(東京地判 令 3・3・24 ウエストロー・ジャパン 2021WLJPCA03248033) 田代 佳秀
最近の裁判例から
⑻−契約締結上の過失−
予定された借地契約を締結しなかった借主に対し、契約締結上の過失があるとして、貸主に対する損害金の支払いが認容された事例
(東京地判 令 3・3・24 ウエストロー・ジャパン 2021WLJPCA03248033) xx xx
中古車販売の新規出店の為、先行投資を勧誘されたxx業者が、予定された事業用定期借地権設定契約締結の準備段階にもかかわらず、合理的な理由もなく、この契約を締結しなかった事業法人に対し、契約締結上の過失があるとして、不法行為に基づき請求した賠償額の一部が認容された事例。
1 事案の概要
平成27年頃、Y(被告・中古車販売の事業法人)は、X(原告・xx業者)に対し、自社の新規店舗を出店する為、次の事業内容(本件事業)の実施を提案し、Xの了解を得た。
①Xは、候補予定地(本件土地)の所有権を取得し、店舗用建物の建築が可能となるような造成工事を行い、Yを借主とするxx証書による事業用定期借地権設定契約(本件契約)を締結する。
②Yは、本件土地上に建物(本件建物)を建築後、Xに地代を支払う。
同年12月25日、X及びYは、本件契約の締結を目的として協議の開始に当たり、基本合意(本件合意)を締結した。その際、Xは、 Yの店舗開発部長Aより、過去に提案し中途解約した例はない旨の説明を受けていた。
平成28年7月1日、X及びYは、本件建物の完成日が判明した時点において、それまでの協議により確定した条項の事前確認を目的とした合意文書(本件覚書)を締結した。
同年8月2日、Xは、本件土地の所有者らとの間において、売買契約を締結し、売買代
金2億500万円を支払った。
同月22日、Yは、Xに対し、本件覚書に基づき本件土地の敷金(1200万円)及び造成協力金(1200万円)を支払った。
平成29年3月15日、Yは、Ⅹに対し、出店戦略の変化等に伴い、本件土地への店舗出店計画の撤回を決定したこと等を理由として、本件事業の解約を申入れ(本件解約申入れ)、本件契約を締結しなかった。
そのため、Ⅹは、止む無く、第三者に対し、本件土地を売買代金1億9000万円で転売した。
そして、Ⅹは、本件合意及び本件覚書の締結後、本件土地を購入し、造成工事を完了したにもかかわらず、Yが自己都合の理由で、本件解約申入れ、本件契約を締結しなかったことについて、Yに対し、契約締結上の過失があると主張して、不法行為に基づく損害賠償として、8878万円余等の支払を求めた。
これに対して、Yは、①Ⅹに中途解約はあり得ない等と保証したことはなく、可能性のあることは誠実に説明した、②Ⅹは中途解約の可能性を認識していたから、本件事業の支出による損害を被ったとしてもやむを得ない、③新規出店が困難になったことは、Yの事業運営上、やむを得ない事情である等を理由として、本件解約申入れには、xxx違反と評価される帰責性はなく、本件契約締結の準備段階において、Yに契約締結上の過失はないと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Ⅹの請求を一部認容した。
本件事業は、Yが新規出店を希望する本件土地上で中古車販売業務等を行うため、Ⅹに先行投資をするよう勧誘したものであり、その勧誘及びその後の交渉の過程において、Yは、Ⅹに対し、過去に中途解約して店舗から撤退した例はない等と複数回にわたって説明していた。
また、Ⅹ及びYは、本件建物の完成日が明らかになった時点でxx証書により締結する予定である本件契約の内容について協議を重ね、その条項を確認しておく目的で本件覚書を締結した上、Ⅹは、本件土地を購入し、造成工事費用を負担したものである。
一方、Yも、Ⅹに対し、本件契約の締結に先立ち、敷金や造成協力金を支払い、自ら本件土地の代金調整や造成工事の内容決定に関与していた。そして、元々本件土地は、Yが新規店舗の開店を希望した土地で、本件契約の締結前にYが解約を申し入れること等全く想定していなかった旨をAも証言している。こうした事情に照らせば、xは、Yとの間 で本件契約を締結することを強く期待して多額の先行投資をし、本件土地を購入し、造成
工事まで開始したと認めることができる。 そして、xが、そのような強い期待を抱い
たのは、勧誘や交渉の過程におけるYの説明や本件覚書を締結するに至ったことによるものであり、そのことには合理的な理由があったというべきである。
他方、Yは、本件覚書の締結後、Ⅹが、本件土地の購入や造成工事のために多額の先行投資をしたことを十分認識していながら、出店戦略の変化や本件土地上に建築予定の新規店舗において採算が取れなくなったという専
ら自社の営業上の理由により、本件解約申入れをしたものであり、このような経緯に鑑みると、本件解約申入れは、本件契約が成立することに関するⅩの合理的な期待を不当に侵害したものであると言わざるを得ない。
よって、Yには、本件契約締結の準備段階におけるxxx上の注意義務違反があったと認められ、Yには不法行為が成立する。
また、Ⅹには、本件覚書以前にYが本件事業を撤退するというリスクを認識していたとは認められない。
次に、Ⅹの損害は、逸失利益を除く7643万円余(本件土地の購入5406万円余及び転売 2189万円余、従業員の旅費・宿泊費48万円余の合計)から、YのXに対する敷金返還請求権(1200万円)、造成協力金の返還請求権(1200万円)の各々について、相殺と放棄する意思表示を勘案した2400万円を控除した金額に填補した。
以上により、Yは、Ⅹに対し、不法行為に基づき5243万円余の支払を求める限度で請求を認容し、その余の請求は棄却した。
3 まとめ
YがXの合理的な期待を裏切って本件契約を締結しなかったことは、契約締結上の過失による不法行為が成立し、Yは、これにより発生したXの損害を賠償する義務を負うとされた事案である。
そして、本件では、この不法行為と因果関係のある損害は、信頼利益のみで、履行利益
(逸失利益等)を除いた内容となっている。事業用における契約締結上の過失に当た
り、損害金の支払が認容された事例の一つとして、実務における参考にしていただきたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑼−媒介業者の説明義務−
土地を購入して賃貸する事業を提案した媒介業者に対して地代支払開始日について誤った説明をしたことによる賠償責任が認められた事例
(xx地判 令 4・3・22 判例時報2557-35) xx x
媒介業者から土地を購入して賃貸する提案を受けて土地を購入した買主が、媒介業者から当初説明された期日を過ぎても地代収入を得られる見通しが立たなかったため、媒介業者の未払い報酬請求を拒んだところ、媒介業者がその支払いを求める訴訟を提起したことから、買主が媒介業者の誤った説明による損害の賠償を媒介業者に求めて反訴した事案において、媒介業者の請求を棄却し、買主の請求を一部認容した事例
1 事案の概要
Y(本訴被告・反訴原告・賃貸人・買主)は、 X(本訴原告・反訴被告・媒介業者)から、所有者の異なるa市内の2件の土地(全体を
「本件土地」、各々は「本件土地①および②」)を購入し、A(自動車販売業・賃借人)に賃貸する事業の提案を受けた。
平成30年12月中旬頃、YとA(賃借人)は Xの立会で、本件土地について、期間:営業開始から20年間、地代:月額255万円、とする事業用定期借地権設定契約(本契約)の基本合意(合意①)をした。また翌月、YはXの立会で、Aと本件土地について、合意①とほぼ同内容の本契約の覚書(合意②)を締結したが、これには、有効期限や約定解除権についての定めはなかった。
平成31年1月、Yは、Xの仲介で本件土地
①を4600万円で購入し、翌月にその売買の仲介報酬としてXに155万円を支払った。
同年2月、YはXおよび他のxx業者の仲
介で本件土地②を5億1150万円で購入する契約を締結(本件売買)し、翌月その引渡しを受けるとともに、Xにその売買の仲介報酬として800万円を支払った。
その後もAが着工等の営業開始に向けた具体的な準備をする様子がなかったため、令和元年5月、YはXに対し、Aに本契約締結の協議に応じるように伝えて協議日程の目処を Yに報告するよう求めたところ、XはYに対して、Yを信頼して仲介業務を続けることは困難である等として本契約の仲介契約を解除し、仲介報酬相当額を請求する旨の回答をした。
令和元年8月、YはAに対し、本契約締結や地代支払開始の時期を回答するよう求めたが、具体的な回答を得られなかったことから、同年10月、同月中に本契約が締結されない場合には合意②を解除する旨を通知した。
同年12月、AはYに対し、支出済費用123万円余をYが支払えば、合意②の解除に応じる旨を通知し、YはAに同額の和解金を支払い、YとAは合意②を合意解除した。
その後Xは、本件売買についてのXの仲介報酬は1500万円と合意しており、700万円が未払いである、また、本契約が締結できるよう最善の努力をしていたところ、Yが本契約締結を拒んだので、本契約の賃貸仲介に係わる報酬相当額である255万円の支払いを求める、として計955万円の支払いをYに求めて提訴した。
これに対してYは、本件売買に係るXの仲
介報酬は800万円と合意していた、本契約締結に必須の条件であるAの営業開始日の調整が未了の段階でXが一方的に賃貸仲介契約を解除した、として争うとともに、Xが地代支払開始日について事実と異なる説明をしたことにより損害(逸失利益・Aに支払った和解金・支払済仲介手数料の計2608万円余)を蒙った、として反訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却し、Yの請求を一部認容した。
(本件売買の仲介報酬について)
本件売買の売買金額からすれば、Xの主張する報酬(計1500万円)は、たしかに法定の報酬額の上限内であるが、あくまでもこれは上限であり、仲介契約書の提出もされておらず、X主張の金額でX=Y間において報酬額の合意があったとは認められない。
(本契約の仲介報酬について) XはYに対して令和元年5月に本契約の仲
介契約の解除を通知したこと、その時点において、本契約の締結に不可欠なAの営業開始日について調整未了であったことが認められ、Xが当該仲介契約を解除した時点において、その履行割合はゼロであったと言える。
(Yの請求について) Yは、合意①や合意②を締結した当時、X
から「Aに本件土地への立入りを認めれば、その3か月後には地代支払が開始される」旨の説明を受けたと主張する。Yは本件土地②の購入にあたって、金融機関からの借入金を代金支払いに充てているが、その借入金の返済条件等からしてもこれは不自然ではない。一方、AはXに対して「建物着工から3か月後」を地代支払開始日としたい旨申入れていたことが認められる。そうすると、XはYに対して、地代支払開始日について誤った情報
を提供したことが認められ、Yの主張する逸失利益(地代の6か月分:1530万円)とAに支払った和解金(123万円余)は、Xの本契約の仲介契約の債務不履行による損害にあたる。
ただしこれは、本件売買の仲介上の義務違反とまでは言えず、YはXの仲介により、本件売買契約成立の法律効果を享受していることからしても、Yの本件売買に係る仲介手数料の返還の求めには理由がない。
(結論)
したがって、Xの請求はこれを棄却し、Yの請求は1653万円余の支払いを求める範囲で認容する。
3 まとめ
本件は、媒介業者の報酬請求が棄却された 一方、媒介業者は誤った説明をしたとして、賃貸人の賠償請求が認められた事例である。当然のことながら、媒介業者の皆様は、調 査にあたり細心の注意を払っていただくとともに、契約の相手方の意向や調査により知り得たことについて、正確にこれを当事者に伝達していただくよう留意していただきたい。また、この事案においては、媒介業者が当 事者間の土地賃貸借の基本合意を成立させるにあたって、お互いの拘束力が弱い内容となっていたことにより、賃貸人がその解除にあたり和解金の支払いを余儀なくされている。媒介にあたっては、当事者が不測の損害を蒙ることのない合意内容とするよう注意を払う
ことも必要であろう。
(調査研究部xx研究員)
最近の裁判例から
⑽−共有者の賃料請求−
賃貸物件の賃料受領権限の付与に関する合意を共有者が自己に有利な内容に変更することは認められないとした事例
(東京地判 令 4・6・16 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA06168011) xx x
区分所有ビルの共有者の一人が、賃貸借契約を結んでいる借主に対し、同契約に基づき、賃料及び共益費のうち自分に帰属する4分の 1相当額の支払等を求めた事案において、賃貸借契約における借主からの賃料受領等の権限を共有者代表者に委任する旨の共有者間の合意成立が認められるため、委任内容の一部を、共有者の一人が、自己に有利な内容に変更することは認められないとして棄却した事案。
1 事案の概要
本件ビルの区分所有権者(A他4名)は、 Y(被告)に対し、平成2年2月、本件建物を営業用賃貸物件として第三者に転貸する目的で以下約定にて賃貸し、同年4月末日頃、本件建物を引き渡した。
期間:平成2年5月1日から平成12年4月30日まで(期間満了の6か月前までに何らの意思表示がないときは同一条件で1年間更新される。)
賃料:Yの転借人に対する満室時賃料合計額の90%を所有者持分表の持分率により按分した額及びこれに対する消費税
支払時期:賃料及び共益費は、前月末日までに当月分を支払う
Aは、平成15年8月に死亡し、xxxであるB並びにX(原告)他2名の4名が、本件建物のAの共有持分権を各4分の1の割合で相続した。
Yは、上記相続後、各月度の前月20日頃、
本件共有部分の賃料等の合計額をBの管理する預金口座に振り込んで支払っていた
令和3年6月Xは、Bに対し、本件共有部分に関しYから支払われる賃料等を受領する権限等の委任契約を解除する旨の通知書を、 Yに対してBに対する賃料受領権限の委任を解除したため、今後は本件共有部分の賃料等の4分の1相当額を直接Xに支払うよう求める旨の通知書を送付した。
しかし、Yは、その後もBの管理する口座に賃料等を振り込んで払っていたので、Xは Yに対する賃料等支払を求める本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ 支払方法の合意の有無
賃料等支払合意に関する覚書のXの記名に続いて表示された印影は、Xの印鑑登録証明書の印影と合致しているから、これがXの印章によって顕出されたものであると認められ、その顕出はXの意思に基づくこと及び本件覚書が真正に成立したことが推定され、この推定を覆すに足りる証拠は存在しない。
また、本件覚書に加え、本件共有部分の管理方法等に関するAの遺言xx証書の内容や、これに沿う本件覚書取り交し後の管理費の支払その他の本件共有部分の管理状況によれば、本件共有部分の保存や管理、本件共有部分等から生じる公租の納付やそのための確
定申告等をXら3名がBに委任し、本件共有部分の賃料等を全てBが受領した上で、上記委任事務の費用に充てることを合意するとともに、本件相続人らとYとの間でも賃料等の弁済方法を全てB管理口座への振込によることを合意したものと認められる。
⑵ 支払方法の合意の変更の有効性 Xは、本件合意は、XがBに対して賃料等
の弁済受領権限を付与するものであるから、 Xの単独の意思表示により変更することができると主張する。
しかし、本件合意の内容は、前記のとおり、 Xら3名がBに委任した上記事務の費用をBが本件共有部分の賃料等から確保するためにもなされたものと認められ、弁済受領権限の付与に関する合意は、(準)委任契約と一体的な本件合意の一部とみるのが相当であるから、その一部のみをXが自己に有利な内容に自由に変更できるとは認められない。
これに対し、Xは、①長期間の経過等、②収益の分配がないこと、③賃料等の原則的な支払先等を挙げ、本件覚書の拘束力を限定的に解すべき旨主張する。しかし、①については、Xの主張する本件合意は、本件賃貸借契約が更新を重ね、同様の利益状況が長期間継続することを想定してなされたものとうかがえること、②及び③については、いずれも本件覚書に係る一体的な合意のうち本件合意部分のみをXが一方的に変更できる権利状態を生じさせるものとは認められないことに照らし、Xの主張はいずれも採用できない。
以上によれば、Xによる本件合意の変更が有効になされたと認めることはできず、Xの Yに対する賃料等の請求権は、本件合意に従ったB管理口座への振込による弁済により消滅したものと認められる。
⑶ 結論
よって、Xの請求には理由がないから、棄
却する。
3 まとめ
本件は、共有物の管理に関するもので、区分所有建物の所有権を相続により取得した共有者間で、代表者に共有物の保存・管理に関する事務を委任し、代表者は賃借人から賃料を全額受領し、その中から必要経費を差し引いて、他の共有者に持分に応じた賃料を分配することについて合意していたにもかかわらず、共有者の一人が、自分の持分に応じた賃料を自分に直接支払うよう求めた事案である。
裁判所は、代表者への委任に係る共有者間の合意が成立していると認め、賃料の受領権限は、事務の(準)委任契約と一体的な合意の一部であるとして、賃料受領権限のみを共有者の一人が自由に変更することは認められないとして、請求を却下している。
共有物の管理に関する紛争は、これまでも見られており、本件のようなケースも少なくないので、賃貸管理業務等に参考となる事例として紹介するものである。
また、令和5年4月1日施行の改正民法により共有物の変更・管理の見直しもされているので、内容を確認しておくことをお勧めする。
(調査研究部調査役)