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令和3年3月18日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官平成29年(ワ)第35106号 地位確認等請求事件
口頭弁論終結日 令和2年10月29日
判 決
5 主 文
1 原告A1が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告A1に対し,平成29年9月から本判決確定の日まで,毎月2
1日限り月額63万5789円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払
10 済みまで支払期日の翌日が令和2年3月31日以前の場合は年5分,支払期日
の翌日が同年4月1日以降の場合は年3分の各割合による金員を支払え。
3 被告が平成29年8月25日付で原告A2に対してした降格及び減給が無効であることを確認する。
4 被告は,原告A2に対し,9万4603円及びこれに対する平成29年9月
15 22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は,原告A2に対し,平成29年10月から本判決確定の日まで,毎月2
1日限り月額11万3438円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで支払期日の翌日が令和2年3月31日以前の場合は年5分,支払期日の翌日が同年4月1日以降の場合は年3分の各割合による金員を支払え。
20 6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は被告の負担とする。
8 この判決は,第2項,第4項及び第5項につき,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
25 1 主文第1項,第3項及び第4項と同旨。
2 被告は,原告A1に対し,平成29年9月から本判決確定の日まで,毎月2
1日限り月額63万5789円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告A2に対し,平成29年10月から本判決確定の日まで,毎月
21日限り月額11万3438円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支
5 払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,雇用主である被告から平成29年8月25日付けで懲戒解雇された原告A1が,懲戒解雇が無効であると主張して,①被告に対する雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認,②被告に対し,雇用契約に基づく賃金と
10 して,平成29年9月から本判決確定の日まで毎月21日限り63万5789
円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前の民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,雇用主である被告から懲戒処分として降格及び減給をされた原告A2が,懲戒処分が無効であると主張して,③降格及び減
15 給が無効であることの確認を求めるとともに,④被告に対し,雇用契約に基づ
く賃金として,平成29年9月分の賃金のうち懲戒処分により減額された9万
4603円(役職手当8万3690円及び基本給1万0913円)及びこれに対する支払日の翌日である同月22日から支払済みまで改正前の民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払,⑤平成29年10月分から本判決確定の
20 日までの賃金のうち懲戒処分により減額された月額11万3438円(役職手
当8万3690円及び基本給2万9748円)の平成29年10月から本判決確定の日まで毎月21日限りの支払及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
25 1 前提事実(当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠によって容易に認定で
きる事実。争いない事実も参照の便宜のため一部証拠を掲記した。)
⑴ 原告らと被告との労働契約など
被告は,神社神道を宣布し,神社の興隆を図ることなどを目的とし,全国の神社を包括する宗教法人である(甲1)。
原告A1は,昭和58年4月,被告に雇用され,本宗奉賛部長,及び教化広
5 報部長を経て,平成29年8月当時は,参事の資格で,総合研究部長の地位に
あった(原告A1と被告との間で争いがない。)。
原告A2は,平成3年4月,被告に雇用され,財政部長等を経て,平成29年8月当時は,参事の資格で,教化広報部長の地位にあった(原告A2と被告との間で争いがない。)。
10 ⑵ 原告らに対する懲戒処分
被告は,平成29年8月25日,原告A1に対し,役職員進退に関する規程
22条5号及び就業規則67条1号から3号まで,5号,68条6号により, 懲戒解雇する旨の意思表示をした(原告A1と被告との間で争いがない。甲9。以下「本件解雇」という。)。
15 被告は,平成29年8月25日,原告A2に対し,就業規則67条,68条
により懲戒として降格及び減給とする旨の意思表示をし,同月26日,参事を免じて主事とし,教化広報部長を免じて情報管理課勤務を命ずる旨の辞令を発した(原告A2と被告との間で争いがない。甲11,12。以下「本件処分」という。)。
20 ⑶ 懲戒処分当時の原告らの賃金額及び懲戒処分後の原告A2の賃金額等
ア 原告A1の本件解雇当時の賃金月額は63万5789円(基本給53万
6019円,役職手当8万5770円,家族手当1万4000円)であり,毎月末日締め,当月21日払の約束であった(原告A1と被告との間で争いがない。)。
25 イ 原告A2の本件処分当時の賃金月額は64万6722円(基本給52万
3032円,役職手当8万3690円,家族手当4万円)であり,毎月末日
締め,当月21日払の約束であった。原告A2は,本件処分により同年9月分以降,役職手当8万3690円が支給されず,同月分の基本給から1万0
913円が減額され,同年10月以降の基本給は月額2万9748円減額された(原告A2と被告との間で争いがない。)。
5 ⑷ 職員の懲戒等についての就業規則の定め
被告の就業規則(甲3)には,概略,以下の規定があった。
ア 職員は,明朗にしてはつらつたる気風をもって次の各号に留意し,業務の円滑なる遂行をはからなければならない(4条)。
一 神社神道の精神をもってその職責に務めると共に本庁神殿祭にはつと
10 めて参列し,常に淨明正直を旨とし,人格教養の向上と技量並びに識見の
高揚に努めること。
二 定められた上長の指示に従い,庁内の秩序を保持すること。
三 上長は,常に職員の人格を尊重し,その建設的意見の調達に留意すると共に一致団結して斯道の興隆と社会福祉の向上に努め,使命遂行に奉仕
15 するものとする。
イ 職員は職務を遂行するにあたっては,忠実公正で,その執務は懇切叮寧かつ敏速でなければならない。また,職務の内外を問わず,職権を濫用してはならない(52条)。
ウ 職員が次の各号の一に該当するときは,懲戒することがある。但し,懲戒
20 を行う場合は,事前に始末書を徴し,弁明の機会を与える(67条)。
一 本庁の定める諸規程に違反したとき 二 社会的規範にもとる行為のあったとき
マ マ
三 職務上の業務に違反したとき
四 出退勤の状況が不良のとき
25 五 本庁の信用を傷つけ,又は職員としての体面をけがす行為のあったと
き
エ 懲戒は次の各号の通りとし,これをあわせて行うことがある(68条)。一 譴責 始末書を提出させ将来を戒める。
二 減給 始末書を提出させ将来を戒めるとともに,一回の事案について平均賃金一日分の半額を減じる。但し,減給は,一賃金支払期における給
5 与総額の十分の一を限度とする。(中略)
五 降格 始末書を提出させ将来を戒めるとともに現職を免じ若しくは給与等級を引き下げる。
六 免職 予告を以て解雇する場合と即時解雇する場合とがある。
⑸ 被告の情報管理に係る規程の定め
10 被告の情報資産の取扱に関する規程(乙2。以下「情報規程」という。)に
は,「役職員は,その職務上知り得た情報を他に漏らしてはならない。その職を退いた後も同様とする(5条2項)」「この規程に違反した者に対する懲戒及び罰則は,就業規則,役職員進退に関する規程及び懲戒規程の定めるところによる。(18条)」との定めがあった。
15 ⑹ 被告の給与規則の定め
被告の就業規則51条に基づく給与規則(甲4)には,「基本給は正規の勤 務時間における勤務の報酬と時間外勤務手当相当分を合算したものであって,その決定は職務の内容と責任の度合,並びに年令,経験及び勤務成績によって 決定する。(12条)」,「基本給は,秘書部において起算額表(別紙一)を
20 作成し,前条及び財務の事情に応じて決定する。(13条)」,「役職手当は,
次に掲げる区分により支給する。一 部長 月額基本給の百分の十六以内(1
6条1号)」との定めがあった。
⑺ 役職員進退に関する規程(甲2)
被告の職員に適用される役職員進退に関する規程(以下「役職員進退規程」
25 という。)22条柱書及び同条5号には,「職員が左の各号の一に該当すると
きは職を免ずることができる。」「五 職員として適当ではないことが判明し
たとき。」との定めがあった。
⑻ 被告の包括する神社の神職を規律する規程ア 神職の懲戒規程等(乙1)
被告は,被告が包括する神社の神職に適用する懲戒規程を定め(以下「神
5 職懲戒規程」という。),その2条には,「懲戒の対象となる事由は,次の
通りとする。(中略)二 B憲章,庁規その他諸規定に著しく違背する行為が判明したとき。 三 神職としての資質に欠ける行為が判明したとき。」との定めがあり,その細則である懲戒規程施行細則(以下「神職懲戒規程細則」という。)3条には,要旨,「規程3条各号の処分は,次の事由により
10 適用する。」との柱書の後に,「二 B憲章,庁規その他諸規程に著しく違
背する行為が判明したとき。 (中略)ロ 神社の尊厳を著しく損なうことが判明したとき。 ハ 職員間の融和を著しく損ね,また,責任役員や総代たちと対立し,法人運営に支障をきたしたと認められるとき。 ニ 神宮, B,神社庁,神社の信用を著しく損ねる行為が判明したとき。 ホ その他,
15 B憲章及び庁規,その他諸規程に著しく違背する事由が判明したとき。」「三
神職としての資質に欠ける行為が判明したとき。(中略)社内秩序及び風紀を乱す行為 虚偽報告 秘密漏洩 (中略)懲戒に該当する行為の隠蔽・黙認 神職としての不適切な言動・行動 業務命令拒否 (中略)その他神職としての資質に欠ける行為が判明したとき。」と定められていた。
20 イ B憲章(乙3)
B憲章11条には「1 神職は,ひたすら神明に奉仕し,祭祀を厳修し, 常に神威の発揚に努め,氏子・崇敬者の教化育成に当たることを使命とする。
2 神職は,・・・品性を陶冶して,社会の師表たるべきことを心掛けなければならない。3 神職は,使命遂行に当って,神典及び伝統的な信仰に則
25 り,いやしくも恣意独断を以てしてはならない。」旨定め,12条は「宮司
は,・・・神社の信仰と伝統の護持に努める。」旨定めていた。
⑼ 本件解雇及び本件処分と関連する不動産取引など
被告は,平成27年10月30日,被告が当時所有していた川崎市麻生区所在の清和寮と称する職舎の土地及び建物(以下,土地建物を併せて「百合丘職舎」という。)をC氏(以下「C社長」という。)が代表者を務める株式会社
5 D(以下「D社」という。)に対して,代金1億8000万円(土地1億30
00万円,建物5000万円,消費税及び地方消費税400万円)で売却した
(乙64。以下「本件売買」という。)。
当時,C社長は,株式会社E(以下「E社」という。)の代表者を務めていた(甲56,57)。
10 2 争点及び争点に関する当事者の主張
⑴ 原告A1に対する本件解雇の有効性
(被告の主張)
本件解雇の理由は,以下の解雇理由1~4のとおりであり,客観的合理的な理由があり,社会通念上相当であって懲戒解雇として有効である。
15 ア 解雇理由1
(ア) 原告A1は,平成28年12月頃,本件売買に関し,別紙1の「檄-己自身と同僚及び諸先輩方を叱咤し,決起と奮起を求める」と題する文書
(以下「本件文書」という。)を作成し,これを,同月10日,F副総長に対し,同月13日頃,G理事に対し,それぞれ手交し,その結果,本件
20 文書の記載内容を広範囲に伝播させた。
(イ) 本件文書には,本件売買は被告の財産を捨てるに等しい行為であり,役職員の絡んだ背任行為であることは明白であること, 被告の総長として異例の三選を果たしたH総長及び直後にIの会長に就任したJ会長が背任行為を主導したこと,当時の総務部長であるK部長及び秘書部長の
25 L部長が原告A2に対し,百合丘職舎を「早く売れ,何をしてるんだ!」
と大合唱したこと,L部長及び当時の総務部総務課長のM課長が原告A
2に百合丘職舎疑惑の責任を転嫁しようと根拠のない叱責をしていることが記載されている。したがって,本件文書は,具体的な証拠もないまま, H総長,J会長,K部長,L部長及びM課長が組織的な背任行為を行い,隠蔽を行っていると決めつけ,同人らを誹謗中傷し,同人らの社会的評価
5 を低下させる事実を摘示し,名誉を毀損するものである。また,本件文書
は,Bの役員及び職員有志に対し,前記の疑惑の当事者の一掃と人事の一新をすることを呼びかけるものであり,正当に選出されたH総長を排除し,被告の組織秩序を著しく乱す反乱的行為を読者に強く促すものであった。
10 本件文書は,「同僚及び諸先輩方」に呼びかける内容となっていること,
原告A1が理事らに当人限りにしてほしいと依頼した事実もないことから,同志を募り流布する目的で交付されたものであり,本件文書が2名の理事に手交された段階で,不特定又は多数の者に認識し得る状態になり,伝播可能性が生じた。その結果,本件文書の作成者名などが墨消しされた
15 文書が,被告総務部にファックスされたのみならず,何者かの手により,
被告の8県神社庁,全国の神社,株式会社扶桑社(以下「扶桑社」という。)などのマスコミに郵送され,多数の神職らが閲覧するインターネットのサイトにも投稿・掲載されるなどした。また,平成29年1月から5月までにかけて,被告に対し,本件売買について役職員を誹謗中傷する匿名の
20 文書が多数郵送され,被告の組織・職場秩序に重大な打撃を与え,その業
務運営に重大な支障を来たすこととなった。
原告A1は,被告の幹部職員,筆頭部長として,被告の秩序を維持し,業務に支障を来たすことなく問題に対応すべき立場であるにもかかわらず,薄弱な根拠をもって独断で前記結果をもたらす行為を行ったことは
25 不当の極みである。
以上のとおり,原告A1が本件文書を交付した行為は,刑法上の犯罪で
ある名誉毀損に当たるほか,就業規則4条の定める職務上の義務に違反することから,就業規則67条1号,2号,3号及び5号の懲戒事由に該当する。役職員進退規程22条5号にも当たる。また,原告A1は神職としての身分を有するから,神職懲戒規程2条,神職懲戒規程細則3条ハ,
5 ニにも該当する。
(ウ) 正当な内部告発というには,①告発の内容が真実であるか,又は真実と信じるに足りる相当な理由があること,②目的が公益性を有するか,少なくとも不正な目的又は加害目的でないこと,及び,③手段,態様が相当であることを要する。
10 しかし,本件文書が摘示する背任行為を裏付ける事実はなく,原告A
1の主張する疑惑の根拠は薄弱である。原告らは,H総長が原告A2に対し百合丘職舎をD社に売却するよう圧力をかけたと主張するが,そのような事実は存在しない。また,弁護士を含む外部有識者・専門家で構成される調査委員会は,平成29年7月21日付けで調査報告書(乙1
15 9。「本件調査報告書」という。)を提出したところ,本件調査報告書
は,百合丘職舎が不当に廉売された事実はないこと,かねてから売却の必要性があること,競争入札に付することが不可能な状況にあったこと,随意契約によりD社に売却することは許容されること,D社の鑑定評価額は原価法及び収益還元法に基づくもので疑念はないこと,根抵当権の
20 極度額が3億円であるからといって時価が3億円であると断定すること
はできないこと,中間省略登記に違法性がないことなどを報告するものであった。本件調査報告書は,多数の関係者から聴取を行い,綿密な資料の分析を行ったものであり,結論は正当である。競争入札や仲介により時間をかけて売却先を探せば,本件売買の売却価格よりも高額で売却
25 できた可能性などがあるとしても,あえて低廉な価格で売却した事実は
ないのである。不動産鑑定費用を負担し,転売先を見つける等の適正な
事業活動をしたD社が,莫大な転売利益を得たなどと非難されるいわれはない。なお,百合丘職舎の建物には構造上の瑕疵が発覚しており,価値は低下し,株式会社中央住宅(以下「中央住宅」という。)が百合丘職舎を1億8000万円で売却したことからも,本件売買の価格が不当
5 な廉価であったとはいえない。本件売買の価格が不当に廉価であった事
実,J会長がそのために被告職員を使ったという事実,担当者の原告A
2に圧力をかけた事実などについていずれも根拠となる証拠はない。したがって,①本件文書が主張する背任行為などといった内容は,真実性も真実相当性もない。
10 また,本件文書が,H総長を「異例の三選」「万死に値する」と非難し,
被告の役職員らに対し人事秩序を覆すことを呼びかけ扇動する内容であること,「恥を知れ!」「人間として許すことができない。」「冒涜」といったヒステリックな言辞で人格攻撃を行っていること,原告A1は,被告の筆頭部長として「疑惑」なるものについて調査・解明できる立場であ
15 るにもかかわらず,それを行うことなくH総長やJ会長に対し反感を有
する一部の役員らに本件文書を交付して働きかけたことからすれば,原告A1が本件文書を交付した目的は,H総長らの辞任を狙った組織秩序破壊(いわばクーデター),自らのための多数派工作,H総長らへの加害目的で行われたものであり,②公益性がなく,正当な目的とはいえない。
20 さらに,本件文書を交付した行為によって,その内容が,理事数名らに
とどまらず,被告職員,全国の神社,神社オンラインネットワークの読者及びマスコミに伝播され,H総長及びJ会長のみならず,被告に対する社会的評価が低下したのであり,③手段としての相当性もない。
イ 解雇理由2
25 (ア) 原告A1は,平成28年12月26日,N秘書部長(以下「N部長」
という。)が全部長を招集し,本件文書の作成に関与した者がいないかを
質した際や,同じ頃,O渉外部長(以下「O部長」という。)が原告A1に対して同様の質問をした際に,本件文書への関与を否定し,平成29年
4月に本件文書の作成を認めるまで,4箇月間にわたり関与を否定し続けた。
5 (イ) 前記(ア)の行為により,被告の部長会の情報などが,盗聴,情報漏洩に
より流出していることが疑われ,職員間の疑心暗鬼や不信感が高まり,議論もできない状況となり,被告の業務に著しい支障が生じた。前記(ア)の行為は,真実性を立証できないがために処分を恐れる卑怯なふるまいであり,神職としての態度と行動規範を示したB憲章11条,12条及び就
10 業規則4条に違反し,就業規則67条1号,2号,3号及び5号の懲戒事
由に該当する。また,役職員進退規程22条5号に該当する。ウ 解雇理由3
(ア) 原告A1は,平成29年3月後半頃,警視庁公安第三課に勤務するP警部補に対し,以下の a~jの文書(以下,a~jの符号に対応して「交付
15 文書a」などと呼称する。)を交付した。また,原告A1は,自ら認める
とおり,神職関係者である身内の人物に対し,本件文書及び数通の匿名の文書を交付した。
a 別紙2の「嘆願書」と題する文書(乙30)
b 平成29年3月9日の部長会の内容に関する原告A1のメモ(乙3
20 1)
c 同日の部長会に配布された資料(乙32)
d 平成27年3月18日の臨時常務会に配布された資料(乙33)
e 平成29年2月16日及び同年3月10日の原告A2,Q財政部長
(以下「Q部長」という。)及びD社(C社長ら)の三者による面談時
25 の記録(乙34の1・2)
f 本件文書(甲18)
g 作成者不明文書6通(乙35の1ないし6) h 時系列表(乙36の1)
i 「Bの組織図及び人事の変遷」と題する文書(乙36の2) j 別紙3の「D社とB接触の契機」と題する文書(乙36の3)
5 (イ) 前記(ア)の行為は,警察官や身内の人物に対し被告内部資料を交付し
て情報漏洩を行うものであり,その中には,「D社がヤクザから資金を調 達した」「被告がD社に短期貸付を行った」などの被告が反社会的勢力と 関連のある会社と密接な関係があるかのごとき虚偽情報が含まれていた。また,J会長及び被告の総長が十数年にわたって不動産売買を通じて被
10 告の財産を掠め取り,事実を隠蔽し,責任転嫁しているとか,総務部長が
隠蔽側にいるなどの虚偽の記載もある。これらの行為は,被告内部情報を漏洩することで業務に支障を来たすばかりでなく,警視庁公安部関係者や宮内庁関係者に対し,被告及び被告の関係者・団体(J会長やIなどを含む。)の業務等につき根拠の無い疑惑を生じさせて被告の社会的評価を
15 低下させる行為であり,情報規程5条2項に違反し,就業規則67条1号,
2号,3号及び5号の懲戒事由に該当する。また,役職員進退規程22条
5号,神職懲戒規程細則3条に該当する。
(ウ) 解雇理由3に係る行為は,以下のとおり,正当な内部告発的行為とは認められない。
20 交付文書a(別紙2)は,季刊誌「皇室」の神社界への販売を行ってい
るE社と所在地と社長が同一のD社が,反社会的勢力と思われる金融業者と結託し,その融資をもとに不動産取引で不当な利益を得ていることや,本件売買を含む一連の不動産売買は,「J会長及びB総長が十数年にわたり関与してきたもので,今も組織のトップである彼らが権力を使い
25 事実の隠蔽を図ろうと画策している」などと記載するものである。また,
交付文書j(別紙3)は,D社が「ヤクザから資金を調達」,「B,D社
に短期貸し付けを行う」等と,被告が反社会的勢力と関連がある会社と密接な関係があるとの事実を記載するものである。これらの記載事実は,いずれも何らの根拠もなく,①真実性も真実相当性もない。また,原告A1は,H総長を辞任させるための役員の多数派工作を目的として本件文書
5 を作成したこと,本件文書の影響により怪文書が被告関係者に頻繁に郵
送されているといった事態を認識しつつ,解雇理由3に係る行為を行ったことを認めており(乙37の3),解雇理由3に係る行為は,総長を辞任させるための多数派工作を目的としたものであり,何ら正当な目的はない。被告の渉外部等が業務上の関係を有する警視庁公安部及び宮内庁
10 の関係者に対し,被告及び被告関係者が不正な業務をしている疑いを抱
かせ,H総長らに責任を負わせて辞任させるための,②不当かつ違法な目的によるものである。これらは,被告の業務を阻害する危険性のあるものであるから,③手段・態様として相当でない。
エ 解雇理由4
15 (ア) 本件調査報告書によって本件売買に関する背任行為が否定されたに
もかかわらず,原告A1は,何らの反省も示さず,自宅待機中,H総長宛てに平成29年8月10日付け及び同月14日付けの質問状(甲7の1・
2)を送付した。
(イ) 前記(ア)の行為は,自らの行為について反省がないことを示すもので
20 あり,被告の職場秩序を乱すものに他ならず,就業規則67条1号,2号,
3号及び5号に該当する。また,役職員進退規程22条5号に該当する。オ 解雇理由1~4に係る各行為は,解雇に値すること
解雇理由1~4に係る各行為は,犯罪行為も含み,筆頭部長の地位にある者として許されない反組織的で悪質な非違行為である。原告A1が,平成2
25 9年8月10日の常務理事会で弁明の機会を与えられたにもかかわらず,
全く反省や謝罪の態度を示さなかったことも悪質である。疑惑の当事者ど
もを一掃せよなどと唱え,自説に賛同しない者を排除すべきとの独善的態度を取り,何らの反省もない原告A1は,神職としての資質を欠いており,ともに宗教活動を行うことはできず,原告A1を,職員60名の小規模な信仰共同体である被告の組織にとどめることは,被告の宗教活動を阻害する。
5 日本社会の秩序を形成する国民信仰である神社神道の宗教活動の中心であ
る被告に対する組織破壊活動は重大であり,これに対する懲戒処分が司法判断で認められないこととなれば,被告の憲法上保障された信教の自由及び宗教的結社の自由が侵害されることとなる。被告の宗教団体としての内部規律は,労働契約の規律においても十分考慮されるべきである。
10 原告A1は,解雇理由4につき弁明の機会を与えられていない旨主張す
るが,被告は弁明の機会を与えており,手続は適法である。
したがって,本件解雇には,客観的合理的な理由があり,社会通念上相当であるから,有効である。
(原告A1の主張)
15 解雇理由1~4に係る行為は,懲戒事由に該当せず,本件解雇には,合理的
理由はないから無効である。また,神職懲戒規程,神職懲戒規程細則及びB憲章は,被告の包括する神社の神職に適用される規程であるから,職員である原告A1には適用されない。
ア 解雇理由1について
20 (ア) 原告A1が,本件文書を作成し,F副総長及びG理事に交付したこと
は認める。原告A1は,平成28年5月の役員会におけるR理事の発言による本件売買に関する問題提起により,神社界に疑惑が広まっていたにもかかわらず,被告上層部がうやむやにこれを収束させようとしていたことから,被告の自浄を求める目的で本件文書を作成し,前記の理事2名
25 に説明して交付した。
原告A1が本件文書を交付したのは前記理事2名のみであり,極秘扱
いとされると信頼していたことから,本件文書が伝播することは予期しておらず,伝播に関与したこともないから,名誉毀損に当たらない。被告組織秩序を著しく混乱させたなどという事実もないから,懲戒事由に該当しない。本件文書を各地の神社に送付したり,神社オンラインネット
5 ワークに掲載したり,扶桑社に送ったりといった行為には,原告A1は関
与していない。また,本件文書が伝播する以前から,疑惑を指摘する声があり,被告が主張する匿名文書などは,本件文書が流布されたがゆえに配布されたのではない。
(イ) 仮に,原告A1が本件文書を被告の理事2名に交付した行為が名誉毀
10 損に当たるとしても,以下のとおり,①内容が真実であり,又は真実と信
じるに足りる相当な理由があり,②目的が正当で,③手段が相当であるなど,正当な行為であるから,懲戒事由に該当しない。
a ①真実性又は真実相当性があること
平成27年10月の評議員会ではD社に対する売却の承認を受けた
15 にもかかわらず,登記簿では株式会社クリエイト西武(以下「クリエイ
ト西武」という。)に対し所有権移転登記がされていたこと,同じ日に株式会社八千代銀行(以下「八千代銀行」という。)による3億円の根抵当権が設定されていること,その後のわずかな期間内にさらに大手不動産業者である中央住宅に所有権移転登記がされていることから,
20 百合丘職舎の評価額は3億円以上であり,1億8400万円(税込み)
という本件売買の価格は低廉にすぎるといえる。D社は,季刊誌「皇室」の販売を行うなど被告と関係が深いE社と本店所在地が同じで同じ代表者であることから,被告とD社及びE社との間に何らかの癒着の構造があると疑念を抱くのは当然である。
25 平成28年5月23日の役員会においてR理事から,同月26日の
評議員会において評議員から,それぞれ本件売買の疑惑に関する指摘
や質問があったが,Q部長は曖昧な回答に終始した。また,Q部長が,本件売買の価格を適正であると判断した根拠とした鑑定書は,D社が被告に持ち込んだものであった。また,過去に,被告が所有する中野職舎及び青山職舎がD社へと売却され,即日転売されていた事実もある。
5 百合丘職舎の簿価は高額であり,被告の基本財産全体の約17%に
相当することから,百合丘職舎の売却を検討する役員会や評議員会においては,基本財産処分をするやむを得ない事情や,競争入札によらず随意契約による事情や契約書の案文について説明すべきであるが,何ら説明されていない。買主の法人名のみを議案書に記載し,代表者であ
10 るC社長の氏名を記載していないことは,被告幹部と親交があるC社
長との癒着を詮索されることを回避するためといえる。
百合丘職舎をD社に売却することとなったのは,原告A2に対し,K部長が,仲介で買い手を探すのではなく不動産業者への直接売却とするように指示し,H総長が,「D社に任せておけばよい。」旨述べ,M
15 課長が,「D社のC社長が怒っている。早くしてくださいよ。」などと
J会長の意向を伝えることにより,D社への売却を指示したからである。そして,百合丘職舎売却に当たり,K部長及びL部長が,原告A2に対し,「早く売れ,何をしてるんだ。」と早期売却を促したこと,L部長が,役務職舎基本方針を策定し,百合丘職舎の売却の道を開いたこ
20 と,J会長が,原告A2に対し,疑惑発覚後,自分は圧力などかけてい
ない旨の叱責の電話をかけたこと,平成28年9月の異動の直前に「今度の教化広報部長が最後のチャンス」などと言ったこと,同年12月初め,過疎地域の神社対策についての役員会提出資料について,L部長及びM課長が原告A2に根拠の無い嫌がらせをしていたことは,いずれ
25 も事実である。J会長がL部長及びM課長の背後にいることは被告の
役職員には周知の事実であった。
被告は,本件調査報告書によって,本件文書の内容が虚偽であることが明らかになった旨主張するが,本件調査報告書は,調査に強制力がなく,資料やヒアリングの対象も限定されるなど様々な限界があったものであり,その内容は,被告の役職員による不当廉売や背任の疑いなど
5 の一連の疑惑を払拭し得るものではない。
H総長は,自身やその盟友とされるJ会長が懇意にしているD社に利益を得させる目的で,百合丘職舎を,随意契約により,市場価格より安値で売却処分したものである。
以上の事実を総合すれば,原告A1が指摘した本件売買に係る疑惑
10 は真実である。また,原告A1は,平成28年5月23日の役員会にお
けるR理事の発言により疑惑を抱き,同年9月頃に目にした被告宛て 文書添付の登記簿の記載等に触れてその疑惑が確定的になったもので,真実であると信じるに足りる相当な理由がある。
b ②目的が正当であること
15 原告A1による本件文書の作成及び被告の理事2名に対する手交は,
被告に内部からの真相究明を促し,また,被告の正常化と信頼回復を図るという公益目的でなされたものである。
c ③手段・態様が相当であること
原告A1は,本件文書を,被告の理事2名に手交したのみであり,多
20 数人に知らしめてほしいなどと依頼したこともなく,本件文書が理事
2名から不特定又は多数の人に伝播することを予期していなかった。本件文書が,決起を促すような内容となっているのは,事態の深刻さを伝えるためである。また,原告A1は,一部の部長の関与が窺われ,部長会で問題提起するのは難しいことから,被告の理事に相談するとい
25 う内部的な対処を行ったものである。
以上によれば,本件文書の作成・交付という手段・態様は相当である。
イ 解雇理由2について
(ア) 原告A1が,平成28年12月26日,N部長及びO部長に対し,本件文書への関与を否定し,その後も平成29年4月まで本件文書の作成を否定し続けたことは認める。
5 (イ) 被告は,本件売買に関する疑惑の調査はせずに,上層部に不都合な言
動を抑圧するための犯人探しのみを行っていたのであり,原告A1は,被告上層部からの報復,制裁を恐れ,やむを得ず,関与を否定した。また,原告A1が,本件文書への関与を否定したことにより,被告の業務運営を混乱させた事実はない。
10 したがって,原告A1の当該行為は,懲戒事由には当たらない。
ウ 解雇理由3について
(ア) 原告A1が,P警部補に対して,交付文書a~jを交付し,神職関係者に対し,数通の匿名文書を交付したことは認め,神職関係者に対して本件文書を交付したことは否認する。原告A1が神職関係者に匿名文書を
15 交付した行為は,本件解雇の理由として示されていなかったから,これを
懲戒事由とすることは許されない。
(イ) 原告A1は,刑事告発や内部通報としてではなく,個人的な知り合いで守秘義務を負う警察官に対し,交付文書 a~jを交付して,このような内容の文書を提出した場合に警視庁で受け付けてもらえるか相談をした
20 にすぎず,外部に伝わることは意図しておらず,相談した警察官以外には
外部に流出していない。
交付文書jの記載が事実ではないとしても,警察官が全てが真実であると鵜呑みにすることはないから,被告の信用や業務を阻害するものではなく,情報規程に違反するものではないから,非違行為に当たらない。
25 (ウ) 解雇理由3について,仮に原告A1が被告の情報を第三者に開示した
ことが形式的に情報規程に違反するとしても,以下のとおり,①真実であ
るか又は真実と信じる相当な理由があり,②目的は正当で,③手段も妥当であるから,正当な内部告発的行為として懲戒事由には当たらない。
a ①真実性・真実相当性があること
被告の関連団体である財団法人S1が平成12年7月,その所有す
5 る全国神社会館を売却処分し,売却代金を原資に,同年8月,D社から,
被告事務所の近接地の中古建物と敷地を購入し,主たる事務所を移転した。この移転の被告の担当者は,財務部長であったK部長(財団の事務局長を兼務),T総務部長(以下「T部長」という。)及び渉外部長であったJ会長の3名であった。移転先の中古建物と敷地は,D社が所
10 有者から買い取った上で,前記財団に売却されたが,D社に買取りの資
金がなかったことから,当時の被告の総務課長であったU課長は,被告のD社に対する数千万円の貸付けの立案を命じられた。登記簿によれば,所有者からD社が買い取る際,D社は,千葉県木更津市のV1氏から,約4億円を,年利1割5分,損害金年3割という高金利で借り入れ
15 ている。
原告A1は,百合丘職舎の不当廉売疑惑が持ち上がってから,前記ア (イ)aのような情報を収集し,V1氏が木更津市を拠点とする指定暴力団であるWの関係者であること,D社が,特殊な物件の地上げを得意とする会社としてインターネットに名前が出ていることなどを知るに
20 至った。
以上から,交付文書jの記載内容は,真実であり,又は,真実であると信じるに足りる相当な理由がある。
b ②目的が正当であり,③手段が相当であること
原告A1は,あくまで被告の自浄を目的としつつ,被告の正常化や信
25 頼回復のために刑事告発を含め,他に取り得る手段がないか警察に相
談をしたものであり,不正な目的や加害目的でなされたものではなく,
公益目的であることは明らかである。また,守秘義務を負う警察官に,外部への開示を意図せずに相談したのみであり,手段も相当である。
エ 解雇理由4について
原告A1が,平成29年8月10日及び同月14日付けで,H総長に対し,
5 質問状を提出したことは認める。自宅待機命令の理由等が明確でなかった
ために質問状を送付したにすぎないから,懲戒事由には該当しない。オ 社会通念上相当性の欠如
解雇理由1~4は,いずれも懲戒事由に該当するような非違行為ではなく,また,仮に解雇理由の一部が存在したとしても,およそ極刑に匹敵する
10 懲戒解雇が重きに失することは明らかであるから,社会通念上相当性を欠
き,無効である。カ 手続の違法
被告の就業規則67条において,懲戒処分を行う際に弁明の機会を与える旨規定されているが,原告A1は,解雇理由4について,弁明の機会を
15 与えられておらず違法である。
⑵ 降格により,教化広報部長を免じる処分,参事を免じて主事とする処分及び給与等級を引き下げる処分を併科する権限の有無
(被告の主張)
就業規則68条柱書は,同条各号が定める複数の懲戒方法を併科すること
20 がある旨を定めているから,同条5号の降格において,現職を免じるとともに
給与等級を引き下げることができる。文言上,併科を同条の異なる号の懲戒方法の間に限るとする限定はない。
また,役職あるいは職と給与等級が運用上連動していることは,基本給を職務の内容と責任の度合,並びに年齢,経験及び勤務成績によって決定すると定
25 める給与規則12条より明らかであって,役職あるいは職が変更された場合
は,給与等級を変更する必要があるから,教化広報部長及び参事を免じる処分
と給与等級を8級から6級へ引き下げる処分は併科できる。
(原告A2の主張)
就業規則68条5号は,降格の内容について,「現職を免じ若しくは給与等級を引き下げる」と定めているから,教化広報部長を免じる処分,参事を免じ
5 る処分及び給与等級を8級から6級に引き下げる処分のいずれか1つしか行
うことはできない。同条柱書において,「懲戒は次の各号の通りとし,これを併せて行うことがある。」との定めがあるが,これは,譴責と減給など,別の号に定める懲戒の種類を併せて行うことができるという意味であって,降格のうち現職を免じる処分と,給与等級を引き下げる処分の両方を科すことが
10 できるという意味ではない。原告A2に対し前記3つの処分を併科したこと
は就業規則の根拠を欠くものである。
⑶ 原告A2に対する本件処分の有効性
(被告の主張)
本件処分の理由は,以下の処分理由1~4のとおりであり,客観的合理的
15 な理由があり,社会通念上相当であって懲戒処分として有効である。
ア 処分理由1
(ア) 原告A2は,百合丘職舎売却に関して,財政部長として,売却の必要性,方法,売却先及び売却額等について自ら判断し,各種会議に諮り,その妥当性について説明,報告を繰り返し行い,平成27年10月の評議員
20 会の決議に至ったにもかかわらず,平成28年5月の役員会におけるR
理事による疑義の発言に端を発し,平成29年3月1日の部長会等において,当時の経緯について,「①D社のC社長が怒っているとM課長から伝えられた」「②Dに売らなければならない理由があった。」「③H総長からDのCさんに任せたらいいというメッセージがあった。」と発言し,
25 百合丘職舎売却に当たり相見積は取らなかったのかという質問に対し,
「④(相見積もりは)取っていない。D恐いから。」などと,D社からの
不当な圧力があったかのような事実と異なる発言をした(以下,各発言を
「A2発言①」などという。)。
(イ) 百合丘職舎売却の責任者であった原告A2の事実に反するA2発言①
~④により,詳細を知らない部長会の他の参加者やこれらの発言を漏れ
5 聞いた者が,不当な経過によりD社が百合丘職舎の売却先に決定された
旨誤って認識することになり,被告の業務の適正性への信頼が毀損され,円滑な業務運営が困難となり,大いに混乱を招いた。自らが被告の業務として遂行した事柄に関し,正確かつ客観的にその経緯を事後的に説明することは,被告就業規則4条及び52条が定める被告職員としての基本
10 的な義務である。A2発言①~④は,就業規則が定める職務上の義務に違
反したものであり,また,このような言動を行う幹部職員がいること自体が被告の信用を低下させるものであるから,就業規則4条,52条に違反し,就業規則67条1号,2号,3号及び5号の懲戒事由に該当する。
イ 処分理由2
15 (ア) 原告A2は,平成29年4月29日,昭和の日をお祝いする集いの終
了後の懇親会の席において,部下である教化課員の面前で,H総長及び秘書部長から百合丘職舎売却に関する件で尋問を受けている旨発言し,同年5月1日に予定された尋問を拒否する旨のメール内容及び秘書部長からの返信メールを課員に見せた上,「総長は稀代の大馬鹿者だ。」旨の発
20 言をした。
(イ) 前記(ア)の行為は,H総長及び秘書部長による事情聴取が,強圧的な受けるに値しない尋問であり,上司の業務命令による事情聴取であっても拒否してしかるべきとの印象を部下に示し,さらに,H総長について「稀代の大馬鹿者」であると過激な表現で人格を貶め,H総長及び秘書部長ら
25 上層部の信用を失墜させ,職場秩序を乱したといえる。
したがって,前記(ア)の行為は,就業規則67条1号,2号,3号及び
5号の懲戒事由に該当する。ウ 処分理由3
(ア) 原告A2は,平成29年2月16日及び同年3月10日の原告A2, Q部長及びD社(C社長ら)の三者による面談の際,面談を録音して内容
5 を記録した文書(交付文書e)を作成し,被告の承諾を得ることなく,原
告A1が外部者である警視庁公安の刑事と接触して相談していることを知りながら,原告A1に交付文書eを渡し,外部に対する情報漏洩を生じさせた。
(イ) 前記(ア)の面談は被告の業務の一環として行われ,その面談により知り
10 得た情報は,「被告の職務上知り得た情報」に当たるところ,原告A2は,
その情報を被告の承諾を得ることなく外部の者に提供したものであるから,情報規程5条2項が禁ずる情報漏洩に当たる。また,このような行為は,職務上の義務に違反するとともに,被告の情報管理体制に大きな疑念を抱かせてその信用を傷つけるものである。原告A2は,自分を守るため
15 の証拠とする目的で録音を行い(乙29の1),原告A1に交付する際に
は,配布先の限定をしなかった(乙29の2)というのであるから,原告 A1が外部の者に配布することを認識していたといえる。
したがって,前記(ア)の行為は,就業規則67条1号,2号,3号及び
5号の懲戒事由に該当する。
20 エ 処分理由4
(ア) 原告A2は,本件調査報告書において,不正の事実が認められない旨報告されたにもかかわらず,何ら反省することなく,平成29年7月24日に自宅待機中,同年8月7日付けで,H総長宛てに質問状(甲8)を送付した。
25 (イ) 質問状の記載内容に照らせば,原告A2は,反省がなく,被告の業
務になお混乱を惹起させる意図があった。前記(ア)の行為は,被告の幹
部職員としての体面を汚すものであるから,就業規則67条1号及び5号の懲戒事由に該当する。
オ 社会通念上相当であること
原告A2は,処分理由1~4のとおり,被告の幹部職員でありながら,自
5 ら財政部長として主導した百合丘職舎売却の経緯を歪曲する発言を行い,
被告の信用を貶め,職場秩序を乱し,被告の業務に混乱を生じさせた。原告 A2は,憶測のみに基づき,批判の声に便乗し,自らの言動を反省することもないのであるから,被告の幹部職員として不適格であることは明らかである。被告は,原告A2に何度も弁明の機会を与えており,処分理由4は始
10 末書に記載されなかったとはいえ,平成29年8月10日には弁明の機会
が付与されていること(乙21)を踏まえれば,手続は相当である。以上から,本件処分は社会通念上相当である。
(原告A2の主張)
処分理由1~4は懲戒事由に該当せず,本件処分には,客観的合理的理由
15 はなく,社会通念上相当性がないから無効である。
ア 処分理由1
A2発言①~④を行ったことは認める。A2発言①~④はいずれも事実に即している。A2発言①については,M課長も,J会長からC社長が怒っている旨聞いて原告A2に伝えたことを認めているから事実である。A2
20 発言④は,現地調査を経た見積書は得ていないということであって,事実と
反するものではない。
したがって,A2発言①~④は事実を述べたものであるから,就業規則4条,52条に違反するものではなく,懲戒事由に該当しない。
イ 処分理由2
25 原告A2が,平成29年4月29日の宴席において,部下である教化課員
の面前で,同年5月1日に予定された尋問を拒否する内容のメール等を見
せた上,「総長は稀代の大馬鹿者だ。」旨発言したことは認める。
原告A2は,疑惑を指摘する匿名文書に関与していないにもかかわらず, H総長やN部長から,まるで犯罪者を扱うような尋問を受けていたことから,そのことを部下に話しただけである。原告A2は,業務命令を無視して
5 もよいという趣旨の発言をしたものではなく,これを聞いた者も,宴席上の
会話として受け止めていたのであるから,職場秩序に何らかの影響を与えた事実はなく,懲戒事由には該当しない。
ウ 処分理由3
原告A2が,原告A2,Q部長及びD社(C社長ら),の三者による2度
10 の面談の際,会話を録音して記録を作成し,原告A1に当該記録を渡した事
実は認める。
録音は私的に行ったものであり,また,前記各面談は,C社長が,百合丘職舎の瑕疵に関し,原告A2個人に圧力をかけるためのもので,被告の業務ではなく,これを録音した結果は「職務上知り得た情報」には該当しない。
15 また,原告A2はD社から受けた圧力について相談するために,原告A1に
面談の記録を提供したものであり,原告A1を介して当該記録を警察に提供することは予期していないから,懲戒事由には該当しない。
仮に,被告の情報を第三者に提供したことが形式的には諸規程違反になるとしても,原告A1が提供した相手は守秘義務を負う警察官であり,原告
20 A2がD社から圧力をかけられて不安を抱いていた状況下で提供されたこ
とからすれば,違法性はなく,懲戒処分の対象とはなり得ない。エ 処分理由4
原告A2が,平成29年8月7日付けで,被告に対し,質問状を提出したことは認める。
25 原告A2は,人事異動として自宅待機を命じられ,かつ,その事実を全職
員が集められた場で告知されたことから不安に思い,質問状を送付したに
すぎず,被告の業務に混乱を惹起させる意図など有していないから,懲戒事由には該当しない。
オ 社会通念上相当性の欠如
処分理由1~4はいずれも懲戒事由に該当しないが,仮に懲戒事由に該
5 当するとしても,原告A2の行為に比して本件処分は重きに失し,社会通念
上相当性がなく,無効である。カ 手続の違法
原告A2は,処分理由4について,何らの事情聴取や弁明の機会を付与されておらず違法であり,この点でも相当性がない。
10 ⑷ 教化広報部長を免じ,参事を免じて主事とし,給与等級8級を6級へ引下げ
ることにより,役職手当8万3690円の減額及び基本給2万9748円の減額ができるか。
(被告の主張)
被告の給与規則13条の起算額表は,別紙4の「平成29年度職員俸給級号
15 表」(乙100。以下「本件俸給表」という。)のとおりである。本件俸給表
により,原告A2は,基本給を参事の8級68号月額52万3032円から,主事の6級140号月額49万3284円に減額された。また,給与規則16条のとおり,役職手当は部長の場合に支給するものである。
したがって,教化広報部長を免じ,参事を免じて主事とし,給与等級8級を
20 6級へ引下げることにより,役職手当8万3690円を減額するとともに,基
本給を2万9748円減額することができる。
(原告A2の主張)
本件俸給表は,給与規則13条の「起算額表(別表一)」として就業規則の一部となるものであるが,被告職員に対して周知されていないことから,原告
25 A2と被告との間の労働契約の内容となっていない。したがって,現職を免じ
て給与等級8級を6級へ引下げることにより,給与を減額することはできな
い。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,前記第2の1の前提事実に加え,以下
5 の各事実を認めることができる。
⑴ 被告の組織,全国の神社との関係,Iとの関係等
ア 被告は,昭和21年2月3日,神社の興隆を図るなどの目的で,全国の神社の包括団体として設立された宗教法人である。現在,全国の各都道府県の神社庁を含む約8万の神社(多数の宗教法人を含む。)との間で,被告が「宗
10 教法人B庁規」(以下「庁規」という。)によって定める包括関係にある。
(甲1,弁論の全趣旨)
イ 被告は,庁規において,被告の組織及び被告が包括する神社との関係などを定めている。
庁規によれば,被告の責任役員である理事は17名とされ,そのうち総長
15 1名(代表役員),副総長1名,常務理事2名を置き,総長は被告を代表し,
被告の事務を総官し,副総長及び常務理事はこれを補佐する。理事の任期は
3年であり,評議員会で選任される。
被告の意思決定機関の一つである評議員会は,被告の本宗である伊勢神宮において選ばれた者2名,各都道府県に置かれる神社庁の神社庁長47
20 名,神職から選ばれた者47名,及び,神社の役員・総代から選ばれた者4
7名などで構成される。評議員の定数は168名以内,任期は3年である。評議員会が被告の統理1名を選出し,被告と包括関係にある神社におい ては,その設立の承認や,その代表役員である宮司の進退は,統理が行う。統理は,被告と包括関係にある神社の職員を統督し,懲戒を行い,統理の全
25 ての行為は総長の補佐を得て行い,責任は役員会が負うとされる。
被告の事務所は,東京都渋谷区内の被告の肩書所在地に置かれ,平成28
年~平成29年当時頃,被告に雇用される職員は約60名であった。被告には,7(一時期は8)の部が置かれ,それぞれの責任者として部長が配置され,役員,部長,課長,課員という職層がある。被告の職員は,神事に参列して奉仕することがあり,原告らは被告から神職身分の発令を受けており,
5 神職の研修を受けたこともあった。
(甲1,3,乙19p6,乙47~50,弁論の全趣旨(被告準備書面2p
2))
ウ 庁規によれば,被告の所有する不動産は基本財産とされ,基本財産は原則として処分することはできないが,やむを得ない事由がある場合において,
10 評議員会の議決を経たときはこの限りではないとされている(甲1)。
被告の財務規程によれば,被告において,契約は競争入札とすることとされており,ただし,やむを得ない理由がある場合又は運営上特に必要がある場合は,3人以上を指名して競争入札とすることができ,競争入札に付することが特に不利又は不可能な場合又は軽微なものについては,随意契約に
15 よることができるとされている(甲70)。
エ 被告の代表者である総長には, 八幡宮の宮司であるH総長が平成22年に選出されて就任しており,以後3回選出され,現在4期目を務めている
(弁論の全趣旨)。被告の統理及び総裁には,これまで,皇族出身者や旧華族の子孫などが選出されて就任している(甲65,弁論の全趣旨)。
20 オ Iは,昭和44年,「神道精神を国政の基礎に」との提唱により結成され
た神社界を母体とした政治団体である。Iの本部は,被告の事務所内にあり,被告の渉外部に所属する者が出向して,Iの事務に当たり,被告の渉外部長 がIの事務局長を兼務して運営されている。(乙19p6,乙107)
Iの会長は,平成28年7月頃から現在まで,J会長が務めている(乙3
25 6の2,弁論の全趣旨)。J会長は,被告に雇用されて,被告の教学部や渉
外部などで勤務し渉外部長などを務め,Iに出向して,その事務局長などを
務めた後,平成12年に被告を退職して静岡県の 神社の宮司を務め,平成
19年から平成28年6月まではIの幹事長を務めていた(甲82p4・
7・9,乙36の2)。
H総長も,平成16年までIの幹事長を務めた経験があった(弁論の全趣
5 旨(原告準備書面⑻p12))。
平成28年当時,被告総務部総務課長であったM課長は,平成7年から平成26年まで(平成11年7月以降は被告の渉外部渉外課などと兼務),Iに出向し,J会長の部下として勤務したことがあった(乙107)。
⑵ 全国神社会館の売却等
10 ア 財団法人S1(現在は,公益財団法人S2。以下「本件財団」という。)
は,全国神社総代会が設立準備会を設けるなどして,昭和45年に設立された法人であり,以後,全国神社総代会の会長などが理事長に就任し,その理事に被告の役員・関係者が多数就任するなど,被告及び被告の包括する神社と連結した運営を行ってきた団体であった。
15 本件財団は,昭和46年頃から,東京都渋谷区 丁目所在の全国神社会
館(以下「会館建物」という。)を,神社関係者や企業に対して研修や会議の場として提供する事業を行っていた。本件財団は,同年から会館建物及びその敷地の一部である約661㎡の土地(以下「会館敷地①」という。)を所有しており,会館建物の敷地の残部である約347㎡の土地(以下「会館
20 敷地②」という。以下,会館建物,会館敷地①②を併せ「会館旧施設」とい
う。)は,被告が昭和42年に取得し,本件財団に貸与していた。
(甲41,42,44の1~3,甲96)
イ 本件財団は,会館建物が老朽化し,利用者も減少して運営が困難となったため,平成12年,会館敷地①②の隣接地に大学を設置し所有している学校
25 法人國學院大學(以下「学校法人國學院」という。)に対し,会館建物及び
会館敷地①を売却し,その売却代金を原資として,被告の事務所の近隣地で
ある東京都渋谷区 丁目に所在する約163㎡の土地及び7階建ての建 物(以下,土地建物を合わせて,「財団新施設」という。)を購入する計画 をたてた。学校法人國學院は,その設置する國學院大學において神道の研究,教育を行っており,國學院大學は被告が包括する神社の神職や被告の職員
5 を多く輩出し,かねてから被告とは人的な交流があった。
(甲42,44の1~3,甲45,94,96,弁論の全趣旨)
ウ 平成12年7月31日,本件財団は,会館建物及び会館敷地①を代金約7億7900万円で,被告は会館敷地②を代金約8095万円で,それぞれ学校法人國學院に対し売却した。
10 前記各売買に関して,仲介手数料として,本件財団が約775万円,被告
が80万円を,D社に対しそれぞれ支払う旨の契約書が作成され,前記各売買に先立って,同年3月18日,D社から被告に対し,同額の請求書が発行され,同年8月7日に支払がされた。
(甲42,44の1~3,甲95,96)
15 エ 財団新施設は,平成11年3月,茅場町建物株式会社(以下「茅場町建物」
という。)が取得し所有していたところ,平成12年5月11日,D社が概ね4億円の代金額で茅場町建物から購入し,同日付けでD社を所有者とする所有権移転登記がされた。同日,財団新施設には,原因同日付け金銭消費貸借同日設定,債権額4億円,利率年15%,遅延損害金年30%,債務者
20 D社,抵当権者V1とする抵当権が設定され,また,原因同日付代物弁済(条
件同日金銭消費貸借の債務不履行),権利者V1始とする条件付所有権移転仮登記が設定された。(甲45,証人K)
同年8月8日,D社は,本件財団に対し,財団新施設を4億4000万円で売却し,所有権移転登記手続を行い,前記の抵当権設定登記及び条件付所
25 有権移転仮登記はそれぞれ抹消された(甲45,94)。
D社は,財団新施設を購入するに先立って,被告に対し,本件財団の資力
に不安があるため,本件財団が財団新施設を買い取ることについて被告に保証してもらいたい旨の申出を行い,同年4月21日,被告は,D社に対し,同年3月21日付け売主D社,買主本件財団の財団新施設の売買について,本件財団が同年8月10日までに財団新施設を買い取ることができない状
5 態となった場合には,被告が前記売買の契約書の代金額4億4000万円
で財団新施設を買い取ることを保証する旨の文書を作成した(甲92~9
4)。
なお,財団新施設の建物には,平成12年5月の時点でも入居者がいたため,D社は,その者らとの立退交渉を行うことが期待されており,D社は入
10 居者の立退をさせて,本件財団に財団新施設の建物の居室の鍵を引渡すなど
した(乙115,証人Up34,証人Kp29)。
オ | 平成12年当時,被告の財政部長であったK部長(平成10年7月~平成 14年3月財務部長)が本件財団の事務局長を兼任しており,前記ウエの売買を主に担当していた。また,被告の総務部長であったT部長,渉外部長で | |
15 | あったJ会長もこれらの取引を担当していた。学校法人國學院の担当者や, | |
当時の被告総長のX氏に対し,D社を紹介し,前記各売買の仲介をさせたり, | ||
財団新施設の売主として介在させたりしたのはK部長であった。(乙37の | ||
4p4,乙115,証人Up5・20,証人Kp10~13・30) | ||
カ | 財団新施設をD社が購入するに際し,D社に4億円を融資したV1氏は, | |
20 | V2氏と住民票の住所地が同一であるところ(甲45,72の1~5,甲7 | |
8),V2氏は,平成19年8月21日付け売買により,W本部が所在して | ||
いるとされた土地建物を,Y氏から取得した者である(甲72の6~8・1 | ||
5・16,甲76,79)。Y氏は,指定暴力団Wの関係者であり,その住 | ||
民票上の住所地兼Y氏が代表取締役を務める会社の本店所在地は,グーグ | ||
25 | ルマップで平成27年撮影された写真によれば,高い塀及び柵で囲われ,柵 | |
には電流が流れている旨の警告が掲示され,数台の監視カメラが設置され |
⑶ ア | ていた(甲72の9~15,甲77,80)。 D社及びE社の事業と被告との関係など 前記⑵の不動産取引に携わったD社は,昭和62年に設立された,土地建物の売買などを目的とする資本金1000万円の会社であり,平成19年 | |
5 | 以前からC社長が代表取締役を務めている(甲17)。 | |
イ | E社は,平成8年に設立された会社であり,日本レスリング協会の会長を | |
務めるZ氏(以下「Z会長」という。)が設立時から取締役を務めている会 | ||
社である(甲56,57)。E社は,平成10年に創刊された雑誌「皇室」 | ||
(創刊時誌名「わたしたちの皇室」)の定期購読者に対する販売事業を創刊 | ||
10 | から現在まで行っている(甲28,29)。 | |
「皇室」は,被告が創刊を企画した我が国の皇室を広報する季刊誌であり, |
創刊当時は被告,現在は本件財団がそれぞれ費用を負担して,出版社(創刊当時は株式会社主婦と生活社,現在は扶桑社)に編集・刊行を委託しており,書店で販売するほか,定期購読者に販売しており,定期購読者のほとんどは
15 被告が包括する神社やその関係者らであった(甲29,82p7,乙36の
1)。E社が取り扱う「皇室」の定期購読者に対する販売部数は,1号につき約2万冊,年間約8万冊であった(甲29,82p7)。
C社長は,平成21年からE社の代表取締役に就任して現在もその地位にあり,同社の本店事業所は,平成24年からD社の本店事業所と同じ住所
20 地に移転している(甲17,56,57)。
ウ J会長は,Z会長と親しい関係にあることが報道されている。また,J会長は,C社長と20年来の付き合いがある。(甲59,63)
⑷ 青山職舎及び中野職舎のD社への売却
ア 平成24年12月28日,被告は,D社に対し,被告が南青山に所有して
25 いた青山職舎(東京都港区 丁目所在のマンションの居室及び敷地の共
有持分権。居室の床面積は約38㎡,以下「青山職舎」という。)を代金1
575万円で売却した。同日,D社は,第三者に対し青山職舎を売却し,その旨の所有権移転登記手続がされた。なお,青山職舎は,昭和59年に被告が3290万円で購入したものであった。(甲51~53,71,弁論の全趣旨(原告準備書面⑻p20))
5 イ 平成25年2月28日,被告は,D社に対し,被告が中野区に所有してい
た中野職舎(東京都中野区 丁目所在の土地及び3階建て居宅。土地面積は約49㎡。以下「中野職舎」という。)を代金3015万円で売却した。同日,D社は,第三者に対し中野職舎を売却し,その旨の所有権移転登記手続がされた。なお,中野職舎は,昭和62年に,被告が約1億3318万円
10 かけて,土地の購入及び建物の新築をしたものであった。(甲51,54,
55,弁論の全趣旨(原告準備書面⑻p20))
ウ 前記アイの青山職舎及び中野職舎の売却については,平成24年10月開催の被告の評議員会において一括して承認可決された。同日の評議員会において,売却の理由について,中野職舎は経年による老朽化が著しく,東
15 日本大震災により屋根等に損傷を来たしていること,青山職舎は耐震基準
を満たしていないこと,両職舎ともその機能を果たしていないにもかかわ らず,維持管理・租税公課などの経費が生じていることから,財産の効率化を図るため処分する旨が原告A2により説明された。(甲51,乙37の2)原告A2は,同年7月から財政部長心得に昇進した。同年,被告において
20 は,エルピーダメモリ株式会社の社債を代金1億円以上で購入したところ,
同社の事業悪化により多額の評価損が発生するなどの事態が生じていた。原告A2は,大学卒業後に株式会社群馬銀行に数年勤務した経験があり,周囲の者から,被告の前記のような財務の立て直しのために原告A2を財政部長心得に抜擢昇進させたのであるなどと伝えられていた。原告A2に対
25 し,青山職舎及び中野職舎の買主としてD社を紹介したのはK部長であっ
た。(乙29の2p15,乙37の2,証人Up24・25,証人Kp25)
⑸ 百合丘職舎の売却に至る経緯
ア 百合丘職舎は,川崎市麻生区 丁目の面積約1556㎡の土地及び鉄筋コンクリート造4階建の共同住宅であり,被告が昭和62年12月に購入し,以後,被告の職員に貸与する職舎(全21戸)として使用していた。
5 昭和62年当時,被告は,土地を代金約3億6673万円,新築の建物を代
金約3億8942万円,合計7億5615万円で購入したものであった。
(甲21p3・4・6,甲36の2,乙67,68)
イ 平成26年7月1日頃,被告の幹部職員らは,本庁事務所の組織及び財務の問題点と改善策を検討するため,同日付けで本庁事務所組織及び財務運
10 営改善に係る検討会議(以下「組織検討会議」という。)を総務部内に設置
することとし,総務部長であったK部長を委員長とし,本宗奉賛部長であった原告A1及び財政部長であった原告A2を含む3名を副委員長とするなどして,同日から同年10月28日にかけて5回にわたり会議を行った。原告A2は,第3回目の会議の同年9月5日,百合丘職舎の過去4年の家賃収
15 入と営繕管理費等の支出を表にして示し,年間400万~500万円の支
出超過であることを報告し,また,三井住友信託銀行株式会社(以下「三井住友信託銀行」という。)から示された,百合丘職舎を売却する場合,改修して賃貸する場合,借上げの場合のそれぞれの予想価額や予想費用を報告し,売却する場合の予想価額は1億1000万~1億6500万円である
20 ことなどを報告した。第3~4回目会議において議論がされた結果,百合丘
職舎を改修して賃貸したり,借上げ委託したりすることは被告の目的の範囲外であることなどから,百合丘職舎は売却するのが適切であるとの結論が確認された。(乙90~93)
ウ 平成26年12月12日,被告の役員会において,組織検討会議の結果と
25 して報告書が提出され,同書において「百合丘職舎は,老朽化に加え,遠距
離に位置しており,危機管理面からもその役割を果たさず,維持管理に係る
経費負担だけが顕著となっている。早急に売却処分等の手続を考慮するとともに,今後の職員職舎のあり方については,危機管理対策を念頭に再構築する時期にある。」旨が報告された(乙93)。
エ 三井住友信託銀行は,被告に対し,百合丘職舎について,平成26年10
5 月3日,売却価額は約1億1000万円~1億6500万円程度とする資
料を,同月27日,売却価額は約2億1000万円~2億2000万円程度とする資料を,平成27年2月10日,売却価額は約2億2000万円~2億4000万円程度とする資料を,それぞれ提出したが,前記各資料には価額などの根拠の詳細は記載されていなかった(乙87~89)。
10 三井住友信託銀行は,同日,仲介契約につき専任媒介とするメリットを説
明する文書を被告に提出した(乙89)。
オ 平成27年1月8日の被告の部長会(原告らを含む被告の部長全員が出席するのが通常で,議事録が作成される。以下の部長会について同じ。)において,原告A2は,「百合丘職舎の売却は,三井住友信託銀行及び不動産
15 業者のD社に働きかけて概算の見積りは得られたが,詳しい見積は研究中
である。」旨の報告を行った。この報告に対し,L部長は,売却の時期を具体的に明確にすべきであり,来年度に実施しなければいつになるのか旨を, K部長は,来年度中にこの件を片付ける予定で動かなければならない旨をそれぞれ述べるなどし,原告A2は,両名の意見を容れて,平成27年度中
20 に売却する方針を了解した。(乙38,95)
カ 原告A2は,平成27年3月2日の被告の部長会において,「百合丘職舎売却の件につき,今回初めて提案をする。百合丘職舎は,毎年400万円~
500万円を持ち出し,修理に費用がかかる。中野職舎や青山職舎を売却したときのように専門業者を設けて,こちらの言い値を示し,相手の希望価格
25 とすり合わせて買い取りをさせる。改修はしない。売却の承認を平成27年
10月の定例評議員会に上程するように進める。売却想定価額は1億50
00万円~2億円程度である。役員にお話しして,その了解が得られたら,
4月の常務理事会でお話ししたい。その頃から入居している職員17名に対する説明をしたい。」などと述べて,平成27年10月の評議員会で百合丘職舎の売却の承認を得るなどの方針について,出席者の了解を得た(乙3
5 9)。
キ 平成27年3月18日,被告の常務理事会(統理,総長,副総長,常務理事及び部長らが出席するのが通常で,議事録が作成される。)において,原告A2は,出席者らに対し,百合丘職舎は,築27年で老朽化し修繕のため支出超過であること,被告事務所から遠隔地にあり大規模地震下で職員が
10 事務所に駆け付けることができず危機管理の役割を果たしていないことか
ら,売却すべきことを説明した。その際,原告A2は,売却の方法は,不動産業者等の仲介業者に価額などの条件を提示して,買い手の斡旋をしてもらうこと,改修せず現状のまま売却すること,平成27年10月の定例評議員会に上程すべく準備したいこと,価額は信託銀行及び不動産業者の概算
15 見積で1億5000万円から2億円まで位を見込んでいることなどを報告
した。出席者からは,特段の反対や質問はされなかった。(乙33,96)ク 平成27年4月1日の被告の部長会において,原告A2は,百合丘職舎の売却について,同年3月18日の常務理事会の際には仲介業者に依頼する ことで了解を得たが,検討した結果,中野職舎及び青山職舎のようにD社に
20 買い取らせ転売する方法としたい旨を提案した。その際,原告A2は,売却
方法を変更する理由として,「買い手の見つかることや,会議のタイミングを考え,入居者がいることを考えると,前回諮った方法では整合性がとれない。」「買い手についても慎重にならなければならない。」「D社は中野職舎及び青山職舎での実績がある。」などと説明し,4月に価額を検討して売
25 却案を確定し,5月に常務理事会で売却計画案を提示し,7月の役員会で協
議し,9月の役員会で決議し,10月の評議員会で決議し,退去を来年の3
月としたい旨の提案をした。
これに対し,K部長は,先日の常務理事会で行った提案を変更することや,根拠もなく売却先をD社とすることに疑問を呈した上,前回の常務理事会 での提案を早く撤回すること及び納得できる根拠を示すことを求めた。ま
5 た,他の部長からも,売却先を決めるには複数社から見積書を取るものでは
ないか,D社を売却先とすることに説得力が欠けているなどの意見が出た。 L部長は,入居している職員の退去を求めるには期限が決まらないと動けないことを伝えるとともに,(売却先の)企業はいくつか候補を出して役員会にも委ねる形とした方が慎重な方法になるなどの意見を述べた。これら
10 の意見に対し,原告A2は,仲介業者(三井住友信託銀行)への依頼はせず
にD社に売却する理由について,更に,「日程を優先するとこの方法になる。」「D社は出入りの業者で融通がきき,信頼や実績がある。」などと説明した。
同日の部長会の結論としては,原告A2の提案に沿って,総長,副総長及
15 び常務理事の考えを確認した上,次の常務理事会において,前回の常務理事
会で示した方針を撤回することとなった。
(乙40)
ケ 平成27年4月7日,被告の常務理事会において,原告A2は,百合丘職舎の売却方法について,仲介業者に売買の仲介を依頼する案を,不動産業者
20 に対し売却する案に変更することを説明し,了解を得た(甲35の1,乙1
9p20,乙37の2,弁論の全趣旨(答弁書p7))。
コ 平成27年4月8日過ぎ頃,原告A2は,D社の 取締役(以下「 取締役」という。)から,同社の売却希望価格である1億8000万円の相当性に関する資料として,百合丘職舎の価額を1億7500万円と評価する株
25 式会社 不動産鑑定事務所代表者兼不動産鑑定士 作成の同日付け鑑定書
(以下「 鑑定書」という。)を受け取った(甲60,原告A2本人,弁論
の全趣旨)。同書は,現地調査を経て,原価法による積算価額を1億988
0万円とし,収益還元法による価額を1億4490万円とし,両価格を考慮し,結論として前記価額とするものであった(甲60)。原価法の地価は,取引事例比較法を採用して求めた地価20万2000円/㎡に個別補正率
5 -52%(二方路地,高低差あり,奥行長大で形状劣る,規模市場性劣るに
よる。)を乗じて1億6340万円と算出されていた。
同月14日頃,原告A2は,被告の顧問税理士を通じて,株式会社日税不動産情報センター(以下「日税不動産」という。)から,百合丘職舎について,近隣の賃料からの収益還元法によれば2億2560万円,公示価格・取
10 引事例等からの原価法によれば2億5550万円であり,価額は2億25
60万円~2億5550万円と評価する旨の評価書(以下「日税不動産評価書」という。)を受け取った。同書は,現地調査はせず,近隣賃料,公示地価,取引事例及び住宅地図などから評価したもので,原価法の土地評価は,公示価格及び取引事例の平均地価を22万8285円/㎡とし,これに個
15 別補正率―40%(不整形,規模大)を乗じて約2億1318万円とするも
のであった。(乙86,弁論の全趣旨)。
同年5月,三井住友信託銀行は,百合丘職舎をリノベーション(大規模修繕)することを前提として,売却価格は約2億2900万円~2億4100万円と評価する旨の評価書(以下「三井住友信託銀行評価書」という。)を
20 提出した(乙19p21)。
サ 平成27年6月1日の部長会において,原告A2は,百合丘職舎の売却に関し,同年7月の役員会で協議し,同年9月の役員会で決議し,同年10月の評議員会で決議し,契約をする予定であること,同年10月末までに入居している職員の立退をお願いしたいこと,仲介の場合は時期が分からない
25 し,金額も読めない問題があり,原状回復の費用がかかったり,仲介費用も
大きくなったりすることから,D社に売却すること,売却価格は1億800
0万円となることなどを報告した。
その際,K部長から,売却価格1億8000万円の根拠を問う質問があり,原告A2は,3社から見積書を提示されており,1億8000万円は妥当だ と思う旨説明した。しかし,部長会においては,前記コの 鑑定書,日税不
5 動産評価書及び三井住友信託銀行評価書は配布されておらず,売却価格の
相当性について,原告A2の前記説明以外の検討はなされなかった。
(乙41)
シ 平成27年7月1日付けで,原告A2は,総合研究部の研修課長事務取扱に異動となり,Q部長が後任として財政部長に就任した(乙37の2,乙1
10 05)。
異動に際し,原告A2は,Q部長に対する引継書を作成した。同書には,百合丘職舎を仲介ではなく直接D社に売却する理由として,仲介では,売却の時期及び立退の時期が全く読めず,会議で決定していく手続が非常に困難になることや,2億円程度で売却できるというのは路線価及び取引事例
15 により相場を割り出したもので,実際売買する上では個別の環境で異なっ
てくることや,建物があると地価が下がることや,(仲介では)入札のような形をとるため業界団体に必要以上の情報が流れ,インターネットには情報は流れないが,不動産業界では公知の事実となることや,売買価格を決めた後に瑕疵が見つかった場合に売主が原状復帰の費用を負担しなければな
20 らないことや,仲介手数料が3%かかることが支障として挙げられ,これら
が直接売却であれば全て解決できる旨が記載されていた。また,同書には,当初は,三井住友信託銀行による仲介も視野に入れ,日税不動産から情報を収集するなどしたが,D社から買取りの申出があり,前記の理由とD社の取引実績から,同社に売却することとした旨が記載されていた。同書に記載さ
25 れた「仲介ではなく,D社に直接売却する理由」は,原告A2が,D社の
取締役から教示を受けて記載したものであった。(乙108,原告A2本人)
ス 平成27年7月17日の常務理事会において,Q部長は,百合丘職舎をD社に対し1億8000万円で売却する案を説明し,了解を得た。
同年9月8日の役員会において,Q部長は,百合丘職舎の売却について説明し,了解を得た。前記常務理事会及び役員会では,D社に売却する理由と
5 して,評議員会の承認を得るには実績があり信頼できる売却先が決まって
いる必要があることなどが説明された。
同年10月21日の定例評議員会において,Q部長が,百合丘職舎を1億
8400万円(400万円は消費税および地方消費税)でD社に売却する議案について説明し,議案が異議なく可決された。
10 前記の常務理事会,役員会及び評議員会において,後記⑹アの売買契約書
及び合意書の案文は配布されず,D社が代金決済時に即日転売し,被告が転売先へ所有権移転登記をすることは説明されなかった。また,売却価格の相当性に関し, 鑑定書の内容が説明されたが, 鑑定書がD社の取締役が提出したものであることや, 鑑定書の評価額を上回る価額と評価した前記
15 コの2通の評価書(日税不動産評価書及び三井住友信託銀行評価書)が存在
することについて,言及はされなかった。
Q部長は,被告がD社の転売先に直接所有権移転登記を行うことについ
て,総務部長であったL部長や秘書部長に相談するなどしたが,部長会など で相談することはなかった。 | ||
20 | (甲23,乙54,55,57,証人Qp17・18) | |
⑹ | 本件売買の成立など | |
ア 平成27年10月30日,被告は,D社との間で,被告がD社に対し,百 | ||
合丘職舎を代金税込み1億8400万円(土地 1 億3000万円,建物5 | ||
000万円,消費税及び地方消費税400万円)で売却する旨合意した(本 | ||
25 | 件売買)。 | |
同年11月27日,D社は,クリエイト西武に対し,百合丘職舎を代金2 |
億1240万円で売却した。同日,被告は,D社から代金を受領するのと引き換えに,クリエイト西武に対し,同日売買を原因として所有権移転登記をした。クリエイト西武は,百合丘職舎につき,原因同日設定,極度額3億円,債務者クリエイト西武,根抵当権者八千代銀行との根抵当権を設定した。
5 被告とD社との間で本件売買について交わされた同年10月30日付け
売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)には,買主は売主に対し平成27年12月25日までに所有権移転登記手続に必要な書類と引き換えに,代金を口座に振り込むことで支払うものとし,手付金の授受はないものとする旨,所有権移転登記手続は,買主が指定する者を登記権利者,売主を
10 登記義務者として,代金授受と同時に行うものとする旨,また,売主は,所
有権の行使を阻害する権利負担を除いて物理的な瑕疵担保責任を負わない旨の各記載があった。また,両当事者において,売買契約書とは別に作成された同年10月30日付け合意書(以下「本件合意書」という。)には,D社は,代金全額の支払までに百合丘職舎の所有権の移転先となるものを指
15 定し,被告は,代金支払を条件として,D社が指定するものに対し所有権を
直接移転する旨の記載があった。これらの約定に従って,百合丘職舎について,同年11月27日売買を原因として,被告からクリエイト西武に対し, D社から被告に対する代金支払と引き換えに所有権移転登記がされたものであった。
20 クリエイト西武は,不動産売買及びリノベーション事業を手掛けている
会社であり,百合丘職舎については,リノベーションを行った場合,収益還元法によれば3億3800万円程度まで増価できるなどと試算し,リノベーション費用を5000万円とする工事業者の見積書を取得するなどしていた。
25 (甲15,16,38の1~5,乙19p26,乙64,65,75~83)
イ 平成28年5月27日,クリエイト西武は,百合丘職舎を,リノベーショ
ンをしないまま,売主は瑕疵担保責任を負わないとの約束で売却し,同日売買を原因として大手不動産業者の中央住宅に移転登記手続をした。クリエイト西武から中央住宅が買い受けた価格は,3億0500万円であり,売買は同年4月28日に成立した。(甲15,16,69の1・2,弁論の全趣
5 旨(被告準備書面6p9))
ウ 平成28年4月14日,被告は,東京都渋谷区 丁目のマンションの居室(以下「 丁目居室」という。)を購入した。 丁目居室は,被告の事務所の徒歩圏内に所在しており,大地震などが起きた際に被告の事務所に幹部職員が出勤できるようにするため,職舎として約7260万円で購
10 入したものであった。
丁目居室には,K部長の後任として総務部長に同年2月20日就任したL部長が入居した。なお,K部長は,同月19日被告を退職して 神宮の宮司に就任した。
(甲39,40,49,50,乙36の2,乙58,62,証人Kp2,証
15 人Lp5)
⑺ R理事による本件売買に関する発言及びその後の投稿など
ア 平成28年5月23日の役員会において, 大神宮の宮司であるR理事は,「百合丘職舎は簿価で7億6000万円であるが,平成27年11月2
7日に1億8400万円で被告が売却した日に,別の会社(判決注:クリエ
20 イト西武を指す。)が3億円の抵当権を設定してこれを買っている事実があ
り,理事として,本件売買に賛成したことにより,被告に損害を与えてしまい申し訳ない。」などといった発言をした。また,これに続き,他の理事が,理事会において,「全国からの浄財でつくられた被告の資産をいかに減らさないかという問題であり,3億円の価値があったものを1億8000万円
25 で売ってしまったことについて評議員会で調査結果を報告する必要があ
る。」旨の意見を述べた。(乙56)
イ 平成28年5月23日,神社関係者である 氏は,我が国の神社関係者の多くが参加する Facebook の「神社オンラインネットワーク連盟」(以下「神社ネット」という。)のリンクにおいて,「真剣に考えよう 本庁不動産売却の疑問」と題する投稿を行った。同投稿には,百合丘職舎の土地の路線価
5 は2億8719万円であり1億8000万円という売値は異常に安いこと,
百合丘職舎の登記簿上,買主により極度額3億円の根抵当権が設定されていること,登記簿上の買主が評議員会で名前が挙がっていない他の会社(クリエイト西武)になっていること,D社はE社と同じ所在地にあり,同じ社長であること,E社は季刊誌「皇室」の販売者であることが記載されていた。
10 これに対し,他の者から,路線価は実勢価格とは異なるのが当然であるとの
投稿がされたが,他方で,根抵当権の極度額は,銀行が,対象不動産を競売に付しても回収できると判断した金額であるとの投稿や,親子でこのような取引をすると常識額との差額は贈与とみなされるのではないかとの投稿や,極度額と不動産の評価の関係は銀行に聞いた方が早いとの投稿や,一般
15 的に考えて1億円はどこかに流れているのは間違いないという投稿などが
次々と掲載された。(甲19)
ウ 平成28年5月26日の定例評議員会において,出席した評議員の一人が,インターネットで様々な情報が流れているため確認したいとして,本件売買の売却価格の根拠を示してもらいたい旨の質問をした。これに答え,Q
20 部長は,不動産鑑定書では1億7500万円という評価であったことや,他
の不動産専門会社の作成した価格調査書をもとに検討したことや,購入時 期が昭和62年であり,神奈川県の平均住宅地価はその39%~41%に 低下しており,これを購入価格に乗じると1億4千数百万円となることや,当該地は傾斜地で進入路の入口が狭小で横に水路があり湿気が多いことや,
25 平成26年には川崎市の土砂災害警戒地域に土地の一部が含まれるなどマ
イナス要因があることなどを説明した。これに対し,質問をした評議員は,
百合丘職舎はバブル期に購入したものであるから値下がりするのは当然であるが,東京オリンピックが4年後に計画されており,首都圏の不動産の価額は有望な時期ではないかと思われ,慎重にやればもう少し高く売れたという気がするなどの意見を述べた。(乙58)
5 なお,百合丘職舎の土地の公示地価は,被告が購入した昭和62年は23
万円/㎡,翌年の昭和63年は52万円/㎡(この値がここ40年の最高値)であったものが,被告が売却した平成27年には20万2000円/㎡(昭 和62年比87.8%,昭和63年比38.8%)となっていた(乙109)。
エ 平成28年6月頃,被告の総長及び役員に対し,「B役員の疑惑について」
10 と題する文書(以下「匿名文書1」という。)が神職と称する匿名の者から
送付された。同手紙には,前記イの神社ネットの 氏の投稿の写しが添付され,重大な資産である百合丘職舎の売却について役員会で十分な議論がなされたのかとの疑問を呈し,被告の役員らの軽率さを非難する内容であった。(甲20,弁論の全趣旨)
15 オ 平成28年8月頃,被告の役員や評議員らに対し,「B百合丘職舎売却に
関わる問題点を共有し,B及び神社界の正常化の第一歩に!」と題する文書
(以下「匿名文書2」という。)が,一神職と称する匿名の者から送付された。この文書には,百合丘職舎売却前の被告の基本財産目録,百合丘職舎の不動産登記簿謄本並びにD社及びE社の各登記事項証明書の各写しが添付
20 されていた。また,匿名文書2は,百合丘職舎の根抵当権の設定及び転売の
状況によれば,八千代銀行は3億円以上の価値があると認めていたといえること,短期間に2度も転売されており劣悪物件といえるのか疑問であること,評議員会の百合丘職舎の売却の議案に,買主の代表者の氏名(C社長)が記載されていなかったのは意図的なものである可能性があること,売却
25 価格が適正なのか疑問であることなどが記載され,被告の正常化のために
行動をとることを促す内容であった。(甲21,弁論の全趣旨)
カ 平成28年10月14日の定例評議員会において,評議員の一人が,本件売買につき,入札はできなかったのか旨の質問をしたため,当時の財政部長であるQ部長は,入札に時間がかかったり,入札後に常務理事会,役員会及び評議員会で議決をしている間に買主が翻意したりといった時間的制約等
5 のため,随意契約とした旨回答した。質問した評議員は,時間的な制約があ
るという認識には納得し難く,別の相手を探すとか何か考えられなかったのかなどとの意見を述べた。(乙59)
⑻ 原告A1による本件文書の作成交付,関与の否認など
ア 原告A1は,平成28年12月頃,本件文書を作成し,同月10日, 神
10 宮宮司であるF副総長に対し,自ら作成した本件文書(別紙1)を交付し,
本件文書に記載した疑惑について説明するなどした。また,原告A1は,同月13日,静岡県神社庁長であり, 神社宮司であったG理事に対し,本件文書を交付し,その内容を説明するなどした。(作成及び交付は,原告A1と被告との間で争いがない。その余の事実について,甲84p13)
15 イ G理事は,平成28年12月,静岡県の秋葉山本宮秋葉神社例祭の直会に
おいて,参加していた被告評議員会議長である 氏(以下「 議長」という。)に対し,原告A1の肩書・氏名の部分を墨消しにした本件文書のコピー(以下「本件文書(匿名化版)」という。)を交付した。
議長は,本件文書(匿名化版)を見て,被告幹部職員に伝達する必要が
20 あると感じ,秘書部長のN部長に対し連絡し,同月20日,被告事務所へ
ファックス送信した。(乙4,104)
ウ N部長は,本件文書(匿名化版)に部長会での出来事などが記載されていることから作成者は被告の部長の誰かであると考え,平成28年12月2
6日,部長全員を招集し,本件文書(匿名化版)を示して,その作成に関与
25 した者はいないか確認したところ,原告A1を含めた全員が関与を否定し
た。同日,渉外部長のO部長は,「わたしたちの皇室」の創刊を担当したな
どと原告A1の経歴と符合する記述があることから,作成者は原告A1ではないかと思い,原告A1を呼び出して,原告A1が本件文書を作成したのではないか問いただしたが,原告A1はこれを否定した。(本件文書への関与を原告A1が否定したことは,原告A1と被告との間で争いがない。その
5 他につき,乙104,106,証人N)
⑼ 本件文書(匿名化版)及び疑惑を主張する匿名文書などの流布の状況
ア 平成29年2月23日頃,本件文書(匿名化版)の固有名詞などをさらに抹消した文書が,被告,少なくとも8つの県神社庁, 八幡宮などの各地の神社に郵送された(乙5の1・2,弁論の全趣旨)。
10 同年3月1日, 氏は,神社ネットに,本件文書(匿名化版)の固有名詞
などを抹消した文書を掲載し,ぜひ読んでくださいなどと投稿した(乙6,弁論の全趣旨)。
同月13日,「マスコミの皆さまへ」と題する文書と本件文書(匿名化版)を加工した文書などが,扶桑社が刊行する「週間SPA!」編集部に対し,
15 送付された(乙17の1・2)。
イ 前記アのほか,平成29年1月21日頃から5月頃にかけて,被告,H総長,N部長,神社などを宛先として,百合丘職舎が不当廉売されたと主張する匿名の文書が少なくとも10種類以上送付された。これらの文書は,H総長及びJ会長とD社との癒着により,百合丘職舎がD社に対し不当に安い
20 価格で売却されたことを主張し,また,K部長,L部長,Q部長又はM課長
につき,実名やイニシアルや役職などで特定した上,不当廉売への加担を主張し,この功績により,被告内や被告が包括する神社で良い地位を得たり,
丁目の居室に入居が可能となったりしたなどと主張する文書であった。
(乙7~16,枝番を含む。弁論の全趣旨(被告準備書面2p21))
25 ⑽ 百合丘職舎の建物の瑕疵の発覚
中央住宅は,前記⑹イのとおり,クリエイト西武から百合丘職舎を譲り受け
た後,建物のリノベーション工事に着手したところ,当初の建築時の施工の不良による構造上の瑕疵が多数あることが判明し,リノベーションを行うことができなかった。そこで,中央住宅は,工事を取りやめ,平成29年11月2
0日,アートランド株式会社(以下「アートランド」という。)に対し,百合
5 丘職舎を1億8000万円で売却した。平成30年2月9日,百合丘職舎の建
物は,アートランドの費用負担により取り壊された。アートランドは,更地となった百合丘職舎の土地にワンルームの分譲用共用住宅を建築した。
中央住宅は,百合丘職舎の建物の瑕疵についてクリエイト西武に苦情を伝えたが,売主は瑕疵担保責任を負わない約束となっていたため,クリエイト西
10 武は取り合わなかった。
(乙66,68,69,84,114,弁論の全趣旨(被告第6準備書面p9))。
⑾ 原告A2による面談記録作成や部長会での発言など
ア 平成29年2月16日,C社長及び 取締役は,被告を訪問し,原告A2及びQ部長が応対した。C社長は,原告A2及びQ部長に対し,中央住宅が,
15 百合丘職舎の建物のリノベーション工事に着手したところ,建物に手のつ
けようもない瑕疵があることが判明したこと,中央住宅から,D社に対し,被告が瑕疵を知ってこれを売却したのか確認するよう依頼されたこと,被告とD社との百合丘職舎の売買は随意契約ではないので,神社ネットにそのように書かれていることについて,訂正をしてほしいことなどを述べた。
20 C社長及び 取締役は,平成29年3月10日にも被告を訪問し,Q部長
及び原告A2が応対し,C社長は,百合丘職舎は瑕疵物件であること,3億円の価値はないこと,被告との売買は随意契約ではないと考えられること,これらを全国の神社に説明してほしいことなどを述べた。
原告A2は,これらの訪問時の会話を録音し,C社長の発言などを記録し
25 た文書(交付文書e)を作成した。
(甲83,乙29の1・2,乙34の1・2)
イ 平成29年3月1日の被告の部長会において,前記⑼のような匿名の文書が横行している状況から,被告としても,本件売買について事実を確認しなければならない旨の協議を行っていた際,原告A2は,「①D社のC社長が怒っているとM課長から伝えられた」「②Dに売らなければならない理由
5 があった。」「③H総長からDのCさんに任せたらいいというメッセージが
あった。」旨発言し,また,百合丘職舎売却に当たり相見積もりは取らなかったのかという質問に対し,「④(相見積もりは)取っていない。D恐いから。」旨の各発言(A2発言①~④)を行った。原告A2が,部長会において,「H総長及びM課長から,原告A2に対し,百合丘職舎をD社へ売却するよう示
10 唆があった。」旨を言いだしたのは,このときが初めてであった。同日の部
長会終了後,A2発言①について,M課長は,立腹した様子で,原告A2や L部長に対し,「C社長とは会話していないから,私がそう言ったはずはない。」「J会長から電話が掛かってきたか,もしくは誰かに言われて,怒っているという話を伝えたかもしれない。」旨述べた。
15 同日の部長会において,原告A2は,百合丘職舎の売却について,担当者
として事実関係を時系列で明らかにするよう求められたため,「百合丘職舎売却に至る記録」と題する文書(以下「A2文書1」という。)を作成し,同年3月9日に全部長が集まった会議で提出した。A2文書1には,原告A
2が,平成27年3月18日,常務理事会で,不動産業者・銀行の仲介案を
20 提案し反対がなかったこと,その後の同月,K部長から,銀行等が仲介する
方法では売却時期及び価格が決定できず,役員会及び評議員会に諮れないとの指摘を受けたこと,同月,F副総長に相談したこと,同月,H総長に相談したところ,実績のあるD社に声をかけるよう助言がされたこと,同月, M課長から,D社のC社長が怒っているとの伝言を受けたこと,同年4月7
25 日,部長会を経て常務理事会で,仲介案を取り下げ,不動産業者宛ての直接
売却案を提案し,反対がなかったことが記載されていた。
平成29年3月9日の会議の席で,原告A2が,A2発言①及び同月1日の部長会の際のM課長の前記発言について説明した際,L部長は,「この間,
(同月1日の部長会が)終わった後に,Mが,言っていましたよね。かなり立腹して言っていましたから。『Cはしゃべっていない。』って。『だから,
5 私がそう言ったはずはない。』『Jさんから掛かってきたか,もしくは誰か
に言われて,怒っているという話を伝えたかもしれない。』という話だったと思うんです。この間は。」と発言し,原告A2も,M課長から「Jさんから言われた。」「Cさんとは全然しゃべっていない。」と聞いた旨を述べた。
(A2発言①~④は原告A2と被告との間で争いがない。その他について,
10 甲34p7,35の1・2,乙42。乙107のうちこの項の認定に反する
部分は,甲34p7と対比して採用できない。)
ウ 平成29年3月13日,被告の役員会において,前記⑼の匿名文書や神社ネットの記事などで本件売買について疑惑が指摘されていることを受け,本件売買の価格などが適正であったかどうかなどについて,調査委員会を
15 設置し,調査を行うこと,委員の選任はF副総長に一任することが決定した。
弁
同年5月15日,F副総長の主導の下,被告は,元文部事務次官で被告の理事である 氏を委員長,元最高裁判所司法研修所刑事弁護教官である
護士及び同弁護士と同じ弁護士事務所に勤務する 弁護士の3名を委員とする調査委員会を設置し,百合丘職舎売却の妥当性などについて調査を依
20 頼した。(乙19,52)
⑿ 原告A1によるP警部補への文書交付とその発覚
ア 原告A1は,平成29年3月8日及び18日頃,警視庁公安第三課に勤務する警察官で,原告A1と歌会などで長年の交流がある知人のP警部補に対し,交付文書 a~j(そのうち交付文書aは別紙2,交付文書jは別紙3)
25 を交付し,被告の百合丘職舎売却にかかる背任疑惑について相談した。また,
原告A1は,神職関係者である身内の人物に対し,数通の匿名の文書を交付
した。(P警部補に対する交付文書a~jの交付は原告A1と被告との間で争いがない。その余につき,甲82p19,乙26p12~13,乙37の
3)
イ 原告らは,平成28年5月の役員会でのR理事の発言の後,百合丘職舎の
5 売却について情報交換をするようになった。原告らは,R理事の発言などを
契機として,百合丘職舎などの不動産登記簿謄本及び登記事項証明書の写しを閲読し,被告からクリエイト西武への移転登記がされていること,クリエイト西武が八千代銀行に対し極度額3億円の根抵当権を設定していること,青山職舎及び中野職舎についてもD社が買い受けて即日転売している
10 こと,D社の代表者が,雑誌「皇室」の定期購読者向け販売を事業としてい
るE社の代表者と同じくC社長であることなどを知った。
また,原告A1は,原告A2から, 鑑定書はD社の 取締役が持参したものであること,1億8400万円より高額の価額を付けた評価書(日税不動産評価書など)があったこと,K部長及びH総長から百合丘職舎をD社へ
15 売却するよう示唆がされたことなどを聴き,交付文書eの提供を受けた。ま
た,登記簿謄本及びインターネットサイトから,V1氏とV2氏及びWのY氏の関係を知った。
原告A1は,以上のような情報に基づき,本件文書,交付文書a及び交付文書jを作成したものであった。
20 (甲83p4,乙37の2p14・15,乙37の3p1・2,原告A1本
人)
ウ 原告A1は,P警部補とは別の警視庁公安三課所属の警部補から問い合わせを受け,平成29年4月,同人にも相談を行ったところ,同人は, N部長らに対し,交付文書a~jの写しなどを交付し,被告の職員からそれ
25 らの文書を受け取り,相談を受けたことなどの情報を伝達した。N部長ら
は,交付文書aに作成者として原告A1の氏名が記載されていたことなど
から,相談したという職員が原告A1であることを理解した。
同月17日,N部長から問いただされた原告A1は,N部長及びH総長に対し,本件文書を作成して理事らに交付した事実,P警部補に対して交付文書a~jを交付した事実を認めた。
5 (乙24,37の3,乙104)
エ 平成29年4月26日,原告A2は,A2文書1や交付文書eなどに関し,秘書部長であるN部長から,呼出しを受け,N部長及びH総長から,事実関 係を確認された。
原告A2は,同月29日,昭和の日をお祝いする集いの終了後の懇親会に
10 おいて,部下である教化課員の面前で,「H総長及び秘書部長から百合丘職
舎売却に関する件で尋問を受けている。」旨発言し,自分からN部長に宛てた「同年5月1日に予定された呼出しには応じない。」旨のメール内容及び秘書部長からの自分への返信メールを課員に見せた上,「総長は稀代の大馬鹿者だ。」旨の発言をした。この発言は,発言を聞いた者からの伝達により,
15 被告のN部長及びH総長の知るところとなった。
(原告A2の前記発言については,原告A2と被告との間に争いがない。その余は,甲83p7・8,乙27,28,99の1・2,弁論の全趣旨)
オ 原告A2は,平成29年5月25日,調査委員会の委員長宛てに,同日付け陳述書(以下「A2文書2」という。)を提出した。A2文書2には,D
20 社に対する直接売却の方針を取った経緯として,銀行や不動産仲介により
買い手を探す方針を部長会及び常務理事会で説明した後,その方向で準備を進めていたところ,平成27年3月,K部長に呼び出され,「銀行や不動産屋が仲介する方法では,2,3年先になることも考えられ,売却時期や価格が決定できないと役員会・評議員会に諮れないので,別の方法を考えるよ
25 うに。」旨の指示を受けたこと,部長会及び常務理事会で了承された方針を
変更するのであれば,総長,副総長及び常務理事の了解を得ておく必要があ
ると考えたこと,F副総長に相談した後,H総長に相談すると,D社のC社長に任せておけばよい旨言われたこと,その後,財政部室で,M課長から,
「D社のC社長が怒っている。早くしてくださいよ。」と言われたこと,そこで同年4月1日の部長会において,D社への直接売却案を提案したこと
5 などが記載されていた。
(乙37の2)
⒀ 本件調査報告書の提出
調査委員会は,平成29年7月19日,被告に対し,本件調査報告書を提出した。H総長は,同年8月1日,全国の都道府県神社庁長に宛てて,本件調査
10 報告書の要旨を送付した。
本件調査報告書は,百合丘職舎は売却の必要性があったこと,競争入札に付することが不可能な状況にあったこと,評議員会は全国から168名の評議員が集結する会議体であり,定例の評議員会での議決の取得を優先課題としてD社への売却を選択したことは不当とはいえないこと,本件合意書による
15 中間省略登記には不動産登記法上の問題はないこと, 鑑定書の評価額は原
価法及び収益還元法に基づくもので疑念はないこと,平成27年当時,金融庁の金融円滑化政策に基づき柔軟な信用供与が行われており,根抵当権の極度額が3億円であるからといって百合丘職舎の価額が3億円であると断定することはできないこと,評議員会の議決の取得を優先する意識や前例・慣例を重
20 視する態度が原因で,透明性に欠ける結果となったこと,役員会における財政
部の説明や資料の作成には課題があることなどを報告し,基本財産売却についての競争入札方法の具体化や,内部通報制度の実施などを提言するものであった。
(甲25,乙19)
25 ⒁ 原告らに対する自宅待機命令,弁解聴取及び本件処分
ア 被告は,平成29年7月24日,原告らに対し,自宅待機を命じた。
原告A2は,自宅待機中,同年8月7日付けで,H総長に宛てて,前記の自宅待機に根拠規定や前例があるか問いただす内容の質問状を送付した。
原告A1は,自宅待機中,同月10日付け及び同月14日付けで,H総長に宛てて,それぞれ質問状を送付した。前者には自宅待機の理由を文書で示
5 してほしいこと,本件文書を怪文書と判断した理由を具体的に説明してほ
しいことなどが記載されていた。後者には,自宅待機は無効ではないかなどのことが記載されていた。
(質問状の送付について争いがない。その余につき甲7の1・2,甲8)イ 被告秘書部長のN部長は,平成29年8月7日,原告A1に対し,①本件
10 文書を作成したこと,これを関係者に交付したこと,②同年4月17日より
前に,N部長に対し,本件文書を作成したか問われて否定したこと,③本件文書が匿名の文書に利用されて神社界に混乱が拡大したこと,④幹部職員であるのに外の組織に対し内部情報を漏洩し,実名を挙げて被告の関係者を誹謗中傷したことについて,同月10日に弁解を聴取するので始末書を
15 被告に提出するよう求めた。原告A1は,同日,被告に対し,①百合丘職舎
の売却は役職員が絡んだ背任行為であると今でも確信していること,本件文書は自分の思いを率直に綴り,役員に交付したもので,不特定多数人に見てもらうための文書ではないこと,②不正行為を隠蔽している側に本件文書が漏れたが,匿名化されていたことから逃げ切ろうとして関与を否定し
20 たこと,③その他の匿名文書については関与していないこと,④組織のトッ
プらが関与する不正行為であることから,知り合いの警部補に対応方法などを相談したことなどを記載した文書を提出し,弁明の場においても,H総長やN部長らに対し,そのような内容の意見を述べた。(乙22の1・2,乙23)
25 ウ N部長は,平成29年8月7日,原告A2に対し,①百合丘職舎の売却に
ついて,担当部長として自ら判断して常務理事会等の公の会議で説明し,決
定されたにもかかわらず,無責任にそれまでの発言や行動を翻し,百合丘職舎売却は他者に急かされて行ったものだ,問題があった旨の発言をしたこと,②平成29年2月16日及び同年3月10日のD社との面談記録を担当外である原告A1に交付し,外部に漏洩したこと,③N部長の事実確認の
5 後,部長職であるのに,事情を知らない複数の職員に対し,その内容を話し,
役員を侮辱する暴言を行ったことなどについて,同月10日に弁解を聴取するので始末書を被告に提出するよう求めた。原告A2は,同日,被告に対し,①百合丘職舎の売却は,自分が進めたものであることは認めるが,その契機はM課長の発言であり,その発言はJ会長の指示によるものであるこ
10 と,②D社との面談の記録は自分の所有物であり,漏洩に当たらないこと,
③百合丘職舎の売却について問題解決のため多くの課員と情報共有してきたものであり,役員の評価を伝えた失礼な発言はお詫びするが,自分の発言を密告する職場環境は正常とは言えないなどと記載した文書を提出し,弁明の場においても,H総長やN部長らに対し,そのような内容の意見を述べ
15 た。(乙20の1・2,乙21)
エ 平成29年8月25日,被告は,原告A1に対し本件解雇を,原告A2に対し 本件処分をそれぞれ行った。
オ 日吉神社の宮司などの神職らは,令和2年6月,百合丘職舎の売却に関し, H総長を背任で告発したが,同年9月4日,東京地方検察庁は,不起訴処分と
20 した(乙116の1・2,乙117の1)。
2 争点⑴―原告A1に対する本件解雇の有効性
⑴ 解雇理由1について
ア 解雇理由1に係る行為があること
原告A1は,平成28年12月頃,本件文書を作成し,同月10日, 神
25 宮宮司であるF副総長に対し,同月13日,静岡県神社庁長・ 神社宮司で
あるG理事に対し,それぞれ本件文書を交付した(1⑻ア)。そして,平成
29年2月から3月頃にかけて,本件文書の作成者の氏名などを墨消しした文書が都道府県神社庁などの関係者に送付されたり,神社ネットに掲載されたり,一部のマスコミに送付されたりしたことが認められる(1⑼ア)。
イ 解雇理由1に係る行為が被告の信用を毀損するなどの行為であること
5 本件文書(別紙1)は,「檄-己自身と同僚及び諸先輩方を叱咤し,決起
と奮起を求める」と題し,末尾には「Bの役員及び関係の役職をつとめてをられる諸先輩方!そして職員有志の諸君!今こそ共に起ち上がり行動しよう!」「まづ決起して,本庁に巣くう疑惑の当事者どもを一掃するのだ。そして人事を一新し,Bの正常化のために,共に力を合わせて進んでゆかうで
10 はないか!そのために今こそ渾身の勇気を奮ふのだ。B職員 A1」と記載
した文書であり,作成者である原告A1から,被告の役員,職員及び関係者に対し,被告の組織内の疑惑の当事者を一掃し,人事を一新するよう呼び掛けるものである。原告A1は,被告の理事2名に対して本件文書を交付したものであるが,前記体裁からすれば,原告A1は,交付した理事2名を起点
15 として,本件文書の記載内容に理解を示す可能性のある被告の理事,評議員,
職員及び関係者の多数人に対し,本件文書が交付されることを期待して,本件文書を理事らに交付したものと認められる。そして,結果としても,本件文書の作成者部分が墨消しされた本件文書(匿名化版)が,被告の事務所,少なくとも8つの県神社庁, 八幡宮などの神社,及び,扶桑社などのマス
20 コミに郵送され,被告の包括する神社の関係者が閲覧するSNSである神
社ネットに掲載されるなどした(1⑼ア)。
そして,本件文書を,一般読者の注意及び読み方を基準として見ると,「百合丘職舎売却が役職員(元職員を含む。)の絡んだ背任行為であることは明白である。」「今だに『皇室』誌は,『土地ころがし』Dの関連会社である
25 E社を通じて販売されてゐる。」「そして何よりもBH総長は異例の三選を
果たし,疑惑の張本人であるJ氏は,その直後にIの会長に就任してゐる。」
との記載は,D社が土地の転売を繰り返して利益を得る事業者であり,本件売買は,被告の役職員が関与した背任行為である事実を摘示し,背任行為にはJ会長が中心となって関与し,H総長も関与しているとの印象を与えるものである。本件文書の「更には驚くべきことに,背任行為に加担したこと
5 が明らかな現L総務部長及びM総務課長の両名は,自らの保身を目的とし
て,また恐らくは職舎疑惑の責任を当時の財務部長であり現教化広報部長であるA2参事に負わせることを意図し,全く関係のない過疎地域神社対策と絡めてA2参事に全責任を転嫁しようと,日々根拠のない叱責をA2部長に加えてゐる。断じて許すことはできない。神道人としては勿論,人間
10 として許すことはできない。」との記載は,本件売買に係る背任行為には,
L部長及びM課長が加担している事実,両名がその責任を原告A2に負わせようとして原告A2に根拠がない叱責をしている事実を摘示するものである。本件文書の「そしてこのL・M両名を陰で操ってゐる者こそ万死に値するであらう。」との記載は,L部長及びM課長に指示し,背任行為に加担
15 させ,原告A2に責任を負わせようとしている者がいることを摘示するも
のである。
したがって,原告A1が,理事2名に本件文書を交付した行為は,多数人に対し,被告事務所内に本部を置き被告の職員がその業務を兼務する政治団体の会長であるJ会長及び被告の代表者であるH総長が,本件売買に関
20 して背任行為を行ったとの事実,被告の幹部職員であるL部長及びM課長
が,この背任行為に加担し,これを隠匿するために原告A2に根拠のない叱責を加えているとの事実をそれぞれ摘示し,もってJ会長,H総長,L部長及びM課長の社会的評価を低下させる行為であるといえるから,これらの者の名誉を毀損するものであると同時に,被告の信用を毀損し,被告の組織
25 における秩序を乱す行為であると認められる。
他方,本件文書の「当時のK総務部長,L秘書部長のA2財務部長に対す
る『早く売れ,何をしてるんだ!』の大合唱」があった旨の記載は,K部長及びL部長が,原告A2に対し,百合丘職舎の売却を早く進めるよう急がせたとの印象を与えるものであるが,直ちに,両名が背任行為に加担したとの印象を与えるものとはいえないから,社会的評価を低下させる事実の摘示
5 であるとはいえない。
以上から,解雇理由1に係る行為は,前記に記載した限りにおいて,庁内の秩序を保持する義務(就業規則4条)に反したものとして就業規則67条
1号及び3号,就業規則67条2号「社会的規範にもとる行為のあったとき」,5号の「本庁の信用を傷つけ」る行為のあったときに,それぞれ外形
10 的に該当する行為であるといえる。また,原告A1は,被告の神職であるか
ら,神職懲戒規程の適用があると解されるところ,神職懲戒規程細則3条2号ハ及びニにも該当するから,この点でも就業規則67条1号の懲戒事由に外形的に該当する。
ウ 解雇理由1に係る行為に対する懲戒の有効性については公益通報者保護
15 法の趣旨に照らした検討が必要であること
他方で,解雇理由1に係る行為は,労働者が,その労務提供先である使用者の代表者,使用者の幹部職員及び使用者の関係団体の代表者の共謀による背任行為という刑法に該当する犯罪行為の事実,つまり公益通報者保護法2条3項1号別表1号に該当する通報対象事実を,被告の理事及び関係
20 者らに対し伝達する行為であるから,その懲戒事由該当性及び違法性の存
否,程度を判断するに際しては,公益通報者保護法による公益通報者の保護規定の適用及びその趣旨を考慮する必要がある。公益通報者保護法は,労働者による労務提供先の役員,従業員等についての法令違反行為の通報が,国民の生命・身体・財産その他利益の保護に関する法令の遵守を促し,国民生
25 活の安定及び社会経済の健全な発展に資するものであることから,労働者
が公益通報をしたことを理由とする解雇の無効等を定めることにより,労
働者の公益通報の機会を保障し,もって,国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする法であり(同法1条),公益通報をしたことを理由としてされた解雇の無効(同法3条)及び降格,減給などの不利益取扱いの禁止(同法5条1項)の定めは,これを具体化した法であり,そ
5 の趣旨は,労働契約法15条に定める使用者の懲戒処分が懲戒権の濫用と
して無効となるかという判断においても,考慮されるべきものである(同法
6条3項参照)からである。
そして,公益通報者保護法は,労働者が,㋐「不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく」,㋑労務提供先の「役員,
10 従業員,代理人その他の者について通報対象事実が生じ」「ている旨を」,
㋒「その者に対し当該通報対象事実を通報することがこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受ける者を含み,当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。)に通報すること」は,公益通報に当たり
15 (同法2条1項1号),㋓「通報対象事実が生じていると信ずるに足りる相
当の理由があり」,㋔「当該労務提供先に対する公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され,偽造され,又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある」など同法3条3号のイ~ホのいずれかに該当する場合には,公益通報をしたことを理由とする解雇は無効となる
20 とし,また,公益通報をしたことを理由とする降格,減給その他不利益取扱
いは禁止されるとする(同法3条3号,5条1項)。
これらの規定の内容,及び,公益通報者を保護して公益通報の機会を保障することが国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資するとの当該規定の趣旨に鑑みると,労働者が,労務提供先である使用者の役員,従業員等
25 による法令違反行為の通報を行った場合,通報内容の真実性を証明して初
めて懲戒から免責されるとすることは相当とはいえず,①通報内容が真実
であるか,又は真実と信じるに足りる相当な理由があり,②通報目的が,不正な利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく,
③通報の手段方法が相当である場合には,当該行為が被告の信用を毀損し,組織の秩序を乱すものであったとしても,懲戒事由に該当せず又は該当し
5 ても違法性が阻却されることとなり,また,①~③の全てを満たさず懲戒事
由に該当する場合であっても,①~③の成否を検討する際に考慮した事情に照らして,選択された懲戒処分が重すぎるというときは,労働契約法15条にいう客観的合理的な理由がなく,社会通念上相当性を欠くため,懲戒処分は無効となると解すべきである。
10 エ 本件文書の真実性及び真実相当性
そこで,本件文書が摘示した前記イの各事実が,①真実であるか,又は真実と信じるに足りる相当な理由があるといえるか,検討する。
(ア) 売却の方針に任務違背は認められないこと
百合丘職舎を売却する方針は,被告の役員会及び常務理事会において,百
15 合丘職舎が,老朽化し,遠距離に位置して大規模地震下で職員が事務所に駆
け付けることができず,危機管理面からその役割を果たしておらず,年間4
00万円~500万円の支出超過であることから売却を行うことが相当である旨報告されて,決定したものであるところ(1⑸イウキ),その裏付けとなった百合丘職舎の収支や大規模地震下の出勤可能性の検討には(1⑸イ
20 ウ),特別に不合理な点は見受けられない。また,平成27年1月の部長会
において,K部長及びL部長が,原告A2に対し,百合丘職舎の売却の時期を明確にすべきこと,平成27年度中に売却するよう求めたことについても
(1⑸オ),特別に不合理とはいえない。加えて,L部長が,平成28年3月10日,役務職舎基本方針を策定したこと(乙61,弁論の全趣旨)につ
25 いても,問題があることは窺えない。
したがって,百合丘職舎を早期に売却するとの方針について,任務違背な
どの問題があるとは認め難い。
(イ) 随意契約としたことに任務違背はないこと
被告の財務規程によれば,被告が基本財産である不動産を売却するには競争入札によるのが原則とされているが,競争入札に付することが不可能
5 な場合については随意契約によることも許容されており(1⑴ウ),被告に
は競争入札の運用規程がなく,過去の不動産の売却に際し競争入札を行った事例もなく(乙19p37),百合丘職舎の売却に際しても,被告の部長らは,銀行又は不動産業者に仲介を依頼したり複数社から見積書を取ったりして,売却先を決定して売却する方法(これも随意契約の一種である。)
10 などを検討していたが,競争入札によるべきであるとの意見を述べた者は
いなかった(1⑸エ~ク)。このような被告の実情に照らせば,競争入札によることなく随意契約の方法をとったことについて,任務違背などの問題があるとは評価し難い。
(ウ) 本件売買の価格は一般的な取引価額より低額であり,かつ,代金決済の
15 方法が買主に有利であること
本件売買の価格は1億8000万円(税抜)であるところ,価格の根拠となった 鑑定書(評価額1億7500万円)は,買主のD社が被告に提出したものであり(1⑸コ),中立のものとはいえなかったこと,平成27年当時,三井住友信託銀行は,百合丘職舎について,リノベーション前提である
20 が,2億2900万円~2億4100万円との評価書(三井住友信託銀行評
価書)を提出していたこと(1⑸コ),平成27年当時,日税不動産は,百合丘職舎について,現地見分をしていない簡易な評価であるが,2億256
0万円~2億5550万円とする評価書(日税不動産評価書)を提出し,本件売買の価格より4500万円以上高額な評価をしていたこと(1⑸コ),
25 本件売買から1箇月以内に別の買い手(クリエイト西武)が現れて転売が成
立したこと(1⑹ア),クリエイト西武が八千代銀行のため百合丘職舎に設
定した根抵当権の極度額は3億円とされており,八千代銀行が百合丘職舎の担保価値を3億円(本件売買の価格より1億2000万円高額である。)と評価していたことが窺えること(1⑹ア),本件売買の約7箇月後には,クリエイト西武から百合丘職舎を購入する別の買い手(大手不動産業者の
5 中央住宅)が現れて売買が成立したこと(1⑹イ),本件文書作成後に判明
したことであるが,クリエイト西武の購入価格は本件売買の価格より32
40万円高額な2億1240万円(1⑹ア),中央住宅の購入価格は本件売買の価格より1億2500万円高額な3億0500万円であり(1⑹イ),建物に構造上の瑕疵が判明したため建物を取り壊し,土地のみに価値をお
10 いて購入したアートランドの購入価格ですら本件売買の価格と同じ1億8
000万円であったこと(1⑽)からすれば,本件売買の価格は,百合丘職舎の当時の一般的な取引価格と比較して相当低額であったと認められる
(なお,D社とクリエイト西武間の売買,クリエイト西武と中央住宅間の売買では,いずれも売主が目的物の瑕疵担保責任を負わない条件となってお
15 り,被告とD社との売買とで目的物の条件において変わりはない。)。
そして,価格以外の条件についても,本件売買契約書及び本件合意書によれば,D社は,被告との売買成立に際し手付金を支払う必要がなく,売買成立の日から約2箇月以内にD社が見つけた転売先に対して被告が所有権移転登記手続を行うのと引き換えに,D社が被告に対し代金を支払うことに
20 なっており(1⑹ア),D社は売買代金を自らの信用で資金調達する必要が
なく,転売先が見つかってから代金の決済をすればよく,所有権移転登記の費用も不要であるというD社に有利な約束となっている。そして,前記のとおり売買価額が一般的な取引価格より低額であるにもかかわらず,このようなD社の資金調達に配慮した約束とすることに,被告には何らの利益も
25 見いだせない。
本件調査報告書は,評議員会の議決を得るため過去に取引のあるD社に
売却することになったという被告側の事情, 鑑定書の内容,本件売買の瑕疵担保責任免除特約の存在,転売先を探したD社の努力などに照らし,本件売買の価格は低額とはいえないと判断しているが(乙19p45), 鑑定書が買主のD社が提出したものであり,必ずしも中立なものとはいえない
5 点を考慮していないこと,本件売買の直後に百合丘職舎を本件売買の価格
を3240万円~1億2500万円上回る価格で購入したクリエイト西武及び中央住宅による各購入においても瑕疵担保責任免除特約が付いていた事実や,建物の瑕疵が判明した後に建物を取り壊す前提でアートランドが購入した価格が,本件売買の価格と同額である事実は考慮していない(これ
10 らの事実は,本件調査報告書作成当時は明らかではなかった。)ことに照ら
し,採用できない。
(エ) 本件売買の価格決定及び承認の過程において取引通念上不審な点があること
本件売買に至る過程を見るに,担当部長である原告A2が,早期に売却先
15 をD社の1社に絞っていたこと,さらに,担当部長である原告A2及びQ部
長が,D社と交渉して価格を決めるに際し,売主と利益相反の関係にある買 主のD社から提出された不動産鑑定士作成の鑑定書( 鑑定書)のみに依拠 し,これを4500万円以上上回る価額を付けた評価書(日税不動産評価書)を取得していたにもかかわらず,別の不動産鑑定士に依頼して鑑定書を取
20 得してD社が提示した価額の相当性を検討したり,交渉したりしなかった
のは取引通念に照らして不審であるといえる。証人Qも,「当時,不動産業に携わる知人に相談したところ,『価額について疑念があるならば,自分たちでも不動産鑑定書を取ればよい。』との助言を受けた。」旨証言している
(証人Qp29)。原告A2及びQ部長は,D社に売却することとした理由
25 について,基本財産の売却に必要な評議員会(全国から約168名の評議員
を招集する会議である。)及び理事会(17名の理事を招集する会議である。)
の承認を得るには,あらかじめ信頼できる売却先を決めておく必要がある旨の説明を繰り返し行っているが(1⑸ク,サ~ス),そうであっても,売却先をD社1社に絞ることが必須であったとはいえず,かつ,売却先をD社に絞るとしても,別の不動産鑑定士作成の鑑定書を取得してこれに基づい
5 て価額を検討し,D社と価格を交渉することはできるはずであり,2億円近
い不動産を売却するのに,利益相反の関係にある買主のD社が提出した鑑定書のみに依拠して売買価格を決定する必要はないといえる。
また,本件売買を承認した常務理事会,役員会及び評議員会では,原告A
2の後任として担当部長となったQ部長から,本件売買の価格の相当性を
10 示すものとして 鑑定書の内容が説明されるなどしたが, 鑑定書が買主
から提出されたものであることの説明はされず, 鑑定書の評価額を上回る価額を付けた評価書(日税不動産評価書及び三井住友信託銀行評価書)が存在することにも何ら言及はされず,本件売買契約書及び本件合意書の案文は示されず,前記(ウ)のとおり,D社が,本件売買成立に際し手付金を支
15 払う必要がなく,売買成立の日から約2箇月以内にD社が見つけた転売先
に対して被告が所有権移転登記手続を行うのと引き換えに, D社が被告に対し代金を支払うことになっているなど,D社の資金調達に配慮した約定となっていることは説明されなかった(1⑸ス)。また,より実務者レベルの検討の場である被告の部長会においてすら,これらのことは説明されな
20 かった(1⑸サス)。被告の庁規は,不動産を被告の基本財産と定め,その
売却について慎重に判断するために評議員会の承認などを要求したものであるのに(1⑴ウ),価格の相当性を説明するのに被告と利益相反する立場の買主が提出した鑑定書のみを用いたことや,手付金なしで,かつ,買主の転売時に代金決済を行うなどの条件について説明がされなかったことは,
25 庁規の趣旨からも,取引通念からも,かけ離れた手続であったといえる。
(オ) C社長が経営するD社及びE社が,本件売買以前にも,被告及び被告と
関係の深い法人との取引などで利益を得ていたこと
加えて,C社長が経営するD社及びE社は,本件売買以前にも,以下のとおり,被告及び被告と関係の深い法人との間で,好条件の取引を行い,利益を得ていたとの事実が認められる。
5 第1に,被告と関係の深い本件財団(被告が包括する神社の総代らにより
設立され,被告の役員・関係者が理事に就任し,被告から土地の貸与を受けたり,事務局長の派遣を受けたりしている。)が,平成12年に老朽化した会館建物及び会館敷地①を売却して,売却代金を原資として財団新施設を購入した際には,D社は,被告に対し代金4億4000万円での財団新施設
10 の買い取り保証をさせた上,財団新施設の所有者からいったんD社が財団
新施設を約4億円で購入し,その約3箇月後に本件財団に4億4000万円で売却することによって,約4000万円の粗利を得ており(1⑵ア~エ),財団新施設の所有者との売買交渉,財団新施設の建物の入居者の立退交渉及び資金力の乏しい本件財団が購入資金を得るまで目的物を確保する
15 ことの対価であったと考えても,D社にとって破格といってよい好条件の
取引をしていることが認められる。また,被告及び本件財団が,学校法人國學院へ会館旧施設を売却するについても,売主と買主の交流状況から仲介の必要性は認められないのに,D社が仲介業者として介在し,仲介手数料として被告から約80万円,本件財団から約775万円を収受したことも(1
20 ⑵イウ),好条件な取引であったといえる。
第2に,平成24年12月~平成25年2月,被告が中野職舎及び青山職舎を売却した際,D社はこれらを被告から購入し,いずれも被告から所有権移転登記を受けた当日に第三者に転売しており(1⑷アイ),D社にとって資金調達が不要で,在庫リスクを抱えないなどの点で有利な取引であった
25 ことが認められる。
第3に,E社は,D社と同様にC社長が代表者で,かつ,本店所在地もD
社と同一であるところ(1⑶アイ),被告又は本件財団が費用を支出して出版社に編集・刊行を委託し,被告の包括する神社及びその関係者が年間約8万部を定期購読する雑誌の定期購読者向けの販売事業を行っており(1⑶イ),本件財団が費用を負担し,被告が包括する神社及びその関係者が売上
5 げに協力する事業を通じて,継続的に利益を得ていることが認められる。
そして,D社及びE社の代表者を務めるC社長は,被告の元幹部職員で現在は被告の事務所内に本部を置く政治団体であるIの会長のJ会長(1⑴オ)と20年以上の付き合いがあり(1⑶ウ),本件財団の前記不動産取引を主に担当したのは,当時本件財団の事務局長と被告の財政部長を兼務し
10 ていたK部長であり,当時被告の渉外部長であったJ会長もこれに関与し
ており,中野職舎及び青山職舎の買主としてD社を新任の財政部長心得の原告A2に紹介したのは,K部長であった(1⑵オ,1⑷ウ)。
これらのことから,C社長が経営するD社及びE社は,本件売買以前にも,被告及び被告と関係の深い法人との間で,繰り返し好条件の取引を行って
15 利益を得ていた事実があり,これらにはC社長と親しいJ会長が関与した
ものがあったと認められる。
(カ) 原告A2が,H総長及びM課長から,D社へ売却するよう示唆を受けたこと
原告A2は,百合丘職舎の売却先をD社に絞り,独自の鑑定書を取得しな
20 かった理由について,「被告の部長会及び常務理事会において,銀行又は不
動産業者の仲介により買い手を探す方針を報告して了解を得た後,その方向で準備を進めていたところ,K部長に呼び出され,『銀行や不動産屋が仲介する方法では,2,3年先になることも考えられ,売却時期や価格が決定できないと役員会・評議員会に諮れないので,別の方法を考えるように。』
25 旨の指示を受けた。部長会及び常務理事会で了承された方針を変更するの
であれば,総長,副総長及び常務理事の了解を得ておく必要があると考え,
F副総長に相談した後,H総長に相談すると,『D社のC社長に任せておけばよい。』旨を言われた。その後,財政部室で,M課長からも,『D社のC社長が怒っている。早くしてくださいよ。』と言われ,J会長の意を受けた発言であると理解した。そこで,平成28年4月1日の部長会において,D
5 社への直接売却の案を提案した。」などとするA2文書1及び2を提出して
いる(甲35の1,乙37の2)。
前記指示や発言について,K部長,H総長及びM課長は,いずれもこれを否定する(乙28p4,乙102,107,証人K)。
検討するに,㋐前記1⑾イで認定した事実によれば,原告A2が,A2発
10 言①を行い,M課長の前記発言について初めて言及した平成29年3月1
日の部長会の直後,M課長が,立腹した様子で,原告A2やL部長に対し,
「C社長とは会話していないから,私がそう言ったはずはない。」「J会長から電話が掛かってきたか,もしくは誰かに言われて,怒っているという話を伝えたかもしれない。」旨述べた事実が認められるから,M課長自身によ
15 り,M課長が,J会長から「D社のC社長が怒っている。」旨聞き,これを
原告A2に対し伝達しに行った事実が裏付けられている。㋑原告A2が,部長会及び常務理事会において,銀行又は不動産業者を仲介として買い手を探す旨説明して了解を得たにもかかわらず(1⑸カキ),その14日後の部長会で,突然D社に売却するとの提案をしたこと(1⑸ク),原告A2は,
20 その部長会において,自ら方針転換を言い出したにもかかわらず,方針転換
の理由について前記1⑸クのような趣旨不明の説明しかできず,他の部長らから,説得力がないなどと批判を浴びた事実が認められるが(1⑸ク),このような原告A2の行動の理由は,原告A2が,上位者であるK部長から仲介以外の方法によるよう指示を受け,さらに上位者であるH総長及びJ
25 会長(の意を受けたM課長)からも,D社に売却するよう示唆を受けたため,
これに従ったと考えれば,合理的に理解できる(なお,部長会及び常務理事
会でいったん了承を得た方針を,担当部長が,後に変更することはほとんどないとのことである(証人Lp30)。)。㋒K部長からの指示内容が,常務理事会で了解を得た方針とは異なることから,確認のために総長及び副総長と面談した旨の原告A2の供述は,自然なものである。また,㋓H総長
5 は,原告A2から,百合丘職舎の売却方法について個別の相談を受けたこと,
その際D社の名前を出したことは認めており(乙28p4),原告A2の前記供述と一部が符合する(なお,H総長は,「原告A2が相談の際,『D社が一番高い価格を付けた。』と言って来た。」旨述べているが,当時,D社が一番高い価格を付けた事実はなかったので(1⑸コ),そのような事実は
10 認め難い。)。㋔原告A2が,K部長,H総長及びM課長の各発言により示
唆を受けた旨の前記供述を開始したのは,平成29年3月1日の部長会においてであり(1⑾イ),平成28年5月のR理事の役員会での発言を契機として,本件売買が問題視され,平成29年2月頃から,本件文書(匿名化版)を始めとする本件売買をめぐる疑惑を指摘する文書が被告の関係者に
15 流布された後のことであるところ(1⑺⑼),原告A2は,本件売買の担当
部長としてD社への売却を推進した者であるから,虚偽の供述によって上位者に本件売買の責任を転嫁し,自己の責任減免を図る動機を有するといえるものの,原告A2は本件売買が成立した時点では担当を外れており,本件文書(匿名化版)など疑惑を主張する文書では責任追及の矢面には全くと
20 言っていいほど立っていなかったのであるから(1⑼),確実な証拠もない
のに,上位者であるH総長及びJ会長の意を受けたM課長からD社への売却の示唆を受けた旨の虚偽の供述を公然と行うことは,むしろ,自身をいたずらに危険にさらすものであり(結果として,原告A2は,A2発言①~④を理由として被告から懲戒として本件処分を受けている。),自らの責任減
25 免を目的として虚偽供述をしなければならない状況であったとはいえない。
また,㋕M課長は,長年,渉外部でIの業務を担当し,J会長の部下を務め
ていたので(1⑴オ),M課長が,J会長の伝言を原告A2に伝達したとしても,不自然ではない。
以上の㋐~㋕からすれば,H総長及びJ会長(の意を受けたM課長)から,百合丘職舎をD社に売却するよう示唆を受けた旨の原告A2の供述は,十
5 分信用するに足りるものである。
(キ) 背任行為は認められないこと
前記(ウ)~(カ)の事実関係の下で,背任行為が認められるといえるか検討する。
H総長及びJ会長において,原告A2に対し,百合丘職舎の売却先として
10 D社を推奨した事実,H総長において本件売買契約書及び本件合意書の内
容を認識して押印した事実が認められるとしても,H総長及びJ会長において,本件売買の価格がD社の提出した鑑定書のみに依拠して決められた事実や,これより相当高く評価する評価書が存在する事実を知っていたと認めるに足りる証拠はないこと,H総長及びJ会長が,原告A2やQ部長に
15 対し,本件売買の価格を直接指示した事実,本件売買の価格が一般的な取引
価格より相当低額であることを知り,これを容認していた事実は,いずれも認め難いことから,その任務に背く行為をしたと認定することはできない。 K部長,L部長及びM課長についても,同様である。
したがって,本件文書の内容について,真実であるとの証明がされたとは
20 認められない。
(ク) 背任行為などの一部の事実につき,真実であると信じるに足りる相当の理由があること
前記(ウ)のとおり,本件売買の後に行われた複数回の転売及びその価格並びに根抵当権設定の状況に照らせば,本件売買の価格は,百合丘職舎の当時
25 の一般的な取引価格より相当低額なものであったと認められる上,売買成
立に際して手付金は不要とされ,買主であるD社は,被告がD社の転売先へ
直接に所有権移転登記手続をするのと引き換えに,被告に代金を支払うこととされ,買主の資金繰りに配慮した内容となっていた。また,前記(エ)のとおり,被告の担当部長は,売買価格を決めるに際し,売主である被告と利益相反の関係にある買主が提出した鑑定書のみに依拠し,同書よりも百合
5 丘職舎を4500万円以上高く評価した評価書があるにもかかわらず,売
主側の鑑定書を独自に取得して買主と交渉することはなく,買主が提示したとおりの金額で売却することを決定した。また,百合丘職舎の売却には,被告の規定上,被告の評議員会の承認が必要であったところ,その承認を得るまでの被告の常務理事会,役員会及び評議員会において,被告の担当部長
10 は,買主が提出した鑑定書などに基づき本件売買の価格は妥当である旨説
明したが,同鑑定書が買主から提出されたものであることや,本件売買の価格より高額の評価をした評価書があることについては言及せず,本件売買の契約書などの案文も示さず,本件売買の代金決済方法や所有権移転登記の相手については何らの説明もせず,承認を得たものであった。
15 また,前記(オ)のとおり,被告と関係の深い本件財団が,平成12年に老
朽化した会館建物及びその敷地の会館敷地①を売却して財団新施設を購入した際,D社が,被告の買い取り保証の下,財団新施設を所有者から先行取得して本件財団に売却することで,数箇月間で約4000万円の粗利を得たこと,学校法人國學院に対する会館旧施設の売却についても,売主・買主
20 の交流状況から仲介の必要性は認められないのに,D社が,仲介業者として
介在し,被告及び本件財団のそれぞれから仲介手数料を得たこと,本件売買の3~4年前に,被告が青山職舎及び中野職舎をD社に対して売却した際は,D社は,これを購入するや即日第三者に転売したこと,D社のC社長が経営するE社は,被告と関係の深い本件財団が費用を支出して編集・刊行を
25 出版社に依頼し,被告の包括する神社及び神社の関係者が売上に協力する
ため定期購読者となっている雑誌の定期購読者向け販売事業を行っている
ことからすれば,本件売買以前にも,C社長が経営するD社及びE社は,被 告及び被告と関係の深い法人との不動産取引や雑誌の販売に関わることで,その都度,確実に利益を得ていた。そして,これらの取引には,K部長及び J会長が関与したものがあり,J会長はC社長と長年の付き合いがあった。
5 また,前記(カ)のとおり,百合丘職舎の売却の担当部長(原告A2)は,
当初,銀行に仲介を依頼して百合丘職舎の買主を探す提案を行い常務理事会の承認を得ていたところ,K部長,H総長及びJ会長(の意を受けたM課長)から,D社に売却するよう示唆を受けたことから,前記提案を取り消して,D社に売却する方針をとったものであった。
10 そして,原告A1は,本件文書の作成当時,本件売買の価格の根拠となっ
た 鑑定書が買主のD社が被告に提出したものであり,中立のものとはいえなかった事実,登記簿謄本によれば,百合丘職舎について,D社への売却から1箇月以内にクリエイト西武との売買が成立し,被告から同社に直接に所有権移転登記がされた事実,クリエイト西武が銀行のため設定した根
15 抵当権の極度額が3億円であり,銀行が百合丘職舎の担保価値を3億円と
評価したと窺わせる事実を認識し,本件売買の価額が一般的な取引価額より低額であったことを認識していた(1⑺ア~カ,甲82,原告A1本人)。また,原告A1は,平成27年1月の部長会においては,K部長及びL部長が原告A2に対し百合丘職舎売却を平成27年度中に行うよう急がせた様
20 子を見ており(1⑸オ),原告A2からは,H総長及びJ会長(の意を受け
たM課長)から,それぞれD社に百合丘職舎を売却するよう示唆があったために方針転換した事実を伝えられ,これを認識していた(甲82,原告A1本人)。また,本件売買を承認した常務理事会,役員会及び評議員会の担当部長の説明状況並びに部長会の検討状況を認識していた(1⑸サス)。また,
25 青山職舎及び中野職舎のD社への売却及び即日転売,本件財団の財団新施
設購入の際のD社の関与,E社の雑誌の販売への関与,D社のC社長がE社
の代表者でもあること,C社長とJ会長が親しいこと,M課長がJ会長の長年の部下であることも認識していた(乙36の3,甲82)。
原告A1は,これらのことから,H総長及びJ会長(の意を受けたM課長)が,原告A2に対しては,百合丘職舎をD社に売却するよう指示を行い,Q
5 部長に対しては,百合丘職舎をD社に対し一般的な取引価格より低額の価
格で売却すること,及び,代金決済の方法について買主に有利な条件とすることを容認した上,そのような内容の本件売買について常務理事会,役員会及び評議員会の承認を得るために,Q部長に対し,本件売買の価格の根拠となった 鑑定書が買主のD社から提出されたものである事実や本件売買の
10 価格より百合丘職舎を高く評価する評価書が存在する事実を隠匿させ,本
件売買の前記の代金決済についての条件などが記載された本件売買契約書及び本件合意書の案文を示さないよう指示するなどして,もって,D社の利益を図る目的で,被告をして,百合丘職舎をD社に対して,一般的な取引価格より低額で売却するよう仕向け,被告に損害を与えたと信じたものであ
15 り,H総長及びJ会長が,本件売買に関して背任行為を行ったことについて,
これを真実と信じるに足りる相当の理由があったといえる。また,M課長が,原告A2に対し,前記(カ)のJ会長の発言を伝えたことから,M課長が背任 行為に加担していたのでないかと信じるに足りる相当の理由はあったとい える。
20 ただし,L部長及びM課長が,原告A2を叱責していたという事実がある
としても,原告A2に本件売買の責任を負わせようとしていた事実は認めるに足りる証拠はなく,L部長が背任行為に加担した事実についてはこれを信じるに足りる相当の理由があるとはいえない。
オ ②通報目的が,不正な利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の
25 不正の目的でないといえるか。
原告A1が本件文書を交付したのは,本件文書を交付した当時,原告A1
は,H総長及びJ会長が本件売買に関して背任行為を行ったと信じていたところ,H総長が被告の代表者であり,J会長が被告の元幹部職員で被告の事務所内に本部をおく政治団体の長であり,被告の組織内部で両名の背任行為の疑いを通報して是正を求めることは困難であったため,本件文書の
5 記載内容に理解を示す可能性のある被告の理事,評議員,職員及び関係者の
多数人に交付することで,理事,評議員において多数派を形成し,人事を一新することで,これを是正しようとしたものである。被告の評議員の多数決によって選ばれる総長の地位について,多数派を形成し選挙で人事を一新しようとすることは正当であり,不正な利益を得る目的,他人に損害を与え
10 る目的,その他不正の目的であるとはいえない。
被告は,本件文書が,H総長らを「万死に値する」と非難し,被告の役職員らに対し人事秩序を覆すことを呼びかけ,扇動する内容であること,ヒステリックな言辞で人格攻撃を行うものであること,筆頭部長として疑惑を解明できる立場にあるのに何らの調査をすることなく,自らのための組織
15 秩序破壊(クーデター)であると主張するが,H総長が被告の代表者であり,
J会長が被告の事務所に本部をおく政治団体の長であったことからすれば,原告A1が,被告の組織内部で背任疑惑について調査を求めたり,自ら調査 を行ったりすることは困難であったといえる(被告において,理事及び弁護 士らによる調査委員会が設置されたのは,本件文書(匿名化版)が流布され
20 てからである。)。また,作成者を明らかにした文書による言論によって,
被告の理事及び評議員に働きかけて多数派を形成しようと努めることは,評議員が投票する選挙によって総長を選出する被告においては,被告の庁規に則った正当な行為であり,クーデターや組織破壊行為などとは評価できない。
25 カ ③通報の手段方法が相当であるといえるか。
原告A1は,H総長が被告の代表者であり,J会長が被告の事務所に本部
を置く政治団体の長であるため,被告の職員に対する通報によるのでは,証拠が隠滅又は偽造・変造されるおそれや,自分が懲罰を受けるおそれや,調査が実施されないおそれがあったことから,被告の理事2名に本件文書を交付し,被告の理事,評議員及び職員に伝達されるよう期待したもので,そ
5 の手段はやむを得ない相当なものであったといえる。
キ 小括
以上をまとめると,解雇理由1に係る行為は,被告の事務所に本部を置く政治団体の長であるJ会長及び被告の代表者であるH総長が,本件売買についての背任行為に関与したとの事実,及び,被告の幹部職員であるL部長
10 及びM課長が,この背任行為に加担し,これを隠匿するために原告A2に根
拠のない叱責を加えているとの事実を,それぞれ多数人に対して摘示し,もってJ会長,H総長,L部長及びM課長の社会的評価を低下させ,これらの者の名誉を毀損し,これらにより,被告の信用を毀損し,被告の組織における秩序を乱す行為であり,また,神職の定めにも反する行為であり,被告
15 の就業規則に定める懲戒事由に外形的に該当する行為である。
しかし,H総長及びJ会長が,本件売買について背任行為を行った事実,及び,M課長がこれに加担した事実については,①真実であるとは認められないものの,前記エ(ウ)~(カ)の事実関係の下,本件文書を理事2名に交付した当時,原告A1が,これを真実と信じるに足りる相当の理由があったとい
20 え,②不正の目的であったとはいえず,③手段は相当であったから,公益通
報者を保護し,公益通報の機会を保障することが,国民生活の安定などに資するとの公益通報者保護法の趣旨などに照らし,本件文書の交付をもってこれらの事実を摘示した行為は違法性が阻却されて懲戒すべき事由といえないというべきである。
25 原告A1が本件文書をもって摘示した事実のうち,L部長及びM課長が
原告A2に百合丘職舎売却の責任を負わせようとしていた事実,並びに,L
部長が背任行為に加担した事実については,①真実性の証明もなく,原告A
1がこれを信じるに足りる相当の理由はなく,懲戒事由に該当し,違法性も阻却されないものである。ただし,L部長が,部長会において,K部長とともに,本件売買を年度内に早期に行うよう原告A2に求めた事実があるこ
5 となど(1⑸オ)から,原告A1は,L部長が背任行為に加担していたと信
じていたものであり(甲82,乙36の1p3,原告A1本人),何らの根拠もなかったわけではないこと,被告の信用毀損に関し,L部長の背任行為への加担は従たる事実であり,主たる事実については,真実と信じるについて相当な理由があったこと,②不正の目的であったとはいえず,③手段は相
10 当であったことから,この点を重視することはできず,解雇に相当するとは
いえない。
⑵ 解雇理由2について
ア 解雇理由2に係る行為があること
平成28年12月26日,N部長が全部長を招集し,本件文書(匿名化版)
15 の作成に関与した者がいないかを質した際,同日,O部長が原告A1に対し
て同様の質問をした際,原告A1は,いずれも,本件文書への関与を否定し,平成29年4月に本件文書の作成を認めるまで,4箇月間にわたり関与を否定し続けた(1⑻ウ,1⑿ウ)。
イ 解雇理由2に係る行為は懲戒事由に該当すること
20 解雇理由2に係る行為は,被告の信用を毀損する本件文書(匿名化版)へ
の関与について,被告の部長の質問に対し,虚偽の事実を申告したものであるから,庁内の秩序保持(就業規則4条2号)に違反したものいえ,就業規則67条1号,2号,3号の懲戒事由に該当する。
ウ 解雇理由2に係る行為を重視できないこと
25 解雇理由2に係る行為は,被告の部長に対し,被告の信用を毀損する内容
の本件文書(匿名化版)への関与を否定する虚偽の事実を伝えたものであり,
被告の業務に支障を与えたことは否定できない。本件文書には被告の部長会の情報が記載され,被告の部長の誰かが作成に関与していることが窺えるのに,誰が関与したか分からなかったことは,被告の職員らに不安を与えたといえる。
5 他方で,本件文書は,前記したとおり,背任行為という犯罪事実に係るも
ので,その主要な部分について,①真実であるとは認められないが,真実と信じるについて相当な理由があり,②不正目的ではなく,③相当な手段によりされた公益通報といえるものであった。そして,H総長が被告の代表者であり,J会長が被告の事務所に本部をおく政治団体の長であるため,原告A
10 1が,本件文書への関与を認めると,懲罰を受けるおそれがあったことに照
らせば,公益通報者を保護して,公益通報の機会を保障し,社会の利益を守る見地においては,原告A1の虚偽申告を,重大であるとして非難することは相当ではなく,解雇に相当するとはいえない。
⑶ 解雇理由3について
15 ア 解雇理由3に係る行為があること
原告A1は,平成29年3月8日及び18日頃,警視庁公安第三課に勤務する警察官で,知人のP警部補に対し,交付文書 a~jを交付し,本件売買に係る背任疑惑について相談し,また,原告A1は,神職関係者である身内の人物に対し,数通の匿名の文書を交付した(1⑿ア)。
20 イ 解雇理由3に係る行為が,被告の情報を漏洩し,被告の評価を低下させる
などの行為であること
交付文書b~dは,被告の部長会又は常務会で配布された資料であり,交付文書iは被告の組織図と人事の変遷についての文書であり,いずれも,原告A1が職務上知り得た情報が記載された文書である。また,交付文書jに
25 は,E社が季刊誌「私たちの皇室」の販売元に決定したのはJ会長等の意向
であること,本件財団の会館建物の売却は被告が主導し,本件財団の事務局
長を兼務したK部長及び被告渉外部長であったJ会長が対処したなどといった情報が記載されていたから,原告A1が職務上知り得た情報が記載された文書である。したがって,交付文書b~d,i,jを部外者である警察官に交付する行為は,情報規程5条2項に反し,就業規則67条1号,3
5 号の懲戒事由に外形的に該当する。
また,交付文書aの「B関係者の関与する背任・反社会行為についての嘆 願」と題する警視庁あての文書であり,「『皇室』誌が,かつて反社会的勢 力と関係した疑いのある(株)E社を通じて,現在も神社界を中心に販売さ れている」「その反社会勢力との関係とは,同社と社長も所在地も同一の(株)
10 Dが,反社会勢力と思われる金融業者と結託し,そこからの融資をもとにB
関係財団の不動産売買に介在し,不当な利益を得たというものです。」「この疑いは,今回の百合丘職舎売却を巡る疑惑を通じて浮上してきたものです。」「これに続く一連の不動産売買は,IのJ会長及びB総長が十数年に渡り関与してきたものであり,今も組織のトップである彼らが権力を使い
15 事実の隠ぺいを図ろうと画策している」「十数年に渡り,氏子崇敬者からの
浄財を基盤とする全国の神社からの負担金や寄贈金からなるB及び関係財団の財産を,担当職員に対する脅しともとれる圧力をかけて計画的に掠め取り,またその事実を隠蔽し,さらには責任を転嫁しようとしている」との記載は,D社が被告の関係する本件財団の不動産売買に介在して不当な利
20 益を得ており,この取引や本件売買に関し,J会長及び被告の総長らが,担
当職員に圧力をかけて被告及び被告の関係する本件財団の財産を計画的に掠め取り,権力を使って隠蔽し,責任転嫁しているとの事実を摘示するものであり,J会長及び少なくとも現在の総長であるH総長の評価を低下させ,被告の評価を低下させる事実を摘示するものといえる。したがって,就業規
25 則4条2号に反し,就業規則67条1号,5号の懲戒事由に外形的に該当す
る。
また,交付文書jの「B,Dに短期貸し付けを行う。」「立案者のU総務課長(現ⓐ大社宮司)によれば,K,J, に再三言われ,貸付起案を行ったと証言。金額は数千万であった。当然これは超法規的措置で,発覚すれば懲戒行為の対象。Uは再三抗議したという。」「Dヤクザから資金を調達」
5 「財団ビルの登記簿を確認するとDに金を貸したのは千葉県木更津市在住
の「V1」という人物」「Vは故人となっており,Wの関係者で,Y会長の友人で参謀役を務めた人物であることが分かった。」「以上のことから,DはW系暴力団から資金調達を行い,財団ビルを購入。その3箇月後に財団に転売したことが判明した。」との記載は,被告がD社に対し,数千万円の短
10 期貸付けを行った事実,U課長が,前記貸付けの起案を行った旨証言してい
る事実,D社がW系暴力団に所属する者から資金を借りてこれを原資として不動産を購入し,3箇月後に本件財団に転売したとの事実をそれぞれ摘示するものであり,被告が暴力団関係者とつながりのある会社のために便宜を図ったなどの印象を与えて,もって被告の評価を低下させる事実を摘
15 示するものである。したがって,就業規則4条2号に反し,就業規則67条
1号,5号の懲戒事由に外形的に該当する。
ただし,交付文書a~jは,J会長及びH総長らによる背任行為という公益通報者保護法の通報対象事実について伝達する文書であるから,前記⑴ウのとおり,公益通報者保護法の趣旨に沿った検討が必要である。
20 なお,解雇理由3に係る事実のうち,原告A1が,神職関係者である身内
の人物に対し,数通の匿名の文書を交付した行為(1⑿ア)は,当該文書の内容が不明であって,職務上知り得た情報を漏洩した行為とは認め難く,懲戒事由に該当するとはいえない。
ウ ①真実性又は真実相当性,②不正な目的ではないこと,③手段の相当性の
25 検討
(ア) 真実と信じるに足りる相当の理由があること
J会長及びH総長による本件売買に関する背任行為については,真実性は認定できないが,原告A1において,これを真実と信じるに足りる相当の理由があったことは,前記⑴エ(ウ)~(ク)において検討したとおりである。
5 本件財団が財団新施設を購入するに際し,D社が不当な利益を得たこ
と,これにJ会長が関与したとの事実については,これを真実であるとの認定はできないが,J会長がK部長らとともに担当した本件財団の財団新施設の購入に際し,D社が,被告による買取り保証の下,所有者から財団新施設を買い取り,その約3箇月後に本件財団に財団新施設を売却す
10 ることによって,約4000万円の粗利を得たこと,この粗利は,財団新
施設の所有者との売買交渉,財団新施設の建物の入居者との立退交渉及び資金力の乏しい本件財団が購入資金を獲得するまで目的物を確保することの対価であったと考えても,D社にとって破格ともいえる好条件であったといえること,被告及び本件財団が学校法人國學院へ会館旧施設
15 を売却する際,売主・買主の交流状況からは仲介の必要性は認められない
にもかかわらず,D社が仲介業者として介在し,被告及び本件財団から仲介手数料を受領した事実があること,D社のC社長と親しい関係にある J会長が渉外部長としてこれらの取引に関与していたことは,前記⑴エ (オ)で指摘したとおりである。したがって,原告A1において,本件財団
20 が財団新施設を購入するに際し,D社が合理的な説明のつかない不当な
利益を得たこと,これにJ会長が関与したとの事実について,真実と信じるに足りる相当の理由があったといえる。
D社が財団新施設を購入する際,被告がD社に対し数千万円の短期貸付けを行った事実については,これを裏付けるに足りる証拠はなく,真実
25 であるとは認められないが,当時総務部の課長であったU課長は,本件訴
訟において,「前記購入の際,D社の購入資金が足りないという理由で,
K部長から指示されて,被告の規律に反するが,D社への数千万円の貸付の起案を行った。」旨証言しており(甲85p6・7,証人Up14・1
5),これと同趣旨の陳述を聞いていた原告A1において(原告A1本人),前記事実を真実と信じるに足りる相当の理由があるといえる。
5 D社が,財団新施設の購入の際に資金を借りた者がW系暴力団に所属
する者であったとの事実は,前記1⑵カで認定した事実及び認定に供した証拠からすれば,原告A1においてこれを真実と信じるに足りる相当の理由があるといえる。
(イ) 不正な目的はなく,手段の相当性があること
10 原告A1は,J会長及びH総長において本件売買において背任行為を
行ったと信じたが,H総長は被告の代表者であり,J会長は被告の事務所に本部を置く政治団体の長であったことから,被告が設置を決定した調査委員会による調査においては,事案が解明されない可能性もあると考え,警視庁公安三課に事案解明の協力を求めるため,長年の知人であった
15 警察官に対して相談を行ったものである(甲82p19,乙30)。
そうすると,前記原告A1の行為の目的は,犯罪を捜査する権限を有する機関に対し,事案解明の協力を求めるというものであり,②不正な利益を得る目的,他人に損害を与える目的,その他不正の目的ではないし,③その手段は,犯罪捜査の権限を有する機関に所属する守秘義務を負う警
20 察官に対する相談であり,相当なものであったといえる。
エ 小括
以上をまとめると,解雇理由3に係る行為は,原告A1が職務上知り得た情報が記載された文書を部外者に交付した行為であり,かつ,被告の関係する政治団体の長であるJ会長,被告の代表者の総長らが,本件売買やD社と
25 本件財団との取引に関し,D社に不当な利益を得させているとの事実,本件
財団との取引に際し,被告がD社に対する短期貸付を行った事実,D社が,
本件財団に売却する不動産を購入する際にW系暴力団に所属する者から購入資金を借りた事実を摘示し,被告に関係するJ会長及び総長並びに被告と取引のあるD社の評価を低下させて,もって被告の信用を毀損し,被告の組織における秩序を乱す行為であり,被告の就業規則に定める懲戒事由に
5 外形的に該当する行為である。
しかし,前記の各事実については,①いずれも真実性は認められないものの,原告A1が,これを真実と信じるに足りる相当の理由があったといえ,
②不正の目的であったとはいえず,③手段は相当であったといえる。
したがって,公益通報者を保護し公益通報の機会を保障することが国民
10 生活の安定などに資するとの公益通報者保護法の趣旨などに照らし,違法
性が阻却され懲戒すべき行為に当たらないというべきである。
⑷ 解雇理由4について
ア 原告A1は,自宅待機中,平成29年8月10日及び同月14日付けで, H総長に宛てて,前記1⒁アの内容の質問状を送付した(1⒁ア)。
15 イ 自宅待機を命じられた労働者が,代表者に対し,文書によって,自宅待機
の理由を文書で示すよう求めたり,自作の文書を怪文書と判断した理由の説明を求めたり,自宅待機が無効であるといった自己の意見を伝達することは,その意見の是非にかかわらず,組織の秩序を乱すとまではいえないものであり,就業規則の懲戒事由に該当するとはいえない。
20 ⑸ 解雇とすることの社会通念上相当性
解雇理由1に係る行為の一部並びに解雇理由3及び4に係る各行為が,懲 戒すべき行為に当たらないことは前記したとおりである。そして,解雇理由1 に係る行為のうち懲戒すべき行為と認められる部分(原告A1が,多数人に交 付されることを期待して理事2名に本件文書を交付し,もって,多数人に対し,
25 被告のL部長及びM課長が原告A2に対し百合丘職舎売却の責任を負わせよ
うとしていた事実及びL部長が背任行為に加担した事実を摘示し,L部長及
びM課長の社会的評価を低下させ,被告の信用を毀損し,被告の組織を乱した行為)及び解雇理由2に係る行為が,解雇に相当するとはいえないことは,前記したとおりである。したがって,本件解雇は,懲戒権の行使が,客観的合理的な理由がなく,社会通念上相当性を欠くものであり無効である(労働契約法
5 15条)。
被告は,解雇理由1~4について何ら反省や謝罪の態度を示さず,自説に賛同しない者を排除すべきであるとの独善的態度を取っている原告A1を,職員60名の小規模な信仰共同体である被告の組織に留めることは被告の宗教活動を阻害し,被告の信教の自由や宗教的結社の自由が侵害されることとな
10 る旨主張する。確かに,被告の組織は,職員数60名と小規模であるし,原告
A1は,解雇理由1~4に係る行為のうち,懲戒すべき行為に当たる部分も含めて,何ら反省する態度を示していないと認められる(1⒁イ)。
しかし,被告は,全国8万の神社を包括する宗教法人として,これまで庁規を始めとする諸規程により職員を規律してきたものであり,原告A1を被告
15 の職員組織に留めたからといって,被告における信教の自由や宗教的結社の
自由を侵害する事態となるとは認め難く,被告が職員60名の小規模な組織であることを考慮しても,原告A1が行った懲戒すべき行為の内容に照らし,原告A1を組織内から排除することが相当であるとは評価できない。
以上から,本件解雇は無効である。
20 3 争点⑵-降格により,教化広報部長を免じる処分,参事を免じて主事とする処
分及び給与等級を引き下げる処分を併科する権限の有無
⑴ 使用者が懲戒を行うには,就業規則において懲戒の事由及び手段を定め,周知しておく必要がある。
被告においては,就業規則68条5号において,懲戒として降格を行うこと
25 を定め,降格の場合,始末書を提出させ将来を戒めるとともに現職を免じ若し
くは給与等級を引き下げると定めている(第2の1⑷エ)。そして,「若しく
は」という文言は,通常,並列と選択の両方の意味をもつと理解されるから,前記就業規則68条5号の文言からは,現職を免じること,給与等級を引下げることを併科することを許容しているものと解される。また,給与規則12条は,基本給を職務の内容と責任の度合,並びに年齢,経験及び勤務成績によっ
5 て決定すると定め(第2の1⑹),給与等級は職位に応じるのが通常と考えら
れることから,現職を免じる処分と給与等級を引き下げる処分は,併科できると解するのが相当である。
⑵ 以上から,被告には,降格により,教化広報部長を免じる処分,参事を免じて主事とする処分及び給与等級を引き下げる処分を併科する権限があると解
10 される。
4 争点⑶―原告A2に対する本件処分の有効性
⑴ 処分理由1について
ア 処分理由1に係る行為があること
原告A2は,平成29年3月1日の部長会などにおいて,A2発言①~
15 ④を行った(1⑾イ)。
イ 処分理由1に係る行為が懲戒事由に該当しないこと
被告は,A2発言①~④は事実と異なる旨主張するが,原告A2が,H総長及びM課長から, 百合丘職舎をD社に売却するよう示唆を受けた事実があり,A2発言①~④が事実と異なるものではないことは,前記2⑴
20 エ(カ)で判断したとおりである。
したがって,処分理由1に係る行為は,事実を述べたものであり,懲戒事由に当たるとは認められない。
⑵ 処分理由2について
ア 処分理由2に係る行為があること
25 原告A2は,平成29年4月29日,昭和の日をお祝いする集いの終了後
の懇親会において,部下である教化課員の面前で,「H総長及び秘書部長か
ら百合丘職舎売却に関する件で尋問を受けている。」旨発言し,自分からN部長に宛てた「平成29年5月1日に予定された呼出しには応じない。」旨のメール内容及び秘書部長からの自分への返信メールを課員に見せた上,
「総長は稀代の大馬鹿者だ。」旨の発言をした(1⑿エ)。
5 イ 処分理由2に係る行為が懲戒事由に該当すること
処分理由2に係る行為は,宴席の会話であるものの,部下に対し,H総長及びN部長からの呼出しに応じない姿勢を公然と示し, H総長を侮辱する発言を行ったもので,職場秩序を乱す行為であるから,就業規則4条
2号に反し,67条1号,3号の懲戒事由に該当する。
10 ⑶ 処分理由3について
ア 処分理由3に係る行為の存否
原告A2は,平成29年2月16日及び同年3月10日の2度にわたり行われたC社長, 取締役,Q部長及び原告A2による面談の際,面談を録音して内容を記録した文書(交付文書e)を作成し(1⑾ア),原告A1に交
15 付文書eを渡した(1⑿イ)。原告A1は,これを警視庁公安課に所属する
知人の警察官に交付した(1⑿ア)。
他方,原告らは,警察官に対する交付文書eの交付についての原告A2の関与を否定しており(甲82,乙25p9,乙29の2p25,原告A1本人,原告A2本人),原告A2が,交付文書eが警察官に対して交付される
20 ことを予期したり,容認したりしていたと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告A2の交付文書eの作成,交付の評価
原告A2がC社長らと面談したのは,被告の業務であり,面談時の状況は,職務上知り得た情報といえるから,交付文書eには,原告A2が職務上知り 得た情報が記載されていたといえる。
25 他方で,原告A2が,交付文書eを原告A1に交付した行為は,被告の職
員間の情報の伝達であり,外部への情報漏洩ではない(職員間の情報の伝達
も許されないとすれば,被告の業務に支障が生じる。)。原告A2が,原告 A1に交付文書eを交付した際,原告A1により,これが外部の者に交付されることを予期・容認していたと認められないことは,前記アのとおりであるから,原告A2が,交付文書eを原告A1に交付した行為は,情報規程5
5 条に反する行為とはいえず,懲戒事由に該当しない。
⑷ 処分理由4について
ア 処分理由4に係る行為があること
原告A2は,自宅待機中,平成29年8月7日付けで,H総長に宛てて,前記1⒁アの内容の質問状を送付した(1⒁ア)。
10 イ 処分理由4に係る行為が懲戒事由に該当しないこと
自宅待機を命じられた労働者が,代表者に対し,自宅待機の根拠規定や前例の有無を文書で質問することは,組織の秩序を乱すとまではいえないものであり,就業規則の懲戒事由に該当するとはいえない。
⑸ 本件処分の相当性の検討
15 処分理由1,3及び4は,懲戒事由に該当しない。処分理由2に係る行為
は,部下に対し,上長からの命令に応じない旨を公然と表明し,被告の代表者を「大馬鹿者だ」と非難したもので,秩序を乱す行為といえるが,宴席における一回限りの発言であること,発言については,後に謝罪していることからして(1⒁ウ),降格(現職を免じ,給与等級を下げる)とすることは,
20 重きに失する。
⑹ 小括
したがって,本件処分は,懲戒処分としての客観的合理的な理由がなく,社会通念上相当性を欠くものであり,無効である(労働契約法15条)。
第4 結論
25 以上の次第で,原告A1の①被告に対する雇用契約上の権利を有する地位に
あることの確認,②被告に対し,雇用契約に基づく賃金として,平成29年9
月から本判決確定の日まで毎月21日限り63万5789円の支払を求める請求,並びに,原告A2の③降格及び減給が無効であることの確認,④被告に対し,雇用契約に基づく賃金として,平成29年9月分の賃金のうち懲戒処分により減額された9万4603円(役職手当8万3690円及び基本給1万0913
5 円)及びこれに対する支払日の翌日である同月22日から支払済みまで改正前
の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,⑤平成29年10月分から本判決確定の日までの賃金のうち懲戒処分により減額された月額11万34
38円(役職手当8万3690円及び基本給2万9748円)の平成29年10月から本判決確定の日まで毎月21日限りの支払を求める請求は,その余の点
10 (争点⑷)を検討するまでもなく,いずれも理由がある。ただし,原告A1の
前記②及び原告A2の前記⑤の各賃金に対する遅延損害金の利率は法定利率によるところ, 支払期日の翌日が令和2年3月31日以前の場合は年5分の割合によるが,支払期日の翌日が同年4月1日以降の場合は年3分の割合によるべきである(民法419条1項,404条2項,3項,平成29年法律第
15 44号附則17条3項)。
したがって, 原告らの請求を主文掲記の限度で認容することとし, 訴訟費用の負担について民訴法64条ただし書, 61条を, 仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して, 主文のとおり判決する。
20 東京地方裁判所民事第33部
裁判長裁判官 伊 藤 由 紀 子
25 裁判官 戸 室 壮 太 郎
裁判官 髙 市 惇 史
5
10 別紙1ないし別紙4については記載を省略