フランス保険法学では,保険契約が民法典上の射倖契約に該当するかどう かという問題と,偶然性(l’ aléa)が保険契約においてどのような役割を果 たすのかという問題とがあるが,本稿は前者を対象とするものである。その 意味で,射倖契約に関する直接の規定を有しない日本法には直接的な示唆を 与えることはできないものと思われる2)。本稿がこの一見無意味な議論を取 り扱うのは,フランス保険法学の内在的理解のためである。後述するように,フランスにおいては,日本と異なり,射倖契約に関する定めがある一方,保...
x x x x
■アブストラクト
保険契約は射倖契約か。この問いは,フランス民法典旧1964条が射倖契約のリストの中に保険契約を入れていたことから,そもそも問いですらないほどに自明ともいえた。しかし,中には保険契約の射倖契約性に疑問を呈する研究者がいたのも事実である。このような中で,2016年の債務法改正において,上記条文が削除され,射倖契約の定義規定である,旧1104条も修正されるに至った(新1108条)。この改正は,保険契約の射倖契約性に関する議論にどのようなインパクトを与えるか。
改正前における射倖契約の定義規定問題(旧1104条と旧1964条の関係)は,定義規定が1108条⚒項に一元化されたため解消されたといえる。しかし, 1108条においては,保険契約が実定契約と射倖契約のどちらにも属するとい う解釈が可能となり,保険契約の射倖契約性の問題は,終結したとは言い難 い。また,保険契約の性質決定問題について,旧1964条を参照していた破毀 院判決が今後どのような理由付けでこの問題を扱うのかは注目されよう。
■キーワード
フランス債務法改正,保険契約,射倖契約性
*平成31年⚓月15日の関東部会報告による。
/ 令和⚒年⚙月⚗日原稿受領。
1) 本稿は,2019年⚓月15日開催の日本保険学会関東部会報告をベースにしたものである。
Ⅰ.はじめに
フランス保険法学では,保険契約が民法典上の射倖契約に該当するかどう かという問題と,偶然性(l’ aléa)が保険契約においてどのような役割を果 たすのかという問題とがあるが,本稿は前者を対象とするものである。その 意味で,射倖契約に関する直接の規定を有しない日本法には直接的な示唆を 与えることはできないものと思われる2)。本稿がこのxx無意味な議論を取 り扱うのは,フランス保険法学の内在的理解のためである。後述するように,フランスにおいては,日本と異なり,射倖契約に関する定めがある一方,保 険契約の定義規定がなく,保険契約の性質決定という問題において,射倖契 約性との関連が意識されている3)。また,保険契約の射倖契約性は,保険者 の債務の捉え方とも密接に関連しており,フランス保険法の総論的な理解の ためには避けては通れない道である4)。本稿は,⽛最新海外保険事情⽜の特 集号に掲載されるところ,2016年⚒月10日のオルドナンス第131号5) により 改正された民法典と保険契約の関係を扱うことは,許容されよう。
そこで,本稿は,以下の順序で,保険契約の射倖契約性についての議論をスケッチしたいと考えている。まず述べるのは,2016年の債務法改正前の議
2) 後者の問題は,日本法でも共通する問題であるので,示唆を得ることは可能かもしれない。
3) 先行研究であるxxxx⽛生命保険契約と相続法との交錯 フランス保険法典 L. 132-13条の成立と展開 ⽜生命保険論集特別号Ⅱ196号(2016年)23頁が
⽛射倖性論争は,近年のフランス保険法学における最も激しい論争の⚑つである。この論争には多数の見解が寄せられ,論点は錯綜している⽜と述べているが,本稿はまさにこの錯綜した論点を扱うものである。
4) 本稿は,拙稿⽛フランスにおける保険契約の法的構造 日仏比較法研究の基盤 ⽜保険学雑誌638号(2017年)45頁以下に関連するテーマである。
5) Ordonnance n° 2016-131 du 10 février 2016 portant réforme du droit des contrats, du régime général et de la preuve des obligations. このxxxxxxに関しては,xxxxxxxxxxxxxxxx(訳)⽛フランス債務法改正オルドナンス(2016年⚒月10日のオルドナンス第131号)による民法典の改正⽜同志社法学69巻⚑号(2017年)279頁以下が詳しい。
論である(Ⅱ)。この時期には,射倖契約に関する規定が⚒つ存在した。それは,民法典旧1104条と旧1964条である。旧1964条が射倖契約のリストに保険契約を掲げていることから,半ば自明に,保険契約の射倖契約性が認められてきた。しかし他方で,保険契約は民法典にいう射倖契約に該当しないのではないかと疑問を持つ者もいた。このような状況の中で,旧1964条の削除と旧1104条の改正案が示された。その後の2016年の債務法改正により,旧1964条は削除され,また,旧1104条も改正された(Ⅲ)。保険契約を射倖契約のリストに掲げていた旧1964条が削除されたことから,保険契約が民法典上の射倖契約に該当するかどうかは新1108条⚒項の射倖契約の定義に合致するかどうかというステージに移行した。
なお,本稿では,改正前の文献においても旧1104条などと表記しているが,これは,改正前後に言及する本稿で,当時の現行法として1104条と書くと, 現行法と混同してしまうと考えたためである。そのため,数字のみの場合は,改正後の条文,旧の表記が付されているものは,現時点から見ての旧条文
(改正前条文)を意味することをお断りしておく。
Ⅱ.2016年債務法改正前の議論
⚑.債務法改正前の規定の状況
債務法改正前のフランス民法典の射倖契約に関する規定は,⽛第⚓章 契約又は合意による債務一般⽜の中に定められた旧1104条と⽛第12章 射倖契約⽜の中に定められた旧1964条の⚒つである6)。
6) 条文訳に関しては,法務大臣官房司法法制調査部編⽝フランス民法典 物権・債権関係 ⽞(法曹会,1982年)59頁以下及び,269頁を参照した(なお,新条文の訳との統一を図るために,〔l’équivalent〕を等価物,〔un événement incertain〕を不確定な事象と変更した。)。本稿では,とくに文言の変化が重要であるので,原文を記載しておく。
Art. 1104
旧1964条
射倖契約は,あるいは当事者のすべてにとって,あるいはそのうちの一又はxxにとって,利益及び損失に関する効果が不確定な事象にかかわる相互的な合意である。
このようなものとして,〔以下のものが〕ある。保険契約
冒険貸借
競技及び賭事 終身定期金契約
最初の二つは,海事の法律によって規律される。
旧1104条
契約は,当事者のそれぞれが自己に与えられるもの,又は自己に対して行われるものと等価物とみなされるものを与え,又は行うことを約するときは,実定的である。
契約は,等価物が当事者のそれぞれにとって不確定な事象による利得又は損失の機会に存するときは,射倖的である。
Il est commutatif lorsque chacune des parties s’engage à donner ou à faire une chose qui est regardée comme l’équivalent de ce qu’on lui donne, ou de ce qu’on fait pour elle.
Lorsque l’équivalent consiste dans la chance de gain ou de perte pour chacune des parties, d’après un événement incertain, le contrat est aléatoire.
Art. 1964
Le contrat aléatoire est une convention réciproque dont les effets, quant aux avantages et aux pertes, soit pour toutes les parties, soit pour l’une ou plusieurs d’entre elles, dépendent d’un événement incertain.
Tels sont :
Le contrat d’assurance, Le prêt à grosse aventure, Le jeu et le pari,
Le contrat de rente viagère.
Les deux premiers sont régis par les lois maritimes.
フランス民法は,有償契約の下位分類として,実定契約( un contrat commutatif)と射倖契約(un contrat aléatoire)を設けている。旧1104条は,それぞれの定義規定を置くものである。この実定契約と射倖契約の区別の実 益は,旧1118条が定めるレジオン(la lésion)による取消の対象となるか否 かくらいである7)。
旧1964条は,射倖契約の章の冒頭にある規定で,この条文の後に,⽛第⚑ 節 競技及び賭事⽜⽛第⚒節 終身定期金契約⽜と続く。旧1964条が述べて いるように,保険契約と冒険貸借に関しては,海事の法律に委ねられている。なお,上に掲げた旧1964条は,1804年からのxxの文言であるが,2016年債 務法改正前に改正が行われている。すなわち,2009年⚕月12日の法律第526 号10条によって,⽛冒険貸借⽜と⽛最初の二つは,海事の法律によって規律 される⽜という文言が削除されたのである8)。とはいえ,射倖契約のリスト に保険契約が掲げられていたことには変わりはない9)。
7) 旧1118条は,⽛xxxxは,同一の款において説明されるように,一定の契約において,又は一定の人に対してでなければ,合意を瑕疵あるものとしない。⽜と定めていた(法務大臣官房司法法制調査部編・前掲注6)63頁参照)。xxxxとは,給付の不均衡から生じる損害が一定の割合を超えた場合に,当該契約の取消しを求めるという制度であり,限定的な場面でしか認められていないものである(xxxx⽝公序良俗と契約xx 契約法研究Ⅰ⽞〔有斐閣,1995年〕⚓頁参照)。
8) この点に関しては,冒険貸借が削除されたのは,それが射倖的ではないという理由ではなく,それが使われなくなっていたからであるが,法の簡易化の名の下にその歴史を隠す必要があるのだろうかとの疑問も呈されていた。 XXXXXX(L.), « Le rôle de l’aléa dans le contrat d’assurance »,in Les grandes questions du droit des Assurances, LGDJ, 2011, p. 21.
9) 旧1964条に関しては,本稿で中心に扱う偶然性の意味という問題を除いても,いろいろな解釈の余地が示されている。それは,射倖契約の定義を定める⚑項 よりもむしろ,例示を定める⚒項に関するものである。すなわち,第⚑に,旧 1964条は公式に保険契約が射倖契約であることを確認していると考える余地で ある。その結果,射倖契約の普通法に属する規定はすべて,特別規定と抵触し ない限りにおいて,保険契約にも適用されることになるだろう。第⚒に,旧 1964条が保険契約がその性質決定に値するためには射倖的でなければならない
旧1964条(2009年改正後)10)
射倖契約は,あるいは当事者のすべてにとって,あるいはそのうちの一又はxxにとって,利益及び損失に関する効果が不確定な事象にかかわる相互的な合意である。
このようなものとして,〔以下のものが〕ある。保険契約
競技及び賭事 終身定期金契約
ところで,旧1104条と旧1964条では,射倖契約の定義が異なるように見え,そのために論争が生じていた11)。文言上の相違点は⚒か所である。第⚑に,
ことを表明するものと理解する余地である。その結果,裁判官は,定義の要請を充たさないという検討に従って,保険契約という性質を剥奪しなければならないだろう。第⚓に,旧1964条は射倖契約の一つの例として保険契約を示しているだけであると理解する余地である。すべての例には反例があることを認めるならば,一般的な保険契約は射倖的であるが,特定の保険契約はそうではないこともありうることを認めなければならない。以上につき,XXXXXXXX (M.), « La force normative de l’article 1964 du Code civil », in La force normative, Naissance d’un concept, LGDJ, 2009, p. 560参照。
10) 条文訳は,前述したものを修正した。原文は,以下の通りである。 Art.1964
Le contrat aléatoire est une convention réciproque dont les effets, quant aux avantages et aux pertes, soit pour toutes les parties, soit pour l’une ou plusieurs d’entre elles, dépendent d’un événement incertain.
Tels sont :
Le contrat d’assurance, Le jeu et le pari,
Le contrat de rente viagère.
11) この問題は,わが国でも古くから紹介されているところである。xxxxは,旧1104条の解説において,旧1964条の規定がヨリ正確な定義であると述べ(神 戸大学外国法研究会(編)⽝現代外国法典叢書(16)佛蘭西民法〔Ⅲ〕財産取得法 (2)⽞(有斐閣,復刊版,1956年)12頁〔xxxx〕(初出:1942年)),xxx xは,旧1964条の解説において,旧1104条の定義を採用すべきであると述べる
(神戸大学外国法研究会(編)⽝現代外国法典叢書(18)佛蘭西民法〔Ⅴ〕財産取得
⽛当事者のそれぞれにとって⽜(旧1104条)と⽛あるいは当事者のすべてにとって,あるいはそのうちの一又はxxにとって⽜(旧1964条)の違いである。第⚒に,⽛利得(gain)又は損失の機会⽜(旧1104条)と⽛利益(avantages)及び損失に関する効果⽜(旧1964条)の違いである。
⚒.保険契約の射倖契約性 2-1.はじめに
保険契約を定義づける条文は民法典にも保険法典にも存在しない。そのため,保険法典の規律が及ぶ保険契約とはどのような契約かが,実際上問題となる。判例によると,保険契約は射倖的なものであるとか,保険契約の本質を構成するのは偶然性であるなどとされている12)。この偶然性と民法典旧
法(4)⽞(有斐閣,復刊版,1956年)46頁以下〔xxxx〕(初出:1941年))。 xxxxは,次のように説いた上で,フランス法学説に言及する。すなわち,
xx論文は,本文において,⽛射倖契約の意義を明らかにするためには,(イ)あるいは契約当事者の権利(義務)内容の不確定性の方面から説明するか この意味では,少なくとも一方のみにでも不確定性があれば足りる ,(ロ)あるいは両当事者のなす具体的給付相互間の均衡関係(いずれが利益を受けるか,またその程度如何)の不確定性の方面から説明するか, この意味では不確定性は必ず双方的である の⚒つの説明方法はあるが,結局はいずれも同一の事実を異なる方面から表現したものにほかならない。⽜とする。そして,注釈において,フランス法学説について,次のように述べる。⽛多数説は,射倖性は必ず双方的でなければならず,その意味において第1964条の規定の仕方は,正確でない,としている。…これに対し,…第1964条は両当事者の義務のどちらかが不確定であることを要し且つこれを以て足ることを意味し(すなわち本文 (イ)に述べた見地からする定義であり),第1104条はその結果における損益の偶然性が双方的に生ずる旨を表現したものとして(すなわち本文(ロ)に述べた見方からする定義である),両者の間に矛盾なし,と説く⽜学説があることも指摘している(xxxx⽛保険契約の射倖契約性⽜同⽝保険契約の法的構造⽞
(有斐閣,1952年)128頁以下(初出:法学論叢第49巻第⚒號・第⚓號〔1943
年〕))。
12) 例えば,故意の事故招致に関する Cass. 1re civ., 11 oct. 1994, n° 93-11295など。他の裁判例に関しては,XXXXXXXXX-XXXXX (S.), Droit des assurances, ellipses, 2013, p. 10参照。
1104条・旧1964条がどのような関係に立つのかもはっきりとしない。さらに実際上の問題として,ある貯蓄型生命保険契約の性質決定に関する破毀院混合部2004年11月23日判決13)に関連した議論がある。これを簡潔に述べると,被保険者の死亡・生存のいずれの場合にも一定額の保険金支払がなされる生命保険契約は,保険法典の規定の適用がある保険契約か否かという問題である。破毀院は,⽛その効果が人の生存期間に依存する保険契約は,民法典 1964条,保険法典 L. 310-1 条⚑号及び同法典 R. 321-1 条20号の意味における偶然性を含み,生命保険契約である。⽜と判示した。保険契約の射倖契約性を巡る争いには,この判示をどのように扱うかという問題が現れてくる。以下で見るような学説の争いは,民法典の射倖契約の規定から抽出される 偶然性と保険契約の関係を考察するタイプと民法典の射倖契約の規定から離れて保険契約固有の偶然性を考察するタイプに分かれるように思われる。仮に後者だとすると,保険契約は有償契約の二分類のどちらに分類されること
になるのかという問題も生じよう。
2-2.Fabrice Leduc の見解
⑴ 射倖契約の定義と構成要素について
Xxxxx は,まず,旧1104条と旧1964条は対立するというよりも補完するものであると捉える。すなわち,契約の特別法に属する旧1964条は,契約の一般法に属する旧1104条によって示された分類の定義に合致する主要なものの目録を作るものであり,射倖契約の概念の定義として,考慮されるべきものは旧1104条のみであるとする。そして,同条から,射倖契約の性質決定に関する偶然性は,⚓つの構成要素を有すると述べる。①事象の偶然性(un aléa événementiel),②経済的偶然性(un aléa économique),③①②の因果
13) 本判決については,すでに,xxxx⽛貯蓄型生命保険契約の射倖契約性と相続法規(持戻し・減殺)の適用⽜愛知学院大学論叢法学研究47巻⚑号(2005年)36頁が紹介している。また,関連する文献として,xx・前掲注3)19頁以下がある。
関係である。このうち因果関係というのは,各給付の最終的な比率が契約の範囲に組み込まれた不確定な事象に依存していることを示し,⽛不確定な事象による利得又は損失の機会⽜と定める旧1104条の⽛による⽜であるとされる14)。
⑵ 保険契約の射倖契約性について
問題になった契約は⽛投資保険〔assurance placement〕⽜と呼ばれる。これは,保険者の給付が,どんな場合でも,資金運用収入によって増額され,手数料によって減額された累積保険料額と同額のものである。前掲2004年破毀院判決は,この契約が生命保険の射倖契約を構成すると考えた。しかし,この契約は,民法典が作り上げた射倖契約の型に基づくものではない。というのも,契約の範囲(人の生存期間)に組み込まれた不確定な事象は,各給付の最終的な比率を少しもコントロールしないからである15)。そこで,⽛保険の分野においては,偶然性に特殊な意味があるのではないか?⽜という点が問題として浮かび上がったのである。
ここでは,Xxxxx が保険契約の射倖性は不確定な事象の存在のみによって認められるとする見解に対して条文に即した検討を行う次の指摘を見てみよう16)。第⚑に,旧1104条⚒項と旧1964条は,射倖契約の性質決定を事象の偶然性だけでなく,経済的偶然性にもかからしめている。第⚒に,保険法典
L. 310-1 条⚑号と R.321-1 条20号は適切とは思われない。というのも,これらの条文は,保険契約の定義に関するものではなく,保険企業に対してなされる国家の統制に関するものだからである。L. 310-1 条⚑号は,⽛その履行が人の生存期間に依存する債務を負う企業⽜を対象とするが,保険者の債務がいずれにせよ契約によって定められた日にしか履行されないような固定期
14) 以上につき,LEDUC(F.), Traité du contrat d’assurance terrestre, GROUTEL (H.)(dir.), Litec, 2008, n° 162, p. 104.
15) LEDUC(F.), op. cit. (14), n° 163, p. 105.
16) 以下については,LEDUC(F.), op. cit. (14), n° 163, p. 107参照。
間の混合保険をカバーしていない。また,R. 321-1 条20号は,⽛その履行が人の生存期間に依存する債務を含むすべての取引⽜を対象とするが,どんなに広い表現を使おうとも,それは終身定期金契約のような保険契約でない契約に適用され得るだろう。
⑶ Leduc の立場
Leduc は,射倖契約の性質決定に関する偶然性に関して,保険に固有のものがあるという特殊な考え方を認めることが正当とは思われないと結論付ける。その結果,保険契約の射倖契約性は,民法典の基準で評価しなければならないとし,保険契約が示す射倖契約性は,次の二重の不確定性の存在を要請するとしている。第⚑に,事象の不確定性,第⚒に,結果の不確定性である。結果の不確定性については,契約によって生み出される結果の最終的な比率17)が契約締結時において知られておらず,結局,運に依存していることをいうとされる18)。この二重の不確定性がなければ,契約は射倖契約とも,したがって,保険契約とも性質決定されえないとする19)。
2-3.Xxx Xxxxxx の見解20)
Mayaux は,Xxxxx とは異なる見解を示しているので,以下で紹介する。ただし,用語として,Leduc が使用していた事象の偶然性(l’ aléa événe- mentiel)と経済的偶然性(l’ aléa économique)ではなく,Mayaux は,事象の偶然性(l’ aléa-événement)と資産の偶然性(l’ aléa patrimonial)の用
17) この比率とは,⽛保険者によってなされる給付/支払済保険料⽜で示される。 LEDUC(F.), op. cit. (14), note 353, p. 107.
18) この点,数学によってリスクを相殺する保険取引は偶然性を消滅させることを目指しているが,偶然性は個別的な契約には存在し続けると補足している。 LEDUC(F.), op. cit. (14), note 354, p. 107.
19) 以上につき,LEDUC(F.), op. cit. (14), n° 163, p. 107.
20) XXXXXX(L.), Traité de droit des assurances, t. 3, Le contrat d’assurance, BIGOT(J.)(dir.), LGDJ, 2 e éd., 2014, nos 54 et s., p. 54 et s..
語を使用する。
⑴ 事象の偶然性について
Mayaux は,事象の偶然性があるからといって十分であるというわけでもなく,それがないからといって,性質決定を阻害するわけではないと指摘する。順にみていこう。
事象の偶然性の存在は,契約が保険契約であるというためには十分ではな い。というのも,すべての射倖契約はこのような偶然性を含むが,だからと いって,すべての射倖契約がリスクをカバーしない保険契約であるわけでは ない。この観点からすると,偶然性をリスクと同一視するのは,過度な単純 化であるように思われる。リスクは偶然性よりも富んだ概念である。それは,事象の不確定性,その結果(危険〔péril〕)にさらされること,そして,保 険の場合には,保障の対象を同時に意味する。保険契約があったというため には,リスクにさらされていることとそのリスクを保障することが同時に必 要である。事象の不確定性では十分ではない。
次に,事象の偶然性の欠如は保険契約の性質決定を阻害するには十分ではなく,そのことは基準として意味がないことを明らかにする。その理由は,偶然性がリスクと同じではないことによる。偶然性の欠如の制裁は契約の無効あるいは,偶然でない事象に対する保障の欠如であり,契約の再性質決定ではない。契約はそれがリスクのカバーを目的とする以上,保険契約であり続ける21)。
⑵ 資産の偶然性
旧1104条にしたがって,射倖契約は,各当事者に対して,利得又は損失の機会を与えなければならないとする見解では,保険契約は次のようになる。保険事故が生じた場合,契約者(契約の受益者と仮定)は,支払済保険料額
21) 以上につき,MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 102, p. 55 et s.
よりも多くの額を保険者から受け取る,勝者であり,保険事故が生じなければ,敗者である。保険者は,反対の立場になる。しかし,Mayaux は,このような見解は説得力がないという。心理的側面では,説得力がない。というのも,この見解は,保険を賭博に近接させるからである。通常,契約者は保険事故を不利な事象とみなしているから,保険事故が生じることに賭けているわけではない。保険料率が大数の法則に従っているとみなされる保険者もまた賭けていない22)。
経済的側面に関しては,保険事故は一方の利得及び他方の損失の源である というが,それはヨリ適切ではない。そのような考え方では,保険事故に対 する給付額が支払済保険料額を超えなければ,保険事故があったにもかかわ らず,保険者が勝者,被保険者が敗者となりうる。xx的に,このxxxx は非常に疑わしい。というのも,被保険者は,契約期間中,リスクに対する カバーを受けているにもかからず,このロジックだと,保険事故が生じない ときには,保険は完全に無駄になるということになるのである。反対に,保 険者から受け取った額はこのカバーの具体化にすぎないのに,保険事故が生 じた場合に被保険者を勝者であると考えることは,あまりに技巧的である23)。
旧1964条は,事象の不確定性が利益及び損失をもたらし,利得又は損失の機会をもたらすものではないと考えている。そうすることで,同条は,ある契約が射倖的とされるためには,利得の可能性が必須ではないと理解させるだろう。期待される利益は,不確定な事象の発生・不発生に依存するのであるから,それが契約締結時に評価されえないことで足りる24)。次に,Mayauxは,射倖契約においては,⽛契約当事者の一方のみが,他方当事者がリスクの対価として与える額と引換えに,他方当事者のためにそのリスクにさらされる⽜と述べた Xxxxxxxx の言葉25)を引用して,⽛(被保険者のために⽝リスク
22) 以上につき,MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 104, p. 56.
23) 以上につき,MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 105, p. 57. 24) MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 106, p. 57 et s.
25) この言葉は,後述する Leduc も引用する。後掲注46)参照。
にさらされる⽞)保険者によるリスクのカバーとそのようにしてカバーされるリスクの⽝対価⽞と考えられる保険料という,すべてが語られているこの驚くべき現代的定式から,その著者〔Portalis〕が望んだ以上に効果のある結果を導くことができる。保険契約を作るもの,それは偶然性ではなく,保険者がその責任を負うことでリスクにさらされていることである⽜と述べる26)。そして,Mayaux は,契約に期待される利益は,⽛確定的⽜であり,
⽛数量化可能⽜であると指摘する。すなわち,被保険者は保険事故が生じなくても,契約の効果が生じた時から,即時にカバーされている。そして,このカバーは,予め決めることができる価値を有する。どのように決めるのかというと,保険によって安心が高められた結果生じた被保険財産の価値増加を参照したり,保険料が正しく設定されている場合には,保険者に移転されたリスクの価値を構成する保険料額を参照したりであるとされる。言い換えれば,契約から期待される利益は,リスクに対するカバーの利益であり,その価値は保障債権の価値であるという27)。そして,Mayaux は,最後に,このように締めくくる。⽛それゆえ,偶然性を単なる事象の偶然性に帰着させるかもしれないが,保険契約は射倖契約ではない。そしてその結果,資産の偶然性(ヨリ適切に言えば,民法典の伝統的な偶然性)の存在は,この契約の性質決定のための基準となりえないだろう⽜28)。
26) MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 106, p. 58.
27) 以上につき,MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 106, p. 58。なお,保障債権というのは,la créance de couverture の訳語であり,保障債務( l ’ obligaton de couverture)と対をなすものと考えられるが,このような債権債務関係は, Mayaux の債務二元論に立脚するので,他の論者が必ずしも同じ土台を共有するわけではない。例えば,Xxxxxxxx は,同じ債務観を採用しているので,共通の土台を有すると考えられる。この点に関しては,拙稿・前掲注4)54頁以下参照。
28) MAYAUX(L.), op. cit. (20), n° 106, p. 58-59.
2-4.Jérôme Xxxxxxxx の見解29)
Leduc は,経済的偶然性( 利得又は損失の機会)を要求しているが, Xxxxxxxx は,このような偶然性は保険契約に必要ないという立場である。まず,Xxxxxxxx は,比較法的に,経済的偶然性を要求することが稀有であることを述べる。すなわち,保険契約に関する法律において,利得又は損失の機会という概念が存在するのは,1990年のカナダの法律を除いて,他になく,その概念はフランス民法典旧1964条とそれを取り入れたベルギーとルクセンブルクのように,民法典に定められた射倖契約の一般的定義に由来するものであり,大多数の国内法は,保険契約に関する利得又は損失の機会というような用語を語ることはないという30)。また,ヨーロッパ保険契約法原則
(PEICL)の準備作業に参加した折に,保険契約の定義の問題が提起されたところ,Xxxxxxxx が旧1964条が求める経済的偶然性について話したものの,同情に満ちた沈黙があり,その問題はごく短時間で退けられたという31)。
また,旧1964条を読むと,利得又は損失の機会が保険と賭事に共通する要素だが,区別する要素はどこにあるのかという点について,次のように指摘する。保険の要素としては,保険料・不確定な事象・保険者によって約された給付だけでなく,少なくとも補償性のある保険については,被保険利益があるが,民法典が成立した1804年から保険契約法が成立した1930年までの間はすべての保険契約について被保険利益が必要であるとするような法律は存在していなかった。では,この間はどのようにして保険と賭事とを区別していたのかというと,海上保険について補償原則を課していた1681年のオルドナンスを参照するしかない。旧1964条が保険契約を海事の法律(つまり,このオルドナンス)に向けていたのであるから,これは論理的なことである。しかし,当時,海上保険のみを規律対象としていた補償原則は利得又は損失の機会と何も関係がないのであるから,旧1964条での保険契約の記載は,全
29) XXXXXXXX(J.), « L’aléa,condition de l’assurance ? », RCA 2014, dossier 4.
30) XXXXXXXX(J.), op. cit. (29), n° 9.
31) Ibid.
く意味がない。つまり,保険契約においては,利得などない32)。また, Xxxxxxxx は,保険契約が記載されていない旧1964条が1804年に制定されたと想像すると,保険契約が必然的に旧1104条と旧1964条の意味における射倖契約となるかどうかは判例が決めることとなるだろうと述べ,将来の不確定な事象が契約の中心に置かれ,保険料が保険者に支払われ,かつ,当該事象が生じたときには保険者による給付がなされることを約するということ以上に,さらに,裁判官が各当事者が事象の発生の場合に利得又は損失の機会にさらされていたことを要求するのか,それが何の役に立つのかと問い,利得又は損失の機会を気にかけない非常に多くの諸外国立法を参照すると,何の役にも立ちはしないだろうと述べる33)。
結論として,Xxxxxxxx は,保険の条件としての偶然性というのは,事象の偶然性34)が必要であり,経済的偶然性(利得又は損失の機会)は不要であると説く。そして,1804年に旧1964条が作ったリストから保険契約を取り除く時が来たと締めくくる35)。
⚔.小 括
以上のように,改正前には,射倖契約の定義を定めているようにみえる条文が⚒つ存在した(旧1104条・旧1964条)。旧1104条は,⽛各当事者⽜の⽛利得又は損失の機会⽜に着目していたために,保険における⽛利得⽜の捉え方という問題,そして,貯蓄型生命保険のようなものが射倖契約であるといえるのかという問題が生じた。
見解は大きく分けて⚒種類であり,射倖契約共通の要素として,①事象の偶然性と②経済的偶然性を要求し,保険契約にもそれを要求する立場と,保
32) XXXXXXXX(J.), op. cit. (29), n° 13.
33) XXXXXXXX(J.), op. cit. (29), n° 14.
34) なお,Kullmann は,⽛その不確定性は,様々な要素に及びうる。すなわち,事象の発生,日付または結果,そこには,給付の額または最終的に支払われる保険料の額も含まれる⽜とする。XXXXXXXX(J.), op. cit. (29), n° 16.
35) Ibid.
険契約には②経済的偶然性は不要であるとの立場があった。後者の立場に立 ち,かつ,保険契約だけは②経済的偶然性が不要と解すると(全部の射倖契 約について不要と考えると,①事象の偶然性だけで射倖契約というカテゴリ ーができてしまう。),保険契約は民法典上の射倖契約ではないこととなろう。そうすると,ある契約を保険契約と性質決定するための要素が問題となるが, Mayaux は,リスクのカバーであるとしている。
Ⅲ.2016年債務法改正と保険契約
⚑.改正直前期の議論 1-1.オルドナンス草案
旧1104条⚒項(射倖契約の定義)は,オルドナンス草案においては,次のような条文に改正されることとなっていた36)。
草案1106条
契約は,当事者のそれぞれが他方に対して,自らが受ける利益の等価物とみなされる利益を給付することを約するときは,実定的である。
契約は,当事者が,合意された対価の等価物を求めることなく,期待される利益及び損失に関して,その効果を不確定な事象にかからしめることを承認するときは,射倖的である。
36) 原文は以下の通りである(LEDUC(F.), « Le projet d’ordnance portant ré- forme du droit des contrats et le caractère aléatoire du contrat d’assurance », RDC 2015, p. 898に掲載されているもの。)。なお,草案1106条⚑項は改正後の 1108条⚑項と同一であり,その翻訳に関しては,xxほか・前掲注5)285頁
〔xx〕を参照した。
Art. 1106(Proj.ord.portant réforme du droit des contrats,du régime général et de la preuve des obligations)
Le contrat est commutatif lorsque chacune des parties s’engage à procurer à l’autre un avantage qui est regardé comme l’équivalent de celui qu’il reçoit.
Il est aléatoire lorsque les parties, sans rechercher l ’ équivalence de la contrepartie convenue, acceptent de faire dépendre les effets du contrat, quant aux avantages et aux pertes attendus, d’un événement incertain.
旧1104条は⽛利得(gain)⽜に着目してたが,草案では,⽛利益(avant- age)⽜に変更されている(なお,この点は,改正後も同様である。)。この
⽛利益⽜という用語は,旧1964条が用いていたものである。
1-2.Xxxxxxxx の見解
Xxxxxxxx は,オルドナンス草案の規定が新しい射倖契約の定義を規定したとする。Xxxxxxxx は,x条がもはや利得ではなく,利益に着目したものであるとする(主張①)。そして,このオルドナンス草案を読むと,利益又は損失は,保険者,契約者,そして第三者(被保険者死亡の場合の保険金受取人)についても考慮可能であるとし(主張②),そうすると,2000年代にこのような条文が適用可能であったら,投資保険の性質決定の問題は起きなかっただろうと述べる37)。
1-3.Leduc の見解38)
⑴ Xxxxxxxx の見解への反論
Xxxxx は,上記の Xxxxxxxx の見解に反論する。第⚑に,オルドナンス草 案が⽛利得⽜ではなく⽛利益⽜に着目していて,もはや利得について考える 必要がないという点(主張①)に関してである。Leduc は,旧1964条が使っ ていた⽛期待される利益及び損失⽜という表現は旧1104条の言及していた利 得の機会と損失の危険に呼応するものであり,オルドナンス草案において, 利得の機会と損失の危険が射倖契約の定義から離れたと確信できないという。第⚒に,利益又は損失は,第三者のもとでも評価できるという点(主張②) に関してである。まず,分類というのは,カテゴリーが同じ観点から構成さ れているときにのみ意味があるところ,実定契約に関するオルドナンス草案 1106条⚑項は明らかに当事者に着目しており,第三者に着目していない。し たがって,⚒項も当事者という同じ観点から射倖契約のカテゴリーを構成し
37) XXXXXXXX (J.), « Projet de réforme du droit des contrats : vers une nouvelle définition du contrat aléatoire », RGDA 2015, p. 169.
38) LEDUC(F.), op. cit. (36), p. 895 et s..
なければならない。したがって,不確定な事象による利益及び損失に関する 効果(Xxxxx によれば,それは利得の機会と損失の危険である。)というの は,当事者内で評価されなければならない。次に,その延長線上の問題とし て,保険契約に期待される利益及び損失は期待される対価と承諾された経済 的犠牲との最終的なバランスと関連するところ,契約の相対性原則によると,第三者はなんら給付が義務付けられない。
⑵ カタラ草案・テレ草案・オルドナンス草案
次に,Xxxxx は,草案1106条の示した定式はxx的ではないという。というのも,Kullmann は経済的偶然性の双方性の要求が同条では廃止されているというが,他の論者39)は,同条が反対の結論を可能にすると指摘しているからである。そこで,この経済的偶然性の双方性/一方性の問題を検討するために,Xxxxx は,カタラ草案,テレ草案そしてオルドナンス草案の比較検討を行う40)。まず,カタラ草案1102-3 条⚒項とオルドナンス草案1106条⚒項は,⽛契約は,当事者が,合意された対価の等価物を求めることなく,…ときは,射倖的である。⽜の部分は共通しているが,…の部分が異なっている。すなわち以下の通りである。
カタラ草案 | 各当事者又は当事者のうちの特定の者にとって,不確定な事象による利得(gain)又は損失の機会を承諾する |
オルドナンス草案 | 期待される利益(avantages)及び損失に関して,その効果を不確定な事象にかからしめることを承認する |
39) ここでいう他の論者とは,XXXXXX(P.), « Aléa et qualification du contrat d’ assurance sur la vie »,in L’aléa,Association Xxxxx Xxxxxxxx, Journées nationnales,
t. 14, Le Mans,Dalloz, coll. Thèmes & commentaires, 2011, p. 57である。
40) 時系列的には,カタラ草案(2005年),テレ草案(2008年~),司法省のオルドナンス草案(2015年)である(xxほか・前掲注5))。カタラ草案については,xxxx⽛フランス債務法及び時効法改正草案構想(avant-projet) カ
カタラ草案は,⽛各当事者又は当事者のうちの特定の者にとって⽜としているので,経済的偶然性が双方的な場合と一方的な場合を対象としている。 Leduc は,オルドナンス草案の起草者がカタラ草案から着想を得ているとしても,カタラ草案とは逆に,射倖契約の性質決定を経済的偶然性の双方性に依らせることを起草者が望んだなら,解釈を引き起こすような省略形よりもむしろ, ⽛各当事者によって期待される利益及び損失⽜のように ,もっと明確に説明しただろうという41)。ところで,テレ草案⚙条は,⽛契約から生ずる利益又は損失が不確定な事象にかかっていることが合意されているとき42)⽜には,当該契約は射倖契約であるとしている。Xxxxx によれば,これはカタラ草案1102-3 条の精神から離れようとしているのではなく,単なる編集軽減への配慮であろうとされ,オルドナンス草案1106条における双方的経済的偶然性の要請を維持する証拠としては決定的ではないという43)。
Xxxxx は,結局,オルドナンス草案1106条が,経済的偶然性を双方的に有する契約も,一方的に有する契約も射倖契約としていると理解し,旧1964条が述べていることと変わりないから,革新的なところはないという44)。
⑶ 射倖契約の二元性と保険契約の射倖契約性
オルドナンス草案1106条を上記のように理解すると,射倖契約が⚒つのタイプに分かれることになる45)。Xxxxx は,射倖契約の二元性を指摘する
タラ草案 試訳(1)⽜三重大学法経論叢26巻⚒号(2009年)145頁以下の連載がある。
41) LEDUC(F.), op. cit. (36), p. 897.
42) LEDUC(F.), op. cit. (36), p. 897によれば,原文は « lorsque’ il est convenu que les avantages ou les pertes qui en résulteront dépendront d’un événement incertain » である。
43) Ibid.
44) Ibid.
45) このような射倖契約がさらに区別されるとの見解は新しくない。例えば,xxxx⽛射倖契約における損益の不確定性⽜同⽝射倖契約の法理 リスク移転型契約に関する実証的研究 ⽞(xx出版,2011年)27頁以下(初出:法学政
Xxxxxxxx の見解46)を参照したうえで, とくに,⽛契約当事者の一方のみが,他方当事者がリスクの対価として与える額と引換えに,他方当事者のためにそのリスクにさらされる⽜という Portalis の言葉を受けて ,保険に関しては,次のように説く47)。
まず,保険契約者・被保険者について考察される。リスクが実現した場合,被保険者は契約としては何ら損失を被らない。被保険者は支払済保険料より も多くの補償を受け取るからである。他方で,リスクが実現しなかった場合,被保険者は何も受け取らないが,保険料を無駄に支払ったというわけではな く,その対価として,サービスを受けている48)。すなわち,契約期間中,保 険者による保障の利益を受けており,安心を得ているのである。そのため, 被保険者は決して損失の危険にさらされない。したがって,被保険者の観点 からすると,保険契約は,厳密に言えば,利得の機会と損失の危険を生み出 さないのである。
次に,保険者について考察される。保険事業の集団レベルでは,保険技術によって,反・射倖的であるが,独立する個別の保険契約のレベルではそうはならない49)。保険契約は,保険者にとっては,利得の機会と損失の危険を
xx論究51号〔2001年〕)が紹介する Xxxxxxx の見解である。
46) XXXXXXXX ( J. -E. -M. ), « Présentation au Corps législatif du titre intitulé “ Des contrats aléatoires” », in FENET(P. -A.), Recueil complet des travaux preparations du Code civil, t. 14, Xxxxxxx, 0000, p. 535 et 536が引用されている。
47) 以下に関しては,LEDUC(F.), op. cit. (36), p. 897 et 898.
48) この点,xxすると,保障自体が給付であると捉えているようにも思えるが, Xxxxx が Mayaux や Kullmann が採用しているような債務二元論に変更したと 評価することはできないように思われる。なお,Xxxxx は保障債務の自律性を 否定する立場であることにつき,拙稿・前掲注(4)57頁以下参照。
49) ところで,ABRAVANEL-JOLLY(S.), op. cit.(12), p. 11は,射倖性から生ずる不確定性は契約当事者にとって損失又は利得の機会をもたらすと⽛想定される⽜(原文が強調)と,やや微妙な表現をしている。というのも,保険契約者は利得の機会よりも安心という利益を求めるからであり,保険者に関して言うと,一人の保険契約者に対してではなく,保険取引の全体的な結果を評価するからであるという。Xxxxx は,直接この文献を引用して批判しているわけでは
生み出す。すなわち,リスクが実現しなければ,保険者は受領した保険料の対価をまったく支払わず(利得),他方で,リスクが実現すれば,保険者は受け取った保険料とは比べ物にならない額を支払わなければならなくなる
(損失)。
Xxxxx は,最後に次のようにまとめる50)。草案が提案する1106条によれば,保険契約は,当事者の一方(保険者)のみが経済的偶然性にさらされる射倖 契約である。しかし,破毀院が保険契約であると性質決定している⽛投資保 険⽜契約は1106条の意味における射倖契約ではない。というのも,その契約 は保険者に対して何ら利得又は損失の機会を作り出さないからである。とい うわけで,実定契約・射倖契約の境界線という問題はまだ残ることになる。
⚒.債務法改正後の規定の状況
改正後の民法典における射倖契約に関する規定は,以下のとおりである51)。
第⚓編 所有権を取得する様々な仕方第⚓章 債務発生原因
第⚑小章 契約
第⚑節 冒頭規定
第1108条52)
契約は,当事者のそれぞれが他方に対して,自らが受ける利益の等価物とみなされる利益を給付することを約するときは,実定的である。
ないが,このような理解は Xxxxx の批判(保険取引全体と個別の保険契約を区別せよ。)が妥当するものと思われる。
50) LEDUC(F.), op. cit. (36), p. 898.
51) 訳語は,xxほか・前掲注5)285頁〔xx〕を参照した。
52) 原文は,以下のとおりである。
Le contrat est commutatif lorsque chacune des parties s’engage à procurer à l’autre un avantage qui est regardé comme l’équivalent de celui qu’elle reçoit. I l est aléatoire lorsque les parties acceptent de faire dépendre les effets du contrat, quant aux avantages et aux pertes qui en résulteront, d’un événement
契約は,当事者が,契約から生じる利益及び損失に関して,その効果を不確定な事象にかからしめることを承認するときは,射倖的である。
第12章 射倖契約第1964条 削除
第⚑節 競技及び賭事 第⚒節 終身定期金契約
ここで,変更があった部分を確認しておこう。
まず,大きな変更点として,⽛第12章 射倖契約⽜の冒頭の規定である旧 1964条が削除された53)。このため,射倖契約を定義づける条文が1108条のみとなった。また,旧1964条が削除されたことにより,保険契約が射倖契約であることは条文上からは明らかでなくなった。
それでは,旧1104条と1108条の違い,という細かな点を確認することにしよう。比較のため,条文を再掲する。
<射倖契約の定義:新旧の条文比較>
改正前 | 契約は,等価物が当事者のそれぞれにとって不確定な事象による利得又は損失の機会に存するときは,射倖的である。 Lorsque l’ équivalent consiste dans la chance de gain ou de perte pour chacune des parties, d’ après un événement incertain, le contrat est aléatoire. |
改正後 | 契約は,当事者が,契約から生じる利益及び損失に関して,その効果を不確定な事象にかからしめることを承認するときは,射倖的である。 I l est aléatoire lorsque les parties acceptent de faire dépendre les effets du contrat, quant aux avantages et aux pertes qui en résulte- ront, d’ un événement incertain. |
incertain.
53) Rapport au Président de la République relatif à l’ordonnance n° 2016-131 du 10
⚓.保険法学説の反応
3-1.保険契約の射倖契約性を疑わない見解
Yxxxxx Xxxxxxx-Xxxxxx et Xxxxxxx Xxxxxxxx は,⽛民法典の起草者は射倖契約に関する1964条に保険契約を掲げるにとどめて,この性質〔射倖契約性〕を単に認めていた。2016年⚒月10日のxxxxxxによる契約法改正の時に,本条は削除され,射倖契約はもはや民法典新1108条⚒項に唯一の定義しか有しない。…保険契約は今後もはや民法典において明白には名前を挙げられていなくても,それは常に本法典が存在を言及し続ける射倖契約の一つであり,2016年改正はきっと保険契約からこの性質を取り除く目的を有しなかった。⽜と述べる54)。また,Bernard Beignier et Xxxxx Xxx Xxxx Xxxxx は,
⽛たとえ民法典がもはや明白に言及していないとしても,保険契約は生来の射倖契約である⽜55)と述べる。
3-2.Xxxxxx の見解56)
Xxxxxx は,改正後57)も保険契約がレジオンの取消対象とならないことを
février 2016 portant réforme du droit des contrats, du régime général et de la preuve des obligations (JO, 11 févr. 2016)によると,射倖契約の定義に関する旧1964条は,1108条⚒項による新たな定義を考慮して,削除されたという。この説明は,調整規定の章にあるので,旧1964条は調整のために削除されたとみるのが良いだろう。
54) XXXXXXX-XXXXXX(Y.) et LEVENEUR(L.), Droit des assurances, Xxxxxx, 14e éd., 2017, n° 246, p. 208.
55) BEIGNIER (B. ) et XXX XXXX XXXXX(S. ), Droit des assurances, 3 e éd., LGDJ, 2018, n° 186, p. 197.
56) XXXXXX(L.), « La contrepartie dans le contrat d’assurance », RGDA 2017, n° 5, p. 641. なお,本論文の翻訳として,xxxx・xxxxxxx(訳)
⽛保険契約における対価⽜名城法学70巻⚒号(2020年)⚑頁以下がある。
57) 民法典1168条は,⽛双務契約においては,給付の均衡の欠如は,契約の無効原因ではない。ただし,法律に別段の定めがある場合は,この限りでない。⽜と定める(訳語に関しては,xxほか・前掲注5)295頁〔xxxx〕に依った。)。なお,改正後のレジオンに関しては,xxxx・xxxxx(訳)
指摘するという文脈において,次のように述べる。保険契約は,1108条⚑項の定める実定契約の定義に合致する。同条同項における⽛利益⽜は,他の条文の用語法と同じく,契約に期待する経済的効用であるが,射倖契約の定義を定める同条⚒項の⽛利益⽜は, ⽛利益及び損失⽜との定めからわかるように ,損失と対になる⽛利得⽜を意味する58)。そうすると,保険契約における利得を,保険者から実際に受け取ったものから,支払済保険料を差し引いたものであるという偏狭な見方で理解すると,保険契約は,1108条⚑項にいう実定契約であるとともに,同条⚒項にいう射倖契約でもあるということになる。そのため,Mayaux は,改正法が保険契約の射倖契約性という問題をヨリ不明瞭にしたと評価する。なお,Mayaux によれば,保険契約がレジオンによる取消の対象とならないのは,単に,⽛法律に別段の定め⽜がないからであるとされ,レジオンによる取消を認めると被保険者の保障がなくなるので,保険契約には不適合であるとされる59)。
3-3.Xxxxxxxx の見解60)
Xxxxxxxx は,条文の文言の変化に関しては,前述(Ⅲ1-2 )と同様の見解を述べる61)。そして,1108条の下では,利得又は損失の機会が全く保険者に課されない保険に関する議論は,次のようになるという。すなわち,⽛保険の給付に関する最終的な受益者に関する不確定性は,生命保険契約を新 1108条の意味における射倖契約のひとつに数えることを可能にする。その点
⽛Ⅳ 契約における均衡⽜慶應法学38号(2017年)191頁以下参照。
58) ABRAVANEL-JOLLY(S.), Droit des assurances, ellipses, 3 e éd., 2020, n° 21,
p. 12も,⽛民法典の意味において,契約に偶然性があるのは,利得又は損失の機会に不確定性がある場合のみであろう⽜と述べており,文言上⽛利益⽜であってもなお,⽛利得⽜の意味に解している。なお,Xxxxxxxxx-Xxxxx は,新1108条の定義も投機的でない保険契約には適合しないと評価するようである。Ibid.
59) MAYAUX(L.), op. cit. (56), n° 6, p. 641.
60) XXXXXXXX(J.), « Le contrat d’assurance et le nouvel aticle 1108 du Code civil:commutatif et/ou aléatoire ? »,RGDA 2018, p. 64 et s..
61) XXXXXXXX(J.), op. cit. (60), p. 64 et 65.
については,同条を例えば次のように読むことができよう。⽝契約は,保険者及び保険契約者が,それらの者又は保険金受取人にとっての契約から生じる利益及び損失に関して,その効果を不確定な事象,すなわち,死亡又は生存にかからしめることを承認するときは,射倖的である。⽞⽜62)。
そして,Xxxxxxxx は,1108条の下での保険契約の二重の性質決定の可能 性を検討する。1108条⚑項は,⽛契約は,当事者のそれぞれが他方に対して,自らが受ける利益の等価物とみなされる利益を給付することを約するときは,実定的である。⽜と定めている。保険契約が締結されるとき,一方の利益は,保険者の受け取る保険料であることは明らかであるが,保険契約者・被保険 者がこの時に,支払済金額の等価物とみなされる利益を受け取るのだろうか という問いを立てる。この点について,Xxxxxxxx は,保障債務(l’ obliga- tion de couverture)を認め,⽛実定性は明らかである。というのも,保険者 がその保障債務を提供したらすぐに,被保険者はこの債権を,部屋を賃貸す るため,専門的活動をするため,融資を得るため等に,利用することが可能 になるだろうからである。⽜63)と述べる。
結局,Xxxxxxxx は,民法典の改正が1108条の奇妙な適用を導いたとする64)。すなわち,保険契約は,①保険料の支払と保障の提供という双方向的な義務を理由に,実定的であると同時に,②事象に関する不確定性が支払義務の中心にあることから,射倖的でもある。
⚔.小 括
改正法によって,射倖契約の定義規定が一元化された結果,従来の定義規定矛盾問題は解消された。ただ,すべての問題がクリアになったわけではない。旧1104条の⽛利得⽜から1108条の⽛利益⽜への文言変化についても,未だにそれは⽛利得⽜を意味するという理解と,それはもう⽛利得⽜ではなく
62) XXXXXXXX(J.), op. cit. (60), p. 65.
63) XXXXXXXX(J.), op. cit. (60), p. 66.
64) Ibid.
⽛利益⽜であるとする理解がある。また,旧1104条は経済的偶然性の双方性を要求していたが,1108条は定かではない。それどころか,契約当事者でなくてもよいとする見解が成り立ちうるようになっている(保険金受取人が第三者である場合も含まれ得る。)。
Xxxxxx と Xxxxxxxx は,ともに,保険契約の二重カテゴライズ問題に言及しているが,同じ理解というわけではなさそうである。まず,両者は,保障給付概念を承認するので,保険料の等価物としての保障給付に着目すると実定契約となる点については共通しているといえる。他方で,射倖契約性について,Mayaux は,1108条⚒項の⽛利益⽜を⽛利得⽜と解し,その利得の意味を保険契約者側が受け取った給付から支払済保険料を控除したものと理解すると65),射倖契約となり得ると指摘する。他方で,Xxxxxxxx は,同条同項の⽛利益⽜を利得とは理解していないが,事象の偶然性によって射倖契約性を導く66)。
Ⅳ.おわりに
保険契約の射倖契約性の問題は,改正前に存在した射倖契約の定義規定問題(旧1104条と旧1964条とのズレ),保険契約は民法典の定める射倖契約の定義に合致するのかという問題,保険契約と性質決定するための要素は何かという問題が複雑に絡んでいるために,議論がまさに錯綜しているのだと思われる。
2016年改正によって射倖契約の一つとして保険契約を掲げていた旧1964条が削除され,旧1104条も1108条に形を変えた。しかし,この改正は,保険契約の射倖契約性に関する議論に終止符を打ったわけではない。定義規定のズレ問題は解消されたものの,1108条の解釈次第では,保険契約が実定契約か
65) Xxxxxx はこの理解について,偏狭な見方であるとしているので,1108条⚒項の⽛利益⽜を⽛利得⽜と解した結果,二重性質決定になることを批判しているようである。
66) Xxxxxxxx は,経済的偶然性は不要であるという立場であった。
つ射倖契約であるとの性質決定が可能であるという,奇妙な状況に陥っている。ところで,2004年破毀院判決は,貯蓄型生命保険契約を保険契約と性質決定する際に,旧1964条を参照していた。改正法下ではおそらく1108条が参照されることになろうが,この点の確認・検討は今後の課題となろう。
本稿で扱った学説は限られたものであり,甚だ不充分であるが67),この錯綜した議論の理解の一助となれば幸いである。
(筆者は名城大学法学部准教授)
67) 例えば,Xxxxx が批判の対象としている事象の偶然性のみに依拠する見解群の検討(例えば,BIGOT(J.), Traité de droit des assurances,t. 3, Le contrat d’ assurance, BIGOT(J.)(dir.), LGDJ, 2002, nos 99 et s., p. 63 et s..)や,改正法の検討を行う XXXXXXX(V.), «Nouvelle definition du contrat aléatoire et contrats d’ assurance : pour un rattachement au droit des affaires ? », Études à la mémoire de Xxxxxxxx Xxxx-Xxxxx, LGDJ, 2018 p. 745 et s.がある。