Contract
秘密保持契約書
(新素材)
想定シーン
1. 樹脂に添加可能な放熱に関する新素材を開発した大学発スタートアップ X 社は、樹脂の放熱性能を金属並みに引き上げることに成功した。当該素材は、特殊な表面処理がなされており、表面処理を調整することで様々な樹脂への添加
が可能であることから、多種多様な製品用途に活用できる技術であり、実際に多様な業種の企業が関心を示している。
2. 今般、自動車部品メーカーY 社から声が掛かり、自動車の部材に関する共同研究を前提とした技術情報(当該素材に関する非公開の物性値、表面処理に関する情報)の開示等を求められた。
3. X 社として、Y 社との取引で目指していることは以下のとおり。
① 研究領域は Y 社のマーケットシェアが高いヘッドライトカバーに当該素材を用いることの共同研究としたい。
② X 社は Y 社と共同研究フェーズへ進んで、当該事実を公表して自社の技術力の確かさを PR する材料にしたい。
③ できれば早期(2 か月以内)に PoC または共同研究に進みたい。
4. X 社の現状は次のとおり。
① 専任の法務・知財担当はなく、また知見も乏しい(外部の弁護士、弁理士任せ)。
② コア技術は特許出願済み(当該素材そのものおよび当該素材が添加された樹脂組成物をカバーする特許出願)。ただし、ヘッドライトカバー用などの特定の製品を対象とした用途特許の出願はしていない。
③ X 社は、当該素材の製造方法、表面処理、一般的な樹脂への好適な添加量等に関するノウハウを所持している。ノウハウは一部管理できているが、多くは CEO の頭の中にある。
目次
◼ 第 7 条(PoC契約および共同研究開発契約の締結) 15
◼ 前文
X 社(以下「甲」という。)と Y 社(以下「乙」という。)とは、甲が開発した放熱特性を有する新規素材αを自動車用ヘッドライトカバーに用いた新製品の開発を行うか否かを甲乙共同で検討するに当たり(以下「本目的」という。)、甲または乙が相手方に開示等する秘密情報の取扱いについて、以下のとおりの秘
密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。
<ポイント>
⚫ 本モデル契約の目的について規定している。
⚫ 秘密保持契約において、秘密情報は定義された目的の範囲でのみ使用等が認められる。したがって、まず、形式的な留意点としては、(i)必ず目的を定め、 (ii)上例のように「以下、「本目的」という。」と記載することが必須である。
<解説>
⚫ 秘密保持契約は、秘密情報の開示者と受領者で利害関係が大きく異なることが特徴である。本想定シーンにおいては、スタートアップが主として、情報の開示者であることから、スタートアップからすれば、事業会社による想定外の利用を防ぐために、開示情報の利用用途(=「本目的」)を限定的に定める必要がある。
⚫ 他方、秘密情報を受領する事業会社からすれば、スタートアップから提供された秘密情報の利用の制約を少なくするために、この目的を広く定めるという要請がある。(本モデル契約は、専らスタートアップが秘密情報を開示等する事案を前提に各条項を定めていることに留意されたい。)
⚫ 目的の記載の仕方によって、禁止したい利用形態を目的外として禁止できなくなる場合があるので注意が必要である。例えば、目的を「新規素材αを用いた放熱部材の開発について検討するに当たり」と定めた場合、事業会社が受領した秘密情報を、事業会社で独自に計画する「新規素材αを用いた放熱部材の開発」に用いることも契約上は「目的内」と解釈されるおそれがあり、その場合には、かかる行為を差し止めることはできない。
⚫ かかる行為を禁止するためには、「新規素材αを用いた放熱部材について、スタートアップおよび事業会社が共同で開発することを実現できるかについて検討するにあたり」等の記載とすることが必要である。
⚫ 秘密情報管理が十分ではないスタートアップにとって、事業に必須のコア技術が特許等により保護されていない限り、本モデル契約が自社の技術・ノウハウを保護する数少ない手段となる。
⚫ その中でも「目的の特定」は、事業会社の使用等の範囲を画する重要なポイントとなる。協業に向けた協議を開始する段階では、協業の内容は明確でない場合も多いが、上記の点なども考慮し、目的をできるだけ具体的に定めることが必要である。
⚫ また本来は、協議の開始前に自社の秘密情報管理を徹底すべきである。少なくとも①秘密保持契約なしで開示等できる情報、②秘密保持契約締結後に開示等できる情報、③如何なる状況であっても開示等しない情報、程度に区分しておく必要ある。
⚫ ノウハウが競争力の源泉となるスタートアップも少なくないことから、秘密保持契約自体はもちろん、交渉前の準備は万全を期す事を心掛けたい。
【コラム】秘密情報管理の詳細や相談窓口等については以下も参照されたい。
⮚ 知財を使った企業連携 4 つのポイント
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⮚ 営業秘密・知財戦略相談窓口
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◼ 第 1 条 1 項(秘密情報の定義・開示等の方法)
<ポイント>
⚫ 秘密情報等の定義に関する条項である。
⚫ 秘密保持契約を締結するにあたり、まず最初に行うべきは背景となるビジネスのヒアリングである。これによって、①専ら当社が情報を開示することになるのか、②専ら当社が情報を受領することになるのか、③両者が均等に情報を開示
し合うことになるのか、という点についておおよその理解を行う。後述するように、①ないし③のいずれかであるかによって、秘密情報の範囲設定等に大きく影響するからである。
(なお、本ケースにおいては、スタートアップの立場にたっており、①のケースに該当する。)
<解説>
秘密情報の範囲設定の考え方
⚫ 秘密情報の定義においては、その広狭が問題となる。基本的には、開示者(上記①のケース)は秘密情報を広く定義すべきであり、受領者(上記②のケース)はその逆である。もっとも、むやみに秘密情報を広く定義すればよいというものではなく、秘匿すべき情報の秘密管理の実施度合いも考慮して、秘密情報の範囲を設定するべきである。
⚫ 対象情報が十分に秘密管理されている技術情報であれば、秘密情報に該当するために秘密性の明示を必要とする範囲設定(下記オプション 2 または 3)も採用し得る。秘密情報の範囲が狭ければ、受領者の情報管理コスト(情報の分別や、情報に接触した従業員の名簿管理など)が低減されるため、事業会社からの合意も取り付けやすい。
⚫ 他方、開示者として自社の秘密管理体制が不十分(従業員の情報管理意識が低い、秘密管理に関する社内規程が未整備など)の場合は、秘密情報に該当するために秘密性の明示を必要としない(つまり秘密情報の範囲が広い)オプション 1 を選択することも検討する。
【オプション 1:秘密情報の範囲:無限定】
第 1 条 本契約において「秘密情報」とは、本目的のために、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示等の方法および媒体を問わず、また、本契約の締結前後にかかわらず、一方当事者(以下「開示者」という。)が相手方(以下「受領者」という。)に開示等した一切の情報、本契約の存在および内容、甲および乙の協議・交渉の存在およびその内容、および、これらを含む記録媒体、ならびに、素材、機器およびその他有体物(別紙 1 に定めるものを含むが、これに
限られるものではない。)をいう。
<解説>
⚫ 「本目的のために開示等した一切の情報等」=「秘密情報」として扱われるオプションである。
⚫ 開示者は、全ての情報が秘密情報となるので安心できるかと言えば、そうとも言い切れない。包括的な秘密情報の定義により一定のリスクも伴う。例えば、
①保護の対象とされる情報の特定が不可能であるとして秘密保持契約の有効性を争われる、②いざ争いとなった場合に、当事者は秘密情報の範囲を実質的な秘密に限定したとの解釈が適用される可能性がある(=結果として、自社が秘密情報であると当然に解釈していた情報が、争いの場ではそのように解釈されない可能性がある。)などのリスクが発生する。
⚫ 受領者も、①口頭で伝えられた内容まで秘密情報として厳格な管理が生じ、秘密管理コストが高くつく、②管理する情報が多く、例えば自社が元々独自に保 有していた情報との区別も不明確になりやすく、うっかり情報漏えいしてしまい、本モデル契約違反を起こす、などのリスクがある。
⚫ 秘密情報の範囲を無限定とするならば、対象となる情報がいつ、(相手方の)誰に、どのような方法・状況で開示等されたのか、という立証ができるよう、過去 のメールを一定期間保有する、会議において議事録をつける、引き渡した情報の管理台帳を整備するなど、従業員に対する情報管理への高い意識付けが必要となる。
【コラム】秘密保持契約上のトラブル
⚫ 秘密保持契約上のトラブルのうち、かなりの割合を占めるのが、「開示等する際に、その情報に秘密指定をしなければならないという秘密保持契約になっているにもかかわらず、これをしなかったために秘密保持契約の対象とされない(相手方は守秘義務を負わない。)」というものである。秘密保持契約を締結すると安心して情報を開示等しがちであるが、秘密保持契約の中身を精査し、秘密情報を開示等する際の手順・方法を確認すべきである。
⚫ また、「秘密保持義務違反を主張したところ、相手方から、そのような情報は受領した覚えがない」といわれてしまうケースも散見される。このようなことを防ぐために、上記のとおり、対象となる情報がいつ、(相手方の)誰に、どのような方法・状況で開示等されたのか、という立証ができるような情報管理を心がける必要がある。
【コラム】「本モデル契約の存在および内容、スタートアップおよび事業会社の協議・交渉の存在およびその内容」を秘密保持の対象に含めるリスク
⚫ これを秘密保持の対象に含めてしまうと、誰とどのようなビジネスをしようとしているかなどの事情を VC などの投資家に対して報告ができなくなり資金調達に支障を来したり、ピッチなどでも将来展望を発表できなくなるおそれがある。このような不自由が生じてしまうとスタートアップの事業成長の可能性を閉ざすことにもなりかねず、オープンイノベーションを志向する事業会社としてもパートナー企業が衰退して事業がとん挫することは望むところではない。
⚫ 両社で共同研究の検討を開始した事実だけは開示等できるようにしておくなど、何らか措置を講じておくことも検討に値する。
【オプション 2:秘密情報の範囲:要秘密指定(口頭開示の事後指定無し)】
第 1 条 本契約において「秘密情報」とは、本目的のために、開示者が開示等する際に秘密である旨を明示した営業上または技術上の情報、および、これらを
含む記録媒体、ならびに、素材、機器およびその他有体物をいうものとする。
<解説>
⚫ 本条では、「開示者が『開示等する際』に秘密である旨を明示」(秘密指定)することが必要となる。一般的になされる秘密指定の方法としては、「㊙」表記の他、
「○○Confidential」など、開示者が当該情報を秘密として認識しているということについて客観的な表示がされることが望ましい。
⚫ この条項を利用する場合、秘密指定を失念するリスクがあることに注意する。例えば、「開示等したサンプルデータに秘密指定することを失念して、サンプルを関連子会社に渡され、目的外利用されてしまう」などのトラブルが発生する。
⚫ このようなトラブルを回避するために、オプション 1 と 2 を混合したバージョンとして、以下のような規定も有用である。
⮚ サンプルなどの有体物は秘密指定の有無に関係なく、「秘密情報」に含める。
⮚ 仕様書等の特定形式の重要文書についても、秘密指定の有無に関係なく、「秘密情報」に含める。
⮚ その他の情報については、秘密指定された場合のみ「秘密情報」とする。
⚫ また、本条では、口頭で「これは秘密情報である」と受領者に伝えた場合(文言上書面までは要求されていないため)、理屈としては秘密指定したとはいえ、口頭開示等した情報も守秘義務契約の対象として指定することができる。
⚫ しかし、開示者がそのことを立証できないため(開示時にわざわざ録音などしていることは通常は考えにくい。)、結果として秘密情報として保護されないというリスクが残る。また、受領者としても、秘密情報の範囲が不明確となり管理が難しくなる。
⚫ そこで、後に示すオプション 3 のように、口頭開示等の場合には、開示後に当該情報が秘密情報であることを文書で通知を秘密指定の条件とすることも考えられる。
【コラム】「秘密である旨を明示」することとは?
⚫ 秘密保持契約を締結したことで安心して、色々な情報を開示等してしまう企業もあるが大変危険である。秘密保持契約に「秘密である旨を明示」することを条件 として、秘密情報として認める旨の規定がある場合、この明示がなく開示等された情報はどんなに重要な情報であったとしても、秘密情報として認められないことが多い。この点は特に事故例が多いので、細心の注意を払う必要がある。
⚫ 「秘密である旨を明示」するためには、文書等に「㊙」、「○○Confidential」、「機密情報」との表記を設ければ足りる。ただし、対象物が文書ではなく有体物(サンプルなど)の場合には表記を忘れがちで、かつ、そのような表示を貼り付けても途中で脱落したりすることもあり得るので、細心の注意が必要である。
⚫ 秘密保持契約を結んだからといって安心するのではなく、約束した内容の運用を徹底する。加えて、自社事業の優位性を損なうようなノウハウなどの技術情報は門外不出の情報として絶対に開示等しない覚悟が必要である。
⚫ なお門外不出の技術情報は、社内においても限定されたメンバーのみにアクセス権を与えるなどの措置を取ることにより管理することが望ましい。
⚫ 情報管理の厳格化と事業の効率性とは通常はトレードオフの関係にある。万一、秘密情報が漏えいした場合に事業が立ち行かなくなるほどのダメージが見込まれるという場合ならば、情報管理に手間とコストをかけることについて選択の余地はない。
【オプション 3:秘密情報の範囲:要秘密指定(口頭開示の事後指定有り)】
第 1 条 本契約において「秘密情報」とは、開示者が受領者に対して開示等した情報、および、これらを含む記録媒体、ならびに、素材、機器およびその他有体物のうち、文書等(電子メール等の電子的手段を含む。)により開示等する場合には、当該文書等上に秘密である旨を明示して、口頭その他無形の方法により開示等する場合には、開示等の時から 14 日以内に文書等により当該情報の概要、開示者、開示日時を特定した上で秘密である旨通知されたものをい
う。
<解説>
⚫ 前述したように、秘密情報の開示等の際には、「秘密である旨を明示」(秘密指定)することが要求されるケースが多い。しかし、口頭で開示等した場合、そのことを事後的に立証することはやはり困難である。
⚫ そこで、本条のように、口頭開示等の場合は追って文書にて通知という手続を要求することで事後的に秘密指定することも考えられる。
⚫ しかし、この手続すらも往々にして忘れやすく注意が必要である。相手方と会議等によるコミュニケーションをした場合は、どのような情報を開示等したかを含む議事録をつけることを習慣化し、本条に沿った措置を習慣化することが望ましい。
⚫ なお本条では、双方とも会議で口頭開示等された情報が事後的に秘密情報として指定されてしまうおそれがあるため、秘密保持契約締結相手とのミーティング内容はおいそれと外部に開示等できなくなるが、期間は限定されているため(ここでは 14 日以内)、実務に大きな支障はないと思われる。
◼ 第 1 条 2 項(秘密情報の定義・開示等の方法)【オプション 1~3 共通】
2 前項の定めにかかわらず、受領者が書面によってその根拠を立証できる場合に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
① 開示等を受けたときに既に保有していた情報
② 開示等を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示等を受けた後、相手方から開示等を受けた情報に関係なく独自に取得し、または創出した情報
④ 開示等を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示等を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
<ポイント>
⚫ オプション 1~3 いずれの条文においても、第 2 項において秘密情報の対象外とする情報を規定している。
<解説>
⚫ 特に重要なのは、契約締結前に既に自社が保有していた情報が「①開示等を受けたときに既に保有していた情報」であることを証明できるかという点である。その点について証明ができないと、契約締結後においてどの技術がどちらのものかについて争い(技術のコンタミネーション)が発生するリスクがある。
⚫ かかるリスクを回避するため、特に重要な技術情報かつ、それが特許出願に馴染む技術情報であれば、契約締結以前に特許出願を済ませておくことが望ましい。
⚫ 特許出願によって、当該情報が「①開示等を受けたときに既に保有していた情報」であることが明確に証明できるからである。
⚫ もっとも、実際にはこの時点までに特許出願までできないケースも少なくない。そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
⚫ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
⚫ 他方、全く特許出願に馴染まない技術情報である場合(例えば特許権を侵害されてもそれを認知することが困難な(つまり、侵害検出性がない)ソフトウェアや工場内で用いられる加工に関するデータなど)、ノウハウ(秘密情報)として厳密に管理する他ないといえよう。
⚫ 万一、そのような情報を受領してしまった場合は、なるべく速やかに相手方に対してその旨を伝え、秘密保持契約の例外として扱っていただくことに合意する必要がある。時間が経過すればするほど、「①開示等を受けときに既に保有していた情報」であることの立証が難しくなるからである。
◼ 第 2 条(秘密保持)
第 2 条 受領者は、善良なる管理者が払うべき注意義務をもって秘密情報を管理し、その秘密を保持するものとし、開示者の事前の書面による承諾なしに第三者に対して開示等または漏えいしてはならない。
2 前項の定めにかかわらず、受領者は、秘密情報を、本目的のために必要な範囲のみにおいて、受領者の役員および従業員(以下「役員等」という。)に限り開示等できるものとする。
3 受領者は、前項に定める開示等に際して、役員等に対し、秘密情報の漏洩、滅失、毀損の防止等の安全管理が図られるよう必要かつ適切な監督を行い、その在職中および退職後も本契約に定める秘密保持義務を負わせるものとする。役員等による秘密情報の開示等、漏洩、本目的以外の目的での使用については、当該役員等が所属する受領者による秘密情報の開示等、漏洩、本目的以外の目的での使用とみなす。
4 受領者は、次項に定める場合を除き、秘密情報を第三者に開示等する場合には、書面により開示者の事前承諾を得なければならない。この場合、受領者は、当該第三者に対して本契約書と同等の義務を負わせ、これを遵守させる義務を負うものとする。
5 前各項の定めにかかわらず、受領者は、次の各号に定める場合、当該秘密情報を開示等することができるものとする。(ただし、1 号または 2 号に該当する場合には可能な限り事前に開示者に通知するものとする。)また、受領者は、かかる開示等を行った場合には、その旨を遅滞なく開示者に対して通知するものとする。
① 法令の定めに基づき開示等すべき場合
② 裁判所の命令、監督官公庁またはその他法令・規則の定めに従った要求がある場合
③ 受領者が、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士等、秘密保持義務を法律上負担する者に相談する必要がある場合
6 本条第 1 項ないし第 3 項の定めにかかわらず、甲および乙は、相手方の事前の承諾なく、以下の事実を第三者に公表することができるものとする。
甲乙間で、甲が開発した放熱特性を有する新規素材αを用いた共同研究の検討が開始された事実
<ポイント>
⚫ 開示者から提供を受けた秘密情報の管理方法と開示等できる対象に関する条項である。
<解説>
Need to know 原則
⚫ 本条において実現しようとしている重要な点の 1 つは、いわゆるNeed to know
原則である。
⚫ 秘密保持契約においては、(i)開示者が特定された目的のために秘密情報を開示等し(前文および 1 条)、(ii)受領者は当該目的遂行のために必要な範囲でのみ当該秘密情報を社内関係者に共有し(本条 2 項)、(iii)受領者は当該目的以外には秘密情報を利用しない(3 条)、という点が重要となる。Need to know 原則は、このうち、(ii)に関するものである。
⚫ この Need to know 原則が契約文言に反映されていないと、不必要に情報が受領者たる会社内に広まり、受領者の会社の規模が大きくなればなるほど、情報の目的外利用や流出のリスクが高まることとなる。契約交渉の過程でこの Need to know 原則を反映する文言が削除されていないかは、慎重に確認する必要がある。
⚫ なお、秘密保持義務を課したとしても、受領者が当該義務に違反して秘密情報を第三者に開示等したり目的外使用した場合において、当該義務違反を立証することは非常に難しいケースが多い。
⚫ 非常に大事な点なので、繰り返し述べるが、開示等する対象者に対して秘密保持義務を課した場合であっても、他社に知られて模倣された場合に自社のコアコンピタンスが揺らぐような本当に重要な情報は、そもそも開示等してはならい。どんなに開示等を要求されたとしても断固として拒否する覚悟が必要である。
共同開発を検討開始した事実の公表
⚫ スタートアップにとって重要な条項となるのが本条第 6 項である。スタートアップにとって、事業会社とのアライアンスの検討開始の事実は、投資家やユーザーに対する効果的なPR 材料になる場合が多く、スタートアップがかかる事実の公表を望むケースが多い。
⚫ しかし、本条第 6 項のような規定が入っていない場合、秘密情報の定義の内容によっては、かかる事実の第三者への公表が守秘義務違反となるか否かが曖昧なケースも存在し、スタートアップが公表に踏み切れないケースや、事業会社に事前に許可を求め、社内決裁等の関係で発表すべきタイミングに発表できないケースも散見される。
⚫ 本モデル契約では、共同研究の検討開始の事実は公表しても問題ないと合意できたと想定し、公表を積極的に許可する規定を設け、かかる弊害を回避してい る。
◼ 第 3 条(目的外使用の禁止)
第 3 条 受領者は、開示者から開示等された秘密情報を、本目的以外のために
使用してはならないものとする。
<ポイント>
⚫ 秘密情報の使用範囲を前文に定めた目的に限定する条項で、秘密保持契約には絶対に欠くことのできない主要な条文のひとつである。
<解説>
⚫ 例えば、秘密情報の開示等を受けた事業会社において、秘密情報を流用し、事業会社による本件素材を用いたヘッドライトカバーの自社単独開発や、ヘッドライトカバーではない部品の開発のために利用することは本条により禁止されることになる。
⚫ 上記のような秘密情報の内部流用行為は、情報の外部提供行為(開示行為)には該当しないことから、秘密保持義務(第 2 条)のみではかかる行為を禁止できない。一方で、開示者からすれば内部流用行為も好ましくないため。秘密保持契約においては、このような目的外使用禁止義務を設けることが通例となってい る。
⚫ 特に、専ら開示者になることが想定されるビジネスにおいては、①秘密保持契約にこのような条項が存在すること、②その際に、「本目的」がビジネスと整合する、最小限度の内容となっていることを確認すべきである。
⚫ ただし、社内で目的外使用(例えばヘッドライトカバー以外の部品を研究開発する部署に秘密情報を横流し)された場合に、その事実を捕捉して立証することは困難である。そのため、目的外使用禁止義務を課したとしても、目的外使用をさ
れてしまうと多大なる損害が生じうる情報については開示等を控えることも検討するべきである。
◼ 第 4 条(秘密情報の複製の取り扱い)
第 4 条 受領者が、本目的のために必要な範囲において秘密情報を複製(文書、電磁的記録媒体、光学記録媒体およびフィルムその他一切の記録媒体への記録を含む。)する場合には、複製により生じた情報も秘密情報に含まれるもの
とする。
<ポイント>
⚫ 秘密情報が複製されることも想定し、その複製された情報も秘密情報の対象とすることを規定した条文である。
【変更オプション条項:厳格な複製条件】
第 4 条 受領者は、開示者の事前の書面による承諾がある場合に限り、本目的のために必要な範囲において秘密情報を複製(文書、電磁的記録媒体、光学記録媒体およびフィルムその他一切の記録媒体への記録を含む。)することがで
きるものとする。複製により生じた情報も秘密情報に含まれるものとする。
⚫ 提供する秘密情報に極めて重要な情報が含まれ得ると判断する場合、本オプション条項のように、事前に承諾を必要とする条文が適用される場面もあり得る。
◼ 第 5 条(リバースエンジニアリングの禁止)
第 5 条 受領者は、秘密情報について、開示者の事前の書面による同意なく、秘密情報の組成または構造を特定するための分析その他類似の行為を行っては
ならない。
<ポイント>
⚫ 秘密情報の受領者が、開示者の知らないところでその組成や構造の分析等をすることを禁ずる条文である。
<解説>
⚫ 本想定シーンでは、秘密情報の一部として素材サンプルをスタートアップから事業会社に提供する可能性があることを想定し、その成分を事前の許可なく分析等することを禁じるために設定している。
⚫ ただし、実際にはそのような分析行為が行われたかどうかを特定することは難しいため、本当に重要な素材であればたとえサンプルであっても提供すべきではない。
◼ 第 6 条(秘密情報の破棄または返還)
第 6 条 受領者は、本契約の有効期間中であるか、本契約終了後であるかを問わず、開示者からの書面による請求があった場合には、自らの選択および費用負担により、受領者または受領者から開示等を受けた第三者が保持する秘密情報を速やかに破棄または返還するものとする。
2 受領者は、開示者が秘密情報の廃棄を要請した場合には、速やかに秘密情報が化体した媒体を廃棄し、当該廃棄にかかる受領者の義務が履行されたこと
を証明する文書の提出を開示者に対して提出するものとする。
<ポイント>
⚫ 受領した秘密情報の返還義務等を定めた条項である。契約終了前であっても、開示者の請求で返還義務等が発生することとしている。
◼ 第 7 条(PoC契約および共同研究開発契約の締結)
第 7 条 甲および乙は、本契約締結後、技術検証または研究開発段階への移行およびPoC契約または共同研究開発契約の締結に向けて最大限努力し、乙は、本契約締結日から 2 か月(以下「通知期限」という。)を目途に、甲に対して、PoC契約または共同研究開発契約を締結するか否かを通知するものとする。ただし、正当な理由がある場合には、甲乙協議の上、通知期限を延長
することができるものとする。
<ポイント>
⚫ PoCまたは共同研究開発契約への移行についての規定である。
<解説>
⚫ 秘密保持契約を締結したものの、その後音沙汰がなく、スタートアップが他の競合企業とのアライアンスを検討する機会を逸してしまう場面も少なくないが、次回資金調達までの短期間の中で実績作りや資金繰りを成し遂げなければいけないスタートアップとしては致命傷になりかねない。
⚫ そこで、当事者にPoC契約または共同研究開発契約締結の努力義務を課すとともに、次のステップに進むかどうか未確定なままで時間が経過することを避けるため、事業会社に対し一定期間内にPoC契約または共同研究開発契約を締結するか否かの通知義務を課している。
⚫ ただし、検討に要する時間は案件や状況に応じて異なり、適切な期間を契約締結時に定めることは困難であることもあるため、通知期限は目安とした上で、正当な理由があれば協議の上、同期限の延長を可能とした。
◼ 第 8 条(損害賠償)
第 8 条 本契約に違反した当事者は、相手方に対し、損害賠償を請求すること
ができる。
<ポイント>
⚫ 本条は、本モデル契約の履行に関しての損害賠償責任について規定している。スタートアップとしては、事業に必須のコア技術が特許等により保全されていない限り、本モデル契約が自社の技術・ノウハウを保全する唯一の手段であるため、相手方が本モデル契約に違反した場合を定めた本条は非常に重要な条項といえる。
<解説>
⚫ なお、秘密漏洩により損害が生じたことの立証は難しいため、漏えいに対する抑止効果を高める目的で、以下の変更オプション条項のように、違約金や損害賠償額の予定について定めることもあり得る。このような条項に対する対応で、相手 方のビジネスに対する本気度を推測する(=PoC 貧乏を防止する)こともできる。
【変更オプション条項:違約金】
第 8 条 本契約に違反した当事者は、相手方に違約金として 1000 万円を支払う。ただし、相手方に生じた損害が本違約金額を上回る場合には、その超えた
部分についても賠償するものとする。
<解説>
⚫ 秘密保持義務違反による損害の立証は困難であるため、損害賠償責任の範囲・金額・請求期間について予め定めることも考えられ、本条では、1000 万円を違約金として設定することとしている。なお、1000 万円はあくまでも例示であり、開示
等する情報の重要度に応じて、金額を高めることで情報漏洩の抑止力を高めるような金額とすることが考えられる。
⚫ 秘密保持契約においては、秘密保持義務違反の事実が立証できたとしても、秘密漏洩による損害の立証は難しく、かつ、秘密情報の価値について当事者間で認識に齟齬が生じていることも多いことから、上記の条項案を採用することも検討の余地があろう。
◼ 第 9 条(差止め)
第 9 条 契約当事者は、相手方が、本契約に違反し、または違反するおそれがあ
る場合には、その差止め、またはその差止めに係る仮の地位を定める仮処分を申し立てることができるものとする。
◼ 第 10 条(期間)
第 10 条 本契約の有効期限は本契約の締結日より 1 年間とする。ただし、本契約の終了後においても、本契約の有効期間中に開示等された秘密情報については、本契約の終了日から 3 年間、本契約の規定(本条を除く。)が有効に適用さ
れるものとする。
<ポイント>
⚫ 契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
⚫ 契約期間のみならず、契約期間終了後に、どの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。契約期間が 3 か月など短く設定されていても、残存条項により 10 年など契約終了後も長期間に亘って秘密保持義務を負うケースもある。
⚫ 残存条項の期間は厳しい交渉が行われる項目のひとつである。期間は 2~3 年とすることが多いが、ビジネスおよび開示等される情報の性質(対象となる秘密情報等が陳腐化する期間はどの程度かなど)により調整が必要である。例えば、製品等のコアとなる技術情報などは比較的長期の保護が必要となる。
◼ 第 11 条(準拠法および裁判管轄)
第 11 条 本契約に関する紛争については、日本国法を準拠法とし、●地方裁判
所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<ポイント>
⚫ 準拠法および紛争解決手続きに関して裁判管轄を定める条項である。
<解説>
⚫ クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
⚫ 紛争解決手段については、上記のように裁判手続きでの解決を前提に裁判管轄を定める他、各種仲裁によるとする場合がある。
【変更オプション条項:知財調停】
第 11 条 本契約に関する知的財産権についての紛争については、日本国法を準拠法とし、まず[東京・大阪]地方裁判所における知財調停の申立てをしなければならない。
2 前項に定める知財調停が不成立となった場合、前項に定める地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
3 第 1 項に定める紛争を除く本契約に関する紛争(裁判所の知財調停手続きを
含む。)については、日本国法を準拠法とし、第 1 項に定める地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<解説>
⚫ 紛争解決手段について、どの裁判管轄ないし紛争解決手段が適切かは一概には決められず、当事者の話し合いで決定するのが望ましい。話し合いによる解決を目指す場合、東京地方裁判所および大阪地方裁判所において創設された知財調停を利用することが考えられる。
⚫ 「知財調停」は、ビジネスの過程で生じた知的財産権をめぐる紛争を取り扱う制度であり、仲裁手続き同様、非公開・迅速などのメリットがあるだけでなく、専門的知見を有する調停委員会の助言や見解に基づく解決を行うことができ、当事者間の交渉の進展・円滑化を図ることができるというメリットがある。
⚫ 運用面では、原則として、3 回程度の期日内で調停委員会の見解を口頭で開示することにより、迅速な紛争解決の実現を目指すとされており、迅速に解決でき、コストや負担を軽減できる可能性がある。
⚫ 知財調停を利用するためには、東京地方裁判所または大阪地方裁判所いずれかを、合意により調停事件の管轄裁判所とする必要がある。
⚫ 知財調停は、当事者双方が話合いによる解決を図る制度であるため、当事者が合意できず調停不成立となった場合は、訴訟等の手続きにより別途紛争解決が図られることとなる。
⚫ また、仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて下記のような仲裁条項に変えるという選択肢もある。
【変更オプション条項:仲裁条項例】
本契約に関する一切の紛争については、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名)の仲裁規則に従って、(都市名)において仲裁により終局的に解決されるものと
する。
◼ 第 12 条(協議事項)
第 12 条 本契約に定めのない事項または本契約について疑義が生じた場合につ
いては、協議の上解決する。
<ポイント>
⚫ 紛争発生時の一般的な協議解決の条項である。
本契約締結の証として、本書 2 通を作成し、甲、乙記名押印の上、各自 1 通を保
有する。
年 月 日
甲
乙
◼ その他のオプション条項
⚫ 秘密管理状況を確認するため、以下のような立入条項を設ける場合もある。
【追加オプション条項:立入検査条項】
甲および乙は、相手方が本契約に従って秘密情報等を管理していることを確認するため、相手方に対し、検査内容および日程を書面により事前に通知の上、合理的な範囲において相当な方法により対象となる施設に立入り、検査を行う
ことができるものとし、相手方はこれに合理的な範囲内で協力するものとする。
<解説>
⚫ 当該秘密情報等を利用して知的財産が創造された場合の知的財産権の帰属を規定することもある。
⚫ 本件では、スタートアップが開発した素材の秘密情報を事業会社に開示等して検討を進めており、万が一知財が生じた場合、それは、スタートアップが開示等した情報に依拠するところが大きいと考えられるため、以下の規定のように全てスタートアップの帰属とすることが想定される。
【追加オプション条項:知的財産権の帰属条項】
秘密情報等に関連して生じた特許権、実用新案権、回路配置利用権、意匠権、著作権、商標xxの知的財産権(以下総称して「xx的財産権」という。)は、
すべて甲に帰属するものとする。
<解説>
⚫ 秘密保持契約の段階で知的財産権の帰属条項を入れるかどうかについてはケースによって判断が分かれるところである。
⚫ 今後、どのような協業を行うことができそうかまずは相談をしたい、といった軽い目的で秘密保持契約が締結される場合、知的財産権の帰属条項を入れないことで余計な交渉を減らし、スピードを重視するという考え方もある。
⚫ 他方、そのような目的であったとしても、相手方の決断のために極めてコアな情報開示等が要求される場合は、知財権を保全確保する目的で、上記のような条項を入れるケースも想定されよう。
⚫ なお、秘密保持契約締結時点で新たな知的財産権が生じるケースは少なく、また、PoCや共同研究開発に移行した際にいかなる知的財産権が生じうるのか、また、知的財産権の帰属以外の諸条件をいかに定めるかの見通しを立てること
が困難なケースも多く、秘密保持契約において新たに生じる知的財産権の帰属について定めるxxxはあまりないことには留意されたい。