Contract
保険金受取人の変更と会社法上の利益相反取引規制
xx xx
(小樽商科大学 准教授)
はじめに(問題の所在)
会社が、保険契約者兼保険金受取人である生命保険契約1)(以下、この保険契約のことを「法人契約」と呼ぶ)において、その会社の取締役または執行役、あるいは取締役の配偶者等に保険金受取人の指定を変更する場合、これを会社法(平成17年法律第86号)上の利益相反取引規制(会社法356条1項2号・3号、同365条、同419条2項、同482条2項、同595条1項1号・2号、同651条2項。なお、旧商法265条、旧有限会社法30条がこれにあたる)の対象とすべきかどうか問題となる。これは、保険金受取人の変更が、取締役の自己取引に該当するか否かという問題であるが、従来、裁判例を通じて様々な議論がなされ、保険金受取人を会社から取締役等へ変更する行為は、会社法にいう取締役の利益相反取引に当たるとするものが多数を占める。近年、この問題について裁判例は見られないところであるが、それは保険者が、受取人変更手続きについて従来の議論をふまえた対応をとっている一つのあらわれであろう2)。しかしながら、法律上の論点として重要であることにかわりなく、また、保険法(平成20年法律第56号)におい
て、保険金受取人の変更については、保険者に対する意思表示をもって効力を生ずるとする規定が新設されたことからも従来の議論への影響を考えておく必要がある。保険法の解説書によれば、法人契約における保険金受取人の変更について、効力規定が新設されたことをもって、解釈に直接影響を及ぼすことはないとされている3)。本稿はこの点について若干の検討を行うことを目的とするものである。
注1)本稿で示す保険契約とは、ことわりを入れない限り、会社が保険契約者兼保険金受取人で、被保険者が会社役員(取締役等)として、会社の経営者・役員の死亡によって会社が被る経済的損失を軽減し倒産を回避する等の目的で締結される生命保険契約のことをいう。
2)実務では、保険契約者と保険金受取人が同一会社で、被保険者が会社の役員の時に受取人を個人へ変更する場合には、変更に必要な書類として、①法人の印鑑証明書、②登記簿謄本、③名義変更に賛同した役員の印鑑証明書、
④取締役会議事録(または社員総会議事録)の写しの提出を徴求している、とのことである(xxx「判例研究」金融・商事判例831号46頁)。変更必要書類のうち④を徴求していることにより、保険者が取締役会の承認の有無を確認できていることが作用しているものと思われる。
3)xxxx〔編〕『解説保険法』(弘文堂、2008年)139頁(執筆=xxx)。
Ⅰ 保険法における保険金受取人の変更
保険法によれば、保険契約者は、原則として、保険事故発生前であればいつでも保険金受取人の変更をすることができる(保険法43条1項・72条1項)。改正前商法4)では、保険契約者は保険金受取人を変更できないことを原則としつつ、例外として、保険金受取人の指定変更権を留保することが認められていた(改正前商法675条1項但書)。しかし、実際の保険約款をみると、保険金受取人の指定変更権を留保することが一般化している。保険法は、このような実際の状態を原則に
して規定し直したものである5)。
保険契約者による保険金受取人の変更は、一方的意思表示によって行われるが、改正前商法には、その相手方が誰であるか規定されていなかった。この点、従来、判例によって、保険契約者は、保険者または新旧保険金受取人のいずれに対して受取人変更の意思表示を行っても有効と解されてきた6)。そして、保険契約者が、保険者に対して保険金受取人の変更を通知しなければ、保険者に対抗できないものと規定されていた(改正前商法677条1項)。しかし、改正前商法の規定によれば、保険金受取人の変更自体は保険契約者の意思表示によって効力を生じ、かりに、変更前の旧受取人に対して保険金が支払われたならば、変更後の新受取人は、不当利得返還請求をすることにより救済がはかられることになる。しかし、これでは法律関係をいたずらに複雑化することになる。これを回避する意味で、保険法では受取人変更の意思表示を契約の当事者である保険者に限定することとした7)。このように、保険法においては、保険金受取人の変更は、保険者という相手方のある意思表示とされ8)、また、受取人変更の効力発生時期は、受取人の変更通知が保険者に到達したとき、その通知を発信したときに遡って効力が生ずるものと規定された9)。
注4)保険法(平成20年法律第56号)の成立による商法(明治32年法律第48号)の改正は未施行(2010年4月1日施行)である。本稿では、保険法施行を織り込み、「改正前商法」と記述する。
5)xxx『保険法入門』(日本経済新聞出版社、2009年)160頁。
6)最高裁昭和62年10月29日判決・民集41巻7号1527頁。
7)xxx〔編著〕『一問一答保険法』(商事法務、2009年)181頁。
8)xxxx・xxxx(編)『逐条解説改正保険法』(ぎょうせい、2008年) 132頁。
9)なお、保険法45条において、生命保険契約のうち死亡保険契約における保険金受取人の変更については、被保険者の同意がなければその効力を生じな
いものとされている。
Ⅱ 会社法上の利益相反取引規制
1.会社法356条1項2号・3号の趣旨
会社法によれば、会社の取締役が自己または第三者のために会社と 取引をする場合(以下、この場合を「直接取引」と呼ぶ)10)、および、 取締役以外の者との間で、会社と取締役の利益が相反する取引をする 場合(以下、この場合を「間接取引」と呼ぶ)には、取締役会設置会 社以外の会社においては、その取引につき重要な事実を開示して事前 に株主総会の承認を受けなければならず(会社法356条1項2号・3号)、取締役会設置会社においては、同じく取締役会の承認を受けなければ ならないと規定されている(会社法365条1項)11)。この承認がなけれ ば、取締役の取引行為は無効となる。これらの行為について、承認が 求められる趣旨は、取締役が会社の利益の犠牲のもとに、自己または 第三者が不当な利益を得る可能性が高いため、これを防止する趣旨で あるとされる12)。
2.規制の対象となる取引
それでは、規制の対象となる取引とはどのようなものか。立法趣旨によれば、取締役の裁量によって会社に不利益を及ぼすおそれのあるすべての財産上の法律行為がこれに当たり、有償行為のみならず、会社に対する取締役の債務を免除するような単独行為も含まれることになる。その範囲は、会社との間に利害衝突を生ずるものに限られ、会社に不利益を及ぼすおそれのない取引、たとえば、会社に対してその
取締役が無利息、無担保で金銭を貸付ける行為13)、取締役から会社への何らの負担のない無償贈与14)、料金やその他の取引条件が明白に確定されている運送・保険・預金などの普通取引約款に基づく取引、定価による売買契約、債務の履行行為15)、株式の引受ならびに現物出資16)などについては除外される17)。また、利益相反取引規制は、会社ひいては株主の利益を保護するためのものであるから、会社とその一人株主(でありかつ取締役)との取引には、取締役会の承認を要しない18)。このように立法趣旨から、規制の対象となる取引をとらえることができる。会社法の規制が適用されるか否かは、会社と取締役との間で利益が相反するか否かという実質にそくして判断されるべきであり、取締役の債務を免除するという単独行為も規制の対象に含まれることからすれば、それが契約などの取引であるか否かで決定されるものではない19)。
会社法は、会社が取締役と直接取引をする場合と同様の利益衝突が 存在する場合として間接取引を規制する(会社法356条1項3号)。間 接取引とは、前述したとおり、たとえば、会社が取締役の債務の保証 や債務引受のように、会社と第三者間の取引であるけれども、外形的・客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生ずる行為のこととされ、このような行為についても、会社を代表する者が当該取締役であるか 否かに関わりなく、株主総会(取締役会)の承認が必要であるとされ ている20)。間接取引については、利益相反規制の適用範囲をどこまで ひろげるか問題となる。たとえば、会社が、取締役の配偶者や未xx の子と取引を行う場合、利益相反取引にあたるか否か見解がわかれる。取引の経済的効果が取締役に帰属する場合には、当該取引が誰の名義 であろうと利益相反取引にあたる。配偶者や未xxの子は、取締役と 経済的に一体となっている場合が多いことから会社の利益を犠牲にし
て取締役に経済的利益が生じることを考えると利益相反取引規制の対象となる21)。しかし、取締役の計算によらない取引については、配偶者または未xxの子が当事者でないかぎり、利益相反とみるべきはないと解される22)。
3.株主総会(取締役会)の承認手続き
(1)重要事実の開示と株主総会(取締役会)の承認
取締役(間接取引なら会社を代表する取締役)は、利益相反取引を行う場合には、株主総会(取締役会)において、当該取引に関する重要事実を開示し、その承認を受けなければならない(会社法356条1項・365条1項)。開示が求められる重要事実は、株主総会(取締役会)が承認すべきか否かを判断するための資料とされるものであり、この点から重要性が判断される。取締役会で承認決議をする場合、当該決議について特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることはできない(会社法369条2項)。
(2)事後の報告
利益相反取引をした取締役は、株主総会(取締役会)の承認の有無を問わず、遅滞なく、取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない(会社法365条2項)23)。このように、事後の報告が求められる理由は、会社が、たとえば、取締役の損害賠償責任を追及するかどうかを判断するためと解されている24)。
4.取締役会(株主総会)の承認を得なかった場合
(1)承認を受けない取引の効力
株主総会(取締役会)の承認を受けずに利益相反取引が行われた場
合、その法的効力についてどのように考えるか問題となる。承認を受けない取引について、会社は、取締役または取締役を代理した直接取引の相手方に対しては、常に取引の無効を主張できる25)。判例は、間接取引の相手方26)や、会社が取締役を受取人として振り出した約束手形の譲受人27)という第三者との関係においては、取引の安全を図るため、相対的無効説を採用している28)。すなわち、株主総会(取締役会)の承認を欠く利益相反取引は無効であるが、会社が無効を主張するためには、第三者の悪意・重過失を主張・立証しなければならず、このことにより取引の安全が図られると解するのである29)。利益相反取引の無効を主張できる者は、会社が主張できることは当然であるが、利益相反取引について株主総会(取締役会)の承認を必要とした規定の趣旨が会社の利益保護を目的とすることからしても、取締役の側から無効を主張することは許されない30)。また、間接取引における第三者からも同様の趣旨により無効を主張できないものと解される31)。
(2)会社に対する取締役の責任
株主総会(取締役会)の承認をうけたか否かに関わりなく、直接取引の相手方となった取締役または第三者のため会社と取引をした取締役(会社法423条3項1号)、会社を代表し当該取引をすることを決定した取締役(会社法423条3項2号)、および当該取引の承認決議に賛成した取締役は、利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、任務を怠ったものと推定される(会社法423条1項・3項)32)。なお、自己のために直接取引をした取締役は、たとえ株主総会(取締役会)の承認を得て取引をおこなった場合であっても、過失の有無にかかわらず損害賠償責任を負う(会社法428条1項)33)。つまり、取締役は無過失責任を負う。
注10)会社法にいう直接取引における「自己のために」の意味については、自己の名義においてと解する名義説と自己の計算においてと解する計算説に見解がわかれる。会社法の立法担当者によれば、介入権が廃止された会社法においては、計算説ととる実益はなく、また、会社法では「ために」と「計算において」とは区別して用いられていることから、会社法356条1項1号についても、民法99条と同様、「名義において」と解すべきであるとする(xxx=xxxx=xxxx編著『論点解説新・会社法』(商事法務、2006年)324頁)。しかし、平成17年改正前商法でも他の条文の文言との整合性にかかわらず規定の趣旨等から解釈論が展開されてきたのであって(xxxx〔編〕『会社法コンメンタール8―機関(2)』(商事法務、2009年)69頁(執筆=xxxx))、決め手とならない。むしろ、会社法の利益相反取引において、直接取引の場合には、会社法428条の無過失責任がとられている関係からみて、この規定を取締役が得た利益を剥奪する意味としてとらえるならば、取締役が利益相反を行い、そこから経済的効果を得ている点に着眼しなければ意味がない。計算説がより趣旨に合致するといえる(xxxx〔編〕・前掲書81頁(執筆=xxxx))。
11)この利益相反取引規制については、執行役、清算株式会社の清算人、持分会社の業務執行社員および清算持分会社の清算人も同じく規制されている
(会社法419条2項・482条4項・595条・651条2項)。
12)xxxxx『株式会社法第2版』(有斐閣、2008年)404頁、xxxx・xxx〔編・代〕『逐条解説会社法第4巻機関・1』(中央経済社、2008年)430頁(執筆=xxxx)。
13)最高裁昭和38年12月6日判決・民集17巻12号1664頁。
14)大審院昭和13年9月28日判決・民集17巻1912頁。
15)大審院大正9年2月20日判決・民録26輯188頁。
16)福岡高裁昭和30年10月12日判決・xx集8巻7号535頁。
17)xxxx=xxx=xxxx〔編・代〕『新版注釈会社法(6)』(有斐閣、
1987年)234頁(執筆=xxxx)。
18)最高裁昭和49年9月26日判決・民集28巻6号1306頁。
19)xxxx「判批」文研事例研究会レポート150号19頁〔xxxxx弁護士コメント〕。
20)xxxxx・前掲書(注12)406頁。
21)xxxx『取締役・会社間の取引』(勁草書房、1996年)128頁。
22)xxx『会社法大要』(有斐閣、2007年)79頁。たとえば、東京高裁昭和48年4月26日判決(xx集26巻2号204頁)があげられる。本件は、取締役も妻の債務について共同保証人となっていた事案である。xxxxによれば、この事案はむしろ、妻であることよりも会社とともに共同保証人であることが利益相反性の判断にとって決定的であったと解されている(xxx「判批」私法判例リマークス〔1990年〕1号194頁)。なお、妻と会社との間において
直接なされる取引についても、会社と第三者との間で、取締役と会社の利益が相反するとして、間接取引に含める見解もある(xxx「一人会社と利益相反取引」xxxx=xxxx=xxx=xxx〔編〕『xxxx先生還暦記念商事法の解釈と展望』(有斐閣、1984年)281頁。
23)この事後報告は、非取締役会設置会社については規定されていない。
24)xxxx=xxxx=xxx=xxxx『会社法』(有斐閣、2009年)205頁。
25)通説である。xxxxx『株式会社法第2版』(有斐閣、2008年)408頁。
26)最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3511頁。
27)最高裁昭和46年10月13日大法廷判決・民集25巻7号900頁。
28)最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3511頁。
29)xxxx・xxx〔編・代〕・前掲書(注12)434頁(執筆=xxxx)。
30)最高裁昭和48年12月11日判決・民集27巻11号1529頁。
31)東京高裁昭和59年6月11日判決・判時1128号123頁。
32)会社法424条によれば、役員等の任務懈怠責任は、総株主(議決権のない株主も含む)の同意がなければ、免除することができないとされる。
33)取締役が、取締役会(株主総会)の承認を得ずに利益相反取引をした場合、取締役解任の正当事由になりうる(会社法339条2項)。また、法令違反の事実として、役員解任の訴えの事由となり得る(会社法854条1項)。
Ⅲ 保険金受取人変更の利益相反性
取締役等が、株主総会(取締役会)の承認を得ずに、保険金受取人を、会社から取締役等へ変更した場合、会社法にいう利益相反取引にあたるのか。
1.裁判例
保険金受取人の変更が、会社法の利益相反取引に該当するか否かにつき、裁判例をみると、肯定、否定それぞれに見解がわかれている。
(1)利益相反取引にあたらないとする裁判例(否定)
≪事例1≫仙台地裁昭和57年3月18日判決(判時1061号93頁)
【事実の概要】(原告:株式会社⇒被告:代表取締役の妻) X株式会社(原告)は保険会社との間で、Xを保険契約者兼保険金
受取人、会社の役員等を被保険者として大型版共済制度の保険契約を締結した。契約の翌日、X会社の代表取締役Aは、秘かに保険金受取人をX会社から妻Y(被告)に指定・変更し、その後Aは死亡。Aの死亡によりYは保険金を受領した。X会社は、亡Aが本件死亡保険金の受取人をYに指定した行為は、X会社の重要人材死亡時における企業防衛という契約の趣旨に反し、代表権限を冒用した背任行為によるもので受取人の指定行為は無効であるとして、Yに対して不当利得による保険金相当額の返還を求めた。
【判 旨】
「Y側が、亡Aによる本件申込書の書き換えによって行われた本件死亡保険金の受取人をYと指定する行為が、有効であることを主張することは、X会社との関係においては、著しくxxxに反し、許されないものというべきであって、その意味において、X会社、Y間においては、本件契約における死亡保険金の受取人指定行為は効力を有しないこととなり、結局、受取人の指定のない生命保険契約と同様の効果を生じるものとして、保険契約者、すなわち、X会社を受取人であると解するのが相当である。」
≪事例2≫東京地裁昭和63年9月26日判決(判例時報1299号144頁)
【事実の概要】(原告:有限会社⇒被告:保険会社)
有限会社X(原告)が、代表取締役Aを被保険者、X会社を保険金受取人とする生命保険契約を締結した。その後、Aが保険金受取人を X会社から取締役B等に変更する意思表示をした。Aの死亡によりX
会社がY保険会社(被告)に対して保険金の支払いを請求したところ、 Y保険会社は保険金を取締役B等に支払った旨主張した。これに対し X会社が、本件受取人の変更は有限会社法30条1項の定める社員総会の認許がなく、しかも、Y保険会社は、認許のないことにつき悪意であったとして保険金受取人の変更行為は無効である旨主張した。
【判 旨】
「保険金受取人の変更は、保険会社あるいは新受取人に対する一方的意思表示をもって形成的になされ、それのみで効果を生ずるものであって、……保険会社側は、これを受理するについて審査したり、拒否したりする裁量の余地は全くないのであり、…保険会社は何らの経済的利益を得るものでないから、これを原告と保険会社の取引行為、あるいは原告との取引行為を前提とする新受取人との取引に当たると解するのは相当ではない。従って、有限会社法30条1項前段の規定を適用する余地はない。」
≪事例3≫大阪地裁平成3年8月26日判決(文研生命保険判例集6巻 380頁)
【事実の概要】(原告:代表取締役の妻⇒被告:保険会社)
株式会社が、代表取締役Aを被保険者、会社を保険金受取人とする生命保険契約を締結した。その後、Aが、Y保険会社(被告)に対して、保険契約者および保険金受取人を、Aの妻であるX(原告)に変更する意思表示をし、Y保険会社の同意を得た。Aの死亡により、XがY保険会社に保険金の支払いを請求したところ、Y保険会社は、本件保険金受取人変更の意思表示は商法265条(会社法356条)の利益相反取引に該当するため無効であると主張、保険金の支払いを拒絶した。
【判 旨】
「保険金受取人変更の意思表示は、保険者の同意・承諾を要せず、保険契約者の一方的な意思表示のみによって効力を生じる単独行為であり、その相手方も保険者に限られず、新旧保険金受取人のいずれに対してなしても差し支えなく、この場合にも、保険契約者の意思表示によって直ちにその効力を生ずるもので、保険者に対する通知は対抗要件にすぎないものと解される。保険金受取人の変更行為のこのような性質やそれが保険者にとって何ら経済的利益をもたらすものでないことを考慮すると、右行為は、商法265条1項前段及び後段が規制の対象として予定するところの会社と取締役あるいは会社と第三者の「取引」とはいいがたく、また、保険者としては、保険金受取人の変更行為について取締役会の承認がないことを理由に変更を拒否する余地はないのであるから、右行為は、取締役会の承認の有無に関する第三者
(保険者)の主観的態様を基準に会社からの無効主張の可否を決しようとする相対的無効説の考え方にも親しまないのであって、結局、これについては商法265条(会社法356条)の規制は及ばないものと解するのが相当である。」
(2)利益相反取引にあたるとする裁判例(肯定)
≪事例4≫名古屋地裁昭和58年9月26日判決(判例タイムズ525号287頁)
【事実の概要】(原告:株式会社⇒被告:保険会社) X株式会社(原告)が、代表取締役Aを被保険者、X会社を保険金
受取人とする経営者大型保険共済制度規約に基づく生命保険契約を締結した。その後、Aが保険金受取人をX会社から妻であるBに変更した。Aの死亡によりY保険会社(被告)は、Bに保険金を支払ったが、
X会社はY保険会社に対して、本件保険金受取人の変更は商法265条
(会社法356条)に反し無効であると主張。また、X会社は、本件保険金受取人の変更については、取締役会の承認はなく、Y保険会社はこの承認の有無を調査しなかったものであるから、受取人の変更につき悪意に等しい重過失があると主張。保険金あるいは損害賠償金の支払いを求めた。
【判 旨】
「被告〔Y保険会社〕 は、生命保険契約における保険金受取人の変更権は形成権であるから、保険会社即ち本件においては被告に右変更を拒否する権限はなく、従って〔代表取締役の妻〕に対する本件保険金の支払は正当であると主張する。しかし、保険金受取人の変更が形成権の行使であるとしても、その変更が適法な形成権行使であるか否かがまず検討されなければならず、右検討の結果適法な形成権行使であると判断されたとき初めて保険会社が右変更を拒絶しえないことになるのである。従って、保険金受取人の変更権が形成権であることのみをもってしては〔原告〕の主張を排斥しえない。……ところで、右証拠によると、原告会社は資本金100万円で設立されているが、〔代表取締役〕が死亡した現在誰が株主か全く不明であること、原告会社は〔代表取締役〕の個人会社的色彩が強く、本件保険契約の締結は〔代表取締役〕一人の判断でなされ、保険料の支払も〔代表取締役〕が処理していたことなどが認められ、右事実に照らすと被告〔保険会社〕において原告会社の取締役会の承認の有無について調査しなかったとしても重大な過失があるとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。」
≪事例5≫高知地裁昭和59年9月27日判決(文研生命保険判例集4巻 87頁)
【事実の概要】(原告:代表取締役の相続人⇒被告:保険会社) B株式会社はY保険会社(被告)との間で、代表取締役Aを被保険
者、B会社を保険金受取人とする生命保険契約を締結した。その後、 Aが保険会社に対して、保険金受取人をAの相続人であるXらに変更された旨通知し保険証券の裏書もなされた。Aの死亡によりXがY保険会社に対して保険金の支払いを請求したところ、Y保険会社は、B会社から本件受取人の変更通知について、取締役会の承認がなされていないので保険金を支払わないよう申出を受けたため、保険契約に基づく保険金全額を供託したと主張した。
【判 旨】
「本件各保険契約者である株式会社の当時の代表取締役である亡Aが本件各保険金の受取人を株式会社から亡Aの相続人である原告らに変更した所為は、株式会社とその代表取締役である亡A間の利害の対立する事項について亡Aが株式会社に不利になり亡Aに有利になる行為をなしたものとみられるから、右は会社と代表取締役間の利害相反取引として商法265条1項により取締役会の決議を要すると解される。」
≪事例6≫仙台高裁平成9年7月25日決定(判例時報1626号139頁)
【事実の概要】(抗告人:株式会社⇒相手方:代表取締役の妻) X株式会社(抗告人)はB保険会社(第三債務者)との間で、代表
取締役Aを被保険者、X会社を保険金受取人とする逓減定期保険特約付終身保険を締結した。その後、Aは医師から末期肝臓癌である旨告げられたことから、自らが議長となって、X会社の臨時取締役会を開催した。この臨時取締役会では、X会社の事業の縮小をするほか、A
の死亡によりB保険会社から受取る保険金は、X会社の借入金の返済及び諸経費の支払いに充当し、残金がある場合には、Aの功労に対する功労金として、妻であるY(相手方)に支払う旨決議された。しかし、決議から半年後、AはB保険会社の担当者に対して、保険契約者をA、保険金受取人をYに変更するよう手続きを行った。この手続きについてX会社の取締役会による承認はない。Aが死亡。X会社は、亡Aが行った保険金受取人の変更手続は、X会社に対する背任行為によるもので無効であり、X会社が保険金請求権を有する等主張し、Yを債務者としてYの保険金請求権の取立てその他処分の禁止及びB保険会社のYに対する保険金支払禁止の仮処分を申し立てた。盛岡地裁花巻支部は、その旨の仮処分決定をした(盛岡地裁花巻支部平成8年 10月21日決定・判例集未登載)。その後、Yは、前記決定を不服として保全異議の申立をしたところ、原審(盛岡地裁花巻支部平成9年6月 26日決定・判例集未登載)は、本件の保険金受取人変更は有効であるとして仮処分決定を取り消した。これに対し、X会社は、本件保険契約者及び保険金受取人の変更は、X会社の取締役会の承認を経ておらず、無効であるとして、原決定に対し保全抗告をした。
【判 旨】
「保険金受取人変更の手続により、会社であるXは、保険金受領権を失い、Aの妻がこれを取得することになる。これは、妻が夫と社会的経済的に同一の生活実態を有していることにかんがみれば、実質的に会社であるXと取締役であったAとの利益が相反する行為といわざるを得ない。……もっとも、保険金受取人を変更する権利が留保された生命保険契約における保険金受取人を変更する旨の意思表示は、保険契約者の一方的意思表示によって効力を生ずるものであるが、商法 265条1項の取引とは、必ずしも契約に限られるものではなく、右のよ
うな単独行為について、その適用あるいは類推適用を排除するものではないと解すべきである。」
以上のように裁判例は分かれている。保険金受取人の変更は会社法の利益相反取引規制に当たらないとする事例(否定事例)をみると、保険金受取人変更は保険契約者の単独行為であり、会社法356条(事例では旧商法265条)の直接取引及び間接取引にあたらないということを理由に否定する。否定事例である≪事例3≫をみると、保険金受取人の指定・変更権は単独行為であり、保険者に経済的な利益をもたらすものでないから、取締役の利益相反取引に当たらないと説明する。≪事例3≫が、保険金受取人の変更行為について、保険契約者の意思表示の相手方として対保険者とする間接取引を念頭におきつつ会社の利益の犠牲において保険者が利益を得る取引にあたらないとすることは当然である。保険金受取人の変更は、会社にとっては条件付の保険金請求権という債権を失うことになるが、保険者にとっては経済的利益を生ずるものではない。保険者の債務に変更はないからである。保険金受取人変更の利益相反性を否定する裁判例は、単独行為は会社法の利益相反「取引」にあたらないということから否定している。しかし、このことは、前述したとおり、会社法上の利益相反取引規制の対象として単独行為も含まれると解されることからも決め手とならない。
これに対して、保険金受取人変更の利益相反性を肯定する裁判例(肯定事例)はどのように理解しているか。肯定事例をみると、保険金受取人の変更権は形成権であるとしても、形成権の行使であることは利益相反性を失わせるものではなく、利益相反取引規制の適用あるいは類推適用があると解している。肯定事例である≪事例4≫は、代表取
締役による会社から妻への保険金受取人の変更が、会社法上の利益相反取引にあたると解したうえで、保険者には取締役会の承認の有無を調査しなかった点につき保険者の重過失の有無に言及し、この点、保険者に重過失はなかったと認定し、会社は保険者に対し無効を主張することはできず、保険者の本件保険金の支払は有効となると解している34)。≪事例4≫は、保険者を間接取引における第三者としてとらえ、相対的無効説を採用したと理解できる35)。これに対して、≪事例4≫と同様に利益相反取引性の肯定事例である≪事例6≫は、これを直接取引であるととらえる。≪事例6≫は夫婦の社会的経済的に同一の生活実態を理由に、妻への保険金受取人変更を夫である取締役自身の取引すなわち「直接取引」と同視して、会社法356条1項2号(事例では旧商法265条1項)の類推適用を認めたものである36)。
2.学説
裁判例と同様に学説も法人契約の保険金受取人変更が利益相反取引にあたるかについて、これを肯定する見解(適用肯定説)と否定する見解(適用否定説)に分かれる。学説の多くは、法人契約における取締役に対する保険金受取人変更の利益相反性を肯定している。また、適用肯定説をみると、解釈の違いから、保険金受取人の変更行為が直接取引か間接取引か分かれている。
(1)適用肯定説
(1-1)直接取引と解する見解
取締役による保険金受取人変更の利益相反性を肯定する見解のうち、これを直接取引に当たるとするものがある。直接取引であるとする見 解をみると、前述の肯定事例である≪事例6≫に関連させて直接取引
であるとするものがみられる。≪事例6≫は、代表取締役が、保険金受取人を会社から妻に変更したものであるが、本決定に関して、夫婦は社会的経済的に同一の生活実態を有していることから、妻への受取人変更は、夫である取締役自身の取引すなわち直接取引と同視して、この類推適用を認めたものと理解される37)。同様の理由により、保険金受取人の変更を取締役の妻のみならず親族に変更する場合も直接取引に該当すると解するものもある38)。さらに、保険金受取人の指定変更行為を対価関係上の法律関係ととらえ、保険金請求権を会社から取締役に直接移転する行為であって直接取引にあたると解するものがある39)。
(1-2)間接取引と解する見解
同様に、法人契約における会社・取締役による保険金受取人の変更の利益相反性を肯定しつつ、これを間接取引であると解するものがある。その理由は、会社が保険契約を締結して保険料を出捐し、これに対し、当該保険契約の経済的効果は、取締役が享受する構図をみると、これは、会社が取締役以外の者との間でなす会社と取締役の利益が相反するいわゆる間接取引(ないしそれに準ずる取引)であると解されるためであるとする40)。同様に、前述の直接取引と解する見解でも挙げられた≪事例6≫を念頭に、法人契約において、保険金受取人を会社から代表取締役の妻に変更することは、取締役個人に利益を与えるものと解してよく、それは、会社に不利益を及ぼすこととなる間接取引にあたるものと解するものもある41)。また、保険約款において、保険者の承認の裏書に利益相反取引規制の役割をもたせ、保険者の承認に裁量の余地があると解することによって、会社と保険者との間の取引を間接取引と構成し、保険者との関係においても、利益相反取引に
関する会社の利益を一定の範囲で保護することが可能であるとする見解もある42)。
(2)適用否定説
適用肯定説に対し、一定の含みをもたせつつも、会社による保険金受取人の変更は、会社法上の利益相反取引規制の対象とはならないとするものがある。その理由としては、保険金受取人変更の意思表示は、取締役が新受取人となる場合には、意思表示によって取締役が保険金受取人としての地位を取得することから、取締役との関係においては、利益相反取引としての問題が生ずる余地はあるが、保険者との関係においては、保険者が保険金受取人の地位を取得するわけではないので、利益相反取引の問題とはならず、指定変更手続きがその要式に適った方法でなされたか否かが問題となるにすぎないと解される43)。
(3)民法113条(無権代理)類推適用説
法人契約における取締役に対する保険金受取人の変更行為は直接取引・間接取引のいずれにも属さないが、会社が負担する保険料と対価関係にある保険金請求権を会社から取締役に取得させ、会社に保険料のみを負担させることになる変更行為は、利益相反規制の適用の下で取締役会のコントロール(変更の意思決定とその意思表示に関する代表権の授権)に服せしめるべきであり、違反行為は民法113条の類推適用により無効であるとする見解がある44)。
3.若干の検討
法人契約における保険金受取人の変更行為と会社法上の利益相反規制との関係について、学説によれば、これを肯定する立場が多数をし
める。肯定するなかでも、利益相反類型のうち間接取引にあたると解するものが多数である。間接取引であるとする見解をみてもあきらかなように、裁判事例で多くみられた、会社の代表取締役がその妻に保険金受取人を変更したものがその念頭におかれている。すなわち、取締役の妻など親族への保険金受取人変更が会社法上の利益相反取引にあたるかをみるときに、取締役以外の者への取引の範囲をどこまで拡大させるかという問題を考慮したうえで、これは直接取引の問題ではなく、間接取引の問題であると解しているようにみえる。また、間接取引にあたるとする見解は、会社と保険者の間で行われる保険金受取人の変更行為自体に着目し、取締役はその受取人変更行為によって利益を受ける者であると解するならば、間接取引の典型とされる取締役が第三者との関係で負担する債務について会社が保証契約を結んだことと同様に解することになるのであろう。しかし、適用否定説で説かれるように、会社と保険者との間には、新たな法律関係が生ずるわけではない。これに対して、適用否定説をみると、保険約款によって、保険者の承認裏書に利益相反取引規制の役割を持たせることにより、会社の利益を保護する考えも、保険者は、完全な第三者ではなく、保険事故が生じた場合、誰に保険金を支払うかという点で重要な役割をはたす者であるとすることは理解できる45)。しかし、会社法上も取締役が会社との間で行うすべての利益相反行為を規制しているわけではなく、株主総会(取締役会)の承認を要するということにとどめる。これを保険金受取人の変更行為に関しては、保険者の裁量の余地が保険約款上認められる場合、他の取引とは別に、なぜ利益相反取引規制の役割をもたせることができるのか理解できない。あくまでも会社法上は、株主総会(取締役会)の承認という、会社自体のコントロールに服せしめているのである。つぎに、民法113条類推適用説で説かれる
ところをみると、法人契約において、取締役が会社に保険料のみを負担させる受取人の変更行為は無権代理行為であって、無効と解することにより会社の利益を保護することが可能のようにも思える。その行為の外観を信頼した保険者が、取締役の変更した新受取人に対して保険金を支払ったとしても、免責されることも考えられる。しかし、保険金受取人の変更を会社法356条1項の問題としてとらえ、保険者を本条の会社・取締役間の利益相反取引の中に取り込み、その法理をもって取締役の行為を規制するとともに会社の利益を保護するほうが、会社を保険契約者兼保険金受取人として被保険者を取締役とする生命保険契約の事業保障目的に沿った解釈となる46)。このように種々見解があるわけだが、前提をおさえておく必要がある。すなわち、法人契約における取締役による保険金受取人の変更行為が利益相反「取引」に当たるか否かで判断していた点を捉えなおす必要がある。取締役が保険金受取人を会社から取締役(妻・未xxの子)へ変更する行為は、会社が、自己のためにする保険契約から他人のためにする保険契約に変更されることを意味する。そうであれば、会社法が示す利益相反「取引」とは、保険金受取人の変更事例でいえば、会社と取締役の間の対価関係という法律関係の変動自体がその対象となる「取引」と理解すべきことになり、会社から取締役への保険金受取人の変更は、対価関係上、会社から取締役へ条件付保険金請求権という債権が無償で譲渡されたものととらえることができる47)。
注34)xxx・生命保険判例百選(補訂版)221頁。
35)本件≪事例4≫を、たんに保険金受取人の指定変更における名義書換の手続について、保険者の注意義務に重過失がなく、保険金受取人の指定変更が有効である、とする見解もある(xxxx「保険金受取人の指定変更と取締役の利益相反取引」熊本法学61号(1989年)84頁)。
36)xxxx「保険契約者・保険金受取人の変更と商法265条の適用」ジュリス
ト1154号132頁。
37)xxxx・前掲(注36)132頁、xxxx「経営者保険に関する一考察」東北学院大学論集法律学第53・54合併号82頁。
38)xxxx・xxx〔編・代〕・前掲書(注12)430頁(執筆=xxxx)。
39)xxxx『保険法』(有斐閣、2005年)507-508頁。私見を先取りすれば、保険金受取人の指定変更権は、他人のためにする保険契約における対価関係上の権利であることからして、この対価関係上の権利が譲渡されたものと解することにより会社法の利益相反取引類型のうち直接取引にあたるものと解する。xxxxxxの見解に賛同する。
40)xxx・前掲(注22)192頁。同旨として、xxxx「判批」商事法務1085号98-99頁、xxx・生命保険判例百選(増補版)221頁、xxxx『保険法
〔第三版〕』(悠々社、1998年)338頁、xxxx「判批」文研事例研究会レポート66号7頁、xxxx「判批」文研事例研究会レポート87号14頁、xxxx〔編〕・前掲書(注10)82頁(執筆=xxxx)。
41)xxx「演習商法2」法学教室82号10頁。
42)xxxx「保険金受取人の変更と利益相反取引」文研論集92号34頁。なお、経済的一体性を有するものの範囲について、利益相反取引と解されると取引が無効とされる可能性があるため、商法265条(会社法356条)に違反する取引類型をみだりに拡げることはこのましくなく、せいぜい、取締役と経済的一体性を有する妻に止めておくべきであると解される(xxxx・前述39頁)。
43)xxxx・前掲(注35)83頁。同旨として、xxxx「判批」判例タイムズ764号74-75頁。
44)xxx・前掲(注2)45-46頁。
45)会社が当事者あるいは関係者として登場しない他の生命保険契約における受取人変更に比べて、保険者はこの変更について慎重に対応する必要があるとするものがある(xxxx「保険金受取人等の変更と利益相反取引規制」神戸学院法学32巻2号34頁)。また、実務においても、前述の注釈で述べたとおり、保険者は、法人契約における保険金受取人変更につき、株主総会(取締役会)の議事録の写しを徴求している、とのことであり、これ以上、株主総会(取締役会)の承認の有無につき保険者の調査は必要ないものと解する。
46)xxxx・前掲(注45)34頁。
47)保険金受取人は、保険事故発生前であっても保険金受取人は条件付の保険金請求権を直ちに取得するものと解されている(xxxx「保険金受取人の法的地位」xxxx=xxxx『生命保険契約法の諸問題』(有斐閣、1958年)4頁以下))、この対価関係が会社法の利益相反取引類型における直接取引に当たると解される(xxxx『現代の生命・傷害保険法』(弘文堂、1999年)49頁、xxxx・前掲書(注39)507-508頁、xxxx「保険金受取人の法的地位(二)」法学協会雑誌109巻1043-1044頁。
Ⅳ さいごに
最後に、保険者が、株主総会(取締役会)の承認があったことについて調査義務を負うのか否かにつき検討することにより、あらためて私見を述べさせていただく。前述した肯定事例≪事例4≫によれば、会社は、取締役会の承認がないことを保険者が知らないことに重過失があると主張した。これに対して、裁判所は、事例における会社が、個人的色彩が強い会社であることから、保険契約の処理方法等から保険者が取締役会の承認の有無を調査しなかったとしても重過失があるということはできないと判示している。個人的色彩の強い会社の代表取締役が保険金受取人の変更手続を行ったのであるから、保険者側がこれに疑いをはさまないことが合理的であると判断したのであろう。一般論として、保険者が、株主総会(取締役会)議事録の添付を要求することが合理的である場合、株主総会(取締役会)の承認の有無について何も調査しなかったときは、特段の事情のないかぎり、保険者に重過失ありとする見解がある48)。法人契約における取締役に対する保険金受取人の変更が、利益相反取引の間接取引にあたるとする見解からすると、個人的色彩の強い会社ないし閉鎖的な中小会社における会社法356条1項の適用につき、ここでいう特段の事情の考慮によって弾力的な解決をはかろうとすることは理解できる49)。また、保険者としては、保険金受取人の名義書換の手続において、一応、株主総会(取締役会)の承認の有無を確認すべきであるとしながらも、保険者の集団的・大量的変更手続の処理として、重過失を認めることはできないとする見解もあるところである50)。しかし、以上の理解のもとでは、取締役による保険金受取人変更の問題を利益相反取引にいう間接取引であるとして、株主総会(取締役会)の承認がないことについて、悪
意・重過失である保険者に対し、当初の保険金受取人である会社は受取人変更の無効を対抗できるということになる。はたしてこのように解すべきなのであろうか。
この問題の実質関係をみると、会社の代表取締役が、会社を代表して会社が有する債権を自己または妻あるいはその相続人に譲渡したということになる。取締役はこの債権を譲渡したことを債務者(保険者)に通知したのと同じである。その場合、債務者(保険者)は債権譲渡
(保険金受取人の変更)の実質関係・原因関係についてまで調査し、注意しなければならないのかということである。要するに、こういう場合には、一般に、代表取締役からその家族に対する贈与契約が認められる。その家族が取締役であれば、会社の財産を取締役に与えるわけであるから、これは典型的な自己取引(直接取引)ということになる51)。したがって、株主総会(取締役会)の承認が必要である。しかし、債権譲渡の通知(保険金受取人変更の通知)自体は、直接取引でも間接取引でもない。実質関係・原因関係は、取締役の会社に対する背任・横領の可能性は否定できないが、債権譲渡の通知を受けた債務者(保険者)は、代表取締役のxx義務違反、善管注意義務違反についてまで注意しなければならないかという問題になってしまう。たとえば、債務者(保険者)は、会社のいわゆる平取締役が誰であるかということまで注意して取引を行わなければならないのかということになってしまう。本来、債権譲渡の通知、あるいは保険金受取人の変更の通知のようなものは、債務者(保険者)にとっては、債務に影響を与えるものではないため問題とならない。当該通知をする者が、会社を代表する権限を有するか否かにつき注意すればよいのであり、それ以上の注意を怠ったからといって、直ちに保険者に重過失があるものとすることにより、保険金受取人の変更を旧受取人である会社に対し
て対抗できないというような結論が出てくるものではない。取締役が 会社の株主総会(取締役会)の承認を得ずに勝手に債権を譲渡するよ うな行為は、簡単にいえば会社の債権侵害にあたる。そうであれば、 債務者である保険者が、この債権侵害が行われることを知っていなが ら保険金受取人の変更手続きを行ったのであれば、不法行為上の責任 を負わされる可能性がある。しかし、会社の代表取締役が発した保険 金受取人の変更通知を保険者が受領して、それにしたがって保険者が 変更手続きを行うことだけでは不十分であるとするには疑問である52)。
以上のように、法人契約において、保険金受取人を会社から取締役へ変更する行為は、会社法にいう取締役の利益相反取引規制の対象となることに疑いはない。ただ、保険法の受取人変更規定の新設により、保険金受取人の変更は保険者に対する意思表示を発した時に効力が生ずることと規定されたことにより影響を受けるか問題として残る。つまり、改正前商法が保険者への通知を対抗要件としていたのに対し、保険法では、受取人変更の効力要件とされたことによって、会社法の利益相反取引の利害関係に影響を与えるのかということである。保険者に対する形成権の行使により保険金受取人の変更が可能ということであれば、保険法の規定の新設により、会社法における利益相反類型の間接取引に変更されたと解する可能性も考えられる。しかし、保険金受取人の変更という意思表示が相手方のある意思表示に変わったからといって、保険契約者と保険金受取人の間の対価関係上の法律関係に影響を及ぼすものではない。会社と保険者の間に新たな法律関係が生じるものでもない。保険契約者である会社と新保険金受取人である代表取締役またはその親族等の間の無償贈与としての対価関係に影響・変動はなく、株主総会(取締役会)の承認を得ずに、会社から取締役・その家族へ保険金受取人が変更された場合には、取締役の直接
取引に当たり会社法上の利益相反取引規制の対象となる。
注48)xxx・前掲(注22)194頁。
49)同様に、間接取引の場合、保険者に株主総会(取締役会)の承認があったことの調査義務を課すが、それは直接取引の第三者とは異なり、取引の当事者である間接取引の第三者は、取引の性質に注意すべきであるということから理解すべきとの見解がある(xxxx「商法265条違反の取引と悪意・重過失」ジュリスト836号115頁)。同旨として、xxxx・前掲(注45)35頁。
50)xxx・前掲(注41)110頁。
51)会社から取締役へ債権を譲渡する行為は、定型的に会社法356条の直接取引に該当すると解されている(東京控訴院大正2年12月12日判決・法律新聞923号24頁、名古屋地裁昭和49年11月14日判決・訟務月報21巻3号575頁、他参照)。
52)保険者は、保険金受取人変更の意思表示を受領する者であるが、その意思表示が公序良俗に反するものでないかぎり拒絶できないものと考えられるからである。
〔本稿は、(財)生命保険文化センターの平成20年度研究助成による研究成果の一部である。同センターに対して、ここに記して深く御礼申し上げる。〕