BSIJ-CPD 認定記事
生 活 と 仕 事 に 役 立 つ 民 法 改 正 第 2 回
BSIJ-CPD 認定記事
1 単位
民法への対応と
建築積算・建築コスト管理
廣江 信行
1 はじめに
令和2 年4 月1 日に改正民法が施行される予定ですが、準備は万全でしょうか。
公共工事の建設工事標準請負契約約款や民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款等の改訂も終わっておらず、皆様もまだまだこれからだと思いますが、いよいよ来年にスタートしますので、一緒に学習しましょう。
①令和2 年4 月1 日より前に建築積算業務委託契約書を取り交わしたけれど、4 月1 日以降に業務を開始する場合に、改正前の民法が適用されるのか、それとも改正法が適用されるのか判断がつかないとか、そもそも②建築積算・建築コスト管理と民法改正と関係があるのかわからないという会員の皆様には、この連載を読むとヒントが隠されていますので、是非ご一読いただければと思います。
廣江 信行(ひろえ のぶゆき) 廣江綜合法律事務所 代表弁護士 BSIJ顧問弁護士
2 改正への対応
(1)民法の全体像―パンデクテンシステム
改正民法への対応を進めるには、まず「民法改正の全体像」(後掲図)を頭に思い浮かべたうえで、改正の対象となる部分を確認するという作業から始めるとよいでしょう。
民法の編纂方式は、いわゆる「パンデクテンシステム」が採用されています。いきなり「パンデクテンシステム」と言われてもさっぱりわからないというのが普通ですから心配はいりません。
「パンデクテンシステム」とは、共通に適用される 一般的な規定を冒頭に配置し、個別の法律関係につい てはその後に規定するという構成・法典編纂方式です。
具体的には、民法においては、「民法改正の全体像」のように、第1 編「総則」、第2 編「物権」、第3 編「債権」、第4 編「親族」及び第5 編「相続」の全5 編で構成されており、冒頭の第1 編には第2 編以下に共通の事
生 活 と 仕 事 に 役 立 つ 民 法 改 正 第 2 回
項が規定されています。また、第2 編から第5 編までの中には、これもそれぞれ冒頭に総則の章が置かれており、それに続く各章に共通の事項が規定されています。
因数分解をするときに、共通項を前に括り出すようなイメージだと言われていますが、この説明でなんとなくわかったような気持ちになります。
共通の事項が括り出されると条文数が少なくなりますし(重複する条文が繰り返し出てこないことになります)、体系としても整理されているので、弁護士などの専門家からすると、すぐに条文が探せるなどの「メリット」があります。反対に、前に括り出された一般的な規定は、内容が抽象的で普通の人にはわかりにくいとか、パンデクテンシステムに慣れていないと、確認したい条文を網羅的に探すのが難しいという「デメリット」があります(条文があちこちに散らばることになります)。
因みに平成16 年の東京大学法科大学院の入試問題は、「民法典の構成がパンデクテンシステムを採用していることのメリットとデメリットを具体的な例を挙げながら600 字以上1800 字以内で論じなさい。」というものでした。
この連載を読んだ協会の皆様は、既に全員合格ラインに達したことなるでしょう。
(2)改正対象部分の確認
そして、今回の改正対象は、「民法改正の全体像」を 見ると一目瞭然のような気がしますが、債権法を中心 に約250 条が改正されているため、建築積算・建築コ スト管理はどのような影響を受けるのか検討するには、かなり難しい作業が必要になります。
(3)具体的事例で練習
このパンデクテンシステムを使いこなして、民法改正を理解するために、ちょっと架空の事例を検討してみましょう。
【事例】
地方公共団体が発注者となる学校等の新築工事請負契約の入札のために、中堅ゼネコンAとBが組成するアルファ建設共同企業体は、建築積算事務所Sに対して、積算業務を発注した。ところが、建築積算事務所Sの提出した成果物には、見積落としがあり、アルファ建設共同企業体が落札したものの、数億円
単位の大幅な赤字が発生した。この赤字により、中堅ゼネコンBが破産してしまい、残りの工事は中堅ゼネコンAが単独で施工することになった。その後、建築積算事務所Sの経営が悪化し(原因は代表者が銀座で毎日豪遊したことによる)、積算業務に基づくアルファ建設共同企業体に対する報酬債権を譲渡担保に供して、闇金Hから資金調達をしてしまった。闇金Hは適法なファクタリング会社(債権買取業者)を装っており、建築積算事務所Sからアルファ建設共同企業体に対して、ファクタリング会社に報酬債権を譲渡したとの内容証明郵便が届いた。
これに対して、アルファ建設共同企業体は、中堅
ゼネコンBの破産に伴い、同社を共同企業体から脱退させることにして、中堅ゼネコンBの破産管財人と交渉をしていた。アルファ建設共同企業体を構成する中堅ゼネコンAは、忙しくてファクタリング会社への対応に時間を割くことができず、見積落としに関して、損害賠償請求権が発生していると主張し、報酬債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、残りは支払を拒絶したまま特に対応をしなかった。他方、ファクタリング会社の方も元々が闇金Hなので、うしろめたいこともあり、訴訟を提起することなく、5 年以上放置していた。ところで、建築積算事務所Sの代表者も長期にわたり銀座で豪遊していたが、つけで飲むこともあり、一部飲食代を支払わないまま現在に至っている。
まず、民法第3 編「債権」の第2 章「契約」のうち「契約各論」から検討すると、学校新築工事が通常の建築請負契約であれば「請負」の規定を参照することになります。
また、建設共同企業体を組成しているので「組合」の規定、建築積算業務は「委任」の規定をそれぞれ参照することになるのは簡単にわかると思います。
建設共同企業体から脱退した当事者との精算は「組合」の規定を参照しながら行われます。
建築積算事務所Sの成果物に見積落としがあった点については、「委任」の規定と「瑕疵」の代わりに登場した流行りの「契約不適合」概念が重要になりますが、これは同じ第3 編「債権」の第1 章「総則」の債務不履行責任の規定を参照することになります。
ちゃんとした契約書や約款がある場合には、民法よ
りもそちらを優先的に検討することになります。
次に、建築積算業務委託契約に基づき発生した報酬債権の譲渡が行われていますが、これは第3 編「債権」第1 章の「債権譲渡」の部分が問題になりますし、「相殺」に関して、「債権」の第1 章「総則」の「債権の消滅」の部分を検討することになります。
一般的な契約書には、債権譲渡を制限する特約が付されていますので、それと民法の債権譲渡の規定を照らし合わせて取扱いを検討することになります。
そして、長期にわたり、報酬債権を放置していたこ とや、銀座での飲食代を支払わなかったことに関して、第1 編「総則」第7 章「時効」の規定を参照することに なります。
なお、そもそも闇金からの資金調達・融資等は、出資法違反ですし、第1 編「総則」の第5 章の公序良俗違反により、無効になりますので、報酬債権の譲渡も無効なのではないかとも思えます。
このように、法的に事例を分析する際には、民法典のいろいろな部分から必要な規定を取り出して、具体的な事案に適用していくことになります。
民法の条文を引きながら、事例を読んでいただくと理解が深まると思いますので、チャレンジしてみてください。
(4)来年の4 月1 日の前後
上記のとおり、来年4 月1 日から改正民法が施行されるのですが、実際には、改正前民法か、それとも改正民法が適用されるのか、不明確な場合が発生する可能性があります。
上記の事例を参考に検討すると、建築積算業務委託契約の申込みが来年3 月末日までになされていて、契約書に調印した日が4 月1 日以降だった場合に、改正民法が適用されるのかという問題です。
改正民法が適用されるか否かは、「契約締結時」によって定まるのですが、契約の申込みと承諾との間にタイムラグがある場合には「申込時」が基準となりますので、改正前民法が適用されることになります。
①契約書の日付をバックデートした場合、②改正前民法を前提とした内容の契約書を使用して、4 月1 日以降に契約を締結した場合など、いろんな問題が発生する可能性がありますので、このような問題にどう対応するかなど、建築積算業界に詳しい弁護士(あった
生 活 と 仕 事 に 役 立 つ 民 法 改 正 第 2 回
ことはありませんが)と相談することをおすすめします。
3 整備法の確認と「瑕疵」概念
民法の改正と同時に、他の221 本の関連する法令を整備する法も成立し、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」、「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」や「建設業法」などが改正されている点も見逃せない点です。
ご承知のとおり、民法改正で、最も話題になっているのは、「瑕疵」という用語を廃止して、代わりに「契約の内容に適合しない」(契約不適合)という用語を新たに使うということでして、建築業界で民法改正とい
えば「瑕疵がなくなって、契約不適合になること」という感じです。
ところが、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」や「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」では、民法改正と逆方向の改正がなされており、「契約不適合」のことを新たに「瑕疵」と定義し直して、「瑕疵」という用語を民法改正後も継続的に使用することになっています。
こうなってくると、民法上、「瑕疵」という用語を廃止して、「契約不適合」という概念を設けた意味があるのか、さっぱりわからないことになります。
従来から、「瑕疵」という概念には、主観的瑕疵と客観的瑕疵という分類がなされるなど、さまざまな考察がなされてきましたし、建築実務上も何が「瑕疵」に該当するかという点について多数の判例が集積されてきている状況にありますが、民法改正後の「契約不適合」と新たに定義された「住宅の品質確保の促進等に関する法律」における「瑕疵」には違いがあるのか等、非常に難しい問題が発生することになります。
さらに、公共工事の建設工事標準請負契約約款や民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款の改訂でも、改正民法との整合性を図る作業が進行しているのですが、建築実務を無視した民法改正にどこまで付き合うのか、約款上の「施工上の瑕疵」という用語をどう扱うのか等、非常に気になるところです。
4 任意規定と強行規定
民法のほとんどの規定は、「任意規定」(ある法律の 規定に関して、契約当事者による合意がある場合に、その合意のほうが優先される法律の規定)であり、特 に債権の分野では、「強行規定」(ある法律の規定に関 して、契約当事者による合意がある場合であっても、その合意よりも優先される法律の規定)はほとんどあ りません。「時効」と「債権譲渡」の規定は、強行規定 がありますが、それ以外は「任意規定」ばかりですので、約款や特約で全て適用を排除することができます。
そうすると、民法改正など無視して、好きなように
「約款」で定めれば、約款が優先しますので、「瑕疵」もそのままで特に問題がないとも考えられます。また、反対に「住宅の品質確保の促進等に関する法律」や「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」の特別法は強行規定ばかりですので、これらの法律との整合性の方がはるかに重要です。
従いまして、改正民法では、請負や委任の規定でかなりの改正がなされていますが、約款の方が優先的に適用されますので、まずは最新の約款を確認することを意識していただければと思います。
5 最後に
今回の連載は、いきなり「パンデクテンシステム」からはじまり、意味不明な事例を挙げて、さらに「瑕疵」と「契約不適合」の問題点を指摘し、唐突に「任意規定と強行規定」について説明させていただきました。
これらは、改正民法を学ぶうえで、最も重要であり、しかも雑誌等ではあまり紹介されていない概念ですの で、どうしても説明したかったのと、さらに「リーガ ルマインド」もマスターしていただこうと試みたため にこのような構成になりました。
分かりにくい部分もあったかと思いますが、協会の皆様に少しでもお役に立てる内容があれば幸いです。
1 単位
連 載
積算部物語
—— Cost Management Story ——
BSIJ-CPD 認定記事
第 5回
公益社団法人
加納恒也
日本建築積算協会副会長・専務理事
いままでのあらすじ
昭和44(1969)年、植田組に入社した天野清志は、現場勤務を希望していたものの東京支店積算部へと 配属された。数量積算、値入れおよびコンピュータ ソフト開発と次々に新しい業務を経験し、構造班を まとめる立場になったのだが、部内組織変更により 値入れまでの一貫体制へと移行することとなった。
SCENE 5
構造班改革ミッション
【値入一貫体制】
組織変更の理由は、数量積算は若手中心で値入れ はベテランが行うといった従来の分業体制が、制度 疲労を起こしたということだろう。天野が値入課に いた時にも、数量積算担当者の忙しさと比べ、値入 れ担当のベテランたちはほぼ定時に帰宅する状況 だった。ただし、課長だけが遅くまで残って、チェッ クに勤しんでいたのだが。慣れによるマンネリ化な のか、かなりラフな値入れをする担当者もいて、厳 しいNET(見積時事前原価)を追求する笛谷からみ れば、手抜きで仕事をしているといった評価である。そのうえに、一向に値入課に配属されないという中 堅クラスの不満が顕在化したこともあり、一度、適 正配置のために「ガラガラポンをしよう」というこ とになった。値入課の課長達にも異論はなかったよ うだ。
現在、構造関係の値入は知識豊富な坂井が担当しているが、そのまま構造班長に横滑りするのでは今回の変更趣旨に合わないということで、新しい体制と新しい値入の仕組みを求められることになった。
当時は、入社時に副支店長だった鬼龍院も岸口部長も退職していた。それぞれ積算事務所を設立したということだが、当時は、積算事務所がどのような仕事をするものかも知らなかった。新しく中池部長が着任していたものの存在感が薄く、部の運営は笛谷が一手に取り仕切っている。
与えられた時間はわずか4 か月、単価表については坂井からレクチャーを受けるものの、既成概念に囚われず、新しい考え方でまとめるように指示された。峰が相談に乗ってくれるという。また、共通仮設の積算についても技術部から引き継ぐことになった。2 名が移籍してくるということで、単価表についても持参してくるそうだ。
また、数量積算から値入れまでのプロセスと役割分担にも頭を悩ませる。組織変更の趣旨からいっても、全員が値入れを担当できなければならない。そのためには、単価表は誰にでも使えるようにまとめる必要がある。教育訓練は仕事の中で、まさにOJTで覚えていく。ただし、単価表の作成は、班員全員で分担する、その過程である程度の知識を身につけて欲しい。
【単価表】
◆仮設工事
仮設工事は項目が多い。特に、足場関係が多種多様である。従来は、坂井が「エイヤ」と睨んで単価を入れる項目も多かったようだが、全員参加の値入れ方式では、全てを網羅した単価表が必要になる。とにかく、全員に作成を割り振ってみよう。幸い、一昨年に、白鳥と坂井が中心となって単価歩掛データブックを作成していた。仮設をはじめ構造関係の単価歩掛もかなり整理されていたので参考にするこ
積 算 部 物 語
第 5 回
ととした。
足場の単価は、基本的に「材料」と「労務費(組立・解体)」に区分する。大部分の材料は、自社の機材センターで保有するものを現場に搬入する。「損料」は1 日あたりの使用料、「整備料」は部品の清掃や変形箇所の修理といった費用である。また、紛失したり破損したりした場合は、「損耗」として全額を補填するため、一定割合の数量を見込んでおく。一部の部品は、出庫時と返却時において一定の差額が発生する「売買損料」という課金方式をとる。足場の壁つなぎ用アンカー金物などは「消耗品」となる。
各種の足場について、まず簡単な図面(部品構成図)を作成し、全ての部品を拾い出す。足場100㎡あたりの部品数量内訳を作成する。設置期間にかかわらず一律に発生する「整備料」「損耗」「売買損料」
「消耗品」を『基本損料』として区分して、該当項目の数量に掛け合わせる。また1か月間の「損料」を『月額損料』として、やはり該当項目の数量に掛け合わせる。これを100 で除して1㎡あたりの単価を算出する。
足場の設置期間ごとに該当数量と期間(月数)の山積み(㎡ × 月の累計)を行い、それを全数量で除して「平均設置期間(月数)」を算出する。算出された期間(月数)と「月額損料」を掛け合わせることになる。
枠組本足場(W 900)
基本損料 130 円※1
月額損料 40 円×8 か月= 320 円
組立・解体 350 円
合計 (経費等は単価に含む) 800 円
運搬費は、部品ごとに重量を集計し積載歩留まりを掛け合わせて、トラックに積載可能な数量(面積や長さ)を算出する。各足場の台数を合計し運搬費に台数を計上する(当時は8トン車が一般的で、道路状況や規模により4トン車も使用した)。
墨出しや養生あるいは清掃片付けは、床面積あたりの単価を設定したが、その後、墨出しや清掃片付け(人夫賃)は人工数、産廃処理費は台数で算定す
るように改善されていく。
鉄骨関係の足場については、鉄骨班長の立石にお 願いしたのだが、「足場は状況によっていろいろ変わ るので、単価表を作るのは難しい。」とすげなく断 られた。本人は鉄骨一筋で仮設工事の知識も少なく、自信がないことによる発言だろうと苦笑する思いに なる。天野の気持ちが表情にでたのか、立石と同席 して心配そうに見ていた大河原が、突然発言する。
「私が作ってみたいと思います。立石さんよろしいでしょうか。」
「え、君が作るか。難しいと思うけど。」
立石は、煮え切らない態度で口籠る。天野は、ちょうど良い展開になったとばかり、
「それでは、鉄骨班として大河原君にお願いしよう。分からないことがあれば、何でも聞きにきてください。」
立石に口を挟ませずに即決した。大河原は、部内の資料や書籍を参考にしながら、短期間でたたき台を作成してくる。やはり、思っていたようになかなか優秀だ。うまく育てれば、どんどん伸びていきそうだ。早めに鉄骨班から構造班に移すよう、笛谷課長に進言しよう。
◆土工事
掘削コストは、「機械損料」と「労務費(手元土工)」そして「機械回送費」で構成される。1 日あたりの施工量は、壷掘・総掘(切梁工法では段数ごと)などの掘削方法で異なる。掘削総量を1 日あたりの標準施工量で除した「施工日数」に「機械損料」と「労務 費(手元土工)」を掛け合わせ、それに「機械回送費」を加える。総金額を掘削総量で除したものが、掘削単価となる。
掘削日数(壷掘)3,000㎥ ÷180㎥ / 日台≒ 17 日
バックホー(0.7) 45,000 円×17 日= 765,000 円手元土工 5,000 円×2 人×17 日= 170,000 円機械回送費 60,000 円
合計 (経費等は単価に含む) 995,000 円÷3,000㎥≒ 330 円/㎥
残土処分も類似の算定プロセスとなる。ダンプトラック1 台の積載量と運搬回数を掛け合わせれば1台日の運搬数量が算出される。これに処分場費用の
「処分費」と「労務費(タタキ土工)」※2 を加えた総金額(場所によっては高速道路料金を加算する)を運搬数量で除した金額が、1㎥あたりの残土処分単価となる。
ダンプトラック運搬(1 台日) 6.5㎥ ×3 回= 19.5㎥
ダンプトラック(10トン) 25,000 円処分費 5,000 円
タタキ土工 5,000 円
合計 (経費等は単価に含む)
35,000 円÷19.5㎥≒ 1,790 円/㎥
土工事については、単価算出計算書を作成し、必要な数字(数量等)を記入し電卓で簡単に計算できるようにした※3。
◆コンクリート工事
コンクリート材料は、製造工場から一定時間内に配送される必要があり、地域によって単価は著しく異なる。まさに地産地消の生ものと言える。地域ごとに協同組合が設立されており、共販価格も統一されていることが多いのだが、一方、アウトサイダーと呼ばれる非組合員によりダブルスタンダードのような価格相場も出現する。比較的分かり易い価格相場のため、市販の刊行物には詳細な内容が掲載されており、発注者や設計事務所も価格を把握し易い。積算部では、プロジェクトごとに調達部へ価格調 査を依頼している。実際の購入は子会社である植田商事を通じて行うため、同社から価格情報を取り寄せる。ただし、アウトサイダー価格や共販価格から調整金(地下水と呼ばれるバックマージン)を値引く慣習などについては、状況に応じて適否を判断し
た。
打設労務費については、コンクリート数量(㎥)あたりの単価で契約するのだが、実際には土工の人数に1 日あたりの単価を掛けた金額を1 日の打設数 量(㎥)で除したものが単価になる。捨てコンクリート、土間コンクリート、躯体コンクリート、防水押コンクリートといった種類と、1 日あたりの打設数 量(㎥)によって配置する土工(バイブレーター・突つき・叩き・荒均し)の人数が異なる。そこで、施工の実態に即して、人数と土工単価を掛け合せ1 日あたりの打設数量で除すという、積み上げ式の算出方法をとることにした。
1日あたりの打設数量 160㎥
土工 5,000 円×8 人= 40,000 円
40,000 円÷160㎥ =250 円/㎥
積 算 部 物 語
第 5 回
◆型枠工事
昭和50(1975)年当時、型枠の材料はゼネコンで 購入し、型枠大工に支給していた※4。建設作業所に おいて、型枠工事の担当者の主要な業務は、躯体図 にもとづき型枠の数量を算出することであった。上 階への転用を考慮し、コンパネ(型枠用合板)を市場寸法(3 尺× 6 尺など)で割り付ける必要があり、単管(丸パイプ)も規格寸法(長さ)別に算出する必 要があった。その他、消耗品となる丸セパを長さ別 に算出するなど、様々な種類の部材を積算するため、仮設工事とならんでベテラン社員が担当することが 多かった。
積算の各案件で、このような作業を毎回行うわけにはいかないが、基本的な考え方を反映して「型枠材料単価」を算出しなければならない。特に、型枠材料でポイントとなるのは「転用率」である。コンパネ等は最終的には消耗品に近く、転用回数で単価が決ってしまう。転用率は、材料の荷降ろし費(上階から1 階スラブに降ろして搬出用に集積する)や運搬費(機材センターから現場までの往復)にも関係する。仕様書に定められた部材ごとのせき板・支保工存置期間と工事工程の関係をみながら、どの階に転用するか計画し、全体の投入数量も算出する。労務は、型枠大工(組立)と型枠解体工(解体)と の2 職種で構成される場合が一般的であった。共同住宅や事務所ビルなど用途別と地下・地上および階高別のモデルをつくり、柱・梁などの部分別の労務工数を整理した。材料についても、同様のモデルに
よる単価設定を行った。
【労務費の構成】
材料加工
墨出、小運搬、組立、コンクリート合番解体・荷降(型枠解体工)
経費、福利厚生費
【コンクリート補正費(ハツリ)負担分】
【材料費の構成】
型枠用合板、桟木、端太角(消耗品に近く、転用を考慮)
サポート、パイプ(丸、角)、緊結金具(ホームタイ、くさび)、チェーン
(日額損料あるいは売買損料)
釘、番線、丸セパ、天井インサート、サッシアンカー(消耗品)
面木、目地棒(消耗品)
【実績調査】
理論値としての単価基準は徐々に整ってきた。し かし、調達部で実際に契約する単価と整合する必要 がある。天野は、値入課時代に調達部から契約資料 を借用して分析整理し、NET単価に反映していた が、調達部からのリアクションもあり、実績調査に はかなり神経をすり減らしていた。調達部としては、 NETが甘いほうが契約で金額低減に努力したとい う成果をアピールできるため、せっかく努力して低 額で契約した単価を、NETにフィードバックされ ることには抵抗があった。
「天野君、そっちのファイルは、赤字工事で業者に無理に付合わせた特別単価だ。見ないでくれ。」
南課長は睨みつけるようにして、言葉を投げつける。
「分かりました。こちらのファイルならお借りしていいでしょうか。」
ここで喧嘩してもしかたないので、おとなしく引き下がる。大体調達部のメンバーは早めに帰宅する
ため、夜遅くなるのを見計らって、天野は調達部に参上する。「特別単価のファイル」を抜き出して、必要な部分をメモしてしまう。我々が扱っている案件は、赤字も黒字もある。特別単価という極端な値引きを通常使うわけにはいかないが、競争で勝負する時には、切り札になるだろう。調達部の立場もわかるが、社内で駆け引きをするような時代はいつまでも続かない、俺が変えてやる、と考えている。そのような信念から、少々の軋轢があっても調達部へは顔を出している。まあ、相手も根負けしたのか、徐々に雰囲気は変わってきている。
専門工事会社とも打合せを行った。土工事の単価算出についての確認は、協力会会長会社であり鳶土工の筆頭協力会社、埼玉県唐沢市の地場大手ゼネコンでもある大岩建設の柿谷専務にお願いする。同社とは、従来から契約に近い単価で打合せを行ってきたこともあり、天野が整理した単価基準には二重丸がついた。
「天野さん、これでOKだよ。特殊なものが出た時は、見積依頼してください。」
班のメンバーは全員頑張ってくれた。忙しい業務の合間を縫って(残業も増えたのだが)、3 か月で大部分が完成の運びとなった。自分たちでいろいろ調査し、苦労して担当部分の単価基準を作成したものだから、なかなか自信にあふれた顔つきになっている。班内のチェック・調整が終了すると、いよいよゴールに向けた報告段階だ。副班長の尾村を伴い、
峰と坂井そして笛谷課長との打合せを行う。いくつかの指摘と修正はあったものの、4 か月を1 週間余らせて、値入れ体制が整った。
【女性パワーを生かしたい】
昭和50(1975)年は、女性の活躍が目立った年でもあった。田部井淳子さんが、女性初のエベレスト登頂をなしとげ、沢村和子・アン清村ペアが、ウインブルドン・テニスにおいて女子ダブルスで優勝した。英国では、後に「鉄の女」と呼ばれ、宰相として英国を復活させる、マーガレット・サッチャー氏が保守党党♛に就任した。
まあ、このような風潮に刺激されたわけでもないが、女子社員の積算業務における活用(当時はこのような言い方をしていました、ごめんなさい)が検討されることとなった。第一次オイルショックによる景気悪化の影響で採用人員が限られ、増加する業務量への対応策として、部内の事務系女子社員に積算業務の一角を担ってもらうという発想であった。コンピュータの活用が進み、電卓も普及していった時期であったため、計算・検算が主体であった女子の業務にも余裕が生まれた。単なる人員削減ではなく、前向きに配置転換を進めようという結論に達した。
とはいえ、当時の女子社員は、内務員(一般職)として職員(総合職)と明確に区別されており、大部分が事務職で一部に設計等の技術職補助がいるにすぎなかった。積算部の女子社員は建築を学んだわけではないため、構造では柱や梁などの分かりやすい部分に関するコンピュータ入力、仕上では建具関係の担当に絞って育成を進めることにした。
単価表の作成が一段落した年明けに、管理職会議で女子社員2 名の構造班移籍が決定された。移籍時期は4 月、それまでは管理職限定の情報として準備を進めることになった。天野は、構造班の当事者として笛谷から事前に意見を求められていたため、 OJTとOFFJTを組み合わせて育成プログラムを考えることになった。
積 算 部 物 語
第 5 回
昭和51(1976)年2 月から拾い・値入れ一貫体制の新組織がスタートした。意匠班の若手・中堅メンバーも張り切っている。
「技術部から来ました益田です。よろしくお願いします。」
「福島です。よろしくお願いします。」
予定通り技術部から2 名が移籍して来た。益田利雄は、天野の2 年先輩で、プライドが高く気難しいところもあるが、知識は豊富で若手の教育係としても期待できる。福島大助は、天野と同期で温厚な人柄であり、やはり若手の教育面でも期待できる。躯体の値入れと共通仮設について、この1 年間で新しい体制が完全に機能することを目標としている。それに加えて女子社員への対応も必要となり、ますます慌しい毎日となりそうだ。
天野清志、29 歳の誕生日を目前にして立春の頃。
※ 1 例として記載している単価等は、筆者が古い記憶を呼び起こした参考数値であることに留意されたい。
※ 2 当時は、過積載規制がそれほど厳しくなく、ダンプトラックの荷台に大きく盛り上げていたため(落下防止板等を設置)、土工が表面を叩き均していた。また、タイヤ洗浄装置等もなく、道路の清掃も兼ねていた。
※ 3 わが国で最初にフィーバーしたパソコン(当時はマイコンと言っていた)、NECの「PC8001」は、この5 年後に発売される。この当時は、電卓(まだ高価であった)が最新の OA機器であり、大型コンピュータ(汎用機)を活用する以外は手計算で行っていた。
※ 4 現在の型枠工事は、材料と労務を一括で施工する「材工」が一般的となっている。
次号に続く
この物語はフィクションであり、登場する機関・企業・団体・個人は実在のものではありません。
PCM(Project Cost Management)シリーズ3 部作は、積算協会ホームページに掲載されています。