a 前記認定事実イ及びウのとおり,名古屋高裁平成8年判決以前,武富士は,顧客に対して,17条書面を基本契約締結時及び個別貸付時にそれぞれ交付し,基本締結時に交 付する17条書面には,貸金業法17条1項各号が掲げる事項のうち,「貸金業者の商号」(1号),「契約年月日」(2号),「貸付けの利率」(4号),「返済方式」(5 号)の他,「貸付けの金額」(3号)として融資限度額が,「返済期間及び返済回数」(6号)として融資額に応じた返済期間,回数及び最終支払期限の一般的説明を,「各回...
主 文
1 被告Y1は,主文別表1「原告」欄記載の各原告に対し,同表「認容額」欄記載の金員及びこれに対する平成23年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y1は,主文別表2「原告」欄記載の各原告に対し,同表「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成24年4月4日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,別表訴訟費用負担表のとおりとする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 第1事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告Y2及び被告Y1は,連帯して,別紙請求額一覧表1の「原告氏名」欄記載の各第1事件原告に対し,同表の「被告Y2及びY1に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を(うち同表の「被告Y3に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年12月29日から支払済みまで年
5分の割合による金員については被告Y3と連帯して)支払え。
イ 被告Y3は,被告Y2及び被告Y1と連帯して,別紙請求額一覧表1の「原告氏名」欄記載の各第1事件原告に対し,同表の「被告Y3に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 訴訟費用は被告らの負担とする。エ 仮執行宣言
(2) 請求の趣旨に対する答弁
ア 第1事件原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。イ 訴訟費用は第1事件原告らの負担とする。
2 第2事件
(1) 請求の趣旨
ア 被告Y2及び被告Y1は,連帯して,別紙請求額一覧表2の「原告氏名」欄記載の各第2事件原告に対し,同表の「被告Y2及びY1に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成24年4月4日から支払済みまで年
5分の割合による金員を(うち同表の「被告Y2に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成24年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員については被告Y3と連帯して)支払え。
イ 被告Y3は,被告Y2及び被告Y1と連帯して,別紙請求額一覧表2の「原告氏名」欄記載の各第2事件原告に対し,同表の「被告Y2に対する請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成24年4月4日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。 ウ 訴訟費用は被告らの負担とする。エ 仮執行宣言
(2) 請求の趣旨に対する答弁
ア 第2事件原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。イ 訴訟費用は第2事件原告らの負担とする。
第2 事案の概要
本件は,株式会社武富士(後の更生会社TFK株式会社。以下「武富士」という。)と継続的な金銭消費貸借取引を行ってきた原告らが,武富士の代表取締役であったA,取締役であった被告Y2及び代表取締役であった被告Y1
(A,被告Y2及び被告Y1を併せて以下「Aら」という。)が,利息制限法
(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定
の制限利率を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を適法に収受できるための法令遵守体制を構築すべき職務上の義務等を怠って,原告らに対し制限超過部分の支払を続けさせ,また,Aらがその他多数の任務懈怠により武富士を倒産に至らせ,原告らに過払金元利金相当額の損害を負わせたと主張して,被告Y2及び被告Y1に対し,会社法429条1項(同法施行前の行為については平成17年法律第87号による改正前の商法26
6条の3第1項。以下同じ。)に基づき,武富士の会社更生手続開始決定日の前日である平成22年10月30日の時点で原告らに生じていた過払金元利金合計額及びこれに対する訴状送達の日の翌日(第1事件についてはいずれの被告も平成23年12月29日,第2事件についてはいずれの被告も平成24年4月4日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告X5及び原告X11を除く原告らが,Aの会社法429条1項に基づく損害賠償債務を被告らが相続したと主張して,被告らに対し,A死亡時の直前の取引日の過払金元利金合計額のうち被告らの法定相続分(被告Y
3は2分の1,被告Y2及び被告Y1はそれぞれ13分の1)に応じて分割した金額及びこれに対する前記各訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実
以下の各事実は,当事者間に争いがないか,又は後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる(各事実に証拠等の記載がないものは,当事者間に争いがない。)。
(1) 当事者等ア 原告ら
原告らは,武富士との間で,継続的に借入れ又は返済を繰り返されることを予定した金銭消費貸借取引に関する基本契約を締結し,これに基づいて借入れと弁済を行っていた者である(甲A1の1ないしA1の24)。原告らは,
武富士との取引において,利息制限法の定める利息の制限額を超過する金額の支払を行っていた。
イ A
Aは,昭和41年,個人事業として,武富士の前身となる富士商事を創業し,昭和43年6月,有限会社富士商事を設立し,昭和49年11月,同社を株式会社武富士商事に組織変更し,同年12月,同社を武富士に商号変更し,武富士の代表取締役に就任した。
Aは,平成15年12月2日,批判的なジャーナリストを対象にした盗聴を部下に対して指示した旨の電気通信事業法違反の嫌疑で逮捕され,同月8日,武富士の代表取締役を退任した。その後,Xは,同被疑事実により起訴され,平成16年11月17日,懲役3年,執行猶予4年の有罪判決の宣告を受けた。
Aは,平成18年8月10日に死亡した。ウ 被告Y2
被告Y2は,Aの長男であり,平成7年1月,武富士に入社し,平成8年
6月,取締役営業統轄本部部長に就任した。被告Y2は,平成10年6月,常務取締役に就任し,平成12年6月,専務取締役に就任したが,平成13年6月28日に取締役を退任した。
被告Y2は,Xが前記のとおり逮捕された後,平成15年12月21日に武富士の顧問に就任し,平成16年6月1日に顧問を辞任した。
被告Y2はAの相続人であり,その法定相続分は13分の1である。エ 被告Y1
被告Y1は,Aのxxであり,平成5年6月,武富士に入社し,平成10年6月26日,取締役秘書室部長に就任した。被告Y1は,平成11年6月から取締役営業統轄本部長に,平成12年6月から常務取締役に,平成14年6月から専務取締役に,平成16年6月29日から代表取締役兼専務執行
役員に,平成20年6月から平成22年9月28日までの間,代表取締役兼副社長に就いた。
被告Y1はAの相続人であり,その法定相続分は13分の1である。オ 被告Y3
被告Y3は,Aの妻であって相続人であり,その法定相続分は2分の1である(弁論の全趣旨)。
(2) 武富士
武富士は,貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下,同改正の前後を通じて「貸金業法」という。)に基づき,昭和58年12月,貸金業者としての登録を受け,昭和60年8月からATMシステムを稼働させ,平成7年10月から無人契約機を導入した。
武富士は,平成8年8月,株式店頭公開を行い,平成10年11月,東京証券取引所第一部に上場し,平成14年12月,日本経済団体連合会に加盟し,その頃,消費者金融業界の最大手となった。
平成20年度における武富士の継続中の顧客取引数は約183万人であった
(乙116)。
武富士は,平成22年9月28日,東京地方裁判所に対して会社更生手続開始申立てを行い,同裁判所は,同年10月31日,武富士に対し会社更生手続開始決定をした。更生管財人は,平成23年7月15日,武富士の更生計画案を提出し,同年10月31日に同計画を認可する決定がされた。
(3) 貸金業法の定め
ア 貸金業法は,昭和58年5月13日に公布され,同年11月1日に施行された。
イ 貸金業法43条1項及び3項は,次の要件を充たしている場合,利息制限法1条1項及び4条1項の制限を超過する利息及び損害金の弁済を有効な弁
済とみなす旨規定していた(以下「みなし弁済規定」という。)。
すなわち,貸金業者が,貸付けに係る契約を締結したときに,貸金業者の商号,名称又は氏名及び住所(貸金業法17条1項1号),契約年月日(同項
2号),貸付けの金額(同項3号),貸付けの利率(同項4号),返済の方式(同項5号),返済期間及び返済回数(同項6号),賠償額の予定(違約金を含む。)に関する定めがあるときはその内容(同項7号)等の事項についてその契約の内容を明らかにする書面(以下「17条書面」という。)を契約の相手方に交付し,前記貸付けの契約に基づく債権の全部又は一部について弁済を受けたときに,貸金業者の商号,名称又は氏名及び住所(貸金業法18条1項1号),契約年月日(同項2号),貸付けの金額(同項3号),受領金額及びその利息,賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額(同項4号),受領年月日(同項5号)等の事項を記載した書面(以下「18条書面」といい,1
7条書面と併せて「交付書面」という。)を当該弁済をした者に交付している場合において(以下「書面性要件」という。),債務者が利息又は損害金として任意に支払ったといえる場合には(以下「任意性要件」という。),当該支払が利息制限法1条1項又は同法4条1項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超える場合においても有効な弁済とみなすこととされた。
なお,基本契約の下で借入限度額の範囲内で借入れと返済を繰り返すことが予定され,返済方式として,追加貸付けを含めたその時点での基本契約に基づく全貸付けの残元利金について,約定返済期日に最低返済額以上の元金及び経過利息を支払うとする,いわゆるリボルビング方式による貸付けの場合は,借主が最低返済額を超える弁済を自由にすることができるため,個々の貸付け時において,確定的な「返済期間及び返済回数」(貸金業法17条1項6号)や各回の「返済金額」(貸金業法17条1項9号,平成19年内閣府令第79号改正前の貸金業法施行規則13条1項1号チ)をあらかじめ定めることが不可能であり,貸金業法はこの点について規定を設けていなかった。
ウ 貸金業法は,貸金業者に対し,17条書面及び18条書面を顧客に交付することを義務づけており(貸金業法17条1項,同法18条1項),当該義務に反して交付書面を交付せず,又は交付書面に法定された事項を記載せず,もしくは虚偽の記載をした書面を交付することに対して罰則が存在する(貸金業法48条4号(平成15年法律第136号による改正前の貸金業法49条3号)。1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はその併科)。
エ 平成18年12月20日,貸金業法からみなし弁済規定が削除され,年収の3分の1を超える個人向けの貸付けを制限する総量規制を定める内容を含む改正法(以下「平成18年改正法」という。)が公布され,平成22年6月
18日,前記内容部分は施行された。
(4) みなし弁済規定の適用を巡る判例等
みなし弁済規定の解釈及び適用に関し,以下の裁判例が存在する。
ア 最高裁判所平成2年1月22日判決(民集44巻1号332頁。以下「最高裁平成2年判決」という。)
貸金業法は,貸金業者の事業に対し必要な規制を行うことにより,その業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図るための措置として,貸金業者は,貸付けに係る契約を締結したときは,貸付けの利率,賠償額の予定に関する定めの内容等,貸金業法17条1項各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面をその相手方に交付しなければならないものとし(貸金業法17条1項),さらに,その債権の全部又は一部について弁済を受けたときは,その都度,受領金額及びその利息,賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額等,貸金業法18条1項各号に掲げる事項を記載した書面を当該弁済をした者に交付しなければならないものとして
(貸金業法18条1項),債務者が貸付けに係る契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることなどによって不利益を被ることがないように貸金業者に17条書面及び18条書面の交付を義務づける反面,その義
務が遵守された場合には,債務者が利息又は賠償として任意に支払った金銭の額が利息制限法1条1項又は4条1項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超えるときにおいても,これを有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなすこととしている(貸金業法43条1項,3項)。以上のような貸金業法の趣旨にかんがみれば,債務者が貸金業者に対してした金銭の支払が貸金業法43条1項又は3項によって有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなされるには,17条書面及び18条書面の記載が法の趣旨に合致するものでなければならないことはいうまでもないが,貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」及び同条3項にいう「債務者が賠償として任意に支払った」とは,債務者が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく賠償金の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思によってこれらを支払ったことをいい,債務者において,その支払った金銭の額が利息制限法1条1項又は4条1項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解するのが相当である。
イ 名古屋高等裁判所平成8年10月23日判決(判例時報1600号103頁。以下「名古屋高裁平成8年判決」という。甲1)
(ア) 17条書面の記載内容は,債務者が自己の債務の内容を正確に認識し,弁済計画の参考としうる程度のxx的,具体的,明確なものでなければならないと解される。そして,貸付限度額その他貸付けの具体的条件を定めて反復継続して貸付けを行う旨の包括的な融資契約を締結した上,これに基づき個々の貸付けを行う契約形態において,包括的貸付契約及び個別的貸付契約の際にそれぞれ貸付契約に関する書面を交付するときには,少なくとも両書面を併せてみるときそれが17条書面の要件を充足している必要があるというべきである。
(イ) 被上告人である武富士が,リボルビング方式による貸付けの借主である上
告人に対して,個々の貸付契約の際に交付した領収書につきみると,貸付金額が具体化した個々の貸付契約の段階において貸金業者から交付すべき17条書面には,具体的な資金額に基づく返済期間及び返済回数,各回の返済期日及び返済金額,弁済の充当関係などの記載がxx的,具体的,明確に行われる必要があるというべきであるが,17条書面である前記領収書の各記載は,包括契約書と併せてみても,到底前記記載の程度を充たしているということはできず,したがって,包括契約書及び前記領収書の記載により,債務者である上告人が,弁済計画を考えるための自己の債務内容を正確に認識することは困難であるというほかない。
(ウ) 貸金業法17条1項の趣旨に照らすと,債務者がその交付を受けた17条書面の記載につき,具体的借入金を当てはめ,その返済期間及び返済回数,各回の返済期日及び返済金額,並びに弁済の充当関係などを時間をかけて計算しなければ理解できない程度の記載がされている前記書面は,法17条1項が要求する内容を満たしているとはいえないというべきである。そして,全国的規模の営業網を持つ大手の貸金業者である被上告人武富士において,前記の内容を記載した17条書面を作成することは,当時においても難きを強いるものとは考えられない。
ウ 最高裁判所平成11年1月21日判決(民集53巻1号98頁。以下「最高裁平成11年判決」という。甲2)
貸金業者との間の金銭消費貸借上の利息の契約に基づき,債務者が利息と して任意に支払った金銭の額が,利息制限法1条1項に定める制限額を超え る場合において,右超過部分の支払が貸金業法43条1項によって有効な利 息の債務の弁済とみなされるためには,右の支払が貸金業者の預金又は貯金 の口座に対する払込みによってされたときであっても特段の事情のない限り,貸金業者は,右の払込みを受けたことを確認した都度,直ちに,貸金業法1
8条1項に規定する書面を債務者に交付しなければならないと解するのが相
当である。けだし,貸金業法43条1項2号は,18条書面の交付について何らの除外事由を設けておらず,また,債務者は,18条書面の交付を受けることによって,払い込んだ金銭の利息,元本等への充当関係を初めて具体的に把握することができるからである。
エ 最高裁判所平成16年2月20日判決(民集58巻2号475頁。以下「最高裁平成16年判決」という。甲3)
貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき,債務者が利息として任意に支払った金銭の額が利息の制限額を超え,利息制限法上,その超過部分につき,その契約が無効とされる場合において,貸金業者が,貸金業に係る業務規制として定められた貸金業法1
7条1項及び18条1項所定の各要件を具備した各書面を交付する義務を遵守したときには,利息制限法1条1項の規定にかかわらず,その支払を有効な利息の債務の弁済とみなす旨を定めている。貸金業者の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図ること等を目的として,貸金業に対する必要な規制等を定める法の趣旨,目的(貸金業法1条)と,上記業務規制に違反した場合の罰則(平成15年法律第136号による改正前の貸金業法49条3号)が設けられていること等にかんがみると,貸金業法43条
1項の規定の適用要件については,これを厳格に解釈すべきものである。 貸金業法43条1項の規定の適用要件として,17条書面をその相手方に
交付しなければならないものとされているが,17条書面には,貸金業法1
7条1項所定の事項のすべてが記載されていることを要するものであり,その一部が記載されていないときは,貸金業法43条1項適用の要件を欠くというべきであって,有効な利息の債務の弁済とみなすことはできない。
オ 最高裁判所平成18年1月13日判決(民集60巻1号1頁。以下「最高裁平成18年判決」という。甲5)
(ア) 貸金業法18条1項が,貸金業者は,貸付けの契約に基づく債権の全部又
は一部について弁済を受けたときは,18条書面を当該弁済をした者に交付しなければならない旨を定めているのは,貸金業者の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図るためであるから,同項の解釈にあたっては,文理を離れて緩やかな解釈をすることは許されないというべきである。
同項柱書きは,「貸金業者は,貸付けの契約に基づく債権の全部又は一部について弁済を受けたときは,その都度,直ちに,内閣府令で定めるところにより,次の各号に掲げる事項を記載した書面を当該弁済をした者に交付しなければならない。」と規定している。そして,同項6号に,「前各号に掲げるもののほか,内閣府令で定める事項」が掲げられている。
同項は,その文理に照らすと,同項の規定に基づき貸金業者が貸付けの契 約に基づく債権の全部又は一部について弁済を受けたときに当該弁済をした 者に対して交付すべき18条書面の記載事項は,同項1号から5号までに掲 げる事項(以下「法定事項」という。)及び法定事項に追加して内閣府令(法 施行当時は大蔵省令。後に,総理府令・大蔵省令,総理府令,内閣府令とx x改められた。)で定める事項であることを規定するとともに,18条書面の 交付方法の定めについて内閣府令に委任することを規定したものと解される。したがって,18条書面の記載事項について,内閣府令により他の事項の記 載をもって法定事項の記載に代えることは許されないものというべきである。
上記内閣府令に該当する貸金業法施行規則(平成18年内閣令第39号による改正前のもの)15条2項は,「貸金業者は,法第18条第1項の規定により交付すべき書面を作成するときは,当該弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,同項第1号から第3号まで並びに前項第2号及び第3号に掲げる事項の記載に代えることができる。」と規定している。この規定のうち,当該弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,貸金業法18条1項
1号から3号までに掲げる事項の記載に代えることができる旨定めた部分は,
他の事項の記載をもって法定事項の一部の記載に代えることを定めたものであるから,内閣府令に対する法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と解すべきである。
(イ) 貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき,債務者が利息として支払った金銭の額が,利息の制限額を超える場合において,貸金業者が,17条書面及び18条書面を交付する義務を遵守しているときには,その支払が任意に行われた場合に限って,例外的に,利息制限法1条1項の規定にかかわらず,制限超過部分の支払を有効な利息の債務の弁済とみなす旨を定めている。貸金業者の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図ること等を目的として貸金業に対する必要な規制等を定める法の趣旨,目的(貸金業法1条)等にかんがみると,貸金業法43条1項の規定の適用要件については,これを厳格に解釈すべきである(最高裁平成14年(受)第912号同16年2月20日第二小法廷判決・民集58巻2号380頁,最高裁平成15年(オ)第386号,同年
(受)第390号同16年2月20日第二小法廷判決・民集58巻2号47
5頁参照)。
そうすると,貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」とは,債務者が利息の契約に基づく利息の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思によってこれを支払ったことをいい,債務者において,その支払った金銭の額が利息の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解される(最高裁昭和62年(オ)第1531号平成2年1月22日第二小法廷判決・民集44巻1号332頁参照)けれども,債務者が,事実上にせよ強制を受けて利息の制限額を超える額の金銭の支払をした場合には,制限超過部分を自己の自由な意思によって支払ったものということはできず,貸金業法
43条1項の規定の適用要件を欠くというべきである。
(ウ) 本件期限の利益喪失特約(「上告人は,元金又は利息の支払を遅滞したときには,当然に期限の利益を失い,被上告人に対して直ちに元利金を一時に支払う」)の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものというべきである。
したがって,本件期限の利益喪失特約の下で,債務者が,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないと解するのが相当である。
2 争点
本件の争点及び争点に対する当事者の主張は,別紙争点整理表記載のとおりである。このうち,約定残高と引き直し計算後の残高の相違を告知する体制の整備に関する争点(争点A7)について,当事者は更に以下のとおり主張する。
(1) 最高裁平成18年判決後,武富士と既存顧客との同判決以前の取引におけるみなし弁済規定の適用の有無に関する被告Y1の認識内容(争点A7ⅰ)
(原告らの主張)
ア 最高裁平成18年判決は,利息制限法所定の制限利率を超える約定の金銭消費貸借に当然の期限の利益喪失特約が定められている場合には,特段の事情のない限り,制限超過部分の支払は任意性を欠き,貸金業法43条1項のみなし弁済規定の要件を充たさないことを明らかにし,また,貸金業法18条1項2号に定める契約年月日等の記載を欠いた18条書面を交付しても,
18条書面としての要件を充たさず,みなし弁済規定の適用がないことを明
らかにした。
最高裁平成18年判決以前の武富士と原告らとの取引は,当然に期限の利益を喪失する旨の特約に基づき行われ,また,武富士が最高裁平成18年判決以前に原告らに対して交付した18条書面には,契約年月日の記載がなかった。したがって,最高裁平成18年判決により,同判決以前の武富士と原告らの既存取引について,みなし弁済の成立要件である支払の任意性及び
18条書面の交付を充たしておらず,およそみなし弁済が成立しないこと及び最高裁平成18年判決時点における武富士の既存顧客(最高裁平成18年判決以前から武富士との間で当然の期限の利益喪失特約に基づく取引を行っていた顧客をいう。以下同じ。)に対する既存債権の約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高とが例外なく相違していることが明白となった。
イ(ア) 被告Y1は,最高裁平成18年判決言渡当時の武富士の代表取締役で あるところ,平成18年5月8日に開催された武富士の常務会に出席した。 同日の常務会においては,最高裁平成18年判決を受けて,顧客と取り交わ す基本契約書中の当然の期限の利益喪失特約の変更が議題となり,期限の利 益喪失約款を維持し,未払による期限の利益喪失条件を定めず,期限の利益 の喪失は内容証明等で契約解除が伝わったとき等と記載する案が採用された。これにより,被告Y1は,最高裁平成18年判決によれば,当然の期限の利 益喪失特約がある場合にはみなし弁済が成立することはなく,みなし弁済が 成立するためには特約を変更しなければならないことを認識した。
(イ) また,前記常務会においては,武富士が設置した法制対策プロジェクトチーム(以下「対策チーム」という。)が徴収した弁護士3名の意見がそれぞれ比較して記載された資料(以下「弁護士意見比較表」という。)が提出された。弁護士意見比較表において,3名の弁護士は,「契約書変更による43条適用の有無」について,「既存→×」,すなわち,既存債権については貸金業法4
3条に規定するみなし弁済規定の適用は認められない旨の見解を明らかにしており,また,「既存債権に対し,約定残高で請求する法的根拠の有無」について,2名は「法的根拠は見つからない。」,「法的根拠はない。」という見解を明らかにし,1名は「請求する事が違法とは言えない。(当社側に立った見方)」という意見を述べたと整理され,以上の弁護士の意見を踏まえ,対策チームは,弁護士意見比較表に「既存債権の請求根拠,請求時の留意については別途検討。」と付記した。
被告Y1は,弁護士の前記意見や対策チームの検討を踏まえ,既存取引にみなし弁済が成立せず,約定残高による請求に根拠がないことを認識した。
(被告らの主張)
ア 平成18年5月8日に開催された武富士の常務会で配布された弁護士意見比較表には,最高裁平成18年判決が言い渡されて間もない時期に作成された初期段階の暫定的な意見が記載されているに過ぎない。
また,前記常務会の議題は,金融庁が公表した,貸金業法施行規則の一部を改正する内閣府令案に寄せられたパブリックコメントの概要及びこれに対する金融庁の考え方についての対応,具体的には期限の利益喪失特約をどのように変更するかを検討することにあり,既存債権の超過利息の請求の可否や根拠が議題となったわけではなく,検討の主題が異なっていた。
さらに,弁護士意見比較表における「契約書変更による43条適用の有無」について,3名の弁護士が既存債権については「×」としているが,これは,契約書を変更したとしても,みなし弁済規定が過去の取引に遡及して適用されるわけではないという当然のことを記載したものである。
加えて,弁護士意見比較表では,最高裁平成18年判決にいう「特段の事情」について,3名の弁護士による言及がなく,検討すべき事項が網羅されていない。
以上の各事情からすれば,被告Y1は,弁護士意見比較表を根拠として,
武富士の既存顧客との取引に一切みなし弁済が成立せず,約定残高で請求する根拠がないことを認識したとはいえない。
イ 武富士は,最高裁平成18年判決以降も,訴訟内外問わず,既存取引にみなし弁済規定の適用がある旨の主張を行っているから,被告Y1において,既存顧客との取引にみなし弁済が成立しないと認識していたとはいえない。
(2) 被告Y1における,約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違する可能性を告知する体制を整備する任務の有無(争点A7
ⅱ)
(原告らの主張)
ア 前記(1)(原告らの主張)のとおり,被告Y1は,最高裁平成18年判決以前の取引にみなし弁済が成立せず,武富士の既存顧客に対する約定残高による請求に法的根拠がないことを認識していた。
イ 武富士と顧客との取引は,大部分が自社ATM又は提携ATMによってなされており,武富士は,ATM画面に表示する方法,領収書の余白部分に記載する方法,告知ポスター,架電による支払請求時における説明等によって,既存顧客を対象として,約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違する可能性(以下「残高相違可能性」という。)を告知することを容易になしえた。
ウ 以上からすると,貸金業者である武富士は,最高裁平成18年判決を受けて,既存顧客に対し,残高相違可能性を告知する義務があり,被告Y1は,同社の取締役として負う善管注意義務の一内容として,既存顧客に対して残高相違可能性を告知する体制を整備する任務を負っていた。これは,利息制限法による引き直し計算を前提とするものではない。
(被告らの主張)
ア 前記(1)(被告らの主張)のとおり,被告Y1は,最高裁平成18年判決以降も,武富士の既存顧客との取引にみなし弁済が一切成立しないと認識して
いない。
イ 最高裁平成18年判決以降,貸金業者に対して,顧客に対する残高相違可能性告知義務を課した法令は存在せず,貸金業者に残高相違可能性告知義務を課す法令上の根拠は存在しない。
かえって,平成18年改正法による貸金業法第12条の8第4項は,貸金業者による利息制限法の制限利率を超える利息の請求及び受領行為を禁止するところ,平成19年11月7日に交付された同法施行令附則第13条によれば,貸金業法第12条の8第4項は平成22年6月18日の施行日以降に締結された貸付けにかかる契約の利息について適用すると規定されており,同日以前に締結された契約については超過利息の請求受領行為は禁止されておらず,超過利息の請求受領行為の際に残高相違可能性を告知することを条件とする規定は存在しない。
ウ 武富士を含む貸金業者の監督官庁である金融庁及び同庁から関東地方における民間金融機関等の検査並びに監督を委任されていた財務省の地方支局である関東財務局は,最高裁平成18年判決以降,貸金業者に対して,残高相違可能性の告知に関する指導監督を全く行っていない。また,深刻な多重債務者問題を解決することを目指して政府が内閣官房に設置した多重債務者対策本部,同対策本部が設置した有識者会議,日本弁護士連合会,全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会においても,貸金業者において残高相違可能性の告知を義務付けることついて何ら言及がなされていなかった。
エ 日本貸金業協会及び消費者金融連絡会において,最高裁平成18年判決以降,残高相違可能性の告知を行う体制に関する議論は行われていない。また,残高相違可能性の告知を検討したり実行したりする同業他社は一社も存在しなかった。
オ 最高裁平成2年判決は,顧客が利息の契約に基づき,利息制限法の制限利率を超える約定の支払義務があるものと誤解して制限超過利息を支払ったと
しても,みなし弁済規定の成立要件である任意性が否定されないと判断している。そうすると,貸金業者に残高相違可能性を告知させる義務を課し,顧客に残高相違可能性を認識させることは,最高裁平成2年判決に反するというべきである。
カ 過払金充当合意には,借主において過払金が発生していることを認識したとしても過払金の返還請求を行わずに,返済及び借入れを継続し,後に生じる借入金債務に充当するために温存しておくという当事者の合理的意思が含まれているのであるから,過払金充当合意の存在は,過払金返還請求権を行使させる前提として,貸金業者に対して過払金の発生ないし残高相違可能性を顧客に告知することを要求するものではないと解するのが合理的である。武富士における貸付けはリボルビング方式によるものであり,継続的に貸 付けと返済が繰り返される金銭消費貸借であって,債務の返済が借入金の全体に対して行われる取引と解されるから,武富士と顧客との間で締結した基本契約には,過払金充当合意が含まれている。したがって,武富士は,過払金充当合意の存在により,原告らに対して,残高相違可能性を告知すること
を求められていない。
キ 取締役が会社に対して負う善管注意義務における委任の本旨は,会社の利益の最大化を図る点にあるところ,法令上の具体的な根拠や監督官庁からの指導等もない状況において,武富士の独自の考えから残高相違可能性の告知を行えば,多数の顧客に対して過払金の返還を行う結果が招来され,武富士に多額の資金を流出させて損失を被らせることになるのであるから,残高相違可能性の告知を行う体制を整備する義務を善管注意義務として負うと解することは相当でない。
ク 武富士において,残高相違可能性の告知を義務づける法令及び監督官庁の指導監督がなく,残高相違可能性の告知を行う同業他社が存在しなかった社会情勢の下では,「平成18年1月13日以前から取引のあるお客様は,契約
上の残高と本来の残高が異なる可能性があります」などと一律に表示し記載することが容易であったとはいえない。また,前記のような告知を行えば,顧客に大きな混乱を与える事態になることになる。
武富士が顧客に対して残高相違可能性を告知した場合,数百万人から過払金返還請求がなされることになり,武富士が各顧客毎に個別具体的な論点を考慮した上でこれに対応することは不可能であり,引き直し計算義務が課されるのと同じ状況に置かれることになる。
したがって,武富士が顧客に対して残高相違可能性を告知することは容易でなかったといえる。
ケ 以上のとおりであるから,武富士は,最高裁平成18年判決以降も,既存顧客に対し,残高相違可能性を告知する義務はなく,被告Y1は,同社の取締役として負う善管注意義務の一内容として,既存顧客に対して残高相違可能性を告知する体制を整備する任務を負っていたとはいえない。
(3) 被告Y1の任務懈怠の有無(争点A7ⅲ)
(原告らの主張)
被告Y1は,武富士と顧客が接触する機会において,武富士の従業員をして残高相違可能性を告知することが容易になしえたにもかかわらず,武富士において残高相違可能性を告知する体制を整備しなかったのであり,武富士に対する任務を懈怠した。
(被告らの主張)
ア 被告Y1が武富士において残高相違可能性を告知する体制を整備しなかったことが任務懈怠となるか否かについては,経営判断原則の適用があるところ,その具体的な判断にあたっては,一般に,その会社が属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として,判断の前提となる事実認識の過程に不注意な誤りがないか,当該事実認識に基づく推論過程及びその内容が明らかに不合理なものでないかを検討して判断する必要がある。
イ 武富士の法務担当者は,その時々において,貸金業法,同法施行令,同法施行規則,裁判例,監督指針,各種パブリックコメント等の動向を注視していた。また,武富士においては,法令等の変更により会社の業務内容等を変更する必要が生じた場合に,社内でプロジェクトチームを組織して検討を実施し,複数の弁護士から意見を聴取しながら書面改訂等の体制整備を行うとともに,必要に応じて監督官庁に相談に赴き,その指導を仰いでいた。さらに,武富士の法務担当者は,同業他社との頻繁な情報交換を行い,適切に情報の分析と検討を行っていた。
しかしながら,以上の方法により入手した情報の分析及び検討の過程において,顧客に残高相違可能性を告知すべきであるとの認識を形成しうる情報は一切存在しなかったのであるから,被告Y1が,担当者からの報告に基づき,顧客に対して残高相違可能性を告知すべきであるとの認識を形成するに至らなかったとしても,その事実認識の過程に不注意な誤りがあったとはいえない。
ウ 被告Y1が,武富士の取締役として,担当者からの報告に基づき,顧客に対して残高相違可能性を告知する業務体制に変更するように求められているとの認識はなかったのであるから,被告Y1が,告知にかかる業務変更を選択しなかったのは当然であり,その判断に至る推論過程及びその内容に明らかな不合理はない。
エ 武富士は,最高裁平成18年判決を受けて,店頭取引及びATM利用時に交付される領収証等に「利息制限法を超える利息の支払義務はなく,お支払は任意です。」,「利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。」との記載を加える改訂を行っており,当該記載は,客観的にみれば残高相違可能性があることを認識しうるものであるから,武富士が残高相違可能性を告知していなかったとはいえない。
オ したがって,被告Y1に任務懈怠は認められない。
(4) 被告Y1の任務懈怠についての悪意又は重過失の有無(争点A7ⅳ)
(原告らの主張)
武富士ないし被告Y1は,最高裁平成18年判決によれば,既存取引にみなし弁済が成立する余地はなく,顧客に対する約定残高と利息制限法に基づく引き直し後の残高が相違することを認識していたにもかかわらず,武富士は,同判決言渡以降も,原告らの返済や借換えの度に,約定残高に基づく請求を行っていた。他方,武富士は,顧客と接触する機会において,残高相違可能性を告知することが容易になしえたにもかかわらずこれを告知せず,被告Y1は,武富士において残高相違可能性を告知する体制を整備しなかった。以上からすれば,被告Y1の任務懈怠は悪意又は重過失によるものといえる。
(被告らの主張)
残高相違可能性告知については義務の根拠となる法令は存在せず,最高裁平成18年判決以降も,立法府,行政府,司法府のいずれにおいても,貸金業者に残高相違可能性告知義務があるとは考えておらず,相談した弁護士からもそのようなアドバイスを受けていなかったこと,日弁連や多重債務者問題に取り組む専門団体等も残高相違可能性告知義務の存在を認識しておらず,公的な意見表明の機会においても言及されなかったこと,被告Y1ら取締役が既存顧客との取引にみなし弁済が成立しないと認識していなかったこと,顧客に残高相違可能性を告知することが容易でないこと,残高相違可能性を告知する同業他社が存在しないことなどの事情を踏まえると,当時の消費者金融業者の通常の取締役として一般的に要求される能力及び識見に照らせば,残高相違可能性告知義務が武富士に存在するとの認識を有することは不可能であり,被告Y1が残高相違可能性を告知するように武富士の業務を変更しなかったことに著しい不注意はなかったといえ,重過失は認められない。
(5) 被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告らの損害の有無(争点A7
ⅴ)
(原告らの主張)
ア 原告らは,武富士から残高相違可能性を告知されれば,弁護士などの専門家に相談する機会等を得ることができ,約定残高に基づく返済をせず,引き直し計算の結果,過払いが生じていれば,武富士に対して速やかに過払金の返還請求をして過払金を取り戻すことができたのであり,武富士が残高相違可能性を告知しなかったことにより,原告らは過払金返還請求権を行使する機会を失い,同請求権の額面の損害(以下「損害ⅰ」という。)を被った。
イ 少なくとも,原告らは,武富士から残高相違可能性を告知されなかったことにより,弁護士などの専門家に相談する機会等を得ることができず,利息制限法の制限利率を超える約定利率に基づく支払を継続し,法令上の義務のない支払を余儀なくされた。したがって,最高裁平成18年判決以降に原告らが武富士に対して支払った利息制限法の制限利率を超える支払そのものが損害(以下「損害ⅱ」という。)となる。
(被告らの主張)
ア 貸金業者からの借入金について,約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違し,場合によっては過払金が発生する可能性があるという事実は,特に最高裁平成18年判決以降,新聞報道,全国各地の弁護士や司法書士による広告宣伝,国や地方公共団体のキャンペーン等が手伝い,世間一般に広く周知していた。
しかしながら,このような状況の中でも,実際に過払金返還請求を行うのは過払債権者の中でもごく一部に過ぎず,ほとんどの過払債権者は,残高相違可能性を認識しながら過払金の返還請求を行わなかったのであるから,武富士が顧客に対して残高相違可能性の告知をしていれば,原告らがそれ以後は支払を行わなかった,もしくは過払金返還請求を行ったとはいえず,任務懈怠と原告らの損害との間に相当因果関係は認められない。
また,武富士と顧客との間で締結した基本契約に過払金充当合意が存在し,
当該合意には,過払金が発生しても返還請求を行わずに,返済及び借入れを継続し,後に生じる借入金債務に充当するために温存しておくという当事者の合理的意思が含まれているから,残高相違可能性が告知する体制を整備すれば原告らの主張する損害が生じなかったとはいえない。
イ 被告Y1の任務懈怠の後に,原告らが武富士に対して法律上支払義務のない支払を行った場合であっても,その時点で引き直し計算による債務が残っていた場合には,支払った金銭は当該債務に充当され,その分債務が減少することになり,その時点で債務が残っていなかったとしても,包括契約が継続していた場合には支払によって発生した過払金はその後の貸付けの弁済に充当され,包括契約が終了した時点で不当利得として精算を求めることができるのであるから,いずれの場合も,支払によって経済的損失は発生せず,原告らに損害の発生は認められない。
ウ 原告らは,被告Y1の任務懈怠により過払金相当額の損害が発生したと主張するが,個別取引毎に,みなし弁済規定の適用の有無,取引の分断の有無,消滅時効の成否等といった法的論点について判断を行わなければ,原告らの損害を正確に算出することはできないのであり,原告らの主張する金額(過払金相当額)をそのまま損害額として認定することは不相当である。
第3 当裁判所の判断
1 直接損害に関する争点に対する判断
(1) 認定事実
前記前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 武富士は,昭和60年8月,貸付け及び返済を受ける機械(以下「自社A TM」という。)の稼働を開始し,平成7年10月,新規契約の審査及び契約締結を行う機械(以下「無人契約機」という。)を導入し,同年12月,金融機関及び信販会社との現金自動支払機及び現金自動預払機の提携を開
始した(以下,当該機械を「提携ATM」という。甲23ないし29)。
武富士は,遅くとも平成15年ころから,金銭消費貸借取引を行う顧客のうち,99.4パーセント以上の顧客との間では,返済方式としてリボルビング方式を採用した取引を行い,全ての顧客に対する貸付けは無担保であった(甲23ないし29)。
イ 武富士は,昭和63年ころから,店頭及び無人契約機において顧客との間でリボルビング方式による貸付けの基本契約を締結する際,貸金業法17条
1項各号が掲げる事項のうち,「貸金業者の商号」(同法1号),「契約年月日」
(同法2号),「貸付けの利率」(同法4号),「返済方式」(同法5号)の他,
「貸付けの金額」(同法3号)として融資限度額が,「返済期間及び返済回数」
(6号)として融資額に応じた返済期間,回数及び最終支払期限の一般的説明が,「各回の返済期日及び返済金額」(同法9号,貸金業法施行規則13条
1項1号チ)として約定支払日及び融資額に応じた最低支払額の計算方法の説明がそれぞれ記載された基本契約書を使用していた。
また,前記契約書には,期限の利益喪失特約として,約定支払日までに支払を一度でも遅延し,あるいは支払を怠ったときは,武富士からの通知及び催告がなくても期限の利益と喪失し,融資残高全額,利息及び遅延損害金を直ちに支払う旨が規定されていた。
さらに,前記契約書には,「送金(銀行振込・現金書留等)による支払いに ついては,領収証の送付を必要としません。ただし,私が申し出をした場合 には交付されるものとします。」,「貴社は私が借り入れたときは利用明細書を,支払ったときは領収書を発行するものとします。私が利用明細書あるいは領 収書を直接受け取れない場合は,あらかじめ貴社の店頭に受け取りに出向く 日を指定,あるいは郵送先を指定するものとし,私から指定しない場合は交 付は必要としません。」との条項が規定されていた(以上,甲70ないし88, 甲106,弁論の全趣旨)。
ウ 武富士は,遅くとも平成8年ころ,店頭及び自社ATMにおける個別貸付時に顧客に対して交付する書面に,貸金業法17条1項各号が掲げる事項のうち,「貸金業者の商号」(1号),「契約年月日」(2号)の他,「貸付けの金額」(3号)として当該貸付けの金額及び融資残高を,「各回の返済期日及び返済金額」(9号,施行規則13条1項1号チ)として次回の最低支払額をそれぞれ記載していたが,当該貸付けを踏まえた確定的な「返済期間及び返済回数」(6号)を記載していなかった(甲91,甲96)。
エ 武富士は,昭和63年ころから後記タにおける改訂までの間,顧客に交付する18条書面に,貸付けに係る契約年月日を記載しない代わりに,契約番号を記載していた(甲107,甲109,乙19,乙24,乙55,弁論の全趣旨)。
オ 武富士は,平成9年11月までに,自社ATMの入金時の操作画面を変更して入金額の充当対象を表示し,また,自社ATMでの個別貸付時において交付する書面に「支払回数」,「各回の返済額」,「最終支払期限」が印字されるようにシステムを変更した(甲97,甲102,乙17)。
カ 武富士は,平成10年9月までに,店頭窓口での個別貸付時において交付する書面に「支払回数」,「各回の返済額」,「最終支払期限」が印字されるようにシステムを変更した(甲92ないし95)。
キ 武富士の平成16年3月期有価証券報告書においては,17条書面に関して,「貸金業法17条に規定する,成約時に融資内容を記載した書面の交付の問題があります。現在当社は第17条書面を店頭での融資時,ATMでの融資時,振込での融資時,提携ATMでの融資時に顧客に交付しなければなりません。しかし,後者の2事例においては,第17条書面の要件を備えた書面を即時に,顧客に渡すことができておりません。(貸金業法では,「貸金業者は,貸付けに係る契約を締結したときは,遅滞なく,内閣府令で定めるところにより,次の各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにす
る書面をその相手方に交付しなければならない。」と規定されております。)従いまして,行政当局において貸金業法17条を厳格に判断するという動きになった場合,振込融資及び提携ATMを使用しての融資に何らかの制限が発生します。また現在行われている融資について第17条書面の未発行が問題とされた場合,業態の変更を余儀なくされるリスクが発生し,その場合当社グループの業績に大きな影響があると考えられます。」,18条書面に関して,「18条書面の交付においても,提携ATMでの受取証書は,第18条書面の要件を満たしておらず,17条書面の問題と同様に,業態の変更を余儀なくされるというリスクが発生し,その場合当社グループの業績に影響があります。」との各記載がある(甲23)。
ク 武富士は,平成16年7月26日,常務会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同常務会においては,過払金返還請求の現状報告が行われ,今後の対策として,システムの改善が検討された。具体的には,現行のままでは1
7条書面,18条書面の交付の立証が困難であるとの問題意識から,(1)A TM控を現行のジャーナル形式から顧客へ交付するものと同書式のものにする,(2)銀行送金時,提携ATM利用時に領収書を自動発送するという案が提示されたが,(1)については返済期間及び回数の立証が可能になる反面,推定四,五億円の高額な経費がかかること,(2)については18条書面を漏れなく発行している立証が可能になる反面,領収書の送付を不要とする意思表示をしている顧客とのトラブルが発生する可能性や推定一,二億円の高額な経費がかかること,高額な経費を投じて前記①②の改善を図っても,法解釈が不安定な昨今の環境下では水泡に帰す可能性があること,システムを改善しても効果が発生するのは5年後となることが検討された。
そして,過払金返還請求に対して現行のシステムのままできることとして,詳細な抗弁を行い,提訴を防止するための和解交渉を行うことが確認された。具体的には,(1)消滅時効,悪意xx計算等を認めず,詳細な部分でも抗弁を
行う,(2)現行どおり,早期償還等を条件として理屈を抜きにして減額を迫るものであった(以上,甲62の1ないし62の3)。
ケ 金融庁は,平成18年2月8日,最高裁平成18年判決を受けて,貸金業法施行規則の一部を改正する内閣府令案を公表した。同改正案は,(1)最高裁平成18年判決で無効と判示された貸金業法施行規則15条2項の該当箇所を削除し,(2)17条書面の記載事項として内閣府令で定める事項として,貸付けに係る契約において期限の利益の喪失の定めがあるときは「利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有する」旨を含めて17条書面の記載事項とするものであった(乙20の1,乙20の
2)。
コ 武富士は,平成18年2月16日,金融庁が公表した前記施行規則改正案に対応することを目的として,武富士内で対策チームを立ち上げた。対策チームの主な活動内容は,店頭取引の領収書,ATM利用明細書の改定,契約書における期限の利益喪失約款の改訂,最高裁平成18年判決やこれを受けた貸金業法施行規則の改正に伴う実務上の注意点の啓発を行うことであった。対策チームは,施行規則の改正に対応するための書面の改訂案を作成し,これについて2名の弁護士から意見を聴取し,監督官庁である金融庁やその執行機関である関東財務局の担当者を訪問して対応について説明することに加え,武富士社員に向けて前記改正に対応するための教育用資料を作成した(乙21の1,乙21の2,乙22の1ないし22の4,乙35,乙36,乙49,乙50,乙83)。
サ 武富士は,平成18年3月14日,取締役会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同取締役会においては,貸金業法施行規則の改正に伴い,店頭取引及びATM取引における18条書面等の改訂について審議され,18条書面に「契約年月日」及び「貸付けの金額」を記載することが可決承認された
(甲64の2)。
平成18年4月11日,貸金業法施行規則15条2項から最高裁平成18年判決が無効と判示した規定部分を削除することを内容とする内閣府令第
39号が公布され,同日施行された(顕著な事実)。
シ 金融庁は,平成18年4月13日,貸金業法施行規則の一部を改正する内閣府令案に寄せられたパブリックコメントの概要及びこれに対する金融庁の考え方を公表した(乙34)。この中で,金融庁は,「「最低でも利息制限法の利息を支払えば期限の利益を喪失しない」旨の契約をすれば貸金業法4
3条1項のみなし弁済が適用されるのか。」とのコメントに対し,「個別の事案で,貸金業法43条1項のみなし弁済規定が適用されるか否かは,契約書の文言や貸金業者の債務者に対する説明内容などの具体的な事情に基づく総合的判断により支払いの任意性の有無が認定されるほか,貸金業法43条
1項所定のその他の要件について判断されることになります。」との考えを示した。
ス 武富士は,平成18年5月8日,常務会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同常務会においては,貸金業法及び同法施行規則改正に伴う契約証書等の対応について審議がされた。
対策チームは,前記常務会に先立ち,法令の改正に対応するための書面の改訂に関して,B弁護士,C弁護士,D弁護士にそれぞれ意見を求めた。対策チームは,各弁護士から寄せられた意見を比較一覧できる書面(弁護士意見比較表)にまとめた。弁護士意見比較表によると,既存顧客に対する契約書の書換えの要否については,いずれの弁護士もこれが必要であると意見し,契約書の変更によりみなし弁済の適用があるか否かについては,いずれの弁護士も新規取引には適用があり,既存取引には適用がないと意見し,既存債権に対して約定残高で請求する法的根拠の有無については,D弁護士及びC弁護士は法的根拠がない旨意見し,B弁護士は請求することが違法とはいえないと意見した旨が記載されている。なお,B弁護士は,対策チームに対し,
約定残高を請求することに関して,「顧客が法定利息以上の金額を支払わないという意思表示をした場合には,法定利息を受領するしかありません。しかし,その意思表示前までの取引において貸金業法43条の要件を全て満たしているのであれば,その意思表示前までは約定利率に基づく支払を適法に請求できるのですから,その後法定利息分だけ支払っても約定元金の支払をしない以上は,期限の利益の喪失となり,その意思表示以前の残元利金を一括請求することが可能となります。」と意見した。
対策チームは,前記常務会において,以上の各弁護士の意見を踏まえ,期限の利益喪失特約を維持し,支払日が過ぎても利息制限法の制限内の利息の支払がない場合は期限の利益を喪失する旨を書面に記載するA案(B弁護士, C弁護士の意見に依拠するもの),期限の利益喪失特約自体を削除するB案,期限の利益喪失特約を維持し,未払による期限の利益喪失条件を定めず,期限の利益の喪失は内容証明等で契約解除が伝わったとき等と記載するC案
(D弁護士の意見に依拠するもの)を提示し,前記弁護士意見比較表を資料として添付した。対策チームは,弁護士意見比較表に,日常業務の変更及び経費を最小限に止めるべきである等の理由からC案の採用が適当であり,一方,既存債権の請求根拠や,請求時の留意事項については別途検討を要する旨付記した。
常務会は,対策チームが提示したC案を採用することで可決承認し,取締役会に付議した。
武富士は,平成18年5月9日,取締役会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同取締役会においては,前記のとおり常務会が付議した期限の利益喪失特約の変更案について審議され,現場業務への影響と経費を最小限に抑えて対応することとして,前記C案を採用することで可決承認され,同年6月末までに店頭取引及び自社ATM取引における契約書面等を改訂することとした。
武富士は,平成18年6月6日,取締役会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同取締役会においては,前記C案の採用による契約書面等の改訂及びこれに付随する手続費用として1億0200万円を支出することで可決承認された(以上,甲63の1ないし63の3,甲64の2,乙21の2,乙
51)。
セ 武富士は,平成18年6月30日,関東財務局に対し,平成18年3月期有価証券報告書を提出した。同報告書においては,前記キ記載の平成16年
3月期有価証券報告書の17条書面及び18条書面に関する同趣旨の記載に加え,18条書面の交付に関して,最高裁平成18年判決「を受け,過払金返還請求事案における抗弁は極めて困難な状態となり,結果,当期の過払金返還額は約187億円となりました。」との記載がある(甲25)。
ソ 武富士は,平成18年7月までに,店頭取引及び自社ATM取引における領収証の「期限の利益の喪失に関する事項」欄から,「本契約の約定に基づく返済を1回でも怠ったとき」との記載を削除した(乙23,乙29,弁論の全趣旨)。
タ 武富士は,平成18年5月までに自社ATMでの返済時の取引明細書(1
8条書面)に,また,平成18年7月までに店頭取引における領収証兼取引明細書(18条書面)に「包括契約締結日」,「包括契約限度額」,「契約年月日」,「同日の残元金」がそれぞれ記載されるようにシステムを変更した(甲 A2の22,甲109,乙24)。
また,武富士は,平成18年9月までに,提携するE銀行のATMでの返済時の利用明細書(18条書面)に,「元金充当額」,「利息充当額」,「お取引後残高」,「基本契約日」,「最終変更契約日」,「最終貸付日」,「最終貸付直後残高」,「次回返済期限」,「次回返済金額」及び「カード番号/契約番号」が記載されるようにシステムを変更した(乙19,乙55)。
さらに,武富士は,遅くとも平成19年1月までに,E銀行ATMでの貸
付時の利用明細書(17条書面)に,「契約年月日」,「貸付利息(年率)」,「お取引後残高」,「最終返済予定日」,「返済回数」,「各回の返済期日」,「各回の返済金額」,「返済方式」,「次回返済期限」,「次回返済金額」及び「カード番号/契約番号」が記載されるようにシステムを変更した(乙18)。
x xxxは,平成19年10月11日,取締役会を開催し,被告Y1はこれに出席した。同取締役会においては,平成19年12月に施行される貸金業法の改正に伴い,17条書面,18条書面等における期限の利益喪失特約の変更等に対応するためのシステム開発,ATMプログラムの入替え及び契約書等の差替えに要する費用として1億8000万円の支出が可決承認された。具体的な支出項目は,17条書面(対象となる書面は,店頭取引の包括契約書,貸付伝票,無人機の包括契約書,自社ATM及びE銀行ATMの貸付伝票,提携ATMの利用明細はがき等)のレイアウト変更に伴うシステム印字位置の変更,18条書面(対象となる書面は,店頭取引における領収書兼取引明細書)の変更に伴うシステム印字位置の変更,E銀行以外の提携A TM利用時における17条書面の電磁的書面の発行等であった(甲64の
2)。
ツ 金融庁は,平成19年11月2日,それまでに公表していた「貸金業の規制等に関する法律施行令の一部を改正する政令(案)」及び「貸金業の規制等に関する法律施行規則の一部を改正する内閣府令(案)」に対して寄せられたパブリックコメントについて,コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方を公表した(乙30)。この中で,金融庁は,みなし弁済規定の適用について,改正後の貸金業法施行規則は「「貸付けに係る契約の貸付けの利息が利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えるときは超える部分について支払う義務を負わない旨」の記載をすることになっているが,この文言記載後に行った利息制限法を超える契約についての支払いは任意の弁済とみなせるか。」とのコメントに対し,改正後の「貸金業法43条の
「任意」性を満たすかどうかは,個別事例毎に実態に即して判断されるもの と考えられます。」と,「貸付け時の交付書面に,利息制限法の範囲内の弁済 額を併せて記載し,この弁済をすればそれ以上の義務はないことを明示」す べきである,「貸金業者は,返済請求時に,書面で,約定額とともに利息制 限法に基づく返済額も提示し,併せて利息制限法内の弁済しか支払い義務の ない旨」を記載すべきであるとのコメントに対し,「利息制限法を超える金 利で借入れを行っている場合において実際にいくら支払わなければならな いのかは,過去の弁済の状況等によっては,みなし弁済の成立の有無や弁済 の充当関係等により必ずしも明らかでない場合も考えられます。したがって,ご指摘のような記載を義務づけることは困難なところがあり,必ずしも適切 ではないものと考えられます。」との考えをそれぞれ示した。
また,個人向け貸付けのいわゆる総量規制の導入に関する借換契約について,既存顧客に対する貸付けに係る返済金額については,引き直し計算をした返済金額であることを明確化すべきであるとのコメントに対し,「利息制限法による引き直し計算を行うかどうかは,xx的には,借り手の判断であるため,借換え前の貸付けに係る契約の返済金額について,常に引き直し計算後の返済金額を用いることとすることは,必ずしも適当でないものと考えられます。ただし,その際,貸金業者には,当該個人顧客(に)対して引き直し計算の可能性について十分な説明を行うなど,丁寧な対応が求められると考えられます。」との考えを示した。
テ 武富士は,平成19年12月までに,店頭取引における領収書兼取引明細書に,期限の利益喪失事由に関する事項として「本契約の約定に基づく返済を1回でも怠ったとき。(利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。)」との記載を追加し,「利息制限法を超える利息の支払い義務はなく,お支払は任意です。」との記載を追加した
(乙25)。
ト 武富士は,平成20年1月までに,店頭取引及び自社ATM取引における領収書兼取引明細書に,遅延損害金に関する事項として「会員が期限の利益を喪失したときは,残債務の残高に対して期限の利益喪失日の翌日から起算して完済の日に至るまで当社所定の遅延損害金を支払うものとします。(利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。)」との記載を追加した(乙26ないし28)。
ナ 武富士は,平成20年4月28日,常務会を開催し,被告Y1は同常務会に出席した。同常務会においては,武富士に対して過払金の返還請求を求める顧客の対応方針が協議され,過払金の返還請求を顧客から受けた場合は,武富士の各支社やお客様相談室で引き直し計算を行った上で和解交渉を行う方針が可決承認された。
以降,武富士が自社で行った引き直し計算の方法は,引き直し計算を行う 担当者が,各口座の取引履歴にアクセスし,顧客の氏名,生年月日で顧客を 特定し,当該顧客が複数の口座を有する場合は照合作業を行った後に特定し,特定した口座からデータを抽出して,アプリケーションにより1件ごと自動 的に引き直し計算を行うというものであり,当該計算は,取引の分断等の法 的論点に関して個別具体的な事情を考慮せず,法的評価を伴わないもので あった(以上,甲102,甲103,乙84,被告Y1本人1頁ないし3頁, 弁論の全趣旨)。
ニ 金融庁は,平成22年7月,「貸金業者向けの総合的な監督指針」を公表した(乙31)。この中で,金融庁は,貸金業者が苦情等の対処に関する内部管理態勢を確立するにあたり,利息制限法に定める制限利率を超える利息及び賠償額の支払が約定された債権について,債務者又は債務者であった者から当該制限利率に基づく引き直し計算による債権の減額又は制限利率を超える利息及び賠償額の返還を求められた場合に,当該相手方の法律的知識に十分配慮した上で,可能な限り誠実な対応に努める態勢が整備されているかとい
う点に留意して監督にあたるとの指針を示した。
ヌ 武富士は,平成22年9月,会社更生手続開始申立てを行い,同年10月
31日,東京地方裁判所は,武富士に対し会社更生手続開始決定をした。 武富士の更生管財人は,更生債権として届けられた過払金返還請求権につ
いて,更生債権者を確定する上での引き直し計算を行うに際して,全ての顧客について取引の中断期間に関係なく全取引を一連計算し,異なる支店における別口座取引は,口座毎に引き直し計算を行い,その後合算する,取引開始時の履歴が残っていない顧客については冒頭推定ゼロ計算を採用した。かかる手段が採用された理由は,計算対象となる顧客が200万件を超え,全ての計算を終了させるには相当な時間を要することになり,時間的制約の下,大量の対象債権につきxxxxかつ迅速な処理を行うという観点からして,更生管財人が前記手段を最も合理的であると考えたためであった(甲31,乙39,乙54)。
ネ 取引履歴の開示に関する最高裁判例及び貸金業法の改正として,次のものがある。
(ア) 最高裁判所平成17年7月19日判決(民集59巻6号1783頁。以下
「最高裁平成17年判決」という。顕著な事実)
貸金業法19条及びその委任を受けて定められた貸金業法施行規則16条は,貸金業者に対して,その営業所又は事務所ごとに,その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え,債務者ごとに,貸付けの契約について,契約年月日,貸付けの金額,貸付けの利率,弁済金の受領金額,受領年月日等,貸金業法17条1項及び18条1項所定の事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し,これを保存すべき義務を負わせている。そして,貸金業者が,貸金業法19条の規定に違反して業務帳簿を備え付けず,業務帳簿に前記記載事項を記載せず,若しくは虚偽の記載をし,又は業務帳簿を保存しなかった場合については,罰則が設け
られている(同法49条7号。貸金業法施行時には同条4号)。
貸金業法は,貸金業者は,貸付けに係る契約を締結するに当たり,17条書面を債務者に交付し,弁済を受けた都度,直ちに18条書面を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条,18条)が,長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には,特に不注意な債務者でなくても,交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり,貸金業法及び施行規則は,このような場合も想定した上で,貸金業者に対し,同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解される。また,貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき,債務者が利息として任意に支払ったものについては,利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超えるものであっても,17条書面等の交付があった場合には有効な利息債務の弁済とみなす旨定めており,貸金業者が利息制限法1条1項所定の制限利率を超える約定利率で貸付けを行うときは,みなし弁済をめぐる紛争が生ずる可能性がある。
そうすると,貸金業法は,罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって,貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに,債務内容に疑義が生じた場合は,これを業務帳簿によって明らかにし,みなし弁済をめぐる紛争も含めて,貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。
以上のような貸金業法の趣旨に加えて,一般に,債務者は,債務内容を正確に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金があるのにその返還を請求できないばかりか,更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるのに
対して,貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり,貸金業者に特段の負担は生じないことにかんがみると,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,xxx上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。
(イ) 貸金業法は,平成18年12月20日,最高裁平成17年判決を受けて,貸金業法19条により保存が義務づけられる,債務者ごとに貸付けの契約における契約年月日,貸付けの金額,受領金額等を記載した帳簿(業務帳簿)について,貸金業者は,債務者から業務帳簿の閲覧又は謄写の請求があった場合,当該請求が当該請求を行った者の権利の行使に関する調査を目的とするものでないことが明らかであるときを除き,当該請求を拒むことができない旨規定する改正法が公布され(貸金業法19条の2),平成19年12月1
9日,同部分は施行された(顕著な事実)。
(2) 強行法規である利息制限法を遵守しなかったことに関する責任の有無(争点 A1)
ア 原告らは,貸金業者である武富士は利息制限法を遵守すべきであり,みなし弁済の成立要件を充たさないのであれば,法律上収受が許されている以上の利息を受領してはならず,したがって,Aらは,取締役の職務として,武富士が利息制限法の制限超過利息を収受するのであれば,その前提として,みなし弁済の成立要件を充たすための体制を整えなければならなかった旨主張する(以下,原告らが主張するAらの当該義務を「みなし弁済成立体制構築義務」という。)。
イ しかしながら,以下のとおり,Aらは,みなし弁済が成立する体制を整えるために武富士の業務形態を変更するなどの相当な対応をしており,Aらにみなし弁済成立体制構築義務違反による任務懈怠は認められない。
(ア) 判断基準
前記認定事実によれば,武富士は,みなし弁済規定の解釈に関する最高裁判決及びこれを受けて改正される貸金業法及び同法施行規則等に基づき,交付書面の改訂等の対応を講じてみなし弁済規定の適用を受けることを目的として業務を変更してきたものと認められるところ,みなし弁済規定の解釈及び適用の可否については,みなし弁済規定が貸金業法から削除されるまでの間,各裁判例や学説において必ずしもその解釈が統一されていた状況にはなかったというべきであり,改訂等の対応後の最高裁判決による解釈や貸金業法をはじめとする法令の改正により,従前の対応ではみなし弁済規定の適用が認められないと判断される結果となったとしても,これをもって直ちにAら取締役の任務懈怠を肯定するのは相当でなく,意思決定が行われた当時の状況下において,当該判断をする前提となった事実の認識,事実認識に基づく判断内容が明らかに不合理なものである場合に,みなし弁済成立体制構築義務についての任務懈怠が認められるというべきである。
(イ) 名古屋高裁平成8年判決以降の対応
a 前記認定事実イ及びウのとおり,名古屋高裁平成8年判決以前,武富士は,顧客に対して,17条書面を基本契約締結時及び個別貸付時にそれぞれ交付し,基本締結時に交付する17条書面には,貸金業法17条1項各号が掲げる事項のうち,「貸金業者の商号」(1号),「契約年月日」(2号),「貸付けの利率」(4号),「返済方式」(5号)の他,「貸付けの金額」(3号)として融資限度額が,「返済期間及び返済回数」(6号)として融資額に応じた返済期間,回数及び最終支払期限の一般的説明を,「各回の返済期日及び返済金額」
(9号,施行規則13条1項1号チ)として約定支払日及び融資額に応じた
最低支払額の計算方法の説明をそれぞれ記載し,個別貸付時に顧客に対して交付する17条書面には,貸金業法17条1項各号が掲げる事項のうち,「貸金業者の商号」(1号),「契約年月日」(2号)の他,「貸付けの金額」(3号)として当該貸付けの金額及び融資残高を「,各回の返済期日及び返済金額」(9号,施行規則13条1項1号チ)として次回の最低支払額をそれぞれ記載していたが,当該貸付けを踏まえた確定的な「返済期間及び返済回数」(6号)を記載していなかった。
b 武富士が当事者となり,みなし弁済の成否が争われた名古屋高裁平成8年判決は,前記17条書面について,基本契約締結時及び個別貸付時に交付する書面を併せてみても,具体的な資金額に基づく返済期間及び返済回数,各回の返済期日及び返済金額,弁済の充当関係などの記載がxx的,具体的,明確に行われておらず,顧客が弁済計画を考えるための自己の債務内容を正確に認識することは困難であると判示し,貸金業法17条1項の要件の充足を否定した(前提事実(4)イ)。
c 前記認定事実オ及びカのとおり,武富士は,名古屋高裁平成8年判決を受けて,平成9年11月までに,自社ATMの入金時の操作画面を変更して入金額の充当対象を表示し,自社ATMでの個別貸付時において交付する17条書面に「支払回数」,「各回の返済額」,「最終支払期限」が印字されるようにシステムを変更し,また,平成10年9月までに,店頭窓口での個別貸付時において交付する書面に「支払回数」,「各回の返済額」,「最終支払期限」が印字されるようにシステムを変更した一方で,弁論の全趣旨によれば,提携ATMにおける個別貸付時に交付する17条書面の改訂は行わなかったことが認められる。
d 武富士の取締役は,前記 c の対応をとることでみなし弁済規定が要求する要件を充たすものと判断したものと推認できる。
前記認定事実(1)のとおり,武富士は既存顧客との大半の取引においてリボ
ルビング方式による返済方式を採用していたものであり,リボルビング方式は,前記前提事実(3)イのとおり,借主が最低返済額を超える弁済を自由にすることができるため,個々の貸付け時において,確定的な「返済期間及び返済回数」(貸金業法17条1項6号)や各回の「返済金額」(貸金業法施行規則13条1項1号チ)をあらかじめ定めることが不可能であり,貸金業法はこの点について規定を設けておらず,最高裁判所平成17年12月15日判決(民集59巻10号2899頁)以前まではこれらを17条書面にどのように記載すべきか明らかでなかったといえる。また,最高裁平成2年判決に関して,「本判決が特に「法の趣旨」を云々するのは,契約書面及び受取証書の記載が貸金業規制法17条1項各号,18条1項各号及び大蔵省令所定の記載事項を網羅していること,また,その記載が事実と寸分違わず一致していることを要するという杓子定規な解釈・適用ではなく,事案に即した幅のある弾力的な解釈・適用を容認する趣旨に窺われるが,その具体的な判断基準は明らかでない。」という内容の最高裁判所判例解説が存在することは当裁判所に顕著であり,これによれば,交付書面に関するみなし弁済規定の適用要件について比較的緩やかに解釈する余地があるとする見解もあり得たものと考えられ,そうすると,前記 a の17条書面の記載内容がみなし弁済規定の要件を充たすと判断し,あるいはその可能性が高いと判断することについてはそれなりの根拠があったということができる。そして,名古屋高裁平成
8年判決は,武富士を当事者とするものであるが,個別の事例に関する判断であり,その射程及び先例拘束性については必ずしも明らかでなかったというべきである。
以上の事情を総合的に考慮すれば,名古屋高裁平成8年判決当時の武富士の取締役であったA及び被告Y2が,同判決後,顧客との間の金銭消費貸借取引において,利息制限法の定める制限超過部分の利息の支払についてみなし弁済が成立しないと認識していたとは認められず,前記 c の対応が,その
前提となる事実の認識,事実認識に基づく判断内容のいずれかにおいて明らかに不合理であるとも認められない。
したがって,A及び被告Y2には,名古屋高裁平成8年判決後において,みなし弁済成立体制構築義務違反は認められない。
また,被告Y1は,武富士の取締役に就任した時期が平成11年6月であるから,名古屋高裁平成8年判決後の対応について取締役としての責任を負わない。
(ウ) 最高裁平成11年判決以降の対応
a 最高裁平成11年判決は,みなし弁済が成立するためには,支払が貸金業者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってされたときであっても,特段の事情のない限り,貸金業者は,前記払込みを受けたことを確認した都度,直ちに,貸金業法18条1項に規定する書面を債務者に交付しなければならないと判示した(前提事実(4)ウ)。
b 本件各証拠及び弁論の全趣旨によっても,Aらが,最高裁平成11年判決 を受けて,武富士における18条書面の交付方法について対応した形跡は認 められない。一方で,前記認定事実イのとおり,武富士と顧客は,金銭消費 貸借の基本契約においては,「送金(銀行振込・現金書留等)による支払いに ついては,領収証の送付を必要としません。ただし,私が申し出をした場合 には交付されるものとします。」,「貴社は私が借り入れたときは利用明細書を,支払ったときは領収書を発行するものとします。私が利用明細書あるいは領 収書を直接受け取れない場合は,あらかじめ貴社の店頭に受け取りに出向く 日を指定,あるいは郵送先を指定するものとし,私から指定しない場合は交 付は必要としません。」との条項が規定され,18条書面の送付の要否を顧客 の意思にかからしめていた。
c 以上の事実関係からすると,武富士が18条書面の交付を顧客の意思にかからしめているという事情が,最高裁平成11年判決にいう「特段の事情」
に該当する余地は残されていたといえ,Aらが,最高裁平成11年判決後,顧客との間の金銭消費貸借取引において,利息制限法の定める制限超過部分の利息の支払についてみなし弁済が成立しないと認識していたとはいえず,引き続き従前の態様で業務を継続したことが,その前提となる事実の認識,事実認識に基づく判断内容のいずれかにおいて明らかに不合理であるとも認められない。
したがって,Aらには,最高裁平成11年判決後において,みなし弁済成立体制構築義務違反は認められない。
(エ) 最高裁平成16年判決以降の対応
a 最高裁平成16年判決は,みなし弁済規定の適用要件は厳格に解釈すべきであり,17条書面には,貸金業法17条1項所定の事項のすべてが記載されていることを要する旨判示した(前提事実(4)エ)。
b 前記認定事実クのとおり,被告Y1ら取締役は,最高裁平成16年判決後に開催された武富士の常務会に出席し,常務会においては,現行のままでは
17条書面及び18条書面の交付の立証が困難であるとの問題意識から,(1) ATM控を現行のジャーナル形式から顧客へ交付するものと同書式のものにする,(2)銀行送金時,提携ATM利用時に領収書を自動発送するという案が検討されたが,(1)については返済期間及び回数の立証が可能になる反面,推定四,五億円の高額な経費がかかること,(2)については18条書面を漏れなく発行している立証が可能になる反面,領収書の送付を不要とする意思表示をしている顧客とのトラブルが発生する可能性や,推定一,二億円の高額な経費がかかること,高額な経費を投じて前記(1)(2)の改善を図っても,法解釈が不安定な昨今の状況下では水泡に帰す可能性があること,システムを改善しても効果が発生するのは5年後となることが協議され,その結果,具体的な業務改善は見送ることとした。
c 被告Y1ら取締役の前記 b の対応の合理性について検討する。
最高裁平成16年判決は,貸金業者が貸付時に根抵当権の設定を受けたという事案であり,その担保の内容及び提出を受けた担保の設定に必要な書面の内容は17条書面に記載しなければならず(貸金業法17条1項8号,同法施行規則13条1項1号ハ,ヌ),これが記載されていないときには,貸金業法17条1項所定の事項の一部についての記載がされていないこととなると判示するものであるところ,前記認定事実アのとおり,武富士の顧客に対する貸付けは無担保で行われており,最高裁平成16年判決が,前記の担保に関する事項以外の貸金業法17条1項所定の事項の記載方法について具体的に判示していないことを踏まえれば,武富士としてどのように最高裁平成
16年判決を踏まえて業務を改善していくべきかは必ずしも明確とはいえず,被告Y1ら取締役において,武富士における従前の取引について17条書面 の要件を充たさないことを具体的に認識したとまでは認められないというべ きであるから,被告Y1ら取締役の前記 b の対応において,その前提となる 事実の認識,事実認識に基づく判断内容のいずれかにおいて明らかに不合理 であったとも認められない。
したがって,被告Y1には,最高裁平成16年判決後において,みなし弁済成立体制構築義務違反は認められない。
d 原告らは,武富士が発行した平成16年3月期の有価証券報告書のうち,
「振込での融資時,提携ATMでの融資時」においては,「第17条書面の要件を備えた書面を即時に渡すことができておりません。」との記載をもって,被告Y1が,武富士と顧客との従前の取引において,みなし弁済規定の適用がないことを認識していたと主張する。
しかしながら,前記認定事実キのとおり,前記報告書では,「振込での融資時,提携ATMでの融資時」においては,「第17条書面の要件を備えた書面を即時に渡すことができておりません。」という文章の後に「,(貸金業法では,
「貸金業者は,貸付けに係る契約を締結したときは,遅滞なく,内閣府令で
定めるところにより,次の各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面をその相手方に交付しなければならない。」と規定されております。)」と記載されており,武富士の取締役は,前記記載において,顧客に対して交付する17条書面の交付の時間的制約を遵守できていないことを問題にして前記の記載をしたものと理解され,また,武富士としてどのように最高裁平成16年判決を踏まえて業務を改善していくべきかは必ずしも明らかでなかったことは前記のとおりであるから,被告Y1が,武富士と顧客との従前の取引において,みなし弁済が成立しないとの具体的な認識に至っていたとまでは認められない。したがって,この点の原告らの主張は認められない。
また,原告らは,平成16年7月26日に開催された武富士の常務会に出席した被告Y1は,同常務会における協議を踏まえて,現状では17条書面及び18条書面の交付の立証が困難であることを認識し,みなし弁済の抗弁がおよそ成立しないことを十分に認識したと主張する。
原告らの前記主張は,同常務会において配布された資料(甲62の3)に,過払金返還請求の現状として,「現行のままでは17,18条立証困難」との記載があることを根拠とするものであると解されるが,同常務会では,武富士に対する過払金返還請求の現状と対策が協議され,17条書面及び18条書面の交付の証拠をいかなる方法で武富士において確保するかが具体的に検討されていることからすれば,前記記載は,みなし弁済の立証に関するものであり,実体的におよそみなし弁済が成立し得ないことを前提にした記載とはいえないから,当該記載をもって,被告Y1ら取締役が,武富士と顧客との従前の取引において,みなし弁済が成立しないという具体的な認識に至っていたとまでは認められない。したがって,この点の原告らの主張も認められない。
(オ) 最高裁平成18年判決以降の対応
a 最高裁平成18年判決は,18条書面の記載事項について,内閣府令により他の事項の記載をもって法定事項の記載に代えることは許されず,前記内閣府令に該当する貸金業法施行規則(平成18年内閣令第39号による改正前のもの)15条2項のうち,弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,貸金業法18条1項1号から3号までに掲げる事項の記載に代えることができる旨定めた部分は,内閣府令に対する法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効とし,任意性要件について,期限の利益喪失特約(「上告人は,元金又は利息の支払を遅滞したときには,当然に期限の利益を失い,被上告人に対して直ちに元利金を一時に支払う」)の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものであるから,本件期限の利益喪失特約の下で,債務者が,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないと判示した(前提事実(4)オ)。
b 前記認定事実コ,同サ,同ス,同ソないしチ,同テ及び同ト及び弁論の全趣旨によれば,被告Y1ら取締役は,最高裁平成18年判決を受けて,店頭取引の領収書,ATM利用明細書の改訂,契約書における期限の利益喪失特約の改訂を目的とする対策チームを武富士内に立ち上げ,対策チームは,施行規則の改正に対応するための書面の改訂案を作成し,これについて弁護士から意見を聴取し,監督官庁である金融庁やその執行機関である関東財務局の担当者を訪問して対応について説明することに加え,武富士社員に向けて
前記改正に対応するための教育用資料を作成し,これに基づき教育研修等を行ったものと認められる。また,武富士は,17条書面については,遅くとも平成19年1月までに,提携ATMでの貸付時の利用明細書に,契約年月日,貸付利息(年率),取引後残高,最終返済予定日,返済回数,各回の返済期日,各回の返済金額,返済方式,次回返済期限,次回返済金額及びカード番号/契約番号が記載されるように対応し,18条書面については,平成1
8年7月までに店頭取引における領収証兼取引明細書に,また,平成18年
5月までに自社ATMでの返済時の取引明細書に,包括契約締結日,包括契約限度額,契約年月日,同日の残元金がそれぞれ記載されるようにシステムを変更し,平成18年9月までに,提携ATMでの返済時の利用明細書に,元金充当額,利息充当額,取引後残高,基本契約日,最終変更契約日,最終貸付日,最終貸付直後残高,次回返済期限,次回返済金額及びカード番号/契約番号が記載されるように対応し,期限の利益喪失特約については,平成
18年7月までに,店頭取引及び自社ATM取引における領収証の「期限の利益の喪失に関する事項」欄から,「本契約の約定に基づく返済を1回でも怠ったとき」との記載を削除し,平成19年12月までに,店頭取引における領収書兼取引明細書に,期限の利益喪失事由に関する事項として「本契約の約定に基づく返済を1回でも怠ったとき。(利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。)」との記載を追加し,
「利息制限法を超える利息の支払い義務はなく,お支払は任意です。」との記載を追加し,平成20年1月までに,店頭取引及び自社ATM取引における領収書兼取引明細書に,遅延損害金に関する事項として「会員が期限の利益を喪失したときは,残債務の残高に対して期限の利益喪失日の翌日から起算して完済の日に至るまで当社所定の遅延損害金を支払うものとします。(利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。)」との記載を追加した。
c 後記(5)イ(イ)のとおり,被告Y1は,遅くとも,平成18年5月8日,最 高裁平成18年判決後の貸金業法及び同法施行規則の各改正に伴う契約証書 等における武富士としての対応について審議された常務会での協議を通じて,武富士と既存顧客との従前の取引のほぼ全ての取引にみなし弁済規定の適用 がないことを具体的に認識したものと認められる。
しかしながら,前記 b の対応により,武富士においてみなし弁済規定の適用要件を充足するための体制が一定程度構築されたというべきであり,そうすると,被告Y1は,最高裁平成18年判決を受けて行われた改訂作業後の書式を用いた金銭消費貸借契約取引において,利息制限法の定める制限超過部分の支払についてみなし弁済規定の適用がないと認識していたとは認められないし,前記 b の対応において,その前提となる事実の認識,事実認識に基づく判断内容のいずれかにおいて明らかに不合理であったとも認められない。
したがって,被告Y1には,最高裁平成18年判決後において,みなし弁済成立体制構築義務違反は認められない。
(カ) まとめ
以上のとおり,Aらには,みなし弁済成立体制構築義務違反による任務懈怠は認められず,この点に関する原告らの主張は認められない。
(3) 契約書面,受取証書の交付義務を遵守しなかったこと(争点A2),受取証書に正確な記載をしなかったこと(争点A3),債権証書返還義務を遵守しなかったこと(争点A4),引き直し計算後の残債務額を超える部分やその利息の収受を止めなかったこと(争点A6),過払金返還請求の権利行使の機会を与えなかったこと(争点A8)に関する各責任の有無
ア 原告らは,別紙争点整理表記載のとおり,Aらは,武富士の取引にみなし弁済規定の適用がないことを認識したのであるから,武富士の取締役として,武富士において引き直し計算を行うことを前提とする標記各争点の(原告ら
の主張)欄記載の各種体制を構築すべき職務上の義務があったと主張する。そこで,Aらに,前記各種体制の構築義務の存在の前提になると解される引き直し計算を行う義務またはそのような体制を武富士に構築する義務が存在するかについて検討する。
イ 引き直し計算は,みなし弁済規定の適用がないことを前提に,利息制限法の制限利率に従って支払が行われた場合の残元金又は過払金の額を算出するものである。引き直し計算を行うためには,取引の個数,取引履歴廃棄部分の推定計算,期限の利益喪失の有無,悪意の受益者性,過払金の利息の発生時期及び利率,過払金を新たな借入金に充当することの可否,過払金発生後の追加借入れによる利息制限法1条1項の「元本」の額,消滅時効の起算点,過去にした和解の効力等の各種論点について専門的な法的判断を行う必要性があるが,最高裁平成18年判決以降も,前記各種論点についての解釈が統一されたとはいえず,下級審裁判例においても判断が分かれている状況であることは当裁判所に顕著である。
以上のような多岐にわたる論点の法律解釈の困難性に加え,前記論点には,取引毎の個別具体的な事情を踏まえなければ判断ができないものが存在するところ,乙39によれば,武富士は,更生手続の弁済計画に組み込まれた過払債権だけでも91万5588件に及ぶ顧客を有していたことが認められ,引き直し計算の前提となる各顧客の取引に係る事実関係を的確に把握した上で正確な計算を行う体制を構築することは困難であったといわざるを得ず,当該事実関係を容易に利用できるような形態で管理していなかったことについて武富士及びその取締役に落ち度があるともいえない。
加えて,前記認定事実ツのとおり,金融庁は,平成19年11月2日,それまでに公表していた貸金業施行令及び施行規則の改正案に対して寄せられたパブリックコメントについて,コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方を公表し,その中で,個人向け貸付けのいわゆる総量規制の導入
に関する借換契約について,既存顧客に対する貸付けに係る返済金額については引き直し計算をした返済金額であることを明確化すべきであるとのコメントに対し,「利息制限法による引き直し計算を行うかどうかは,xx的には,借り手の判断であるため,借換え前の貸付けに係る契約の返済金額について,常に引き直し計算後の返済金額を用いることとすることは,必ずしも適当でないものと考えられます。」といった,貸金業者において引き直し計算を義務づけることについて消極的な見解を表明していたものである。
以上の各事情を総合的に考慮するならば,Aらには,武富士の取締役の職 務として,引き直し計算を行う義務及びそのような体制を武富士において構 築する義務を負っていたとは認められず,Aらに,A2ないしA4,A6及 びA8の各種体制を構築する義務があるとの原告らの主張はその前提を欠き,認められない。
ウ 原告らは,武富士においては完全な引き直し計算が求められているものではなく,仮に専門的な法的判断の必要性といった問題があったとしても,武富士が合理的と考える方法により引き直し計算をすることは十分に可能であったと主張する。
しかしながら,前記各種論点における解釈が分かれ得る状況のもとで,特定の解釈論を選択した上で引き直し計算をすることを求めることは,その選択が武富士の判断に委ねられるものであったとしても,後にその選択した解釈論が裁判例により否定される可能性が十分にあることを考慮すると困難であるといわざるを得ない。
したがって,Aらが,取締役の職務として,武富士において合理的と考える方法による引き直し計算を行う体制を構築する法的義務を負っていたとは認められず,原告らの主張は認められない。
(4) 超過利息の収受を止めなかったことに関する責任の有無(争点A5)
ア 原告らは,みなし弁済の成立要件を充たすための体制が整えることができ
ず,Aらがそのことを認識し,又は認識し得たのであれば,Aらは,取締役の職務として,武富士が将来に向かって利息制限法の制限利率を超過する利息を収受することを止めさせなければならなかったと主張する。
イ(ア) 前記(2)のとおり,Aらは,最高裁平成18年判決が言い渡されるまでの間,武富士における既存の取引及び将来の取引において,みなし弁済規定の適用が受けられないと認識し,又は認識し得たとはいえない。したがって, Aらは,最高裁平成18年判決の言渡しまでは,利息制限法の制限利率を超過する利息を収受することが法的根拠を欠くと認識しておらず,また,認識し得たともいえないのであるから,Aらにその収受を止めさせる義務があったとはいえない。
(イ) 被告Y1は,後記(5)イ(イ)のとおり,遅くとも,平成18年5月8日に開催された常務会における協議を通じて,武富士と既存顧客と従前の取引についてはほぼ全ての取引にみなし弁済の適用がないことを具体的に認識したものと認められる。
しかしながら,武富士は,みなし弁済規定が削除されるまでの間は,最高裁平成18年判決及び貸金業法等の法令に適合する業務体制を確保すれば,業務体制の改善後の取引について,みなし弁済規定の適用を受けて利息制限法の制限利率を超過する利息を収受できる余地があったのであり,被告Y1ら取締役は,前記(2)イ(オ)b のとおり,最高裁平成18年判決及び貸金業法等の法令改正を受けて交付書面の改訂作業を行っており,これにより武富士においてみなし弁済の適用要件を充足するための体制が一定程度構築されるに至ったから,被告Y1が,改訂後の書式を用いて行われた金銭消費貸借契約取引についてはみなし弁済規定の適用がないと認識していたとは認められない。そうすると,書式改訂後に改訂後の書式を用いて行われた金銭消費貸借取引については,被告Y1に利息制限法の制限利率を超過する利息を収受することを止めさせる義務があったとは認められない。
他方,平成18年5月8日から改訂書式使用開始までの期間は,改訂前の書式を用いた取引にみなし弁済規定の適用がないことを認識しつつ,超過制限利息を収受していたことになるが,前記のとおり,武富士は,最高裁平成
18年判決を受けて,みなし弁済規定の適用を受けるべく書式改訂に相当な時期に対応しているといえ,そのような状況において,被告Y1として,将 来に向かって制限超過利息の収受を止めるべきであったとまではいえない。 ウ 以上からすると,Aらが,取締役の職務として,武富士が利息制限法の制限利率を超過する利息を収受することを止めさせる義務を負っていたとは認
められず,原告らの主張は認められない。
(5) 武富士が約定残高と引き直し計算後の残高が相違する可能性を告知しなかったことに関する責任の有無(争点A7)
原告らは,Aらは,武富士の取締役として,みなし弁済が成立する余地のない顧客に対して,約定残高と利息制限法による引き直し計算後の残高が相違する可能性があること(残高相違可能性)を告知するように武富士の業務体制を改善整備しなければならなかったと主張する。
以下では,まず,前記体制を整備する義務の存否を検討する前提として,最高裁判所の裁判例により,武富士との既存取引においてみなし弁済規定の適用の余地がなくなった顧客が存在するかを検討し(後記ア),次に,みなし弁済規定の適用の有無に関するAらの認識を検討し(後記イ),Aらが顧客との既存取引にみなし弁済規定の適用の余地がないと認識するに至った時点において,武富士の取締役の職務として,残高相違可能性を告知する体制を整備する任務を負っていたかを検討し(後記ウ),その後に,任務懈怠の有無(後記エ),故意又は重過失の有無(後記オ),任務懈怠と相当因果関係を有する原告らの損害の有無(後記カ)を検討する。
ア 武富士と顧客との既存取引におけるみなし弁済規定の適用の余地の有無
(ア) 前記前提事実,当裁判所に顕著な事実及び弁論の全趣旨によれば,貸金業
法にみなし弁済規定が創設されて以降,17条書面及び18条書面の書面性 要件並びに任意性要件の解釈を巡っては様々な見解が表明され,下級審裁判 例においても判断が分かれる論点が多数存在していたと認められるのであり,また,前記前提事実(4)アないしエ記載の裁判例を含め,最高裁判所が,ある 事件の結論を導くためにみなし弁済規定に関する論点について解釈を示すこ とがあったとしても,最高裁判所の判断の射程は必ずしも明らかでなく,武 富士においても,後述する最高裁平成18年判決までは,顧客との既存取引 にみなし弁済規定が適用される余地は否定できなかったというべきである。
(イ) 最高裁平成18年判決(前記前提事実(4)オ)は,18条書面の記載事項について,内閣府令による他の事項の記載をもって法定事項の記載に代えることは許されず,前記内閣府令に該当する貸金業法施行規則(平成18年内閣令第39号による改正前のもの)15条2項のうち,弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,貸金業法1
8条1項1号から3号までに掲げる事項の記載に代えることができる旨定めた部分は,内閣府令に対する法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効であると判示しており,当該判示は,18条書面に該当するためには法定事項(貸金業法18条1項1号から5号)のすべての記載がされなければならないことを前提とするものである。
当該判示部分は一般性を有するものであるところ,武富士は,前記認定事実エ,同サ及び同タのとおり,最高裁平成18年判決時点において,18条書面に法定事項である貸付けに係る契約年月日(貸金業法18条1項2号)を記載しない代わりに契約番号を記載していたのであるから,武富士は同日までの全ての既存顧客との取引において,貸金業法18条1項の要件を充たす18条書面を交付していなかったと認められる。
(ウ) また,最高裁平成18年判決は,任意性要件について,本件期限の利益喪失特約の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本と共に制限超
過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものであるから,本件期限の利益喪失特約の下で,債務者が,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないと判示している。
前記認定事実イのとおり,武富士は,最高裁平成18年判決時点において,基本契約書に,期限の利益喪失特約として,約定支払日までに支払を一度でも遅延し,あるいは支払を怠ったときは,武富士からの通知及び催告がなくても期限の利益と喪失し,融資残高全額,利息及び遅延損害金を直ちに支払う旨を規定していたのであり,最高裁平成18年判決時点までの武富士と既存顧客との取引において,前記特段の事情が存在しない限り,顧客の制限超過利息の支払には任意性がなかったと認められる。そして,前記特段の事情が認められるケースはその内容に照らし極めてまれであると考えられる。
(エ) 以上からすれば,武富士と最高裁平成18年判決以前の顧客との既存取引においては,みなし弁済規定の適用の余地がないものと認められ,したがって,最高裁平成18年判決時点における武富士の既存顧客に対する既存債権の約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高は,ほぼ例外なく相違していたと認めるのが相当である。
イ 武富士と顧客との既存取引におけるみなし弁済規定の適用の有無に関する Aらの認識内容
(ア) 最高裁平成18年判決前までの,武富士と既存顧客との既存取引におけるみなし弁済規定の適用の有無に関するAらの認識内容
前記ア(ア)のとおり,武富士において,最高裁平成18年判決までは,顧
客との既存取引にみなし弁済規定が適用される余地は否定できないものというべきであり,前記(2)のとおり,各裁判例を受けて武富士の業務体制を改善してきたAらにおいて,最高裁平成18年判決が言い渡されるまでの間,武富士の既存顧客との取引においてみなし弁済規定の適用がないと認識し,又は認識し得たとは認められない。
(イ) 最高裁平成18年判決後,武富士と既存顧客との同判決以前の取引におけるみなし弁済規定の適用の有無に関する被告Y1の認識内容(争点A7ⅰ)
a 被告Y1の認識
(a) 前記ア(イ)のとおり,最高裁平成18年判決は,同判決当時,武富士が顧客に対して交付していた18条書面が貸金業法18条1項の要件を充たさないことを明らかにしており,これは,法律の専門的知見を有する者はもとより,これを有しない者であっても容易に理解できる事項というべきである。また,前記ア(ウ)のとおり,最高裁平成18年判決は,武富士においても, 特段の事情がない限り,最高裁平成18年判決時点までの既存顧客との取引において,顧客の制限超過利息の支払には任意性がないことを明らかにしたものであり,法律の専門的知見を有する者であれば,最高裁平成18年判決当時において,前記特段の事情が認められるのは極めてまれな事例であるこ
とは容易に理解できる事項というべきである。
(b) 前記認定事実サ及び弁論の全趣旨によれば,被告Y1は,平成18年3月
14日に開催された武富士の取締役会に出席し,同取締役会においては,貸金業法施行規則15条2項から最高裁平成18年判決が無効と判示した規定部分を削除することを内容とする貸金業法施行規則の改正に伴って,店頭取引及びATM取引における18条書面の改訂について審議され,18条書面に契約年月日等を記載することが可決承認されたと認められるのであり,被告Y1は,同取締役会を通じて,従前の取引において武富士が顧客に交付していた18条書面に契約年月日が記載されていなかったことを具体的に認識
したと推認するのが相当である。
(c) 前記認定事実スのとおり,被告Y1は,平成18年5月8日に開催された常務会に出席し,同常務会においては,貸金業法及び同法施行規則改正に伴って,期限の利益喪失特約をはじめとする契約証書の改訂が審議された。対策チームは,同常務会における審議の資料として,3名の弁護士から聴取した意見をまとめた弁護士意見比較表を配布し,これには,既存顧客に対する契約書の書換えの要否については,いずれの弁護士も必要であると意見し,契約書の変更によりみなし弁済の適用があるか否かについては,いずれの弁護士も新規取引には適用があり,既存取引には適用がないと意見し,既存債権に対して約定残高で請求する法的根拠の有無については,2名の弁護士は法的根拠がない旨意見し,1名の弁護士は請求することが違法とはいえないと意見した旨が記載されており,また,対策チームの意見として,既存債権の請求根拠や,請求時の留意事項については別途検討を要する旨が付記されていた。そして,本件全証拠によっても,当該常務会の後,武富士内部において,既存債権の約定残高による請求根拠の有無について検討された形跡は認められない。
以上によれば,被告Y1は,弁護士意見比較表及び前記常務会における審議を通じて,既存取引については契約書を改訂することによってもみなし弁済規定の適用が認められないことを認識していたものと認められ,また,既存債権に対して約定残高で請求することは法的根拠に欠けることを認識していたか,少なくとも容易に認識できたと推認するのが相当である。
すなわち,武富士が交付していた18条書面には法定事項の記載が欠けており,また,任意性が肯定される特段の事情が認められるのが極めてまれであることからすると,被告Y1においては,従前の取引にみなし弁済規定の適用が認められないと認識していたか,少なくとも認められない可能性が極めて高いことを認識していたと認められるのであり,後者の認識については,
みなし弁済規定の適用が認められないことを認識していた場合と同視するのが相当である。
次に,既存債権の約定残高を前提に請求することについては,みなし弁済規定の適用がない以上,約定残高を前提にした金銭の全額については請求の法的根拠がないことになる。
この点については,意見照会をした3名の弁護士のうちの2名が根拠がな い旨の意見を提出し,うち1名は請求が違法とはいえないという意見を提出 しつつもそのような意見を提出する根拠については具体的な説明をしていな いのであり,これらのことからすると,被告Y1においては,既存顧客に対 して約定残高で請求することが法的根拠に欠けることにつき認識していたか,少なくとも容易に認識できたと推認される。武富士は,このような状況を踏 まえ,前記認定事実セのとおり,平成18年3月期有価証券報告書において, 最高裁平成18年判決「を受け,過払金返還請求事案における抗弁は極めて 困難な状態となり,結果,当期の過払金返還額は約187億円となりました。」と記載したものと認められる。
(d) 以上のとおり,被告Y1は,遅くとも前記常務会が開催された平成18年
5月8日までに,最高裁平成18年判決を受けて,同判決以前の既存顧客との取引についてみなし弁済規定の適用の余地がないことを認識し,また,同判決時点における武富士の既存顧客に対する債権の約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違し,約定残高による請求については法的根拠を欠くことを認識していたか,容易に認識し得たといえる。
b 被告らの主張
(a) 被告らは,弁護士意見比較表に記載された弁護士の意見は,最高裁平成1
8年判決が言い渡されてから間もない時期に作成された初期段階の暫定的な意見に過ぎないと主張する。しかし,前記 a(a)のとおり,18条書面に法定事項の記載に代えて契約番号を記載するものは貸金業法18条1項の要件を
充たさないこと,及び,当然の期限の利益喪失特約に基づく取引において任意性要件を肯定する特段の事情が認められるのは極めてまれな事例であることは,最高裁平成18年判決当時においても,法的な専門知識を有する者であれば容易に理解又は判断できる事項であったというべきであるから,この点に関する被告らの主張は認められない。
(b) また,被告らは,平成18年5月8日に開催された武富士の常務会は,貸金業法施行規則の改正への対応,具体的には期限の利益喪失特約をどのように変更するかを検討することに主題があり,既存債権の超過利息の請求の可否や根拠が議題となったわけではないと主張する。
しかしながら,貸金業法施行規則の改正は,みなし弁済の成立を制限的に 解する最高裁平成18年判決を受けたものであること,武富士において,既 存取引におけるみなし弁済規定の成否及び約定利率に基づく残債務の請求の 可否は重大な業務上の関心事の1つであったと推認されること,甲63(x xを含む。),乙21の1及び弁論の全趣旨によれば,前記常務会には対策チー ムの責任者及び構成員が出席し,弁護士意見比較表に基づいて議案の内容を 説明したこと及び弁護士意見比較表に対策チームの意見として既存債権の請 求根拠等については別途検討を要する旨付記されていることがそれぞれ認め られること,以上の各事情を総合して考慮するならば,前記常務会において, 対策チームは,期限の利益喪失特約の変更案の説明に関して,既存債権にお ける約定残高の請求根拠の有無について言及したと推認するのが相当である。したがって,議題の主題が異なるとの被告らの主張は,被告Y1の前記 a の (d)記載の認識内容に関する認定を左右するものではない。
(c) 被告らは,弁護士意見比較表の「契約書変更による43条適用の有無」欄において3名の弁護士が既存債権について「×」としているが,これは契約書を変更したとしても,みなし弁済規定が過去の取引に遡及して適用されるわけではないという当然のことを記載したものに過ぎないと主張する。
しかしながら,既存債権に対して約定残高で請求する法的根拠の存在について,3名の弁護士のいずれも消極的な意見を述べていることを踏まえれば,前記記載は,既存取引にはみなし弁済規定の適用がないと意見するものと認めるのが相当である。また,前記各弁護士に意見照会をした対策チームは,既存債権の請求根拠等については別途検討を要するという意見を持っていたものであるから,対策チームは前記常務会において既存取引にはみなし弁済規定の適用がないという趣旨の説明を行ったと推認される。さらに,弁護士意見比較表の記載が仮に被告ら主張のような趣旨のものであったとしても,過去の取引に遡及しないということは,みなし弁済規定が適用されないということを当然に含意しており,そのことは,常務会の出席者において認識していたか,容易に認識できたと認められるから,なお,被告らの主張は認められない。
(d) 被告らは,武富士が,最高裁平成18年判決以降も,訴訟内外問わず,既存取引にみなし弁済規定の適用がある旨の主張を行っているから,被告Y1において,既存顧客との取引にみなし弁済が成立しないと認識していたとはいえないと主張するが,被告Y1の認識内容は前記のとおりであり,この点の被告らの主張は認められない。
ウ 残高相違可能性を告知する体制を整備する任務の有無
(ア) A及び被告Y2における残高相違可能性を告知する体制を整備する任務の有無
前記前提事実(1)イ,同ウ,前記ア(ア)及びイ(ア)のとおり,A及び被告Y
2が武富士の取締役在任している時期は,武富士の顧客との既存取引にみなし弁済規定が適用される余地は否定できなかったのであり,A及び被告Y2は,武富士の既存顧客との取引においてみなし弁済規定の適用がないと認識し又は認識し得たとはいえないから,みなし弁済の成立の余地のない顧客への対応として,残高相違可能性を告知する体制を整備する義務を取締役の職
務として負っていたとは認められない。
(イ) 被告Y1における残高相違可能性を告知する体制を整備する任務の有無
(争点A7ⅱ)。
a 武富士が一定の場面において残高相違可能性を告知する義務を負い,被告 Y1が当該体制を整備する任務を負っていたこと
前記前提事実(1)イ,同(2),甲25,乙116及び弁論の全趣旨によれば,武富士は,Aが昭和41年にその前身となる会社を創業し,昭和58年12月,貸金業法の登録を受け,昭和60年8月からATMシステムを稼働させ,平成7年10月から無人契約機を導入し,その後,消費者向け無担保貸付けによる貸付事業において顧客を拡大し,消費者金融業界における最大手となり,平成18年3月31日時点における継続中の消費者向け無担保貸付けの取引は232万2917件(営業貸付金残高を有する口座数)に及び,平成
20年3月31日当時においては,完済済みの顧客及び取引継続中の顧客を 併せて1000万人に及んだこと,武富士においては,創業当初から,利息 制限法の制限利率を超過する約定利率に基づいて顧客に対して貸付けを行い,平成18年3月31日時点における継続中の取引のうち,貸付利率の年率が
20パーセントを超える取引だけでも211万6330件(全取引の91.
1パーセント),貸付利率の年率が25.375パーセントとされた取引は1
33万7554件(全取引の57.6パーセント)に及んでいたことがそれぞれ認められる。以上の武富士の事業期間,事業規模,顧客数及び採用していた約定利率からすれば,既存の取引についてみなし弁済規定の適用の余地がないことが明らかになった最高裁平成18年判決時点で取引を継続している顧客のなかには,同判決時点で,既に過払金が生じ,または利息制限法の制限利率により引き直した場合の残高がごく僅かとなっている者がかなりの割合で存在したものと推認するのが相当であり,約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違することを認識しない顧客の多く
が,支払義務のない金銭の支払を継続し損失を拡大させる危険が具体的に生じていたというべきである。
また,前記前提事実(1)エ,前記(5)ア及び前記イのとおり,最高裁平成1
8年判決により,武富士においては,同判決以前の顧客との既存取引について,みなし弁済規定の適用の余地がないことになり,同判決当時,武富士の代表取締役兼専務執行役員であった被告Y1は,同年5月8日までにみなし弁済規定の適用がないことを認識し,残高が相違し,約定残高を請求することにつき法的根拠を欠くことを認識し,または容易に認識し得たものである。
以上の各事情を前提にして考慮するならば,武富士が,平成18年5月8日以降,顧客に対して個別に積極的な態様で支払を請求するなどして約定残高を前提にした金額の支払をするように顧客に働きかけること(以下「請求行為等」という。)は,武富士において法律的根拠を欠くことを認識しながら敢えて法的義務を伴わない金銭の支払を行わせようとするものであり,社会通念に照らして著しく相当性を欠き違法といわざるを得ない。そして,弁論の全趣旨によれば,従前の取引態様において,請求行為等に該当するような行為は恒常的にあったと認められるから,武富士は,その従業員がそのような違法行為に及ぶことを防止するために,金銭消費貸借契約を基礎とするxxx上の義務として,約定残高を前提とする請求行為等を行う場合には,顧客に対して残高相違可能性を告知し,顧客に自らの判断で義務なき出捐を回避する方途を示唆する義務(以下「本件告知義務」という。)を負うと解するのが相当である。
そして,武富士の代表取締役であった被告Y1においては,武富士の従業員が請求行為等に及ばないように,武富士の従業員が顧客に対して約定残高の支払を請求等する場面において,残高相違可能性を告知する体制を整備する義務(以下「本件整備義務」という。)を負っていたものと解される。
b 被告らの主張
(a) 被告らは,最高裁平成18年判決以降,貸金業者に対して,顧客に対する残高相違可能性告知義務を課した法令は存在せず,かえって,貸金業者による利息制限法の制限利率を超える利息の請求及び受領行為が禁止する平成1
8年改正法による貸金業法第12条の8第4項の施行日以前に締結された契約については超過利息の請求受領行為は禁止されておらず,超過利息の請求受領行為の際に残高相違可能性を告知することを条件とする規定は存在しないと主張する。
しかしながら,武富士が負うと解される本件告知義務は,法律上の根拠を欠くことを知りながら積極的にその請求を行うことは基本的に違法性を帯びるという私法上の法律関係についての認識を基礎に,武富士とその顧客との間の具体的な私法上の義務として認められると解するものであるから,貸金業者に対する公的な規制及び指導の有無とは直結しない。
(b) 被告らは,武富士を含む貸金業者の監督官庁である金融庁及び関東財務局は,最高裁平成18年判決以降,貸金業者に対して,残高相違可能性の告知に関する指導監督を全く行っていないと主張する。
しかしながら,この点についても(a)におけるのと同様の理由により,被告らの主張は認められない。なお,付言するに,乙101の2及び弁論の全趣旨によれば,金融庁及び関東財務局は,貸金業法に基づき貸金業者を監督し,貸金業者の登録制度,業務規制,自主規制機関である貸金業協会の認可等を的確に実施し,貸金業者を利用する貸金需用者等の利益を保護するととともに,健全な競争により市場が十分に機能する貸金市場が構築されるように促し,もって国民経済の適切な運営に適切な運営に資することを監督の目的としていることが認められるが,前記のとおり,武富士が既存顧客に対して負う本件告知義務は,前記の認識を基礎とした私法上の義務であるから,金融庁及び関東財務局が,貸金業者に対して残高相違可能性の告知に関する指導監督を行っていないことをもって,武富士の本件告知義務の存在を否定する
理由にはならない。
また,被告らは,多重債務者対策本部,同対策本部が設置した有識者会議,日本弁護士連合会,全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会,日本貸金業協会及び消費者金融連絡会においても,貸金業者において残高相違可能性の告知を義務付けることついて何ら言及がなされていなかったと主張するが,これについても同様であり,また,いずれの団体においても,武富士と既存顧客の既存取引の実態について個別具体的に検討しているわけではなく,武富士の本件告知義務の存在を否定する理由にはならない。
さらに,被告らは,残高相違可能性の告知を検討したり実行したりする同業他社は一社も存在しなかったと主張するが,そのような事実があるとしても,武富士と他の貸金業者とでは,事業期間,事業規模,顧客数,採用していた約定利率,顧客との契約内容,17条書面及び18条書面の記載内容,みなし弁済規定の適用の有無に関する代表者の認識等の事情がそれぞれ異なっているものと推認されるのであるから,残高相違可能性の告知を検討したり実行したりする同業他社が存在しないことをもって,武富士の本件告知義務を否定する理由にはならない。
(c) 被告らは,貸金業者に残高相違可能性を告知させる義務を課し,顧客に残高相違可能性を認識させることは,顧客が利息の契約に基づき,利息制限法の制限利率を超える約定の支払義務があるものと誤解して制限超過利息を支払ったとしてもみなし弁済規定の成立要件である任意性が否定されないと判断した最高裁平成2年判決に反すると主張する。
しかしながら,本件告知義務は,武富士の顧客に対する違法な働きかけに基づく顧客の損失の拡大を防止するために課される義務であって,本件は,みなし弁済規定の適用の有無が争点となった最高裁平成2年判決と事案を異にするから,この点に関する被告らの主張には理由がない。
(d) 被告らは,貸金業者が顧客に対して残高相違可能性告知義務を負うと解す
るのは,損害賠償責任を限定的に解した最高裁判所平成21年9月4日判決
(民集63巻7号1445頁。以下「最高裁平成21年判決」という。)の態度と相容れないと主張する。
しかしながら,最高裁平成21年判決の事案において不法行為に基づく損害賠償責任の有無が問題となった取引の期間は,昭和55年11月12日から平成9年1月13日までの間のもの(最高裁平成21年判決における「第
1取引」を指す。)であり,最高裁は,第1取引に基づき過払金が発生した当時,みなし弁済規定の適用要件の解釈につき下級審裁判例の見解は分かれていて,最高裁の判断も示されていなかったことを主な根拠の一つとして,貸金業者が,第1取引における過払金の発生以後,貸金債権が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知りながら,又は通常の貸金業者であれば容易にそのことを知り得たのにあえてその請求をしたということもできず,その行為の態様が社会通念に照らして著しく相当性を欠くものであったとはいえないとして,貸金業者が約定残高の支払請求を行いこれを受領し続けた行為は不法行為を構成するものではないと判断したものであって,本件とは事案を異にしており,被告らの主張は認められない。
(e) 被告らは,武富士は,顧客との間で締結した基本契約に含まれる過払金充当合意の存在により,顧客に対して,残高相違可能性を告知することが本質的に求められていなかった旨主張する。
しかしながら,過払金充当合意が,法的根拠を欠く武富士による請求行為等を許容する趣旨であるとは解されないから,被告らの主張には理由がない。
(f) 被告らは,多数の顧客に対して過払金の返還を行う結果が招来され,武富士に多額の資金を流出させて損失を被らせるおそれのある残高相違可能性の告知を行う体制を整備する義務を,武富士の取締役が善管注意義務として負うことはないと主張する。
しかしながら,本件告知義務は,武富士において違法な態様で請求行為等
に出ようとする場面において武富士の違法な行為を避けるために課されるものにとどまるから,被告らの主張は認められない。
(ウ) まとめ
以上のとおりであるから,A及び被告Y2は,みなし弁済の成立の余地のない顧客への対応として,残高相違可能性を告知する体制を整備する義務を負っていたとはいえず,他方,被告Y1は,平成18年5月8日以降,取締役の職務として本件整備義務を負っていたと認められる。
以下,被告Y1における当該義務の任務懈怠に基づく責任が認められるか検討する。
エ 被告Y1の任務懈怠の有無(争点A7ⅲ) (ア) 任務懈怠の有無
前記認定事実コ,同サ,同ス,同ソないしチ,同テ及び同トのとおり,最高裁平成18年判決以降,武富士は貸金業法や同法施行規則の改正に対応した書面の改訂や交付に関する業務を改善したが,本件全証拠によっても,被告Y1が,既存顧客に従前のみなし弁済が成立しない場合にいかなる対応を採るべきかについて,武富士内部で検討するように対策チームに指示したり,法律家の意見を聴取するように指示したりした事実は認められず,武富士内部で以上の点につき検討された形跡は認められない。
以上からすれば,被告Y1は,最高裁平成18年判決以前の既存顧客にみなし弁済規定の適用がないことに対する対処方法を検討することなく,その後も,武富士において,同判決以前の顧客の制限超過部分の支払が有効であることを前提として約定残高に基づく請求を継続したものと認められる。
したがって,被告Y1は,約定残高を前提とする請求行為等を行うにあたり残高相違可能性を告知する体制の整備(本件整備義務)を怠った点において任務懈怠があったと認められる。
(イ) 被告らの主張
被告らは,武富士は,最高裁平成18年判決を受けて,店頭取引及びAT M利用時に交付される領収証等に「利息制限法を超える利息の支払義務はなく,お支払は任意です。」,「利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。」との記載を加える改訂を行っており,当該記載は,客観的にみれば残高相違可能性があることを認識しうるものであるから,武富士が残高相違可能性を告知していなかったとはいえないと主張するが,顧客において,以上の記載から自己の取引に残高相違可能性があることを具体的に理解することは困難というべきであるから,この点に関する被告らの主張は認められない。
オ 被告Y1の任務懈怠についての悪意又は重過失の有無(争点A7ⅳ) (ア) 任務懈怠についての悪意又は重過失の有無
前記エ(ア)のとおり,被告Y1は,最高裁平成18年判決以前の既存顧客にみなし弁済規定の適用がないことに対する対処方法を検討せず,その後も,武富士において,同判決以前の顧客の制限超過部分の支払が有効であることを前提として約定残高に基づく請求を継続したものであるところ,請求行為等が法律上の義務がない行為を顧客に要求することになることについては,少なくとも容易にこれを認識し得たというべきであるから,その任務懈怠につき,取締役として一般的に要求される基準からして少なくとも重過失があったというべきである。
(イ) 被告らの主張
a 被告らは,残高相違可能性告知については義務の根拠となる具体的な法令が存在しないこと,立法府,行政府,司法府,日弁連,多重債務者問題に取り組む専門団体等も残高相違可能性告知義務の存在を認識しておらず,公的な意見表明の機会においても言及されなかったことなどを根拠に,被告Y1において,武富士に本件告知義務が存在するとの認識を有することは不可能であり,任務懈怠につき重過失は存在しないと主張する。
しかしながら,被告Y1において,既存顧客との取引へのみなし弁済規定の不適用,残高相違の存在及び約定残高を前提とする請求の法的根拠の欠落についての各認識あるいはその各認識可能性が十分にあったといえる以上,被告Y1において,武富士の本件告知義務及び被告Y1の本件整備義務の各存在を十分に認識できたというべきであるから,被告らの主張は認められない。
b 被告らは,残高相違可能性を告知する同業他社が存在しなかったと主張するが,同業他社においても同様の義務があるのであれば,当該同業他社が同義務の履行を怠っていることは,被告Y1の義務不履行を正当化するものではなく,また,当該義務の有無は,同業他社の事業期間,事業規模,顧客数,採用していた約定利率,顧客との契約内容,17条書面及び18条書面の記載内容,みなし弁済規定の適用の有無に関する代表者の認識等の事情を検討して初めて明らかになるものであるから,いずれにしても被告らの主張は認められない。
x 被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告らの損害の有無(争点A
7ⅴ)
(ア) 損害ⅰについて
原告らは,武富士から残高相違可能性を告知されれば,弁護士などの専門家に相談する機会等を得ることができ,引き直し計算の結果,過払いが生じていれば,武富士に対して速やかに過払金の返還請求をして過払金を取り戻すことができたのであるから,武富士から残高相違可能性を告知されなかったことにより,原告らは過払金返還請求権を行使する機会を失い,同請求権の金額に相当する損害(損害ⅰ)を被ったと主張する。
しかしながら,原告らが武富士から残高相違可能性を告知されたとしても,必然的に専門家に相談することになるとはいえない。仮に,弁護士などの専門家に相談し,武富士に対して引き直し計算後の残高に基づいて過払金返還
請求を行ったとしても,前記認定事実クのとおり,武富士は,平成16年6月以降,顧客からの過払金返還請求に対しては,消滅時効,悪意xx計算等を認めないといった方針のもとで対応を行い,また,前記認定事実ナのとおり,武富士の自社で行う引き直し計算に基づき和解交渉を進めていたというのであるから,これらの対応により,返還額が大幅に減縮された可能性もあるというべきであり,原告らが任意の交渉により武富士から本件で請求する過払金全額の返還を受ける蓋然性が高かったとまでは認められない。
さらに,原告らが,請求額の全額の支払を内容とする確定判決等による債務名義を取得したとしても,前記前提事実(2)及び後記2(12)のとおり,武富士は,過払金返還請求額の増大等により,平成22年9月28日に会社更生手続開始決定の申立てを行い,甲31によれば,東京地方裁判所は,同日,包括的禁止命令を発令し,既に着手されている武富士の財産に対する執行手続が中止したと認められるのであって(会社更生法25条1項,3項),原告らが,同日までに前記債務名義に基づく強制執行を終え過払金全額の返還を受けることができた蓋然性が高かったとは認められない。
以上からすれば,原告らが主張する損害ⅰは,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する損害とは認められない。
(イ) 損害ⅱについて
a(a) 原告らは,武富士から残高相違可能性を告知されなかったことにより,弁護士などの専門家に相談する機会等を得ることができず,利息制限法の制限利率を超える約定利率に基づく支払を継続し,法令上の義務のない支払を余儀なくされたのであり,最高裁平成18年判決以降に原告らが武富士に対して支払った利息制限法の制限利率を超える支払そのものが損害(損害ⅱ)になると主張する。
(b) 前提として,被告Y1の本件整備義務は,顧客との既存の取引においてみなし弁済規定の適用の余地がないことを具体的に認識し,または認識し得た
平成18年5月8日に生じたというべきであるから,被告Y1の前記エ記載の任務懈怠は,同日以降について認められるというべきである。
(c) 前記認定事実(ア),本件各証拠(甲A1,甲A2(xxを含む。))及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,武富士と金銭消費貸借取引を開始するにあたり締結した基本契約によってリボルビング方式による返済を行っていたと認められ,各原告が武富士と締結した基本契約に基づく債務の弁済は,基本契約に基づく借入金の全体に対して行われるものといえ,充当の対象となるのはこのような全体としての借入金債務であると解されるから,各基本契約には,同契約に基づく各借入金債務に対する各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,前記過払金を,弁済当時他の借入金債務が存在しないときでもその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意(過払金充当合意)を含んでいるものと認めるのが相当である(最高裁判所平成19年6月7日判決民集61巻4号1537頁参照)。
武富士の請求行為等に基づいて利息制限法1条 1 項の制限を超えて利息として支払われた部分は,被告Y1に対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求権の損害になると同時に,武富士に対する不当利得返還請求権の利得をも構成することになると解される。そして,本件における不当利得返還請求権の利得については,過払金充当合意により,既存の過払金が後に新たに発生する借入金債務に充当され,その結果,利得が消滅する限度で不当利得返還請求権も消滅することになる。そして,ここでの会社法429条1項に基づく損害賠償請求と不当利得返還請求は,法的根拠を欠く財貨の移転の修復という同一の経済的目的に向けられたものとして機能するから,不当利得返還請求における利得が実質的な満足を得て消滅するのであれば,会社法
429条1項に基づく損害賠償における損害も,その限度で消滅すると解するのが相当である。以下,このことを前提に検討する。
まず,平成18年5月8日以降に武富士から請求行為等があった時点(以
下「基準時」という。)以後に,各原告が武富士に対して支払った利息制限法の制限利率を超える部分は,当該支払の時点で引き直し計算後の残債務が存在する限りは,残債務に充当されることになり,その限度で損害が消滅すると認められ,当該部分は各原告の損害とは認められない。
次に,各原告が,基準時後に,引き直し計算後の残債務が存在しない状態で武富士に対して支払った部分は,原則として損害になるというべきである。その場合,基準時後に新たな貸付けがあったときには,まず,基準時前から存在していた過払金が過払金充当合意によって新たな借入金債務の弁済に全て充当され,その結果借入金債務が残る場合,引き直し計算後の残債務が存在しない状態で武富士に対して支払った部分から前記借入金債務の残額を控除した額が損害になると認められる(会社法429条1項に基づく損害賠償請求権は,それと経済的機能を同一にする不当利得返還請求権が過払金充当合意に基づく充当により消滅する限度で消滅する。)。したがって,損害ⅱに関する原告らの主張はこの限度で認められる。
b(a) 被告らは,貸金業者からの借入金について,約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高が相違し,場合によっては過払金が発生する可能性があるという事実は,特に最高裁平成18年判決以降,新聞報道,全国各地の弁護士や司法書士による広告宣伝,国や地方公共団体のキャンペーン等が手伝い,世間一般に広く周知していたのであるから,武富士が顧客に対して残高相違可能性の告知をしていれば,原告らはそれ以後は支払を行わなかったとはいえず,被告Y1の任務懈怠と原告らの損害との間に相当因果関係が認められないと主張する。
この点については,後記2(1)ア(カ),乙118(xxを含む。)及び弁論の全趣旨によれば,最高裁平成18年判決以降,新聞報道及び弁護士事務所並びに司法書士事務所の宣伝等を通じて,世間一般に,貸金業者に対する過払金の存在が認識されるようになり,貸金業者に対する過払金返還請求が増
大し,武富士における過払金返還額も最高裁平成18年判決を契機に一段と増大したことが認められる。
しかしながら,過払金発生の可能性についての一般的な情報が流通していることと,貸主である武富士から具体的に残高相違可能性についての告知があるのとでは,各原告における受け止め方において大きな違いがあり,武富士の顧客は,一般的な情報によっては,漠然と意識していたにとどまる残高相違可能性を武富士から直接的にこれを告知されることによって,より具体的に認識することが可能になるというべきである。
他方,前記認定事実ネのとおり,最高裁平成17年判決及びこれを受けた貸金業法の改正により,顧客は貸金業者から取引履歴の開示を受けることが容易になり,引き直し計算を行う環境は整備されていたものと認められる。以上の各事情を総合的に考慮するならば,平成18年5月8日以降,xx xが各原告らに対して残高相違可能性を告知していれば,これにより,各原告は,従前の取引において約定残高と利息制限法の制限利率による引き直し後の残高が相違することを認識し,自ら,または弁護士及び司法書士等に委
任するなどして,貸金業者から取引履歴の開示を受けて引き直し計算を行い,その時点で引き直し計算後の残債務が存在すれば,完済するまでの支払を行い,法律上義務のない支払を行わず,また,その時点で過払金が生じていたとすれば,以後の支払を行わなかった可能性が高いと考えられる。
(b) 被告らは,被告Y1の任務懈怠の後に,原告らが武富士に対して法律上支払義務のない支払を行った場合であっても, その時点で債務が残っていなかった場合,不当利得として精算を求めることができるのであるから,支払によって経済的損失は発生せず,原告らに損害の発生は認められないと主張する。前記のとおり,ここでの不当利得返還請求権と会社法429条1項に基づく損害賠償請求権が経済的機能を同一にしていることは確かであるが,両者は別個の権利であるから,被告らの主張は認められない。
なお,原告らの個別取引においてみなし弁済規定の適用を認めるに足りる証拠はない。
c 以下,前記 a(c)の考え方を前提に,個別原告毎に,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する損害の発生の有無を検討する。
(a) 原告X2について
原告X2は,平成18年3月10日ころに武富士の従業員から借増しの勧誘を受けたと主張し,また,武富士の従業員から電話で借増しの勧誘を受け,武富士の支店に赴き,武富士の従業員から約定利率を前提とする残高を告げられた旨供述する(甲A2の2,原告X2本人)。
しかしながら,仮に前記の事実が認められるとしても,原告X2が武富士の従業員と接触した時期は,被告Y1において本件整備義務が生じた平成1
8年5月8日より前のことであるから,引き直し計算後の残債務が存在しない状態での武富士に対する原告X2の支払と,被告Y1の任務懈怠との間には相当因果関係がないというべきである。
したがって,この点に関する原告X2の被告Y1に対する請求は認められない。
(b) 原告X3について
甲A1の3,甲A2の3,原告X3本人及び弁論の全趣旨によれば,原告 X3の武富士に対する返済期日は原則として毎月28日であること,平成2
1年12月1日に1日,平成21年12月29日に1日,それぞれ支払日を遅れて返済したこと,武富士の従業員は,原告X3の支払が遅れると,支払期日の夕方か夜に原告X3の携帯電話に電話をかけて支払を催促したこと,その際,原告X3は,武富士の従業員に対し,翌日に支払うと返答し,それぞれ翌日に支払を行ったこと,前記支払催促時に,武富士の従業員が原告X
3に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。 そして,甲A1の3及び弁論の全趣旨によれば,原告X3と武富士の取引
においては,取引の分断等の事情は認められず,平成21年12月1日の時点で過払金が存在したと認めるのが相当であり,甲A1の3によれば,原告 X3が同日以降に支払った金額は合計16万5000円であり,同日以降に武富士から借入れを行っていないと認められるから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X3の損害としては16万5000円が認められる。
(c) 原告X4について
甲A1の4,甲A2の4,原告X4本人及び弁論の全趣旨によれば,原告 X4は,平成18年12月29日,武富士の大阪駅前第4ビル支店に赴き,武富士の従業員と接触し,契約書の切替を行い,その際,武富士の従業員から,切替後の契約書(甲A2の4添付の資料5)に記載された約定残高に基づく残元金の支払を求められたこと,前記接触時に,武富士の従業員が原告 X4に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。そして,甲A1の4及び弁論の全趣旨によれば,原告X4と武富士の取引 においては,取引の分断等の事情は認められず,平成18年12月29日の時点で過払金元金42万6426円(民法704条の利息の発生は考慮しな
い。以下同じ。)が存在したと認めるのが相当であり,甲A1の4によれば,原告X4が同日以降に支払った金額は合計96万6000円であり,同日以降に武富士から借り入れた金額は30万円であって,当該借入金は前記過払金元金により全て弁済に充当されたと認められるから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X4の損害としては96万6000円が認められる。
(d) 原告X9について
甲A1の9,甲A2の9,原告X9本人及び弁論の全趣旨によれば,原告 X9は,平成22年10月ころ,武富士の従業員から電話があり,約定利率が18パーセントに変更になる旨を告げられたこと,その際,武富士の従業
員が原告X9に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
以上の事実関係からすると,武富士の従業員において,積極的な態様で約定残高の支払を促したとまではいえず,約定残高に基づく請求行為等があったとは認められない。また,甲A1の9及び弁論の全趣旨によれば,原告X
9は,平成22年9月27日以降,武富士に対して返済を行ったとは認められないから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X9の損害は認められないというべきである。
したがって,この点に関する原告X9の被告Y1に対する請求は認められない。
(e) 原告X10について
甲A1の10,甲A2の10,原告X10本人及び弁論の全趣旨によれば,原告X10の武富士に対する返済期日は原則として毎月27日または28日であること,平成18年9月4日及び平成19年3月8日に,それぞれ支払日に遅れて支払を行ったこと,武富士の従業員は,原告X10の支払が遅れると,支払日の翌日の朝10時までに原告X10が管理する携帯電話に電話をかけて支払を催促したこと,その際,原告X10は,武富士の従業員に対し,翌日または数日以内に支払うと返答したこと,前記支払催促時に,武富士の従業員が原告X10に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
そして,甲A1の10及び弁論の全趣旨によれば,原告X10と武富士の取引においては,取引の分断等の事情は認められず,平成18年9月4日の時点で過払金元金141万5147円が存在したと認めるのが相当であり,甲A1の10によれば,原告X10が同日以降に支払った金額は合計135万2000円であり,同日以降に武富士から借り入れた金額は4万7000円であって,当該借入金は前記過払金により全て弁済に充当されたと認めら
れるから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X10の損害としては135万2000円が認められる。
(f) 原告X12について
甲A1の12,甲A2の12,証人F及び弁論の全趣旨によれば,原告X
12の武富士に対する返済期日は原則として毎月20日ころであること,原告X12の子であるFは,平成20年5月19日ころ,武富士に対して電話をかけ,原告X12の債務を精算したい旨申し出たところ,武富士の従業員は,Fに対して,約定利率に基づく残債務額を告げたこと,Fは,同日,武富士に対して48万8070円を支払ったこと,前記清算の申出時に,武富士の従業員は,原告X12及びFに対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
以上の事実関係からすると,武富士の従業員において,積極的な態様で約定残高の支払を促したとまではいえず,約定残高に基づく請求行為等があったとは認められない。
したがって,この点に関する原告X12の被告Y1に対する請求は認められない。
(g) 原告X13について
甲A1の13,甲A2の13,原告X13本人及び弁論の全趣旨によれば,原告X13は,平成19年1月17日,武富士の店舗に赴き,武富士の従業員と接触して契約書の切替を行い,その際,武富士の従業員から,切替後の契約書(甲A2の13-9頁)に記載された約定利率に基づく残元金の支払を求められたこと,原告X13の武富士に対する返済期日は原則として毎月
27日であること,平成19年6月28日に1日,平成20年2月28日に
1日,同年5月28日に1日,同年6月29日に2日間,同年10月28日に1日,同年11月29日に2日間,同年12月30日に1日,平成21年
1月28日に1日,同年4月28日に1日,同年5月28日に1日につき,
それぞれ支払日に遅れて支払を行ったこと,武富士の従業員は,原告X13の支払が遅れると,支払日の翌日の朝に原告X13に電話をかけて支払を催促したこと,契約書の切替時及び前記支払催促時に,武富士の従業員は,原告X13に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
そして,甲A1の13及び弁論の全趣旨によれば,原告X13と武富士の 取引においては,取引の分断等の事情は認められず,平成19年1月17日 の時点で過払金元金241万2974円が存在したと認めるのが相当であり,甲A1の13によれば,原告X13が同日以降に支払った金額は合計51万
8000円であり,同日以降に武富士から借り入れた金額は177万円であって,当該借入金は前記過払金により全て弁済に充当されたと認められるから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X13の損害としては51万8000円が認められる。
(h) 原告X15について
甲A1の15,甲A2の15,原告X15本人及び弁論の全趣旨によれば,原告X15は,平成16年2月26日に約定利率に基づく債務を一旦完済していたが,改めて借入れの必要性が生じたこと,契約時に交付を受けた取引カードを所有していたものの,平成19年7月20日,念のために武富士の十三支店に赴き,武富士の従業員と接触して契約書を改めて作成して借入れを行ったこと,その際,武富士の従業員は,原告X15に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
以上の事実関係からすると,武富士の従業員において,積極的な態様で約定残高の支払を促したとまではいえず,約定残高に基づく請求行為等があったとは認められない。
したがって,この点に関する原告X15の被告Y1に対する請求は認められない。
(i) 原告X22について
甲A1の22,甲A2の22,原告X22本人及び弁論の全趣旨によれば, 原告X22は,平成19年6月20日,武富士の長居支店に赴き,武富士の 従業員と接触して契約書の切替を行い,その際,武富士の従業員から,切替 後の契約書(甲A2の13添付資料②の2頁)に記載された約定利率に基づ く残元金の支払を求められたこと,原告X22の武富士に対する返済期日は 原則として毎月3日であること,原告X22は,勤務先の給料日が変更になっ たことが原因で,平成19年10月3日の支払期限に約定の分割返済額であ る2万1000円の支払が困難になったこと,武富士のxx支店に電話をか けて武富士の従業員に対してその旨を説明したところ,武富士の従業員が, 同日には利息分となる1万1000円の支払で足りる旨の説明を行ったこと,原告X22は,同日,武富士のxx支店に赴き1万1000円を支払ったこ と,武富士の従業員は,前記切替時及び説明時に,原告X22に対して残高 相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
甲A1の22によれば,原告X22と武富士の取引は,昭和57年6月1
6日から平成22年6月15日まで継続し,そのうち平成16年2月9日から平成18年2月21日までの間は取引が存在しないと認められるところ,甲A2の22,原告X22本人及び弁論の全趣旨によれば,原告X22は,平成16年2月9日に約定利率に基づく債務を一旦完済した際,武富士から従前の取引における基本契約書及び原告X22の顧客情報が記載された顧客カードの返還を受けたこと,原告X22は,平成16年2月9日以降,武富士の従業員から電話により借入れの勧誘を受け,平成18年2月21日,武富士のxx支店に赴き,改めて基本契約を締結して50万円を借り入れ,その際,本人確認書類として健康保険証のコピーを武富士に交付したことがそれぞれ認められ,以上の各事情を総合して考慮するならば,原告X22と武富士の取引は,昭和57年6月16日から平成16年2月9日までの取引(以
下「第1取引」という。)と,平成18年2月21日から平成22年6月15日までの取引(以下「第2取引」という。)に分断されるというべきであり,第1取引において生じた過払金は,第2取引における借入金債務に当然には充当されないと解するのが相当であり,本件各証拠及び弁論の全趣旨によっても,原告X22と武富士との間で,第1取引における過払金を第2取引における借入金債務に充当する旨の別段の合意の存在は認められない。
そうすると,原告X22は,第2取引の借入れと返済をまとめた別紙計算書(原告X22関係)記載のとおり,平成19年6月20日以降,引き直し計算後の残債務が存在しない状態で武富士に対して返済を行ったものとは認められず,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X22の損害は認められないというべきである。
したがって,この点に関する原告X22の被告Y1に対する請求は認められない。
(j) 原告X23について
甲A1の23,甲A2の23,原告X23本人及び弁論の全趣旨によれば,原告X23の武富士に対する返済期日は原則として毎月末日であること,平成20年8月5日,同年10月6日,同年11月5日,同年12月4日,平成21年3月10日,同年6月10日,同年8月11日に,それぞれ支払日に遅れて支払を行ったこと,武富士の従業員は,原告X23の支払が遅れると,直ちに原告X23に電話をかけて支払を催促したこと,前記支払催促時に,武富士の従業員は,原告X23に対して残高相違可能性を告知しなかったことがそれぞれ認められる。
そして,甲A1の23及び弁論の全趣旨によれば,原告X23と武富士の取引においては,取引の分断等の事情は認められず,平成20年8月5日の時点で過払金が存在したと認めるのが相当であり,甲A1の23によれば,原告X23が同日以降に支払った金額は合計27万4000円であり,同日
以降に武富士から借入れを行っていないと認められるから,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告X23の損害としては27万4000円が認められる。
(k) その余の原告らについて
原告X5,原告X21及び原告X24は,平成18年5月8日以降,武富士の従業員から電話による催促があった旨主張し,これに沿う前記原告らの陳述書(甲A2の5,甲A2の21,甲A2の24)を提出するが,前記原告らに対する当事者尋問は実施されておらず,反対尋問を経ない前記原告らの陳述書の信用性は低いといわざるを得ないから,武富士の従業員が前記原告らに対して電話をかけて催促をしたとは認められず,原告X5,原告X2
1及び原告X24の主張は認められない。
また,原告X1,原告X6,原告X7,原告X8,原告X11,原告X1
4,原告X16,原告X17,原告X18,原告X19及び原告X20は,平成18年5月8日以降において,武富士の従業員が約定残高に基づき請求行為等をした事実について主張立証がない。
(エ) まとめ
以上からすると,被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する原告らの損害額は,原告X3において16万5000円,原告X4において96万60
00円,原告X10において135万2000円,原告X13において51万8000円,原告X23において27万4000円であると認められ,その余の原告らには被告Y1の任務懈怠と相当因果関係を有する損害の発生が認められない。
(6) 直接損害に関する争点に対する判断のまとめ
以上のとおりであるから,被告Y1は,以上の限度で前記原告らに対し会社法429条1項の責任を負うというべきであり,直接損害に関する原告らの請求のうち,原告X3の被告Y1に対する請求は16万5000円の限度で理由
があり,原告X4の被告Y1に対する請求は96万6000円の限度で理由があり,原告X10の被告Y1に対する請求は135万2000円の限度で理由があり,原告X13の被告Y1に対する請求は51万8000円の限度で理由があり,原告X23の被告Y1に対する請求は27万4000円の限度で理由があり,前記原告らの被告Y1に対するその余の請求は理由がなく,その余の原告らの被告Y1に対する請求は理由がない。一方,原告らの被告Y2及び被告Y3に対する請求は理由がない。
2 間接損害に関する争点に対する判断
(1) 認定事実
前記前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 経営指標(甲23ないし29,甲31,甲65の6ないし65の15,乙
14)
(ア) | 営業貸付金残高 | |
平成15年3月末 | 1兆6756億2500万円 | |
平成16年3月末 | 1兆5787億2900万円 | |
平成17年3月末 平成18年3月末 | 1兆5687億2500万円 1兆5400億4600万円 | |
平成19年3月末 | 1兆4318億4800万円 | |
平成20年3月末 | 1兆1953億2800万円 | |
平成21年3月末 | 8615億1700万円 | |
平成22年3月末 | 5894億7700万円 | |
(イ) | 営業収益 平成14年3月期 | 4232億2460万円 |
平成15年3月期 | 4190億8600万円 | |
平成16年3月期 | 3810億9100万円 |
平成17年3月期 | 3568億2500万円 | |
平成18年3月期 | 3497億6600万円 | |
平成19年3月期 | 3280億4500万円 | |
平成20年3月期 | 2694億5200万円 | |
平成21年3月期 平成22年3月期 | 1854億4300万円 1194億0300万円 | |
(ウ) | 経常利益又は経常損失 | |
平成14年3月期 | 2302億7100万円 | |
平成15年3月期 | 1828億2100万円 | |
平成16年3月期 | 1375億6500万円 | |
平成17年3月期 平成18年3月期 | 1177億7300万円 897億6600万円 | |
平成19年3月期 | -1657億2600万円 | |
平成20年3月期 | 406億6600万円 | |
平成21年3月期 | -2157億4000万円 | |
平成22年3月期 | 322億9500万円 | |
(エ) | 利益剰余金 平成18年3月期 | 9177億5300万円 |
平成19年3月期 | 4039億6900万円 | |
平成20年3月期 | 3881億8800万円 | |
平成21年3月期 | 997億8700万円 | |
平成22年3月期 | 1026億6000万円 | |
(オ) | 株価 平成14年3月期 | 最高値 1万1680円 |
最低値 7120円 | ||
平成15年3月期 | 最高値 9350円 |
最低値 | 4920円 | |
平成16年3月期 | 最高値 | 8850円 |
最低値 | 4730円 | |
平成17年3月期 | 最高値 | 8450円 |
平成18年3月期 | 最低値 最高値 | 6100円 9220円 |
最低値 | 6360円 | |
平成19年3月期 | 最高値 | 8010円 |
最低値 | 3940円 | |
平成20年3月期 | 最高値 | 4950円 |
平成21年3月期 | 最低値 最高値 | 1833円 2585円 |
最低値 | 301円 | |
平成22年3月期 | 最高値 | 734円 |
最低値 | 306円 | |
(カ) 過払金返還額 | ||
平成14年3月期 | 3億5300万円 | |
平成15年3月期 | 22億2300万円 | |
平成16年3月期 | 67億8100万円 | |
平成17年3月期 | 107億3900万円 | |
平成18年3月期 | 183億0000万円 | |
平成19年3月期 | 576億6500万円 | |
平成20年3月期 | 1013億2700万円 | |
平成21年3月期 | 1299億5400万円 | |
平成22年3月期 | 865億6700万円 |
(キ) 新規借入れ
武富士は,平成16年3月,ユーロ円建超長期債額面800億円を発行し,
279億2000万円の資金調達を行った(甲23)。また,同年5月,ユーロ円建無担保普通社債30年額面400億円を発行し,新規取引先を含め6
7の金融機関から約1300億円を調達した(甲24)。
武富士は,平成19年3月期に,金融機関から620億円,コミットメントラインから8.5億米ドル,合計1620億円の借入れを実施した(甲2
6)。
武富士は,平成20年3月期に,565億円の借入れを実施した(甲27)。 (ク) 格付け
武富士は,平成15年3月期,米国格付け機関であるスタンダードアンドプアーズ社から「A-」,ムーディーズ社により「A3」の格付け評価を受けていたが,平成16年3月期,スタンダードアンドプアーズ社から「BB B」に,ムーディーズ社から「Baa2」にそれぞれ評価を下げられた(甲
23)。これに関して,ムーディーズ社は,「今回の格付けの見直しは,創業者であり前会長の逮捕と辞任に関連して,武富士が市場の信認を回復できるかどうか,同社が貸金業の登録を維持できるかについて不確実性が高まったことから生じている。」などとコメントした(甲61)。
武富士は,平成20年3月期,スタンダードアンドプアーズ社から「BB B-」に,ムーディーズ社から「Baa1」にそれぞれ評価を下げられた(甲
27)。
武富士は,平成21年3月期,スタンダードアンドプアーズ社から「BB
+」に,ムーディーズ社から「Baa3」にそれぞれ評価を下げられた(甲
28)。
武富士は,スタンダードアンドプアーズ社から,平成21年6月15日,
「BBB-」に,同年11月17日,「CC」に評価を下げられた。「CC」 は,スタンダードアンドプアーズ社の長期発行体格付の中で最下位にあたり,
投機的要素が最も高いとされる水準である(弁論の全趣旨)。イ 引当金の計上
(ア) 日本公認会計士協会は,平成18年10月13日,「消費者金融会社等の利息返還請求による損失に係る引当金の計上に関する監査上の取扱い」(以下
「監査上の取扱い」という。)を公表した(甲36)。監査上の取扱いの概要は,以下のとおりである。
a 債務者から過払金の返還請求があり,和解が成立する等により返済金額が確定している場合には,当該返還金額は流動負債に計上されることになるが,和解に至っていないものが存在する場合及び請求はないが過去に返還実績がある等により今後返還の請求が見込まれる場合においては,当該見積返還額が引当計上されているか留意する必要がある。
b 利息返還損失引当金は,期末時点の会社が有する将来の利息返還損失に備えるために設定される引当金であることから,原則として,過去の利息返還額の発生状況を分析し,将来の利息返還損失額を合理的に見積もった上で,一括して計上されている必要がある。
c 引当金の具体的な算定方法として,期末に貸付残高がある場合とない場合に分類し,期末に貸付残高がある場合についてはさらに延滞債権と正常債権に分離して計上額を見積り,債務者等からの合理的見積期間に係る利息返還請求件数の返還実績率,平均返済額等を属性別に把握して,将来発生が見込まれる額を計算する。
d 返還実績率の算定は,合理的見積期間に対応する過去の期間を算定期間とし,その期間の期首(合理的見積期間が複数年の場合は,複数年を一つの期間とみた期首をいう。)に該当する貸付金口座数を分母とし,その分母の口座数のうち算定期間内に受けた利息返還請求件数を分子として計算する。合理的見積期間が複数年の場合は,合理的見積期間に対応する過去の算定期間から算定した返還実績率の平均値をもって返還実績率とする。
e 過去の算定期間のデータの整備及び蓄積状況が十分でない場合は,適切な補正を加えて算定期間の利息返還請求件数を算定する。
f 利息返還請求件数は法令改正,社会情勢の変化が与える影響により増減することが見込まれることから,過去の状況と期末日の状況が異なる場合には,利息返還請求の実績率を補正することが必要である。
(イ) 武富士は,平成19年3月期,監査上の取扱いに従い,監査法人の監査の下,4887億9800万円(営業費用として計上した利息返還損失引当金繰入額2904億4900万円,特別損失として計上した利息返還損失引当金2720億3800万円)を利息返還損失引当金として計上した(甲26,甲36)。
同様に,平成20年3月期に3862億5600万円(このうち営業費用として計上した利息返還損失引当金578億5400万円)を,平成21年
3月期に4033億5700万円(このうち営業費用として計上した利息返還損失引当金2296億6200万円)を,平成22年3月期に2729億
5300万円をそれぞれ計上した(甲31)。
武富士の会社更生事件において調査委員から委嘱を受けた経営責任調査委員会(以下「経営責任調査委員会」という。)は,調査委員に対し,前記各計上が,当時の会計基準の範囲内でなされている旨報告した(甲33)。
ウ 名誉毀損訴訟及び暴力団との繋がり等
(ア) 雑誌「G」は,平成15年2月28日号,同年3月7日号及び同年5月9日号において,武富士に関する以下の内容の記事を掲載した(甲7ないし9)。 a 武富士の社員は,支払義務のない顧客の親から脅迫的な言動で取立てを行
い,また,顧客の子を待ち伏せして顧客の連絡先を聞き出すことがある。 b 武富士の社員のノルマは厳しく,厳しい取立を行っている。武富士の内部
では,ノルマが達成できないことを「悲報」と呼び,悲報となると,時には数時間に及び激しい叱責を受け,これを「ツメる」または「バキる」と呼ん
でいる。また,業績の悪い支店の支店長を集め,xxがかりで何時間も罵倒する「未達会議」が存在する。
c 利息の過払いが発覚した場合は,その分のノルマが社員に上乗せされる。 d 武富士の社員は,顧客が完済していると知っていながら取り立てることがあり,顧客に支払を強く促した際,その顧客が強盗をして逮捕されたことが
ある。
e サラ金は債権に団体信用生命保険をかけており,顧客が死亡すれば,全額を一括で保険金として請求することができ,武富士では顧客の死亡が喜ばれている。
f 武富士は,社員に厳しいノルマを課すため,無理な貸付けが行われ,社内規則違反が増えることから,社員に債務の連帯保証をさせて,規則違反を増やさないようにしている。
g 武富士の元社員が,武富士は組織的に計算書を改ざんしている旨供述している。
(イ) 武富士は,東京地方裁判所に対し,前記(ア)の記事の執筆者及び出版社を被告として,同記事により武富士の名誉及び信用が毀損されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した(同裁判所平成15年
(ワ)第5644号)。同裁判所は,前記(ア)a ないし g の事実がxxであるか,または執筆者らがxxであると信じたことには相当な理由があると判示し,武富士の請求を全て棄却した(甲11)。控訴審である東京高等裁判所も,同様の理由で武富士の控訴を棄却した(同裁判所平成16年(ネ)第541
2号。甲12)。
前記(ア)の記事の執筆者及び出版社は,東京地方裁判所に対し,武富士及びAを被告として,前記訴訟は不当訴訟であると主張して,不法行為に基づく損害賠償及び名誉回復処分を求める訴訟を提起した(同裁判所平成16年
(ワ)第13668号)。同裁判所は,武富士及びAが,執筆者及び出版社の
言論及び執筆活動に対する抑制や牽制として前記訴訟を提起したと認め,裁判制度の趣旨目的に反し著しく相当性を欠くと判示し,執筆者及び出版社の損害賠償請求を一部認容した(甲11)。
(ウ) 株式会社Hは,平成15年4月1日,武富士の違法な業務形態や社員の過酷なノルマの存在等の内容が記載された「武富士の闇を暴く 悪質商法の実態と対処法」と題する書籍を出版した(甲10)。
(エ) 武富士は,東京地方裁判所に対し,前記(ウ)の書籍の執筆者及び株式会社 Hを被告として,前記書籍により武富士の名誉及び信用が毀損されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償と出版の差止めを求める訴訟を提起した(同裁判所平成15年(ワ)第9119号)。これに対し,前記(ウ)の書籍の執筆者及び株式会社Hは,同裁判所に対し,当該訴訟提起は不当訴訟であり違法であると主張して,武富士及びAを被告として,不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した(同裁判所平成16年(ワ)第696号,同年(ワ)第700号)。東京地方裁判所は,前記書籍の記事内容はxxであるか,xxであると信じたことに相当な理由があると判示して武富士の請求を棄却し,武富士の訴訟提起は執筆者及び出版社の批判的言論を抑圧する目的で行われたものであり,裁判制度の趣旨目的に反して不相当なものであると判示し,執筆者及び株式会社Hの損害賠償請求を一部認容した(甲14)。控訴審である東京高等裁判所も,同様の理由で武富士及びAの控訴を棄却した(同裁判所平成17年(ネ)第2549号。甲15)。
(オ) 武富士は,東京地方裁判所に対し,有限会社I及び同社が発行した「月刊誌I」の執筆者を被告として,同誌に掲載された記事により武富士の名誉が毀損されたと主張して損害賠償を請求する訴えを提起し,これに対し,有限会社I及び前記記事の執筆者は,盗聴,武富士のホームページにおける名誉毀損行為及び不当訴訟を理由として損害賠償並びに謝罪広告掲載を求める反訴を提起した。武富士は,平成16年3月26日,前記記事の内容がxxで
あることを認め,前記本訴請求を放棄し,前記反訴請求を認諾した(甲43ないし45)。
(カ) 武富士の渉外部長であったJは,武富士在職中に,Aから暴力団との折衝を依頼され,その報酬として5億円の支払を約束したが,4億円の支払が未履行であると主張して,東京地方裁判所に対し,武富士を被告として,未払報酬の支払を求める訴えを提起した。控訴審である東京高等裁判所は,平成
15年6月4日,Jの請求を棄却した原判決を取り消し,Jの報酬金支払請求を全て認容する判決を言い渡した。同裁判所は,判決理由において,以下の事実を認定した(甲6,甲53,甲54)。
a 武富士が東京証券取引所において店頭公開する方針を決め,その旨の株主総会の決議をすると,多数の右翼団体,暴力団及びいわゆるブラックジャーナリスト等が,武富士等に対し,抗議文や質問状を送付したり,街宣車による街頭宣伝活動を行ったりして,強力な抗議行動や株式公開阻止行動を展開するようになった。
b Aは,Jに対し,前記行動の対応と解決の職務に従事させ,Jは,渉外部長として,右翼団体や暴力団等との折衝に当たった。
Jは,右翼団体との問題を解決するにあたっては,広域暴力団山口組系のxx組と繋がりを持つ会社の会長の助力を得た。また,Jは,Aの指示により,右翼団体による街宣車での抗議活動について,広域暴力団xxx系の右翼団体の会長に処理を依頼し,前記活動を一旦沈静化させ,広域暴力団山口組系xx組の組長に株式の店頭公開までの問題の処理を依頼し,全ての問題が解決したことで,武富士は株式の店頭公開を実現させた。
c Aは,前記の過程で,武富士と後藤組の関係が悪化した際,Jに対して,
「xx組との関係の修復と右翼団体の妨害行為の件を,体を掛けてきちんと処理してくれ。」,「店頭公開したら,5億円の金を約束する。」と述べた。
(キ) Aは,平成15年12月2日,元従業員やジャーナリストに対する盗聴行
為を被疑事実とする電気通信事業法違反により逮捕され,その後同法違反及び名誉毀損を理由に起訴され,同様に武富士も電気通信事業法違反により起訴された。東京地方裁判所は,平成16年11月17日,Aに対し,同法違反により懲役3年執行猶予4年の有罪判決を言い渡し,武富士に対し,罰金
100万円の有罪判決を言い渡した(甲42)。
(ク) 武富士は,平成16年3月期の有価証券報告書において,平成15年12月から街頭でのティッシュ配布及びテレビコマーシャル等の営業活動を自粛した旨記載した(甲23-31頁)。
エ 武富士に対する行政処分
(ア) 関東財務局は,平成15年8月1日,武富士に対し,債務の支払に係る調停申立てが行われた事実を承知しているにも係わらず,調停が成立するまでの間に電話等により反復継続して債務者に対し債権の取立てを行い,これが貸金業法21条1項に違反するとの理由で,武富士守口支店の業務の全部(弁済の受領に関する業務及び債権の保全行為に関する業務を除く。)について1
5日間の業務停止命令を発出した(甲18,甲19)。
関東財務局は,平成16年12月17日,武富士に対し,法律上支払義務のない第三者への取立てを帳簿に記載しなかった行為が貸金業法19条に違反するとの理由で,武富士錦糸町支店の業務の全部(弁済の受領に関する業務を除く。)について5日間の業務停止命令を発出した(甲20)。
(イ) 関東財務局は,平成20年5月16日,武富士に対し,貸金業法24条の
6の3に基づき,以下の理由により,法令遵守に取り組む経営姿勢の明確化や社員に対する法令遵守意識の醸成等を内容とする業務改善命令を発出した
(甲21,甲22,乙64,乙65)。 a 貸金業法19条及び18条1項関連
貸付けの契約に基づく債権の取立てに当たり,担当者が,社内規定に違反して集金を行った事実や債務者の親族に債務内容等を開示し弁済を受けた事
実等の発覚をおそれ,これらの事実に係る交渉の経過について,貸金業法1
9条に規定する帳簿に記載されていない事例及び事実と異なる記載を行った事例が複数店舗において認められた。また,これらの事例の中には,18条書面を交付していない事例や,債務者以外の者から弁済を受けたにもかかわらず,当該弁済者に対し18条書面に債務者本人の名前を記入するように促し,故意に債務者本人から弁済を受けたかのような18条書面を交付した事例が認められた。
b 貸金業法21条1項関係
担当者が,貸付けの契約に基づく債権の取立てに当たり,集合住宅である債務者の自宅を訪問した際,在xxの債務者の親族がドアを蹴られたと認識するほどドアを強くノックした上,玄関前において,「貸した金返せよ」等の音声が入った携帯電話の音楽を流すといった行動により,債務者の親族を困惑させた。
オ 株主配当
(ア) 武富士の平成16年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,K有限会社(21.21パーセント),L(10.66パーセント),被告Y2(8.84パーセント),被告Y1(8.02パーセント),株式会社M(5.19パーセント),被告Y3(4.13パーセント),N
(2.86パーセント),O(2.85パーセント),P(2.44パーセント), Q(2.34パーセント)であった(甲23,乙38)。
武富士は,平成16年3月期,1株あたり100円の配当を実施し,その配当性向(配当金支払額/当期純利益×100)は19.13パーセントであった(争いなし)。
(イ) 武富士の平成17年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,R信託銀行(6.25パーセント),株式会社M(5.
19パーセント),O(5.13パーセント),K有限会社(4.96パーセン
ト),S信託銀行(4.70パーセント),被告Y1(4.68パーセント),被告Y3(3.35パーセント),被告Y2(3.30パーセント),T(2.72パーセント),U信託銀行(2.71パーセント)であった(甲24)。
武富士は,平成17年3月期に1株あたり100円の配当を実施し,その配当性向は21.11パーセントであった(甲24)。
(ウ) 武富士の平成18年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,T(6.87パーセント),株式会社M(5.19パーセント),K有限会社(4.96パーセント),被告Y1(4.68パーセント),被告Y3(3.35パーセント),被告Y2(3.30パーセント),S信託銀行(3.30パーセント),U信託銀行(3.15パーセント),V(2.74パーセント),W(2.50パーセント)であった(甲25)。
武富士は,平成17年5月25日に実施される証券会社主催の外国人投資家向け説明会において,外国人投資家からの増配の予定に関する想定質問に対して,「自己資本が厚すぎるという指摘は承知しているが,過去に資金繰りに苦労した経緯もあり盤石な経営基盤を確保するためにもxxの目標である
1兆円は必ず達成。達成の暁には今までお世話になった方々に報いるべく,増配を含めた株主還元や新規事業への投資を含めた資本の有効活用を前向きに検討中。」との回答を用意していた(乙56)。
同年頃,武富士の自己資本がほぼ1兆円に到達したと解釈できるような状態となり,平成18年3月期,前年連結会計同期比,営業貸付金残高1.8パーセント減,営業収益2.5パーセント減,経常利益22.6パーセント減,当期純利益31.7パーセント減であり,同期に1株あたり230円の配当(配当原資約323億6200万円)を実施し,その配当性向は82.91パーセントであった(争いなし)。
(エ) 武富士の平成19年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,株式会社M(5.26パーセント),K有限会社(5.
06パーセント),T(4.76パーセント),被告Y1(4.68パーセント),被告Y3(3.35パーセント),被告Y2(3.30パーセント),O(2.9
8パーセント),U信託銀行(2.54パーセント),W(2.46パーセント), Z(2.40パーセント)であった(甲26)。
武富士は,平成19年3月期に1株あたり230円の配当(配当原資約3
23億6200万円)を実施した(甲26,甲37の1,甲65の11)。 (オ) 武富士の平成20年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する
所有株式数の割合)は,T(5.30パーセント),株式会社M(5.26パーセント),K有限会社(5.06パーセント),被告Y1(4.71パーセント), S信託銀行(3.50パーセント),被告Y3(3.35パーセント),被告Y
2(3.30パーセント),Z(2.86パーセント),a(2.67パーセント), U信託銀行(2.14パーセント)であった(甲27)。
武富士は,平成20年3月期に1株あたり180円の配当(配当原資約2
50億5200万円)を実施し,その配当性向は193.1パーセントであった(甲27,甲37の3,甲38の1,甲65の12)。
(カ) 武富士の平成21年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,S信託銀行(5.96パーセント),株式会社M(5.
37パーセント),K有限会社(5.17パーセント),被告Y1(4.81パーセント),被告Y3(3.41パーセント),被告Y2(3.37パーセント), Z(3.19パーセント),b(2.18パーセント),c(1.97パーセント), a(1.79パーセント)であった(甲28)。
武富士は,平成20年5月ころ,株主に対する利益還元を経営の最重要課題として位置づけ,長期安定的な利益配分を継続的に行うことを株主配当の基本方針とし,高利回りの配当が株価に好影響を与え,同業他社との比較の中で優位性を示すことで,株主及び投資家からの支持に繋がる旨検討していた(乙57,乙58)。
平成21年3月期に1株あたり50円の配当(配当原資約67億7400万円)を実施した(甲28,甲38の3,甲39の1)。
(キ) 武富士の平成22年3月31日当時の主な株主(発行済株式総数に対する所有株式数の割合)は,株式会社M(5.37パーセント),K有限会社(5.
17パーセント),被告Y1(4.81パーセント),S信託銀行(4.02パーセント),被告Y3(3.41パーセント),被告Y2(3.37パーセント), Z(3.34パーセント),b(1.87パーセント),a(1.35パーセント),有限会社d(1.27パーセント)であった(甲29)。
平成22年3月期に1株あたり30円の配当(中間配当15円,期末配当
15円,配当原資約40億4800万円)を実施し,その配当性向は53.
29パーセントであった(甲29,甲39の3)。
武富士は,平成22年3月期期末配当にあたり,平成22年5月12日, 武富士における資金繰り状況を記載した書面(以下「資金繰り表」という。)を作成した。資金繰り表によると,平成22年6月に2018年満期転換社 債についてプットオプションが行使され414億円の繰上償還が行われても,和解債権の売却や営業貸付金の証券化借入れ等により資金繰りは可能である が,平成13年4月24日付発行の後記グローバル債の償還期限である平成
23年4月には,償還資金の支出により同月末手許資金として329億38
00万円が不足することが見込まれた(甲41)。
武富士の全ての取締役は,1株あたり15円,効力発生日を同年6月30日とする期末配当議案を含む第43回定時株主総会招集の件につき同意して取締役会の決議を省略し,平成22年5月13日,当該決議にかかる臨時取締役会があったものとみなされた(甲64の2)。
武富士は,平成22年6月29日,第43回定時株主総会において,1株あたり15円,配当総額約20億2400万円,効力発生日を同年6月30日とする期末配当議案を可決し,翌30日,これに基づき配当を実施した(甲
40の1)。
(ク) 以上の配当について,経営責任調査委員会は,調査委員に対し,監査法人が監査した財務諸表に基づき,分配可能額の範囲内で実施された旨報告した
(甲33)。 カ 自己株式取得
武富士は,平成19年9月27日,平成20年3月17日,同年6月16日,各日開催の取締役会において自己株式取得決議を行い,平成19年11月19日から平成20年11月25日まで間に,約定総額約107億円の自己株式を取得した。前記自己株式取得は,各期の分配可能額の範囲内で実施されている(甲33)。
キ 武富士関連会社所有建物の賃料支払
武富士は,被告Y1及びその近親者が議決権の100パーセントを直接もしくは間接に所有している株式会社Mが所有する建物を研修施設として利用していた。武富士は,株式会社Mに対し,建物の賃料として,平成15年1
2月までは年間約2500万円を支払っていたが,同月以降は,年間約52
00万円を支払うようになった(弁論の全趣旨)。ク 実質的デフィーザンス
武富士は,平成19年5月,武富士が平成14年6月5日に発行していた
「第8回無担保普通社債(社債間限定同順位特約付)」(発行額300億円)の実質的デフィーザンス(社債発行額と同額の信託設定を行い,社債の表面利率と同水準以上の信託配当が得られるように運用することにより,信託配当で社債の利払いをし,信託元本で社債の満期償還を行うこととした上で,社債債務をオフバランス化すること)を目的とする一連の取引を行い,信託銀行を通じて格付きインデックス連動リミティッド・リコース・担保付固定利付クレジット・リンク債券(以下「本件REDI債」という。)を300億円で購入した。本件REDI債は,資本元帳残高が未償還元本残高の10パー
セント以下になると期日前償還される早期償還条件が存在した。前記購入時,本件REDI債は,スタンダードアンドプアーズ社及びムーディーズ社によ
りトリプル A の評価を受けていた。
武富士は,本件REDI債の購入により,本件社債を実質的に早期償還し,約180億円の金融費用の軽減を図ることを目的としていた(以上,甲32,乙93ないし乙95,弁論の全趣旨)。
本件REDI債は,平成19年8月ころから表面化したサブプライムローン問題の影響により,平成20年2月,早期償還条件が成就し,約3億円で期日前償還され,武富士は約297億円の損失を被った(弁論の全趣旨)。
ケ 会社更生開始申立て時の未償還社債(甲31)
(ア)「Takefuji Corporation 9.20 パーセント Senior Unsecured Notes due April 15,2011」(以下「グローバル債」という。)
平成13年4月24日付発行
未償還元本残高 6億4500万米ドル(約545億円)元本償還期日 平成23年4月15日(一括)
(イ)「第8回無担保普通社債(社債間限定同順位特約付)」平成14年6月5日付発行
未償還元本残高 300億円
元本償還期日 平成34年6月5日
(ウ)「Takefuji Corporation ¥10,075,000,000 10percent.Bonds due 2011」平成21年12月14日付発行
未償還元本残高 70億5250万円
(2) 超過利息を収受したことに関する任務懈怠(争点B1)
原告らは,Aらは,利息制限法超過利息を収受するのであれば,みなし弁済の成立要件を充たすために体制を整える義務(みなし弁済成立体制構築義務)を負い,それができないのであれば,武富士が利息制限法超過利息を収受する
ことを止めさせなければならなかったと主張するが,Aらがみなし弁済成立体制構築義務を負わず,利息制限法の制限利率を超過する利息を収受することを止めなかったことにつき任務懈怠が認められないことは,前記1(2)及び(4)のとおりであり,原告らの主張は認められない。
また,原告らは,Aらは,過去の取引について,みなし弁済が成立する余地 のない顧客に対しては,武富士が,利息制限法超過利息について引き直し計算 を行った残債務額を超える部分について請求や利息収受等の権利行使をせず,過払いになっている顧客に対しては,直ちに過払金返還請求等の権利を行使す る機会を与えるように,武富士の業務を改善しなければならないと主張するが,原告らの前記主張は,Aらが武富士における引き直し計算を行う体制を構築さ せる義務があることを前提とするものと解されるところ,そのような義務が認 められず,原告らの主張が認められないことは,前記第1(3)のとおりである。
したがって,この点に関する原告らの主張は認められない。
(3) 損失にかかる引当金の未計上に関する任務懈怠(争点B2)
原告らは,Aらが,武富士においてみなし弁済の要件を充たす貸付取引を行っておらず,利息制限法超過利息を収受することはできなかったことを認識していたのであるから,Aらは,創業時,取締役就任以後,あるいは名古屋高裁平成8年判決以後には,原告ら顧客から請求があった場合の利息制限法超過利息の返還(将来の損失)に備えて引当をすべきであったと主張する。
しかしながら,前記1(2)イ及び同(5)イ(ア)のとおり,A及び被告Y2は,武富士の取締役在任中,武富士における顧客との取引についてみなし弁済が成立しないと認識したとは認められないのであるから,原告らの主張はその前提を欠く。
また,前記1(2)イ及び同(5)イのとおり,被告Y1は,最高裁平成18年判決後の平成18年5月8日に開催された常務会までに,武富士と顧客との既存取引にみなし弁済規定の適用がないことを認識するに至ったと認められるが,
前記認定事実イのとおり,武富士は,平成19年3月期,監査上の取扱いに従い,監査法人の監査の下,4887億9800万円を利息返還損失引当金として計上し,同様に,平成20年3月期に3862億5600万円を,平成21年3月期に4033億5700万円を,平成22年3月期に2729億530
0万円をそれぞれ計上したのであり,甲33及び弁論の全趣旨によれば,これらは当時の会計基準の範囲内でされていたものと認められる。一方,最高裁平成18年判決当時までの全ての顧客について引き直し計算を行い,正確な過払金返還金を算出し,これを引当金として計上することは極めて困難であったというべきであるから,以上の諸事情を考慮すると,被告Y1に引当金の計上に関する任務懈怠があるとはいえず,この点に関する原告らの主張は認められない。
(4) 超過利息を収益に計上したことに関する任務懈怠(争点B3)
原告らは,Aらが,名古屋高裁平成8年判決以降,武富士が過去に計上してきた分配可能額は,みなし弁済が成立しない制限超過利息を収益計上して算出されたものであり,Aらは分配可能額が存在しないことを認識していたにもかかわらず違法配当を実施したと主張する。
しかしながら,前記1(2)イ及び同(5)イ(ア)のとおり,A及び被告Y2は,武富士の取締役在任中,武富士における顧客との取引についてみなし弁済が成立しないと認識したとは認められず,分配可能額が存在しないことを認識していたとは認められないのであるから,原告らの主張はその前提を欠く。
また,前記1(2)イ及び同(5)イのとおり,被告Y1は,最高裁平成18年判決後の平成18年5月8日に開催された常務会までに,武富士と顧客との既存取引にみなし弁済規定の適用がないことを認識するに至ったと認められるが,最高裁平成18年判決当時までの全ての顧客について引き直し計算を行い,正確な過払金返還金を負債として計上して分配可能額を算出することは極めて困難であり,一方,武富士は,監査上の取扱いに従って利息返還損失引当金を
負債に計上した上で分配可能額を算定し,xx妥当と認められる企業会計の慣行に従い作成された財務諸表に基づき配当を行ったものといえるから,平成1
8年3月期以降の武富士の配当が分配可能額を超えて行われたとは認められない。以上の諸事情を考慮すると,被告Y1に収益の計上に関する任務懈怠があるとはいえず,この点に関する原告らの主張は認められない。
(5) 反社会的活動により信用を低下させたこと及び武富士に対する行政処分に関する各任務懈怠(争点B4,争点B5)
前記認定事実ア(ク)及び同ウ記載のとおり,武富士の不当な経営実態に関する記事が掲載された書籍が複数発行され,これらの差止めを求めた一連の訴訟において,雑誌や書籍の各内容がxxであるか又は執筆者においてxxであると信じるにつき相当な理由があるものと判決で認定され,また,A及び武富士と反社会的勢力との密接な関係の存在を認定した判決が言い渡され,さらに, Aが元従業員やジャーナリストに対する盗聴行為を行ったとして逮捕され,A及び武富士が有罪判決を受け,これを受けて格付機関による武富士の評価が低下し,加えて,前記認定事実エのとおり,武富士は,問題のある債権取立方法を行ったり,一部の顧客に18条書面を交付していなかったことなどにより,業務停止命令や業務改善命令を受けたものであり,以上からすれば,A及び武富士の各行為により,武富士の社会的信用が相当程度低下したものというべきであり,実際に,前記認定事実ア,同ウ,甲23及び弁論の全趣旨によれば,武富士は,Aの前記盗聴事件を受けて,街頭でのティッシュ配布及びテレビコ
マーシャル等の営業活動を自粛した影響等もあって,前年同期比,営業貸付残高5.8パーセント減,営業収益8.9パーセント減,経営利益24.4パーセント減,当期純利益21.4パーセント減となったものと認められる。
そうすると,Aの前記各行為は,取締役としての任務を懈怠するものといわざるを得ず,また,被告Y1が取締役在任中に行政処分を受けたことに関しては,取締役としての任務を懈怠したと評価する余地がある。
しかしながら,A及び被告Y1の前記各行為による武富士の信用低下と,武富士の倒産との間に相当因果関係が認められないことは,後記(12)ウのとおりである。
(6) 財務制限条項付き借入れにより早期償還を強いられたことによる会社財産の流出についての任務懈怠(争点B6)
原告らは,Aらが,利息制限法超過利息収受の放置,反社会的勢力との関係,業務停止などを原因として,借入条件を悪化させ,資金調達を困難にし,武富士を財務制限条項を付さなければ資金調達が困難な状態に陥らせたと主張するが,原告らは,武富士におけるいかなる借入行為がAらの任務懈怠の対象となるかについて明らかにしないし,Aらが財務制限条項を付して借入れを行ったとしても,それが直ちに不合理な経営判断であったとは認められないから, Aらに任務懈怠は認められず,この点に関する原告らの主張は認められない。
(7) 超過利息を収益計上し,支払う必要のない税金を支払い続けたことによる会社財産の流出に関する任務懈怠(争点B7)
原告らは,武富士が,顧客から収受した利息制限法の超過利息を収益に計上し,それを前提として計算書類を作成したため,これに基づき算出される法人税は著しく過大となり,Aらは支払う必要のなかった税金を払い続けたと主張するが,前記のとおり,Aらには引き直し計算を行う義務はなく,また,全ての顧客について引き直し計算を行い,正確な過払金返還金を計上することは実際上困難であり,これらのことからすると,Aらが,顧客から収受した利息制限法の超過利息を収益に計上し,これに基づき作成された計算書類から算出される法人税を支払ったことは不合理な対応とはいえず,Aらに任務懈怠は認められない。
(8) 経営悪化の中で高額の配当をしたことによる会社財産の流出に関する任務懈怠(争点B8)
ア 前記認定事実オ及び弁論の全趣旨によれば,武富士は,平成17年3月期
に1株あたり100円の配当を,平成18年3月期に1株あたり230円の配当を,平成19年3月期に1株あたり230円の配当を,平成20年3月期に1株あたり180円の配当を,平成21年3月期に1株あたり50円の配当を,平成22年3月期に1株あたり30円の配当をそれぞれ行ったものであり,各配当時の株主構成からすれば,これらの配当金の多くが被告ら一族の関係者及び団体に流出したものと推認するのが相当である。
しかしながら,前記認定事実オ及び弁論の全趣旨によれば,これらの配当 はいずれも分配可能額の範囲内で行われたものと認められ,また,武富士は メインバンクを持たない貸金業者であり,株価の維持により有利な資金調達 方法を確保する必要性が存在したこと,平成17年ころ,外国人投資家から 増配を要求されていたことに対し,武富士としては,自己資本が約1兆円に 到達した場合には増配を含めて株主に利益を還元する方針を持っていたこと,同年中に自己資本が約1兆円に到達したと解釈できるような状態になり,そ の後,前記のとおり平成18年3月期に前年と比して大幅な増配を行ったこ と,武富士は,平成20年5月ころ,株主に対する利益還元を経営の最重要 課題に位置づけ,長期安定的な利益配分を継続的に行うことを株主配当の基 本とし,高利回りの配当が株価に好影響を与え,同業他社からの比較におい て有意性を示すことで安定株主を創出することを期待していたことがそれぞ れ認められる。以上からすれば,Aらによる武富士の平成22年3月期まで の配当は,武富士における安定株主の確保を目的として行われた側面がある ことは否定できず,取締役の経営判断として著しく合理性を欠くとまではい えないというべきであり,任務懈怠は認められない。
イ 前記認定事実オ(キ)及び弁論の全趣旨によれば,武富士は,平成22年6月30日に1株あたり15円の配当を行い,その配当総額は約20億240
0万円であったところ,武富士は,平成22年5月12日ころ,本件資金繰り表を資料として財政状況について社内で検討したこと,本件資金繰り表に
よると,平成13年4月24日付発行のグローバル債の償還期限である平成
23年4月には,償還資金の支出により同月末手許資金として329億38
00万円が不足することが見込まれたにもかかわらず,被告Y1ら取締役において,グローバル債償還後の経営継続の可否について十分な検討を行っていなかったことがそれぞれ認められる。
このように,平成23年4月に手許資金として329億3800万円が不足する資産状況において,被告Y1ら取締役が,平成22年6月30日における総額約20億2400万円の配当を実施する取締役会決議議題を可決承認し配当を実施したことは,事実認識に至る過程及びその事実認識を前提とする判断において著しく合理性を欠くものというべきであり,この点の被告 Y1の対応には任務懈怠が認められる。
しかしながら,被告Y1の前記行為による武富士の財産流出と,武富士の倒産との間に相当因果関係が認められないことは,後記(12)エのとおりである。
(9) 自己株式を取得したことによる財産の流出に関する任務懈怠(争点B9) 原告らは,武富士において,その信用が低下し,資金調達が難しくなり,過
払金返還額が急増するなど,経営が悪化していく中で,平成19年9月27日,平成20年3月17日及び同年6月16日に,それぞれ自己株式取得決議を行い,推定総額約107億円の自己株式を取得したことは著しく不合理であると主張する。
前記認定事実カのとおり,武富士は,平成19年9月27日,平成20年3 月17日,同年6月16日,各日開催の取締役会において自己株式取得決議を 行い,平成19年11月19日から平成20年11月25日まで間に,約定総 額約107億円の自己株式を取得し,前記自己株式取得は,各期の分配可能額 の範囲内で実施されている。また,乙91の1及び弁論の全趣旨によれば,以 上の自己株式の取得は,株式数を減らすことで株主への利益を還元することや,