Contract
地公法と労基法上の労使協定
― 教育職員への一年単位の変形労働時間制導入を契機に
x x x
はじめに
先般、公立学校の教育職員(以下、単に「教育職員」という。)への一年単位の変形労働時間制(労基法32条の4)導入のための「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、「給特法」という。)改正案が国会を通過した。いくつかある注目すべき論点の一つは、一年単位の変形労働時間制の導入にあたり、労基法上の労使協定(1)(以下、単に「労使協定」という。)ではなく、地方公共団体の条例の定めによるとしたことである。文科省によれば、その論拠は、勤務条件条例主義(地公法24条5項)であるとされている。
ところで、地公法の勤務条件条例主義と労使協定とがいかなる関係に立つかは、近年に至るまで、行政解釈においても必ずしも明らかではなかった。これに対して改正給特法によれば、少なくとも一年単位の変形労働時間制を教育職員に適用するにあたり、労基法が要求する労使協定は、地公法が採用する勤務条件条例主義にてい触するとの解釈を前提にしているといえよう。しかしこの解釈は、労基法におけるその他の労使協定の、教育職員を含む地方公共団体に勤務する職員全体(但し、地方公営企業職員および単純労務職員を除くいわゆる非現業職員-以下、単に「職員」という。)への適用にも影響を及ぼしかねない問題を含んでいる。たとえば、教育職員を含む職員には労基法33条3項が適用される一方で、同法36条が適用除外されていないため、教育職員に時間外・休日労働を命じ
(1) 労基法上は、従業員代表との「書面による協定」とされており、「書面協定」と表記することも考えられるが、本稿では地公法55条9項の「書面による協定」との混同を避けるため、あえて「労使協定」を使用する。
るにあたって労使協定の締結が必要か否かの問題(2)と関連することになろう。さらには、地公法が採用する勤務条件条例主義という原則の射程距離、すなわち、この原則が公務に おける労使関係のどの範囲まで適用可能かという問題と深くかかわることになり、看過で きない理論的課題を内包していると思われる。
また、本稿において労使協定を検討の対象に取り上げるもう一つの理由は、教育職員の長時間労働を是正するための一環として一年単位の変形労働時間制を教育現場に導入しようとするのであれば、むしろ教育職員またはその集団の意向を可能なかぎり反映させるために、事業場の労使協定という仕組みを積極的に活用することが不可欠だと考えるからである。
そこで、以下において地公法と労使協定の関係について、地公法の制定時からの経緯を考察したのちに私見を述べ、最後に学校現場における労使協定の必要性について簡単に触れてみたい(3)。
1. 給特法改正の概要
給特法についてはすでに詳細な検討がなされている(4)ところであるが、本題に入る前にその概要を簡潔に触れておきたい。
給特法は、教育職員の時間外・休日労働をめぐる労使紛争を解決するために1971(昭和 46)年に制定された。xx改正前の同法は、地公法58条3項を読み替え、従来教育職員に適用されていなかった労基法33条3項を適用することとし、かつ同法37条を適用除外した
(2) 実務上は、非現業の官公署に勤務する地方公務員には労基法33条3項が適用されるため、36条の労使協定を締結することなく、時間外・休日労働を命じうるとされているが、これに批判的な学説がある。xxxx「公立学校教員の労働時間制と「労働」の意義」龍谷法学第52巻第
1号116-117頁、xxxx「公立学校教員の労働時間規制に関する検討」季刊労働法226号61
-62頁。
(3) かつて筆者は、「勤務時間の弾力化と地方公務員の労使協定」(早稲田社会科学研究第49号 117頁以下)および「改正労基法と地方公務員の労使協定」(季刊労働法146号28頁以下)を執筆したが、本稿は、その当時から今日に至るまでの立法動向を踏まえ、地公法と労使協定に関する新たな課題について論ずるものである。
(4) xxxx論文107-112頁、xxxx論文58-64頁。また、教育職員の勤務実態を踏まえた給 特法の問題点を指摘し、中教審答申を批判的に検討したものとして、xxxx「中教審『答申』をどう読むか」法学セミナー2019年6月号53-58頁。
(5条)。そして、教育職員に時間外・休日労働を命じうる場合を政令で定める基準に従って条例で定めるものとした(6条)。これにもとづいて制定された政令、「公立の義務教育諸学校等の教育職員をxxの勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」(平成15年政令484号)は、教育職員についてはxxの勤務時間の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務を命じないものとする一方、次の四業務については「臨時又は緊急やむを得ない必要がある場合」に限って時間外勤務を命じうるものとした。それは、
①生徒の実習、②学校行事、③教職員会議、④非常災害等やむを得ない場合である。この
4項目に関する時間外・休日労働命令は、労基法36条の労使協定(以下、「36条協定」という。)を締結することなく、同法33条3項に基づいて発しうることとしている(給特法5条)。また、労基法37条が適用除外されたため、この命令に従って時間外・休日労働に従事した教育職員には手当は支給されない(同法3条2項)。これにかわって、教育職員には本給の4%に相当する調整給が支給されることとなった(同法3条1項)。
改正前の給特法は、以上のような構造を有しているが、問題は、近年に至り上記4項目に含まれない諸々の業務が拡大し、教育職員の負担が増大しているにもかかわらず、これを是正する措置が採られてこなかったことにある。このため、政府が実施しようとしている働き方改革との関連で教育職員の勤務実態が課題となり、その対策が求められていた。文科省も遅まきながら「いわゆる『超勤4項目』以外の業務について、教師が対応している時間が長時間化している実態」を放置できなくなり、「学校における働き方改革」の総合的な方策の「一環」としてxxの給特法の改正が実施された。
xx改正の要点は、まず、地公法58条3項において職員には適用除外されている一年単位の変形労働時間制を公立学校および幼稚園の教育職員についてのみ適用できるように同項の読み替え措置を採ったこと(5)、またその際に、労基法によれば事業場の労使協定において定めるべきものとされている事項を各地方公共団体の条例で定めることができるとしたことである(改正給特法5条)。
具体的には、第一に、地公法58条3項の規定を新たに次のように読み替える措置を講じた。
すなわち、まず、労基法32条の4第1項に関する読み替えである。改正給特法5条は、労基法32条の4の第1項から3項までを教育職員に限って適用できるように地公法58条3項を読
(5) 中教審答申において示された一年単位の変形労働時間制の導入に対する批判的または消極的見解として、xxxx法学セミナー論文57頁、xxxx論文67-68頁。
み替えた(6)。
次に、一年単位の変形労働時間制を導入するにあたり、労基法は、労使協定において、
ⅰ対象となる労働者、ⅱ対象期間、ⅲ特定期間、ⅳ対象となる期間における労働日と労働時間、およびⅴその他厚生労働省令で定める事項を記載しなければならないとしている
(同条第1項1号~5号)が、給特法5条は、これらの事項について地方公共団体の条例で定めることと読み替えた。
さらに、労基法32条の4第1項第5号の「その他厚生労働省令で定める事項」については、
「文部科学省令」と読み替えることとしている。
第2に、第2項の読み替えである。同項は、前項第4号にもとづき対象期間を一か月以上の期間ごとに区分した場合、区分による各期間のうち最初の期間を除く各期間における労働日および総労働時間を定めたときは、少なくとも各期間の初日の30日前に従業員代表の同意を得て、厚生労働省令で定めるところにより、各期間における労働日数および労働日ごとの労働時間を定めなければならないとされている。これに対して、給特法は条例で定めることとされた労働日数および労働時間については、「厚生労働省令」ではなく、「文部科学省令」の定めるところによると読み替える措置をとった。
第3に、第3項の読み替えである。第3項は、対象期間における労働日数の限度ならびに一日および一週間労働時間の限度ならびに対象期間および特定期間における連続して労働させる日数の限度を厚生労働省令によって定めることができる旨の規定であるが、これを
「文部科学省令」と読み替える措置をとった。
主たる改正点は、労使協定という事業場の労働者の意向を反映させるための措置ではなく、条例の定めがそれに取って代わっていること、および労基法32条の4第3項の規定にもとづき、厚生労働省令において、労使協定で定める労働時間の限度は一日10時間、一週52時間(労xx12条の4第4項、労規則附則65条、66条)、連続して労働させることのできる日数は6日(労規則12条の4第5項)および期間内の所定労働日数の上限は一年あたり280日(労規則12条の4第3項)という厳格な縛りがかけられているところであるが、この省令は、教育職員には適用されず、今後制定されるであろう「文部科学省令」によるとされたことである。
(6) この結果、学校事務職員および給食調理員等は、読み替えの対象とならない。
2. 教育職員の労基法上の位置づけ
次に、本稿の課題と関連するので教育職員に関するこれまでの労基法上の労働時間規制の変化に簡単に触れておきたい。
労基法は、制定当時、その第8条(現行の別表第一にほぼ該当)において適用事業を17 のカテゴリーに区分していたが、教育職員の勤務する公立学校等は、同条第12号の「教育、研究又は調査の事業」に位置づけられていた。他方、一般の行政職員は第16号の「前各号 に該当しない官公署」として整理され、両者は、事業場のカテゴリーを別にしていた。そ して、労基法33条3項の適用は、上記の第16号の官公署(いわゆる非現業の官公署)にの み適用されることにされた。この結果、学校は非現業の官公署と見なされなかったため、 教育職員は、労基法上、「現業の官公署」に勤務する労働者と同様に位置づけられ、33条 3項の適用はなかった。
ところで、公立学校が非現業の官公署と位置づけられなかったのは、労基法制定当時において教育の事業は、非現業の職場とは認識されていなかったことが影響しているように思われる。すなわち、労基法に先立って制定された旧労xxは、非現業公務員の争議行為を禁止したが、その際に政府は公務員たる教員を非現業公務員に含めようとした。しかしながら、当時のGHQは、教育事業が民間団体においても担われていることおよび争議行為等による教育事業の一時的停廃は必ずしも公共の利益に重大な影響を及ぼすものとは考えられないとの理由で反対したため、教育職員は、旧労調法上は非現業の公務員とは位置づけられていなかった(7)。このような当時の事情は、旧労xx制定後まもなく制定された労基法にも反映し、教育事業は、第16号の「官公署」と位置づけられなかったものと推測される。
その後、1950(昭和25)年に地公法が制定され、後述するように、職員に関して労組法および労xxが適用除外とされる一方、労基法は原則として適用されることとされた。しかし、地公法は、職員について、後述するように、労基法第2条の労働条件対等決定原則を公務員関係の本質と相容れないことを理由に適用除外とした(同法53条3項)。
教育職員は、地公法の制定にともない、同法の適用下に入ったため、労基法2条の適用
(7) 拙稿「労働基本権制約理論の歴史的検討」xxxx、xxxx、xx(xx)寿編『戦後労働立法史』所収636頁。
から除かれることとなった。この段階においては、地方公営企業労働関係法(以下、地公労法という。)は制定されていなかったため、すべての地方公務員に地公法が全面適用されることになる。したがって、旧労xx時代の現業・非現業という区分については、いったんは消滅することになった。その後、1952年に地公労法が制定され、同法の適用を受ける職員には、労基法2条を含めて労基法が全面適用されることになった。その際、地公労法は、「単純な労務に雇用される職員」(以下、「現業職員」という。)にも適用されることとなったが、教育職員は、地公法上の現業職員の範疇には入れられなかった。この結果、教育職員は、勤務条件の決定手続きの相違にもとづいて現業・非現業を区分する地公法においては非現業職員の範疇に入ったが、労基法上では、引き続き8条16号の官公署に勤務する公務員とは別の範疇に分類されたため、同法33条3項の適用対象ではなかった。したがって、教育職員の時間外・休日労働には36条協定の締結を必要とすると解する余地が生ずることとなった。
教育職員の位置づけに関する両法間の「ズレ」は、地公労法制定以降長きにわたり定着していたが、この状況に大きな変更を加えたのが1971(昭和46)年の給特法の制定であった。すなわち、同法5条は、前記のように、教育職員にも33条3項を適用することとしたため、その時間外・休日労働に関する規制は、16号の官公署に勤務する職員と同一の扱いとなった。
以上のように、教育職員の法律上の位置づけは、複雑な変化を遂げ、今日に至っている。
3. 地公法制定と36条協定
さて、本稿のテーマである労使協定と地公法上の勤務条件条例主義の原則は両立すると解されるか否かを考察するにあたり、地公法は、労使協定を立法政策上どのように取扱ってきたかを同法制定時にまでさかのぼって考察してみたい。
(1) 労使対等決定原則(労基法2条)の適用除外
勤務条件条例主義を採用する地公法は、制定当初から労働条件の対等決定原則を定 める労基法2条を適用除外としている(58条3項)。本稿の課題と関連するので、同条 を適用除外した理由を、1950(昭和25)年の地公法案の国会審議に当たり、当時の自 治庁が国務大臣の国会答弁のために用意したと思われる「国務大臣答弁資料」(以下、
「答弁資料」という。)(8)に依拠しつつ、考察してみたい。
「答弁資料」は、想定問答集の形式で作成されているが、そこには、「労働基準法中職員に適用しない規定は、いかなる方針で選んだか。」との設問が設けられ、これに対する国務大臣の答弁が用意されている。そこで示された適用除外の理由は、同条が「職員の勤務関係の本質に反するものであり、本法案の精神にてい触するものと認められるので、準用しないものとした」(9)というものであった。
ここにおける「職員の勤務関係の本質」とは、地方公務員には住民全体に奉仕する義務が負わされており、その勤務関係は「対等な立場に立った単なる債権債務の関係
(で)はなく、信託奉仕の関係である。」とし、「従って、職員は使用者に対して対等ではありえない。」との認識が示されていた(10)。また、このような勤務関係を根拠に、職員の勤務条件については労使の交渉によって当局を拘束する合意は認められないとする。なぜなら、「住民は、地方公共団体の議会におけるその代表者により制定される条令(ママ-筆者)により、及び国民として国会におけるその代表者により制定される法律により、その意思を表明する。従って地方公共団体の当局も職員も、ひとしく人事に関して方針、手続等を定める法律及び条例によって支配され指導され又少なからざる場合において制約を受けている」からであるとする(11)。
以上のように、労働条件対等決定原則の適用除外の根拠は、信託奉仕の勤務関係および勤務条件条例主義ならびに勤務条件法定主義に置かれていたといえよう。この論理こそは、1948年のマッカーサー書簡に由来するものであるとともに、国公法制定時において同法が国家公務員の労働基本権を制約する規定を設けるにあたっての基本的な考え方であった。また、地公法も同様の考え方で制定された。そして、これは1973
(昭和48)年以降の公務員の労働基本権に関する最高裁判決(12)において採用されている論理でもある。
(2) 労基法36条の適用の立法趣旨
さて、労基法制定当初において、労使協定に関する規定は、36条のみであったが、
(8) 地方自治庁編『改正地方制度資料 第七部』(1952年)1087頁以下。 (9) xx1212頁。
(10) xx1205-1206頁。
(11) xx1206頁。
(12) 全農林警職法事件昭和48年4月25日最高裁大法廷判決 刑集27巻4号547頁。
地公法は、前記の「職員の勤務関係の本質」論および勤務条件条例主義の原則に立脚しつつも、制定時において労基法36条を適用除外せず、職員の時間外・休日労働に関して労使協定の締結の余地を残した。
いうまでもなく、労使協定は、その締結過程において限定された枠組みの中ではあ るが、労使間の交渉・協議がともなうことがあることは否定できない。他方において、地公法案には、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」(24 条6項-現在の24条5項)旨の規定があり、登録職員団体との交渉は認めるものの、
「団体協約を締結する権利を含まないもの」との規定も存在した(55条1項但書-現在の55条2項)。それゆえ、地公法案において勤務条件条例主義が採用されている以上、36条協定の締結を認めることは、この原則にてい触しないかとの質問も想定されていた。すなわち、「答弁資料」には、「労働基準法三十六条を適用するのは、本法の精神に矛盾するものと思うがどうか」という想定質問が設けられ、以下のような答弁が用意されていた。少々、長くなるが、引用しておきたい。
「問題になるのは、労働時間の延長又は休日労働という労働条件の変更とみられ得 べきものが、使用者と労働者との協定で行われることであり、この規定の適用は労働 条件対等決定の原則を否定している本法の精神と矛盾しないかということである。然 しながら、第三十六条の協定は、原則的な労働条件の決定に関して行われるものでな く、使用者は、必ずしもそのような協定をしなければならないのではない、いいかえ れば、この協定がなければ、労働時間なり、休日なりの定めがなし得ないというわけ ではなく、一定の条件の下に、労働時間を延長し、又は休日労働をさせるためにのみ、協定が必要であるのである。その限りにおいて、このような協定は、いわば補足的な ものであって、労働条件対等決定の原則を否定することと全面的に両立しないもので はない。又、職員が、その職員の団体を通じて、地方公共団体の当局と団体協約を締 結することは認められていないとしても、五十五条第二項の趣旨に鑑み、職員の団体 との間に、勤務条件に関して、法の定める範囲内で、一定の協定をすることまでもが、団体協約禁止の規定に触れるとは考えられない。更に、この規定は、以上のように、 理論的に、公務員関係の基本と矛盾するものではないとともに、実際上においても、 公務員関係に不必要な混乱を惹起するおそれもなく、職員の勤務条件の保護という観 点からも必要である。第三十六条を適用することとしたのは、この理論的及び実際的
の両方の理由によるものである。」(13)。
このように、「答弁資料」には労基法36条を地方公務員に適用することとした当時の立法者の考え方が鮮明に表明されている。
この「答弁資料」の叙述において、まず注目すべき点は、理論的に、36条協定の締結を認めることと労使対等決定原則を適用除外することとは両立しうる余地があるとの見解に立っていたことであろう。すなわち、職員の勤務関係の本質を「信託奉仕の関係」として捉えたとしても、また勤務条件条例主義に立脚したとしても、36条協定の締結と全面的に対立するわけではないとの考え方がとられていたといえよう。その根拠は、地公法案において職員の勤務時間は条例事項であることを認識しつつも、条例主義が及ぶ範囲を「原則的な労働条件」に限定したことである。そして、時間外労働または休日労働のような「補足的」な労働条件の決定にあたり協定の締結を要件とすることは条例主義と必ずしも対立するものではないとの考え方に立っていたといえよう。したがって、職員の法定労働時間を超える勤務または休日勤務を命ずる場合、原則として事業場の職員代表との間で36条協定の締結を要件とする政策決定がなされたことになる。
さらに、労使協定の締結を容認することは、「実際上においても、公務員関係に不必要な混乱を惹起するおそれもな」いとの考え方も示している。これは、xxの勤務時間、休暇および休日等の基本原則は条例で定めることになるので、「補足的」な勤務条件である時間外・休日労働については36条協定の締結を条件としても、公務の運営上、重大な支障は生じないとの見解を表明したものと推測される。
これに関連して、留意しておきたいのは、労基法36条を適用することとしつつも、同法33条3項において「公務のため臨時の必要がある場合」には36条協定を締結することなく時間外・休日勤務を命じうる旨の規定が設けられていたことである。また、当時、33条3項に関しては、すでに労働基準局長の二つの通達が出されていたことにも留意する必要があろう。すなわち、地公法は、1950(昭和25)年12月13日に公布されるが、それに先立つ同年7月に「官公署の事業」の時間外・休日労働について36条協定は不要である旨の通達(14)が、そして9月には「公務のために臨時の必要がある場合」に該当するか否かの認定は、「一応使用者たる当該官庁に委ねられて」いる旨
(13) 前掲『改正地方制度資料』1213頁。
(14) 昭23・7・5 基収1685号。
の通達(15)が発せられていた。「混乱を惹起するおそれもな」いという見解は、上記の規定および通達を念頭においてのことであったのではないかと推測される。
(3) 「権衡」原則との関係
現在では、国家公務員の勤務条件に関する法令およびその運用が地方公共団体の職員の勤務条件に大きな影響を与えていることは否定できない。それは、地公法の「権衡」原則(または、「均衡の原則」とも呼ばれる。)が法令の運用に当たり重視されているからである。
ところで、地公法制定に先立って制定された国公法は、労基法を準用すると規定しつつも、実質的には人事院規則等により国家公務員の基本的労働条件が詳細に定められ、実際上は適用除外と同様の状態にあった。そして、提出された地公法案自体も、制定当初から「職員の勤務時間その他職員の給与以外の勤務条件を定めるにあたっては国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない」(24条5項-現在の24条4項)との規定を用意していた。したがって、国会の審議においても、国家公務員との「権衡」に関する質問が想定されるところであるが、この点に関して、「答弁資料」では言及がみられない。法令の運用にあたって、「権衡」原則は、今日ほど、重視されていなかったのではないかとも推測されるが、それ以上に、次に触れる地公法案の作成に携った人たちの「意気込み」が影響したように見える。
4. 36条協定締結容認の背景
地公法は、国公法とは異なった点がいくつか存在するが、その一つは、地公法が労使間 の合意に対して柔軟な立場をとっている点を挙げることができよう。これは、前記の「答 弁資料」にもみられるように、団体協約の締結は認められないとしても、地公法「五十五 条第二項(現行の五十五条第九項-地公法上の書面協定の締結)の趣旨にも鑑み、職員の 団体との間に、勤務条件に関して、法の定める範囲内で、一定の協定をすることまでもが、団体協約禁止の規定に触れるとは考えられない。」と言及していることからも伺い知るこ
(15) 昭23・9・20 基収3352号。
とができる。すなわち、勤務条件条例主義を前提としつつも、限定的であるにせよ、職員の勤務条件決定にあたり制度的に職員団体の意向を取り入れようとしたといえよう。このように地公法が独自性をもって制定された背景について、同法の制定に深く関与した当時の関係者の一人は、次のように述べている。
「地方公務員法を振り返ってみて、国家公務員法の場合と、かなり違った点があると思う。それは、……占領が漸く終わりに近づいていたので、総司令部すくなくともG・S
(総司令部xx局-筆者注)には、できるだけ、日本政府あるいは国会の自主性をある程度尊重しようとする空気があったからである。地方公務員法が国家公務員法よりは、xxxに我が国の行政の実情を考慮しており、いくらかは合理的であるのも、やはり、国家公務員法が制定された時代と、地方公務員法が制定された時代との差をしめすものであろう。」(16)。
この叙述には、国公法に比して、「xxxに我が国の行政の実情を考慮」し、「いくらかは合理的である」地公法を制定した自負を感得できる。このような自負は、地公法制定時のみならず、その後の運用にあたっても大きな影響を及ぼしたと思われるがこれは、労使協定の締結を容認した立場に通ずるものではなかったろうか。
5. 労使協定事項の増加と地公法の対応
(1) 労使協定事項の増加
前述のとおり、地公法制定時において、労使協定に関する規定は、労基法36条が存在していたに過ぎなかったが、その後、時とともに労使協定事項が増加していく。
まず、1952(昭和27)年7月に労基法が改正され、18条および24条1項に労使協定の締結に関する規定が設けられた。すなわち、同法の制定当初においては18条の任意貯蓄の管理については、行政官庁の認可を要するものとされていたが、認可制度を廃止し、労使協定の届出制に変更された。同様に24条1項の賃金の全額払い原則の例外である一部控除の措置は、制定当初、その但書において、「法令又は労働協約に別段の定がある場合」に限定されていたが、労使協定の締結によっても実施できることとされた。また、同年の改正により、第39条4項(現在の同条9項)の年休手当として労
(16) xxxxx「地方公務員制度の戦後十年」自治研究31巻11号33-34頁。
働者に支払うべき額について、健康保険法99条1項に定める標準報酬日額に相当する
額を選択することが可能となったが、この場合には労使協定の締結が義務づけられた。次に、1987(昭和62)年以降、法定労働時間の弾力化施策が採用されたことにとも
ない、労使協定事項は著しく増加する。まず、1987年の改正により、フレックスタイ ム制(32条の3)、三か月単位の変形労働時間制(32条の4-1993年の改正により一年 単位の変形労働時間制へ)および一週間単位の非定型的変形労働時間制(32条の5) が導入されたが、その実施に当たり、いずれも労使協定の締結が要件とされた。また、同時に、事業場外労働のみなし労働時間制における「当該業務の遂行に通常必要とさ れる時間」を労使協定によって定め得る旨の規定(38条の2第2項)および届出に関す る規定(同条3項)、専門業務型裁量労働制(38条の3)および計画年休制度(39条6 項)が導入され、ここでも労使協定の締結が要件となった。
また、1998(平成10)年の改正によって、一か月単位の変形労働時間制については、労使協定によっても導入できるようになった(32条の2)。また、休憩時間の一斉付 与原則に関しては、労使協定によって適用除外できることとなった(34条2項)。な お、この改正時に企画業務型裁量労働制(38条の4)も導入された。
さらに、2008(平成20)年の改正において、一か月60時間を超えた時間外労働に対する代替休暇制度(37条3項)および時間単位の年休付与制度(39条4項)が設けられたが、これらの導入にあたっても労使協定の締結が要件とされている。
このように、地公法制定当時に比して、労基法上の労使協定に関する規定が増加してきたが、とりわけ1987年以降、労働時間に関するものが増加してきている。
(2) 地公法の対応
① 労使協定の適用状況
このような労使協定の増加に地公法はどのように対応したであろうか。現状では、三つのグループに分類できる。すなわち、労基法の定め通りに適用される規定、適 用除外される規定および読み替えて適用される規定である。
まず、労使協定に関する前記規定のうち、教育職員を含む職員に適用されるのは、任意貯蓄管理に関する18条、時間外・休日労働に関する36条および年休手当として 健康保険法の標準報酬日額に相当する額の支給に関する39条9項である。
次に、適用除外される規定は、賃金の全額払いに関する24条1項、フレックスタイム制に関する32条の3、一年単位の変形労働時間制に関する32条の4、一週間単位
の非定型的変形労働時間制に関する32条の5、事業場外みなし労働時間制に関する 38条の2第2項および第3項、専門業務型裁量労働制に関する38条の3、企画業務型裁量労働制に関する38条の4ならびに計画年休制度に関する39条6項である(以上、地公法58条3項)。
最後に、読み替えられる規定としては、まず、32条の2第1項であり、一か月単位の労働時間制を労使協定に拠って導入する余地をなくし、「就業規則その他これに準ずるもの」によってのみ実施できるものと読み替える。次に、34条2項ただし書の一斉休憩原則の例外措置の実施に必要な労使協定の締結を、「条例に特別の定めがある場合」と読み替え、労使協定の締結の余地をなくした。
さらに、時間外労働に関する37条3項については、労使協定を締結することなく、使用者が同条第1項の割増賃金の支払いに代えて代替休暇を与えることを定めた場 合においては、割増賃金を支払うことを要しないと読み替えている。
最後に、39条4項の時間単位の年休付与についても、労使協定の締結にもとづいて実施する余地をなくし、「前三項の規定にかかわらず、特に必要があると認められるときは、」と読み替えている(以上、地公法58条4項)。
② 労使協定適用除外の経緯
労基法の労使協定に関する規定の地方公務員への適用に関する三つのグループのうち、以下では、まず適用除外される規定について、その経緯または理由について考察してみたい。
ア.24条1項の適用除外
賃金の全額払い原則を定める24条1項は、1952(昭和27)年の改正により、同項ただし書において、労使協定の締結を条件に賃金の一部を控除することが認められることとなったが、地公法は、労使協定の締結を義務づけるこれらの規定を適用除外する措置は取らなかった。しかし、1965(昭和40)年のILO87号条約批准にともなう地公法改正により適用除外された。これは、地公法25条に同趣旨の規定が設けられることになったためであると説明されている(17)。
ところで、24条1項が適用除外されるまでは、同項ただし書の規定にもとづき労使協定(いわゆる「24条協定」)により地方公共団体が職員団体の組合費等を職員の給与から差し引き徴収し、職員に代わって職員団体の指定する銀行口座等
(17) xxxx「逐条地方公務員法<第三次改訂版>」(昭和42年学陽書房)279頁。
へ振り込む、いわゆるチェックオフが行われてきたところである。このような協定は、1952年の労基法改正以降、1965年の地公法改正前まで多くの地方公共団体において一般に行われてきたことに留意する必要があろう。
なお、地公法25条2項によれば、給与の控除は、「法律又は条例により特に認められた場合」に限定され、労使協定にもとづく控除は認められなくなった。その理由は、ILO87号条約批准にあたり、従来のようなチェックオフは、「職員団体の自主性の確保」の観点から適切な便宜供与とはいえないということであった(18)。したがって、地公法において労使協定にもとづく給与控除が認められなくなった理由は、勤務条件条例主義ではなかった。
イ.労働時間の弾力化に関する労使協定の適用除外
前記のように、1987(昭和62)年の労基法改正により、フレックスタイム制等の新しい制度が導入されたが、地公法はこれらの新しい制度をすべて適用除外した。この適用除外の根拠は、どこにあったのであろうか。
国会における当時の政府の説明によれば、適用除外について二つの理由が述べられていた。一つは、地公法は、勤務時間等の勤務条件に関して「権衡」原則
(24条5項-現行同条4項)を定めているが、これにもとづき、当時、国においてはこれらの弾力化施策を採用しない方針であることを考慮したとされている。二番目には、「現段階においてはこれらの制度を地方公務員に導入するということは、その必要性から考えまして薄いといいますか、乏しいと申しますか、さらに検討を要する点もいろいろあるようなことから適用除外とした」とし、主としてこのような制度を導入する必要性を欠くというものであった。そして、労基法
「三十二条の三ないし三十二条の五と同じ内容の制度を条例の規定により導入す ることは、労働基準法三十二条の規定に抵触する疑いがございます。」(19)とも述 べている。ここで留意する必要があるのは、この段階においては、これらの規定 の適用除外の根拠に勤務条件条例主義が挙げられていないことである。ただ、政府 委員の説明の中に、「さらに検討を要する点もいろいろあるようなことから……」と述べている箇所があるが、「さらに検討を要する点」とは何であったか気にな るところである。
(18) xx765-766頁。
(19) 参議院地方行政委員会(昭和62年9月17日)におけるxxxx議員の質問に対する政府委員の説明(参議院地方行政委員会会議録第二部第四号)。
ウ.フレックスタイム制の導入と労使協定
ところで、1993(平成5)年4月より人事院は、国家公務員について人事院規 則にもとづき「フレックスタイム制」を導入した(人事院規則15-13)(20)。この フレックスタイム制は、労基法上の制度と同様に、職業生活と個人生活との調和、xx勤務時間の短縮および人材確保等に資する方策と位置づけられていた(21)。
この国公法の動向は、地公法にも影響を与え、1996(平成8)年の「職員の勤務時間、休暇等に関する条例(案)」(いわゆる「準則」)の3条3項において、研究職給料表の適用を受ける職員にフレックスタイム制を導入することができる旨の規定が設けられた。これは、国家公務員との「権衡」を重視した対応と推測される。しかし、前記のように地公法がフレックスタイム制を適用除外していることから、地方公共団体の条例の定めにもとづきこの制度を実施することが許されるかという問題が生ずることになる。とりわけ、1987年の国会における前記の政府答弁との整合性が問われることになる。
この点は、少なくとも近年では、実務上、フレックスタイム制と呼称している が、労基法上のフレックスタイム制とは異なる制度であるがゆえに労基法上の制 度を適用除外していることは矛盾しないとの見解に立っているようである。すな わち、労基法上は、原則として、一か月以内の単位期間において労働すべき総労 働時間を定めて、各日、各週の労働時間の長さおよび各日の始終業時刻の決定は、労働者の選択に委ねられることになっている。これに対して、準則が依拠してい る国家公務員のフレックスタイム制は、4週間以内の人事院規則で定める期間
(単位期間)ごとの期間につき週38時間45分となるように勤務時間を所属長が
「割り振る」ことを前提としている。要するに、対象職員が希望する単位期間
(4週間)内の各日の始終業時刻を申告した場合、所属長は、公務遂行上の支障がない限り、申告された通りに当該職員の始終業時刻を割り振り、当該職員は、その割振りにしたがって勤務することになる。したがって、公務におけるフレックスタイム制は、当該職員の始終業時刻の変更問題であり、労基法上のフレック
(20) 国家公務員のフレックスタイム制は、1994(平成6)年「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」(勤務時間法)が制定されたため、人事院規則15-13は廃止された。当初は、研究職俸給表を適用される職員等に限定されていたが、現在では、専門スタッフ職等に拡大されている。
(21) 人事院職員局職員課「公務に導入するフレックスタイム制の概要について」人事院月報1994年4月号24-25頁。
スタイム制には該当しないがゆえに、労基法32条違反の問題は生じない。したがって、地公法58条3項の適用除外規定に反することはなく、労使協定の締結なしに導入することができるとの見解を明らかにしている(22)。
③ 読み替え措置の導入とその根拠
前記のように、1987年の労基法改正により導入されたフレックスタイム制等は、 地公法により職員にはいずれも適用除外されたが、そこで公式に表明された根拠は、勤務条件条例主義ではなかった。これに対して1998年の労基法改正にあたり、地公 法は58条4項を新設し、労基法の32条の2第2項および34条2項の規定を読み替える措 置をとった。実務書においては、その理由として、「職員については、勤務条件条 例主義や公務の特殊性に照らして同法(労働基準法の一部を改正する法律<法律第 112号>-筆者注)をそのまま適用することが適当ではないこと」が挙げられてい る(23)。これは、少なくとも、一か月単位の変形労働時間制を導入するにあたって の労使協定および休憩時間の一斉付与原則の例外措置を導入するための労使協定は、勤務条件条例主義にてい触することを明らかにしたものと解せられる。前記のよう に、政府解釈においては、長きにわたり、労使協定と勤務条件条例主義との関係、 すなわち、両者が両立するか否かについて、消極的な姿勢を垣間見ることはできた が、明確な見解は示されてこなかったにもかかわらず、なぜこの段階で否定する見 解を採ったのであろうか。
1987年改正時においては、フレックスタイム制等をそれ自体として適用除外した のに対して、1998年改正は、従来より公務の職場において広く利用されてきた一か 月単位の変形労働時間制および一斉休憩原則の例外措置を今後とも利用することを 前提としつつも、条例等の定めに読み替える措置を採り、労使協定による導入の余 地を閉ざしたため、その法的根拠を説明する必要があったのではないかと思われる(24)。
その後も労働時間に関する労基法改正にともなう地公法の改正によって同様の措置がとられた。すなわち、2008年の労基法の改正により、第39条4項により労使協
(22) xxx『新版逐条地方公務員法<第4次改訂版>』(平成28年学陽書房)406頁。 (23) xx1147-1148頁。
(24) 一斉休憩原則は、従来から労規則31条において労基法別表第一に掲げられている「官公署の事業」に関しては適用除外とされてきたところであり、この読み替え措置によって、実際には職員の勤務に大きな影響を与えることはなかった。ただし、非現業の官公署以外の事業所に勤務する地公法上の職員(非現業)、たとえば教育職員(別表第一12号)については、「条例の特別の定め」によって一斉休憩原則の例外措置を導入することが可能となった。
定にもとづき時間単位での年休の付与が認められることになった。しかし、地公法 58条4項において、「前三項の規定にかかわらず、特に必要と認められるときは、」と読み替えられ、労使協定の余地をなくし、使用者の判断で時間単位の年休付与を 可能とした。なお、この改正で、37条3項により月60時間を超える時間外労働部分 については時間外労働賃金の割増率が5割に引き上げられるとともに、引き上げら れた割増賃金部分については、労使協定の締結を条件に賃金の支払いに替えて有給 の代替休暇を付与することができることとなったが、これも地公法58条3項によっ て職員には適用除外とされた。しかし、2009(平成21)年の同項改正により、労基 法37条3項を職員に適用することとしたが、その際、労使協定を締結することなく、使用者の判断で代替休暇を付与できることとされた。
こうした経緯を経て、今日では、2008年改正前から適用除外されてきたフレックスタイム制および一年単位の変形労働時間制等の労働時間弾力化にともなう制度についても、実務書においては「これは職員団体と当局は団体協約を締結することができない(法五五2)とされていることに対応したものである。」と述べられており、これらについても時をさかのぼって勤務条件条例主義と両立しないことを明らかにするに至った(25)。こうして、今や、労働時間に関して労使協定の締結を要件とする労基法の規定は、同法36条を除いて、適用除外または読み替えの措置がとられている。
そしてxxの給特法改正にともなう教育職員への一年単位の変形労働時間制導入にあたっての読み替え措置も、近年の地公法に関する政府の解釈の変更にもとづくものであることは明らかである。
6. 地公法と36条協定
さて、以上において、地公法が制定されてから今日に至るまで、同法が労基法上の労使協定をどのように扱ってきたかを考察してきた。この考察を踏まえて、まず地公法と労基法36条協定との関係について私見を述べてみたい。
前記のように、36条は地公法によって適用除外されていないにもかかわらず、実際上、
(25) xxx『新版逐条地方公務員法<第一次改訂版>』(平成18年学陽書房)970頁。
非現業の官公署において同条が機能していない理由は、政府の解釈によれば、勤務条件法 定主義ではなく、労基法33条3項の解釈にある。この場合、問題となると思われるのは、 前記の1948年の労働基準局長の二つの通達である。これらの通達が果して労基法立法者の 意思を反映したものであるかは疑義のあるところではあるが(26)、それはさておき、前記 のように、この通達にもかかわらず、地公法制定者の見解は、36条協定の締結を原則とし、
「公務のための臨時の必要がある場合」に限って時間外・休日労働を命じうると解していたことを十分考慮すべきであろう。さらに、かつての行政実例を見ると、たとえば、1952
(昭和27)年に、ある人事委員会事務局長からの、条例において職員に超過勤務等を命じうる規定を設けた場合にも36協定がない限り超過勤務等を命ずることができないかとの照会に対して、当時の公務員課長の回答は、「労働基準法三十三条の規定に該当する場合を除き、設問の協定を要するものと解する。」というものであった(27)。これは、当時の自治省の解釈として、職員の時間外・休日労働については、33条3項の公務上の臨時の必要がある場合を除いて36協定の締結が必要であることを示したものである。したがって、地公法制定時から暫くの期間、当時の自治省も地公法制定時の見解を保持していたことが窺われる。その後、遅くとも、1971年の給特法案の審議の過程では、政府・文科省は、33条3項の規定を根拠に、給特法案成立後は36協定を締結することなく、時間外・休日労働を命じうるとの解釈を展開している(28)。そして、その後も、実務においてはこの解釈が支配的な見解として定着している。しかし、なぜ政府(自治省および文部省-現在の総務省および文科省)はそれまでの解釈を変更したのか。その合理的な説明はなされていないように思われる。
さて、労基法36条については、すべての地方公務員を適用対象とし、職員は適用除外さ れていない。このような規定の仕方を考慮すれば、原則として教育職員を含むすべての職 員に36条の適用があると解すべきである(29)。ただし、相対的に公共性の高い事業と見な されている「非現業の官公署」については、33条3号が適用され、「公務上の臨時の必要」
(26) 貴族院労働基準法案特別委員会における政府委員の答弁(昭和22年3月22日)貴族院労働基準法案特別委員会議事速記録第二号 xxx編集代表『労働基準法(1)』(日本立法資料全集)867-868頁。
(27) 昭27.10.2 自行公発第62号 兵庫県人事委員会事務局長あて 公務員課長回答「地方公務員法の解釈について」。
(28) 参議院文教委員会(昭和46年5月21日)におけるxxx議員の質問に対する政府委員の説明、参議院文教委員会会議録第18号14頁。
(29) xxxx龍谷法学論文116-117頁、xxxx論文60-62頁。
が生じた場合に限って、時間外・休日労働を命じうるものと解される。
このような前提に立てば、36条協定を締結する時点において、あらかじめ時間外・休日 労働を必要とする事務・事業が明らかな場合には、原則として36条協定を締結すべきこと になろう。そして33条3項にもとづき、「公務のために臨時の必要がある場合」には、36 条協定が締結されていない場合のみならず、36条協定が締結されている場合であっても、 当該協定で定められた「延長すべき時間」もしくは「適用労働者の範囲」等にかかわらず、時間外・休日労働を命じうるものと解される。このように解することが、労基法33条3項 と36条との合理的な解釈であるとともに、前記のように、地公法制定時の立法意思に合致 すると解せられる。
また、このように解することは、公務において労働時間管理を厳格にするためにも必要である。すなわち、36条協定の締結は、労使双方が協定締結過程の協議を通して職場の労働時間管理の在り方を見直す機会を提供し、結果的に労働時間管理の厳格化を促す機能を果たすと思われるからである。また、「公務のために臨時の必要がある場合」は、最終的には所属長の裁量に委ねられることになろうが、36条協定締結時の協議は「臨時の必要」に関する職員側の意見を聴取する貴重な機会を提供するものと思われる(30)。
7. 勤務条件条例主義と労使協定
前記の考察から明らかなように、1987年の労基法改正以降に労使協定の締結を要する新 しい労働時間および休暇に関する制度は、ことごとく適用除外されるか、または読み替え 措置が採られている。その主要な理由は、勤務条件条例主義であるとされている。しかし、かりに公務員の労働基本権に関する一連の最高裁判決の論理を前提としても、地公法の勤 務条件条例主義の原則によって、労使協定を否認できるであろうか。以下において、この 問題を検討してみたい。
まず、この問題を検討する際に留意すべきことは、労使協定は、労働協約とその性格を異にするというのが労働法の通説であるということである。すなわち、労働協約は、労使間の権利義務を設定する効果を持つのに対して、労使協定は、このような効果を発生せし
(30) 東日本大震災や昨今の新型コロナウィルスへの対応のため、一部の職員に長時間労働が発生
しており、関連職場における労使協議は不可欠であろう。
めるものではなく、主として労基法上の規制(たとえば、罰則の適用)を解除する効果をもつに過ぎないと解されている(31)。地公法は、勤務条件条例主義を根拠に、労使間の権利義務を設定する効果を持つ団体協約の締結を否認している(地公法55条2項)一方で、労使協定の締結を適用除外していないのは、このような両者の性格の相違を前提にしているからであろう。
また、労使協定の従業員側の締結主体である従業員代表は、主として労基法における規制の解除について当該従業員の多数意思を確認する主体に過ぎず、労働条件の維持向上を目的とし、労組法上の保護を受ける労働組合とはその性格を異にしている(32)。これは、現行地公法において職員団体の結成または加入が禁止されている消防職員および警察職員
(52条5項)についても労基法36条を適用除外していないことに着目すれば、地公法は、 制定当初から上記両組織の性格の相違を念頭においていたと解することができよう。また、前記のように、1952年から1965年までこれらの職員にも24条協定の締結が認められていた 事実もこれを裏付けているといえよう。
他方、勤務条件条例主義(勤務条件法定主義)は、いうまでもなく、その源を1948(昭 和23)年のマッカーサー書簡に求めることができる。同書簡は、当時の労働攻勢のなかで 公務員労働組合の組合活動、とりわけ争議行為を禁止するための論拠の一つとして、勤務 条件法定主義を掲げ、この論理は政令201号、さらに国公法の改正へと引き継がれていく。地公法も、こうした流れの中で制定された。そして、1973(昭和48)年以降の公務員の労 働基本権に関する最高裁判決も基本的にこの論理を踏襲していることは明らかである。そ れゆえ、勤務条件条例主義の原則の誕生およびその後の展開を考察するならば、少なくと も現時点では、あくまでも集団的労使関係の枠組みの中で論ずべき性格のものであると思 われる。十分な論証を欠いたまま、勤務条件条例主義と労使協定を相容れない関係にある と解することは、上記のような歴史的背景を無視ないし軽視する解釈といわざるを得ない。また、明確な論拠を欠いたまま、勤務条件条例主義の適用範囲を拡大するものとの批判を 免れないであろう。
さらに、この問題を検討するにあたっては、地公法制定当時の立法者の意思を十分に考
慮すべきであろう。確かに、当時の労基法における労使協定は36条のみであり、したがっ
(31) xxxx『労働法』(第11版)164頁、xxxxx『労働法』(第7版)83頁、xxxx
「『過半数代表制』の性格・機能」学会誌労働法77号62頁など。
(32) xxx「過半数代表と労働者委員会」労働協会雑誌356号5頁、同旨『註解労働基準法 上巻』36-38頁(xxxx執筆)、xxxx前掲論文58頁など。
て、前記の「答弁書」の記述も、36条協定を念頭においたものであることは否定できない。しかし、地公法のその後の改正動向および運用をみれば、勤務条件条例主義と労使協定は 両立しうるとの認識を政府が持っていたことは明らかである。すなわち、前記のように、 1952年の労基法24条1項但書きの改正にもとづき、長きにわたり地方公務員の職場におい て労使協定(いわゆる24条協定)により給与の控除がなされていた事実が考慮されるべき であろう。いうまでもなく、地公法上、職員の給与は条例によってもっとも厳格に規定さ れるべき勤務条件とされている(24条5項、25条1項および3項-給与条例主義)。それに もかかわらず、1965年の地公法改正までは労使協定にもとづいて給与からの控除が可能で あり、現にxxに実施されてきたのである。したがってこの事実は、36条協定に限らず、 一般的に労使協定と勤務条件条例主義とは両立しうるとの解釈を前提とした法改正および 運用がなされてきたものとみることができよう。
最後に、現在の実務上の解釈は、立法形式上、整合性に欠けることを指摘しておきたい。すなわち、地公法は、前記の通り、1987年の地公法改正以前から存在していた36条協定等 の労使協定については、勤務条件法定主義を理由に適用除外または読み替え措置を講じて いない。しかし1987年以降に設けられた労使協定に関する規定は、勤務条件条例主義にて い触するがゆえに適用除外または読み替え措置をとる必要があるとする。これは、明らか に、法形式上の整合性を欠くといわざるを得ない。
以上のように、勤務条件条例主義と労基法上の労使協定は対立するものと捉えるべきで はないと考える。したがって、地公法58条3項における労働時間に関する規定の適用除外 および同条4項の労使協定に関する読み替え措置は見直されるべきものと考える。すなわ ち、これらの規定に関しては、原則として、労使協定の締結を要件とすべきであろう。た だし、このような考え方に立脚するとしても、特に勤務時間に関する労使協定については、労基法33条3項に準じて公務上の臨時の必要にもとづく例外規定が必要となろう。
8. 結び-教育職場における労使協定の意義
さて、以上において主として地方公共団体における職員一般の労使協定問題を論じてきたが、xx改正された給特法5条に対しても、同様の批判が妥当すると思われる。すなわち、労使協定を勤務条件条例主義を理由に読み替える措置は、法形式上の整合性を欠くとともに、地公法の歴史的経緯を無視ないし軽視した措置であり、かつその理論的根拠にも
重大な疑義があるといわざるを得ない。可及的速やかに適切な立法措置を講ずるべきものと考える。
ところで、教育職員の長時間勤務の実態を是正するため、文科省は、給特法の改正とともに、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(以下、単に「ガイドライン」という。)を制定した。このガイドラインは、いわゆる「超勤4項目」を遂行するための時間および「超勤4項目」以外であっても、校務として行うものについては、学校教育に必要な業務として捉え、それに要する時間を「在校等時間」として勤務時間管理の対象としている。そして、このガイドラインの実効性を担保するため教育委員会がなすべき取り組みを列挙している。そこでは、人事委員会との連携および地方公共団体の長との認識の共有は触れられているものの、学校現場で日々の教育活動を担っている肝心の教育職員またはその集団との連携・協議については明確な言及を避けているように見える。しかしながら、教育職員の日々の多様な活動のうち、いかなる活動が「在校等時間」に該当するかを具体的に判断するにあたって、とりわけ教育職員集団の意向を聴取することは不可欠ではなかろうか。学校現場における働き方改革を推進するにあたって、上からの勤務時間管理に終始するとすれば、ガイドラインにおける一か月または一年の上限の目安時間は、ガイドライン自体が触れているように、その「遵守を形式的に行うことが目的化し」、「実際より短い虚偽の時間を記録に残す、又は残させたりすること」が横行する虞があり、その結果、ガイドラインが形骸化し、ひいては「学校における働き方改革」が頓挫する事態に発展しかねない。こうした事態を回避するためには、学校現場におけるガイドラインの実施にあたり、教育職員集団の参加を促し、形式的な目安時間の遵守によるガイドラインの形骸化をチェックする制度的保障が用意されねばならない。そのための方策として、労使協定の締結過程における交渉・協議を活用することが考えられよう。xxの給特法改正によって学校現場に導入される一年単位の変形労働時間制は、残念ながら、読み替えられ、労使協定の余地が否定されてしまったが、当面の措置としては、一年単位の労働時間制を運用するにあたり、協定の締結はともかくとして、当局には実質的に教育職員集団の意向を聴取する機会の確保に努めることがもとめられよう。
(xxx xxx 早稲田大学名誉教授)
キーワード:地公法/勤務条件条例主義/労基法上の労使協定