Contract
最近の判例から
⑻−賃料一部未払いと契約解除−
実際の床面積が契約面積より狭い等として、一方的に賃料を減額して支払う賃借人に対する賃貸人の無催告契約解除が認められた事例
(東京地判 平27・11・2 ウエストロー・ジャパン) xx xx
約14年間賃借している事務所の賃借人が、契約上の床面積より実際面積が狭い等を理由として、一方的に賃料等を減額して支払うことから、賃貸人が建物賃貸借契約を解除したとして、事務所の明渡し及び未払賃料等の支払を求めた事案において、賃借人の錯誤無効、数量指示賃貸借等の主張を棄却し、賃貸人の請求を全て認容した事例(東京地裁 平成27年11月2日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成11年6月、8階建の本件ビルの2階事務所部分につき、賃借人Y(被告・法人代表者)は賃貸人Aとの間で下記条件により、本件賃貸借契約を締結し建物の引渡しを受けた。
(賃貸条件)
①貸室:本件ビル8階建のうち2階46.31坪
②賃貸期間:平成11年6月1日から3年間
③賃料:月額50万9410円(@1.1万円/坪)
④管理費:月額11万5775円
⑤冷暖房機使用料:月額2万5000円
(登記上の床面積39.01坪。その後、3年毎に同一条件で更新されたが、平成17年以降の更新契約書から貸室面積「46.31坪」の後に、「(共用部分含む)」との記載がされている。)
平成17年9月、X(原告:法人)は、本件ビルをAから買い受け、Xが本件賃貸借契約における賃貸人の地位を承継した。
平成25年12月ごろ、本件ビルの3階部分について、Xが「①貸室:坪数39坪、基準階坪数:46.31坪、②賃料: 月額39万円(@ 1万
円/坪)、③管理費は賃料に含む」との条件で賃借人を募集したことを知り、Yが賃借する 2階部分と同じ面積なのに賃料が異なる上、管理費や冷暖房機使用料を別途徴収しない等の条件の相違に不満を持ったYは、平成26年 4月、Xに対し、同月以降は月額賃料39万円
(税別)及び電気使用料等のみを支払い、その余の支払は拒絶する、既払賃料のうち適正賃料額を控除した差額の過払金について別途不当利得の返還を申し出ると通知し、同月以降は賃料等を一方的に減額して支払った。
同年9月、XはYに対し、賃料の一部未払いを理由に契約解除の通知を行い、建物の明渡し、未払い賃料、建物明渡までの建物使用料相当額の損害賠償金の支払いを求める本件訴訟を提起した。
Yは、契約上の床面積と登記上の床面積の差額7.23坪分は錯誤により無効、もしくは本件賃貸借契約は数量指示賃貸にあたり、賃貸人は、実際面積との差額賃料分等を法律上の理由なく利得したとして、2225万円余の返還等を求める反訴をした。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を全て認容した。
⑴ 錯誤無効・数量指示賃貸借について A又はXが、賃貸借契約締結時及び各更新
契約締結時に、Yに対して、専用部分のみで 46.31坪の面積があることを示していたかどうかは明らかでない。また、平成17年以降の
各更新契約時に作成された賃貸借契約書には、共用部分を含めて賃借面積が46.31坪であることが明記されており、そもそもYが、本件ビル2階の専用部分だけで46.31坪の床面積があると誤信してこれらの賃貸借契約を締結したとは認められないことから、Y主張の錯誤があったとはいえない。
さらに、賃貸借契約書で示された床面積 46.31坪は、目的物が実際に有する面積を確保するために賃貸人が示したものとも、また、専用部分のみで上記面積があることを表示したものともいえないことから、本件賃貸借契約は、Yが主張する「数量を指示して」なされた賃貸借契約とはいえず、現にオフィスとして使用できない部分を付加したグロス面積を契約面積に含めた賃貸借契約も存在することから、共用部分を契約面積に含めることが許されないとはいえない。
したがって、Yの主張は採用できない。
⑵ 管理費等の支払義務について
管理費及び冷暖房機使用料に関しては、Yがその支払義務を負うことが賃貸借契約書に明記されている以上、Yが支払義務を負うものである。
Yは、本件ビル3部分の当時の募集条件との比較において,本件賃貸借契約における賃料額が不当であり、管理費及び冷暖房機使用料の支払義務には根拠がないと主張するようであるが、本件ビルの他の貸室と条件が異なることのみをもって、賃料等の支払義務を免れる根拠となるものではなく、また、Yは平成11年6月1日から継続的に本件建物を賃借しているのであるから、両者の契約条件を単純に比較して本件賃貸借契約における賃借条件の不当性を指摘する点でも相当とはいえない。
⑶ 結論 Yは、平成26年4月から同年8月まで、賃
借人としての基本的義務である賃料等の支払の一部を履行しないと明確に告げて支払いを行わず、同年9月以降も同様の一部不履行を継続することが予測される状況にあったことから、YにはXが催告なく本件賃貸借契約を解除できる背信性があるというべきである。
よって、X請求のYに対する建物の明渡し、未払賃料等及び建物使用料相当額の損害賠償金の支払を認容する。
3 まとめ
本件は、一方的に賃料が過大であるとして、一部不払いを続けた借主に対する契約解除及び建物明渡が認められた事案であるが、他にも個人の賃借人等から「同じアパートの同専有面積/方位/階数でありながら、新規募集賃料が以前より住み続けている自分の住戸に比べて明らかに安いのに、貸主が値下げに応じてくれず不服である」という相談も多々ある。
そのようなケースが生じたとしても借主の立場として注意すべきことは、本事案の判決の要旨の中でも「継続的に賃借しているので、他の貸室と条件が異なることのみでは支払い義務を免れるとはいえない」とされており、一方的な賃料不払いは、一部であっても信頼関係の破壊とみなされ無催告解除の要件に当たるとされている点であり、その判決の内容は妥当なものであると思われる。
他に「一方的な賃料一部不払5か月は信頼関係を破壊する事由に当たるとされた事例」
(東京地判 H21・1・28 判決 RETIO79-18)もあるので、併せて参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑼−オフィスビルと心理的瑕疵−
控訴審において、オフィスビルのテナント従業員の自殺を理由とする貸主の賠償請求を認容した一審判決を失当として破棄した事例
(東京高判 平29・1・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
オフィスビルにおけるテナント従業員の非常階段からの転落死亡事故につき、当該自殺事故により建物価値が毀損したとして、貸主が借主に損害賠償を求めた事案の控訴審において、当該事故は自殺とは認められず、また、借主関係者の過失による死亡事故であったとしても、借主にオフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮すべき義務を認定できないとして、貸主の1000万円の賠償請求を認容した一審判決を破棄し、貸主の請求を棄却した事例(東京高裁平成29年1月25日判決 棄却 上告受理申立却下 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
X(1審原告・被控訴人:貸主・法人)は所有する9階建オフィスビル(本件建物)の 7階貸室(事務所)を、Y(1審被告・控訴人:借主・法人)に賃貸していたところ、平成26年1月、Yの従業員Aが9 階と屋上の間の非常階段の手すりを越え、転落して死亡する事故(本件事故)が発生した。
Xは、本件事故前から、本件建物を4億2千万円で売り出していたところ、本件事故が発生したため「精神的瑕疵有」と記した物件概要書を掲げ、売却価格を3億8千万円に減額して再度売り出しを行い、平成26年6月、 3億7500万円でB社に売却した。
Xは、本件事故はAの飛び降り自殺であり、本件事故により本件建物の価値が毀損されたとして、Yに対し、債務不履行(善管注意義
務違反)又は契約上の損害賠償請求権に基づき、弁護士費用を加えた4,950 万円の損害賠償を求めた。
警察署による捜査結果において、本件事故は自殺と断定されていないものであったが、 1審は、Aが自殺を図ったもと推認できるとし、また、Yの善管注意義務の内容には、Yの従業者をして、本件建物の貸室及び共用部分において自殺をしない義務が含まれるとして、Xの請求につき1000万円の損害賠償を認容した。
Yは、これを不服として控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、Xの請求を棄却し、訴訟費用は全額Xの負担とした。
⑴ 本件事故が自殺か否かについて Xは、本件事故はAによる自殺であると主
張するが、本件事故に係る認定事実によれば、 Aは、本件建物の外付け非常階段設備の9階から屋上に昇る部分から何らかの理由で地上に転落し、死亡したものと認められる。
次に、Aが自らの意思により上記場所から飛び降りたのか否かにつき検討するが、Aが転落したと認められる上記の部分は、立ち入りが禁じられている場所ではなく、景色を眺め、休息や考え事をしていたとしても不自然ではなく、少なくとも、自殺であるとの認定判断に結びつくほどにAの行動が不自然であるとは解されない。
このようにしてみると、証拠上認定できる
本件事故の態様や本件事故の現場の構造等の客観的な事実関係のみからは、本件事故が、 XのいうAの自殺によるものと断定することはできない。
Aにおいて自殺をするような動機があったか否かという主観的な事情の側面から検討してみても、認定事実によれば、Aについてそのような動機は認められず、また、本件事故の直前の生活状況等をみても、自殺を示唆するような言動や兆候などの不審な状況は存在していない。
これらの事情からすると、Aには自殺の動機が見当たらず、その他、自殺の可能性をうかがわせるような事情も存在せず、本件事故がAの自殺によるものであるとは認められないというべきである。
⑵ 結論
以上によれば、Yの債務不履行又は約定による損害賠償責任を問題とするXの請求は、その前提を欠くので、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないというべきである(なお、Xが、Yの関係者の過失による死亡事故の場合にもYの債務不履行又は約定による損害賠償責任が生ずると主張していると解しても、本件事案では、Yが本件貸室を返還するのに付随して、オフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮すべき義務を認定することはできないのみならず、事柄の性質上、Xの主張する損害と因果関係のあるYの債務不履行又は約定による損害賠償責任を認定するのは相当ではないというべきである。)。
3 まとめ
本件1審判決は、「テナントに1000万円の賠償が認められた事例」として報道(平成28年8月8日 毎日新聞)され、これに対し、当該判決は不当ではないかとの意見(TKC
ローライブラリー 新・判例解説Watch 民法
(財産法)No.126 専修大学教授 xxxxx)が見られるなど、一時話題になった事案である。
本件事故は、共用部分で発生したものであること、本件建物は事業用物件であり、居住用と異なり心理的瑕疵の影響が考えにくいこと、本件事故の発生がその後の賃料に影響していないことなどから、貸主請求を棄却した本件控訴審の判断は、納得のいくものと言えよう。
また、「本件事案では、Yが本件貸室を返還するのに付随して、オフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮すべき義務を認定することはできないのみならず、事柄の性質上、Xの主張する損害と因果関係のあるYの債務不履行又は約定による損害賠償責任を認定するのは相当ではないというべきである。」との本件判示は、実務上参考になるものと思われる。
他に、共用部分における事故等に関し心理的瑕疵が争われた事例としては、「賃貸借建物の屋上からの自殺事故について、貸主に告知義務がないとされた事例」(東京地判 平 18・4・7 RETIO82-136)、「建築中マンションのエレベーターシャフト内の作業員死亡事故について、心理的瑕疵の存在を否定した事例」(東京地判 平23・5・25 RETIO85-92)が、事業用建物において心理的瑕疵が争われた事例としては、「商業ビルの一室において、2年以上前に放火殺人事件が発生していたことが、同ビルの交換価値を著しく損傷されたとは認められないとして、競売の売却許可決定取消申立が棄却された事例」(東京高判 平 14・2・15 RETIO82-131)が見られる。
(調査研究部xx研究員)
最近の判例から
⑽−緊急輸送道路沿道建築物の建物明渡請求−
緊急輸送道路沿道建築物の耐震化条例による建物解体を理由とする賃借人に対する明渡請求が認容された事例
(東京地判 平28・3・18 判例時報2318-31) xx xx
緊急輸送道路沿道の賃貸建物につき、耐震化条例に基づく耐震診断により耐震性に問題があることが判明し、賃貸建物を解体する必要があるとして、賃貸人が賃借人に対し、立退料の支払いを申し出て、建物賃貸借契約の更新を拒絶し建物の明渡しを求めた事案において、賃貸人の更新拒絶理由は借地借家法28条の正当事由に該当するとして、裁判所の認める立退料の支払いを条件に貸主の明渡しの請求を認容した事例(東京地裁 平成28年3月18日判決 認容 判例時報2318号31頁)
1 事案の概要
賃貸人Ⅹ(原告)は昭和49年建築の地下1階地上11階の本件建物を所有し賃貸していたが、東日本大震災後の平成23年4月に施行された「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」により義務付られた耐震診断を本件建物につき実施したところ、基準値を大幅に下回る構造体であることが判明した。xは、人命第一と考え、やむを得ず、本件建物を解体することとし、小売業を営む賃借人Y(被告)に本件契約は期間満了日をもって終了し、更新を拒絶する旨を通知した。
なお、Ⅹは補強工事も検討したが、十分な耐震性を有せず、費用が高額になることもさることながら、多くの筋交い等を入れることになり、約8%のデッドスペースを生じて賃貸面積が減少し、採光も損なわれること、その上、新耐震基準による建物であるか否かは、
賃貸物件の需要側の関心が高くなってきており、今後の新入居が見込めない状況が予測されることから補強工事は断念した。
また、財産上の給付(以下「立退料」という)については、不動産鑑定業者の調査により算出された2160万円を申し出たが、裁判所が相当と認める額を否定するものではないとした。
一方、Yは、本件建物において20年以上にわたり営業継続してきており、他の店舗においても営業を行っているものの、本件建物の店舗の売上げは全体の3割程度を占めており、営業継続が困難となるとした上で、①借地借家法28条の「建物の必要性」とは、耐震性が不十分であることは無関係であること、
②Ⅹが主張する大地震の危険性は抽象的なものに過ぎず、耐震性に不具合があるとしても、補強工事で十分対応が可能である等、正当な理由として認められることはできないとした。
また、立退料については、xが主張する価格は差額家賃等補償法にて算出されたものであり、同法は公共用地の取得における借家人の損失補償の方法として用いられるものであって、その保証額は概ね低額になる傾向があり、私人間における立退料に同基準を用いることは不相当であるとした。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Ⅹの請求を認容した。
⑴ Yはxx本件建物にて営業し、5店舗全体売上げの約3割程度を占めていることからも、本件建物を使用する必要性は高いというべきである。他方で、①耐震性に問題がある本件建物で営業することは、顧客にも危険な面があること、②本件建物の近隣において代替物件が存在しないとは認めがたいこと、③本件建物以外の4店舗を経営していること、
④本件建物を立退くことによる損失は立退料によって一定程度補えることなどを考慮すると、営業継続が困難となるとは認めることはできない。
また、本件建物の耐震診断結果の信用性は高いというべきで、Ⅹが本件建物に自ら入居の上、使用する必要性はないとしても、建物所有者及び賃貸人として、耐震性に問題がある建物をそのまま賃貸することは問題であり、かつ補強工事しても一時的な安全が保持されるに留まり、高額の費用を要する補強工事を実施することは合理性を欠き、かつ現実的ではなく、本件建物を取り壊そうとすることは、正当な理由があるというべきである。以上によって、本件建物の賃貸借を継続さ せることは相当ではないというべきであるが、Yの建物使用の必要性や、本件建物の現況等に照らし、Ⅹに裁判所の相当と認める立退料を支払わせることにより、更新拒絶に係る正当事由が具備されるというべきである。
⑵ そこで、立退料の額について検討する。
①借家人補償に準じた価格は、現行補償金が代替物件の補償金を上回るので一時金等の補償相当額はゼロ、賃料差額補償としては、新規月額賃料と実際支払月額賃料の差額を24ヵ月間補償するとして165万円余、②工作物補償として、Ⅹは約1090万円、Yは約2650万円を主張するが、2000万円程度、③営業休止補償として、休業期間2ヵ月中の収益減補償、固定的経費の補償、従業員休業手当補償、得
意先喪失に伴う損失補償、店舗等移転に伴うその他の費用の補償、移転先の内装工事等の期間に係る家賃保証の合計額508万円余、④その他補償として、動産移転費用、移転先選定費用、法令上の手続きに要する費用、移転旅費の合計額156万円余とすると、各金額の合計額は2831万円程度となる。
そして、Yは、本件建物部分に係る賃借についての一定の権利または利益を有していることを考慮し、かつ、本件に現れた一切の事情を考慮し、立退料の金額としては3000万円とすることが相当である。
3 まとめ
本判決は、借地借家法第28条の枠組みに従って判示されたものであり、「建物の現況」、すなわち、診断機関作成の耐震診断結果による本件建物の解体ないし建替えの必要性だけで正当事由の具備を認めたわけではなく、明渡しの条件として、裁判所が認める立退料の提供等も考慮して、正当事由が認められるとしたものである。
また、立退料について、本判決では、借家人補償に準じた価格、工作物補償、営業休止補償とその他補償の合計額を全て賃貸人の負担としているが、同様の理由で取り壊しによって生じる賃借人の損失を賃貸人だけに負担させるのは相当でないとした事例(東京地判平26・12・19 RETIO100-142)もあるので、あわせて参考にされたい。
xxxの発表(平成29年7月)によると、特定緊急輸送道路沿道の旧耐震建築物は 4,842棟あり、診断実施は4,693棟で改修済等建築物は1,807棟となっている。つまり、未改修建物、未診断建物合計で3,035棟あり、防災対策の必要性が高まる中、今後、同様の問題が生じる可能性があることから本事例を紹介する次第である。
最近の判例から
⑾−立退訴訟と不法行為−
底地購入者の事実的、法律的根拠を欠く土地明渡請求の提起は不法行為に該当するとして、借地人の慰謝料請求を認めた事例
(東京地判 平28・10・21 ウエストロー・ジャパン) xx xx
底地を購入した底地人が、購入する10年以上前の無断改築を理由に、借地人に対して借地契約の解除及び建物収去・土地明渡を求めた事案において、底地人の請求を棄却するとともに、事実的、法律的根拠を欠く底地人の本訴提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、不法行為に該当するとして、借地人に対する慰謝料11万円を認めた事例(東京地裁 平成28年10月21日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ Aは、昭和20年8月1日、家督相続により本件土地の所有権を取得した。
⑵ 本件土地の借地人Y(被告)は、平成16年1月14日、相続により、本件建物の所有権を取得し、同年7月29日、その旨の所有権移転登記手続をした。なお、本件建物は、当初xxxとして建築されたものであるが、遅くとも平成27年3月18日までには増改築されて 2階建となっている(以下「本件増改築」という。)。
⑶ AとYは、平成16年8月18日、次の内容で本件賃貸借契約を更新する旨の合意をした。ア 目的:建物所有
イ 期間:平成16年7月1日から20年間ウ 賃料:月額11,614円
⑷ X(原告・法人)は、平成27年3月18日、 Aから本件土地を買い受けたことにより、本件土地の所有権を取得した。
⑸ Xは、平成27年12月16日、Yに対し、所
有権に基づく物権的返還請求権として本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求め、本訴を提起した。
⑹ 一方、Yは、Xによる本訴の提起は、本件土地の賃貸借契約に基づくYの占有権限があることを認識し,又は容易に認識することができたにもかかわらず,根拠もなくされたものであって、不法行為に該当すると主張して、慰謝料等165万円の損害賠償を求め争った。
⑺ Xは、平成28年3月11日の本件第2回口頭弁論期日において、Yに対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却、Yの請求を一部認容した。
⑴ 本件賃貸借契約が無断増改築によって解除されたか否かについて
本件増改築がされた時期については明らかではないが、証拠によれば、遅くとも平成15年12月の時点では既に本件増改築がされていたものと認められる。その後、YとAは、平成16年8月18日に本件賃貸借契約を更新する旨の合意をし、YはAに対して賃料を支払い、 Aもこれを受領し続けたのであるから、Aは本件増改築を承諾していたと認めることができる。
ところで、Xは、Aが本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが、そのような事実を認める証拠はなく、Aは本件増改築を承諾していたと認められるのである
から、Xによる解除の意思表示は効力を有せず、本件賃貸借契約が無断増改築によって解除されたと認めることはできない。
⑵ 本訴の提起が不法行為に該当するか否かについて
① 訴えの提起が相手方に対する違法な行為 といえるのは、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる」と判断されている(最三判 昭63・1・26 判例時報1281-91、他参照)。これを本件についてみると、本件増改築は
遅くとも平成15年12月の時点ではされており、YとAは平成16年8月18日に本件賃貸借契約を更新する旨の合意をし、YはAに対して賃料を支払い、Aもこれを受領し続けていたとの各事実が認められ、通常人であれば、これらの事実を認識すれば、Aが無断増改築を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしていたとの事実は存在せず、むしろ、 Aが本件増改築を承諾しており、無断増改築を理由に本件賃貸借契約を解除することはできないということを容易に認識することができたというべきである。
そして、建築工事業等を営むXは,本件土地を買い受けるに当たり,前記の各事実を認識したか、少なくとも容易に認識することができたというべきで、本件土地を買い受けた後であっても、本件建物の登記名義人である Yに問い合わせれば、前記の各事実を容易に認識することができたにもかかわらず、Xは、 Aから本件不動産を取得してから約9か月後に本訴を提起しているが、その間、Xが前記の各事実について調査をしたとの事情はうかがわれない。
そうすると、Xによる本訴は、そこで主張される権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、通常人であればそのことを容易に知ることができたにもかかわらず
あえて提起されたものであって、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる。
よって、Xによる本訴の提起は不法行為に該当するというべきである。
② Xによる不法行為によって受けたYの精神的苦痛は慰謝料を10万円とするのが相当であり,弁護士費用は1万円とするのが相当である。
3 まとめ
消費者相談において、借地人が、底地の買受人より、強引な立ち退きを求められ困っているとした問題が聞かれることがあるが、事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、濫訴といわれるような立退き訴訟を提起することは不法行為に該当するとして、提訴された側の慰謝料請求を認めた本件判決は実務上参考になると思われる。
最高裁判例としては「借地人の土地の一部転貸を知りながら、底地人が3年余にわたり特段の異議を述べず地代を収受していたときは、転貸について黙示の承諾をしたものと認められた事例」(最三判 昭40・6・29 裁判所ウェブサイト)があり、本件底地人の、購入 10年以上も前の無断改築を理由とした借地契約解除の主張が法律的根拠を欠くことは明らかと言えよう。
訴えること自体が不法行為になるような濫訴は抑制されるべきものであり、「事前調査を十分にしていれば、被保全権利の不存在を容易に知りえていたにもかかわらず、仮差押を申請し決定を得た、仮差押申請人及び代理人弁護士に過失が認められた事例」(東京地裁 平7・10・9 判例時報1575-81)が見られることからも、代理人弁護士にも慎重な判断が望まれよう。
(調査研究部xx調整役)