Contract
最近の裁判例から
⑴−契約上の義務の履行−
売買契約の特約に定められた確定測量図が交付されていないとして買主による契約解除が認められた事例
(名古屋高判 令元・8・30 判例時報2483-30) xx x
土地の売主が、買主の残代金不払いにより契約を解除したとして、買主に違約金の支払いを求めた一方、特約に定められた隣地所有者の立会を得て作成された確定測量図が交付されていないことから契約を白紙解除したとして、買主が売主に支払済手付金の返還を求めて反訴した事案において、買主の手付金返還請求が認められ、売主の請求は棄却された事例(名古屋高裁 令和元年8月30日判決 判例時報2483号30頁)
1 事案の概要
平成29年2月、X(原告・個人・売主)と Y(被告・法人・買主)は、xx業者Aの媒介により、a市内に所在する土地(本物件)の売買契約(本契約)を締結した。
≪本契約の概要≫
・売買金額:7500万円
・手付金:375万円
・違約金の額:750万円
・残代金支払・引渡期日:平成29年5月29日
・売主は、買主に対し、残代金支払日までに隣地所有者の立会を得て、資格ある者の測量により作成された本物件の確定測量図を交付する。
・売主が上記確定測量図を作成できなかった場合は、買主は売主に通知して、本契約を解除できる。この場合、売主は買主に受領済み金員を返還するが、買主に対する損害賠償の責めは負わない。
Xは、本契約締結後間もなくB調査士に本物件に係る隣地所有者からの境界確認書の取得と測量を依頼し、同年4月には、1件を除いて各隣地所有者の署名押印のある境界確認書を入手した。しかし、残り1件の隣地所有者Cは境界に異議を唱えたわけではなかったが、本物件から自己所有地に越境している擁壁の処理が納得できないとして、境界確認書への署名押印を留保した。
XとYは引渡期日を同年7月まで延期し、その間にXはBから、①本物件は平成22年に換地処分がなされたものであること、②平成 27年に本物件とC所有地について、Cの前所有者の立会を得て確定測量が行われており、 a市に保管されている確定測量図と換地処分図の境界は一致していること、③所轄法務局から、Cの署名押印がある境界確認書がなくても本物件の分筆登記に支障がない旨の確認が得られたこと等を聴取し、Yに対してCから境界確認書の徴求ができなくても確定測量図として支障がない旨を申入れた。これに対してYは、Cの署名押印が得られていない確定測量図では納得できないとして、同年8月にAを通じてXに本契約の白紙解約を求めた。
同年9月、XはYに残代金支払いの催告と本契約の解約予告をしたところ、同年10月、 YがXに約定の確定測量図交付の催告と本契約の解約予告の意思表示をした。
平成29年11月、XはCから境界確認書への署名押印を得られないまま、本物件を6600万円で第三者のDに売却した。
その後XはYに違約金の支払いを求めて提訴した一方、YはXに手付金の返還を求めて反訴した。これに対して原審は、Yの請求を認容し、Xの請求を棄却したところ、これを不服としたXが控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、原審の判断を支持し、Xの控訴を棄却した。
(Xは本契約上の義務を履行したか)
境界確認書にCから署名押印が得られなかったことに争いはないところ、Xは、現にその後にDはこれがない確定測量図により分筆登記が行えていたことからして、本契約上の義務は履行したと主張する。
しかしながら、本契約において売主である Xは、残代金支払日までに「隣地所有者等の立会を得て」作成された確定測量図をYに交付する旨が定められており、実際に隣地所有者等の立会を経て作成された確定測量図を交付する義務をXは負っていたものといえる。また、仮にCが立会に応じていたとしても、買主は係る事実の有無や、立会の結果、隣地所有者が境界を承諾したか否かを自ら確認することは容易ではないため、「隣地所有者等の立会を得て」というのは、物理的な立会の機会を隣地所有者に与えれば足りるものではなく、書面による承諾を得る義務を課す趣旨であると解すべきである。
またXは、平成27年に作成された確定測量図が存在し、分筆登記も可能であったことから、Cの立会は不要であった旨を主張する。当該確定測量図により分筆登記が可能であ ったとしても、本契約において売主であるXは、特段の留保を付すことなく義務を負うことを買主であるYに約している以上、XはYに対して、隣地所有者の立会を得て作成された確定測量図を交付する義務を負っていたと
解するのが当事者の合理的意志に合致するというべきで、実際にもXは、本契約締結後に C以外の隣地所有者から署名押印がある境界確認書を取得しており、Cからもこれを取得すべく行動しており、これがないままYに残代金の請求をするようになったのは、Bからの説明を受けた後になってからである。
また、Xは、Yとの売買価格大きく下回る金額で本物件をDに売却しており、現隣地所有者からの境界確認書を取得できないことは、売買価格に影響するものであると考えられる。
(結論)
よって、Xの控訴を棄却する。
3 まとめ
本件は、法務局での分筆や地積更正登記が可能な確定測量図でも、契約に定められた確定測量図の要件を満たさないとして、買主主張の契約の白紙解除が認められた事例である。
ひとくちに「測量図」と言っても、隣地所有者の立会を得ないで作成する現況測量図も含め、様々なものがあることから、測量図の作成・交付を売主の義務とする契約を締結する際には、売主はどの様な測量図を交付する必要があるのか、また売主は地積更正登記の責任まで負うのか等について、契約締結時に売主・買主間で認識に齟齬がないように合意をしておく必要があると考えられる。
売主が引渡しまでに地積更正登記をしなかったことは契約の本旨に従った債務の提供にはあたらないとされた事例(東京地判 平22・ 2・26 RETIO79-108)も見られるので、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部xx研究員)
最近の裁判例から
⑵−融資特約解除の有効性−
融資特約期限および売買代金支払期限延期の合意は認められないとして、買主の融資特約解除を否定した事例
(東京地判 令 3・3・15 ウエストロー・ジャパン) xx x
買主が、売買契約書に定める融資特約解除期限および残代金支払期限延期について売主と合意し、その後、融資特約により契約を解除したとして、手付金の返還を求める訴えを起こしたのに対し、売主が、期限の延期の合意を否定し、買主に対して売買代金不払いによる売買契約解除に伴う違約金請求を求め反訴した事案において、期限延期の合意は認められないとして、買主の請求を棄却し、売主の違約金請求を認めた事例(東京地裁 令和 3年3月15日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
令和元年7月26日、本件土地について、買主Ⅹ(原告、事業者)はホテル建設を目的として、売主Y(被告、xx業者)と、媒介業者Aの媒介により以下内容の売買契約(本件売買契約)を締結した。
(本件売買契約の概要)
・売買代金:1億9,600万円(手付金500万円)
・借入額:4億5,560万円(建物建設資金含む)
・融資特約期限:令和元年8月26日
・違約金:売買代金の10%相当額
・残代金支払日:令和元年10月18日
・特約事項:売主は引渡日までに、本土地上にある一切の建物等を解体撤去し、滅失登記を完了する
同年8月23日、融資申し込みをした金融機関より、融資は可能だが建築をする建物について建築確認を取得した後でなければ、融資はできない旨を告げられたXは、代金支払期
限の延期が不可能であれば契約を解除する意向をAに伝えた。AはYに連絡し、代金支払期限を令和2年1月まで延期するか、不可能なら契約を解除したい旨を伝えた。
Yは、代金支払い延期について検討するので、本件売買契約の解除は待ってほしいと回答。そこでAは、Yが代金支払期限の延期に応ずる意向であることをXに伝え、代金支払期限の延期を前提に本件売買契約を維持することのXの了承を得た。
しかし、その2時間後、AはYから、つなぎ融資利用の検討を求められ、Aは、つなぎ融資利用の検討を求めるのであれば、本件融資特約に基づく融資の承認期限等の延期をするようYに申し入れ、融資承認の取得期限を令和元年8月23日から9月17日に、解除権の行使期限を同年8月26日から9月19日に変更するとした融資承認期限等の延期に係る合意書案を作成し、電子メールにてYに送信した。
同月26日、AはYとの打合せにおいて、Yから、金融機関への実行日の前倒しを再度交渉して欲しいと求められた。Aは、Yに、本件融資に基づく融資承認期限等の延期に係る合意書の取り交わしを求めたが、Yは、条件付きではあるが既に承認は得られたのだから必要ないとしてこれに応じなかった。
Aは金融機関との間で、融資実行日の前倒しについて交渉したが、金融機関側の条件は変わらず、他の銀行、計5行につなぎ融資の打診をしたが、いずれも合意には至らなかった。
Aはその後もYと打合せを行ったが、Yは同年9月18日には、代金支払期限の延期を明確に拒否するようになり、ノンバンクでのつなぎ融資の利用を積極的に求めた。しかし、 Xは、このつなぎ融資の利用を了承せず、Yから合意解除の提案がされるに至ったが、合意解除の条件も調わなかった。
同年10月18日、Yは、Xに対し、同月25日までに残代金の支払いを催告し、支払いが無い場合は、本件売買契約をXの違約により解除すると通知した。同月24日、Xは、Yに対し、本件売買契約を融資特約により解除する通知をし、その後、融資特約解除による手付金の返還を求める訴え(本訴)を提起した。これに対し、Yは、本件売買契約を違約解除したとして、反訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、xの本訴請求を棄却し、Yの反訴請求を認めた。
認定事実等から、XとYとの間で本件延期合意が成立したとは認められず、融資特約に基づく解除権の行使期限についての延期も認められないから、Xの融資特約に基づく解除権の当初の行使期間より後にされた原告解除は、無効と言わざるを得ない。
他方で、Yは本件土地上の建物解体工事に着手しており、代金支払期限までに引渡しの準備を整えて履行の提供をしていたものと推認できることから、Yの契約解除は、Xの債務不履行に基づく解除として有効と認められる。
Xは、Yが代金支払期限を令和2年1月末日まで延期することに応じたと主張し、Aも同旨の証言をする。しかし、そのような合意書案は書証としてXから提出されておらず、そうすると、AとYとのやり取りの中で、代金支払期限延期に応じる可能性を示唆する発
言がされた可能性は否定し得ないものの、延期合意があったとする適確な証拠は無いと言わざるを得ない。
以上により、Xの手付金等返還請求を棄却し、Yの違約金等請求を認容する
3 まとめ
本件は、融資特約による解除期限の延長及び残代金支払期限の延長が、売主、買主の間で、明確に合意されたか否かが争点となっている。
買主側は、融資承認期限、代金支払期限の延期について申し入れを行っているものの、売主と明確に合意した証跡が無く、当初の解除期限を過ぎてしまったことから違約金の支払いを求められる結果となった。
取引実務においては、支払期限延期等、契約内容の変更については、当初に定めた解除期限迄に合意書を結んでおくこと、もしくは、特約解除期限までに特約による解除を申し入れ、解除合意書を取得した後に、新たな条件交渉をおこなうことが、トラブル防止のためには良いと思われるので、参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑶−土壌汚染(油汚染)の不告知−
土壌汚染の可能性を知りながら、告知せずに転売した売主業者の不法行為責任が認められた事例
(東京地判 令 2・6・11 ウエストロー・ジャパン) xx xx
前所有者から土壌汚染の可能性を告知されていたにもかかわらず、xx業者がその可能性を告知せずに転売し、引渡し後に土壌から油分が発見されたために買主が告知義務違反に基づく損害賠償を請求した事案において、土壌調査や油汚染対策費用等の賠償責任が認められた事例(東京地裁 令和2年6月11日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
xx業者Y(被告)は、平成27年2月、前所有者のAより本件土地を購入し、同年12月、買主X(原告)に自宅建設用地として1億 4800万円で転売した。
AがXに提出した告知書には、「土壌汚染の可能性」欄の「敷地の住宅以外(店舗・工場等)の用途での使用履歴」について、「知っている」「S58年頃 用途:工場」と記載されていたが、XはYに提出した告知書には、
「知らない」と記載した。また、重要事項説明書でも土壌汚染(油による汚染も含む)の可能性には言及しなかった。
Xが本件土地を購入後、専門調査会社に依頼した土壌調査の結果、土壌汚染対策法で定める特定有害物質による汚染は認められなかったものの、油分(ガソリン、軽油・重油及び機械油)、油膜及び油臭が認められ、全石油系炭化水素(TPH)濃度は、1万2千 mg/kgで、一般に油膜及び油臭が出ることが多くなるとされる5千mg/kgの2倍超となっていた。
XとYは、土壌の入替え工事について協議を開始したが、その後、Yは「油汚染は瑕疵担保の問題ではないと弁護士から聞いた」として話合いを一切拒否するようになった。
Xは、油分の拡散を防ぐために、基礎部分全体をコンクリートで覆う工法により自宅を建設した。
Xは、Yに対し、①瑕疵担保責任、②不法行為又は債務不履行責任としての告知義務違反に基づき、油汚染による土地評価差額4960万円(主位的請求)、または、土壌調査や油汚染対策費等の損害賠償3871万円(予備的請求)を求めて訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を一部認容した。
(売主Yの責任について)
宅地建物取引業者は、購入者等が売買契約等を締結するか否かを決定づけたり、価格等の取引条件に相応の影響を及ぼし得るような重要な事項について知り得た事実については、xxx上、これを購入者等に説明、告知する義務を負い、この義務に反して当該事実を告知せず、又は不実のことを告げたような場合には、これによって損害を受けた購入者等に対して、不法行為責任を負うと解するのが相当である。
本件土地は、少なくとも半分の広さのそれほど深くない所に油膜や油臭が認められ、ガソリン、軽 油・重油等のTPH濃度も
1万2千mg/kgで、油膜及び油臭が多発する5千mg/kgの2倍超となっており、それにより居住者に対する健康不安などといった心理的嫌悪感を与えるものであるといえる。したがって、本件土地に油を含有する土壌 があることは、住宅用地として購入する場合には、買主が売買契約を締結するか否かを決定づけたり、価格等の取引条件に相応の影響を及ぼし得る重要な事項に当たるというべき
である。
そして、Yは、前所有者から具体的に土壌汚染の可能性を指摘されていたことに加えて、一般に工場の種類によっては土壌汚染対策法上の特定有害物質をはじめ、健康被害をもたらし得る物質の使用可能性が認められることなどからして、宅地建物取引業者としては、本件売買契約の締結に先立ち、土地の過去の利用履歴を調べるなど、本件土地の土壌汚染等の有無やその可能性について相応の調査を行ってしかるべきであった。
それにもかかわらず、Yは、本件売買契約の締結時にXに交付した告知書において「土壌汚染の可能性」について「知らない」と記載し、前所有者による告知書の内容も一切告げなかったものであり、Yは、告知義務に違反したといえるから、Xに対して不法行為責任を負うというべきである。
(損害額について)
Xの主位的請求である油汚染による土地評価差額減価額の主たる根拠となっている掘削除去工法による費用3600万円は、既に本件土地上に建物が建築されている以上、同工法は困難であり、Yの不法行為と相当因果関係を有する損害とは認められない。
一方、予備的請求については、本件土壌調査費用39万円、基礎コンクリート工事費用総額270万円余の約40%である100万円をYの不法行為と相当因果関係のある建築費用増加分
相当額の損害と認められる。
また、YがXに対し、本件土地の土壌に油分が含まれていること又はその可能性を告知していれば、売主であるY側でそれを除去する措置を講じ、又は除去費用相当額が売買代金から控除された可能性が高いものと考えられる。よって、油の除去費用は、Yの不法行為と相当因果関係を有する損害と認められ、その費用は424万円を下らない。
以上により、Xの損害額は合計563万円余となる。
3 まとめ
裁判所は、健康不安など心理的嫌悪感を与える事項は取引に影響を及ぼし得る重要な事項であり、その告知義務に反して事実を告知しない場合には損害を受けた購入者等への不法行為責任を免れないとした。
油分は、土壌汚染対策法の特定有害物質に指定されていないが、産業廃棄物の規制対象となっているもの、行政の指導要綱所定の基準を超える等、高濃度のものについて、瑕疵に該当するとされた次の裁判例があるので参考にされたい。
「売買土地に区の指導要綱所定の基準を超える油分が存在したことが土地の瑕疵にあたるとされたが、買主の悪意・過失により売主の瑕疵担保責任は否定された事例」(東京地判平23・1・27 RETIO85-84)
「売買土地が、高濃度の油分で汚染されていたことが土地の瑕疵にあたるとされた事例」(東京地判平21・3・19 RETIO79-92)
(調査研究部次長)
最近の裁判例から
⑷−地中埋設物−
地中埋設物の存在について、売主は物件状況報告書で説明をしているとして、買主の瑕疵担保責任請求を棄却した事例
(東京地判 令 2・5・27 ウエストロー・ジャパン) xx x
購入した土地にガラだけではなく、建物の地下部分、梁などが埋設されていたことが、隠れたる瑕疵に当たるなどとして、買主が売主に損害賠償を求めた事案において、売主は、契約時に物件状況報告書でそれらが埋められていることを説明しており、隠れた瑕疵には当たらないなどとして、その請求を棄却した事例(東京地裁 令和2年5月27日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成27年11月、買主Ⅹ(原告、不動産業者)と、売主Y(被告、不動産業者)は、本件土地及び建物(本件不動産)について、代金 4億5千万円、特約として、本件不動産に隠れた瑕疵がある場合の売主の担保責任の上限金額を100万円とする売買契約を締結し、本件不動産の引渡しを行った。
本件売買に際し、YはXに対して交付した物件状況等報告書(本件報告書)において、敷地内残置物等につて、「旧建物基礎を発見している旨、過去に地下室のある建物が存在していて、当該建物解体の際、その後駐車場にする目的であったことから、その解体ガラを地下室に入れて埋めた旨」の告知を行った。このとき、XからYに、どの程度のガラを埋めたかの質問は無かった。
平成28年8月30日、Xは本件不動産を、Aに対して、代金5億7千万円、特約として瑕疵担保責任はAの責任と負担において処理するとする売買契約を締結した。しかし、同年
9月1日、XはAより、本件土地の埋設物の撤去に1000万円かかるとして売買代金の減額請求を受け、Aとの売買価格を1000万円減額する合意を行った。
同年11月、XはYに対し、本件土地の地中から埋設物が確認されたとして、損害賠償を請求する旨の通知を行った。
令和元年6月、XはYに対し、
・本件各土地中にはガラだけでなく、建物の地下部分、梁及び基礎が埋設されていた。また、アスベストを含有するガラが含まれていたとの報告もある。
・建物の地下部分の基礎がどうなっているのか、xが残っているのか、建物を解体した際にどの程度のガラをいれたのかについて、Yから説明は無く、本件報告書にも記載はない。
・Xは、Yの説明から埋設物について建物解体時に出たコンクリート片が若干埋まっている程度の認識だった。
・したがって、本件土地中に埋設されていた建物の梁及び基礎並びにガラは隠れた瑕疵に当たる。
と主張し、Aとの売買における減額合意金額 1000万円を損害として、その賠償請求を求める本件訴訟を提起した。
これに対してYは、
・本件売買の際に作成された本件報告書には、敷地内残存物等について、旧建物基礎を発見している旨、土地上には、過去には地下室のある建物が存在しており、解体後、駐
車場にする目的であったことから、建物解体時に、これらのガラを入れて埋めた旨、記録しており、また、建物の閉鎖登記簿謄本も添付していたから、Xが本件土地に埋められたものを知らなかったはずはなく、隠れた瑕疵はない。
と主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Ⅹの請求を棄却した。
⑴ 隠れた瑕疵について
地中埋設物の撤去作業時写真からは、Yが地中埋設物があると説明した部分以外の土地にコンクリート破片等が埋設されていたと認めることまではできない。また、Xは、本件土地上に、建物基礎及び建物解体時に生じたガラが埋められていることを認識していたことが認められ、基本的には、建物の梁及び基礎並びに、コンクリート破片等は隠れた瑕疵とはいえない。
Xは、コンクリート片が若干埋まっている程度の認識であったと主張するが、XはYに対し、どの程度のガラを埋めたか質問しなかったし、Yが埋設物を過少に説明した事実もうかがわれない。また、Xは、ガラについて、鉄の付いてるガラとは思わなかったと主張するが、XがYに対し、その旨確認したとか、 Yが鉄の付いているガラが含まれていない旨説明したといった事情もうかがわれない。さらに、Xは、アスベストを含むガラも埋設されていたかのような証言もするが、これをうかがわせる客観的証拠はない。
したがって、Xの瑕疵担保責任に基づく請求には理由がない。
⑵ 説明義務違反について XとYは、本件売買の際、協議の上、物件
状況報告書等を作成したこと、Yが本件土地
に、建物基礎及び建物解体時に生じたガラが埋められていることを認識していたことからすれば、YはXに対し、建物の梁及び基礎並びにコクリート破片等が埋められていることについて説明していると評価でき、他方で、 YがXに対しガラの量や種類について事実と異なる説明をした事情はうかがわれない。
よって、説明義務違反に基づく請求にも理由がない。
⑶ 結輪
以上より、Xの請求は、理由がないからこれを棄却する。
3 まとめ
地中埋設物については、引渡し後の工事等で発覚するケースが多く、埋設物の撤去費用も高額になることから、実際の取引においても問題となることが多いと思われる。
本件は、売主は、買主に対して、契約時に、取り壊し済みの建物閉鎖謄本を添付し、具体的な埋設物の内容を説明していることで、隠れた瑕疵にあたらないと認められており、実務にあたっての物件調査、説明等を行う際の参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑸−更地渡し取引−
建物工作物等を解体撤去する旨の特約は、新たな建物等の建設に支障が生じない程度に解体撤去をする債務を負担するものと解された事例
(東京地判 令 2・11・26 ウエストロー・ジャパン) xx xx
土地上の建物・工作物等を売主が撤去して土地を引き渡す売買において、買主が、引き渡された土地に塀の基礎、ガラ等の残置があり、植栽のため土の入換えが必要であったとして、慰謝料を含め144万円余を売主に請求したが、契約の特約に反して残置された塀の基礎及びガラの撤去費用等29万円余のみが認められ、他は棄却された事例(東京地裁 令和 2年11月26日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成28年8月、住宅建築を目的とする買主 X(原告・個人)は、売主Y(被告・個人)との間で、本件土地について、下記本件特約を付した売買契約(代金2980万円、手付金 100万円)を締結した。なお、本件土地上には、建物のほか、xx及び東側の境界に塀が設置され、南側隣地との境界先には、南側隣地Aの塀が設置されていた。
(本件特約)
・Yは、本件土地の所有権移転登記の時期までに、旧建物、工作物及びxxxの一切を解体・撤去し、旧建物の滅失登記を完了しなければならない。
同年10月31日の決済日を迎えたところ、Yは旧建物の解体はしたが、xx塀、東側塀の解体撤去は行っていなかったことから、Yが Xに、本物件上に存する建物、工作物、xxxの解体、撤去と整地について、Yの責任と負担において同年11月4日までに終わらせる旨の確約書を交付することにより、XとYは
決済を行った。
しかし、Yが解体撤去を依頼した工事業者 Bは、同年12月7日までに、xx塀は撤去したが、東側塀は、基礎部分のうち隣家の排水設備に接する部分(東側残置基礎部分)について、排水管を破損する恐れがあるとして撤去をしなかった。
Xは、住宅建築中に、A所有の南側ブロック塀の基礎部分が、深さ20cmの地中で本件土地側に越境していることが判明したことから、Aと交渉を行い、「南側塀及び基礎を撤去して、新たに境界線上に塀を設置すること。南側塀及び基礎の解体費用は、75%をAが、 25%をXが負担すること。」で合意した。
平成29年3月、Xは住宅の建築業者に、Yに拒絶された東側残置基礎部分の撤去、A所有の南側塀及び基礎部分の撤去、ガラ等の撤去、庭部分の土の入替え、整地等を依頼し、 89万円余を支払った。
XはYに対し、これらの費用はYの債務不履行により発生したとして、当該費用に慰謝料55万円を加えた計144万円を求める本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、東側残置基礎部分の撤去に関するもののみを認容した。
⑴ 本件特約の趣旨について
本件特約の目的は、Xが本件土地上に新たな建物や工作物を自由に建築できる状態にすることにあり、Yは、本件土地上への新たな
建物や工作物の建設に支障が生じない程度に、旧建物、工作物及びxxxを解体し、これらの解体によって生じたガラを撤去する債務を負担していたものと解するのが、当事者の合理的意思に沿うものといえる。
⑵ 東側残置基礎部分について
境界付近に設置された塀の基礎部分の一部が地中に残っていれば、新たな塀を設置する際に支障が生じることは明らかであり、Yは、東側塀を基礎部分を含めて全て解体撤去する債務を負っていたというべきである。
Yは、当該部分の撤去は、隣地の排水設備を毀損するおそれがあり技術的に不可能などと主張するが、X依頼の工事業者はこれを行っていることからYの主張は採用できない。
⑶ 南側基礎部分について
X及びYは、本件売買契約締結時において、南側基礎部分が存在することを認識していなかったこと、南側基礎部分は、南側塀の基礎部分と密着、一体化している状態だったこと、などから、本件売買契約締結に当たり、南側基礎部分をYの費用負担で解体撤去することを予定していたと認められず、Yの債務に含まれないものと認めるのが、X及びYの合理的意思に沿うものというべきである。
⑷ 整地・土の入替え費用について Yが整地としてどの程度の作業を行う必要
があったのか判然としないところであるが、旧建物の基礎部分解体等によって本件土地上に生じた凹凸を均す作業をすることは、上記債務に当然に含まれるものと考えられる。
これに対し、Xが植栽をするための庭部分の土の入替えは、本件土地上への新たな建物や工作物の建設に支障がない状態とすることを超えて、Xの希望に合わせて、本件土地に改良を加えるものであるから、Yがこれを実施する債務を負うとは認められない。
⑷ ガラの撤去について
Xが提出の各写真によっても、請求する工事費用の費目をみても、建物の新築に当たり支障を生じさせ、撤去費用を別途要するようなガラが放置されていたとは認められない。
⑸ 慰謝料について
本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求の事案であるところ、慰謝料請求を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
⑹ 判断
以上により、東側残置基礎部分の撤去とそれにより生じたガラの処分費用29万円余についてXの請求を認容し、それ以外は理由がないから棄却する。
3 まとめ
本件買主の請求に対し、東側塀の残置基礎部分に関する撤去費用29万円余のみを認めた本件裁判所の判断は、買主の建物建築に影響のある残置物を瑕疵と認めた事例(東京地判平25・11・21 RETIO102-112)、買主の敷地利用に妨げのない地中埋設物につき瑕疵を否定した事例(東京地判 平22・4・8 RETIO83-138)等が見られることからすれば、そのように判断されるだろうと思われるものであり、すると、買主・売主が、それぞれ行き過ぎた主張を行わず、話し合いによる解決を目指していたならば、弁護士費用や裁判費用をかけずとも決着できたのではないかと思われてしまう事案である。
更地渡しとする契約において、後日、売主が行う工事範囲について、売主・買主の見解が異なっていたとするトラブルはよく見られるところであり、契約書作成においては、単に「更地渡し」と記載をするだけではなく、売主が行う工事範囲について、具体的に契約書に記載し明確にしておくことが、トラブル回避の観点から重要になると思われる。
(調査研究部上席xx研究員)
最近の裁判例から
⑹−用途制限の調査説明義務−
収益物件の用途制限について必要な説明はなされていたとして、買主による損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 令 2・10・23 ウエストロー・ジャパン) xx xxx
投資用収益物件としてマンション1棟を購入した買主が、売主及び売主側媒介業者に対し、建築基準法上の用途制限に抵触するために1階部分を倉庫として第三者に賃貸することができないとして損害賠償を求めた事案において、説明や資料提供が尽されていた等として買主の訴えが棄却された事例(東京地裁令和2年10月23日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
買主X(個人)は、平成29年4月27日、売主Y1(個人)が所有する地下1階付地上11階建てマンション1棟(延床面積4989㎡)を投資用収益物件として12億3000万円で購入契約し、同年5月18日に引き渡しを受けた。
本件売買は、Xの兄で、自らxx業者の代表者を務めるAがXの代理人として主導した。本件建物の1階部分(821㎡)は、東西の 両面で公道に接し、各々の入り口のシャッタ
ーを下ろすことが出来るようになっており、その内部はコンクリートの壁や柱によって区画が仕切られていたほか、かつてのテナントである大手ビール会社の関連会社が設置した冷却用の空調ダクトが残置されていた。なお、売買契約当時は空室の状態であった。
本件建物は、地下1階を駐輪場、1階部分の約8割方を駐車場の用途に供するものとして建築確認申請することにより容積率規制を満たしていたため、駐車場とした部分を駐車場以外の用途で利用することは、建築基準法
上の容積率の規制に違反する物件であった。売買契約前に売主側の媒介業者Y2がXに
提供したレントロール(賃貸借状況一覧表)では、空室であった1階部分の用途は記載されていなかったが、その想定賃料は過去の倉庫等としての賃貸実績に基づき月額140万円となっていた。
Xは、平成29年12月、本件建物の1階部分を倉庫業者に賃貸する契約を締結したが、その後、当該倉庫業者より、1階部分の倉庫の間仕切り工事について建築確認が得られず、倉庫業法上、適法に営業倉庫として利用できないとのクレームを受けて合意解約した。
Xは、Y1・Y2に対して、1階部分の用途制限の説明義務違反等を主張して、適切な説明があれば行っていた筈の代金減額交渉等の機会損失による損害など、1億円余の損賠償請求訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
Xの代理人であるAは、本件物件以外にも 5、6棟の物件を収益物件として購入し、管理していた経験があり、用途といった法律用語の一般的な意味合いについて理解していたといえる。また、X側には、買主側の媒介業者であるB社や、宅地建物取引士であるCがついており、適時に専門的な助言等を得ることができる状況にあった。
本件売買契約書及び重要事項説明書の特約
条項には「マンション竣工図によると1階の用途は事務所 駐車場となっております。」との記載があり、また、Y2から提供された本物件の面積表や設計概要書等を含む竣工図には、容積率の計算過程等が明確に示されていることから、Aにとって本件建物の1階部分が駐車場として容積率対象面積から控除されていることは容易に認識できた。
したがって、Aは、本件契約時点において、少なくとも、本件建物の1階部分の用途が事務所、駐車場とされていることを認識し、その法的意味合い(倉庫として法的に問題なく利用するためには用途変更を要すること。)も理解していたものと認められる。
なお、本件物件を倉庫として利用することには、建築基準法及び倉庫業法上の問題があることからすれば、このようなY2の仲介業務の適否自体について疑問がないとはいえないが、これはA及びXに対する説明義務違反の問題とは別論である。
したがって、Y2は、本件契約時点において必要とされる本件物件についての説明や資料の提供を尽くしていたということができ、本件用途制限の存在に関して故意による欺罔行為をしたとはいえず、過失による説明義務違反をしたということもできない。
また、売主Y1の固有の不法行為責任についても、Y2が本件物件について必要とされる説明を尽くしていたことから、Y1が負う説明義務も果たされているものといえ、本件用途制限に関する説明についてY1は何ら法的責任を負わない。
3 まとめ
容積率の算定において、駐車場は、敷地内の建築物の延べ床面積の1/ 5を限度として延べ床面積に不算入とすることができ(建築基準法施行令第2条1項4号但書、同条3
項)、この特例を活用して容積率限度一杯で建築確認申請を行うケースが多いが、駐車場よりも賃料を多くとれるとの理由から竣工後に事務所や倉庫仕様に改築すると、容積率制限を超過した違法建築物となり、用途変更申請も認められない。
xx業者としては、このようなケースが多いことを念頭において、建築確認申請時と異なる用途仕様に改築・使用されているケースでないか、また、建築基準法上違法状態にないかを設計図書等で確認し、説明することが紛争防止のために重要である。
このような物件の売買について媒介業者の説明責任を巡って争われた事例として、「1階が駐車場として建築確認等を受けていることを説明せず、建物図面を交付することもなかった」として、債務不履行責任を認めた事例(東京地判令2・2・18 RERTIO122-158)や、
「本件建物が建築確認申請時には、車庫とする床面積が98.66㎡であることを理由に容積率の緩和を受けていた事、売買契約締結時には、本件建物に車庫部分が存在しないため、増改築、再建築の場合には、現在と同規模の建築物は建築できない場合があることを、重要事項説明書に記載し、説明している」として媒介業者が説明責任を果たしていたと認定した事例(東京地判平25・3・6 RERTIO93-154)などがあるので参考にして頂きたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の裁判例から
⑺−海外在住売主からの買主源泉徴収義務−
国内非居住の売主に源泉徴収せず売買代金を支払った買主が、売主に同税額相当額等の支払いを求め認容された事例
(東京地判 令 2・12・10 ウエストロー・ジャパン) xx x
日本に非居住の売主から不動産を購入した買主が、売買代金を源泉徴収せずに売主に支払い、本来売主が負担すべき所得税額を負担したため、売主には同額の不当な利得が生じているとして、同額の支払いを求めるとともに、売主が同額の不当利得を買主に返還しないという債務不履行により、買主が加算税等の支払いを余儀なくされたとして、加算税等と同額の支払を求めた事案において、所得税相当額の請求は認容されたが、売主には所得税の納税義務があったとして加算税等の請求は棄却された事例(東京地裁 令和2年12月 10日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成29年4月、xx業者X(原告)は、所得税法上の非居住者であるY(被告)から、マンションの一室を1280万円(本件代金)で購入した。
本件代金は、国内源泉所得(所得税法161条1項5号)に該当することから、Xが、所得税法上の非居住者Yに対して本件代金の支払いをするに当たっては、国内源泉所得たる本件代金から所得税131万円余を徴収して国に納付する義務があったが、Xは、Yに対し、本件代金から本件所得税を徴収することなく、その全額を支払った。
2年後、Xは、税務署長から、令和元年12月24日付けで、本件所得税の金額が法定納期限までに納付されなかったとして、本件所得税と併せて、加算税31万円余、延納税8万円
余の納付を求める加算税賦課決定を受けたため、令和2年1月に、xはこれらの税を納付した。
Xは、Yに対し、Xが支払った源泉所得税額、加算税等の税額合計170万円余の支払いを求めたが、Yは以下のように主張した。
Xは、業として不動産取引を行うxx業者であり、Yの住所地が中華人民共和国であることは契約書上からも明らかであったことからすると、X自らに源泉徴収義務があることを認識してなかったとは考えられないにもかかわらず、本件代金全額をYに支払い、その後、3年近くもの間、本件所得税相当額の返還を請求しなかった等の事情によれば、Xは、 Yに対する本件所得税相当額の不当利得返還請求権を放棄する旨の黙示の意思表示をしたということができる。
また、Xは、本件所得税分を支払う義務がないのに、本件代金全額をYに支払ったものであるから、民法705条の適用又は類推適用によって、Yは、本件所得税相当額の不当利得返還義務を負わない。
そのため、Xは提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求のうち、所得税相当額の請求は認容したが、加算税等の請求は棄却した。
(国際裁判管轄及び準拠法について)
本件売買契約において定められた売買代金債務の履行地は日本国内にあると解され、本
件での不当利得返還義務の債務不履行による損害賠償請求についても、本件売買契約上の売買代金債務に関して生じた不当利得返還請求と密接に関連するものであることからすれば、日本国が本件訴えについての国際裁判管轄を有するものと認められる。
また、本件の事案の内容からすれば、不当利得が生じたことについては、本件売買契約に関連したものであり、本件売買契約が日本国内においてされたと認められることからすれば、明らかに中華人民共和国よりも日本国が密接な関係がある地であるということができるから、本件において適用されるべき準拠法は日本国の民法と解するのが相当である。
(不当利得返還請求権を放棄する黙示の意思表示の有無及び民法705条適用の可否)
XがYに対して本件所得税を徴収することなく本件代金全額の支払をしながら、本来の納税義務者たるYに代わって本件所得税の納付をしていることからすれば、Xは、本件所得税相当額の損失を受ける一方で、Yは本件所得税相当額を不当に利得しているものということができるから、Yは、Xに対し、本件所得税相当額を不当利得として返還するべき義務を負う。
Yは、XがYに対する本件所得税相当額の不当利得返還請求権を放棄する旨の黙示の意思表示をしたとか、民法705条に規定する非債弁済の適用ないし類推適用をすべきであると主張するが、Yが主張する事実のみから、 Xが本件所得税分について支払義務がないことを認識しながら、Yに本件代金全額の支払をしたと認定することはできないし、そのような事実を認めるに足りる証拠もないことからすれば、Yの主張は失当である。
(所得税相当額の不返還による債務の不履行の有無)
Xが所得税法上の源泉徴収義務者である以
上、Yから本件所得税相当額の返還を受けるかどうかにかかわらず、Xには本件所得税を納付すべき義務があるのであるから、本件所得税を納付しなかったことによって生じた本件加算税及び延滞税は、Yが本件所得税相当額の返還をしなかったことと相当因果関係のある損害ではない。
以上により、Xは、Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、本件所得税相当額である 131万円余の支払を求める限度で理由があるから、その範囲でこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。
3 まとめ
本件では、不動産取引を業とするxx業者である買主が、売主が国内非居住者である場合の源泉徴収義務を知らなかったか、または、失念したため、売主に源泉徴収せず売買代金を支払い、約2年後に同所得税に加え、加算税等の支払いも余儀なくされた事案である。
本件は、国内非居住の売主との売買を行う際の留意すべき事項としての参考例となる。なお、一般的に、売主が国内源泉徴収をす べき非居住者に該当するかを買主自身で判断することは難しく、売主の住民票が売買対象物件にあり、固定資産税評価証明書の売主住所が国内にあることも確認し、国内源泉徴収の義務がないと判断し取引したものの、買主には国内源泉徴収義務があるとされた裁判例
( 東京地裁 28.5.19 RETIO106-112) もあるので、国内非居住の売主との売買においては、必ず税理士等に確認することとしておくがトラブル防止にも有効と考えられる。
(調査研究部調査役)