Contract
日本保険学会
「第三者のためにする生命保険契約における権利の調整」
京都女子大学法学部 xxxx
Ⅰ.はじめに
1.問題の所在
(1)序
本研究は、このような生命保険契約において、保険契約者が自分以外の第三者を保険金受取人として指定している、いわゆる「第三者のためにする生命保険契約」における保険金受取人の地位とそれをめぐる利害関係人との利害対立とその調整のあり方について検討を加えようとするものである。第三者のためにする生命保険契約における保険金受取人の法的地位をめぐる問題は、いくつかの法領域における問題と密接に、かつ複雑に関わるものである。この法的問題の内容について述べれば次の通りである。
第一に、第三者のためにする生命保険契約は、民法(とくに契約法)上の第三者のためにする契約の一種であると解されており、要約者(保険契約者)と諾約者(保険者)との間において契約が締結され、その契約の中で要約者によって特定された第三者(受益者)が、諾約者に対する権利を直接に取得するという法的構造を有している 1。そこで、第三者のためにする生命保険契約における受益者たる保険金受取人の法的地位の問題を解明するためには、まずこの第三者のためにする契約の法的構造を分析することが必要となる。そして、次に、それを明らかにした上で、第三者のためにする契約における要約者と諾約者との間の法律関係(出捐関係)、要約者と受益者との間の法律関係(対価関係)、受益者と諾約者との間の法律関係(補償関係)といった三者間の関係における財産の移転の問題を明らかにする必要がある。とくに、このような契約の場合、保険契約者と保険金受取人との間の対価関係における財産の移転の問題が重要である。保険契約者の債権者は、保険契約者の責任財産につき重大な利害を有することから、そのような利害関係人との調整が必要とされる。ここに、生命保険契約と一般の契約法理とが交錯する問題として位置づけることができる。
第二に、第三者のためにする生命保険契約における保険契約者から保険金受取人への財産の移転の法的性質が問題となる。すなわち、この法的性質を生前処分としての性格を有するものとして位置づけることができるのか、それとも死因処分としての性格を有するものとして位置づけることができるのかが問題となる。生命保険契約(死亡保険)では、保険事故発生前は、条件付権利として存在しているにすぎないが、この場合でも、一定の財産的価値を有する権利であると解されており、保険契約者兼被保険者の死亡により、その財産(具体的な金銭債権となった保険金請求権)が、保険金受取人へと移転する。このような契約による財産移転が、生前処分(生前の贈与)と解されるのか、それとも死因処分(死因贈与や遺贈)と解されるのかによって、その理論的帰趨に違いがもたらされる。こうして保険事故の発生によって移転した財産が、それに関わる相続利害関係人との間で利害対立をもたらすことから、それを調整すべきことが必要となる。ここに、生命保険契約と相続法理とが交錯する問題として位置づけることができる。
第三に、生命保険契約は、経済的保障手段の一つであり、わが国における他の保障手段の補完的機能を果たしている。生命保険契約における保障と他の保障手段と比較して分析することで、生命保険契約における保障について、どのような政策的配慮がなされているかが明らかとなるだろう。
(2)問題の所在
本研究は、死亡保険契約で保険契約者兼被保険者が第三者のためにする生命保険契約を締結しており、当該契約において、指定された保険金受取人が、保険契約者兼被保険者の相続人でもある場合を想定して考察を進めていく。このような契約が締結され、保険事故が発生すれば、保険金受取人が保険金請求権を取得することとなる。この場合、以下に述べるように、多くの法律問題を生ずることとなる。というのも、生命保険契約は、人の死亡に関して一定の保険給付を行うもの(保険
1 第三者のためにする契約に関する詳細な研究として、xxxx『第三者のためにする契約の法理』(信山社、2003年)参照。
法2 条8 号)であり、保険事故の発生(人の死亡)により保険者の保険金支払事由が生じることによる帰結であるが、それとともに、その者(被保険者・被相続人)の死亡時に相続が開始される(民法882 条)ためである。
この点について、わが国の判例2・通説3は、保険金受取人の保険金請求権取得の固有権性を認めている。この論理は、保険金受取人は指定された段階で条件付きではあるが、自己固有の権利として、保険契約者から直接に保険金請求権を取得するのであり、この取得は、原始取得であって承継取得ではないというものである。すなわち、第三者のためにする生命保険契約は、民法上の第三者のためにする契約の一種であり、その契約の当然の効果として、保険金受取人は直接に保険者に対する保険金請求権を原始的に取得し、保険契約者にいったん帰属したものを承継的に取得するのではないと説明されている 4。この考え方によれば、保険金請求権は保険契約者の相続財産に帰属したものを承継的に取得したものでないこととなり、したがって相続債権者のための責任財産を構成しないこととなる。
そもそも、生命保険契約への加入の動機は様々であり、自分自身の老後の生活保障のためである場合もあれば、自分の死後の残された遺族の生活保障のためである場合もある。一般に死亡保険であれば後者の場合が加入の動機であると考えられ、そのために特定人を保険金受取人に指定して自己の財産(保険金請求権)を移転する。その上で、遺族への生活保障といった観点から、特定人の財産取得を保護する必要があり、この点から保険金受取人の保険金請求権取得の固有権性を認めているものと考えられる。もっとも、次のような観点から上記見解に対して批判がなされている。すなわち、第一に、保険契約者が通常は、保険金受取人の指定・変更・撤回権を留保しているのが通
2 最判昭和40・2・22 民集19 巻1 号1 頁では、保険契約者・被保険者の相続人を保険金受取人に指定した場合の保険金請求権の帰属が争点となっている事案について、保険契約者・被保険者である被相続人から包括遺贈を受けた者が、相続人以外の者であったところ、保険金受取人が相続人と指定されていたために、この包括受贈者ではなく、相続人である兄弟姉妹に保険金が支払われたため、包括受贈者は、本件保険金は相続財産に属するため、自分に支払われるべきであるとして保険者に保険金を請求したという事案について、「特段の事情のないかぎり、右指定は、被保険者死亡の時における、すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であって、前記大審院判例の見解は、いまなお、改める要を見ない。そして右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない」として、他に特段の事情の認められない本件では、保険金請求権は相続人の固有財産に属し、相続財産に属するものではないとして、包括受贈者の請求を棄却している。その後の最判昭和48・6・29 民集27 巻6 号737頁では、保険金受取人の権利取得の固有権性を認めるものの、相続債権者の利益にも配慮すべきということが判示されている。これを機に学説でも、保険金受取人の権利取得の固有権性を強調するだけではなく、相続利害関係人の利益にも配慮すべきという主張がみられるようになる。
3 xxxx『保険法』(有斐閣、補訂版、1985 年)274 頁、xxxx『保険法』(悠々社、第三版、1998 年)329 頁、xxx『商法Ⅳ(保険法)』(青林書院、改訂版、1997 年)285 頁、xxxx『保険法』(有斐閣、2005 年)510-511頁など参照。なお、反対説として、xxxx「第三者のためにする生命保険契約における保険契約者と保険金受取人との関係」『生命保険契約法の理論と実務』(保険毎日新聞社、1997 年)63 頁(=初出、保険学雑誌403 号(1958年))参照。
4 保険金受取人の権利取得の固有権性に関連する論文として、xxxx「保険金受取人の法的地位」xxxx=xxxx『生命保険契約法の諸問題』(有斐閣、1958 年)1 頁以下(=初出、法学論叢46 巻3 号~5 号(1942 年)、xxxx「生命保険金債権の相続性と非相続性」保険学雑誌383 号72 頁(1953 年)、xx・前掲注(3)63 頁以下、xxxx「判批」法協82 巻5 号110‐111 頁(1966 年)、xxx「生命保険金請求権と相続の関係」法学新報75 巻10
=11 号133 頁(1967 年)、xxxx「生命保険金請求権取得の固有権性」『現代の生命・傷害保険法』(弘文堂、1999年)51-52 頁、xxx「相続と保険金受取人―学説史素描」『昭和商法学史』(日本評論社、1996 年)459 頁以下、xxxx「保険金受取人の法的地位(1)〜(7)」法学協会雑誌109 巻5 号719 頁以下、109 巻6 号1042 頁以下、109
巻7 号1184 頁以下、109 巻11 号1735 頁以下、110 巻7 号991 頁以下、110 巻8 号1173 頁以下(1992〜1993 年)、xxxxx「相続の平等と持戻制度」xxxx=xxxx編『現代社会と民法学の動向(下)(xxxx先生古稀記念)』
(有斐閣、1992 年)435 頁以下、xxxx「生命保険金請求権の民法903 条の特別受益性について」関西大学法学論集42 巻3=4 号321 頁(1992 年)、同「生命保険金請求権の相続性」民商法雑誌109 巻4=5 号869 頁(1994 年)、同「生命保険金の特別受益性が否定された事例二件」民商法雑誌122 巻6 号914 頁(2000 年)などがある。
常であり、保険契約者がその権利を行使すれば、保険金受取人は権利を失うということがあげられる。第二に、保険契約は保険契約者による保険料の支払いにより継続するものであるから、保険金請求権は、保険契約者の出損により発生するものであるということがあげられる。そのように考えると、保険金請求権は、保険契約者の相続債権者等の弁済へと充当されるべき責任財産を構成すべきであるとも考えられる。
以上のように、いわゆる保険金受取人の保険金請求権取得の固有権性は、理論的には承認されていながらも、その理論の帰結について、判例・学説の立場は一貫していない 5。たとえば、特別受益の持戻しと遺留分減殺請求において必ずしも一貫した帰結が導かれているわけではない 6。保険金受取人は、保険事故の発生により、具体的な金銭債権となった保険金請求権を自己固有の権利として取得するものとされている。この保険金受取人の保険金請求権取得の固有権性についてのxxの規定はないが、保険法 42 条が「保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。」と規定していることから、その当然の解釈的な帰結として認められている 7。もっとも、判例・学説の整理によれば、当初は保険金受取人による権利取得を強調する見解がみられたが 8、現在では、保険金受取人の権利の保護のみを強調するだけではなく、債権者の利益にも配慮すべきことが認められている 9。すなわち、最高裁昭和40 年2 月22 日判決の論理10を強調し、第三者のためにする契約の当然の効果として、保険金受取人の保険金請求権取得の固有権性を絶対的なものとして認めるとすれば不都合が生じうるものであることは、学説においても広く認められているところである11。
以下では、この保険金受取人の権利取得の固有権性を前提として、そのような保険金受取人の権利取得と相続利害関係人との関係について、従来の判例・学説の議論を整理し、その問題点を明ら
5 xx・前掲注(3)275 頁、xx・前掲注(3)330 頁、xx・前掲注(3)283-284 頁、xx・前掲注(3)511 頁参照。
6 拙稿「生命保険契約と相続との関係―保険契約法理と相続法理との交錯―」生命保険論集181 号 25-50 頁(2012年)参照。
7 保険法49 条は、保険法42 条の規定に反する特約で保険金受取人に不利なものは無効とするとして片面的強行規定を定める。なお、xx・前掲注(23)保険金受取人の法的地位47 頁では、保険金請求権は、第三者のためにする契約の当然の効果として、保険金受取人が直接に保険者に対して取得するものであることから、受取人の有する権利そのものは、一旦保険契約者から承継的に取得したものではなく、他人のためにする保険契約により保険金受取人が直接に取得したものであり、その意味での固有の権利であるとされる。反対する見解として、xx・前掲注(23)106頁参照。
8 大正から昭和初期における学説では、被保険者(保険契約者)の債権者の利益も考慮すべきであるが、それ以上に遺族の生活保障を重視する考えから、保険契約者の相続人が保険金受取人となっている場合にも、保険契約者の債権者の弁済の引当てとはならないとする見解が主張されていた(xxxx『保険法』(中央大学出版会、1916 年)248頁、xxxx『保険法論』(xx書店、訂正増補、1921 年)702 頁、xxxx『補訂保険法論』(巌xx、1925 年) 382 頁)。またこのような見解を受けたと考えられる昭和初期の判例も見られる(大判昭和6・2・20 新聞3244 号10頁、大判昭和11・5・13 民集15 巻877 頁)。
9 もっとも、その後の学説では、被保険者の遺族保護のみに傾くのではなく、相続債権者の利益も法的にはxxに考慮されるべきであることを主張されている(xxx「判批」民商4 巻5 号139 頁以下(1936 年)、xx・前掲(4)
「判批」生命保険契約法の諸問題223 頁以下、xx・前掲注(4)「保険金受取人の法的地位」生命保険契約法の諸問題1 頁、xxxx『相続法論(下)』(弘文堂、1938 年))849 頁)。
10 この点については、被相続人である保険契約者兼被保険者が締結した保険契約に基づき、かつ被相続人(保険契約者兼被保険者)の死亡により、保険金受取人が取得する保険金請求権は、自己固有の財産であって、相続財産には属しないという理解がなされている。
11 さらに、その後最高裁昭和40 年判決が出される以前にすでに、保険金受取人のために無償処分を行っているのと同様の実質関係を考慮すべきという見解があり(xxxx『商法Ⅲ』(勁草書房、改訂版、1959 年)371 頁、xx・前掲注(4)63 頁)、その後の学説にも、第三者の権利取得の実質的根拠は対価関係にあるのであるから、第三者と利害関係人との間の利害調整は対価関係に即して行われるべきであると主張する見解がみられる(xx(友)・前掲注(4) 85 頁、86−97 頁、xx・前掲注(4)法学協会雑誌109 巻5 号798-799 頁、109 巻6 号1063-1064 頁、110 巻8 号 1190 頁以下)。
かにしたい。
2.わが国おける議論の状況
①限定承認・相続放棄との関係、②遺留分との関係、および③特別受益の持戻しとの関係における保険金受取人と相続債権者との関係について、これまでの判例・学説の議論の展開・状況を整理してきた。そこで、次にこのような判例・学説の議論において、問題となる点を指摘したい。
判例では、①の点については、保険金請求権を保険金受取人が自己固有の財産として取得すること前提に、相続債権者の債権回収の引当てとなることが否定されており、学説でもそのような考え方が多数である12。その一方で、判例は、②・③の点については、保険金受取人の権利取得の固有権性を前提に、遺留分減殺の対象や特別受益の持戻しの対象とはなることを否定するものと肯定するものとがあるが、学説は、保険金受取人の権利取得の固有権性を制限し、他の共同相続人や遺留分権者との関係で、一定の考慮をするというものが多数である。まず、このような、同様の理論から異なる理論的帰結が導かれるということに根拠があるのかといった疑問が生ずる。
このような②・③の理論的帰結、すなわち生命保険金請求権が特別受益または遺留分減殺の算定として考慮されるべき財産に含まれるとすることを正当化する判例・学説にはどのような理論的基礎が存在しているのだろうか。仮に、これを生前贈与あるいはこれに準じたものとして扱うことができれば 13、形式的には①と②・③の取り扱いが異なるということを説明することができる。すなわち、生前の処分行為である以上は、限定承認・相続放棄との関係では問題とならないが、他の相続人や遺留分権者との関係で、特別受益または遺留分算定の基礎として考慮されるということも理解することができる。諸外国においてもそのような理論構成がとられ 14、またわが国においてもそ
12 限定承認にかかる判例には、大判昭和10・10・14 新聞3909 号7 頁、大判昭和11・5・13 民集15 巻882 頁、最判昭和48・6・29 民集27 巻6 号737 頁があり、学説には、xxx「相続財産の範囲」『家族法体系Ⅵ』(有斐閣、1960年)179 頁参照。相続放棄にかかる判例には、東京地判昭和60・10・25 判時1181 号155 頁、名古屋地判平成4・8・ 17 判タ807 号237 頁があり、学説にはがある。
13 民法903 条1 項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と規定している。この場合、共同相続人の一人でもある保険金受取人が生命保険金を取得したことが、下線部の「生計の資本として」受けた贈与に該当するときには特別受益として考慮されることになる。他方、民法1030 条は、「贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。」と規定している。この場合、共同相続人の一人でもある保険金受取人が生命保険金を取得したことが、下線部のように「相続開始前の一年間」になされた贈与に該当するときには遺留分算定の基礎として考慮されることになる。
なお、遺留分算定の基礎となる財産に考慮される贈与は、相続開始前1 年間にしたものに限られているが、相続人に対する特別受益の持戻しとなる贈与については、相続開始よりも相当以前になされたものであり、民法1030 条の要件をみたさないものであっても原則として遺留分算定の基礎となる財産として考慮されるとする判例がある(最判平成10・3・24 民集52 巻2 号433 頁)。
14 ドイツでは、第三者のためにする生命保険契約の保険金受取人は、保険契約の効果として、保険金請求権を固有の権利として取得するということが一般に認められており、その具体的帰結として、保険金請求権は、保険契約者の相続財産に属するものではないとされている。もっとも、保険契約者の相続債権者や遺留分権者などの相続利害関係人との間での問題は、対価関係を基準として解決を図るものとされている。ドイツの判例・多数説は、この対価関係を、保険契約者から保険金受取人への生前処分があるものと捉えており、そのために、保険金請求権を取得した保険金受取人が、保険契約者の相続財産に属しないため、相続債権者等への責任財産を構成するものではないが、生前処分(生前贈与)という承継取得の効果であるがゆえに特別受益野持戻し・遺留分算定において考慮されるという(xx(友)・前掲注(4)論文57 頁、65-66 頁参照)。
他方、フランスでは、保険契約者による指定がなされ(なお、指定がない場合については、フランス民法典1122条に規定されているように、契約者自身のため、またはその相続人・承継人のためになされたものであるとされ、したがって保険金請求権は相続財産の一部を構成する(保険法典L.132-11 条))、保険金受取人がそれに対する受益(承
のような理論構成を主張する見解も存在する 15。もっとも、わが国の学説では、生命保険金請求権が特別受益または遺留分減殺の算定として考慮されるべき財産に含まれる理由づけとして、保険契約者と保険金受取人との間に、死因贈与あるいはこれに準じたものが存在することをあげている16。ただ、この場合にも、相続債権者との関係で、保険金受取人がなぜその権利取得について固有権性を制限されるのかを説明する必要があるが、その点の理由づけは明らかではない17。また相続法の立場からは、①と②・③の諸制度において上記のような取り扱いの違いをもたらす理由については、
「相続人間のxx」や「実質的平等」といった理由づけをあげているが18、これにより諸制度の取扱いの違いを正当化できるのものではないと考えられる。
そこで、理由づけとしては次のように考えられるのではなかろうか。すなわち、保険金受取人の確定的な権利取得は、被保険者・被相続人の死亡時(保険事故発生時)であるため、それを死因贈与あるいは遺贈ととらえることができれば、上記①から③を区別することなく、相続の利害関係者に対して保護を与えることになるため、判例・学説の論理も①についても例外なく相続法の適用を考えることになる。しかし、現行相続法上(判例法理も含む)の理解としては、①についてはそのように考えていないのであり、したがって、そこには相続法の解釈を超えた、何らかの「政策的な配慮」があると考えられる。
他方で、判例・通説は、固有権性という抽象的な文言から、保険金請求権が相続債権者の債権回収の引当てとはならないという結論を導いている。しかし、このような結論から、①と②・③の取扱いに違いを設ける判例・通説の論理も明確ではない。一般に、保険金受取人の権利取得は、保険契約の効果によるものとされている19。このことは、「保険契約の効果」により取得するということであって、「相続」によって取得するものではないということを述べるものであると考えられる。保険契約を締結し、特定の者を保険金受取人として指定している以上、保険金の取得が相続による包括承継の効果ではないことは言うまでもないが、その点は、遺贈や死因贈与も同様である20。そうだとすれば、契約の効果であるから、相続法の適用はないとする論理は適切ではない。むしろ、わ
諾)の意思表示をした場合には、保険金受取人は自己固有の権利として確定的に権利を取得し(L.132-12)、保険契約者はもはや指定を撤回することができないとされている(L.132-9 条3 項)。そこから、保険金受取人の権利取得は、生前贈与というものということができず、原則としては、特別受益・遺留分算定に関する規定は適用されないが
(L.132-13 条1 項)、例外的に保険契約者の支払った保険料が、その資力に比して明らかに過大である場合には、特別受益・遺留分算定に関する規定が適用される(L.132-13 条2 項)。
15 xx(友)・前掲注(4)論文78 頁参照。
16 xx・前掲注(12)180 頁参照。
17 xx(友)・前掲注(4)論文79 頁参照。
18 たとえばxxxxx「相続の平等と持戻制度」xxxx=xxxx編『現代社会と民法学の動向(下)(xxxx先生古稀記念)』(有斐閣、1992 年)437 頁以下、448 頁は、生命保険金請求権の持戻しについて、それを原則として肯定する立場から次のように述べておられる。すなわち、第一に、被相続人が特定の者を保険金受取人として指定している場合には、その被相続人の意思解釈の問題として、被相続人が自己の死後の遺族に対する生活保障としての意図をもって特定人を指定している場合には、生命保険金を先取り分として扱うことが妥当であるとされ、持戻しを否定される。第二に、被相続人の意思が明確でない場合には、法律行為の解釈問題であるとして、相続人の身分、保険金額の大きさ、他の相続財産との比較などのさまざまな事情を考慮して先取り分として扱うことが妥当であるされる場合には、持戻しの対象とはならないとされる。なお、xxxxの見解は、上記のxxxx「生命保険金請求権の民法903 条の特別受益性について」関西大学法学論集42 巻3=4 号321 頁(1992 年)および同「生命保険金請求権の相続性」民商法雑誌109 巻4=5 号869 頁(1994 年)においては、共同相続人間のxxを図るために、原則として特別受益性を肯定し、被相続人の意思を重視して、特別受益の持戻し免除の規定の活用を図るべきであると主張されるが、同「生命保険金の特別受益性が否定された事例二件」民商法雑誌122 巻6 号914 頁(2000 年)では、被相続人がxxの相続人のうちのある特定の相続人を保険金受取人に指定していることの意思を重視することをさらに強調され、共同相続人間のxxを極めて損なうという例外的な場合には、特別受益に準じて処理すべきであると主張されており、見解が異なっていることに注意を要する。
19 xxxxx=xxx『相続法〔第4版〕』(有斐閣、2002 年)566 頁参照。
20 xx=泉・前掲注(19)相続法566 頁、xxx『民法Ⅳ(親族・相続)』(東京大学出版会、2004 年)482 頁参照。
Ⅱ フランス法における議論
(1)序
フランス法22は、ローマ法に起源を有しており、契約の相対効を前提としている。そのため、現行のフランス民法典もそれをうけて契約の相対効を原則としているが(フランス民法典1119条)、二つの例外(同1121条・1165条) についてのみ、第三者のためにする契約を認めている23。もっとも、生命保険契約との関係でいえば、19世紀中頃まで契約の相対効に基づき第三者のためにする契約が原則として禁止されることがあまり問題となることはなかった。しかし、1860年代以降に生命保険契約が本格的に普及するに伴って、第三者のためにする契約を利用して自らの死後の遺族の生活保障の仕組みとして利用するために、このような契約形態を制度として容認していく必要が生じた。このような状況の下で、フランス民法典は制度として第三者のためにする契約を容認したものの、判例の立場は一貫していなかった。その後、19世紀後半から相次いで出された一連の破毀院判決24によって理論が確立されていくことになる。すなわち、①保険金受取人が指定されていない場合(または保険金受取人の指定として認められない場合を含む)には、保険金請求権は要約者(保険契約者)の相続財産に帰属するということ25、②保険金受取人が指定された場合には、当該受取人は保険金請求権を保険契約者の相続財産に一度帰属したものを承継的に取得するのではなく、原始的に取得するということ26、および②の結果、③指定保険金受取人は、諾約者(保険者)に対する直接かつ固有の権利を取得するということ、である。
21 xx・前掲注(4)保険法275 頁、xx・前掲注(4)284 頁、xx・前掲注(4)330 頁、xx・前掲注(4)保険法511 頁など参照。
22 Xxxxxxx Xxxxxx et Xxxxx Xxxxxx, Les assurances terrestres , le contrat d’assurance, 5e éd., 1982.
23 フランス民法典1119 条「人は、一般に、自己のためにのみ、その固有の名をもって拘束され、あるいは要約することができる。」、同 1121 条「同様に、人は、自分自身のためにする要約の条件、あるいは他人にする贈与の条件である場合には、第三者の利益のために要約することができる。この要約をした者は、第三者が受益を求める意思表示をしたならば、もはやそれを撤回することはできない。」、1165 条「合意は、契約当事者の間においてのみ効力を有する。合意は、第三者を害することなく、また1121 条に規定された場合のみ第三者にも利益をもたらす。」
なお、フランス民法典の条文の翻訳については、法務省民事xxxx室(参与室)編『民法(債権関係)改正に関する比較法資料』NBL146 号(2014 年)を参照した。
24 ①破毀院1873 年12 月15 日判決(Civ.,15 décembre 1873,D.P.,1874,1,113,S.1874,1,199)、②破毀院1881 年3 月
2 日判決(Civ.,2 Mars 1881,D.P.,1881,1,401,S.1881,1,145.)、③破毀院1884 年7 月2 日判決(Civ., 2 juillet
1884,D.P.,1885,1,150,S.1885,1,5)、④破毀院1888 年1 月16 日判決(Civ. , 16 janvier 1888, D.P., 1888,1, 77, S.1888,
1,121)、⑤破毀院1888 年2 月8 日判決(Civ. , 8 février 1888, D.P., 1888,1,199, S.1888, 1,129)、⑥破毀院1896 年6
月29 日判決(Civ. , 29 juin 1896, D.P., 1897,1,73, S.1896, 1,361)。
25 この場合、民法典1122 条に規定されているように、契約者自身のため、またはその相続人・承継人のためになされたものであるとされ、したがって保険金請求権は相続財産の一部を構成する。このことは、保険法L.132-11 が「死亡保険契約が、保険金受取人の指定なしに締結されたときは、保障された一時金または年金は、保険契約者の財産もしくは相続財産の一部となる。」規定していることからも明らかである。これは、固有権によるものではなく、相続権に基づき、相続財産の中の各自の権利割合に応じて、相続人および限定承認相続人のものとなると解されている
(Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°501, p.783)。もっとも、本文のような結果ではあるが、特別受益の持戻し、
あるいは遺留分減殺の問題は生じえないとされている。この場合、保険金は、相続の積極財産として、自由処分財産の持分算定において考慮されるにすぎない。
26 破毀院判決により形成されてきたものが明文化されてきたものであり、その後、1930 年法以降明文化、現行保険
他方、フランス法は、第三者のためにする生命保険契約における保険金受取人の地位とそれを取り巻く利害関係人との利害調整について特有の規律を設けている。すなわち、フランスでは、1930年に制定されたフランス保険契約法典(以下「1930年法」という)は、それ以前の30年余りにわたる検討の成果として成立したもっとも近代的な立法であるといわれており、諸外国に類を見ない独自の立法がなされている。もっとも、このような独自の立法は、1930年法の制定によって突然もたらされたものではなく、その大部分が上に述べた19世紀末の判例理論の蓄積によって明らかにされた理論を再確認し、立法化したものである。もっとも、1930 年法が成立する以前には、保険契約に関する制定法が存在していなかったため、判例および学説は、第三者のためにする生命保険契約について、第三者のためにする契約(契約法一般)を定める民法典の解釈によって理論を確立してきた。したがって、フランスの生命保険契約は、契約法に関する民法の理論と生命保険契約に特有の政策的配慮を伴う理論とが相当程度重なりあうという特徴を有しているということがあげられる。
(2)フランス法における具体的な利害調整について―保険事故発生前
保険契約者による保険金受取人の指定がなされ、それに対して保険金受取人が承諾の意思表示をした後は、保険契約者は保険金受取人の指定撤回権を含む保険契約上の処分権限を失うのに対して、保険金受取人の固有かつ直接の権利が確定することとなる27。もっとも、契約法と政策的配慮を有 する生命保険契約法との理論が未分離であるフランスにおいては、一般法上の撤回原因(忘恩行為
(民法典955条)、事後出生(同960条)、負担の不履行(同953条)。なお、夫婦間の贈与はいつでも撤回をすることができる(民法典1096条)がある場合には、保険金受取人の承諾があってもなお権利は確定されないこととなる。
このようにして、保険契約者によって指定された保険金受取人が承諾の意思表示をした場合には、一般法上の贈与の撤回原因に抵触しない限り、保険金受取人が権利を確定的に取得することになるため、保険契約者の債権者は、原則としてこれを自らの債権回収の引当とすることはできないということになる。それに対して、保険契約者が保険金受取人を指定し、それをうけた保険金受取人がいまだ承諾をしていない場合においても、保険契約者が保険契約上の処分権限を有しているが、そのような場合であっても、保険契約者の債権者は、保険契約者自らが保険金受取人の指定撤回権を行使するか、あるいは買戻権を行使するといった例外的な場合を除き、自らの権利を主張 することができないと解されている。これは、保険金受取人の指定権および買戻権のいずれも保険契約者の一身専属権であるということをその理由としている。したがって、保険事故の発生前であっても保険金受取人による承諾の意思表示の前後を問わず、保険契約者の債権者はほとんど何らの権利を主張することはできないこととなる。
(3)フランス法における具体的な利害調整について―保険事故発生後
(ア)保険金受取人と相続人との関係
保険事故の発生によって具体化された保険金請求権を取得した保険金受取人(かつ共同相続人の一人でもある者)は、保険契約者の相続人との利害対立にさらされることとなる。この場合、保険
法L.132-8 に引き継がれている。
27 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°510, p.796.
民法典1121 条の規定によれば、第三者のためにする契約は、受益者がその契約から生ずる利益を欲する旨の意思表示(=承諾の意思表示)をするまでは、要約者・諾約者間の合意によって自由に、その指定を変更したり撤回したりすることができる。したがって、承諾の後はいかなる場合でも受益者の権利を害することはできないということとなる27。このことは第三者のためにする生命保険契約にもそのまま妥当するものと解されており、判例もそのような理解に立っている(Req. ,27 février 1884,D.P.,1884,1,389,S,1886,1,422 ;Civ. ,8 février 1888, D.P.,1888,1,193, S.1888,
1,121 ; Req. ,22 juin 1891,D.P.,1892,1,205,S,1892,1,177.)。なお、1930 年法63 条5 項・64 条1 項はその旨を規定し、保険法L132-8 条5 項・L132-9 条1 項はこれを引き継いでいる。
金受取人以外の共同相続人は、①法定免除などの事由に該当しない限り、その者が相続人(共同相続人)の一人でもある場合には、民法典843条に規定されたxx性を理由とした持戻しの規律に従って、それが贈与の対象になること、および②約定保険金額については相続財産への持戻しを免除される場合または相続財産を構成しないとしても、遺留分権者たる相続人は、保険金は自由処分可能財産の対象(民法典920条)となり、それが遺留分を侵害する場合には、減殺の対象となるべきと主張する28。しかし、当初の破毀院の判決29は、保険契約者の財産の一部を構成しない保険金請求権は相続財産を構成しないということを根拠として、遺留分減殺および持戻しに関する規定の適用を排除するとしており、その後この判決の論理が保険契約者の支払う保険料へと拡張されて行くこととなった。もっとも、保険料に関しては、相続法の規定の適用を排除しておらず、裁判例30では、保険契約者によって支払われた保険料は、「事情によっては」保険金受取人のためになされた無償譲与として、持戻しおよび減殺の対象となり得るとされる判断が示されるに至っている。以上の判例法理が、1930年法の制定によって、同法68条へと採り入れられ、保険法典L.132-13条へとそのまま引き継がれている。この保険法典の規定は、保険金受取人が受領する保険金には、持戻し・遺留分減殺の適用が排除されることを明らかにしているが、その一方で、保険契約者が支払った保険料については、それが保険契約者の資力に比して明らかに過大であった場合に限り、持戻し・遺留分減殺の適用があるということを述べている31。
1930 年法の制定後においても、保険金に関する利害調整の状況は同じである。すなわち、破毀院判決の確立した理論を基にして、保険金請求権は相 続財産の一部を構成せず(保険法典L.132-12 条)、したがって持戻しおよび遺留分侵害による減殺の規定は適用されないとする(保険法典 L.132-13 条1項)。他方、保険料についても保険金の場合と同様の考え方に立って、保険料についても、原則として持戻しに関する規定も遺留分減殺に関する規定も適用がないこととなるが、保険料が保険契約者の「資力に比して明らかに過大である場合」には、それが無償譲与または詐害行為による出捐として評価されうるであろうことから、保険料として支払われた額に、持戻しおよび遺留分侵害による減殺の規定が適用されることとなる(保険法典 L.132-13条2項)。
(イ)保険金受取人と保険契約者の債権者との関係
それに対して、後者の方法は、保険契約者の債権者が、第三者の受益(保険金請求権の取得)について、詐害行為であることを理由として返還請求をすることができるかが問題となる33。このよ
28 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°518, p.806.
29 Civ. 29 juin 1896, D.P., 1897,1,73,S.1896,1,361.
30 Civ. , 4 août 1908, D.P. , 1909, 1,185,S.1909,1,5; Civ., 2août1909,D.P. , 1910,1,328,S .1910,1,541 ; Req., 30mai1911,D.P.,
1912,1,172,S,1911,1,560.
31 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°518, p.807.
32 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°521, p.810. なお、保険法L132-9 条2 項(1930 年法64 条2 項)は次のように規定している。
33 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°521, p.810.
うなケースは、①当初から指定のあった場合と、②保険契約者が無資力となった後に指定を行った場合とに分けるとともに、これに加えて 1930 年法の前後に分けて考察をすすめる。
第一に、1930 年法の制定以前に状況に関して述べる。保険金に関して、当初から保険金受取人の指定がある場合には、保険金請求権の取得は、保険金受取人の承諾の意思表示によって確定的なものとなり、保険金受取人が固有にかつ直接に取得することになるのであるから、保険契約者の財産に一度も帰属しておらず、保険契約者から保険金受取人への権利の移転があったものとは認められないことから、債権者は、保険金受取人による保険金請求権の取得について、それを詐害行為であることを理由として返還請求をすることはできないと解されていた34。次に、保険契約者が無資力となった後の保険金受取人の指定については、その方法として、修正書による方法、債権譲渡による方法、保険証券の裏書による方法とがあるが、そのいずれの方法においても、そのような指定が詐害行為に該当することを理由として、取り消すことはできないと解されていた35(なお、遺言による方法によると、破毀院判決36では保険金請求権は相続財産に帰属するとするものがある)。それに対して、保険料の支払は、保険者に対する保険契約者の保険契約に基づく義務の履行であり、そこには保険契約者から保険金受取人への無償の出捐行為が認められるため、保険契約者による保険料の支払が詐害行為となるかが問題となる。この点については、保険金受取人に保険利益の無償の付与がなされている場合には、保険金受取人が善意であるか悪意であるかにかかわらず、保険金受取人に対して保険料の返還を請求し得るものとしてきた。
Ⅲ アメリカにおける議論
1 序
アメリカの生命保険契約において、現在では当然のごとく保険金受取人の指定をした後であっても、保険契約上のあらゆる処分権限は保険契約者にあるものと解されている。しかし、このような諸権利が保険契約者に属するようになったのは、ここ 1・2 世紀のことであった。この間、アメリカでは近代生命保険業が成立した。とくに平準保険料方式が採用されていたが、保険期間の初期において生ずる余剰金を保険契約者に還元するという発想がまったくなかったが、その後、不可没収法運動が起こったことをきっかけとして、保険契約者にそれを還元するということが認められるよ
34 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°521, pp.810-811.
35 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°521, p.811.
36 Civ. ,24 février 1902, D.P.,1903,1,433, S.1902, 1,165.
37 Picard et Xxxxxx, supra note(22),n°523, p.814. そのため、保険事故が発生していること、および保険金受取人が有効に保険金を受領したということが前提となっている。
うになった。これにより生命保険契約の財産的価値と、それが保険契約者に帰属すべき財産あるいは資産としての認識が高まり、これらを保険契約者が処分権を有することが広く認められるようになった。そうすると、こうした生命保険契約を保険契約者が自らの死後に遺族の生活保障のために利用することのできる仕組みが必要となった。
しかし、そこで問題となったのが、アメリカにおいて第三者のためにする契約という制度を法的にどのように容認していくのかということであった。ローマ法における契約の相対効とその例外法理である第三者のためにする契約は、まずドイツ法へと引き継がれ、ドイツ法からフランス法に、フランス法からイギリス法へと多大な影響を与え、さらにイギリス法はアメリカ法へと引き継がれ影響を与えていくこととなる。そこで、アメリカ法は、19 世紀後半にイギリス法から「約因は要約者から提出されなければならない」という準則、および「契約当事者でない者は契約を強制できない」という準則を継受し、当初は第三者のためにする契約を原則として否定する判例・学説が多数であった。その後、社会的要請から、第三者のためにする契約を認めるべく、多くの工夫がなされてきた。このとき第三者のためにする契約が、例外として認められたのは「債権者受益者」と「受贈受益者」の二つの場合であったが、次第にそれが拡大され、一般的に認められるようになった。こうして、アメリカ法において、保険契約者が遺族(第三者)のために生命保険契約を利用することが法的にも容認されたのである。
他方、アメリカでは、社会政策的な見地から、生命保険契約上の権利を保険契約者等の債権者から保護するための立法(いわゆるexemption statute またはVerplank Act)がふるくから存在していた。この立法は、沿革的には、財産的あるいは経済的活動が制限されていた既婚女性を保護するための立法(emancipation)としての性格が強かったが、その後、次第に差押え免除立法としての性格を強めていき、それが各州へと広がっていった。この免除立法は、その改正が重ねられるたびに、保護の及ぶ範囲が拡大され、保険金受取人の資格や保険契約者の債権者から保護されるべき保険金の限度額も緩和されてきた。
以上の背景を前提として、次に、第三者のためにする生命保険契約において、保険契約者の債権者の権利と保険金受取人の権利がどのようにして調整されてきたのかを保険事故発生の前後に分けて整理をした。
2 アメリカ法における具体的な利害調整について
(1)保険事故発生前
保険事故発生前の保険契約者の権利に関するアメリカ法上の取扱いは、次の通りであった。この問題は、保険事故発生前に生命保険契約上の権利(利益)について、保険契約者の債権者はいかなる権利を有しているのかというものである。この場合、保険契約者の債権者が何らかの方法で、保険契約者が有する保険事故発生前の保険契約上の権利を取得することができるのであれば、それに基づき自己の債権回収の引当てとすることができることとなる。一般に、保険契約者の有する権利を取得するための方法として、Garnishment およびAttachment を利用することが考えられた38。前者は、第三者が占有している債務者の財産について、主たる債務に関する判決が出される以前にこれを保全して判決後に執行するための制度であり、後者は、通常の債権回収に用いられる救済手段であった。もっとも、いずれの制度においても、債務者が第三債務者に対して有する「債権」に関して適用されるが、債務者が第三者に対して有する債権が不確定なものであってはならないという要件が存在していた 39。保険事故発生前の債権は不確定な権利であり、解約返戻金も保険契約者の解約権の行使によって発生するため不確定な権利である。そのため、第三債務者が債務者に対して債務を負う以前に何らかの行為がとられたとしても、対象となる債務は発生していないこととな
38 Xxxxxxxx X. Xxxxxx,The Law of Attachment and Garnishment, Oceana Pub. Inc. 2ed. 2000,p.21
39 Xxxxxx,supra note(38)p.15,21.
る。そこで、債務者がそれを履行しない場合、裁判所がそれを強制的に履行させて確定的債務を創り出すことができるかが問題となっていたが、これもできないものと解されている。したがって、保険金受取人の指定がない場合であっても、保険契約者の債権者は、その者の権利について強制xxxをすることにより自己の債権の回収をすることはできないのを原則とする。
他方、保険金受取人の指定がある場合には、たとえ保険金受取人の指定変更権が保険契約者に留保されていたとしても、債権者は解約返戻金等について、自己の権利を主張することはできない。債権者が自己の権利を主張することができるのは、保険契約者が現実に利益を受け取った場合(解約返戻金、保険契約者貸付または現金で保険契約者配当を受け取った場合)に限定されている。この場合、なぜ債権者によって、自己の権利を主張することができないのかといえば、多くの裁判所において、保険契約者の解約返戻金等の権利がその者の一身専属権であることが理由とされている。
以上に対して、ニューヨーク州では独自の立法があり、その立法の下で、保険事故発生前に保険契約者の有する権利について執行することが認められていたのが特徴的である 40。この制度―補充手続(Supplementary Proceedings)―の下では、例外的ではあるが、保険事故発生前の保険契約者自身に帰属する権利に執行することが認められてきた。しかし、その後、1927 年保険法改正による55-a 条(その後の保険法166 条、さらには現行3213 条41)が導入され、保険金受取人の指定変更権の留保の有無にかかわらず、保護が与えられることとなり、同条の適用される限り、そのような制度も意味を持たなくなった42。
(2)保険事故発生後
以上に対して、保険事故発生後の保険契約者の債権者の権利と保険金受取人の権利との調整は、各州の制定法の内容が異なっており、また裁判例も分かれていることから、xx的にそのルールを確定することはできない。この場合には、差押免除立法が各州において存在しているが、その免除立法の及ばない範囲についても、債権者はそれをもって直ちに権利を主張することはできない。保険事故発生後の利害調整は、判例理論と制定法による保護が重複して存在しているが、その際の債権者のとりうる方法としては、二通りあった。すなわち、一般的な形で①保険事故発生後に、保険契約者の債権者が保険金請求権について直接に執行することができるかどうかということと、②詐害行為に関する規定が適用できるかどうかである。
まず、①の問題は、保険金受取人の指定の有無および当該指定が保険金受取人に関して条件付(保
40 Xxxxxxx X. Xxxxx, Collection of Money Judgments In New York: Supplementary Proceedings,35 Colum. L. Rev. 1007,pp.1030-(1935).
41 現行のニューヨーク州保険法3212 条(a)は、「生命保険契約に関連して「保険金および受取金(proceeds and avails)」という用語は、死亡保険金、死亡保険金の繰上支払または特別解約返戻金の繰上支払、解約返戻金および貸付限度額、払込免除保険料および配当金を含み、配当金は、保険証券発行後保険契約者が配当金を現金で受け取ることを選んだ場合を除き、保険料の減額に利用されたか、その他いかなる方法で利用または充当されたかを問わない。」と規定する。xxx=xxxx監訳『ニューヨーク州保険法(2010 年末版)』(生命保険協会、2012 年)参照。ニューヨーク州保険法の沿革については、Xxxxx, Rights of the Trustee in Bankruptcy in Life Insurance Policies in New York , 5 Am. BANKR. Rev. 131 (1928); Hirst , History of New York Life Insurance Lawof 1927, 4 Ams . BANKR. Rev. 328 (1928).
42 なお、この規定の前身である家族関係法(Domestic Relation Law)§52 は、保険金受取人の指定変更権が保険契約者に留保されている場合には、債権者による差押えからの保護は及ばないものと解されていた(Xxxxx v. Xxxx, 91 Misc. 245, 154 N.Y. Supp. 1101 (Bronx Co. Ct. 1915))。それに対して、保険法166 条の下での判例であるが、 Xxxxxxxxx v. Levy,273 App. Div. 952,78 N. Y. Supp. 2d 228 (1948)では、保険契約者に保険金受取人の指定変更権が留保されている場合であっても、債権者による差押えからの保護を認めている。
一方で、”proceeds and avails”には、1927 年法の当時は定義規定が存在せず、この語に何が含まれているのかは定かではなかったため、とりわけ解約返戻金がこれに含まれるかが問題となっていたが、1939 年改正時にこの定義規定が設けられ、現在にいたっている。前出のニューヨーク州保険法3212 条(a)によれば、死亡保険金、死亡保険金の繰上支払、特別解約返戻金の繰上支払、解約返戻金、契約者貸付金、払込免除保険料および配当金を含むとされている。
険契約者に撤回権の留保)でなされているか否かによって異なっていた。第一に、保険金受取人の指定がなされていない場合には、保険金請求権は保険契約者の相続財産に帰属することとなるため、保険契約者の債権者の権利となるかについては、差押免除立法による保護がない場合には、このような保険証券は保険契約者の債務の支払に充てられるべきこととなる。第二に、保険金受取人の指定がなされているが、保険金受取人の指定変更権が保険契約者に留保されていない場合には、その証券発行と同時に、保険金請求権は保険金受取人の確定的な財産となり、保険事故が発生しても保険金請求権は、保険契約者の相続財産に帰属しないため、保険契約者自身が保険契約を締結し、それを維持するために保険料をすべて支払っていたとしても、保険契約者は何ら契約上の利益有していないこととなる 。この場合、保険契約者の債権者の執行に対して特別な保護を与える制定法を欠く場合であっても、詐害行為の成立が認められない限り、債権者は保険契約者の有する債務の支払を負わせることはできないものと解されていた。第三に、保険金受取人の変更権が保険契約者に留保されている場合であっても、保険事故の発生により保険金受取人の権利は確定することになり、したがって、保険契約者の債権者は保険金から直接に弁済を受けることができないこととなっていた。43
それに対して、②の問題は、経済的危機状態となった保険契約者が、新たに保険金受取人を指定あるいは変更すること が問題とされる場合(「保険金受取人の指定変更型の詐害行為」)と、第三者を保険金受取人とする生命保険契約を締結したときに経済的危機状態にあるにもかかわらず、その財産から保険料の全部または一部が支払われ続けていることが問題とされる場合(「保険料支払型の詐害行為」)とがあった。
前者については、一般に、保険金受取人が指定されていない保険契約について、保険契約者が経済的危機状態になった後で、新たに保険金受取人の指定をすることは、保険金受取人に対する実質的・経済的には財産の譲渡と考えられる。なかでもそのような無資力状態となった保険契約者(債務者)が、とくに対価を得ることなく、こうした行為をすることは詐害行為となり、当該指定は無効とされ、保険金の全額が債権者の債権の引当てとなると解されていた44。他方、後者については、経済的危機状態にある保険契約者の保険料支払は、保険金受取人等から対価を得ない無償処分である場合には、それは贈与あるいは無償譲渡であり詐害行為となるものと解されてきた。それに対しては、Xxxx 判決45により重要な例外が認められたのであった。すなわち、保険契約者も「合理的な範囲」においては、その扶養する家族のために、保険料を支払い続け、契約を継続することができ、その場合、詐害行為が成立するためには、単に経済的危機状況の下で保険料を支払っていたというだけではなく、詐害的意図が必要であるとされていた。詐害行為が成立する場合に、保険契約者の債権者に認められる救済は、現実に経済的危機状態にある保険契約者が詐害意思をもって支払った保険料とする見解と、保険金額全額を支払われた保険料のうち詐害行為に該当する部分とそうでない部分とに分けて、前者に該当する金額とする見解との対立があったが、一般には前者の見解が支持されている。
Ⅳ ドイツ法
1 第三者のためにする生命保険契約の性質
生命保険契約において、第三者を保険金受取人として指定した場合には、それは第三者のために
43 Xxxxxxx Xxxxx, Fraudulent Conveyances and Preferences, vol.1 (Hein, Revised ed. 2001) p.319. そのほか、 Note, Creditor’s Rights in Exempt Proceeds of Life Insurance, etc., 25 Va. Law Rev.588 ; Xxxxxxxx ,Life Insurance Policies in Bankruptcy,13 St. Xxxx’x Law Rev.18; Xxxxxxx X. Xxxxx, Execution Process and Life Insurance,39 Columbia Law Rev.139 ; Note ,Change of Beneficiary of Life Policy as a Fraudulent Conveyance,47 Yale Law J.128.
44 Xxxxx, supra note(43)p.319.
45 Central National Bank et al. v. Xxxx,128 U.S. 195(1888).
する死因契約(ドイツ民法典(BGB)331 条)であるとされ、それにより保険金請求権について、相続法外で財産(主として保険金請求権)を取得させたいという保険契約者の意思と相続債権者との間の利害調整をどうすべきかが問題となる。被相続人の死亡(と保険事故の発生)により期限の到来した生命保険金請求権は、保険金受取人の指定がない場合には、原則として相続財産に帰属するものと解されている 46。そこで、被相続人たる保険契約者は、第三者のためにする死因契約といった法律行為を通じて、これらの請求xxを相続財産に帰属させることなく、相続の対象外とすることができる。なお、保険契約における保険金受取人の指定については、ドイツ保険契約法(VVG)にその特則がおかれている(VVG159 条1項〜3項)47。生命保険契約の保険事故の発生により第三者が保険金の給付を受け取ると決定した場合、そのような契約は、BGB330 条により、疑わしき場合には、第三者のためにする契約(BGB328 条1項)とされ、第三者は保険者に対して直接に保険金の給付を請求する権利を取得する。これは、死因処分ではなく、「死亡の場合に向けられた生前処分」(Verfügung unter Lebenden auf Todesfall)であると解され48、保険契約者(被相続人)と保険金受取人(相続人)との間の対価関係は、無償の出捐または贈与であるとされる(補償関係が根拠づけるもの)。なお、VVG159 条は、契約で別段の定めがなされなかった場合の規定であり、同条に規定のない事項については、BGB の第三者のためにする契約に関する諸規定が適用されることになる49。
2 ドイツ相続法の概念および原則
BGB1922 条1項は、「人の死亡(相続開始:Xxxxxxx)とともに、その財産(相続財産:Erbshaft)は全体として、他人の一人又は複数の者に移転する。」と規定する。これは、相続人による被相続人の財産の「包括承継の原則」を示している。他方、BGB1942 条1項は相続人に対する相続財産の帰属について、原則として被相続人の財産は相続人に包括的かつ法律上当然に移転するという「当然移転主義」とする旨を定めている。これは、相続人や相続債権者、さらに公衆の利益のために、相続財産をまず一体的な財産として把握しておくこと 51をその目的としているものである。被相続人の財産が全体として包括的に相続人へと承継するということは、相続財産全体に対する一個の権
46 BGH 2.Zivilgenat,Urt. vom 8.2.1960,BGHZ 32,44,46ff ;BFH Urt. vom 28.9.1993,NJW-RR 1994, 918ff.
47 2008 年の改正において旧VVG166 条から改められた規定であるが、旧VVG166 条が元本保険に適用を限定していたのに対して、新法はすべての生命保険に拡大することと、および契約で保険金受取人を指定した場合に他の者に指定を変更する保険契約者の権利を条文から削除このような権利は、当然にVVG159 条1項に含まれているため、独立の規定を置くことを不要と考えたようである。なお、指定された者がいつ権利を取得するかについて、旧VVG166 条 2 項が疑わしい場合には、保険事故の発生と同時にその権利を取得する者としていたのに対して、VVG159 条2 項および同3項は、保険金受取人の指定の撤回権が保険契約者に留保されていたか否かによって場合分けをしている。
この点につき、たとえばPrölss / Martin ,Versicherungsvertragsgesetz-Kommentar,28 Aufl. , 2010, VVG§159 Rn.2;Langheid/Rixecker, Versicherungsvertragsgesetz-Kommentar,5 Aufl., 2015, VVG§159 Rn.1[Langheid]
48 なお、このような契約は死因処分と極めて類似している。BGB331 条1項は「契約者の死亡後に第三者への給付がなされるとした場合に、第三者は、疑わしい場合には、給付を求める権利を当該契約者の死亡とともに取得する」とし、BGB332 条は、「契約者が相手方の同意なしに契約で指定された第三者を変更する権利を留保していた場合には、この変更は、疑わしい場合には、死因処分においてもなすことができる」とする。もっとも、このような「第三者のためにする死因契約」も生前行為であり、原則として相続法ではなく債権法等の諸規定が適用されるものと解されている。BGH 4. Zivilsenat, Urt. vom 26. 11. 1975, BGHZ 66, 8, 11;BGH 4a Zivilsenat, Urt. vom 19. 10. 1983, NJW 1984, 480;Xxxxx/Küchinke,Erbrecht,5 Aufl.,Beck 2001, , S.753;Soergell/Siebert ,BGB mit Einführungs und Nebengesetzen , band9,Erbrecht ,Kohlhammer ,1992,S.1583〔Wolf〕.この点については、有力な反対説も存在している(諸学説については、X. xxx Xxxxxxxxxx’x Kommmentar zum BGB mit Einführungs gesetz und Nebengesetzen , Buch 5 , Erbrecht §§2265-2338 , de Gruyter,Neubearbeitung 2006,S.334〔Kanzleiter〕.)。
49 Prölss/Xxxxxx, x.x.X.(47),§159 Rn.1.3.
50 xxxx=xxxx編『註釈ドイツ相続法』(三省堂、1989 年)27 頁以下。
51 Münchener Kommentar,BGB Erbrecht,4Aufl,Beck 2004,SS.106,139〔Xxxxxxx〕.
利というものを観念し、それが相続人に移転することではなく、単独あるいは共同相続であれ、相続財産全体に対する物権的権利を取得するものではない。BGB1922 条にいう被相続人の財産とは権利・義務の集合であり、単独相続の場合には、それらの個々の権利義務を相続人がすべて取得し、共同相続の場合には、そのような権利義務を相続人が合有関係として取得するということにすぎないとされる 52。もっとも、相続財産は単なる権利義務の集合にとどまらず相続可能なすべての法的地位を含む概念であり相続により相続財産が相続人に帰属する53。
(2)相続財産の帰属
(ア)単独相続の場合
相続人が一人のみの単独相続の場合には、相続財産は相続人に帰属し、それにより相続人の固有財産となり包括財産を構成する。財産の合体(Confusio bonorum)は法的なものであり相続財産は相続人の固有財産とともに管理・保管されているか否かは問題とならない 54。そのため、たとえば、被相続人と相続人との間において存在していた債権・債務関係は第三者の権利を害しないかぎりにおいて混同により消滅するものと解されている55。
この場合、単独相続をした者は、相続財産につき自己固有の財産と同様に処分権限を有する56。
(イ)共同相続
他方、相続人が複数いる共同相続場合には、相続財産と相続人の財産との合体は生じないと解されている。すなわち、共同相続では各相続人は、個々の相続財産に対して自己の持分権を有せず、相続財産全体に対する持分権を有するのみである 57。なお、相続財産債務には、被相続人の債務のほか、遺留分権や遺贈、負担により相続人が負うべき債務、相続財産の管理等に際して発生した債務が含まれる(BGB1967 条)。この債務は連帯とされる(BGB2058)58。
(3)包括承継原則の例外
もっとも、BGB1922 条の原則には例外が認められ、被相続人の財産が全体として当然に相続人へと相続(承継)されるが、相続人による包括承継は相続財産として残された被相続人の財産のうち、相続可能な部分に限られ、相続されない法的地位については被相続人の死亡とともに消滅する。この場合の相続可能な部分とは何かということは、法律の規定にしたがって判断されることとなるが
それ自体が財産的価値を有する法的地位は、当該権利義務が一身専属的な目的を持つものや被相
52 Xxxxx/Xxxxxxxx, x.x.X.(48),S.86.
53 BGB2174 条は、一定の方式が相続人等によるための行為を要せずして「総じて:insgesant」かつ「分割されずに:ungeteilt」相続人に移転するとする。
54 X. xxx Xxxxxdigers Kommmentar zum BGB mit Einführungsgesetz und Nebengesetzen,Buch 5,Erbrecht
§§1922-1966,de Gruyter,Neubearbeitung 2008,S.104〔Marotzke〕.
55 Staudinger,BGB, a.a.O.(54), S.105.
56 Staudinger,BGB, a.a.O.(54), S.111. なお、単独相続人が相続財産を全体として、一個の処分の客体とすることは原則としてできず、したがって、全財産を処分する場合には相続財産に属するすべての個々の財産についてそれぞれの譲渡のために定められた法律の規定にしたがってこれをなすべきとされる。
57 わが国の民法898 条が共同相続の場合には、相続人は相続財産を「共有」する旨を定めているのに対して、BGB1922条は、相続財産が合有的帰属するものと解する。なお、共同相続の場合の「合有」の性質については、BGB2032 条以下が規定している。
58 Staudinger,BGB, a.a.O.(54), S.106.
59 Staudinger,BGB,a.a.O.(54),S.10〔Xxxx〕.
続人の人格に不可分に結びついているものを除いて、相続性を有すると解される。他方、相続性を有するか否かが疑わしい場合には、当事者の死亡によって現存の法律関係を消滅させるよりも、当該法的地位を相続人に移転させる方が法的安全を考慮すると望ましいとされる60。BGB1922 条の文言から、被相続人の財産については相続人によって相続されることを原則として、財産権としては、相続可能性を有しながら、相続人に相続されないものについては、その理由・根拠が法律の規定によって明確であることを要するものと解されている 61。この例としては、社会保障法上の金銭給付請求xxの権利義務62があげられるが、その他にも、住居の使用賃貸借関係(BGB563 条〜563 条b)があげられ、相続法の以外における承継ルールを定めている 63。なお、法律の規定によるのではなく、被相続人がその意思に基づき法律行為を通じて、財産のうち一部のものを包括承継原則に服さずに処分が可能かどうかが問題となる。これは、被相続人から相続人へとなされた処分がどのような種類かによることとなる。第一に、被相続人から相続人へとなされた処分を「死因処分(Verfügung von Todeswegen)」と捉える見解がある。「死因処分」とは、遺言及び相続契約の上位概念であり、相続法における一定の方式に従った被相続人の法律行為であって、被相続人の死亡後にその効力を生ずるものである 64。それに対して、第二に、被相続人から相続人へとなされた処分を「生前処分
(Verfügung unter Lebenden)」と捉える見解がある。「生前処分」とは、被相続人の生存中に効力を生ずるものであり、これにより相続財産の包括承継原則を制限することは可能である。すなわち、被相続人は相続人による相続から除外したい財産・法的地位を遅くとも相続開始の際に彼の財産から離脱させることで(相続開始とともに消滅or 他人の財産となる旨を個々の場合に応じた生前行為として法律行為により定めることで)、相続法による承継を回避することができる。これを「死亡の場合に向けられた生前処分」といい 65、被相続人が生前処分に関する諸規定にしたがい、相続開始の際に、そのような処分が効力を生ずる旨を生存条件とあわせて条件として付して、生前に特定の財産を第三者に譲渡する行為であり、被相続人がその死後に特定人に財産を残す目的で用いられる。そうすると、第三者のためにする死因契約は、本来的に相続法による包括承継原則の適用を回避することに被相続人の意図があるが、そこでは、あくまで被相続人の意図を尊重し、被相続人の死亡によって第三者は目的物を完全に取得すると解すべきか、それとも相続契約によって相続人と定められた者による不当利得返還請求に対する返還義務(BGB2287 条およびBGB812 条)や特別受益の持戻義務(BGB2050 条)を負うことになるのかが問題となる。したがって、この場合、遺留分
60 判例(OLG Hamm,Beschluss vom.4.10.1978,OLG2 1979,44ff)は、疑わしい場合には相続性を肯定するものとする。
61 Staudinger,BGB,a.a.O.(54),S.105〔Marotzke〕.
62 たとえば、社会法典Ⅰ(SozialgesetzbuchⅠ)の56 条1 項は、被相続人が有していた満期の到来している経済的な金銭給付請求権は、被相続人の死亡の時点でこの者と世帯をともにしていたか、被相続人によって実質的に扶養されていた者に、配偶者、子、両親、家政管理人の順で帰属するものとする。
63 BGB563Ⅰ「使用貸借人(Xxxxxx)と世帯を共にしていた配偶者は、使用貸借人の死亡とともに、当該使用貸借関係の当事者となる。生活パートナーについても同様とする。」として、さらに同Ⅱでは、配偶者等がいないとき、使用貸借人と世帯を共にしていた子や他の身内の者が当該使用貸借関係の当事者となる場合について規定する。なお、そのほかにも、BGB が相続法の以外でルールをおく場合について、Lange/Küchinke は、BGB844 の被相続人殺害の場合の埋葬費用の賠償請求権をあげている。
64 Staudinger,BGB,a.a.O.(54),S.98〔Marotzke〕.
65 生前処分行為は、被相続人の生存中に効力を生ずるものをいうが、ドイツでは直接に権利の移転や変更を生ずる行為を処分として、そのような権利の変動の義務を負う債務負担行為と区別している。もっとも、生前処分によっても、当事者の死亡をもって法律上の効果を発生させる旨の処分をすることも可能であり、死因処分との区別は必ずしも容易ではない。そこでBGB は、死因贈与に関して、BGB2301 条において、受贈者が贈与者よりも長く生存することを条件としてなされたものにつき、生前行為としてのそのような贈与に死因処分に関する諸規定を準用している(=遺言か相続の方式を要する)。同規定には、受贈者の生存条件のない死因贈与は該当しない(Münchener Kommentar, a.a.O.(51), S.213〔Xxxxxxx〕.)。
権者・相続債権者の諸権利との調整66も必要となる。
3 保険金受取人の指定と相続人の利益
(1)総説
このような生命保険契約において指定受取人と相続人等との関係はどのように扱われるのかが問題となる。すなわち、遺留分権者らが保険金受取人に対して遺留分権を行使できるのか、指定された第三者が共同相続人のうちの一部の者であるときは特別受益の持戻しの対象となるかということが問題となる。
(2)特別受益の持戻しと被相続人の意思
BGB2050 条は、法定相続人たる直系卑属に特別受益の持戻し義務を定めている68。この規定の目的は、直系卑属間において相続財産が均等に分配されることを望んでいたであろうという被相続人の意思を推定して、被相続人による生前の出捐中の一定のものに関して 69、それを将来の相続分の前渡しと考えて、遺産分割に際して当該出捐を受けた卑属の具体的相続分を減らすことにあるとされる70。そのため、BGB2050 条の調整義務は、他の共同相続人のための遺贈や相続債務ではなく遺産分割協議に際して、BGB2055 条以下の一定の算定手続をとる義務ある。なお、BGB2050 条 3 項にしたがった被相続人による調整の指示が死因処分によってなされた場合には、それは共同相続人への遺贈となる 71。したがって、調整によって相続人の相続分が変更されるものではなく、遺産分割における分割割合が変更されるにとどまり(BGB2056 条)、調整の対象となった被相続人による出捐は受益者たる相続人の財産であり、相続財産の構成部分をなすものではなく、調整により相続財産に復帰するものではない。
相続人が複数いる場合に、その一部の者が生命保険金受取人に指定されると、BGB2050 条の調整が行われるかどうかが問題となる。ドイツ法上ではこの点に関して議論はなく、そのため解釈に委ねられることとなる。生命保険契約の法的性質は、被相続人(保険契約者)の生前行為としての契
66 Staudinger,BGB ,a.a.O.(54),S.99〔Marotzke〕.
67 BGH 9.Zivilgenat,Urt. vom 29.5.1984,BGHZ 91,288,もっとも例外として、相続財産の破産の場合における破産管財人や相続債権者による出捐の取消しにつき、Xxxxxxxx, a.a.O.(48),S.1585〔Wolf〕.
68 BGB2050 条1項「法定相続人として相続した直系卑属は、被相続人が出捐の際に別段の定めをしていない限り、被相続人の生存中に生計の資本として被相続人から得たものを遺産分割にあたって調整する義務を負う。」;同2 項「収入の補助として費消する目的で与えれた金銭ならびに就業準備教育のための費用は、それらが被相続人の財産状況に相応しい程度を超えてなされた限りで調整される。」;同3 項「その他の生前行為による出捐は、被相続人が出捐の際に調整を指示していた場合には調整される。」
69 なお、わが国とは異なり、死因処分による相続人への出捐は、同条の調整義務の対象とはならない。そこには、被相続人が死因処分によって卑属に財産を与える場合には、それまでに個々の卑属がすでに被相続人からどのような出捐を得ていたのかに鑑みて、それをなすのが通常であるという考慮があると解されているためである。Erman,BGB Hand Kommentar mit EGBGB, ErbbauVO, HausratsVO, LPartG, ProdHaftG, UKlag,VAHRG und WEG,00. xxxxxxxxxxxxxx Xxxx.,Xxxxxxxxxxx,0000,X.0963〔Schlüter〕;Soergell, a.a.O.(48),S.1585〔Wolf〕.
70 Xxxxxxxx, x.x.X.(48),S.631〔Wolf〕;Xxxxx, a.a.O.(69),S.4963〔Schlüter〕;X. xxx Xxxxxxxxxx’x Kommmentar zum BGB mit Einführungsgesetz und Nebengesetzen,Buch 5,Erbrecht §§1967-2063,de Gruyter,Neubearbeitung 2006,S.334〔Xxxxxx〕.
71 Xxxxx, x.x.X.(69),S.4964〔Schlüter〕.
約であるが、それが第三者のためにする死因契約に位置づけられるものであることを考慮すると、指定受取人(=相続人)のために被相続人がなした生前の出捐としては、それまでに支払われた保険料にとどまる72。また、BGB2050 条3 項は、生計の資本や収入の補助ないし就業準備教育のための支援以外の出捐の調整に関するものである。そのため、同1項および2 項におけるような被相続人の意思の推定を基礎とせず、被相続人自身が出捐の際に調整を指示していたことがその要件とされる。したがって、生命保険契約において相続人の一部の者を保険金受取人に指定するに当たって、指定されなかった他の共同相続人には保険金を取得させる趣旨ではないというのが被相続人の意思と考えられるべきである。
(3)生命保険金受取人に対する遺留分補完請求
遺留分は、相続開始時における相続財産の価格にしたがって算定される(BGB2311 条)。そのため、被相続人が生前にその財産を処分すると相続人の遺留分に対する期待が侵害されることとなる。そこで、 BGB は、 被相続人の生前処分たる贈与に対する遺留分補完請求権
なお、BGB では、遺留分補完請求権と遺留分請求権74とがあるが、両者は独立の請求権であるとされている75。遺留分権それ自体については、BGB2303 条1項が「被相続人の卑属が、死因処分によって相続から除外された場合、この卑属は相続人に遺留分を請求することができる。遺留分は、法定相続分の2 分の1 とする」と定めるとともに、同2 項は、被相続人の両親および配偶者にも同様の権利を認めている。同条であげられた遺留分権者が補完請求権についても権利を有するものと解されている76。
この点につき、遺留分権は、①相続財産に属する財産と遺贈に基づいて受贈者に与えられた財産の価値が対象、②死亡の場合に向けられた被相続人による無償の出捐が遺留分の算定に際して考慮される、③そのような出捐として第三者を保険金受取人に指定した生命保険契約が遺留分補完請求権の対象となりうる 77。もっとも、第三者のためにする契約に遺留分保険請求権にかかる規定が適
72 保険金受取人たる第三者への贈与とみなされるのは、保険契約者の支払った保険料分であるとするのが生命保険契約についての相続人や相続債権者との関係を考慮する際に共通して主張されていることである(Xxxxxxxxxx , a. a. O. (48),,S.338〔Kanzleiter〕)贈与者が出捐したものの額が贈与であるとする考え方は、遺留分補完請求の算定(BGB2325条)や相続契約で相続人を指定した被相続人が当該契約の相続人を害する意図をもって贈与をなした場合の契約相続人の不当利得返還請求(BGB2287 条)である。債務者による無償給付の倒産処理手続における取消・否認にもみられる(InSo134 条)。BGH 4. Zivixxxxxx, Xxx. xxx 00. 0.0000, XXXX 0, 000, 000;XGH 4. Zivilgenat, Urt. vom 4. 2. 1976 , FamRZ 1976 , 616.
73 Münchener Kommentar, a.a.O.(51),,S.1956〔Lange〕. なお、遺留分補完請求権は、金銭債権であり相続財産の持分を請求する権利ではない。また、相続開始時に贈与目的物の給付から10 年以上経過していた場合には、当該贈与は遺留分補完額の算定に際して加算されない(BGB2325 条3 項)。また、相続人が遺留分の保管義務を負わない場合には、遺留分権者は二次的に受贈者に対して不当利得に基づく贈与目的物の返還を請求することができる
(BGB2329 条)。
74 抽象的な権利である遺留分権を根拠として、相続開始によって発生する権利である。
75 Xxxxxxxxxx , x.x.X.(48),S.325〔Kanzleiter〕.
76 Xxxxxxxx, x.x.X.(48),S.1751〔Xxxxxxxxx〕.
77 Münchener Kommentar, a.a.O.(51),S.1820〔Musielak〕;Xxxxxxxx, a.a.O.(48),S.85〔Stein〕,S.1760
〔Xxxxxxxxx〕;Xxxxx, a.a.O.(69),S.5191〔Xxxxxxx〕
第三者のためにする生命保険契約の対価関係が、このような「贈与」と認められる場合には、それは遺留分補完請求の対象となり、遺留分算定の際に生命保険契約による出捐の価格が相続財産に加算される。この場合における「出捐」とは何かが問題となる。これについて、見解は分かれており、死亡保険金 79または相続開始時の還付額 80を被相続人が出捐したものとするものと、被相続人が支払った保険料81のみを出捐とするものとがある。
この点につき、多数の見解は、死亡保険金の額を上限とした支払保険料の合計のみを BGB2325
条の定める第三者への贈与ととらえて遺留分補完請求権の対象とするとしており、判例もこれを指示している 82。この見解によれば、保険金受取人が被相続人の財産から不当に利得したものといえるのは保険料支払による相続財産の減少分にとどまることをその根拠としている。すなわち、保険料は保険契約者から保険金受取人に対する直接の出捐ではなく保険者へと支払われ、それが保険金の支払を仲介するという意味において、保険金受取人に対する間接的な出捐であると解している。なお、BGB2325 条が要件とする贈与とは、保険契約者の「財産」からなされた保険金受取人の「利得」である必要があり、それは保険契約者の財産から支払われた保険料であり、保険金は保険契約者の財産から支払われるものではない。したがって、保険契約者の死亡によって、保険契約者の財産から承継されるのではなく、保険金受取人に直接帰属するものであるから、遺留分算定の基礎となるものではない。そのため、保険金の支払により相続財産の減少はないことから、保険金額は BGB2325 条の定める遺留分算定の基礎となる「贈与」ではないのに対して、保険料の支払は、仮に被相続人たる保険契約者がこれを支払っていなければ、保険金を受け取るために、保険金受取人が自ら支弁しなければならなかったであろう金銭であり、その意味で保険金受取人に対する被相続人からの贈与があると認められる83。
Ⅴ まとめとわが国への示唆
以上の諸外国の状況を踏まえて、わが国の法制度における解釈上の諸問題に対して示唆を得たいと考える。
78 Xxxxxxxxxx ,x.x.X.(48),S.785〔Olshausen〕.
79 Reinicle,”Lebens versicherung und Nachlaßglaubiger”,NJW 1956,1053 ;Xxxxxx ,“Anmerkung zum BGH Urt. vom 4.2. 1976”,FamRZ 1976,617. これらは保険金受取人の保険金請求権取得時の固有権性および直接取得よりも相続債権者の保護しようとするものである。
80 OLG Colmer LZ 1913,876(Zitiert in Staudinger 2,S.785f).
81 Münchener Kommentar, a.a.O.(51),,S.1820〔Musielak〕;Xxxxxxxx, a.a.O.(48),S.1759〔Xxxxxxxxx〕;Xxxxx, a.a.O.(69),S.5191〔Xxxxxxx〕;Xxxxxxxxxx, x.x.X.(48),S.786〔Olshausen〕.
82 GH 4. Xxxxxxxxxx,Urt. vom 4.2.1976,FamRZ 1976,616 は、被相続人の前妻の子で、単独相続人である息子が継母にあたる被相続人の後妻に対してなした遺留分保険請求において、被相続人が自己を被保険者として締結した保険契約により息子が受け取った保険金額を被相続人から息子への贈与であると「算定」し、その結果、息子に保険請求権はないとした原審の判断を破棄差戻しして、第三者のためにする生命保険契約では保険金ではなく、保険契約者が支払った保険料をその客体(対象)とする。
83 BGB2325 条3 項の適用について、Xxxxxxxxxx,a.a.O.(48),S.786〔Olshausen〕;Münchener Kommentar, a.a.O.(51),S.1820〔Musielak〕. なお、保険料総額とする見解として、Münchener Kommentar, a.a.O.(51) ,S.1968
〔Xxxxx〕;Xxxxxxxx ,a.a.O.(48),S.1760〔Xxxxxxxxx〕