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第3 債務不履行による損害賠償
1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化(民法第4
15条)
(1) 履行不能による填補賠償における不履行態様の要件(民法第415条後段)
履行請求権の限界事由(前記第2,3)との関連性に留意しつつ,「履行をすることができなくなったとき」という要件(民法第415条後段)の具体的内容として,物理的に履行が不能な場合のほか,履行が不能であると法的に評価される場合も含まれるとする判例法理を明文化する方向で,更に検討してはどうか。
【部会資料5-2第2,2(1)[21頁]】
(2) 履行遅滞に陥った債務者に対する填補賠償の手続的要件
履行遅滞に陥った債務者に対する填補賠償の要件として解除が必要か否かは,現行法上不明確であるが,この点に関しては,解除することなく履行請求権と填補賠償請求権を選択的に行使できるようにすることが望ましいという考え方がある。このような考え方に基づき,履行遅滞に陥った債務者に対して,相当期間を定めて催告をしても履行がない場合(民法第5
41条参照)等には,債権者は,契約の解除をしなくても,填補賠償の請求をすることができるものとしてはどうか。
【部会資料5-2第2,2(2)[22頁]】
(3) 不確定期限付債務における履行遅滞の要件(民法第412条)
学説上確立した法理を明文化する観点から,不確定期限付債務における履行遅滞の要件としては,債務者が期限の到来を知ったこと(民法第41
2条第2項)のほか,債権者が期限到来の事実を通知し,これが債務者に到達することをもって足りるものとしてはどうか。
また,不法行為による損害賠償債務は,損害の発生と同時に遅滞に陥るとする判例法理の当否やその明文化の要否等について,検討してはどうか。
【部会資料5-2第2,2(3)[24頁]】
(4) 履行期前の履行拒絶
債務者が履行期前に債務の履行を終局的・確定的に拒絶すること(履行期前の履行拒絶)を填補賠償請求権の発生原因の一つとすることに関しては,契約上の履行期に先立つ履行請求を認めることに類似し,債権者に契約上予定された以上の利益を与えることになるのではないかとの意見がある一方で,履行期前の履行不能による填補賠償請求が認められる以上,履行期前の履行拒絶による填補賠償請求も認めてよいなどという意見があった。また,効果として,反対債務の先履行義務の消滅を認めるべきである
という意見もあった。これらの意見を踏まえて,債権者に不当な利益を与えるおそれに留意しつつ,履行期前の履行拒絶により填補賠償が認められるための具体的な要件の在り方や,填補賠償及び後記の解除(後記第5,
1(3)参照)以外の効果の在り方について,更に検討してはどうか。
【部会資料5-2第2,2(4)[25頁]】
(5) 追完の遅滞及び不能による損害賠償
追完請求を受けた債務者が追完を遅滞した場合や追完が不能であった場合における追完に代わる損害賠償の要件については,追完方法の多様性等を考慮した適切な要件設定等が可能かどうかという観点から,契約各則における担保責任の検討と併せて,更に検討してはどうか。
【部会資料5-2第2,2(5)[26頁]】
(6) 民法第415条前段の取扱い
前記(1)から(5)までのように債務不履行による損害賠償の要件の具体化・明確化を図ることとした場合であっても,「債務の本旨に従った履行をしないとき」(民法第415条前段)のような包括的な要件は維持するものとしてはどうか。
【部会資料5-2第2,2(6)[27頁]】
【意見】
1 中間的な論点整理第3,1(6)については,民法第415条前段の
「債務の本旨に従った履行をしないとき」という要件を維持することに賛成である。
2 中間的な論点整理第3,1(1)ないし(5)のように,損害賠償の要件を細分化して規定することには,反対である。
【理由】
民法第415条前段の「債務の本旨に従った履行をしないとき」という要件は,現状の実務において特段の不都合をもたらしておらず,むしろ多様な事態に柔軟に対処するという機能を有しており,この要件を細分化して規定すると,紛争解決基準として硬直的になる危険がある。
第3 債務不履行による損害賠償責任
2 「債務者の責めに帰すべき事由」について(民法第415条後段)
(1) 「債務者の責めに帰すべき事由」の適用範囲 |
「債務者の責めに帰すべき事由」という要件が民法第415条後段にの み置かれている点に関して,同条後段が規定する履行不能とそれ以外の債 |
務不履行を区別せず,統一的な免責の要件を定める方向で,更に検討してはどうか。 【部会資料5-2第2,3(1)[28頁]】 |
【意見】
「債務者の責めに帰すべき事由」という免責要件について,履行不能のみならず,それ以外の債務不履行も含めた統一的な免責の要件とすることに,賛成である。
【理由】
履行不能以外の債務不履行についても,免責要件が適用されると解するのが合理的であるし,現実の取引社会でもそのように解されている。
第3 債務不履行による損害賠償
2 「債務者の責めに帰すべき事由」について(民法第415条後段)
(2) 「債務者の責めに帰すべき事由」の意味・規定の在り方 |
「債務者の責めに帰すべき事由」の意味は,条文上必ずしも明らかではないが,伝統的には,債務不履行による損害賠償責任の帰責根拠を過失責任主義(故意・過失がない場合には責任を負わないとする考え方)に求め, 「債務者の責めに帰すべき事由」の意味を,故意・過失又はxxx上これと同視すべき事由と解する見解が通説とされてきた。これに対し,判例は,必ずしもこのような帰責根拠・判断基準を採用しているわけではなく,また,「債務者の責めに帰すべき事由」の意味を,契約から切り離された債務者の不注意と解しているわけでもないという理解が示されている。このような立場から,「債務者の責めに帰すべき事由」の意味も,帰責根拠を契約の拘束力に求めることを前提として検討すべきであるとの見解が提示された。他方で,帰責根拠を契約の拘束力のみに求めることについては,それが取引実務に与える悪影響を懸念する意見もあった。これに対しては,ここでいう「契約」が,契約書の記載内容を意味するのではなく,当事者間の合意内容を,当該合意に関する諸事情を考慮して規範的に評価 することにより導かれるものであるとの指摘があった。 |
以上の議論を踏まえ,債務不履行による損害賠償責任の帰責根拠を契約の拘束力に求めることが妥当かという点や,仮に帰責根拠を契約の拘束力に求めた場合には,損害賠償責任からの免責の処理はどのようにされることが適切かという点について,判例の立場との整合性,取引実務に与える影響,債務の種類による差異の有無等に留意しつつ,更に検討してはどう か。 |
その上で,「債務者の責めに帰すべき事由」という文言については,債務 不履行による損害賠償責任の帰責根拠との関係で,この文言をどのように |
理解すべきかという検討を踏まえ,他の文言に置き換える必要があるかどうか,また,それが適当かどうかという観点から,更に検討してはどうか。その際,文言の変更が取引実務や裁判実務に与える影響,民法における法定債権の規定に与える影響,その他の法令の規定に与える影響等に留意しながら,検討してはどうか。 【部会資料5-2第2,3(2)[28頁]】 |
【意見】
「債務者の責めに帰すべき事由」という文言を維持することに賛成であり,他の文言に置き換えることには反対である。
【理由】
債務不履行責任の根拠が契約の拘束力に求められ,その契約規範の内容が,契約書の記載だけでなく,規範的な評価によって決まる,という意見自体は,首肯できる。しかし,民法第415条前段の「債務者の責めに帰すべき事由」という表現は,取引社会において,「債務の履行をする上で支障となる特殊な事由が生じたとき,それでも債務を履行すべきか,債務の履行を免れるか」という意味で,まさに契約による責任の範囲に関するものとして浸透しており,紛争解決規範として適切に機能している。契約によるリスク分配を強調する表現を用いると,契約書の記載などが過度に重視されるかのような誤解を与え,かえって,取引社会に混乱をもたらす懸念がある。したがって,民法第415条前段の「債務の本旨に従った履行をしないとき」という要件を維持するべきである。
第3 債務不履行による損害賠償
3 損害賠償の範囲(民法第416条)
(1) 損害賠償の範囲に関する規定の在り方 |
損害賠償の範囲を規定する民法第416条については,その文言から損害賠償の範囲に関する具体的な規範を読み取りづらいため,規定を明確にすべきであるという意見があることを踏まえて,判例・裁判実務の考え方,相当因果関係説,保護範囲説・契約利益説等から導かれる具体的準則の異同を整理しつつ,損害賠償の範囲を画する規律の明確化の可否につい て,更に検討してはどうか。 |
【部会資料5-2第2,4(1)[34頁]】 |
(2) 予見の主体及び時期等(民法第416条第2項) |
損害賠償の範囲を画する基準として当事者の予見を問題とする立場(民 法第416条第2項等)においては,予見の主体と時期が問題となるが,民法の条文上はその点が不明確である。 |
まず,予見の主体については,債務者とする裁判実務の考え方と両当事者とする考え方のほか,契約当事者の属性に応じた規定を設けるべきであるという意見があったことを踏まえて,前記(1)の検討と併せて,更に検討してはどうか。また,予見の時期については,不履行時とする裁判実務の考え方と契約締結時を基本とする考え方等について,損害の不当な拡大を防止する必要性に留意しつつ,前記(1)の検討と併せて,更に検討してはど うか。 |
【部会資料5-2第2,4(2)[40頁]】 |
(3) 予見の対象(民法第416条第2項) |
予見の対象を「事情」とするか「損害」とするか,「損害」とする場合には損害額まで含むのかという問題は,損害賠償の範囲について予見可能性を基準とする規範を採用することの当否と関連することを踏まえて議論すべきであるという意見や,予見の対象の捉え方によっては損害賠償の範囲 (前記(1)等)と損害額の算定(後記(5))のいずれが問題になるかが左右される可能性があるという点に留意する必要があるとの意見があった。そこで,これらの意見に留意した上で,予見の対象について,更に検討して はどうか。 |
【部会資料5-2第2,4(2)(関連論点)1[42頁]】 |
[提案(4)は別項で意見を述べるため,省略した。] |
(5) 損害額の算定基準時の原則規定及び損害額の算定ルールについて |
損害額の算定に関する各種の判例法理の明文化については,これらの判例に基づいて物の価額を賠償する場合を想定した一般原則を置くことが妥当かどうかという観点から,損害賠償の範囲に関する問題や債務不履行解 除の要件の問題等との関連性を整理しつつ,更に検討してはどうか。 |
この検討と関連して,物の引渡債務以外の債務に関する損害賠償の範囲や損害額の算定の規定の要否,履行期前の履行不能や履行拒絶に基づく填補賠償請求における損害額の算定の規定の要否について,更に検討しては どうか。 |
【部会資料5-2第2,4(3)[43頁],(4)[47頁],(5)[49頁], |
同(関連論点)[51頁]】 |
【意見】
1 中間的な論点整理第3,3(1)については,民法第416条の「通常生ずべき損害」という要件を維持することに賛成であり,これを変更することには反対である。
2 中間的な論点整理第3,3(2)及び(3)については,予見の主体を両当事者としたり,予見の時期を契約当時に限定したりするなど,予見の
主体・時期・対象について,過度に限定・細分化することは避けるという方向で,慎重に検討するべきである。
3 中間的な論点整理第3,3(5)については,物の価額を賠償する場合を想定した一般規定を置くこと,引渡債務以外の債務に関する損害賠償の範囲や損害額の算定の規定,あるいは履行期前の履行不能や履行拒絶に基づく填補賠償請求における損害額の算定の規定を設けることには,いずれも反対である。
【理由】
1 意見1について
損害賠償の範囲については,経済界の情勢,物価変動の傾向,取引慣行,当事者の属性・関係,目的物の種類・性質,立証の難易など種々の考慮要素を取り込み,最終的には「xxxxの理念に訴えて結論を導く他はない」
(xxx『新訂債権総論』121 頁(岩波書店,1964 年))もので,実務の現場でも多くの困難に出会う問題領域の一つとなっている。民法第416条の
「通常生ずべき損害」は,種々の要素を柔軟に取り込み,xx妥当な判断を可能とする要件として機能している。仮に,「通常生ずべき損害」という要件を外し,予見可能性さえあれば全て損害賠償の範囲に含まれるというルールを採用すると,損害賠償の範囲が過度に広がる場合がある。裁判実務上,予見可能性自体は認められる損害も,その一部が「通常生ずべき損害」でないとされ,損害の範囲が社会通念上妥当な範囲に縮減されることがあるが(大阪高判平成 9 年 3 月 28 日判時 1912 号 62 頁など),このような柔軟な限定が難しくなるからである。したがって,「通常生ずべき損害」は,「損害賠償の範囲に関する具体的な規範を読み取りづらい」(中間的な論点整理第3,3(1))と否定的にみるのでなく,その柔軟性を積極的に評価すべきである。
2 意見2について
前記1は,「通常生ずべき損害」を残しつつ,予見がなければ損害賠償の範囲に含まれないというルールを採用することを一切否定する趣旨まではない。しかし,その場合であっても,予見の内容を細分化せずに,規範的な解釈が可能な要件立てをすべきである。例えば,予見を契約当時の両当事者のそれに限定すると,長期的契約や契約上の地位の移転があった場合などに,損害賠償の範囲が過度に狭くなる懸念がある。
3 意見3について
たしかに,引渡債務の損害賠償の算定には一定の判例の蓄積がある。しかし,前記1で指摘したxx妥当な判断の必要から,「判例も,必ずしも一貫性があるようにはみえない枠組みの中で,債務者の予見可能性の有無以外の事情も考慮に入れて妥当な結論を導こうとしてきた」(xxxx『民法の世界』132 頁(商事法務,2007 年))。例えば,物の引渡債務については,価格高騰などを特別事情として,予見可能性を問題とするもの(最判昭和 37
年 11 月 16 日民集 16 巻 11 号 2280 頁など)がある一方,騰貴価格と契約価
格との差額を通常損害とするもの(最判昭和 36 年 4 月 28 日民集 15 巻 4 号
1105 頁など)もある。また,その中には事案が特殊なものも少なくない
(前記最判昭和 37 年 11 月 16 日民集 16 巻 11 号 2280 頁は,xxが不動産を故意に二重譲渡した事案である。)。したがって,判例のルールを条文文言に適切に表現できるのか疑問であるし,そもそもあえて条文化する必要性も感じられない。判例の蓄積に乏しい引渡債務以外の領域については,なおさらである。
第3 債務不履行による損害賠償
3 損害賠償の範囲(民法第416条)
(4) 故意・重過失による債務不履行における損害賠償の範囲の特則の要否 |
債務不履行につき故意・重過失がある場合には全ての損害を賠償しなければならないとするなどの故意・重過失による債務不履行における損害賠償の範囲の特則の要否については,これを不要とする意見,要件を背信的悪意や害意等に限定する必要性を指摘する意見,損害賠償の範囲に関する予見の時期を契約締結時とした場合(前記(2)参照)には特則を設ける意義があるという意見等があった。これらを踏まえて,上記特則の要否や具体的要件の在り方について,損害賠償の範囲に関する議論との関連性に留意 しつつ,更に検討してはどうか。 |
【部会資料5-2第2,4(2)(関連論点)2[42頁]】 |
【意見】
故意・重過失等による債務不履行における損害賠償の範囲を全ての損害とする特則は,これを不要とする意見に賛成する。
【理由】
債務不履行の悪質性が強い場合であっても,事実的因果関係の認められる
「全ての損害」について賠償責任を課すことは,債務者にあまりにも過酷な負担を負わせることになる。特に,単なる不履行事実の認識としての「故意」や,それすらない「重過失」を要件とする場合,社会に与える混乱は計り知れない。「害意等」に限定したとしても,やはり効果の重大性に比して要件が曖昧に過ぎる。さらに,不法行為においてすら,このような特則が設けられていないこととの整合性があるのか疑問がある。
仮に,このような行為の悪性に応じた損害賠償の範囲の特則を設けるとしても,それは制裁的な側面が強いから,不法行為において特則を設け,債務不履行に関しても,その不法行為における特則で規律すればよく,債務不履行の特則として規定を設ける必要はない。
第3 債務不履行による損害賠償
4 過失相殺
(1) 要件 |
過失相殺の適用範囲(民法第418条)については,債務不履行の発生について過失がある場合だけではなく,損害の発生や拡大について債権者に過失がある場合にも適用されるという判例・学説の解釈を踏まえ,これ を条文上明確にする方向で,更に検討してはどうか。 |
その際,具体的な規定内容に関して,例えば,債権者が債務不履行の発生や損害の発生を防ぐために合理的な措置を講じたか否かという規範を定立するなど,債権者の損害軽減義務の発想を導入するという考え方については,これに肯定的な意見と債権者に過度の負担を課すおそれがあるなどの理由から否定的な意見があった。そこで,これらの意見を踏まえ,債務不履行による損害賠償責任の帰責根拠に関する議論(前記第3.2(2))及び不法行為における過失相殺(民法第722条第2項)に関する議論との関連性や,損害賠償責任の軽減事由として具体的にどのような事情を考慮できるものとすべきかという観点に留意しつつ,この考え方の当否につ いて,さらに検討してはどうか。 |
また,債務者の故意・重過失による債務不履行の場合に過失相殺を制限する法理の要否や,債権者は債務者に対して損害の発生又は拡大を防止するために要した費用を合理的な範囲内で請求できる旨の規定の要否につい ても,検討してはどうか。 |
【部会資料5-2第2,5(1)[51頁]】 |
【意見】
1 過失相殺の適用範囲について,損害軽減義務の発想を導入することには反対である。
2 債務者の故意・重過失による債務不履行の場合に過失相殺を制限する法理や,債権者は債務者に対して損害の発生又は拡大を防止するために要した費用を合理的な範囲内で請求できる旨の規定を設けることには反対である。
【理由】
1 意見1について
過失相殺における「過失」とは,減額を適当とするような債権者側の事情という程度の意味にすぎず,他人に対する義務を前提とする帰責事由とは異なる。このような理解のもと,過失相殺における「過失」には様々は判断要素が取り込まれ,債権者と債務者間の損害負担をxx妥当に調整することが可能となっている。過失相殺が損害の発生や拡大について債権者に過失がある場合にも適用されることを条文上明確にする方向で検討をすすめる場
合であっても,かかる損害調整機能を損なわないように配慮される必要がある。
このような観点からみると,債権者の「損害軽減義務」という発想は,一方において,債権者に高度の義務があることを前提としているようにみえるため,債権者に過度の負担を課す解釈がなされる懸念があり,他方において,債権者の義務とまではいいにくい判断要素を取り込みにくくなるため,過失相殺の損害調整機能を硬直化させるおそれがある。したがって,債権者の「損害軽減義務」という発想は導入すべきではない。
2 意見2について
債務者の故意・重過失による債務不履行の場合に過失相殺を制限する法 理については,中間的な論点整理第3,3(4)に対する意見でも述べた とおり,「故意・重過失」にすぎない債務者に過酷な負担を負わせるのは 適当ではない上,不法行為において,このような特則が設けられていない こととの整合性が問題になる。また,「故意・重過失」という要件によっ て過失相殺を制限すべき場面を括り出すことができるか疑問があり,かえ って判断の硬直化を招く危険があるところ,結局,中間的な論点整理第3,
4(2)において,過失相殺の斟酌の要否を「任意的」とするならば,そこでの裁判官の裁量に委ねれば十分であり,あえてこの法理を規定する必要があるのか疑問である。
債権者が債務者に対して損害の発生又は拡大を防止するために要した費用を合理的な範囲内で請求することについては,損害の範囲ないし因果関係によって規律すべきである。
第3 債務不履行による損害賠償
4 過失相殺
(2) 効果 |
過失相殺の効果は必要的減免とされている(民法第418条)が,これ を任意的軽減に改めるべきかについて,要件に関する議論(前記(1))と併せて,更に検討してはどうか。 |
【部会資料5-2第2,5(2)[55頁]】 |
【意見】
過失相殺の効果を「必要的」から「任意的」に改めるとの意見に賛成である。
【理由】
債務者の非難の程度と比較して債権者の過失が軽微である場合等,債権者の過失の存在が証拠上認められてもこれを斟酌しないことが相当である場合もあるため,「任意的」斟酌として過失相殺による損害調整機能を最
大限尊重すべきである。
また,「減免」を「軽減」に改める点については,不法行為との平仄を合わせるため,同じ文言とすることが「わかりやすい民法」に資することから賛成とする意見がある一方,責任免除の可能性を排除すべきでないことから反対(「任意的減免」とすべき)とする意見があった。
第3 債務不履行による損害賠償
5 損益相殺
裁判実務上,債務不履行により債権者が利益を得た場合には,その利益の 額を賠償されるべき損害額から控除すること(損益相殺)が行われており,これを明文化するものとしてはどうか。 |
【部会資料5-2第2,6[56頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
実務上,損益相殺は行われているところであり,明文化に賛成するが,債権者と債務者間の損害調整機能を損なわないように債権者が得た利益を斟酌することが裁量である点を明確にする等,慎重に条文の文言を検討すべきである。
第3 債務不履行による損害賠償
6 金銭債務の特則(民法第419条)
(2) 効果の特則:利息超過損害の賠償について |
金銭債務の不履行における利息超過損害の賠償請求を一般的に否定する判例法理の合理性を疑問視し,利息超過損害の賠償請求が認められることを条文xxxすべきであるという考え方に関しては,消費者や中小企業等が債務者である事案において債務者に過重な責任が生ずるおそれがあるとの指摘があったが,他方で,上記の考え方を支持する立場から,債務不履行による損害賠償の一般法理が適用されるため,損害賠償の範囲が無制限に拡張するわけではないとの指摘があった。これらの意見を踏まえて,利息超過損害の賠償請求を認める考え方の当否について,更に検討してはど うか。 |
【部会資料5-2第2,7(2)[58頁]】 |
【意見】
いわゆる金銭債務の不履行に関する利息超過損害について,債権者がこれ
を主張し証明ができたならば賠償を認めるという意見に賛成である。ただし,債務不履行による損害賠償責任の一般的要件に加え,例えば悪意ないし害意 といった要件を追加するなどして,一定の限定を設けることを条件とする。
【理由】
金銭債務の不履行の損害賠償の範囲は,原則として,利息相当額の損害に とどめ,弁護士費用その他の取立費用や金銭の運用による逸失利益等は,含 まれないとするのが妥当である。ただし,債務不履行の悪性が強い場合には,弁護士費用その他の取立費用の賠償を認めるべき場合もあると思われ,現に,裁判実務では,このような場合,不法行為責任によって,弁護士費用などの 賠償が認められることがある。金銭の運用による逸失利益なども,不履行に 陥った原因,金銭債務と資金使途の関連性の強弱及び債権者と債務者の関係 などを考慮し,債権者の資金使途等と当該金銭債務に一定の牽連関係がある といえる場合は,賠償の範囲に含めることが妥当な場合もある。したがって,金銭債務の不履行による利息超過損害を一律に否定すべきではない。ただし,これを肯定するとしても,通常の債務不履行の要件に,例えば悪意ないし害 意といった要件を追加するなどして,一定の限定を付すべきである。
第5 契約の解除
(1) 催告解除(民法第541条)及び無催告解除(民法第542条,第54 3条)の要件及び両者の関係等の見直しの要否 催告解除及び無催告解除の要件としての不履行態様等及び両者の関係等に関しては,以下の各論点について,更に検討してはどうか。 ア 催告解除(民法第541条) ① 債務不履行解除制度全般における催告解除の位置付けに関しては,催告解除が実務上原則的な解除手段となっていることや,できるだけ契約関係を尊重するという観点などを理由に,現行法と同様,催告解除を原則とし,催告解除と無催告解除を別個に規定すべきであるという意見がある一方で,催告後相当期間が経過することで,無催告解除を正当化するのと同等の不履行の重大性が基礎づけられると考えれば,両者の要件を統一化することも理論上可能である旨の意見等があった。これらの意見を踏まえて,催告解除の位置付けについて,催告が取引実務において有する機能,催告解除の正当化根拠と無催告解除の正当化根拠との異同等に留意しつつ,更に検討してはどうか。 ② 判例が付随的義務等の軽微な義務違反の場合には,解除の効力を否定していることを踏まえて,この判例法理の趣旨を明文化する方向 で,更に検討してはどうか。 |
1 債務不履行解除の要件としての不履行態様等に関する規定の整序(民法第541条から第543条まで)
③ 前記②の判例法理の趣旨を明文化する場合の具体的な要件に関しては,不履行の内容によるものとする考え方と債務の種類によるものとする考え方があることについて,いずれの考え方においても不履行の内容や債務の種類等の様々な事情を総合考慮することに違いはなく,明文化するに当たっての視点の違いにすぎないとの意見があった。また,具体的な要件の規定ぶりに関しては,軽微な不履行を除くとする意見,重大な不履行とする意見,本質的な不履行とする意見,契約をした目的を達することができないこととする意見等があった。これらを踏まえて,前記②の判例法理の趣旨を明文化する場合における具体的な要件の在り方について,要件の具体性・明確性の程度が取引実務に与える影響に留意しつつ,更に検討してはどうか。 [提案④を省略した。] イ 無催告解除(民法第542条,第543条) 無催告解除が認められる要件の在り方については,定期行為の遅滞 (民法第542条)や履行不能(同法第543条)等,催告が無意味である場合とする意見,不履行の程度に着目し,重大な不履行がある場合とする意見,主たる債務の不履行があり,契約の目的を達成することができない場合とする意見等があったことを踏まえて,更に検討してはどうか。 【部会資料5-2第3,2(1)[62頁],(2)[72頁]】 【部会資料5-2第3,2(1)[62頁],(2)[72頁]】 |
【意見】
1 中間的な論点整理第5,1(1)ア①については,現行法と同様,催告解除を原則形態として残し,催告解除と無催告解除を別個に規定するという意見に賛成である。
2 中間的な論点整理第5,1(1)ア②の付随義務違反等の軽微な義務違反の場合には催告解除の効力が否定されることを明文化することに賛成である。ただし,中間的な論点整理第5,1(1)ア③にあるとおり,要件の具体的・明確性の程度が,実務に与える影響を慎重に検討すべきである。
3 中間的な論点整理第5,1(1)イについては,前記2の軽微な義務違反との差異が明らかになるように,「重大」な不履行がある場合に無催告解除ができるとする意見に賛成である。ただし,「重大」という曖昧な概念に包摂するのでなく,無催告解除が可能となる類型ごとに「重大」の具体的内容を書き分けるなど,できる限り明確性を高める方向で,慎重に検討すべきである。
【理由】
催告解除は,物の引渡しの納期違反や数量不足,金銭債務の履行遅滞や
金額不足など,履行遅滞型の不履行を中心に,相手方との契約を迅速に解消し,市場において新たな契約の相手方を探索することを可能にしており,解除の原則形態として維持されるべきである。
無催告解除は,債務者によって追完の機会も与えられないまま,契約の終了という重要な効果をもたらすものであるので,予見可能性の確保が必要不可欠であり,例えば「重大」といった曖昧な一般的基準を設けるのでなく,契約類型などに応じてその具体的内容や程度を書き分けるなど,予見可能性を高める必要がある。
第5 契約の解除
2 「債務者の責めに帰することができない事由」の要否(民法第543条)
解除は不履行をした債務者への制裁ではなく,その相手方を契約の拘束力から解放することを目的とする制度であると理解すべきであり,また,裁判例においても帰責事由という要件は重要な機能を営んでいないなどとして,解除の要件としての債務者の帰責事由を不要とする考え方がある。このような考え方については,これに理解を示す意見があった一方,現行法との連続性を確保することの意義,危険負担制度を維持する必要性,債務者が解除に伴う不利益を甘受すべき事情を考慮できる要件設定の必要性等の観点から否定的な意見があった。そこで,これらの意見を踏まえて,上記の考え方の当否について,催告解除及び無催告解除の要件となる不履行態様等の見直しに関する議論(前記1(1))との関連性に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料5-2第3,3[77頁]】 |
【意見】
解除の要件として「債務者の責めに帰することができない事由」を必要とし,また,解除と危険負担を併存させることに賛成である。
【理由】
ある債務が債務者の責めに帰すべからざる事由により履行不能になった場合に,反対債務の債務者が解除の意思表示によってのみ契約関係から離脱することができることにすると,過度の負担となる。例えば,労働契約のように継続的給付を内容とする契約において,震災などによる休業のように一定期間の給付の提供ができなくなった場合に,相手方が解除によってしか債務(賃金支払債務)を免れないというのは,現実的でない。ほかにも,ビルメンテナンス契約等についても同様のことが当てはまる。したがって,危険負担は,解除制度と併存させて維持すべきである。
第10 詐害行為取消権
2 要件に関する規定の見直し
(2) 取消しの対象ウ 偏頗行為 (ア) 債務消滅行為 判例は,債務消滅行為のうち一部の債権者への弁済について,特定の債権者と通謀し,他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合には詐害行為となるとし,また,一部の債権者への代物弁済についても,目的物の価格にかかわらず,債務者に,他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し,その債権者だけに優先的に債権の満足を得させるような詐害の意思があれば,詐害行為となるとしている。これに対し,平成16年の破産法等の改正により,いわゆる偏頗行為否認の時期的要件として支払不能概念が採用されたこと等に伴い,支払不能等になる以前に行われた一部の債権者への弁済は,倒産法上の否認の対象から除外されることになった。このため,債務消滅行為に関しては,平時における詐害行為取消権の方が否認権よりも取消しの対象行為の範囲が広い場面があるといった現象(逆転現象)が生じている。 こうした逆転現象が生じていることへの対応策として,①債権者平等は倒産手続において実現することとして,債務消滅行為については詐害行為取消しの対象から除外すべきであるとの考え方や,②倒産手続に至らない平時においても一定の要件の下で債権者平等は実現されるべきであるとして,特定の債権者と通謀し,その債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図で行った非義務的な債務消滅行為に限り,詐害行為取消しの対象とすべきであるとの考え方,③偏頗行為否認の要件(破産法第162条)と同様の要件を設けるべきであるとの考え方が示されているほか,④判例法理を明文化すべきであるとの考え方も示されている。 仮に詐害行為取消権の要件に関する規定を取消しの対象となる行為ごとに類型化して整理する場合(前記ア参照)には,債務消滅行為の取消しの具体的な要件について,以上の考え方などを対象として,更に検討してはどうか。 【部会資料7-2第2,3(2)ア[55頁],同(関連論点)[57頁]】 |
【意見】
②に賛成する。ただし,③に賛成するとの意見も少なからず存在した。
【理由】
詐害行為取消権が責任財産保全の制度であるとするならば,原則として,
債務者の責任財産を減少させない一部の債権者への弁済を詐害行為取消権の対象とする必要はない。しかし,債務者が特定の債権者と通謀し,かつ,その債権者だけに優先的に債権の満足を得させる目的で義務に属しない行為をした場合にまで詐害行為取消権の対象とならないとすることは,著しく公平に反する。
したがって,②が妥当である。
もっとも,○a 破産法は,偏頗行為否認に時期的要件を設けており(非義務行為について支払不能になる前30日以内にされたものだけが偏頗行為否認の対象になる。),債権者平等が徹底される破産手続よりも平時における詐害行為取消権の方が取消しの対象行為が広い場面があるのは問題であること,○b 企業が破綻しても法的処理がなされずに事実上放置されてしまう例は多く,そのようなケースで特定の者や近親者に偏頗弁済が行われていることは珍しくないところ,本旨弁済について一切詐害行為取消権の対象とならないとすると,解決を求める債権者は破産手続を申し立てなければならず,経済的・心理的負担が大きいこと等から,破産法の偏頗行為否認と同じ要件とすべきであるとの意見も少なからず存在した。
第12 保証債務
1 保証債務の成立
(2) 保証契約締結の際における保証人保護の方策(第1段落部分) 保証は,不動産等の物的担保の対象となる財産を持たない債務者が自己の信用を補う手段として,実務上重要な意義を有しているが,他方で,個人の保証人が想定外の多額の保証債務の履行を求められ,生活の破綻に追い込まれるような事例が後を絶たないこともあって,より一層の保証人保護の拡充を求める意見がある。このような事情を踏まえ,保証契約締結の際における保証人保護を拡充する観点から,保証契約締結の際に,債権者に対して,保証人がその知識や経験に照らして保証の意味を理解するのに十分な説明をすることを義務付けたり,主債務者の資力に関する情報を保証人に提供することを義務付けたりするなどの方策を採用するかどうかについて,保証に限られない一般的な説明義務や情報提供義務(後記第2 3,2)との関係や,主債務者の信用情報に関する債権者の守秘義務などにも留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,2(2)[44頁]】 |
【意見】
法的義務を課することには反対である。努力義務にとどめるべきである。
【理由】
1 保証制度は,日本では広く利用されており,経済社会において重要な意義
を有している。
保証にも様々な場面があり,全ての債権者に対して,保証人が保証の意味を理解するのに十分な説明をすることを義務付けることは,保証制度全体が重くなり,過剰な法規制である。
一方で,保証人保護の観点からは,説明が望ましいという要請があることも否定できない。
そこで,法的義務ではなく,努力義務にとどめるのが相当である。
2 法的義務とした場合には,次の弊害が考えられる。
債権者が個人,賃貸事業者(大家),都市銀行,地方銀行,農業協同組合,信用金庫である場合などには,説明義務を課するのが過大な負担となること もあれば,説明義務を課する社会的要請が逼迫していないこともあるのであ って,法的義務化は現実的ではない。
また,保証人が,いたずらに保証債務を免れるために,説明を受けていないとか,十分に理解していないとして,保証契約の無効あるいは取消しを主張することが多発すれば,債権回収が行き詰まり,取引の安全が害される。都市銀行,農業協同組合といった大規模な組織の場合には,その破綻が広範囲な国民に経済的影響を及ぼすことが考えられ,個人,賃貸事業者(大家)の場合には,過大な説明義務を課した上に,保証契約が無効又は取消しとなった結果生じた損失までも負担させることはあまりにも酷であって妥当でない。
過度な負担増により債権者が保証制度の利用に慎重になることも想定され るところであり,そうなると,消費者にとって,借入れの際に保証人以外の 担保がなければ貸付けを拒否される場面が多くなる。その結果,担保提供に 見合う資産を保有しない一般消費者は,保証会社に保証委託料を負担するか,あるいは,ヤミ金融に走ることにもなりかねない。
ただし,消費者金融業者を債権者とする個人の保証人が,理解不十分なまま保証し,自己破産に至る現象が見受けられる。このように,説明義務の社会的要請が高い分野については,特別法で対処すべきである。
3 資力に関する情報提供義務を規定することは,保証人の保護に資することではある。
しかし,資力情報提供を法的義務とすると,個人情報保護法による第三者に対する提供制限規定が及ばなくなるところ,債権者に提供した全情報が無条件に保証人へ提供される可能性があることは国民の抵抗感が強い。情報の種類を法令等によって規定したとしても,国民の抵抗感が否めないので,努力義務にとどめるべきである。
万一,資力情報提供の法的義務化をする場合には,民法自体に,主債務者の同意を条件とすること,個人情報に対する配慮規定を設けることなど,慎重を期するための検討をすべきである。
第12 保証債務
1 保証債務の成立
(2) 保証契約締結の際における保証人保護の方策(第2段落部分) また,より具体的な提案として,一定額を超える保証契約の締結には保証人に対して説明した内容を公正証書に残すことや,保証契約書における一定の重要部分について保証人による手書きを要求すること,過大な保証の禁止を導入すること,事業者である債権者が上記の説明義務等に違反した場合において保証人が個人であるときは,保証人に取消権を与えることなどの方策が示されていることから,これらの方策の当否についても,検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,2(2)[44頁]】 |
【意見】
1 公正証書に残すことや,保証人による手書きを要求することに反対である。
2 過大な保証の禁止を導入することについては賛成である。ただし,「過大な保証」の要件,定義,基準時を更に検討すべきである。
3 (説明義務及び資力情報提供義務を課すること自体に反対であるから)違反の法的効果として保証人に取消権を与えることに反対である。
【理由】
1 保証は,保証意思をもって保証契約を書面で締結すれば成立する。
確かに,公正証書を必要としたり,保証人の自署を必要としたりすることによって,保証人の保護は高まる。
しかし,法令により公正証書や自署を必要条件とすると弊害が大きい。 すなわち,公正証書作成には時間がかかる。我が国で多用されている保証
制度において,公正証書を必要とすることは,例えば,企業における迅速な経済活動を阻害したり,個人における相続時の納税等のための緊急な借入れに対応できず延滞税が加算されたりという弊害が生じることが考えられる。さらに,公正証書作成には手数料がかかるので,債権者,保証人等の当事
者に経済的負担が生ずる点でも,現実的でない。
また,定期借家契約において,借地借家法が公正証書を必要条件としていないこととのバランスを欠く。
自署については,身体的不自由があって,自署が不可能又は困難な者も存在する。
遠方の親など,保証意思はあるが,自署が容易でない場合も存在する。 一般的には,保証人の了解を得て,近親者,主債務者,場合によっては債
権者が代筆することも多く,かかる場合も保証は有効に成立する。
このように,自署ができない場合や,自署がなくとも保証意思が十分に確認できる場合が多く見られ,かような場合に保証契約を無効とすることは,社会の要請及び実態と乖離するものである。
2 保証人の資力に関しては,債権者において,審査の上保証契約を締結する場合が多いが,一方で,保証人の資力如何にかかわらず審査をしないで保証契約が締結される場合も多い。
後者の場合,保証人が,保証の意味を理解しておらず,将来,多額の保証債務の履行を求められ,生活の破綻に追い込まれるような事例が多い。
かような事態を防止するために,保証人の債務が保証人の財産及び収入に対し明白に比例性を欠いている場合には,「過大な保証」として,法によってこれを禁止することは,保証人保護の観点から意義がある。
さらに,「過大な保証」の定義,基準時を検討する必要があるところ,保証人の債務が保証人の財産及び収入に対し明白に比例性を欠いている保証をいうとし,その基準時は保証契約締結時とすべきである。
なぜなら,保証契約締結時に既に比例性を欠いている保証人は,保証の理解をしていれば,保証をしないのであって,保証の意味を理解していないからこそ保証契約を締結したと考えられるから,かような保証人は保護すべきである。
これに対し,保証契約締結時には保証債務に見合った財産及び収入であったが,保証債務履行を求められた時には財産及び収入が減少し比例性を欠くに至った場合は,保証人の自己責任であるから,かような保証人は保護すべきではなく,債権者にその損害を負担させるべきではないからである。
ただし,保証人が契約時に一時的に財産を第三者名義に移すことにより,
「過大な保証」を偽装するなどの悪用がなされる懸念があるとの指摘もあった。
要件について,慎重に検討すべきである。
第12 保証債務
1 保証債務の成立
(3) 保証契約締結後の保証人保護の在り方 保証契約締結後の保証人保護を拡充する観点から,債権者に対して主債務者の返済状況を保証人に通知する義務を負わせたり,分割払の約定がある主債務について期限の利益を喪失させる場合には保証人にも期限の利益を維持する機会を与えたりするなどの方策を採用するかどうかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,2(2)(関連論点)[46頁]】 |
【意見】
個人保証についてのみ賛成である。
ただし,通知義務の発生要件,時期,法的効果について,更に慎重に検討すべきである。
【理由】
1 保証契約締結後に,債権者に対して主債務者の返済状況を保証人に通知する義務を負わせることは,個人保証において特に,保証人の保証債務履行の可能性の有無を知らしめ,場合によっては保証人から主債務者に働きかけて主債務者の返済を促す等保証人の保護に資するものである。
しかし,返済状況の通知を債権者に課することは,多数の債務者をかかえる債権者にとって事務が繁雑化し,過剰な負担を強いることになる。
よって,個人保証に限るべきである。なお,保証債務の制限については,判例上,信義則あるいは権利濫用の法理によって,様々な事情を勘案し判断されているところである。
2 通知義務を規定する場合にはその要件が問題となるところ,主債務者が1回でも滞納すれば要件を満たすのか,主債務者の返済がある程度継続しており返済が見込まれる場合は要件を満たさず,訴訟期間等に鑑みて主債務者からの返済が見込まれなくなった時点で要件を満たすのか等を検討する必要がある。前者では,債権者に過大な負担となり,公平性を欠く。後者では,要件化が難しいと思われる。
さらに,保証人と主債務者との関係が密接な場合など,通知されずとも返済状況を把握している場合も多く,保証人が債権者に告げずに移転したり,通知を受領拒絶したりする場合など,債権者に通知義務を課してまで保証人を保護すべきでない場合も多いので,要件を定める際には,慎重に検討すべきである。
3 分割払の約定がある主債務について期限の利益を喪失させる場合には保証人にも期限の利益を維持する機会を与える点は,個人保証において特に,保証人保護に資するものであり賛成であるが,さらに進んで,主債務について期限の利益が喪失した場合でも,保証人については,依然として分割払を認めるといったことも検討すべきである。
第12 保証債務
6 連帯保証
(1) 連帯保証制度の在り方 連帯保証人は,催告・検索の抗弁が認められず,また,分別の利益も認められないと解されている点で,連帯保証ではない通常の保証人よりも不利な立場にあり,このような連帯保証制度に対して保証人保護の観点から問題があるという指摘がされている。そこで,連帯保証人の保護を拡充する方策について,例えば,連帯保証の効果の説明を具体的に受けて理解した場合にのみ連帯保証となるとすべきであるなどの意見が示されていることを踏まえて,更に検討してはどうか。 他方,事業者がその経済事業(反復継続する事業であって収支が相償う ことを目的として行われるもの)の範囲内で保証をしたときには連帯保証 |
になるとすべきであるとの考え方(後記第62,3(3)①)も提示されている。この考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,7(1)[62頁], 部会資料20-2第1,3(3)[20頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
1 我が国における保証の大部分が連帯保証であり,主債務者の支払が滞れば,連帯保証人が債権者から請求及び執行を受ける立場にあることは,国民一般 に知れ渡るところとなっている。主債務者からの債権回収が困難である場合 に,債権者の選択により,主債務者に対する訴訟及び執行手続を経ないで, 連帯保証人に対する訴訟及び執行手続を行うことにより,迅速に債権回収を 図ることは,債権者にとって重要である。
社会的必要性が高いこのような連帯保証制度を廃止することは,経済界に 混乱をもたらし,妥当でない。保証人の保護については,過大な保証の禁止,信義則,権利濫用の法理による保証債務の軽減といった,他の方策によるべ きである。連帯保証制度を廃止する方向の法規制は,過剰かつ乱暴に過ぎる。
2 「連帯保証の効果の説明を具体的に受けて理解した場合」という要件は,大変曖昧であり,保証債務を免れる目的で,いたずらに無効訴訟が乱発されることが懸念され,混乱を招き,妥当でない。
3 事業者がその経済事業の範囲内で保証したときには連帯保証になるとの制度は,契約書に「連帯」との記載がなくとも連帯保証になるとすれば,保証人保護の方策に逆流するものであるし,民法が保証契約を要書面化したこととも矛盾し,妥当でない。
第12 保証債務
7 根保証
(1) 規定の適用範囲の拡大 根保証に関しては,平成16年の民法改正により,主たる債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(貸金等債務)が含まれるもの(貸金等根保証契約)に対象を限定しつつ,保証人が予想を超える過大な責任を負わないようにするための規定が新設された (同法第465条の2から第465条の5まで)が,保証人保護を拡充する観点から,主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれない根保証にまで, 平成16年改正で新設された規定の適用範囲を広げるかどうかについて, |
更に検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,8[65頁]】 |
【意見】
賛成である。
ただし,賃貸借契約に関する保証については,反対である。
【理由】
平成 16 年民法改正において,融資に関する根保証契約について早急に措置を講ずる必要性が指摘されていたことを踏まえ,それ以外の根保証契約についてはひとまず適用対象から除外されたという経緯からすれば,融資に関する根保証契約以外にも同様に根保証人保護の規律を及ぼすべきケースがないか検討する必要がある。
そして,平成 16 年民法改正の趣旨が中小企業を取り巻く厳しい経済状況の下で,保証人が予想を超える過大な保証責任の追及を受けることを防ぐという点にあることから,継続的売買に関する保証,オフィスビルのテナント契約に関する保証についても,対象を広げるべきという見解もある。
しかし,賃貸借契約に関する保証は,明渡時までの賃料,主債務者の故意又は過失による損害賠償債務,違約金,原状回復費用等の一切の債務を保証することに意味があり,債権者及び保証人は,かような認識の下で保証契約を締結しているので,極度額の設定や元本確定請求には馴染まない。
第12 保証債務
7 根保証
(2) 根保証に関する規律の明確化 根保証に関して,いわゆる特別解約権を明文化するかどうかについて,更に検討してはどうか。また,根保証契約の元本確定前に保証人に対する保証債務の履行請求が認められるかどうかや,元本確定前の主債務の一部について債権譲渡があった場合に保証債務が随伴するかどうかなどについて,検討してはどうか。 このほか,身元保証に関する法律の見直しについても,根保証に関する規定の見直しと併せて,検討してはどうか。 【部会資料8-2第2,8[65頁]】 |
【意見】
1 特別解約権を明文化することに賛成である。
ただし,判例に沿った規定にすべきであり,特別解約権の範囲を広げることには反対である。
2 根保証契約の元本確定前に保証人に対する保証債務の履行請求を認めるこ
とや,元本確定前の主債務の一部について債権譲渡があった場合に保証債務が随伴することを認めることに賛成である。
3 身元保証に関する法律の見直しに賛成である。
【理由】
1 根保証では,契約当初に予測できない事態が生じ得ることが構造的に内在されているから,特別解約権を明文化する必要は高い。
しかし,性質上,要件及び効果を厳格に規定することに馴染まないから,判例を参考に,一般条項を設けることが適切である。
特別解約権(特別元本確定請求)については,判例・学説は,保証期間の定めの有無,責任限度額の定めの有無を問わず,主債務者の資産状態・営業状態等が保証契約成立時に比べて著しく悪化した場合のように,依然として将来において保証人を拘束することが信義則に反するとみられるような場合には,保証人は直ちに解約し得るとしている。
他方,これによると,特別解約権を行使できる場合が限定され,保証人の保護に欠けるきらいがあるとして,主債務者の資産状態・営業状態等に保証契約当時予測できなかったような変動があった場合,代表取締役を退任した場合にも特別解約権を認めるべきとの見解がある。
しかし,保証契約当時予測できない変動や代表取締役の退任は,社会通念上,頻繁に起こり得る事情であり,それだからこそ保証制度の意味がある。にもかかわらず,これらの事情を特別解約権の事由とすることは,保証制度の意味を没却し,ひいては与信制度を揺るがし,社会の混乱を招来しかねない。
2 根保証契約の元本確定前に保証人に対する保証債務の履行請求を認めることによって,主債務が雪だるま式に増加してから元本が確定し保証人に多額の履行請求がなされるという事態をなるべく回避し,債務が増大する前段階で手立てを講ずる道をつくることは,債権者及び保証人双方にとって,メリットがある。
元本確定前の主債務の一部について債権譲渡があった場合に保証債務が随伴することを認めることについても,同様のメリットがある。
3 身元保証に関する法律に関して,保証人の不測の損害を防止し,保証人の保護を図る必要性があることは,通常の保証制度と何ら変わりがない。今回の保証人保護の方策に関する事項について,身元保証に関する法律に盛り込む方向で検討すべきである。
第12 保証債務
8 その他
(1) 主債務の種別等による保証契約の制限 主債務者が消費者である場合における個人の保証や,主債務者が事業者 |
である場合における経営者以外の第三者の保証などを対象として,その保証契約を無効とすべきであるとする提案については,実務上有用なものまで過剰に規制することとなるおそれや,無効とすべき保証契約の範囲を適切に画することができるかどうかなどの観点に留意しつつ,検討してはど うか。 |
【意見】
反対である。
【理由】
主債務者が消費者である場合における個人の保証や,主債務者が事業者である場合における経営者以外の第三者の保証は,実務上,多く活用され,有用である。これら当事者の組み合わせ自体に由来する弊害は,あまり報告されていない。保証意思に問題がないケースについて,かような当事者の組み合わせのみを理由に,保証契約を無効とすべき必要性が考えられない。
無効とすべき保証契約の範囲を適切に画することができるかどうかという問題もあるが,それ以前の問題である。「過大な保証の禁止」のみを規定すれば,保証人保護は十分であると考える。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(1) 譲渡禁止特約の効力
譲渡禁止特約の効力については,学説上,「物権的」な効力を有するものであり,譲渡禁止特約に違反する債権譲渡が無効であるとする考え方(物権的効力説)が有力である。判例は,この物権的効力説を前提としつつ,必要に応じてこれを修正していると評価されている。この譲渡禁止特約は,債務者にとって,譲渡に伴う事務の煩雑化の回避,過誤払の危険の回避及び相殺の期待の確保という実務上の必要性があると指摘されているが,他方で,今日では,強い立場の債務者が必ずしも合理的な必要性がないのに利用している場合もあるとの指摘や,譲渡禁止特約の存在が資金調達目的で行われる債権譲渡取引の障害となっているとの指摘もされている。
以上のような指摘を踏まえて,譲渡禁止特約の効力の見直しの要否について検討する必要があるが,譲渡禁止特約の存在について譲受人が「悪意」
(後記(2)ア参照)である場合には,特約を譲受人に対抗することができるという現行法の基本的な枠組みは,維持することとしてはどうか。その上 で,譲渡禁止特約を対抗できるときのその効力については,特約に反する債権譲渡が無効になるという考え方(以下「絶対的効力案」という。)と,譲渡禁止特約は原則として特約の当事者間で効力を有するにとどまり,債権譲
渡は有効であるが,債務者は「悪意」の譲受人に対して特約の抗弁を主張できるとする考え方(以下「相対的効力案」という。)があることを踏まえ,更に検討してはどうか。
また,譲渡禁止特約の効力に関連する以下の各論点についても,更に検討してはどうか。
① 譲渡禁止特約の存在に関する譲受人の善意,悪意等の主観的要件は,譲受人と債務者のいずれが主張・立証責任を負うものとすべきかについて,更に検討してはどうか。
② 譲渡禁止特約の効力についてどのような考え方を採るかにかかわらず,譲渡禁止特約の存在が,資金調達目的で行われる債権譲渡取引の障害となり得るという問題を解消する観点から,債権の流動性の確保が特に要請される一定の類型の債権につき,譲渡禁止特約を常に対抗できないこととすべきかどうかについて,特定の取引類型のみに適用される例外を民法で規定する趣旨であるなら適切ではないとの意見があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。
また,預金債権のように譲渡禁止特約を対抗することを認める必要性が高い類型の債権に,引き続き譲渡禁止特約に強い効力を認めるべきかどうかについても,特定の取引類型のみに適用される例外を民法で規定することについて上記の意見があることに留意しつつ,検討してはどうか。
③ 将来債権の譲渡をめぐる法律関係の明確性を高める観点から,将来債権の譲渡後に,当該債権の発生原因となる契約が締結され譲渡禁止特約が付された場合に,将来債権の譲受人に対して譲渡禁止特約を対抗することの可否を,立法により明確にすべきかどうかについて,譲渡禁止特約によって保護される債務者の利益にも留意しつつ,更に検討してはどうか。
【部会資料9-2第1,2(1)[2頁],同(関連論点)1から
同(関連論点)3まで[5頁]】
【意見】
1 絶対的効力案に賛成である。
2 ①について,債務者が第三者の悪意について立証責任を負うとすべきである。
3 ②について,特定の取引類型のみに適用される例外を民法で規定することに反対である。
4 ③について,将来債権の譲渡と譲渡禁止特約の効力との関係を民法により明文化することに賛成である。
【理由】
1 相対的効力案は,譲渡禁止特約付債権による資金調達を容易にすることを意図するが,相対的効力案によっても,債務者への直接請求はできない
ため,合理的な資金調達を促進する効果があるかは疑問である。
また,相対的効力案は,債務者の承諾を得ることなく譲渡禁止特約付債権に譲渡担保を設定する方法により資金調達をする場合において,譲渡後に差押えがなされた場合や譲渡人に倒産手続が開始されたときに,悪意の譲受人であっても,債権譲渡は有効である以上,差押債権者や破産管財人に勝つことを認めることによって,資金調達の可能性を高めることを企図する。しかし,法が政策的に保護した労働債権者や租税債権者を犠牲にしてまでも,悪意の譲受人を保護すべき社会的要請があるとは思われない。
2 譲渡禁止特約の存在に関する譲受人の善意,悪意等の主観的要件は,債権が原則として譲渡性を有する以上,判例(大判明治 38 年 2 月 28 日民録 11
輯 278 頁)と同じく,債務者が主張・立証責任を負うと考えるべきである。
3 特定の取引類型のみに適用される例外を認めるのであれば,基本法である民法ではなく,特別法で定めるべきである。
4 将来債権の譲渡の安定性を高めるためには,将来債権の譲渡と譲渡禁止特約の効力との関係を明確にすることが望ましい。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(2) 譲渡禁止特約を譲受人に対抗できない事由ア 譲受人に重過失がある場合 判例は,譲受人が譲渡禁止特約の存在について悪意の場合だけでな く,存在を知らないことについて重過失がある場合にも,譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができるとしていることから,譲渡禁止特約の効力についてどのような考え方を採るかにかかわらず,上記の判例法理を条文上明らかにすべきであるという考え方がある。このような考え方の当否について,資金調達の促進の観点から,重過失がある場合に譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができるとすることに反対する意見があることにも留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,2(2)ア[7頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
確立された判例(最判昭和 48 年 7 月 19 日民集 27 巻 7 号 823 頁)であり,また,重過失は悪意と同視すべきであることからすれば,譲受人が譲渡禁止 特約の存在を知らないことについて重過失がある場合にも,譲渡禁止特約を 譲受人に対抗することができるとすべきである。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(2) 譲渡禁止特約を譲受人に対抗できない事由イ 債務者の承諾があった場合 譲渡禁止特約の効力についてどのような考え方を採るかにかかわらず,債務者が譲渡を承諾することにより譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができなくなる旨の明文規定を設けるものとしてはどうか。 【部会資料9-2第1,2(2)イ[8頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
譲渡禁止特約は,債務者の利益を保護するためのものであるから,債務者の承諾があれば,特約の効力を認める必要はない。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(2) 譲渡禁止特約を譲受人に対抗できない事由 ウ 譲渡人について倒産手続の開始決定があった場合 譲渡人につき倒産手続の開始決定があった場合において,譲渡禁止特約の効力について相対的効力案(前記(1)参照)を採るとしたときは,管財人等が開始決定前に譲渡されていた債権の回収をしても,財団債権や共益債権として譲受人に引き渡さなければならず,管財人等の債権回収のインセンティブが働かなくなるおそれがあるという問題がある。このような問題意識を踏まえて,譲渡人について倒産手続の開始決定があったとき(倒産手続開始決定時に譲受人が第三者対抗要件を具備しているときに限る。)は,債務者は譲渡禁止特約を譲受人に対抗することができないという規定を設けるべきであるという考え方が示されている。このような考え方に対しては,債務者は譲渡人について倒産手続開始決定がされたことを適時に知ることが容易ではないという指摘や,債務者が譲渡人に対する抗弁権を譲受人に対抗できる範囲を検討すべきであるという指摘がある。そこで,このような指摘に留意しつつ,仮に相対的効力案を採用した場合に,上記のような考え方を採用することの当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,2(2)ウ[8頁]】 |
【意見】
相対的効力案には反対であるし,譲渡人について倒産手続の開始決定があった場合には譲渡禁止特約を譲受人に対抗できない事由とすることにも反対である。
【理由】
債務者が譲渡禁止特約により確保する利益(譲渡に伴う事務の煩雑さの回避,過誤払いの危険の回避,相殺の期待の確保)は,倒産手続が開始されたとの一事をもって一方的に奪うべきではない。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(2) 譲渡禁止特約を譲受人に対抗できない事由エ 債務者の債務不履行の場合
譲渡禁止特約の効力について仮に相対的効力案(前記(1)参照)を採用した場合には,譲受人は債務者に対して直接請求することができず,他方,譲渡人(又はその管財人等)は譲渡した債権を回収しても不当利得返還請求に基づき譲受人に引き渡さなければならないこととなるため,譲渡人につき倒産手続の開始決定があったとき(上記ウ)に限らず,一般に,譲渡人に債権回収のインセンティブが働かない状況が生ずるのではないかという指摘がある。このような問題意識への対応として,譲渡人又は譲受人が,債務者に対して(相当期間を定めて)譲渡人への履行を催告したにもかかわらず,債務者が履行しないとき(ただし,履行をしないことが違法でないときを除く。)には,債務者は譲受人に譲渡禁止特約を対抗することができないとする考え方が示されている。このような考え方の当否について,検討してはどうか。
【意見】
相対的効力案には反対であるし,債務者は債務不履行の場合には譲渡禁止特約を譲受人に対抗できないとすることにも反対である。
【理由】
上記考え方によれば,理論的には,債務者は,相当期間経過前であれば譲渡人に,相当期間経過後には譲受人に支払うことになる。
しかし,一般人にとって相当期間が経過したか否かを判断することは容 易ではない。そして,債務者が譲渡を承諾して譲受人に支払うことは有効 であるとされている。とするならば,過誤払いのリスクを負いたくない債 務者は,催告の通知を受ければすぐに譲受人に支払うことになるであろう。つまり,催告によって一方的に譲渡禁止特約の効力を奪うのと同様の結果
となり,不当である。
第13 債権譲渡
1 譲渡禁止特約(民法第466条)
(3) 譲渡禁止特約付債権の差押え・転付命令による債権の移転
譲渡禁止特約付きの債権であっても,差押債権者の善意・悪意を問わず,差押え・転付命令による債権の移転が認められるという判例法理について,これを条文上も明確にしてはどうか。
【部会資料9-2第1,2(3)[9頁]】
【意見】
賛成である。
【理由】
確定している判例法理であり,立法技術上も問題ないと考えられる。
第13 債権譲渡
2 債権譲渡の対抗要件(民法第467条)
(1) 総論及び第三者対抗要件の見直し 債権譲渡の対抗要件制度については,債務者が債権譲渡通知や承諾の有無について回答しなければ制度が機能せず,また,競合する債権譲渡の優劣について債務者に困難な判断を強いるものであるために,債務者に過大な不利益を負わせていることのほか,確定日付が限定的な機能しか果たしていないこと等の民法上の対抗要件制度の問題点が指摘されている。また,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下「特例法」という。)と民法による対抗要件制度が並存していることによる煩雑さ等の問題点も指摘されている。これらの問題点の指摘を踏まえて,債権譲渡の対抗要件制度を見直すべきかどうかについて,更に検討してはどうか。 債権譲渡の対抗要件制度を見直す場合には,基本的な見直しの方向について,具体的に以下のような案が示されていることを踏まえ,更に検討してはどうか。その際,A案については,その趣旨を評価する意見がある一方で,現在の特例法上の登記制度には問題点も指摘されており,これに一元化することには問題があるとの指摘があることから,まずは,特例法上の登記制度を更に利用しやすいものとするための方策について検討した上で,その検討結果をも踏まえつつ,更に検討してはどうか。 [A案]登記制度を利用することができる範囲を拡張する(例えば,個人も 利用可能とする。)とともに,その範囲において債権譲渡の第三者対抗 |
要件を登記に一元化する案 [B案]債務者をインフォメーション・センターとはしない新たな対抗要件制度(例えば,現行民法上の確定日付のある通知又は承諾に代えて,確定日付のある譲渡契約書を債権譲渡の第三者対抗要件とする制度)を設けるという案 [C案]現在の二元的な対抗要件制度を基本的に維持した上で,必要な修正を試みるという案 【部会資料9-2第1,3(1)[10頁],同(関連論点)1から 同(関連論点)3まで[13頁から18頁まで]】 |
【意見】
C案を採用する方向で,更に検討すべきである。
【理由】
C案を採用し,必要に応じ登記制度を拡充することで十分であると考える。むしろ,いずれの案を採用しても二重譲渡ひいては債務者に二重払いのリスクが発生することは避けられないと考えられることから,供託その他債務者の免責的規定を拡充すべきと考える。
まず,A案については,安価,簡易かつ明確な制度を目指す点で評価で きるが,かような安く,簡易・明快な制度となるかは具体的制度設計をど うするかにかかるところ,その制度設計が現時点では明らかでない。また,コストや手間の面から現実的か,既存契約の巻き直しやシステム対応が大 変である,中小企業からすれば実務的負担やコスト負担が大きくなること が危惧されるといった批判もある。さらに,金銭債権と非金銭債権が合わ さっているような債権(ゴルフ会員権等)の場合の処理やノウハウ・ライ センス契約上の債権等企業秘密の観点から公示制度になじまない債権の譲 渡についてどうするかといった問題もある。
次に,B案については,確定日付のある譲渡契約書を対抗要件とすると,公示性が現行制度より悪化するおそれがあるとの批判がある。
そして,現行の二元的な対抗要件制度については,実務的に機能しており,また,安価かつ簡明な対抗要件制度であることからするならば,現行法の二元的な対抗要件制度を基本的に維持した上で,必要な修正を試みるという方向性が妥当である。
第13 債権譲渡
2 債権譲渡の対抗要件(民法第467条)
(2) 債務者対抗要件(権利行使要件)の見直し 債権譲渡の当事者である譲渡人及び譲受人が,債務者との関係では引き |
続き譲渡人に対して弁済させることを意図して,あえて債務者に対して債権譲渡の通知をしない(債務者対抗要件を具備しない)場合があるが,債務者が債権譲渡の承諾をすることにより,譲渡人及び譲受人の意図に反して,譲受人に対して弁済する事態が生じ得るという問題があると指摘されている。このような問題に対応するために,債権譲渡の対抗要件制度について第三者対抗要件と債務者対抗要件を分離することを前提として,債務者対抗要件を通知に限った上で,債務者に対する通知がない限り,債務者は譲渡人に対して 弁済しなければならないとする明文の規定を設けるべきであるとの考え方が示されている。 これに対して,債務者対抗要件という概念は,本来,それが具備されなくても,債務者の側から債権譲渡の事実を認めて譲受人に対して弁済することができることを意味するものであるとの指摘があった。他方で,現行法の理解としても,債務者が譲受人に弁済できると解されているのは,承諾という債務者対抗要件があるからであって,債務者対抗要件とは無関係に債務者が弁済の相手を選択できるという結論は導けないという考え方もあり得るとの指摘があった。また,承諾によって,債務者対抗要件の具備と同時に抗弁の切断の効果が得られることから,実務上承諾に利便性が認められているとの指摘があった。 以上の指摘等に留意しつつ,債務者対抗要件(債務者に対する権利行使要件)を通知に限った上で,債務者に対する通知がない限り,債務者は譲渡人に対して弁済しなければならないとする明文の規定を設けることの当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,3(2)[21頁], 同(3)(関連論点)1[26頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
抗弁切断と兼ねる場合,契約上の地位の移転についての相手方の同意と兼ねる場合,譲渡禁止特約付債権を譲渡する際に譲渡禁止特約を外す旨の債務者の意思表示と兼ねる場合等実務上便宜に利用されていること,及び債務者の承諾を債務者対抗要件としない理由として挙げられている例(承諾を債務者対抗要件とすると,債権譲渡当事者間であえてサイレントとして債務者に対して債権譲渡の通知をしない場合にも,債務者が承諾をして譲受人に弁済してしまう事態が生じ得る。)も説得的でないことから,債務者の承諾を債務者対抗要件として残すべきである。
第13 債権譲渡
2 債権譲渡の対抗要件(民法第467条)
(4) 債務者保護のための規定の明確化等ア 債務者保護のための規定の明確化 譲渡は,債務者の関与なく行われるため,債務者に一定の不利益が及ぶことは避けがたい面があり,それゆえ,できる限り債務者の不利益が少なくなるように配慮する必要があるという観点から,債権譲渡が競合した場合に債務者が誰に弁済すべきかという行為準則を整理し,これを条文上明確にする方向で,更に検討してはどうか。 また,供託原因を拡張することにより,債務者が供託により免責される場合を広く認めるかどうかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,3(3)[24頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
債権譲渡が競合し,条文上優劣が定められない複数の譲受人が発生した場合,債務者は,いずれの譲受人に弁済すべきであるかがはっきりせず,困難な状況に置かれることとなる。したがって,かかる場合における債務者の行為準則を整理し,条文上明確化することによって,債務者の保護を図ることは適切であると考える。
また,債権譲渡が行われた際に,いずれの債権者に弁済すべきかの判断を強いられることは,必ずしも法制度に詳しくない債務者にとって負担となるので,債務者が供託により免責される場合を広げることによって,債務者の保護を図ることは適切であると考える。
第13 債権譲渡
2 債権譲渡の対抗要件(民法第467条)
複数の譲受人が第三者対抗要件を同時に具備した場合や,譲受人がいずれも債務者対抗要件を具備しているが第三者対抗要件を具備していない場合において,ある譲受人が債権全額の弁済を受領したときは,ほかの譲受人によるその受領額の分配請求の可否が問題となり得るが,現在の判例・学説上,この点は明らかではない。そこで,これを立法により 解決するために,分配請求を可能とする旨の規定を設けるかどうかにつ |
いて,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,3(3)(関連論点)2[27頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
対抗要件からは優劣が定められない譲受人間において,先に債権全額の弁済を受けた者が結果的に他の譲受人より優先する結果となることは適切ではないので,他の譲受人による分配請求を認める規定を設けるべきである。
第13 債権譲渡
2 債権譲渡の対抗要件(民法第467条)
(4) 債務者保護のための規定の明確化等 ウ 債権差押えとの競合の場合の規律の必要性 債権譲渡と債権差押えが競合した場合における優劣について,判例は,確定日付のある譲渡通知が債務者に到達した日時又は確定日付のある債務者の承諾の日時と差押命令の第三債務者への送達日時の先後によって決すべきであるとし,債権譲渡の対抗要件具備と差押命令の送達の時が同時又は先後不明の場合には,複数の債権譲渡が競合した場合と同様の結論を採っている。このような判例法理を条文上明確にするかどうかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,3(3)(関連論点)3[27頁]】 |
【意見】
賛成である。
【理由】
債権譲渡と債権差押えが競合した場合における優劣に関する判例法理について,条文上明確にすることは有益であると考える。
第13 債権譲渡
3 抗弁の切断(民法第468条)
また,その場合における特則として,債務者が一方的に不利益を被ることを防止する観点から,例えば,書面によらない抗弁の放棄の意思表示を無効とする旨の規定の要否について,更に検討してはどうか。
【部会資料9-2第1,4[27頁],同(関連論点)1[29頁]】
【意見】
1 異議をとどめない承諾の制度を廃止することに賛成である。
2 悪意の譲受人は,抗弁放棄の効力を主張できないとすべきである。
3 書面によらない抗弁放棄の意思表示は無効とすべきである。
【理由】
現行民法第467条第1項については,異議を留めない承諾から抗弁切断という効果が生じる根拠を必ずしも明確に説明できていない。また,異議を留めない承諾は,特定の債権が譲渡されることについての単純な承諾をいい,例えば「異議を述べない」とか「一切の抗弁をしない」といった形で積極的に表示することは必要ないとされており,かかる単純な承諾で抗弁切断という重大な効果を生じさせることは,消費者の予測に反し消費者保護に欠けるきらいもある。
したがって,異議を留めない承諾という制度を廃止し,抗弁の切断は,抗弁を放棄するという意思表示によるとすることには賛成する。ただし,現行法の判例(最判昭和 42 年 10 月 27 日民集 21 巻 8 号 2161 頁)の考えを踏襲し,悪意の譲受人は,抗弁放棄の効力を主張できないとすべきである。
また,抗弁の放棄が行われるのは債務者に不利益が生じやすい場面であるから,慎重になされるべきであり,その意味で,書面によらない抗弁の放棄は無効とすべきである。このことは,保証契約について書面化を要求
したこと(第446条第2項)とも整合すると思われる。
第13 債権譲渡
4 将来債権譲渡
(1) 将来債権の譲渡が認められる旨の規定の要否 将来発生すべき債権(以下「将来債権」という。)の譲渡の有効性に関しては,その効力の限界に関する議論があること(後記(2)(3)参照)に留意しつつ,判例法理を踏まえて,将来債権の譲渡が原則として有効であることや,債権譲渡の対抗要件の方法により第三者対抗要件を具備することができることについて,明文の規定を設けるものとしてはどうか。 【部会資料9-2第1,5(1)[31頁]】 |
【意見】
将来債権の譲渡が原則として有効であることや,債権譲渡の対抗要件の方法により第三者対抗要件を具備することができることについて,明文の規定を設けることに賛成である。
【理由】
一般論として,将来債権の譲渡が原則として有効であることや,債権譲渡 の対抗要件の方法により第三者対抗要件を具備することができること自体に ついては,判例上認められており,実務もこれらを前提としている。判例法 理を明文化することは,国民の目から見てわかりやすい民法につながるため,明文化に賛成する。
第13 債権譲渡
4 将来債権譲渡
(2) 公序良俗の観点からの将来債権譲渡の効力の限界 公序良俗の観点から将来債権の譲渡の効力が認められない場合に関して,より具体的な基準を設けるかどうかについては,実務的な予測可能性を高める観点から賛成する意見があったが,他方で,債権者による過剰担保の取得に対する対処という担保物権法制の問題と関連するため,今般の見直しの範囲との関係で慎重に検討すべきであるとの意見があった。また,仮に規定を設けるのであれば,譲渡人の事業活動の継続の可否や譲渡人の一般債権者を害するかどうかという点が問題となるとの意見があった。これらの意見に留意しつつ,公序良俗の観点からの将来債権譲渡の効力の限界の基準に関する規律の要否について,更に検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,5(1)(関連論点)[32頁]】 |
【意見】
公序良俗の観点から将来債権の譲渡の効力が認められない場合に関して,具体的な基準を設けるという方向で検討することは賛成である。
【理由】
判例(最判平成 11 年 1 月 29 日民集 53 巻 1 号 151 頁等)は,公序良俗 違反を理由に将来債権譲渡の効力に一定の限界があることを認めているが,その判断基準は必ずしも明らかでなく,事案に応じて個別具体的な判断が なされているのが実情であると思われる。その意味で,現行法の下では, 将来債権の譲渡の有効性に関する実務的な予測可能性は低い状況にあるの で,具体的な基準を設けるという方向で検討することには賛成である。
しかし,これは公序良俗違反という理論構成による以上,やむをえない側面がある。裁判例において公序良俗違反の判断に際して考慮されている典型的な要素を条文内に列挙することも考えられるが,全ての要素を網羅することは現実的に可能なのか疑問なしとしない。
第13 債権譲渡
4 将来債権譲渡
(3) 譲渡人の地位の変動に伴う将来債権譲渡の効力の限界 将来債権の譲渡の後に譲渡人の地位に変動があった場合に,その将来債権譲渡の効力が及ぶ範囲に関しては,なお見解が対立している状況にあることを踏まえ,立法により,その範囲を明確にする規定を設けるかどうかについて,更に検討してはどうか。具体的には,将来債権を生じさせる譲渡人の契約上の地位を承継した者に対して,将来債権の譲渡を対抗することができる旨の規定を設けるべきであるとの考え方が示されていることから,このような考え方の当否について,更に検討してはどうか。 上記の一般的な規定を設けるか否かにかかわらず,不動産の賃料債権の譲渡後に賃貸人が不動産を譲渡した場合における当該不動産から発生する賃料債権の帰属に関する問題には,不動産取引に特有の問題が含まれているため,この問題に特有の規定を設けるかどうかについて,検討してはどうか。 【部会資料9-2第1,5(2)[32頁]】 |
【意見】
将来債権の譲渡の後に譲渡人の地位に変動があった場合に,その将来債権 譲渡の効力が及ぶ範囲を立法により明確化することについて,賛成である。 ただし,その具体的な基準(不動産取引等,特定の類型の取引に特有の規定 を設ける必要性の有無を含む。)については,実務面及び理論面の双方から,慎重に検討すべきである。
【理由】
将来債権の譲渡の後に譲渡人の地位に変動があった場合に,その将来債権 譲渡の効力が及ぶ範囲については,判例の結論が明らかではなく,学説上, 様々な見解が対立している状況にある。したがって,実務的な予測可能性を 高めるために,何らかの基準を設けることは非常に有益であると考えられる。
しかし,この論点については,実務面及び理論面の双方から,これまで十分な議論がなされているとは言えない状況にある。例えば,「将来債権を生じさせる譲渡人の契約上の地位を承継した者に対して,将来債権の譲渡を対抗することができる」等といった基準を,不動産の賃貸借契約を含むあらゆる契約に適用した場合の具体的な影響については,実務上行われている様々な取引を想定して,慎重に検討する必要がある。また,担保物権法及び倒産法にも深く関わる論点であるため,他の法律分野における議論との理論的整合性についても,慎重に検討する必要がある。
第18 相殺
2 相殺の方法及び効力
民法第506条は,相殺に遡及効を認めているところ,この規定内容を見直し,相殺の意思表示がされた時点で相殺の効力が生ずるものと改めるべきであるという考え方がある。このような考え方の当否について,遡及効が認められなくなることにより特に消費者に不利益が生ずるおそれがあるという指摘があることに留意しつつ,任意規定として遡及効の有無のいずれを規定するのが適当かという観点から,更に検討してはどうか。 【部会資料10-2第2,3[43頁]】 |
【意見】
相殺の遡及効を維持すべきである。
【理由】
相殺の遡及効を認める民法第506条を見直し,相殺の意思表示がされた時点で相殺の効力が生ずることとすべきであるという考え方の理由として,
【部会資料10-2第2,3[43頁]】では,相殺により遡及効が生ずるとすると,既払いの遅延損害金の返還をめぐる処理が煩雑になることから,実務上は特約により,相殺の意思表示がされた時点で差引計算をするという処理がされていると指摘されており,このことからすると,相殺の遡及効に対する当事者の期待を保護する必要性は必ずしも高くなく,むしろ,相殺の意思表示がされた時点で相殺の効力が生じるという考え方の方が簡便な決済を実現できるため当事者の意思に合致すると説明されている。また,相殺適状
になれば両当事者はいつでも相殺することができるのであるから,相殺の効力が生ずる時期が遅れることにより不利益を被り得る当事者は,相殺適状となった後直ちに相殺の意思表示をすればよいという指摘もなされている。
確かに,両当事者から遅延損害金が支払われている場合であれば,遡及効を規定するよりも,意思表示の段階まで債権が存在するものと整理した方が法律関係は簡易なものになるとも考えられる。また,遡及効を認めるより,相殺の意思表示の時点で債権債務の消滅の効果が生じるとする方が,効果として分かりやすいとも考えられる。
もっとも,現実に相殺が行われる場合において,双方又は一方が遅延損害金を支払っていない場合も多いように思われるところ,そもそも相殺の意思表示がされた時点で相殺の効力が生ずるものとすることで一般的に法律関係が簡明になるといえるのかを検討する必要がある。
また,具体的な事例として,反対債権よりも高い利息を負担している者が反対債権の存在や相殺の可能性を認識しておらず,相殺適状後,時間が経過してから相殺の意思表示を行った場合に関しては,相殺はあくまでも権利であるといっても,実際には,相殺の意思表示を早々にできない人もかなりいるとう事実を踏まえると,やはり相殺の遡及効を認めることで利息の差額分の取戻しを可能とすることにより保護を図るべきである。
さらに,(ⅰ)実務的にはあらかじめ相殺に関する合意を行うことにより相殺の効力を調整することも可能であること,及び(ⅱ)相殺適状が生じた後の遅延損害金等の処理など,長年にわたって相殺の遡及効を前提にした実務が積み重ねられているところ,相殺の遡及効の考え方を改める場合には,このような既存の実務への影響が大きなものになることが予想され,改正後の法律の合理性とは別に,法制度の変更に伴う不利益も十分に考慮する必要があることを踏まえると,現行法の遡及効の考え方を維持することに合理性があると考える。
第18 相殺
4 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(第511号)
(1) 法定相殺と差押え 受働債権となるべき債権が差し押さえられた場合に,第三債務者が相殺することができるためには,差押え時に自働債権と受働債権の弁済期がいずれも到来していなければならないか,また,到来している必要がないとしても自働債権と受働債権の弁済期の先後が問題となるかという点について,条文上明確にしてはどうか。 その際には,受働債権の差押え前に取得した債権を自働債権とするのであれば,自働債権と受働債権との弁済期の先後を問わず相殺をすることが できるとする判例法理(無制限説)を前提としてきた実務運用を尊重する |
観点から,無制限説を明文化することの当否について,無制限説により生じ得る不合理な相殺を制限するために無制限説を修正する必要があるとの意見があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料10-2第2,5(1)[51頁]】 |
【意見】
法定相殺と差押えの論点について条文上明確にすべきであるという考え方自体については賛成であるが,その際は,現行の取引実務において採用されているいわゆる無制限説を維持すべきである。
仮に,一定の範囲で無制限説を修正するとしても,基準として明確かつ合理的となるように要件の内容を慎重に検討すべきである。
【理由】
現在,判例法理によって規律されている相殺と差押に関する論点を明文の規定により明らかにすること自体につき,法的安定性・明確性の点でメリットがあることは否定できない。
しかしながら,いわゆる無制限説による運用が行われている現行法の下で の取扱いを変更する場合には,既存の取引実務(特に金融実務)に対して及 ぼす影響が大きくなることが予想される。この点,法制審の議論においても,実務界から,既に判例によって実務が形成されているところ,中小企業は債 権回収の手段をそれほど多く持っているわけではなく,相殺の担保的効力に 期待をしているとの指摘(【部会議事録第 8 回[46 頁]】〔大島委員発言〕), 一括支払システム,手形レスサービス,各業態における関連会社間の簡易な 決済その他の無制限説を前提にした金融イノベーションやサービスがたくさ んあるところ,その前提となる理論を変更することでかかる実務を混乱に陥 れる必要はない旨の指摘(【部会議事録第 8 回[49 頁]】〔三上委員発言〕), 及び昭和 45 年以来今まで,最高裁判所の判決に基づき実務の対応を行って きたという実態があり,それを大きく転換してしまうと混乱が生ずるとの指 摘(【部会議事録第 8 回[50 頁]】〔木村委員発言〕)がなされているところで ある。
したがって,このような既存の取引実務に対する影響を十分に調査した上で,現行のルールを変更する必要性・合理性があるのか検討すべきであり,十分な必要性・合理性が認められない限りは,現行の取引実務において採用されている無制限説を維持した規律とすべきである。
また,仮に一定の範囲で無制限説を修正するとしても,現行の取引実務への影響に十分配慮の上,基準として明確かつ合理的となるように要件の内容を慎重に検討すべきである。
第18 相殺
4 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(第511号)
(4) 相殺予約の効力 差押え又は仮差押えの命令が発せられたこと等の事由が生じた場合に期限の利益を喪失させる旨の合意や,その場合に意思表示を要しないで相殺の効力が生ずるものとする旨の合意に関して,判例は,相殺予約の効力を,特に制限なく差押債権者等に対抗することができるという考え方を採っているとの見解が有力であるが,学説上は,相殺予約は差押えによる債権回収を回避するものであり,その効力を合理的な範囲に限定すべきであるという見解が主張される等,判例の結論に対しては,なお異論があるところである。相殺予約の効力を差押債権者又は仮差押債権者(差押債権者等)に対抗することの可否に関する明文の規定を設けるかどうかについては,自働債権と受働債権の弁済期の先後によって,相殺予約の効力を差押債権者等に対抗することの可否を決するという考え方は採らないことを確認した上で,その効力を一律に認めるという考え方(無制限説)を採るべきか,それとも一定の場合にその効力を制限すべきかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料10-2第2,5(2)[57頁]】 |
【意見】
現行の取引実務において採用されている,いわゆる無制限説を維持すべきである。
仮に,一定の範囲で無制限説を修正し,一定の場合に相殺予約の効力を制限するとしても,基準として明確かつ合理的となるように要件の内容を慎重に検討すべきである。
【理由】
現行法の下では,いわゆる無制限説による運用が行われているため,仮に一定の範囲で無制限説を修正し,それによって相殺の担保的機能の認められる範囲が変更される場合には,既存の取引実務(特に金融実務)に対して及ぼす影響が大きくなることが予想される。
したがって,このような既存の取引実務に対する影響を十分に調査した上 で,現行のルールを変更する必要性・合理性があるのかを検討すべきである。そして,当事者が相殺予約について合意している場合には,相殺の担保的機 能への期待を有しているものと考えられ,かかる期待も法的保護に値するも のと考えられる。したがって,相殺予約の効力を一律に認める無制限説の考 え方にも十分に合理性が認められるのであるから,現行のルールを変更する 十分な必要性・合理性が認められない限りは,現行の取引実務において採用 されている無制限説を維持した規律とすべきである。
なお,仮に一定の範囲で無制限説を修正するとしても,現行の取引実務へ
の影響に十分配慮の上,基準として明確かつ合理的となるように要件の内容を慎重に検討すべきである。
第21 新たな債権消滅原因に関する法的概念(決済手法の高度化・複雑化への民法上の対応
1 新たな債権消滅原因となる法的概念に関する規定の要否
多数の当事者間における債権債務の決済の過程において,取引参加者AB間の債権が,集中決済機関(CCP)に対するAの債権とBに対するCCPの債権とに置き換えられる(下図1参照)ことがあるが,この置き換えに係る法律関係を明快に説明するのに適した法的概念が民法には存在しないと指摘されている。具体的な問題点としては,例えば,置き換えの対象となるA B間の債権について譲渡や差押えがされた場合に,法律関係の不明確さが生ずるおそれがあることや,CCPが取得する債権についての不履行により,置き換えの合意そのものが解除されると,既に完了したはずの決済をやり直すなど決済の安定性が害されるおそれがあるとの指摘がされている。 このような指摘を踏まえて,決済の安定性を更に高める等の観点から,上記のような法律関係に適した法的概念に関する規定を新たに設けるべきであるという考え方が提示されている。この考え方は,集中決済を念頭に置きつつも,より一般的で,普遍性のある債務消滅原因として,次のような規定を設けることを提案する。すなわち,AがBに対して将来取得する一定の債権 (対象債権)が,XのBに対する債権及びXのAに対する債務(Xの債権・債務)に置き換えられる旨の合意がされ,実際に対象債権が生じたときは,当該合意に基づき,Xの債権・債務が発生して対象債権が消滅することを内容とする新たな債務消滅原因の規定を設けるべきであるというのである(下図2参照)。 まずは,このような規定の要否について,そもそも上記の問題意識に疑問を呈する見解も示されていることや,集中決済以外の取引にも適用される普遍的な法的概念として規定を設けるのであれば,集中決済以外の場面で悪用されるおそれがないかどうかを検証する必要がある旨の指摘があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 また,仮にこのような規定が必要であるとしても,これを民法に置くことの適否について,債権の消滅原因という債権債務関係の本質について規定するのは基本法典の役割であるとする意見がある一方で,CCPに対する規制・監督と一体として特別法で定めることが望ましいとする意見があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料10-2第5〔72頁〕】 |
図1 A A 10 30 1 30 1 3 D CCP B D CCP B 40 2 40 20 4 2 C C 図2 A A X B X B 2 新たな債権消滅原因となる法的概念に関する規定を設ける場合における第三者との法律関係を明確にするための規定の要否 前記1のような新たな法的概念に関する規定を設ける場合には,併せて,第三者の取引安全を図る規定や,差押え・仮差押えの効力との優劣関係など,第三者との法律関係を明確にするための規定を設けることの要否が検討課題となる。この点について,具体的に以下の①から③までのような規定を設けるべきであるとの考え方が示されているが,これらの規定を民法に置くことの要否について,特に①は決済の効率性という観点から疑問であるとするとの意見や,これらの規定内容が集中決済の場面でのみ正当化されるべきものであるから特別法に規定を設けるべきであるとの意見が示されていることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 ① 第三者の取引安全を確保するため,前記1の債権・債務の置き換えに係る合意については,登記を効力発生要件とし,登記の完了後対象債権の発生前にAがした債権譲渡その他の処分は,効力を否定されるものとする。 ② 対象債権の差押えや仮差押えは,対象債権が発生した時に,Xの債務に対する差押えや仮差押えに移行する。当該差押えの効力が及ぶXの債務を受働債権とする相殺については,民法第511条の規律が適用されるものとする。 ③ (略) 【部会資料10-2第5[72頁]】 |
【意見】
多数当事者間における債権債務の決済(以下「集中決済」という。)の規律は,一般的な規律として債権法に定めるのではなく,特別法によって対応すべきである。
【理由】
新たな債権消滅原因に関する法的概念(以下「一人計算」という。)を導入する理由としては,複数の者が,多角的に債権・債務の法律関係に立つことが想定される場合において,予めなされている合意に基づき,個別の債権・債務の法律関係を,債権者が集中決済機関に対し取得する債権と,集中決済機関が債務者に対し取得する債権が併立する法律関係に移行させることにより,適宜に差引計算などをして簡素な関係に整理することで簡易決済を図り,併せて一部の者についてありうべき無資力の危険を関係者の間において分散を図ることを可能とする取引について,法的に明確な基盤を付与するとともに,計算に組み入れられる債権が,一人計算という債権消滅原因により消滅することを明らかにすることを意図していると説明されている。
もっとも,既存の CMS(キャッシュ・マネジメント・システム)などの集中決済の実務においては,参加者の一部に倒産等が生じた場合の全体への影響が懸念されてはいるものの,セントラルカウンターパーティーへの債権・債務の帰属については,債権譲渡・債務引受けという既存の制度でも十分に整理できるものであり,かかる法律構成は,実務上一定程度定着していると評価できる(例えば,金融商品取引法は,「金融商品債務引受業」という用語を用いている(同法第2条第28項))。たしかに,登記によって包括的な効力を認める「一人計算」の導入により,対抗要件の具備等の事務を簡素化できるメリットがあることは否定できないが,「一人計算」という概念を設ける必要性があるとまではいえないと思われる。特に「一人計算」の要件として登記を求めることが,登記のような公示が求められていない既存の実務の解釈・運用に悪影響を与えることがないか,慎重な検討を要すると考える。
また,集中決済以外の場面では「一人計算」のような制度を設ける必要性は見当たらず,かえって,債権者を変更することによって債権の不当な取立てを図るために濫用される可能性も否定できないと考える。
集中決済の仕組みについては,社会的な有用性が認められる一方で,前述の参加者の倒産等の場面の手当てなど,法的なルールの整備が望まれていることから,特別法を制定することによって対処することも考えられるが,
「一人計算」の概念についても一般的な規律として債権法に定めるのではなく,特別法により集中決済の場面における特則として定めるべきである。
第22 契約に関する基本原則等
3 原始的に不能な契約の効力
原始的に不能な契約の効力については,民法上規定がなく,学説上も見解が分かれていることから,明確ではない。この点について,契約はそれに基づく債務の履行が原始的に不能であることのみを理由として無効とはならないという立場から,その旨を条文上明記するとともに,この規定が任意規定であることを併せて明らかにすべきであるとの考え方が示されている。このような考え方の当否について,原則として無効とはならないという規律は当事者の通常の意思や常識的な理解に反するとの指摘などがあることも踏まえ,更に検討してはどうか。 【部会資料11-2第1,4[7頁]】 |
【意見】
反対である。
無効とはならない旨を条文上明記すべきでない。
【理由】
契約の成立は私的自治の範疇であり,原始的不能な契約の効力については当事者の意思解釈の問題であるので,契約を有効にして履行利益の損害賠償責任を負わせるのが当事者の合理的意思解釈に合致する場合があり得る。そのため,原始的不能はいかなる場合でも一律に無効とする考えには問題がある。
しかし,大部分の事例では,原始的に不能であれば,契約も無効とするのが,当事者の通常の意思や社会常識に合致する。有効となるのはあくまで例外である。
訴訟では,無効と主張する者が,原始的不能であることを主張立証し,有効と主張する者が,その当事者の意思等から例外的に有効であることを主張立証すべきである。
つまり,条項化するとしても,原則的には無効であるが,例外的に有効となる場合があるとして定めるべきである。
(中間的な論点整理の引用は省略) |
【意見】
反対である。
【理由】
現状では,民法上の懸賞広告の利用は,非常に少ないが,現行法の利用者に不利益が出る可能性がある以上,具体的不都合という立法事実がないまま,改正すべきではない。特に限られた時間での議論を前提とするのであれば,現行法で不足する点の付加程度として,大部分の論点は落とすべきである。
約款の組入要件に関する規定を設けることとする場合に,当該規定の適用対象となる約款をどのように定義するかについて,更に検討してはどうか。 その場合の規定内容として,例えば,「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」という考え方があるが,これに対しては,契約書のひな形などが広く約款に含まれることになるとすれば実務における理解と異なるという指摘や,労働契約に関する指摘として,就業規則が約款に該当するとされることにより,労働契約法その他の労働関係法令の規律によるのではなく約款の組入要件に関する規律によって労働契約の内容になるとすれば,労働関係法令と整合的でないなどの指摘もある。そこで,このような指摘にも留意しながら,上記の考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料11-2第5,2[60頁],同(関連論点)[61頁]】 |
【意見】
1 「約款の定義の内容」について
上記例の考え方には反対である。
定義を置くのであれば,雛形など従来約款と考えられていない契約が約款に含まれない定義とし,また,就業規則も除外する方向で,更に検討すべきである。
2 「個別交渉条項及び中心部分に関する条項」について
(1)個別交渉条項
当事者が個別に交渉する場合,個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾した場合は,約款の定義から除外するか,少なくとも約款規制の適用除外とする方向で,更に検討すべきである。
(2)中心部分に関する条項
契約の核心的部分は,約款規律の適用除外と考える方向で,更に検討すべきである。
【理由】
1 「約款の定義の内容」について
約款の定義につき,「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」とする考え方が提言されている【補足説明第27,2,3 [206頁]】。
しかし,かかる定義とすると,雛形のみならず,金融法務における仕組金融で利用される契約書一式などまで含まれかねず,不当である。
この点,約款の定型性に由来して,約款理論上,①条項認識の欠如,②多数取引に定型的に使用されることによる交渉力の構造的不均衡,③隠蔽効果などが問題点として指摘される。そのため,この点にかんがみ,約款の定義に関しては,「多数の取引に対して一律に適用するために,事業者により作成され,あらかじめ定型化された契約条項のこと」(谷口他「新版注釈民法(13)債権(4)173 頁(有斐閣,平成 8 年)」),などと記載されている。
要するに,約款定義の要素には,「多数取引」及び「予めの定式化」のみならず,一律的又は画一的に適用することが予定されており,相手方に交渉の期待可能性がない又は乏しいことも含まれるべきである。
例えば,「多数の契約に用いるために,変更されることを予定せずにそれによらなければ契約しないものとして,あらかじめ定式化された契約条項」などといった表現が考えられる。
また,労働契約に関しては,定型契約たる性質を有する就業規則によると労働契約法で規定されており,かつ,一般的に,就業規則は約款の一つと解釈されている(我妻・債権各論・上巻〔27〕。下井隆史・労働基準法第 4
版 365 頁なども同様)。そのため,今回の考え方のような規定が定められると,労働契約も,民法の約款規制に服することとなって適切でない
2 「個別交渉条項及び中心部分に関する条項」について
(1)個別交渉条項について
契約交渉の実務においては,例えば,ある約款を検討して,①A条項につき,他の選択肢の採否を検討するまでもなく特段の支障がないと判断して応諾し,②D条項に関して自分に有利な他の選択肢を採用するよう強く交渉するため,B条項に関しては譲歩しようと,B条項につき,能動的な交渉行動をすることなく応諾し,③D条項に関して自分に有利な他の選択肢を採用するよう強く交渉するため,C条項に関しては譲歩しようと,C条項につき,能動的な交渉行動をする外観を装いながら結局譲歩して応諾し,④D条項につき,他の選択肢の採否について,約款使用者との間で能動的な交渉行動をし,他の選択肢が採用されるというような事案はまま見られる。
このような事案を考えた場合,④のみならず,上記①ないし③についても,約款規制からの適用除外に該当するとしないと不合理と思われる
(約款全体について適用除外とすることも十分考えられる。)。
かかる場合,能動的な交渉行動はないとしても契約書全体を微細に検討し,納得の上で対応されている場合を想定できることから,約款固有
の問題が解消されたといえるだけの実質がある。
また,金融法務における仕組金融では,当事者は,個別条項を微細に検討の上,各内容を熟知して,承諾しており,約款固有の問題は生じないと考える。
以上にかんがみると,当事者が個別に交渉する場合に加えて,個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾する場合も,約款規制から適用除外とすべきである。
更に検討するに, 個別の交渉を経て採用された条項及び個別条項を検討の上,個別に意思決定をして承諾した条項については,約款起因の問題は解消されており,このような場合には,そもそも,約款規制の対象を画する約款の定義から除外すべきである。
(2)中心的部分に関する条項について
対価の条件が複雑であることなどを理由に様々な見解があるが,対価の点は,約款固有の問題ではない。そもそも,種類,品質,価格などの契約条項の中心部分は相手方においても十分に熟知した上で契約が締結されるべきであり,認識可能性又は交渉可能性が欠如又は乏しいことに起因する約款固有の問題は本来的に妥当しない。
よって,契約の核心的部分は,約款規律の適用除外とすべきである。
第27 約款(定義及び組入要件)
3 約款の組入要件の内容
仮に約款の組入要件についての規定を設けるとした場合に,その内容をどのようなものとするかについて,更に検討してはどうか。 例えば,原則として契約締結までに約款が相手方に開示されていること及び当該約款を契約内容にする旨の当事者の合意が必要であるという考え方がある。このうち開示を要件とすることについては,その具体的な態様によっては多大なコストを要する割に相手方の実質的な保護につながらないとの指摘などがあり,また,当事者の合意を要件とすることについては,当事者の合意がなくても慣習としての拘束力を認めるべき場合があるとの指摘などがある。 このほか,相手方が個別に交渉した条項を含む約款全体,更には実際に個別交渉が行われなくてもその機会があった約款は当然に契約内容になるとの考え方や,約款が使用されていることが周知の事実になっている分野においては約款は当然に契約内容になるとの考え方もある。 約款の組入要件の内容を検討するに当たっては,相手方が約款の内容を知る機会をどの程度保障するか,約款を契約内容にする旨の合意が常に必要であるかどうかなどが問題になると考えられるが,これらを含め,現代の取引社会における約款の有用性や,組入要件と公法上の規制・労働関係法令等他 の法令との関係などに留意しつつ,規定の内容について更に検討してはどう |
か。 また,上記の原則的な組入要件を満たす場合であっても,約款の中に相手方が合理的に予測することができない内容の条項が含まれていたときは,当該条項は契約内容とならないという考え方があるが,このような考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料11-2第5,3[62頁],同(関連論点)[64頁]】 |
【意見】
「原則的な組入要件の内容」について,開示が現実的に困難な場合であるか否かに関わらず,約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くことも約款を開示することと並列的な要件とする方向で検討すべきである。
また,就業規則は適用が排除されるとする方向で更に検討すべきである。
【理由】
1 「原則的な組入要件の内容」について, 契約理論からすれば,約款の内容を具体的に認識できる状態であることを前提に約款を契約内容とすることが合意することが組入要件となることは是認できる。
ただし,約款の開示を原則とし,例外的に,これが著しく困難である場合に限って,約款の指定と相手方が知りうる状態に置くことで足りるとすることには反対である。
例えば,Web上で契約締結する際に,約款確認ボタンをクリックしない限り,契約締結画面が表示されない設定とする場合,約款を開示したと評価される。他方,Web外で契約締結する場合,約款を用いる旨表示し,約款が掲載されているWebのURLアドレスを伝える場合,約款を相手方が知りうる状態に置いたとはいえる。少なくとも,一方が組入要件を充足し,約款の内容をなし,他方が組入要件を充足せず,約款の内容とならないという効果の差異をもたらすほどの相違はないのではないか。
また,数十頁から百数十頁もある保険約款を保険代理店などで提示されたことをもって開示があったとされる場合と,自宅等でWeb上で約款をゆっくり確認できる場合に開示がなかったとされる場合とを比較すると,必ずしも開示をすることが当事者の意思形成に当たって有用であるとはいえず,行為規範としても開示を原則とする理由に欠けると思われる。
さらに,原則と例外のメルクマールである「約款を開示することが著しく困難な場合」であるか否かは必ずしも明らかではない。
契約理論との関係では,認識可能性と約款組入れの合意が重要なのであって,開示することと約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くこととは同等に扱われてよい。
よって,開示が現実的に困難な場合であるか否かに関わらず,約款を用いる旨の表示をすること及び相手方が知りうる状態に置くことも,約款を開示
することと並列的な要件とする方向で更に検討すべきである。
2 また,就業規則は,以下の理由から,適用が排除されるべきである。
労働契約法第7条においては,就業規則は,原則として,①規定の合理性,
②周知という二要件をもって,労働契約への組入れを図るもので,就業規則の事前の周知を求めているにとどまり,就業規則によることの「合意」までは要求していない。
また,労働契約法第10条においては,①変更後の就業規則の周知と,②変更の合理性との要件の下で,(合意によることなく)使用者による労働者に対する労働条件の不利益変更を認めているが,これは,労働契約法第16条の規定する解雇権濫用法理による使用者に対する解雇規制とのバランスをとるためである。
したがって,就業規則について,今回の考え方が適用されることとなると,わが国の労使関係の安定化を覆すことにもなりかねないことになるため,適 切でない。
よって,就業規則は,適用が排除されるとする方向で更に検討すべきである。
第27 約款(定義及び組入要件)
4 約款の変更
約款を使用した契約が締結された後,約款使用者が当該約款を変更する場合があるが,民法には約款に関する規定がないため,約款使用者が一方的に約款を変更することの可否,要件,効果等は明確でない。そこで,この点を明らかにするため,約款使用者による約款の変更について相手方の個別の合意がなくても,変更後の約款が契約内容になる場合があるかどうか,どのような場合に 契約内容になるかについて,検討してはどうか。 |
【意見】
後述第31,5における【意見】2(3)のとおりである。
【理由】
後述第31,5における【理由】2(3)のとおりである。
第28 法律行為に関する通則
1 法律行為の効力
(2) 公序良俗違反の具体化 公序良俗違反の一類型として暴利行為に関する判例・学説が蓄積されていることを踏まえ,一般条項の適用の安定性や予測可能性を高める観点か |
ら,暴利行為に関する明文の規定を設けるものとするかどうかについて,自由な経済活動を萎縮させるおそれがあるとの指摘,特定の場面についてのみ具体化することによって公序良俗の一般規定としての性格が不明確になるとの指摘などがあることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 暴利行為の要件は,伝統的には,①相手方の窮迫,軽率又は無経験に乗じるという主観的要素と,②著しく過当の利益を獲得するという客観的要素からなるとされてきたが,暴利行為に関するルールを明文化する場合には,主観的要素に関しては,相手方の従属状態,抑圧状態,知識の不足に乗じることを付け加えるか,客観的要素に関しては,利益の獲得だけでなく相手方の権利の不当な侵害が暴利行為に該当し得るか,また,「著しく」という要件が必要かについて,更に検討してはどうか。 また,暴利行為のほかに,例えば「状況の濫用」や取締法規に違反する法律行為のうち公序良俗に反するものなど,公序良俗に反する行為の類型であって明文の規定を設けるべきものがあるかどうかについても,検討してはどうか。 【部会資料12-2第1,2(2)[4頁]】 |
【意見】
暴利行為を明文化すること自体には賛成し,「著しく不当」との要件は維持するべきである。
【理由】
暴利行為について,判例の集積として明文化することに賛成する。
ただし,法律行為を無効とするという大きな効果をもたらす以上,その適用範囲は限定的であるべきであるから,「著しく」を削除すべきとの意見には賛同できず,判例の集積としての明文化を行うべきである。なお,近時の消費者取引等の状況にかんがみ,「著しく」を削除するという考え方に賛同する意見もあった。
また,一方で,公序良俗違反には多様なものがあるのに,暴利行為だけを明文化することで,「暴利行為」には該当しないものが,公序良俗違反に該当しないという解釈に繋がる危険があることなどの理由から,明文化に反対する意見もあった。
第29 意思能力
1 要件等
意思能力を欠く状態で行われた法律行為の効力が否定されるべきことには判例・学説上異論がないが,民法はその旨を明らかにする規定を設けて |
いない。そこで,意思能力を欠く状態で行われた法律行為の効力について明文の規定を設けるものとしてはどうか。 その場合には,意思能力をどのように定義するかが問題となる。具体的な規定内容として,例えば,有効に法律行為をするためには法律行為を自らしたと評価できる程度の能力が必要であり,このような能力の有無は各種の法律行為ごとに検討すべきであるとの理解から,「法律行為をすることの意味を弁識する能力」と定義する考え方がある。他方,各種の法律行為ごとにその意味を行為者が弁識していたかどうかは意思能力の有無の問題ではなく,適合性の原則など他の概念が担っている問題であって,意思能力の定義は客観的な「事理を弁識する能力」とすべきであるとの考え方もある。これらの考え方の当否を含め,意思能力の定義について,更に検討してはどうか。 【部会資料12-2第2,1[17頁]】 |
【意見】
明文の規定を設けることに賛成である。
定義を置く場合は,「事理を弁識する能力」とすべきである。
【理由】
意思能力を欠く状態で行われた法律行為の効力が否定されること自体には特段の争いはなく,その旨明文化することは支障がない。
意思能力の定義について,現状では,「法律行為をすることの意味を弁識する能力」という定義と「事理を弁識する能力」という定義が提案されている。
このうち,前者の定義(法律行為定義)によると,「法的な」効果の認識 という評価の点が強調され,非常にハードルが高い用語であるように読め,適切でない(少なくとも一般人はそう感じる。)。また,法律行為という言 葉そのものの意味がわからないため,定義として不十分である。
一方,「事理を弁識する能力」との考えは,実務上も広く受け入れられている考えである。「事理」という言葉は,単にやや古い言い回しというだけで,一般市民が理解できない言葉ではない。また,この定義によっても,その法律行為の内容等によって,その能力が相関的に判断されることを排除するものでない。
第29 意思能力
1 要件等
(2) 意思能力を欠く状態で行われた法律行為が有効と扱われる場合の有無 意思能力を欠く状態で行われた法律行為であっても,その状態が一時的な |
ものである場合には,表意者が意思能力を欠くことを相手方が知らないこともあり,その効力が否定されると契約関係が不安定になるおそれがあるとの指摘がある。また,意思能力を欠いたことについて表意者に故意又は重大な過失がある場合には,意思能力を欠くことを知らなかった相手方に意思能力の欠如を対抗できないという考え方がある。これに対し,意思能力を欠く状態にある表意者は基本的に保護されるべきであるとの指摘もある。 以上を踏まえ,意思能力を欠く状態で行われた法律行為が有効と扱われる場合の有無,その具体的な要件(表意者の帰責性の程度,相手方の主観的事情等)について,検討してはどうか。 【部会資料12-2第2,1[17頁](関連論点)[19頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
通常の意思無能力は,意思無能力者に全く責任がないという場合の方が多い。それゆえに,相手方の保護がないとしても仕方がない,というのが現在の法の考え方と思われる。その考え方を変えなければならない積極的な理由はない。
対抗できないとする考え方は,いわゆる刑法における原因において自由 な行為を想定しているケースだが,極めて例外的な場合であり,わざわざ 条文化する必要はなく,本当に必要であれば信義則などで対応すればよい。むしろ,条文化することにより,多数の事例でこの抗弁が主張されること となり,迅速な表意者保護が図れなくなるおそれが生じる(例:遺伝に基 づく病気が原因で意思無能力になったというケース)。
また,意思表示に関する規定は契約当事者双方に意思能力がある場面で適用される規定にすぎず,意思表示に関する規定の考え方を参照すること自体が意思無能力の場面と平仄の合わない試みである。
第29 意思能力
2 日常生活に関する行為の特則
意思能力を欠く状態で行われた法律行為であっても,それが日常生活に関する行為である場合は意思能力の不存在を理由として効力を否定することができない旨の特則を設けるべきであるとの考え方がある。これに対しては,不必要な日用品を繰り返し購入する場合などに意思無能力者の保護に欠けるおそれがあるとの指摘や,意思能力の意義について当該法律行為をすることの意味を弁 識する能力とする立場に立てばこのような特則は不要であるとの指摘がある。 |
これらの指摘も踏まえ,日常生活に関する行為の特則を設けるという上記の考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料12-2第2,1(関連論点)[19頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
日常生活に関する行為を有効とすることで,表意者の保護に欠けることとなり,妥当でない。
例えば,健康食品を次々と売りつける行為といったものを考えると,こうした行為が有効となってしまう可能性があるというのは適切とは思えない。例外的に有効とすべき場合は,信義則などで対応すれば足りる。
第29 意思能力
3 効果
現在の判例及び学説は,意思能力を欠く状態で行われた法律行為は無効であるとしているが,これは意思無能力者の側からのみ主張できるなど,その効果は取消しとほとんど変わりがないことなどから,立法論としては,このような法律行為は取り消すことができるものとすべきであるとの考え方も示されている。このような考え方に対し,取り消すことができる法律行為は取消しの意思表示があるまでは有効と扱われるため取消しの意思表示をすべき者がいない場合などに問題を生ずること,取消しには期間制限があるために意思無能力者の保護が十分でないこと,意思無能力者が死亡して複数の相続人が相続した場合の取消権の行使方法が明らかでないことなどから,意思能力を欠く状態で行われた行為の効果を主張権者が限定された無効とすべきであるとの考え方もある。これらを踏まえ,意思能力を欠く状態で行われた法律行為の効果を無効とするか,取り消すことができるものとするかについて,更に検討してはどうか。その検討に当たっては,効力を否定することができる者の範囲,効力を否定することができる期間,追認するかどうかについての相手方の催告権の要否,制限行為能力を理由として取り消すこともできる場合の二重効についてどのように考えるかなどが問題になると考えられるが,これらについて,法律行為の無効及び取消し全体の制度設計(後記第32)にも留意しつつ,検討してはどうか。 【部会資料12-2第2,2[20頁], 部会資料13-2第2,4[56頁]】 |
【意見】
無効とすべきである。
無効とした場合の解釈は,現行法と同様とする。
【理由】
例えば,意思無能力の親族がいたときに,その行為を成年後見人等がいなければ主張ができないというのでは法の保護として十分とは言い難く,意思無能力の効果は無効とすべきである。
また,取消しとした場合,現在,遺言無効として争われている事例において,取消権の行使権者などの疑義が生じるため,適切でない。
相対的無効,取消的無効という考え方自体,基本的に講学上の概念であり,裁判例などで採用されている例は極めて限られているもので,現在の解釈を 変更する理由はない。
法的なバランス論からみても,心裡留保や虚偽表示は無効というのにそれよりも意思表示の瑕疵の程度が重いと考えられる意思無能力において取消しというのではバランスが悪い。
錯誤をめぐる紛争の多くは動機の錯誤が問題となるものであるにもかかわらず,動機の錯誤に関する現在の規律は条文上分かりにくいことから,判例法理を踏まえて動機の錯誤に関する明文の規定を設ける方向で,更に検討してはどうか。 規定の内容については,例えば,事実の認識が法律行為の内容になっている場合にはその認識の誤りのリスクを相手方に転嫁できることから当該事実に関する錯誤に民法第95条を適用するとの考え方がある。他方,動機の錯誤に関する学説には,動機の錯誤を他の錯誤と区別せず,表意者が錯誤に陥っていること又は錯誤に陥っている事項の重要性について相手方に認識可能性がある場合に同条を適用するとの見解もある。そこで,このような学説の対立も踏まえながら,上記の考え方の当否を含め,動機の錯誤に関する規律の内容について,更に検討してはどうか。 【部会資料12-2第3,4(1)[30頁]】 |
【意見】
明文の規定を設けることに賛成である。
【理由】
錯誤が実際に紛争となる場合のうち,多くの場合は動機の錯誤の問題である現状に鑑みれば,動機の錯誤についてもカバーする必要がある。
そして,動機の錯誤と認められるための要件は,動機が明示あるいは黙示
に表示されて法律行為の内容となり,それが法律行為の要素に当たる場合といった,判例に沿うものとすべきである。
この際,重要な点は,動機について相手方の認識可能性を要件とすることであり,これにより,予見可能性や訴訟における攻撃防御方法の明確化を図ることができるのであるから,これを修正する考え方は適切でない。
第30 意思表示
3 錯誤
(4) 効果 錯誤があった場合の意思表示の効力について,民法は無効としている (同法第95条本文)が,無効の主張は原則として表意者だけがすることができると解されているため,その効果は取消しに近づいているとして,錯誤による意思表示は取り消すことができるものとすべきであるとの考え方がある。このような考え方に対しては,取消権の行使期間には制限があるなど,表意者の保護が十分でなくなるおそれがあるとして,無効という効果を維持すべきであるとの考え方もあることから,これらを踏まえ,錯誤による意思表示の効果をどのようにすべきかについて,更に検討してはどうか。 その検討に当たっては,錯誤に基づく意思表示の効力を否定することができる者の範囲,効力を否定することができる期間,追認するかどうかについての相手方の催告権の要否などが問題になると考えられるが,これらについて,法律行為の無効及び取消し全体の制度設計(後記第32)にも留意しつつ,検討してはどうか。 【部会資料12-2第3,4(4)[34頁], 部会資料13-2第2,4[56頁]】 |
【意見】
無効とするべきである。
その他関連論点は,現在の実務によるべきである。催告権は,必要性が乏しい。
【理由】
実務上,他の意思表示の無効・取消しに比して,錯誤無効の登場は比較的多いと思われるが,これは,錯誤の適用範囲が他の意思表示に比して広いことだけではなく,主張する期間の制限がないことから,相当の期間経過後のものであっても主張可能であるからと思われる(現在でも 20 年以上前の契約について主張されることはままある。)。
真に救済が必要なものは救済をすべきであることを考えると,現在の実務における解釈を積極的に変更すべき理由はない。
そのため,効果は無効とすべきであるし, その他,主張権者,主張期間についても,現在の実務を変更する積極的な理由はない。
また,催告権については,意思表示の相手方が錯誤無効の可能性に気づく 場合とは,未成年者などの客観的に判別可能な事実がある場合とは異なり,主張権者から錯誤無効の主張が行われたときであるのが通常と思われる。 そうすると,催告権を設ける実益は乏しいように思われる。
第30 意思表示
5 意思表示に関する規定の拡充
詐欺,強迫など,民法上表意者が意思表示を取り消すことができるとされている場合のほかにも,表意者を保護するため意思表示の取消しを認めるべき場合があるかどうかについて,更に検討してはどうか。 例えば,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項に関して誤った事実を告げられたことによって表意者が事実を誤認し,誤認に基づいて意思表示をした場合には,表意者は意思表示を取り消すことができるという考え方がある。また,表意者の相手方が表意者にとって有利な事実を告げながら,これと表裏一体の関係にある不利益な事実を告げなかったために表意者がそのような事実が存在しないと誤認し,誤認に基づいて意思表示をした場合(誤った事実を告知されたことに基づいて意思表示をした場合と併せて不実表示と呼ぶ考え方がある。)には,表意者は意思表示を取り消すことができるという考え方もある。これらの考え方に対しては,濫用のおそれを指摘する指摘や,表意者が事業者であって相手方が消費者である場合にこのような規律を適用するのは適当ではないとの指摘,相手方に過失がない場合にも取消しを認めるのであれば相手方の保護に欠けるとの指摘などもあるが,これらの指摘も踏まえ,上記の考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料12-2第3,6(1)[52頁],(2)[56頁]】 |
【意見】
他の規定,特に不実告知や不利益事実の不告知(以下両者をまとめて「不実表示」という。)がなされた場合に意思表示を取り消すことができる旨の規定を民法に設けることにつき,反対である。
【理由】
【部会資料12-2第3,6[51~61頁]】では消費者契約法における不実表示の規定を参照しつつ,同趣旨の規定を,消費者契約に対象を限定しない一般ルールとして民法に設けるべきという考え方が提案されている。しかし,現在提案されている案には,適用の対象に制限がないことなどか
ら以下のような問題がある。
まず,事業者間取引に上記規律を及ぼすと,事業者間取引の迅速性を損なうおそれがある。また,事業者間におけるM&A取引やライセンス取引では表明保証条項により,不実表示がなされてしまった場合について,個別の取引において独自の手当てがなされている場合がある。加えて,消費者側が不実表示をした場合に事業者に取消権を認めると,かえって消費者にとって不利である。
次に,現在の提案は,錯誤無効や詐欺取消しとの適用場面の違いが不明確であり,新たな規律を設ける必要性に疑問がある。
さらに,情報提供義務に関する規律と連続性をもって制度設計されるべきである対等当事者間では,表示者の提供した情報に誤りがあり得るというリスクも折り込み済みで合意がなされているので(詐欺に該当するような悪性が強い場合はそのリスクを超過するので取消しが許される。),不実表示がなされた場合に契約関係で拘束する前提を欠くとは必ずしもいえない。
このような問題点を踏まえ,当会の意見としては,部会資料12-2において提案されている意見には反対する。
なお,部会資料12-2において提案されている意見に反対する立場での 意見は,①民法典においてこのような規律をすることには反対という意見と,
②現在の部会資料12-2の案には賛成できないが,表示者に過失を要求す る,効果を損害賠償とする,表示者が消費者の場合には適用を限定するなど,何らかの修正を加えるべきという意見に大別された。
①の意見は,対等当事者間における規制の必要性に疑問があり,立法化する必要性がない,情報格差がある場合については,消費者契約法やその他特別法による手当てが可能であり,民法典において新たな規律を設ける必要性がない,効果を意思表示の取消しとすると,オールオアナッシングとなるので,意思表示に関する規律として導入すべきではない,ことなどを理由とする。
②の意見は,不実表示に関する新たな規律を設けること自体は賛成し得るとしながらも,更なる要件の絞り込み,あるいは効果の修正が必要であるとする。具体的には,表示者に過失がある場合に適用場面を限定する,消費者が表示者の場合には適用を制限する,不実表示の内容を重要なものに絞り込む,表示者に故意や信義則違反がある場合に絞る,効果を契約の解除や損害賠償ができるにとどめるとしておく(したがって,契約総論等別の箇所での規律となる。)等,様々な意見が出た。
以上のとおり,その内容には検討の余地はあるが,いずれにせよ,結論として部会資料12-2において提案されている案には反対である。
第31 不当条項規制
1 不当条項規制の要否,適用対象等
(1) 契約関係については基本的に契約自由の原則が妥当し,契約当事者は自由にその内容を決定できるのが原則であるが,今日の社会においては,対等な当事者が自由に交渉して契約内容を形成することによって契約内容の合理性が保障されるというメカニズムが働かない場合があり,このような場合には一方当事者の利益が不当に害されることがないよう不当な内容を持つ契約条項を規制する必要があるという考え方がある。このような考え方に従い,不当な契約条項の規制に関する規定を民法に設ける必要があるかについて,その必要性を判断する前提として正確な実態の把握が必要であるとの指摘などにも留意しつつ,更に検討してはどうか。
(2) 民法に不当条項規制に関する規定を設けることとする場合に対象とすべき契約類型については,どのような契約であっても不当な契約条項が使用されている場合には規制すべきであるという考え方のほか,一定の契約類型を対象として不当条項を規制すべきであるとの考え方がある。例えば,約款は一方当事者が作成し,他方当事者が契約内容の形成に関与しないものであること,消費者契約においては消費者が情報量や交渉力等において劣位にあることから,これらの契約においては契約内容の合理性を保障するメカニズムが働かないとして,これらを不当条項規制の対象とするという考え方(消費者契約については後記第62,2①)である。また,消極的な方法で不当条項規制の対象を限定する考え方として,労働契約は対象から除外すべきであるとの考え方や,労働契約においては,使用者が不当な条項を使用した場合には規制の対象とするが,労働者が不当な条項を使用しても規制の対象としないという片面的な考え方も主張されている。これらの当否を含め,不当条項規制の対象について,更に検討してはどうか。
【部会資料13-2第1,1[1頁],2(1)[5頁],部会資料20-2第1,2[11頁]】
【意見】
全ての契約を対象とする一般的な不当条項規制を民法に導入することに反対である。
約款規制については,現行法令との関係も含めて,慎重に検討すべきである。
消費者契約の規制については,第62のとおりである。労働契約については,対象から除外すべきである。
【理由】
対等当事者間の契約においては,契約自由の原則が強く妥当するものであり,全ての契約を対象とする一般的な不当条項規制を設けることは適切でない。
対等でない当事者間においては,業者間であれば独占禁止法や下請法などの法令,消費者と事業者であれば消費者契約法など,現行法令でも様々な手段が用意されているもので,それ以外にどういった場合に導入しなければならないのか,契約自由の原則への過度な規制にならないのか,慎重に立法事実を調査する必要がある。
また,約款については,その定義や組入要件など問題が多いものであるが
(第27),その効果である不当条項規制についても,多くの業法や消費者契約法など,現行法令でも様々な手段が用意されているのであり,同様に慎重に立法事実を調査する必要がある。
加えて,消費者契約に関する意見については後記第62のとおりであり,労働契約の取扱いについては,前記第27のとおり,約款の規制から外すのと同様に,除外すべきである。
第31 不当条項規制
2 不当条項規制の対象から除外すべき契約条項
不当条項規制の対象とすべき契約類型に含まれる条項であっても,契約交渉の経緯等によって例外的に不当条項規制の対象から除外すべき条項があるかどうか,どのようなものを対象から除外すべきかについて,更に検討してはどうか。 例えば,個別に交渉された条項又は個別に合意された条項を不当条項規制の対象から除外すべきであるとの考え方がある。このような考え方の当否について,どのような場合に個別交渉があったと言えるか,一定の契約類型 (例えば,消費者契約)に含まれる条項は個別交渉又は個別合意があっても不当条項規制の対象から除外されないという例外を設ける必要がないかなどに留意しながら,更に検討してはどうか。 また,契約の中心部分に関する契約条項を不当条項規制の対象から除外すべきかどうかについて,中心部分とそれ以外の部分の区別の明確性や,暴利行為規制など他の手段による規制の可能性,一定の契約類型(例えば,消費者契約)に含まれる条項は中心部分に関するものであっても不当条項規制の対象から除外されないという例外を設ける必要はないかなどに留意しながら,更に検討してはどうか。 【部会資料13-2第1,2(2)[6頁],(3)[8頁]】 |
【意見】
「個別交渉条項」及び「中心部分に関する条項」について
前記第27,2の【意見】2のとおりである。
【理由】
「個別交渉条項」及び「中心部分に関する条項」について前記第27,2の【理由】2のとおりである。
第31 不当条項規制
4 不当条項の効力
民法に不当条項規制に関する規定を設けることとする場合には,ある条項が不当と評価された場合の効果が問題になるが,この点に関しては,不当条項規制の対象となる条項は不当とされる限度で一部の効力を否定されるとの考え方と,当該条項全体の効力を否定されるとの考え方がある。いずれが適当であるかについては,「条項全体」が契約内容のうちどの範囲を指すかを明確にすることができるか,法律行為に含まれる特定の条項の一部に無効原因がある場合の当該条項の効力をどのように考えるか(後記第32,2(1))にも留意しつつ,更に検討してはどうか。 また,不当な条項を無効とするか,取り消すことができるものとするかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料13-2第1,3(2)[13頁]】 |
【意見】
仮に不当条項規制を導入する場合であっても,「効力を否定される範囲」について,当該条項を全部無効とすることには反対である。不当条項に該当した場合は,当該条項の全部又は一部を無効(取消し)とする旨の規定とする方向で,更に検討すべきである。
【理由】
「効力を否定される範囲」について,不当条項に該当した場合,約款使用者に対する制裁の観点から,当該条項を全部無効とする考え方が提言されている。
しかし,仮に不当条項規制を導入するとしても,規制に抵触する限度で効力を否定すれば足り,条項全部を無効とするのは行き過ぎである。
また,上記不当条項規制に抵触する部分を除外して約款の組入れがなされていた場合には,そもそも相手方としては当該条項に従わなければならず,本来的に保護される以上に保護を与えることは行き過ぎである。
ただし,①不当条項規制に部分的にせよ抵触する契約条件に対し制裁ないし予防の意味が働く場合,②一部無効とすべき当該一部が一義的に確定できず,全部無効としなければ不当条項規制の趣旨を没却する場合など,例外的に全部無効とすべき場合がありうる。
そこで,不当条項の不当性の程度に応じて,全部又は一部を無効とすることによる旨の規定とする方向で,更に検討すべきである。
第31 不当条項規制
5 不当条項のリストを設けることの当否
民法に不当条項規制に関する規定を設けることとする場合には,どのような条項が不当と評価されるのかについての予測可能性を高めることなどを目的として,不当条項規制に関する一般的規定(前記3及び4)に加え,不当と評価される可能性のある契約条項のリストを作成すべきであるとの考え方があるが,これに対しては,硬直的な運用をもたらすなどとして反対する意見もある。そこで,不当条項のリストを設けるという考え方の当否について,一般的規定は民法に設けるとしてもリストは特別法に設けるという考え方の当否も含め,更に検討してはどうか。 また,不当条項のリストを作成する場合には,該当すれば常に不当性が肯定され,条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証することができないものを列挙したリスト(ブラックリスト)と,条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当性の評価を覆すことができるものを列挙したリスト(グレーリスト)を作成すべきであるとの考え方がある。これに対し,ブラックリストについては,どのような状況で使用されるかにかかわらず常に不当性が肯定される条項は少ないのではないかなどの問題が,グレーリストについては,使用者がこれに掲載された条項を回避することにより事実上ブラックリストとして機能するのではないかなどの問題が,それぞれ指摘されている。そこで,どのようなリストを作成するかについて,リストに掲載すべき条項の内容を含め,更に検討してはどうか。 【部会資料13-2第1,4[15頁]】 |
【意見】
1 「リストを作成することの当否」及び「リストの種類」反対する。
特に事業者間に関して不当条項のリストを設けることには反対である。
2「不当条項の具体的な内容」について
(1)条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項反対である。
当該条項をリスト化とするとしても,その適用範囲を反対給付と対価関係にある債務に限定するなど限定的にする方向で,検討すべきである。
(2)相手方の抗弁権を排除又は制限する条項反対である。
(3)条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項反対である。
【理由】
1「リストを作成することの当否」及び「リストの種類」について
不当条項規制そのものに反対する以上,リスト化にも反対である。
仮に,リストを設けるとしても,特に十分な情報及び交渉力を持つ事業者同士の取引においては,当事者間で織り込み済みであるものまで,不当条項に該当するとして後から無効とされかねず,不当である。特に,ブラックリストについては,契約全体の趣旨や当事者の関係性等によれば合理性があると考えられる場合にまで,その合理性を主張立証するまでもなく無効となってしまうのは不合理である。
2「不当条項の具体的な内容」について
(1)条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
例えば,反対給付と対価関係にあるA物品の取引のおまけに対価関係があるとはいえないB物品を提供することができることを規定するため,
「B物品を提供するものとする。ただし,裁量により提供しないこともできる。」と規定すると,任意に債務を履行しないことを許容する条項となる。この場合,仮に無効とすると,提供したB物品不当利得返還請求権の対象になりそうだが,それは妥当でない。
当該不当条項規制でいう債務にあらゆる付随的債務が含まれないよう,当該債務が任意に履行されないことにより,契約を締結することと矛盾すると解される範囲の債務に限定すべきである。
(2)相手方の抗弁権を排除又は制限する条項
例えば,通信販売では,事業者名義の銀行口座における着金確認を待って商品を消費者に対し配送することが通常合意されるものと思われる。かかる合意は売買代金の支払を商品の配送に対し先履行の関係に立たせるもので,同時履行の抗弁権を排除する条項と評価される。
しかし,かかる合意を前提に事業者は取引の安全を確保するものであり,現在の実務において当然に規定され(特商法でも認められている。),一定 の合理性を有する。
また,消費者の事業者に対する抗弁権を排除又は制限する条項を消費者契約に関する不当条項と推定することも,上記合理性を無視して基本的に信義則に反するとするもので是認できない。
(3)条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項
長期に亘る契約関係の中で社会的・経済的事情が変化することが当初より想定され,したがって,条項使用者による約款変更権限を認める必要性・合理性があると考えられる。仮に,条項使用者による約款変更権限が認められないとすると,約款組入れの要件が必要とされ,約款変更時に開示と組入れの合意を常に要求することが実務上困難である場合もあり,またそれ自体コストである。他方,条項使用者による約款変更権限を認めても,別途内容規制に服することから格別の不都合はない。
同一人が本人としての法的地位と無権代理人としての法的地位とを併せ持つに至った場合における相手方との法律関係に関しては,判例・学説の到達点を踏まえ,無権代理人が本人を相続したとき,本人が無権代理人を相続したとき,第三者が無権代理人と本人の双方を相続したときなどの場面ごとに具体的な規定を設けるかどうかについて,更に検討してはどうか。 【部会資料13-2第3,4(2)[111頁],ア[112頁], イ[114頁],同(関連論点)[115頁],ウ[115頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
無権代理と相続の問題には,多様なケース・論点が存在しており,その全てについて判例・学説のコンセンサスが存在するとはいい難い状況である。したがって,これらにつき具体的な明文の規定を置くことはせず,引き続き解釈に委ねることが妥当であると考える。
無権代理と相続の問題については,①無権代理人相続型(無権代理人が本人を相続するケース),②本人相続型(本人が無権代理人を相続するケース),③双方相続型-無権代理人相続先行型(本人と第三者が無権代理人を相続後,本人が死亡するケース),④双方相続型-本人相続先行型(無権代理人と第三者が本人を相続後,無権代理人が死亡するケース),の4類型が考えられる。
このうち,①,②及び④については,判例・学説のコンセンサスが存在し,大きな異論はないように見受けられる。しかしながら,③については,相続 人が本人の資格に基づいて追認を拒絶する余地はないとする判例(最判昭和 63 年 3 月 1 日家月 41 巻 10 号 104 頁)に対し,学説では,この場合にも相 続人による追認拒絶を認める見解が有力である。このように,③のケースに ついては判例と学説に対立がみられ,具体的な明文規定を置くことについて のコンセンサスは得られていないのが現状であると思われる。
また,共同相続の場合については,追認権(ないし追認拒絶権)が共同相続人全員に可分的に帰属するか不可分的に帰属するかが問題となるところ,かかる問題は代理における追認権(ないし追認拒絶権)に限らず,形成権を相続した場合一般に妥当する問題である。
これらの点を勘案すると,無権代理と相続の問題において,明文の規定を置ける程度まで議論が成熟しているとまでは言えない。
第33 代理
自己の名で法律行為をしながら,権利の移転等の特定の法律効果を他人に帰属させる制度である授権のうち,被授権者が自己の名で,授権者が有する権利を処分する法律行為をすることによって,授権者がその権利を処分したという効果が生ずる処分授権について,委託販売の法律構成として実際上も重要であると指摘されていることを踏まえて,明文の規定を新たに設けるべきであるとの考え方がある。この考え方の当否について,その概念の明確性や有用性に疑問を呈する意見があることにも留意しつつ,更に検討してはどうか。 授権者 権利の移転・設定 処分授権 法律行為 被授権者 相手方 (権利の移転・設定を除く効果) 【部会資料13-2第3,5[116頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
法律行為(主として契約。本項において以下同じ。)の当事者でない授権者に被授権者・相手方間の法律行為の効力が及ぶ授権は,授権者の被授権者に対する授権行為の存在を前提とするとはいえ,私法上の大原則である私的自治の重大な例外をなすものであり,相応の立法事実が必要と思われるところ,かかる立法事実が存在するとは思われない。
処分授権がいわゆる委託販売の法律構成として重要であるとの指摘があるとのことであるが,一般に委託販売であるといわれている百貨店における物品の販売については,授権処分ではなく,売上仕入れ(百貨店が業者から預託を受けた商品を一般消費者に販売し,一般消費者に対する売買契約の成立
時に,当該商品について業者と百貨店との間の売買契約も成立する)といわれる法律構成が採られており,実務界において授権処分に関する明文規定を設けるべきとの声は聞かれなかった。
第36 消滅時効
1 時効期間と起算点
(1) 原則的な時効期間について 債権の原則的な時効期間は10年である(民法第167条第1項)が,その例外として,時効期間を職業別に細かく区分している短期消滅時効制度(同法第170条から第174条まで)や商事消滅時効(商法第522条)などがあるため,実際に原則的な時効期間が適用されている債権の種類は,貸付債権,債務不履行に基づく損害賠償債権などのうち商事消滅時効の適用されないものや,不当利得返還債権などがその主要な例となる。しかし,短期消滅時効制度については,後記(2)アの問題点が指摘されており,この問題への対応として短期消滅時効制度を廃止して時効期間の統一化ないし単純化を図ることとする場合には,原則的な時効期間が適用される債権の範囲が拡大することとなる。そこで,短期消滅時効制度の廃止を含む見直しの検討状況(後記(2)ア参照)を踏まえ,債権の原則的な時効期間が実際に適用される債権の範囲に留意しつつ,その時効期間の見直しの要否について,更に検討してはどうか。 具体的には,債権の原則的な時効期間を5年ないし3年に短期化すべきであるという考え方が示されているが,これに対しては,短期化の必要性を疑問視する指摘や,商事消滅時効の5年を下回るのは実務上の支障が大きいとの指摘がある。また,時効期間の長短は,起算点の定め方(後記 (4))と関連付けて検討する必要があり,また,時効期間の進行の阻止が容易かどうかという点で時効障害事由の定め方(後記2)とも密接に関わることに留意すべきであるとの指摘もある。そこで,これらの指摘を踏まえつつ,債権の原則的な時効期間を短期化すべきであるという上記の考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,2(2)[5頁]】 |
【意見】
原則的な時効期間は,現行法の 10 年を維持すべきである。
【理由】
現行法の短期消滅時効制度を見直すことは,原則的な時効期間を短期化すべきことに直ちには結びつかないことに留意すべきである。原則的な時効期間を短期化すべきか否かは,短期消滅時効制度の廃止を含む見直しの検討状況を踏まえて判断するのではなく,社会の実情を踏まえつつ,原則的な時効
期間を短期化する必要があるか否かという観点から決定されるべき問題である。それぞれの法律における短期の消滅時効期間には,それぞれ固有の存在理由が存するからである。例えば,労働基準法では,賃金(退職手当を除く。),災害補償その他の請求権について 2 年間,退職手当の請求権につい
て 5 年間という短期の消滅時効期間の特則が定められているところ(第1
15条),かかる規律は,長年に渡り労使間で定着していると評価し得るのであり,今般の債権法の改正に際して,賃金その他の請求権の消滅時効期間に関する労使間の関係に変更を来たす立法事実は存しないと考えられる。
この点,原則的な時効期間について,「権利を行使することができる時」
(いわゆる客観的起算点)から起算する比較的長期の時効期間(10 年)という時効期間を維持した上で,これに加えて,債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(いわゆる主観的起算点)から起算する比較的短期の時効期間([3/4/5]年)を併置する考え方(すなわち,起算点の異なる二重の時効期間を置く考え方)等が提示されている(【部会資料14-2第2,
2(2)[5~9頁],同(4)[13~14頁]】,民法(債権法)改正検討委員会『詳解 債権法改正の基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務, 2009 年)(以下「改正検討委員会・詳解基本方針Ⅲ」という。)166頁以下)。債権者としては,「権利を行使することができる時」には債権発生の原因や債務者を知っていることが通常である以上,この提案によれば,債権の時効期間については原則として主観的起算点からの時効期間が適用されることになり,その結果,実質的には,原則的な時効期間が現行法の 10 年から
[3/4/5]年へと大幅に短期化されることになるといえる。
しかし,多くの弁護士の実務経験に照らすと,債権の原則的な時効期間が
10 年であることにより,人びとや取引社会に過度な「負担」や「危険」が生じているような事例はほとんど想定されない。かえって,原則的な時効期間が実質的に大幅に短期化されることにより,真実の債権者(特に債権の管理能力が必ずしも高くない個人や中小企業など)が債権を失うことの弊害又は不正義は看過し得ないものがあるといえる。したがって,原則的な時効期間を実質的に大幅に短期化する考え方には反対する。
第36 消滅時効
1 時効期間と起算点
(2) 短期消滅時効期間の特則についてア 短期消滅時効制度について
短期消滅時効制度については,時効期間が職業別に細かく区分されていることに対して,理論的にも実務的にも様々な問題が指摘されていることを踏まえ,見直しに伴う実務上の様々な影響に留意しつつ,職業に応じた区分(民法第170条から第174条まで)を廃止する方向で,更に検討してはどうか。
その際には,現在は短期消滅時効の対象とされている一定の債権など,比較的短期の時効期間を定めるのが適当であると考えられるものを,どのように取り扱うべきであるかが問題となる。この点について,特別な対応は不要であるとする考え方がある一方で,①一定の債権を対象として比較的短期の時効期間を定めるべき必要性は,原則的な時効期間の短期化(前記(1)参照)によって相当程度吸収することができる(時効期間を単純化・統一化するメリットの方が大きい)とする考え方と,②職業別の区分によらない新たな短期消滅時効として,元本が一定額に満たない少額の債権を対象として短期の時効期間を設けるとする考え方などがあることを踏まえ,更に検討してはどうか。
【部会資料14-2第2,2(1)[3頁]】
【意見】
....
①現行法の短期消滅時効制度(職業別に細かく区分されている短期消滅時
効制度)は見直されるべきであるが,短期消滅時効制度それ自体を廃止するという考え方には反対する。②上記のとおり,原則的な時効期間の短期化には反対であり,一定の少額債権については,2 年を時効期間とする新たな短期消滅時効の対象とするといった短期消滅時効制度が妥当である。
【理由】
現行法の短期消滅時効制度について指摘されている問題点(【部会資料1
4-2[4~5頁]】,改正検討委員会・詳解基本方針Ⅲ[158頁以下],法制審議会民法(債権関係)部会第12回会議における複数の委員等の発言など)については,基本的に異存はなく,現行法の短期消滅時効制度を見直し,できる限り時効期間の統一化又は単純化を図るという方向性それ自体は妥当なものと考える。
なお,現行法の短期消滅時効制度について否定的に見直した上で,原則的な時効期間について現行法を維持すると,部会資料14-2[7頁]に記載されているとおり,多くの事例において時効期間が大幅に長期化する結果となる可能性があることは否めない(現代の取引社会においては,5 年の商事消滅時効(商法第522条)に服する債権が相当程度存在するため,それらの債権については,現行法の短期消滅時効制度を廃止したとしても,現行法の短期消滅時効に服している債権の時効期間が一律に 10 年になるわけではない。)。
この点,債務者が弁済の記録を保存しておく負担を考えると,全ての債権について一律に 10 年(又は商事消滅時効の対象となる債権であれば 5 年)の時効期間とすることは,確かに適当ではない。そこで,一定の少額債権については,2 年を時効期間とする新たな短期消滅時効の対象とするといった考え方(民法改正研究会編『法律時報増刊 民法改正 国民・法曹・学界有
志案』(日本評論社,2009 年)135 頁)が,真実の債権者の保護と債務者の負担の軽減という双方の要請のバランスを図ることができ,その基準も明確であることから,基本的に妥当なものであると考える。
第36 消滅時効
1 時効期間と起算点
(2) 短期消滅時効期間の特則についてイ (略) ウ (略) エ 不法行為等による損害賠償請求権 不法行為による損害賠償請求権の期間制限に関しては,債権一般の消滅時効に関する見直しを踏まえ,債務不履行に基づく損害賠償請求権と異なる取扱いをする必要性の有無に留意しつつ,現在のような特則(民法第724条)を廃止することの当否について,更に検討してはどうか。また,不法行為の時から20年という期間制限(同条後段)に関して,判例は除斥期間としているが,このような客観的起算点からの長期の期間制限を存置する場合には,これが時効であることを明確にする方向で,更に検討してはどうか。 他方,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権に関しては,債権者 (被害者)を特に保護する必要性が高いことを踏まえ,債権一般の原則的な時効期間の見直しにかかわらず,現在の不法行為による損害賠償請求権よりも時効期間を長期とする特則を設ける方向で,更に検討してはどうか。その際,特則の対象範囲や期間については,生命及び身体の侵害を中心としつつ,それと同等に取り扱うべきものの有無や内容,被侵害利益とは異なる観点(例えば,加害者の主観的態様)からの限定の要否等に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,2(3)ウ[11頁]】 |
【意見】
①今般の債権法改正に伴い,不法行為等による損害賠償請求権の時効期間 について廃止又は改正する必要はない。②不法行為の時から 20 年という期 間制限に関して,時効であることを明確にする方向で検討することには賛成 する。③生命,身体等の侵害による損害賠償請求権の時効期間について,原 則的な時効期間よりも長期の期間を定めるという考え方に基本的に賛成する。
【理由】
債権一般の原則的な時効期間について現行法の規律を維持することを前提にすれば,債権一般の原則的な時効期間の規律の変更に伴って不法行為等による損害賠償請求権の時効期間を廃止又は改正する必要は生じない。
次に,不法行為の時から 20 年という期間制限に関して,時効であることを明確にすることに関しては,賛成する。除斥期間であるとすると,請求,差押えなどの時効中断の効力が認められず,被害者が加害者の除斥期間との主張に対して信義則違反,権利濫用としてその不当性を主張することができず,被害者の救済が不十分となる可能性がある(部会議事録第12回[13頁]新谷委員)。
また,債権者(被害者)の保護を理由として,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権の時効期間について債権一般の原則的な時効期間よりも長期の期間(例えば,20 年又は 30 年)を定めるべきという考え方は妥当なものであり,基本的に賛成する。もっとも,「生命」「身体」以外の,「自由」や
「名誉その他の人格的利益」による損害賠償請求権は,実務上,他の債権一般と比べて権利侵害の成否自体が微妙な問題となることも稀ではないという性質があり,また,その外延も必ずしも明確でないため,少なくとも現時点で原則的な時効期間の例外に含めることは適当でないと考える。また,「生命」「身体」の侵害による損害賠償請求権についても,過失による損害賠償請求権も含めるとすれば,債務者(加害者)に酷な場合もあり得るため,故意による損害賠償請求権に限定することも含め,引き続き検討されるべきである。
第36 消滅時効
1 時効期間と起算点
(3) 時効期間の起算点について 時効期間の起算点に関しては,時効期間に関する検討(前記1(1)(2)参照)を踏まえつつ,債権者の認識や権利行使の期待可能性といった主観的事情を考慮する起算点(主観的起算点)を導入するかどうかや,導入するとした場合における客観的起算点からの時効期間との関係について,実務に与える影響に留意しつつ,更に検討してはどうか。 また,「権利を行使することができる時」(民法第166条第1項)という客観的起算点についても,債権の種類や発生原因等によって必ずしも明確とは言えず,紛争が少なくないとの指摘があることから,一定の類型ごとに規定内容の明確化を図ることの要否及びその内容について,検討してはどうか。 さらに,預金債権等に関して,債権に関する記録の作成・保存が債務者 (銀行等)に求められていることや,預けておくこと自体も寄託者としての権利行使と見ることができることなどを理由に,起算点に関する例外的な取扱いを設けるべきであるとする考え方の当否について,預金債権等に限ってそのような法的義務が課されていることはないとの指摘があることも踏まえ,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,2(4)[13頁]】 |
【意見】
①いわゆる客観的起算点による時効期間に加えて,いわゆる主観的起算点による時効期間(起算点の異なる二重の時効期間)を併置する考え方に反対する。起算点の規定の仕方を見直した上で,現行法の規律を維持すべきである。②起算点の規定については,「権利を行使することができる時」とは,
「単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく,さらに権利の性質上,その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当」とする判例(最大判昭和 45 年 7 月 15 日民集 24 巻 7
号 771 頁,最判平成 8 年 3 月 5 日民集 50 巻 3 号 383 頁)の判旨に相当する明文規定を設けることを検討すべきである。
【理由】
原則的な時効期間について,「権利を行使することができる時」という起算点(いわゆる客観的起算点)に加えて,債権者の認識や権利行使の期待可能性といった主観的事情を考慮する起算点(いわゆる主観的起算点)の導入も検討されている(中間的な論点整理 113 頁以下)。
確かに,これにより現行法と比べてきめ細かな対応がなされ得るという利点があることは否定できない。もっとも,主観的起算点による債権時効については,起算点の立証が困難になることにより権利関係が不明確となり,あるいは,紛争の深刻化を招かないか,という懸念が生じる。また,債権時効の時効期間の満了時期がいつであるかが不明確となることから,債権・債務管理の事務を煩雑にするおそれが生じる。さらに,原則的な時効期間の満了時期がいつであるかが不明確となることから,債権・債務管理の事務を煩雑にする恐れが生じる。
このような,取引社会への影響も考慮すると,債権時効の起算点について は,現民法と同じく客観的なもののみとし,主観的起算点は設けるべきでな いと考える。客観的な起算点を採用する現民法下においても,裁判所は,真 実の権利者保護の観点から消滅時効の起算点を遅らせる傾向にあるといった ことも指摘されている(四宮和夫=能見善久『民法総則 第 7 版』(弘文堂,平成 17 年)346 頁など)。このように,客観的起算点のみを採用する場合 であっても,客観的起算点の柔軟な解釈により事案の妥当な解決を図ること が可能である点にも留意すべきである。
なお,時効の起算点について現行法の規律を基本的に維持するとしても,
「権利を行使することができる時」(現行法第166条第1項)という起算 点の規定については,見直す必要があると考える。すなわち,判例によれば,
「権利を行使することができる時」とは,「単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく,さらに権利の性質上,その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当」とされている(最大判昭和 45 年 7 月 15 日民集 24 巻 7 号 771 頁,最判平成 8 年 3 月
5 日民集 50 巻 3 号 383 頁)。権利行使が現実に期待できないにもかかわらず,消滅時効により債権を消滅させることは不正義であり,真実の権利者の保護という観点から,この判例法理は支持できる。
この判例法理は,現行法の文言上は読み取りにくいものであるので,「国民一般に分かりやすいものとする」(法務大臣諮問第 88 号)という今般の債権法改正の目的に照らして,現行法第166条第1項に相当する条項にただし書として加えるなど何らかの形で明文化すべきである。
第36 消滅時効
1 時効期間と起算点
(4) 合意による時効期間等の変更 当事者間の合意で法律の規定と異なる時効期間や起算点を定めることの可否について,現在の解釈論では,時効完成を容易にする方向での合意は許容される等の学説があるものの,必ずしも明確ではない。そこで,合意による時効期間等の変更を原則として許容しつつ,合意の内容や時期等に関する所要の制限を条文上明確にすべきであるという考え方が示されている。このような考え方の当否について,交渉力に劣る当事者への配慮等に留意しながら,更に検討してはどうか。 交渉力に劣る当事者への配慮の在り方として,例えば,消費者概念を民法に取り入れることとする場合には,消費者契約においては法律の規定より消費者に不利となる合意による変更を認めないという特則を設けるべきであるとの考え方がある(後記第62,2③参照)が,このような考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,2(5)[15頁]】 |
【意見】
合意による時効期間等の変更については,現行法と同じく解釈に委ねるべきであり,立法的解決を図ることには反対である。
【理由】
当事者間の合意により時効期間の設定を認めることに関しては,例えば,
①優越的な対場にある債権者が債務者に対して時効期間を延長する合意の設定を押し付け,②優越的な立場にある売主が買主に対して,売買契約に基づく買主の売主に対する損害賠償請求権の行使期間を短縮する合意の設定を押し付け,あるいは,③使用者が被用者に労働者に賃金債権などの行使期間を短縮する合意の設定を押し付けるといった弊害が想定し得る。
これらの弊害に対しては,合意による時効期間等の変更について一定の制限付きで認めることにより,あるいは,公序良俗や不当条項規制により対処することにより,ある程度抑止することは可能であるといえるが,そのよう
な弊害が生じることが想定されるにもかかわらず,あえて立法的解決を図る実務上の必要性があるとはいえない。したがって,合意による時効期間等の変更については,現行法と同じく解釈に委ねるべきであり,立法的解決を図ることには反対する。
第36 消滅時効
2 時効障害事由
(1) 中断事由(時効期間の更新,時効の新たな進行) 時効の進行や完成を妨げる事由(時効障害事由)のうち時効の中断事由 (民法第147条)に関しては,例えば,「請求」(同条第1号)の意味が必ず しも明確でなく,ある手続の申立て等によって時効が中断された後,その手続が途中で終了すると中断の効力が生じないとされるなど,複雑で分かりにくいという問題が指摘されている。また時効の中断は,新たな時効が確定的に進行するという強い効力を有するため,そのような効力を与えるに相応しい事由を整理すべきであるとの問題も指摘されている。そこで,このような問題意識を踏まえて,新たな時効が確定的に進行することとなる事由のみをほかと区別して条文上明記することとしてはどうか。その上で,具体的な事由としては,①権利を認める判決の確定,②確定判決と同一の効力が認められる事由(裁判上の和解等)が生ずること, ③相手方の承認,④民事執行などを掲げる方向で,更に検討してはどうか。 このうち,④民事執行については,債権の存在を認めた執行手続の終了の時から新たな時効が確定的に進行するという考え方が示されているが,このような考え方の当否及び具体的な内容について,更に検討してはどうか。 また,関連して,時効の中断という名称についても,一時的に時効の進行が止まることを意味するとの誤解を生じやすいため,適切な用語に改めることとしてはどうか。 【部会資料14-2第2,3(2)[20頁]】 (2) その他の中断事由の取扱い 時効の中断事由(民法第147条)のうち,新たな時効が確定的に進行することとなる事由(前記(1)参照)以外の事由(訴えの提起,差押え,仮差押え等)の取扱いに関しては,時効の停止事由(同法第158条以下)と同様に取り扱うという案や,時効期間の進行が停止し,その事由が止んだ時から残りの時効期間が再び進行する新たな障害事由として扱うという案(時効期間の進行の停止)などが提案されていることを踏まえ,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,3(3)[22頁],(4)[27頁]】 |
(3) 時効の停止事由 時効の停止事由(民法第158条から第161条まで)に関しては,停止の期間について,3か月に短期化する案がある一方で1年に長期化する案もあることを踏まえ,更に検討してはどうか。また,天災等による時効の停止については,その停止の期間が2週間(同法第161条)とされている点を改め,ほかの停止事由と同等のものとする方向で,更に検討してはどうか。 また,催告(同法第153条)についても,これを時効の停止事由とするかどうかについて,現在の判例法理における裁判上の催告の効果には必ずしも明らかでない部分が少なくないという指摘も踏まえて,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,3(5)[31頁], (3)(関連論点)3[26頁]】 (4) 当事者間の交渉・協議による時効障害 時効完成の間際に当事者間で交渉が継続されている場合には,訴えの提起等により時効完成を阻止する手段を講じなければならないのを回避したいという実務上の要請があることを踏まえ,当事者間における交渉・協議を新たな時効障害事由として位置付けることの当否について,更に検討してはどうか。その際には,新たな時効障害事由を設けることに伴う様々な懸念があることを踏まえ,交渉・協議の意義や,その開始・終了の時期を明確にする方策などについて,更に検討してはどうか。 また,当事者間の交渉・協議を新たな時効障害事由とする場合には,その効果に関して時効の停止事由として位置付ける案や時効期間の進行の停止と位置付ける案について,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,3(6)[32頁]】 (5) その他 ア 債権の一部について訴えの提起等がされた場合の取扱い 債権の一部について訴えの提起がされた場合であっても,一部請求であることが明示されているときは,判例と異なり,債権の全部について時効障害の効果が生ずることとするかどうかについて,一部請求であることが明示されなかったときの取扱いにも留意しつつ,更に検討してはどうか。また,債権の一部について民事執行の申立てがされた場合についても同様の取扱いとするかどうかについて,検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,3(3)(関連論点)1[26頁]】 イ 債務者以外の者に対して訴えの提起等をした旨の債務者への通知 保証人や物上保証人がある場合において,専ら時効の完成を阻止する |
ためだけに債務者に対する訴えの提起等をする事態を回避できるようにする観点から,保証人等の債務者以外の者に対して訴えの提起等をしたことを債務者に通知したことをもって,時効障害の効果が生ずるとする考え方の当否についても,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,3(3)(関連論点)1[26頁]】 |
【意見】
1 天災等による時効停止期間を改める必要性について更に検討すべきである。
2 当事者間の交渉・協議それ自体を時効障害事由にすることについては反対である。当事者の時効を完成させない旨の書面による明確な合意を時効障害事由として新たに規定するのであれば賛成である。
【理由】
1 時効の停止事由
今般の大震災により,被災者が現行法の時効停止期間である2週間を超えて長期間権利行使が困難になる事態が想定される。このような事態が実際にどれだけ生じているのかの実態調査を踏まえ,特別法による救済で足りるのか,天災等による時効停止期間を改める必要があるのか,改めるとしてどれくらいの時効停止期間が妥当なのかを更に検討すべきである。
2 当事者間の交渉・協議による時効障害
新たな時効障害事由として提示されている当事者間における交渉・協議に ついては,どのような交渉・協議が時効障害事由に該当するか不明確であり,また,具体的な状況の下で時効障害事由となるべき交渉・協議があったとい えるか否かは必ずしも明確にはならないと考える。そこで,これらの事項に ついて紛争となることにより,期間の経過という客観的な事由によって権利 関係を明確にする時効の効果に著しく悪影響を与えることになると考える。 加えて,かかる事由が時効障害事由となることにより,一般的に債務者が交 渉に応じにくくなる(すなわち,債権の存否や内容に関する紛争が生じた場 合に,時効障害の効果が生じないのであれば,交渉には応じる意思を持って いるような債務者が,かかる効果があるが故に債権時効の利益を確保したい と考え,交渉に応じにくくなる)弊害が生じる恐れがあると考える。また, 前述のとおり,原則的な時効期間について現行法の 10 年を維持した場合,
「権利者の保護のため,比較的容易に時効の進行を止めることができる手段を用意しておく必要」は実務上も特に想定されないというべきである。以上の理由から,当事者間における交渉・協議それ自体を時効障害事由とすることには反対する。
もっとも,交渉・協議中の当事者が一定の条件の下で時効を完成させない旨を書面により明確に合意する場合には,そのような合意の効力を認めても特段の弊害はないと考える。そこで,そのような書面による明確な合意を時
効障害事由として新たに規定するというのであれば,賛成する。
第36 消滅時効
3 時効の効果
(1) 時効の援用等 |
消滅時効の効果に関しては,当事者が援用したときに債権の消滅という効果が確定的に生ずるとの判例準則を条文上明記するという案と,消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生するものと規定するという案などを対象として,時効完成後に債務者が弁済をした場合に関する現在の解釈論との整合性や,税務会計その他の実務との適合性,時効を主張することができる者の範囲の差異などに留意しつつ,これらの案の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,4(1)[34頁]】 |
(2) 債務者以外の者に対する効果(援用権者) |
消滅時効の効果に関する検討(前記3(1)参照)を踏まえつつ,仮に当事者が援用した時に債権の消滅という効果が確定的に生ずる旨を条文上明記するという案を採る場合には,時効の援用権者の範囲について,保証人,物上保証人など,判例上「時効により直接利益を受ける者」とされている ものを条文上明確にすることについて,更に検討してはどうか。 |
他方,仮に消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生するものと規定するという案を採る場合には,履行拒絶権を行使するのは基本的に債務者であるとした上で,保証人,物上保証人など,判例上時効の援用権が認められてきた者の利益を保護する方策について,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,4(2)[35頁]】 |
(3) 時効の利益の放棄等 |
時効完成後に債務者が弁済その他の債務を認める行為をした場合の効果として,信義則上,時効援用権を喪失するとした判例があることを踏まえ,これを明文化するかどうかについて,実務的には債権者からの不当な働きかけによって一部弁済その他の行為がされ,債務者が時効の利益を主張できなくなるという不利益を被る場合があるとの指摘があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料14-2第2,4(3)[37頁]】 |
【意見】
1 当事者が援用したときに時効の効力が生ずる旨を条文上明記すべきという考え方に賛成し,債権の消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生
するものとすべきであるという考え方に反対する。
2 援用権者の範囲を条文上明確にすべきであるという考え方に賛成する。
3 少なくとも,時効完成後に債務者が弁済その他の債務を認める行為をした場合の効果として,個別具体的な事情を顧慮することなく一律に時効援用権を喪失することを明文化すべきであるということであれば,そのような考え方には反対する。
【理由】
1 時効の援用等
消滅時効が完成した場合の効力について,当事者の援用により債権が消滅するのではなく,債務者が履行拒絶権を取得するにすぎないという考え方
(以下「履行拒絶権構成」という。)は,今般全く新たな債権法を立法する のであればともかく,既に制定以来 1 世紀余りにわたって膨大な実務や学 説の蓄積を有する現行法との連続性を勘案すると,余程の利点がない限り,採用し難いと考える。
この点,履行拒絶権構成によれば,消滅時効が完成した場合に,保証人,物上保証人など債務者以外の第三者は基本的に時効を援用することができないことになるということであり,かえって現行法に基づく実務と比較して保証人,物上保証人等の保護に欠ける結果となる恐れがあるといえる。そこで,現行法との連続性という観点からも,保証人,物上保証人等の保護という観点からも,履行拒絶権構成には反対する。
2 債務者以外の者に対する効果(援用権者)
当事者が援用したときに消滅時効の効力が生ずる旨の明文化や,消滅時効の援用権者の範囲の明文化については,民法を「国民一般に分かりやすいものとする」ことに資するものであり,賛成する。
3 時効の利益の放棄等
時効完成後に債務者が弁済その他の債務を認める行為をした場合の効果として,信義則上,時効援用権を喪失するとした判例(最判昭和 41 年 4 月
20 日 20 巻 4 号 702 頁)は,時効完成後における債務の承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えることを理由に,時効の援用を認めないのが信義則に照らし相当であるとしている。もっとも,法制審議会民法
(債権関係)部会では,貸金業者が時効完成後に時効完成を知らない債務者に極めて少額の支払をさせ,それをもって時効の利益を放棄したとして請求される例が散見されるとの指摘があり(【部会議事録第12回[44頁]】
〔中井委員発言〕,【部会議事録第12回[48頁]】〔岡田委員発言〕),その場合,貸金業者は,低額の弁済が,もはや時効の援用をしない趣旨ではないことは明確に認識していると考えるのが自然である。そのようなケースにおいては,上記判例の理由付けは妥当しないから,上記判例の射程は,債権者が,時効完成後の債務の承認が時効の援用をしない趣旨ではないことを明確
に認識している場合には及ばないのではないかと考えられる。したがって,少なくとも,時効完成後に債務者が弁済その他の債務を認める行為をした場合,個別具体的な事情を顧慮することなく,一律に時効援用権を喪失するという効果をもたらすことを明文化するというのであれば,そのような考え方には反対する。
第38 売買-総則
1 売買の一方の予約(民法第556条)
売買の一方の予約を規定する民法第556条の規定内容を明確にする等の観点から,①「予約」の定義規定を置くこと,②両当事者が予約完結権を有する場合を排除しない規定とすること,③契約成立に書面作成等の方式が必要とされる類型のものには,予約時に方式を要求すること,④予約完結権の行使期間を定めた場合の予約の効力についての規定も置くことについて,更に検討してはどうか。また,どのような内容の予約を規定の対象とすべきかという点については,予約完結権を与えるもの以外の予約の形態を民法に取り込むことの是非や,有償契約への準用規定(同法第559条)を通じて予約に関する規定が他の有償契約にも準用され得ることなどに留意しつつ,更に検討してはどうか。 また,予約に関する規定が他の契約に適用ないし準用され得ることを踏まえて,その規定の位置を売買以外の箇所(例えば,契約総則)に改めるかどうかについて,検討してはどうか。 【部会資料15-2第1,2[2頁]】 |
【意見】
1 ①及び②については,停止条件付契約との区別や現状の様々な予約などにも十分に配慮すべきであり,それが困難であれば,定義すべきでない。
2 ③については,反対である。
【理由】
1 ①及び②について
現在の実務では,予約の名の下に様々な契約が存在しており,法律上の予約に該当するものは多くはない(【部会議事録第14回[2頁]】〔深山幹事発言〕参照)。また,停止条件付契約との区別が困難な場合もある。
そのため,定義については,これらとの関係に十分に配慮すべきであり,それが困難であれば定義すべきでない。
2 ③について
成立が要式行為の場合は,要式行為を実施しない限り,予約完結の意思表示だけでは契約が成立しないと考えれば足り,予約時に要式行為を必要とすることに反対する。
具体的には,例えば,借地借家法第22条の場合は,予約完結の意思表示までの間に要式行為を実施すれば足りる,又は,予約完結の意思表示の後であっても要式行為を実施することで契約が成立するとすればよい。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
(1) 債務不履行一般原則との関係(瑕疵担保責任の法的性質) 瑕疵担保責任の法的性質については,契約責任と構成することが適切であるという意見があった一方で,瑕疵担保責任の要件・効果等を法的性質の理論的な検討から演繹的に導くのではなく,個別具体的な事案の解決にとって現在の規定に不備があるかという観点からの検討を行うべきであるという意見があった。これらを踏まえて,瑕疵担保責任を契約責任と構成して規定を整備することが適切かという点の検討と併せて,目的物に瑕疵があった場合における買主の適切な救済を図る上で具体的にどのような規定の不備等があるかを確認しながら,売買の目的物に瑕疵があった場合の特則を設けるか否かについて,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,2(1)[8頁]】 |
【意見】
瑕疵担保責任の要件・効果等は,個別具体的な事案の解決にとって現在の規定に不備があるかという観点からの検討を行うべきである。
また,契約責任説を前提とする立法論(以下本項において「立法提案」という。)は,救済内容が現行実務よりも劣っており,不当であるので,反対である。
瑕疵担保責任は,債務不履行で救済できない場合(売主無過失など)に,公平の観点から,買主に対し,特別の救済を与える制度とすべきである。
救済の方法は,解除・信頼利益の賠償等を基礎におくべきである。
【理由】
1 総論(瑕疵担保責任の役割)
(1)現在の実務における法適用について
現在の実務では,売買において履行された物に不具合があると考えた場合,まず,民法第415条による責任追及ができないかを検討する(履行利益も請求できる)。
そして,同条による救済ができない場合(売主無過失の場合など)に,はじめて,民法第570条に基づく解除・損害賠償によって買主の救済が図れないかを検討することとなる。
(2)解釈(学説)との乖離とその理由
一方で,条文解釈(学説)は,これと乖離しており,Aの場合は民法第
415条,Bの場合は民法第570条というように,一定の関係を条件に,適用条文を区別する傾向にあるように思われる。
しかし,実務においては,その条件の前提となる事実が,当初の段階では分からないことも多いため,ある条件を前提に適用関係が変わることとなっては,請求が困難となって使いにくい。
(3)あるべき瑕疵担保責任の位置づけ
このような状況の下,瑕疵担保責任について,いわゆる契約責任説の考 え方からの立法提案がなされているが,これだと,「瑕疵」がある物が給 付された場合に,民法第415条と民法第570条のどちらが適用される のかが不明確であり,思考順序として不経済である(後記2(1))。また,一部の立法提案では,現行法に比して救済の範囲が狭く,適切でない(後 記2(2))。さらに,追完請求権は,415条一般の議論としては検討す るとしても,内容面で適切ではない(後記2(3))。
この点から,今回の立法提案には反対である。なお,契約責任説を前提とすると短期消滅時効にも説得的な理由が乏しいように思われる。
一方で,(現在の法実務で行われている)①415条,②570条との順番で考える法適用は,思考方法としてもわかりやすい上,裁判規範としても攻撃防御方法が明確となるもので,非常に有益であり,これを否定しなければならない理由は全くない。
そのため,あるべき瑕疵担保責任としては,これらの内容を前提とし,よりわかりやすく,明確となる方向を検討すべきである(後記3)。
2 立法提案(契約責任説)の問題点
(1)適用関係が不明確となること
立法提案を前提とした場合,不具合(「瑕疵」)ある物が給付された場合,
415条となるのか,570条となるのか,の点が不明確である(効果に差があると特に問題)。
この問題は,契約責任というフィルターを通すために,不可避的に生ずる問題であり,その前提とする解釈に問題がある。
(2)救済が不十分であること
ア 立法提案によると,売主無過失(免責事由がある)の場合には,①契約の解除,②代金減額請求,のいずれかを選択することとなるが,以下のとおり,いずれの方法も救済として不十分である。
イ ①契約の解除
現在の実務では,解除と信頼利益の賠償が認められるが,立法提案は,信頼利益の補填はなされないため,救済が不十分である。
ウ ②代金減額請求
(ア)適正価格算定の方法は,鑑定となろうが,不動産など現行実務で実施されている物以外の,一般の動産の鑑定などおよそ不可能である。また,鑑定を実施するには,多額の予納金も要するし,鑑定費用の負担についても,問題がある。
(イ)加えて,代金減額請求権は,債務不履行による損害賠償との区別が必ずしも明確でなく(新版注釈民法(14)211 頁にも代金減額請求は一部解除と明記),逆に,一般の債務不履行を請求原因とした場合に,代金減額請求的な損害賠償請求が認められない可能性が生じることとなり,適切でない。
(ウ)以上のとおり,鑑定等の不安定な制度を前提とする代金減額請求を基礎に置く考え方は不当である。
一方で,現在の実務によると,解除ができない場合でも,信頼利益の賠償は可能であり,少なくとも実費相当の最低限の損害の回復は求めることができる(立証も容易)。
しかも,仮に,鑑定を実施してでも減価相当額を主張したいという 場合には,信頼利益の賠償として減価分の損害賠償請求も可能であり,より柔軟な制度設計となっている。
(3)追完請求権による救済は適切でないこと
ア 立法提案によると,瑕疵担保責任の効果として,追完請求権を認めることとしている。
しかし,この点は,当会が平成 21 年に行った「民法(債権法)改正の動向に対する問題提起(2)」で述べたとおり,追完請求権は,救済として不十分であり,適切でない。以下,要点を記す。
イ 実効性の問題
追完請求権(代物請求・修補請求)について,実際の具体的な救済方法について何ら検討がない。
ウ 執行方法の問題
執行方法(最終的な救済)も,直接執行・代替執行・間接強制いずれの制度も問題があり,救済が極めて困難となっている。
買主は,代替物の調達などを行い,その費用を損害賠償請求した方が簡明である(保全も可能)。
エ 買主の義務・権利行使の順番に関する問題
一方で,買主側に損害軽減義務を認める場合,修補請求を行うことは,損害軽減義務違反と構築されるリスクがある。
また,追完請求が可能な場合に催告を義務づけると,催告により,財産等を隠匿される可能性もあり,債権の保全を妨げかねない。
3 瑕疵担保責任の方向性
以上のとおり,立法提案は,不当であり,上述のとおり,瑕疵担保責任は,実際の運用において優れている,415条を補完する制度とすべきである。
具体的には,売買契約において,買主が売主の責任を追及するのは,まず,
415条によるべきである。そして,売主が無過失などとして415条の責任が追及できない場合に,570条の責任の追及を認めるべきである。この場合には,570条が,買主に一般の責任を負わすことができない場合に公平の観点から損害賠償を認めた趣旨をとらえ,損害賠償は信頼利益とすべき
である。
この場合,さらに議論すべき点は以下のとおりである。
① 不特定物の場合の考え方も同じでよいか。
※上述の考え方は,特定物・不特定物にこだわる考え方ではない。明確性の観点からは両方に適用すべきようにも思われる。
② 415条の責任において,追完請求権をどう考えるか。
※追完請求権の執行の問題など
③ 415条の責任が追及できず,570条による場合でも,なお追完請求権を認める必要性があるか。
④ 信頼利益の定義をどうするか。
⑤ 瑕疵担保責任において買主善意を貫徹すべきかどうか。
⑥ 時効のあり方をどう考えるべきか。など
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
(2)「瑕疵」の意義(定義規定の要否) ア 「瑕疵」という文言からはその具体的な意味を理解しづらいため「瑕疵」の定義を条文上明らかにすべきであるという考え方があり,これを支持する意見があった。具体的な定義の内容に関しては,瑕疵担保責任の法的性質(前記(1))を契約責任とする立場から,契約において予定された性質を欠いていることとすることが適切である等の意見があった。これに対し,瑕疵担保責任を契約責任とするならば,債務不履行の一般則のみを規定すれば足り,あえて「物」の瑕疵についてだけ定義規定を設ける意味があるのかという問題提起があったが,債務不履行の具体的な判断基準を確認的に明らかにする意義があるとの意見や,物の瑕疵に関する特則を設ける意義があるとの意見等があった。 また,「瑕疵」を「契約不適合」に置き換えるという考え方(部会資料15-2第2,2(2)[18頁])については,なじみのない用語であることや取引実務に過度の負担を課すおそれがある等の理由から消極的な意見があったが,他方で,債務不履行の一般原則を売買において具体化した概念として「契約不適合」を評価する意見もあった。 これらを踏まえて,「瑕疵」という用語の適否,定義規定を設けるか否か,設ける場合の具体的内容について,瑕疵担保責任の法的性質の議論(前記(1))との整合性や取引実務に与える影響,労働契約等に準用された場合における不当な影響の有無等に留意しつつ,更に検討してはどうか。 イ 建築基準法による用途制限等のいわゆる法律上の瑕疵の取扱いに関し ては,物の瑕疵と権利の瑕疵のいずれの規律によって処理すべきかを条 |
文上明らかにすることの要否について,更に検討してはどうか。また,売主が瑕疵担保責任を負うべき「瑕疵」の存否の基準時に関しても,これを条文上明らかにすることの要否について,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,2(2)[17頁],同(関連論点)[18頁]】 |
【意見】
用語については,「瑕疵」を維持すべきであり,「契約不適合」という用語には反対する。
定義については,瑕疵担保責任の他の条項との整合性や他の制度・法律への影響も含めて慎重に検討すべきであり,問題が残るものであれば定義すべきでない。
【理由】
「瑕疵」という言葉は,単に少し古い言葉というだけで,純粋な法律用語ではない上,現状の契約実務においては(弁護士関与の有無と関係なく),広く用いられている用語であるから,これを変更すべきでない。
むしろ,「契約不適合」という用語は,契約の合意原則が過度に強調されすぎている面が否定できない。
定義規定の要否については,瑕疵担保責任の他の条項との整合性がとれない可能性や他の制度・法律へ不当な影響を及ぼすことがないか,具体的な定義規定の案をもとに,影響を慎重に判断すべきである。その上で,問題が残るのであれば,定義規定を置くべきではない。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
(3)「隠れた」という要件の要否 買主の善意無過失(あるいは善意無過失を推定させる事情)を意味する 「隠れた」という要件を削除すべきか否かについては,「瑕疵」の意義を当該契約において予定された性質を欠いていることなどの契約の趣旨が反映されるものとする場合(前記(2)参照)には,買主の主観的要素は「瑕疵」の判断において考慮されるため重ねて「隠れた」という要件を課す必要はないという意見がある一方で,「隠れた」という要件には,紛争解決に当たり買主の属性等の要素を考慮しやすくするという機能があり得る上,取引実務における自主的な紛争解決の際の判断基準として機能し得るなどといった意見があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,2(3)[19頁]】 |
【意見】
「隠れた」要件は,維持すべきである。
内容は善意(無過失)と考えるべきである。
【理由】
瑕疵担保において,売主の過失を問わないで救済を求める以上,瑕疵について,少なくとも善意を要求することは適切である。
また,要件として記載されている方がより明確であるし,裁判実務においても,攻撃防御も明確となる。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
(4) 代金減額請求権の要否
代金減額請求権には売主の帰責性を問わずに対価的均衡を回復することができる点に意義があり,現実的な紛争解決の手段として有効に機能し得るなどの指摘があったことを踏まえて,買主には損害賠償請求権のほかに代金減額請求権が認められる旨を規定する方向で,更に検討してはどうか。その検討に当たっては,具体的な規定の在り方として,代金減額のほかに買主が負担した費用を売主に請求することを認める規定の要否や,代金減額の基準時等の規定の要否等について,更に検討してはどうか。
また,代金減額請求権が労働契約等の他の契約類型に準用された場合には不当な影響があり得るという意見があることを踏まえて,代金減額請求権の適用ないし準用の範囲について,更に検討してはどうか。
【部会資料15-2第2,2(4)[21頁]】
【意見】
代金減額請求権を規定することに反対する。
代金減額請求権は,現行法の解決方法よりも劣る制度である。
【理由】
第39,1(1)の【理由】2(2)ウにおいて記載したとおりである。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
買主に認められる権利の相互関係の明確化については,相互関係を法定することにより紛争解決の手段が硬直化するおそれがあるため,可能な限り買主の権利選択の自由を確保すべきであるという意見と,相互関係についての基本的な基準を示すことなくこれを広く解釈に委ねることは紛争解
決の安定性という観点から適切ではないので,必要な範囲で明確にすべきであるという意見があったことを踏まえて,更に検討してはどうか。その際,権利の相互関係が債務不履行の一般則からおのずと導かれる場面とそうでない場面とがあり,そのいずれかによって規定の必要性が異なり得るという指摘があることに留意しつつ,検討してはどうか。
また,代物請求権及び瑕疵修補請求権の限界事由の明文化の要否について,追完請求権の限界事由の要否という論点(前記第2,4(3))との関連性に留意しつつ,更に検討してはどうか。
【部会資料15-2第2,2(5)[21頁],同(関連論点)[25頁]】
【意見】
複雑な権利関係を規定しなければならない法制度そのものに反対である。なお,検討された具体的な内容にも,疑問がある。
【理由】
1 いくつもの権利の複雑な関係を規定あるいは想定しなければならないことそのものが不当であり,これが市民のための民法なのか疑問がある。
一方で,特段の規定を置かない場合は,その場合の権利行使の順序等について最高裁判決がでるまで,実務上争いが続き,その間の予見可能性が損なわれる。
これらの点から見る限り,かかる権利行使の方法の要否そのものに問題があるといわざるを得ない。
2 立法提案のうち,具体的な規定を置く案にも,以下の点で疑問がある。 すなわち,まず,修補請求について,修補に過分の費用を要するかを事前
に判断することは難しく,予見可能性がない。過分の費用を要すると判断し,すぐに損害賠償請求等を行ったところ,裁判で,過分な費用を要しないこと を理由に請求棄却されるリスクがあり,法的安定性を欠く。
また,追完請求が可能な場合は,催告を前置するとされているが,その場合,催告をしたことで,財産等を隠匿されるおそれがあり,この点も不当である。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
1 物の瑕疵に関する担保責任(民法第570条)
瑕疵担保責任に基づく権利は買主が瑕疵を知った時から1年以内に行使すべき旨の規定(民法第570条,第566条第3項)の見直しに関しては,このような短期期間制限を維持すべきであるという方向の意見と,債 権の消滅時効の一般則に委ねれば足りる(短期期間制限の規定を削除す |
る)という意見があった。後者の立場からは,買主が短期間の間に通知などをしなかったことが救済を求める権利を失うという効果に結びつけられることに対して疑問が提起された。これらの意見を踏まえ,瑕疵担保責任の法的性質に関する議論(前記(1))との関連性に留意しつつ,売買の瑕疵担保責任において特に短期期間制限を設ける必要性の有無について,更に検討してはどうか。 仮に短期期間制限を維持する場合には,さらに,買主は短期間のうちに何をすべきかという問題と,その期間の長さという問題が議論されている。このうち前者に関しては,期間内に明確な権利行使の意思表明を求めている判例法理を緩和して,瑕疵の存在の通知で足りるとするかどうかについて,単なる問い合わせと通知との区別が容易でない等の指摘があることに留意しつつ,更に検討してはどうか。他方,後者(期間の長さ)に関しては,事案の類型に応じて変動し得る期間(例えば,「合理的な期間」)では実務上の支障があるという指摘を踏まえ,現在の1年又はこれに代わる一律の期間とする方向で,更に検討してはどうか。 また,制限期間の起算点についても議論されており,原則として買主が瑕疵を知った時から起算するが,買主が事業者である場合については瑕疵を知り又は知ることができた時から起算する旨の特則を設けるべきであるとの考え方がある。このような考え方の当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,2(6)[26頁], 部会資料20-2第1,3(2)[16頁]】 |
【意見】
消滅時効の一般原則に限る必要はないが,現行法よりもある程度長期のものとして明確な時効期間を設けるべきである。
買主に通知義務を課すことにも反対である。 事業者についての特則についても反対である。
【理由】
1 期間について
現行法では,1 年間という期間制限がされているが,これはやや短すぎるきらいがあることは否定できないため,それよりは長期の時効期間を考えるべきである。この際には,一般の消滅時効とすることも考えられるし,他の期間とすることも考えられる。
2 通知義務について
一般市民は,通知義務の存在を知らないのが通常であり,かえって権利行使の機会を損なう。
また,通知は,届かないというリスクがある。通知は,一般市民は,普通郵便で送付することも多い。そうすると,後に届いた届かないの点などが争
点となり,それにより不利益を被る一般市民が出る。
しかも,通知義務を課すとの意見を前提にすると,本則の論点とは別に行った通知の内容や期間の合理性といった本論と離れた争点が形成され,かえって紛争を拡大させる。これでは,改正の意味がない。
その上,「合理的な期間」は,曖昧に過ぎ,予見可能性がなく,この点からも不当である。
3 事業者の特則について
事業者の特則は,不動産業者など一部の限られた事業者には妥当すべき可 能性もあるが,他の多くの事業者,特に経済的活動を営まない人については,消費者と区別すべき積極的な理由はない。そのため,事業者一般に特則を設 けることについて反対する。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
2 権利の瑕疵に関する担保責任(民法第560条から第567条まで):共通論点
権利の瑕疵に関する担保責任に関し,債務不履行の一般原則との関係(権利の瑕疵に関する担保責任の法的性質),買主の主観的要件の要否,買主に認められる権利の相互関係の明確化及び短期期間制限の見直しの要否の各論点については,物の瑕疵に関する担保責任における,対応する各論点の議論 (前記1(1)(2)(5)及び(6))と整合させる方向で,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,3(1)[29頁],(2)[33頁], (3)[35頁],(4)[36頁]】 |
【意見】
賛成である。
ただし,内容については,上述のとおり,現行の実務を基準とすべきである。
【理由】
物の瑕疵に関する担保責任における,対応する各論点の議論と整合させることには特に異論はない。ただし,内容については,上述のとおり,現行の実務を基準とすべきである。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
3 権利の瑕疵に関する担保責任(民法第560条から第567条まで):個別論点
(1) 他人の権利の売買における善意の売主の解除権(民法第562条)の要否 他人の権利の売買において,善意の売主にのみ解除権を認める民法第5 62条に関しては,他の債務不履行責任等と比べて特に他人の権利の売買の売主を保護する理由に乏しいという指摘を踏まえ,これを削除することの当否について,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,4(1)[38頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
民法第562条の立法趣旨に特段の不都合な点はない。
民法第562条の立法趣旨の重要な点は,善意の売主が,他人の権利を取り戻し,真の所有者への返還を認めることにあるのであり(真の所有者の保護),単に売主の保護だけを図るものではない。
削除すべきとの立場によると,善意の売主が,他人の権利を取り戻し,真の所有者に返還することができず,真の所有者の保護が不十分である。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
3 権利の瑕疵に関する担保責任(民法第560条から第567条まで):個別論点
(2) 数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任(民法第5 65条) 数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任(民法第5 65条)に関しては,数量指示売買における数量の不足及び物の一部滅失が民法第570条の「瑕疵」に含まれるものとして規定を整理する方向で,更に検討してはどうか。その際,数量指示売買の定義規定等,数量指示売買における担保責任の特性を踏まえた規定を設けることの要否について,数量指示売買における数量超過の特則の要否(後記6)という論点との関連性に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,4(2)[38頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
一般に数量の不足又は物の一部滅失が,権利の瑕疵に当たるとは考え難い。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
3 権利の瑕疵に関する担保責任(民法第560条から第567条まで):個別論点
(3) 地上権等がある場合等における売主の担保責任(民法第566条) 地上権等がある場合等における売主の担保責任(民法第566条)に関しては,買主の主観的要件を不要とする考え方(前記2)を前提とした場合において,同条は地上権等がない状態で権利移転をすべき売買に適用される旨を条文上明記すべきであるという考え方や,買主の代金減額請求権を認めるべきであるという考え方について,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,4(3)[40頁]】 |
【意見】
いずれも反対である。
【理由】
1 主観的要件・地上権等がない状態で権利移転をすべき売買に適用されるとの考え方について
批判する見解は,買主が悪意であっても売主に責任を負わせる必要がある,問題は債務内容の特定にあるとして民法第566条の存在について批判する が,その場合は,一般の債務不履行責任を追及できるのであって,瑕疵担保 責任の問題ではない。
主観的要件を必要とすべき理由は,民法第570条の「隠れた」の要否に関する部分と同じである。
2 代金減額請求権について
代金減額請求権が不要であることは既に論じたとおりである。
地上権等が原因で契約の目的を達成できない場合には,契約を解除するのが一般的であり,代金減額請求の必要性は殆どない。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
(4) 抵当権等がある場合における売主の担保責任(民法第567条) 抵当権等がある場合における売主の担保責任(民法第567条)に関し |
3 権利の瑕疵に関する担保責任(民法第560条から第567条まで):個別論点
ては,債務不履行責任が生ずる一場面を確認的に規定したものにすぎず不要な規定であるという意見と,債務不履行責任が生ずる場面を具体的に明らかにするなどの意義があるので,適用範囲を条文上明確にした上で規定を維持すべきであるという意見等があったことを踏まえて,確認規定として存置することの要否及び仮に規定を存置する場合には適用範囲を明確にすることの要否について,他の担保責任に関する規定を維持するか否かという点との関連性に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,4(4)[41頁]】 |
【意見】
削除に反対である。
【理由】
容易な解除や費用償還についての定めがあることに意味があるから,削除すべき理由はない。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
4 競売における担保責任(民法第568条,第570条ただし書)
競売における物の瑕疵に関する担保責任については,現行法を改めてこれを認める立場から,瑕疵の判断基準の明文化の要否や損害賠償責任の要件として債権者等に瑕疵の存在の告知義務を課すことの当否等の検討課題が指摘されている。そこで,まずはこれらの点を踏まえた制度設計が,競売実務や債権回収,与信取引等の実務に与える影響の有無に留意しつつ,競売における物の瑕疵に関する担保責任を認めることの可否について,更に検討してはどうか。 また,競売において物の瑕疵に関する担保責任を認めることの可否は,競売代金の算定等に影響を及ぼすため競売手続全体の制度設計の一環として検討されるべきであることや,競売では,契約とは異なり,当事者の合意に照らした瑕疵の認定が困難であることなどを理由に,これらの規定は民法ではなく民事執行法に設けるべきであるという意見があることを踏まえて,民法に設けるべき規定の内容について,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,5[42頁]】 |
【意見】
反対である。
少なくとも,現行法以上に瑕疵担保責任の範囲を拡大すべきでない。
【理由】
競売の場合,通常の価格よりも廉価で売却されるのが通常であり,競落人
は物の瑕疵などのリスクは織り込んでしかるべきであり,適用範囲を拡大すべきではない。
むしろ,現代の競売の状況からすると,競売手続の安定化を考え,逆に,瑕疵担保責任を否定することも検討に値するように思われる。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
5 売主の担保責任と同時履行(民法第571条)
担保責任の法的性質を契約責任とする立場を前提に,民法第571条は,同時履行の抗弁(同法第533条)や解除の場合の原状回復における同時履行(同法第546条)の各規定が適用されることの確認規定にすぎないから削除すべきであるという考え方が示されているが,この考え方の当否について,担保責任の法的性質に関する議論(前記1(1)及び2)等を踏まえて,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,6[44頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
同時履行の抗弁がたつのかどうか疑問もあるので,かかる規定が存在した方が明確である。なお,市民のための民法を標榜するのであれば,削除するべきではない。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
6 数量超過の場合の売主の権利
数量指示売買における数量超過の場合の売主の権利については,契約解釈による代金増額請求権や錯誤無効等により保護されているなどとして特段の新たな規定を不要とする意見がある一方で,契約解釈による代金増額請求権や錯誤無効等では適切な紛争解決を導けない場合があり得るとする意見もあり,後者の立場からは,例えば,売主による錯誤無効の主張を認める一方,買主に対して超過部分に相当する代金を提供することにより錯誤無効の主張を阻止する権利を与えるなどの提案や,代金増額請求権の規定を設けることや超過部分の現物返還を認めることも考え得るとの指摘がある。これらの考え方を踏まえて,数量超過の場合の売主の権利に関する規定を設けることの要否について,取引実務に与える影響に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第2,7[45頁]】 |
【意見】
規定は不要である。
【理由】
判例が示しているとおり,これは契約における当事者の意思解釈の問題にほかならない。
反対する立場は,法的安定性を主張するが,この種事例の場合,契約の趣旨や当事者の行動を詳細に検討するほかないから,法的安定性が確保されるとはいえない。
第39 売買-売買の効力(担保責任)
7 民法第572条(担保責任を負わない旨の特約)の見直しの要否
担保責任を負わない旨の特約の効力を制限する民法第572条に関して,このような規定の必要性の有無及びこれを必要とする場合には,売主が事業者か否かにより規定の内容に差異を設けるべきか否かについて,不当条項規制に関する議論(前記第31)との関連性に留意しつつ,検討してはどうか。 また,このような規定の配置について,一般的な債務不履行責任の免責特約に関する規定として配置し直すことの当否について,担保責任の法的性質に関する議論(前記1(1)及び2)との整合性に留意しつつ,検討してはど うか。 |
【意見】
反対である。
【理由】
その物の売買を主たる業として行っているような場合(例えば,不動産業 者が不動産の売買を行う場合など)には妥当すべき場合もあるとは考えるが,それ以外の事業者について,一般的に瑕疵担保責任が排除される旨の特約の 効力を制限すべき理由があるとは考え難い。
例えば,破産手続において,破産管財人が財団に所属する不動産を個人の消費者に売却することがあるが,瑕疵担保責任を負わない旨の規定を設けるのが一般である。こうした規定の効力を排除すべきでない。
第40 売買-売買の効力(担保責任以外)
1 売主及び買主の基本的義務の明文化
(1) 売主の引渡義務及び対抗要件具備義務
一般に売主が負う基本的義務とされるが明文規定のない引渡義務及び対抗要件具備義務を明文化する方向で,後者については対抗要件具備に協力する義務とすべきではないかという意見があったことに留意しつつ,更に検討してはどうか。
【部会資料15-2第3,2(1)[47頁]】
(2) 買主の受領義務
民法は,買主の基本的義務として,代金支払義務を規定する(同法第555 条)が,目的物受領義務については規定がなく,判例上も買主一般に受領義務があるとは必ずしもされていない。この買主の受領義務については,様々な事例において実務上これを認める必要性があると指摘された一方で,契約に適合しない物の受領を強要されやすくなるなど消費者被害が拡大することへの懸念を示す意見,買主に一律に受領義務を認めるのではなく,契約の趣旨や目的等により買主が受領義務を負う場合があるものとする方向で検討すべきであるという意見,実務上の必要性が指摘される登記引取義務を超えた広い範囲での受領義務を認めるべきか否かという観点から検討すべきであるという意見,契約不適合を理由とする受領の拒絶を認めるべきであるという意見,「受領」が弁
済としての受領を意味するのか,事実としての受け取りを意味するのかなど,
「受領」の具体的内容について検討すべきであるという意見,債権者の受領遅滞に関する議論(前記第7)との関連性に留意しつつ,他の有償契約への準用可能性等を検討すべきであるという意見等があった。これらを踏まえて,買主の受領義務に関する規定を設けることの当否,規定を設ける場合の受領義務の具体的な内容等について,更に検討してはどうか。
【部会資料15-2第3,2(2)[48頁]】
【意見】
いずれも反対である。
【理由】
1 売主の引渡義務について
売買には,有体物だけでなく,債権の売買もあり,このような場合に,財産権移転義務とは別に,引渡義務は観念しづらい。その趣旨で引渡義務について反対する。
2 買主の引取義務について
受領は権利であり,それを義務とするには,やはり論理の飛躍があると考えざるを得ない。
判例も,最判昭和 40 年 12 月 3 日(民集 19 巻 9 号 2090 頁)において,民
法第413条の解釈として,特段の事情がない限り,債権者の受領義務を否定しており(請負の事案),その上で,継続的給付を内容とする売買契約の事案(最判昭和 46 年 12 月 16 日)において,上記判例を前提として,特段の事情に該当すると考えているもので,一般的には受領義務を否定している
(調査官解説参照)。現在の実務において,これを覆す立法事実はない。
また,目的物の受領義務を課した場合,目的物の引取請求訴訟を一般的に認めざるを得ないこととなるが,かかる訴訟が必要とは考え難い上,執行方法も不明確であり,問題がある。
3 対抗要件具備(引取)義務について
対象財産は,不動産・動産・債権(権利)があるが,通常,引渡を要する動産については,引渡義務=対抗要件となるから,自然に義務を導くことができるが,不動産・債権については,契約の解釈によるもので,当然に義務があるとまでは評価できるか疑問である。
特に債権譲渡は,現行法を前提に考えると,その義務が第三者対抗要件まで含むか否かも問題となりうる(通知の到着の問題もある)。
なお,賛成する立場からは,売買契約の趣旨・性質に応じて,当事者間における反対の合意を認定すれば足りるとして対抗要件具備義務を設定すべきである旨主張するが,これはどちらとも合意が認定できない場合のルールの議論であるから,反論となり得ない。
4 登記引取義務について
対抗要件具備(引取)義務に反対する以上,登記引取義務にも反対である。なお,現行実務においても,判決によって,不動産登記法上,名義移転が
できるかという問題があり(現状では難しいようである。),この論点を論ずるに当たっては,不動産登記法との関係での検討が必要不可欠である。
第40 売買-売買の効力(担保責任以外)
4 その他の新規規定
同一人が他人の権利の売買の売主と権利者の法的地位を併せ持つに至った場合における相手方との法律関係に関しては,判例・学説の到達点を踏まえ,他人の権利の売主が権利者を相続したとき,権利者が他人の権利の売主を相続したときなどの場面ごとに具体的な規定を設けるかどうかについて,無権代理と相続の論点(前記第33,3(2))との整合性に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第3,5(1)[54頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
理由は,第33,3(2)の【理由】で述べたとおりである。
第40 売買-売買の効力(担保責任以外)
4 その他の新規規定
(4) 事業者間の売買契約に関する特則 事業者間の売買契約に関し,以下のような特則を設けるべきであるとの考え方の当否について,更に検討してはどうか(後記第62,3参照)。 ① 事業者間の定期売買においては,履行を遅滞した当事者は,相手方が履行の請求と解除のいずれを選択するかの確答を催告し,確答がなかった場合は契約が解除されたものとみなす旨の規定を設けるべきであるとの考え方 ② 事業者間の売買について買主の受領拒絶又は受領不能の場合における供託権,自助売却権についての規定を設け,目的物に市場の相場がある場合には任意売却ができることとすべきであるとの考え方 【部会資料20-2第1,3(1)[14頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
商法の規定を参照にしているものと思われるが,商人ではない事業者一般において,同様の規定が適用されるべきとは到底考えられない。
第43 贈与
1 成立要件の見直しの要否(民法第549条)
贈与の成立要件に関して,書面によること(要式契約化)や目的物を交付すること(要物契約化)を必要とすべきであるという考え方については,口頭でされる贈与にも法的に保護されるべきものがある旨の意見があることを踏まえて,贈与の実態に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第6,2[65頁]】 |
【意見】
反対である。
【理由】
現行法上も,第550条において,書面によらない贈与は撤回することが可能とされており(既履行部分を除く。),現行法に特段の不都合性はなく,
本提案のように,要式契約・要物契約とする必要性はない。
むしろ,贈与契約として一般的に行われているものの多くは,例えば,親が子に小遣いを与えるものなど,何らの要式性もないものであり,口約束ではあっても,約束をした以上,契約自体は成立すると考える方が,一般的な理解にも合致する。
このように,本提案は,改正の必要性がないばかりか,一般的な理解からも乖離するものである。
第43 贈与
7 その他の新規規定
(1) 贈与の予約 売買その他の有償契約には予約に関する規定が設けられている(民法第 556条,第559条)ところ,無償契約である贈与にも予約に関する規定を設けるかどうかについては,その必要性の有無や規定を設けた場合の悪用のおそれなどを踏まえるとともに,売買の予約に関する規定の内容や配置(前記第38,1)等に留意しつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第6,7(1)[85頁]】 |
【意見】
慎重に検討すべきである。
【理由】
贈与の予約自体,実際上極めて少ない。その名称のものも,停止条件付贈与,負担付贈与である場合が大部分と思われる。実態調査も含めて,慎重に検討すべきである。
第43 贈与
7 その他の新規規定
(2) 背信行為等を理由とする撤回・解除 受贈者の背信行為等を理由とする贈与の撤回・解除の規定を新たに設けることについては,相続に関する規定との関係,経済取引に与える影響,背信行為等が贈与に基づく債務の履行前に行われたか,履行後に行われたかによる差異等に留意しつつ,具体的な要件設定を通じて適用範囲を適切に限定することができるかどうかを中心に,更に検討してはどうか。 仮に,受贈者の背信行為等を理由とする贈与の撤回・解除の規定を新たに設けるとした場合には,贈与者の相続人による贈与の撤回・解除を認め る規定を設けることの当否や,法律関係の早期安定のために,受贈者の背 |
信行為等を理由とする贈与の撤回・解除の期間制限を設けることの当否についても,更に検討してはどうか。また,受贈者の背信行為等を理由とする贈与の撤回・解除とは別に,贈与後における贈与者の事情の変化に基づく撤回・解除の規定を新たに設けることについても,更に検討してはどうか。 【部会資料15-2第6,7(2)[86頁],同(関連論点)[89頁]】 |
【意見】
本提案に係る法理の明文化には,賛成・反対の意見の両論があった。仮に,本提案に係る法理を明文化するとしても,履行前・履行後の区別を設けるな どの類型化が必要であると考える。
【理由】
本提案が理由として挙げているように,受贈者の背信行為や忘恩行為等を理由として,贈与者に,契約の撤回や解除等を認める余地を認める点は首肯し得る。
もっとも,当該法理を認めるとしても,現行法下において,負担付贈与の柔軟な解釈や信義則等の一般法理により対応はできる,現時点で議論が成熟していないとして,明文化には慎重な意見が見られた。
明文化すること自体には賛成であるとの立場からは,履行前・履行後で要件・効果を分けるべきであるとの意見が見られた。
第44 消費貸借
1 消費貸借の成立
(1) 要物性の見直し 消費貸借は,金銭その他の物の交付があって初めて成立する要物契約とされている(民法第587条)が,実務では,金銭が交付される前に公正証書(執行証書)の作成や抵当権の設定がしばしば行われていることから,消費貸借を要物契約として規定していると,このような公正証書や抵当権の効力について疑義が生じかねないとの問題点が指摘されている。また,現に実務においては消費貸借の合意がされて貸す債務が発生するという一定の規範意識も存在すると言われている。そこで,消費貸借を諾成契約として規定するかどうかについて,貸主の貸す債務(借主の借りる権利)が債権譲渡や差押えの対象となる場合の実務への影響を懸念する意見があることも踏まえて,更に検討してはどうか。 仮に,消費貸借を諾成契約として規定する場合には,借主の借りる義務を観念することができるのかどうかについても,検討してはどうか。 【部会資料16-2第1,2[1頁]】 |
【意見】
消費貸借を諾成契約として規定するかどうかについては,慎重に検討すべきである。
【理由】
消費貸借契約を諾成契約として規定するかどうかについては,以下のように反対意見と賛成意見が拮抗している。諾成契約化に賛成の意見も,反対意見が挙げる問題点の①~⑤について立法上の手当てを行うことを条件としており,当該問題点について十分配慮しつつ慎重に検討すべきである。
(反対意見)
消費貸借契約の要物性を否定して原則諾成契約と変更する立法理由が特に見当たらず,ローマ法以来の要物契約性の原則を否定するまでの必要があるのか疑問である。
また,消費貸借を原則として諾成契約とした場合,以下のような事項について立法上の手当てが必要であり,諾成契約による消費貸借を原則とするにはこれらの問題を克服する必要がある。
① 借りる権利について債権譲渡や差押えがなされた場合について
② 貸す債務と他の債権との相殺の可否について
③ 目的物交付前の利息の扱いについて
④ 貸付実行前に借主側に何らかの信用不安が生じた場合に貸主が貸付義務を免れるための規律について
⑤ 無利息消費貸借においても契約の拘束性を維持するのか,あるいはこれを緩和するのかについて
(賛成意見)
現状,消費貸借契約の多くは諾成的消費貸借としてなされており,消費貸借を諾成契約とすることにより諾成的消費貸借の有効性を明示的に認めることは評価できる。ただし,反対意見が本提示の規定の不備として挙げる①~
⑤については,立法上の手当てをすべきである。
第44 消費貸借
1 消費貸借の成立
(3) 目的物の交付前における消費者借主の解除権 消費貸借を諾成契約として規定した上で,書面によらない無利息消費貸借については,貸主が目的物を借主に交付するまでは,各当事者が消費貸借を解除することができるとする立法提案(参考資料1[検討委員会試案]・340頁)では,さらに,貸主が事業者であり借主が消費者である 場合には,利息の有無や書面の有無を問わず,貸主が目的物を借主に交付 |
するまでは,借主は消費貸借を解除することができるとする考え方も提示されている。この考え方によれば,事業者である貸主と消費者である借主との間で返還時期の定めのある利息付金銭消費貸借が締結された場合に,契約成立後に金銭を必要としなくなった借主は,この解除権を行使することにより,利息の支払の負担から解放されることになる。 他方,この考え方に対しては,借主が中小零細事業者である場合にも,解除権の行使による利息の支払の負担からの解放を認める必要性があるとして,貸主が事業者であれば,借主が消費者でなくても,利息の有無や書面の有無を問わず,貸主が目的物を借主に交付するまでは,借主は消費貸借を解除することができるとすべきであるとの意見も提示されている。 以上のような考え方について,どのように考えるか。 【部会資料16-2第1,2(関連論点)1[5頁]】 |
【意見】
貸主が事業者であり借主が消費者であるときには,利息の有無や書面の有無を問わず,貸主が目的物を借主に交付するまでは,借主は消費貸借を解除することができるとの特則を設けるべきであるという考えに反対である。
貸主が事業者であれば,借主が消費者でなくても,利息の有無や書面の有無を問わず,貸主が目的物を借主に交付するまでは,借主は消費貸借を解除することができるとすべきであるとの考え方に反対である。
【理由】
消費貸借を諾成契約とすることに反対の立場からは,消費貸借を諾成契約とすることを前提とする本提案についても反対である。
また,消費貸借を諾成契約とすることに賛成する立場からも,民法典に消費者概念を持ち込むと規定が複雑化し分かりづらくなることから,消費者保護のための規定は消費者保護法にまとめるか,貸金業法等による業法による規制に委ねるべきであり,消費者や中小零細事業者という概念を用いて格別の定めをおくことについては反対である。
第44 消費貸借
2 利息に関する規律の明確化
民法では,無利息消費貸借が原則とされているものの,現実に用いられる消費貸借のほとんどが利息付消費貸借であることを踏まえ,利息の発生をめぐる法律関係を明確にするために,利息を支払うべき旨の合意がある場合に限って借主は利息の支払義務を負うことを条文上も明らかにする方向で,更に検討してはどうか。これに関連して,事業者間において,貸主の経済事業(反復継続する事業であって収支が相償うことを目的として行われるもの)の範囲内で金銭の消費貸借がされた場合には,特段の合意がない限り利息を支払わなければならない旨の規定を設けるべきであるとの考え方(後記第62,3(3)②参照)が提示されていることから,この考え方の当否について,更に検討してはどうか。
また,諾成的な消費貸借において元本が交付される以前は利息は発生せず,期限前弁済をした場合にもそれ以後の利息は発生しないとする立場から,利息が元本の利用の対価として生ずることを条文上明記すべきであるという考え方が示されている。このような考え方の当否について,目的物の交付前における借主の解除権(前記1(3)参照)や,期限前弁済に関する規律(後記4)などと関連することに留意しつつ,検討してはどうか。
【部会資料16-2第1,3[6頁],部会資料20-2第1,3(3) [20頁]】
【意見】
利息を支払うべき旨の合意がある場合に限って借主は利息の支払義務を負うことを条文上も明らかにすることに賛成である。
事業者間において,貸主の経済事業(反復継続する事業であって収支が相償うことを目的として行われるもの)の範囲内で金銭の消費貸借がされた場合には,特段の合意がない限り利息を支払わなければならない旨の規定を設けることについては反対である。
【理由】
現行法においては,商法第513条第1項により,商人間における金銭の 消費貸借の場合には合意がなくとも法定利息の支払義務が発生するとされ ているところ,これを事業者間における経済事業の範囲内の金銭消費貸借 にまで拡大する必要性があるか疑問である。実態として,利息付金銭消費 貸借が一般化しているとはいっても,事業者間の金銭消費貸借であって, 利息が支払われるものについては,利息付である旨が明記された消費貸借 契約書が作成されるのが一般的であろうし,商人でない事業者間の金銭消 費貸借で,消費貸借契約書に利息付である旨の明示がされていないものや,消費貸借契約書が交わされないような場合にまで,当事者間に特段の明示 がなくとも当然に利息支払義務が生じるとの共通認識があるとまでは考え
られないから,このような一般的認識に反して利息支払義務を法律上認める必要性はない。
また,「経済事業(反復継続する事業であって収支が相償うことを目的として行われるもの)」という概念自体が不明確であり,このような要件が何によって基礎づけられるのかが不明である。
第44 消費貸借
5 抗弁の接続
消費貸借の規定の見直しに関連して,消費者が物品若しくは権利を購入する契約又は有償で役務の提供を受ける契約を締結する際に,これらの供給者とは異なる事業者との間で消費貸借契約を締結して信用供与を受けた場合に,一定の要件の下で,借主である消費者が供給者に対して生じている事由をもって貸主である事業者に対抗することができる(抗弁の接続)との規定を新設するべきであるとの考え方(後記第62,2⑦参照)が示されている。このような考え方の当否について,民法に抗弁の接続の規定を設けることを疑問視する意見があることも踏まえて,更に検討してはどうか。 また,その際には,どのような要件を設定すべきかについても,割賦販売法の規定内容をも踏まえつつ,更に検討してはどうか。 【部会資料16-2第1,6[10頁]】 |
【意見】
消費者保護のための特別法において抗弁の接続に関する規定を設けることは別として,抗弁の接続に関する規定を民法典に新設することには,反対意見が強い。
【理由】
最高裁昭和 59 年(オ)第 1088 号平成 2 年 2 月 20 日第三小法廷判決・
裁判集民事 159 号 151 頁(以下「平成2年最高裁判決」という。)は,個品割賦購入あっせんについて,法的には,別個の契約関係である立替払契約と売買契約を前提とするものであるから,購入者が売買契約上生じている事由をもって当然にあっせん業者に対抗することはできず,昭和59年改正割賦販売法30条の4第1項の規定は,法が購入者保護の観点から新たに認めたものであると判示し,同改正前においては,①立替払契約において,販売業者に対して生じた事由に基づき購入者があっせん業者の履行請求を拒み得る旨の特別の合意があるとき,又は②抗弁の接続を認めるのを信義則上相当とする特段の事情があるときでない限り,購入者が,販売業者に対して生じた事由をもって,あっせん業者の履行請求を拒むことはできないと判示した。
この判断内容は,現在においても,何ら変わるところなく妥当する。