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内容
イントロダクション 契約書を作ってみよう
これから契約書を作るうえで大事なことをご紹介していきますが、まずは契約書を実際に作ってみるところから始めてみましょう。
説明の便宜上、ここは生徒と先生を登場させ、生徒が作成した契約書について先生が手直しをしていくという会話方式で進めてみます。
売買契約書の本文を作る 先生:
それでは売買契約書を作ってみようか。ここに1台のパソコンがある。
これを10万円で売買するとしよう。
売主をペンギンさん、買主をコアラさんとして作ってみてください。生徒:
分かりました。
ちょっと待ってください。
先生、こんな感じでいかがでしょうか。
売買契約書
ペンギンとコアラはパソコンを10万円で売買することに合意した。
20●●年11月15日氏名 印
氏名 印
先生:
これだとxxxxさんとコアラさんのどちらが買主か知らない人がみたら分からなくないかい?第一、xxxxとコアラなんて世の中にたくさんいるから住所は書かないと誰と誰の契約だか分からないよ。
また、パソコンって世の中にいろいろあるんじゃないのかな?生徒:
そうですね。
先生、パソコンの型番を確認させてください。よし、これでどうでしょうか。
売買契約書
売主をペンギン、買主をコアラとして、xxxx・xxxは以下のとおり合意した。
1条 ペンギンはコアラに対し、パソコン(型番:●●●●)を10万円で売却する。
2条 コアラはペンギンに対し、10万円を支払う。
20●●年11月12日住所
氏名 印
住所
氏名 印
先生:
少し契約書らしくなってきたね。
でもパソコン何台の売買契約か分からないよ。お金もいつ払っていいか分からない。
生徒:
確かにそうですね。
ちょっと待ってください。
売買契約書
売主をペンギン、買主をコアラとして、xxxx・xxxは以下のとおり合意した。
1条 ペンギンはコアラに対し、本件物品を10万円で売却する。本件物品
パソコン(型番:●●●●:未使用品) カラー:ブラック 1台
2条 コアラはペンギンに対し、20●●年12月末日限りで10万円を支払う。
20●●年11月12日住所
氏名 印
住所
氏名 印
先生:
そうだね。
中古品を持ってこられても困るから物件の特定はこの程度はしないといけないね。
でもこれで、パソコンやお金のやり取りの方法は十分特定されたと言えるかな。
生徒:
あっ、そうですね。直します。
売買契約書
売主をペンギン、買主をコアラとして、xxxx・xxxは以下のとおり合意した。
1条 ペンギンはコアラに対し、本件物品を10万円で売却する。本件物品
パソコン(型番:●●●●:未使用品) カラー:ブラック 1台
2条 ペンギンは、20●●年11月20日までに、コアラの事務所に本件物品を持参して引き渡す。
3条 コアラはペンギンに対し、10万円を20●●年12月末日限りでペンギンの指定する次の口座に振り込んで支払う。
●●銀行●●支店 普通 ●●●● ペンギン名義
20●●年11月12日住所
氏名 印
住所
氏名 印
先生:
パソコンを運んだり、お金を振り込むときにかかる費用はどちらが負担するのかな?
民法上は弁済の費用は債務者の負担にするというルールがあるから(民法48
5条)、パソコンの運搬はペンギンが、お金の振込はコアラが負担することになりそうだけど、それってお互い分かっているかな?
生徒:
確かに振込手数料を勝手に引いて振り込む人いますよね。ちゃんと書いておきます。
売買契約書
売主をペンギン、買主をコアラとして、xxxx・xxxは以下のとおり合意した。
1条 ペンギンはコアラに対し、本件物品を10万円で売却する。本件物品
パソコン(型番:●●●●:未使用品) カラー:ブラック 1台
2条 ペンギンは、20●●年11月20日までに、コアラの事務所に本件物品を持参して引き渡す。引渡しに要する費用はペンギンの負担とする。
3条 コアラはペンギンに対し、10万円を20●●年12月末日限りでペンギンの指定する次の口座に振り込んで支払う。振込手数料はコアラの負担とする。
●●銀行●●支店 普通 ●●●● ペンギン名義
20●●年11月12日住所
氏名 印
住所
氏名 印
先生:
とりあえず、トラブルなく契約が進んだ場合にペンギンとコアラが最初にやるべきことは明確になったね。
ただ、xxxxとコアラと何度も出てきて少し読みづらいし、コアラさんの次にフラミンゴさんと売買契約を結ぶときに使いまわせるように何かいいアイデアはないかな。
生徒:
よく契約書で甲や乙が出てきますね。置き換えてみます。
売買契約書
売主をペンギン(以下「甲」という。)、買主をコアラ(以下「乙」という。)として、甲・乙は以下のとおり合意した。
1条 甲は乙に対し、本件物品を10万円で売却する。本件物品
パソコン(型番:●●●●:未使用品) カラー:ブラック 1台
2条 甲は、20●●年11月20日までに、乙の事務所に本件物品を持参して引き渡す。引渡しに要する費用は甲の負担とする。
3条 乙は甲に対し、10万円を20●●年12月末日限りで甲の指定する次の口座に振り込んで支払う。振込手数料は乙の負担とする。
●●銀行●●支店 普通 ●●●● 甲名義
20●●年11月12日
(甲)住所
氏名 印
(乙)住所
氏名 印
先生:
よくみかけるような契約書になってきたね。
フラミンゴさんに売るときには冒頭のコアラのところだけをフラミンゴに直せばいいから使いまわしやすくなったね。
ちなみに、これはxx作るのかな?生徒:
ペンギンとコアラが1通ずつですから2通です。それも書いたほうがいいですね。
売買契約書
売主をペンギン(以下「甲」という。)、買主をコアラ(以下「乙」という。)として、甲・乙は以下のとおり合意した。
1条 甲は乙に対し、本件物品を10万円で売却する。本件物品
パソコン(型番:●●●●:未使用品) カラー:ブラック 1台
2条 甲は、20●●年11月20日までに、乙の事務所に本件物品を持参して引き渡す。引渡しに要する費用は甲の負担とする。
3条 乙は甲に対し、10万円を20●●年12月末日限りで甲の指定する次の口座に振り込んで支払う。振込手数料は乙の負担とする。
●●銀行●●支店 普通 ●●●● 甲名義
本契約成立の証として本契約書2通を作成し、甲・乙で1通ずつ保管する。
20●●年11月12日
(甲)住所
氏名 印
(乙)住所
氏名 印
先生:
よし。とりあえず、入門編としてはこれで完成としよう。
次は印刷してみよう。
今回の契約書は1枚の用紙に全部収まるけど、練習だから2枚の紙に印刷してみようか。
日付以降を2枚目に印刷してどう1つの契約書にするか考えてごらん。生徒:
わかりました。
まず、2 枚に印刷してホチキスで止めます。
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2 枚目に住所氏名を記入して押印させたあと、同じハンコで 1 枚目と 2 枚目をまたぐように判を押します。
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先生:
そうだね。
こうしておけば契約内容が記載された1枚目を別の紙に差し替えられることは不可能になるね。
このように 2 枚の用紙に渡って押印して差替えを困難にすることを契印というよ。
枚数が多いときは、すべてのページの間に契印するのが面倒なので製本テープの使い方も覚えておくといいよ。
これが製本テープだよ。
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まずは、テープを契約書の長さに切るね。
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そして、片側のシールをはいで粘着面を出す。
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粘着面を契約書に合わせて貼り付ける。
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もう片方の粘着面を出すよ。
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製本テープで契約書を包み込むんだ。これで製本テープをはがさないとホチキスを外せないよ。
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製本テープと契約書の 1 ページ目に契印を押し、
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裏返して製本テープと最終ページとの間にも契印を押すよ。
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こうすると製本テープをはがしてホチキスを抜くとわかってしまうから途中のページを差し替えることができなくなるね。枚数が多いときは各ページに契印するよりも製本テープで綴じて表と裏だけに契印するほうが各段に手間が減るから覚えておいてくださいね。
生徒:
やっと完成ですね。疲れました。
先生:
最後のところはちょっとした工作だったね。
契約書は相手もあるのでキレイに作らないとというプレッシャーがかかって案外神経を使うよね。
今回の契約書は、やるべきことを明確にするという契約書の一番大事な役割は果たしていると思うけどまだまだ序の口だよ。
実際の契約書では、どちらかが約束を守れないときやパソコンに欠陥があったときにどう処理するかなどさらに細かく決めているのが普通なんだ。
民法などでそれなりに合理的なルールが定まっているから「省略」する場合も多いけど、民法などのデフォルトルールを確認的に明記したり、変更したりももちろんできる。
各種契約書書式は出回っているけれど、そのまま使っていいケースは限られるからどうアレンジするか、そのアレンジが自分でできるノウハウをこれから本書で学んでいくよ。
なぜ契約書を作るか
契約とは、二人以上の当事者が合意することで権利や義務が発生する行為をいいます。契約書は、その合意内容を記載した書面です。
文書のタイトルとしては「契約書」、「合意書」、「覚書」、「協定書」、
「協議書」、「約定書」などさまざまです。何となくの使い分けはあります が、タイトルにより効力の弱い強いはなく、あくまで内容によって効力は定まります。また、通常は当事者双方により作成されたものを「契約書」と呼びますが、「注文書」、「注文請書」など片方の当事者のみで作成されたものについても合意内容を記載している書面にあたることから広い意味での契約書に含めて考えてよいと思います。以下「契約書」と統一して表現しますが「合意 書」であっても「覚書」であってもタイトル自体に深い意味はないことは覚えておいてください。
そもそもなぜ契約書を作らなければならないのでしょうか。
意外かもしれませんが、契約の成立には必ずしも契約書の作成は必要とされていません。民法522条2項には「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と定めてあります。つまり、原則として、意思表示の合致さえあれば、契約は口頭でも成立するのです。
となると疑問が生まれます。なぜ我々は手間暇をかけて契約書をわざわざ作っているのでしょうか。
契約書の作り方を学ぶうえにおいてなぜ契約書を作るのかということは出発点としてとても大切です。なぜでしょうか。
契約を有効に成立させるため
口頭でも契約は成立するのは前述のとおりです。
しかし、一部の法律行為では契約の成立のために書面作成が必要とされています。契約書を作らなければ目的とする契約が有効に成立しないと法律が定めているわけです。「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。」と定めた民法446条2項が典型例です。保証人は他人の負債について場合によっては大変重い責任を負いますが、人情や義理で簡単に引き受けてしまうことがないように保証人保護の観点から一定の形式を要求することで慎重に検討することを求めたわけです。
法律が契約をするために必要と定めている以上は契約書を作らないわけにはいきません。この場合には当然に契約書を作ることになります。契約書の内容については法律が要求している事項があればそれを最低でも盛り込む必要があります。
契約が有効となるために契約書の作成が必要とされている契約の具体例としては、保証契約(民法44
6条2項)、定期建物賃貸借契約(借地借家法38条1項)、任意後見契約(任意後見契約に関する法律
契約書の作成や交付が義務付けられるため
また、一部の法律行為では関係者保護のために書面の作成や交付が義務付けられています。
契約当事者の一方が書面を作成して他方に交付することを要求されることも少なくないのですが、当事者双方で作成する契約書の作成が義務付けられることもあります。
契約の有効要件とされているさきほどのケースと異なり、契約書を作らないときでも契約が不成立となるわけではありません。
しかし、契約書を作成しないことで何らかのペナルティが課せられる可能性があり、そのペナルティを避けるために契約書を作らなければならないということになります。
契約書の作成が必要とされている契約の具体例としては、建設工事の請負工事(建設業法19条 1 項)があります。
対抗要件を備えるために契約書が必要 自己の権利を対外的に主張するための対抗要件を備えるために契約書の作成が必要なこともあります。代表例として不動産売買があげられます。
不動産は登記制度により所有者が公示され対抗要件となりますが、売買を原因として登記名義を移すた
めには登記申請に際して売買契約書の添付が必須です。つまり登記名義を移すためには契約書の作成が必要ということになります。
紛争の予防と解決のため 契約書を作る理由として、契約が有効に成立するために必要、義務付けられ
ているから必要、対抗要件を備えるために必要という場合があることについて
みてきました。
しかし、民法上の原則として、契約は口頭、口約束で成立しますので契約書作成がどうしても必要であるというケースは限定されています。
必須というわけでもないのに契約書を作るのはなぜでしょうか。一番の理由は紛争の予防でしょう。
契約の存否、その内容については各当事者は自分の都合がよいように理解している可能性があります。後日の紛争を避けるためには言った言わないを避ける必要があり、契約内容を書面によって確定しておく必要があるのです。
また、仮に紛争が起こったとしても契約書に解決に向けてのルールを記載しておくことができます。損害賠償額をあらかじめ定めておくのもその一つで す。
契約書の作成にあたっては、紛争の予防、そして紛争が発生した後の解決のためという視点で常に考える必要があります。
契約の位置づけによって良い契約書は変わる 契約書をなぜ作るのか、という問いについて私が用意する答えは「紛争の予
防と解決のため」です。
しかし、実際に企業活動に関わると「紛争の予防と解決のため」以外の視点も契約書の内容チェックに必要であることも紹介しておきます。
契約自由の原則
契約について
ある企業にとって、同じ商品の売買であっても、有名な百貨店との取引と小規模な商店との取引では自ずと企業がその契約に求める事情が変わってきま す。有名な百貨店との取引を開始できるかもしれないというときの契約であれば値段も安くても構わないし、契約内容についても多少不利でも構わないという判断もあるでしょう。逆にトラブルを起こしがちな取引先であれば有利な契約内容を記載した契約書で取引したいということもあるでしょう。「紛争の予防と解決のため」という視点をどこまで強調するかはケースバイケースであ り、譲歩してもよい場面もあるということです。自社にとって有利な条項が入っていれば良い契約書、不利な条項が入っていれば悪い契約書という単純なものではありません。契約書は取引先との力関係だったり、自社がその取引をどう位置付けるかによってベストな契約書の内容は変わってくることも意識しておいてください。
契約書の内容を整理する前にそもそも契約でできることとできないことを覚えておきましょう。
私たち弁護士のもとには、「契約書で相手に〇〇させるようにしたい。」といった相談が舞い込むことがありますが、中には契約書に盛り込むことが不適切なものもあります。強行法規に反する契約がその一つです。
契約においては契約自由の原則があり、強行法規に反しない限りどのような契約でも結ぶことができるとされています。強行法規とは当事者の意思いかんにかかわらず適用される法規であり、強行規定ともいいます。強行法規に反する例としては奴隷契約などが挙げられます。当人が奴隷で構わないと言っても法律はそれを許しません。なお、民法や商法のほとんどの規定は強行法規ではなく、当事者がその法令の内容と異なる意思を表示しない場合にのみ適用される任意法規(任意規定)です。
契約の有効要件
契約自由の原則のもと、強行法規に違反しなければどんな契約でも有効かというとそうではありません。契約が有効となるためには次の契約の有効要件も必要ですので併せて確認をしておきましょう。
確定性、実現可能性、適法性、社会的妥当性が契約の有効要件として挙げられています。それぞれ簡単にみていきます。
「何かをあげる」というのは内容が確定していないので有効な契約ではないというのが確定性の問題です。
「死者を生き返らせる」というのは不可能ですから有効な契約とならないというのが実現可能性の問題です。
殺人委託のように強度の違法性がある合意は有効な契約とならないというのが適法性の問題です。
愛人契約のように違法とはいえないとしても社会的に有効な契約とならないというのが社会的妥当性の問題です。
契約書の内容を考えるにあたってはこの4つのなかで確定性について意識してほしいと思います。
契約書を作成するにあたっての基本的な考え方
契約書を作成するにあたり、一から作成するのは骨が折れますので何らかのひな形を使うことになると思います。ただ、ひな形を盲目的に信じてしまうのはよくありません。多くのひな形は、両当事者のバランスに配慮した一般的な契約書だと思いますが、作成者の意図によりアンバランスな内容になっているものもあります。契約に対するこちら側の熱意だったり、必要性だったりで、両当事者のバランスがよいものを契約書に求めるのか、あるいはこちら側が有利なものを求めるのか、多少不利なものでも構わないのか変わってくるという問題もあります。要は契約書の内容を見極めて修正していく力がひな形を使うにしても求められるということなのです。
契約書作成にあたっての大切なのは、「デフォルト」を確認し、「明記」するか、「省略」するか、「変更」するかを考えていくことだと私は考えています。
「デフォルト」 → 「明記」・「省略」・「変更」
「デフォルト」(default)は英語では債務不履行といった意味もあります が、ここでは、いわゆるコンピュータ用語での「初期値」、「初期設定」の意味で使っています。
強行法規、任意法規という言葉を前に紹介しましたが、売買契約や請負契約など一般的な契約に関しては任意法規により一定のルールが定められていま す。契約書の中でそのルールと異なる内容が定められなければ、自動的に任意法規の内容が契約に適用されます。これを私は「デフォルト」または「デフォルト設定」と表現したいと思います。
「デフォルト」は、民法や商法の任意法規ということになりますが、これらは国会の審議を経て成立した法律なわけですからほとんどの場合、内容についてはそれなりの合理性をもっています。ですから、例えば売買契約では、何をいくらで売るかだけを双方で決め、あとは「デフォルト」で、というやり方でもそれなりにうまくいきます。
今度の契約では「デフォルト」のままでは適当ではない。このようなときには「デフォルト」を変更する条項を契約書に盛り込む必要があることになります。これがデフォルトの「変更」です。任意法規と異なる契約を結ぶのは自由ですから、契約内容を「デフォルト」からオーダメイドで変えていけることになります。
契約内容を「デフォルト」から変更しない場合、すなわち「デフォルト」の通りで契約を行う場合でも 2 通りのやり方があります。
まず、「省略」です。
契約書の内容に盛り込まなくても「デフォルト」のルールは適用されるのですからデフォルトの内容について定める条項を「省略」することが可能です。
次に「明記」です。
「デフォルト」と言っても、何が「デフォルト」なのかは民法や商法を理解していないとわかりません。そのため、契約当事者が法律に明るくない場合、
「デフォルト」を「省略」してしまうといずれか片方、あるいは双方が契約内容を誤解してしまうことが起きてしまいます。相手が契約内容を今現在は十分理解しているときであっても、将来にわたってその理解が維持される保証はありません。そのため、大事なポイントについてはお互いを拘束するルールがなんであるかを「明記」することが有益な場合も少なくありません。また、法律の解釈に争いがある場合など「デフォルト」が判然としておらず変動の可能性があるときも「明記」しておいた方がよいでしょう。
「デフォルト」を確認し、「明記」するか「省略」するか「変更」するかを考えることが契約書作成にあたっては大切です。
ひな形を利用するときは、ひな形に載っている条項が「デフォルト」を「明記」したものなのか「変更」したものかを確認しましょう。そして、「省略」されている「デフォルト」を想起して契約に適用されるルールの全体像を思い描きましょう、そのうえで、ひな形に対して当該取引に合うように「省略」
「明記」「変更」を加えていくことが契約書作成で大切な基本的な考え方となります。
また、相手方が用意した契約書をチェックする場合も
「デフォルト」 → 「明記」・「省略」・「変更」の視点が有効です。
記載されている内容が「デフォルト」を「明記」したものに過ぎないのか、それとも「変更」したものなのかを確認していきます。「デフォルト」が自分たちに不利に変更されている箇所については特に注意を払う必要があるでしょう。
そして、「省略」されている部分も含めて、当事者間で適用されるルールの全体像をイメージし、今回の契約にそのルールが相応しいかを判断することが必要です。
債務の特定が大切
「デフォルト」で適用される法規があるおかげで契約当事者間でトラブルが起きても一定の解決指針はあることになります。しかし、どうしても「デフォルト」に委ねることができない部分があります。当事者と債務の特定の問題です。
誰がどのような債務を負うのか、この部分については当事者で話し合って決める必要があります。そんなの当たり前じゃないかという声が聞こえてきそうです。しかしながら、契約で揉めている紛争のかなりの割合で当事者と債務の特定が不十分なことから生じているのです。「リフォームをお願いしたところ追加工事をしたとして費用が増額されて請求された」「注文したものと異なる
ものが届いたが注文通りだと主張された」「頼んだ人とは別の人が講師としてやってきた」などなどです。
そのため、契約書の作成にあたり誰が何をするのかの特定は最重要事項です。
当事者の特定
当事者・債務を明確に
コンピュータソフトウェアのシステム開発などでは紛争が絶えません。どのようなものを作るのか発注段階で詰めきることができないケースが多く、契約書を作る段階での債務の特定が不十分にならざるを得ないためです。
契約書を作成する際には当事者を明確に、というと「当然過ぎる」、「そんなに難しいことかな」という印象を持たれる方も多いかと思います。
確かに契約書の当事者を契約書上明確にすることはここでみていくポイントを押さえれば難しくありません。ただし、偽造、なりすましを防ぐということまで考えていくと案外簡単ではありません。
当事者の表示は、 「住所」、「氏名」で特定するのが通常です。必要に応じて「生年月日」や「氏名の読み」などの情報も付け加えるとよいでしょう。
当事者が法人なのか個人なのかは意外と落とし穴になります。個人が契約当事者であれば法人に債務の履行を請求できず、法人が契約当事者であれば個人に債務の履行を請求できないことになるからです。「xx株式会社代表xxxx」などという記載では当事者はxx株式会社なのかxxxx個人なのかよくわかりません。法人名、代表資格、代表者名が記載されると法人が主体と理解されます。個人を当事者とする契約では余計な肩書きを記載させてはいけません。
契約書では、冒頭で当事者の表示をして契約書中で用いる甲乙などの略符号の割り当てを決め、契約書末尾において略符号に続いて住所や氏名・会社名、押印を行うことが多いと思います。私文書の場合、本人または代理人の署名または押印があれば裁判xxx者により作成されたことが推定されます(民事訴訟法228条4項)。ただ、署名が間違いなく本人によるものかは争いがあると立証が難しい面もあります。重要な契約においては、実印で押印させ、印鑑証明書の添付を求めたほうがよいでしょう。
目的物の特定 売買契約などで目的物を特定する際にも注意が必要です。契約の対象が何で
あるかは意外と難しい面があります。土地、建物のように給付の対象を個別化
しているときの目的物を特定物といい、一定の種類に属する物の引渡しが目的となっているときの目的物を種類物といいます。それぞれ特定に気を付ける必要があります。
種類物の場合、物品の表示としては「名称」、「型番」、「グレード」、
「数量」などで特定する方法が一般的です。元々は種類物として扱われるような目的物であっても「個体番号」といった情報を入れることにより特定物となることもあります。
不動産については登記事項証明書記載事項を記載することにより特定することが一般的です。土地であれば「所在」、「地番」、「地目」、「地積」を、建物であれば「所在」、「家屋番号」、「種類」、「構造」、「床面積」で特定します。
目的物の特定が難しい場合どのように特定を行うかは悩ましい問題です。保管場所による特定、写真による特定などが考えられます。プレートなどの標識を貼り付けて、そのプレートが貼り付けられた物という形で特定を行ってもよいかもしれません。
PCの売買で「Apple 社製パソコン MacBook Air 13インチ 256GB
1台 新品」とすれば特定は十分でしょうか。この製品は現時点で色はシルバーしかないので色については記載は不要です。ですから特定は十分と言えるでしょう。しかし、他の色の販売が開始すれば特定として不十分となります。
行為債務の特定 委任や請負など債務者が何らかの行為を行うことを債務の内容とする場合、
日時、期間、場所、仕事の完成を約束したのか(請負)、委任された事務を行
xxxxのか(委任)を明確に定める必要があります。
製造関係であれば納品するものを原料や図面などで特定していくことになります。ただし、ソフトウェア開発については技術的な検証が事前に難しく、 徐々にソフトウェアの完成形が定まる性質などもあり、トラブルになりやすいので注意が必要です。このようなときは仕様書などで詳細をできる限り定め、契約書に引用したり、完成までの過程をいくつかのステップに区切り、ステップごとに契約を結ぶことが考えられます。
契約書作成時の注意点
それでも契約締結段階ですべてを盛り込むことは不可能ですので、契約書作成段階で詰めきれない細部については段階的に別途書面を作成していくことが望ましく、それら中間確認書面で確定した事項に拘束力を持たせるような条項を契約書に盛り込むことが有効といえます。
当事者の特定が大切というのはすでに触れましたが、契約書の内容自体が特定されていたとしてもその契約書に署名した作成者が別人であれば話になりません。積水ハウスが地面師に63億円もだまし取られてしまった事件がありましたが、重要な契約であればあるほど本人確認は必須の手続きです。
一般的には、免許証などの顔写真付き身分証明書で本人確認をしたり、「印鑑登録証明書」を用意してもらい、そこに記載された実印を押印してもらうことで本人確認をします。
契約書には必ず契約締結日を特定して定めます。「契約日から 1 年間」などといった条項がある場合、契約日は契約内容になりますので必ず記載しておく必要があります。また、法改正がある場合などでは契約日の取り決め次第で適用される法規の内容が異なってくることもあります。
そのような繊細な問題はありますが、基本的には両当事者が集まって契約書を作成した日を契約日としておけばいいでしょう。契約書を郵送などで完成させる場合には当事者間で契約日をいつにするか取り決めましょう。和暦、西暦はどちらを用いても併記しても構いません。併記する場合は和暦と西暦は不一致とならないよう注意してください。
印刷・製本
決済や事務処理上の都合などにより、契約日を過去やxxの日付にしたい場面があるかもしれません。そのような実態(過去の日にすでに口頭では契約がまとまっていた。いったんペンディングにして改めて将来の日で契約を締結し直すことにした。)があれば応じてもよいかもしれませんが、上記のように契約日が重要な意味を持つこともあり、また、契約の信用性に関わりますので基本的には望ましくありませんので注意が必要です。
最近は電子署名技術などを使いクラウド上で契約書を作成することも急速に増加してきましたが、紙が契約書の主役の時代は当面続くと予想されます。
署名した後で契約書の内容が書き換えられないように配慮する必要があります。まず、書き換え困難な筆記用具で作成しましょう。
次に、当事者それぞれが1通ずつ保管できるよう当事者の人数だけ契約書を作成しましょう。これにより片方の契約書の文言を書き換えてももともとの文言の契約書が存在することになり変造できません。
契約の前の契約 秘密保持契約
契約内容は1枚の紙にまとめるか、複数ページにまたがるときは一部のページを差し替えられないように隣り合うページにまたぐように当事者が契印するか、ホチキスで綴じた箇所を製本テープで覆い、製本テープに契印をします。契約書に別紙をつける場合、別紙自体に双方で署名押印などをしないのであれば契約書本体同様に差し替えられないように契印をする必要があります。
契約に向けて交渉に入ったからといって必ずしも契約締結に至るとは限りません。
印紙
契約交渉にあたって営業秘密、機微情報を開示するのであれば、秘密保持契約(NDA)を結ぶことを考えましょう。
契約書の内容や金額によっては印紙税の課税文書となります。
収入印紙を貼付し、印紙の再利用ができないように消印をします。契約当事者の印で行えば間違いないでしょう。詳しくは国税庁のサイトの説明を参考になります。
印紙を貼らなかった、消印を忘れていたからといって契約が無効になることはありませんが適切に対処してください。
xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxx/xxxxx/00/00.xxx
基本の一般条項
これから具体的な条項例をみていきます。「デフォルト」、「省略」、「明記」、「変更」を意識して確認を進めていってください。このプロセスを何度も経験することによって契約書の作成が身についていきます。
代金の支払い ほとんどの契約では金銭の支払いが内容となっていますから支払いについて
の条項は契約書で最も大切な記載の一つです。代金の支払いに関しては、民法
484条により弁済の場所は「債権者の現在の住所」で行うこと、民法485条により「弁済の費用は債務者の負担とする」こと、民法486条により「受取証書の交付を請求」できること、民法487条により「債権に関する証書がある場合において、」「全部の弁済をしたときは、その証書の返還を請求」できることなどが「デフォルト」として定められています。
代金の支払いを振込で行うことも多いと思いますが、上記の定めにより「デフォルト」は振込手数料を債務者の負担とすることになっています。
しかしながら、「振込手数料は引いて振り込んでいただいて結構です。」などと言われることもあるように、振込手数料を債権者側が負担する慣行も一部では行われているようです。そのため、「デフォルト」が債務者負担だからといって省略するのは不適切であり、振込手数料の負担については「省略」すべきではなく「明記」すべきでしょう。
支払日として指定した日が休日、祝日の場合どうなるでしょうか。期間に関する規定ですが民法142条では「期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日その他の休日に当たるときは、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。」という定めがあります。この規定の趣旨から翌営業日が期日となるという見解もありますが、これを
「デフォルト」と言い切れるかははっきりしません。
したがって、支払日が休日に当たる場合の処理は「明記」すべきこととなります。具体的には、該当日後、最初に到来する営業日を期限にする、または、該当日以前の直近の営業日を期限にするなどです。
条項例
甲は、令和〇年〇月〇日限り、金10万円を乙指定の下記口座に振り込む。ただし、支払日が土曜日、日曜日、祝日その他金融機関休業日にあたる場合にはその翌営業日を支払期限とする。振込手数料は甲の負担とする。
記
〇〇銀行 〇〇支店
普通 1111111xx xx
以上
代金の支払いにおいて支払期限を先にしていたり、一括払いではなく分割払いを認めるケースは多いと思います。
その場合、期限が来るまで支払いを行わなくてもよいという利益を債務者が持っているということになります。これを期限の利益といいます。
そして、期限の利益は民法137条で「債務者が破産手続開始の決定を受けたとき」、「債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき」「債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき」は主張できないと定められています。つまり、「デフォルト」は債務者が破産手続に入ったり、担保を減少させていない限り、期限の利益が認められることになっています。
この「デフォルト」はややバランスが悪いように思います。一度でも支払が滞ったときは一般的にその後も滞る可能性が少なくないので速やかに全額請求できるようにしておくべきです。また、支払いが滞ったときに限らず、相手が契約に定めた約束を守ってくれないときには残りの代金を一括請求したいと思うのが人情ですし、一括請求される可能性があれば契約の約束を守ってもらえる、契約の拘束力を強める効果が期待できます。
そこで、期限の利益を民法137条所定の場合以外にも主張できなくなる条項を置いておく、「デフォルト」の「変更」を検討すべきといえます。
条項例1
甲について次のいずれかの事由が生じたときは、乙は、何等の通知または催告なくして、甲の期限の利益を喪失させ、残金全額について支払請求をすることができるものとする。
(1)本契約の各条項に違反し、相手方による相当期間を定めた催告にもかかわらずこれを是正しないとき。
(2)甲がほかの債権者に対する債務の支払を怠り、または、約束手形若しくは小切手について不渡り事故を起こしたとき。
(3)仮処分、仮差押、強制執行の申立てを受けたとき。
(4)破産、民事再生、会社更生、特別清算等の法的手続またはこれに準ずる手続の申立てがなされたとき。
(5)甲が合併によらないで解散したとき。
(6)甲の財産状況が著しく悪化する等、本契約の履行が困難であると認められる相当な事由が生じたとき。
完全合意条項・修正条項
明確な契約書が存在しているケースでも契約書の外で約束の有無が問題となることがあります。
契約の成立についての「デフォルト」はどうだったか覚えていますか。契約の成立には必ずしも契約書の作成は必要とされていません。民法522条2項には「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と定めてあります。つまり、原則とし て、意思表示の合致さえあれば、契約は口頭でも成立します。
口頭でも契約が成立する以上、どんなに丁寧に契約書を作成しても契約書に書いていない約束があったと相手が主張した場合、契約書に記載がないという理由だけでは簡単には排除できない可能性がありま す。
完全合意条項は、契約書が過不足なく完全であることを確認し、契約交渉過程においてどのようなやり取りがあったとしても、最終的な契約書に記載されていないことについては当事者間で権利義務を発生させないとする条項です。
なお、完全合意条項は、契約の解釈について契約書外の事情は考慮しないという意味に用いられることもあります。
契約内容の変更についても書面を作成しない限り有効とならないという修正条項と併せて定めると、やや堅苦しさはありますが、文章化された契約書で定めたことが合意のすべてであると安心することができます。
反面、完全合意条項を採用すると、これまでの口頭やメールでのやり取りは契約内容にまったく反映されないことになります。慎重に契約内容を詰めて契約書の一言一句にこだわる必要があります。この負担がネックとなるせいか、合理的な条項ではありますが、必ずしも一般的とはなっていません。
口頭での合意でも権利義務の内容となる「デフォルト」を「変更」するかどうかは、上記の負担も考えて決断する必要があります。
条項例1
本契約は、本契約所定の事項に関する本契約当事者の完全な合意であり、本契約当事者の事前の合意または口頭の合意に取って代わるものである。
本契約への追加または修正は、本契約当事者双方の正当に権限を与えられた代表者によって作成される文書で合意されない限り、有効とならない。
存続条項
契約が解除や期間満了などで終了した場合、債務不履行などで発生した損害賠償請求権など法律の定めにより発生した権利は存続しますが、契約により創設された権利義務は契約の効力がなくなることにより無効となります。いわば契約がない状態に戻るのが「デフォルト」となります。
しかし、合意管轄、損害賠償額の予定など契約解除後にこそ有効としたい条項は数多くあります。そのような条項を契約書に組み込んでいるときには「デフォルト」のままにするのは完全に誤った判断となります。(解除後にこそ効果を発揮するような条項については、その規定の趣旨から解除後も有効と解釈される可能性もありますが、明確にしておくことに越したことはないと思います。)そこで「デフォルト」を「変更」して存続条項を定めなければなりません。
存続条項の対象としては、定義条項、完全合意条項、契約不適合責任条項、資料等の管理や返還についての条項、営業秘密や秘密保持に関する条項、個人情報についての条項、知的財産権の帰属などに関する条項、第三者の製品の保証内容や取り扱いなどに関する条項、損害賠償請求の期間や上限に関する条項、紛争解決に関する条項、合意管轄条項などが考えられます。
条項例
本契約が解除その他の原因により終了した場合であっても、第〇条、第〇条及び第〇条は、なお有効に存続するものとする。
合意管轄 紛争を裁判により解決する際にどの裁判所で審理が行われるべきに関する決
まりを裁判管轄といいます。裁判管轄は、争いの対象となる権利等の訴訟物の
違いによる事物管轄とどの地域の裁判所が担当するかという土地管轄に分かれます。
土地管轄については民事訴訟法4条以下に詳細な定めがあります。訴えの種類により複数の裁判所に管轄が生じる場合もありますが契約書との関係で意識しておきたい管轄は普通裁判籍による管轄です。普通裁判籍による管轄について定める民事訴訟法4条1項は「訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。」と定められています。そのため、同じ地域の会社同士であればあまり気にする必要はありませんが、東京の会社と大阪の会社が取引を行うような場合、訴えを起こす側が相手の地域の裁判所に出向いて裁判を起こす必要があるかもしれません。これが「デフォルト」になります。
この「デフォルト」については、民事訴訟法11条により、書面による合意で「変更」することが認められています。相手との利害が明確に対立する部分ですので難しい場合もあるかもしれませんが、可能であれば自分にとって都合の良い裁判所を記載しておくとよいでしょう。
条項例
甲及び乙は、本契約に関する一切の紛争については、広島地方裁判所を専属の管轄裁判所とする。
権利の存続期間
消滅時効の期間については民法の改正により、合理性に疑いのあった職業別の短期消滅時効の規定が廃止され、「知った時から5年」、「権利を行使することができる時から10年」とシンプルに統一されました。
この時効期間ですが、契約書の中で合意により変更できるかについては実は不明確です。民法146条には「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。」と定められているのでその趣旨からは時効完成を難しくする方向での合意は無効となりそうです。
時効完成を容易にする約束はどうでしょうか。多数説を、合意による延長はできないが、合意による短縮はできるとの立場である、と整理した文献はみかけますが、短縮についても認めない見解も有力そうであり、この多数説が「デフォルト」とは言い切れません。
したがって、時効期間を民法の定める期間から変更する条項は長くすることも短くすることも無効と理解される可能性があり、避けた方がよさそうです。
一方で、権利の存続期間の特約の効力は従来から有効と扱われています。時効制度に関する上記の学説状況からは民法改正後も特に影響を受けず基本的に有効と理解してよいと思われます。ただし、消費者の権利の存続期間を著しく短く定める条項など消費者の利益を一方的に害する条項は、消費者契約法10条により無効となる可能性もありますので注意が必要です。
条項例
前項の損害賠償請求権は、損害発生の日から 1 年以内に行使しなければ、消滅するものとする。
反社会的勢力排除条項
契約の相手が暴力団であるからといって、それのみで当然に契約を解除したり、債務を免れたり、というわけにはいきません。これが「デフォルト」です。
しかし、暴力団等の反社会的勢力を取引から排除するため、全国で暴力団排除条例が定められていま す。暴力団の活動を助長しないため、それらの条例では、事業者に暴力団との取引を行わないこと、暴力団と判明した場合には無催告解除できる条項を契約に盛り込むことなどを求めています。
そこで、「デフォルト」を「変更」し、契約書に暴力団排除条項を盛り込むことが考えられます。ただし、暴力団排除条項は定義規定を置く関係上条項は長いものになりがちです。他の規定との関連性も薄いので、主たる契約書本体から切り離して別途覚書などを作成するのも一つのやり方です。
条項例
1.甲および乙は、現在、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロまたは特殊知能暴力集団等、その他これらに順ずる先(以下これらを「暴力団員等」という。)に該当しないこ と、および次の各号のいずれにも該当しないことを表明し、かつ将来にわたっても該当しないことを確約する。
(1) 暴力団員等が経営を支配していると認められる関係を有すること
(2) 暴力団員等が経営に実質的に関与していると認められる関係を有すること
(3) 自己、自社もしくは第三者の不正の利益を図る目的または第三者に損害を加える目的で、暴力団員等を利用していると認められる関係を有すること
(4)暴力団員等に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められる関係を有すること
(5) 役員または経営に実質的に関与している者が暴力団員等と社会的に非難されるべき関係を有すること
2.甲および乙は、自らまたは第三者を利用して次の各号のいずれかに該当する行為を行わないことを確約する。
(1) 暴力的な要求行為
(2) 法的な責任を超えた不当な要求行為
(3) 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
(4) 風説を流布し、偽計または威力を用いて乙の信用を毀損し、または乙の業務を妨害する行為
(5) その他前各号に準ずる行為
3.甲または乙が、暴力団員等もしくは本条第1項各号のいずれかに該当し、もしくは前項各号のいずれかに該当する行為をし、または本条第1項の規定に基づく表明・確約に関して虚偽の申告をしたことが判明し、相手方との取引を継続することが不適切である場合には、相手方からの通知により本契約および個別契約の全部または一部を解除することができるものとする。
また、自らに損害が生じた場合にも、相手方になんらの請求をしないものとする。また、相手方に損害が生じたときは、自らがその責任を負うものとする。
4.前項の場合において、自らが住所変更の届出を怠る、あるいは相手方からの通知を受領しないなどの理由により、解除の通知が延着し、または到着しなかった場合は、通常到着すべき時期に解除されたものとする。
秘密保持
契約に伴って営業上のノウハウなど重要な情報を相手に渡すこともあるかと思います。そのような情報が万一漏えいしてしまうと大きな損害となったり、信用が失墜することになりかねません。不正競争防止法により窃取、詐取など不正の手段で営業秘密が取得された場合などについての保護規定は存在していますが、何が重要な情報かは受け取り側にとって明確であるとはいいがたく、相手に渡した情報がどう扱われるかについて、個人情報やマイナンバーを除き「デフォルト」はほとんど何も規定がないといえます。そこで、自社にとって重要な情報を相手に交付する場合には「デフォルト」を「変更」し、営業秘密に ついて第三者への開示や漏えいを防止する条項を置く必要があります。秘密保持の期間については情報が陳腐化する期間に応じて設定する必要があります。また、契約が解除された場合にも開示や漏えいを防ぐ
ために存続条項の対象としておく必要があります。
条項例1
1 甲及び乙は、本件業務遂行に関連して相手方より秘密である旨指定の上提供された情報を秘密として取扱い、その管理に必要な措置を講ずるものとする。但し、次の各号のいずれかに該当する情報については、この限りではない。
(1) 秘密保持義務を負うことなく既に保有している情報
(2) 秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
(3) 相手方から提供を受けた情報に関係なく、独自に開発した情報
(4) 本契約に違反することなく、かつ、相手方からの受領の前後を問わず公知となった情報
2 甲及び乙は、相手方の秘密情報について本契約の目的の範囲内で使用するものとし、相手方の事前の書面による同意なくして、第三者に開示してはならない。
3 本条の規定は、本契約終了後、〇年間存続する。
条項例2
1 甲及び乙は、本件業務遂行のため相手方より提供を受けた技術上又は営業上その他業務上の情報のうち、相手方が書面(電子的形式を含み、以下同様とする。)により秘密である旨指定して開示した情報、又は口頭により秘密である旨を示して開示した情報で開示後○日以内に書面により内容を特定した情報(以下あわせて「秘密情報」という。)を第三者に漏洩してはならない。ただし、次の各号のいずれか一つに該当する情報についてはこの限りではない。また、甲及び乙は秘密情報のうち法令の定めに基づき開示すべき情報を、当該法令の定めに基づく開示先に対し、当該法令の範囲内で秘密を保持するための措置をとることを要求のうえで開示することができるものとする。
(1) 秘密保持義務を負うことなくすでに保有している情報
(2) 秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
(3) 相手方から提供を受けた情報によらず、独自に開発した情報
(4) 本契約に違反することなく、かつ、受領の前後を問わず公知となった情報
2 秘密情報の提供を受けた当事者は、当該秘密情報の管理に必要な措置を講じるものとする。
3 甲及び乙は、秘密情報について、本契約の目的の範囲内でのみ使用し、目的の範囲を超える複製、改変が必要なときは、事前に相手方から書面による承諾を受けるものとする。
4 甲及び乙は、秘密情報を、本契約の目的のために知る必要のある各自の役員及び従業員に限り開示するものとし、本契約に基づき甲及び乙が負担する秘密保持義務と同等の義務を、秘密情報の開示を受けた当該役員及び従業員に退職後も含め課すものとする。また、乙は、再委託先に対して秘密情報を開示できるものとし、乙は当該再委託先に対して本条と同等の義務を課すものとする。
5 甲及び乙は、秘密情報が本件業務遂行上不要となったときは、遅滞なくこれらを相手方に返還又はその指示に従った処置を行うものとする。
6 秘密情報のうち、個人情報に該当する情報については、〇条の規定が本条の規定に優先して適用されるものとする。
7. 本条の規定は、本契約終了後、〇年間存続する。
債権総則
保証については2020年施行の民法改正で変わった点も、契約の有効性に関わるルールがあるので注意が必要です。契約書に関わる範囲でおさらいしておきます。
民法446条2項は、「保証契約は、書面でしなければ、その効力が生じない。」として書面作成されなければ保証契約は有効になりません。(なお、同
3項で電磁的記録を書面とみなす規定あり。)
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約を根保証といいますが、個人根保証契約について民法465条の2・2項は「個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。」としています。極度額の定めについては改正前民法において貸金契約について要求する規定を定めていましたが個人の根保証契約全般に広がりました。アパートの賃貸借契約の保証もここに含まれます。上限の定めがない場合には無効となりますので注意が必要です。
金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務を貸金等債務といいますが(民法465条の3)、事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約、根保証契約は、契約締結の日前1か月以内に作成された保証意思を確認する公正証書を作成していなければ有効となりません(民法465条の6)。保証人になろうとする者が法人たる主たる債務者の理事、取締役等の場合には公正証書の作成は不要とする例外が民法465条の9に定められています。
契約更新と保証
債務者の債務の履行について保証人をつける場合があります。契約更新を予定している契約について保証人をおく場合、更新後であっても保証人が責任を負うと考えられます。これが「デフォルト」です。しかしながら、近年保証人の責任を限定的なものとする法改正もあり、状況によっては更新後も責任を負うことが「デフォルト」と言い切れない場合も出てくるかもしれません。
また、保証人側が当初期間のみの保証の範囲と勘違いする可能性もあり、「省略」していると無用なトラブルが発生しかねません。そこで契約更新後についても責任が負うよう「明記」しておくとよいでしょう。
条項例
丙は、乙の連帯保証人として、本契約により生ずる乙の甲に対する一切の債務の弁済につき、連帯して保証する。〇条による契約更新後についても同様とする。
社会通念上の履行不能
取り決めた債務について、環境の変化により、履行は物理的に不可能とはいえないものの莫大な費用がかかる状況に置かれることは多々あります。債権者に手渡すことになっていた指輪を川に落としてしまったような場合が一例です。このような場合、契約で合意した債務である以上、債務者は履行の義務を負うのでしょうか。旧民法下ではこのような疑問が生じていましたが、民法412条の2第1項では、「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者はその債務の履行を請求することができない。」と定められました。
したがって、契約不適合責任で修補義務を負ってしまったが、その修補に過分の費用がかかる場合も履行不能と扱われることに条文上の根拠ができたことになります。したがって、莫大な費用がかかるような場合は債務の履行をしないでもよいというのが「デフォルト」となります。(なお、履行不能と評価された結果、損害賠償義務を負うかどうか、いくらの損害賠償義務を負うかは別の話です。)
ただし、「社会通念に照らし」という表現ではハードルが相当に高く感じられますので、「過分な費用」程度の表現で直接的に契約書上に「明記」するほうがよい場合もあると思います。
条項例
納入物の修正に過分の費用を要する場合、乙は前項所定の修正責任を負わないものとする。
契約上の地位の移転・債権譲渡
民法539条の2では、「契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する。」と定められました。
そのため契約上の地位の移転については、相手方の承諾がない限り有効となりません。そのため、これを禁じる条項を置くことは必須ではなく、「デフォルト」のままでも大きな問題はないでしょう。しかしながら、契約上の地位を相談なく譲渡しようとすること自体が当事者間の関係性を壊すものといえますので契約上の地位移転禁止については「明記」しておく方がよいでしょう。
債権譲渡を禁止する特約は従来よく見られました。しかし、この点は民法の改正で大きく変更されたため、今後どうなるか注視が必要となりました。詳しく見ていきます。
債権譲渡による資金調達の需要が中小企業にあるため、2020年施行の民法では債権の自由譲渡性を広く認めました。民法466条1項は、「債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。」と定め、同条2項では「当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を定められない。」としています。譲渡された債権の債務者の保護は、譲渡人に対する弁済等を譲受人に対抗できるなどとすることで別の形で保護されることになりました。
したがって、法に譲渡性を制限する規定が特にない限り債権は自由に譲渡できるのが「デフォルト」であり、しかも、譲渡制限の合意があっても債権譲渡の効力は有効であり、譲受人との関係では「変更」できないことが定められています。
(第3項では、譲渡制限の意思表示の存在について、悪意または重過失の譲受人に対して、債務者は債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他債務を消滅させる事由をもって対抗できるとして債務者には一定の配慮はしています。)
このような民法改正の趣旨からは、譲渡禁止特約があったとしても、債権譲渡を行っても契約違反にあたらないと理解される、債務不履行による解除が権利濫用として認められないといった解釈がされる可能性があると言われています。
しかしながら、債権を相談なく譲渡することも契約上の地位を譲渡しようとすること同様に当事者間の関係性を壊すものといえます。そのようなことから債権については譲渡や担保に供することを禁止する条項を盛り込むことは仮に譲受人には対抗できない結果となったとしても、当事者間では約束違反であることに変わりはないので一定の意味を認めることができると思われます。
条項例
甲及び乙は、互いに相手方の事前の書面による同意なくして、本契約上の地位を第三者に承継させ、又は本契約から生じる権利義務の全部若しくは一部を第三者に譲渡し、引き受けさせ若しくは担保に供してはならない。
違約金・賠償額の予定 債務不履行に基づく損害賠償を行う際、債務不履行から通常生ずべき損害が
賠償の対象となりますが、その損害額については請求する側が主張・立証して
いく必要があります。これが「デフォルト」です。
しかし、損害額の証明は簡単ではありません。損害賠償額をめぐって当事者間の紛争が長期化するおそれもあります。そこで、あらかじめ債務不履行があった場合の違約金を定めておくことにより、損害の発生や損害額を立証しないで予定賠償額を請求できるようになることは大きなメリットがあります。ま た、賠償額の上限をはっきり定めておくことで債務者のリスク計算を容易にするというメリットがあります。リスク計算が容易になるとサービスの対価を低額に抑えられるので通常取引相手にもメリットがあります。
なお、改正前は賠償額の予定がある場合には裁判所はその金額を増減できないとの規定がありました。しかし、過大、過小な取り決めについて公序良俗違反として民法90条で無効と判断されたり、消費者契約法9条で「事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える部分が無効と判断されたり、債権者の過
失を考慮して過失相殺を行ったりと、さまざまな調整が裁判所で行われている実態もあったため同部分は削除されています。
違約金の定めは、賠償額の予定と推定されています(民法420条3項)。賠償額の予定ではなく、違約罰の趣旨、すなわち、現実に被った損害については別に請求することを認める趣旨の合意も可能です。しかし、この推定規定の存在から「デフォルト」は賠償額の予定と解釈されてしまいますので、違約罰としたい場合には「変更」しておく必要があります。
条項例1
甲が、故意または過失により第〇条の義務に違反して乙に損害を与えた場合は、甲は乙に対し、損害賠償として金〇円を支払う。
条項例2
甲又は乙が、故意または過失により本契約に違反し、相手方に損害を与えたときは、相手方に対し代金総額の〇%の違約金を賠償しなければならない。ただし、相手方にこれを超える損害が発生したときはその超過額も賠償しなければならない。
条項例3
甲または乙は、故意または過失により本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、その損害を賠償しなければならない。ただし、損害賠償の累計総額は、債務不履行、契約不適合、不当利得、不法行為その他請求原因の如何に関わらず、委託料の金額を限度とし、また、当事者が予見すべきであったか否かを問わず特別の事情から生じた損害、逸失利益について は、賠償責任を負わないものとする。
遅延損害金
約定の支払日までに金銭の支払いがない場合に発生させる遅延損害金について、民法419条1項は
「金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。」とあります。法定利率は2020年施行の民法では変動制に改められ、現在は3%から開始することになっています。したがって、当面の「デフォルト」は約定利率の定めがない場合は3%ということになります。
ただし、損害賠償額の予定の定めがあったとしても消費者契約法や利息制限法による上限があります。消費者契約における金銭債務の損害賠償額の予定については、消費者契約法9条で14.6%が上限として定められています。貸金についての利息制限法の上限は29.2%(元本10万円未満)、26.2
8%(10万円以上100万円未満)、21.9%(100万円以上)となっていますが、貸金業者は2
0%が上限となっています。
契約の拘束力を高めるため、債権者の立場のときは法令上の上限の範囲内で高めに設定する「変更」を検討されるとよいでしょう。
条項例
乙が甲に対する金銭債務の履行を怠ったときは、乙は、甲に対し、支払期日の翌日より完済の日まで年10%の割合による遅延損害金を支払うものとする。
無催告解除
債務不履行を原因として解除権を行使する場合、債権者は相手方に相当の期間を定めてその履行を催告し、その期間内に履行がないときにはじめて契約の解除をすることができることになっています(民法5
41条)。債務の全部が履行不能であるときなどは催告によらない解除もできますが例外です(民法54
2条)。
この「デフォルト」の催告解除の原則は債務者に履行の機会を与えようという趣旨ですが、信頼関係がなくなっているにも関わらず、催告をしなければ解除できないのは酷であり、ややバランスが悪いケースも多いと思います。
そこで「デフォルト」を「変更」して無催告解除の範囲を広げておくことがよい場合が多いと思います。
条項例
甲又は乙は、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じたときは、何らの催告も要せず、本契約の全部又は一部を解除することができる。
(1)重大な過失又は背信行為があったとき
(2)手形、小切手が不渡りになったとき又は一般の支払いを停止したとき
(3)差押え、仮差押え、保全差押え、仮処分、競売の申立て又は滞納処分を受けたとき
(4)破産手続開始、民事再生手続開始、特別清算開始、会社更生手続開始の申立てを受けたとき又は自らこれらの申立てをしたとき
中途解約
一定の期間継続する債権債務を定めた契約は、その期間が満了するまで契約が終了しないタイプのも の、条件によって中途解約が可能なものが混在しています。契約の種類が民法の使用貸借にあたると明白であれば借主はいつでも解除できるなど、「デフォルト」が判断できるのですが、民法上のいくつかの典型的な契約をまたぐような契約の場合中途解約が可能かどうか「デフォルト」自体がはっきりしない場合があります。
そうはいっても予定より早く目的を達成したなどの理由で諸事情で中途で契約を終了させたい場合は出てくると思いますので、長期にわたる契約については必ず中途解約の可否及びそのルールについては「明記」しておくべきでしょう。
条項例
甲及び乙は、本契約の契約期間内であっても、相手方に対し、解約予定日の6か月前までに書面による通知を行い、本契約の中途解約を行うことができる。
解除通知の到達
契約を解除する必要に迫られるようなケースでは、相手方の所在がはっきりしないなど連絡自体取れないことも珍しくありません。民法97条には「意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。」と到達主義を採用しており、解除の意思表示を到達させられないために解除の効果が発生しないことにもなりかねません。解除の意思表示といえども相手に到達することが必要なのが「デフォル ト」です。「変更」は可能でしょうか。
民法97条 2 項には「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。」と定められており、一定の例外が認められています。
しかし、あくまで到達主義が原則でありますし、自分の権利関係の変動について連絡を受けるというのは基本的な権利といえますから、97条2項の適用は悪質なケースに限定するとの理解が通説かもしれません。そのため、到達主義の「デフォルト」を自由に「変更」できるかは実は微妙なところです。
しかし、契約書の中で解除通知のみなし到達規定を明記しておくことの結果として、相手方が到達していないことの主張を自制して紛争が防止できるかもしれませんし、民法97条2項のケースに該当するとの判断が得やすいケースもあるかもしれません。その意味で「変更」を明記することを検討してもよいと思います。
解除通知の到達条項例
手付
売買契約
前項の場合において、自らが住所変更の届出を怠る、あるいは相手方からの通知を受領しないなどの理由により、解除の通知が延着し、または到着しなかった場合は、通常到着すべき時期に解除されたものとする。
民法557条1項本文は、「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。」と定めています。そのため、手付を交付した場合、解除権を互いに残すというのが「デフォルト」となります。
そこで、契約の拘束力を強めて、手付放棄により解除されたくなければ解約手付としての性質を持たない手付、証約手付の効力にとどめておくように、手付の趣旨を「変更」しておく必要があります。
条項例
乙は甲に対し、本契約締結と同時に、手付金として金〇円を支払う。
手付金は、残代金支払いの際、無利息にて売買代金の一部に充当される。
甲及び乙は、本手付が解約手付としての性質を有するものではないことを確認する。
契約不適合責任( 従前の瑕疵担保責任) 1
旧民法では瑕疵担保責任という規定がありましたが、「瑕疵」という日常使用しない言葉が国民に分かりやすくないのではないかとの声から瑕疵担保責任の規定は契約不適合責任として見直しが行われました。
民法562条 1 項は「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修 補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。」と定 め、民法563条1項は「前条第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができ
る。」と定めています。目的物が約束と異なる品質等の場合には追完請求、代金減額請求ができ、また、債務不履行にあたりますので民法415条の規定による損害賠償請求、民法541条、542条による解除も出来るというのが
「デフォルト」となります。
この「デフォルト」ルールですが、現時点では社会に定着しているとはいいがたいと思います。そこで、「デフォルト」ルールのままでいく場合であっても「省略」することなく、「明記」を選択すべきだと思います。
また、見切り品の販売など、目的物の品質について通常負担するような責任を負わない形で売買が行われることもよくあります。このような取引は、品質の保証がない代わりに価格を安くするという点でバランスが取れており身近です。このような場合には「デフォルト」の責任を負わない合意があるわけですから「デフォルト」ルールを「変更」する条項を置く必要があります。
なお、契約不適合責任を負わない条項を採用した場合であっても、売主が品質などの問題点を故意に隠すなどして売却した場合、アンフェアだとして契約不適合責任を負わされる可能性があります。品質などに問題点がある場合にはそれを買主にも理解していただいたうえで売買を行う必要がありますので注意が必要です。
条項例1
引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。
条項例2
契約不適合責任( 従前の瑕疵担保責任) 2 契約不適合責任の担保責任の期間について、民法566条は「売主が種類又
は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合におい
て、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。」と定めています。
一方で、商人間、すなわち企業間での取引においては商法526条が適用されますが、同条1項は「商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。」、2項は
「前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。売買の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことを直ちに発見することができない場合において、買主が六箇月以内にその不適合を発見したときも、同様とする。」3項は「前項の規定は、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことにつき売主が悪意であった場合には、適用しない。」と定めています。
つまり、一般的には、買主は契約不適合を知ったときから1年以内にその旨を通知すれば契約不適合責任を売主に追及でき、他方で商人間取引では、契約不適合責任を売主に請求するためには、買主は目的物を受領後直ちに検査して契約不適合を直ちに売主に通知する必要があり、直ちに発見することができない場合でも6か月以内に不適合を発見して通知する必要があることになりま す。これが「デフォルト」となります。
民法566条の「知った時から1年以内」という定めは、買主の主観的な認識がなければ起算されないことになり、10年の消滅時効にかかるまで担保責任を負い続けることになりかねませんから売主にとっては相当に酷な定めのようであり多くの売買ではバランスが悪いように感じます。そこで権利行使期間に関しては商法が適用されない場合でも商法526条の規定にならい、目的物を受領したときから起算されるように「デフォルト」を「変更」する必要があります。
条項例
甲は、目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない場合には、受領後1年以内にその旨を乙に通知しないときは、甲は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
危険負担
危険負担とは、売買の目的物が両当事者の責めに帰することができない事由によって滅失するなど給付ができなくなった場合において目的物引渡義務に対応する代金支払義務が消滅するか否かという問題で
す。改正前の民法534条は特定物売買について引渡しの前後を問わずに債権者に危険を負担させており不合理な規定として修正する条項を設けるのが定番でした。
しかし、2020年施行の民法では同条は削除されましたので特定物売買において債務者が危険を負うことが「デフォルト」となりました。そのため、この「デフォルト」で構わない場合には、危険負担についての条項は設ける必要はないのですが、長らく上記のような状態にありましたし、危険負担は当事者にとって大きな問題ですので「省略」せずに「明記」する方がよいでしょう。
条項例
本件商品の引渡前に生じた滅失、毀損、盗難その他の危険は、甲(売主)がこれを負担し、引渡し後は乙(買主)がこれを負担する。
公租公課の負担
不動産売買などで公租公課(1月1日時点の固定資産台帳に記載された所有者に課税される。)を引渡しを境に負担を分担する条項を設けることがあります。この際に当該年度の税額が確定していない場合もあります。このような場合、税額確定まで精算を待つことは非効率といえます。
この点、前年度の金額を持って精算する条項とすれば直ちに精算できますし、金額もさほど異ならないケースがほとんどと思われます。利用を検討してもよいと思います。
条項例
本件不動産に関する公租公課その他負担金は、引渡完了日までを甲の負担とし、その翌日以降分を乙の負担とする。公租公課については令和〇年分の〇円をもってその金額とみなし、後日これと異なる金額であることが判明しても精算は行わないものとする。
数量指示売買
数量指示売買とは、「当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定の面積、容積、重量、員数または尺度あることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買」のことをいいます。例えば、1平米あたり10万円として土地の売買契約を結び、事後の測量により代金が増減するような契約のことです。
利益を受ける可能性があれば公簿取引ではなく、数量指示売買となる契約書を結ぶことも検討しましょう。
条項例1
1 甲は本契約締結後直ちに本件土地の実測を行う。測量費用は甲の負担とする。
2 本件土地の面積は実測によるものとし、実測された免責が別紙物件目録記載の免責と異なるときは、1平方メートル当たり〇円の割合により売買代金を増減させるものとする。
条項例2
本件売買は公簿売買であり、本契約書表示面積と実測面積の間に差異があることが判明しても互いに異議を述べず、売買代金額の調整は行わないものとする。
請負契約
契約不適合責任の期間 請負契約における契約不適合の担保責任は、民法637条によると、注文者
が不適合を知ったときから1年以内に通知すれば、追完請求、報酬減額請求、
損害賠償請求、解除ができることになっています。知ったときという注文者の主観的起算点から起算されるため、注文者の認識、「知ったとき」がない場合には、民法166条1項2号が定める期間、権利を行使できるときから10年間は時効が完成しないことになります。以上が「デフォルト」です。
これらの定めは注文者にとっては不利益ではないものの10年間は契約不適合責任から逃れられないことになり請負人にとっては相当な不利な定めとなります。また、10年も経過すると本当に契約不適合があったのかどうかもはっきりせず、契約不適合がないことの証明も困難となり、紛争解決が長引くことになります。このような10年分のリスクも踏まえて請負人が料金設定を行うと、料金もその責任に比例して高額となることが予想されます。そうなると結果として注文者も代金が高額となって不利益を被ることになります。料金を高めにしても長期の契約不適合責任を負わせるべきか、料金を低めにして契約不適合責任を短期とするかは当事者の判断にゆだねられますが、どちらかというと「デフォルト」を「変更」したほうがバランスが取れる取引が多いのではないかと思います。
そこで、契約不適合責任については、その行使期間については何らかの制限を契約書に設けておくと良いでしょう。引き渡したとき、また、検収完了時などを起算点として契約不適合責任を追及できる期間を制限することが考えられます。
条項例
納入物について、契約不適合が発見された場合、甲は乙に対して当該契約不適合の修正を請求することができる。ただし、契約不適合に対する責任については、検収完了後6か月以内に甲から契約不適合がある旨の通知がなされた場合に限るものとする。
再委託
請負契約においては引き受けた業務を再委託する場合があります。請負においては特に約束がなければ再委託は自由に行えるのが「デフォルト」です。そこで、再委託をする場合にも特にこれを可能とする条項は必要ないのですが、注文者にとってはこの請負人だからこそ依頼したというケースもあり、再委託の可否については認めない場合はもちろんですが、認める場合でも「省略」せずに「明記」しておくほうがよいでしょう。
条項例
乙は、本件業務の全部または一部を乙の責任において第三者に再委託することができる。この場合、乙は当該再委託先に対し、当該再委託業務遂行について第〇条(秘密保持)のほか本契約所定の乙の義務と同等の義務を負わせるものとする。
AI 契約書診断の今 最近、AI契約書診断が企業の注目を集めています。日本国内では「株式会
社LegalForce」と「GVA TECH株式会社」がサービスを開始
しています。当事務所は後者のAI-CONを法律事務所としては中四国で最初に導入しております。本日ご報告します使用実感などはこのAI-CONについてとなります。
まずは実際どんなものかご覧いただきます。今回は私がサンプルとなる商品売買契約書を用意して、AIによる診断結果をプリントアウトしておきまし た。
利用の仕方ですが、いたって簡単で、ブラウザでAI-CONのサイトにいきログインし、任意のフォルダからWordファイルかPDFファイルをドラッグアンドドロップし、チェックを実施するか聞かれるので確認をするだけです。これで翌日には診断結果が返ってきます。早ければ当日に返ってくることもあります。チェックが終わるとメールでお知らせがあり、アクセスすると確認することができます。確認する際に、自分が売主なのか買主なのか、甲か乙かなど視点を選択します。
アップロードで対応できるファイルがWordファイルとPDFということではあるのですが、Wordファイルであっても段組み、表、コメントなどがあると対応できずに審査を却下されてしまいます。PDFも透明テキストがついているものでなければならず、画像からOCRでテキストを判別して、というところまでは到達していません。いずれ技術の進歩で解消していくと思いますが、現状では対応できるように手直ししたあとでアップロードしており、手間とストレスではあります。
そして、お手元にあるものがサンプルの契約書と診断結果ですがいかがでしょうか。この契約書はAI診断の実力を見ていただくため、一般的な売買契約書に私の方で偏った内容にしたり、間違いを加えたりしたものです。立場としては買主側を選択して印刷しています。
広島株式会社という会社が買主となり、売主である東広島株式会社という会社から岡本一太郎先生のテミス像を購入したという設定です。診断結果はPD Fに出力して印刷していますが画面でみるともう少し見やすいものです。
各条、場合によっては各項、各センテンスごとに検討し、コメントがついています。条項例も提案されます。
第 4 条ですが、商品が双方の故意または過失なく滅失したときにどうなる か、いわゆる危険負担についての条項ですが、これについてはアンバランスな条項にしています。通常、危険負担は商品を支配下においている方が負担するのが通常で引渡しのときに売主から買主に移転するのが通常ですが、第4条は
当初から買主に危険を負わせています。これあるかによってがAIはそのことを指摘しています。
第 6 条ですが、ちょっとした間違いが混入してますが皆さんお気づきです か。第6条は、甲と乙を逆にする間違いがあるんです。このミスは様々な契約書でよくみかけます。これについてAIはどう判断したかというと、残念ながら指摘はありませんでした。こういうところこそAIによってチェックしてほしいところですがまだまだのようです。
今回のAI判定ではついていませんが追加した方がよい条項の提案なども末尾についてくることもあります。
さて、実際にサンプルをご覧になっていかが感じましたでしょうか。
感想は人それぞれだと思います。「各条項に有利・不利の判定をしてくれ る。」、「修正条項例の提案もある。」、「安心して契約を結べる。」。このような肯定的意見もあるでしょう。他方で、「条項の意味ぐらい読めば分か る。」、「みてほしいのはそんなことじゃない。」という否定的意見もあるのではないでしょうか。
AI契約書診断はまだまだサービスが始まったばかりです。LegalFo rceの契約書チェックではチェックが数秒で終わるようになったとの発表もあり、リーガルテックの進歩は脅威的です。不満はすぐに解消される可能性があります。
それを前提にしてということになりますが、期待値が高過ぎるのかもしれませんが、やはり現時点ではその期待値には到達していないのかな、そして、今後の進歩も簡単にはいかないのではないか、というのが個人的な印象です。私はAIの専門家ではなく、またAI契約書診断の仕組みの内情を知っているわけではありませんので、あくまでも外から見た感想程度でありますがAI契約書診断についての展望について私見を述べさせていただきます。
まず、前提としてAIの仕組みをおさらいしておきましょう。人物の写真から男性か女性かを判別するAIを例に確認してみましょう。
古いタイプ、従来型のAIでは、我々人間が外見の特徴のうち性別判定で着目すべきポイントを指定して、その評価を決定します。具体的には、髪の毛が長ければ女性の可能性が高い、口紅をつけていれば女性の可能性が高い、ひげを生やしていれば男性の可能性が高い、薄毛であれば男性の可能性が高い、などといったことですね。これらを数値化して男性の特徴のポイントと女性の特徴のポイント、どちらのポイントを多く獲得したのかといったところから性別判定を行うことになります。
従来型AIは人間が指定したファクターで点数をつけて判断していく髪の毛が長い → 女性の可能性が高い
口紅をつけている → 女性の可能性が高い
ひげを生やしている | → | 男性の可能性が高い |
頭髪が薄毛 | → | 男性の可能性が高い |
これに対し、ディープラーニングを経た最新のAIは上記のような過程を経ません。人物の写真とそれが男性なのか女性なのかという正解、私はこれを勝手に正解セットと名付けていますが、この正解セットを大量に読み込んで学習していきます。正解セットを用いない機械学習もあるようなのですが、主流は正解セットで学ぶようです。そして、どこに着目すればよいか着目すべきポイントをコンピュータがみつけていきます。人間から学ばずにコンピュータが見分け方を編み出すということなんです。どういうことかというと、例えば、意図的にサンプルを偏らせて、男性はすべて黒人の写真を、女性はすべて白人の写真をそれぞれ 1 万枚学習させたとします。するとおそらくAIは肌の色が性別判定において重要であると考えて評価の比重を高めます。その結果、2 万枚の学習の直後に白人男性の写真を見せて判別を求めると女性であると誤った判断をするかもしれないということです。我々は白人にも男性がいるのは当然知っていますから肌の色で性別を判定するような設定にはしませんがディープラーニングでは起こりうるのかなと思います。ただ、ディープラーニングのすごいところはサンプルが増えるにしたがって男性と女性の見分け方を独自に作り出し、ひょっとしたら我々が着目したこともないポイントも評価してものすごい精度まで高めていけるということなんです。
ディープラーニング型AIは大量の正解セットから男女判定のファクターを自分で作り上げて精度を上げていく
大量の男性の写真 → 男性の特徴を抽出(判定基準 1.0)大量の女性の写真 → 女性の特徴を抽出(判定基準 1.0)
↓
判定基準 1.0 で判定実施して正解 判定基準 1.0 で重視した要素の比重
を重く調整(判定基準 1.1)
判定基準 1.0 で判定実施して不正解 判定基準 1.0 で重視した要素の比重
を軽く調整(判定基準 1.1)
↓
このサイクルを無限に繰り返していく
さて、これを前提にAIによる契約書診断を考えたとき、どうでしょうか。
契約書の条項は人間の用いる自然言語で構成されています。この各条項の意味を判別するところまでは到達しているといっていいでしょう。自然言語の中でも、日本語はあいまいな表現も多く複雑な言語だと思いますが、よくできた契約書ほど一義的に権利義務を確定させる内容になり、使われる表現も限られてきます。その意味では、日常的な会話の意味を拾い上げるAIよりもひょっとしたら作りやすかったかもしれませんが十分驚きに値する性能です。どういう権利が発生するのか、どういう義務が発生するのか、そしてそれがクライアントにとって有利なのか不利なのか、これを教えてくれる面は合格点ではないかと思います。
対応する契約書の類型が増えるとかテキストなしのPDFも対応するとか診断スピードがアップするといった進歩は日進月歩でしょう。
しかし、ここから先の本質的な進化は非常に難しいのではないかと思います。
なぜ本質的な進化は難しく簡単ではないのか。それは契約書においてディープラーニングを行うサンプル、正解セットを作ることが容易ではないからで す。契約書にも正解、不正解がないわけではありません。特に絶対にサインしてはいけない不正解な契約書というものは考えやすいかもしれません。しか し、正解といえる契約書は簡単には決められません。当方に有利な条項を並べた契約書が正解の契約書でしょうか。違いますね。相手が受け入れなければそれは契約書のなりそこないにすぎません。契約書の正解というのは相手の出方も考え、さらには契約を取り巻く環境も含めて考えないと判断できません。
もしあなたがお菓子メーカーだとして、年間 1 万個も仕入れてくれる取引先
と年間 100 個しか仕入れてくれない取引先とで同じ条件で取引するのがベストだと思うでしょうか。長年付き合いがあるければ代金の支払いが滞りがちな取引先との適切な契約内容だとどうでしょうか。前払い、せめて商品と引き換えに代金を払ってほしいですよね。東京のデパートがそのお菓子に興味を持ってくれて仕入れたいといってきたらどのような契約にしますか。どんな不利な条件でも受け入れてもいいかもしれませんよね。
このように同じ商品を売るときですら適切な契約は変わります。すなわち正解の契約書は変わるわけです。
今のところAI契約書診断は契約書データを送るだけです。契約当事者たる企業がどのような状況に置かれているのか、この取引の成立がどれだけその企業に影響を与えるのか、はたまたその業界はどのような商慣習があるのか、そのような契約を取り巻く環境をAIは判断に取り込めていません。そして、そのような周辺環境と契約書の正解セットのサンプルが多数存在しない以上はディープラーニングといった学習方法による進歩も望めないのではないかと思います。
以上からやはり当面は人による最終的なチェックが欠かせない状況は続くのではないかと思います。ただ、AIによる診断を経ることでダブルチェックに
なりますし、不足しているかもしれない条項の提案などは非常にありがたいのでAI契約書診断が一時的なブームに終わることはないでしょうし、ものすごいスピードで進化しますから今後も注目していく必要があると思います。契約書を扱うことが多い企業は顧問弁護士と併せて導入を検討されてもよいと思います。
契約書に関するセミナー講師をお引き受けします。加藤までお気軽にお問い合わせください。