Contract
第1 債務不履行による損害賠償
1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化(民法第 415条)(検討事項(1)16 頁から 21 頁)
現行民法は,債務不履行による損害賠償を要件として,「債務の本旨に従った履行をしないとき」(民法第 415 条前段)等の概括的な規定のみを置いているところ,判例・学説は,履行に代わる損害賠償(填補賠償),履行が遅延したことによる損害賠償(遅延賠償)等を区別しつつ,その具体的な要件についての解釈を発展させている。
債務不履行による損害賠償が,学理的な観点から債権法の理論的体系の中心を占める事項であるばかりでなく,実務的にも最も頻繁に検討対象とされる事項の一つであることから,今日までの実務と学説の到達点を踏まえて,その要件を,条文上できる限り具体化・明確化する方向で検討することが考えられるが,どうか。
2 「債務者の責めに帰すべき事由」について(民法第 415 条後段)(同 28 頁から 33 頁)
「債務者の責めに帰すべき事由」(民法第 415 条)の意味は,条文上,必ずしも明らかではない。そのため,この意味については,学説上,債務不履行による損害賠償責任の帰責根拠を過失責任主義に求めるか否かという点に関連して,争われている。債権債務関係の最も基本的なルールの一つを定める規定の意味が不明確であることは望ましくないとして条文の文言等を再考すべきという考え方もあるが,このような点を踏まえ,「債務者の責めに帰すべき事由」の規定の在り方について,どのように考えるか。
【意見】
反対する。債務不履行による損害賠償の要件は,現行民法 415 条の文言を維持し,具体的には,「債務の本旨に従った履行をしない」ことを積極的な要件とし,これを具体化して書き分けることをせず,また免責要件は「債務者の責めに帰すべき事由」という要件とするべきである。
【理由】
1. 意見の対象
債務不履行の損害賠償の要件に関して,「検討事項」が指摘する事項のうち,「債務者の責めに帰すべき事由」という規定の在り方についてどう考えるか,という点について検討する。それに合わせて,「債務の本旨に従った履行をしない」という要件を具体化・明確化する方向で検討することが考えられるとする点についても触れることとする。
これらの点については,①債務不履行責任の帰責根拠を何に求めるかという原
理的な問題を前提として,②具体的なxx上の表現を検討する必要があると思われる。以下,xx検討する。
2. 帰責根拠
(1) 伝統的通説と近時の考え方
伝統的通説は,帰責事由について,債務不履行及び違法性と並ぶ損害賠償請求権の主観的要件とした上,その内容を「債務者の故意・過失またはxxx上それと同視すべき事由」と具体化し,さらにその中の過失について「債務者の職業,その属する社会的・経済的地位などにある者として一般的に要求される程度の注意の欠如により,債務不履行を認識しないこと」という心理状態とした。
これに対し,帰責根拠について,このような主観的な意味での「過失責任の原則」を媒介とすることなく,契約規範によって負担している債務を履行しないという「契約の拘束力」,即ち履行障害事由を乗り越えても履行を果たすことが契約内容となっているかという「契約に基づくリスク分配」に求めるという考えもある。
(2) 検討
わが国の裁判実務においても,過失は,加害者の行為が適切な行動パターンから逸脱したという客観的過失に求められていると思われるので,主観的な意味での過失責任原則を放棄すること自体は一応首肯できる。
しかしながら,債務不履行責任の帰責根拠を「契約の拘束力」「契約に基づくリスク分配」を求めるにあたっては,契約規範の内容が当初の契約当事者の事実としての意思だけによって決定されるわけでないことに留意するべきである。
例えば,第一に,契約の中には,口頭による契約のように,種々の履行障害事由への対応について特段の交渉がされず,中核的内容のみが合意される場合も少なくない。第二に,長期的契約などのように,契約締結後の事情によって,契約当事者の合理的期待の形成・変容が生じ,xxxや客観的過失等を媒介に契約規範に取り込まれる場合もある。第三に,診療債務や安全配慮義務のように,契約責任と不法行為責任が近接する場面では,契約規範が客観的過失における結果回避義務と同内容となる場合もある。さらにいえば,基本法である民法の規範は,塵肺訴訟において,雇用者の安全配慮義務違反が問題となる場合のように,単なる取引行為の規範を超えて,社会的弱者の司法的救済の是非を問う場面の根拠規定となることもあることも看過するべきでない。
このように,契約規範の内容が当初の契約当事者の事実としての意思には帰着しきれない場合もあることを前提に,以下,xx上の検討をする。
3. xx上の表現
(1) 検討の観点
民法は国民の紛争解決規範として機能するものであるから,そのxx上の表現も紛争解決規範としての妥当性という観点から検討すべきと思われる。
(2) 「契約の拘束力」という帰責根拠の明示する表現
ア 改正に関する試案の中には,「契約において…引き受けていなかった事由」を免責要件とするとして,「契約の拘束力」「契約に基づくリスク分配」という帰責根拠を明示する方向を示すものもある。
しかしながら,帰責根拠を明示すること自体に意義があるのでなく,それが現行民法のxx上の表現と比して,国民の紛争解決規範としての妥当性が問題とされるべきである。
イ まず,現行民法 415 条のもとでも,裁判実務では,契約者の意思が明確な場合はそれを尊重し,契約者の意思に帰着できない場面でも客観的過失やxxxの判断の中で妥当な義務が解釈されており,現行民法 415 条の文言が妥当な紛争解決の障害となっているとは思われない。
ウ たしかに,現行民法 415 条の「責めに帰すべき事由」が,「責任を負うべき場合に責任を負う」という一種のトートロジーであって,実質的な紛争解決基準を明示していないという面も否めない。
しかし,「契約の拘束力」「契約に基づくリスク分配」に依拠した表現を採用しても,契約規範の内容自体が,当初の契約当事者の意思といった明確な事実だけでなく,他律的な規範的な評価も踏まえて初めて確定されざるをえず,必ずしも予見可能性があるわけでない以上,紛争解決基準の明確性につながるものではないと思われる。
むしろ,「契約において…引き受けていなかった事由」というように,あたかも「契約に基づくリスク分配」が当初の契約当事者の事実としての意思で決まっているかのように受け取られうる表現を採用する方が,かえって紛争解決基準を適切な設定の桎梏となり,少なくとも国民に混乱を生ぜしめる可能性がある。
エ また,現行民法 415 条の「債務の本旨に従った履行をしない」という表現についても,多様な事態に柔軟に対処するという機能を有していることを積極的に評価し,紛争解決基準として硬直的になる危険のある具体化・明確化には慎重であるべきである。
(3) 免責要件を不要とすること/免責要件の適用場面を明確化する表現ア 免責要件の適用場面を明確化する表現
(ア) 債務者が結果の実現に向けて注意義務を尽くして債務を履行することを約する手段債務では,注意義務違反の主張・立証がなされれば,免責要
件が問題となる余地はなく,債務者が一定の結果の実現を約束する結果債務では,不可抗力が免責要件となるという考えもある。
このような考えを背景に,免責要件が適用される範囲を手段債務に限定することを明記したり,免責要件を「不可抗力」と規定するという立場がありうる。
(イ) しかし,結果債務と手段債務という概念は,明確な境界があるわけでない。手段債務の典型といわれる診療債務であっても,専門家責任などを強調し,「結果から見て外形的に不完全な治療がなされたと認められた以上,
……治療行為は債務の本旨に従わない不完全履行と推認」し,免責要件の 証明責任を医師側に課して結果債務的に運用するという立場も可能である(たとえば大阪高判昭和 47 年 11 月 29 日判時 679 号 55 頁)。したがって,結果債務と手段債務をxx上に明記することが適切とは思われない。また,免責要件において,単なる不可抗力でなく,実質的な行為義務違 反の有無が問題とされる場合があるとの指摘がある。たとえば,他人物売買において売主がその権利を取得してこれを買主に移転する義務の履行不能を生じたときは,免責要件の有無は「所有者が本件土地を他には絶対売却しない意思を有していたか否か,また,売主が所有者から本件土地を相当価格で買い受ける努力をしていなか等」(最判昭和 50 年 12 月 25 日金法 784 号 34 頁)という基準で判断される。したがって,「不可抗力」とい
うxx上の表現は狭きに失すると思われる。イ 免責要件を不要とする立場
(ア) さらに,帰責根拠を「契約の拘束力」「契約によるリスク分配」に求める立場からは,全てを債務の内容の確定に全て帰着できるとして,免責要件を不要とする立場もありうる(「大地震の発生が免責要件に該当するか」でなく,「大地震の発生があっても履行すべきとされていた契約であったか」という議論の立て方をする。)。
(イ) しかし,免責要件を設けても,帰責根拠を「契約の拘束力」「契約によるリスク分配」に求めることと必ずしも矛盾するわけでない。
債権者が「契約違反を推定するに足りる事情」を証明したときは,相手方が「契約違反とならない特段の事情」の証明をさせるというかたちで,契約違反の証明責任を振り分けることが,当該帰責根拠と矛盾するわけでないからである。
少なくとも,現行民法において,免責要件が存在することによって,紛争解決基準の妥当性や明確性の桎梏となっているわけでない。むしろ,免責要件を不要とすることは,免責要件の存在を前提に蓄積された裁判実務や取引通念を徒に混乱させる危惧がある。
4. 結論
このように,紛争解決基準の妥当性という観点からは,「『契約の拘束力』という帰責根拠の明示する表現」,「免責要件を不要とすること」,「免責要件の適用場面を明確化する表現」は,現行民法の「債務の本旨」「帰責事由」と比して優位性があるわけでなく,むしろxx上の表現の変更によって国民に徒な混乱が生じる懸念がある。したがって,上記意見のとおりとする。
3 損害賠償の範囲(検討事項(1)34 頁から 40 頁)
損害賠償の範囲を規定する民法第 416 条については,「通常生ずべき損害」や
「特別の事情によって生じた損害」等の文言の意義が必ずしもxx的ではないため,規定の意味や読み方について,条文の文言からは読み取り難い複数の解釈がされている。例えば,同条には「相当性」等の文言がないにもかかわらず,判例の中には,同条を相当因果関係理論が規定されたものであるかのように解釈するものがあるところ,この解釈を批判する見解も有力とされている。
このような点を踏まえ,損害賠償の範囲に関する規定の在り方について,ど
【意見】
現行民法 416 条 1 項の文言を維持するべきである。
【理由】
1. 「通常生ずべき損害」の機能
現行民法において,「通常生ずべき損害」という要件は,損害の範囲の社会通念上妥当な範囲内に留める機能を果たしてきたと思われる。
典型的な裁判例としては,大阪高判平成9年3月 28 日判時 1912 号 62 頁を挙げることができる。同裁判例は,化粧品の製造販売会社である供給者が販売会社である購入者との継続的契約を解約したというものである。この事案の購入者は,10 年以上も供給者との間で化粧品の供給を受けていたが,供給者による解約によって,取り扱う商品を全面的に変更せざるをえなくなった。裁判例は,当該変更により販売会社に 1 年につき約 2400 万円の営業利益が失われていると認定しつつ,契約期間が比較的短期であること(契約の更新は自動更新条項によってされてきていた。),解除の予告期間が 1 か月とされていたこと,販売会社の一本化が前々から話題に出ていたなどの要素を指摘し,相当因果関係ある損害を 5 か月分の営業利益相当額である 1000 万円に限定した。
このように,現行民法においては,「通常生ずべき損害」という要件が,規範的・評価的に判断されている。かかる機能は,損害を契約当事者に適切に分配することを可能にしており,維持されるべきものである。
2. 予見可能性ルールの問題点
(1) 「検討事項」38 頁では,「通常生ずべき損害」という要件を維持するという考え方でない考え方の一つとして,予見可能性ルールを条文化する考え方があると指摘されている。
これは,大要,債務不履行責任の帰責根拠を契約の拘束力に求める立場から,損害賠償の範囲は,個別具体的な契約において契約当事者がどこまでの損害を負担することにしたかにより定まり,それを確定する作業においては,契約締結時に損害リスクの予見可能性があり,債務者が契約締結時に損害リスクを織り込んでいたか評価すべきであるという観点から,予見可能性を基礎に据えると考えるものである。
現に,予見可能性ルールを採用し,「通常生ずべき損害」という要件は排斥する改正試案も存在している。
(2) しかし,契約締結時において不履行による損害を事実的に予見できる場合は少ない。より本質的には,債務不履行責任の帰責根拠を契約の拘束力に求めるとしても,契約規範の内容が全て当事者の意思に帰着できるわけでない点に留意が必要である。
契約当時の予見可能性を基礎に据え,当該予見可能性に基づく契約当事者の意思によって賠償範囲が定めるかのような条文化をすると,契約当事者が事実として予見できなかった損害が賠償に入らないかのように解される危険がある。仮に,予見可能性という要件を規範的・評価的に解釈するとしても,現実の裁判例において考慮されているような事情を全て取り込むことは,文言解釈として限界があると思われ,紛争の適切な解決の桎梏となる危険性がある。
3. 結論
したがって,「通常生ずべき損害」という要件は維持するべきである。
なお,本論点は,損害賠償の算定基準時などの論点と関連するものであるが,これらの論点においても,社会には長期的契約や契約上の地位譲渡がされる場合のように,契約規範の内容を当初の契約締結時の予見可能性と意思には帰着できない場合もあることに十分留意する必要がある。また,たとえば引渡債務を前提に発展した損害賠償の算定基準時に関する判例法理を過度に一般化することのないように,留意する必要がある。
4 効果の特則:利息超過損害の賠償について(検討事項(1)58 頁及び 59頁)
民法第 419 条第 1 項は,金銭債務の不履行の場合において,法定利率あるいは約定利率により損害賠償の額を定めるとしているところ,判例は,これらの利息を超過する損害の賠償を否定している(最判昭和 48 年 10月 11 日判例時報 723 号 44 頁)。この点については,利息超過損害の損害額が多額に及ぶ事案もあり得るところ,その損害の立証が容易な事案についてまで,一律に利息超過損害の賠償を否定することは不合理であるなどの批判がされている。そこで,金銭債務の不履行について利息超過損害の賠償を認めることが望ましいとの考え方があるが,どのように考えるか。
【意見】
いわゆる金銭債務の不履行に関する利息超過損害についても,債権者がこれを主張証明できたならば,賠償を認めるとするべきである。
ただし,債務不履行による損害賠償責任の一般的要件に加え,たとえば害意ないし悪意のといった要件を追加するなどして,一定の限定を設けるべきである。
【理由】
1. 「検討事項」の指摘
「検討事項」は,金銭債務の不履行に関する利息超過損害を認めるべきであるという考え方が存在していると指摘する。
2. 類型ごとの検討
利息超過損害といわれるものの中にも,いくつかの類型があると思われる。以下,類型ごとに利息超過損害を認める必要性について検討する。
(1) 取立費用・弁護士費用
判例は,現行民法民法 419 条の反対解釈として,債権者は,金銭債務の不履行による損害賠償として,債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないとしている(最判昭和 48 年 10 月 11 日判時 723 号 44 頁)。弁護士費用その他の取立費用の賠償を認められると迅速な紛争解決の支障となる危惧がある一方,債権者は利率等の設定においてこれらの費用を織り込むことが可能な場合も多いと思われるので,この判例は妥当と考えられる。
しかし,裁判例の中には,債務不履行に故意やそれに近い重大な過失があるため,債務不履行が不法行為をも構成するとし,不法行為責任として弁護士費
用の賠償を認めたものがある(東京地判平成21 年12 月4 日金商1330 号16 頁)。債務不履行の悪性が強い場合には,弁護士費用その他の取立費用の賠償も認めるべき場合があるという一般論自体は,首肯しうるところである。
(2) 金銭の運用による逸失利益等
ア 利息超過損害としては,弁済金を何らかの使途に利用することを予定していた場合に,弁済金が受領できずに当該使途に利用できないことによって生じた逸失利益や費用(以下「逸失利益等」という。)も含まれうる。
たとえば,債権者Aが,債務者Bからの弁済金 1 億円でもって,第三者Cから土地を 1 億円で購入し,第三者Dにそれを 1 億 5000 万円で転売することを予定していたとする。
この場合,債務者Bが 1 億円の弁済の履行を遅滞したため,債権者Aが第三者Cへの代金支払ができず,第三者Cから契約を解除されて違約金 2000万円の支払を余儀なくされた上,第三者Dへの転売も履行不能となったとすれば,5000 万円の逸失利益と 2000 万円の費用(違約金)を損害とみることができよう。
イ 仮に,金銭債務の利息超過損害も損害と因果関係の主張証明さえあれば,賠償の対象となるとした場合,以下の二つの点が主張証明されれば,逸失利 益等の賠償が認められると思われる(利息超過損害の賠償を認める点の他は,現行民法と同じ要件とする。)。
第一に,債権者は,不履行になった金銭債権の弁済金以外から資金調達をすることもできるはずなので,金銭債務の不履行と逸失利益等との間に因果関係が認められるには,当該債務の弁済金以外に債権者に資金調達の見込みがないことが必要である。
第二に,逸失利益等は通常損害とはいえないと思われるので,現行民法 416条の要件が満たされるには,債権者が弁済金を一定の使途に利用することを予定しており,仮にかかる利用をしなければ逸失利益等が発生すること,債権者が当該使途に使用する金銭について当該弁済金以外に調達の見込みがないことを,債務不履行時に債務者が予見可能であったことも必要である。
ウ しかし,上記 2 つの主張証明があれば,常に,利息超過損害の賠償を認めるのは,広きに失する危険がある。
上記アの事例について,債務者Bが,債権者Aと第三者C・第三者Dとの取引を予定していること,債権者Aが債務者Bの弁済金以外に第三者Cへの支払代金の調達方法を有していないことを知っていたとしても,債務者Bと債務者Aの契約と,債権者Aと第三者C・第三者Dとの取引に何らの関係性がない場合まで,常に逸失利益等の賠償を認めるのが妥当であるのか疑問がある。
他にも,例えば,a が資金繰りに逼迫し,b からの弁済金がなければ,a の
債権者 c への弁済金を支払えず,a と友人関係にある b がそのことを認識していたとき,b が a への弁済を遅滞すれば,b が,a に対し,a の c への遅延損害金相当額の損害賠償責任を負うことにもなりかねない。
このようにみてみると,逸失利益等の賠償が認められるのは,不履行に陥った原因,金銭債権と資金使途の関連性の強弱,債権者と債務者の関係などを考慮し,債権者の資金使途等と当該金銭債務に一定の牽連関係があるといえる場合などに限られるように思われる。
3. 結論
取立費用・弁護士費用についても逸失利益等についても,利息超過損害の賠償が認められるべき場合があることは否定できない。
しかし,①取立費用・弁護士費用の賠償が認められるのは一定の悪性が強い場合に限られるべきであり,②逸失利益等の賠償が認められるのも債権者の資金使途等と当該金銭債務に一定の牽連関係があるといえる場合などに限られるべきである。
したがって,金銭債務の不履行による利息超過損害の賠償を一律に否定するべきでないが,上記①②の限定を取り込める要件を付加するべきである。たとえば,害意や悪意といった要件を加えることが考えられる。
ただし,債務不履行の損害賠償の範囲に関する要件について,十分に規範的解釈が可能な柔軟な要件が定められれば,金銭債務の特則の賠償の可否も当該要件に委ねることが考えられる。また,本論点は,法定利息(遅延損害金)の利率についての改正などにも影響されるところであり,今後は,それらの改正を踏まえた検討が必要である。
第2 契約の解除
1 債務不履行解除の不履行態様等に関する要件の整序(民法第 541 条から第 543 条まで)(検討事項(1)61 頁から 73 頁,77 頁から 80 頁)
現行民法は,債務不履行による解除における不履行態様等に関する要件に関し,第 541 条において「当事者の一方がその債務を履行しない場合」における催告解除を,第 542 条において定期行為の履行遅滞における無催告解除を,第 543 条において「履行の全部又は一部が不能となったとき」における無催告
解除をそれぞれ規定しているところ,伝統的理論は,第 541 条を主に履行遅滞
の規定,第 543 条を履行不能の規定と整理している。
しかし,これらの規定内容や伝統的理論の整理では,必ずしも十分な規範が示されていないとの指摘がある。例えば,第 541 条及び第 543 条は,不履行に陥った債務の内容について何らの限定を設けていないところ,判例は,付随的義務違反による解除を否定するなどしており,条文の文言とは必ずしも整合しない解釈を示している。また,現行法は,追完の不履行による解除の場面について何ら規定しておらず,この点はもっぱら解釈にゆだねられている。さらに,現行法の規定だけでは,履行期前の履行拒絶による解除の可否等が不明確であり,この点についても解釈にゆだねられている。
このように,現行法における債務不履行解除の不履行態様等に関する要件に関する規定内容は,判例法理と条文のそご,規定の不備等により,必ずしも十分とは言えない状況にある。このことを踏まえて,債務不履行解除の不履行態様等に関する要件を整序する方向で検討することが考えられるが,どうか。
(1) 民法第 541 条「債務を履行しない場合」の限定の要否
現行民法は,第 541 条において,「債務を履行しない場合」に催告の上,解除できると規定しており,伝統的理論は,これを主に履行遅滞に関する規定と理解しているところ,同条は,履行しない「債務」の内容を何ら限定していない。しかし,判例は,付随的義務違反等の義務違反の場合には,解除の効力を否定しており,条文の文言と裁判実務上の取扱いが必ずしも整合していない状況にある。
そこで,条文の文言と裁判実務上の取扱いのそごを是正するとともに,同条による解除が認められる場面を適切に規律する要件(例えば,「重大な不履行(義務違反)」等の要件)を設けることが望ましいという考え方があるが,どのように考えるか。
(2) 民法第 543 条「履行の全部又は一部が不能となったとき」の限定の要否現行民法は,第 543 条において,履行不能による解除に関し,「履行の 全部又は一部が不能となったとき」に無催告で解除できると規定している。このうち履行の一部不能については,条文上,解除が認められるための不能の範囲について何ら限定がないため,その文言からは,軽微な一部不能にすぎなくても契約全部の解除が可能と読めるという不都合がある。そのため,学説の多くは,履行不能となった部分を除いた残部の履行では契約の目的が達成できない場合に限り,契約全部の解除が認められると解しているが,条文の文言からそのような解釈を読み取ること
は容易ではない。
そこで,同条による解除が認められる場面を適切に規律する要件(例えば,「重大な不履行(義務違反)等の要件」を設けることが望ましいという考え方があるが,どのように考えるか。
3 「債務者の責めに帰することができない事由」の要否(民法第 543 条)現行民法は,債務不履行による解除に関し,履行不能について「債務者 の責めに帰することができない事由」による免責を認めている(民法第 543
条ただし書)。この点について,伝統的理論は,過失責任主義の観点から,
「債務者の責めに帰することができない事由」を債務者に故意・過失又はxxx上これと同視すべきでない事由がないことと理解し,履行不能に限らず,全ての債務不履行解除に適用される要件であるとしてきた。
しかし,この立場に対しては,解除は不履行をした債務者への制裁ではなく,その相手方を契約の拘束力から解放することを目的とする制度であるという理解から,不履行をした債務者の帰責事由を解除の要件とすべきでなく,判例においても,債務者の帰責事由が解除の成否を左右するものとして重要な機能を営んでいるとはいえないという指摘がされている。また,このような帰責事由不要論は,比較法的に見て,国際的なすう勢になっているとの指摘もある。
そこで,債務不履行解除における債務者の帰責事由の要否について,以下の考え方があるが,どのように考えるか。
[A 案] 必要とする考え方
[B 案] 不要とする考え方
2 債務不履行解除と危険負担の関係(検討事項(1)99 頁から 103 頁)
現行民法は,双務契約において一方当事者が負担する債務が履行不能に陥った際の他方当事者が負担する債務の帰すうについて,履行不能について債務者に帰責事由が認められる場合は債務不履行解除の規定を適用され,帰責事由が認められない場合には危険負担の規定を適用されることとしている。
そこで,債務不履行解除の要件から債務者の帰責事由を排除した場合(前記第 3,3),債務不履行解除と危険負担の適用範囲が重複するという問題が生じる。
この点について,解除制度と危険負担制度を併存させるという考え方もあるが,この考え方に対しては,いずれの制度も反対債務からの解放を実現するものであるから,両制度を併存させる意味は乏しいなどの批判がある。このような批判をする立場の中にも,反対債務からの解放を当事者の意思にゆだねる方が契約関係からの離脱時期が明確となり予測可能性に資する上,債権者が反対債務の履行について利益を有する場合や不能となった債権につき代償請求権を有する場合等,債権者が契約関係を維持することに利益を有する場合があり,債権者にこの利益を維持するか否かの選択権を与えるべきであるという観点から,危険負担制度を廃止し,解除制度に一元化することが望ましいとする考え方がある一方,履行不能において常に解除の意思表示を要求することは迂遠であるとして,履行不能の場面については解除権の行使を認めず,危険負担制度に一元化することが望ましいという考え方もある。
このような点を踏まえて,解除制度と危険負担制度の在り方について,どのように考えるか。
【意見】
1.催告解除を原則形態,無催告解除を例外的な形態とし,基本的には以下の枠組みに整理するべきである。
① 契約の不履行がある場合,催告解除できる。ただし,軽微な不履行の場合は除く。
② 契約の「重大」な不履行がある場合,無催告解除できる。
ただし,無催告解除の要件として「重大」という用語を使用することの当否については,「重大」な不履行という曖昧な言葉で包摂するのでなく,無催告解除が可能となる類型ごとに「重大」の具体的内容・程度を的確に書き分けて条文化するなど,できる限り債務者の予見可能性を高めるべきである。 2.解除に一元化することは適切でなく,両制度を併存させるべきである。
【理由】
1. 催告解除における「重大」な不履行の要否について
(1) 催告解除の機能
取引社会において,催告解除は,債務不履行があり,債権者が契約の継続を希望していない場合に,当該契約から速やかに解放される手段として機能している。
催告解除が,最も良く機能する場面は,物の引渡債務の納期違反や数量不足,金銭債務の履行遅滞や金額不足など,履行遅滞型の不履行の場合であると思われるが,実務上,これらの履行遅滞があれば,債権者は債務者に催告を行い,相当期間が経過すれば速やかに解除することが少なくない。
一般化していえば,契約の相手方が債務不履行をすれば,当該相手方との契約を迅速に解消し,市場において新たな契約相手方を探索することを認めるのが妥当な場合が通常と思われるが,そのような迅速な契約解消を実現する機能が催告解除によって実現されているということである。
このような催告解除の機能は積極的に評価されるべきものであって,ある債務の不履行が存在する場合,債権者は相手方に対する催告及び解除の意思表示によって解除できることを原則とし,現状の取引実務に無用の混乱を生じさせるべきではない。
(2) 催告解除に「重大な不履行」等の要件を設けることの問題性
これに対し,「検討事項」は,付随義務違反の解除を否定した判例があることなどから,解除が認められる場面を適切に規律する要件(例えば,「重大な不履行(義務違反)」等の要件)を設けることが望ましいという考え方があると指摘する。
たしかに,不履行をした契約当事者が投下した費用に比して,不履行の程度が軽微であるなど,速やかな契約の解除を認めるのが不履行をした契約当事者に酷な場合もあろう。
しかし,実務上,このような解除が問題となるのは,例外的事案と思われる。現に,「検討事項」が指摘する付随義務違反の解除を否定した判例も,安易に一般化できるものとは思われない。たとえば,最判昭和 36 年 11 月 21 日
/民集 15 巻 10 号 2507 頁は,土地売買契約における税金償還義務という一回的金銭債務の履行遅滞について当該債務が「付随的債務」であることを理由に催告解除を否定しているが,その事案は極めて特殊というべきものである。
1
このような例外的場合は,催告が適切な追完可能性を与える実質を伴っていたかという催告要件の解釈などで柔軟に対応することも考えられる。催告以外の要件を加えるとしても,上記(1)で述べた催告解除の機能を害する危険
1 Y→中間者→Xと甲土地が売買され、各契約の売買代金支払と土地の引渡しが終了していたが、Yはその後も同土地に関する租税を支払っていたところ、中間者がYに対して同租税に相当する金額の償還を行わなかったため、Yが当初の契約から 10 年以上経過してから、税金償還義務の履行遅滞を理由にY・中間者間の契約を解除し、これに対してXが解除無効の確認を求めた事案である。
に十分に配慮するべきである。具体的には,解除権者側に「重大な不履行」などの証明責任を課するのは適当ではなく,せいぜい,「軽微な不履行」としてその証明責任を債務者側に負わせるのに留めるべきである。
なお,上記の例外的場合を示すための要件として「軽微」という用語を使用することの当否については,2.で述べる予測可能性の問題と関連して依然として議論があり,今後も継続して検討されるべき課題であると認識していることを付言する。
2. 無催告解除の要件について
(1) 無催告解除の必要性
実務上,債務不履行があり,債権者が契約の継続を希望していない場合に,契約からの拘束を免れる手段としては催告解除が原則であるとしても,不履行によって契約の目的が達成できなくなった場合などには,例外的に債務者に追完の機会を付与することなく無催告の解除を可能とすべきことには異論はない。
(2) 要件の予見可能性の必要性
もっとも,無催告解除は,債務者にとって,追完の機会を与えられないまま,契約の終了という重大な効果がもたらされるものである。そのため,その要件には債務者の予測可能性の確保が必要不可欠である。
この点,「検討事項」は,無催告解除の要件として「重大な不履行(義務違反)等の要件」を例示するが,「重大」のような各種の法理を包摂し,判断基準として機能しない一般的要件を設けることは適切でない。むしろ,各法理を分けて条文化し,それぞれの法理についてそれに見合った言葉を個別に用いることが適切である。また,それらの法理の条文化にあたっては,限られた最高裁判例を過度に一般化することなく,下級審裁判例及び紛争に至らない取引の実態などを含めた詳細な立法事実の検証が必要である。
3. 債務者の帰責事由の必要性と危険負担との関係について
解除制度と危険負担制度の在り方について,債務者の責に帰すべからざる事由により履行不能となった場合の危険負担の問題を,解除制度でxx的にカバーし,現行の危険負担制度を廃止するとするべきでない。
すなわち,そもそも,債権者主義の適用範囲等の危険負担制度における個別の問題は別論として,危険負担制度の存在自体について,これを廃止する何らかの実務的な要請が存在するかは疑問である。
むしろ,ある債務が債務者の責に帰すべからざる事由により履行不能になった場合に,反対債務を負う債権者が,解除の意思表示によってのみ,契約関係から離脱することができることとすると,当該債権者にとって過度の負担となる可能性がある。また,契約終了の効果をどの時点で発生させるべきかなどの
問題についても個別の契約類型ごとに検討することが不可欠である。
特に,労働契約の場合,客観的事由による履行不能(例えば,①価格高騰による原材料の調達不能による休業の場合,②地震や天災による工場の操業停止による休業の場合,③失火による工場の操業停止の場合,④組合のストライキによる操業停止の場合など。)についても労働契約を解除(解雇)しない限り使用者は賃金支払義務を負うことになる。このような対応は,労働関係においてはあり得ず,従来どおり危険負担の制度を存続させて労使関係上の債務負担の合理的な処理を図ることが必要である。なお,危険負担についての現民民法第 536 条第 2 項に関し,労働争議時における使用者のロックアウトや労働組合
のストライキによる就業拒否について,「検討事項第 5 受領遅滞(民法第 413条)」とも関連しており,いずれにしても現在の確立している労使関係上の取り扱いを民法改正で変更がなされることは好ましくなく問題である。
したがって,危険負担制度と解除制度の理論的整合性に配慮する必要はあるものの,危険負担制度を廃止し,解除制度への一元化を進めることは適切ではない。
第3 詐害行為取消権
1 債務消滅行為(検討事項(2)55 頁から 57 頁)
詐害行為取消権に関して,判例は,債務消滅行為のうち一部の債権者への弁済について,特定の債権者と通謀し,他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合には詐害行為となるとし,また,一部の債権者への代物弁済についても,目的物の価格にかかわらず,債務者に,他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し,その債権者だけに優先的に債権の満足を得させるような詐害の意思があれば,詐害行為となるとしている。 これに対し,破産法は,一部の債権者に対する債務消滅行為について,原則として,破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にしたもののみを偏頗行為否認の対象とし(同法第160条第1項柱書,第
162条第1項第1号),また,期限前弁済や代物弁済等の非義務行為について,支払不能になる前30日以内にされたものにまで偏頗行為否認の対象を拡張するにとどめており(同法第162条第1項第2号),偏頗行為否認に時期的要件を設けている。この結果,債権者平等が強調されるべき局面で機能する否認権よりも平時における詐害行為取消権の方が,取消しの対象行為の範囲が広い場面があるという問題(逆転現象)が生じている。
債務消滅行為に関する詐害行為取消権の要件については,上記の判例法理を明文化するにとどめるとする考え方もあり得るが,他方で,逆転現象が生じていることを踏まえ,否認権の要件との整合性に配慮する場合には,次のような案も考えられる。この点について,どのように考えるか。
[A案] 債務者がした債務消滅行為については,債権者の受けた給付の価額が消滅した債務の額より過大であるもの(過大な代物弁済)を除き,詐害行為取消権の対象とはしない。
[B案] 特定の債権者と通謀し,その債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図で行った非義務行為と,過大な代物弁済に限り,詐害行為取消権の対象とする。
【意見】
B案に賛成する。但し、現行破産法の偏頗行為否認と同じ要件とすべきであるとの意見も少なからず存在した。
【理由】
詐害行為取消権が責任財産保全の制度であるからするならば,原則として,債務者の責任財産を減少させない一部の債権者への弁済や債権額に相当する価格のものでする代物弁済を詐害行為取消権の対象とする必要はない。しかし,債務者が特定の債権者と通謀し,かつ,その債権者だけに優先的に債権の満足
を得させる目的で義務に属しない行為をした場合にまで詐害行為取消権の対象とならないとすることは,著しくxxに反する。
従って,B案が妥当である。
もっとも,破産法は,偏頗行為否認に時期的要件を設けており(非義務行為について支払不能になる前30日以内にされたものだけが偏頗行為否認の対象になる),債権者平等が徹底される破産手続よりも平時における詐害行為取消権の方が取消しの対象行為が広い場面があるのは問題である。さらに,本旨弁済について一切詐害行為取消権の対象とならないとすると,企業が破綻しても法的処理がなされずに事実上放置されてしまう例は多く,そのようなケースでも特定の者や近親者に偏頗弁済が行われていることは珍しくないところ,このような場合に,債権者が破産手続を申立てなければならないとすると,債権者の経済的・心理的負担は大きい。以上のこと等から,破産法の偏頗行為否認と同じ要件とすべきであるとの意見も少なからず存在した。
第4 保証債務
1 総論(検討事項(3)37 頁から 42 頁)
保証は,不動産等の物的担保の対象となる財産を持たない債務者が自己の信用を補う手段として,実務上重要な意義を有しているが,他方で,個人の保証人が必ずしも想定していなかった多額の保証債務の履行を求められ,生活の破綻に追い込まれるような事例が後を絶たないこともあって,例えば,自殺の大きな要因ともなっている連帯保証制度を廃止すべきであるとの指
摘もあるが、どのように考えるか。
【意見】
「過大な保証」(保証人の債務が保証人の財産及び収入に対し明白に比例性を欠いている保証)のみを禁止すべきである。
【理由】
個人保証制度については,自己破産や個人再生事件の相当数が保証が原因となっていること,昨今の自殺増加の原因の1つに保証による経済的困窮があること,保証人となることについて理解しないまま消費者が保証をすることが多いこと,個人保証は情誼性が強く頼まれたら断れないというところに問題があり書面の交付や説明義務の充実だけでは問題の解決にならないこと等から,廃止すべきとの意見もある。
また,経営者保証制度についても,事業再生において早期の再生申立てができないといった弊害やベンチャー企業の活動を阻害するといった点から,同様に廃止すべきとの意見もある。
しかし、保証といっても様々な形態があり一律に廃止するという議論は乱暴であるし,広く保証制度が利用されている日本の経済社会に混乱をもたらす恐れも否定できない。特に,経営者保証は,中小企業における経営責任の明確化,財務諸表が必ずしも正確でないこと,コーポレートガバナンスが不十分であることの対応を考えると,一定の合理性があるとも考えられる。実務的には破産手続において,破産会社から経営者及び経営者を介して近親者に不xxな金員の流れがあるケースも少なくなく,そのような場合,経営者が保証債務を負担していることを理由に会社と一緒に破産することにより,適正な処理ができることもある。
そうであるならば,保証制度を一律に廃止すべきではない。多額の保証債務の履行を求められ,生活の破綻に追い込まれるような事例が後を絶たないという点及び近時における消費者信用におけるいわゆる総量規制を考慮し,フランス消費法典L.313-10条及び同L.341-4条と同様,過大な保証(保証人の債務が保証人の財産及び収入に対し明白に比例性を欠いている保証)のみを禁止すべき
である。
2 保証契約締結の際における保証人保護の方策(検討事項(3)44 頁から 45 頁)
保証契約締結の際における保証人保護の拡充方策については,これをより一層拡充する観点から,保証契約締結の際に,債権者に対して,保証人が保証の意味を理解するのに十分な説明をすることを義務付けたり,主債務者の資力に関する情報を保証人に提供することを義務付けたりすることなどを提案する見解がある。
こうした提案を踏まえ,保証契約締結の際における保証人保護の方策に
ついて,どのように考えるか。
【意見】
個人保証について,債権者に対して,保証人が保証の意味を理解するのに十分な説明をすることを義務付けたり,主債務者の資力に関する情報を保証人に提供することを義務付けたりすることに賛成する。
【理由】
保証人となることについて理解しないまま個人(消費者)が保証をすることが多いことからするならば,個人保証契約締結の際に,債権者に対して,保証人が保証の意味を理解するのに十分な説明を義務付けることには保証人保護の観点から意義がある。
また,個人の保証人が必ずしも想定していなかった多額の保証債務の履行を求められる事態を避けるためにも,個人保証契約締結の際に,債権者に対して,主債務者の資力に関する情報を提供する義務を課すことには意義がある。
そして,個人の保証人を保護するという点から,上記説明義務又は情報提供義務に違反した場合には,保証契約の取消又は無効事由になると解すべきである。更に,上記説明義務又は情報提供義務を潜脱するための連帯債務契約や損害担保契約の締結を禁止する方策を検討すべきである。
3 保証契約締結後の保証人保護の方策(検討事項(3)46頁:関連論点)
保証契約締結後の保証人保護の方策についても,債権者に対して主債務者の返済状況を保証人に通知する義務を負わせること,分割払の約定がある主債務について期限の利益を喪失させる場合には保証人にも期限の利益を維持する機会を与えることなどを提案する見解があるが,どのように
考えるか。
【意見】
個人保証についてのみ賛成する。
【理由】
保証契約締結後に,債権者に対して主債務者の返済状況を保証人に通知する義務を負わせることは,個人保証において特に、保証人に保証債務履行の可能性の有無を知らしめ,場合によっては保証人から主債務者に働きかけて主債務者の返済を促す等保証人の保護に資するものであり,賛成である。又,分割払の約定がある主債務について期限の利益を喪失させる場合には保証人にも期限の利益を維持する機会を与える点も、個人保証において特に、保証人保護に資するものであり賛成であるが,さらに進んで,主債務について期限の利益が喪失した場合でも,保証債務については,依然として分割払いを認めるといったことも検討すべきである。
4.根保証(検討事項(3)65頁から68頁)
平成16年の民法改正により,主たる債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(貸金等債務)が含まれるもの(貸金等根保証契約)に対象を限定しつつ,保証人が予想を超える過大な責任を負わないようにするための規定が新設されたところである(同法第465条の2から第465条の5まで)。
この点については,さらに保証人保護を拡充する観点から,例えば,主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれない根保証にまで,平成16年改正で新設された規定を及ぼすという考え方や,判例によって認められているいわゆる特別解約権を明文化するという考え方があるが,どのように考え
るか。
【意見】
賛成する。但し,特別解約権については,主債務者の資産状態・営業状態等に保証契約当時予測できなかったような変動があった場合,代表取締役を退任
した場合にも認めるべきである。
【理由】
平成16年民法改正においては,融資に関する根保証契約について早急に措置を講ずる必要性が指摘されていたことを踏まえ,それ以外の根保証契約については,ひとまず適用対象から除外されたという経緯からすれば,融資に関する根保証契約以外にも同様に根保証人保護の規律を及ぼすべきケースがないか検討する必要がある。そして,平成16年民法改正の趣旨が中小企業を取り巻く厳しい経済状況の下で,保証人が予想を超える過大な保証責任の追及を受けることを防ぐという点にある。そうであるならば,少なくとも継続的売買に関する保証,オフィスのテナント契約に関する保証についても,対象を広げるべきである。
次に,特別解約権(特別元本確定請求)については,学説・判例は,保証期間の定めの有無,責任限度額の定めの有無を問わず,主債務者の資産状態・営業状態等が保証契約成立時に比べて“著しく”悪化した場合のように,依然として将来において保証人を拘束することがxxxに反するとみられるような場合には,保証人は直ちに解約しうるとしている。しかし,これによると,特別解約権を行使できる場合が限定され,保証人の保護に欠けるきらいがある。そこで,主債務者の資産状態・営業状態等に保証契約当時予測できなかったような変動があった場合,代表取締役を退任した場合にも特別解約権を認めるべきである。
第5 債権譲渡
1 債権譲渡の対抗要件(検討事項(4)10頁から13頁)
債権譲渡に係る第三者対抗要件制度については,基本的にどのような方向性で見直しを進めることが考えられるか。この点については,例えば,以下のような考え方があり得るが,どのように考えるか。
[A案]登記制度を利用することができる範囲を拡張する(例えば,個人も利用可能とする。)とともに,その範囲における債権譲渡の第三者対抗要件は,登記に一元化するという考え方
[B案]債務者をインフォメーション・センターとはしない新たな対抗要件制度(例えば,現行民法上の確定日付のある通知又は承諾に代えて,確定日付のある譲渡契約書を債権譲渡の第三者対抗要件とする制度)を設けるという考え方
[C案]現行法の二元的な対抗要件制度を基本的に維持した上で,必要な修
正を試みるという考え方
【意見】
C案を採用し,必要に応じ登記制度を拡充することで十分であると考える。むしろ,いずれの案を採用しても二重譲渡ひいては債務者に二重払いのリスクが発生することは避けられないと考えられることから,供託その他債務者の免責的規定を拡充すべきと考える。
【理由】
まず,A案については,安価、簡易かつ明確な制度を目指す点で評価できるが,かような安く,簡易・明快な制度となるかは具体的制度設計をどうするかにかかるところ,その制度設計が現時点では明らかでない。また,コストや手間の面から現実的か,既存契約の巻き直しやシステム対応が大変である,中小企業からすれば実務的負担やコスト負担が大きくなることが危惧されるといった批判もある。更に,金銭債権と非金銭債権が合わさっているような債権(ゴルフ会員xx)の場合の処理やノウハウ・ライセンス契約上の債権等企業秘密の観点から公示制度になじまない債権の譲渡についてどうするかといった問題もある。
次に,B案については,確定日付のある譲渡契約書を対抗要件とすると,公示性が現行制度より悪化するおそれがあるとの批判がある。
そして,現行の二元的な対抗要件制度については,実務的に機能しており,また,安価かつ簡明な対抗要件制度であることからするならば,現行法の二元的な対抗要件制度を基本的に維持した上で,必要な修正を試みるという方向性が妥当である。
2 債務者対抗要件(検討事項(4)21頁から24頁)
現行の民法に基づく対抗要件制度及び特例法に基づく対抗要件制度は,いずれも,債務者対抗要件として,債権者側からの通知又は債務者からの承諾を必要としている(民法第467条第1項,特例法第4条第2項参照)。このうち,債務者の承諾については,債権譲渡の当事者である譲渡人及び譲受人が,債務者との関係では引き続き譲渡人を債権者とすることを意図し,あえて債務者に対して債権譲渡の通知をしない(債務者対抗要件を具備しない)場合にも,債務者が債権譲渡の承諾をすることにより,譲渡人及び譲受人の意図に反して,譲受人に対して弁済するという事態が生じ得るという問題が指摘されている。
以上のような指摘に対応するために,債務者の承諾を債務者対抗要件としないこととすべきであるという考え方が提示されているが,この点について,ど
のように考えるか。
【意見】
反対する。
【理由】
抗弁切断と兼ねる場合,契約上の地位の移転についての相手方の同意と兼ねる場合,譲渡禁止特約付債権を譲渡する際に譲渡禁止特約を外す旨の債務者の意思表示と兼ねる場合等実務上便宜に利用されていること,及び債務者の承諾を債務者対抗要件としない理由としてあげられている例(承諾を債務者対抗要件とすると,債権譲渡当事者間であえてサイレントとして債務者に対して債権譲渡の通知をしない場合にも,債務者が承諾をして譲受人に弁済してしまう事態が生じうる。)も説得的でないことから,債務者の承諾を債務者対抗要件として残すべきである。
3 債務者保護のための規定の明確化等(検討事項(4)24頁から27頁)
債務者保護の観点から,債務者の行為準則を整理し,これを条文上明確にす
るという考え方について,どのように考えるか。
【意見】
賛成する。
【理由】
優劣が定められない譲受人間の関係や,債権譲渡と債権差押えが競合した場合における優越基準について立法で規定を設けることには賛成する。
4 抗弁の切断(民法第468条)(検討事項(4)27頁から31頁)
現行法上,債務者が異議をとどめない承諾をした場合には,民法第468条第1項により,債務者が譲渡人に対して有していた抗弁の切断が認められており,この異議をとどめない承諾は,譲渡がされたことを認識した旨の通知(観念の通知)であると考えられている。しかし,単にそのような認識の通知をすることにより抗弁の切断という重大な効果が認められることについては,必ずしもその根拠が明確ではないため,学説上,様々な見解が対立している状況にある。
そこで,上記のような指摘を踏まえて,異議をとどめない承諾の制度を廃止し,抗弁の切断は,抗弁を放棄するという意思表示によるという規律を新たに
設けるべきであるという考え方があるが,どのように考えるか。
【意見】
賛成する。但し,悪意の譲受人は,抗弁放棄の効力を主張できないとすべきである。
【理由】
現行民法第 467 条第 1 項については,異議を留めない承諾から抗弁切断という効果が生じる根拠を必ずしも明確に説明できていない。また,異議を留めない承諾は,特定の債権が譲渡されることについての単純な承諾をいい,例えば
「異議を述べない」とか「一切の抗弁をしない」といった形で積極的に表示す ることは必要ないとされており,かかる単純な承諾で抗弁切断という重大な効果を生じさせることは,消費者の予測に反し消費者保護に欠けるきらいもある。従って,異議を留めない承諾という制度を廃止し,抗弁の切断は,抗弁を放
棄するという意思表示によるとすることには賛成する。但し,現行法の判例(最判昭和 42 年 10 月 27 日民集 21 巻 8 号 2161 頁)の考えを踏襲し,悪意の譲受人は,抗弁放棄の効力を主張できないとすべきである。また,債権の流通性を図るため,抗弁放棄の意思表示は,「一切の抗弁を放棄する」といった包括的なものでも足りるとすべきである。
第6 約款・不当条項規制
1 約款の定義(検討事項(6)60 頁から 61 頁))
規律の対象となる約款の定義について,どのように考えるか。なお,例えば,多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体
をいうとする立法提言がある。
【意見】
反対する。
雛形など,従来約款と考えられていない契約が,約款に含まれない定義とすべきである。また,就業規則についても除外されるべきである。
【理由】
約款の定義につき,多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体とする立法提言が示されている。
しかし,かかる定義とすると,雛形のみならず,金融法務における仕組金融で利用される契約書一式がパッケージで利用されるため,これに含まれかねない。約款の定義は,約款規制を及ぼす外延を画する概念として明確かつ相応しいものとすべきである。
この点,約款の定型性に由来して,約款理論上,①条項認識の欠如,
②多数取引に定型的に使用されることによる交渉力の構造的不均衡,③隠蔽効果などが問題点として指摘される。すなわち,契約内容についての交渉がはじめから予定されておらず,約款使用者たる事業者は,約款の定める条件によって契約を行うため,約款を,多数の取引において,一律的又は画一的に適用することを予定し,予め定式化している点に,約款固有の問題が生ずる原因がある。この点にかんがみ,約款の定義に関しては,「多数の取引に対して一律に適用するために,事業者により作成され,あらかじめ定型化された契約条項のこと」(xx他「新版注釈民法(13)債権(4)173頁(有斐閣,平成8年)」),又は「多数の取引を迅速かつ画一的に処理するため,予め事業者によって用意された定型的な契約条件(もしくは条件群)」(xxxx「約款の適正化と消費者保護」xxxx『岩波講座現代の法13消費者生活と法』101頁(岩波書店,平成9年))と記載されている。
要するに,約款定義の要素は,「多数取引」及び「予めの定式化」のみならず,一律的又は画一的に適用することが予定されており,相手方に交渉の期待可能性がない又は乏しいことも含まれるべきであり,これを表現する規定も含まれるべきである。
例えば,「多数の契約に用いるために,変更されることを予定せずにそ
れによらなければ契約しないものとして,あらかじめ定式化された契約条項」などといった表現が考えられる(ただし,この表現も十分な検討が必要である。)。
また,労働契約に関しては,定型契約たる性質を有する就業規則によると労働契約法で規定されており,かつ,一般的に,就業規則は約款の一つと解釈されている(xx・債権各論・上巻〔27〕。xxxx・労働基準法第4版 365 頁,xxxxx・労働法第3版 101 頁も,就業規則を約款として議論している)。そのため,今回の立法提言のような規定が定められると労働契約も,労働契約法等を含めた安定した運用が存在するにもかかわらず,民法の約款規制に服することとなって適切でない。
個別の交渉を経て採用された条項の取扱いについて,どのように考えるか。なお,この点については,個別の条項について実質的な交渉がされ,それに基づいて契約が締結された場合であれば,その個別条項について
は,約款の規律の対象外とすべきであるという考え方がある。
2 個別の交渉を経て採用された条項に関する規律(検討事項(6)61 頁から 62 頁)
【意見】
個別の条項について実質的な交渉がされ,それに基づいて契約が締結された場合だけを約款規制の対象外とする考え方に反対する。
この考え方だけでは不十分であり,当事者が個別に交渉する場合,個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾した場合は,約款の定義から除外するか,少なくとも約款規制の適用除外とすべきである。
【理由】
個別の条項について実質的な交渉を経て契約が締結される場合,その個別の条項について約款規制の適用除外とすることが提言されている。
この点,個別の交渉に該当するためには「他の選択肢の採否について,約款使用者との間で能動的な交渉行動をしたことが必要」とされる。趣旨にかんがみれば,約款固有の問題が解消されたといえるだけの実質が個別の交渉には必要であるから,上記理解のように個別の交渉の内実を問うのは正しい。
ただし,契約交渉の実務においては,例えば,ある約款を検討して,
①A条項につき,他の選択肢の採否を検討するまでもなく特段の支障がないと判断して応諾し,②D条項に関して自分に有利な他の選択肢を採
用するよう強く交渉するため,B条項に関しては譲歩しようと,B条項につき,能動的な交渉行動をすることなく応諾し,③D条項に関して自分に有利な他の選択肢を採用するよう強く交渉するため,C条項に関しては譲歩しようと,C条項につき,能動的な交渉行動をする外観を装いながら結局譲歩して応諾し,④D条項につき,他の選択肢の採否について,約款使用者との間で能動的な交渉行動をし,他の選択肢が採用されるというような事案はまま見られる。
このような事案を考えた場合,④のみならず,少なくとも上記①ないし③についても,約款規制からの適用除外に該当するとしないと不合理と思われる(この事例では約款全体について適用除外とすることも十分考えられる。)。
かかる場合,当事者が内部的にすべての個別条項を十二分に検討して,個別条項がどの程度応諾可能かに応じて,約款使用者に対し,他の選択肢の採否を提案するか否か,他の選択肢を提案するとしても能動的な交渉行動をせずに早々に譲歩するか否かなど,能動的な交渉行動はないとしても契約書全体を微細に検討し,納得の上で対応されている場合を想定できることから,約款固有の問題が解消されたといえるだけの実質があろうと思われる。
また,金融法務における仕組金融では,シリーズものなど,特に変更されることを予定せずに,多数の契約に用いるため,あらかじめ定式化された契約書を利用することがしばしばあり,かかる場合,約款の定義規定のみをもって金融法務における仕組金融で利用される契約書一式を約款規制の適用除外とすることは困難である。しかし,この場合であっても,当事者は,個別条項を微細に検討の上,十分に個別条項の趣旨を熟知して個別に意思決定をして,各個別条項につき承諾しており,約款固有の問題は生じないと考える。
以上にかんがみると,当事者が個別に交渉する場合に加えて,個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾する場合も,約款規制から適用除外とすべきである。
さらに,検討するに, 個別の交渉を経て採用された条項及び個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾した条項については,約款起因の問題は解消されると考えられる。
したがって,このような場合に,条項使用者不利解釈の原則の適用などを受けるのは適切でないと思料されるため,このような場合には,単に一定の条項に関する適用除外とするのではなく,そもそも,約款規制の対象を画する約款の定義から除外すべきである。
3 契約の中心部分に関する契約条項に関する規律(検討事項(6)62 頁)
契約の主たる給付内容を定める条項(中心的部分に関する契約条項)を約款としての規律の対象に含めるべきかどうかの点について,どのように
考えるか。
【意見】
契約の核心的部分は,約款規律の適用除外であることを明確化すべきである。
【理由】
「対価の条件が複雑になっていて分かりにくい場合などには,契約条項の隠蔽機能は中心部分にも当てはまる」として中心部分も含めて約款規律の対象とすべきとする見解もあることから,後日の解釈に委ねるとする立法提言が示されている。
しかし,対価の条件が複雑であることなどは約款固有の問題ではない。そもそも,種類,品質,価格などの契約条項の中心部分は相手方においても十分に熟知した上で契約が締結されるべきであり,認識可能性又は交渉可能性が欠如又は乏しいことに起因する約款固有の問題は本来的に妥当しない。
したがって,契約の核心的部分は,約款規律の適用除外であることを明確化すべきである。
4 約款の組入れ要件(検討事項(6)62 頁から 70 頁)
約款を個別の契約内容とするための要件(約款の組入れ要件)については,例えば,原則として約款が相手方に開示されていることが必要であるとした上で,約款の開示が現実的に困難である場合の例外要件を設定する
といった考え方が提示されているが,どのように考えるか。
【意見】
反対する。
開示が著しく困難な場合であるか否かに関わらず,約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くことも約款を開示することと並列的な要件と考えるべきである。
また,就業規則については適用が排除されるべきである。
【理由】
開示が著しく困難である場合に限り,約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くことをもって約款の組入れ要件とする立法提言が示されている。
確かに,約款の法的性質が契約であるとして,契約理論からすれば約款の拘束力の根拠は当事者の意思に求められるべきであるから,約款の内容を具体的に認識できる状態であることを前提に約款を契約内容とすることが合意されることが組入れ要件となることは是認できる。
ただし,相手方の何らのアクションも要せず,約款の内容を容易に認識できる状態におくべきことを本則とする趣旨から,約款の開示を原則とし,例外的に,これが著しく困難である場合に限って,約款の指定と相手方が知りうる状態に置くことで足りるとすることには反対である。
例えば,Web上で契約締結する場合,当該Web上で事前に約款を確認しうることを必須として,約款確認ボタンをクリックしない限り,契約締結画面が表示されない設定とする場合,約款を開示したと評価される。他方,Web外で契約締結する場合,約款を用いる旨表示し,約款が掲載されているWebのURLアドレスを伝える場合,約款を開示したとは評価されないものの,約款を相手方が知りうる状態に置いたとはいえる。上記二事例の間に,相手方のアクションという観点からどれほどの相違があろうか。少なくとも,一方が組入れ要件を充足し,約款の内容をなし,他方が組入れ要件を充足せず,約款の内容とならないという効果の差異をもたらすほどの相違はないのではないか。
また,数十頁から百数十頁もある保険約款を保険代理店などで提示されたことをもって開示があったとされる場合と,約款が掲載されている WebのURLアドレスを伝え,自宅等でゆっくり確認できる場合に開示がなかったとされる場合とを比較すると,必ずしも開示をすることが当事者の意思形成にあたって有用であるとはいえず,行為規範としても開示を原則とする理由に欠けると思われる。
さらに,原則と例外のメルクマールである「約款を開示することが著しく困難な場合」であるか否かは必ずしも明らかではない。
契約理論との関係では,認識可能性と約款組入れの合意が重要なのであって,開示することと約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くこととは認識可能性という観点から同等に扱われてよい。
したがって,開示が著しく困難な場合であるか否かに関わらず,約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くことも約款を開示することと並列的な要件と考えるべきである。
また,就業規則は,以下の理由から,適用が排除されるべきである。すなわち,立法提言では,約款の組入の要件としては,約款の事前の開
示と,「約款を当該契約に用いることに合意した」ことが求められている。しかし,現在の労働契約法第 7 条においては,就業規則は,原則として,
①規定の合理性,②周知(事実上の周知で足り,法定の周知方法は不要)という二要件をもって,労働契約への組入れを図るもので,就業規則の事前の周知を求めているにとどまり,就業規則によることの「合意」までは要求していない(これは,労働契約の性質による。なお,上記「開示」は,労働契約法第 7 条の「周知」に近いが,この開示は,鉄道運送約款等を想定しており,就業規則にこれを適用するのは現実には無理であろう。)。
また,労働契約法第 10 条においては,①変更後の就業規則の周知と,
②変更の合理性との要件の下で,(合意によることなく)使用者による労働者に対する労働条件の不利益変更を認めているが,これは,労働契約法第 16 条の規定する解雇権濫用法理による使用者に対する解雇規制とのバランスを取るためである。労働契約法は,そのような形で,「労働条件の変更の必要性」と「雇用保障」とを調整する雇用政策を,法律上確認したのである(xxxx・労働法 325 頁,下から 6 行目以下)。
したがって,就業規則について,本立法提言が適用されることとなると,わが国の労使関係の安定化を覆すことにもなりかねないことになるため,適切でない。就業規則は適用が排除されるべきである。
5 不当条項規制
(1)具体的な不当条項のリストについて(検討事項(8)15 頁から 21 頁)
具体的な不当条項のリストを作成して条文xxxすべきとの考え方が提示されているがどのように考えるか。
【意見】
反対する。
特に事業者間に関しては不当条項をリスト化すべきではない。
【理由】
具体的な不当条項のリストを作成して条文xxxすべきであるとして,ブラックリスト及びグレーリストを規定する立法提言が示されている。
しかし,十分な情報及び交渉力を持つ事業者同士の取引において,当事者間で織り込み済みであるものも不当条項に該当するとして後から無効とされかねず,仮に事業者間取引において,いずれかの当事者に是認できない不利益がある条項が締結されるとすれば,例えば競争
法その他の規制法による保護もあり得ることから,民法において不当条項をリスト化とする必要性はない。特に,ブラックリストについては,契約全体の趣旨や当事者の関係性等を勘案したときに合理性があると考えられる場合にまで,その合理性を主張立証するまでもなく無効となってしまうのは不合理である。
したがって,事業者間においては不当条項,特にブラックリストをリスト化すべきではない。
ア 条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容するなど条項使用者に対する契約の拘束力を否定する条項
(2)条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項について(検討事項(8)16 頁から 19 頁)
【意見】
反対する。
立法提言の適用範囲を反対給付と対価関係にある債務に限定すべきである。
【理由】
条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項をブラックリストとする立法提言が示されている。
確かに,条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容すると,条項使用者との関係で契約の拘束力を無意味にするものであり,契約を締結することと矛盾することから,不当条項とみなす趣旨であり,その限度で十分了解できる。
ただし,例えば,反対給付と対価関係にあるA物品の取引のおまけに対価関係があるとはいえないB物品を提供することができることを規定するため,「B物品を提供するものとする,ただし,裁量により提供しないこともできる」と規定すると,任意に債務を履行しないことを許容する条項として無効になるのだろうか。仮に無効になるとすると, B物品の提供は法律上の原因なくして提供されたもので不当利得返還請求権の対象になるのだろうか。少なくとも給付保持力を規定する条項として有効とすべきではなかろうか。当該不当条項規制でいう債務にあらゆる付随的債務が含まれないよう,当該債務が任意に履行されないことにより,契約を締結することと矛盾すると解される範囲の債務に限定すべきである。
以上にかんがみると,ブラックリストとするとしても,例えば,反
対給付と対価関係にある債務に限定して,任意に債務を履行しないことを許容する条項をブラックリストとすべきである。
エ 相手方の抗弁権を排除する条項
※立法提言としては消費者契約に関する提言
(3)消費者の事業者に対する抗弁権を排除又は制限する条項について(検討事項(8)16 頁から 19 頁)
【意見】
反対する。
【理由】
消費者の事業者に対する抗弁権を排除又は制限する条項を不当条項 リストのうちいわゆるブラックリストとする立法提言が示されている。この点,例えば,A商品に関する売買契約において売買代金の支払
いを銀行振込みによる旨の合意がある場合,事業者名義の銀行口座における着金確認を待ってA商品を消費者に対し配送することが通常合意されるものと思われる。かかる合意は売買代金の支払いをA商品の配送に対し先履行の関係に立たせるもので,同時履行の抗弁権を排除する条項と評価される。
しかし,かかる合意を前提に事業者は取引の安全を確保するものであり,現在の実務において当然に規定され,一定の合理性を有する。消費者の事業者に対する抗弁権を排除又は制限する条項を消費者契約に関する不当条項とみなすことは上記実務に多大な影響を及ぼし,消費者保護の名の下,合理性を一切無視するものとして是認できない。
また,消費者の事業者に対する抗弁権を排除又は制限する条項を消費者契約に関する不当条項と推定することも,上記合理性を無視して基本的にxxxに反するものと前提するもので是認できない。
イ 条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項
(4)条項使用者による約款変更権限に関する条項について(検討事項(8) 19 頁から 21 頁)
【意見】
反対する。
【理由】
条項使用者による約款変更権限に関する条項を不当条項リストのうちいわゆるグレーリストとする立法提言が示されている。
しかし,長期に亘る契約関係の中で社会的・経済的事情が変化することが当初より想定され,したがって,条項使用者による約款変更権限を認める必要性・合理性があると考えられる。仮に,条項使用者による約款変更権限が認められないとすると,約款組入れの要件が必要とされ,約款変更時に開示と組入れの合意を常に要求することが実務上困難である場合もあり,またそれ自体コストである。他方,条項使用者による約款変更権限を認めても,別途内容規制に服することから格別の不都合はない。
したがって,条項使用者による約款変更権限に関する条項は不当条項リストから除外されるべきである。
6 ある条項が不当条項とされた場合の効果(検討事項(8)41 頁から 42 頁)
法律行為に含まれる特定の条項の一部について無効原因がある場合に,無効原因がある部分以外の残部の効力が維持されることを原則とした上で,例外的に,当該条項が約款の一部となっているときや,無効原因がある部分以外の残部の効力を維持することが当該条項の性質から相当でないと認められるときは,当該条項全体が無効になるものとすべきであると
いう考え方が提示されているが,どのように考えるべきか。
【意見】
反対する。
不当条項とされた場合,当該条項の全部又は一部を無効とする旨の規定にすべきである。
【理由】
不当条項に該当する場合,約款使用者に対する制裁の観点から当該条項を全部無効とする立法提言が示されている。
しかし,不当条項規制に抵触する限度で効力を否定すれば足り,当該条項全部を無効とするのは行き過ぎである。
例えば,約款中に,「BがAから寄託を受けた目的物についてBの重大な義務違反により目的物の滅失・損傷が生じた場合,BはAに対してその損害を賠償する義務を負う。ただし,損害額の上限を20万円とする」との条項が含まれており,重大な義務違反に当たらない義務違反による
賠償額を20万円に限定することはxxxに反する程度ではないと判断される場合,約款の組入れにより,一定の義務違反による損害賠償額を制限する合意が形成されているにもかかわらず,重大な義務違反に当たらない義務違反による賠償額を20万円に限定する合意まで無効とすることは契約自由に対する過度な介入であるとの価値判断は是認できる。
また,上記不当条項規制に抵触する部分を除外して約款の組入れがなされていた場合には,そもそも相手方としては当該条項に従わなければならず,本来的に保護される以上に保護を与えることは行き過ぎである。
ただし,①不当条項規制に部分的にせよ抵触する契約条件に対し制裁ないし予防の意味が働く場合,②一部無効とすべき当該一部がxx的に確定できず,全部無効としなければ不当条項規制の趣旨を没却する場合など,例外的に全部無効とすべき場合があることは認める。
そこで,不当条項の不当性の程度に応じて,全部又は一部を無効とすることにより,不当条項規制と契約自由のバランスを柔軟に図るべきである。
第7 法律行為に関する通則
1 公序良俗違反の具体化(暴利行為の明文化)(検討事項(7)4頁)
いわゆる暴利行為(伝統的には,他人の窮迫,軽率又は無経験に乗じて,過大な利益を獲得する行為)について,これまでの判例や学説の到達点を踏まえ,公序良俗違反の具体化としてxx規定を設けるべきであるという考え方がある。
このような考え方について,どのように考えるか。
【意見】
暴利行為を明文化すること自体には賛成するが,「著しく不当」との要件は維持するべきである。
【理由】
暴利行為について,これまでの判例の集積として明文化することに賛成する。
ただし,法律行為を無効とするという大きな効果をもたらす以上,その適用範囲は限定的であるべきであるから,「著しく」を削除すべきとの意見には賛同できず,判例の集積としての明文化を行うべきである。外国法の条文を見ても,多くのところで,「著しく」「不当な」などの過度な利益取得を規制する内容となっており,比較法の見地から見ても不当ではない。
なお,近時の消費者取引等の状況にかんがみ,「著しく」を削除するという考え方に賛同する意見もあった。
また,一方で,公序良俗違反には多様なものがあるのに,暴利行為だけを明文化することで,「暴利行為」には該当しないものが,公序良俗違反に該当しないという解釈に繋がる危険があることなどの理由から,明文化に反対する意見もあった。
第8 意思能力
1要件(意思能力の定義)
ア 意思能力の定義(検討事項(7)17 頁から 20 頁)
意思能力の定義を設けるについて,①「事理を弁識する能力」という文言を用いて定義すべきとの考え方と②「法律行為をすることの意味を弁識する能力」を用いて定義すべきとの考え方が提示されているが,どのよう
に考えるか。
【意見】
定義を置く場合は,①「事理を弁識する能力」とすべきである。
【理由】
意思能力の定義について,現状では,「法律行為をすることの意味を弁識する能力」という定義と「事理を弁識する能力」という定義が提案されている。
このうち,前者の定義(法律行為定義)によると,「法的な」効果の認識という評価の点が強調され,非常にハードルが高い用語であるように読め,適切でない。
そのため,例えば,25歳の青年が,デリバティブ取引を行った場合に,この取引の内容は複雑であったため,その法律行為をすることの意味を理解していなかったから,意思能力がなかったなどと主張できるように読めてしまう。
また,法律行為という言葉そのものの意味がわからないため,定義として不十分である。
一方,「事理を弁識する能力」との考えは,実務上も広く受け入れられている考えである。「事理」という言葉は,単にやや古い言い回しというだけで(もともとは法律用語ではない),一般市民が理解できない言葉ではない。また,この定義によっても,その法律行為の内容等によって,その能力が相関的に判断されることを排除するものでない。
なお,意思能力は,我が国の多くの法律の前提となっている事項であり,それらとの整合性を検討する必要があるため,定義付けの結果,他の法律に隙間が生じないかなどの点も十分に検討すべきである。
イ その他の要件(検討事項(7)19 頁)
意思能力を欠く状態になった原因について表意者の側に何らかの問題とすべき事情がある場合に,法律行為の効力を否定できないとする特則を
設けるべきであるという考え方があるが,どのように考えるか。
【意見】
反対する。
【理由】
錯誤のように,ある意味では,自らに全く責任がないとはいえない場合と異なり,通常の意思無能力は,自らに全く責任がないという場合の方が多い。それゆえに,相手方の保護がないとしても仕方がない,というのが現在の法の考え方と思われる。その考え方を変えなければならない積極的な理由はない。
上記の考え方は,いわゆる刑法における原因において自由な行為を想定しているケースだが,これ自体,極めて例外的な場合であり,それをわざわざ条文化する必要はなく,本当に必要であればxxxなどで対応すればよい。むしろ,条文化することにより,多数の事例でこの抗弁が主張されることとなり(例えば,遺伝的な要素に基づく病気が原因で意思無能力になったというケース),迅速な表意者保護が図れなくなるおそれが生じる。
ウ 日常生活に関する行為の特則(検討事項(7)19 頁から 20 頁)
意思能力を欠いた状態でされた意思表示であっても,「日常生活に関する行為」に当たる場合には,当該行為を確定的に有効とすべきとの考え方
があるが,どのように考えるか。
【意見】
反対する。
【理由】
日常生活に関する行為を有効とすることで,かえって表意者の保護にかけることとなり,妥当でない。
例えば,アルツハイマーにより,意思能力を欠く状態となっている老人に対し,健康食品を次々と売りつける行為といったものを考えると,健康食品そのものの売買は日常生活に関する行為であるから,こうした行為が有効となってしまう可能性があるというのは適
切とは思えない。
例外的に有効とすべき場合は,xxxなどで対応すれば足りる。
2効果(検討事項(7)20頁から 21 頁)
意思能力を欠く状態で行われた法律行為の効力について,①取消しとすべきという考え方と②無効とすべきという考え方が提示されているが,ど
のように考えるか。
【意見】
②の無効とすべきである。
【理由】
例えば,意思無能力の親族がいたときに,その行為をxx後見人等がいなければ主張ができないというのでは法の保護として十分とは言い難く,意思無能力の効果は無効とすべきである。
また,取消しとした場合,現在,遺言無効として争われている事例において,取消権の行使権者などの疑義が生じるため,適切でない。
相対的無効,取消的無効という考え方自体,基本的に講学上の概念であり,裁判例などで採用されている例は極めて限られているもので,逆に,時効期間の問題,主張権者の問題などの点においては,絶対的無効の考え方を前提として実務が運用されていることも多い。
法的なバランス論からみても,心裡留保や虚偽表示は無効というのにそれよりも意思表示の瑕疵の程度が重いと考えられる意思無能力において取消しというのではバランスが悪い。
なお,補足説明では,意思無能力の効果を取消しとしながら,取消権の期間制限の問題を適用しないという考え方が示されているが,その場合,今度は様々な「取消し」概念が発生することになり,問題を複雑化するだけで意味がない。
第9 意思表示
1 意思表示に関する規定の拡充(検討事項(7)51 頁から61頁)
消費者契約法における不実告知や不利益事実の不告知の規定を参照しつつ,同趣旨の規定を,消費者契約に対象を限定しない一般ルールとして民法に設けるべきであるという考え方が提示されている。
そこで,後記(1)及び(2)でこのような考え方を取り上げることとするが,このほか,意思表示に関する民法上の一般ルールについて,現代的な取引の実情等を踏まえた新しい類型の規定の要否を検討するに当たり,どのような点に留意すべきか。
(1) 不実告知
現行法の下でも消費者契約においては,事業者が勧誘の際に重要事項について事実と異なることを告げたこと(不実告知)により,消費者がその事実を誤認して意思表示をしたという場合には,その誤認が民法上の詐欺や錯誤に該当しなくても,表意者(消費者)に取消権が与えられている(消費者契約法第4条第1項第1号)。
ところで,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項に関して誤った事実を告げられた場合には,特に情報量の格差を指摘される消費者でなくとも,事実を誤認し,その結果として意思決定が不適当なものとならざるを得ないため,消費者に限らず一般に表意者保護の必要性があるという指摘がされている。
そこで,消費者契約法の上記規定を参照しつつ,消費者契約に対象を限定しない一般ルールとして,不実告知がされた場合の表意者を保護する規定を民法に設けるべきであるという考え方が提示されているが,どのように考えるか。
(2) 不利益事実の不告知
消費者契約においては,事業者が,重要事項又は当該重要事項に関連する事項について消費者の利益となる旨を告げ,かつ,当該事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったこと(不利益事実の不告知)により,消費者が,当該事実(不利益となる事実)が存在しないと誤認し,それに基づいて意思表示をした場合には,表意者(消費者)に取消権が与えられている(消費者契約法第4条第2項)。このような場合にも,前記(1)と同様に,消費者に限らず一般に表意者保護の必要性があるという指摘がある。
そこで,消費者契約法の上記規定を参照しつつ,消費者契約に限定しない一般ルールとして,不利益事実の不告知がされた場合の表意者を保護す
る規定を民法に設けるべきであるという考え方が提示されているが,どの
ように考えるか。
【意見】
反対する。
【理由】
検討事項(7)51~61頁では消費者契約法における不実告知や不利益事実の不告知(以下,両者をまとめて「不実表示」という。)の規定を参照しつつ,同趣旨の規定を,消費者契約に対象を限定しない一般ルールとして民法に設けるべきという考え方が提案されている。
この点,不実表示があった場合にかかる表示を前提として意思表示を行った者の保護を図る場面があるという一般論自体には,特段反対はない。また,不実表示がある場合には,当事者を契約関係で拘束する基盤を欠く,一定程度表意者を保護することはフェアーであるという意見もある程度理解できる。
もっとも,現在提案されている案には以下のような問題がある。
まず,消費者契約に対象を限定せず,一般ルールとして民法に規定を設けるとすると,事業者間取引や,消費者が表示者・事業者が表意者である場合においても上記ルールの対象となる。そして,事業者間取引に上記規律を及ぼすと,事業者間取引の迅速性を損なう,事業者間におけるM&A取引やライセンス取引では表明保証条項により,不実表示がなされてしまった場合について,個別の取引において独自の手当てがなされている場合がある,ことなどが指摘されている。また,消費者側が不実表示をした場合に,事業者に取消権を認めると,かえって消費者にとって不利である,消費者契約法1条の目的規定が民法に取り込まれないと上記規律の適用に当たって消費者契約法の立法趣旨が取り込まれず,消費者にとって不利である,ことなどが指摘されている。
また,現在の提案には,錯誤無効や詐欺取消との適用場面の違いが不明確であり,新たな規律を設ける必要性に疑問がある。
さらに,情報提供義務に関する規律と連続性をもって制度設計されるべきである対等当事者間では,表示者の提供した情報に誤りがあり得るというリスクも折り込み済みで合意がなされているので(詐欺に該当するような悪性が強い場合はそのリスクを超過するので取消しが許される。),契約関係で拘束する前提を欠くとの主張が成り立たないなどの指摘がある。
このような問題点を踏まえ,当会の意見としては,検討事項において提案されている意見には反対する。
なお,検討事項において提案されている意見に反対する立場での意見は,①民法典においてこのような規律をすることには反対という意見と,
②現在の検討事項の案には賛成できないが,表示者に過失を要求する,効果を損害賠償とする,表示者が消費者の場合には適用を限定するなど,何らかの修正を加えるべきという意見に大別された。
①の意見は,民法にかかる規律を導入すると,対等当事者間にも適用されることとなるが,対等当事者間における規制の必要性に疑問があり,立法化する必要性がない,情報格差がある場合については,消費者契約法やその他特別法による手当が可能であり,民法典において新たな規律を設ける必要性がない,効果を意思表示の取消しとすると,オールオアナッシングとなるので,意思表示に関する規律として導入すべきではない,ことなどを理由とする。
②の意見は,不実表示に関する新たな規律を設けること自体は賛成し得るとしながらも,上記の問題点を踏まえ,さらなる要件の絞り込みが必要である,あるいは効果を修正すべきであるとする。具体的には,表示者に過失がある場合に適用場面を限定する,消費者が表示者の場合には適用を制限する,不実表示の内容を重要なものに絞り込む,xx研究会のように,表示者に故意やxxx違反がある場合に絞る,効果を意思表示の取消しとすると,オールオアナッシングとなるので,効果を契約の解除や損害賠償ができるにとどめるとしておく(したがって,契約総論等別の箇所での規律となる。)等,様々な意見が出た。
以上のとおり,表示者の過失を要求するなどの修正を行った上で,不実表示に関する規律を民法典において一般化するという考えもあり,さらに検討の余地はあるが,いずれにせよ,結論として検討事項(7)において提案されている案には反対である。
第 10 消滅時効
1 時効期間と起算点(検討事項(9)6 頁から 19 頁)
(1) 短期消滅時効制度について
民法は,債権の原則的な時効期間を10年としつつ(同法第167条第
1項),例外として短期消滅時効の制度を設け,ある債権がいかなる職種に関して発生したものであるかによって細かく区分し,それぞれ3年,2年又は1年の時効期間を定めている(同法第170条から第174条まで)。しかしながら,このような区分を設けることの合理性にはそもそも疑問があるという指摘がされているほか,実務的にも,ある債権がどの区分に属するかを逐一判断する必要が生じて煩瑣である上,その判断が容易でない例も少なくない等の問題点が指摘されている。
そこで,短期消滅時効制度を廃止して,できる限り時効期間の統一化ないし単純化を図るべきであるという考え方が提示されているが,どのように考えるか。
(2) 原則的な時効期間について
民法は,債権の消滅時効における原則的な時効期間を10年としている
(同法第167条第1項)ところ,短期消滅時効制度を廃止して時効期間の統一化ないし単純化を図るという考え方(前記(1)参照)を採る場合には,それと併せて,債権の原則的な時効期間を5年ないし3年に短期化すべきであるという考え方が提示されている。短期消滅時効制度を廃止しつつ債権の原則的な時効期間については現状を維持するとすれば,多くの事例において時効期間が大幅に長期化する結果となり,適当でないからであるなどとされる。
このような考え方について,どのように考えるか。
(3) 例外的な時効期間について
仮に短期消滅時効を廃止して時効期間の統一化ないし単純化を図るという考え方を採る場合に,原則的な時効期間(前記(2))に対して,次のアからウまでのような例外を定める必要があるという考え方がある。 ア 略
イ 略
ウ 不法行為等による損害賠償請求権
民法第724条は,不法行為による損害賠償請求権について,損害及び加害者を知った時を起算点とする3年の時効期間と,不法行為の時から20年という期間制限を設けているところ,この規定に対しては,債権一般についての原則的な時効期間の見直しと合わせて,廃止するか,
又は3年の時効期間を5年とすべきであるなどの考え方が提示されている。
また,これとは別に,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権については,債権者(被害者)を特に保護する必要性が高いことから,原則的な時効期間よりも長期の期間を定めるべきであるという考え方も提示されている。
以上のような考え方について,どのように考えるか。
(4) 時効期間の起算点について
消滅時効における時効期間は,原則として「権利を行使することができる時」から起算するとされているところ(民法第166条第 1 項),この起算点については,現行法を維持すべきであるという考え方がある一方で,原則的な時効期間の見直し(前記(2))と関連して,債権者等の認識を基準とする主観的起算点による時効期間を併置する考え方も提示されており,その具体的な主観的起算点としては,「債権発生の原因及び債務者を知った時」とする考え方と「債権者に権利行使を期待することができる時」とする考え方が提示されている。
以上のような考え方について,どのように考えるか。
(5) 合意による時効期間等の変更
当事者間の合意で法律の規定と異なる時効期間や起算点を設定することの可否について,現行法の下では,時効制度が公序であるかどうか等をめぐって議論があるところであり,時効完成を困難にする合意は無効であるが,容易にする合意は有効であるとする見解などが示されているものの,学説は必ずしも安定しているとは言えない。そこで,この点について立法的な解決を図るべきであるという考え方があり,例えば,原則として合意による時効期間等の変更を認めつつ,必要な限定を設ける考え方などが提示されているが,どのように考えるか。
【意見】
....
(1) 現行法の短期消滅時効制度は見直されるべきであるが,短期消滅時効制度そ
れ自体を廃止するという考え方には反対する。
(2) 原則的な時効期間は,現行法の 10 年を維持すべきである。
(3) ①今般の債権法改正に伴い,不法行為等による損害賠償請求権の時効期間について廃止又は改正する必要はない。②生命,身体等の侵害による損害賠償請求権の時効期間について,原則的な時効期間よりも長期の期間を定めるべきという考え方に基本的に賛成する。
(4) いわゆる客観的起算点による時効期間に加えて,いわゆる主観的起算点による時効期間(起算点の異なる二重の時効期間)を併置する考え方に反対する。起算点の規定の仕方を見直した上で,現行法の規律を維持すべきである。
(5) 合意による時効期間等の変更について立法的な解決を図るべきであるという考え方に反対する。
【理由】
1. 現行法の短期消滅時効制度の取扱い
現行法の短期消滅時効制度について指摘されている問題点(検討事項(9)詳細版 4~5 頁,民法(債権法)改正検討委員会『詳解 債権法改正の基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務,2009)(以下「改正検討委員会・詳解基本方針Ⅲ」という。)158 頁以下,法制審議会民法(債権関係)部会第 12 回会議における複数の委員等の発言など)については,基本的に異存はなく,現行法の短期消滅時効制度を見直し,できる限り時効期間の統一化又は単純化を図るという方向性それ自体は妥当なものと考える2。
2. 原則的な時効期間と起算点
もっとも,現行法の短期消滅時効制度を見直すことは,原則的な時効期間を短期化すべきことに直ちには結びつかないことに留意すべきである。原則的な時効期間を短期化すべきか否かは,社会の実情を踏まえつつ,原則的な時効期間を短期化する必要があるか否かという観点から決定されるべき問題である。
この点,原則的な時効期間について,「権利を行使することができる時」(いわゆる客観的起算点)から起算する比較的長期の時効期間([10]年)に加えて,債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(いわゆる主観的起算点)から起算する比較的短期の時効期間([3/4/5]年)を併置する考え方(即ち,起算点の異なる二重の時効期間を置く考え方)が提示されている(検討事項(9)詳細版 5~9頁,同 13~14 頁,改正検討委員会・詳解基本方針Ⅲ166 頁以下)。債権者としては,
「権利を行使することができる時」には債権発生の原因や債務者を知っていることが通常である以上,この提案によれば,債権の時効期間については原則として主観的起算点からの時効期間が適用されることになり,その結果,実質的には,原則的な時効期間が現行法の 10 年から[3/4/5]年へと大幅に短期化されるこ
2 但し,かかる考え方を採ったとしても,民法以外の法律における短期の消滅時効期間について,(今般の改正後の)民法上の時効期間に揃えるべきであるという考え方には当然には結びつかないことに留意すべきである。それぞれの法律における短期の消滅時効期間には,それぞれ固有の存在理由が存するからである。例えば,労働基準法では,賃金(退職手当を除く。),災害補償その他の請求権について 2 年間,退職手当の請求権について 5 年間という短期の消 滅時効期間の特則が定められているところ(第 115 条),かかる規律は,xxに渡り労使間で定着していると評価し得るのであり,今般の債権法の改正に際して,賃金その他の請求権の消滅時効期間に関する労使間の関係に変更を来たす立法事実は存しないと考えられる。
とになるといえる。しかし,多くの弁護士の実務経験に照らすと,債権の原則的な時効期間が 10 年であることにより,人びとや取引社会に過度な「負担」や「危険」が生じているような事例はほとんど想定されない3。かえって,原則的な時効期間が実質的に大幅に短期化されることにより,xxの債権者(特に債権の管理能力が必ずしも高くない個人や中小企業など)が債権を失うことの弊害又は不xxは看過し得ないものがあるといえる。従って,原則的な時効期間を実質的に大幅に短期化する考え方には反対する。また,主観的起算点による時効期間については,起算点の立証が困難になることにより権利関係が不明確となり,あるいは,紛争の深刻化を招かないかという懸念が存する。更に,原則的な時効期間の満了時期がいつであるかが不明確となることから,債権・債務管理の事務を煩雑にする恐れが生じる。このような取引社会への影響を考慮すると,時効の起算点については,現行法の規律を基本的に維持し,主観的起算点は設けるべきでないと考える。
3. 時効の起算点の規定の仕方
時効の起算点について現行法の規律を基本的に維持するとしても,「権利を行使することができる時」(現行民法第 166 条第 1 項)という起算点の規定については,見直す必要があると考える。即ち,判例によれば,「権利を行使することができる時」とは,「単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく,さらに権利の性質上,その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当」とされている(最大判昭和 45・7・15 民集 24巻7号 771 頁,最判平成 8・3・5 民集 50 巻 3 号 383 頁)。権利行使が現実に期待できないにもかかわらず,消滅時効により債権を消滅させることは不xxであり,xxの権利者の保護という観点から,この判例法理は支持できる。
この判例法理は,現行法の文言上は読み取りにくいものであるので,「国民一般に分かりやすいものとする」(法務大臣諮問第 88 号)という今般の債権法改正の
目的に照らして,現行民法第 166 条第 1 項に相当する条項に但し書きとして加えるなど何らかの形で明文化すべきである。
4. 新たな短期消滅時効制度
3 この提案は,債権の消滅時効(この提案の考え方によれば,債権時効)の存在理由を,時の 経過による事実関係の曖昧化に起因する負担と危険から人びと及び取引社会を解放すること にあるという理解を前提としている(改正検討委員会『詳解・基本方針Ⅲ』150 頁など)。し かし,時効の存在理由については,他の様々な考え方も存するところであり(xxxxx「x x制度」xxxx編集代表『民法講座 第 1 巻 民法総則』(有斐閣,1984)541 頁以下,xx xx=xxxx『民法総則〔第 8 版〕』(弘文堂,2010 )358 頁以下など参照),このようなx x的な理解を前提として債権の消滅時効制度を設計し直すことには違和感を覚える。もっとも,本文で述べたとおり,仮にこのような理解を前提としても,原則的な時効期間を実質的に大幅 に短期化すべきことにはならないと考える。
前述のとおり,現行法の短期消滅時効制度について否定的に見直した上で,原則的な時効期間について現行法を維持すると,検討事項(9)詳細版 7 頁に記載されているとおり,多くの事例において時効期間が大幅に長期化する結果となる可能性があることは否めない4。
この点,債務者が弁済の記録を保存しておく負担を考えると,全ての債権について一律に 10 年(又は商事消滅時効の対象となる債権であれば 5 年)の時効期間とすることは,確かに適当ではない。そこで,一定の少額債権については,2 年を時効期間とする新たな短期消滅時効の対象とするといった考え方(民法改正研究会編『法律時報増刊 民法改正 国民・法曹・xxxx案』(日本評論社,2009) 135 頁)が,xxの債権者の保護と債務者の負担の軽減という双方の要請のバランスを図ることができ,その基準も明確であることから,基本的に妥当なものであると考える。
5. 生命,身体等の侵害による損害賠償請求権
前述のとおり債権一般の原則的な時効期間について現行法の規律を維持することを前提にすれば,債権一般の原則的な時効期間の規律の変更に伴って不法行為等による損害賠償請求権の時効期間を廃止又は改正する必要は生じない。
次に,債権者(被害者)の保護を理由として,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権の時効期間について債権一般の原則的な時効期間よりも長期の期間
(例えば,20 年又は 30 年)を定めるべきという考え方は妥当なものであり,基本的に賛成する。もっとも,「生命」「身体」以外の,「自由」や「名誉その他の人格的利益」による損害賠償請求権は,実務上,他の債権一般と比べて権利侵害の成否自体が微妙な問題となることも稀ではないという性質があり,また,その外延も必ずしも明確でないため,少なくとも現時点で原則的な時効期間の例外に含めることは適当でないと考える。また,「生命」「身体」の侵害による損害賠償請求権についても,過失による損害賠償請求権も含めるとすれば,債務者(加害者)に酷な場合もあり得るため,故意による損害賠償請求権に限定することも含め,引き続き検討されるべきである。
6. 合意による時効期間等の変更
当事者間の合意により時効期間の設定を認めることに関しては,例えば,①優越的な対場にある債権者が債務者に対して時効期間を延長する合意の設定を押し付け,②優越的な立場にある売主が買主に対して,売買契約に基づく買主の売主に対する損害賠償請求権の行使期間を短縮する合意の設定を押し付け,あるいは,
③使用者が被用者に労働者に賃金債権などの行使期間を短縮する合意の設定を押
4 現代の取引社会においては,5 年の商事消滅時効(商法 522 条)に服する債権が相当程度存在するため,それらの債権については,現行法の短期消滅時効制度を廃止したとしても,現行法の短期消滅時効に服している債権の時効期間が一律に 10 年になるわけではない。
し付けるといった弊害が想定し得る。
これらの弊害に対しては,合意による時効期間等の変更について一定の制限付きで認めることにより,あるいは,公序良俗や不当条項規制により対処することにより,ある程度抑止することは可能であるといえるが,そのような弊害が生じることが想定されるにもかかわらず,あえて立法的解決を図る実務上の必要性があるとはいえない。従って,合意による時効期間等の変更については,現行法と同じく解釈に委ねるべきであり,立法的解決を図ることには反対する。
2 当事者間の交渉・協議による時効障害(検討事項(9)35 頁から 36 頁)
時効完成の間際に当事者間で交渉が行われているような場合には,訴えの提起等の強硬な手段による時効完成の阻止が必ずしも適当でないことがあるとの指摘がある。また,仮に短期消滅時効制度を廃止する一方で原則的な時効期間の短期化を図るとすれば,権利者の保護のため,比較的容易に時効の進行を止めることができる手段を用意しておく必要があるという指摘もされている。
このような指摘を踏まえ,一定の要件の下で,当事者間における交渉・協議を新たな時効障害事由として位置づけるべきであるという考え方が
提示されているが,どのように考えるか。
【意見】
反対する。
【理由】
新たな時効障害事由として提示されている当事者間における交渉・協議については,どのような交渉・協議が時効障害事由に該当するか不明確であり,また,具体的な状況の下で時効障害事由となるべき交渉・協議があったといえるか否かは必ずしも明確にはならないと考える。そこで,これらの事情について紛争となることにより,期間の経過という客観的な事由によって権利関係を明確にする時効の効果に著しく悪影響を与えることになると考える。加えて,かかる事由が時効障害事由となることにより,一般的に債務者が交渉に応じにくくなる(即ち,債権の存否や内容に関する紛争が生じた場合に,時効障害の効果が生じないのであれば,交渉には応じる意思を持っているような債務者が,かかる効果があるが故に債権時効の利益を確保したいと考え,交渉に応じにくくなる)弊害が生じる恐れがあると考える。また,前述のとおり,原則的な時効期間について現行法の 10 年を維持した場合,「権利者の保護のため,比較的容易に時効の進行を止めることができる手段を用意しておく必要」は実務上も特に想定されないというべきである。以上の理由から,当事者間における交渉・協議それ自体を時効障害事由とすることには反対する。
もっとも,交渉・協議中の当事者が一定の条件の下で時効を完成させない旨を書面により明確に合意する場合には5,そのような合意の効力を認めても特段の弊害はないと考える。そこで,そのような書面による明確な合意を時効障害事由として新たに規定するというのであれば,賛成する。
3 時効の効果(検討事項(9)37 頁から 40 頁)
(1) 時効の援用等
消滅時効の効果は,債権その他の権利が起算日にさかのぼって消滅することであるが(民法第144条,第167条),当事者が援用しなければ裁判所はこれによって裁判をすることができないと規定されている(同法第145条)。この援用の性質に関しては,今日では,当事者の援用があって初めて時効の効果が確定的に発生するという理解が一般的であると言われているが,そのことは条文上必ずしも明確ではない。そこで,当事者が援用したときに時効の効力が生ずる旨を条文xxxすべきであるという考え方が提示されている。
他方で,原則的な時効期間の見直し(短期化)とも関連して,時効の効力を必要以上に強いものとすべきでないという観点から,債権の消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生するものとすべきであるという考え方も提示されている。
以上のような考え方について,どのように考えるか。
(2) 債務者以外の者に対する効果(援用権者)
民法第145条は,時効の援用権者を「当事者」と規定しているところ,判例は,債務者のほか「時効により直接利益を受ける者」も時効の援用をすることができるとし,保証人,物上保証人等がこれに当たるとしている。そこで,このような判例を踏まえ,援用権者の範囲を条文上明確にすべきであるという考え方が提示されている。
他方で,時効の効果として債務者は履行拒絶権を取得するという考え方からは,基本的に債務者以外の第三者が履行拒絶の主張をすることはできないとされている。
以上のような考え方について,どのように考えるか。
【意見】
(1) 当事者が援用したときに時効の効力が生ずる旨を条文xxxすべきという考え方に賛成し,債権の消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生する
5 このような時効障害事由を明文化する場合には,明確性を担保するために,単なる書面ではなく,xx証書によることも検討すべきである。
ものとすべきであるという考え方に反対する。
(2) 援用権者の範囲を条文上明確にすべきであるという考え方に賛成する。
【理由】
消滅時効が完成した場合の効力について,当事者の援用により債権が消滅するのではなく,債務者が履行拒絶権を取得するに過ぎないという考え方(以下「履行拒絶権構成」という。)は,今般,まったく新たな債権法を立法するのであればともかく,既に制定以来 1 世紀余りに渡って膨大な実務や学説の蓄積を有する現行法との連続性を勘案すると,余程の利点がない限り,採用し難いと考える。
この点,履行拒絶権構成によれば,消滅時効が完成した場合に,保証人,物上保証人など債務者以外の第三者は基本的に時効を援用することができないことになるということであり,かえって現行法に基づく実務と比較して保証人,物上保証人等の保護に欠ける結果となる恐れがあるといえる。そこで,現行法との連続性という観点からも,保証人,物上保証人等の保護という観点からも,履行拒絶権構成には反対する。
当事者が援用したときに消滅時効の効力が生ずる旨の明文化や,消滅時効の援用権者の範囲の明文化については,民法を「国民一般に分かりやすいものとする」ことに資するものであり,賛成する。
以上