所または大阪地方裁判所いずれかを,合意により調停事件の管轄裁判所とする必要がある。
⚫ 知財調停は、当事者双方が話合いによる解決を図る制度であるため、当事者が合意できず調停不成立となった場合は、訴訟等の手続きにより別途紛争解決が図られることとなる。
⚫ また、仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて下記のような仲裁条項に変えるという選択肢もある。
⚫ 訴訟と同様に、日本の裁判所における民事調停の和解結果について中国では執行力を持たない、つまり、民間調停による通常の和解と同様の効果しか得られないことに留意すべきである。
⚫ 中国で知財調停の申立をする場合、裁判所に提訴してから、知財調停を申し立てることができるし、裁判の全過程の何時の時点でも調停を申し立てることが可能である。裁判所のほか、直接所在地の人民調停委員会に調停を申し立てることができる。2019 年 12 月 6 日中国特許保護協会は、中国特許保護協会標準
「知識産権紛争調停管理規範」を発布した。
(http://www.ppac.org.cn/news/detail-203.html)当該規範は、人民調停委員会が知的財産権紛争(知的財産権関連の契約紛争、権利所属、侵害紛争及びそれに関連する競争紛争等が含まれる)の関係者が調停を申請する場合や関係当事者が調停に同意する場合に適用される。規範には、知的財産権紛争の調停に関する基本原則、受理、企画、実施、書類管理などについて定めている。
<変更オプション A:第三国・地域>
第 16 条 本契約に関する一切の紛争については、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:(例)香港国際仲裁センター)に付託し、(仲裁規則:(例)香港国際仲裁センターの仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として(都市名:(例)中国香港特別行政区)において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は英語とする。
<変更オプション B:被告地主義>
第 16 条 本契約に関する一切の紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース
2)が被申立人となる場合は、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の 仲裁機関名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として日本国東京都において仲裁を行うものと
し、手続言語は日本語とする。乙(ケース1)/甲(ケース2)が被申立人となる場合は、中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関
名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則な
ど)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁を行うものとし、手続言語は中国語とする。いずれの場合も仲裁により終局的に解決さ
れるものとする。
<変更オプション C:主に開発を行う場所>
第 16 条 本契約に関する一切の紛争については、
(ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関) に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は中国語とする。
(ケース2)日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の仲裁機関)に付託し、
(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、 仲裁地として日本国東京都において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は日本語とする。
<ポイント>
⚫ 紛争解決手続きとして仲裁を指定する条項である。
<解説>
⚫ 仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて仲裁条項に変えるという選択肢もある。
⚫ 紛争の解決方法としては、訴訟か仲裁を選ぶことができるが、訴訟は裁判所で、仲裁は仲裁機関で審議するが、それぞれメリット・デメリットがある。
⚫ 訴訟:メリットとしては、一裁終局ではなく、控訴や上訴が可能であるので、不利な一審結果があれば、またチャンスがある。最終結果の公平性などを確保できる。デメリットとしては、時間と費用が掛かるが、日中間、判決の承認と執行に関する協力条約がまだないので、日本/中国裁判所の判
決は中国/日本で執行できない。
⚫ 仲裁:メリットとしては、一裁終局なので、より迅速であり、また裁判と比べて非公開である。しかも、日中間、仲裁裁決の承認と執行に関する協力条約があるので、日本/中国仲裁機構の裁決は中国/日本で執行できる。
デメリットとしては、一裁終局なので不利な仲裁裁決が出ても不服申立てができない。
⚫ 仲裁地と仲裁機構の選択について、外国の仲裁機関による紛争解決を約定することは中国法に違反しない。日本の判決は中国で執行できないが、日中
両国はニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の締約国であるため、日本など外国の仲裁裁決について、中国の裁判所に執行を申請できる。よって、執行性に鑑みれば、仲裁を約定することは、訴訟の約定よりメリットがある。
⚫ なお、日本国法を準拠法とした場合、一方当事者が中国で訴訟を提起しようとする場合、他方当事者は仲裁条項があるとの理由で管轄権異議を提出できる。その際に、中国の裁判所は仲裁条項が有効であるかどうかを審査するが、仲裁条項有効性の準拠法(契約紛争の実体準拠法ではなく仲裁合
意準拠法)に関する明確の約定がなければ、約束した仲裁地の法律に基づき判断し、仲裁地を明確に約定しない場合、裁判地の法律に基づき判断する。
⚫ よって、仲裁地を明確に約定することは重要であり、かつ、仲裁地の法律に基づき、同仲裁条項が有効であることを確保することも重要である。
(次頁に続く)
⚫ 仲裁地については、日本、中国(例えば、北京、上海)、被告地主義などの他、公平性を期待できる第三国・地域を仲裁地とすることも想定すべきである。中国内地の仲裁機構による裁決は中国で強制執行する際に、外国仲裁機構による裁決の執行より便利である。また、アジア地域における国際仲裁の実績は香港及びシンガポールの評価が高い。
⚫ このうち香港については、仲裁判断の執行について中国で「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的安排」(2000 年)及び「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的补充安排」(2020
年)が定められ、2021 年の中国十四次五か年計画において「香港を国際紛
争解決センター」とする方向性が示されており、中国との国際紛争解決において、香港の仲裁機関を選択し、香港を仲裁地とすることは一考に値する(下記参照)。ただし、中国内地の裁決の執行手続きと比べれば多少複雑となる。
(参照)JETRO 地域・分析レポート
「グローバルな知財紛争解決に「香港仲裁」の魅力」(2022 年 2 月 8 日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/ef2bb3bd14e4aca6.html
⚫ なお、仲裁地(seat of arbitration)とは、仲裁判断が下されたとみなされ、かつ仲裁手続きを監督し、仲裁に関連して提起された訴訟を受理する権利などの管轄権を有する裁判所の所在する場所であり、仲裁の審理手続きなどが実際に行われる場所(venue of arbitration)や、仲裁を管理する仲裁機関(arbitral institution)とは、異なる概念であることに注意されたい。
⚫ オプションでは、主に仲裁地について着目し、A:第三国・地域(香港等を想定)、 B:被告地主義、C: 主に開発を行う場所としたが、これ以外にも、準拠法・手続言語・仲裁機関・仲裁人の人数や国籍(本条項案では定めていない)等についても仲裁条項の交渉対象となりうる。
⚫ 例えば準拠法について、オプション A では日本国法としたが、本件が知的財産権に関連する契約であることを踏まえると、主な紛争対象となる知的財産権の発生根拠となる国・地域の法律を準拠法とすること、つまり、仲裁地を第三国・地域としつつもオプション B や C のように準拠法のみを被告地主義や主に開発を行う場所(契約履行地や証拠収集の観点)に基づいた条項とすることも一案である。
⚫ 仲裁規則については、仲裁機関の規則もしくは UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)仲裁規則を用いることが一般的である。
◼ 17 条(協議解決)
第 17 条 本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項については、甲乙誠実に協議の上解決する。協議を経ても解決できない場合、何れかの当事者は前条 に従い、紛争解決を求めることができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 協議を経ても解決できない場合に前条での紛争解決手続きに進むことを明確化している
②解説について
⚫ 本条と前条との関係について追記している。
<ポイント>
⚫ 紛争発生時の一般的な協議解決の条項である。
<解説>
⚫ 通常、本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項がある場合、まずは当事者双方の協議で解決することであり、協議によって解決できない場合には、準拠法を利用して、法的アクションを通じて解決することになる。よって、第 16 条と第 17 条の順番を変更することも考えられる。
契約言語
本契約締結の証として、中国語と日本語でそれぞれ本書 4 通を作成し、甲、 | |
乙記名押印の上、中国語と日本語の各2通を保有する。また、日本語版、中 | |
国語版のいずれも正本とする。ただし、両言語版で解釈等につき相違が発生 | |
した場合は、日本語版に従う。 | |
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 契約書の締結言語、本数などを追記している。
②解説について
⚫ 日中企業間の契約の言語、効力を追記している。
<解説>
⚫ 日中企業間の契約として、契約の言語、効力について約束することもある。将来紛争解決の必要性に応じても、実効性のある契約書を締結するのであれ ば、お互いの母国語である「日本語及び中国語で契約書を締結することが、最
も適切と考える。両言語で契約を締結する場合、どちらを正本とするか、何れも正本となる場合、どちらを準することを明確に約定したほうがよい。また、本件の場合、中国商務局などに届出する必要があるため、契約書数を各 2 通としている。
参照:
日本の「民事訴訟規則」第 138 条1項
「外国語で作成された文書を提出して書証の申出をするときは、取調べを求める部分について、その文書の訳文を添付しなければならない。」
中国の「民事訴訟法の適用に関する解釈」第 527 条 1 項
「当事者が人民法院に提出する書面の資料が外国語である場合、同時に人民法院に中国語翻訳文を提出しなければならない。」
年 月 日
甲
乙
別紙製品目録 1
別紙製品目録 2
別紙
知的財産権目録
1 特許権
番号 | 出願番号 | 公開番号 | 登録番号 | 発明(考案)名称 | 存続期間満了日 |
2 商標権
① 国内商標権
番号 | 登録番号 | 商標 | 商標の区分 | 存続期間満了日 |
② 外国商標権
番号 | 登録番号 | 商標 | 商標の区分 | 存続期間満了日 |
◼ その他のオプション条項
◼ 本技術情報
第●条 甲は、本契約締結後●日以内に、本技術情報を文書または電子媒体にて乙に開示するものとする。
2 乙は、本技術情報を受領したときは、速やかにその内容を確認しなければならない。乙が受領後●日以内に異議を述べない場合は、甲の本技術情報提供義務は履行されたものとみなす。
3 乙が、甲に対して、本製品の製造方法の助言と指導を書面により要請した場合は、甲乙は有償による当該技術指導に関する契約の締結について協議する。
4 乙は、甲から乙に対する本技術情報の開示が、現状有姿のものであることに合意し、甲は乙が本技術情報を実施することから生じたいかなる責任または損害
(第三者の財産・身体・生命その他の権利の侵害、または、乙による得べかりし利益の補填も含む。)についてこれを負担せず、乙はこれらの責任、損害について甲を免責することに同意する。
5 前項の免責規定については、乙が本技術情報を実施することによって、第三者の知的財産権を侵害した場合、および、そこから生じる損害についても同様とする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国民法典における技術提供義務について追加している。
<ポイント>
⚫ 特許のライセンスにおいては、ライセンサーからライセンシーに対して技術ノウハウの提供も行うことがある。本条は、かかる技術ノウハウの提供に関して定めた条項となる。
<解説>
⚫ 技術情報の範囲については、本条では 1 条➃号所定の「本技術情報」としつつ、一定期間以内に異議を述べない場合、提供義務は履行されたものとみなすとしている。
⚫ これに対し、本技術情報の範囲に争いが生じないように、1 条➃号の定義を修正し別紙記載のものとして特定するという方法もある。
⚫ また、技術情報の提供方式は、「文書または電子媒体」とし、技術指導は含まれていない。技術指導が必要な場合は以下のような条項を追加することが考えられる。
⚫ 本条 4 項および 5 項は、ライセンサーの技術情報についての免責規定である。
⚫ これに対し、ライセンサーの技術ノウハウについては、第三者の権利侵害がないことを保証するのが当然だという考え方がある。しかし、9 条の解説で述べたのと同様に、特許や技術ノウハウについて権利非侵害の保証を行うことは、ライセンサー側のリスクが非常に高く、オープンイノベーションの阻害要因となりかねない。
スタートアップと事業会社の間の適切なリスク分配という観点からは、かかる保証までは行わないという前提で他の条件を定めることが適切である。
⚫ 中国民法典において、専利実施許諾契約書の許諾者の技術資料の交付、技術指導の提供義務を規定している。
参照:中国民法典
第 866 条 専利実施許諾契約書の許諾者は、約定に従い、許諾者に専利の実施を許諾し、専利実施に関する技術資料を交付し、必要な技術指導を提供しなければならない。
第●条 甲もしくはその従業員は、乙の指定する場所に出向いて、本技術情報について指導を行う。当該指導は、甲がその所属する●名程度の技術者を●日程度派遣することにより行い、乙は、それに要する交通費、宿泊費、および、別途定める日当を支払うものとする。
⚫ 技術情報の提供後も、ライセンシーとしてはライセンサーからの助言や指導が必要なことも多い。その場合、技術情報の提供とは別に技術コンサルティング契約を締結する場合がある。前条 3 項はこの点について定めている。