RETIO. NO.122 2021 年夏号
RETIO. NO.122 2021 年夏号
最近の裁判例から
⑴−契約締結義務違反−
売買契約が締結されることを前提に費用支出をした購入希望者の所有者に対する損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 令 2・2・18 ウエストロー・ジャパン) xx x
借地権付建物の売買契約締結に向けた交渉中に、その契約が締結されることを前提に費用を支出した購入検討者が、その後に相手方が契約締結を拒否したことがxxx上の義務違反にあたるとして、支払った地盤調査費用等の賠償を求めた事案において、その請求が棄却された事例(東京地裁 令和2年2月18日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成27年2月、Y(被告・個人)は、遠縁の親戚にあたるX(原告)からの借入金について、所有するxxxa区内の借地権付建物
(自宅・本物件)を売却して返済に充てることをXに伝え、XとYらは、本物件内の清掃等に着手した。そのさなかの同年5月頃、YはXに、本物件に住み続けたいので、第三者には売却したくないとの意向を示したことから、XはYに対して、本物件を1500万円で購入することを提案した。
Xは、自らが所有する本物件隣接の借地権付建物と本物件を取壊し、一体で建替えることを計画し、建築業者に有償の地盤調査や建築プラン作成を依頼する等した。また、Xは Yに対して、建替え後の建物の一部をYに賃貸する用意があること、建替え工事中は、Xが所有する賃貸中の戸建住宅(本件賃貸建物)の賃借人に立退いてもらい、これをYに月額 5万円で賃貸すること、を提案した。
同年8月、XとYは本物件の敷地(本件土地)の所有者と面談し、本物件をYがXに売
却することを報告したが、その翌月末頃、YはXに本物件の売却を拒否する申出をした。同年12月、XはYに対して、同年10月に本 件賃貸建物の賃借人を退去させたことによる空室損、地盤調査費用等31万円余の支払を求
めて提訴(別訴)した。
平成28年1月にXの請求を棄却する判決が言渡され、これを不服としたXの異議申立の後、同年3月に両者の間で和解が成立した。同年9月、XはYに対して、別訴を提起し た日以降の本件賃貸建物の空室損、及びその
改装費用の支払いを求めて提訴(本訴)した。なお、その後Xは本件賃貸建物を後継の賃借人に賃貸した平成29年2月分までの分まで請求を拡張し、請求額は、244万円余りとなった。これに対してYは、①別訴の和解条項には
「Xはその余の請求を放棄する。」旨の条項があり、別訴の既判力により排斥される、もしくは本訴の提起はxxxに反する、②Yが確定的な意思表示をしておらず、敷地所有者の同意も得られていない中、Xは独断で準備を進めたものであり、Yに契約締結準備段階におけるxxx上の注意義務違反はなかった、として争った。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を全て棄却した。
(別訴の和解の効力) Yは、本訴は実質的には紛争の不当な蒸し
返しであって、xxxに反すると主張するが、
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別訴の請求と本訴の請求は内容を異にするから、本訴の請求が別訴の既判力によって当然に排斥されることにはならない。
また、別訴の和解にある「Xはその余の請求を放棄する。」の条項は、あくまで別訴の請求内容に関するものであり、本訴の請求内容は別訴の提起後に生じたものであり、本訴は、紛争の不当な蒸し返しとは言えず、xxxに反するものでもない。
(Yの注意義務違反の存否) Xは、①Yに本物件を1500万円で購入する
提案をし、②費用を支出して地盤調査を行って建築プランを作成し、③工事期間中のYの居住先確保のために本件賃貸建物の賃借人を立退かせる、等の準備を進め、Yも特段これに異議を述べなかったことが認められる。
しかしながらXとYは、売買契約の締結時期、代金の決済時期、決済方法、所有権移転登記手続の時期等の売買契約の具体的な内容について協議をした形跡は認められないうえ、これらの準備が進められた後の平成27年 8月になって、本件土地の所有者と面談し、本物件の売却を報告したというのであるから、その時点においては、YからXに本件土地の賃借権を譲渡することにつき、その所有者の承諾を得られるか否かすら確定しない状況であったといえる。
そうすると、上記面談の前に、Xが本物件の売買契約締結に向けて種々の準備を行っていたとしても、いずれも本件土地の賃借権の譲渡につき所有者の承諾を得られると仮定して準備を行っていたにすぎず、Xに対し、本物件の売買契約が確実に成立するとの期待を抱かせるに足りるほど、契約締結のための準備が成熟していたということはできない。
また、上記の面談の後も、XとYとの間において、本件建物の売買契約の締結に向けた協議が特段進展したことをうかがわせる事情
は認められず、その後1か月程度が経過した平成27年9月末頃の時点においても、Xに対し、本物件の売買契約が確実に成立するとの期待を抱かせる状況に至っていたということはできないから、Yが同時点において本物件を売却することを拒否したとしても、契約準備段階におけるxxx上の注意義務に違反するということはできない。
(結論)
よって、Xの請求は理由がないから棄却する。
3 まとめ
売買契約締結を拒絶したことが、xxx上の義務違反にあたるかについて、拒否した時点では契約成立が確実との期待を相手方に抱かせるほどの段階に至っていなかったと判示されたものの一つとして、本事例を紹介するものである。
売買契約に関して、本事例同様、契約締結の準備が成熟した段階に至っていなかったとして請求が棄却された事例として、東京地判平26・12・25(RETIO99-60)、東京地判 平26・ 12・18(RETIO99-62)、xxx上の義務違反は認められたものの損害が認められないとされた事例として、東京地判 平21・2・19(RETIO 60-42)、東京地判 平15・6・4(RETIO44-45)が見られ、一方、xxx上の注意義務違反が認められて支出済費用の請求が認められた事例として、東京地判 平27・2・19(RETIO104-134)が見られるので、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部xx研究員)
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